流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第13話「ニアステラの悠久Ⅱ」

 

 子供が蟲に刺されて、半分化け物のような姿で戻って来た。

 

 水夫達が恐怖しなかったと言えば、嘘になる。

 

 だが、そこで来訪者は言った。

 

『覚醒者はこの島の恩恵です。化け物でもなく。人間でもない。しかし、旧き時代には人として大陸でも多くが存在していた。旧き教会の伝承で人が倒した化け物とは多くの場合、彼ら……つまり、我らの祖先であったのです』

 

 こうして、蜂の甲殻らしいものを背中から尻尾に掛けてと柔らかい内臓や筋肉を護る装甲のように滲ませた少女は今のところ水夫達に殺されてはいなかった。

 

 客人の前でそんな事をしようと思う度胸がある水夫はいなかったし、助けて来た少年のあまりの姿に男達はもはや何も言えなくなったのだ。

 

 化け物のように晴れ上がった皮膚。

 

 穴だらけで焼け焦げた衣服に装甲。

 

 最初、化け物に焼き殺された動く死体だと思われた少年はいつも通り。

 

 思わず卒倒したフィーゼはともかく。

 

『男だな。アルティエ』

 

 そうウリヤノフによって激励されつつ、エルガムの診療を受けて、寝台に寝かされる事になった。

 

 少年の意識が眠りで虚ろになった頃。

 

『ごめんなさい!! ごめんなさい!!? うぅ……でも、ありがとう……』

 

 嗚咽を堪えて自分に謝るアマンザの声が聞こえていた。

 

 そうして翌日。

 

 起き上がって見れば、横ではバクバクと魚を食べている兄弟の片割れ。

 

 いや、姉弟の片割れがケロリとした表情で少年を見ていた。

 

「食べる?」

 

「食べる……」

 

 蒸し魚を2人でモクモクしていると部屋に外から桶を持って来るアマンザが2人の顔を見て号泣。

 

 すぐにエルガムが呼ばれた。

 

「君には本当に驚かされてばかりだな」

 

 一人ずつ診療しながら、男は溜息を吐く。

 

「?」

 

「昨日の時点で火傷、刺し傷、蟲毒による腫れで虫の息……それが一夜で大分よくなっている」

 

「薬になりそうなもの食べてる」

 

「ッ、薬だと?」

 

「コレ……」

 

 少年が一般人が食っても殆ど副作用の無い薬草の干したモノを横に畳まれた袋の一つから取り出した。

 

「その効能を何処で知ったんだ?」

 

「呪紋で分かるようになった。少しだけ」

 

「―-―」

 

 思わず何とも言い難い顔でエルガムが更に深い息を吐く。

 

「後で教えてくれ」

 

「解った」

 

「それで……その薬でその子も?」

 

「蟲の毒は同じ毒に掛かって治った人間の血で治ると聞いた」

 

「西部の民間療法の一つだな。だが、血が合わないと死ぬと聞いた事もあるが……まさか、その為に自分で試したのか?!」

 

「昔、何処かで誰にでも血を分けられると医者に聞いた」

 

「記憶が?」

 

「ちょっとだけ」

 

「はぁぁ……とにかく、島の加護だか何だか知らんが、化け物の毒の力で一部の肉体が変質……今の医学では治しようも無い。本人に問題が無ければ、水夫達とは隔離する形でどうにか済ませてやりたいが……」

 

 エルガムが押し黙るものの、外からは水夫達の不安の声が一々薄い壁の先から聞こえて来ていた。

 

「相談が……」

 

 少年から話題を振られ、エルガムが表情を引き締めた。

 

「聞こう。あの子達と最も親しい君の話だ」

 

 頷いた少年はそうして自分の考えを話始めるのだった。

 

 *

 

 昼時。

 

 水夫達も含めて、全ての人間が野営地の広場に集められていた。

 

「集まって貰ったのは他でもない。半分、怪物となった子の事に付いてだ」

 

