流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第102話「遠き胡蝶のカダスⅦ」

 

―――ニアステラの英雄探索から3週間と2日後。

 

「魔物か。怖ろしく強いのだろう。だが、これで終わりだ」

 

 とある大陸の王都。

 

 襲来した巨大樹木船【セフィロト】の威容にも負けず。

 

 蜘蛛は怪物!!

 

 断固として我らは戦う!!

 

 国交など在り得ない!!!?

 

 という類の戦力に初めて出会った蜘蛛の1人は騎士団長を名乗る有象無象を何人か千切っては投げ、千切っては投げ、探索の用地確保の為に王城をちょっと移動させて、そこを使わせて欲しいという無茶難題が通らなかったので仕方なく大人げない戦争モドキと洒落込んでいた。

 

 やってくる殆どの強者感が出ている実力者、らしい人々は確かに魔力を使えて、それを独自の技能として活用している上に熟練もそこそこであった。

 

 ただ、生憎と“特別”という言葉が彼らと蜘蛛の間では天地の差がある。

 

 魔力の精密制御は蜘蛛の嗜み。

 

 能力の完全制御や有効運用は蜘蛛の基本。

 

 人間の熟練で蜘蛛に勝てるなら、ソレは天才を超えている少年の遥か永き研鑽を人の人生程度で超えているという奇跡にしても在り得ない事であり、そんなのは普通の大陸の普通の国々に転がっている事は無かった。

 

 何故、蜘蛛一人で戦争なんてしているのか?

 

 理由は単純明快である。

 

 人類に絶望が足りない場合、大抵の場合は演出が必要なのだ。

 

『騎士団長が最後の頼みの綱だ!! が、頑張れぇ!! 魔物なんかに負けるなぁ!!』

 

『お、お父さん。勝てるの!! 騎士団長様は!!?』

 

『ああ、勝てるさ。騎士団最強の勇士!! 近隣諸国でも最高の剣士様なんだぞ!! 山を割り、海すら割る!! あの剣技はお城だって両断出来るんだ!!』

 

『が、がんばえー!! だんちょーさまー』

 

 別に今から国を寄越せと言っているわけでもなければ、滅亡しろと言っているわけでもない。

 

 重大な事情があって、しばらく城のある場所を貸して欲しい。

 

 後で使い終わったら移設で元に戻すし、ついでに沢山譲歩もしちゃうし、何なら蜘蛛印の物資も滅茶苦茶割引して大量に卸売りしてもいい。

 

 という、頷いたら国が2000年は繁栄しそうな提案をしたのだが、生憎とお堅い王国は首を縦に振らなかったのだ。

 

 仕方なく大使一人で王都を制圧せねばならなくなったのは遺憾の意が無限に出てしまいそうな蜘蛛達の失態であった。

 

『(・ω・)(現在、近隣国の人類の精神捜索中……天使蜘蛛として判断するに精神性の標準規格は“並み”かな。悪意がある者43%。貧困層で倫理観が殆ど無い層が32%。実際の犯罪を行っている層が国民全体の2割を超えてる)』

 

『(´・ω・`)(これは後で修正案件かな。純朴な人達もいるようだけど、そういうのを文明レベルが少し高い国家が虐めてる構図なのねという顔)』

 

『(≧▽≦)(悪人を悪夢で改心させるか廃人にする例の夢系呪紋使っちゃう?とワクワク新作呪紋の用意をする呪紋得意系蜘蛛の顔)』

 

『(^^)/(邪神の欠片の能力を解析して作った精神属性周回呪紋【モーマスの車輪】……邪神の眷属にも恐らく効くだろう効果だから、100度くらい破滅する人生を繰り返させて、その理由を教え込めば、きっと善人になってくれるはずという顔)』

 

 少年に時間があるのかないのか。

 

 何も分からないのでは困るし、今後の島での予定の為にも迅速に探す必要がある為、必要な場所の確保は必須。

 

 此処は時短も止む無しという結論であった。

 

「おぉおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 魔力とか霊力とかを高め続けた男が何か綺麗な紅蓮のオーラを纏って剣を愚直に乱撃で蜘蛛に直撃させ通り抜けて、剣を鞘に戻した。

 

 急速冷却されているらしい鞘の内部で剣が罅割れ砕ける。

 

 ついでに男の体が六十七分割されて元に戻る。

 

 後、その光景が国家全土に生放送されていた。

 

 誰も彼も何が起こったかは分からなくても、国土全域に放送されている映像から目が離せるものではない。

 

『きゃぁあああああ!!? 騎士団長様が今、今!!?』

 

『あ、相打ちか!?』

 

『い、いえ!? み、見て!!?』

 

『な、何、だと?!』

 

 王都の巨大なストリートでは大量の兵隊が一人も死なせられる事もなく。

 

 ただただ体の自由を奪われて倒れ伏しており、蜘蛛一匹だけで王都中の兵士を全て制圧していた為、彼らは糸の切れた操り人形よろしく動けずにいた。

 

 歓声が上がったかと思えば、それは絶望の悲鳴へと変化する。

 

 騎士団長。

 

 40代後半の技量とかは“人間ならば申し分ない”男。

 

 彼が一瞬自分が間違いなく分割されて死んだ事を理解しながらも、再生していく肉体が衰えていく事に驚愕する。

 

 蜘蛛糸に沁み込ませられていた“相手が極めて疲弊しているように外見を老けさせる秘薬”である。

 

 主に戦闘相手が格下過ぎる場合の報道を使う戦闘に使用され、とにかく絶望感を煽る役者として運用する相手へ投与される。

 

