流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第106話「遠き胡蝶のカダスⅩⅠ」

 

―――【幸甚の豊麗カダス】内陸、岩山脈地帯上空。

 

【………】

 

「………」

 

『………』

 

 巨大飛行戦艦(増設済み)の中央上部甲板に近い一室。

 

 適当に少年が部屋を作った会議室には大きな円卓に三人。

 

 いや、一人と一霊と一剣が互いを見つめていた。

 

「つまりじゃ。我らは現在、あの使徒様……おっと、お主らにとっては欠片じゃったか。そういう能力を得たアヤツの配下という事になるのか?」

 

 ウサミミ・エルフ。

 

 もといアークエルフの長。

 

 兎月がそう自己認識を訪ねる。

 

【フン。あの賢しらな小僧が上になるとはね。だが、方々が選んだ事だ。我らはそれに従おう。どの道、あの遺物からの魔力無しには生存も不可能。そのまま朽ちていくのを良しとしなかったのは方々のご命令……理不尽ではあるが、異論は無い】

 

 老婆の呪霊。

 

 正確には【呪祖霊種(アルマカーズ)】という種族らしい半霊系種族の長……未だ名前無き彼女がそう語る。

 

『つーか。アルマカーズのばあさん。アンタ、よく生きてるな? あの当時からの生き字引って聞いたが、大破壊で一番脆い霊系の種族が残ってるなんて思わなかったぞ。ホント』

 

 椅子に立て掛けられた剣がそう言うと女が嫌なものを見たと言わんばかりにその喋る長剣を見やる。

 

 アダマシアス。

 

 正確には【アダマシア製人造知性兵器】という種別らしい元人間の人格を得ている彼がその視線を嫌われてんなと無い肩を竦めた。

 

【嘗ての怨敵の主要兵装か。当時、出会った事は無かったよ。でも、そうかい……まだ現存してるのがあったのか。あの当時、大陸にいなかったのかい? それとも遠征で生き残ったか?】

 

『お、ばあさん勘が良いな。その通りだ。オレは当時、最前線で戦っててな。人間の頃に最終戦争してた戦地で死んで、この剣に人格だけ書き写したんだ。本当のオレはそのまま死亡。今じゃ亡霊ですらねぇ、情報の塊さ♪』

 

【あの頃の生き残りそのものだよ。アンタ……本当に命の価値観が違うね】

 

『仕方ねぇだろ? こういう人格でもなきゃ、あそこじゃやってけなかったんだよ。結局、オレは満足して死んだし、オレはその後も戦う気だったが、大陸は崩壊。こうして今じゃ伝説の魔剣てな名前で流れ流れて此処にいる』

 

 何だか当時の事を懐かしむ二人に兎月がジト目になった。

 

「割って入るぞ? 取り合えずじゃ。アルティエ殿と一応正式には呼ばせて貰うが、アヤツの指揮下に入る事で双方異論は無いな?」

 

【構わん】

 

『いいぜ。どうせ、オレ達の命運はあの坊主のもん。おっと今は女だったな』

 

 兎月が何とか合意出来たかと胸を撫で下ろす。

 

「ちなみにお主らに言っておくが、使徒殿はカダスからの脱出の為に結界破砕を試みる。そして、その方法は邪神の破壊。もしくは撃滅じゃ」

 

『大きく出たな? 今の大破片の連中も昔の連中程じゃないが、かなりなもんだぞ?』

 

「そこは分かるのか?」

 

『ああ、この数千年であちこちの大陸に行ったからな。それに邪眼神殿に殴り込む事になるぞ? 大破片は動かないからな』

 

「ふぅむ……ま、それはアルティエ殿の考える事じゃからな。我らは庇護や助け。もしくは幾何かの願いの為に集った。ソレならば、労働力や技能を用いて貢献する事は構わぬな?」

 

【構わん。方々の意志は恐らく今のカダスを憂いての事。契約の話からすれば、意図があり、現在の大破片の者達との間に何かしらの交渉が必要なのだろう。生死を問わずとなれば、力無き者には無謀……あの小僧その点だけは信用しても良いと長年の経験から察しておる】

 

「ほうほう? そっちのアダマシアス殿は?」

 

『オレはそもそもアイツの剣だからなぁ。まぁ、保護者として死ぬまで面倒は見るつもりだが、あいつの願いをあの小僧が叶えてくれてる内は裏切る意味も無いし、死なない程度の仕事なら引き受けよう』

 

「ふむ。食客扱いで良いか?」

 

『おぉ、そんな感じ!!』

 

「では、難民達には仕事を割り振ろう。この船にいる者達の2か月分の食糧は得た。しかし、2か月以上の生存を担保するならば、金を得られる集団としての働きが必要となる」

 

【盗賊紛いに村でも襲うかね?】

 

『はは、ばあさん。1000人の食い扶持の為にどれだけ村を襲わなきゃならないか分かってるだろ? 大都市圏はみんな邪眼神殿の支配下だ。小破片の勢力相手に小競り合いなんぞしたら、すぐに討伐隊を編成されて、皆殺しだぜ?』

 

【むぅ……魔力さえあれば生きていける性質故、昔の方法しか知らんのだが……それでダメならば、何かを作って得るしかないか。商売……】

 

『難民に呪霊種にエルフ? どーすんだよ。オレらの食い扶持稼ぐっつっても、得意な事が全部バラバラじゃねぇか?』

 

「あ、傭兵とかは無しじゃぞ。我らアークエルフは戦闘に向いておらんからな」

 

『難民連中の方がよっぽどに屈強だろうな。魔力は強いと見たが?』

 

「元々、我らアークエルフは街向きの細工職人気質じゃ。戦人としては血統からして三流よ。無理なものは無理じゃ」

 

『細工仕事か? 職人なら歓迎だな。なら、難民連中は何でもござれだな。大概の事は出来るが、単純労働や荒事が基本……雑用だな』

 

【我らは元々、あの大戦においては諜報役であった。潜入工作は得意な部類だが、今の大陸で通用するものかどうか分からん】

 

『他には何か出来る事は無いのか?』

 

【一応、遺跡の管理の為にアーティファクトの保守管理及び幾つかの製造技法は保っておる。古びた時代の古びた技法にどれだけの価値があるやら】

 

『へぇ、ちなみに何造ってたんだ? 昔は?』

 

【さて……我らの造っていたモノの殆どは戦場用でな。何に使うかは知らん事も多かったが、こういったものだ】

 

 ゴソゴソと老婆が懐から取り出したのは……一本の長方形の筒だった。

 

「なんじゃコレ?」

 

 首を傾げた兎月である。

 

『―――ちょっと待て?!! ばあさん!!? ソレ、名前は!!?』

 

 慌てた様子になったアダマシアスが訊ねる。

 

【名前? 何じゃったか? ええと、ああ……確か……】

 

『【メルトコア】だろ……』

 

【ふぅむ? そうだったな。旧き者達の言葉では確か……戦場でよく使われたと言われておった。我らの排出する代謝済みの霊力を入れただけの代物なのだが……】

 

『そうだったのか……オイオイ。勘弁しろよソレは……』

 

【何に使われたのか尋ねても?】

 

『それが毎日使われてた前線がどうなったと思う? ばあさん』

 

【人死にが出る程度の事は戦場の倣いだろうに?】

 

『あのなぁ……ソレの霊力を圧縮してばら蒔かれた戦線が一気に崩壊してたんだぞ?』

 

【何故?】

 

『霊力汚染兵器だよ……太陽の女神様がやってた物質汚染の霊力版……霊力汚染で魂が直接影響を受けて狂気に陥った連中がいきなり火の粉を零して爆散するとか。マジで今も汚染地帯消えてねぇんだぞ?』

 

【ふぅむ? そう言えば、方々の1人が言っておられたな。存在していられるだけで我らはまずまず邪神側で良かったであろうと】

 

『だろうよ。というか、人を狂気に落として爆散させる霊力汚染兵器の源って……根絶やし不可避だろ。あの頃……』

 

【何故、狙われておるのか知らなんだが、そういう事であったか。ははは、何とも胸の空く話よ♪ だが、お主らを爆散させても困るか。どうすべきか……】

 

 そのように三者が取り合えず互いに相互理解に務めようとしていた時だった。

 

 いきなり、船が傾く。

 

「何じゃ!? 攻撃か!?」

 

『いや、違うな? この船は坊主が勝手に動かしてる。つまり、坊主に何かあったんじゃねぇか?』

 

【そろそろだったな。そう言えば】

 

『ばあさん。アンタ何か知ってんのか?』

 

【あの遺跡から直接我らの遺跡直上の門を開いた時に力を使った影響であろう。方々は悪意以外では決して約束を違えない。そして、悪意成らずとも言の葉に登らば、曖昧にはしておかない】

 

『つまり?』

 

【あの小僧に女を宛がうが良かろう】

 

『はぁ?』

 

【いや、この場合は男? いやいや、だが、うむ……面倒な……やはり女が必要じゃな。エルフの媛よ】

 

『な、何じゃ藪から棒に!?』

 

【精神集中が乱れておる内は良いが、方々も御子を儲ける時には激しかった。壊されぬように励むがいい。では、我らは与えられた区画に引っ込むとしよう。代謝済みの霊力はそう多く無いが集めて保管しておこう】

 

 そうして呪霊の老女が消えて、アダマシアスが『………』と無言になった。

 