 あまりにも直接的な物言いであったが、当人達は別の場所にいる為、誰もが困惑こそあれ、話しを聞く姿勢となっている。

 

 食事時という事もあり、話しを聞いている者達は誰もが魚の葉包みを持参して、食べながら聞いている者も多い。

 

「今のところ、あの子に付いては意識も人間だと確認出来た。心が化け物になっている様子もない。また、昨日の客人の話を詳しく聞くと北部ではそういった者達が住まう場所ばかりらしい」

 

 そこで北部へと向かわせるのだろうかと思う者達が多数。

 

「ただ、色々と話を聞いたのだが、どうやら島の蟲や怪物、特定の生物から毒や血を受けると同じように我々も変異する可能性がある」

 

 そこでようやく男達が食べるのを止めた。

 

「此処で重要なのは化け物に為る確率の方が実際には高いらしい、という事だ。人間の心を保ったまま、姿までも人型を保った場合は変異覚醒と呼ばれる新たな力を得た人という扱いになるそうだ」

 

 ガヤガヤと水夫達が思わず騒ぎ。

 

「聞いてくれ!! これは医者としての見解だが、あの子の体は今後もしも毒や血によって怪物に成り掛けた時、もしかするとソレを止める薬を造るのに使えるかもしれない」

 

 そこでようやく水夫達はエルガムが言いたい事を朧げに理解していた。

 

「だが、君達の不安も分かる。なので、あの子には新しい肉体と化け物の力の使い方を学んで貰い。この野営地の為に働く遠征隊として活動して貰おうと思う」

 

 その言葉に水夫達が先日ウリヤノフを筆頭にして西部に向かった者達の部隊の事を想像したのは想像に難くない。

 

「また、あの子の兄弟達の住まう家を優先して整備し、そこに変異覚醒した者が今後出た場合に住まう場所として運用したい。もしそうなっても生きられるなら、君達もそうしたいだろう?」

 

 自分達も化け物に為る可能性がある。

 

 という事実を前に水夫達のみならず難破船の者達の背筋も泡立つ。

 

「無論、心が人間であるのならば、我らは寛容であるべきだ。でなければ、いつ君達が化け物になっても殺してしまえと仲間達に言われるか。昨日まで笑っていた仲間に殺されるか。分かったモノではない」

 

 そうしてエルガムは蜂の一刺しで化け物になったという証言や蟲の恐ろしさを解きながら、水夫達に自分達の為に今の内に準備をしておけと暗に伝えた。

 

 これに対して明確に反対意見を出せた者はいない。

 

 事実、次々に蟲に刺されただとか。

 

 そういった心配でエルガムに縋るように殺到する者達が出たからだ。

 

「大丈夫だ!! 診察は後でするが、普通の蟲ではああはならないらしい。だが、特別な外見や見た目のモノには十分に気を付けて欲しい。また、あの子達の心無い噂や追い出そうという意見がある者はそれは翻って未来の自分の姿であるという事を胸に刻んで欲しい」

 

 こうして大人達の話が纏まると話をしていたエルガムはそのお膳立てと話の組み立てを事前にした当人の事を思い浮かべて、やはりもう子ども扱いは止めようと少年の扱いを改めるのだった。

 

「やってるねぇ……医者先生……」

 

 ミランザが少年のまだ腫れぼったい額に水を絞った手拭を置く。

 

「あ、おねーちゃん。それボクにも……」

 

「はいはい。いいよ。ちょっと待ってな」

 

 蜂のような変異をしたまま。

 

 寝台へ横になっていたレーズ。

 

 性別も偽っていた彼女は何処か嬉しそうに頷く。

 

「まったく、甘えん坊なんだから……」

 

 そう言いながらも水を絞った手拭を妹の額にアマンザがそっと乗せる。

 

「だって、こんな風にしてもらうの……久しぶりだし……」

 

「そうだったっけね……」

 

「ナーズは?」

 

