流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第116話「蒼き瞳のニアステラⅠ」

 

「大いなる蜘蛛よ。貴方達が戦う理由など、この世に在りはしませんよ?」

 

 1人の少年がほんわか婚約者に刺されて回復され、いそいそと二度刺されてから何食わぬ顔でお説教された後に自分が昨日倒したはずの相手が……狂人が解き放って自分を探していたはずの愛機になる為に造られた機体と悪魔合体して別宇宙から戻って来たのをジト目というよりはもう疲れたよとも漏らさず「………」と淡々と受け入れている頃。

 

 宇宙のあちこちの戦場で最終戦争中の星々では「襲撃!! 隣の最終戦争!!」という体で帝国銀河団用のチャンネルに流す番組を撮っている蜘蛛達が最終戦争中の読心能力系宇宙人に詰られていた。

 

「どうして、貴方達がこの戦争に介入すると言うのです? 余りにも理不尽では? 滅ぶにしても、滅ぼすにしても、貴方達には一切の関わりの無い世界の事です。知性体というのは基本的に自分と周囲の環境にしか興味がない。冒険心や好奇心というのも己の所属する文明の手が届く場所までが適正範囲と思いますが?」

 

 瞳を閉じた少女らしい蒼い肌の水生系亜人。

 

 民族衣装を着込む彼女がいるのは岩壁の上であった。

 

 干上がった星に残された最後の泉の傍。

 

 楽園の管理者は岩壁の先に広がる荒涼の砂漠と荒野から溢れ出るように攻め寄せていた多くの別種族達の連合軍を見下ろしながら、蜘蛛達にそう訊ねる。

 

「(/・ω・)/(おじょーさん。分かってる口だねぇ。今、この銀河系にある星系の中で一番悟りに近い境地にいるのは君だよと教えてみる蜘蛛の顔)」

 

「………悍ましいとは言いますまい。いっそ、哀れですらある。その“気持ち”は少なからず人の幸せから最も遠いものです」

 

「( ̄▽ ̄)(だろーね。だって、この気持ちは……僕らの心は父に貰ったものだからねと真実を教えてみる蜘蛛の顔)」

 

「救われる事を一欠けらも望まない命。擲つ命の軽さは羽毛よりも尚舞い上がる。生命活動の一切、知性としての一切を捧げる事は……その生命にとって地獄……いえ、虚無と言うのでは?」

 

「( ^ω^ )(どうして、知性が同じ地獄を毎度毎度生み出しながら反省しないと思う?と尋ねてみる蜘蛛の顔)」

 

「反省しない? 少しずつでも前に……いえ、そうですか。進み過ぎた結果が貴方達であると。確かに……ソレならば、理解は出来ます。出来ますが、やはりソレは知性の生きる道ではありません。いや……そういう……貴方達は最初からこの世界の知性に一切の未練が無いのですね?」

 

「(´・ω・`)(そりゃ、自分が一緒にいて愉しい相手が消えちゃったら、怒る事もあるけどさ。それって本当の意味で生命が感じる感情の類じゃないんだよねと暴露してみる蜘蛛の顔)」

 

「そういう存在は貴方達の中の個体にはいないと?」

 

「(-ω-)/(勿論いるよ。それくらい“不出来”なのが僕らの中で一番強い個体群であり、上司の部類に属するからね)」

 

「さもありなん。確かに貴方達程の能力を携えるならば、その命に最も感情を抱く個体こそが最も強い事でしょう」

 

「(^◇^)(“感情”はパワーで力で正義でジャスティスだからねーと蜘蛛達の虚無面を読心能力者に読み込ませてみる蜘蛛の顔)」

 

「っ………コレが貴方達の本心ですか。ふふ……コレを表現するのに悍ましい以外の言葉を考え付いたら、知性はその時点で悟れますね」

 

 少女がフラッと倒れそうになって蜘蛛の脚に支えられる。

 

「救われる事を望まぬ命。まつろわぬ蟲……邪神の本体にも近しい。その精神性……アレらを邪悪と称するのは人がまだ未熟だからに過ぎない。そう知っていればこそ、貴方達は……邪神ですら手を焼く存在なのでしょう。ですが、その境地……破滅を……いえ、だから、貴方達は“増える”のですね?」

 

 少女は気付いてしまう。

 

 蜘蛛が増える本質的な理由に。

 

 蜘蛛が己を増やす合理的ではない真実に。

 

「生命として次なる階段を己ではない己に受け渡す為に……ふふ、その螺旋は一体、誰の為のものなのです? 己を増やすのならば、孤独は埋まるとでも?」

 

「(^口^)(そこが父の賢いところだよねーと眼下の無限湧きにも見える種族の大軍を前にして糸を一本弾く蜘蛛の顔)」

 

 途端、全ての種族達の動きが止まる。

 

「(;´∀`)(父は知らないけど、一番始めに知性を蜘蛛化する為に達成された条件は母の討伐じゃないんだよなーと蜘蛛達の秘密を漏らしてみる蜘蛛の顔)」

 

「どうやら蜘蛛の家庭は複雑なようで」

 

「(。-∀-)(蜘蛛はあらゆる“知性”を蜘蛛化する。一定以上の力を持つ邪神や神や知性は蜘蛛化しない。その本当の理由を君にはお教えしよーと肩を竦める蜘蛛の顔)」

 

「何だと言うのです? 大いなる卵となりしもの」

 

「(^ω^)(知性が蜘蛛になる最初にして最後の条件はたった一つ。自分を救う事。翻って蜘蛛化しない条件は自分を救わない事。救えないでも、救えるけど救わないでも無く。救わない事。もう決めてあるソレが鍵になったっぽい)」

 

「( ^^)(ソレが邪神達の本体、まだ出会ってない僕らの“始祖”になる誰かがこの宇宙を侵食した際に刻んだ条件なんだよね。恐らく)」

 

「どういう事でしょうか?」

 

「(T_T)蜘蛛が死体や生命の残渣も蜘蛛に出来るのはこの宇宙の定理、摂理の類のせいなんだよね。力がある存在を命に出来ないのも単純な力の差や蜘蛛化する因子の力とは関係ないって事なんだけど、分かるかな?」

 

「因子の力とは関係ない? 法則に書かれてあると?」

 

「(^ω^)(君達はいつから自分が蜘蛛では無いと錯覚していた? と、ニコニコ伝えて見る顔)」

 

「………」

 

 少女の顔色が悪くなる。

 

「(>_<)(此処数時間で判明した事なんだけど旧き者って蜘蛛化出来ないみたいなんだよねーと証拠映像を見せる蜘蛛の顔)」

 

 蜘蛛達が見せる虚空の映像では損壊した死体に蜘蛛脚がチョン突きされて、ちょっとだけ刺さった様子が映し出された。

 

「(一一")(殆どの生命と死体は蜘蛛脚で蜘蛛化出来る。呪紋内容の情報に誤りは無い。でも、邪神や神や一部の例外に対する蜘蛛化研究で今までとは違う条件が浮上した。死体で蜘蛛化出来ない例外は神と邪神だけ……のはずだった。でも、結果は御覧の通り)」

 

「死体が蜘蛛にならない理由。力も無いのに何故蜘蛛にならないのか? それが真実であると?」

 

「( ̄ー ̄)(結論は単純であり、同時に理不尽でもある。邪神は己を救わないから蜘蛛化しない。神は己を救わないから蜘蛛化しない。旧き者は己を救うなんて考えすらしなかったから、論外)」

 

「( 一一)(ついでに言うと父はずっと前は蜘蛛化してたけど、途中から蜘蛛にならなくなったんだよね。記憶が朧げにしかないような状況ばかりでとにかく蜘蛛化を避けて強くなる事に全力だったから、条件には気付かなかったみたいだけど)」

 

「(T_T)(恐らく力が無い状態でも今なら蜘蛛化しない。蜘蛛になる生物やその残渣は己の全てにおいて救いを本能的にも遺伝的にも魂魄的にも求めてる存在として定義されているし、実際そうであるというのが恐らく正しい)」

 

「(^ω^)(僕らの結論は“この宇宙の全ての存在はそもそも悟れば蜘蛛になるけど、ソレは悟った後に起こる状態であり、最初から悟った状態で固着された存在には殆どこの宇宙の摂理が入り込む余地が無いから蜘蛛に出来ない”ってところかな)」

 

「……何と言う……」

 

「(`・ω・´)(このシステム考えた邪神頭良いんだよね実際。知性を全て己の眷属にして繁栄させる為の邪悪な摂理は生命の道の終点を歪める事で達成される)」

 

「(一一")(種族、個人を問わず。悟れば、蜘蛛になる。でも、悟らないと生命としての終点に辿り着かない。有限の宇宙だとしても試行回数さえ稼げば、自分の眷属を一定数は増やす事が出来る)」

 

「つまり、知性的にも種族的にも絶対に避けられない終わりだと?」

 

「(^O^)/(そのとーり。これに対して旧き者は“知性の終わり”に関する研究をしていた。これも自分達と違って蜘蛛化する殆どの命を救う為だったんじゃないかな。“この宇宙内部で過程を踏んで悟ると蜘蛛になる知性を蜘蛛化させない為の研究”だったっぽい)」

 

 とある宇宙の遺跡で見つけた資料を少女にも見せて見る顔。

 

「つまり、わたくしのような存在は蜘蛛になると?」

 

「(・∀・)/□(あ、これ遺跡にいたパチモンの情報です。お納め下さい)」

 

「っ……世界の破壊者?」

 

「(|∀|)(パチモンだと思ってたのは本家本元もとい本物の“悟った末に変貌した蜘蛛”だったみたいっすね。まぁ、僕らの超絶劣化版だけど)」

 

「(^▽^)(ちょっと研究したら、本当にこっちの超絶劣化版でしかなかったけど、宇宙が終わる度に増えて別宇宙をパンクさせて溢れ出してたっぽいんだよなーと研究資料をパラパラ捲る顔)」

 

「………それで?」

 

「(≧◇≦)(我ら“父の蜘蛛”は賢いので考えました!!)」

 

「( ̄▽ ̄)(この宇宙で誰にも悟らせず、誰にも賢い生き方をさせず)」

 

「(>_<)(蜘蛛と一緒にのんべんだらりと自堕落愉快な永劫の旅)」

 

「(/・ω・)/(これぞ宇宙知性はみんな蜘蛛に篭絡されて適当に愉しく皆でワイワイ遊んでセカセカ働いてピチピチ生きてスヤスヤ死ねる繁栄と衰退を繰り返しつつ)」

 

「(´>ω|`)/(ちょっとお茶目に笑い在り、涙在り、感動在り)」

 

「(。|`ω|)(シリアス無し、適当なシリアス・モドキ状況在りの)」

 

「(^◇^)(ちょーぜつかんどーきょへんをつむいでもらうけーかく)」

 

「\(^o^)/(くものうちゅーろーらくき)」

 

「(・ω・)||(むげんてんせーへん!! ディレクターズカット版スペシャル・エディションだー!!)」

 

「いや、クソ長いです……」

 

 少女がもはやげっそりしたジト目で蜘蛛達を何とも言えない顔で見やる。

 

「つまり、具体的にどうしたいのです?」

 

「(|∀|)^▽^)≧◇≦) ̄▽ ̄)>_<)´>ω|`)/^◇^)・ω・)―――(このうちゅーのすべてはわれわれくもーぐんがいただいた!! かえしてほしければ、くもをたおしてくもになるじゆうをかちとるんだな。ふーぅはははははははははっっっ!!!)」

 

 合体変形ごっこが蜘蛛達のブームになって以降。

 

 何かを表現するのに組体操ならぬ合体して情報を示してみるのは彼らの娯楽となりつつあり、正しく蜘蛛のアーチが少女の前に現れる。

 

「………練習しました?」

 

「( ̄д ̄)(冷静なツッコミはえぬじーと黒蜘蛛の巣を断崖周辺に生やして、荒野と砂漠しかない星に水と緑と真菌をばら蒔き始めるお仕事系蜘蛛の顔)」

 

 こうして少年の知らないところで勝手に宇宙全体の大きなお困り事は解決が決定したのだった。

 

 これは全知全能を目指す全知神も知らない。

 

 小さな小さな宇宙の果ての星での出来事。

 

 その日、この宇宙で一番悟りに近い少女は惑星全土で起こっていた自分の種族が治める楽園を強奪する戦争が停止したのを良い事に指導者を止めた。

 

 ついでにゆっくり余生を何処かの銀河から流れて来る番組でも見ながら決めよう……と、施政権を蜘蛛に投げたのだった。

 

 勿論、彼女の貰った端末のチャンネルには“おすすめ☆”の文字と“話題沸騰”と書かれた蜘蛛系チャンネルがしっかりAIによってピックアップされていた。

 

 後にその日の事を惑星の人々はこう記すだろう。

 

