流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて- 作:Anacletus
「始祖様……どうして我らを大神や人のように御造りになったのです?」
虚空に浮かびながら、自分を怯えるように見上げる末達を彼女は見る。
「旧き者達に太刀打ち出来ねば、我らの末は滅びるであろう」
大空洞。
カダス中央域の中心地。
嘗て、海しかなかった其処は今や彼女の落着によって変貌し、数億の時を重ねた果てに巨大な大陸群となった。
ドラゴン達との戦いを制し、この地の覇者となった者。
人の形を真似た少女は己に似せた本来の姿。
異形にして無貌の黒き怪物達が次々に打ち取られていく様子を新たなる末達へ見せる。
虚空に浮かぶ全ての映像には大神達に打倒された者達の姿があった。
大陸より尚巨大な者も無限の闇に戦場を閉ざす者も劫火によって全てを焼き滅ぼす者も無限に増えて相手を駆逐するはずの雑兵すらも……何もかも屍を晒していた。
敵勢力は正しく天を衝く勢いでカダスの辺境にまで迫り。
元々彼らが領有していた世界の2割近くを奪い取られ、ゆっくりと彼ら邪神勢力は後退を余儀なくされている。
勢力図は失われた領域、破片の損失数よりもまず戦力の面で今や五分。
第二世代の者達によって両者の境界線は消耗戦……地獄へと変貌。
繰り返し続ける両軍の損耗と回復は拮抗しており、いつ変化によって天秤が傾いてもおかしくはなかった。
「人を学べ。人は決して滅ぼすだけの対象ではない。お前達に人の因子を与え、あの紛い物達に近しい構造を与えたのは……本質的に我らが勝っているのならば、相手を真似た時、最も効率良く勢力を拡大出来るからに相違ない」
彼女の子供達。
第二世代の異形の子らは人型ながらもより大神達に近く。
精神性までもが似通る。
だが、その力でも未だ五分。
更に相手側の技術と知識を受け入れる破片達が第二世代と彼女によって創造されたのである。
その力の使い方までもが似ているのならば、資質で勝る限り、勝てるはず、と。
それは運命と言い換えてもいい。
彼女が因果を紡ぐ限り、そこに“もしも”は無い。
「はい!! 始祖様……我らが大いなる母よ。貴方の為、必ず……」
「期待しておるぞ……」
―――世界にザリザリとノイズが奔る。
「始祖様……どうか、この奉納をお受け取り下さい。人を学び得た力にて創造したモノにより、我らは発展を得ました。旧き者達の力を盗み取り、その文明の力以て、必ずやこの星に勝利を……」
「……ならば、征け。次なる世代を、更なる世代を、新たなる力の礎と為りて……支えるのだ。我らの末よ」
「おおぉ、必ずや!! これよりは我らの中より最も護りに秀でた者達をお傍に侍らせましょう」
「旧き者達もまたこうして繰り返す事に飽いたのかもしれぬな……」
―――世界にガリガリとノイズが奔る。
「申し訳、ございません……不逞の輩……始祖様をお守りする我ら近衛も既に少数……第二世代にこのような者達が混じり、始祖様を簒奪せんとするなど……」
「お前達は良くやった。もう眠るがいい。新たな世代となれば、このような騒乱も消えゆくだろう。破片の地にもはや我は騒乱の種でしかないのかもしれぬ」
「おお、おぉ、申し訳ありません。申し訳……ありま……せん」
「………人の愚かを学ぶか。我らの末よ……」
―――世界に破滅のノイズが奔る。
「この光は……そうか。遂に奴らはこの身の複製を……ふ……こちらが学べば、あちらも学ぶわけか。そして、この力……我と拮抗し、新たなる創造主となるか……」
「お助けを……お助けを……我らが始祖よ……このままではカダスは……」
「遣り直さねばなるまい……だが、それは……いや、今更か」
―――世界の虚空にノイズが奔る。
「定理限界域にまで到達したか。大神共の能力を遥かに越えて……だが、この虚無は懐かしくすらある。ただ、我らの末は……ふ、ふふ……助けねばならぬ程に弱々しくなったか……構うまい……我が使命は此処に半ば達成された。後は……来るものを待つしかないのだろうな……だが、この創生は……双柱、か?」
―――世界に復元のノイズが奔る。
「始祖様? どうして、このように人間の力をご本で学ぶのですか?」
「お前達は人を模して造られた。大神共のように造られた。お前達が次は挑む番だ。何れ……破滅はやってくる。その時、お前達第三世代が新たなる世を拓け」
「はーい。始祖様!! 頑張ります!!」
「……ああ、頑張るがいい……新たなる終焉と新たなる創生はもはや止まらぬのだから……」
―――世界に絶望のノイズが奔る。
「………今回もまた滅びる、か」
「悪いけど、僕らも仕事なので。兄さん」
「………」
「く、くくく、始まりの敗北より固定化された我が身の処遇……あの力で消し飛ばせぬならば、白兵戦を挑んで来るのも分かる。だが、お前達は無限に我を滅ぼしし続けられるか? お前達が固定化した我が肉体によってお前達の呪紋とやらは完成しているようだが、邪神の影響は避けられまい?」
「構いませんよ。始祖破片……我らが滅ぶ時はこのノードもまた消えている。最後まで勝ち逃げとなったなら、それはそれで我らの勝利かもしれません」
「戯言を……二度同じ轍を踏まぬ我を無限に滅ぼし続けられる程、貴様らの性能は高くない。どれ程に素晴らしくとも、限界はいつか来る」
「褒められちゃったね。兄さん……」
「………」
「創生の核となるものは我とどれ程似ているものか。何れ出会うのかもしれぬ……貴様らが我と出会ったようにな……」
―――世界に希望のノイズが奔る。
「お前か。新たなる創生者よ。因果を紡ぐもの……名を聞こう」
「ウェラクリアと申します」
「旧き者達もさすがに一度では複製出来なかったわけか。だが、今の世界にお前の因果は感じぬ。何故、途中から己の役割を放棄した?」
「……新たなる役割を己に任じたからです」
「何を望む? お前は連中の残り滓からすら、役目を放棄したならば、もう価値の無いモノとして放っておかれているはずだ。確定した繰り返しの中であの羽虫女とほぼ同等の力を持っていながら、お前はその力の多くを何に当てている? この巡る世界にお前は何を……」
「小さな命にも意思は宿るのですよ。始祖破片」
「命に意志、だと? 魚にも蟲にも意思はあろう。だが、摂理はそれを尊重など……いや、そうか……貴様がそれを為そうと言うのか。蟲の女神よ」
「貴方は彼らの始祖ではない。でも、貴方にはその力の一部が混ざっている。それはつまり……この巡る世界の最中にも世界そのものが完全な繰り返しではなく。少しずつ変化し、貴方達邪神の色に染め上がっているという事。違いますか?」
「あの全知の小僧は知っているだろうが、それを知って何とする? 何れ、お前の完成系はこのノードを滅ぼすか。もしくは自滅するだろう。我と同じようにな」
「貴方達の為に多くの者達が、小さき者達が滅びました。繰り返す中で変化によって消えた種すらもあると貴方達は知らぬでしょう」
