流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第112話「遠き胡蝶のカダスⅩⅦ」

 

―――カダス中央域パンデモニア中央大聖堂神域。

 

「そうか。東部が堕ちたか……」

 

「はっ……現在、展開されていた破片8つが失われ、敵の手中となった模様です。また、神器の大陸船と形容致しますが、例の船は合計で22隻が確認されており、東部全域の半数に揚陸。以後、現地守備隊の引き上げに目下尽力しており、恐らく半数は中央域に運べるかと」

 

「残存する破片は全て中央域へ集めよ」

 

「は、了解しております。参謀総局より敵軍は極めて高度な戦術、戦略を用いているとの事であり、数千年前の大戦と比べても規模的には引けを取らないものとの事です。ただ、唯一気掛かりなのが……」

 

「大神共が出て来ていない、か」

 

「はい。現行のカダスの戦力ではこの状態でも大神が4柱程来ただけでもほぼ詰みな状況下なのですが、一切の顕現を確認しておりません。結界破砕から52時間以上となりますが、顕現体が入って来る事すらないというのは……」

 

「不可解だと?」

 

「はい。また、東部戦線の主要戦力が天使と蜘蛛の軍団だったのですが、最後の通信時にはゴーレムに乗って自ら“弱体化”して戦いを続行していたという話もありまして……」

 

「連中の真意は定かではないが、カダスを本気で墜としに来てはいない、と」

 

「そう断じざるを得ません。例のゴーレムの捜索隊派遣と何か関連が?」

 

「………カダスなど今や大神共にとってはどうでもいいのだろう」

 

「どうでもいい?」

 

「連中の本当の目的は大規模な陽動だ」

 

「アレが、陽動?」

 

「源界の階が堕ちた時に現れた大破片は顔見知りだ。随分と前に滅んだはずのな」

 

「ッ、つまり……大神共は東部やカダスそのものには興味が無いと? 篭絡した大破片に任せて出て来ないと仰るのですか?」

 

「そういう事だ。ゴーレムの捜索隊に伝令しろ。今を以て捜索を打ち切り、中央域に引き上げろと。これより出陣する」

 

「お、お待ちください!? 御身自ら出られるのですか!!?」

 

「集めた破片共にはパンデモニアの主要な知者と技能者の警護をさせろ。それ以外は捨て置け。全て些事である。以後、大破片が出なかった場合、もしくは大破片の器足らずの者しかいない場合は前々から詰めさせていた政体の合議制への移行を開始せよ」

 

「ご出陣となれば、用意がありません!? 近衛をお連れに―――」

 

「全ての戦力はパンデモニアに待機させよ。雑魚の群れに囲まれて戦える程、此処から先は温くない。また、これより大結界を破壊する規模の攻撃が来ても耐えられるよう、パンデモニアの全防御機構を立ち上げろ。大神勢力共が此処まで到達したならば、何があっても条件付きか無条件での“講和”を目指せ。他の交戦を選ぶ破片は全て近衛に拘束させて封印を実施しろ」

 

「お待ちください!? お待ちください!? 御身は如何されるおつもりなのですか!? 大破片の片翼が堕ちれば、我らカダスは―――」

 

「破片などに頼らず在れ。貴様らが次の世代だ。何の為に使徒を増やさせていたと思っている。パンデモニアを死守せよ。ただし、堕ちるならば、住人の生存を優先せよ。それ以外の無用な攻勢は許さん。それと……あの子には本殿の次期執政官の位を与える。精々潰れぬように使え」

 

「ッ―――了解、致しました……どうか、武運長久を……っ……っっ………」

 

「これが最後の命となる。よく聞け……大結界の強度を限界まで引き上げ続けろ。あらゆる地域、あらゆる大陸への封をせよ。力は無尽蔵に使え。必要なものなら何にでも使って良い。例の鍵はあの子が持っている」

 

「はっ……」

 

 その日、玉座から一人の大破片が下りた。

 

 それを知る者は極少数でしかなかったが、幾らかの破片達は見知った主が歩き去る姿に何かを感じ取ってか。

 

 頭を下げて、微動だにせず。

 

 しばらく、ずっとそうしていた。

 

 その者達の下が僅かに雫で湿っている事を誰が知る事も無い。

 

 ただ、それが彼らの見るカダスの支配者。

 

【共楽の蔡者】の最後の姿であった。

 

 後にその姿が確認される事は歴史上二度となく。

 

 大神勢力圏からの侵攻を前にしてカダスの歴史は数週間後には幕を閉じる事となる……しかし、そこに至るまでの秘跡は未だ続く。

 

 1人の破片の数奇な運命……その最終幕はそうして上がったのだった。

 

 *

 

「心臓を取り損ねたのが痛い」

 

【確かに……あの小娘、よくやる。お前を前にして一番大切な部分は移動させて頭部の後ろに貼り付けていたところは技量的に見ても……あの頃の連中と遜色ない】

 