「おい。アダマシアスとやら。何か言え……」

 

『大破片の遺物を9個も受け入れてケロッとしているから、問題ないのかと思えば、そうでも無かったな。ま、頑張ってくれ。オレはチカラニナレソウモナイ』

 

 剣がそう言って、イソイソと部屋から捌けていく。

 

「~~~ああ、もう!!? 待っておれぇえええええ!!! 使徒殿ぉおおおおお!!?」

 

 こうして、異変が起きた少年の元へと兎月は駆けていくのだった。

 

 *

 

「訊いてもいいかい? 坊や」

 

「答えられる事ならいい」

 

 艦長室。

 

 現在、少年の寝室になったそこでは寝込んだ少年が半身を起こしていた。

 

 その両肩と延髄から下には3翼……黒いつばさのようなものが生えている。

 

 更に瞳の虹彩が鈍く左右で蒼と紅、中央の縦に閉じられた第三心眼、この領域では邪眼と呼ばれるソレは見えていないが宝飾のような明るい鉛色に染まっている。

 

 ついでに股間も少女だった頃には無かったものがようやく生え……否、元に戻ったのだが、生憎とどう移植したものか。

 

 黒い大破片の女(仮)のおかげなのかどうか。

 

 一つで収まっているのは少年には有難かった。

 

 動かす部位が一つ増える毎に少年が検証しなければならない動きの幅が乗算で増えていく関係上、翼三つが限界。

 

 その翼を何とか体内に消そうとして何度目かの挑戦でようやく背中に沈み込んでいく骨の如き腕だったモノは形を変えて少年の骨に寄りそう形で定まる。

 

「………」

 

 メイジェーン。

 

 彼女の瞳は真っ直ぐだった。

 

 ランドが惚れ込むのはそういう顔が出来るからなのだろうと少年は今は部屋の外で着替えだからと出されてむくれている男が腕を組んで壁に凭れムスッとしているのを音だけで正確に確認し、視線を向ける。

 

「アンタが戦う人なのは分かるよ。ウチの大陸もずっと魔王だ勇者だ宗教だ亜人だって戦争の種には困らなかったからね」

 

 まだ二十代程度だろうが、貫禄ならもはや30、40のような相応以上の修羅場を見て来たような気風の良い男前ならぬ女前。

 

 女史というのがぴったりな形容詞の彼女を見れば、何処か島で今も館を護っている女性を思い出すのは自分もまた郷愁というものを持っているからなのだろうかと少年は静かに聴く。

 

「でも、アンタのは度が過ぎてる。アンタは……戦ってすらいない」

 

「………それが分かる人間には随分と出会って無かった」

 

 嘗て、言い当てた者も少ない事実は少年にとっては今更な結論。

 

 ソレを知る者はこの“回”にはいないはずであった。

 

「そうかい。なら、アンタはソレを分かってて感情も殆ど無く大そうな事をしでかし続けてるんだろうさ」

 

「………」

 

「否定しやしないよ。私だってそうだ。ランドの口車に乗って外を目指したわけじゃないし、自分の目的の為にあの考古学者様を利用した。悪いとは思ってないよ。どっちにも必要だったんだ。あいつには金が、私には可能性が……」

 

 少年がメイジェーンを初めて人間として見やる。

 

「でも、どっちも分かっててやった事だよ。でも、アンタは違う。アンタは誰を犠牲にしても、何を失ってもやるべき事をやる。そういう感じだ」

 

「合ってる」

 

「なら、遠慮なく言わせて貰おうかい。ソレは悪だ……少なくともアンタに殺されて、利用されるヤツからしたらね」

 

「知ってる」

 

「でも、アンタは止めないし、他人を自分の為に使い潰す事も方法として必要とするんだろう」

 

「間違ってない」

 

「……覚悟決まり過ぎだろう。どうして、そこまで背負うんだい? ソレは……背負うじゃない。背負わされてるって言うんじゃないかい?」

 

「生憎と潰れる理由が無い」

 

「普通は潰れるんだよ。私みたいにね……」

 

「散々潰された後だから、問題ない。人は慣れる。慣れた後は慣れなくなるように気を付けないといけないだけ」

 

「ははは、慣れないように、か……そっちの方がよっぽどに難しそうじゃないかい……でも、アンタはそうするんだろうね」

 

「そう」

 

「アンタ、この大陸の全てを生贄にしても帰りたいかい?」

 

「勿論」

 

「そこに誰かが幸せに生きてたとしても?」

 

「極論でいいなら」

 

「極論にならないように配慮してる、と……」

 

「そう」

 

 メイジェーンが少年らしい言葉に溜息を吐いた。

 

「アンタはきっと大勢を不幸にする。でも、きっと大勢を救いもするんだろう。今みたいにね。自分の手に余らない限りは……」

 

「………」

 

「いいよ。今のアンタの手に余るのはこっちに投げて……ソレが仲間……いや、保護者の役目だ」

 

「保護者……」

 

 少年が一度も保護者役をされていない事を鑑みても自分の方が保護者なのではという顔になる。

 

「あ、分かるよ? 今、失礼な事考えたでしょ? でもね。大人の意地だ。アンタが私達よりずっと年上でも関係は無いよ。アンタは子供だ……」

 

 少年の脳裏にフラッシュバックする記憶を打ち消す。

 

 ソレは嘗て、随分と前の回で……そう、姉のように自分を護った彼女の言葉。

 

 何もかもを投げ出したくなった回。

 

 その時、自分を救ってくれた人の言葉。

 

 未だ大人の定義すら当て嵌まらないし、子供ですらない自分をそう表現したその人をやはりアルマーニアの軍団に殺された時の言葉。

 

「………」

 

「帰れなくなるのが怖いかい?」

 

「怖い……」

 

「なら、まだアンタは大丈夫だ。アンタが悪い大人にならないように見ててやるから、少しだけ信用して欲しいね」

 

 少年が少しだけ長く沈黙した。

 

「……信用されるに値する力を与える事になる」

 

「与える、か。それってかなり厳しい?」

 

「死なないように護るだけなら簡単。こっちに協力出来るようにするのは難事。人生と命を懸けて貰う事になる」

 

「……何だい何だい。今更じゃないか」

 

「そう?」

 

「アンタにこっちは命掛けたんだよ。あの日にもう決断は終わってるんだ。ソレが単なる子供へのものだったとしても、今もソレは変わらない」

 

「人らしい人生を送れなくなっても?」

 

「具体的にはどうなるって言うんだい」

 

「―――人とは違う時間を、人とは違う寿命で、今まで出会ってきた全ての人を置き去りにしなきゃいけなくなる……かもしれない」

 

 少しだけ驚いた様子になるメイジェーンが薄く笑って目を細めて俯ける。

 

「それは……確かに厳しいね。でもさ……アタシは戦場で死んで逝った連中を知ってる。私は……それはもう実感し終わった後の事さね。アタシはね? アタシの家は……兵器の製造家業やってたんだ」

 

 それは少年が初めて聞く彼女の本音だった。

 

「みんな、アタシより先に逝っちまった。莫大な富は親類縁者や親しい人間と引き換えに遺された。家と財産は持て余した。残されたのは誰もいない家と物言わぬ金だけだった……」

 

「……メイジェーン」

 

「ふふ、初めて面と向かって名前を呼んでくれたわね? 坊や」

 

 彼女は瞳を閉じて過去を見つめるように上を向く。

 

「アンタ、迷子じゃないか。アタシはね。そういうのは見逃せない。ウチにも昔は坊やがいたけど、死んでしまった。迷子になって帰って来られなかった。代わりってわけじゃない。でも、ランドもアンタもちゃんと家に帰してやりたいとアタシは思ってる。それは……きっと、命を懸けるに値するアタシの、私の……目標だ」

 

 少年を正面から見詰めて、彼女は続ける。

 

「アンタに誰かへ優しくしろとは言わない。でも、迷子になってる誰かを切り捨てても欲しくない。馬鹿な理想論で悪いね」

 

 ニコリと彼女は微笑む。

 

 そして、手を差し出した。

 

 その時、さすがに黙っていられなくなった男が部屋に飛び込んで来る。

 

「アネさん!? 待て!!? 待ってくれ!!?」

 

「もぅ……心配性な大きい坊やだこと。ふふ」

 

「っ~~~」

 

 覚悟を決めた女の目を見て、何も言えなくなる男が、それでも拳を握る。

 

「オイ!! この人はなぁ!! この人は―――良い人なんだ!!? テメェが好き勝手していい人じゃねぇんだよ!!」

 

 その物言いに思わず当人が笑ってしまい。

 

 何処か恥ずかしくも必死に男は少年を前に目を怒らせる。

 

「死なせないのは当たり前だ!! お前みたいなのを誰が護ろうとしてくれる!! こんな、こんな良い人他にいねぇんだぞ!!? だから、だからッ、この人に手を―――」

 

 ピタリと唇に人差し指が当てられた。

 

「……ありがとう。ランド……でもね。決めたんだ。このままじゃいけない。アンタにはちゃんと考古学者って肩書も実績もあるだろ? でも、このまま何も出来ない富豪だなんて肩書で此処には居たくないんだ。アタシは……」

 

「アネ、さん……ッ」

 

 少年が溜息を吐く。

 

「盛り上がってるところ悪い。でも、今、物理的に協力者に出来る方法は限られてる。それも……普通の人間には少し難しい」

 

