流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第104話「遠き胡蝶のカダスⅨ」

 

 大抵の場合、政治に対する革命という類のものには犠牲の割に効果が大きく無いという欠点がある……というのが歴史家達の認識する共通点だ。

 

 例えば、新たな時代に合った政権を作る為に過去の政権を倒したとしても、その思想を持つ者達の大半はロクに革命で生き残れない。

 

 雄志や旧時代の思想を受け継ぐ者達が結集して古い時代の者達を打倒したという喧伝がされても、その犠牲となるのは思想的に旧時代の人々であり、一部の先進的な人々が仮に生き残れても殆どの国民にとっては“上が変わった”以外ではなく。

 

 そのせいで旧時代の残滓と呼ばれるような人々の反乱や諸々の平定を余儀なくされてしまっては人々からの“新しい人々”への心象は悪化。

 

 結局、改革はロクに進まずに思想家達が天に召されるような時間が掛かる。

 

 政体は変わろうと人はゆっくりとしか変わらないというのが事実だ。

 

 故に多くの新しい政体の人々はある程度の時間を掛けて、旧態の人々の多くを思想教育したり、民族同化したり、虐殺したり、法律で衰滅させたり、基本的にはとにかく“殺さずに殺す事”を考えるわけである。

 

 無論、その大半は穏便に済む事もある。

 

 しかし、最も簡単な駆逐方法は自分達の思想による繁栄によって自分達の勢力を最大多数にするというものである為、手腕が悪い革命者が結局は数百年にも及ぶ混乱の原因として歴史に名を残すのもよくある事なのだ。

 

「………」

 

 此処に革命者と呼ばれる人馬が一体。

 

 いや、対外的にそう呼ばれている若き英傑という事になるだろうか。

 

【革命のエムルト】

 

 そう呼ばれる人馬の女はチラリと自分達よりも余程に先進的だろうニアステラの女性陣を見やる。

 

 彼女は革命的ではない。

 

 実は彼女、まったく革命的ではない。

 

 思想的には穏健派でどうしても許せない相手を斬って捨てただけだ。

 

 結局、彼女は恨みを晴らし、自分の欲望を叶えようとしただけで、それが政治的には革命の類であったにしても……その内実は旧態然とした人々と一緒だ。

 

 特に倫理観とか道徳観とかが強いわけではなく。

 

 少しでも清廉であろうと努力するという程度の人物。

 

 結果として暴力を伴った“自分の革命”の後始末に追われている。

 

 彼女は今一番重要なノクロシアの探索という大事業をしていても、祖国から届く書類や諸々の決済の一部、故郷の状況に対する幾つかの議案や議題に対する回答を書面で六眼王……政治家としては自分の大先輩だろう相手とやりとりしている。

 

 彼女の先達であるヘクトラスに任せた後も人馬の邦を独裁的に変更中ではあったが、中々に人心は変わらないというのが彼女の結論であった。

 

「………」

 

 そんな彼女でも人馬の邦でコレは変えねばと思う慣習がある。

 

 傲慢天を衝くような純粋人馬達にとって下級と見なされた人馬達。

 

 つまり、他の亜人との間に生まれた混血種に対する差別や軽蔑は度を過ぎていた事が多々有った。

 

 そして、その人馬達からの行動として最も彼女が顔を顰めたのは混血種達の女に自分の子供を“産ませてやる”という類の社会思想だ。

 

 人馬の邦では純粋な人馬であれば、優遇されるという類の制度が数多くある為、その層のヒエラルキーが最も高く。

 

 それ以外は混血種の人馬、その下に奴隷や他種族とピラミッド型の階層構造が広がっている。

 

 結果として混血人馬の娘達が弄ばれて来た結果として今や純粋な人馬程に数が少ないという事実に直面しているわけだが、そのせいで彼女にとって“男性とのお付き合い”という類のやり取りには一家言がある。

 

 まぁ、簡単に言うとお堅いのだ。

 

「………」

 

「あ、あの~~何?」

 

 そう訊ねたのは見られ続けていた当人。

 

 ボクっ子人魚。

 

 アヴィラーシュであった。

 

 その実際豊満な胸元とスタイルの良過ぎる彼女の装いは現在は戦闘用の軽装備。

 

 遠征隊用の第一野営地の鍛冶場、今や研究所、大工房とも呼ばれている場所で制作された叡智の結晶そのものであった。

 

 既存の技術は更に新たな蜘蛛達の仕入れた叡智を次々に投入し、その素材の純化や合成による高性能化が果たされ、能力の限界は蜘蛛達の肉体の半分にまでも達していると一部の研究者達の間では噂されている代物だ。

 

 ハーフ・プレートで肉体のあちこちを部分的に覆いながらも、肌色は多めという類の代物だが、機械的な傾斜パーツのフォルムと関節の防護は動きの柔軟性を邪魔する事無く保ち、唯一重さだけがネックと言われる装甲であった。

 

 全身フルプレートですら50kg前後が相場という時代において、1600kg強の装甲が遠征隊の標準装備として採用された。

 

 それを“軽過ぎる”と評価するのが今現在の遠征隊人員の本音であり、彼女もその例に漏れない。

 

 少年から逐一強化されて来た遠征隊の面々である。

 

 耐荷重性能はもはや常人などまるで意に介さないものであり、軽装ですら使徒と神格の分体程度ならば、致命傷を防ぐ装甲は事実上ドラク数十機分の装甲に等しい防御力と太鼓判を押されている。

 

 元々、海の民である人魚の邦の出である彼女は束縛されるような衣装を好まないのだが、それにも対応してくれる辺り、鍛冶場の主であるウリヤノフは極めて優秀な鍛冶師、否……今や新たな外界の言葉にてエンジニアと言えるだろう。