「ほう? だが、世界の延命の大小となれば、意志小さきものの存在など些細な事ではないか?」
「いつか、小さきものもまた大きくなる。いつか、貴方も彼らも彼女すら超えて……どんなに小さきものにも生きられる世界をわたくしは望みます」
「くくくく……羽虫女……ならば、やってみるがいい。その為に来たのだろう? 離脱して尚、あの呪紋に干渉する為の力が欲しくて」
「はい」
「良いだろう。だが、それはお前もまた円環に囚われ、無限の牢獄に繋がれた囚人となる事を意味する。新たなる道でお前は裏切者として名を刻まれる事となる。そして、お前が予定通りに力を得ても、お前の願いは叶わぬはずだ。我が力全てをやったとて、因果は曲がらぬ。特異点は量ではないのだ」
「夢を見ました」
「夢?」
「はい。いつか、この地に旅人がやってくる。果て求めたる旅人が……その時、邪神の因子を深く刻まれ、変質し、今よりもまた地獄となった世界に戦い始める人が来る」
「人だと? 人が我らを超えるというのか?」
「因果は量ではないのでしょう? 始祖破片よ」
「………面白い。時間を稼ぐ、か。良いだろう……ならば、次からやってみせるがいい。この地の滅びは変わらぬ。だが、滅びても尚、我らが末が、カダスが……小さきものが、新たな未来に進むのならば、見届けよう。神と邪神と人の果て……三者を繋ぐ小さきモノの守護者よ……」
「契約は成立です。何れ、貴方の前にもきっと彼はやってくる……」
「期待せずに待っていよう」
―――世界に―――のノイズが奔る。
「此度もまた滅びるか。我の影響があの羽虫女を呼び起こすとなれば、時間を稼ぐには……己を封じるしかあるまいな……」
「我らが始祖よ。大いなる母よ。どうか、我らに慈悲を……」
「人として縋るモノが多過ぎる。ならば、自立を促さねばならぬか」
―――――――――――――――。
「何だよ。何なんだよ。コレ……滅びた、のか? カダスが……何も無い……何も……蒼穹、神歌、千壁……オレは……?」
『此度もまた滅びる……しかし、最も弱き者が残るか』
「な、何だ!? ゴ、ゴーレム、なのか?」
『お前が邪神において始まりのイレギュラーだ。最も弱き我らの末よ』
「お前は何だ!? あの大神共の―――」
『我はこの地を創りし者。ドラゴン共との契約により、この星の所有者となった者』
「ま、まさか、中央域の何処かに封印されてるって……でも、第二世代の反乱の時に……」
『時間の効用、か。長引かせるならば、また新たな道が出来るやもしれぬ』
「何を言って……全部、滅びたんだ!? アンタが何もしなかったせいで!!?」
『くくく……始祖にそう言ってのける者は我が知る限り、お前がこの宇宙で初めてだ。だが、そうか……滅びるのを諦める事そのものを合理的とは考えぬのならば、無駄を追及する事で新たな道が見えるのかもしれぬ』
「何を言ってる!? みんな、みんなっ……もう……」
『最も弱き者よ。お前は何を望む?』
「っ……アンタに言えば、全部蘇るって言うのか!!? もう、カダスはッ、無いんだぞ!!?」
『在る、と言ったら?』
「な、何?」
『カダスは我の末。我に連なる全ては我と同義として紐付けられる。現実における滅びは意味を成さない。保存された全ての情報は我の内部にある』
「……ま、まさか、蘇らせられるのか!?」
『蘇るのではない。再度生み出す事は出来ぬ。少なからず、それを許す大神共ではあるまい。しかし、この現実に再び在った事には出来る。ただし、未来までも創造するに等しい力は我のあらゆる力を消費する。全知全能たる我は単なる破片以下の力も有さぬ置物と化すだろう』
「戻せよ。戻してくれ……そうしたなら、オレは……アンタを……貴方を護る」
『………後悔せぬな? 何もない世界に在るという事はそれだけで全て奇跡。お前は何も知らなかったと装い。この地点から永劫に同じ選択を幾度だろうと迫られ、何れ、この契約すらも疎み、それでも抗いも出来ず組み込まれ続ける事となる』
「何だっていい!! 何だって!! あいつらの帰る場所をオレは―――」
『良いだろう。ならば、我らの末よ。カダス最後の大破片よ。お前は虚構の上、砂上の楼閣に坐す偽りの天主となれ……己が滅びても尚滅びる事叶わぬ無限の煉獄にて、何も持ち越せず、知らず、過去の己の行いすら分からず、ただこのカダスの為に戦い続けよ。永劫に……』
「――――――」
―――カダス崩壊より数千年後。
「エル、タイナー?」
『なるほど、道を変えた事でしばしの猶予が出来たか。高々数千年……しかし、持ち越した情報量から察するにあの全知の小僧が知らぬ道が出来たという事は……変化の鍵は結局のところ、あの羽虫女が言っていたように小さきモノなのかもしれぬ』
「っ、一体、お前は……」
『此度もまたカダスは滅びる。いや、二度も滅ぼされるというべきか。しかし、新たなる変化の兆し……第四世代……嘗て無かったお前達の存在が新たなる確証となる。あの攻撃に晒される前に我が元へ還るがよい。次なる世界でもまたあの疲れた我が契約者から我を盗み出すのだ。幾度となく擦り減る己を自覚し始めた頃合いだ。次なる道を紡ぐ礎となったならば、お前達もまた新たなる道へ続く階となる』
「シオ――」
『……これで今回はどうなる?』
「お久しぶりです。始祖破片……」
「………」
『……双子共。お前達は変わらぬのだな』
「色々と策を弄しているのは我らも貴方も同じ。手探りで模索する以外出来る事もない……しかし、この変化は兆しでしょう。僕らではなく。貴方側からの……」
『さてな』
「貴方が我々の繰り返しを知らないように我らも貴方の繰り返しを知らない。因果のねじれと交錯によって交わらない時空では幾度、このような事がある。だが、この場所に新たな道の芽……いえ、結び目が出来ている。何処かに繋がるかもしれない結び目が……互いに探しませんか?」
『断る。生憎と全知を嘯くものに騙される隙を与える程、我は鈍くない』
「ダメみたいだね。兄さん……さ、やろうか。お願いするよ」
「………」
「あははは、手伝うとも。後、どれくらい僕らの引き出しが持つものか。さぁ、今回も邪神狩りの時間だ……」
―――彼女は思い出す。
「ああ、そうか。我はいつの間にか。神を止めていたのか」
彼女がゆっくりと月面を見やる。
頭部の半分を失った少年がヌッと起き上がっていた。
その頭部が修復されていく。
「神は人の為に全てを擲つなんて事せぬものな」
「導く事を止めて、共に歩き出した時から、お前は邪神失格だ。邪神モドキ」
【【【【【………………】】】】】
因果の断絶に晒され、不死殺しとなった彼女の一撃で情報毎消し去ったはずの相手が、起き上がり、自分を見つめる。
なんて事は……彼女には不可解以上に苦し気に見えた。
自分とまた同じ消耗を、同じように時間というものに毒された相手はしかし……自分よりもまた遥かに弱いとしても決して彼女に劣るものではない。
