流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第15話「ニアステラの悠久Ⅳ」

 

 グリモッドの大霊殿を踏破した翌日。

 

 少年は西部遠征に向けての準備を終えた旨をウリヤノフとエルガムに伝えていた。

 

 レザリアの背筋や大腿部、関節を覆う甲殻が翌日、薄くなり……まるで何かのスーツや衣服のように変異した事もまた新たな呪紋のせいであると適当に誤魔化したが、一目見たリケイは変異覚醒の次の段階に入った云々と説明。

 

 恐らくは眷属化と同時に呪紋が使えるようになったせいであったが、左程に問題視はされなかった。

 

 イエアドの聖印は残り3つが野営地の実力者であるウリヤノフ、ガシン、カラコムに渡される事が昨日の内に決まり、後は大霊殿での冒険結果の報告で現状の整理が一応された形となっていた。

 

 勿論、輪廻という話は水夫達に隠される事となった。

 

 人間が死んでも生き返れるなんて言うのは明らかに危な過ぎる上に一部の人間しか使えない事が明言されていたので、出来る限り人間が化物になる可能性は排除したいとウリヤノフとエルガム、ウートの三者の意見は一致。

 

 話しを自分達と一部の人間だけに留める事になった。

 

 エルガムの診療所内部。

 

 ウリヤノフとカラコム。

 

 更にガシンがいる談話室は多少狭い。

 

 ウリヤノフが少年に向き合って切り出す。

 

「遠征隊としてガシン殿。更にもう一人を付けたい」

 

「もう一人?」

 

「フィーゼ様」

 

「は、はい!!」

 

 少年が振り返ると布地で仕切った扉の無い診察室の出入り口からフィーゼが緊張した面持ちで入って来る。

 

「大丈夫?」

 

 その言葉にカラコムが頷く。

 

「そこはハイとは言い難い。だが、レーズさんに手渡していた歩き方の内容は暗記し、実戦も多少は様になっているとお聞きしました。ウリヤノフ殿」

 

「脚を挫いて歩けないと泣きべそを掻かない事だけは確約しよう。それと自分の仕事はしっかりと果された。責務とは自由と共に自分で課するもの。そして」

 

 ウリヤノフが剣を抜き様にフィーゼに振り下ろす。

 

 それは確かに相手の胸を切り裂く一撃。

 

 しかし、少年には見えていた。

 

 フィーゼの胸元から現れた小さな光玉が僅かに発光し、ガインッと剣を撥ね退けて横に逸らした。

 

「護りは手堅く鍛えさせて頂いた。一定距離での精霊での探索。更には精霊による護り。戦闘時は精霊を操り、周囲の重量のある物を相手に投げ付けて攻撃する」

 

 言っている傍からウリヤノフの剣が浮いてフィーゼの手が指示した通りに振られたり、護ったりというような動作をこなしている。

 

「元々、巨大な丸太や石を動かしていた力だ。剣を振り回せば、正しく巨人の一撃にも等しい。ただ、反射的な部分では常人。あまり近距離での戦闘は得意ではないと思って欲しい」

 

 少年が頷く。

 

「あ……い、いいでしょうか? アルティエ」

 

「問題無い。後ろから遠い敵に何か投げてくれるだけでも随分助かる」

 

「は、はい!!」

 

「よろしく」

 

「解りました!!」

 

 フィーゼがパッと顔を綻ばせた。

 

 今までダメだったらどうしようかという顔だったのがようやく緊張が解れたようで安堵の息が零される。

 

「でも、取り敢えず、2日延期で」

 

「え?」

 

「あん?」

 

 新しく遠征隊に加わる事になったフィーゼとガシンに少年がゴソゴソと薬草の袋を取り出す。

 

「歩き方は問題無い。でも、毒やその他の体の丈夫さを上げておく」

 

「え?」

 

「オイ。何だよ。その袋……」

 

 少年がウリヤノフを見やる。

 

「こちらが無茶と道理を通すのだ。本来ならば、護るべき主の子女を探索に行かせるなど、命を懸けてお止めするべきところだ。文句はない」

 

 ウリヤノフが肩を竦めた。

 

「遠征隊の長は実質君だ。君の判断に従おう」

 

「じゃあ、そういう事で」

 

 少年が2人を連れて診療所を出ていく。

 

 すると、フィーゼが来た部屋から杖を突いたウートがやってきた。

 

「主。お体はよろしいのですか?」

 

「ああ、ヨハンナさんに世話してもらったおかげで多少はな。まさか、主の娘を斬り殺そうという騎士を見る事になろうとは……だが、それがあの子の覚悟なのだろう。この老いぼれが何かを言う事でもない。今後も頼む」