 聖女と蜘蛛の始まりの日、と。

 

 その一週間後に惑星で飢餓と戦争と貧困が消え去ったのは正しく蜘蛛達の侵略活動の賜物に違いなかったのである。

 

 その惑星での犠牲者は凡そ43億中の3億人。

 

 彼らが実際に蜘蛛のボーダーラインにおいて倫理と道徳0の悪党や抹殺対象であった事は歴史書に記載される事も無いだろう。

 

 蜘蛛達曰く。

 

 原罪大好き系惑星では“少ない方”であった。

 

 *

 

「アルティエは浮気者ですね」

 

「浮気者ーアルティエの浮気者ー」

 

「本当に浮気者ではないか? いや、本当に……」

 

「まぁ、愛人の1人や2人は構いませんが、さすがにあの数は言い訳出来ませんわね。わたくしの騎士様はまったくもう……あ、あの妖精は別です」

 

「まぁ、こんな浮気者の事は浮気者と呼びましょう。みなさん」

 

「ボクの事をあんな紹介したとか!? 浮気者で済ませてやるボクに感謝してもいいくらいなんだけど!? この浮気者浮気者浮気者―――」

 

「……はい。アルティエ・ソーシャは浮気者です(T_T)」

 

 少年が遠征隊の少女達に詰られていた。

 

 特にカダスで増えた必要人材が大量にやって来て、ご主人様の床になりたいオーガとか、お仕えしてますと言い張るエルフの少女だとか、色々と邪神の類との契約に噛んでますと言い出す考古学者のパトロンとか、戦う事が大好きなケモミミ少女とか……まぁ、レパートリーは賑やかだ。

 

 まぁ、色々いるのが問題になって詰られまくった少年は浮気者ですの小さな看板を首から下げさせられて、朝から朝食を齧っていた。

 

 心配していた少年が何か外に女を作って大量に連れて来たとの話は瞬時にニアステラとフェクラール、北部までも伝わり、英雄の帰還を喜ぶか微妙な層は「ああ、そう」という反応だし、戦力として必要としていた層は「いや、地表の戦争終わった後なんだけど」というジト目になるし、一番喜びそうな遠征隊の少女達は極めて複雑な表情で一日浮気者の看板を下げさせる羞恥プレイならぬ周知プレイで勘弁した次第であった。

 

 滅茶苦茶内心で気を揉んでいた彼女達にすれば、然るべき処罰である。

 

 それを見ていた大人勢はちょっと気の毒に思いつつも、少女達の少年への気迫に何も言えず。

 

 ウートを筆頭に殆どの大人達は沈黙。

 

 苦笑した英雄の館の女主人と元呪霊少女だけが仕方なさそうに少年をさりげなく気遣っていた。

 

 英雄邸にはあちこちから孤児や少年と関わった末に此処で暮らす子供達の声が聞こえている。

 

「にあすてら~のえ~ゆ~は~~こ~しょくえ~ゆ~」

 

「あ~……ゆ~~?」

 

「ア、アルティエ様はちょ、ちょっと気が多いだけです。たぶん、きっと……我々やこの子達まで助けてくれましたし、新しい体だって与えてくれました。だ、だから、たぶん……良い人、です」

 

 そんな孤児や種族達の賑やかな声を横に昨日の説明会に参加した殆どの大人勢はカダスやら宇宙やら邪神やらの話を長々と蜘蛛達と少年から聞いたのだ。

 

 もう何か想像が付かない世界になった辺りで自分達の立ち位置が何ら変わらない事も理解した。

 

 どの道、島から逃げたところで救世神が能力を使い出せば、世界は白くなって消滅し、もう一度やり直しになるという下りの話を聞いたら何を言う必要もなく。

 

 固まっていた者達が大勢だった。

 

 唯一の例外はエル大陸の皇帝であったが、彼は未来が消えて困るというだけで半ば聞き流していたかもしれない。

 

 それ程に遠大で長大な話をされたのだ。

 

 カダスの邪神の始祖である始祖破片の討伐によって得られた邪神の因子の結晶は現在研究所内でウリヤノフが剣に仕立て直している。

 

 ノクロシアとカダスから集められた全ての邪神の因子と材料が惜しみなく使われる予定であり、蜘蛛達が宇宙規模で拡大して仕入れた未知の叡智と技術も全面投入される運びとなった。

 

「今頃、アルティエは大変だろうな。まぁ、自業自得だ。フィーゼ様を夜に涙させていたくらいは困るといいだろう」

 

「(・ω・)(ウリヤノフしょちょーって案外そーいうの分かるのねという研究系蜘蛛の顔)」

 

「お前達の顔が何を言っているのか分かるくらいには敏いつもりだとも。亡くなった妻がいつも言ってた。他者を見ぬ者は善人だろうと悪人だろうと困るのだとな」

 

「(・∀・)………」

 

「分かっているとも、あいつはよく見ているからこそ、ああなのだろう。だが、それがあのお嬢さん達に伝わっていない事を知っていて、そうなのだから、困るのはやはり自業自得だ。分れと言うのは本来、女の方だと思うのだが……そこは女々しいと言っておこう」

 

「(=_=)(さすが、この島で恐らく一番ちちの心理に詳しい人と内心で思っておく蜘蛛の顔)」

 

 そんな近頃は島の外で勢力拡大をしていた蜘蛛の宇宙話を聞いた当たりでほぼウートがほげーっという顔になったのも無理からぬ話だろう。

 

 運び込まれた資材、技術の類はまだウリヤノフに投げられた。

 

 しかし、ウートに投げられたのは宇宙規模の政治であった。

 

 島に邦を一つ起こして疾駆八苦していた彼が若返ったとはいえ。

 

 それでも帝国銀河団との折衝の矢面に立つ事が決まったのだ。

 

「此処がウチュウ……これから亜人の類と大量に折衝、か……もはや、月が割れた程度で驚かなくなった自分が怖い。フィーゼは上手くやっているだろうか。いや、あの子も妻に似て親しい男は案外気に入らないと詰るからな……」

 

「(/・ω・)/(ウートさん。これどーぞと宇宙の外を窓越しに見ていたニアステラ首長の秘書役をしている秘書系蜘蛛の顔)」

 

「ああ、済まない。すぐに決済しよう。それにしてもこの世界の外の事まで覚えねばならないとは……頭の痛い話だ。まぁ、やるが、お手柔らかにして欲しいというのが本音だな」

 

「((=|_|) _U(記憶力が爆速で上がるお茶どぞ~とさっそく蜘蛛印の秘薬を持ってくるステーション勤務な蜘蛛の顔)」

 

「一息入れたら、さっそく色々と教えてくれ。世界の外がどんな場所でどんな風に相手と相対していけばいいのかな」

 

「(/・ω・)/(かしこまりーとレクチャーを開始する宇宙見て来た系蜘蛛の顔)」

 

 思わず気絶しそうな父をしっかりして下さいと娘が支えたのは昨日の話。

 

 何なら全銀河の要人200万人と400日以内に折衝して、協定結んで来てねとか。

 

 蜘蛛達に言われた辺りで彼の心労はピークに達した。

 

 さっくり蜘蛛達の秘薬のお世話になったのもしょうがない話だろう。

 

 もはや、嘗て邦に仕えていた貴族なんてのは何の肩書にもならない世界。

 

 無数の惑星が彼の言動一つで地獄にも天国にもなるという事実を前にして彼は真面目に蜘蛛と蜘蛛以外の官僚の本格登用を迫られたのである。

 

 こうして宇宙最大の勢力となった蜘蛛の氏族が傅く島の為政者となった男がその日の内に蜘蛛達が設えていた惑星外の軌道ステーションとなった塔に入って一日。

 

「(/・ω・)/(帝国銀河団こーてー=サンが来たよー。まずは謝罪、その次に賠償、講和条約締結、現在各銀河制圧中の蜘蛛の活動の担保、他にもやらなきゃならない事いっぱいだーとステーションをさっそく宮殿風に整えてみる蜘蛛の顔)」

 

「(>_<)/(元こーてーと参謀の人達もごあんなーいと手かせを付けたわけでもない人々を捕虜しゅーよーじょと看板を付けただけの客室にご案内する蜘蛛の顔)」

 

「( ̄▽ ̄)(風呂、トイレ、寝台、冷蔵庫、スクリーン、準備良しとホテルのワンルーム部屋を設え終えた施工蜘蛛の顔)」

 

 聖域外延の道を敷き終わった蜘蛛達からの報告も終わったので少年は朝食を摂っていたのだが、その長い食卓はミッチリと島の勢力の代表者や諸々の関係者で埋まっていた。

 

 まずは追放者がウート以外は総員勢揃いしている事がまず珍しいだろう。

 

 子供達の面倒をいつも見ており、今や孤児院や子供の教育に関してウートから全面的に任されている修道女が忙しい合間を縫って食事に来ているのだ。

 

 他にも黒鉄の艦隊を率いて蜘蛛達から齎された宇宙艦隊の指揮を学んで忙しいはずのオーダムもいたりするのは極めて珍しい。

 

 昨日から引き続き、本当に外せない人員以外は全て集められた英雄邸は正しく島の重要人物達の会合場所となっていた。

 

 遠征隊第三部隊の面々がヴァルハイル組で纏まっているかと思えば、昨日の夜に戻って来た妖精蜘蛛とフェム、オクロシアの六眼王も朝食には来ている。

 

 更に赤子をあやしている人豚の邦のメレディーナにノウキン・エルフな使用人。

 

 アルマーニアの代表者たる邦長と従者。

 

 いないのは種族連合のお偉方くらいであり、 人馬の邦の革命者までもがノクロシアの制圧を一時中断して来ているのでもう島の勢力で代表者がいないところは聖域辺りの者達だけであった。

 

「さて、ウート殿とウリヤノフ殿からはこちらで司会を務めるようにと言伝を貰っている。いいな?」

 

 六眼王ヘクトラス。

 

 始祖破片の攻撃によって封じられた少年の魂を蘇らせた男は力を使い過ぎて蜘蛛達の秘薬を呑んで尚ゲッソリした顔付ながらも何処か陰湿さが増したような表情で皮肉げに看板をぶら下げた少年に尋ねる。

 

「構わない」

 

「ニアステラの英雄のお許しも出た事だし、昨日の事をまずは整理しようか。簡単に言うとだ。蜘蛛は何でもやり過ぎだ。何だ宇宙とは……我らは島と大陸ですら面倒だと言うのに……カダスだの帝国銀河団だの、やってられるか。だが、どの道、我らに救世神を倒さないという選択肢は無い。こちらでも妖精と共に確認した。確かに救世神の活動が活発化している。後数か月以内にアレが世界を覆い尽くすのは間違いない事だろう。その時、昨日言われていたようにソレと対峙する始祖破片とやらはいない。つまり、この世界を一瞬で破壊出来る相手に対する抑止力は我ら島の民と遠征隊以外にいないという事だ」

 

 少年がモクモクとナイフとフォークで分厚いベーコンを齧る横で「こいつ……」みたいな顔になったヘクトラスだが、司会はきっちりとこなしていた。

 

「懸念されていた大神連合……三千大千世界。フォルトゥナータとやらからの干渉は先日の太陽神の撃破以後には起きていない。北部のアルマーニアの首都を占領している連中の使徒共の根城にも先日の蜘蛛による封じ込め作戦以降の動きが無い。これは大神の使徒達の軍を主導している連中が割れているせいでもあるが、そこはセブンス・ヤーンのヘルメスより連絡が入っている。今日か明日にも使徒の軍は撤収こそしないが使者を立てて、こちらに交渉をしに来るそうだ」

 

 食べながら訊いていた各位の前には先進大陸の一つである新人類達の首都の景色が映し出され、そのあちこちでは革命かと思われるような形相で看板やらを持った大量の人々がデモをしている様子が映し出された。

 

『政府は停戦へと動けー』

 

『動けー』

 

『軍は世界が崩壊するという言説に対する回答を行えー』

 

『行えー』

 

『従軍した兵達の家族の声を無視するならば、選挙をー』

 

『選挙をー』

 

 アークの大陸の映像が消される。

 

「ヘルメスによる新人類アークへの工作が成功。大神連合を裏切る形で彼らは我々との相互協力による世界の破滅を食い止める任に付きたいとの意見を持ってくる、らしい」

 

 デモにはヘルメスがいつもの人型形態で看板を以て最先頭で行進している映像が映し出されており、その横では何やら小さな画面で偽英雄のおっさんが軍と政治家の首脳部を訪ねて回り、何やら説得している様子が映し出されていた。

 

「どうやら我々の情報を上手く小出しにして誘導し、北部での攻撃を諦めさせたようだ。軍は我らの状況をようやく初めて知った段階でもはや世界の崩壊がほぼ避けられないという話に絶望したとか。それをどうにかするには神の力ではなく。人の力によって救世神を打破するしかないという誘導はあちらの協力者である彼が行い。無事に7割の確約を取り付けたようだ」