『う、うあぁ、ああ!!? 団長様が!?』

 

『ば、化け物が!? 化け物が!!?』

 

『うそ、だろ……っ』

 

 振り返った男が見たのは自分が切り裂いたはずの蜘蛛が取れた部位や切られた傷口をペシッと脚で押さえて元に戻しているところであった。

 

 治っているというよりも元に戻しているが正しいだろう。

 

 再生している様子が無いのだ。

 

「―――不死身かッッ!!?」

 

 だが、生憎と蜘蛛は不死身ではない。

 

 男よりも遥かに高度な技術と叡智を身に着けているだけの普通の蜘蛛だ。

 

 島の蜘蛛が単独で小神の全力に敵わなくても、使徒程度では話にならないのは今更の話であり、超音速を遥かに超える秒速kmレベルの戦闘速度を誇る彼らからすれば、大抵の魔力を使っただけの音速の数倍から十数倍程度の斬撃は蠅が止まっているに等しい遅さだ。

 

 剣技をわざと体で受けて傷を負った風に装った蜘蛛が使徒の300分の1くらいの強さであろう男の前で変形を使って体を元に戻して肩を竦める。

 

「くっ」

 

 冷や汗を掻いている団長は剣が砕けたのを悟って短剣を抜いた。

 

 ソレをずっとその場で待っている蜘蛛の様子は余裕と人々の目には映っただろう。

 

 刃には恐ろしい程に魔力が凝集されている。

 

 人々に可視光で見える程度には大きい。

 

 だが、蜘蛛達の標準装甲内に封じ込められている魔力の1000000分の1以下の力ではどれだけ込めても無しの礫である。

 

 神の力やらノクロシアの力を延々と溜め込み続けている生ける大量破壊兵器に等しい力の塊の前には傷付けるという意図そのものが無駄である。

 

 ただ、大海に落とし込まれた一滴の水が吸い込まれるように膨大過ぎる魔力の渦にあらゆる力を接触状態から巻き取られて吸収されるしかないのだ。

 

「はぁあああああああああああああ!!!」

 

 短剣が煌めく魔力を収束して長剣化。

 

 蜘蛛の装甲に突き立てられ、ギュボッと騎士団長がミイラの如く細って倒れた。

 

 防御ですらない。

 

 蜘蛛のいつもはセーブしている“生態”に敗北したのだ。

 

 今や蜘蛛達はあまりにも巨大なエネルギーを宿し過ぎて、重量も引力を発するレベルで凝集が進みつつある。

 

 生半可な魔力やエネルギーの類は単純にぶつけても蜘蛛達の表層のエネルギーに同化されてしまうのである。

 

 そこで蜘蛛がちょっと遣り過ぎたと慌てて呪紋で水を大量に相手の口に注ぎ込み。

 

 ついでに秘薬も飲ませて元に戻した。

 

 ミイラ化した男がいきなり元に戻って目を白黒させている間にも蜘蛛が死なせるところだったぜと汗を掻く。

 

 蜘蛛にしてみれば、死人を出さずに王国を絶望させておくのがお仕事である。

 

 残念ながら協力してくれないのなら武力でサックリと何の罪もない一般人達と為政者達を納得させるしかないのだ。

 

 無駄に反抗されるような恐怖は逆効果なのである。

 

「( `ー´)ノ(おーい。今日のお昼ご飯出来たよーと船から顔を出して呼び掛ける調理場の主系蜘蛛の顔)」

 

『(>_<)/(お、マジで~~くうくうと今まで騎士団長VS普通の蜘蛛を観戦していた蜘蛛の顔)』×4万人。

 

「―――ッッッ」

 

 目玉が飛び出そうになっている騎士団長と絶望を通り越して灰になった兵士。

 

 世界の終わりがまたやって来たとブルブル震えながら家に引き籠る民間人。

 

 首都の大通りを囲むように透明化していた戦力がいきなり姿を露わにして船から降りている糸を登って戻っていく。

 

 これを見てしまった王国の国民の心はポッキリ折れた。

 

 これはダメだ。

 

 これは勝てない。

 

 コレに逆らったら……となるのも当然の話。

 

 近頃、自由に島を出入りし始めた蜘蛛達の種族は一杯なのだ。

 

『(≧≧≧(◎◎◎>_<◎◎◎)(今日のごはんたのしみだねーと大量の複眼をギョロ付かせる両生類系蜘蛛の顔)』

 

『(^○^→→→)≧(やっぱり、お肉もいいけど蟲肉も結構おいしいよねーと蜘蛛達の元々の食生活を考慮して養殖した蟲を出してくれるコック系蜘蛛に感謝する元魚類系蜘蛛の顔)』

 

『(”””◎д◎)(それはそれで複雑という顔になる蟲に間違われる事の多いうにょうにょ蠢く環形動物系蜘蛛の顔)』

 

 特に百鬼夜行染みてシェナニガンの配下の蜘蛛達は多種多様なので、それを見ただけで心が折れるのも無理からぬ事だろう。

 

 獣のみではない。

 

 鳥類、哺乳類、目の単位で別の生物から変異した蜘蛛達は形も色々だ。

 

 首の数や脚の数、胴体の長さ、目の数。

 

 何でもかんでも蟲以外なら蜘蛛化出来る力、蜘蛛脚の塔で地域毎変貌させたせいで見ていて飽きない絶望ラインナップが可能となった。

 

 凶悪な見た目の者もいる為、人の想像力を限界まで疲弊させるに違いない。

 

「―――」

 