 

「ッ―――お任せを」

 

 ウリヤノフが主の信任にまた決意を新たにした。

 

 そして、少年は外に出て自分の家となる家屋にやってくる。

 

 平屋であるが、広く板張り。

 

 生木ではあるものの、煙臭くないのは家屋が村の中心部だからだ。

 

 裏の玄関口から入るとアマンザが内部に色々な家具やら樽やら大量の薬草やら果実やらを整理しているところであった。

 

「おや? もう来たのかい? これから出発かしら?」

 

「二日後になった。奥の部屋使える?」

 

「ああ、全部運び入れておいたよ。好きにしな。今、酒用の樽を地下に入れるのに男出が欲しかったんだ。後で頼むよ」

 

「……はい(´Д`)」

 

 文句は言えない。

 

 少年がいない間、家屋内を取り仕切るのはアマンザだ。

 

 家屋と言っても外には酒場式のカウンターが迫出しており、屋根付きの席や外のテーブルで酒も出す予定になっている。

 

 更に料理もとなれば、アマンザは今や一国一城の主、村初めての酒場の店主である為、文句を言う人間は大幅に消えていくだろう。

 

 いつの時代も酒を握るのは強い。

 

 エルガムの知恵であった。

 

「じゃ、後でね」

 

 アマンザを後ろにして少年が自分の部屋。

 

 というよりは工房に近いだろう。

 

 大量の薬草やら果実の干したものやら鉱石やら泥やらが袋や棚や壺に入れられ、寝台がポツンと横に置かれて、後は机と椅子しかない場所である。

 

「此処がアルティエのお部屋なんですね」

 

 フィーゼが造っていた時には分からなかった内部構造に繁々を周囲を見やる。

 

 その合間にも少年がドンドンドンドンと天井から吊り下げられた袋をテーブルの上へ大量に降ろす。

 

「何だよ。その袋?」

 

 ガシンが不審そうな顔になる。

 

「薬」

 

「薬?」

 

「遠征隊は飲む決まり」

 

「いつそんな決まり出来たんだ? あん?」

 

「今」

 

 少年が乳鉢に最初から擦られた粉末を大量に入れて壺から蜂蜜を流し込んで混ぜたものを二つ用意した。

 

 それを見たレザリアが((((;゚Д゚))))ガクガクブルブルしながら背後に下がる。

 

「飲んで。全部飲んだら出発」

 

「は、はい。お薬……」

 

「大丈夫なんだろうな?」

 

「大丈夫。苦いだけ」

 

 死ぬほどの形容を少年はしなかった。

 

「一気に呑む」

 

 仕方なくフィーゼとガシンが言われた通りにグイッと乳鉢を煽った。

 

「あ、案外甘くて飲みや―――」

 

「薬っぽい甘さは苦手な―――」

 

 バタンと2人が目を見開いたまま失神するのを慌ててレザリアが後ろから支えた。

 

「此処に寝かせておいて」

 

「う、うん。だ、大丈夫かなぁ……ボクでもアレだったのに」

 

「大丈夫。改良を加えておいたから」

 

「か、改良?」

 

「防御力重視じゃなくて、機動力と瞬発力と反応力重視」

 

「それって……」

 

「本当は苦くない。ちょっと酸っぱいだけ」

 

「ちょっと?」

 

「……酸っぱいだけ」

 

 言い直した少年がシレッと目を逸らした。

 

 そういう事である。

 

 そして、目が覚めた2人がトイレに駆け込んで吐くより先に少年は自分の真菌の黒い管を口元から喉を通して胃に直接入れて、逆さにした新しい瓶をゴポゴポさせて全ての薬品を流し込むという鬼畜な所業を行ったのだった。

 

 4時間後、起きた男女は床で目覚め。

 

 グゥとお腹が成るのを聞いてから、自分の声が出ないという現実に気付く前に……あまりの酸味に絶叫して気を失う。

 

 夜に起き出してぼーっとトイレに入った彼らが出て来て屋内で昏倒し、再び目覚めたのは明け方の事。

 

 少年はあまりの衝撃に一部記憶が欠落した2人に忍び寄り、普通の朝食を食べた方が良いと誘導し、自分が造った燻製魚揚げを食べさせて更にボーッとさせた後、ジョッキ一杯の蜂蜜薬を飲ませ、昏倒させて記憶を消し……それを夜までに三度行ってから二日後の朝に何食わぬ顔で彼らに水浴びさせて、記憶が無いままに西部へと向かう事にした。

 

『本当にマズイんだろうね。コレ……』

 

 一部始終を見ていたアマンザは何やってんだかと溜息一つ。

 