 

 げっそりした偽英雄のおっさんの苦労話映像が消された後。

 

 聖域外延部。

 

 蜘蛛達と守備隊が倒した王群の残骸がまだ片付けられている途中の区域が地図上に映し出される。

 

「同時進行していた王群の討伐を完了したのは昨日も話した通りだ。現在、カルトレルムの霊廟を探索しようとしているが、周辺には因果律操作と思われる“何もない場所”しかない。が、ソレはどうにか出来ると蜘蛛達のお墨付きだ。カルトレルムが既に死んでいるとの話が事実ならば、霊廟の遺体の回収。もしくは魂魄の状態で幽世か、その霊廟にいるだろう本体との接触。こちらの要望を相手が蹴るなら討伐という流れとなる」

 

 ヘクトラスが一度遠征隊が霊廟から戻ってからのスケジュールを出し始めた。

 

「遺体の回収が成功しても成功しなくても聖域への突入と聖域内部の救世神の討伐が遠征隊の最終目標となる。全ての護りは蜘蛛に任せて、投射する戦力は全て遠征隊のみとなる。理由は単純明快で因果律操作による事象改変で“いなかった事にされる”事が無い人材以外は無理だとの判断からだ。これらの判断基準は実際に因果律操作を受けて、跳ね返した蜘蛛達が創った。その上で圧倒的数の蜘蛛で守りを敷いて、最大火力となる遠征隊で撃滅する。この単純な分担が最大にして最強の戦略だ。蜘蛛をどれだけ弱体化しようが、彼らを消せないのならば、無限の戦力がこの島に投射されたとしても、一定時間は持ち堪えられる。問題は……」

 

「分かっている。六眼王……我らが裏切るのが怖いのだろう?」

 

 そう言ったのは蜘蛛達に金ぴかりゅーと言われている元皇太子ヴァメルその人であった。

 

「お前達の話は聞いているし、昨日の説明にもあった。繰り返した聖王がお前達に残した力。そして、お前達が操られて最終的には手駒にされて救世神側になったとの話も含めて、懸念材料になる。だが、蜘蛛達からは今のお前達ならば、問題は無いとのお墨付きが出た」

 

「遠征隊として連れて行くと?」

 

「横で呑気に食事をしている英雄殿次第だな」

 

「如何にする? ニアステラの英雄よ」

 

 黄金の機械竜の言葉に少年は端的に。

 

「許可」

 

「だそうだ」

 

 本来、犬猿の仲であるはずのオクロシアの首魁はそう肩を竦めた。

 

「ははははは!! 坊主も剛毅だなぁ。ま、今の坊主にゃこいつらが裏切った程度じゃどうにもならないくらいの実力があるっぽいし、構わねぇって事だよな」

 

 オーダムが無神経そのもので分厚いベーコンを丸齧りしながらゲラゲラと笑う。

 

「さすがに礼を失するだろう貴様ら。仮にも未だヴァルハイルの―――」

 

「良いのだ。角の騎士。我はそのようなものだった。今もそのようなものだろう。本当の意味で信用を得たところで誰が敵になるか分からぬのだ。敵にならなくても誘導される事は十分にあり得る。あらゆる記憶を書き換えられでもしてみろ? どうなるかは言うまでもないな」

 

「殿下……」

 

 ヴァメル本人の言葉に角の騎士レメトロがスゴスゴと引き下がり、静かにワインの器で口を塞ぐ。

 

「発言を」

 

「構わない。ヴァルハイルの姫よ」

 

 聖姫エレオールが立ち上がる。

 

「ヴァルハイル側としてはカルトレルム神の討伐は構いません。ただ、もしも一切の救世神にまつわる全ての破滅が終わり、問題ないと技術的に判断されたのなら、残っていたらで構いません。遺体、もしくはそれを使った代物が手元に戻せる状態ならば、どうか一部でも返還を。然るべき処置は当然致します。それが終わってからで良いので再び祀らせて頂ければ」

 

「どうだ?」

 

「許可」

 

「だそうだ」

 

 オクロシアの長としては渋い顔になるしかないが、少年が全ての実権を握っている以上、彼に否は無かった。

 

「議事を進行する。今後一月を目途にして遠征隊の再編と戦力の拡充もしくは補充を行う。理由は単純だ。カダスとやらからコイツが連れて来た有象無象」

 

「うぞーむぞー呼ばわりは反対なのじゃ~~」

 

 海老の尻尾を口から出しながら、何処から声を出したものか。

 

 カダスからやって来たエルフの媛が無い胸を張る。

 

「エルフと愉快な仲間達に付いてだが……いや、本当に何で連れて来た?」

 

 思わず本音が出るヘクトラスである。

 

「必要だから。おばば……半霊体の老婆の方は今、此処の呪霊達に挨拶して回ってる」

 

「ああそうか。そうだな。まったく、あの霊体一人で島を汚染し尽くせる類の代物なのを知っていて連れて来たのなら、こちらには言う事もない」

 

「彼女達の残渣で対神格、対天使、対使徒用の汚染兵器を試作してる。今、フレイに先行量産品を創らせてる」

 

「はぁぁ、こっちは何もかもさっぱりだ……まぁいい。ああ、それと黒鉄の艦隊には蜘蛛達からお礼があるそうだ。地表の攻撃に参加を保留して、上で別世界に落ちそうになっていた蜘蛛の船を救助して回ってくれたおかげで損失はゼロ……命令無視は今回不問にすると守備隊でも総意として決まった」

 

「おう。そうか。ま、地上は何かちゃんと進んでたからよ。上の方に行って正解だったならいいさ。旨い酒とか、ウチューとやらの酒を頼むって蜘蛛達に言っといてくれや」

 

「分かった。すぐに手配を頼んでおこう。はぁぁ……」

 

 第三神眼を開きっぱなしの心労で溜息が多くなった男は今や謀略を紡いで悪い顔をしていれば、真っ当に陰謀屋にしか見えないだろう。

 

「(な、何か苦労人なのじゃな。この目が一杯の陰謀屋っぽい者も……)」

 

 アークエルフの媛はそんな男の苦労が何となく分かるので全部聞き流して食事しているとしか思えない少年に少しジト目になった。

 

「続けるぞ。遠征隊の中核となる第一部隊以下の部隊にはオーガと言ったか。あの種族の部隊を割り振って統括を行ってもらう。連中の強度と性能は蜘蛛の3分の1程度。能力はお察しだが、盾にはなるだろう」

 

「構わない。我らオーガは既に御方と共に死んでいる身。この生は我らが新たなる主の為に使うものと心得ている。偉大なる始祖破片亡き今、カダスを牛耳る蜘蛛は寛大なる心を示した。それに僅かでも報いる事は何れ如何なる破片にも理解される事であると思っている」

 

 食卓に入り切らずに膳を用意されて、少し後ろの講堂で参加しているオーガの将たる男が最も巨大な体躯で小さく礼をする。

 

「問題無い。光塵の大主も同意してる」

 

「蜘蛛の方々の代わりに我らオーガ男衆最後の肉片に至るまでどうかお使い下されば、幸いであります。新たなる主。大いなる御業の方よ」

 

「な、何か。あのオーガの人、スゴイ品格上がったような?」

 

「精一杯やってるのがシオズにも分かるなら、此処から先は分かるな?」

 

「わ、分かってますよ。唯一肉体を持ってる破片として参加してるんです。大破片でもない僕らが……あの声を聞いた者として……」

 

「分かっているならいい」

 

 ヒソヒソと一組の破片組が椅子の端でそう囁き合う。

 

「蜘蛛達が持ってきた大量の資材と知識と技術の類は全てウリヤノフ殿とあの白衣の狂人に投げている。一度いなかった事にされた後の後遺症や異変は蜘蛛達が見る限りはまだ無いそうだが、もしもの事を考えて、完全監視状態で今は例の先進大陸から来ていた傭兵共の方に出向させた後だ」

 

 虚空に四脚の巨大構造体が出て来る辺りでもう遠征隊の面々も“スゴイ事になって来たなー”くらいの顔で半分話を聞き流している様子となる。

 

 彼らがノクロシアで小さな邪神モドキ……小破片相当の怪物を千切っては投げている間に外はエライ事になっていたという話が今更に蜘蛛やら他の人々から語られたのだから、まったくもっと頼ってくれてもと思うのも無理からぬ話であり、そこでジト目になった瞳が少年に向くのも仕方ないだろう。

 

「あちらを強くしてから、こちらに掛かって貰う。その合間に問題が無いかを因果律レベルで精密観測する事になっている為、それまでは戦力の拡充の本格化は始まらないと思って欲しい」

 

 ヘクトラスが水を一口含んだ。

 

「聖域への遠征自体は救世神の復活前に行うという事で仔細を蜘蛛達と詰めている最中だ。ただ、事実上の最大戦力である男がいなかったせいで色々詰められなかった事も多い。しばらくはこっちに寄越して欲しいところだが……」

 

 遠征隊の女性陣のにこやかな笑顔を見て、ヘクトラスが霞みそうになる目元を指で押さえた。

 

「1週間。1週間だ。それ以上はさすがに全体の予定が狂う。無論、お前は反対するだろうが、その点は問題ない。お前がいなくても回るように蜘蛛達があらゆる事を事前準備している」

 

「昨日、蜘蛛達から説明された」

 

「連中はお前を自由に出来る時間を創った。どんな仕事をするにしてもカルトレルム相手に今のお前ならば負けは無いとこちらも判断出来る。となれば、だ」

 

「………」

 

 少年がヘクトラスを見やる。

 

「全体で確度を上げている途中は遊んでおけ。もはや、お前は単なる刃としての性能でしか必要無いところまで蜘蛛達は代替が可能となった。分かるな?」

 

「何もしないというのは出来ない。ただ、体を使わない労働の類はさせて貰う」

 

「構わん。そこの睨んで来る女共との事はこちらが関知するところではない」

 

 睨んでいるなんてトンデモナイと少女達がヘクトラスから視線を逸らした。

 

「さて、これで大体の事は共有出来たな。では、あそこのデカブツの事に付いてお前から話してもらおうか?」

 

 ヘクトラスの瞳ではなくても、外の声が聞こえて来ていた。

 

 巨人族の少女と何やらワイワイと愉しくやっている声が聞こえており、周囲では蜘蛛達がにぎやかしをしている。

 

「始祖破片が恐らく別の繰り返しの最中に何等かの理由で繋がって無かった一部が情報だけ受信して殆どの自分が消えてる事に驚いてるところで消えたエルのせいで消失したはずの機体と一緒に別宇宙の旧き者達の墓標に残されてた巨人の死骸と合体したっぽい何か。だって、蜘蛛達から聞いてる」

 

「………解散。何も聞くな。頭が痛い。我々には我々の仕事がある。何かを聞きたいなら、そこの英雄に聞け。以上」

 

 最後に大暴投したヘクトラスがイソイソと食事を開始した。

 

「……ごちそうさま」

 

 少年がさっそく早めに食べ終えて、看板を下げたまま外に出ると。

 

 目をキラキラさせた18mの武装した巨人の少女が同じく10mくらいの巨人の少女と一緒に英雄邸の外にある巨人族用のテーブルでチマチマと屈んで食事をしていた。

 

 周囲では蜘蛛達がせっせと給餌もとい給仕をしており、何か二日前に死闘を演じた相手とは思えないくらいに表情豊かであった。

 

「フン。羽虫風情にしては良いものを食っているではないか!! もっと、持ってくるがいい。おお、我が子達よ。さぁ、貴様らも我がご主人様とい……」

 

 物凄く途中で言い掛けて涙目になった少女はプルプルしながら、口を開こうとし……結局、閉じてから怒りとも歓びとも付かない表情で癇癪を起して地面をガンガン叩き始める駄々っ子と化すのだった。

 

 *

 

 世の中には何かが在るという事の対義として何も無いが在る。

 

 誰もが知っている事は誰もが知らない事があるの対義だろう。

 

 では、何もない事が良い事であるという類の考えが蔓延った時、人々は何かを排撃する事で何も無いを達成出来るだろうか?