 完全に自分が遊ばれていたと知った騎士団長は前後不覚で気絶。

 

 残った蜘蛛達の一部が兵士達の攻撃で壊れた街並みを修繕し始め、多くの野外で気絶中の兵士達を介抱して、近場の広場に広げた野戦病院用のテントの下に放り込んで治療を施していく様子までもが映像には克明に映し出される。

 

 そして、その最後にはこう添えられていた。

 

【少しだけ貴方達の国の王城のある場所を貸して下さい。目的が終ったらお返ししますし、貴方達の生活に資する働きを格安で引き受けますよ?】

 

 そして、兵士達は目の前に“凶悪な見た目の医療系蜘蛛の顔”をドアップでお出しされて気絶して起こされ、気絶して起こされというのを何回か繰り返した後。

 

 喜劇が悲劇か分からない状況で七転八倒。

 

 涙目でもう顔は近付けないで下さいと土下座して謝り倒す事となった。

 

 笑い話ではない。

 

 精悍な顔つきの王都の守備隊は一兵残らず誇りを粉微塵にされて涙と鼻水を垂れ流して絶叫する情けなさをしっかり国民に共有されたのだ。

 

「(*´ω`*)(はーい。もう気絶出来ないお薬ですよ~~という顔)」

 

「ひ、ひぃいいいいいいいいい!!? やめてやめてゆるしてごめ―――」

 

「あ、あヴゃあああああああああああ!!?!!」

 

「プクプクプクプク」

 

「(≧◎≦>_<≧◎≦)ノ)(此処の人間さん達は本当によく気絶するなーと嬉しそうに人間の介抱をする看護大好き系カオコワ蜘蛛の顔)」

 

 まだ、ぬいぐるみ化していないシェナニガンの部下達は自分達もカワイクなりたいと島の蜘蛛達に要望を出しつつ、もうどうにでもしてくれと白旗を上げた王侯貴族達の断りを得て、数時間後には工事を開始。

 

 数人の蜘蛛達が城そのものを地面から切り取ってセフィロトで吊って移動させて少し先の平原に着地。

 

 城から逃げ出した王侯貴族達は城が空を飛ぶという世紀の現場を目撃し、大口を開けて目を零れんばかりに剥き出しにして、ただ神の御業を超えるだろう蜘蛛達の大工事を呆けたように見詰める事しか出来なかった。

 

 そこに置かれるのはヘルメースから届いた少年を探す為の機材だ。

 

 こうして彼らは100m程の高さのある大規模な電波塔にしか見えないソレを跡地に転移で持って来て、補強工事をし始めるのだった。

 

 新人類アークの技術において最も秀でているのは観測技術。

 

 まだアークの最新技術を学んでいる最中の彼らにしてみれば、現物を現地から持って来て、さっさと運用するのが一番手っ取り早かったという話なのである。

 

『(>_<)(蜘蛛の動向を調べる為に外大陸へ独自に設置するって言ってチョロまかしてきたから、後はよろしくねというセブンス・ヤーンの顔)』

 

 最も邪神勢力の大陸に近い神格勢力の大陸では重要地点に複数の電波塔が立ち、少年を探す為に即日可動を開始したのである。

 

 勿論、蜘蛛達の“お節介”な治安維持活動と福祉活動と倫理向上活動(国民の数割が悪夢に囚われる)と商売を押し売りされながら……その大陸が将来蜘蛛との融和を説く目が死んでる政府首班達によって運営される事をまだ誰も知らない。

 

 *

 

「で、この船何なんじゃ? 使徒様」

 

「アルティエでいい」

 

「ほんにちんまいのう。可愛いのじゃ♪ アルティエ……くふふ」

 

「………」

 

 黒い真菌が凍り付いた船。

 

 全ての人員を載せた戦艦染みた大型帆船は城下町程もある体躯もそのままに現在地表へのルートがある出入口へと入って外に出ている最中であった。

 

 船内の最も中枢にある船室。

 

 海賊連合の大型船を模した艦の船長室っぽい場所に少年は寝かされていた。

 

 殆ど氷のようにみえる船内の壁や床であるが一切冷たいという事がなく。

 

 アーク・エルフ。

 

 ウサミミの彼らは奇妙に思いながらも陣地に集めていた物資が全て貯蔵庫に纏められているのを見て一安心。

 

 里の人員が誰一人欠けていない事にホッとしつつ、艦内の探索を行って船の大半がしっかりとした機能と形態を持つものであると理解していた。

 

 唯一、海賊連合の軍艦では浮遊機関が載っていた場所に大きな真菌の塊が蠢いている事は不気味がられたが、扉を開けねばいいだけなので問題視されず。

 

 使徒が起きたという話を聞くに辺り、彼らは地表に脱出する船の最中で次々に部屋を割り当て、生活の為に艦内を改装し始めている。

 

「さっきのはこの黒いのが神性を取り戻して出て来た人格になる」

 

「神性……神なのかや?」

 

「大昔に大神と戦ってたっぽい。敗北後に恐らく神性を奪われて散逸させられてたモノの一部と推測出来る」

 

「ふぅむ。なるほどのう?」

 

 艦長室の寝台で未だ少女形態の少年が兎月が持ってきた彼女の着物に近しい服を着込んで虚空に真菌を浮かべ、何やら両手の指で素早くタイピングしていた。

 

「で、何してるんじゃ?」

 

「この船の構造を把握しながら、今必要な準備を譜律で真菌に織り込んでる」

 

「何か複雑じゃな」

 

