流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第99話「遠き胡蝶のカダスⅣ」

 

―――大神襲撃より1週間後【何処かの大陸】

 

「本当に助かるわねぇ」

 

「ええ、本当に働き者で今は大きい街でもお仕事をしているそうですよ」

 

「(´ρ`)(………脳死で作業をする昼は労働者、夜は探索者の顔)」

 

 昨今、世界を破壊する巨大な大岩が落ちて来るだの。

 

 生き残る為に金持ち連中が何処かに逃げ出しただの。

 

 巨大船団が出会って新しい航路が見つかっただの。

 

 世の中は忙しい。

 

 世界のどこからでも見える朧な緋色の塔と緋色の月と天に掛かる紅蓮の大河。

 

 正しく御伽噺のような現実。

 

 それに比例して混乱の起きた各大陸では革命が起ったり、内紛が起こったり、政権や王政が崩壊したりした。

 

 結果として緋色の塔を目指すべし。

 

 あれこそは伝説のノクロシアであるとの噂が飛び交ったのも無理は無い話。

 

 大海洋冒険浪漫譚が幕を開き始めていた……というのは何も人間や亜人に限った事ではない。

 

「いや、助かったよ。今月からは大陸全土でとの話だったが、手広くやっているようで各地に紹介した私の鼻も高い」

 

「(^u^)(いえ、商人たるもの。この程度は……と謙遜の美麗字句を看板に並べてみる顔)」

 

 此処最近、先進大陸に追い付け、追い越せという先進大陸との間に航路を持たない文明レベルがようやく機械文明へと向かい始めた大陸の各地では突如として外界から現れた文明の使者【蜘蛛の氏族】との国交樹立が開始されていた。

 

 彼らは蟲でありながら、高度な文明と多くの知識を齎し、同時に現地の人々の商売を邪魔しない程度に様々な人々がやっていなかった分野の商売を開拓。

 

 結果として、この短期間で人々の間でも認知される者が多くなり、その愛くるしい姿ぬいぐるみモードなどが追加されてからは姿形が親しみ易くなったと人々の生活に馴染み始めていた。

 

 何せ彼らは極めて礼儀正しい。

 

 ついでに愛嬌があって、挨拶もしてくれる。

 

 後、やたら生産技術や知識に長けており、各地での商売人としての力も申し分ないという完璧超蜘蛛なのだ。

 

 そして、多くの大陸で様々な問題を解決してくれる相手として活動が活発化するに連れて評価が上がっていた。

 

 最初こそ神殿がソレを許さないかと思われていたが、近頃は祭る主神から連絡や託宣の類が届いていないという神殿は多く。

 

 独自判断するしかなかった。

 

 だが、その独自判断が大幅に蜘蛛達へ譲歩するようになったのは大きな展開であっただろう。

 

『それにしても近頃は上位神官様達も大変だなぁ』

 

『そりゃそうだよ。王家や上流階級が逃げ出したりしてたところに蜘蛛の氏族がやってくるわ。精神がおかしくなったヤツが出るわ。内部で色々あったらしいからな』

 

『色々って?』

 

『それが気の狂った神官様が出たり、蜘蛛の氏族を危険な生物だと言って斬り殺そうとした人も出たらしい』

 

『えぇ……そりゃぁ、すげぇ高度な文明を築いた“蟲から進化した人”だとの話だし、人型に成れるのを見てなけりゃ、危険だと思うかもしれんが……あの強さも何か道具頼みな部分があるし、そう邪見にしなくても』

 

 蜘蛛達は勿論、『(´・ω・`)(自分は殆ど力もない無害な蜘蛛ですが何か?という顔)』で現地の大陸に馴染んで偽装している。

 

『何でも気が狂った神官様曰く【アレは地獄の使者だ!! 大神すらも屠り!! 今や天を簒奪せしめる大界の天敵である!!】とか何とか』

 

『おいおい……近頃、神託が下りなくなって気が立ってたのかな?』

 

『それどころか。【神々からのお告げを聞いた!! 早く殺さなければ!!】とか言って、そこらを歩いてた蜘蛛の氏族を斬り殺そうとした人も出たらしい』

 

『マジかよ……』

 

『蜘蛛の氏族はかなり頑丈だって話だが、あまりの事に棒立ちのところを斬られて倒れた後、その上級神官様を他の神官様達が抑えて、何とか斬られた蜘蛛の氏族を治療したんだと』

 

 勿論、蜘蛛は普通の蜘蛛なので『(^○^)(傷口を超速再生したり、そもそも単なる刃物では傷一つ付かないし、超速変形防御も出来るけど、しないままに切り裂かれてみた!! なんて事ありませんよという顔)』にもなっていた。

 

『今や蜘蛛の氏族無しじゃ、安全快適に暮らせやしないってのに困ったもんだな』

 

 2人の労働者が肩を竦める。

 

 その労働用の作業服の背中には蜘蛛に黒い剣のマークが入っていた。

 

 彼らが魔力で駆動する車両から降りて未だ土埃の立つ場所の一角にある巨大な集積所からゴミを車両の後方に投げ入れて収集していく。

 

『この車両だって、馬無しで動く鋼製。しかも、無償貸与だし、都市部で急激に病気になるヤツが減ったのも蠅と蛆が集るクソの道を片付けた蜘蛛の氏族のおかげだってのに……やれやれだぜ』

 

 2人の男がゴミ集積所からゴミを片付けた後。

 

 道端では大量の白い粉を撒く者が現れ、消毒用の粉の袋には蜘蛛のマークが書かれていた。

 