「心意気じゃどうにもならないかい?」

 

「どうにかはなる。でも、意志だけで出来る事には限度がある」

 

「つまり?」

 

「……今、大破片の力の制御に大分疲れてる。移植された9つの遺物の内、8つは掌握が終った。でも、今のままじゃ時間切れで9つ目の掌握が間に合わない」

 

「時間が掛かり過ぎるって事でいいのかね?」

 

「そう……この体が動かなくなるまでの時間が後1か月と幾らか。でも、それに間に合わない。だから、一つだけ呪具にして外部で外付けにしておきたい」

 

「外付け。というか。坊や……体が動かなくなるってソレ……黙ってたのかい?」

 

 ジト目になるメイジェーンが溜息を吐く。

 

「間に合えば問題ない。それよりも道具にした場合、自分で持ってても意味が無い。負荷が増えるだけ」

 

「つまり、その道具を?」

 

「管理者が必要。身に着けるのが恐らく最低限の制限になるはず。仮の持主として登録するだけでいい。これでこのカダスの殆どの力に対抗可能になる。ただし、心を強く持てない限り、侵食を受ける」

 

「自分が消えちまうのはさすがに嫌だね」

 

「どっちかと言うとそういう系統じゃない。当人に特定の動作や行動を誘導する感じ……」

 

「ええと、どうなるの? 具体的に?」

 

「………」

 

 少年が耳をこっちにとジェスチャーして、メイジェーンの耳元にヒソヒソと呟く。

 

「~~~っ」

 

 思わず赤くなったメイジェーンに『何言われたんだ!?』という顔になるランドだったが、当人が恥ずかしそうにしながらも何とか息を吐いて自分を落ち着けた。

 

「つまり、それを?」

 

「もしも、誰かにそういう事をしたくなければ、“自分の内側に納めておく必要がある”。移植した場合の危険度からするとこっちは極めて安全とだけ言っておく」

 

「~~~そ、それって、つまり……」

 

「まぁ、そういう事……」

 

 少年がさすがに罰が悪そうに視線を逸らした。

 

「どういう事なんだ!? アネさん!?」

 

「え、えぇ……これ、男に教えたくないんだけどねぇ……」

 

「お、教えたくないって!? 何させられそうなんだ!?」

 

「も、もぉ……言わなきゃ折れないだろうし……ん~~~分かった。でも、聴くなら、二つ約束しておくれよ?」

 

「や、約束?」

 

「一つ。協力する事。二つ。止めろとか言わない事……アンタが考古学止めろって言われて止めないのと一緒だと思っておくれよ?」

 

「お、おぅ……分かった……此処まで着て野暮は無しだ」

 

「じゃ、じゃぁ……」

 

 ヒソヒソとランドの耳にゴニョゴニョとメイジェーンが方法を呟く。

 

「ば、な、は!?!」

 

 思わず赤くなったランドが何かを言う前にビタンとその口がメイジェーンの手で押さえられ、赤い頬のままにギロリと睨まれる。

 

 それに何とか頷いたランドが『テ、テメェ~~!!?』という顔で少年を睨む。

 

「大丈夫。子供は出来ない」

 

「それ大丈夫じゃねぇだろ!?」

 

 思わず突っ込んだランドであったが、その時……突如として船が傾いて思わずメイジェーンを抱き締めて庇って壁に背中を打ち付ける。

 

「ガッ!? な、何だ!?」

 

「―――今、苦界の千壁が同意した。それと早くしろと急かされてる」

 

 少年が口元を血で濡らして、吐血を拭う。

 

「坊や?!!」

 

「接続済みの干渉はこういう事が起こり得る。これに比べれば、まだ楽なのが今言った方法……」

 

「そ、そうなのかい。つまり、これ以上は無いんだね」

 

「生憎と此処だと他の選択肢は無い。どんな道具にしても身に着けてる場合は外側に向かう衝動が大き過ぎる。だから、内側に納めておくのが一番楽」

 

「分かったよ。ランド……出ていきな。それともアタシのあられもない姿を見たいのかい?」

 

「え、あ、う……で、でもなぁ!?」

 

「いいから。この子が言うなら楽なんだろうよ。それに誰かに迷惑を掛けないってのも気に入った。そもそもこの子は今までアタシとずっと話してたんだよ? こんな血だらけになるような衝動を抑えながらさ」

 

「ッ―――アネさん」

 

「それでもダメかい?」

 

 その困ったような優しい笑顔にランドが肩を落として折れた。

 

「……分かった。分かったよ!!? ああ、オレはお邪魔蟲でした!! クソ!!? 殴れもしねぇって卑怯だろ!!? アネさんに何かあったらオレがお前を殴る!! いいな!!?」

 

「殴られないように努力する……」

 

 零れた血を拭いながら、真菌を両手の袖から出して掃除した少年が横になる。

 

 ランドがソレを見て、部屋の扉から何とも言えぬ表情で外に出て閉めた。

 

「はは、アレでも本当に良いヤツなんだよ。あの考古学者さんはさ」

 

 少年が指を弾いて部屋を防音化する。

 

「何か手慣れてるねぇ」

 

「女性には優しくと初めての人に言われてる」

 

「あら? おませさんだこと♪」

 

「それと……」

 

「?」

 

「そういうのが抑え切れなくなりそうなら、ランドに頼むといい」

 

「予防線張りまくりじゃないのさ」

 

「……後ろから刺されたくない」

 

「あははは、ウンウン。坊やはちゃんと分かってるのね。女ってやつの事は……あの甲斐性無しにもこれくらいの気持ちがあればねぇ?」

 

「ランドとはそういう関係じゃない?」

 

「こっちの気持ちに気付いているんだかいないんだか。あっちの気持ちはバレバレなのにねぇ……これでも何度か粉掛けたのよ?」

 

「これから仲良くするといい。それとコレを受け入れた場合、前が使えなくなる代わりにたぶん後ろで子供が出来るようになる」

 

「はへ?!」

 

「それと恐らくこれから排泄もしなくなる。汗も掻かなくなって年中快適なはず」

 

「そ、そうなのかい?」

 

「でも、必ず人らしい生活を送るように心掛けた方がいい」

 

「そういうもん、じゃないのかい?」

 

「人間が人間である理由は人間らしい行動と人間らしい生活、人間らしい感情や人間らしい生態があってこそ……ソレが無くなった時、人間じゃ無くなり始める」

 

 少年が真っ直ぐにメイジェーンへ忠告する。

 

「……そう……分かった。じゃあ、真似ればいいわけね?」

 

「それでいい。自分を人間だと言い張るのは人間最後の人間らしさ。感情や諸々の人間らしさは出来る限り棄てないよう心掛ければ、表面上は人間」

 

 そこでようやく彼女は納得した気がした。

 

 目の前のあまりにも人間から逸脱しながら、何処までも人間らしいとも思える。

 

 そんな矛盾した姿で肩を張る事すらなく戦場に向かう相手の事が……少しだけ。

 

「……ありがとう」

 

「っ」

 

 思わず。

 

 少年が……例え、太陽の女神の最大攻撃ですらも怯まなかった少年が、僅かにその息を止める。

 

「アンタが人間らしく在ろうとしてくれたから、アタシたちは……此処にいる。だから、これは……小さな感謝よ。悪い悪い魔王より悪そうな優しい坊や……」

 

 額への口付け。

 

 いつだったか。

 

 そう、少年をそう抱き締めて女の手解きを教えてくれた人と同じ。

 

 温もりは優しく。

 

 そうして、淑女は嫋やかに……何処か恥ずかしそうに……自らの鎧だろう衣服を綻ばせていくのだった。

 

 *

 

―――【聖界の王域】邪眼神殿本殿。

 

 エザリ・テロトア。

 

 永久の氷床から本殿へと戻って来た彼女は現在、軟禁状態で本殿敷地内から出る事を禁じられていた。

 

 邪眼神殿の本殿がある聖界の王域はカダス中央地帯の更に中心にある実質的なカダス文化の始点に位置する。

 

 戦国乱世であるカダス全域の中でも王域を中心とした数個の大陸は既に平定が終っており、各地の小破片達は邪眼神殿に忠誠を誓う爵位に収まって大人しいのがこの数千年の出来事である。

 

 これで平穏な日々が実現しており、この数千年の中でも2000年以上もの間、外域の者達とは違って小破片同士の生死を賭けた戦闘が無いというのが自慢の一つでもあるだろう。

 

 現在の邪眼神殿はカダス全域に跨る組織力を誇りながらもこの中心域以外では小破片達にとって目の上のたんこぶ。

 

 つまりは口煩い連中と思われているのが事実だ。

 

 この数千年で破片同士の激突で疲弊したカダス辺境や地方の多くはこの地域の戦力にはまるで及ばず。

 

 しかし、未だ半自治的な組織力は有しているので余計な事をしなければ、一応は邪眼神殿に従うというのが小破片を要する勢力や破片を失った勢力の回答であった。

 

「………エザリ様。お召し物を……」

 

 そこに置いていけと視線をやった彼女の様子に侍女達がその通りにして下がる。

 

 邪眼神殿の本殿は凡そ40km四方に跨る巨大宗教都市だ。

 

 正式名称は【神殿外殻都市パンデモニア】と言う。

 