「命令を真菌に譜律で……魔力運用情報を描き込んでる。邪神の力で魔力と耐久力が増えた。今の内にやる事をやっておかないと後々不利になる」

 

「何に対して?」

 

「邪神勢力が追い掛けて来る。もしくは討伐戦力を送り込んで来る。状況からほぼ確定したと見ていい。大神側の大陸に抜ける航路上には勢力同士の境界線に結界が張られてると地図には書かれてた」

 

「つまり?」

 

「このまま空を飛んでもカダスから逃げられない」

 

「逃げ回りながら解決策を模索するのかえ?」

 

「そうなる。例の大陸に捨てるとしても一人で行かなきゃならない。全員を勢力圏外に出す為の方法を今、考えてる」

 

 そこまで聞いて、兎月は苦笑するしかなかった。

 

「なぁ? アルティエ……お主は我らを殺してもソレを持っていこうとは考えぬのか?」

 

「約束は護る。例え、死のうと生きようと例外は無い」

 

「ふふ、正直じゃなぁ。お主ならもっと悪辣な方法で突破するくらいは出来るじゃろうに……」

 

「ソレは最短であって、最善じゃない。最善もいつまでも最善の方法かは分からない。最も確率が高い方法と最も目的に近い方法は違う」

 

「正直に言えば、お主の良心とやらには期待したくないのじゃがな」

 

「それは正しい。最後まで自分で物事を考えない輩に未来は無い。ただ、ソレを個人で思考しても、今のこっちの最善策には遠く及ばない」

 

「自信満々じゃな」

 

「生憎と心理には詳しい。今、そっちが考えてる方法の大半はロクな結果にならない。最善はこの船が使える内に邪神勢力もしくは邪神を討伐もしくは破損させて、結界を破砕。上空を突破して最速で大神勢力の圏内に入る事」

 

「何もかもを見通しているような物言いじゃな」

 

「民を犠牲にして力をこっちに注ぐとか。老人や大人の命を使って儀式術でこっちを邪神勢力の範囲圏外に飛ばすとか。殆ど意味が無い」

 

「―――本当に言い当てるのかや。なるほど……お主は明らかに神すらも上回るのか。未来が見れるわけでもないのに……」

 

「前は未来を数億通りくらいは見られた。今は見られない。でも、能力が無くても予測能力は高いと自負してる。大体外れない」

 

「予見するだけで我の占いを軽く超えそうじゃな」

 

 もはや自分の言う事など歯牙にも掛けないだろう少年の自己完結性の高さを前にして兎月が肩を竦める。

 

「何でも一人で出来るというのは寂しくないのかや?」

 

「生憎と何でも一人で出来てたなら、今この状況に陥ってない。誰かの協力無しにはこの盤面を先に進められない。約束は護る。最善の道は今のところまだ変わってない。協力するなら、面倒は見る」

 

 そこまで聞いて降参とばかりに兎月が両手を上げた。

 

「お手上げじゃ。主導権は握れそうもない。では、船長殿。我らアーク・エルフに何なりとご命令を」

 

 そう一礼する兎月に少年がキロリと視線を向ける。

 

「な、何じゃ?」

 

「このカダスでの魔力を込めた道具の名前は?」

 

「アーティファクトじゃな」

 

「じゃ、一族単位で持ってるアーティファクトを全部揃えておいて欲しい。それと今使ってる戦闘用の装備、衣服、装具も全部。布は洗わなくてもいい。それと」

 

 少年が兎月の髪の毛を一本指先でシュリンと少しだけ切って握り込む。

 

「?」

 

 掌から小さな結晶が兎月に手渡された。

 

「これは?」

 

「遺伝結晶」

 

「遺伝、結晶?」

 

「血統の力を純粋培養して加工したものを分子鎖が配向するようにして、結晶化したタンパク質の塊」

 

「ええと、つまり?」

 

「兎月1000人分の血統の力が詰まってる」

 

「何に使うんじゃ?」

 

「真菌の精密操作が一部回復した。能力を強化して、しばらく、船の行先を占い続けて欲しい。出来れば、寝てる時以外はずっと」

 

「占術は結構な魔力を使うのじゃが……」

 

「問題ない。活力はこっちで補給する。能力の強化自体で不活性化してる神の力に呼応する遺伝子が偽遺伝から蘇る。祖先の力に近付くはず」

 

「ご先祖様並みの能力を得られる、と?」

 

「神の力が弱まっても神の力で変質した基礎的な遺伝情報には問題が無い。邪神の力に適応したとしても、共存は可能」

 

「共存、ねぇ……」

 

 兎月が胡散臭い薬を手渡されたような顔になる。

 

「今、この体を参考にして脳裏で邪神の力と神の力の最適解となる遺伝バランスと能力発現部位の組み合わせを探してる。体細胞モザイクの全身分配カタログを作ってる途中。これが終れば、短命化してる部位の遺伝子を一部無力化出来る。精密制御すれば、寿命は今の7割増しくらいまでは回復するはず」

 

「七割……治ったと言っても良い程の回復じゃな」

 

「そっちの血統の事は調べてる。でも、寿命自体が元々の1割に満たない。七割は今の寿命換算で七割。殆ど戻ってないに等しい」

 

「確かに……大昔はかなり長生きだったという話は聞いておる。今や40年生きれば、大往生と呼ばれておるしな。老化も早い」

 

「今から船にいる全ての人員の強化を始める。この船を動かして邪神勢力から逃げ切るなり、相手を打倒すなりするには協力が必須。今日の昼から昼夜なく10人ずつ並ばせて欲しい。各自、兎月と同じように強化を始める」

 

 少年。

 

