流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

119 / 135
第107話「遠き胡蝶のカダスⅩⅡ」

 

「………」

 

 少年が目覚めてからチラリと自分の片腕を見やる。

 

 いつの間にかウサミミ・エルフの長が全裸で抱き着いていた。

 

 そして、自分の枕元には一枚の置手紙。

 

『あ、そっちの体調を管理するからって、引継ぎしてくれるって話だよ。大事にしてやんな。まぁ、引き継がれるも何も道具を装着して面倒見られてたのはこっちなんだけどさ。アンタが途中で倒れた後、フラフラしてるアタシを助けてくれたのはお嬢ちゃんなんだから、優しくしてやんないと承知しないからね?』

 

「んぅ~~んぅぅぅ~~」

 

 兎月は兎にしては猫のような声で甘えるというよりは寝心地の良さそうな顔であった。

 

 その腕はしっかり少年の腕を抱き締めており、抜け出せそうにない。

 

「……後は頼む」

 

【それはさすがに女としてどうかと思うわよ?】

 

「女……?」

 

 少年が面倒を全て投げようとした相手から脳裏に突っ込みを入れられる。

 

 もうしばらく体力回復も必要だからという言い訳をしようとすれば、体力がいきなり回復したので黒い真菌の亡霊女(邪神)を脳裏でジト目で睨む。

 

【怒るわよ?】

 

「はぁぁ……(。・ω・)」

 

 少年が額を揉み解す。

 

 邪神のせいで感情の閾値が昔並みに戻りつつあるのは理解していながらも実地で感情制御を再び調整している暇も惜しいというのが本音だ。

 

 事実上、大破片を複数個受け入れたような状態の肉体は諸々、封印されている能力や機能に及ばないものの、かなりの位にまで登っている。

 

 ただし、その制御がやたら難しい。

 

 1%の出力を使うのに制御能力が確実に1割では足りないのでは100%なんて出しようも無いので明らかに太陽の女神を斃した時の実力と比べても超絶劣化版。

 

 本来の肉体に再転生し直しているわけでもない為、エルコード本来の力すら出せていないし、雁字搦めの制約が多数。

 

 契約は必須だったが、汎用性に欠けて不便さが増した事は間違いなかった。

 

(他者の魔力とある程度の快楽と適当な儀式……帰ったら刺されそう。いや、たぶん刺される……特にヒオネ辺りに……)

 

 随分と前に幾らも周囲の少女達と恋愛していた少年である。

 

 誰かが死んで慰められて、関係だって持った。

 

 だから、少女達の堪忍袋的なサムシングには詳しいのだ。

 

 特にやきもち焼きのヒオネは笑顔で刺してくる事があったので恋愛から遠ざかる一因になったりもした(勿論、刺された後、丁寧に治癒されて、丁寧にまた刺された)。

 

 無論、恋愛では何も護れなかったので以来、そういうルートは通っていない。

 

 生憎と愛と勇気で救世神は倒せないし、何ならどの勢力相手にも戦う理由しか得られない。

 

 そして、戦う理由なら既にあるわけでそういうのは少なからず、何もかもが終った後に解決する問題として持ち越しになっている。

 

 つまり、少年は事実上……自己研鑽と恋愛を天秤に掛けて圧倒的に自己研鑽派であるという事だ。

 

 そう、だったのだが……全裸の少女に体の邪神共が満足する程度の快楽(乙女の添い寝)とか魔力を貰ったというのは……後で問題になりそうであった。

 

「……ありがとう」

 

 しかし、結局邪神側からの負荷が減った事で制御能力がかなり改善した事は間違いない事なので兎月にそう少年が告げておく。

 

 頭を撫でて少し。

 

 自然と腕が離れたのを確認して、ムクリと起き上がった少年(肉体は少女)はイソイソと服を着て本日の予定を行う事にするのだった。

 

「……………………ふん」

 

 少年が部屋から消えて数秒後。

 

 そう、頬の赤い少女は目を閉じたまま。

 

 その可憐な肢体を掛布で包むようにして、しばらく二度寝する事にしたのだった。

 

 少年の寝床はまるで無味無臭のようにも感じる。

 

 ただ、滓かに汗なのかどうか。

 

 肌や髪に滲む香りのようなものが感じられるかどうかギリギリというくらいの薄さで残っており、アーク・エルフな彼女もうっとりするくらいには邪神の蠱惑的な肉体能力の恩恵を受けて快眠を約束されるのだった。

 

【(ああいうのが案外一番ヤリ易いのよね。利害で流され、情に絆され、雁字搦めの生から解放されたら堕落し放題……はぁ、残念……( ̄д ̄))】

 

 生来からして邪神、カダスにおける大破片とは他者の破滅を願うモノである。

 

 そして、破滅とは大概にして甘美であり、堕落なのだ。

 

 その日、少女が朝食に寝坊した事はアーク・エルフの総意として意図的に見逃される事となる。

 

 何なら『昨日はお楽しみでしたね♪』とすら言われない事そのものが当人の羞恥に拍車を掻ける事となったが、それは自業自得な道徳的破滅というヤツであった。

 

 生憎と使徒様と長の逢引ならばご自由にという輩しか彼女の部下にはいなかったのは正しく成人年齢と婚姻年齢が低いアークエルフの実体を表していた。

 

 事実、イキオクレになりそうだった彼女は使徒が来なければ、何処かの部下の家の子弟と婚姻していたはずであり、寿命が多少戻っても長年の習慣や意識が変わる事はこの短期間ではあるわけも無かったのである。

 

 *

 

 野性の専門家が現れた!!

 

 テッテッテッ、テッテッテテテー!!!