 ただ、ソレ自体が数千年前の古い時代に邪神達が旧き者達の合理性や幾らかの叡智を学習して便利に使い出した頃の名残であり、事実上の文化の基礎となる殆どの知識は旧き者達由来、文字や言語は未だにそのまま依存している。

 

「……こんなところで我が神に足止めされるとは……」

 

 彼女が歯噛みしながら、もどかしい現状に憂いを帯びた視線をガラス窓の外に向けていた。

 

 本殿に一度帰った彼女は現地で見た事聞いた事を報告した。

 

 報告したら、彼女の神……そう、大破片【共楽の蔡者】がまた出ていこうとした彼女に待ったを掛けたのだ。

 

 本来ならば、久遠の聖跡に向かっているはずだった彼女がこうして足止めされているのは彼女が大破片のお気に入りだからである。

 

 同時にまた彼女にも聞こえて来るような苦戦する最前線の事を大破片が見越していたからでもあった。

 

 巨大宗教都市であるパンデモニアは数千年の時間を掛けて邪神の守護者と多くの狂信者達が作り込んだ荘厳な都だ。

 

 嘗ての時代を思わせる今は亡き大破片達の姿が見られるのはもはやこの都市の聖堂くらいのものであり、数千年の間に移ろって来た宗教美術の集大成は黒曜石のようなアダマシア製であり、その色合いは住まう者達の魔力の色に比例して変化し、その色合いで地域に住まう者達の種族や諸々の情報が分かるという形で地域色を出している。

 

 彼女がいる本殿の中央神域に立つ大聖殿区画の塔は正しく虹色にも煌めく頂点に立つ者達が住まう場所であり、最も華やかな一角だ。

 

 昼夜なく輝きに照らし出された聖殿はあらゆる場所からの明かりに不夜城とも称されている。

 

「エザリ様。ゴルトフ様がお見えです」

 

 侍従の1人が彼女の私室の扉の前で告げる。

 

「通して頂戴」

 

 その数秒後、彼女の部屋に歩いて来た足音がそのままノックをしてから彼女の許しを得て内部に入る。

 

「ゴルトフ……」

 

「エザリ様。只今戻りました」

 

 無骨な巨漢がそう頭を下げてから既に腰掛けていた主の対面の椅子へと座る。

 

「どうだったの?」

 

「放棄までに3か月掛からないかと」

 

「……そう。エルロードの方は?」

 

「確認して来ました。これを……」

 

 巨漢の手から宝珠がテーブルの上に置かれ、そこから光が発されて虚空に映像が映し出される。

 

 そこには海沿いの空一面を覆い尽くす鋭いというには横に広過ぎる“端”が見受けられていた。

 

「先端部だけで10里近い横幅が在ります。こんなものを神々が造っていたとすれば、正しく数千年は掛かるのも道理かと感じました」

 

「こんなものが……確認数は?」

 

「現在、コレを含めた3隻が隣接大陸に接岸。更に7隻が接岸の為に動いている最中とされています。接岸予想された大陸では現在、既に接岸予想地域の避難が始まっており、使徒の多くが結集しておりますが、数はまったく足りておりませんな」

 

「敵は天使と蜘蛛だと聞きました」

 

「はい。これを……」

 

 男が久遠の聖跡の東部での戦闘映像を映し出す。

 

 無数の使徒達が後方支援を受けて膨大な魔力を収束し、単独個人で一地方都市程度ならば破壊出来るだろう力を溢れさせ、次々に出撃し……次々に無数の蜘蛛に群がられて何も出来ずに堕ちていく光景が映し出されていた。

 

『\(◎□◎)/(ひゃっはー新鮮な使徒の魔力だーと強者感しかないガチムチ鎧の使徒に憑り付いて魔力をチューチューしながら干物にしつつ、殺す程でも無いのでサクッと幼女化槍を突き刺して回収し戻っていく蜘蛛の顔)』

 

『(>_<)/(お、雷速レベルの機動力持ってるの君? じゃ、この不可糸の網を避けられるか試してみてよ♪と使徒相手に対神格用トラップを試す蜘蛛の顔)』

 

『(;´・ω・)/(このゴーレム、ねんだいものだなーとノクロシア製ゴーレムのパチモンをペシペシ叩いて確認し、ヒョイッと持ち上げてかっぱらっていく蜘蛛の顔)』

 

『(´◎▽◎`)(お、スキル持ち集団だ。スキル研究の為にちょっと君達の脳髄調べさせてくれないかな?と捕獲した悪辣な破片勢力系傭兵数百人の脳髄へ魔力式探査針を打ち込んで情報解析するマッド系白衣蜘蛛の顔)』

 

『(≧▽≦)ノ(あれはくもだ、くもだ、くもだ~あれはくもだ~く~も~だ~くも~だ~タンサクシャーの~なを~うけて~すべてをしらべ~たたかうぐんぜ~くも~あいはせんりがん~くも~うぃんぐはソラをとび~くも~れっぐはちょーおんそく~くも~の~ちから~つよ~すぎ~さ~われらの~ちち~は~どこだ~ど―――)』

 

 途中で映像が打ち切られた。

 

 蜘蛛達がノリノリで歌劇の如く何か蜘蛛にしか分からない声で歌っているかのように音楽まで流して使徒達と遊んでいる。

 

 いや、弄んでいる光景は正しく地獄であった。

 

 これが続いていれば。

 

『救援を請う!! こちら第三百六十七中隊!! 敵防衛戦力の強固なるを確認!! 直ちに増援を!!?』

 

『だ、ダメだ!? 魔力関連の殆どの攻撃が通用していない?!! ス、スキル持ちが辛うじて通用する程度とは―――話が違うぞ!? 邪眼神殿!!?』

 

『ぐぁああああああああああ!!? や、奴ら謳い出したぞ!? キシャキシャうるせぇんだよぉ!!? 戦場で吟遊なんぞ盛り上げてんじゃねぇ!!?』

 

『繭にされて何処に連れられて行くんだ!? うぁぁあ!!? こ、今度は蜘蛛に!!? 何でどうして!!? 子爵級の使徒をああも簡単に!!?』

 

『は、速過ぎる!!? オレらの目じゃ追えないだと!!?』

 

『逃げろぉおおおおおお!!? 逃げるんだぁあああああああああ!!?』

 

 という、激突した兵の悲鳴悲哀が一緒くたに流されて来たはずだが、生憎と見なくてもどうなるかは最初の場面だけで一目瞭然であった。

 

 これからが良いところだと蜘蛛達が居れば、『(´・ω・`)(そんなーという顔)』で録画再生が止まった事を嘆いている事だろう。

 

「これが天使と蜘蛛の軍勢……」

 

「はい。特に天使級は殆ど空からの爆撃にしか参加しておらず。事実上は蜘蛛達の防衛線をまったく抜けておりません。ほぼ全ての兵から優秀な者や悪意の大きいものを同胞として蜘蛛化、または繭化しており、後方地帯に送っているようです」

 

「つまり、敵軍にとって我ら邪眼神殿は……」

 

「敵というよりは策源地、そのものなのでしょう。我らはつまり畑にやって来た作物と同等……奴らにされるか。繭にされて連れ去られ、連中の奴隷になっている、というのが実情かと」

 

「っ……何と悍ましい。敵ですらない、とは……」

 

「ですが、連中の力は本物です。神代に謳われた天使達は蜘蛛に地表を任せていますが、戦力として加われば、あの大陸は最初から堕ちていた事でしょう」

 

「手加減されている。いえ、こちらの力を調べている?」

 

「その通りかと。あの大陸に集結している使徒及び小破片の多くは一線級の者達ばかり……その力を調べ尽くせば、カダス全域の戦力の殆どを調べたに等しいはず」

 

「……敵はあの遊んでいるようにも思える戦闘で油断させ、全土制圧の準備に動いている、と……」

 

「現在、【共楽の蔡者】様によるカダス全域の小破片への大号令が掛かるまで秒読みとなっております。大戦終了時に結ばれた盟約により、全ての小破片はこれに参戦せざるを得ません」

 

「―――再戦、ですか」

 

「現在、永久の氷床の激烈な火山噴火による大気中の塵の濃度が高くなったおかげでまだ陽光の量には多少の時間的な猶予があります。ですが、雲の少なくなった地域が出始めており、体調を崩す者達が施療院に増え始めたと医療部門の者達から報告が上がっていました。このままでは……予測されていた通りの事態に……」

 

 彼らが暗い顔で新たな時代の到来を予期し、新たな戦略への転換を余儀なくされるだろうと未来を憂いている頃。

 

 神格勢力圏での順調な拡大を背景として、ほぼ全ての大陸に到達した蜘蛛達の新たな計画が始動しようとしていた。

 

―――エル大陸中央域。

 

 帝国と称される巨大国家の一部にして第二の首都とも言われる一角。

 

 現在、怖ろしき災害の津波によって大聖地オーエルは崩壊しつつあった。

 

 壮麗は白亜の宗教都市は今や魔都と化し、渦巻く巨大な瘴気に沈む朝日登らぬ大地と化していた。

 

 都市部周辺は完全に出入り不能の死の瘴気に蝕まれ、霊力が吸収されてしまう世界が顕現し、同時に子供の嗤い声を聴いた者が発狂しながらあらゆる生物に襲い掛かるという状況で荒廃が進行。

 

 帝国はこの状況で主神とほぼ全ての教会戦力が消え失せた地域を封鎖し、事実上は見捨てていた。

 