『本当に此処最近は税金しか取りに来ない役人連中より蜘蛛の氏族の方が来てくれて嬉しいってなもんですわ。がははは』

 

 とある都市の商業区では道端で立ち話をする者達が行き交う者達が嘗ての顔を顰める匂いも薄れた場所で真っ白な粉に塗れた道端に靴の足跡を付け歩いている。

 

 周辺では本来在り得なかった露天商が都市部の最中だと言うのに生鮮野菜を売り始めており、街区のあちこちでは蜘蛛達が居住区画を持つ家々に水洗トイレを増設し、道端を掘り返してはインフラ整備を行っているのが見受けられた。

 

『それにしてもよぉ。蜘蛛の氏族と街の契約ってのはどうなってんだ? 何かやたらあっちこっちで仕事してるけども、ウチの街にそんな金有ったかな……』

 

『お前知らないのか? 蜘蛛の氏族と街の契約で工事が終わってから1000年間の分割後払いになったんだぜ?』

 

『は? 千年てナニ?』

 

『何か蜘蛛の氏族ってのは長生きなんだと。だから、時間間隔が人間とは違うそうでな。原材料費は100年後まで、人件費は1000年後までに分割で払ってくれればいいとか』

 

 勿論、蜘蛛は普通の時間感覚をしているが『(・∀・)(時間に疎いフリをして相手が自分達をチョロイとか思ってても騙されて知らない“フリ”なんてしてませんよという顔)』だったかもしれない。

 

『オイオイ……それはさすがに街の方が有利過ぎねぇか?』

 

『ソレがよぉ。此処が味噌なんだが、この支払を無利子で待ってる間は街の清掃業とか街の諸々の新しい大規模施設の建築は蜘蛛の氏族に頼む事になったんだよ』

 

『はぁぁ……つまり、仕事を独占する契約か?』

 

『そうそう。それも同じように【千年借款】とか呼ばれてるのに入るらしい。これで他の土建業の連中が怒るかと思ったら、そうでもねぇ。何でも街の施設や大規模な政策の為の一律の施工以外は仕事を受けないそうなんだ』

 

『それってつまり普通の仕事はしないって事か?』

 

『ああ、それで清掃業や清掃業に使う設備や各種の生活雑貨みたいな安い道具製造以外ではこの街では進出しないんだと。大きな街で人から仕事を奪うのは自分達の意図する事じゃないとか』

 

『ほへぇ~~人が出来てるなぁ』

 

『小さな村や地域は人が足りないから、そういう制約は無いそうなんだが、大体やる人がいないとか、人気が無い仕事に参入して、個人でやってる奴らを雇って給料まで出すんだと。すげぇよなぁ……』

 

『ほう?』

 

『他にも危険な仕事や奴隷仕事の殆どに今、介入してるって話だ。奴隷の開放とか、奴隷達の人権を主張して、各地で奴隷を癒して買い上げたり、今にも死にそうな老齢の奴隷を介護する施設を立てて入れたり、老夫婦みたいな仕事が出来ない貧困層を支援したりしてるとか』

 

『オイオイ。あの人ら善人か聖人何じゃ?』

 

『他にも心をやっちまったヤツの治療とか。身元引受もしてるらしい。廃村寸前の村の立て直しとか。現地で少人数が生きていく為の施設を無償で建てたりとか。若い奴隷はそっちで小作農として自分の土地を貰って自立して貰うとか何とか』

 

『やっぱ、聖人。いや、聖蟲なんじゃ?』

 

 勿論、蜘蛛達は聖人君子でも人間に優しい聖蟲でもないが『(^◇^)(元奴隷や老齢の経験豊富な労働力を限界まで肉体を賦活させて、現地での勢力拡大の為に寿命限界まできっちり健康なまま使い倒そうとか思ってませんよ?という顔)』もしていただろう。

 

 生憎と蜘蛛達の手に掛かれば、精神を病もうが、心が砕かれてようが、生来の知性が悪かろうが、全て治してしまえる上に不健全労働なんてさせない人体の完全制御による健全労働日和な日々が寿命とイコールで続いていくのだ。

 

 得難い健康と健全な衣食住と働く場所と家族と過ごす時間と引き換えにバリバリ8時間労働残業無しな毎日は人間の社会が与えられるリソースでは到底達成出来ない“楽しい日常”を生み出すに違いない。

 

『そうかもしれん。近頃は新しい姿を手に入れたーとか言って、可愛いぬいぐるみにもなるしな』

 

『……貴族や王族がおめおめ帰って来ても、もう力はねぇんだろうなぁ』

 

『騎士や部下が丸ごと消えたからな。それも街に全ての権利は譲渡してやるとか。誓約書まで書いて逃げ出したんだ。今更戻って来ても何も残ってねぇよ』

 

『ははは♪ 今じゃ、ご立派な城が清掃工場になってるなんて思いもよらねぇだろうさ』

 

 鋼鉄製のごみ収集車が入っていくのは嘗て王城と呼ばれた施設。

 

 多くの大陸の多くの国々では中小大問わず。

 

 様々な王侯貴族が抜けた後の金目の物が殆ど無い城を蜘蛛が買い上げ、次々に改築して清掃業の中心施設として運用し、その立地を生かして多くの街で“善行”を積み上げていた。

 

 人々は知らない。

 

 その巨大焼却炉(嘘)が大増殖している真菌の沼地と化し、あらゆる有機物無機物を喰らう巨大な大窯となって、ゴミを大量の資源として分解、内包して溜め込む大質量の黒蜘蛛の巣を造る“種”の製造装置になっているとか。