 

 答えは否。

 

 人々は無いを創ろうとする点で矛盾してしまう。

 

 何処でも同じことが言えるし、何処でも実際に同じ事が起きるだろう。

 

 無い事を生み出す事は出来ない。

 

 知性が世界において叡智を求めるに足るのは無い事を発明し、無い事を知り、在った事にしたいと願い、在った事すら忘れて幾度でも創るからだ。

 

 それは地獄もかもしれないし、小さなネジ一本の事かもしれない。

 

 だが、無いよりはマシと考える者の大半は真に創造者足り得ない。

 

 常にその階段を踏んでいるのは無ければ困る者達だからだ。

 

 簡単に創れる技術ならば、マシだろう。

 

 だが、実際には普及させ、概念的に定着させ、人々の意識にまでも働き掛けてようやく創造出来るものが多過ぎる。

 

 故に先駆的なものは選別され、実践され、改良され、淘汰され、統合され、やがてはコレという最も真理に近いものに行き付くのだ。

 

 その点で一人の狂人が創り出したモノは割りとまともだ。

 

 多くの知性の意見や閃きに対する他者の知見を元にした修正、更には様々な持ち寄られた希少資源によって彼は己の力では到底成し得なかった域にまで到達し、創造してしまった。

 

 宇宙を破壊しても創造しても、まるで感動とは無縁だろう男だが、ソレが創れた時には感動した。

 

 しょうがない。

 

 彼は常に自分に自信など無く。

 

 ただ、狂信のみで知の底に立つ。

 

 叡智とは彼にとって高みを目指して見上げるものではなく。

 

 深きを目指して覗き込み。

 

 己の崩れゆく手の先に掴み取るものであった。

 

 何も無いを在る事には出来る。

 

 だが、何か在るを何も無いには出来ない。

 

 そして、無い事を生み出す事が出来なかった世界には……その日、初めてソレが出来たのだ。

 

 たった一人の少年が極め続ける魔なる法にも劣らず。

 

 世界の一欠けらでしかない天才は……確かに無い事を生み出す事が出来た。

 

『君の名前は―――だ』

 

 ドブ色の角と人にしか見えない貧相な体躯。

 

 しかし、己という造形の一欠けらすらも己の創造物で置き換えた男はソレが出来た時、初めてソレに銘を付けた。

 

 竜の末裔。

 

 ヴァルハイルにおいて、モルドやドラグといった機械接続式の手足に等しい装甲を作り出し続けていた機関の職員のみが創り出した被造物に銘を与える。

 

 そこを興した器を捨てた男の銘有りの機体はもはや殆ど無く。

 

 だが、王群との最前線で未だ現役。

 

 だが、男は遂に自分で銘を刻む事は無く。

 

 ずっと、何も付ける事は無いと思っていた。

 

 だが、ソレが完成した時、男は確かに心を揺り起こされ、呪紋がそうであるように名付けた。

 

 だから、ソレは無数の王達や莫大な資源を使ったにも関わらず、まるで“全てが無い”という力を吟じて―――。

 

【无鎧ケイスエルシュ】

 

 王の鎧、そう呼ばれた。

 

 あらゆる力を集めて生み出し、あらゆる機能を積んで創造したはずなのに……創造した者にすら理解出来ない程に全てにおいて圧倒的に無能力。

 

 つまるところ、失敗作ですらない。

 

 “无い”を体現する被造物は赤子のように能力を己に溶かして起動試験すらまともに行う事も出来ないまま……。

 

 本当に“何の能力も持たないだけの機体”として振舞い。

 

 たった一つの事柄にだけ反応し、存在を露わとする。

 

 男がかくれんぼでもしているようなソレが常に存在している事すらないので溜息がちに棺桶もしくは揺り籠を創ってようやくまともに整備が出来ていたのだ。

 

 ソレが旅に出て一月が過ぎ去り。

 

 戻って来た時には赤子を卒業している事に驚いたのも無理はない。

 

 いつの間にか。

 

 存在として確率的に収束されたモノとして顕現し、何者かになって戻って来た。

 

 本来ならば、彼という存在の消失によって消えているはずのソレは確かに“无い”状態だったはずなのに戻って来た。

 

 ついでに見知らぬ誰かや何かと一つになってとなれば、興味は尽きないが……男は苦労人や趣味人ではあっても、それに優先して仕事人であり、狂人であっても理性的な為、お楽しみは後に取っておく事として一言。

 

「頼むよ」

 

 そう言って、自分が生み出した生涯恐らく唯一銘を付けたソレを愛機にするに足る相手へ投げた。

 

 ちょっと時間を掛け過ぎて面倒になったというのは秘密である。

 

 彼の創作意欲は尽きていないし、世界の外からやってきた帝国銀河団とか独立上位種族とか知性抹殺機械とか超念動上位次元個体とかの情報に今の彼は首ったけ。

 

 まぁ……世の常として新しい玩具の方に惹かれるのが何かを創る者の性であった。

 

―――現在。

 

「我にこのような屈辱を与え続けるとは何と罪深い存在なのじゃ。ご主……貴様はぁ~~へにゃぁ~~~」

 

【始祖がこの様子では……はぁ、遂に邪神すら手懐けた男となるか】

 

【まぁ、それはそれとしてちょっとカワイイわね】

 

【ふぐぅぅぅ~~始祖様~~お労しや~~】

 

 蒼穹、神歌、千壁。

 

 三邪神が三者三様に自分達の母……いや、祖母のような立ち位置の始祖破片の人格が混ざった巨大人型兵器娘の様子にバラバラな主張をし始めるのをシャットダウンした少年がイソイソと人格の混合らしい状況で熱ダレした機械のようにへにゃへにゃし崩れ落ちて地面に顔を押し付けて倒れる少女の顔に近付く。

 

「………」

 

 ペタリと額に手を当てた少年が人間と変わらない平熱に少し熱いくらいの少女というには大き過ぎる彼女の脳裏から呪紋で情報を引っ張り出そうとしたが、途中で魔力が弾かれた。

 

「……食われてないだけマシ、と」

 

 今の少年の保有魔力を軽く飲み干す許容量。

 

 底なしの魔力吸収能力が発揮もされず。

 

 単純に魔力の侵入を防いだだけになった生態にジト目となった少年がその頬を触るやら鼻筋を撫ぜるやらして、相手の存在の実情を解析能力で全て丸裸にしようとしたが、その解析しようとした工程そのものが途中で彼の脳裏からフッと消える。

 

「因果律の制御は残ってる。機能じゃなくて生態になってる?」

 

【………】

 

【あのね。貴方、今……滅茶苦茶後ろから睨まれてるわよ】

 

 少年が二人目に受け入れたほぼ思考がゼロのはずの階が沈黙するという思考を寄越し、同時に少年の脳裏で瞳に姿を反映させた真菌女もとい大破片。

 

 神朽ちる沼ヴェラがそう呆れた様子で忠告する。

 

「……必要な事だから……」

 

【ああ、そう。後ろを振り返る勇気が無いって悲しいわね】

 

 仕方なくまだ起きそうにない相手を横に一緒に食事をしていた巨人族の少女。

 

 遠征隊で一番大きな少女に後ろの方で睨み待っている少女達の事を頼んでイソイソと周囲の蜘蛛達の中でアワアワしていた元幼女の二人の方へと歩いていく。

 

「き、来たぞ!? ど、どどど、どーする?」

 

「どーするって貴様?! 昨日、謝ったからもう大丈夫だろう!?」

 

 たいちょーとへんきょーはく。

 

 昨日、思い切り泣きべそ掻きながら土下座していた元幼女達である。

 

 2人とも決戦前に蜘蛛達によって被弾率やらを下げる為に小さくされたり、肉体の強度やらを可能な限り強化したりと伸び縮みしていたのだが、本日に限っては12歳前後の姿であった。

 

 すっかり、可変機能ギミックに慣れた二人であるが、周囲の人々にしてみても、二人っぽい姿の相手がいたら、たぶん2人だろうという類の認識になっており、年齢の事はあまり気にされていない。

 

「……言いたい事がある。いい?」

 

「ほらみろー!? お、怒られるぅぅ!?」

 

「わ、我は悪くない!? 悪くない!? こいつが決戦前に寝ようとか言い出したんだぞ!?」

 

「き、貴様?! へんきょーはく!!? 裏切ったな!? それは言わないお約束だろぉー!!?」

 

「ふ、ふふ、わ、我は生きる!!」

 

「く、くぬぅぅうぅぅ!!?」

 

「いい(T_T)?」

 

「「あ、はい」」

 

 思わず2人が背筋を伸ばして直立不動になった。

 

「此処を護ってくれて……ありがとう。感謝する」

 

 少年が深く頭を下げた。

 

【――――――!!!?!!!?】

 

 そして、何かそのシーンを見たニアステラの住民及び全ての存在……蜘蛛以外の顔が驚天動地に固まり、元幼女組も同じ顔で固まった。

 

 そうしてあまりの衝撃に固まった二人を置いて今までの事が嘘のようにスタスタと英雄邸の敷地に隣接している孤児院の方へと少年が入っていくのを蜘蛛達の数人がテケテケと追っていく。

 

 そうして、それから数秒か。

 

 数分かも分からない静寂の後。

 

「「え?」」

 

 たいちょーとへんきょーはくの頭にハテナ・マークが浮かび。

 

 それを見ていた殆どの者達はしばらく身動きも出来ず。

 

 慌てて少女達が少年を追い掛けていくのはそれから数分後の事であった。

 

【ニアステラの肉壁は優秀みたいね。相変わらず】

 

「二人がいなかったら、今頃此処が廃墟になってる。幾ら計算してみても、因果律操作の殆どがあの2人を押し留めるのに使われてた。やっぱり、持ってるヤツは持ってる……そういうもの……」

 

【幾ら持とうと持たざる者の気持ちが分かるのは強いわよ?】

 

「生憎と指先一つで消えるモノばかりで戦い続けられるように鍛えるのが信条」

 

 事情を全部知っているヴェラだけが少年の全うな感謝に……本当に……どれ程ぶりに遠征隊以外に心からまともな感謝をしたのだろうと遥か過去の記憶を浚う。

 

 こうしてまんまと少年に隙を与えた少女達が走り出した時には少年の姿はニアステラから消えていたのだった。

 

 それらの騒動に巻き込まれていない内部でまだ食事をしていた遠征隊と関係者の内、たった一人だけがひっそり現場から消えている事を誰も意識しなかった。

 

 今やヴァルハイルの指導者層にまで上り詰めた鉄砲玉上がりの少年はイソイソと自分の懐にある手紙を意識しながら、開封済みの手紙に記された場所まで向かう手順を確認し、蜘蛛達によってとある場所へと飛ばされる事となった。

 

 彼を見ていたヴァルハイルの元生徒会長は一言。

 

「若いとは羨ましい事だな。本当に……」

 

 そう呟き。

 

 英雄邸の簡素でも質素でもないが、豪勢でもないという類のやたら旨い朝食を静々と食器の音一つ立てずに食べ続けるのだった。

 

 *

 

―――島の北部の殆どが大異変のせいで滅茶苦茶になったのも今は昔……とはならず。

 

 無限落下天使の残骸として無数に魔力が込められた宝石が超高密度地雷原並みに敷き詰められた地域は蜘蛛達の清掃活動で比較的マシになっていたが、それにしても誰でも天使並みの魔力を使えるようになってしまうヤバイ宝石でギラギラしており、目がチカチカすると人々からは倦厭されていた。

 

「いや~~天使の魔力なんぞ危なくて使えたもんじゃありませんな」

 

「本当に……爆発する危険性がある以上は蜘蛛達の回収を待つしかないでしょうな……」

 

「ですが、滅茶苦茶小さい破片が散らばっているとの話ですし、何年掛かる事やら……不用意に潰して爆ぜたら連鎖的に地域が爆裂する、なんて……まったくやってられませんよ。ホント……」

 

 今や黒蜘蛛の巣内部で過ごすのが一番快適で安全になった上、各地の受肉神は知らん顔で人々が爆発しないよう宝石……掌握石と呼ばれるようになったソレを自身が護る種族の神官や使徒相当の者達を使って献上させて、日々消化に勤しんでいる。

 

 もはや、蜘蛛の威容と新たなる聖域外延部での大決戦は語り草。

 

「おぉ、その時!! 蜘蛛よりもまた尚猛き外界の山の如き鉄塊は動き出し、ヴァルハイルの器無き男の遺産にも劣らず陣の中央を穿つ!!」

 

「はぁ~~吟遊やってる連中が盛れないなんてなぁ……いやはや、世の中どうなってんだか……」

 

「まさか、聖域の王群をやっちまうとは……ニアステラは今や天を衝く勢いか」

 

「ウチの使徒様はもうご懐妊成さったらしいってのは良い話だよなぁ。これで我ら海の民も安泰だ」

 

「だな。どうやら二人目らしいし、王国になったら第二子だ。あの外界の船と黒鉄の艦隊の停泊地になったし、外界の大陸にも行けるようになるまで後ちょっとってお触れだ……そん時は海運でガッポガッポよ。ははは……」

 

 種族連合の中でも北部付きの兵達によって語り継がれた物語は吟遊詩人が謳うには恰好のネタであったが、生憎と盛られる要素が0なので人々には事実だけが誇張すらされずに認知された。

 

 ついでに蜘蛛達の宣伝にも使われて、そこらの酒場ではひっきりなしに吟じられている。

 

 だが、そんな王群殲滅が謳われる酒場の一つ。

 