【ま、そうね。あれくらいの子なら、副官に取り立ててもいいんじゃない?】

 

【ですが、あの子が上澄みだとすると、今の破片というのは本当に弱体化し切っているという事になるのでしょうね】

 

【そんなのいーから、あーしも戦いたいんだけど】

 

【で? 我らの契約者はどうするのかしら?】

 

 自分の中にいる邪神達の思念がゴチャゴチャ流れて来るのに溜息一つ。

 

 相手の能力の中核部品である心臓型神器を取り損ねた少年が地表で複数のパーツを再生させながら再度戻って来たそうに自分を見ている破片の少女にジト目となる。

 

「腕力はこっちが上。速度はあっちが上。早さは互角。技量はこっちが圧倒的に上。ただし、神器の能力が分からなくて、能力合戦は五分五分」

 

【貴様にしては高く買ったな】

 

 破戒の蒼穹がそう苦笑していた。

 

「隙が無い。それと判断が的確で楽しい以外の感情を差し挟まない純粋戦闘狂……楽しさの為にわざと何かをする事も無い。戦闘用人員なら申し分ないタイプ……」

 

【ゼド語か。貴様は本当にいつの時代の人間なのだろうな】

 

【自分の中から掬い上げてる途中だから、その内分かるでしょ】

 

【それでどうするのですか? アレはこっちに執着していますよ? 今の足手纏いを横にして戦うのはお勧め出来ませんね】

 

 少年が船の最下層ハッチからおもむろに飛び降りる。

 

 それに目を輝かせた再生中の少女がニィッと唇の端を吊り上げる。

 

「取り合えず、あの手のは完全に敗北すれば、しばらくは大人しくなる。適当に叩き潰せる内に叩き潰すのがいい」

 

【あーしがやる!! あーしがやる!!】

 

「分かった。体力と魔力の4割を貸与。全部使ったら終了で。船に攻撃当てないように誘導だけ義務付ける。了承する?」

 

【勿論!! ふふ~~~あの手のは戦って楽しい。勝って嬉しい感じなのよね~~♪】

 

 光塵の大主。

 

 少年に名付けられた大破片がそうにやけて少年から分離していく。

 

 水晶のような髪の色。

 

 少年から離れていく少女は墳墓で来ていた民族衣装にも似た装飾のある衣服を着込んだ何処か釣り目で獣っぽい顔付であった。

 

 ある種、下で再生中の破片にも似ている。

 

 だが、明らかに違う点が一つ。

 

 その額と両頬に合計で3つの瞳が開眼している。

 

 それも瞳そのものが何かしらの金属製の造り物めいた装飾が施された造形であり、瞳自体も明らかに人工物に見えて眼球内部には無数の文字列。

 

 旧い旧い時代の情報が書き込まれていた。

 

【いっちばーん!! やっぱり、生身は良い……久しぶりに……ふふ……】

 

 ギョロリとアーティファクト染みたソレが光った瞬間。

 

 猛烈な攻撃を延々と速射し続けているような大規模な連続した破砕が下方の地面をkm.単位で粉砕し、地鳴りと化し、噴煙と成り、猛烈な振動の中に再生中の破片を呑み込んでいく。

 

【あはははははは!!! 削れながら逃げる犬って逆でしょう?】

 

 ケラケラ嗤いながら、煮蕩けたような顔で愉悦に浸る少女を適当に放置し、少年が遠方から急速接近して来る40隻近い船団の方角へと向かう。

 

 どうやら地平線の果てから既に出撃させた空飛ぶゴーレム部隊さんがざっくり数百機。

 

 ついでに幾つかには破片が載っている様子であり、見えた途端にズドンと攻撃されるのは目に見るより明らかだったので、少年が急速に加速し、地平の果てへとカッ飛んでいく。

 

 その速度は雄に音速の20倍近い速度であり、少年の肉体の上には黒い真菌の幕にあちこちから魔力を用いた純粋なエネルギー転化による被膜が数百枚近く展開。

 

 そのまま流星と化した姿は一瞬で砲弾の如く化し、急速接近中のゴーレム部隊が感知するよりも早く集団ど真ん中に直撃。

 

 弾道弾染みて起爆した大魔力の爆弾は爆破の際に真菌を硬質化した破片を粉塵、破片として周辺領域を広域で飲み込みながら膨れ上がり、キノコ雲を形成。

 

 黒い領域の最中にゴーレム達は沈んでいくのだった。

 

 *

 

「新年あけましておめでとー。今年も一年頑張りましょう♪」

 

 巷の路地では次々に催しが行われ、あちこちで多くの飾り付けられた店に人が出入りする。

 

 通りは賑やかに笑い声や子供達の笑顔に溢れ、世界は平和を願われている。

 

「(;^ω^)(もっちゃもっちゃと人込みに混ざってパンを齧る蜘蛛の顔)」

 

 数多くの大陸。

 

 数多くの国家。

 