 否、少女がそう言って、再び譜律をカタカタと組み上げ始めた。

 

「……分かった。使い方は?」

 

「呑み込めばいい。粘膜接触時に粘膜から内部に侵入するように真菌でコードを組んである」

 

 兎月が結晶を繁々と見やってから。

 

「水は?」

 

「はい」

 

 病み上がりの自分の寝台の横にある水差しから木製のコップに水を注いだ少年が差し出し、少しだけ躊躇してから兎月が結晶と水を一緒に?み込んだ。

 

「定着するまで凡そ5時間掛かる。更に全身の遺伝子への導入から来る拒絶反応で発熱が6時間。その後に体力の回復と遺伝的な素養が霊体と魔力で擦り合わせられて馴染むまで8時間。全部終わったら、祖先の1割程度の力は戻ってるはず」

 

「おい。今、一日中寝込むと聞こえたのじゃが?」

 

「時間が無い。看病の人員を割いて順繰りにお願いする。以上」

 

 少年が譜律の構築作業へと戻り、兎月はイソイソと部屋を出て、溜息を一つ。

 

「人の心をあまり無視しないと言いながら、結構無視して進めおるな。いや、我らの意志で飲ませるだけ有情か。はぁはぁ……長い付き合いになりそう、じゃな」

 

 愚痴った彼女がドクンッという心音と共に己の体がゆっくりと熱を帯び始めたのを感じて、今の話を長老連にしなければとヨタヨタ歩き出した。

 

 最初に寝込む事になる彼女が全てが終って目覚めるのは翌日の話。

 

 船は外にいつの間にか出ており、モクモクと火山灰が降り始めた大陸には日の光は未だ差さず。

 

 しかし、熱量が上がり始めた各地は氷床が既に溶け出し始めたらしく。

 

 沼地や湿地となっているのを目にする事となるだろう。

 

 彼らが目指すのは一路ランド達が乗って来た船の隠し場所。

 

 そこから別大陸に向かう空間の歪みへと入る為、船は速度をゆっくりとしながらも直線距離の最短コースで北部へと戻って行くのだった。

 

 *

 

―――1日後。

 

 少年が少女になって仕事を初めてから眠る事もなくずっと真菌に譜律のコードを叩き込んでいる作業中。

 

 ようやく時間が来たようだと少年は自分が着ていた衣服をメイジェーンとエルフの女性陣に仕立て直させた代物を着込んで、船倉の方へとやって来ていた。

 

 見れば、アーティファクト。

 

 島でならば呪具と呼ばれるだろうソレらが大量に並べられており、その周囲の壁際ではあちこちで女達が忙しそうに立ち働き。

 

 船内の蒼い光の下でせっせと食事だの洗い物だの洗濯だの子守だの病人の看護に取り掛かっていた。

 

 既にほぼ全ての人員が少年の手によって作られたタンパク質の結晶構造。

 

 遺伝子を弄る例の代物で変異を開始しており、1日後の今日は次々に回復し始めた層が動き出して、船内は少しずつ活気を取り戻している。

 

 逸早く目覚めた女達の働きに頭が下がる思いとなりつつ、少年は言った通りに並べられていた大量のアーティファクトのある一角で片手をソレらに向ける。

 

 それと同時に船体から湧き出した真菌によって少年の手元程の高さまで掲げられた後、次々に魔力の光がアーティファクトに宿っていく。

 

 蒼白い輝き。

 

 邪神の影響を受けた少年の魔力が注がれたソレらは同時に目に見える程に拡大した無数の文字列……螺旋状の譜律を吸収しながら姿形を変えて僅かに大きく成って一様に黒く変質してから地面に落ちた。

 

 散らばったアーティファクトの大半が明らかに人智を超えて強化されたのが分かる程度には魔力の気配が強く。

 

「手が空いたら、元の持ち主に返しておいて欲しい。それと力が強まったアーティファクトの扱いは極めて慎重に……制御出来るようにはしてある」

 

 少年がそう言い残して、甲板へと出ていく。

 

「お、終わったのかや?」

 

 兎月が甲板では待っていた。

 

 今までの氷雪ではない。

 

 黒い火山灰が降りしきる中。

 

 油紙を使った傘を差して少年を待っていたらしい。

 

「体調は?」

 

「悪くないぞ」

 

「ならいい」

 

「それでこれからどうするんじゃ?」

 

「今、到着した。接収する」

 

「接収?」

 

 少年が片手を上げると同時に遥か地表から何かが勢いよく船の航路上に浮上してくるのが彼女にも見えた。

 

「船? あの色合いは……大昔の船かや?」

 

「そう。今はランドとメイジェーンのもの」

 

「船をもう一隻……そもそも飛べる船があるのにいるのかと思うんじゃが」

 

「いる。というか、船一隻じゃ哨戒活動も潜入活動も不自由」

 

「ふむ。揚陸挺のような使い方をするのか……」

 

「この船のタイプは見た事ある。島にある船と基本は一緒。問題は単純に使い方を使用者が知らなかった事に尽きる」

 

「ふぅむ。あの2人に使い方を教えれば、有用、と?」

 

「空も跳べる。この船と違って魔力も使わない。ついでに今のこっちよりも余程に強力な武装まで付いてる」

 

「ほう? そうなのかや?」

 

「唯一の欠点は神を殺す武装が付いてない事だけ」

 

「それ、欠点なのか?」

 

 思わずジト目で突っ込みを入れる兎月である。

 

 ノクロシアの船の個人所有版。

 