「人なる果てよ。どうして、そこまでする? 無限の旅人たる貴様にそこまでして、この世界を、この宇宙に生きる者達の為に地獄を見る理由があるというのか?」
フッと無限の光弾も、空間の歪曲も何もかもが消え失せた。
同時に殺到する蜘蛛達の攻撃が全て逸れながらあらぬ方向へと向かい。
彼女が一歩踏み出した時にはもう少年の前にいた。
「約束した」
「約束?」
「約束は命よりも重い。この命よりは少なからず重い。だから、お前を殺す。救世神を滅ぼす。“彼女”を救う。全て忘れてもまた必ず果たすと決めた……」
「………ふふ、まるでお前が人のような物言いだな。滅ばぬ者よ」
「自分が人だと思ってる内は人として生きていい。それを止めたくなったら止めればいい。誰もそれに文句は付けられない。お前がそうであるように……」
「はははははは♪ 言うではないか。だが、そうか。旅人よ。この繰り返す世界の中で……お前は果てに至り、我は人に至ったか」
「なら、どうする?」
「そうだな……ならば、それこそがあの全知の小僧の思惑なのかもしれぬ。しかし、何もかもお膳立てされては気に食わぬな」
ヌッと彼女が自分の何もない胸に手を突っ込み。
そこから蒼き剣を引き抜く。
片刃の大刀であった。
しかし、明らかに蒼いだけではない。
紅蓮が刃に滲んでいる。
「示してみせよ。あの双子に出来る事がお前に出来たならば、お前に我が存在を託してみよう。この世界にもう繰り返さぬと願うお前にならば……代価はカダスの未来だ。どうだ? 乗るか?」
「構わない。少なくともお前の末は……お前が生み出した者達はもう示してみせた。それは約束にも値すれば、共に先へ向かうにも値する」
「何?」
「人と共に歩み。人と共に滅び。人と共に笑い。人と共に悲しむ。愛するというのはそういう事だと思うから……それが出来ない者に隣人と歩む資格は無い。人ですら出来ないものがいる。そして、邪神ですら出来る者がいる。そう、それだけの事でしかない……」
【【【【【 】】】】】
「いいだろう。ならば、超えてみせよ。弱き者の代表者。弱き故に全てを越えられるかどうか。この創生の化身を崩してみせよ」
「勿論そうする。船員の面倒を見る約束もある。消えられたら困るから結果は同じになる。少なからず、船には船員が必要。船長、考古学者、船員、戦闘職、誰も代えなんて無い」
「何処までも愉快な男だ。ふふ」
2人が同時に跳躍した。
月の3分の1が崩壊し、その蒼い斬撃……月を切り分けた始祖破片の一撃を受け切った少年の剣……妖精剣が半ばまで溶かし斬られ、切り飛ばされつつもいなし、斬り返して一合を終える。
更なる返しの刃が相手の一撃と拮抗。
後方へと弾き飛ばした少年が瞬時に間合いを詰めて、超近接戦による刃の間合いによる押し合いへと移行した。
理由は単純である。
武器の質で負けている以上、技で戦っても勝ち目がない。
ならば、相手の最も得意とする力押しを……油断すらもう存在しない格上相手に挑む以外、時間稼ぎは不可能であった。
蜘蛛達の支援下ならば、少年もまた全てのセブンス・ヤーン達と同じく。
自分の全てを使い切れるのは間違いなく。
話している間にも蜘蛛達から送られた情報と戦闘詳細を脳裏で解析。
戦闘の組み立ては既に終わっていた。
「(≧▽/≦)(あ、めっちゃ分割されましたと胴体と顔を斜め真っ二つにされて宇宙にプカプカ魂が半分出て浮いている転生待ち死体蜘蛛の顔)」
「(゜/∀゜)(この傷、転生は出来るけど……あ、魂の情報に紐付けられてる。傷残っちゃうなーと古傷が出来て、そのちょっとした個性に嬉しそうな蜘蛛の顔)」
「(´Д`)(笑ってる場合じゃねーんだよなーと宇宙に曼荼羅のように広げた防御方陣毎割られた蜘蛛の死骸の転生を延々と開始し始めた転生係蜘蛛の顔)」
「(T_T)(実体が残ってるのに死んでるって事は死を押し付けるタイプの攻撃なのね。でも、死んだ後に生き返るのを禁じてない辺り、有情?)」
「(。-∀-)(本星への影響なし。地獄門に損傷無し。ただし、地獄門が警告を発信中……あの剣の斬撃、時間と空間の無い“隙間”を生成してる? ちちの攻撃と同質……これ時間の繰り返しが出来ないように断絶させて、宇宙内部に可能性を紐付けてるんじゃね? この現在宇宙と心中してねって攻撃なんじゃ……)」
「(`・ω・´)(あ~~覚悟して戦えって事ね。気付けみたいなもんか。どの道、繰り返さないと決めてるちちの努力を無駄にしない為にも全ての障害物は打ち倒すけどさと転生した蜘蛛達の傷にいいなーと個性が出て羨まし気な蜘蛛の顔)」
蜘蛛達が呑気に真面目な様子で全ての処理能力と魔力、あらゆるエネルギーを少年に糸で送り込みながら、のほほんと早くも崩れ始めた防御陣地の補修に入る。
周辺に咲き乱れる少年と始祖破片の激突余波がビシビシと月面裏からの空間剥落と亀裂を広げ続けており、それをオネイロスを筆頭にした呪紋大好き系蜘蛛達が何とか縫い合わせるように高次元への干渉を糸を通して行い始めた。
「(´Д⊂ヽ 。////(せっかく構築した陣地が一瞬で切り裂かれるとか。太陽を投げ付けられたって此処まで忙しい事絶対ないよと仲間の魂が半分体から出てる死体だらけの職場で転生、陣地の再構築、余波で消し飛んだ体の再生、従来通りの通常業務の四重苦をせっせとこなす蜘蛛の顔)」
「(^ω/ ^)////(マジでどうなってるの? この陣地一つであのオロモス級とか言うのの主砲の直撃をニ十発以上無理なく弾き返せるように造ってるんだけど……更に超精密化、精密化による超密度化、密集化、超多重化してる上、高速再生、超速度再生産、反射、吸収、高次干渉も絡めた物理量の多重減衰領域……全部ロクに機能せずに切り裂かれるとか……と死んで転生待ちな幽霊蜘蛛の顔)」
「(/~ |_|)(やっぱり“无”を今度は研究しなきゃなのか……とまだまだ自分達が大宇宙上位勢相手には小物という事実を見せ付けられて、えっちらおっちら働き出す真っ二つ蜘蛛の顔)」
「(・ω・)(はーい。愚痴らない愚痴らない。ちちが時間稼ぎしてる間にもう一回再構成するよー。解析結果の統合と適応もちゃんとやらないとまた同じになるから、気を付けてねー急げる人は急いでーと現場指揮を執り始めたノクロシアンの顔)」
正しく糸で空間を縫合するように蜘蛛達が半死半生ながらも世界を閉じさせていく様子は超絶を通り越して放心する以外無い大呪紋。
だが、その代償は蜘蛛達の姿が生者も死人も一人残らず赤熱化している様子からも怖ろしい負荷を共有して分散しつつ消耗を抑制している事が分かる。
それに対抗する為の力を伝導、出力し続けている緋色の塔も今や赤熱していた。
全てを染め上げる波動を発しながら、銀河団中から送られてくる莫大なエネルギーと情報の送受信機となり、地表の者達からただただ見上げられている。
島の者達も他大陸の者達もただ発光する空と塔の共演に見入っている。
世界の終わりがやってきて、何かと何かが戦っているという……それだけの事だけは誰が分からずとも本能が理解していた。