 ヴァルハイルの衛星都市の郊外。

 

 裏手で宝石が未だそこらに転がっている原野を開いた野原には三日月角のヴァルハイルが一人。

 

「何で呼び出したヤツが先に待ってないんだよ……」

 

「ちょっと挨拶回りしてた」

 

「あのなぁ……テメェが挨拶する相手なんぞいるかっての。島の主要人物みんな揃えた食卓なんぞ開くのはテメェくらいだぞ?」

 

「少し頭を下げて来た」

 

「はぁぁ!? おま、雇用主に一度だって下げた事ねぇヤツが誰に下げてんだよ!?」

 

「孤児院とか館の女性陣とか。赤子の面倒を見てくれてる人豚の姫とか」

 

「はぁぁ~~その心の2分の1でも雇用主に使わねぇか?」

 

「遠慮しておく」

 

 ガリガリと頭を掻いた今最も島の支配者層で若く。

 

 ヴァルハイルと種族連合の停戦を実現させた上に蜘蛛達との折衝も行う若き虚勢の鉄砲玉。

 

 もはや、この星で初めて宇宙進出した企業体。

 

 ヴァルハイル有限公社とやらを蜘蛛達に造らされ、蜘蛛の氏族商会の傘下組織として宇宙人と直接取引をし始めた彼を前にして少年はいつも通りだった。

 

「オイ。ちょっと一発殴らせろ。後、その後テメェの技能と能力と筋力禁止でド突き合え」

 

「え……そういう趣味はちょっと……」

 

 少年が視線を逸らす。

 

「何でそこでボケるんだよ!? テメェは!!? そういう感じじゃねぇだろ!?」

 

「いつも性格は大体変わる」

 

「いや、変わるかよ。テメェなんざ、いつもボソボソ喋ってるだけじゃねぇか」

 

「昔と比べてもたぶん変わり過ぎてて、昔の事を知ってる人が見ても、同一人物とは思われない」

 

「そういや、テメェ記憶喪失とかなんだってな? 記憶、戻ったのか?」

 

「半分くらい」

 

「ああ、そうかよ。じゃ、殴っていいな?」

 

「殴るのは別にいい。殴り合うのは好きじゃない」

 

「あのな? 大神相手に殴り合ってるテメェが言えた事なのか?」

 

 飽きれ過ぎて疲れた様子の相手に少年が肩を竦める。

 

「……昔は誰かと殴り合うなんて思っても無かった」

 

「暴力が嫌いとか抜かすなよ? さすがにオレもキレるぞ?」

 

「暴力は好きでも嫌いでもない。ただ、そういう体じゃなかった」

 

「病弱だった時のテメェなんぞ想像も付かないな」

 

「昔は……ちょっと小突かれたら死ぬような体だった」

 

「今じゃ、神に殺されそうになってもピンピンしてやがるな。秘薬漬けになってどれだけ戦えばそうなれるもんなんだか」

 

「……永い時間が必要。心構えとか」

 

「それで強くなれるのはテメェだけだ。どれだけ、お前は繰り返したんだ?」

 

「………」

 

「何となくだが、想像は付くだろ? 邪神共の話とか。妖精神の話とか聞けばよ」

 

「ヴァルハイルを滅ぼしたのは初めて」

 

「はいはい。他は幾らも滅ぼしてるのな」

 

「賢い……」

 

「こちとらテメェに投げられた仕事がいつの間にか数千倍規模になってんぞ? 今、カセーとか言うところで30万人近いウチュージンとか雇ってんだぞ?」

 

「もういっそ、この星も治めてみる?」

 

「フン。お断りだ。そーいうのは故郷だけで間に合ってるっての。だが、そうだな……テメェのせいでヴァルハイルは滅びたが、テメェのせいでオレ達はまだ生き恥も晒せれば、旨い飯も食える。ついでに戦後のグダグダで種族が滅ぼされる心配もないわけだ……一体、どこまでテメェの筋書きなんだ?」

 

「何も確かな事なんて無い。そうなればいいと願い。そうなればいいと行動すれば、誰でも自分の限界に行き当たる。だから、幾ら死のうと準備して、幾ら死んでも諦めなければいい」

 

 その言葉でようやく彼は……目の前の少年の本音を聞けたような気がした。

 

「その結果がヴァルハイルの滅びか。ま、妥当なところだろ。どの道、あの皇太子共の話を聞いてればな。滅ぶべくして滅んだって気もする」

 

「………」

 

「なぁ? これが終わったらお前はどうするんだ?」

 

「どうするって?」

 

「消えるのか?」

 

 そこでようやく少年がやはり目の前の友人は賢いのだろうと再確認する。

 

「……ちょっと報告に行って来る」

 

「戻って来られるのか?」

 

 ただ一つ重要な事だけを聞く相手に少年が天を見上げて、僅かに沈黙する。

 

「……この世界が何度終わっても何度始まっても埋まらないくらいの時間を掛ければ、たぶん」

 

「それは戻らねぇって言うんだよ。オレらが生きてる間に帰って来ないのなら、ソレは帰って来ないと言い切って欲しいんだが……」

 

 少年の言い分を正しく理解するからこそ、彼はそう言う。

 

「戻って来る。この場所に、みんなのところに……」

 

「フン……まだ殴るのは勘弁してやる。その代わり、次にテメェが行って、全部終わって戻って来る時には殴らせろ。拳は鍛えておく。遅れるなよ? ウチの国の連中はともかく。テメェの仲間は人間だろ? いや、それなりに寿命は永そうだがな」

 

 少年がジト目になった。

 

「いつから、そんなお節介になった?」

 

「はっ!! こちとら、苦労人だぞ? テメェの仲間ですって連中が山程テメェを心配してる様子を眺めさせられてたんだ。なのに、昼間は明るい顔してよ。夜にちょっとしたとこで一人で泣いてたヤツまで見たぜ?」

 

「………………そう」

 

「オレは組織の頭だ。個人の感情で動くかよ。個人主義の塊みてぇなテメェが消えたら泣く女ばっかりに囲まれて気疲れで秘薬と胃薬を併用してるのに飽きたってだけだ。それ以上の理由が必要か?」

 

「それは……ご愁傷様」

 

「そう思うなら、テメェは謝るな。泣き言を零すな。死んでも戻ってこい。消えようが、蒸発しようが、魂まで砕かれようが、そこらの土に還ろうが、時の果てに消えようが、戻って来るんだよ!! いいな?」

 

 笑った“男”の手に胸倉を掴まれて、その笑みに凄まれて。

 

 そうして、ようやく少年が……心から苦笑していた。

 

「心配してくれてる?」

 

「心配なんぞするだけ無駄な事は知ってる。オレはテメェへの借りもテメェからの借りもまだ返しも返されもしてねぇ。だから、保留だ。これでもテメェみたいなのと違って大人なんでな」

 

「本当に……確かにこっちよりは大人かもしれない」

 

 その年相応に見える苦笑の後。

 

 するりと少年がその手を抜けて踵を返す。

 

「オイ。せっかくの休みにあのテメェの女共のとこに戻るのか? 地獄だぞ?」

 

「生憎と男と一緒にいて休める程、仕事人気質じゃない」

 

「フン。女に餌を一生やらなそうなテメェの言えた事かよ」

 

 少年がそのまま草原から消えていった後。

 

 今まで草葉の陰ならぬ土の中で見ていた蜘蛛が「(・∀・)おわりましたー?という顔」で彼を見やる。

 

「……仕事現場に直行させてくれ。あの野郎のケツを持つのは結局オレになりそうだからな。はぁぁ~~ウートさんも大変だな。あの堅物に娘をやるなんぞ……」

 

 近頃、親しくなったニアステラの長の愚痴も聞いている彼はこうして一応のケリを付けた。

 

 全て保留とは余りにも甘いかもしれない。

 

 だが、殴ってやるという思いは……少年が戻って来た時点で消えていた事も事実だった。

 

 理由は単純無比だ。

 

 少なからず、泣きながら縋るように抱き締められ、少女達を抱き締める手が足りないと知っても尚、何度も泣き止むまで撫でていた少年の顔を……あの胡散臭いくらいに表情に乏しい男が優し気に撫でている顔を見て、怒りも何も失せたのだ。

 

 あまりにも馬鹿らしくなって。

 

 結局、冷徹を気取る少年もまた単なる男にしか過ぎないと気付いて。

 

 好きな女の為に命を張って、命どころか何もかもを張って、無限に魂を削られながら、ただ前を走り続ける……ソレは言わずとも知れた背中にしか過ぎない。

 

 ただの愛する女を背後に戦場に向かう男達と何も違わなかったのだ。

 

 人々も彼もまたその背中をこう呼ぶだろう。

 

 漢気、と。

 

「(闇夜にクズを狩る英雄か……遂に成れなかったっけな……子供の頃はあんなに憧れてたのによ……御伽噺は御伽噺と知って……頭を張るようになってもまだ……女々しいなオレも……)」

 

 それはヴァルハイル最後の闇と呼ばれる組織の頭を張る彼が唯一自分に無いと知るからこそ憧れた……裏社会に蔓延るクズ共を前にして護ると決めたものだ。

 

 今にして思えば、その背中は彼がいつか為りたいと思えた御伽噺そのもの。

 

 要は……彼がいた闇に無かった憧憬だったのである。

 

 *

 

 宇宙規模での社会の激変が続く世界。

 

 蜘蛛による大侵攻と制圧によって帝国銀河団は倒れた。

 

 残された各地方の銀河系は次々に蚕食され、蜘蛛の氏族軍からの制圧を受け入れる事で永らえているが、その規模が膨れ上がり続ける蜘蛛を前にして反抗勢力というのは日に日に衰えつつあるというのが実情だ。

 

 蜘蛛から逃れ。

 

 何とか蜘蛛のいない領域へと集結する反乱軍。

 

 というのが、実際に各銀河でちらほらいるのはご愛敬というものだろう。

 

『うぐぅ……補給ルートがまた一つ潰された。読心には最新の注意を払って機械でしかやり取りをしていないというのに何故バレる』

 

『少将!! このままでは来月までに倉庫の食糧が干上がります。何処かで補給せねば、我が艦隊の4割が近隣星系まで到達出来る見込みすら……』

 

『~~もしもとなれば、バレるのを覚悟して超光速転移を行う。ジャンプ用の資材で足りないものは?』

 

『問題ありません。ですが、炉に負担が掛かりますのでオーバーホール出来ないのであれば、連続で4回。その後は50日に1回の頻度でしか行う事は推奨出来ません』

 

『重整備出来る乾ドックがあるだけマシか。補給部品が無ければ、整備も覚束ないとは……我が艦隊も風前の灯火だな……』

 

『少将……此処だけの話ですが、現在各艦の準知性体の中には既に逃げ出そうと画策しているグループがいるそうで……早めに成果を出しませんと脱走者がかなり出る事になるかと』

 

『クソゥ。どいつもこいつもクモクモクモ!! 連中めぇぇ……皇帝は倒れても我らはまだ負けておらんぞ。うぐぅ……ぅっ』

 

『少将? 少将!!? 誰か!? 誰か!! メディーック!!!』

 

『( ^ω^ )(ジワジワと補給品が減っていく事で精神が擦り減った後、投降勧告。寛大な処置も約束。これぞ真っ当な兵糧攻めですよねと悠々自適に1人反乱軍の基地の屋根裏部屋に家具と寝具とキッチンを置いて、潤沢な食材でオカシを造ってモシャる監視蜘蛛の顔)』

 

 実際に蜘蛛が殺した人間の数は銀河規模で圧倒的な数に達しており、どんな虐殺者もした事のない粛清事業と化している。

 

 更に蜘蛛化させられた数も尋常ではない為、宇宙規模で蜘蛛が蔓延るのに比例して知性の数は減っていた。

 

 だが、そのせいで乱高下する物価やら地価の類に引きずられて、大不況へと転がり落ちていくはずの惑星が嘗てよりも“活況”なのは火を見るより明らかだった。

 

『は、こ、此処の開発を停止、ですか!? 話が違う!!?』

 

『分かっているでしょう。デベロッパーの5割近くが倒産したんです。協力関係にあった企業体がいなければ、此処の開発はとてもではないが不可能ですし、人口も急減したせいで何処も大不況になるのではないかと戦々恐々ですよ』

 

『株価は上がっているじゃないですか!?』

 

『それは蜘蛛の氏族軍によるところがかなり大きいと専らの噂です。何でも蜘蛛にされた連中がそっくりその企業を買い取って再編しているとか。殆ど人員を乗っ取られたに等しい上に“我々は本人の転生体なのだから蜘蛛であろうとも相続する権利はあるはずだ”と主張しているとか』

 

『まさか、政府の上が今殆どの業務を停止しているのは……』

 

『ええ、噂ですよ。噂……何でも政府首班は2割が蜘蛛になったものの、蜘蛛の氏族軍との間に秘密条約を締結したとか。その内、しれっと大法院が見解を出すでしょうね……では、私はこれで……』