 仮にも彼らにとっても聖地のはずの場所であったが、今は主神が消え、円卓の神聖騎士が消えている。

 

 つまり、戦力はほぼ0であり、残った守備隊は正しく単なる案山子以上ではなく。

 

 しかし、本拠地という事で大量の呪具と多数の汎用兵器、呪紋の聖地でもある一帯は単なる騎士達によって何とか住民を封鎖領域の外延部へと避難させ、同時に中央地帯からやってくる大量の魑魅魍魎……無数の呪霊と大量の変異した元人間……怪物達の大行進を凌いでいた。

 

 今や魔都と化したオーエルは地表を徘徊する多数の敵……そう、敵としか言えないだろう無数の怨霊騎士達に占拠され、騎士達の中でも神聖騎士に近い実力を兼ね備えた者達だけが奮闘する人気の無い廃都、周辺地域にも溢れ出す瘴気の源として扱われ、嘗ての栄華は見る影も無い。

 

「お前らぁ~~騎士共から奪えてない聖堂が後3つ!! 3つ落とせば、全て終わりだ!! 主神と神聖騎士連中が戻って来る前に片を付けなけりゃ、負けるのはお前らの王様だ!! 物量で圧し潰せぇえええ!!!」

 

 怨霊騎士。

 

 嘗て、教会によって狩り出されて殺された今は亡き国々の多種多様な騎士達。

 

 現在、一人の王の元に集った教会に恨み骨髄の正しく怨霊そのものであろう者達が次々に呪紋を乱打してくる騎士達が立て籠もる聖堂に向けて大量の盾や壁そのものを台車を用いて無数に囲い込むように移動させながら全方向から迫っていた。

 

 迎撃する呪紋の属性は多種多様だが、内部に立て籠もっているのは新聖騎士見習いのような連中であり、近付けば単なる怨霊の騎士達は一溜まりもない。

 

 だが、物量という物量と物理的な“壁”を無数に盾として迫れば、魔力が枯渇するまで相手は呪紋で戦うしかなく。

 

 数を減らしていた神聖騎士見習い達は次々に討ち果たされていく。

 

 その殆どは40代から60代だ。

 

 正しく神の敵を駆逐してきた根っからの神の信徒達である。

 

 聖具や聖堂内部のあらゆるものを壁として打ち立て、魔力と呪紋によって強化したバリケートも物理的に2m以上の厚さの壁の大規模衝突や怨霊騎士達の上空からの火炎壺の投擲、更には大量の糞尿や毒物が混ざる瓦礫の雨を前にしては長く持たず。

 

 残された聖堂の一つを覆っていた半透明の結界が破砕された時、雪崩れ込んだ怨霊騎士達は正しく鬼神の如き形相と相打ちや自爆を覚悟しての取り付き、仲間毎の攻撃方法で相手を次々に消耗させ、最後にはその首に首一つで齧り付き。

 

 否、顎だけになろうとも突き刺さって喉笛を抉り取る。

 

 それで自分が消滅しようと問題など無い。

 

 嘗て、教会に滅ぼされた輩の元へやっと逝けるというのが怨霊騎士達の本音だ。

 

 その執念は技能も技量もありはしない消耗戦においては最大の武器であった。

 

「おっし!! 聖堂は残り二か所!! これを落とせば、オーエルの中枢の封印が解ける!! そうなれば、聖櫃とやらをあいつらに汚染させて、乗っ取りは完了。事実上の教会消滅、オレは晴れて巨大客船の船主ってわけだ」

 

 ニヤリと聖堂の一つを落とした部隊を遠方から双眼鏡で覗いていたのはしがない傭兵であった男だ。

 

 彼にとって、現状の空き巣紛いの聖地簒奪は正しく自分向きの仕事であった。

 

 そんな彼がイソイソと鐘楼に誂えた小さな部屋で後ろを振り向く。

 

「(=▽=)U(ズズズッとお茶を嗜む蜘蛛の顔)」

 

「で? あの王様からの連絡は来てるぜ? 帝国と組んで聖地を奪取するって話だが、アンタら島の連中はどう絡んで来るんだ?」

 

「(T_T)(あ、これ菓子折りですと箱菓子を手渡す顔)」

 

「お、おぅ。何か礼儀正しいなオイ。テメェらの勢力は今やあの緋色の塔を月まで届かせたって話だが、力だけじゃあの王相手は無謀だぞ。そもそも結構な謀略家だしな? 買収はそっちにとって、も?」

 

 男が自分の常識で図った菓子箱をおもむろに開けて、それが本当に白い小麦菓子の束が入っているだけの代物だと気付く。

 

「オイオイ。本当に菓子なのかよ……」

 

 思わず苦笑した男が立ったままにボリボリと数枚掴み取って口に放り込み咀嚼し始める。

 

「―――コレ、今度10箱くらい持って来いや。話くらいなら聞いてやる」

 

「(・ω・)ノ(りょーかいですという顔)」

 

「そんでオレに何をさせてーんだ? 蜘蛛さんよ。生憎とあの王様からは指揮権は渡すなって話は聞いてる。それ以外はある程度手伝えともな」

 

 数匹の蜘蛛の外交団が大聖地オーエルの地図を出した。

 

「ん~~お前ら島にいたのによくこんな地図持って……いや、帝国の皇帝からか? 地図なんぞ出してどうしたいって?」

 

 男の声に黒いペカトゥミア達がイソイソと地図に〇を描く。

 

「大聖堂の中央結界地帯か?」

 

「(・ω・)ノ(制圧時に汚染をこっちに受け持たせてくれれば、という顔)」

 

 蜘蛛達が看板と例の王様相手との外交経緯と書状を渡す。

 

「……ふむ。つまり、帝国としては五大災厄に力は持たせたくないが、今までは仕方なく容認してた。だが、それ以外の方法が見つかったから、そっちは任せておけって事か?」

 

「(*・ω・)(*-ω-)(*・ω・)(*-ω-)(ウンウンという顔)」

 

「まぁ、あいつらが聖地の力なんぞ持ったら、一発で王の支配を撥ね退けそうとは思ってたが、そっちとしても望ましくないと」

 

 蜘蛛達がコクリと頷いた。

 

「ま、あいつらもさすがに文句は言わないだろ。教会が憎い女とあの王の末。力そのものには興味も無さそうだしな。分かった。中央域の汚染はそちらが担い。内部に遺されてるかもしれない神聖騎士辺りはあいつら任せって事で役割分担しようか。オレは問題ない。あいつらが同意するかは知らねーがな」

 

「(・ω・)ノ(よろしくお願いしますーと菓子折り以外の贈り物……島の特産品を使った諸々の生活雑貨詰め合わせを置いてトコトコと大聖殿のある領域へと歩いていく蜘蛛の顔)」

 

 こうして蜘蛛達は自分達をジッと見つめている五大災厄達の視線もどこ吹く風でイソイソと現場に直行するのだった。

 

 生憎と送り込まれた蜘蛛達は半神化、ノクロシアン化、ノクロシアの超兵器取得済みのエンジェラ、それも熾天使級とアレキサンドの大宝石と呼ばれる蜘蛛が5体。

 

 如何に五大災厄相手には勝てなくても影響をほぼ受けない現在考えられる限りの防御形態が可能なメンバーは七綱に次ぐ力を持つ力持つ蜘蛛で構成されていた。

 

 彼らの直接の上司はシェナニガンと新人類アークであった頃の名前を引き継ぐヤルハ、初めて誕生した大宝石の蜘蛛である。

 

 シェナニガンが邪神勢力圏で仕事中なので現在彼らはヤルハによって統括され、目的の聖地汚染作戦の為の物資を持ってやって来ていた。

 

【【………】】

 

 旧き時代の最高峰にして未だ並ぶ者亡き力持つ五大災厄にも分かっていた。

 

 並ぶ者無きという形容詞はもはや時代遅れになりつつある。

 

 蜘蛛達だけではない。

 

 人の進歩と進化の速度は驚異的な速度で進展し、精神性が変わらずとも今までの旧き神世の怪物達に迫る勢いで新たな時代の覇者やソレに為る気が無くても超えていくだろう者達が大量に発生し始めている。

 

 時代の先触れを二柱の荒神は感じ取っていた。

 

 自分達は旧き教会を滅ぼしつつあるようにまた自分達も滅ぼされる側へと落ち始めた事は……正しく時代の激動を感じるまでもなく。

 

『久方ぶりだな。悪女……』

 

【……貴方は嫌い、です。ゼーダス王】

 

『嫌われたものだ。互いに6度は相手に重症を負わせて相打ったと言うのに』

 

【貴方のその晴れ渡るような心象が何より嫌い、です……】

 

『ふ……少しは敬語が使えるようになったか。我らのような者も進歩はするのだな。永い時にも効用はあるか……』

 

 骸骨姿で外套を羽織った1人の王は活動を再開し、新たな仕事を始めたての新人として蜘蛛達の同僚となり、五大災厄の抑えに回っていた。

 

 聖地の上空。

 

 金髪の女と黒髪の少年。

 

 今、五大災厄の2柱が並び立ち。

 

【へぇ~~貴方が謳われし男?】

 

『元気の良い悪ガキだ。はっはっはっ♪ 自分に比肩する者にさっそく喧嘩を吹っ掛けるとは。どれ遊んでやろう。ついて来い!! 連中の邪魔になってはオレが連中に怒られるのでな』