「また世界が滅びそうになってら……こっちは壁塗りのムラに一喜一憂してるってのに蜘蛛の人は派手だなぁ……」
「いいんだよ。此処に来てから何度目だよ。オレらは言う通り、しっかり働いて、しっかり見とけばいいのさ。あの人らが無理ならオレらは死ぬってだけだ。なら、何も言われない内は懸命に働くさ」
「かかか♪ すっかり丸くなったな。オレ達も……ヴァルハイルとアルマーニアが睨み合ってた職場が今じゃ借りて来た豚みたいだ」
「気持ち悪りぃ事言うなよ。オレはヴァルハイルを許しちゃいねーぜ? 大将」
「応とも!! オレだってアルマーニア共に殺された戦友の事は忘れんさ。だが、オレらはどっちも敗残兵だ。それがこんな上等な服と仕事と家と食事と……後、酒? 肴? まぁ、全部貰って雑な仕事なんぞしたら、それこそ、あの頃の何もかも足りなくて戦場で朽ち掛けてたオレらに死ぬ程殴られる」
「フン。ちがいねぇ……さぁ、今日も仕事だ。世界が滅ばない内にな……」
「ああ、そうしよう。蜘蛛の勝利に乾杯とか言えば、酒場も安くしてくれるしな」
「それだけは間違いない!! はははは」
その光景に涙を流す者もある。
恐怖に震える者もある。
しかし、全ての者達は共通して、本当に誰もがただ……己の仕事に邁進していた。
そして、仕事をしていない者の多くはその光景を美しいと思えた。
蒼い斬撃と拮抗する剣。
一組の男女は本星の衛星軌道上という極めて近い場所を光の数十%近い速度で周回しながら戦場を変遷させていく。
それはさながら空を駆け抜け続ける一対の螺旋を描く流れ星。
夜も朝も無く。
昼も深夜も無く。
惑星の周囲にまでも加速して戦場を広げた始祖破片と少年の押し合いはゆっくりと始祖破片の出力が堕ちていく事で形勢を傾けつつあった。
理由は簡単だ。
彼女の消耗が限界を迎えようとしていた。
全知全能に最も近い彼女はカダスを維持する為だけにどれだけの能力を割いているものか。
それを消してしまわぬように戦い続ける事に合理的な理由なんて本来ありはしない。
一度消して、もう一度付けて……明かりを人が点けて消すだけの動作と大差無い。
けれども、そうはならない。
それは彼女の我儘でしかない。
『―――』
だが、その甲斐はあるのかもしれず。
灰色の薄曇りの最中に覆われた大地を彼女はチラリと視線を俯けて見やる。
彼女は……そうして初めて、死が迫っていてようやく見て欲しかったのだと理解する。
あの頃のように自分を見て欲しかった。
自分と末の者達が互いの距離も近く話をしていた頃のように。
たった、それだけの事に可能性すらも創る少女の偽装すら剥げ始めた怪物は―――。
『 くっ……くく…… 」
無貌のねじくれた漆黒の人型は……クツクツと嗤う。
魔力もエネルギーも何もかも一切の無駄なく自分との消耗戦へと注ぎ込みながら、それでも崩壊しないよう体を呪紋で強化し、無欠と化していながら、それでもやはり自分よりは弱い少年を……彼女はとても恐ろしく思う。
それは嘗て彼女の本体が感じた恐怖だ。
ちっぽけなものと化して尚、その時の気持ちを彼女は覚えている。
『 そうか。あの時もそうだったな 」
彼女の本体と並び立ったのは特別ではあるかもしれないが、本当に弱く強い人間だった。
己の本質を見誤らず。
邪神に喧嘩を売って、殺されもせず。
しかし、強くなり、弱さを克服しながら、いつの間にか並び立つ程となった。
本気ならば、何もかもを滅ぼすならば、殺せたのかもしれない。
だが、その隣り合う相手の生きる姿が致命的だったのだ……面白く、可笑しく、心が躍ってしまったから……いつの間にかソレは変質し、邪神でありながら、愉悦の為に己を傾ける何かへと変貌し、嘗て一つだったモノから独立し、このちっぽけな宇宙の中に生き始めてしまった。
隣り合う者の虚勢はいつの間にか単なる事実となり、悪意を向けて尚、平然と手を握ってやると言い切られ、互いに必要となった者達に惹かれ、新たな道は築かれた。
『 そうか。この宙にて並び立つ者の無かった我は初めて弱きを恐れたのか。人と関わるというのは何とも愉快な事だったのか 」
弱さを恐れながらも惹かれた邪神は人と交わり、単なる人となった。
それは正しく大破片達と同じ。
いや、彼女がそうであったからこそ末たる破片達もそうだったに違いない。
今更に気付いて、少女の殻の下、怪物は愉しそうに笑う。
「時間稼ぎが終った」
「そうか……」
もはや、人の殻の消えた怪物を前にして少年は告げる。
「言い残す事は?」
「あるまいよ」
「ならいい」
少年が剣で相手を弾き飛ばし、相手の全力の斬撃を器用に避けながら軽やかに宙に身を翻す。
「如何なる剣でも我を殺す事能わず」
「なら、これが最初の剣になる」
「言うではないか。名を聞こう」
「――――――」
「あの時代に二人も邪神と並び立つ者が居ようとは……典雅なれど、まことに遺憾である。くくくっ」
邪神の瞳には少年が映る。
剣は防御の構えを取った。
跳躍し、体を捻り、魚のように跳ねながら捩じれた体から繰り出す冴えた刃を―――否、無骨と書くべきだろう剣を、本当にただの鉄で出来た剣を……少年は煌めかせた。
「………見事なり」
いつの間にか、回転しながら体の軸を横に彼女を真上から両断し終えている。
蒼の剣身に紅蓮の刃の剣は中央から確かに折れていた。
そんな事は出来ないはずだった。
そんな事は不可能なはずだった。
何故なら、少年の剣はただの鉄の塊なのだ。
魔力を込めたわけでも無ければ、特殊な製法を使っているわけでもない。
だが、一つだけは確かだろう。
ソレは少年の剣だ。
騎士をしている男が打った剣。
『お前の為に打った剣だ。悪いがロクな炉もない此処ではこれが限界だ。大事に使え』
今の少年ならば、性能も技量も遥かに上の剣を叩き上げる事も出来るだろう。
しかし、それはきっと少年が使うその剣以上の威力を発揮はしても、邪神の頂点を切れはしない。
何故なら、それは少年にとって人生と共にある剣だった。
島に辿り着き、野営地にて少年の為に打たれた初めての剣。
少年の為だけに貴重な鋼の防具を潰して打たれた剣。
『また、潰して来たのか? だが、お前が生きて戻るなら、問題は無い。何度でも打ち直すさ。鉱床の場所は見つけて貰ったしな。まだ、やれるな? 坊主』
綺麗でもなければ、仕上げすらも多少は雑さが混じるのは島の初期環境でどれだけ頑張っても限界があったからだ。
だが、幾度となく少年と共に破壊され、砕け、溶解し、朽ちて来た剣は出来が良いとは言えずとも、確かに……込められた時間だけは誰にも否定出来ない。
刻の重さがあった。
少年の体感した、繰り返し続けて来た延べ総時間99.999999999999999999999%以上を共に在った相棒は正しく少年そのものだった。
『行け……これが最後の剣だ……フィーゼ様をどうか……頼……む………っ』
嘗て、死を賭して、命を賭して打たれた剣は此処にある。