 

「……非常に言い難い事なのですが」

 

「?」

 

「後で帰って来た彼と共にお説教をせねばと思いまして」

 

「へ?」

 

「お腹に……」

 

「お腹? そう言えば、近頃やたらお腹空くんだよね。太ったかな……でも、かなり運動してるし、アイツの力のおかげで身体能力も増大して全然そんな感じはしないんだけども」

 

 とある研究室前の野営陣地。

 

 研究室前では蜘蛛達も含めて多くの遠征隊関係者がウロウロしているのだが、今帰って来たばかりのアヴィラーシュは簡易の床几に腰を下ろして、通路の焚火に当たってモシャモシャとサンドイッチを齧っていた。

 

「それは身体が栄養を欲しているからですよ。アヴィラーシュさん」

 

「そうなの?」

 

 エムルトとアヴィラーシュの周囲では帰って来て研究室で検査を終えた少女達が次の監獄での戦闘に備えて昼食を取っていた。

 

「エムルトさんてボクに何か言いたい事とか有ったんだね。というか、人のお腹の話はさすがに失礼かと思うんだけど」

 

 ジト目のアヴィがそう彼女に肩を竦める。

 

「……それでいつ彼と?」

 

「え? 彼? どういう事?」

 

「お腹の事を訊いているのですが」

 

「???」

 

「ですから、いつ彼と関係を持ったのですか」

 

 思わずアヴィラーシュが吹き出しそうになった口元を抑えてゴクリと呑み下した。

 

「な、な、何言ってるのさ!?」

 

「お腹の子供の話です」

 

「はぁぁ!!? どういう事!!?」

 

「「………」」

 

 それを聞いていたフィーゼとレザリアが固まったままにアヴィラーシュを見やる。

 

「ちょ、その顔はコワイコワイ!!? 何の話さ。まるで身に覚えが無いんだけど!?」

 

「ですが、お腹に命が見えるのですが、それもかなり力の大きな」

 

「はぁああああああああああああああ!!!? あ、あの野郎、何かした!? いつの間にか赤ちゃん出来てたってどういう事!? 嘘や冗談じゃないの!!?」

 

「その理由がありません。よく見れば分かります。お二人もお腹を見れば、分かると思いますが」

 

 そう言ったエムルトの言葉に笑顔のままに二人が第三神眼を開いて無言でアヴィラーシュの腹部を見やる。

 

 確かにちょっと膨れているように見える剥き出しのお腹の中。

 

 母体と同化している為に分かり難くはあったが、新たな命が芽吹いていた。

 

「アヴィラーシュさん。ちょっとこっちでお話を……」

 

「アヴィ……ボク達に言いたい事、ある?」

 

「ちょ、こわぁ!? こわぁ!? ボク、別にアイツと関係とか持ってないんだけど!? というか、本当にそうなら今まで此処で何食わぬ顔で戦えてないんだけど!?」

 

「むぅ。それもそうですね」

 

「う~~ん。でも、じゃあ、そのお腹の子は何なの?」

 

「ボ、ボクが知りたいよ!? というか、本当にボクの子なの!?」

 

 エムルト、フィーゼ、レザリア、更に騒ぎを聞き付けて補給物資を持って来てノクロシアの別陣地に戻る寸前だったヒオネが何事かと駆け付けて来ると蜘蛛達から話を聞いて、すぐに瞳を皿のようにしてアヴィラーシュの腹部を見やる。

 

 その顔に思わず周囲にいた蜘蛛達も「あ、これは……」という顔になった。

 

 血の雨こそ降らないが、何かあったら、明らかに少年が後ろから刺されそうな案件であるのは間違いないらしかった。

 

「何か心当たりはないの? アヴィ」

 

 そうレザリアに聞かれた彼女が必死に何かあったっけと思い出そうとする。

 

「う、う~ん。え~と……ぁ、何かあの女神と戦う前に黒いのに何か言われた、ような……」

 

「黒いのって?」

 

「いつも君達も浸かってる黒いドロドロ。戦ってた時、蜘蛛達も知ってるスゴイ生物を模倣した感じの形態になったんだよ。その時にそいつから何か言われた気がする。具体的には思い出せないけど」

 

「スゴイ生物……」

 

 レザリアがよくよく腹部の中の相手を見やると確かに人魚というような生物には見えなかった。

 

「もしかして、シンキンとか言うのの魂が転生したりした姿、なのかなぁ?」

 

「ふむ。後でエルミさんに見て貰いましょう。それにしても……アヴィラーシュさんのお腹に宿って転生? いえ、発生したという事なんでしょうか?」

 

 落着きを取り戻した女性陣の最中。

 

 ヒオネは何も言わずにいつもの笑顔で外に戻っていく。

 

 蜘蛛達もコレにはホッと一安心である。

 

 帰って来た少年がいきなり後ろから刺されたりしなければ問題は無い。

 

「とにかく!!? ボクはまだ乙女なんだからね!? それにそういう事があるとするなら、君達にちゃんと言うよ」

 

「言うんですか?」

 

「言っちゃうの?」

 

 フィーゼとレザリアの問いに彼女が溜息を吐く。

 

「そういう事って別に隠すような事じゃないでしょ。それに君達が一番愛されてる事は言わずとも分かるよ。あいつにとって君達2人……それからエルミさんが重要な事くらいはさ」

 

「「………」」

 

 そう言われて、アヴィラーシュはどうやら大人らしいと二人が初めて気付く。

 

「一番先に子供を作るなら、ヒオネさん辺りだろうけど。アイツと一番先に愛し合うのは三人の誰かもしくは全員じゃないの?」

 

「「!?」」

 