「ああ、今はあのウリヤノフの旦那のとこだよ。剣を教えて欲しいと頼み込んでるみたいだ」

 

「剣を? あのナーズが?」

 

「ああ、よっぽど堪えたんだろうさ。アンタの事が……」

 

「そっか……」

 

 レーズが自分の股間の後ろから伸びている尻尾を見やる。

 

 白布からはみ出ているソレの先端には針があった。

 

「ボク、殺されちゃうのかな……」

 

「滅多な事は言うんじゃないよ。アンタは死なないさ。私が護る。それに医者先生も約束してくれたよ。出来る限りの事はするってね」

 

「うん……」

 

 僅かに震えたレーズが縮こまるようにして自分の両肩を抱く。

 

「アンタの命は拾った命じゃない。拾われた命だ。だから、簡単に死ぬんじゃないよ……そこの今は膨れたパンみたいな顔の英雄様にも悪いんだから」

 

「ッ―――ぅん」

 

 ポロポロと涙を何とか両手で拭って、ようやく実感が出て来た少女は横で自分をチラリと見ている変な奴。

 

 いや、変な英雄様を見やる。

 

「ぁりがとぅ……アルティエ。ぅぅん。アルティエ様」

 

「別に様はいい。それにこれから大変な事になる」

 

「大変な事?」

 

「一緒に冒険する」

 

「―――それって」

 

「死ぬよりも辛い目に合うかもしれない。死ぬより痛い事があるかもしれない。でも、たぶんコレが一番いい。みんなで一緒に生きる為に……」

 

「一緒に生きる……」

 

 アマンザがそこでレーズにエルガムと話し合っていた事を伝えた。

 

「つまり、ボク……アルティエと一緒に?」

 

「ああ、そうだ。アンタも強くなれ。レーズ……花よ蝶よと育ててはいないが、何処でも生きられるように心構えだけはさせてたはずだ。ちゃんと帰る場所はアタシが用意しておく」

 

「……うん」

 

 そこでアマンザが少年に向き直った。

 

「妹と弟の事。感謝してる。もうアンタには返し切れない程の恩が出来ちまったね。アルティエ……」

 

 少年の前でアマンザが正座した。

 

「この子の事……どうか、よろしくお頼み申します。我らの英雄様」

 

 土下座であった。

 

「ちゃんと戻って来る。必ず」

 

「……はぃ」

 

 顔を上げ、少しだけ涙を拭って、アマンザの顔にようやく安堵の笑みが浮かんだ。

 

『……わたくしを蘇らせるのが最優先ですわよ?』

 

 その横でジト目のエルミが少年を見やり、少年はしばらくの間は大人しく寝ていようと干し草の枕に頭を埋め。

 

 横顔で照れ臭そうににひひとレーズに微笑み掛けられるのだった。

 

「そう言えば、まだ教えて無かったね。この子達の本当の名前を……」

 

「本当の名前?」

 

「ウチの家系は昔から色々とあって真名を隠して生きてるんだよ。アタシはアマリア……レーズはレザリア、ナーズはナジムって名前なんだ。本当は……」

 

「あ~~後で教えようと思ってたのに!!?」

 

 レーズ、レザリアがそう膨れる。

 

「ふふ、恩人にもったいぶるようなもんじゃないさ。それと先生がアタシ達の家を先に立てて、今回の一件での野営地の人間の救出への褒章としてアンタに与えるって話だ。いつでも戻って来れるようちゃんと待ってるよ。アタシもナーズも……」

 

「ひゅーひゅー♪ おねーちゃんやるー♪」

 

「な、何言ってるのさ?! この子は!? もう!!」

 

「?」

 

 少年は取り敢えず家を手に入れた事を確認しつつ、目を閉じる。

 

 横ではジト目のエルミが『わたくしの騎士なんですからね!!』とブツブツと呟きながら部屋をクルクルと回遊するのだった。

 

 *

 