 

 骸骨の王は蒼白い肌ながらも何処か愛嬌のある顔立ちの7歳くらいの黒髪の少年の頭を撫で、己を侵食しようとしてくる相手の干渉を弾きながら、聖地の端の無人地帯へと新しき災厄を遊びに誘うのだった。

 

 *

 

―――とある大陸。

 

 人々が聞いた事も無いような旋律。

 

 正しく先進大陸の文化である“アニメーション”とやらがデカデカと大陸全土を覆い尽くすプロパガンダとして展開され、あらゆる山野、あらゆる都市部、あらゆる僻地にまでも響いていた。

 

 此処はとある戦乱に沈んだ大陸。

 

 5度の大陸大戦争の果てに今は衰退に沈む巨大国家が寂れた衰亡の地。

 

 子供は死に、女は絶え、男も病に朽ち果てる。

 

 あらゆる汚染、あらゆる悪徳、あらゆる終わりに全てが朽ちる寸前の世界。

 

 人々はもはや怪物と変わらぬ程に醜悪な人型の何かと成り果て。

 

 あるいは変質し過ぎて人間らしい精神など持ち合わせていない、かもしれない。

 

 しかし、人々は聞いてしまう、見てしまう。

 

 やたらエキセントリックで子供をワクワクさせてしまうような旋律に乗って、声が聞こえて来る。

 

『―――?』

 

 やたら、張りのあるバリトンボイスと輪唱されていく出だし。

 

 そして、無駄に豪華なオープニングセレモニーは正しく大陸共通言語、嘗て旧き者達が使っていた言語から派生しているものを使っていれば、意味も分かるという代物であり、映像には各地方の文字で字幕まで出る始末。

 

 オーケストラは盛大で厳かであるよりもポップな印象かもしれない。

 

 あまりにも巨大。

 

 あまりにも異様。

 

 あまりにも―――人々の度肝を抜いた戦略。

 

【アレは蜘蛛だ♪ 蜘蛛だ♪ 蜘蛛だ♪】

 

【アレは蜘蛛だ♪ 蜘蛛だ~蜘蛛ぉ~だ~♪】

 

【探索者ぁーの名を受けてぇー♪】

 

【全てを超えてぇー戦う軍勢ぇー♪】

 

 無限に金貨が降り頻る夜。

 

 あらゆる人々のいる地域に降る“大陸の金貨在庫の10倍はある量の黄金”は正しく人々には夢幻と思えただろう。

 

 加速度を重力呪紋で押さえられ、キラキラと落ちて来る金貨の雨を前にして人々は映像を見るしかない。

 

 見詰めるしかない。

 

 自分の手には収まらない金の雨を降らせるのは何者か?

 

『―――!!!』

 

 巨大に煌めく樹木の空。

 

 七色に輝く楽園への誘いにも似た大陸の到来。

 

 映し出される映像は正しくデフォルメされた蜘蛛達が織りなす芸術。

 

 サーカス染みていながらも人には不可能だろう技の数々。

 

 正しく今まで蜘蛛達がやってきた事を全て書き起こした可愛い蜘蛛さん達が戦うアニメーションが全力展開されたセフィロト級の映像投影によって人々の目どころか、脳裏に焼き付けられる。

 

『―――!!?』

 

 それも小気味よい音楽と歌唱に載せられて、強敵相手に苦戦している“風”の映像で思わず頑張れと応援したくなってしまうような構成になっていた。

 

 無論、色々と暈してはいたが、それにしても全天候全極地対応型の蜘蛛達の戦場は正しく宇宙空間にすらも広がっており、その映像にはあらゆる惑星に降り立ち、今にも旗を打ち立てて、基地を建設する様子までもが人々にはお見せされる。

 

『―――?!!』

 

 世界の在りよう、世界の変容、そして……無知な愚者も叡智持つ賢者も等しく知らない世界の秘密、過去、あらゆる情報が鏤められた。

 

 それら全てが今に生きる知性に牙を剥けば、蜘蛛が護りますという類のプロパガンダは正しく蜘蛛=守り人のイメージであり、もしも島の亜人や蜘蛛に厳しい新人類だの先進大陸の連中が見れば、正しく『邪悪なプロパガンダだ!!!』と叫んでいただろう。

 

『―――ッ』

 

 しかし、此処はそういう大陸とは縁の無い場所。

 

 神々にも見棄てられた大陸はカダスに封じられるまでもなく多く。

 

 蜘蛛達の惑星探査計画によってカダス以外にも幾つか発見が始まっていた。

 

 これらを取り込むべく。

 

 シェナニガンの樹木船を用いた大規模な揚陸と現地の状況から最も簡単に蜘蛛達が社会に入り込む為の作戦が検討され、文化の滅んだ地に文化の大洪水と遺伝子レベルでの修復や環境汚染の除去を目的にあらゆる魔力運用体系の技能を集約。

 

 知性在る者達を蜘蛛側の人材として教化する計画が短期間で予定通りに発動されたのである。

 

 これらの対象となる大陸は神々が放棄した後も細々と生き残っていたり、あるいは単純に思いもよらない方法で生き残って独自の発展をしていた地域。

 

 しかし、人智を超えた蜘蛛の宣伝を前にして魂の底から人々は思うだろう。

 

『アレは一体何なんだ!!!?』

 

 と。

 

 人々を魅了するのは黄金では無かった。

 

 いや、金という欲望の代価そのものがあまりにも降り注ぎ過ぎて、明らかに暴落するだろうとか分からないはずの知識の無い層すらも……もはや、黄金を集める手を止めて、唯々空を見上げている。

 

 ソレが蜘蛛達へ任せる為の代金、支払いとなるとは分かっていないだろう。

 

 それは援助であり、支援であり、同時に蜘蛛達と直接交流を持たせる為の動機なのである。

 

 事実上、金はあまりにもレートが低下するはずであり、それなら蜘蛛にあらゆる仕事を頼むべきという流れを生み出す為のものであり、各大陸で採掘した資源は回収しなくても構わないカードの一枚に過ぎなかった。

 

【世界切削戦略(ワールド・ボイド・タクティクス)】

 

 世界のあらゆる大陸からあらゆる旧勢力を排除する。

 

 全てを大神や邪神、諸々の勢力から取り上げて放棄させる一大戦略はたった一つの島の決着が付くまでと付いた後を想定する蜘蛛達の統一戦略教義である。

 

 大まかには勢力圏の権力崩壊から初めて、基本的には知性への情報的な暴力と情報的な誘導を用いて行われる。

 

 この世の全ての知性が物資、物質、土地、環境に制約されるのならば、その知性に対して彼らが行うのは限りない情報戦と資源の飽和による充足である。

 

 あらゆる知性は情報格差と資源格差によって殆どの場合、人生を決定付けられる。

 

 そのスタートラインを一律へと均衡させていき。

 

 同時に情報の完全誘導と管理を迅速に行う事で知性の行き着く先をある程度は補正するというのが大雑把な流れとなる。

 

『金貨……金貨……で、でも……』

 

 そう、金より何よりも大事なものがある。

 

 それを教えてやるだけで人間は希望を、夢を、明日を、願いを、見るのだ。

 

『(・ω・)ノ(はろーみなさん。われわれはたいりくをすくいにやってきたくもーぐんです。どうぞよろしくと看板を掲げてアピールする宣伝部長蜘蛛の顔)』

 

『(T_T)/(いや、くもーぐんてなんだよ……と思いながらも普通の知性には分からないだろう真顔で愛想と金貨を振りまく蜘蛛の顔)』

 

『( ̄▽ ̄)(今日はお客さんもいるから、此処が終ったら島にご招待しなきゃとセフィロトの艦橋にいる少女の世話係系蜘蛛の顔)』

 

 蜘蛛達が次々に街や村々に輝く金色風味の天使蜘蛛(呪紋で色塗り済み)を派遣しているのを見て、ジト目になる少女が一人。

 

「アンタら、いつもこんな事してるわけ? なるほどね……悪辣なんだか、優しいんだか分け分かんないじゃない? 此処の大陸の人達」

 

『〈゜∀゜〉(まぁ、情緒的に混乱した人物を説得するのが一番効率良いからねというアレキサンドの顔)』×3人。

 

 セフィロトの艦橋は基本的には大量の樹木の幹で出来た部屋にデカイ先進大陸製のコンソールや大画面のディスプレイが張り付けられた代物だ。

 

 基本床で滑る事は無いし、昨日も申し分なく。

 

 コンパクトに機能の多くが集約されている。

 

 何なら給湯室が横に隣接しており、事実上はセフィロト級が爆破される際には脱出船ともなる作りの緊急脱出装置でもある。

 

 300m程の部屋の一番高い硬質強化ガラス張りの一室。

 

 椅子に座って先進大陸のスイーツ情報を入念に収集し、パティシエとして偽装しながら現地で学んだ蜘蛛が造る菓子をモクモクと紅茶と共に流し込んでいるのはサンドリヲの英雄たる少女。

 

 神の力を受け継ぎ。

 

 特異点として活動を続ける大陸史上最後の女神(予定)であった。

 

 エミル・フラーゼン。

 

 彼女が大陸の政府首班達より仰せつかったのは外大陸との国交及び蜘蛛の氏族への派遣という大仕事。

 