 思わずボッと二人の顔が赤くなる。

 

「ボクは別に恋愛とか興味ないし、子供もしばらく作る気は無いけど、アイツは……まぁ、性格はともかく子供作るなら、きっと文句ない相手だとは思ってるし」

 

 ちょっと最後に頬が赤くなったアヴィラーシュである。

 

「アヴィラーシュさんはアルティエの事好きなんですか?」

 

 直球でフィーゼが聞く。

 

「大嫌いだよ。こっちをまったく女として気を使わないし、ついでに人の話は聞かないし、こっちの意見無視するし、出会った時にデカチチ筋肉処女とか悪口言われたし」

 

「え、えぇ? それはさすがに後で帰って来たらアルティエにお説教ですね」

 

「でも、アイツが必死なのは分かるよ。その後ろ姿がスゴイのは分かる。だから、支えられたらと思ってる。故郷の事は何を言わずとも蜘蛛達に任せ切りだしね。大嫌いだけど……故郷からの色々な話もあるけど……それは抜きにしても……あいつとの子供なら別にいい……ううん。悪くない……そう思ってる……」

 

 さすがに恥ずかしくて視線を逸らしたアヴィラーシュを見ていたフィーゼとレザリアがちょっとだけニヤニヤした。

 

「な、何さ?」

 

「案外、アヴィさんて乙女なんですね」

 

「案外は余計でしょ!? ボクは乙女だよ。いつだって!!」

 

「ふふ、アヴィって可愛いとこあるんだね。案外」

 

「だから、案外は余計だって!? も、もぉ!?」

 

 ワイワイしながらも仲良く姦しい三人を見つめながらもエムルトが現実問題を告げておく。

 

「それでどうするのですか? 赤子がいる以上、戦闘は任せられません。後任が必要です。それとそのお腹の子の事を調べておく必要もあるでしょう」

 

 そこでようやく三人は現実問題に直面して「(|◇|)……どーしようという顔」になるのだった。

 

 *

 

―――?????年前。

 

『は!! 誰が選ぶ!! 誰が唱える!! 選ばず!! 唱えなかった者達が果てに至った結末だ!! 何故、争う!! 何故、願う!! 言うまでも無いだろう!!』

 

 天が裂けていた。

 

 遥か天から降り注ぐ無尽の灰。

 

 エンジェル・ダスト。

 

 天使達の遺灰は今や大陸を埋め尽くし、熾火となった炎国の大地を埋葬する。

 

 その最中、天に掛かる二つの色合いは紅蓮と蒼穹。

 

 二つが激突する大陸中央盆地上空は正しく分かれ目となり、炎に没した大国の跡地をただ溶鉱炉のように溶かし崩しながら、激突する双柱の神の戦場となっていた。

 

『貴様ら大神が何の為にいると思う!! 誰の為に戦っている!! それが全て物語っている!! 貴様は単なる殺戮兵器であり、貴様ら神族は我ら邪神を駆逐する為に奴らが生み出した愚かなる遺物なのだ!!』

 

『―――!!!!』

 

 蒼穹が紅蓮に膝から下を撥ね飛ばされる。

 

 同時に紅蓮もまた蒼穹に腹部を消し飛ばされた。

 

 互いに消耗しながらも復元し、無限に続くかと思われた戦いは正しく終局を迎えつつあり、大地は屍を晒す事無く。

 

 命ある者も命失った者も男も女も父も母も息子も娘も無く。

 

 全てが焼け焦げて黒く炭化し、もしくは灰となったものを埋めていく。

 

『どうだ!! 満足か!!? この星の半数もの者達を討ち果たし!! 世界を我が物とした気分は!! 貴様を支えるはずの全て、貴様が生み出した全て、何もかもが灰燼に帰したぞ!! 我らの世界を焼いた貴様が今度は焼かれただけの話だろう!!?』

 

『ッ』

 

 紅蓮の輝きが波濤となって無限にも等しい熱量を固めた一撃で蒼穹の胸を拳によって貫いた。

 

 だが、同時に蒼穹の一撃が紅蓮の輝きの腹部を刺し貫こうとし―――蒸発する。

 

『笑え!! 満足だと笑え!! それが貴様には相応しい!! 大天神!! もはや、貴様の大陸は滅んだ!! 赤子も老人も等しく消えた!! 貴様の子孫達も一匹残らず駆逐された!! 生み出された文明も!! その精粋たる文化も!! 何もかも我らを駆逐した代価として捧げられたのだ!! 尊いではないか!! もっと嬉しそうにしたらどうだ!! ええ!!!?』

 

 蒼穹の輝きが半分までも紅蓮の輝きによって消し飛ばされ、残ったモノが紅蓮の輝きの内部からヌッと迫り出した腕によって掴み潰される。

 

『くくくく、新たなる時代を貴様は生きよ。その憤怒と虚しさを掲げながらな……我らを滅ぼす最終兵器はもう完成しているのだろう?』

 

 残渣の声が紅蓮の腕を這うかのように声を届ける。

 

『神世の終幕に……貴様らが作った“人モドキ”の始まりに……相応しい光景だ……終わりの果てに願うがいい……ああ、あの時、あの頃、こうしていれば良かったと涙して苦しみ懺悔するがいい……何れ、その時は来る。きっと……きっとな』

 

 蒼穹の輝きが熱風に散った。

 

 そして、残された輝きが人の形を取り戻していく。

 

 それは一人の女神の姿。

 

 彼女は世界を見渡す。

 

 何もかもが灰によって埋葬されていく大地にはもう何も残っていなかった。

 

 何一つ残っていなかった。

 

 彼女が愛した野原も、彼女が笑い合った街も、彼女が愛した人々も、何一つ、誰一人、残ってはいなかった。

 