 その夜、少年はレザリアが寝入ったのを確認してから、まだ男達が騒めきながらも床に着いた頃合いを見計らい。

 

 外に出ていた。

 

 海岸沿いの砂浜。

 

 まるで待ち構えていたかのようにリケイが焚火に当たっていた。

 

 だが、今日はその横に珍しい客が一人。

 

「そうか。貴殿がリケイ殿の言っていた……」

 

「外の人……」

 

 少年が内心で目を細める。

 

(北部の間諜……平均2万回に1回しか辿り着かないレアな人……まだ回収出来てないフラグの可能性……)」

 

「左様。我が名はモルニア・クリタリス。巡回者をしている」

 

 瞳が縦に割れた麗人。

 

 少なからず高位の貴族特有の所作のようなものを少年にも感じ取れた。

 

 薄い縮れた赤毛の下。

 

 眼差しは強く。

 

 女性にしては高い背は少年よりも20cmは上だろう。

 

 しかし、ガタイが良いというのとは違う。

 

 スラリとした長身ではあったが、引き締められた肉体は何処か人形のように余計な物が無い体形であった。

 

 美人というよりは何処か厳しさが滲み出るせいか。

 

 剣呑な戦人の瞳に口元の張り付いた笑みが何処か違和感を醸し出している。

 

「初めまして」

 

「アルティエ殿か。よろしくお願いする。リケイ殿、ではこれで」

 

「うむうむ。ではな」

 

 リケイの傍から立ち上がったモリタニアが頭を下げてから、その場から遠方の浜辺の方へと歩き去っていった。

 

「今日は珍しいお客人が来ましてな。さて、お話を聞きましょう」

 

 少年が座って老爺に視線を向ける。

 

「同行者を護る呪紋が欲しい」

 

「同行者……ああ、あの子ですな。変異覚醒が進んで怪物にならぬとは運の良い子でしたな。それで護る呪紋……成程成程」

 

 リケイが納得してあ様子で頷く。

 

「では、眷属化の呪紋などは如何かな?」

 

「眷属化?」

 

 少年は一応、そう訊ねておく。

 

「左様。本来は主の傷を眷属に移して戦うような外法でしてな。旧い呪紋の使い手。特に王族が好んで使った代物。しかし、従属と違って当人の力を眷属は分け与えられる事から強くもなれる」

 

「それで?」

 

「本来は傷を請け負う我慢強い者が眷属には良いとされていますが、これを反対にとなれば、眷属に力を与え、更に傷までも負う事になる。危険が大きいですぞ? 勿論、魔力を分け与える関係から、戦闘時以外は魔力量も低減してしまいますしな。それでもよろしいと?」

 

「構わない」

 

「ふむ。解りました。では、明日以降、その子を連れて来れば、という事で。それまでに準備しておきましょうか」

 

「お願いする」

 

「任された!! ふふ、面白いですなぁ……いやはや」

 

 リケイがニヤリとする。

 

 少年は頭を下げてから、その場を後にして、まだ痺れの残る肉体を圧して、野営地の外に向かうのだった。

 

 翌日、少年は素知らぬ顔で寝台の上で天幕から持って来た乳鉢でゴリゴリと薬を磨り潰していた。

 

 周囲には袋が大量に積まれており、その様々な匂いにレザリアが『薬の臭いだーおえー』という顔になっていたが、こんな時にも天幕と同じように変わらない少年を見て何処となく嬉しそうでもあった。

 

 だが、それで話は終わらない。

 

「はい」

 

「はい?」

 

 少年が乳鉢に入った薬の粉末にドボドボと粘土の高い琥珀色の液体を入れてレザリアに差し出す。

 

「飲んで」

 

「え゛!?」

 

「薬。体良くなるから」

 

「そ、そのぉ……苦いのは……」

 

「苦くない。蜂蜜入れた」

 

「蜂蜜?」

 

「あの蜂の巣を焼いた後から取って来た」

 

「?!!」

 

「体に良い」

 