 人々の暦はバラバラであり、人々の年末年始もバラバラである。

 

 常識とは一大陸完結が多く。

 

 特にそれどころじゃないという大陸も多く。

 

 結果として蜘蛛達が侵入し、定着しつつある大陸の多くではまるで毎日が記念日であり、毎日が年末年始であり、毎日が今日は諸々の良い戦争日和な不穏さに包まれていた。

 

 というのも今は昔。

 

 もはや、各大陸が蜘蛛達によって事実上繋げられた事であちこちの大陸では情報革命が起き始めていた。

 

 必要な情報が大陸外から入って来る事も多くなった現在。

 

 蜘蛛達が牛耳る大陸間経済物流網は最強の兵器として運用され、各大陸でサプライチェーンを構築した蜘蛛達による大規模な開発が始まっていたのだ。

 

 その一環として統一記念日、統一年末年始というのが各地域で始まったのはまったく驚くべき事であろう。

 

 無論、その最初の1人目は蜘蛛達であり、そのお祝いの日やら記念日が各地の大陸で初めて催される事が決定したのは事実上の蜘蛛の人類に対する勝利宣言に等しい……と一部の有識者達は心では思っていたが、表立っては何も言わなかった。

 

「何喰ってるんです?」

 

 蜘蛛が上司の奴隷上がりの若者達がとある大陸の年末年始においてそう訊ねたのは彼らの上司がその国で見掛けぬ食べ物を齧っていたからであった。

 

「(´・ω・)/□(食べる?という顔)」

 

「あ、どもっす。では、頂きまー……す?」

 

 嘗て、とある島にロクな食料も無かった頃。

 

 少年がまだ料理に勤しんで食えないモノを食えるようにしていた頃。

 

 その知識で作り上げたのは小さなパンだった。

 

 雑穀に爆華を混ぜ込んだ甘いパン。

 

 今はニアステラの主食として極々普通に蜘蛛達が製造して、各地の主食として卸売りしているものの一つだが、島以外では出回っていなかった。

 

 ソレを自前の呪紋でバターを塗ってさっくり焼いたソレ。

 

 齧られた時にはもう彼らの記憶は飛んでいた。

 

「あれ? 何処かに落としちゃったかな」

 

「(´ω`*)(今、食べてたでしょおじーちゃんという顔)」

 

「へ? いや、食べてな……何か口の中に美味しい余韻が……」

 

「( ^ω^ )(もう一枚食べる?という顔)」

 

「あ、頂きま……す……はっ!?」

 

 猛烈な勢いで口に捻じ込んで喰らい尽くした男が一瞬だけ恍惚とした様子になって、はたと己の手にパンが無い事に気付く。

 

「た、食べて、ましたね。ええ、食べましたね。でも、その……何か食べた気がしないんですけど、というか……軽過ぎてフワフワサクサクなのに中はしっとりバターが……ジュワッと……その……」

 

 何か己の記憶が捏造されたというか。

 

 もっと、こう具体的な事を言おうとするも男の腹はいつの間にか膨れており、幸せな満腹感によって何もかもがどうでも良いという表情と化していく。

 

「(`・ω・´)(ちちの出来栄えの4割くらいには到達したかなという顔)」

 

 蜘蛛達はイソイソとその甘くて丸いトーストを齧りながら、少年が少しでも仲間達の為にと研究を重ねて……最終的には仲間達の為にこそ破棄された叡智を用いて、自分達の記念日、自分達の年末年始を開始した。

 

 嘗て、まだ少年が試行錯誤で人々の心を楽しませるという方向で力を磨いていた頃の残滓。

 

 今やすっかり当人が使わなくなった全ての力は……そうして花開く。

 

 各地で祝われる蜘蛛の祝祭。

 

 その最大の理由はたった一つ。

 

 嘗て、少年が……そう、あの小さなニアステラとフェクラールの中から殆ど出られないままに極め続けた先……初めて悪夢に手傷に負わせた時の事。

 

 それは永い永い研鑽の終わりと新たな始まり。

 

 そして、その状況下ですらも……救世神と名前すら知らなかった巨大な島を覆うソレを前に一矢報いた少年が届いた事を実感した日。

 

 すぐに死んでしまう少年がずっとずっとまたも現れた高い壁を越えんと拳を握った始まりの日にして最高の開始を求めて死に続ける事になった切っ掛けの日。

 

「( ̄ー ̄)(君達もお祝い、する?と超絶旨死系トーストを配りながら、人々の多幸感を煽りつつ、全世界一斉記念日の開始を告げてみる蜘蛛の顔)」

 

「あ、はい。じゃ、もう一枚だけ……」

 

 その日、もしも後世というものが出来たのならば、必ず歴史の教科書に載るだろう祝祭は始まる。

 

 ソレは蜘蛛が世界から消えるまで絶対に終わらない新たな歴史の始まり。

 

 世界の殆どが知らない……単なるちちの日の始まりであった。

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