 そうして、灰降りしきる大地に項垂れた彼女の背後。

 

 ようやく駆け付けて来たらしい神々の輝きが数名現れる。

 

『―――やはり、もう遅かったか』

 

『ヤハ様は重症だ。他の大神達もほぼ活動停止状態となっている』

 

『駆け付けるのが遅れた事を言い訳はせぬ。ただ、12の大陸と4つの衛星が奴らの手によって消滅した。そこにいた者達諸共な……』

 

『小神群との契約さえなければ……だが、奴らこそが我らにとって最後にして最大の敵となるだろう』

 

『例の大陸から更に双子の片割れがほぼ全ての神々を追放したのは聞いているな? 旧き者達とあの小神群が交渉したそうだ。ノクロシアが奴らに引き渡される事となった。それと引き換えにヤハ様は残された大陸群と惑星上の勢力圏を全て個別に隔てる時空連続体を変動させる結界をあの“裏切者”に提案された』

 

『各大陸をこれで時間別に管理して我らの負担を減らす事になるだろう』

 

『だが、奴らが妖精神をどう扱うかによっては……』

 

『まだ、その時ではない。しばらくは新たな種族の育成と文明の再構築を主軸とした惑星開発に注力する事となる』

 

『………残念だが、この大陸はもう放棄される事が決定された。楔として、カダス側として封ぜられる。明日の夕方までと覚えておいて欲しい』

 

 色々と言われた一人の女神はずっと項垂れていた。

 

 神々が不憫そうな顔で消えても、ずっと項垂れていた。

 

 そして、目元から全てが渇いた顔を上げたのは結界が発動する寸前。

 

『次は……きっと……次こそは……っ』

 

 彼女は何もかもを振り切るように己の全ての力を込めて大陸に衰えぬ炎を、己の魂の如き猛る炎を、焼べる。

 

 いつまでもいつまでも燃え続けるように。

 

 彼女の拓いた世の終わりがいつまでもいつまでもこの世界で輝き続けるように。

 

 神代の黄昏の終幕に世界は動き出したのだった。

 

―――現在。

 

 不意にフラッシュバックする記憶に目を細めながら、少年は何を自分の中の灰が訴え掛けているのだろうかと思案しつつ、都市の上空で真菌の糸を伸ばしたままに各地にある食料在庫を貯蓄する商店や田畑、食糧倉庫群の確認を行っていた。

 

 海岸線沿いなだけあって十分に在庫はある。

 

 この都市の人口からしても1000人以上を2か月分程度、略奪しても値段が一時的に3倍まで上がるだけで済むだろう。

 

 暴動は起きるかもしれないが、一時的なものであり、品が安く入ってくれば、商人達の懐が痛むだけで存続には問題ないはずだ。

 

 そう脳裏で食料と諸々の物資の略奪を始めようとした時だった。

 

 不意に視線を感じて、少年がチラリと城壁外の山々の方を見やる。

 

 途端だった。

 

 光の筋が一閃。

 

 少年を貫く勢いで胴体を通り抜けた。

 

「………」

 

 勿論、少年は“貫通されたように見せて”上空から落ちる演技までしておく。

 

 生憎と此処で時間を食っている暇は無いし、邪神を討伐するとなれば、準備の為に情報やら諸々の準備に時間が掛かる。

 

 それでなくても何故か1000人以上養う事になったのだ。

 

 こんなところで面倒な敵に関わっている暇は無い。

 

 射程凡そ21km。

 

 曲射による弾道でありながら、正確に“光の速さに近い”狙撃は少年の心臓を狙い撃っていた。

 

 恐らくは相手の心臓を穿つ類の定理で編まれた攻撃。

 

 しかしながら、一応邪神の力を得ている少年は相手の攻撃を予知した時点で即時に紙一重で回避し、外套に風穴を開けられながら幻影呪紋を自分に被せて墜落。

 

 思紋機関を載せた外套は主の望む幻影(肉体に関する事のみ)を瞬時に編んでくれている為、実体として観測する限り、少年は打ち抜かれたとだけしか分からない。

 

「……外套の破損を修復するのに3分。真菌で緊急的に補修を実行、完了。外套の破損個所より得た情報を解析……定理異常を検知……思紋機関の推察補佐開始……これは……スキル?」

 

 少年が頭部に刻んでいた呪紋で思紋機関を奔らせて、僅かに額に文様……紋章と言うべきだろう三神の印を模したソレで解析を続ける。

 

 少女と戦った時にも観測した定理の異常。

 

 つまり、呪紋とは違う事象を定理から引き出す類の呪紋に似た痕跡に目を細める。

 

 ノクロシアで戦っていた相手のスキルはほぼ全て現実での法則に則ったやたらに複雑な事象の発生プロセスをプログラムとして画一化し、襲って来る影そのものがスキルに影響しないように図られていた。

 

 これは魔力や法則性の揺らぎ、つまりスキルを用いる本体の定理異常を用いた存在の在り方から干渉され、動作不良しないようにされていた代物だった。

 

 しかし、同系統でありながら、彼が少女から解析したスキルは呪紋と同じように事象を法則性から直接引き出す代物であった。

 

 言わば、ノクロシアの影達の上位互換版スキルである。

 

 通常の因果律的な事象を無視して、法則性から事象がそのままポン出しされる代物となっていたのだ。

 

 今まで呪紋での解析がかなり難しかったのだが、邪神の力を得た影響か。

 

 スキルの解析が嘗て神の力を主に用いていた頃からは思いも寄らないような速度で進展している。

 