「いや!? 体に良くても飲むのはちょっと遠慮しま―――」

 

 ズイッと少年がレザリアに詰め寄る。

 

「飲まないと連れて行けない。毒や蟲のせいでまた死に掛ける事になる」

 

「う、ぁ……ふぐぅ……」

 

 観念した様子でレザリアが琥珀色に混じった大量の粉状のソレの臭いが伝わって来る薬液を乳鉢内部から震えながらもゴクリと一気に呑み込んだ。

 

「……あれ? 美味しい?」

 

「蜂蜜だから」

 

「臭いはアレだけど、これなら飲め―――」

 

 パタリと意識が瞬時に途切れたレザリアを少年が再度寝台に寝かし付けて、上に布を被せておく。

 

「朝食持って来たわよ~2人とも~」

 

 少年はやってくる少女の姉に昨日の今日でまだ疲れているから、寝かせてやって欲しいと嘘八百を並べ立て、朝食は後で自分が食べさせると言って、朝から忙しいアマンザを仕事に行かせたのだった。

 

『うわぁ……何飲ませましたの?』

 

「ちょっと死に難くなる薬草全部」

 

 上で全てを見ていたエルミがおえーという顔で口元を覆いつつ、訊ねる。

 

『それ大丈夫?』

 

「死なない。ちょっと遺伝子が変異して、体が硬くなるだけ」

 

『硬く?』

 

「動きに支障が出るから使わなかった薬草。危ない敵が出て来た時に少しだけ飲む用……天幕にあったの全部」

 

『それ大丈夫じゃないような気がしますわ……』

 

「たった62時間死ぬほど苦い思いをするだけで刃も矢も通らなくなる。敏捷性がかなり落ちるけど」

 

『蜂なんですから、眷属にするなら、軽やかに舞うみたいな感じで良いんじゃないんですの?』

 

「それ大抵途中で死ぬ」

 

 そう、その育て方は途中で死ぬのは確定なのだ……散々に見てきたのだから。

 

『あ、ハイですわ』

 

 少年が過保護過ぎるくらいに過保護な様子で朝食に蒸し魚の切り身を少しだけいつもの黒いダガーで開いて、新しい乳鉢で粉にした粉末を山盛り入れて閉じるのを見ながら、案外誰かの事を考えているのだなとエルミは自分の騎士の優しさにちょっと嬉しくなるのだった。

 

 そして、1時間程で起き上がった少女は舌の上の苦みが取れず。

 

 思わず渡された朝食を確認もしないで味を紛らわす為に大口で喉に詰め込んだのだが、ゴクリと嚥下して、更に少年から渡された水をとにかく飲んで再びバタンと倒れた。

 

 無論、どちらにも少年特性の薬が大量に仕込まれていたからだ。

 

 あまりの苦さと体内の変異から来る激烈な気持ち悪さに気を失うのも無理は無かった。

 

 *

 

「………」

 

『あらあら、もう口は聞いてくれそうにありませんわね♪』

 

 夜、おかしそうに愉しそうにコロコロと笑うエルミは膨れっ面のレザリアを連れて浜辺にやって来た少年を見てニヤニヤしていた。

 

 ちなみに昼飯と夕飯も同じことをされた少女は完全にもう絶対少年に渡されたものは食べない魔人と化して、自分で食べるものを選ぶ人間として覚醒。

 

 しかし、必要量を全て一日で摂取させた少年は後は問題無いとイソイソ彼女を連れてリケイのところにやって来ていた。

 

 ちなみにあまりの苦さに慣れ過ぎた少女の舌はもはや何を食べても今のところは苦いとしか判断しなくなっている為、水を飲んでも激烈に渋い顔になるという状況に陥っている。

 

 ただ、それも数日で治るからと宥めた少年が不機嫌度MAXな少女を連れている様子は夜のデートにも見えない。

 

「お待ち申し上げておりました。施術は首に施しますので」

 