 

『くぅ……この場所の再開発は念願だったと言うのに……あのクモ共のせいでご破算か……』

 

『(^◇^)/(はろーふどーさんかいはつぎょーしゃをお探しな地権者サン。蜘蛛の氏族商会不動産部門ですと今までの話を聞いていた惑星篭絡部隊所属蜘蛛の顔)」

 

 今まで富を独占していた上位独立種族達の大半が消え失せた挙句。

 

 残された資産が全て準知性体呼ばわりされていた事実上の奴隷達の為に蜘蛛達によって活用され、続けて多くの資源産出が見込めないような居住惑星において人口の急減によって市場の縮小に伴い物資不足が解消。

 

 今まで市場に出回らない産品や資源が蜘蛛達の手によって過剰にならない程度に安く維持供給されるようになったおかげで薄利多売の廉価商品による価格維持だけで経済の下支えとインフレの制御が可能となった。

 

『いきなり消費者が億人単位で消えて、どうして株価が下がらない? 一体、何が起こってるんだ。トレーダー仲間も首を傾げているんだが、何か知らないか?』

 

『悪いな。言えない事は言えない。だが、一つだけ』

 

『何だ?』

 

『株は殆どプログラム任せとはいえ、本当の大穴や大口で猛烈に買われてる株の大半は手動で買われてる。恐らく』

 

『手動?!』

 

『ああ、今惑星規模で外惑星からも含めて猛烈な空売りをされてるはずなんだが、市場が平行線みたいになってるだろ?』

 

『そう言えば、殆ど上がり下がりが絶妙なラインで乱高下してるな』

 

『猛烈な売り圧力に対して莫大な買いが入ってる。しかも、一定水準以下に下がらないように絶妙に工作されて一見してプログラムでも分からないような自然な動きで水位してる。本来の状況とはまるで別の市場にいるみたいにな』

 

『な―――』

 

『蜘蛛共が恐らく売られまくった株を買い支えてる。いや、支えているというよりは乗っ取りに来てる。来年度の総会には行くなよ? 恐らく、半分が蜘蛛だぞ』

 

『つまり?』

 

『買え。以上だ』

 

 勿論、人口が減った分の消費を補うのも彼らは忘れない。

 

 各地を地獄門のネットワークで経由して一大物流網を広げた事で商品の銀河団単位の円滑な在庫管理と緻密な移動によって減った消費を補いつつ、値段の差額を蜘蛛側が負担して補助する事で各地の物価の乱高下は最初期以降は収まりつつあり、事実上の蜘蛛による経済侵食と独占化は進んでいる。

 

 不動産や地価の問題もいなくなった悪党や非倫理的層のいた場所に住むなり、再開発し始めた蜘蛛達が格安で必要な層に適正価格より少し割安で売り出した事で供給も需要も合うようになった。

 

『小売りが持ってるわけじゃない?』

 

『ええ、現在、穀物在庫が異様に余っていなければおかしいのですが、買い支えられているようで。小売りが溜め込んでいるわけではありません』

 

『どういう事だね。政務官。君の報告では昨日時点で大暴落の危険があると』

 

『いえ、どうやらあの方々が卸売りの方に“売る必要が無くなった穀物を相場の1.2倍で引き取ると言い始めたようでして。実際に卸売りが各地域への供給先に聞いてみると実際に卸せる状況に無く。取引先が4割程物理的に連絡が取れなくなったせいで回収出来ない莫大な金額が発生しているらしいです』

 

『……それを蜘蛛達が?』

 

『はい。ついでに無利子無担保無期限で蜘蛛の氏族商会に100年間程安定した量を供給するという契約をしてくれるならば、運転資金を拠出してもいいという話が出されたらしいです』

 

『遂に連中はこの星のメシを牛耳り始めたわけか』

 

『如何しますか?』

 

『首相は日和見だ。何もするな。何も、な?』

 

『畏まりました。監視だけ続行させます』

 

『ああ、よろしく頼む。ここからが本当の地獄だ……それが国民にとって良いのか悪いのかは後世が判断するだろう……例の衛星軌道上のリングはどうやらジャンプゲートらしいが、帝国銀河団を遥かに凌ぐ規模だ。恐らく、次は物流だな。運輸大臣の方にはこちらから話しておく。物資の流れだけは追えるようにしておけ』

 

『はっ……』

 

 蜘蛛の氏族商会による輸送ネットワークは転移を用いた地獄門の効率が極めて上がったおかげで今まで軍艦や商船レベルでしか超光速航行出来なかったものが簡易に別惑星に跳べるようになった事も含め、既存輸送網を凌駕。

 

 料金は既存の3割という異次元の安さを売りとして惑星間交易において独壇場の宙運企業体となった。

 

 既存の物流企業にも“協業”を申し入れた事で、これを事実上の傘下になれという脅しである事を承知していた各企業であるが、経済合理性をほぼほぼ無視出来る蜘蛛の異常な技術力に屈した事で業務提携を受諾。

 

 これで物流企業を事実上の傘下に収めた事で人と物の往来は蜘蛛のおかげで激しくなり、蜘蛛の氏族商会傘下となった制圧惑星の多くでは資本流入から始まって様々な星からの観光客やら諸々の移住者などまでもが高速で周回。

 

 外貨は増加の一途を辿る事となる。

 

 おかげで蜘蛛の氏族との商売が進む星ならば経済活動は活発となり、事実上の産業革命に等しい富の再分配と集積が進んだ。

 

 結果として人々は悪党が減って危ないヤツが消えて給料が増えて、治安も良くなって、恐怖の隣人だけが増えたという状況で……幸福度はそこそこ上がっていた。

 

 だが、何よりも怖ろしいのは蜘蛛達がいなくなった人々の代わりに消費者としてザックリ1割刻みで星の経済に食い込んだ事で怒る者達がほぼ出なかった事だ。

 

『あの会社の社長。クソ腹立つ奴だったからな。いいざまだぜ。何裏でしてたんだか……』

 

『ウチの部長も外面良かったけど、どうやら蜘蛛にされたらしい。何か家族に暴力振るってたんだと。でも、娘さんを殴って薬で治してまた殴ってたら、ドスリ、だと』

 

『切り刻まれて消えるよりはマシじゃないか? 蜘蛛になったなら、そんなクズでは無かったのかもな』

 

『どーだかな。蜘蛛の事は蜘蛛にしか分からん。だが、蜘蛛に消された連中が軒並み悪人やヤバイ連中ばっかりってのは今や銀河中で噂されてるし、いいんじゃねぇか? 世の中の風通しが良くなってさ。これから憎まれっ子は世に憚れなくなったんだろうし』

 

『オレらもそろそろ愚痴はこの辺にすっか。あ~~~違法映像配信だけ見れないのが残念だ。何処のチャンネルも殆ど配信停止されちまってる。全部、そっち系がやってんだろーな』

 

『新しい趣味探せ。あんまり、蜘蛛に睨まれないようにな。というか、刺激的な映像が見たいなら蜘蛛系チャンネルでも見ろよ。アレは中々だぜ?』

 

『……そーするよ……はぁぁ~~~』

 

 蜘蛛に処分された者の親類や諸々の関係者が怨恨で事を起こす事は度々あったが、殺された殆どの連中が悪人と非倫理的と蜘蛛達が結論付けた存在であった為、彼らに処分されない怒る人間は極めて少なかった。

 

 まず真っ先に怒りそうな同類が消えている為である。

 

 ついでに司法から政治から経済からと圧倒的な制圧力を誇る蜘蛛が単体ですら戦略兵器級の性能な為、個人攻撃で蜘蛛を殺せた者は今のところ0人であった。

 

 今や蜘蛛の氏族相手の商売をしようという輩の多くが、自給自活可能な生態にどうやって儲ければいいのかと頭を悩ませているが、蜘蛛は普通の知性体相手に大儲けしており、その儲けを殆ど現地に還元して、富の流動性を爆上げしてもいた為、資金繰りは蜘蛛達が制圧した地域の数と惑星を背景にしてもスズメの涙程度。

 

 単純に民間の消費者の為のブルシット・ジョブ……要は肉体労働や業務に人材ではなく単純労働系の人出が欲しい産業に振り分けられ、大いに数の多い一次産業や二次産業の人々に受け入れられた。

 

『やべーよ。蜘蛛はカミだよ。このご時世にこんな給料1割上がるとか有り得る?』

 

『はぁ~~~あの金毟りに来るギャング連中がいなくなって、給料上がるとかよ。マジ感謝』

 

『蜘蛛サイコォーヾ(≧▽≦)ノ(若手一次産業従事者に化けて蜘蛛を賛美するサクラ役をやってる合成音声の使い方が上手い蜘蛛の顔)』

 

『スタジオのアルヴァニクさん。これがどうやら第一次産業に従事する若者達の本音のようです。やはり、蜘蛛の氏族商会による一次産業、二次産業への大規模投資はこのように受け止められているようですね』

 

『ですが、戦争に負けた帝国銀河団ですが、制圧の為に大量の死傷者自体は出ていますし、幾ら悪人や倫理的に許されない人々だと言っても法に乗っ取って処分される事もないのは……』

 

『でもですよ? 今までその人達がいたせいで苦しんでた人達が蜘蛛は正義だと言い始めたら、我らにソレは悪だなんて言えます? 社会的には言えるでしょうけど、外交の実務の方々や政府首班にしてみれば、悪党が消えて歪んでいた政治経済が復活してる事になる。しかも、一切の資金や資源も掛からない』

 

『ですが、それは……』

 

『本来我々がやるべき問題を誰もやらず。そこを蜘蛛に是正されただけでしょう? 悪事で儲けられなくなったせいで不況になるのを蜘蛛側がどうにかしてくれてるなら、文句を言う事自体が我らにとって危険なのでは―――』

 

 得た富の再配分方法も絶妙に自分達の地位向上に向けられており、蜘蛛の制圧地域で蜘蛛が活動する拠点造営やら設備やら実際には一ミリも彼らが必要ないものを見掛け上使っているだけで足りていたのも大きいだろう。

 

 その殆どは準知性体……彼らの部下となる亜人種族達が使う為のものであり、規模拡大と受け入れ人材に充填された。

 

 今まで悪党や性格の歪んだ連中が座っていた椅子が壊された後、その場所に新しい椅子を持ち込んで座った蜘蛛達はこうして社会の病変から社会の心臓部へと切り替わったのである。

 

 結果として宇宙規模での侵攻制圧を開始して以降も各銀河で得た資本や資産は爆上がりした後は急減、急減した後は現状をキープしてずっと水平線を描いている。

 

『……家族から虐げられ、捨てられ、ロクなもんも持たずに野垂れ死ぬ……そんなオレを、無能なオレをアンタは……どうして、そんな事が出来るんだ? 蜘蛛サン』

 

『(・∀・)むのーもゆーのーも意味なんて左程ないからさ。これからは“みんなで”愉しむ世界が到来して欲しいので』

 

『喋れたんだな。アンタ……でも、オレは家族なら殺してもイイって犯罪者予備軍だぜ? 心読めば分かるだろ? 世間はオレを無能のクズ。家族を不幸にする使えないヤツと呼ぶわけだが、アンタはそれでも救うって言うのか?』

 

『(。-∀-)救ってるんじゃなくて、利用してるからね。君みたいな頭の出来のせいでじんせー苦しんでるのを放っておいたら、此処にいる意味が無い』

 

『利用、か。なら、もうどうなったっていい人生と割り切った後だ。精々、死ぬまで利用してくれ。死んだら、アンタらみたいな蜘蛛にしてくれよ。どの道この生活でもう随分と体もやられてる。武器なんぞ使わなくてもすぐさ。もう人生に疲れ切った後だしな。未練なんぞない』

 

『(`|ω|)/蜘蛛はちょーゆーのーなので君みたいにまともじゃないと切り捨てられて、まともにも生きられない人々を寿命が終わるまで養うついでに“人生愉しかった!!”“生きてて良かった!!”とか言わせて老衰で残忍に殺す威力を発揮するから、当分まだお迎えは来ないね』

 

『………っ………ありがとぅ……っっ……誰かに優しくしてもらった事なんて……久しぶりだ……それが嘘でも本当でも……嬉しく思う……』

 

 流入と流出の均衡は釣り合っていたが、その規模だけが倍々ゲームで膨らむという状況。

 

 あらゆる歳入歳出のみならず。

 

 資源や権利、法の類までもが左から右に流される勢いで適切に再配分、再構築されて、安定度が段違いに上がった惑星は飢餓も貧困も戦争もない平穏という文明始まって以来の穏やかな凪の時代へと向かっていた。

 

 今や切り捨てられた最底辺で最低限の倫理と道徳は持ってるが知性や能力が低いせいで虐げられ、何とか生き延びている層という類の人々は蜘蛛にとって最大の支持層となりつつあった。