 

 次々に蜘蛛達の工作や諸々の物資生産に必要な資源を吐き出すほぼ万能に近いだろう分子の制御を行う汎用的な物質の化学生成炉心だとか。

 

 多くの蜘蛛達が進出し始めた大陸ではこのようなものが密かに搬入増殖させられ、今後の予定の為に大量にゴミと言う名の資源を収奪中であった。

 

 それと同時に大陸の外洋付近には蜘蛛による巨大な設備がひっそりと大陸を取り囲むように海中へ建造されている。

 

 その海中の塔のようなものから神の力を用いた通信を妨害する波動が放出され、大陸への神々の神託や諸々の干渉を中和していたりもする。

 

『〈>_<〉(ぼーくらはみんなーくものこだーくものこだからーふせぐんだーと鼻歌を謡いつつ、神の神託をパチーンと波動に載せた神の力で片脚のキレの良いツッコミとして弾く顔)』

 

『〈´・ω・`〉(まーた蜘蛛を殲滅せよみたいな託宣だわという顔)』

 

『〈;^ω^〉(ま、もう神の力は本体顕現無しじゃ届かないんだけどねという顔)』

 

『〈~ω~〉(分体の顕現を察知すれば、受肉前に重力干渉して、全ての物質的な結合を分断妨害する為の網も人がいる領域の大半に敷き終わったし、本体顕現でない限りはもーまんたいという顔)』

 

 その作業を行うアレキサンド達は人類が海洋進出を行って施設を見付けるまでは毎日毎日、地下埋蔵資源を掘り上げる全自動の先進大陸製掘削機を点検しながら、海洋資源を水揚げして大陸へと送る役割がある。

 

『〈^◇^〉(今日も元気だ。石油が旨い。後、魚も鉱物も旨いというホクホク顔)』

 

『〈・ω・〉ノ(将来的には燃料として売り出すまで生もの以外は魔王蜘蛛さんのお腹の中だから、幾らでもレアな物質と一緒に掘ればいいよねという顔)』

 

『(|□|)(小食何だけどなぁという翼を仕舞って石油貯蔵庫の最下層で本日分の“お食事”をする魔王蜘蛛の顔)』

 

 未だ物流が滞っている大陸ならば、内陸部では海産物というのは極めて高級な食料品であるが、空飛ぶ呪霊機を緋霊の霊力を用いて再現する蜘蛛達にしてみれば、内陸なんて外洋から1日で到達する程度の場所にある。

 

 正しく塔の如き巨大船に複数の資源を満載。

 

 売れる物をとにかく売れば、寡占状態で未開拓分野の商品に関しては牛耳れる。

 

 内陸の山間部で次々に企業を設立した蜘蛛達は誰も来ないような限界集落で人々に神より神様らしいと崇められつつ、精々10人から数十人の人間に仕事を与えて養い、その資源消費や労働力の消費にはまるで見合わないだろう量のサプライ……商品を大陸各地の流通網に向けて発送。

 

 労働者名義で企業規模と業務を拡大し、発展途上の文明へと忍び込む。

 

 各地の共同体で構築した自分達だけの物流ルートで様々な商品を流通させ始めたのである。

 

 こうして彼らが新しい商品や事業にのみ絞って商業ネットワークを構築、莫大な利益を上げ始めている事を殆どの商人達は知らない。

 

 が、目敏い者はすぐに蜘蛛達の商業スタイルを見抜いてお零れに預かろうと協力体制を構築し始めた。

 

 元々有った商業母体が“未来でならば競合するだろう分野”を次々に簒奪し、人々の将来の仕事をゲットした蜘蛛達はこうして先行者有利という事実を手に入れて、物資不足や食糧不足、人手不足の街に次々に必要な商品を下し、ネットワークを構築し、既存の商業母体に“現状の儲け”を一切棄損させないままに取り込んでいくのだが、それはまだ先の話。

 

「………ほぅ。破滅の使徒か。いや、それは我らにとってのみか」

 

「(´・ω・`)(竜?という顔)」

 

「ああ、我はドラゴンの一体。だが、お前達が倒そうとしているだろう竜……古より受け継がれし役割を持つ者ではない」

 

 とある蜘蛛達の商業通路の一角。

 

 少年を探索する蜘蛛の一体は小さな祠に座る竜らしき頭部を見やる。

 

「竜とドラゴンの違いが分かるか? 賢しき蟲よ」

 

「(;・∀・)(大陸標準言語と古代語の違いかなと看板に書く顔)」

 

「はははは、その通りだ。この世界における竜は全てカルトレルムの眷属。我はドラゴンだ」

 

 頭部しかない灰色のソレが天の月を見上げる。

 

「旧き者達は竜を信奉していた。それはこの世の始まりを開きしもの。始原創造者……彼らの言葉ではファースト・クリエイター……俗称で“あの方”と呼ばれる者が竜の如くと称えられていたからだ」

 

「(・∀・)(へ~~で、どうしてそんな事知ってるん?という顔)」

 

「ドラゴンは新しき種なのだ。故に常日頃より、この世の外から来訪せし者達を監視している」

 

「(`・ω・´)(へぇ~という顔)」

 

「ドラゴンはこの世界で独自に初めて生まれた生命体であり、恐らくはこの世界のどの星、どの時代、どの時空においても生まれている。旧き竜達は因果的には旧き者達と同じ……この世界の始まりの前から続く因子から創造された外来生物と呼ぶべきものなのだよ。人や人造神、邪神達と同じようにな」

 

 蜘蛛の1人が良く分からんという顔になる。

 