(恐らく、邪神側の方がスキルの運用が上手い。通常の魔力運用体系の大半が神格の力と法則を前提にしてる。つまり、邪神が本家。もしくは現在のスキル大系の主流であり、何処かに関連する情報が眠ってるはず)

 

 少年が今後狙うのもその関連の情報になるのは間違いない。

 

 カダス側で開発もしくは使用され続けているスキルがノクロシアよりも高度だとすれば、邪神達も旧き者達との戦いにおいて進歩していたという証左に他ならない。

 

 過去の遺物である遺跡のアーティファクトの発掘やら他諸々の技術体系や大陸に存在する叡智、技術を短期間で掘り起こして収集すれば、恐らくは技術的な面における不利は消せる。

 

 いや、そうせねば、短期決戦は不可能だろう。

 

 蜘蛛達に自分の居場所を知らせられればすぐにでも達成出来そうな目標であるが、今は少年以外にロクな戦力が無く。

 

 一般人考古学者と一般人女富豪とちょっと魔力が使えるエルフが数百名というのではお話にもならない為、彼らの協力を得ながら、とにかく早め早めに邪神大陸の要素を集め切る事が肝要だと邪神討伐までのプロセスは模索されていた。

 

「……これは……」

 

 街の内部で真菌の増殖を下水道や排水溝で続けながら、少年が人の目を盗んで木箱を真菌の河の如き流れを街内の路地裏に敷いて食料を次々に運び出している最中。

 

 その瞳の先には看板らしきものが見えた。

 

 其処には遺跡発掘の要員を募集しているとの項目が見える。

 

「……真菌は思紋機関に任せて問題ない。取り合えず、この大陸最初の遺跡調査を実行するのは……3時間も在れば、イケそう」

 

 永久の氷床にて数回は遺跡を踏破していた少年である。

 

 この温暖な気候で凍死するわけもなく。

 

 邪神の力もあるのでほぼ通常の使徒程度の力までは回復しているとすれば、遺跡の踏破はそれこそ数時間も要らない場合が殆どだろう。

 

 食糧調達のついでに遺跡からアーティファクトを発掘。

 

 ついでに活動用の資金源として貴金属類も必要になりそうという状況下では其処に急ぐのは聊かも不自然では無いし、街に堕ちたところを恐らく目撃されているだろう事からも早めに現場から引き揚げる事も必要な事であった。

 

「……無名遺跡?」

 

 こうして外見的には浮浪児の外套を着込んだ少女が一人。

 

 イソイソと8km程離れた山々の最中にある遺跡へと向かった。

 

 しかし、誰もそれを見咎める者も無かった。

 

 朝っぱらから浮浪者である難民達が城塞都市をゾロゾロと出ていったのは誰もが見ていたし、小汚い外套を纏った少女が何処に向かおうと誰も気にしない。

 

 こうして、少年は何か普通に開いている邪眼神殿の小さな派出所のような小神殿の前を通り過ぎ。

 

 ついでで人気の無い集会所内部の本棚から数冊の本を真菌を伸ばして略奪。

 

 一目が無くなったところで1脚数百mの加速で遺跡までの道を超低空で跳びながら手にした本をパラパラと速読し、いつものようにジグザグ走りで片手に本、片手に雑草を持ちながら、モシャリ始めた。

 

 三つ子の魂百までの言葉通り。

 

 道端に落ちてる強くなれそうな要素は何でも拾い食いする習性は治っておらず。

 

 同時に邪神の力を得た胃腸によって薬効を抽出してある程度は効率的に吸収出来るようになったせいで再び力を取り戻す踏破は始まったのである。

 

 そんな個人がいるなんて知る由もない街長は中央広場で声を張り上げ、大量の金貨と引き換えにアーティファクトの供与を呼び掛け、そのまま遺跡まで持っていくだけで大金持ちだと吹聴して、遺跡への道を歩み始めた。

 

 彼が遺跡に到達するまで凡そ4時間。

 

 ゾロゾロと住人の5割にも及ぶ人々が何かのお祭りかと大盤振る舞いし始めた悪辣な街長の口車に乗って移動を開始。

 

 危機察知能力の高いモノ達は何か起こるかもしれないとすぐに荷物を纏めて街の外へと逃げ出し始めた。

 

 そんな最中、街にわざわざ馬で向かっている者がいるとも知らずに。

 

『神殿長!! やはり、あの街で何かが起こっているようです!! 遠見で見ても、街の人員がかなり何処かへと向けて移動しているようで』

 

『やはりか。まさか、使徒アスラ様が死亡なさるとは思わなかったが……外大陸の大神勢力が既に街へ入り込み始めているのやもしれぬ』

 

『アスラ様の事は本当に残念でした。まさか、自分の直系氏族との会合で少し仕事を手伝って来ると行った切りになるとは……』

 

『大陸最高の精神干渉術者たるアスラ様と直系氏族の方々が全員……もう少し早く本殿からの通報が届いていれば……』

 

『仕方ありますまい。本殿からの最重要命令を上が差し止めていたとなれば、何れ処罰が下されるでしょう。小破片勢力同士の抗争を大陸の存亡の上でやろうという馬鹿共です。まったく、大陸への裏切りに等しいだろうに……連中は……』

 

『最も問題なのはアスラ様が使徒達の管理職をなさっていた事だ。今、アスラ様の死亡を報告された分殿は上に下への大騒ぎ中だ。本殿からの兵力集結を実行は出来ているが、空いた席に誰が座るだの、他の使徒候補達の暴走で分殿は今や大混乱だろう』

 

『ですが、使徒階梯の者を一人撃墜。恐らく、死体は残っているはず。今の内に回収して解析せねば……』

 

『―――待て!! 一端、馬を止めろ!!』

 