 軍艦とは違う民間用船舶ではあっても、ノクロシアの技術の結晶であり、ソレ自体に神格以外なら割と何でも滅ぼせる武装も付いているという事実をまだ二人は知らなかったというだけなのだ。

 

「で、どうやって持っていくんじゃ?」

 

「こうやって」

 

 少年が虚空に拳を付き出して、ギュッと握り締める。

 

 その途端、船のあちこちのパーツが次々に形にそって魔力の光が内部から零れてパーツ毎次々に船体から剥がれていく。

 

「……我の知識が正しければ、あの船解体なんて不可能じゃったと思うのだが」

 

「ウチの島で山程発掘したのを使ってる。勿論、解体方法や再構築方法諸々も全部確認してある。今まで魔力が無くて出来なかった事は大体可能。昨日から描いてた譜律の半分はこれの再構築用」

 

 甲板から見える船がバラバラになりながら少年のいる船を囲うようにパーツを配置し始め、最終的にはゆっくりと魔力の輝きを零しながら船体表層から内部へと吸い付くようにして融合していく。

 

 そうして、船の中央付近から一際魔力の強い反応が出ている正方形の塊。

 

 幾何学文様が多数刻まれたソレが甲板の上に浮遊しながらやってくる。

 

「これは……動力源かや?」

 

「動力と制御系を一緒に詰んでる武装であり、防御機能の中枢でもある。ガワはこれを護る為の装甲に過ぎない。船の本体はほぼコレ」

 

「ほうほう? でも、今船をバラバラにして取り込んだような?」

 

「本体があれば、どんな素材でも船自体は再構築出来る。船体強度そのものはこっちに回して防御を固める」

 

「ふぅむ……で、こんな馬鹿デカイ部品どうするんじゃ?」

 

「こうする」

 

 少年が手を翳すと同時にその中枢部品が急激に縮まったかと思うと少年の手に収まった。

 

 ついでに氷のような鎖の細いネックレス状のパーツが部品から伸びて本体が氷の結晶に閉ざされて内部が見えないように偽装された。

 

 精々が1cmのキューブ状のパーツが付いた装飾品にしか見えない。

 

「今、空間制御しなかったか? かなり高度な魔歌でも数百人掛かりなんじゃが」

 

「邪神の残り滓でもこの程度は出来る。そもそも殆どの質量はこの船の真菌に充填されてる」

 

「左様か。はぁぁ、ドッと疲れた気が……これからどうする?」

 

「元々の予定航路には氷山が連なってて面倒な逃げ道だった。でも、此処からは最速で行く。別カダスへの道も来る途中に確認済み。次のカダスに向かった後、邪眼神殿とやらの動向を確認し、出来るなら結界を張ってる邪神を討伐もしくは出来る限り削る準備、あるいは結界破砕の方法を模索する」

 

「妥当なところじゃな」

 

「勢力全体を敵に回しても面倒だから、裏工作するのに時間がいる。この船はその活動拠点兼工作物資と人員の輸送用」

 

「つまり、裏で動く為の移動拠点か。理には適っておるが、力を失っていない大破片はさすがに周辺を固めておる使徒達と同様に厄介じゃぞ?」

 

「分かってる。だから、こっちの能力を高める為の物資やら他にも集められるだけアーティファクトや道具を集める必要がある。エルフの外見は現地種族を確認後に偽装。現地の常識や諸々の知識は適当に拉致した人物の脳裏から吸出してマニュアル化する」

 

「何かよー分からんが、拉致される人物が可哀そうになってくるのう」

 

「そろそろ中に入っておいた方がいい。船をこれから最大船速で空間の歪みに突っ込ませる」

 

 少年の一声で甲板から兎月がすぐにそそくさ逃げていった。

 

 これからまた無茶な事をするのが目に見えていたからだ。

 

 少年がそうした方がいいという事はそうしなければ危ないという事だと彼女にも分かり始めていた。

 

「………発進」

 

 少年の声と共に今までの緩々とした動きが嘘のように加速し始めた船は空気を泳ぐ魚のように滑らかに大気を切り分けながら回頭。

 

 速度を感じさせぬ程に静かに加速し始めて内部の人間が僅かに一方向に引っ張られるような感覚を感じさせた後。

 

 音も無く矢のような速度で瞬時に遥か数十㎞先の海洋にある空間の歪み目掛けて突っ込んでいく。

 

 その加速は凄まじく。

 

 しかし、振動という振動を一切感じさせない。

 

 船体の周囲の空気を制御した少年の手で時速500kmにも達した船はそのまま水飛沫すらも上げず。

 

 歪んだ空間へと消えていくのだった。

 

 *

 

―――永久の氷床カダス。

 

『……分かった。追跡結果の報告ご苦労。これより本殿へ帰還せよ。シーカー各位は引き続き探索に当たれ。その大陸から転移反応を確認。歪曲地の周囲に出る可能性が高い。発見次第、観測せよ』

 

 ファーの着いた外套を着込んだ者達が数名。

 

 巨人を背後にして虚空の輝く水晶からの声を聴いた後。

 

 次々に巨人の肩に飛び乗ると空間の歪んだ洞窟内の一角から消えていく。

 

「貴様らか。今までコソコソと見ていたのは……」

 

 彼らの大半が武器を引き抜こうとして、一部の者達に止められた。

 

「先に行っておれ」

 

 そう言われて、殆どの者が巨人に載って消えていく。

 

 残された外套の男が一人。

 

 少女が洞窟の先からやってくるとフードを外した。

 