「つまり、だ。邪神の因子を受け継ぐ者よ。お前達の多くが見て来た生物や神の大半は“竜”のようなもの……この世界の中で生まれた我らからすれば、異物たる別世界の因子なのだ」

 

「(;・∀・)(また一つ賢くなってしまったという顔)」

 

「分かって来たか? この世界は“あの方”とやらが生み出して以降、独自の生態系を発生し、我らを生成してきた。しかし、旧き者達と邪神達の争いによって、多くが絶滅し、あるいは共に生きて今に続いている」

 

 頭部の瞳がキロリと蜘蛛を見やる。

 

「我らドラゴンは監視者だ。いつの頃からか。倒し倒される事に飽きた我らはこうやって多くの知的生物達がいる世界を観測し、傍観者となった」

 

「(・ω・)(う~ん。将来、蜘蛛もそのポジションになるかもなーという顔)」

 

「だが、数奇なものだ。我らの末はお前達を観測し続けている。そして、お前達もまた我らの力を得た一族を要している」

 

「( ̄д ̄)(そうなん?という顔)」

 

「お前達の中にいる一族は自覚が無いのだろうがな。黎明竜……ヤツはあの島で唯一カルトレルムの因果が及ばぬ“ドラゴン”だった。その因子より生まれたる骨の一族もまたその系統に連なる者だ。そして、黎明竜の落とし子たる者は偶然か必然か。同じ名前を要している」

 

 それに蜘蛛が気付く。

 

「(^◇^)(それってドラコ―ニアの事? クーラルちゃんとかの種族?)」

 

「戦い続けるがいい。邪神、人造神、人、竜、ドラゴン、全ては始まりの創造者に起因する。だが、この世に未だ生を受けぬ本当の神だけが足りない。正しく貴様らが知っているようにな」

 

「(一_一)(………………)」

 

「ふ、だんまりか。まぁ、いい。好きにせよ。大宇の特異点たるこの星にて、貴様らがどのように生きるか。精々、見続けよう……」

 

 その頭部がスゥッと消えていく。

 

 そして、蜘蛛の一体はチラリと月を見やる。

 

 その複眼に開いた第三神眼から僅かな光が発せられ、それを観測受領した月に無数開いた巨大な複眼のレーダー染みた皿の如き施設は情報を必要な蜘蛛達に伝達。

 

 解析班をしている塔内部にいる者達が受け取って、さっそく仕事を開始する。

 

「(^ω^)(クーラルせんせーのじじょーちょーしゅあんけんですねという顔)」

 

「(T_T)(何かやたら事情通だったり、普通の奴らが知らなそーな事情を知ってた理由がハッキリしたな。傍観者たるドラゴン……この世界の“原住民”だったのねという顔)」

 

「(´・ω・`)(邪神も旧き者も彼らが造った命もお客さんだったのか……そりゃ、わざわざ面倒な連中と戦うより観測して対策立てた方が有用だわなという顔)」

 

 蜘蛛達は少年を探しながらも堅実に着実に多くの大陸を侵食し、人々に受け入れられる形で浸透し続けていた。

 

 文明化が進んだ大陸には圧倒的な武威を見せ付けるシェナニガンの部下達が乗った巨大樹木船が大陸最大の版図を持つ国家へと来訪。

 

 文明化が進み切っていない大陸では人々の生活に入り込んで自分達に依存させつつ、人々の不幸という名の取っ掛かりを圧し折って、幸福の使徒ですよという顔で忍び寄っていたのだ。

 

『(|◇|)(……もうこの国はダメかもしれないと国を覆い尽くす巨大過ぎる飛行する樹木の影をあんぐり口を開けて見やる一般人の顔)』×一杯。

 

 蜘蛛達は人類フレンドリーな笑顔で近付く侵略者だと気付く者は多くなく。

 

 圧倒的な差を見せ付けられた多くの国々はその侵略ではなく。

 

 融和と商売の為にやってきたと宣う“危ない生物”と笑顔でお付き合いする事を余儀なくされたのである。

 

 今やニアステラの名は多くの大陸で聞かれるようになっていた。

 

 そう……緋色の塔がある場所は正しくそこであると知らされた時、彼らはノクロシアの技術を継いだとも目される新たな国家の大使を前にして笑顔で報道陣を前に握手する事しか出来なかった。

 

 生憎と殆どの大陸において巨大隕石を破壊する為に旧い時代の遺跡や遺産の力が使い潰された後であり、現行戦力で蜘蛛達と渡り合える人類勢力は皆無であった。

 

 これらの事情が殆ど繋がりの無い先進大陸と呼ばれる者達の文明に届くのはまだ少し先の話。

 

 しかし、それが届いた時には全てが遅いだろう。

 

 彼らは多くの大陸における“新しい常識”からこう言われるのだ。

 

 “あの蜘蛛の方々に喧嘩を売ったんですか!!?”と。

 

 世論と言う名の圧倒的な数。

 

 多数の大陸の意見を味方に付けた蜘蛛達が先進大陸を“蜘蛛に優しくない人達”と称して喧伝し、自勢力を形成していくのは此処から先の話。

 

 一つ確かなのは人類の統一世論形成なんて許さない神の力を削ぐ大陸間規模情報工作は上手くいっているという事であり、そこに妥協は無かった。

 

 *

 

―――永久の氷床カダス【ヒルグリッド大坑道】

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

 三人の旅人が次の出入口がある城下町。

 

 ウーヴェルアーズに到達する為に最短ルートを突っ切る事はまったく常識的ではない対応であった。

 

