流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第二章【ニアステラの悠久】編
間章「貴方の事Ⅰ」+ 第12話「ニアステラの悠久Ⅰ」


―――イゼクス暦153年―――上陸――日目朝晴天。

 

 野営地の生活は酷く忙しない。

 

 あらゆるものを今日一日限界までやって、明日一日の生存が保障されるかどうかというのだから、昔に父と共に生きていた世界とはまったく違う。

 

 多くの水夫達やウリヤノフの様子はそれでも何処か慣れがある。

 

 きっと、それは雅やかな帝都などとは比べ物にならない生活をちゃんと知っているからなのだろう。

 

 だからこそ、この環境へ必死に適応しようとして、何とかなっている。

 

 今日から日付を付けるのを已めようと思う。

 

 もうソレは必要ないと理解出来たから。

 

 今日一日、明日一日を必死になって生きる限り、この日誌すらもいつか必要なくなる日が来るのかもしれない。

 

 彼がしてくれた事を噛み締めて、今日も生きよう。

 

 出来る限りの事はせねばならない。

 

 それが島での生活に違いないのだから。

 

 

 *

 

 

 むくりと少年が起き上がったのは体力が全快した直後の事であった。

 

 全身打撲どころか。

 

 内臓破裂で幾つかの臓器がダメージを受けていたのを回復したのも束の間。

 

 一晩で治した体を押して明け方に喧騒が響く野営地にもう繕われ、補修された新しい服と外套を纏って外へ。

 

『本当にオレら以外のヤツらがいたってのか?』

 

『あ、ああ、今、ウリヤノフ殿と医者のエルガムが対応してる』

 

『そいつも流刑者なんか?』

 

『分からん。だが、スゲー美人の女騎士みたいな風貌だったぜ』

 

『うお、本当に美人だな』

 

 水夫達が遠巻きにする最中。野営地の端でテーブルと椅子が持ち込まれ、野営地で主要な人物達が一同に会していた。

 

 その中にはフィーゼの父親も混じっており、何やら話し込んでいる。

 

 彼らが見ている相手は椅子に座っている相手であった。

 

 白い髪と一部剥げ上がった火傷の跡を頭部に持ち年齢不詳。

 

 しかし、眉目は秀麗。

 

 ただ、剣呑な瞳と笑顔がチグハグな印象があるだろう。

 

 それを理解してか。

 

 ウリヤノフやカラコムは何も言わずに背後で直立不動になっている。

 

 いつでも抜けるという状況である。

 

「つまり、貴女はこの島の北部の出であると?」

 

 エルガムの言葉に女が頷く。

 

「はい。まさか、このニアステラの地にまた流刑者が流れ着いているとは……」

 

「ニアステラ?」

 

「この地域の名前です。昔はこの地域にも幾つか流刑者達の集落があったのですが、幾らかの戦乱の後に人が消えてしまったと伝わっています」

 

「そうだったのですか。それでは貴女はこの島のお生まれで?」

 

「はい。北部の魔眼、奇眼を持つ邦の出です」

 

「……魔眼……」

 

「此処から北上した西部一帯はフェクラール。東部の下半分はグリモッド。東部の上半分はバラジモール。中央山岳地帯一帯はモナスの聖域と呼ばれています」

 

「モナスの聖域?」

 

「始りの者達が築いた都があるとか。伝説では流刑者達が最初に火を熾した事から、何処の海域からでも島の一定範囲からは灯が見えるのです。実際に船を出してみなければ分からない伝承ですので見た事はありませんが……」

 

 女の言葉にガヤガヤと周囲がざわめく。

 

 ならば、最初に流刑者達が見たのはその光の可能性があった。

 

「聖域には王国があり、昔は栄えていたものの、内乱で多くの国民達は各地域に逃れた。同時に島の各地を行き来する道が閉ざされた事で各地域が孤立し、我が故郷もまた古から続く動乱で北部に幾つかある大国と隣接、外交努力を行っています」

 

「島ではそんな事が……」

 

「各地を結ぶ経路は難所ばかりで容易には向かえません。故に各地域とはほぼ断絶。滅びた地域に異変が無いかどうかをこうして定期的に状況を見て回る【巡回者】が往来し確認しています」