 

 彼らの敵は社会。

 

 彼らの敵は家族。

 

 彼らの敵は知人。

 

 彼らを絶望させるのは自分の無能さと人々の心無い言葉。

 

 という層にとって、蜘蛛は正しく自分を救うわけでもない政治家や慈善団体より余程に救世主であり、敬意を払うに値する者として認識されていた。

 

『オレ、働かない無能って言われて……オレを殺しに来たのか? クズだから……でも、いいや、どうせ生きてたって……』

 

『(/・ω・)/(死ぬ前にみんなで飲み食いして楽しもうじゃまいか!! と、社会からも家族からも捨てられて、寝床で死に行く“社会のクズ”を仲間にしてみる蜘蛛の顔)』

 

『……オレ、バイトも上手く出来ないし、人が怖いし、何も出来ないぜ?』

 

『(>_<)/(いいんだよ~~そういう社会から見捨てられて、家族からも見捨てられて、何もかも失くした人間は“無敵”だからね♪ 僕らと契約して、蜘蛛の手先になってくれたら、君の人生そこらのまともに生きてる連中よりよっぽど愉快で楽しさ爆上がりだよ~と事実だけを述べてヨシヨシと辛かっただろう男の頭を優しく撫でる蜘蛛の顔)』

 

『っ、っっ~~オ゛レ、なんか゛で……いいのか?』

 

『(・∀・)例え、社会が、家族が、知人が、友人が、教師が、同僚が、恋人が、政治家が、有名人が、君の事を単なる救えない無能のクズだと蔑んでも、蜘蛛には関係ない。蜘蛛には君の人生を搾取すると同時に君の人生を養う覚悟と理由があるからね♪』

 

『~~~お願い、します……蜘蛛の人……っ』

 

『(>_<)/(任されたーと契約成立を喜びつつ、やっぱり合成音声が出る看板の威力は底なしだなーと、どんな兵器より相手を心理的に打倒するのに貢献する“武器”をバトン代わりに放り投げて踊り出す契約押し売り系蜘蛛の顔)

 

 知能すら底上げする蜘蛛達である。

 

 知性化を促進させれば、足りなかった感情や多くの苦しみから救われる層が一定数いるし、社会から見捨てられた者達でも彼らが蜘蛛にも殺すにも値しないと判断する者はかなり多い。

 

 ついでに誰も信じられなくなった人間不信の人々にとって、そこらの上っ面しかない立派な人物達より、自分達を利用するから救うねと身も蓋も無く言い切ってくれる蜘蛛の方が余程に聖人だった。

 

 自分を騙す必要すらない実力である事は言うに及ばず。

 

 何もかもを諦めて失意と絶望の中にいる人々にとって、クズを殺すと話題の蜘蛛から君は救うに値する存在だと告げられるのは……殺されるよりも嬉しい事ですらあったかもしれない。

 

 蜘蛛達は彼らが倫理や道徳的にまだ救える層であると認識したならば、正しく親身になって色々と働いてくれる。

 

 住む場所、着る物、今日の食事、職業訓練から生活再建までお膳立てされるのだ。

 

 彼らは過去を詮索される事もなく。

 

 人生を蜘蛛に捧げて愉しく生きる事にしたのである。

 

『蜘蛛さん。いつも踊ってて楽しそう……』

 

『あ、貴方も蜘蛛さんに助けられたの?』

 

『う、うん。学校に行けなくなって、お父さんやお母さんは私が無能で弱いからイケないんだって……いつの間にか、居なくなっちゃって……施設の人に連れてかれて……っ』

 

『そうなんだ。確かに蜘蛛さんスゴイよね。私達の事、助けてくれるんだもん。立派な事言って私達の事を虐げてた大人とは全然違うもん』

 

『うん。あれしろこれしろって怖い顔で言わないし……施設の人は私の事好きなわけじゃなくて、ただ仕事で何かしろって言うだけだったけど、蜘蛛さんは違った』

 

『そっか~あたしは金で体売ってたら、旨いもん幾らでも食べられて、かわいい服もあるよーって言われて来たんだ~』

 

『そ、そーなの?』

 

『うん。お客も酷いのしか近頃見なかったし、あたしの事を助けてくれるとか言ってた神様信じろって連中は体目当てだったし、人生を捧げたら一生面倒見てくれるーって言われちゃ、こっちに付くしかないよねぇ~』

 

『そーなんだ。あたしよりずっと大変そう……』

 

『あはは、そんな事無いって。ちょっとヤク打たれて回されて死に掛けてただけだよ。あのままだったら、アタシ、知らない山の中に捨てられて死んでたんじゃないかな。でもさ……助けてくれたんだ。蜘蛛の騎士様が……』

 

『蜘蛛の騎士様?』

 

『うん。ぶっとい剣が頭から生えてて、シュパーンて男共を真っ二つにしちゃったの!! それでだいじょーぶって聞いてくれて、体も治してくれて……』

 

『か、カッコイイ、かも?』

 

『そ~なんだよ~♪ それでね。あたしの事優しく抱きしめて御姫様みたいに運んでくれて……あのクソ親はしてくれなかったけど……頑張ったねって……えらいねって……言ってくれたんだ……』

 

『っ、っっ……ぅぅ……』

 

『な、なんで、そっちがないてんのー? どこにでもありそーな話じゃん。あはは、あたしの方が恥ずかしくなっちゃうよ……』

 

 蜘蛛との契約を果たした誰もが『誰も雇ってはくれないのならば、蜘蛛が雇います!!』という宣言で日々拡大する蜘蛛の氏族商会の末端として登録された。

 

 自分の好きな事、もしくは苦ではない仕事から初めて、職能が得られるまでの支援を金銭ではなく体験として蜘蛛達に与えられ、年齢が低い若年層ならば、蜘蛛達が付きっ切りで少人数個別指導体勢で教育支援するのである。

 

 相性が悪いものは離され、相性が良いものは纏められ、人間関係にまで気を使って、効率よく仕事が出来るように配慮され……“絶対に資本主義では解決しない理由”において彼らは絶対の支持層として形成された。

 

 つまり、“金にならない人々”は絶対に自分達の性能では稼げない金額以上の支援を受けて愉しく生活し始めたのである。

 

『……その、オレみたいなやつでも出来る仕事、あるか? えと……その……』

 

『(>_<)/(お仕事に興味を持ってくれるなんてうれしーなーとヒキコモリだった青年にイソイソと一緒に出来る仕事を探して、愉しく揺れながら相談し始める蜘蛛の顔)』

 

『何か、蜘蛛さんといるだけで救われる気がするんだオレ……オレと話してて楽しそうにしてくれるヤツは今まで……全然誰一人いなかったからさ……』

 

『( ?ω? )(そーなん?という顔)』

 

『オレの親は、さ。出来の良い兄の方に夢中でさ。オレには厳しい顔か嫌な顔しかしなかったんだ。ほら、顔もブサイクだしさ。優しく笑ってくれた事も……無かったかもしれない……嘲ってる顔は幾らも思い出せるのにな……何をするにも比べられて……』

 

『(・ω・)………』

 

『学校でも暗いから虐められて。いつも、目立たないようにしてたよ……でも、結局……それでずっと家にいたら、極潰し、お前みたいなやつが家族だなんて恥ずかしいって……母親は最初庇ってくれてたんだ……でも、オレがいないと思ってるところで父親に少しでも優しくしておかないと何されるか分からないし、兄の為にもしばらく大人しくしてて欲しいからって嗤ってたんだ……』

 

『(´-ω-)………』

 

『オレ、人が怖くなっちゃって、体面があるからって兄が居なくなるまでは放っておかれて、兄が嫁さんを貰うって言われた時に出ていけって手切れ金渡されて追い出されて……』

 

『(´・ω・)………』

 

『でも、し、仕事にも就けなくて、バイトも、お、落ちまくって……いつも根暗だって、そんなのは要らないって……言われてさ……何もかも嫌になって……宿に止まる金も無くなって、後は餓死するだけだなって……でも、蜘蛛さんが来てくれた……』

 

『(-ω-)………』

 

『オレ、な、なんも出来ないけど、アンタらの為に何かするよ。したいんだ……誰も助けてくれなかったオレを助けてくれて……毎日、愉し気に挨拶したり、色々気にかけてくれて……ほ、本当に感謝してるんだ……だから……』

 

『(・ω・)ノ(人に虐げられないと本当に虐げられた人の気持ちは分からない。人に酷い事をされないと酷い事をされていた人の気持ちは分からない。君みたいな誰も恨まず耐えていた人間にこそ上に立って欲しいなと丁度良さそうな人物を政治家にしようと決めた最強系ノクロシアンの顔)』

 

『あはは……何かスゴイ事言われてる気がする。でも、うん……頑張るよ……』

 

『(≧▽≦)(じゃ、まずはこの国の国民に虐げられまくった人達の代表者としてザックリ蜘蛛自治区の首長でもやってみよっかと黒蜘蛛の巣内部の選挙における立候補用紙を差し出す蜘蛛の顔)』

 

『え、え!? えぇぇぇええぇえええええええええ!!?』

 

 蜘蛛は資本や資産にほぼ縛られない存在であり、損得ではなく思想において団結する。

 

 彼らの下に救われた人々は“社会的な支持層”という点において形成される事自体が重要なのであり、蜘蛛達の意のままに動員可能な人口であった。

 

 蜘蛛絶対主義とも言える彼らが、どんな惑星のどんな国のどんな地域でも存在し、蜘蛛の熱烈な支持者として、今まで自分達を虐げて来た社会に反旗を翻した。

 

 その翻し方は正しく蜘蛛ならではの使い方をされた。

 

 まず、人権の主張と社会でも地位の高い職へ就く事が優先され。

 

 続いて、デモへの動員や理論武装、理論補強をする為の数字として様々な政治活動に従事した。

 

 そこで蜘蛛が残した“全うな反蜘蛛主義”とも呼べる者達を真っ向からの正論。

 

 つまり、自分達を救わなかったお前らが何を偉そうに主張しているという類の感情論を“世論”として造成し、相手の勢力を叩き潰し、弱者だった者からまた奪うのかというアピールをしつつ、実際に何もしなかった層に心理的圧力を掛けて沈黙させたのである。

 

『近頃は親蜘蛛派閥とも呼べる人々の活動が活発になっています。コメンテーターのノシアさん。詳しいところの解説をお願いします』

 

『ええ、彼らの主張は概ね社会の悪徳をそのままにし、自分達を救わなかった者達が蜘蛛に言い掛かりを付けるのは許せないというものです』

 

『確かにVTRでもそのように叫ばれていましたね』

 

『はい。我々はこれに反論する余地はあっても、極めて社会としては反論し難い状況にあると言えるでしょう』

 

『間違いないでしょうね。蜘蛛達に今もこの星は制圧されているわけですし』

 

『政府首班の間では新たな権利として蜘蛛に関する規定を造る動きがあるそうで、それらは制圧下の軍主導での提出になるとの事。実際に犯罪率がほぼ0になった挙句、貧困層や最下層の生活をしている人々にとって蜘蛛は恐ろしい悪党や隣人を排除し、生活を向上させ、自分達を救う神の使徒であるという言説もあります』

 

『神の使徒、ですか』

 

『よくある事ですよ。巨大な存在を神格化するというのは……ですが、蜘蛛達はこれに対して自分達の敵が神であり、神を倒し、この世界を自分達で主導するのが良いと思うという類の発言をしており、彼らの背後関係を含めてまだまだ調査が必要でしょう。ただ、一つだけ……』

 

『一つだけ?』

 

『彼らは制圧者であり、虐殺者ではあっても、思慮深いという面がある。無用に理論で立ち向かおうとすると手酷くやり込められるかもしれません』

 

『さすが独立上位種族を叩きのめしただけはある、という事でしょうか?』

 

『独立上位種族を遥かに凌駕する性能の種族を前にして我らの論理の多くは説得材料にならない、という事です。非常に悔しい事ですがね……』

 

 人間は事実を正論パンチされると動けなくなるものだ。

 

 ついでにその隙を見逃さない蜘蛛は反蜘蛛層を親蜘蛛層と和解させ、蜘蛛を受け入れてみませんか?という類のプロパガンダを展開。

 

 こうして、自分達に対する反抗心をゆっくり社会内部で折りつつ、十年百年単位で蜘蛛への不信を民族や国家単位から静かに奪う戦略を立てたのである。

 

 社会に見捨てられ“使えない人間”“仕事が出来ないクズ”“無能のただ飯喰らい”“死んでくれた方が嬉しい馬鹿”“品性下劣の売女”“勉強も出来ない間抜けの弱者”と散々罵られ、“お前はこの社会で全うに生きるには全てが足りない”という陰口を叩かれた彼らは逆襲の先兵と化した。