(ホント、こいつらってドラマ嫌いよね。可能な限り不確定要素を確定要素にする。みたいなのがライフワークとか……)

 

 外交大使という肩書まで持った彼女の将来は順風満帆。

 

 まぁ、控え目に言っても大陸のトップに立つというか。

 

 立たせられるだろう。

 

 それを差し引いても現在彼女は蜘蛛達にとってもかなりの重要人物である事は間違いない。

 

 神の肉体を用いて形成した神位外殻【ケイルム】を装着したウル・ケイルムの唯一の操縦者であり、接続者である彼女は肉体から精神からほぼ全てが変質しており、現在普通の人間というには聊かおかしな能力を得ている。

 

 元々、彼女の大陸の化け物達の因子を遺伝子に組み込んだ新人類に近しい立ち位置の彼女達であるが、今はその化け物がいなくなり、次の世代として戦闘技能以外の教育プランが進められている。

 

 しかし、その事実上のトップに立つ事を余儀なくされた彼女はそんな自分の血統よりも更に大きな事態を動かす一因となった。

 

 彼女の大陸の主神たる啓示神リーア。

 

 今は消滅した彼女に貰った力。

 

 一部の定理に己を描き込まれ、同時にウル・ケイルムによる力の封入を受けた為に彼女は事実上、魔王蜘蛛シェナニガンの相互互換版みたいな性能となっているのである。

 

 戦闘能力はシェナニガンの方に分があるものの、神としての機能は彼女の方が高いと蜘蛛達は結論している。

 

 その最たる理由は彼女が神の能力を一部開放し、今では未来予知とは行かないが、未来へのルートを啓示し、最も自分にとって重要な行動を自然と行えるようになったというのが大きい。

 

(こいつらに付いていって何かしないと世界が滅ぶって、具体的な事も分からないのに知ってる……はぁぁ、あの女神様にはいつか文句言わなきゃね)

 

 ウル・ケイルムに搭乗し、接続中ならば、事実上の預言者となって、ほぼ戦いの趨勢すらも見通す事も可能だろう。

 

 神着る者【デウス・ウェアラブル】の体現者。

 

 シェナニガンが出力こそ段違いではあるが、天使の変異外殻を用いて神格位に上り詰めたのと同じなのだ。

 

 彼女もまた新たな時代の新たな神として嘗ての大神のような力は無くとも、また能力によって己の行く末を変革しようとしていた。

 

「それで此処での宣伝が終ったら、島とやらに行くのでいいわけ?」

 

 周囲の蜘蛛達が格納庫の映像を呼び出す。

 

 すると、修復が終わって現在は大量の天使蜘蛛エンジェラ達によって能力と魔力の増幅を延々を受け続けている彼女の愛機が映し出されていた。

 

 先日の受肉擬神との戦闘で外殻破壊寸前までいった機体は現在、共に搭乗する三人のアレキサンドと“戻って来たペカトゥミア”と“最重要機密”が一緒くたに乗って動かす為に色々と変性されており、島の技術と叡智を用いた改修が既に終了。

 

 巨大な蝶のような色合いの翅を複数枚持つ人型へと変貌していた。

 

 蜘蛛の本体が人型を象り、脚が全て翅や四肢になったのだ。

 

 外見的には巨大な人型の蝶の女神、その金属像とでも言うべきだろう姿だ。

 

「え? まさか、アレに乗ってくの?」

 

 彼女の目の前には現地からの弾道飛行で大気圏外の緋色の塔への直線ルートが指示され、受け入れ準備完了まで50分と表示が出ていた。

 

「あの塔に向かうって事?」

 

 蜘蛛達が同時にウンウンと頷く。

 

 彼女がチラリと自分の頭の上で寝こけている2人。

 

 少女の父親が蜘蛛になっていたはずの個体であるペカトゥミアとよく分からないけど、何か蜘蛛達と同じように意志を感じる蝶のヌイグルミを見やる。

 

「ねぇ? アンタらは島に行くのはいいのよね?」

 

「⊂(―Д―)⊃(コクリと頷く眠たげな蝶の顔)」

 

「(^ω^)(勿論です。プロですから……という帰って来た蜘蛛の顔)」

 

 彼らが今後の旅程を確認していると蜘蛛達が慌ただしくなる。

 

「どうしたの?」

 

 そう訊ねる少女の前に侵入した大陸中央の盆地で渦巻く仄暗い渦のようなものが猛烈な勢いで数を増して竜巻の如く発生。

 

 魔力を帯びながら急速に勢力を増して艦が大陸中央域に入るのとほぼ同時に猛烈な勢いで無限のように呪霊、悪霊のような霊体達を吐き出し始めた。

 

 その殆どが大陸で無残に殺された者達。

 

 破滅と衰滅の末に無念を残し、そのまま悪霊同士で融合した者達だった事はまったく当然過ぎる程に当然の結果だっただろう。

 

 その最中には無限のような呪霊を取り込んだ強力な個体。

 

 特に王や騎士が正しく数百と顕現し、更には配下の軍勢までもが雲霞の如く中央盆地から溢れていく。

 

 怨念達の顕現理由はまったく蜘蛛達からすれば、当然のものだろう。

 

 要は邪神による勢力圏内ではなくても影響範囲である大陸は力を強く受けており、蜘蛛は現在敵である為に怨念を形作る霊達を誘導し、その矛先を蜘蛛に向けたのだ。

 

 それは自然現象に近かったが、明確な敵を認識した憎悪はメラメラと燃え上がり、衰滅する大陸の空を膨れ上がる赤紫色の景色に塗り替えていく。

 

 終焉、黄昏、斜陽。

 

 その心情風景は正しく終わる前の埋火。

 

 されど、蜘蛛達の宣伝力は燃え上がり、同時に大陸に散っていく蜘蛛達が猛烈に悪化していく環境の最中、後光の如きイゼクスの息吹の全身放射と音楽に合わせて地域の上空に己を投影し始めた。

 

「――――――」

 

 人々は見てしまう。

 

 聴いてしまう。

 

 おお、伝説の悪霊の王は、騎士は、公爵は、あるいは怪物は、伝承は、輝く蜘蛛の楽し気に踊る輝きの前に怯んでいた。

 

 神の力を用いる蜘蛛達による魔力飽和攻撃は攻撃の形には見えない。

 

 ただ、邪神の魔力を中和し、霊力の情報を完全分解する為の白霊石を呪紋でマーキングしてナノ単位の微粒子に分解。

 

 粉塵として周辺地域に散布していたのだ。

 

 霊力を吸い上げられた者達は白霊石に込められた霊力の構成情報を分解する思紋機関の超小型版……事象における極小の微細制御を可能とする呪紋の自立した破壊機能によって魂を薄弱化。

 

 イゼクスの息吹と合わせて、己を純粋な霊力に還元されながら、その霊力を単純な熱量や運動エネルギーにして消費され、次々に消え失せていく。

 

 その様子は正しく蜘蛛の踊りに恐れを成して退散していくようにしか見えなかっただろう。

 

 普通の生物の魂には効かないように肉体という依り代を持たない霊力だけに作用すると気付いた呪霊の上位格達が次々に動物や植物、生物に憑依して自己保存を計るが、蜘蛛達の踊りは激しさを増し、齎された運動エネルギーや熱量を周囲から吸収しながら高速で上位個体にカッ飛んでいく。

 

 蜘蛛より強い個体もいた。

 

 大神に匹敵する魔力を得た者もいた。

 

 特殊な能力によって防御が可能な者もいた。

 

 しかし、物量は……たった一つの点で大陸の歴史は圧し潰される。

 

【果てなく紡ぐ愛の唄~♪】

 

【絶望捨てて戦う男~♪】

 

 降下していくダンサー志望な芸術家系蜘蛛達が悪霊の親玉達に挨拶しながら華麗に音楽に乗って戦闘を開始すれば、それを見つめる大陸の者達の顔には伝説も伝承も己を殺してしまうだろう悪霊達への恐れすら―――無い。

 

【弱き腕は岩砕き♪】

 

【壊れた体で空を飛び♪】

 

【砕けた脚が地に駆ける♪】

 

 世界に響く唄は誰のものか。

 

 蜘蛛達が音楽に合わせて悪霊達を屠り、あるいは軽やかに空を駆ける様子に見とれさせている間にも全ての霊という霊が何処か……目を奪われた。

 

 自分達に降り掛かった無数の不幸と運命を呪うはずの多くが、理性も無く荒れ狂うはずの人の不幸だけを願うはずの者達が、謡いながら自分達を敵とすら思わぬ様子で力強く踊る様子に攻撃の手を止めた。

 

【意志~の~力~身に着けた~♪】

 

【我らの父は~父は~凄いぞ~♪】

 

 まるで子供が謳うようにキシャキシャと言語も話せぬ下等生物が人を呪うしか出来ない言語の話せる呪霊達に教えるのは歓びだった。

 

 憎い、憎い、憎い、だが、憎いと思う程に余りにも……自分達の惨めさが呪霊達の腕を脚を体を止めていく。

 

 蜘蛛達の攻撃の怖ろしさよりも、蜘蛛達の力の大きさよりも、その楽し気に謳いながら大合唱しながら、謡い踊り、何かを讃える様子が、余りにも……彼らには眩し過ぎた。

 

『――――――』

 

 剣を交える者。

 

 牙で噛み砕こうとする者。

 