 その顔は真っ黒に染まっており、顔の輪郭も分からぬ程に闇に溶け込んで黒いが、瞳だけがギョロリと浮かんだかのように洞窟の中でも僅かに輝いていた。

 

「使徒エザリ様ですな」

 

「……何処の者だ」

 

「【紺碧の緑炎】様の配下。ドーセム様の元で働かせて頂いております」

 

「やはり、小破片の勢力か。あの【万難祭事】の部下が何故、この地にいる? 此処は海賊連合が仕切っている。つまり、貴様らは領域侵犯だ」

 

「如何に【焦波の祖隷】様の支配領域と言えど、大破片の方々の直々のお達しには逆らえませんよ」

 

「何? 大破片の方々からの要請だと?」

 

「ええ、ドーセム様は実際には難色を示されましたが、名前を出してよいとのお達しが出たので仕方なく我らを派遣し、調査を……」

 

「フン。シーカーが何を追っていた?」

 

「本来は死しても話さぬところですが、今回に限っては邪神勢力全体の存亡に関わる事であるとの話で我らにも許可が下りています」

 

「許可?」

 

「ええ、ドーセム様のお名前と大破片様方のお名前……そして、目的に付いては使徒とその周囲の者に限っては話して良いと。円滑に事を運ぶ為だとか」

 

「言ってみろ」

 

「この大陸に大神アマテラスの反応が出た事はもう知っておられますね?」

 

「当たり前だ。ついでに最後に残った大破片が何処からかやってきた大破片に掻っ攫われた事まで知っているのだろう?」

 

「ええ、まぁ、見ておりましたので」

 

「それで?」

 

「大破片の方々からの要望は三つ。現れた新たな大破片が誰なのかの調査。そして、神とどう関連しているのかの調査。最後に神の器……【神象兵装エルロード】の調査でございます」

 

「ッ……エルロード? 神の死骸を用いた戦略兵器か。どういう事だ? この大陸にそんな反応があれば、我らが見逃すはずは……」

 

「大破片の方々から聞き及ぶところによれば、無数のエルロードの反応が大神達の大陸内で発生し続けているとの事。そして、その一つの反応が此処にいきなり現れたとか」

 

「馬鹿な……そんな事になれば、カダス全域に避難を呼び掛けねばならなくなるぞ。何故、我らにはそれが観測出来ない?」

 

「……非常に言い難い事なのですが」

 

「何だ?」

 

「大破片の方々の推測ではエルロードが量産され過ぎて、この世界そのもので神の力の濃度が上がり続けている為に定理側に影響が出ているのでは、との事です」

 

「まさか、感覚を司る定理そのものが麻痺しているのか? 我ら使徒にすら分からぬ程に? いや、だが、そんな事……」

 

「事態は思っていたよりも深刻かもしれないという事です。大神勢力圏内では多くの大陸にその大陸とほぼ同規模の巨大な力を発するモノが現れ、例の天に掛かった緋色の塔が唯一観測出来る極地からの報告では次々に何かしら力の導線らしきものを奔らせているとの報告もあり……事は急を要するやもしれないと」

 

「まさか、始まるのか? 本当に? 数千年もの時を掛けて何も起こって来なかったのだぞ? 神話時代の大戦など我らに出来る余力は……」

 

 闇が人型を取ったような男が溜息を吐く。

 

「結果として神話時代の大物らしき姿。今、本殿の書庫から当時の大破片の方々の情報を漁らせておりますが、何分本当に旧い時代の話であり、時間が掛かっています。ですが、一つ確かな事がある」

 

「確かな事?」

 

「あの大破片は神の力を宿しておりました」

 

「本当か?」

 

「気付かれなかったようですが、微弱ながらもあの時の戦闘時に道具で図りましたので間違いないでしょう」

 

「大破片が神の力を宿す? つまり、アレは大神共の先兵、なのか」

 

「可能性は高いでしょう。もしも、アレが呼び水となれば……」

 

「エルロードで武装した神々の使徒が大量に雪崩れ込んで来る……か」

 

「使徒らしき人物を捕捉した後、周辺探索において、この大陸で何人か神の力や邪神の力、また伝説のノクロシアの力の気配をさせる人物達を幾らか捕捉しており、邪神の力は恐らく偽装の為に使われていると推測しました」

 

「つまり、もう先行部隊がやって来ていると?」

 

「強襲偵察。大破片の一角が失われる事態となっただけでも重大事ではあります。ですが、これが単なる序章に過ぎぬとすれば……」

 

「……分かった。情報はこちらにも?」

 

「ドーセム様からは本殿の者に聞かれた場合は開示しておくようにと言われております。こちらをお納め下さい」

 

 男が懐から出した巻物を手渡す。

 

 それが少女の手で広げられると魔力で虚空に映像が映し出され、三人の相手が動いている様子が映し出された。

 

「男が一人に女が一人。少年が一人……か」

 

「その少年は恐ろしき使い手です。我らのギガスと数名が倒されました」

 

「先行してくる使い走りでも、ギガス程度は倒せると……」

 

「魔力も殆ど使わず。実力と魔力と気配を隠蔽しているものと思われます」

 

「面倒な……見付ける事すら困難なのか……」

 

「今現在、行方を追わせていますが、この大陸に隠れ住んでいた神格勢力の里だった場所を発見致しました。もぬけの殻でしたが、恐らく生活跡からしてエルフの類だったかと」

 

「つまり、遂にやってきた大神の先行部隊と内部の邪教徒達が呼応し、首魁である大破片と共に少数精鋭で源界の階を落とし、更に侵攻を開始したわけか……」

 

「それが真実かと」

 