自分に大切なものを託した幻影を振り切って、背にして、少年は剣の重みをその時ようやく理解した……その時の気持ちを今もまた心に刻む。
今……ようやく己の全てを使い切る事が出来るようになったアルティエ・ソーシャがもしも最後に使う武器を選ぶのならば、それは間違いなく―――。
「他者の心を断つ剣、か」
もう剣は手元にない。
全ての力を伝導させた末に本当に分子一つ分すらも消え失せて、無手の少年はその剣を此処に持って来れた事を内心で感謝した。
派手な技ではない。
ただ、剣で相手の心に死を、命を明らめさせる剣。
それは実際思い込みだろう。
だが、全てを生み出す邪神は同時に己の死すらも想像によって実現出来る存在だ。
幻影は現実となり、夢幻は事実となる。
「くくく、ふふふふ、はははははは……」
「【心無斬】……アレに使う為にずっと温めて来た剣だ」
回転しながら相手の背後に抜けて……己の技の余波で蜘蛛達がいる月面の左側面を数百km近く切り開いて両断した少年が全ての力を出し切った制止状態から呟く。
ゆっくりと強張る体を広げて、振り返れば。
その体には無数に霜が付いていた。
内部の邪神の力によって限界駆動した肉体の爆発と過剰な力を停止させて逃がしている途中であり、邪神系列の力の殆どを肉体の保護に当てていなければ、今頃四散していただろう。
それに比べ、怪物は本当に真っ二つになって虚空で回転すらせずに止まっていた。
「……手札が一つ減って残念だったな。アレは我と同じく一度でも観測した攻撃には如何なる傷も付けられん」
「“知ってる”」
「―――ああ、そうか。お前はそんな小ささで追い詰めたのか? 僅かなりとも……同じでなければ、同質に近いものでも届くと……まったく、驚くばかりだ……ソレはあの全知の小僧が我に数千億は殺されながら会得した事だと言うのに……」
ゆっくりと怪物は、少女ですら無くなった何かは……崩れて白金の砂のように変質していく。
「誇るがいい。我らに“届く刃”を持ち合わせし者よ。今、お前はあらゆる領域に存在する全ての邪神の心を掴んだ。己を切れる宇宙という矮小な世界の住人……それは特大のイレギュラーであり、我らの愉悦……お前は永劫を我らと相対し、滅びぬ限り、忍び寄る恐怖と戦い続ける運命だ」
「問題無い。全て斃す………あの人ならそう嘯くはずだから」
「ふ……そう、だったな……我が末達よ……聞いているな……」
【【【【【 】】】】】
―――遺言である……健やかに……愉しみ……紡ぎ……滅ぼし……朽ち……繋げ……良き終末を迎えよ……新たなる芽が我らと並び立ち……今の我の如く、心躍るような戦を得られるように、な?
【【【【【――――――】】】】】
白金の砂が一粒星に惹かれて墜ちていく。
それを見送って、少年は手を前に差し出した。
その手の最中に砂が渦巻きながら体積し、一塊となる。
「全蜘蛛に伝達。カダス全域にまだ存在している全生命の転生を命じる。无との接続領域を全て艦を敷き詰めて塞ぎ、新しい大陸の創造を……全隊行動開始!! 遠征隊の勝利である」
少年の号令と共に誰もが拍手喝采。
「ヽ(∀゜ )人(゜∀゜)人( ゜∀)ノヾ(°∀° )/d(。>∀<。)bヽ(|∀|~(キタ―――!!!と勝利宣言&追加のお仕事に歓び勇んで命令にハフハフするくもーぐんの顔)」
お祭り騒ぎとなりながら、瞬時に月面も地表もあらゆる地域にいた者達がカダス目掛けて行動を開始する。
巨大な幻影と化したカダス中央域と周辺領域。
今にも消え掛けている破片群。
そこに今、空前絶後の規模で艦隊が押し寄せ、銀河団の全てから結集された数という物量を背景に世界最大の転生祭りが開催されていく。
未だ己が辛うじて保たれていた幻影達が何もかもを失うより先に彼らが滲む世界に見たのは―――「(≧▽≦)/(こんにちわ。蜘蛛です。よろしくお願いします)」という顔の新しい隣人達が莫大な質量を誇る無数のミストルテイン級とセフィロト級で押し寄せて来る光景。。
……それは正しく世界が移動してくる光景に違いなく。
『これが終焉……カダスの終焉か……』
『おお、始祖よ!! 我らの始祖よ!! お助けを!! お助けを!!』
何も知らない多くの者達は失意の中で己の最後を待ちながら恐怖と絶望に震え。
破片と呼ばれる邪神群だけが最後に自分達へ送られて来た始祖破片からのメッセージを受け取り、カダスの終焉と新たな時代に向けて、蜘蛛達に大人しく白旗を上げる事とした。
『蓋を開けてみれば、戦争という程の事も起こらなかったか』
『我ら破片もまた新たな時代に向かう事を余儀なくされると』
『先に敗北していた同胞はさて……どんな事になっているやら、奴らに掴まったらさっそく聞いてみるとしようか』
今は敗北しておく。
しかし、何れ引っ繰り返す。
自分達を打倒する者が幾らもいるならば、それは彼らにとっても……少なからず退屈しない世界に他ならない事を何より彼ら自身が分かっていた。
カダス中央域。
全てが幻影であった場所に落着していく無数の艦が樹木で幻影を象り、無数の蜘蛛達による転生呪紋と黒蜘蛛の巣が次々に火星で行われているように魂の情報を大本として新たな体を製造し、魂魄を定着させ、始祖破片の力が切れる前に大勢のカダス人達を“製造”し、元に戻していく。
終りなく続く制圧の終わりにやって来た“世界”に彼らは敗北を知り、パンデモニアと嘗て呼ばれていた都市の為政者達は公式に無条件降伏を宣言する事となった。
もう、空に雲は無く。
晴れた蒼い空の下。
初めて見る青空、陽光の陰り、黄昏時を涙を流して見つめる者達はその陰影に蜘蛛を見て、次の時代へと到達した事を理解したのだった。
「………いいね。久しぶりに拍手したよ」
パチパチパチとそれを空の下に見て拍手している優し気な顔の青年は遂に成し遂げられた大偉業を前にして惜しみなく賛辞を贈る。
全知の小僧と始祖破片に呼ばれていた彼。
【全知神イエアド】
英雄神たる兄と共に無限のように始祖破片を打ち破り続けた彼ですら出来なかった事が達成された事は正しく……終焉がやって来た事を意味している。
「まさか、兄さん以外に倒されるとは……信じがたくはある。でも、そうだね……君はそういう男だ……アルティエ・ソーシャ……これで準備は整った。今こそ神刻呪紋を最後の階梯に進める時だ。だが、どうやら君は……それに反対らしい。マーナム」
「……ヒトデナシね。繰り返す必要は無くなった。因果を紡ぐ者はもう救世神以外に無い。ならば、もう良い頃合いでしょう。救世神を止めて、イエアド」
「何の為にこんな場所まで辿り着いたか。君だって分かっているだろうに」
青年は後ろを振り返る。
天秤を片手に持つ女神は青年を見つめていた。
「イエアド……あの呪紋さえなければ、もう繰り返す事も無い。あの子も繰り返せなくなれば、因果の収束を停止するはずでしょう」