 

 ガヤガヤと騒がしいそちらから離れるようにして少年が今日こそは東部に向かおうと一度天幕に寄ろうとした時だった。

 

「アマンザ?」

 

「アルティエ!! ちょっとこっち」

 

 少年の手を引いてアマンザが天幕内に引っ張って来る。

 

「?」

 

「弟達がいなくなったの!!」

 

 その顔がクシャクシャに歪む。

 

「海?」

 

「違うの。これ……」

 

 残されていたのは貴重品であるはずの紙を少しだけ切って一文を書いたものだった。

 

 拙い字で冒険に行ってきますと書かれている。

 

「冒険……」

 

「朝早くに足音が北部に向かったって……水夫の男達に聞いたの。お願い……弟達を連れ戻して来て……アルティエ」

 

「ウリヤノフさん達には?」

 

「裏面、見て見て」

 

「『大人が来たら隠れちゃうからな』」

 

「それに今、とても大事な話をしてるのは解るわよ。今は危険な状況でもある。あの子達の為に誰かが死んだら……何も責任なんて取れないのも解ってる……」

 

 ギュッとアマンザが唇を歪めて俯き、拳を握る。

 

 気丈な性格に振舞っていても、彼女達は流刑者だ。

 

 それがどんな理由であれ、水夫達もまた一枚岩でも無ければ、彼女達に同情的なわけでもないのは野営地で何とか働く事で今の状況を保っている彼女には分かり切った事なのだ。

 

 此処で死人を出せば、どんな扱いを受けるかは明白に違いなかった。

 

「今日の分の貢献はしておかなくちゃならない。此処に置いて貰えるように。だから、お願い……」

 

 頭を下げられて、少年が頷く。

 

「これ……持って行って」

 

 アマンザが小さな手のひらサイズの厚手の布で造られた袋を少年に渡す。

 

「故郷の護符よ。女から海に出る男に渡す……こんな事しか出来ないけれど」

 

 少年が頷き。

 

 その脚で野営地を出ていく。

 

 後ろ姿を見ていたアマンザはギュっと胸元を掴むようにして不安を押し殺し、頭を下げたのだった。

 

 *

 

『やりますわね……さすが、わたくしの騎士ですわ』

 

「?」

 

『子供を探すなんて簡単簡単。ふふ、ここはわたくしが上空から見て差し上げますわ』

 

 幽霊もまた便利な体という事か。

 

 ニヤリとして上空に昇って行った亡霊少女がすぐに戻って来る。

 

『見付けたわ。西部との境付近の森の中をウロウロしてますわね。早めに連れて帰りましょう。案内しますわ』

 

「……親切になった?」

 

『失礼ね!? わたくしみたいに心が清くて美しいといつだって親切ですわよ!?』

 

 膨れるエルミを追い掛けて少年が走る。

 

 兄弟達のいる森まで一直線。

 

 ニアステラと言うらしい区画の殆どはもう水夫達によって探索がほぼ終わっており、現在は資源地帯との通路を整備している途中だ。

 

 危なそうな場所の殆どは立ち入り禁止である為、立て看板や柵で教えている事から、聡い兄弟ならば近づかない。

 

 つまり、さっさと2人を連れて帰る簡単なお仕事……のはずであった。

 

『レーズ!!? おいったら!?』

 

 少年が駆け付けた時。

 

 兄弟の片方。

 

 ナーズが倒れ込む相方を揺さぶっていた。

 

「どうしたの?」

 

「あ!? アルティエ!? レーズが!?」

 

 倒れ込んでいるレーズを直接傍で見やる。

 

 苦し気に倒れて気を失っている額には薄らと青い刺し傷があった。

 

「蜂に刺された?」

 

「ッ、う、うん!? さ、さっき、見た事も無い蒼い蜂に刺されたんだ。そいつ、少し大きくて小鳥くらいあった!!」

 

 少年がそっとレーズの傷口に触れる。

 

「鑑定。遺伝変異確率33%まで上昇。遺伝的整合性の崩壊による各部位の壊死を確認。変異覚醒率12%上昇(再上昇可)」

 

「ど、どうなんだ!? 何か分かったのか!?」

 