 何故ならば、直線距離が常に最短であるというのは大半の場合は道の幅や幾つかの要素……通り易さや危険度を勘案してないからだ。

 

 直線距離で最短の場所を通る大坑道を地下から通って、そのまま内部のレールでトロッコを走らせ、突っ切る。

 

 このルートには一つの問題点があった。

 

「崩落してるねぇ……」

 

「ああ、崩落してんな……」

 

「斬り伏せる。頭を下げて手で覆った方がいい」

 

 少年は何の躊躇もなくトロッコを加速。

 

 ニコリとした涙目の二人が同時に叫んだ。

 

「「うぁああああああ!!!? またぁあああああああ!?」」

 

 そうなると思っていた男女が両手で頭を覆って車体内部で目をギュッと閉じる。

 

 その合間にもトロッコを光らせて明かりを確保していた少年は自分の手前に見えている巨大な落盤跡らしきレールの途切れた場所にある大岩に剣を振った。

 

「【黒跳斬・階】」

 

 少年の黒い大剣から飛んだ黒い斬撃が大岩を瞬時に立ち割ったと同時に左右に吹き飛ばし、トロッコの途切れたレールの部分が上空に向かうように隆起した。

 

 見れば、斬撃の跡から侵食した黒い真菌がレールの下から顔を出し、茸のように迫り出してレールを曲げていた。

 

 最高速で突っ込んだトロッコが上空に跳んで、着地先の通路のレールに接触する寸前、大剣が二股にグンニャリと曲がって地表に接着、僅かにトロッコの速度を殺して着地させ、一瞬の間に車体に掛かる負荷を軽減して少年の手元へと戻って来る。

 

 一瞬の出来事だったが、まるで羽根のように軽く着地したトロッコは減速こそしていたが、すぐに元の速度へと戻って坑道内をカッ飛んでいく。

 

「うぅぅぅ、もう大陸に帰るの諦めた方が良い気がして来たよ。あたし」

 

「アネさん。同意見だが、帰れる芽のある内は諦めるな。やり方はアレだが、まだ生きている以上はコイツの力は事態に対処出来てるって事だ。今は信じるしかない……」

 

「何をさ!? この30分で3回だよ!? 3回!? 大岩切り伏せて廃坑道を突っ切るとか明らかに何回もやるヤツじゃないよ!?」

 

「大きさは今の40倍までは問題ない」

 

「問題しかないよ。アルティエ坊や!!?」

 

「問題しかねぇぞ。暴走野郎!!?」

 

 少年の頓珍漢な安心材料の提出に2人が仲良く非難している間にも複数のレールが敷かれた複線化された路線に入ったらしく。

 

 坑道が広がった。

 

「此処からはダメそうなら線路を切り替える」

 

 横に長い坑道は幾つも他の穴があるのだが、レールが敷かれたのはメインとなる主坑道であり、周囲は広く崩落しないように木製の補強材が大量に壁を支えていた。

 

 だが、人手が少ない温かい時期には休んでいる関係で数十年はほったらかし。

 

 あちこち落盤でレールが潰されており、補修前という事もあって、内部は正しくいつ巨大な岩盤に圧し潰されるかという危険地帯と化していた。

 

 少年はまったく躊躇なく暗い主坑道内でトロッコを加速。

 

 その振動によって落盤が発生する事は無かったが、途中で明らかにレールが途切れた場所が幾つかあり、その場所に差し掛かる前に車体が大剣をスライム化した跳躍機構で大きく跳躍。

 

 射角を変えて別のレールに乗り換えるという事を数度繰り返し、僅かでも周囲を見ていた二人の顔を蒼白くさせていた。

 

 散々に死ぬとかぶつかるとか騒いでいた二人が大人しくなったのはようやく坑道を抜けた辺りの事。

 

 光苔の明かり……とは思えない陽光が降り注ぐ地域の陸橋に出た。

 

 車体は今や無茶な速度と使い方に悲鳴を上げていたが、周辺はそれとは裏腹に幻想的な景色を映し出している。

 

 明かりの出所は周辺領域の天井だ。

 

 日差しにしか思えない光が燦燦と降り注いでいる様子は地下を苔生した秘境のように見せており、岩盤や地下の明るくなった領域までもが何処か厳かに見える。

 

 涼やかな風はマイナス数十度の環境で震えていた二人からすれば、何処か心地良いものであり、過ごし易そうな地域というのが感想として適切だろう。

 

 しかし、この数時間とにかく情報取得していた少年は油断なく線路の下を見やる。

 

 少し先の陸橋の下。

 

 明らかに何かが蠢いていた。

 

 神の力を持つ類ではないのは分かったのだが、それにしてもかなり質量が大きいので仕方なく2人の首根っこを捕まえたままに進み。

 

「へ!? な、何だい!?」

 

「ちょ、おまっ」

 

「跳ぶ。口を閉じてないと舌を噛んで酷い事になる。目を閉じて身を縮めてた方がいい。たぶん」

 

 跳んだ。

 

 それとほぼ同時に陸橋が真下から猛烈な勢いで天井へと吹き飛ぶ。

 

 真下からせり上がって来た何かを少年が天井付近まで数百mも跳躍しつつ、連れ立った鎌を入れたスライムに複眼を生やして観測する。

 

「……蛭?」

 

 少年が着地場所として選んだ陸橋に二人をスライムに預けて落下させ、陸橋を破壊しながら迫って来る50m近い体躯の巨大なミミズにも見えるようなウネウネとした赤黒いソレが乱杭歯の生えた瞳も無い頭の口を開く。

 