 

 そんな擬音が聞こえてきそうな程に今注目の人物がいる。

 

 極めて都合の良い人材が傍にいるというのは何処でも重宝される事実に違いない。

 

「な、なぁ? オレ本当に必要か?」

 

 朝食終了後。

 

 結局、回復した少年が彼ら船の乗員達に自分達の食い扶持を稼ぐ方法とやらを相談された際の回答は一挙両得な案が採用された。

 

 その一番の立役者、筆頭候補はランドであった。

 

 現在、メイジェーンは寝込んでおり、ウサミミ・エルフの女性陣が看病している為、漢は今は頑張るしかないという顔だったのだが、改めて責任を前にしてみると怯んでしまうのも無理からぬ話。

 

「取り合えず、今から遺跡を破壊する。収奪するものをさっさと集めて出航。この山脈にアーティファクトが大量に眠ってる所があるのは幸いだった」

 

 少年が山脈上空に下降し、上空1000m付近で疑似的な不可糸で包んだ船底分に開口したハッチを開く。

 

 横には300人からなる遺跡の略奪部隊。

 

 その隊長に任命されたランドは必要な装備を全部渡された完全装備の軽装ながらもしっかりとした登山用の全身防寒着に余剰部分を持った大きなリュックサック。

 

 更に大量のロープが内部には入れられており、横に吊り下げられた革袋にはタプタプに真っ黒な真菌が入れられていた。

 

「墓荒らしか。お前の中にいるって大破片は怒らないのか?」

 

「怒るどころか喜んでる。嫌なヤツの墓なんてさっさと破壊して略奪するに限るってワクワクまでしてる」

 

「そ、そうか。さすが邪神……」

 

 思ってもいなかった言葉にランドが顔を引き攣らせつつ、開口したハッチの先。

 

 山脈内部に置かれた荘厳な遺跡を見やる。

 

「でも、あの大きさだぞ? 敷地面積だけで随分ある。破壊って言ってもどうすんだ? 倉は地中奥深く。目的の宝物庫は恐らく防護も結界で万全じゃねぇか?」

 

「問題ない。今、カダス用の思紋機関が調整終了した」

 

 少年が自分の肌に思紋機関を奔らせていく。

 

 邪神達の力を得て、急速に戦力となる手札を開発していた少年が延々と造っていたソレが肉体と外界の環境に適応した形になり、自己最適化を実行。

 

 その終了を以て、新たな少年の剣となる。

 

「総員。持たせたアーティファクトを飛び降りると同時に展開。地表に着地後、破壊した遺跡内部に突入。先に罠だの敵だのは排除しておく。地図表記を瞳に仕込んだ思紋機関で確認しながら宝物庫に突入。真菌を撒いて持っていくモノだけを選定させて、後は放棄。余計な色気を出すと死ぬ。気を付けるように。此処にもしもやもしかしたらは無い。置いていけと言われたモノはどんなに良さそうに見えても、単なる罠だと考えるように。これに従えないものは例え金貨一枚だろうと針一本だろうと空から棄てる」

 

 少年の声にゴクリと唾を呑み込むのは何も難民出の者達だけではない。

 

 先日、難民を勝手に連れて来て兎月にこってり絞られた者達も混じっていたので大きく頷いた。

 

「ユイ」

 

「はい」

 

 イソイソと猫耳少女が少し大きめの外套を羽織ってやってくる。

 

 全員に少年が支給したのは遠征隊の装備を模した代物だ。

 

 ウサミミ・エルフの女性陣に作らせたものを真菌の海に沈めて一通りの強化を施したソレは空気が薄く怖ろしく寒い上空でもちゃんと機能している様子で保温性能は抜群であった。

 

 少しだけ外套のフードから出た顔の鼻が赤い少女がアダマシアスと共にやってくる。

 

「後ろに付いて来れたら、技術を盗んでいい」

 

「ッ、うん!!」

 

 少しだけ目を輝かせて嬉しそうに頷く少女がアダマシアスを背中にギュッと手前で拳を握る。

 

【お手並み拝見といこう。ユイ……無茶はしないようにな?】

 

「分かってる……」

 

 少年が周囲を見回して、覚悟は出来たようだと自分から一番に落下に入った。

 

 それに僅かの間を置いて次々に墓荒らしとなった船員達が死のダイブを決行。

 

 いの一番に飛び出したユイが少年の背中を追いながら手に嵌った呪具を地表に向けて翳す。

 

 途端、使い方をレクチャーされていた通り、少女を筆頭にして落下していく者達の手袋から圧縮された空気が地表に向けて吹き出し、減速を開始した。

 

 その勢いは人一人を減速する為に凄まじく。

 

 片手を抑える者達の形相は必死。

 

 思紋機関に補正された呪具は総員の肉体のバランスを保ちながら風の呪紋を上手く調整しつつ、島のアルマーニアでも単独では手こずるだろう落下を何とかド素人達にもこなさせていく。

 

 しかし、少年はそれをおいてけぼりにして減速する様子もなく。

 

 現在、制御に困っている大破片の魔力の余剰分を制御出来ぬのならばと全身の肉体に刻んだ思紋機関に流して疑似呪紋にしてカダスの対スキル用に調整、固定威力の呪具として運用する予定のソレを起動する。

 

「思紋機関駆動率……約12%……加速度正常、重力0.2Gまで減衰、重力消却開始、補正率0.4固定。コンバート・スキル【崩壊属性重力呪紋“オール・バニッシュ”】」

 

 少年の前方の景色……つまり、地面方向の世界が歪んだかと思うと歪みそのものが一瞬にして地表にぶち当たった途端。

 

 猛烈な勢いで直撃地点からあらゆる物体の構造が崩れて砂のようになっていく。

 

(スキル定理側からの応答が若干遅い? 再現性そのものよりもスキル情報を真似る事自体が問題? 邪神保有のスキル自体は嘗てから変わらない。変わったのがスキル定理自体だとすれば……恒常性じゃなくなってる? もしくは定理処理大系が法則依存だとしても、法則そのものを稼働させている“何か”の限界があるのか。この邪神連中の情報にスキルの情報が殆ど無いという事は大戦後にスキル大系に何らかの異常もしくは大きな改変が入った?)