「ああ、そうか。君には表向き、そう言ってたんだったな。でも、それは出来ないんだ。救世神は彼女の外付けのリミッターとして機能しているというのは事実だけど、もう一つ役割がある」
「……どういう事?」
「あの子が繰り返してる世界を繋ぎ止める二つ目の頚城でもあるのさ」
「頚城?」
「元々、救世神の構造は旧き者達に僕が情報を送って作って貰ったものだ。ウェラクリアは自分が旧き者達と共に創ったと思ってるかもしれないけどね」
「それは……どういう……」
「妖精神は滅び。救世神となった。彼女は一人の男を二人に分けて愛した。その結果、世界は白痴の泥濘に消える。これが表向きの世界の崩壊の原因だ。それは正しい。けれど、正確じゃないんだよ」
「正確ではない?」
「彼女は……ニィアは救世神となってからの人格は僕らが知る彼女とは違うものだ。でも、人格的には二重になっただけで本来の人格もちゃんとあの体に存在している」
「な、何ですって?」
「あの限界機構……救世神の外付け部分を初めて装着させたのは彼女が世界を一度目に滅ぼした後の事だ」
「ッ、滅びた後?」
「疑問に思わなかったかい? ニィアの愛した相手が君の目には一度も観測されなかった事に」
「ッ―――」
「観測されないんじゃない。存在しないんだ。もうこの宇宙には……」
「それは……この宇宙自体繰り返しながら陸続きのはずでしょう?」
「君はこの現在は何度目の世界。いや、宇宙だと思う?」
「無間にも等しく繰り返して来たでしょう。貴方も私も……」
「そうだね。でも、じゃあ、一度目の事を覚えているかい?」
「一度目……あの時は……あの、時……は……」
女神が片手を頭に当てる。
「覚えてない? 神が記憶を忘れるはずないわ」
「そうだね。この宇宙は繰り返されてる。じゃあ、どうして、彼女は繰り返し続ける? 繰り返した先から自分に都合よく全てを改変してもおかしくないんじゃないか? 何せ彼女は宇宙を丸ごと新しくしてるんだよ?」
「え? あ、そん、な!? 疑問に思わなかった? いえ、思えなかった?」
女神の額を汗が伝う。
「本来、繰り返すなら、状況は彼女に有利になり続けてないとおかしいんだよ」
「そう。だって、あんなに……愛した人とずっと一緒にいたいって……」
女神が頭を片手で押さえながら顔を歪ませる。
「でも、現実はそうじゃない。この宇宙は繰り返されているけれど、それを僕らが観測していて尚、“あの頃の初めから変わらない結末”を迎えていて、途中から変化が出ているだけだ。これっておかしくないかな?」
「おかしい……どうして……気付かなかったの……」
「そういう仕様なんだ」
「仕様?」
「因果律的な繋がりはこうだ。始祖破片の因果律操作による収束で世界が滅びるから、妖精神が旧き者達の手によって造られた。妖精神は人に恋をして男の為に新たな幽世を創り、因果を収束する転生という概念をこの世界に生み出した。そのせいで妖精神は僕ら彼女と同時期に造られた大神に殺された。小神と僕らは大神に反発し、妖精神の遺骸を持ち去ってエル大陸に向かった。あの大陸で再び妖精神が復活し、僕らは彼女を殺さざるを得なかった。そして、彼女ウェラクリアはその遺骸から新しい神を造り、今度こそ失敗せぬよう、旧き者達と共に島を創生し、兄さんが追い出した者達と共に暮らす事になった。しかし、新たな神である救世神は暴走……新たな男を愛したせいで四重螺旋の因果収束で再び世界が崩壊した」
「そう。そうよ。だから、私は……」
「でも、おかしくないかな? 全部、滅びたなら、神刻呪紋は誰が創ったんだい?」
「ッッッ……滅びる前に私達が創った? でも、記憶は……」
「部分的に世界の一期間だけ遣り直す、みたいな事を僕らはして来た訳だけど、時間の繋がりは複雑化して、やたら増えた。でも、最初に神刻呪紋を創った時の事を僕らは知らない。神刻呪紋は救世神を止める為に始祖破片の死骸から造られた。じゃあ、最初に始祖破片を殺したのは誰だい? 世界が滅びた後にソレを創ったのは?」
「貴方達双子ではないの?」
「違うんだな。これが……これは時間のパラドックスだ。鶏と卵の話だ。でも、繰り返している宇宙、時間軸は矛盾しているはずなのに誰も疑問を抱かない」
「舞台役者はその時間だけ存在していればいいと言いたげね……」
「その通りだよ。アレはもう独立した時間の神なんだ。始祖破片の死骸を用いて因果律収束体……特異点を創り、歌の神によって波動と流れを生み出し、それを循環させて、世界の総量を消費せずに封入、そのままに巡らせる世界の転生システムとでも言うべき代物だ」
「世界の転生……」
「この世界に時間の神はいない。本来はいたのかもしれないけれど、それらしいのはアレだけになっている。僕らは幾らも時間を改変し、幾らも歴史を変えて来た。しかし、“僕は僕らの歴史を変えていない”としたらどうだろう?」
「え?」
「つまりだよ。変化した歴史や時間は変化した歴史や時間であって、僕らの変化してない時間や歴史とは分岐しているとしたら?」
「待って……待って……そんな、じゃあ、私達のして来た事は……?」
「無駄じゃないさ。何故なら、変化した時間軸の僕らは新たな道に進む。しかし、消えていない本来の時間軸の僕らの世界はそのままだ」
「―――」
「ただ、救いがないわけでもない。何故なら、僕がどの時間軸にも存在しているからだ」
「どの時間軸にも?」
「恐らく、最初にあの呪紋を創ったのは世界の意志だ。旧き者達が言うファーストクリエイターあるいはその存在が創った摂理だよ」
「世界の意志? 摂理?」
「僕らは舞台役者なのさ。でも、ただの役者じゃない。世界の命運を繋ぐ為の役者だ。何でこの宇宙で邪神以外で唯一ドラゴンに勝てる可能性があったカルトレルムを殺させたか分かるかい?」
「………何が言いたいの?」
「カルトレルムだけは知っていたんだよ。僕と同じくね。そして、この世界から離脱する為に彼はニィアを完全に殺そうとしていた。自分の末達だけでもこの世界から逃がす為に……ドラゴン達との闘争を諦め、自分の役割を放棄し、舞台役者を止めようとしてたんだ。あの妖精共との悪だくみさ」
「何を……」
「この宇宙の仕組みと原理を知っていた。だから、終わりが近付き過ぎた事も理解していた。真なる終焉が近いんだ。ノードの限界だね」
「―――な、それはまだ時間はあるはずでしょう!?」
「ソレは“僕らの記憶での話”なんだよ。この世界の事実じゃない。指数関数的に爆発する情報……つまり、“置き去りにされた僕らの時間軸”は未だ現前と存在する。それが増え続け、このノードに負荷を掛けている。何度も再起動を掛けられた機械のプログラムのようにあちこちで綻びが産まれ、限界が近付いてる」
「もう!? 何なの!? どういう事か説明なさい!!」
「あの始祖破片の完全崩壊までに僕らが繰り返した時間軸。更にアルティエ・ソーシャが進み続けた時間軸。聖王が繰り返し続けた時間軸。あの子が二人の男の為に繰り返した時間軸。これらが全て乗算関係でノード内の情報の許容量を超えてる。これは試行する僕らという存在が居る限り、増え続けるし、止める事は不可能だ」