 力で全てを吹き飛ばそうという者。

 

 何処か精彩を欠いた呪霊達は己の今の姿に、消滅する恐怖にすら、何一つ思える事無く。

 

 ただ、旧い旧い記憶を、いつかのどこかで感じた温かさを楽しさを祭りに感じるような憧れを……ただ、思い返して、蜘蛛達の攻撃の最中に眩い魔力の輝きに溶かし消し去られていく。

 

 最後には受け入れるように、あるいは何処か悔しく懐かしくも思い出せた事が良かったとでも言うように。

 

『(/・ω・)/(大陸表層霊力排除完了。邪神の欠片と思われる霊力露出確認!!)』

 

『(`|ω|´)/(邪神標本回収計画03-01号始動!!!)』

 

『( ゜Д゜)(顕現を確認!! 本体確認出来ず!! 残存霊力構造体の解析開始!!!)』

 

 蜘蛛達が大陸中央部の盆地で呪霊を一斉掃滅し、天使の如く霊力の転化した光を帯びながら無数に降下していく。

 

 だが、その先に地表の下から猛烈な勢いで今までの呪霊達とは違う。

 

 完全に紫黒の魔力だけが大陸を吹き飛ばしそうな程に吹き上がり、5km近い霊力構造体がゆっくりと立ち上がり―――立ち上がろうとした先から蜘蛛達の踊りの輪の中心に置かれて、猛烈な光の矢がセフィロトの真下の装甲内から見え隠れする艦砲から射出され、次々に着弾していく。

 

 白霊石製の超凝集体。

 

 トリアイナの艦砲版は正しく大神級霊力体を完全抹消する為に蜘蛛達が大神連合、フォルトゥナータの主力級と争う為に開発した代物だ。

 

神破槍(トリシュラ)

 

 先日、撃破された太陽の女神アマテラス。

 

 その力の残渣として残された神灰。

 

 更には大量の神の力を宿した炎。

 

 その熱量を用いて鍛造した白霊石製弾体の一撃は事実上、ノクロシアの追放兵器と相手の霊力に対しての攻撃力はほぼ同等。

 

 ソレが3発同時に打ち込まれた霊力体が猛烈な勢いで劣化していく。

 

『(>_<)(悪いんだけどさーという顔)』

 

『(^ω^)(今日から此処に不幸とか邪神とかの居場所ねーからという顔)』

 

『(|◇|)(ちょっとジャンプしてみ? 霊力まだ残ってるだろ?という顔)』

 

【――――――――――――!!!!!!!!!!】

 

 絶叫が大陸を覆っていた雲を吹き飛ばし、セフィロトの表面を激震させながら猛烈な勢いで剥ぎ取っていく。

 

 しかし、蜘蛛達はまるで意に介さない。

 

 セフィロトに繋がったトリシュラの後部から続く黄金にも見える神の魔力を凝集した不可糸を縒り合わせた綱が相手の霊力体を大地から引き抜くように引っ張り上げていく。

 

【―――!!!?!】

 

 大陸中央盆地の底から四足歩行の獣のような構造体下部が無理やり引き出された。

 

『(´□ω□`)(因果律制御特化の定理より肉体依存の神格構造……魂だけになってもそれなりに強力……しかし―――という顔)』

 

『(∴ηωη∴)(もう旧いんだよなーと膨大な情報解析を行いながら霊体構造の脆弱点を発見し、さっそく他の蜘蛛達に共有する顔)』

 

『(っ|ω|)っ(どれだけ運命を捻じ曲げようが、100が1には為らないし、1%の生存率が99%になる事も無い。くもーぐんを前にしたらねーという顔)』

 

『(*´Д`)(太陽のメガミ=サンとの戦闘情報もようやく解析終了したからね。後はよろしくねー上司の人という顔)』

 

 内部から霊力を吸収、転化、浄化、更には激烈に効率の悪い魔力への変換呪紋を噛ませられて、超高効率での情報破壊が進行。

 

 怖ろしい密度の邪神の魂の構成情報を完全無欠に別のエネルギーに還元していく。

 

 その結果として出力される熱量と運動エネルギーのほぼ全てが数万の天使蜘蛛を中心としたノクロシアンが統率する部隊によって束ねられ、統率者当人の肉体に表出した武器によって吸収されていく。

 

 太陽の女神との一戦において力の吸収効率に課題を感じた蜘蛛達がこの短い期間で改良したエネルギー吸収方法と機能は正しく努力の成果だ。

 

 今更、残り滓の邪神がどれだけ莫大な余力を持っていても、完全体であったアマテラスの力の吸収よりは楽な作業であった。

 

【ッッッッッッッ】

 

 それに抗おうとして急速に劣化するトリシュラ周辺の霊力構造を名も無き神は自分からパージした。

 

 無貌の上半身が人型、下半身が獣型の邪神がそこまでしても崩壊が進行する肉体から魔力を絞り出し、大口を開けた。

 

 ソレは闇色の輝き。

 

 魔力が集積、圧縮されていく。

 

 定理的な限界。

 

 つまり、極限の凝集による触れるものを全て分解する収束攻撃によってセフィロトを貫こうとした時、その遥か上空から紅の矢が一本。

 

 セフィロトを貫通し、巨大な邪神の頭部に突き刺さる。

 

【         】

 

 セフィロトの貫通した場所が上空からも丸見えになっていた。

 

 凡そ直径300m程の穴は樹木の急速変形によって開けられた穴であり、攻撃によって空いたものではない。

 

 遥か上空から狙われていた邪神の頭部に刺さった緋色の矢がトリシュナと同じく霊力構造を破壊し、霊力……物質には違いないソレを緋色の薄い霧のように霧散させた。

 

『( ̄ー ̄)(さすが上司……という顔)』

 

 ヘリオス。

 

 今や月そのものと化しつつある天井蜘蛛が巨大惑星に張り巡らせつつある巣の一部に集積させた大量の肉体。

 

 デミ・ストレンジ・レッド。

 

 それが瞬時に己を矢と弓に変えて、セフィロトの遥か上空の糸の一部から射出されたのである。

 

 勢力圏から伸ばし続けた大気圏内の巣の造成は現在進行形。

 

 常に見えないよう偽装されているが、顕現してしまえば、その力は無類だ。

 

 惑星上の巣が張り巡らせられた何処からでも攻撃が可能なのだ。

 

 物質である限りは逃れられない極限侵食物質による物理侵食を受けて殆どの生物が即死もしくは変質する。       

 

『(◎_◎)(人を破滅させたい。人を不幸にしたい。その邪神としての本能……正しく愛の表裏……故に単なる破滅の使徒に成り下がった邪神は我らに勝つ事など出来ない……陰と陽、闇と光、愛と無関心……全てを持つ我らに无は意味を成さず)』

 

 ヘリオスは自分にした邪神の一部の情報を見て、そう結論を下した。

 

 全てを持ち、それを削り落とし、生命は形を造る。

 

 破滅そのものでありながら、存在として世界に刻まれている邪神が残渣に成り下がり、単なる破壊と衰滅の力そのものでしかなくなった。

 

 それは正しく彼らにしてみれば弱体化以外では無かった。

 

 持つモノは持たざるモノに勝る。

 

 そんな道理を彼らはちゃんと弁えているし、邪神が心すら持っていれば、苦戦だってしたに違いない。

 

 しかし、そうでは無かった。

 

 旧き者達によって消費された残り滓は確かに力の残渣としては研ぎ澄まされた破滅そのものなのだろう。

 

 しかし、ソレだけでは蜘蛛達に勝てるわけがない。

 

 生と死のような絶対の境界を越えて欲張りに全てを得ようとする彼らにしてみれば、単なる悪や単なる善のような単純な法理、定理、構造、概念は陳腐なものでしかない。

 

 世界はもっと複雑でもっと未知で不可解なものだ。

 

 それでこそ彼らの糧となり、それでこそ彼らは甲斐を感じ、それでこそ彼らは滅ぼされ得る。

 

 単なる“既知”に滅ぼされる程、彼らは甘くない。

 

『(≧▽≦)(ふぃなーれだーという顔)』

 

 衰滅するはずの大陸に風が吹く。

 

 緋色の黄昏に黄金にも輝く蜘蛛の軍勢。

 

 踊り世界を圧する全ての光景は正しく穏やかな夕暮れ時。

 

 不思議と人々は世界を……世界の真実を見て……苦笑していた。

 

 何もかもがどうでも良くなった故に溜息一つで諦めた。

 

『祭りも終わったみてぇだな……帰るか……』

 

『ああ、この金貨……使えるかな……』

 

『さぁ? 疲れちまった。明日考えようぜ?』

 

 両手に抱えきれない金貨を抱えて、寝床に帰っていく者達は明日に備える事としたのだ。

 

 大陸に来た新たな勢力は見せ付けた。

 

 それだけが事実であり、邪霊の軍勢も神の如きモノさえも吹き飛ばし、踊って楽しんで見せる勢力を相手に出来る事など、彼らには無かった。

 

「アンタらって本当に大概よね。ま、こっちが言えた事じゃないけど」

 

『〈^◇^〉(世界一面倒な星の下にいるちちの子ですから~という顔)』×3。

 

 こうして蜘蛛達はまた一つ大陸を勢力下に加えて、破滅の因果に塗れたはずの世界から一切合切の“過去”を吹き飛ばしたのだった。

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