 

 猛烈な勢いで地表付近から原子分解に近いところまで分解された莫大な水素が無理やり発火させられて灼熱の砂地から周辺へと炎が拡散。

 

 直系1kmは焼き尽くし、更にはその砂地を巻き上げるようにて渦を巻いた歪みによって地下構造体が露出していく。

 

(核力制御は機能してる。物質の分解工程にも異常なし。重力呪紋の系統がやっぱり一番使い勝手が良い……“接続時”に得た情報の運用は問題無い)

 

 巨大な迷宮は上部構造のほぼ全てを砂と化しながら重力の異常によって歪められた空間が圧縮されて砂もまた押し固められる事で固着。

 

 ついでのように大穴は地下へ地下へと進んでいき。

 

 最後にはゴォオオオオオオオオンという山脈を震わせるような激震と共に停止して吹き飛ばされた。

 

「この規模の呪紋を食い止める結界? 最下層を確認。突入する。各員は固められた遺跡上部の横穴に着地。すぐに宝物殿の探索を開始。内部の全ての罠と敵は今ので全部砂か染みになってる。霊体も同様。問題が起きたら、後方の兎月に報告し、指示を仰ぐように」

 

 殆どの探索部隊は瞠目して口をあんぐり開けている状態であった。

 

【丸投げされたのじゃ……】

 

 通信用の呪紋に載せて耳元の呪具で音声を聞いていた者達はすっかり借りて来た猫状態になる。

 

 今まで少年の強さというものを殆ど実感していなかった彼らは少年が明らかにとんでもない何かだと気付いたのだ。

 

「スゴイスゴイ♪」

 

【ウェ……とんでもねぇな。侯爵級の破片くらいはあるだろ。今の大技】

 

 ただ、その最中にも目を大きく見開いて少年の攻撃にワクワクした様子になったユイだけが少年の背後にピタリと付けて、共に大穴の中心部へと突入していく。

 

 アダマシアスは少年の攻撃方法にえげつねぇなぁという声になったが、確かにあの英雄神達と対等に戦えていた邪神達の力は未だ衰退したりと言えども侮れないのだろうと気を引き締める。

 

 大破片の墳墓。

 

 正しく彼の長年の怨敵の終わりの果て。

 

 そこに脚を踏み入れるとなれば、そこには絶望の類が待っているはずなのだ。

 

「結界を破砕する。後は自己責任で」

 

「うん!!」

 

 目を輝かせた少女を背後に少年が露出した墳墓の最奥に続く巨大な球体。

 

 恐らくは玄室だろう場所に向けて黒い大剣を構える。

 

(今ので結界に揺らぎが見える。さすがに単なる遺体じゃ処理量そのものが無くて、復元まで時間が掛かる。なら……)

 

 少年が肉体を後方に呪紋を展開して風を生みながら加速。

 

 その突風に舞い上げられた少女が減速しながら、流星のように黒い球体に突撃した少年の剣が閃いたのを見た。

 

「……閃剣【凹斬・徹】」

 

 少年の剣がほぼ着地と同時に全ての加速したエネルギーを剣先へと肉体内部で練り上げながら円環を描くように一回りした。

 

 落下速が斜めに入った剣から出力されて円を描いたのだ。

 

 だが、重力呪紋で減速したのでもない。

 

 あらゆる肉体に掛かるエネルギーを肉体の動作と魔力を通して収束し、加速度が載った自身の運動エネルギーを刃先に載せる。

 

 という馬鹿げた力は単なる技能であった。

 

 高高度から地表に激突しても死なないようにする、のではなく。

 

 高高度からの落下した際のエネルギーを攻撃力に変える。

 

 その発想にて嘗て、巨大な敵と戦う際にも用いられた攻撃力は健在。

 

 瞬時に刃から奔った威力は玄室の球体天井の一部を輪切りにして穴を開けた内部へと少年が切り取った部位と共に落下していく。

 

 その内部は薄暗く。

 

 しかし、明らかに体には良く無さそうな魔力に満ちており、少女が穴を潜るより先に結界が再度張り直された。

 

 玄室内部の大空洞。

 

 その真上から降って来た少年が見たのは奥の壁に張り付けられた大量の鉄杭。

 

 否、鉄というよりは大量のアダマシアの槍によって縫い留められた肉体。

 

 明らかに干物になっているが、魂は存在しているらしく。

 

 豪奢な紅と金の宝飾が鏤められた民族衣装のようなものを着込んだミイラの瞳に魔力の色合いが籠る。

 

【無粋な侵入者だこと。蒼穹、苦界、それに……ふ……星読みだったかしら? あの子達の言う通りになったわけね。くふ……】

 

 玄室内部に猛烈な輝きが奔る。

 

 スポットライトの如く。

 

 内部が染め上げられ、少年が悪趣味な部屋だと周囲を僅かに見回した。

 

 壁という壁には大量の戦装束に身を包んだ使徒らしき者達の遺体が納められた棺が怖ろしい数埋め込まれており、玄室内は正しく骸の軍隊を納める兵舎染みている。

 

【相変わらず嫌なヤツ……吸ったら小破片でも即死じゃない。この魔力……】

 

 少年の内部からそんな苦界の千壁の思念が飛ぶ。

 

【ようこそ。到達者……くふふ。あーしはマスター・オブ・ダストと連中に呼ばれていたモノよ。名前という文化が根付く前の旧き者達からの呼び名しかないの。そうね。今風に言うのならば塵の主?】

 

「……【光塵の大主】」

 

【それいいわね。くふ……これからはそう名乗りましょうか。それで? 嫌なヤツのあーしの墓を破壊して暴きに来たわけね?】

 

「そう」

 

【ふ、お前がこの程度で怒るような連中と同じならば、通過していたとも】

 

 今度は破戒の蒼穹の思念が飛んだ。

 

【怒りはしないわよ。どの道、そろそろ魂魄の維持も限界だったしね。それで? 挨拶しに来た以上は何かあるのでしょう?】

 

「どうして大破片として滅ぶのを良しとしてる?」

 

【ん~~そういうのが分かるとか。貴方、案外嫌らしいじゃない」

 

「今のところ、破片の気配を見る限り、死んだままの理由は無さそうに見える」

 

【あーしはね。飽きたのよ】

 

「じゃ、とっとと力を渡して消滅して欲しい」

 

 おもむろに少年が手を差し出した。

 

 そのガメツイという事ですらない。

 