「その蜂の毒が必要。何処に向かったか分かる?」

 

「え、あ、う……」

 

「解らないとレーズは化け物になるか。体が崩れて死ぬ」

 

「ッ―――み、水場。水場だった!! あの蜂、水の上を飛んで山の方に向かってた」

 

「………(住処は固定……今回は変わってない……)」

 

 少年が乾燥させておいたヴァンジーの爆華……現物を紙に挟んで栞にしたものをナーズに渡す。

 

「レーズの傍において、もし化け物になって襲ってきたら、石をこれに投げて当てれば助かる」

 

「え!?」

 

 思わずナーズが固まる。

 

「化け物になったら意識は無い。意識があっても戻れない。崩れる体で絶叫しながら襲われたら、死ぬ」

 

「―――」

 

「戻るまでにもしも化け物になったら、迷わず石をコレに当てて。2人とも死なせられない」

 

「そんな……そんなぁ?! な、何でも、何でもするから!? だから!? そんな、そんなの!?」

 

「自分のせい。勝手に野営地を出て冒険した。覚悟もなく」

 

「ッ」

 

「今から毒を取って来る」

 

 少年はへたり込むナーズを置いて少し歩いた場所で背後の亡霊少女を見やる。

 

「呪霊召喚【ファルターレの貴霊】」

 

 スゥッと亡霊が現実に形を成して世界に顕現する。

 

『……仕方ないですわね。あの子が打てない場合はわたくしがやりましょう。勿論、あの子の護衛も……』

 

「ありがとう。エルミ」

 

『フ、フン。名前を呼んだからって!! 絆されたわけじゃありませんわ。わたくしの騎士として生き返らせる使命を果たす前に死なれたら困るから助けるだけです』

 

「行って来る」

 

『う……ズルイ、ですわ……』

 

「?」

 

『何でもありませんわ!! さぁ、行きなさい。時間が無いのでしょう?』

 

 頷いて少年が近場の川と川縁へと向かって走り出した。

 

 左程、時間は残されていない。

 

 問題は間に合うかどうかであった。

 

 *

 

 20分。

 

 ノンストップで体力をすり減らしながら走った少年は付近の川縁を何一つ見逃さぬように疾走していた。

 

 そして、確かに一匹の蜂を確認する。

 

 それは小鳥程もあり、蒼く。

 

 同時に群れている様子が無かった。

 

 それを追い掛けていくと今まで気に為らない程であった川のせせらぎを掻き消す程に騒音が近付いて来る。

 

 それは大きな岩を呑み込むようにして森の深部に立つ大樹。

 

 周囲の樹木も大きいが、それに覆われて外からは解らないドーム状の領域。

 

 川の源流らしき小さな湖に隣接するソレの周囲には蒼い蜂が大量にウヨウヨしており、更には大量の骨があちこちにあった。

 

 だが、どれも古く。

 

 人骨もあれば、獣や見知らぬオカシな形の骨も多数混じっている。

 

 その大樹の根本から覗く奥には巣の内部に蠢く多数の音。

 

 少年は臆する事無く。

 

 歩き出す。

 

「真菌被膜を解除。ゼブの煎じ薬(加工済み)。免疫向上83%上昇(再取得可) 効果消滅まで393分」

 

 少年がそのまま目を閉じて巣に近付いてく。

 

 途端、周囲の蜂達が次々に少年に群がって、針を打ち込んでいく。

 

 それは顔から腕、脚と怖ろしく細い針によって行われ、薄い布地はほんの僅かな穴しか開かない為、パッと見は刺された事すら分からない。

 

 だが、少年は次々に刺され、刺され、刺され、最後には巣の前で群がられながらポツリと呟いた。

 

「ウィシダの炎瓶」

 

 ボファッと自身に向けて炎瓶の炎を吐き出した途端。

 

 金切声のような絶命の断末魔を上げながら蒼い蜂達が次々に燃えながら墜落していくが、それでも蜂達は自らの巣を護る為に突撃し、最後には燃えながらも少年の全身を覆うようにして炎を封じ込め、樹木の巣を護ろうとした。

 

 だが、その中で少年が瓶を今度は大樹の巣の中に差し入れた。

 