「ッ」
「今まではあの始祖破片があちこちの時間軸で強制的に世界を終了させてノードを保全してたんだ。ノードの一部が崩壊する前に再起動による世界の初期化の阻止までも含めてね」
「じゃ、じゃあ、どうして彼女を!?」
「仕方なかったんだ。彼女がいたら、僕の最終目標が達成出来ない。でも、彼女がいないと世界は滅ぶ。そして、僕らが繰り返して正解に辿り着いた後に彼女は滅んだ。これで目標への最後の道筋が出来た。始祖破片は全ての時空において連結された邪神だ。だから、どの時空でも始祖破片は崩壊しているはずだ。此処から先……後7か月後に僕らと全ての時間軸を内包したノードは完全に消滅する」
「―――」
「ヤハおじさんはね? 繰り返される時間軸がいつか限界を迎えた時、用意しておいた全ての天使を使って、全宇宙内部の知性の入れ物を創るつもりなんだよ」
「え?」
「別のノードへのお引越しさ。このノードを見捨ててね」
「見捨ててって……」
「ほら、あの託宣の神の子がいた大陸があっただろ? あの大陸の怪物化した仮想神格達はやり方こそアレだったけど、かなり正しい選択をしていたんだ。このノードが崩壊する前に別宇宙どころか。新しい宇宙の入れ物の方へとヤハおじさん達を追って、便乗してのお引越しをする計画だったんじゃないかな」
「……そんな……あの子は私が……」
思わず女神が俯く。
「ああ、ちなみに宇宙の全てって言うのは“この宇宙に現在存在している者だけ”って意味なんだ……過去に在って停止した全ての平行宇宙群の全人口はさすがにヤハおじさんでも賄えない。一応、そちらで停止している自分達との合議は終わってるんだろう。これは宇宙内部でしか存在出来ない有限たる僕らの限界だ」
「過去を……見捨てる?」
「勿論、この繰り返しに関わった中核の全てを見捨てるつもりだろう。でも、まぁ……出来る限りの事はするだろう。あの人も神だからね」
「ヤハ様はその為に……」
「でも、在った事を無かった事には出来ない。途中で放棄され、始祖破片によって進まないように凍結された全ての時空もまた無かった事にされて、永遠の闇に葬られ、僕ら以外の全てが世界の外に向かう算段となれば、若い僕にはとても納得出来ないね」
「そういう……ヤハ様は……最初から……選んでいたのね」
「大神も邪神もこの世界と共に滅びる。生き残るのは極僅かな現在の住人達だけだ。だが、彼女は……それを良しとはしなかった……時間を繰り返し、全ての時空に偏在し、全ての者達を護る為に彼女だけは見捨てなかった……見捨てなかったんだよ。マーナム」
「まさか、あの子がやっていた事は……なら、あの収束率はもしかしてこの世界だけじゃなかったからなの?」
「御名答。そして、神刻呪紋の本当の効果は“世界をやり直して滅びを回避する事”じゃない」
マーナムと呼ばれた女神が気付いた時にはその胸を青年の腕が貫いていた。
「か、ふ……っ」
「アレは……“情報爆発を途中停止して、時空を保全し、ノードの消耗限界を早めながらも機会を模索する為の解決時間を延ばす呪紋”なのさ。有限の中で無限に試行回数を稼ぐ為のものだ」
「―――騙した、わね……イエアド……貴方、最初から全部知っていて……」
「悪いね。マーナム……君の好意、嬉しく思っていたよ。でも、兄さんを止めてるあの使徒をこれ以上支援されたら困るんだ。特にこの段に至っては……」
「……ふふ、全知と嘯く癖に貴方も十分に……人ね……そんなにあの子が忘れられないの?」
「かもしれない。僕の最終目標はこのノードが崩壊する前に全ての宇宙を、時空を統合し、あらゆる存在を彼女が納得する形で永らえさせる方法を模索する事だ」
女神の体が地表へと墜ちながら黄金の砂と化して消えていく。
「今回の始祖破片の消滅で遂に計画は最終段階……始祖破片という二つ目の頚城が完全に消滅したおかげでノードの崩壊はもう止まらない。でも、同時に始祖破片のいない空白が出来たおかげで時空統合の可能性は見えた。これは僕の仕事だ。後は……彼女と兄さんと彼の誰が勝者になるかだけど、それはこの僕を以てしても分からないな。分析するには時間が足りな過ぎる……」
青年が堕ちていく女神に手を振った。
それを薄く瞳を細めて見ていた女神は黄金の粒子として風に散る。
「君はあの子が嫌いだから、他に手を貸してしまうだろう? それは好ましくないんだ。だから、此処で一端休んでいてくれ。もしも、このノードが滅ばなかったら、その内にまた再生させるよ。その時は平手するなり、殴るなり、好きにしてくれ」
青年が伸びをして夕暮れ時の空の下、後ろを振り返る。
そこには薄紫色の羽織を来た東部風の丈の長や袖の長い衣服を着込んだ足元まで伸びる銀髪の年齢不詳に見える青年が佇んでいた。
その美貌は正しく絶世のと呼ばれるに値するだろう。
男ですらも惹かれるかもしれない。
彼が女神を排除した友人を面倒そうな瞳で見ていた。
「ハシマス。来たのかい?」
「ようやく最終段階か」
「ああ、君も排除しようかと思ったけど、無理そうだからね。特等席で干渉しているといいさ」
「そうさせて貰おう。ちなみに7か月後は見積的には甘いな。正確には8か月と23日21時間43分3秒だ」
「御忠告どうも」
恭しく全知の青年が礼を取る。
「それでお前はどうするつもりだ?」
「これから僕はこの世界から消える。あっち側で神刻呪紋の調整があるんだ。ウェラクリアとニィアは反目し合ってるけれど、ノードの消滅は互いに望んでいない。始祖破片のせいで出来なかった時空の統合は神刻呪紋の改変で可能だ。後は……」
「勝者を待つばかり、か。神が最後に神頼みとはな」
「本当に勝者が誰になるのか予想のしようがないからね。でも、勝った方をニィアの代わりに固定化する。ノードの崩壊が因果律の収束に依るなら、時空を統合して容量に掛かってる負荷を、使用量そのものを減らせばいい」
「そして、貴様はその余白を使って全知に全能を付けたし、このノードを仕切ると……」
「君に前々から言っていた通り、時空を超えて延々と量子的な因果を収束させた2人は存在していても当人からの世界への負荷は0に出来る。最後に因果律結晶にすれば、時空の固定化の中核として申し分ない素材だ」
「兄を相手によくやる。あの頃から貴様は兄嫌いの陰謀家だったな」
「それを言うなら兄さんは現実主義者だったじゃないか。この世界からあらゆる超常の存在を排除して、新世界を創りたいってのが本音みたいだし、僕らとは違う道を征くんだろう」
「救世神はどうするつもりだ?」
「外付けに興味は無いよ。ニィアはニィアだ。外装が全て崩壊すれば、ようやく彼女のイデアが開放される。その時、それを成したのが兄さんだろうと彼だろうと違いは無い」
「お前の兄は彼女を殺すだろうに」