 単純な貰えるもんは貰っておこうという顔に思わずミイラがケタケタと無い頬を緩ませて噴き出した。

 

【ふ、ふくく、くく、くふ……面白い子ね。アンタ……あーしの好きだった時代にもいなかった感じのヤツ。それが強欲でも傲慢でもないとか。なるほどなるほど……良い憑依先見付けたじゃない。そこの三馬鹿】

 

【誰が三馬鹿だ!! あの頃に散々、大神共から貴様の一族を助けてやったのは何処の誰だと思っている?!】

 

 破戒の蒼穹の思念が【コイツ……】みたいな顔となる。

 

【だって、そうでしょう? 何で最後に単騎ではないとはいえ、三騎駆けなのよ? 他にも誘えば良かったのに……】

 

【貴様らが大神共の大陸に感けていたからだ。時間が足らなかっただけだ】

 

【本当に……最後に残ったのがあの最弱だったのも理由があるんでしょーね。くふふ♪】

 

【貴様、何を知っている? 我らの死後、どうしてあの最弱がカダスを治めた? 他にも有力なヤツは山程いただろう】

 

【ま、死んでたアンタらは知らないわよね。大破壊以後、大破片の殆どが弱体化した。でも、最も弱いはずのアイツだけは……実は弱体化してなかった】

 

【何?】

 

【文字通り、大破壊の影響を免れた唯一の個体。そして、罅割れて小破片が大量に発生し、残った大破片は戦乱で互いに相打って自滅が多発、それを漁夫の利……それでこの有様よ。一族も滅んだし、やる事も無いから隠居してるわけ】

 

 その言葉に邪神の思念が全員沈黙する。

 

「……じゃ、さっさと消滅して力を―――」

 

 パコーンと三つの思念が少年の頭を叩く。

 

【空気を読め!? この合理主義者が!?】

 

【まぁ、そう言いたくなるのは分からなくも無いですが、空気は読んで欲しいですね】

 

【ホント、コイツの方が人の心が分からない邪神なんじゃないの?】

 

 内部の三邪神の思念にツッコミを入れられる少年を見て、またケラケラとミイラが笑い出した。

 

【お腹痛いじゃない♪ くふふ、いいわよ。あ、使徒の部下とかいる?】

 

「要らない」

 

【じゃ、つけとくわね。くふ♪】

 

 嫌がらせ大好きなミイラが縫い留められた体を崩壊させると同時に槍に貫かれていたはずの衣装だけが槍を素通りし、槍自体もまた整列して全てが少年の周囲を回りながら一本に同化していく。

 

【そいつはおまけしてあげる。あの当時の使徒共が使ってた現物よ。あーしを貫けるんだから、あの最弱も貫けるでしょ。ま、知らないけど】

 

 崩壊したミイラが粒子と化して集積し、小さなボール状になって少年の前に浮遊、そのまま顔の前までやってくる。

 

【面白そうじゃない。果てに至った道化者……あーしを精々愉しませてよね?】

 

「いや、力以外は要らな―――(T_T)はい。よろしくお願いします」

 

【【【………(^ω^)】】】

 

 三邪神のお前はもう何も言うなという圧力に屈した少年が仕方なく同居人が増えるのを許容するのだった。

 

 また、掌握に制御能力を取られるのかとうんざりしたが、力の絶対量が足りないのは今更の話なので少しでも出来る事を広げる為にも受け入れる事にする。

 

「契約はコレで」

 

 少年が三邪神と契約した時の文言を周囲に並べる。

 

 それを球体になった光塵の大主が更にケラケラ笑いながら受けた様子で内部の邪神の残留思念達に意志を飛ばす。

 

【こんなのに同意したわけ? く、げほ、ごほごほ、くふ、うっ、もう死んでるってのに更に笑い死にさせる気なの? アンタ達は? ほ、ほんとにくふ、くふふ♪】

 

 三邪神が物凄く渋い顔になったような気がした少年であるが、ボールが自分の口に無理やり入って来て、喉を通過したのを見て、いいらしいと腹を摩る。

 

【契約成立よ? あーしの力はこの馬鹿力や大声女や崖胸とは違って使えるから、使えるなら使えばいいわ】

 

【【【………(;"^;ω^;)】】】

 

 内部でいきなり邪神同士の残留思念が喧嘩を始めて思わず気分が悪くなった少年であるが、口元を抑えて溜息を吐きつつ、チラリと周囲を見やる。

 

 そこには大量の使徒の残骸。

 

 ミイラ達が畏まって整列し始めていた。

 

「船に死人を載せるスペースは無―――」

 

【あるわよ?】

 

 少年の口を借りた真菌の亡霊邪神(仮)の言葉と共に船が更に肥え太るクジラの如く2倍近くまで膨れ上がり、船内がざわついていく。

 

「死人は不衛生だから載せられな―――」

 

【魂があるんだから、適当に再生しときましょ♪ ま、1万はいないでしょ】

 

 少年の言う前で真下から広がった真菌が周囲の苔やら湧き水やら諸々の玄室内部のあらゆる水分とタンパク質を持つ生物を摂取して、現在の少年の魔力と蓄えていた大量のカロリーをごっそり7割程使ってミイラを基礎にして細胞をほぼ再生させながら魂をそこに定着させていく。

 

 少年が思わず『コイツ……』みたいな顔になるのも無理は無い。

 

 今まで少年が使えなかった技能や能力が実はこっそり隠し持たれていたのだ。

 

 元々、少年が自己改造の一環として真菌を様々に能力を付加して改良を加え続けていたが、それも能力の範疇として封印されていると思っていたのだ。

 

 しかし、実際は全て真菌そのものである女が黙って機能を停止していたに過ぎないという事が、こんな場所で発覚したのである。

 

「……これから使っても?」

 

【ふふ、勿論。お好きなだけどうぞ?】

 

 使徒達が肉体が再生されていきながら魂が定着するのを見て驚いた顔で周囲の同胞を見やっていた。

 

「転生じゃない。蘇生?」

 

【肉体がほぼ滅んでるんだから、自己の人格は3割くらいじゃないかしら?】

 