 街道を走り抜けていた数名の邪眼神殿の黒と紫のローブに身を包んだ一団が先頭を走る者の号令で道の横で速度を落として止まる。

 

『どうなされました!! 神殿長!!』

 

『何だコレは……こんな……』

 

 神殿長の顔がゆっくりと青褪めていく。

 

 その額には第三神眼。

 

 邪神の瞳とも称される力の象徴が輝いている。

 

『あの街に近付くな!! 悍ましい程の力の渦だ!! 渦が見える!! これは破片、なのか!? 小破片規模の力が街中で河のように流れているぞ!!』

 

『ま、まさか、予期されていた大破片ですか!?』

 

『規模と力の量はそれ程ではない!? しかし、これが単なる偽装の場合、もうあの街は……奴らの手中だ!? 我らが入った瞬間に殺される可能性が高い』

 

『な、何と!!? つ、つまり、あの街の人間が逃げ出しているのは……』

 

『異常によるものだろう!! く!? 早過ぎる!!? 一端、引き返すぞ!! 使徒どころの話ではない!!? もしもう揚陸されていた場合、あの場所は我らを地獄に送る大釜となっている!! せめて、使徒5人以上が必要だ!! 通常戦力ではほぼ意味が無い!! 分殿に報告しろ!! 敵、揚陸の可能性在り!! 直ちに本隊を編成し、この地方を封鎖する戦力を各関所及び山間部へ!! 要塞封鎖の準備だ!! 広域結界の要請も!! この地域そのものが大神共に乗っ取られるのは時間の問題だと伝えろ!!』

 

『りょ、了解!!?』

 

 こうして少年を狙撃した者達は近付いて分かる悍ましき力の塊。

 

 真菌の河に恐れをなしてイソイソと自分達の拠点へと戻っていく。

 

 大神勢力揚陸すの報は瞬く間にカダス全域へと伝わり、初手が肝要であると小破片を要する勢力は次々に新たな時代、新たな勢力拡大を可能とする戦の熾火を狼煙として戦力を【久遠の聖跡】へと投げ込み始めた。

 

 急速に膨れ上がる戦力は同時に過剰な受け入れ負担を分殿に要求し、その処理で分殿の事務機能はほぼ処理量一杯で停止。

 

 混乱する分殿側の統制と戦力編成を大きく遅れさせる事になるのだった。

 

 *

 

 結局、遺跡に一番乗りした少年……今はブカブカな外套を着込む黒髪少女らしいアルティエ・ソーシャが見たのは大量の廃材と大量の採掘者達であった。

 

 何があったのかと尋ねようとして近付いた時、轟音と共に山体の一部が崩れ、大量の樹木と土砂が現場を埋め尽くす勢いで雪崩れ込んで来る。

 

「………」

 

 それにまた消耗するのかと内心渋くなりながらも、見ず知らずの半裸のおっさん数十名を適当に真菌で包んで地表から少し下の地面に潜らせ、そのまま山体崩落の現場から離れた場所で開放するように自動化して命令を下した。

 

 少年は瞬時に自分の周囲から大量の真菌を近場の水辺から引き込んだ水分で増殖。

 

 かなり、栄養分を薄められつつも最低限の力を与えた真菌を放出して、音速を超える駆け足で遺跡内部に飛び込んだ。

 

 ほぼそれと同時に大量の土砂が遺跡を埋め。

 

 同時に気絶した人夫達が命だけは拾って崩れた山の影響が無い水辺付近へと地下から繭状になって掘り進めた真菌によって放り出されていく。

 

「………」

 

 無駄口を叩くものでもなく。

 

 指が弾かれると同時に少年の周囲に魔力の明かりが点灯。

 

 未だ崩落していない通路を下に降りていく。

 

 山の崩落によって出入口は消えてしまったが、内部構造は堅牢だった様子で石製の通路や崩れた通路の先は明かりで照らせば、見通せるくらいには広々としていた。

 

 踊り場のような場所には大量の採掘者達の荷物が置かれていたが、奥の通路からは人ならざる声がしており、獣よりは亡霊の悲鳴のようにも聞こえる高音が響いて来ていた。

 

 実際、奥からゆっくりと溢れ出しているものが呪霊の類だと気付いて、少年が呪紋の中でも霊力関連のもので思紋機関で駆動出来るようにしておいた手札を複数枚準備する。

 

 通路奥から現れたのは女達の霊であった。

 

 しかし、呪霊というよりは生霊に見えるのは“そういう生き物”というのもおかしいが、呪霊のような種族だからだろうと少年が看破する。

 

「理性が在るなら答えて欲しい。此処には何が眠ってる?」

 

 すぐに少年を取り殺そうと襲い掛かろうとしていた呪霊のような女達がそこでピタリと止まった。

 

【……何処の使徒かは知らぬが、此処は大破片の方々の遺物納めし墳墓である。体は無くとも、此処は嘗ての大英霊たる破片の方々を祭る隷下だったモノ達の神殿。引き返されよ】

 

 やはり、答えは帰って来たので少年が入り口を指差す。

 

【……我らを殺して奥に進むのでなければ、帰り道を教えよう】

 

「此処にはアーティファクトの回収。もしくは技能の回収に来てる」

 

 女達の一体、少年くらいにしか見分けが付かないだろうが、同じようでいて何処か違う顔付の者達の中……一際古株のように見える老女が目を細める。

 

【技能だと?】

 

「この大陸の“スキル”の根幹が何処にあるのか知りたい。情報の類だけでもいい」

 

【……ふむ。貴様、大神の力と邪神の力を併せ持っておるな】

 

 その言葉に周囲の女達がざわめく。

 

 蒼白い女の浮遊する霊というくらいの彼女達が何やら困惑した様子であった。

 