「問題は無い。救世神は本来フェイルセーフとしての役目を担うものだ。暴走したのもニィアが全てを救おうとして行い続けている過剰な因果律収束のせいであって、本来は能力の増幅機能なんて無かったんだ。例え、表の人格が消えてもイデアとして固定化されている本来のニィアは神刻呪紋で保持される」
「愛する女一人の為に宇宙を滅ぼし救う、か。度し難いな。愛というのは」
「生憎と出来ない事が多過ぎて困ってる最中だよ。ニィアから幽世を託された癖にロクに管理もしない不良神格に言われたくないな」
「ふ……貴様の底も見えたな。精々足を掬われぬように祈る事だ。お前達兄弟の喧嘩に興味は無い」
青年が背中を向けて虚空に解けるように歩き去っていく。
「カルトレルムによろしくと言っておいてくれ」
「ヤツは妖精神も救世神も英雄神もこの世界に全て不要と断じている。お前よりも余程、彼女達に詳しいかもしれんぞ?」
「………愛は理解から最も遠い感情だなんて、僕に説教出来るのは君くらいなものだよ。ハシマス」
2人の青年が決裂し、互いに別々の道を歩み始める。
それを更に虚空から見届けていたノクロシアの一室でお茶を啜る邪神が一人。
「………旧き者達も罪な事をする」
「どういう事だい?」
「連中は被造物たる神なんて一欠けらも信じてはいないし、知性の行く末こそが重要だと考えていた。つまり、掌の上だ」
「まるで仕組まれてますと言いたげじゃないか」
「そうだ。全ては仕組まれている。だが、答えはもう見つかった後だ。これは蛇足……そう、今はこの宇宙の蛇足をグダグダとやっているに過ぎないのさ」
「訳知り顔だね。相棒」
「いつから相棒になったものか。だが、お前には教えておこう。家賃代わりだ」
「まぁ、君に体を貸してる手前受け取っておこうかな」
「神刻呪紋を創った者は最初から存在しない。だが、その要因はあった。アレはそうあるべきだから、其処に“在った事になった”のだよ」
「在った事になった? まるで因果律制御のように聞こえるけど」
「この宇宙への考察が足りないように仕組まれているからな。そう思うのも無理はない。この宇宙内部の発生物は何であれ、本当の意味でこの影響から逃れる事は出来ない。そういうのを理解して弄り倒し、安易に消滅しないよう認識の枠には限界が設けられている」
「そういうものかい?」
「ああ、そうだ。この宇宙の出来方はこちらが知る限り、極めて“外”に近い。ファースト・クリエイターは単に情報を流用しただけに過ぎないが、宇宙とは繋がりを以て始まりから終わりまであるものではなく。観測者によって発生するものなのだ。あちらではな」
「観測者? 観測者効果は逆に本来のものを歪めるのでは無かったっけ?」
「それは一般的な宇宙論というヤツだ。本来、宇宙は无より生まれた。それは観測者が存在する事で定義され、編纂され、生じる。无が無しであり、観測者は有である。故にノード内に予め設定されていた領域は未観測、常に我らの領域に近い」
「……誰かがこの世界を見たから、この世界が産まれた?」
「例外は色々いるがな。我ら邪神、邪神に比類する者。他にはこの領域に発生するべくして発生するドラゴンが良い例だ。奴らが時空間の繋がりを無視して観測者として優秀なのは原初の宇宙におけるファースト・オブザーバーだったからだ」
「初めての観測者が彼らだった? じゃあ、彼らの宇宙って事かな?」
「奴らはこの宇宙においては失敗作だと旧き者達は考えていた。それは奴らは観測しても生み出す事が出来なかったからに他ならない」
「生み出せないって、宇宙をかい?」
「そうだ。原初の連中には想像力というものが足りなかったらしい。それが加わったのはこの宇宙が産まれてからの事でしかない」
「へぇ~~勉強になるな~~」
ノクロシア内部。
何か宇宙でエライ事になっていたり、カダスが制圧されて地域丸ごと転生と再生でお祭りをしているという状態で遠征隊はそんな事は露知らず。
全ての部隊が下位邪神討伐の為に牢に入り浸っている最中であった。
「ね、ねぇ、お兄ちゃん。あの人、お薬飲んでもらった方がいいかな?」
「や、止めておけよ。ほら、フィーゼさんが独り言をブツブツ言っている時はそっとしておいて下さいって言ってたじゃないか!? 顔が外せたり、怖いお化けに取り憑かれてるから、あんまり近付いちゃダメって言われたろ?」
「で、でも、あの人も遠征隊の支援者だから、気になって……」
「「………」」
その二人の声に1人にして2人の白衣の青年と邪神が子供に言われる程酷いだろうかと自問自答して押し黙る。
メイドと執事な恰好をした少年少女なケモミミな兄妹が一組。
ニアステラからの補給物資を持って来て、所定場所に補充し、蜘蛛達と一緒に帰還するという仕事をしているのは日常の出来事であった。
特に遠征隊が出ている間に物資を必要なだけ補充するのは彼らにとって重要なお仕事だ。
蜘蛛にやらせればいいじゃんというのはその通りであるが、蜘蛛よりも何よりも2人を育てる方針なニアステラの女性陣はしっかりものな妹とちょっと思い込みが激しい兄という組み合わせで彼らの教育を行っているのである。
「あ、お二人ともいましたね。こんにちわ」
「あ、ミーシアおねーちゃん。お仕事お疲れ様です」
「ミーシアさん。お疲れ様です。雑用ですか?」
やってきたのは島に唯一のエルフ族……だった元ノウキン・エルフ・勇者なミーシア・リンクスであった。
「ええ、何だか蜘蛛の方々が騒がしくなるから、お二人と一緒にしばらく此処で待機していてくれと。お茶でも入れましょう」
「あ、ミーシアさん手伝います」
「ふふ、はい。任せましたよ。今日の茶葉は蜘蛛達に貰ったものなので入れ方を教えますね」
「あ、はい!!」
女性陣がイソイソと休憩の為にお茶を入れに行くと手持無沙汰になった兄はソファーの隅に座って行儀よく待つ事にする。
「………」
「兄って大変なんだね」
「っ、あ、は、はい……」
いつの間にか自分の横にいた白衣の青年の言葉に少年が体を強張らせる。
「僕には同期が沢山いたけれど、今はいないから、何だか先達として一つ言っておかなきゃって気になって……」
「そのぉ、何ですか?」
「兄って言うのは案外、下の子達が思っているより苦労しているものなのさ。君にも何れ分かる。妹さんを大事に……あの兄弟の苦労人な兄みたいになりたくなければ、ね?」
「へ?」
「いや、余計なお世話だったか。さ、僕もお茶頼んじゃおうかな~~」
白衣の青年にポカンとしながらも少年は思う。
帰って来て自分達に一言も無く仕事に向かうご主人様にも、もう少しこの人くらいの愛嬌があればなぁ……と。
宇宙もカダスも須らく混沌に沈んだ事を遠征隊が知るのは少年が宇宙に向かってからきっかり2日後の事であった。
取り合えず、不愛想を絵に描いたような少年は……O・HA・NA・SIしたくて堪らない婚約者に15分くらい個室で説教され、心なしかげっそりした様子で事後報告を始める事となる。
そして、その後8時間程……女性陣と男性陣と少年の状況を知らなかった関係者から追加の説教を受ける事になるのだった。