 殆ど生前の人格は残っていないが、真っ新な脳に魂の残渣を張り付けて、その内に魂も回復するだろうという算段なのか。

 

 何処か茫然としつつ、表情が少し薄いだろう者達が少年に片膝を付いた。

 

 その中から戦装束の大鬼……少なくとも2mはあるだろう猛者が進み出る。

 

 灰色の肌に紅色の瞳、二本の大角が背後に額から飛び出す男は図体の厳つさとは別に理知的な様子なのだが、その両手両足は鋭い鉤爪が生えており、明らかに化け物寄りな見た目であった。

 

 肉体の急所に鋲で装甲を打ち付けた彼は眼光も鋭く。

 

 これで生前の3割しか人格が残っていないのかと驚くような明確な意思表示をして見せた。

 

 少年がかなりの使い手なの感じ取って姿勢を正す。

 

「我が主の契約者殿。我は主の一族最後の将。若輩ですが、どうかお見知りおきを……」

 

「名前は無い?」

 

「はい。当時、旧き者達の軍からはウー・コールと呼ばれておりました」

 

「ウー?」

 

「はい。発音は確かウーもしくはユーだったかと」

 

「……それって」

 

 少年がゼド語。

 

 旧き者達のコールサインの類の知識を思い出す。

 

 ついでにノクロシア内部で見つけた諸々の書類に書かれていた軍事関連用語には確か24文字に2文字を足して、敵軍の個体を識別していた。

 

 その強さは後半の文字になればなるほどに強くなる。

 

「ゴーレムを斃した経験は?」

 

「3度。どれも死に掛けましたが、永らえました。単独では恐らく一族でも9人程度しか成し得ていないはずです」

 

「分かった。じゃ、ウードで」

 

「契約、でしょうか?」

 

「単純に名前を送るものだと思って欲しい。ウード、今から現在の状況と認識、諸々の細かい注意点を教える。過去の事は全て忘れていい。船に乗ったら搭乗者として相応しい常識を教える」

 

「ご教授の事、有難く」

 

 両手が付かれて頭が下げられる。

 

「後、契約者と呼ぶのは禁止する。外部で呼ばれて情報が洩れても困る」

 

「では、何と? 主でしょうか?」

 

「契約者以外なら好きに呼んでいい」

 

「では、主殿と」

 

「総員の数は?」

 

「御方に蘇らせて頂けた者が恐らくは4304名であります。主殿」

 

 手の甲を見た灰色の鬼。

 

 ウードがそう告げる。

 

 その手には繋がっているらしい人員の数が示されていた。

 

「まず、全ての教育が終るまで船外船内問わず暴力や加害を禁ずる。また、教育終了後には働いて貰う。衣食住は保証する。武器はこっちで用意しておく。目標は大破片の討伐もしくは力の減衰後、カダスからの離脱」

 

「分かりました」

 

 少年に背を向けて玄室内部全てに響くような怒号が響き。

 

 集まって来ていた再生済みの兵隊。

 

 旧き時代の大破片の将兵達が未だ埃を被ったままの鎧姿のままに参集し、整列していくのを確認し、少年が真上を見上げる。

 

 そこには目をキラキラさせたユイがようやくアダマシアスで結界を切り裂いて落ちて来るところだった。

 

 ただ、その剣だけが無言で【コイツ、とんでもねぇ事してんな……】みたいな雰囲気を醸し出している。

 

「総員の退避後、玄室を封鎖する。死後の別れを気にする者は敬礼を」

 

 さっそく新しい船が丸々と太ったのを穴の先に見て、船の制御に掛かる制御能力の容量が12割程も上がったのに制御そのものが3倍近い負荷になった事を感じて溜息が吐かれる。

 

「~~~♪」

 

 目をキラキラさせたユイが『戦うの? 戦うの?』とワクワクしている様子に戦わない戦わないと抑えながら、こうして少年は手札の一枚として大破片の兵隊を手に入れたのである。

 

 彼らの種族は正しく鬼。

 

 オーガと呼ばれるような種族に見えたが、体躯よりも何よりもまず問題なのはその重量なのが少年には見て取れた。

 

 2mから1m半くらいの幅がある背丈でありながら、再生された彼らの重量は少年が見る限り、1200kgから4000kg程であったからだ。

 

 肉体に含まれる大量の金属はどうやらカダス由来のものらしく。

 

 全身がほぼ重金属を含む怖ろしく重い細胞だったのである。

 

 船の重量に依る負荷がこれからどれくらい上がるものか。

 

(………重量の再計算と諸々の船室強度を上げて、後それから―――)

 

 仕事がまた増えた少年が悩むのも無理からぬ話であった。

 

 *

 

 カダスの殆どの地域における文明は精々が大量消費、大量生産が可能な時代には遠く及ばないというのが基本的には事実だ。

 

 文明の発展が著しいカダス中央域ですら、蒸気機関レベルの事が可能な魔力炉心の開発から工業製品が出回り始めたばかりである。

 

 が、文明よりもまず戦闘レベルという点になると此処が一気に飛躍する大陸が地方にも幾つか存在している。

 

 例えば、小破片が統治する大陸にも神格達が治める領域と同じように個人が乗り込んで運用するゴーレムは存在するし、高度な技術を用いたゴーレムが中世程度の文明に明確に開発されていたりもする。

 

 ただ、殆どの技術は大神達の領域をぶん取った際に付いて来た諸々を用いて、独自に発展しているというのが本当のところだ。

 

 何故、技術があるのに文明が発展しないのか?