【その上でスキル……神殺しにして邪神殺し……貴様、どちらだ?】

 

「どっちも邪魔するなら敵。勿論、どっちも協力するなら味方」

 

【つまり、神と邪神に喧嘩は売らねど売られたら買うと?】

 

「邪神の眷属の力は使ってる。大破片と昔呼ばれた者の力も得てる。大神はこの間一人倒した。太陽の女神と呼ばれてたヤツ」

 

【―――そうか。遂に邪神を滅ぼしに来たかと思っていたが、滅ぼされたか。あの獄滅の女神は……】

 

 何処か懐かしそうな表情で老女の霊が溜息を吐いた。

 

「今、大神は敵。邪神はこちらの邪魔をすれば敵」

 

【……良いだろう。殺したというのも嘘ではあるまい。神灰だな? その力……確かにあの太陽の女神の匂いがする……本体かどうかはともかく分体を殺した程度だとしても評価は可能だ】

 

「つまり?」

 

【我らはこの大地、この地にて滅びゆくもの。あの御方達の形見を護る者。しかし、貴様のような輩がいるという事は星見達の言っていた時代が来たのだろう】

 

「星見?」

 

【予言だ。いや、予知と言うべきか。到達せし者来たらば、我らは形見たるアーティファクトと対峙させよと聞いている】

 

「………」

 

【いいだろう。付いて来るがいい。貴様がもしも予言の相手ならば、案内しよう。だが、そこから先は知らぬ。好きにするがいい。ただし……】

 

 老女の瞳が蒼白く染まる。

 

【貴様の力が遺物に及ばねば、我らと共に埋葬されると心得よ】

 

「生憎とさっさと帰る為に力を求めてる。場所は?」

 

【フン。小賢しい小僧め。そこまでの力が有りながら人を気取るか】

 

「人かどうかは自分で決める。人じゃなくなろうとも心くらいは自分で定義する」

 

【……いいだろう。賢しらなる愚者よ。過去、あの女神と戦い朽ちた者達の怨嗟を知るといい】

 

 少年は呪霊系種族に誘われるがままに遺跡の奥へと向かう。

 

 墳墓は陰鬱としているが、明かりが無いだけで小奇麗にはされているので何等かの魔力による掃除はされているらしいと少年が歩きながら気付く。

 

 埃っぽさは無く。

 

 しかし、あちこちで発掘の横穴があるものの、先に向かう者達の足取りは全てを無視する。

 

 そうして、7分程歩いて下る階段の先。

 

 再び大きな広間に出た。

 

 途中、物理的に突破出来なさそうな岩盤を採掘しているような跡が見受けられたが、その近場の壁は魔力で隠蔽されていて、普通の通路が通っており、少年が地下へと向かう障害とはならず。

 

 広間は今まで墳墓とは違い。

 

 磨き抜かれた石で出来た小規模な集落のように見えた。

 

 縦穴の周囲には部屋が複数有り、虚空を呪霊種族達は通り抜けて生活しているらしい。

 

 穴の最深部は深く。

 

 上空に噴き上げて来る魔力の密度的には未だ彼女達が生きていくには十分な環境だろう。

 

【分かるな? アレが遺物だ。地下に納められたものだ。【破戒の蒼穹】様……【華楼の神歌】様……【苦界の千壁】様……大破片の中でも指折りであった三柱。最も長く旧き者達と戦い続けた方々の御髪、片腕、精器が納められておる】

 

「精器?」

 

【今の時代の者達が知っているかどうかは分からん。が、我ら邪神の破片より生まれ出ずる全ての命は共楽と快楽の為に戦い増える。御髪は力の結晶、片腕は叡智の象徴、精器は快楽、悦楽と共に繁栄の頚城として遺されたのだ】

 

「繁栄の……」

 

【いつか、旧き者達との戦いに決着が付き。滅びたならば、再興する為に……破片の力はやがて失われよう。されど、その力によって新たな命と芽吹く種族の繁栄が星によく蔓延り、興亡の果てに最後の時を迎えられるように……】

 

 少年が邪神に付いて真剣に探究する価値があるようだと穴の真下を覗き込む。

 

 そこからは三神の印を見た時のように三つの意志らしきものが未だ芽吹きを待っていた。

 

 欲望、退廃、繁栄。

 

 何もかもを求める力の因子。

 

 それは明らかに神の力とも違うが、同時に表裏のようにも見える色合いを混沌とさせ、焼かれ朽ちた者達の怨嗟に満ちている。

 

【9つの遺物は右手、左手、神手、右目、左目、邪眼、左根、右根、王根。全ていつか大破片もしくは小破片の者達が継承するものだと思っていた】

 

「中央に当たる部位が特別?」

 

【邪神の方々の中でも奇数となる部位は特別なのだ。頭部が特別なように。二つ在るモノは唯一性という点で劣る。だが、それは邪神の方々の中での話だ。全ての遺物が一つ一つで現在の大破片にも勝る力がある】

 

「同じ大破片と呼ばれてるのに優劣がある?」

 

【大破壊だ。旧き者達による邪神勢力の弱体化が行われた際、多くの破片の方々が倒れた。残された者達もまた嘗ての栄光と力は当に無い。それでも戦わねばならなかった。奪われた破片、奪われた世界を取り戻す為に……】

 

「………旧き者達がもうこの世にはいないのに?」

 

【奴らと我らは互いに戦う定め。この星での決着が付こうとも……広き大宇には未だ争い続けているだろう。それこそ無限にな……】

 

 少年が真下から吹き上がる力の息吹が少なからず邪悪というには邪悪なのだが、それなりの価値観の上にある力なのだろうと納得する。

 

「それで? このまま降りても?」

 