「……何と言う……“滅びたくなければ抗え”とは……エルロードの群れに今の我らがどれ程に抗い得るのか。知りたくはない話ね……」

 

 唇を噛んで拳を震わせた少女が杖を握り締める。

 

「恐らく、ドーセム様であれば、すぐにでも手配を始めるはず。本殿の方には恐縮ですが、出来れば……追跡にご協力を……」

 

「本来なら無礼者と殴り殺しているところですが、いいでしょう」

 

 下々の者達ではなく。

 

 相手を対等の仲間と認めた少女がその男を見やる。

 

「源界の階様が消えた今、追加の任は降りていません。次の任務が通達されるまでは独自に動きましょう。ドーセムには完全武装の兵隊をとにかく集めておけと言っておきなさい」

 

「畏まりました。ご協力、誠に感謝致します」

 

「我らは同じ邪神の申し子……この大陸からの民の避難も既に本殿に要請してあります。しばらくすれば、あの【焦波の祖隷】も避難を認めるでしょう。この大陸の破棄後、例の太陽神の大陸の観測を密にしておきなさい」

 

「は……一部は既に出立しております」

 

「よろしい。それで先行部隊の転移先は?」

 

「【久遠の聖跡】と推測されます」

 

「……あの大陸なら我らの分殿でも指折りの者達がいる。捜索に出しましょう。ただし、防衛戦力が本格的に集められるまでの時間稼ぎしか出来ません。あの大破片を相手にしては分が悪い……」

 

「各地の使徒様方には本殿からもうしばらくの後に情報が行き渡るかと」

 

「では、そちらはそちらで何かあったら報告を」

 

「ドーセム様もさすがに今回ばかりはお許しになられるでしょう。伝えておきます」

 

 こうして少女は邪神大陸に迫る最大の危機を前に動き出す。

 

 エルロード。

 

 神の遺骸を用いた最終兵器。

 

 正しく人智どころか。

 

 邪神すらも屠る凶悪な性能の殺戮兵器の群れを前にして戦い続ける事を決めた彼女の決意は固く。

 

 居もしない神々の絶大な戦力を脳裏に思い描き身震いするのだった。

 

 その“神の遺骸”を用いた“兵器”が毎日毎日量産されて、神域からポン出しされ、神の影響力を大陸から日々弾いているという事実なんて知り用もなく。

 

 大神達を逆に追い詰めつつあるなんて、邪神達に予測できるはずも無かった。

 

 そのエルロードと誤解された巨大な大陸の如き神樹の船。

 

 【セフィロト級】を増産しまくっている蜘蛛の勇者シャナニガンはソリトゥード大陸の事実上の首都となった山岳部の巨大な黒蜘蛛の巣の最中でくしゃみを一つ。

 

「( ̄д ̄)(風邪でも引いたかな?という顔)」

 

「シャナニガン様~~魔族の大陸から【デモニアック】の方々がご来訪されてます~~エンジェラの子達が応対しています」

 

「(・ω・)でもにあっく?」

 

 風邪も引けるようになったかもしれないシャナニガンが謁見の間にやってくると何か見知った顔と見知らぬ蜘蛛達がいたのだった。

 

「( `ー´)ノ(ヨッという顔で手を上げるノクロシアンの顔)」

 

「(≧◇≦)あ、せんぱいだー」

 

「先輩?」

 

 玉座の間の椅子の横に立っていた姫が首を傾げる。

 

「( |ω| )めーりょーで一番最初期に建設してたひとー。後、ご飯一緒にたべてたー。この間はふねの名前もらったー」

 

 ノクロシアンの後ろの悪魔蜘蛛デモニアックが『(・∀・)(そーなんだーという顔)』になる。

 

「(;^ω^)(喋れるようになったんだ。いーなーと看板に描き込む顔)」

 

 そのノクロシアンが傍まで行って、何やら手渡す。

 

 ソレには魔族達の大陸から近い邪神勢力の大陸の情報が載っていた。

 

「(/・ω・)/(ちょっと、邪神狩りに行かない?という顔)」

 

「(・∀・)じゃしんがりー?」

 

 まるでイチゴ狩りに行かない?とか。

 

 ブドウ狩りに行かない?とか。

 

 きのこ狩りに行かない?とか。

 

 一瞬聞き間違いかと思ったアシエル姫であったが、この蜘蛛達を前にしてはそういうのは普通なのかもしれないと思考停止しておく。

 

「(*´ω`*)(神の力を中和するのに最高効率なのが邪神の力なんだけど、増やす大本が無いから困ってるんだってー。初期ロットの製造に必要とか言ってるーと背後の白衣とモノクルを掛けた悪魔蜘蛛を紹介する顔)」

 

「(◎◇◎)(島の方から依頼がありましてー。神を効率的に駆逐する為に邪神の体を増やしたいとー、と計画概要を書類で手渡して説明する顔)」

 

「(´ω`)おーけぇい!!!」

 

 やたら渋い声でグッと前脚の先の爪が立てられた。

 

 こうして、近頃忙しい遠征隊の任務に無理やり捻じ込まれた蜘蛛を名付ける仕事を任された第二部隊の面々と息抜きしていたレザリアが合同で名付けた悪魔蜘蛛デモニアック達とシャナニガンの部下の天使蜘蛛エンジェラ達は合同で“初めてのお使い”に挑む事となるのだった。

 

 目標は邪神の肉体。

 

 神をさっさと駆逐して、しっかり戦争準備をする為の新たな戦いはこうしてサクッと二人の蜘蛛によって遂行される事が決定したのである。

 

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