 内部は一瞬で大体のものを溶解するらしく。

 

 飛んだ飛沫が陸橋の残骸を溶かしていた。

 

 しかし、怯むことなく突っ込んだ少年がデカブツでもまったく意に介さず。

 

 技もなく相手の頭部の下にそのまま着地。

 

 スルンッという音がしそうな程に滑らかな動きで真下へと刃を突き立てて、一気に内部を捌きながら、体液が掛かるよりも早く現場から遠ざかっていく。

 

 黒い大剣から飛沫が振って飛ばされ、同時に遥か音速にも近く一跳びで現場を抜けた背後では内部から溢れ出した溶解液に肉体を溶かされた蛭が断末魔を上げて崩れ落ちていった。

 

 幾つかの陸橋の張や構造の取っ掛かりを次々に跳んで経由した少年が二人の元に戻って来るまで20秒弱。

 

 何事も無かったかのように少年が城下町を指差して速足に歩き出した。

 

 もはや、神っぽいのを殺したという少年の言葉には真実味しかなく。

 

 2人が背負った諸々の道具や寝具入りの軍用の背負い袋の重みに圧し潰されながら物凄い顔でその後を追い掛けた。

 

―――【ウーヴェルアーズ】城内。

 

「北部域を震源とする巨大な神気の反応を確認した。これより神官団は広域探索に入る。全城下への号令は後に下されるが、それまでに外界からの侵攻に備えよ」

 

 王城の謁見の間。

 

 本来、その玉座にあるべき者。

 

 城の統括者にして外の街の長が跪いていた。

 

 その先には数名の神官。

 

 そう、邪神の神官が何やら話し込んでいる。

 

 薄紫色の全身を覆う神官衣に蒼い瞳。

 

 白い肌は落ち人と同じだが、その角や瞳には何かしらの力が宿っているのか。

 

 謁見の間に収まり切らぬだろう魔力が封じ込められているのが、魔力を使える者には分かっただろう。

 

「外界と申されますと?」

 

「愚鈍め。大神共だ」

 

「ま、まさか、こ、古代戦争で邪神様方と戦ったという……あの伝説の?」

 

 20代の神官が60代の皺枯れた恰幅の良い六本腕に溜息を吐く。

 

「この数千年で邪神の多くは内紛続き。討ち取られた欠片は数多在る。このカダスの大欠片【源界の階】様もまた神世で傷付きながらも生き残った存在だ。戦が終わり4000年もの永きに渡り、この氷床大陸を守護してきた。だが、最も相性の悪き大神の反応が突如として現れた」

 

「大神……まさか、この大陸に攻め込んで来るのですか?」

 

「今や大戦後の各カダスに坐した大欠片は半数以上が討ち取られ、2割が内紛で滅ぼされた。残るのはこの氷床大陸と2つのカダスのみという有様。此処が落ちれば、我ら邪神と邪神の加護に預かる全ての種族、全ての者達は滅びるであろう」

 

「お、おぉおぉぉ!!? な、何と恐ろしい!!?」

 

 ガタガタ震え出す街の長が脂汗を流して焦点の合っていない瞳で床に臥す。

 

「分ったら、落ち人共を集めろ。大陸盟主たる【邪眼神殿】よりの通達である。直地に全ての墳墓に関する争いを停止し、我らが戦列へと加わる準備を行え。外界からの侵攻はもう始まっている」

 

「は、はは、はい!? はい!!? ただいま!!? 今すぐに!!!?」

 

 慌ててコケた男が何度も震える脚でヨタヨタとしながらも謁見の間から出ていく。

 

 数名の神官達。

 

 その中でも特に巨大な七望星の象形を持つ機械杖を手にした器量良しの少女が周囲を見回した。

 

「各々方。大欠片【源界の階】様の守護に付かれるよう」

 

「言われずともそうする」

 

 今まで街長に話していた青年が二名を連れ立って何処へともなく姿を消した。

 

 残された者も2人を覗いてすぐに消えていく。

 

「……不躾な奴らだ。大陸盟主たる我ら本殿の者にまともな挨拶も無しとは」

 

 少女の横に付いた厳つい顔の男が鋼の巨碗を僅かに軋ませて、手の中の大剣を握り締める。

 

「もはや欠片無き邪神の申し子達。彼らにしてみれば、面白くないのは当然でしょう。それだけの事です」

 

 少女が男をそう宥める。

 

「ですが、巫女様。この地の大欠片は既に応答が無いまま久しく……もはや、意志を下す事すら出来ぬ程に弱っているのでは? 本殿では新たな小欠片の餌にするべきとの意見も出ていたはず……」

 

「それを狙ってもいるのでしょう。久方ぶりに大破片の“腑分け”となれば、残された小破片に縋る者達にしてみれば、新たな力を得る絶好の機会。彼らを見張るのも我らの仕事です」

 

 男が渋い顔で剣を背中に付いた巨大な人の手が連なったような鞘へ乱暴に収める。

 

「……忌々しい事だ。もはや、消えゆく大破片の為に我らが本殿の護りを解かれるとは……」

 

「神世の終わりより数千年。大神の侵攻など、正しく古の伝承の中にある御伽噺だと思っていたのですが……」

 

「まさか、まだ大陸の奪還を諦めていないのでしょうか?」

 

「その可能性はあります。反応が単なる小神のものならば、我らが出て来る事も無かったでしょう」

 

「今回の反応にはやけに上層部が慌ただしかったと存じています。一体、どのような神が?」

 

「………神代の戦争において邪神と大神の最激戦区となったのが何処か知っていますか?」

 