【構わん。我らは埋葬されしもの。この時の為に遺されただけの遺物。この地から魔力が枯渇すれば、最初から消える定めだ】

 

「じゃ、遠慮なく」

 

 少年が何の躊躇も無く穴の飛び込んだ。

 

 その姿が穴の奥底に消えて、彼女達が魔力の流れが止まったのを感じて、老女の周囲に集まって来る。

 

【おばばさま。よろしかったのですか?】

 

【フン。あの後ろ姿を見たか? 全て理解しているような賢しらな顔の癖に何一つ躊躇せぬ様子だった。もの知らずではないのだ。知って尚ああなのだ。今に生き残る大破片の多くが恐らくは慄くだろう強烈な意志をものともせぬ】

 

 老女が溜息を吐く。

 

【つまり、どういう事でしょうか?】

 

【あの女神を斃したのも嘘ではあるまい。あの女神の力に焼かれる事すらなく。それどころか。親和していながら、邪神の力にも左右されず。相反し、憎み合うはずの力の多くが混沌としながらも一体と化していた。ハウエス神も真っ青じゃろう】

 

【はぁ、よく分かりません……】

 

【もしかしたら、あのような者こそがウェラクリア様の仰っていた者なのかもしれぬ】

 

【我らの女神様の?】

 

【我ら大破壊により死ぬ定めであった者達に慈悲と情けを掛け、生きる為の力を与えて下さった……あのお方こそ今の大破片達よりも我らの神であろうとも……】

 

【謳われるように慈悲深き方なのですね……】

 

【世の命の限りを尽くして辿り着いた者。それは命の精粋にして答え。それは残酷かもしれぬし、あるいは単純に我らには理解出来ぬものなのかもしれぬ。だとしても一つだけは確かだ】

 

【一つだけ?】

 

【いつか、来る。そして、それは少なからず遠き未来ではないかもしれぬ。そういう事だ……あのお方もまだ存在しておられるのか。あるいはもう……】

 

【おばばさまは直接会った事があるのですか?】

 

【ああ、とても儚げで命を惜しまれる方だった。蟲と蔑まれ、踏み潰されていた最も小さき破片の末達にすらも心を痛める程に……】

 

【だから、蟲の腕をお持ちなのですよね?】

 

【ああ、そうだ。故にあの方は蟲神にして大地母神。大神にして邪神。二つの顔を持つ真なる神と多くの破片達に讃えられ、大神達からは“裏切者”と呼ばれながらも我らとの仲立ち役として不可侵の存在であったのだ】

 

 彼女達が御伽噺を囁く中。

 

 少年は深い深い穴の底。

 

 意識と肉体を染め上げようとする巨大な影響力を適当にいなしながら、輝くように煌めき続ける光の先へと落ちていくのだった。

 

―――1分後。

 

「ようこそ~~邪神の楽園へ~~~」

 

 光の先。

 

 少年は見てしまう。

 

 何かやたら明るい暗黒の太陽の元。

 

 良い笑顔の農夫とその伴侶らしき嫋やかな女性と小さな娘らしき少女を。

 

 此処で育てている野菜は我々が作りましたとでも宣伝されていそうな幸せそうな農民一家はしかし少女だけが二人をジト目で飽きれた様子で見ている。

 

 その背後には二階建ての民家が一件。

 

 奥には畑が広がっていた。

 

 だが、それより何より少年が渋い顔になったのは自分の横にいつの間にか真菌の精霊(仮)である女がいたからだ。

 

「久しぶりね。名前は無いけれど、分かるかしら?」

 

「分かるわよ~~だって、ずっと見ていたもの」

 

 黒髪の現在のアルティエを十歳近く成長させたら、そんな風になりそうな女が農夫の伴侶の声に苦笑する。

 

 膝元まで届く長い金髪を輝かせて、農夫の伴侶は微笑む。

 

「我ら大破片が死んだも同然で再び見えることになるとは罪深くも面白き事だ」

 

 笑顔が少し獰猛になった美丈夫と呼べるだろう蒼い髪の農夫が肩を竦める。

 

「貴様だな? あの馬鹿女を殺してくれたのは……どれ一つ手合わせ願お―――」

 

 ゴインと灰色の髪の娘役の少女が何処か沈鬱なジト目で男の頭を持っていた分厚い本で殴り倒して沈黙させ、仮にも母役の女とは違って器量良しとは言えない三白眼で少年を見やった。

 

 その両の瞳は間違いなく第三神眼だが、何処か違う。

 

「この二人が済まないわね。果てに至りしもの」

 

「………」

 

「警戒しなくていいわ。此処にいるのは影よ。もう滅んだ破片の影……魂の位で言えば、劣化し過ぎて、この星全土に影響力を保持出来ていた頃の面影も無い破片から分かたれた塵みたいなものよ」

 

「此処の管理者?」

 

「ええ、今殴り倒したのは【破戒の蒼穹】……そこで貴方に憑いているモノと話しているのは【華楼の神歌】……私が【苦界の千壁】……古の時代、旧き者達と戦い続け、遂には敗北した今大破片と呼ばれているモノ達の大本よ」

 

 少年に握手が求められる。

 

 ソレを取るべきか考えて、少年は……握手した後、その手首を即座に剣で切り落としてから虚空に真菌で持ち上げて繁々と見やって確認後、虚空に放って指先を切り捨て、腕だけを引っ付けて再生するのだった。

 

「……面白い人ね。でも、その用心深さは賞賛に値するわ。侵食は止めましょう。ただし、こちらの要望も聞いて貰いましょうか」

 

 そう悪戯っ子のような笑みでニタリと大破片と呼ばれていた者達の亡霊の1人は少年に笑むのだった。

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