 猛烈な勢いで炎が大樹を内部から焼き尽くし、巣から逃げた蜂達が一匹残らず炎に巻かれ、更には大樹の周囲にまで大樹を伝って炎が伝播し、森を焼き始めた。

 

 轟々と逆巻く火炎の最中。

 

 少年が巣を駆除すると同時に跳躍して川に入水し、強い流れに身を任せつつ、まだ動く脚で水を蹴り、仰向けになりつつ真菌共生による被膜を復活させる。

 

「ハリヤの奇壊毒を摂取。全ステータス1%下降(再下降不可)。分解まで28分。免疫暴走進行……免疫カスケードを真菌共生によって緩和。被膜による熱傷再生を開始。抗体生成確率98%を維持、抗体生成完了まで12分32秒。熱傷深度3……神経再生まで83時間。神経毒による麻痺を新型機序で無力化。アナフィラキシーショック343回目……心臓麻痺を真菌共生で無効化」

 

 腕を上げるのもあまりの火傷と神経毒による腫れで一苦労な少年がそれでも懐から取り出した薬を齧りながら耐え、水面から晴れ上がった手と体と顔をそのままに最優先している抗体の生成を早めていく。

 

「ゼブの華丸薬。心肺能力上昇2%(再上昇不可)―――」

 

 呟き続けながら、体がまともに動くようになるまでに近くへ向かわねばと少年は現在地を脳裏で計算しながら、ジッと仰向けに泳ぎながら再生と抗体の生成を待つのだった。

 

―――1時間12分後。

 

「レーズ!?」

 

 森の樹木に背中を預けた兄弟の片割れの息が遂に明らかに走った後のようになっているのを数m先からナーズが叫びながら見ていた。

 

 震えるその手には小さな石が一つ。

 

 だが、それをどうして投げられるものか。

 

「頑張れ!! アルティエが今、薬を取って来てくれるって!!」

 

「う、あ、あぐぅ?! は、は、は、はぁ、ぁああぁあ!!?」

 

「レーズ!!?」

 

 体の一部。

 

 股間が異様に膨らんでいた。

 

 いや、それが股間ではなく尾てい骨から伸びた何かだとナーズには理解しようもなかったが、よく見れば、ソレは蜂の尾に似ていたかもしれない。

 

 しかし、その少女が何かに為る前にソレは彼らの前に現れる。

 

 何の音沙汰も無く。

 

 現れたソレに思わず石を投げそうになったナーズは理解する。

 

 ソレが見覚えのある形であると。

 

 焼け焦げた衣服と鎧。

 

 更には膨れ上がった肌や頭皮。

 

「―――」

 

 思わず口元を抑えたのも無理はない。

 

 もはやソレは人間の形をしているだけだった。

 

 涙が溢れそうになったまま。

 

 ガタガタと震えながらナーズは見る。

 

 黒いダガーが取り出され、ソレが自分の片腕をスパリと切って、溢れ出す血が滴るまま……指が今にも膨れ上がって弾けそうな股間から迫出した尾に突き刺さる。

 

 血を注いでいると分かったのはその血だらけの股間の腫れがゆっくりと縮まっていくような気がしたからだ。

 

 そうして数分後。

 

 血に染まったズボンに穴が開いた状態でレーズの息が正常に戻っていた。

 

「抗体輸血……完了」

 

 指先から黒い管とした真菌の血管を引き抜き。

 

 少年が横に倒れ込む前に傍にあった栞を回収し、口に入れて呑み込む。

 

「アルティエ!?」

 

 近寄って来るナーズを片手が制した。

 

「治るかどうかはまだ分からない」

 

「……っ」

 

「しばらく、此処で夕方まで休んでから野営地に向かう」

 

「う、うん……うん……ぅん……」

 

 涙を零しながらナーズが見なくてはいけないと言いたげに少年を見やる。

 

「……オレ達、褒められたかったんだ。アルティエみたいに……」

 

 ポツリと呟きが零された。

 

「オレ達ってさ。何で流刑になったかって言えば、偶然なんだ」

 

「偶然?」

 