「せじゅつ?」

 

 レザリアが首を傾げる。

 

「体を強くする」

 

「それって、えっと……ボクを連れて行く為に?」

 

「そう」

 

「ぅ……痛くない?」

 

 少年がリケイを見やる。

 

「はは、痛いのは傷を引き受ける方ですな。本来、眷属の傷を主に移すなど、この外法をそのように使おうとするのは古今東西見ても貴方しかおらんでしょうとも。ええ、間違いなく」

 

「え? 傷?」

 

「お嬢さん。このお方は貴女の傷をご自分が背負う呪紋を刻みに来たのですぞ」

 

「え、そ、そんな!? それじゃ、アルティエが危ないの!?」

 

「左様です。ですが、それも仕方ないのでしょうな。危険な場所に連れて行くという事はそういう事。人の命を背負う覚悟。本来、その危険を背負うべき者が不甲斐ないのならば、それは主が背負うものとなる」

 

 ジロリとリケイを少年がジト目で見やる。

 

 だが、まぁまぁとリケイがレザリアの前に出た。

 

「しかし、貴女には力が無い。覚悟があっても、それはまだ単なる覚悟でしかない。その不足を……どうやって補うか。此処に普通に暮らせるようになるまで、貴女を死なせない為にこそ、このお人は此処に来た。貴女はその代価を働きで返すしかないでしょうな」

 

「働きで……」

 

「眷属とは心を主に差し出した者の事。貴女はこのお人に心を差し出せますかな? その覚悟が。もしも、そうであるならば、眷属となった時、貴女は―――」

 

「ある!!」

 

 そう少女は断言する。

 

「覚えてるもん。ボクを、ボク達を抱き締めて野営地まで連れて来てくれた。あんな姿になっても離さないでいてくれた。だから……」

 

 レザリアの眼差しは少年に横顔に向いていた。

 

「よろしい。子供だろうと覚悟は覚悟。では、互いに横になって寝そべり、首筋を出して下され。呪紋をお刻み致しましょう」

 

 リケイがあっぱれとでも言いたげに笑い。

 

 2人を砂浜で横にして、両手をそのうなじの部分に当てた。

 

「【良き同胞よ。共に征く者よ。等しく命を分けし、兄妹よ。我ら、導きの果て、嘆願によりて、世界に分てぬ絆を刻む者。教神イエアドの名において、この者達を等しく嘆きと喜びを纏う分てぬ楔と為さしめたまえ。マーカライズ】」

 

 リケイの声は何処か遠く。

 

 しかし、脳裏に響く文言となって2人の奥底に刻まれていく。

 

 そして、その象形が2人の首筋に現れた。

 

 主である少年の首筋には七角の金色。

 

 眷属である少女の首筋には六角の銀色。

 

 小さな文様は髪に隠れてしまえば、見えないものだろう。

 

「呪霊とは違い。眷属はある程度自立しながら、遠距離でも主の意志や声を理解出来る。また、一部の知覚は主に近付く為、同じものを見られるようになるのですじゃ」

 

 少年が取り敢えず覚えながら立ち上がる。

 

「魔力は与えられているばかりではなく。逆に必要となれば、吸い上げる事も可能。眷属の見て感じたものは主も意識すれば感じられるものでり、逆は主が許せば可能となる。傷や状態を移し替えるのは常に固定化されておる為、即死だろうとも受け切れますが、分け合う形にするか押し付けるかは主次第。という事で」

 

 リケイが説明を終えて流木に座り直す。

 

 そして、少年はいきなり襲ってくる舌からの苦みに思わず口を押え、悪戯っぽくベーと舌を出したレザリアの様子に仕方ないと苦みを受け入れるのだった。

 

 こうして翌日、渋い顔で食事をする2人はさっそく遠征に向かう為に必要なものを集め、訓練を開始する。

 

 彼らの旅の準備は少しずつ、進んで行く事になる。

 

 未知を踏破し、生き残る為に……。

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