 

 それを考えた時、カダスに住まう者達の本質が垣間見える。

 

『なぁ、何か今日の棺桶重くね?』

 

『棺桶屋のジジイが死んだんだよ。あそこの息子は戦場で死んでる』

 

『見よう見まねかよ。あのジジイが死んだせいでオレ達の担ぐ棺桶が重くなる、と。他にやってるとこねーのかよ?』

 

『自分でやれ。出来るもんならな……はぁ、また新しいのをどっかの街から誘拐して来なきゃなぁ……』

 

 つまるところ。

 

 彼らは戦乱によって多くが死んで世代の代謝が早いものの、その殆どの命の消費に付いて、さっぱりとした性格をしており、引き継ぐという最大の文明的行動を行わない事が多々ある。

 

 誰かが死ねば、その技術は失われっぱなしという事だ。

 

 これを解決するのが一族、集団、組織単位での技術や叡智の保持に当たる。

 

 だが、その殆どが戦闘の為に構成されているせいで彼らに戦闘に使えない技術を継承するという概念はほぼ存在しない。

 

 結果として出来上がるのはやたら戦関連の技術だけが高い文明であり、生活レベルが低いという状況。

 

 これを良しとしたカダスの者達はそのせいで数千年という時代を生きていながら、遅々として文明の進展は大神達の領域よりも恐ろしく遅れていた。

 

『オイ。今日の煮込みの味変わってねぇか?』

 

『そこの席、昨日のヤツがゲロったところだぜ』

 

『……殺す。テーブルに吐くヤツは殺す!! 手が熱いのは良いがゲロを食わせたヤツは必ず殺す!!!』

 

『はぁ、でも、テーブルを変えるっつったって、ここらにゃもう木工出来る連中が残ってねぇからなぁ……どっかから拉致って来ねぇと……』

 

 何なら食器も無いから手でテーブルそのものに盛られた煮込みや焼き物を直食い。

 

 ついでに糞尿は溜めて棄てるという類の事すらせず。

 

 野外が普通であり、便所の概念すらあまり無い。

 

 更に農業は辛うじて存在するが、大神達の影響下の文明ならば、輪作や諸々の農業技術があって、大量生産の基盤が出来るところをカダスの状況は殆ど種を植える、水を撒く、糞尿を土に混ぜるという行為以外が無い、という具合である。

 

 そのせいで土から野菜経由で寄生虫に蝕まれていない者は魔力が強い者くらい。

 

 ウィルス性の病気ならば、魔力と体がかなり強くなければ、ほぼ死の病というのが一般的だ。

 

 灌漑という概念が無いのに子供は大量に造るので飢餓が酷いところも多く。

 

 それを邪神の力で様々な面で支援している関係から、多くの破片達は今も一族、勢力、組織を食わせる為に諸々の力の消費を余儀なくされている。

 

『くっさ。オイ。座席洗っておけよ!? 誰だ!? 昨日乗ったヤツ!!?』

 

『ご愁傷様。【下履き知らずのゲンゾ】だ。ちなみに昨日は腹を下してた』

 

『かぁあああああああ!!? 水ぅぅうううううう!!?』

 

『小便で洗い流せ。こんな事に貴重な水なんぞ使わせてくれるわけねぇだろ?』

 

 結果として傍目には野蛮な蛮族が排泄した後の尻を拭いもせず座る席というのが少なからずある。

 

 高度な技術が必要とされるだろう共有ゴーレム(何番煎じかも分からない超絶劣化コピー品)に乗り込んで今日は一段とクセーナーみたいな顔で殺し合うのが普通だ。

 

 だからこそ、また新しい欠片の力を手に入れて来た少年が連れて来た使徒の軍勢はその最低限度すら無い蛮族として教育が急ピッチで進められていた。

 

 尤も文化的な情報を共有し、引き継いで来たアーク・エルフ達は少年からカダスの人々の教育を丸投げされたのである。

 

『主殿のヒゴ種族らしい。あのナヨナヨさで敵軍から主を護り切れるのだろうか?』

 

『ぁ~~ぅ~~クッテイイ?』

 

『食べちゃダメだ。主殿に殺されるのは我らの恥だぞ? 同胞』

 

『ナンならクッテイイ?』

 

『あのムギガユとか言うのがあるだろう。アレなら食え。ただし、喰い過ぎるとお前を殺さねばならん』

 

『コロスのダメなはず?』

 

『……難しいな。主殿はきっとスゴイ考えが上手、なのだろう……』

 

 便所を知らない7割赤ちゃんみたいなオーガ連中を教育するエルフ達は正しく『おはようからお休みまで』と言わず……『揺り籠から墓場まで』を地で行く様子で数千人の“大きなオトモダチ”を文化的で文明的な仲間にするべく。

 

 難民達も加えて、更にデカくなった船の中央講堂……そう、中央に出来たばかりの巨大な円形の段状になっている場所で“お勉強”を教えていた。

 

「“ふぉーく”“すぷーん”……えーせーてき?」

 

「ベンジョ、ケツフクカミ?」

 

「しきけーとー? たいしょー以外にめーれーきくのか?」

 

 ガヤガヤガヤガヤ。

 

 学が無いけど、都会に違いなかった街住まいだった難民達はある程度の教養があるのでそれなりに教えれば出来る者が多い。

 

 しかし、元々が戦乱の時代に粗製乱造されていたゴーレム並みに産めよ増やせよ地に満ちよと一族単位で子供を造って消費していたような世界観のオーガには未だ原始人よりはマシ程度の認識しかなく。

 

 正しく赤子をあやすようにアークエルフ達の不断の努力が必要とされていた。

 

「で? どうするんじゃ? 使徒殿」

 

 げっそりした顔のアークエルフの長が更に大量の人員を何か回収してきた少年をジト目で見やった。

 

 大破片の墓を襲撃してから1日後の事である。

 

 昨日はてんやわんやと船内は受け入れ準備に忙殺されていて、今日ようやく落ち着いて話が出来るという状況。

 

 しかし、数千人も食わせる相手が増えたせいで食料問題は切迫していた。

 

「宝物殿の獲物の量は?」

 

「さすがに大破片の墳墓だけあって黄金が延べ棒で大量に積まれておった。だが、換金と作物諸々を交換するには街との交渉が必要であろう」

 

 少年が円卓で地図を虚空に映し出す。

 

 現在、船が逗留中の大陸。

 

 大破片がいる場所に向かうには西へ向かう必要があるので西部域の平原や海辺で食料を買い込む必要があった。

 