「ねーちゃんがオレ達を育ててくれた。父さん母さんは昔、ねーちゃんの前で死んだ。理由はエライやつの前を偶然横切ったから。そして、今度は東部の城のお姫様の前を偶然横切った。汚い穢れた一族って、オレ達は呼ばれてる。前の戦で裏切り者だったんだって。オレらのじーちゃんすら赤ん坊の頃の話だって……ねーちゃんは言ってた」

 

「………」

 

「だから、護らなきゃいけなかったんだ。ねーちゃんもレーズも……オレが、たった一人残った男のオレが……なのに……」

 

 呟く端からその瞳には涙が滲む。

 

「昔から誰かの前を横切らないように。誰かに出会わないようにこっそり、ひっそり生きろって言われてた。いつも息を殺してさ。でも、此処ではそんな事必要無くって……だから……勘違いしてたんだ。自由になった。なんて……」

 

 その小さな手が自らの首をなぞる。

 

「……馬鹿だよなぁ。クソぅ……」

 

 それから夕暮れ時になるまで誰も一言も発さなかった。

 

 亡霊少女ですら、何やら事情を知っていたからか。

 

 何処か不憫そうな顔になり、少年の傍でどうしたものかという顔でフヨフヨ浮かびながら、諦観し切った小さな兄弟の片割れを見ていた。

 

 そうして、時間が経った後。

 

 少年が幾分か腫れも退いて来た手でレーズの胸に手をやって瞳を閉じる。

 

「変異率32%で停止。水平遺伝による導入7.2%で停止。内臓器官の不規則生成は認められず。アポトーシス励起による増殖細胞の死滅を確認。現行覚醒率32.3%。真菌制御による多重抗体及び真菌による低分子核酸標的化誘導により処置完了。当該変異RNAを除去。遺伝残渣を体内から輩出」

 

 少年が呟いている間にもレーズのズボンの股間がジワリと今度は黄色く染まる

 

 そのままというのも困るので少年がズボンを脱がせた。

 

「―――」

 

 そこには股間の後ろ。

 

 尾てい骨から伸びる尻尾のようなものがあり、蟲の尾にも似ていた。

 

 器官は肌色のままに存在していて、甲殻こそ纏っていなかったが、先からは針のようなものが飛び出している。

 

「レーズ……こんな……」

 

「まだ変異する」

 

「え?」

 

 言っている傍から肌色だった尾がゆっくりと黒い甲殻が滲むようにして肌の内部から溢れ、ソレが背筋を通ってうなじまで到達。

 

 また、脇腹から脚の一部、関節部と柔らかい太ももや腕にも装甲のように甲殻が滲んでいった。

 

「ッッッ!!?」

 

「変異完了を確認」

 

 少年が持っていた袋の一部を破いて股間を覆うように巻き付ける。

 

「帰る」

 

「………レーズ、元に戻るかなぁ……」

 

 涙を溢れさせながら呟く相手に少年は事も無げに肩を竦めた。

 

「戻らない」

 

「ッ」

 

「でも、生きてる。あそこに住めなくなったら、他を探せばいい」

 

「他?」

 

「生きてる限り、お腹は空く。何処でだろうと」

 

「……そっか。生きて、行かなきゃ、ダメ……なんだよな」

 

「まだ一緒に生きたい?」

 

 そのもう何者かである少年の問いにまだ何者でもない少年は頷く。

 

「―――生きたい!! ねーちゃんとレーズと一緒にッッ!!」

 

「なら、そうすればいい。応援しておく」

 

 そう言って、ナーズとレーズを両腕に抱えて、大分膨れた顔や手も元に戻って来た少年は走り出した。

 

 喜ばれる事も畏れられる事もあっていい。

 

 だが、死なせようとするならば、戦えばいい。

 

 そんなシンプルな気持ちを胸に。

 

 こうして、野営地は再び混沌に沈む事となる。

 

 人が化け物になるという現実を前にして。

 

 しかし、意外なところから助け船は出るというのも奇妙な現実である。

 

 外からの来訪者はその帰って来た子供達の片割れを見て、祝福したのだ。

 

『―――素晴らしい。貴女は島に愛されているのですね』と。

 

 今までの瞳が嘘のように穏やかで優しい顔になりながら。

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