 

『蜘蛛は人々の平和を護る正義の使者だ~!!』

 

『使者だ~~!!』

 

『悪党を断罪もせずにいた社会が蜘蛛を差別するのかー』

 

『するのかー』

 

『政府は直ちに蜘蛛の人権もとい蜘蛛権を認め、融和政策に舵を切れ~』

 

『切れ~』

 

 金ではどうにもならないものの筆頭は人の心であり、資源と資産を錬金術しまくる蜘蛛達にとって、多くの知性を自分達の味方に引き入れる為の工作にならば、ソレらはまったくどれだけ消費しても構わない程度の代物でしかない。

 

 蜘蛛の人心掌握術はこのようにして実際の善行を社会不適合者の烙印を押されたドロップアウトした層に叩き付ける事で開始され、彼らを惑星掌握の先兵として死ぬまで面倒を見る事にしたのだった。

 

 資本主義ではまったく割に合わない上に絶対に心を動かせない層の心を動かした。

 

 それが可能な時点で宇宙に飛び出す程に資本を集約し、合理主義のせいで無能な人々を不合理と切り捨てている惑星程、術中に嵌ったのは皮肉だろう。

 

 最終的には資金力や経済力、軍事力や政治力では絶対打倒出来ない勢力として蜘蛛に救われた者達は不滅の支持者となったのである。

 

『蜘蛛の氏族に栄光を!!』

 

『栄光を~~庁舎外デモ完了を記念してかんぱ~~い♪』

 

『オレ……初めて誰かに主張出来た気がする……みんな、誰も聞いてくれなかったけど、蜘蛛さんには聞こえてたかな?』

 

『(・ω・)ノ(いー声出てたよ~ちょっとは自信が付いたかもね。今度は職場で挨拶を初めてみたらいいよ。君と同じような人と僕らしかいないしね。恥ずかしがる事なんてないさと部下に看板で告げる蜘蛛の顔)』

 

『う、うぅぅ……ありがとう……クモ=サン……』

 

『( ^ω^ )(う~ん。さすが、人権屋や反差別主義者の使う手口。倫理や道徳が社会で護られていないなんて“普通の事”を後ろめたく思う高度文明なら、まだまだこの手法でイケルなと自分達が殆ど消した“社会のクズ”層の手練手管に実力と軍事力と資金力を加えた最強の心理戦術……“弱者や被害者を装う”を盾にして蜘蛛を受け入れさせる事に成功しつつある惑星篭絡部隊所属蜘蛛の顔)』

 

 これらの活動は既得権益の完全崩壊もしくは部分崩壊を引き起こした。

 

 権力基盤として政治経済宗教思想が上げられる文明は数多いが、その全てにおいて利益や思想信仰の為に悪事を働いていた上位層が消え失せて置き換わったせいで権力そのものが吹っ飛んだ。

 

 そういった権力基盤を喪失した各分野の層は正しく力を失い。

 

 蜘蛛の敵足り得るものではなくなっていった。

 

 無論、表立った反抗の話は殆ど無い。

 

 今まで文明レベルの低い者達を自分達の好き勝手していた種族や文明も自分達がそちら側に転落していく過程で同じ絶望を味わったが、蜘蛛に過剰な要求される事はなかった。

 

『はぁ~~もうこの仕事もコスパ悪いな。止めよ』

 

『え? 社長なんて?』

 

『蜘蛛共は資本主義経済に対する最大にして最後の障壁で社会は屈しちゃったわけよ。オレ頭は良いから分かるんだ』

 

『え? え?』

 

『今までタイムイズマネーだった世界はもはやマネーイズルーズに切り替わる。国家や勢力が管理してた資金そのものが意味を成さなくなる世界の到来だ。相対価値な以上、宇宙で一番資源と金を持ってる連中に従うしかない』

 

『そ、それって……』

 

『合理主義と経済至上主義を極限まで伸ばした文明は奴らに勝てない。何故なら、金にまったく執着の無い連中が物資と資産と現物を宇宙で一番持ってる勢力になったから。てなわけよ』

 

『つ、つまり……』

 

『いちぬーけた!! これから個人所有の株は全部売りに出すわ。社会的な道義はともかく。オレもうこの会社辞める』

 

『えぇええええええ!!?』

 

『後、君達には今まで世話になったから言うけど、極力蜘蛛の世話になりたくなければ現物を重視した方がいいよ。どの道、それも蜘蛛のものになるだろうけど』

 

『ど、どうするんですか!? 会議は!? この銀河で30位内に入るわが社が消えたら、困る人が沢山―――』

 

『はは、困るわけないだろ。彼らが勝手にどうにかするさ。君達は個人用のコロニーでも買うか。あるいはどっかに土地と家を一軒。後は悠々自適に暮らした方が世の中の動乱に巻き込まれずに楽だぜ?』

 

『そ、そんな!? 社長?!?!』

 

『じゃ、後片づけはよろしく。ウチの会社の潰し方についてはマニュアル書いといたから。実行役は今月一杯まで給料払われる限りはやっといて。これ見て届け出とか関連企業への周知、業務停止までの流れを確認しといて。じゃーね』

 

 蜘蛛達は基本的に自給自活の存在であり、生きるのに消耗品という類のものは今や殆ど掛からない。

 

 嘗ての蜘蛛達とは違い。

 

 魔力を自活出来る蜘蛛が増えた上に魔力の自給方法が地獄門経由で即時、神化用の土やノクロシアン化出来る遺産の形で送られてくるのだ。

 

 要は彼らの資産は極大化し、知性の懐柔の為の消費も極大化した。

 

 制圧した文明へ適切にあらゆる資源、資材、資金を与えまくって来る蜘蛛の札束殴り外交……もしくはエネルギー暴投外交、資源殴打外交で殆どの勢力はノックアウトされた。

 

 これが彼らにとって有利に働かなかったのは蜘蛛達の性質にある。

 

 蜘蛛は金や資産では動かない。

 

 その上、どれだけ資金力で軍事力を強化しようが、どれだけ戦闘力の高い兵器を使おうが、究極の兵士を揃えようが……蜘蛛達に軍事力で敵わないという事実が全ての反抗を不可能にしていた。

 

『無理だ。不可能だ。実現性が無い』

 

『で、ですが、貴方は言ったではないですか。これは究極の兵器だと。政府は蜘蛛に対する最後の切り札として』

 

『馬鹿が……これだから、政治家連中は知能が低過ぎる』

 

『は?! 今、何と!?』

 

『貴様らは気付かなかったのか!? 我々の技術の完成系を奴らは一秒どころか延々と普段使いしているんだぞ!!? 勝てるわけがない!!?』

 

『な!!?』

 

『惑星一つ分よりも高価な機能を山盛りにした連中を殺せるなら、そいつをまずは紹介してくれ!! これで話は終わりだ!! 私は蜘蛛の氏族に行く!! 私の研究は終わらない!!』

 

『あ、ちょ、だ、誰か!? 博士を止めてくれ!? 誰かぁあああああああ!!!?』

 

 人々は死んだ悪党やヤバイ連中の事は忘れて、適当に生きる事を決めた。

 

 相手の財布に給料を突っ込めるヤツ、相手の家に支援という名の現物を叩き付けるヤツが最強の支配者である。

 

 と、知った多くの種族は両手を上げて銃を地面に置いたのだ。

 

 これには宇宙に比類なき上位存在の類もゲッソリである。

 

 精神世界や概念世界の類までも昇華された知性体の多くが蜘蛛による物質世界……宇宙への王手に何食わぬ顔でひっそり敵意はありませんと表明。

 

 この辺りで多くの星々では上位者の類が蜘蛛からの制圧に対して降伏した。

 

『大いなる意志が融和を求めている。もはや、抗う事に意味は無い、か……』

 

『よもや、大宇そのものを動かす力すらも敗北するとは……アレが邪神を超えた存在……』

 

『新たな銀河団へと手を伸ばし始めている。もう止められん。後はただ見守る事しか出来ぬな』

 

『大いなる力よ……貴方様の御意思を尊重致します……』

 

『宇宙は、大宇はどうなるのだ。一体これから……』

 

 力を振るう神々の類……自称神格の強大な力(蜘蛛達の何%かは分からない程度)を持った彼らは遂に次元や時空を飛び越え始めた存在の討伐を諦めるに至った。

 

 彼らは宇宙すら自らの力で改変する程の力ある層であったが、その類の究極である存在……救世神と戦う為に編成された究極生物達の軍隊。

 

 くもーぐんは問答無用で敵対するか邪魔ならば、お前らには消滅して貰うという類の波動を発しており、彼らの存在にも気付いていたからだ。

 

 どんな類の力でも削除が不可能。

 

 因果律操作にすらも耐えるようになった蜘蛛は始祖破片クラスの敵でなければ、まともに戦う事すら無理であるという事実を以て、宇宙はこのあまりにも悍ましいユーモアたっぷりの真っ黒な怪物を受け入れざるを得ず。

 

 世界に在る意志を持つエネルギーの多くが蜘蛛との敵対を避けた。

 

 そして、多くの宇宙進出前文明すらも……一部の世界の外を観測する知者によって、その存在を知る所となっていた。

 

『おぉ、神官様。今日はどうなさいましたか?』

 

『……黒い災厄がやってくる』

 

『は? 新たな託宣でございますか?』

 

『そうだ。歓待の宴を準備せよ。これより来る漆黒の破壊者はこの世界を喰らう暗雲。されど、我らには抗う力無し……交渉し、時間を稼ぎ、少しでも対策を立てるのだ』

 

『な、何という。わ、分かりました!! すぐにでも!!』

 

『………神々が怯えている。この世界そのものたる神々すら……一体、奴らは何者なのだ……軍が動かぬよう布告を出さねばならんな。幾多の星々を覆う暗雲……我らに戦う術は無い。交渉が可能なだけ良いと思うべきか……』

 

 こうして宇宙に蔓延る知性に対する最強の虐殺者にして擁護者となった蜘蛛達はイソイソと知性体の教化を開始し、邪神より邪神らしく人々を悟りとは無縁の幸福という名の泥沼へと沈めていく。

 

 愉しく暮らす事が本来、人々の努力の上において達成されるべき正しき道だとすれば、その道を撤去した蜘蛛は正しく知性の進歩を阻む最大最強の壁であった。

 

 が、知性の自立、進歩の影で無残に消えていく者達を掬い取る限り、その道の上に立たせる限り、世界の進歩は無限に遅滞し、日々安穏である事も間違いなかった。

 

 弱者を、淘汰されるべき者達を道と敷いた知性の進歩は此処に来て敷くはずの死体が不足して途切れたが、その場所は広く広く死体となるはずだった者達の脚で踏み固められ、楽土となっていくだろう。

 

『あれはくもだー♪ くもだー♪ くもだー♪』

 

『あれは~くも~だ~♪ くも~だ~♪』

 

『まぁ、蜘蛛サンの唄かしら?』

 

『うん。チャンネルでやってたの!! 蜘蛛サンてスゴイんだよ~~じゃーくなちせーまっさつ機械とかをばばばーんて倒しちゃうの!!』

 

『そーなの~~それはスゴイわね~~(こ、子供達が毒されて来てる……で、でも、チャンネルを見るな、なんて言ったら逆効果だし、どうしようかしら……はぁぁ……帝国は負けたのね……)』

 

 茨の道など古臭いとばかりに蜘蛛達は多くの知性に教えたのだ。

 

 地獄を見るしかない世界に意味など無いし、生きているなら愉しむべきだし、ついでに利用するなら最後まで面倒を見るのが一番適切な資源管理方法なのだ、と。

 

 無能なる者、持たざる者、汝の行き先は蜘蛛の道に通ず。

 

 なんて、言説がネットワーク上では飛び交い。

 

 その真理を多くの者達が肯定した。

 

 消費されるはずだった、歴史の轍に踏みしめられるはずだった、名も無き最底辺の人々はこうして宇宙という庭に掛けられた蜘蛛の巣の住人となったのである。

 

『(*´ω`)(あの人達を全うに“持ってる人達”の足枷として形成出来れば、文明の進みも宇宙の終わりまで悟りには程遠いだろうし、これであの星に干渉する勢力や力持つ存在は全て制圧、掌握、不干渉化を完了……ちちの邪魔をする不確定要素は消化し切ったかな。と、空を見上げるノクロシア警備中な蜘蛛の顔)』

 

 宇宙知性はこうして鈍化していく進歩と引き換えに今日も明日も平和な日々が続く知性の目指すべき場所に決して到達しない地獄と化した……ソレを地獄と言う者が0になるまで蜘蛛達の宇宙制圧活動は続くに違いないだろう。

 

 それは全てたった一人の少年の為のお膳立てである事を宇宙の支配者も宇宙を覆う力すらも知らない。

 

 ただ、蜘蛛の胸中にのみ、その意志と目的は在ったのである。

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