「ええ、未だ灰と神の火に覆われた【灰滅の残渣】でしたか」

 

「そうです。此処から南西域にある大神達の領域との接続が確認された場所です。今もあそこには大欠片の方々の力を持ってしても近付けません」

 

「ま、まさか……」

 

「旧き者達の最高傑作。星焼き尽くす者。大宇貫きし光芒。最初期に作られた4大神の一柱……」

 

「太陽神、ですか……」

 

「我ら邪神の眷属は闇を好む。しかし、闇好む者を滅する為に生み出された最強の殲滅型高次元駆動体……古の者達が直接名付けた一体」

 

「―――炎滅者アマテラス」

 

「彼の神の反応が微弱ながらも観測されました。また、あの大岩で莫大な力が発されていた事もあり、今や上は……あの大岩のようなものが降って来るのを恐れ、多くの資材と人材を投じて護りを固める始末」

 

「我らはその時間稼ぎに? 何たる愚昧な……」

 

 男が忌々しそうに溜息を吐いた。

 

「この大地がもしも女神の力によって開放されれば、今の邪神勢力の多くは壊滅していく事でしょう。この地で生み出された低気圧が雲を呼び。この星の多くの地を日の光から閉ざしているから、今生きる申し子達の多くは生きていけるのです。もし、その加護が失われれば……」

 

「このような地下に逃げざるを得ないと?」

 

「巨大な地下墳墓がある大陸は限られています。それも殆どが我が方が大神より開放した大陸ばかり……旧き時代の種族ならば、いざ知らず。今に現存する多くの種は本当の日の光には一切の耐性が無い」

 

「太陽は天敵という事ですか……」

 

「それだけではありません。種族の多くは欠片から分派している。その血に刻まれた太陽への恐怖……女神への恐怖は正しく呪と言うべきでしょう。最も苛烈にして最も手強かったと古文書にもあります。あの女神の大陸と小神群、全ての種族を殲滅する為に……この星の邪神の5割が生贄になりました。力を削がれて殲滅戦となった事で大陸は崩壊し、どちらも攻勢限界で止まったのだと書には記されています」

 

「消耗戦……今の我ら、いや邪眼神殿にソレを再開出来る余力は……」

 

「あるわけもないでしょう。内紛で多くの欠片が失われた。我らの性とはいえ、今や最盛期とは比べるべくもない。故に此処で叩き潰す必要がある。この大陸の全てを使い潰しても……」

 

「御意……」

 

「これは旧い時代の再戦ではありません。今を生きる者達の生存闘争……後から来た“新参者”には退去して頂きたいものです」

 

「……この地のドラゴンは?」

 

「彼らは傍観者です。竜神カルトレルムから開放した大陸という事で今も観測者が残っているとは聞いていますが、この2000年接触の記録がありません」

 

「もう滅んでいるのでは?」

 

「アレがそんな種族のわけも無いでしょう。本来、この星の先住民であり、我らの【始祖破片(プライマル)】と互角だった者達です。結果として我らを受け入れたとはいえ、我らが滅べば、全て一からやり直そうと考えているはず……」

 

「そこまでのものですか……」

 

「旧き者達による“大破壊”によって、今や全ての欠片に嘗ての力は無い。大神も邪神も滅んだ世には彼らがまた台頭し、残った弱小種族を踏み潰していくのかもしれませんね……」

 

 2人の男女もまた話し終えると城を跡に歩き去っていく。

 

 その跡には誰もいない。

 

 ただ、ひっそりと蜥蜴のような影が大きな玉座の背後に映っていたのだった。

 

 *

 

 巨大な硫酸系蛭討伐後。

 

 イソイソと城下に姿を消して潜り込んだ少年達はようやく外に出られる入り口が見えたとばかりに外へ向かう為の準備をしていた。

 

「本当にこんな大量の荷物が必要なのかい? アルティエ坊や」

 

「此処の上はかなり孤立した氷壁に囲まれてる。寒波襲来前の晴天が続いている内に氷床の最短ルートを突っ切るのに対風雪用の装備は必須」

 

「まぁ、異論は無いが……間に合うのか?」

 

 少年が買い込んだモノが妥当な防寒具とテントやら何やらなのを確認したランドが実際問題として時間をかなり消費した事は否めないだろうと少年に尋ねる。

 

「今から此処の入り口が使えなくならない限りは問題な―――」

 

 その時だった。

 

 突如として地鳴りと共に彼らのいる部屋が上下に僅か分断され、少年が二人を両手で抱き抱えて、上空へと屋根の隙間から飛ぶ。

 

「な、何だぁああああああああ!!?」

 

「ひえぇ!? 何が起こってるんだい!!? というか、高い高い?!!」

 

 悲鳴を上げたメイジェーンが涙目になる。

 

 ジェットコースター的なトロッコだけでも精神的に疲弊していたのだ。

 

 その上、ポンポンと長距離を投げ飛ばされたり、落下したりというのはもう御免であると内心でもう何も起こりませんようにと神頼みした彼女であるが、その願いは儚く粉砕された。

 

 というのも……彼らが屋根よりも上の城下を見下ろせるような位置で僅かに滞空している合間にも巨大な何かが彼らのいる城下に向かって歩行していたからだ。

 

 怖ろしく大きな50m程の黒い鎧のようなソレが急激に活性化した様子の体中の罅割れから莫大な熱量を零しながら、走り続け、遂には跳躍。

 

 その巨大な振動で城下の東半分が罅割れて崩落し始めており、巨人が着地すれば、その被害で全ての街並みが粉々に砕け散るだろう。

 