(作物は真菌による操作である程度は収穫が可能。蜘蛛達に持たせてた他地域での作物収穫用のルーチンが使える。情報が無いせいで過去との差異から必要な行動を最適化するのが遅れてる)

 

 内心で諸々の状況を何度も何度も演算し、修正を加えながら自分の道行を最適化し続けている少年であったが、邪神達の贈り物という名の呪の大攻勢で状況管理の手間が増え続けていた。

 

 戦力を使い潰すのでなければ、取れる方策は左程に多く無い。

 

 そして、現在の契約状況において最初から生かしてという制約が付いている以上は少年の行動は正しく諸々でリスクが高いものが取り難くなっていた。

 

「作物は明日、西部の平原地域の街や国家で種や苗を仕入れて来る」

 

「種や苗? この船で作物を収穫する気かえ?」

 

「そう」

 

「そうか。機能、延々と墳墓の細かくて焼き尽くした地域から土やら砂やら岩やら諸々黒いドロドロで船に積み込ませていたのはそういう……」

 

「食料問題は恐らく1万までなら今の船で対応可能。農耕区画は面積当たりの構造をとにかく密に造って階層を増やす。使徒と難民をある程度教育し終えたら一緒に畑に放り込んで働かせておいて欲しい」

 

 現在、少年が運用している船は正しく先進大陸の豪華客船を二倍程まで大きくしたような有様まで膨れ上がっており、タンカー二隻分の容積を内包出来る広さと巨大さを併せ持っていた。

 

 それを常時浮かべている少年の魔力への負荷は明らかに爆増していたが、四名もの大破片の一部を受け入れたおかげで魔力量だけならば、嘗て太陽の女神と戦った時の1割程度までは届いている。

 

「食料は問題ないと言うが、肉が食いたいとか言い出しておったぞ? 連中」

 

「肉は収穫出来る範疇。それよりも問題は大量の有機物が足りない」

 

「収穫? それとゆう、なんじゃって?」

 

「木材でも人の排泄物でもいい。とにかく、意識とか無い生物と生物の死骸が大量に必要。本来、魔力で解決出来るはずのところでまた制約が掛かってる」

 

「制約?」

 

「こっちの魔力運用体系は呪紋という名称。それには魔力で物質を造る呪紋がある。魔力を有機物に高効率で変換出来るかと思ったら、出来なくなってる」

 

「どうしてじゃ?」

 

「神の名が付いた呪紋は神の力と定理を用いる。魔力は単なる消費用の力というだけじゃなくて、その現象を引き出す為の鍵でもある。でも、此処だと神の力を用いる呪紋がどうやら中和されてる」

 

「ほう? そうなのかや?」

 

「魔力がかなり高まってるから、使えそうな呪紋を諸々試してみた。でも、強力な呪紋やこの世界の何処からか契約した生物を連れて来る呪紋の殆どが邪神の力で阻まれてる。自分の魔力の性質とカダスの領域を覆う破片の力が強過ぎて、スキル以外の魔力運用体系もカダス方式じゃなければ、ほぼ無力化されて使えない」

 

「複雑な事や高度な魔力運用は不可能、と?」

 

「そう……神の名前が付いていない呪紋でも邪神の魔力で処理出来ない定理が用いられてるっぽい。恐らく、邪神へ対抗する為に神が作られてるせい。神格の死骸の再利用を防ぐ目的もあると思う。今までは魔力が足りなくて稼働出来なかった呪紋が魔力量は足りてるのに邪神の魔力のせいで稼働出来なくなってる」

 

「それはそれは……二律背反か。で、結局どうするのじゃ?」

 

「現物を買って真菌で各種の資源に変換する。石、砂、土、粘土はほぼ収集が終った。適当に西部の森林地帯から木材を幾らか拝借して、苗や種も買う。海で魚や海産物も確保して畑に植えといて欲しい。そうしたら、カダスの中央域に向かう」

 

「海産物や肉を植えるのか。何と言うか……まぁ、ソレは良い。だが、大破片を叩く為のアーティファクト集めはどうするのじゃ?」

 

「墳墓で必要なのは集めて来た。後、3か所くらい同じような墳墓を漁れば、諸々問題ないと思う」

 

「そう幾つも大破片の墳墓が荒らせるのかや?」

 

「今、大戦後に死んだ大破片の気配を勝手に邪神達が何処にいるのか探ってる。恐らく、現在造られてるアーティファクトは殆ど民生用や組織用で嘗ての時代程のモノが無い」

 

「つまり、神々との大戦時に製造されたものが最も強く高度だと?」

 

「大陸の位置は変わってないなら、最短で死んだ大破片の気配を追って、墳墓を荒らしていく。最低2つ、多ければ4つ、数日毎に荒らして1月以内に必要数を集めたら、適当に殴り込む」

 

「ふむふむ。一月で邪眼神殿相手に勝つ戦力を整えると?」

 

「邪眼神殿全てと戦う必要は無い。大破片を破壊するか斃せばいいだけ」

 

「一点突破。御首頂戴という事か。うむ。理に適っておるな。で? 勝てそうか?」

 

「まだ無理」

 

「じゃろうな……」

 

 少年が再び増えた邪神達が自分の中でまだ喧嘩しているのに内心で溜息を吐きながら、現在も脳裏で進めている各種の邪神の魔力を用いてのアーティファクトの強化案と方法と実際の改造を遠隔で魔力方式で行う区画を確認する。

 

 想定される戦力に対しての最適解の為に発掘して、すぐに仕様やら能力を確認した呪具は無人区画で次々に少年の魔力と真菌が満ちた水槽に入れられて大量の譜律を構造材に流し込まれていた。

 

「あ、アルティエいた」

 

 円卓の部屋に入って来たのはユイと半霊種の老婆だった。

 

【いたね。小僧】

 

「何か問題?」

 

【ウチの連中は今、強化を終えた呪具の点検して箱に詰めてる最中だよ。そこのエルフのとこのはあの馬鹿鬼共の教育中。難民連中はそれに従ってるが、今はあの黄金に目を爛々とさせてたよ】

 

「おばーちゃんが話があるって、こっちもアダマシアスから話がある」

 