「攻撃したら、しばらく行動不能になる。後で回収したら、適当な避難場所に安置しておいてくれれば」

 

「へ?」

 

 メイジェーンが聞き返す前にランドと共に2人の体の下にスライム・クッションが形成され、少年は二人の肉体を蹴り付けて、虚空で一瞬だけ加速、体を捻りながら城下に向かって来る明らかに攻撃意志を感じる敵に対して大剣を抜く。

 

「―――(今の状態で四肢欠損は許容不可。極度に脳髄が摩耗する技も不可。再生可能な状態で筋肉と骨を補強する程度の損耗に抑える)」

 

 少年が技量を生かせる程に肉体が未だ強くは無いと知る故に動作を最低限にして威力を凝集し、魔力で剣に込められる運動量を補いつつ、肉体も保護するというどっちつかずの技を放つ。

 

 本来の肉体の頑強さがあれば、魔力の補助も要らないはずのソレには嘗てならば、名前が付いた。

 

 技の試行錯誤していた頃の代物だ。

 

 しかし、最終的には三つの技に大体が収斂淘汰された事で使われる事もなく死蔵された為、数千年か……あるいは数億年か。

 

 久方ぶりに呟かれる技の名は―――。

 

 少年が巨人の胸元に直接ぶつかり、剣先が突き抜けたと同時に体を回転させて捩じり込んだ肉体が反対側へと貫通する。

 

 魔力による身体強化。

 

 表皮の防護。

 

 表皮より上の魔力による物理量、衝撃の吸収領域。

 

 これらに肉体の捩じりによる回転運動と刃先の振動を合わせる。

 

「【浸徹・回】」

 

 少年が現在の魔力量の8割を貫通と肉体の防御に使った後。

 

 急激な肉体の回転と衝撃相殺しても尚硬かった巨人の砕けた鋼の肉体内部で受けた超高圧の墳弾の如き礫の直撃で全身の粉砕骨折を受け入れる。

 

 そうして、残っていた真菌によるクッションを形成し、事なきを得て落下。

 

 巨人は前のめりに倒れて、城に到着する前にドゴォオオオオオオオオオオッと地震を発生させつつ、前のめりで落着。

 

 その際に巻き上がった粉塵が城下も城も周辺領域も全て呑み込んでいく。

 

 辛うじて城に向かう運動エネルギーを相殺した事で巨人は城を呑み込む前に倒れ、質量の単純な落下エネルギーのみが周辺を砕いたのだ。

 

 しかし、少年が俯せで再生に入ってる傍から、落下地点である入り口付近があまりの衝撃に崩落し、猛烈な岩の雪崩がその上に降り注ぎ始めた。

 

 こうして、少年はしばらくの間、大陸の土と同化する事が決定……したかに見えたが、その体が突如として魔力によって巻き上げられ、現場から移動させられて遠ざかっていく。

 

「………」

 

 本人としては別に岩雪崩が直撃しても死にはしないし、何ならスライム内部で再生するまで安全に埋まってようかとも思ったのだが、そうは問屋が卸さないらしかった。

 

 彼がチラリと自分を魔力の網のようなもので捕獲して虚空に浮かばせながら運ぶ相手に霞む目を細める。

 

「(兎?)」

 

 その耳は正しく兎。

 

 島にはいない生物。

 

 しかし、ソレを知っている少年は記憶を探るのを止めて、ぼやける視界で二つの長耳を見つめながら、しばらくは大丈夫そうだと相手に敵意が無いのを確認後、肉体を休める事にするのだった。

 

『……アマテラス様だ。アマテラス様の使徒が遂にこの大陸へ……』

 

 何か感動した様子の白い二本の耳の下。

 

 ダバダバと涙が何者かの軌跡となって落ちていく。

 

『ようやく大陸を溶かす日が来たのですね……』

 

 その声は何処か使命感に燃えている様子なのだった。

 

『アルティエの坊や!? 埋まっちまったのかい!!?』

 

 そんな事は露知らず。

 

 二人の男女はさすがに声もなく莫大な土埃に袖口元を覆いながらも、少年の向かった方角を見つめ続けていた。

 

『いや、違う!? さっき、魔力が奔ったのが見えた!! 誰かが回収してたかもしれねぇ!! 方角的にはあっちだな。微かにあいつの魔力も見える。アネさん。現地で待たせると何があるか分からねぇ。一緒に来てくれるか?』

 

『あ、ああ!! で、でも、本当にあの子は規格外だね。あんなデカイのをやっちまうなんてさ……本当にアレなら神すら殺してるかもしれないね』

 

『フン。あの程度じゃ蜘蛛一匹だって殺せやしねぇよ。小神でも無理だろう。少なからず、あの蜘蛛の勇者相手どころか。部下一人にも劣る』

 

『え、えぇ……その、そんなもんなのかい? あのデカブツを簡単にぶっ倒したのにかい?』

 

『生憎と見る目はあるつもりだ。今のあいつじゃ力は蜘蛛共の3分の1も無いだろうよ。とにかく、今は追おう。この混乱で馬車をくすねるのは出来そうだ』

 

『此処で盗みかい……』

 

『悪りぃが、四の五の言ってられる状況じゃねぇ。行くぜ? アネさん』

 

 2人がこうして着地していた城下から混乱に乗じて上手く馬車をくすねて城下の地下へと続く坂道を降りていくのを誰も見咎めなかった。

 

 ただ、数名の毛皮を被った者達以外は………。

 

 それは間違いなく。

 

 メイジェーンを襲おうとしていた者達と同じ外套であった。

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