 少年が二人の傍まで行くと老婆がヒョイと小さな金の延べ棒を渡してくる。

 

「……コレ……」

 

【気付いたね? コレは金じゃないよ】

 

『ああ、何かおかしな気配がしてたから、教えに来たんだよ。誰かが盗まないように見張ってたら、何か違うのが分かってな』

 

「はぁ?! どういう事じゃ!?」

 

 思わず兎月が駆け寄って来る。

 

「金の重さじゃない。上に金を張り付けてるだけ」

 

 少年が延べ棒を両手で持って、僅かに力を込めた。

 

 ボギュンッと凄まじい音が室内に響く。

 

 思わず耳を抑えたユイと兎月の前で延べ棒の中身が露わになった。

 

 断面は不思議な色合いをしており、金でも銀でもなく。

 

 白金にも近いが、七色にも似て油を水に溶かした時に見えるような、断面の色合いを光の加減で変える金属だった。

 

「オイオイオイ……金は支払い用なんじゃぞ?! 別のものってどうするつもりじゃ?!」

 

 思わず兎月が頭を抱える。

 

「いや、コレは……ミスリスの鋳造材? 兎月」

 

「な、何じゃ?」

 

「コレどれくらいある?」

 

「え、ええと、確か……ギッシリ樽に詰めて4000個くらいか?」

 

「………ざっと4万人分くらい?」

 

【それくらいであろうな。鋳造すると余分が消えて、純化するから軽くなると前に聞いた事がある】

 

『―――ああ、まったく同類としてはゲッソリだぜ。はぁぁ……』

 

「アダマシアス? どういう事?」

 

『オレはミスリスって種族を元に造られてるってのは教えたよな?』

 

「う、うん」

 

『そいつはそのミスリスを鋳溶かした延べ棒って事だ』

 

「ッ―――!?」

 

『延べ棒一本でどれだけの連中が溶かされたんだか。つまり、あそこはあのオーガ共の武器原料の保管場所。もしくは単純な嫌がらせ用の宝物ってこったな』

 

【恐らく、あの当時に破壊した魔剣聖剣の連中だね。敗戦処理であの墳墓の主に押し付けられていたんじゃろうて】

 

『どういう事だ? ばーさん』

 

【当時、死体の片付けがやたら問題になった。とにかく数が多過ぎて、最終的には海に沈めるやら、バラバラにして大地に混ぜたが、それでも神の力を発し続けられると近くに暮らす我らのような邪神勢力の者達は体調を崩した】

 

『汚染源扱いで押し付けられたのか? まさか?』

 

【死んだ大破片への報復や嘲りの意味合いもあったのだろう。金が張られていたのは墳墓に納める宝物にはコレがお似合いだという話だったのか。罰当たり共め……仮にも大破片の墓にこんなものを仕込みよってからに】

 

 老婆が溜息を吐く。

 

「………」

 

 少年がジッとその金属を見つめて手にギュッと半分に折ったソレを握り込む。

 

 その場の全員が首を傾げた。

 

「―――使える。アーティファクトに主要兵装に足るモノが無かったから、コレを使う事にする」

 

【武器にする気かい? 使徒殿……でも、鍛造の設備はともかく、コレを扱える鍛冶師なんて、この船にいないだろうに。というか、エルフは細工向きであって、柄拵えやら剣の付属品はともかく剣そのものは……】

 

「うぅむ? 鍛冶師はおるが、仮にも聖剣魔剣を打てるのはいないぞ? 普通のなまくらで良ければ別なんじゃが……」

 

 兎月がそう現実を告げる。

 

「問題ない。自分で打つ」

 

「ぬ? 使徒殿は鍛冶の経験があるのかや?」

 

「昔、鍛冶師の真似事はしてた。ただ、単なる剣は創っても意味が無かった。殆ど鉄以外無かったせいで生物資源で造るのが一番効率も良かったから……でも、この金属なら……」

 

 少年が掌から指の型を付けた延べ棒をテーブルに置く。

 

「【ミスライト】……その樽全部で剣を一本打つ。設備は2週間後まで船内に建造しておく」

 

「使徒殿~~支払いはどうするつもりじゃ?」

 

「表面の金を集めるのは簡単。それでも幾らかには成る。必要な分の種と苗、肉や魚は買えるはず。後は増やせばいいだけ」

 

「というか、邪神には致命傷を与えられるものなのか? 嫌がらせに送られていたとしても、長い間に劣化しているのではないか?」

 

「問題ない。長い間に変質してる。でも、それは力が弱まったという事とは違う。神の力と邪神の力が打ち消し合い続けた結果か……どちらの魔力にも親和する金属になってる」

 

 少年がすぐ様に歩き出した。

 

 テーブルに置いた延べ棒が浮いて少年の真下に広がっていた真菌に溶かされるようにして消えていく。

 

「ま、待つのじゃ!? 取り合えず、金の量は確認させて貰うぞ!!」

 

 慌ただしく船内は活気を帯び始めた。

 

 大破片討伐という当面の目標の為に必要なカードは揃いつつあった。

 

 ソレがどれ程の難事であるか。

 

 誰に分からずとも当事者の内部で邪神達は喧嘩も止めて心を一つにした事は間違いない。

 

【【【【……“アイツ”……絶対、ぶっ殺そう(^ω^)】】】】

 

【(アンタらも嫌いなヤツになら同じような事してたでしょうに……)】

 

 それをジト目で見ていた真菌の亡霊女だけが肩を竦めていた。

 

 大破片同士の戦いで敗れたとはいえ、墓に汚物を投げ込まれていたのが発覚したのである。

 

 数千年越しに悪意は悪意で返される事が確定した瞬間だった。

 

 悲しい事に共通の敵が出来ると団結するのは人間も邪神も左程変わらない。

 

 何故、破戒の蒼穹達までもが怒るのかと言えば、ソレが確かに彼らの墳墓……遺跡の宝物殿にも納められていたからだ。

 

 大破片に相応しい宝物をと……匿名で奉納されたソレが嫌がらせだった事を今更に知った彼らの敵は数千年越しに大破片達の怒りを買ったのである。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。