 少年が使った後のジョッキを少し舐めて悶絶した後。

 

 そりゃぁ、記憶くらい消さなきゃ無理だろうと理解した。

 

 普通の人間が連続して飲むには少年の薬はあまりにもあんまりな味に違いなかったのである。

 

 *

 

「何だかお肌が艶々してる気がします!! お薬スゴイですね!! アルティエ」

 

「確かにすげー体がよく動くな。味は覚えてねぇけど」

 

 記憶を消された2人が実際快調な様子にレザリアだけが目を横に逸らせた。

 

『ま、何回も記憶消されてればね。というか、本当にあの薬効果以外は最悪なんじゃないかしら?』

 

 エルミは飲む必要が無い自分の体にホッと安堵しつつ、少年をジト目で見やるが、2人の手前知らないフリである。

 

 西部に入る前。

 

 洞窟手前まで来ていた一向は此処からが本番と少年に言われ、野営も視野に入れての探索に向かった。

 

 海岸線沿いの洞窟を抜けて外を見やった少年が確認する限り、まだ蜘蛛の巣で周辺が陰っている様子は無く。

 

 一気に本丸を攻めてしまう事を決めて、腰の後ろのベルトに付いた革製のカバーを外すと木彫りが一つ出て来る。

 

 それは鷲の姿をしていた。

 

「【生命付与】」

 

 少年が呪紋を行使した途端。

 

 逆巻くような炎が木彫りを包んで散った。

 

 次の瞬間にはもう巨大な10m程もあるだろう鷲が出て来ており、西部に入るまでに教えられていた流れ通りとはいえ、それでもガシンもフィーゼも目を丸くしていた。

 

「じゅ、呪紋てこういう事すら出来るんですね」

 

「魔の技も此処までくりゃ大道芸だな」

 

 少年が僅かに浮かび上がるタカの脚に捕まる。

 

「こ、こうかな?」

 

 それを真似てレザリア。

 

 そして、ガシンもフィーゼも続き。

 

 四人が二つの脚に掴まって少し爪先立ちになる。

 

「飛んで。塔の近くで蜘蛛の巣の上を滑空」

 

 少年の言葉を受けて、タカというよりは怪鳥が勢いよく空に舞い上がる。

 

「ひゃわぁあああああああ!!?」

 

「うぉ!? 本当に飛ぶのかよ!?」

 

「スゴイ!! 本当に飛んでるよ!! アルティエ」

 

 全員が驚きながらもまだ掴んだ手を離せば、死ねるという事実を理解せず。

 

 上空へと一気に舞い上がったタカが猛スピードで蜘蛛の巣の穴を突破し、蜘蛛の巣ギリギリの高度で塔に一直線に向かうのに何処か心を弾ませる。

 

「飛び降りて」

 

 少年がそう言ったのは蜘蛛の巣が終わる塔の直前。

 

 手を放して塔の門前に転がり込んだ彼らが起き上がると塔を垂直に昇っていたタカが姿を消して落ちて来た木彫りが少年の手にキャッチされた。

 

「うわ!? 高いよ!?」

 

「す、すげー。本当に塔がありやがる。さっきまで見えなかったモンが全部見えてやがる。本当に蜘蛛の巣の上に塔があんのか!?」

 

「これが西部の塔……ッ」

 

 ガシンもフィーゼも驚いていた。

 

 幽霊を見られるような技能が無ければ、看破出来ない偽装は恐らく呪紋の類に違いない。

 

「で、扉の前だが、こいつは石製か?」

 

 ガシンがコンコンと扉を叩くがビクともしない。

 

「あのアルティエ。この塔を昇る前に入れるんでしょうか? わたくし達……」

 

 それに少年が肩を竦める。

 

 そして、イソイソと扉を押して動かないのを確認し、扉の合わせ目にペタペタと甘すぎる軟膏を塗った。

 

「この匂い……」

 

 甘い香りの軟膏である。

 

「下がって、塔の壁面に張り付いて」

 

 言われた通りに動いた全員を確認後、少し離れた玄関口の先から少年が片手でクナイを投げた。

 

 それが扉の軟膏を塗った合わせ目に接触し、カシャッと蝋が崩れた瞬間。

 

 ドガァアアアアアアッと轟音と共に石製らしい扉が猛烈に振動し、その硬いはずの合わせ目を開かせながら猛烈な炎を吹き上げた。

 

 思わずビックリして蜘蛛の巣の穴に落ちそうになった彼らが見たのは内部で次々に奇声というよりは断末魔が上がっているという事実。

 

 それは少なからず人間のものではなかった。

 

「やっぱり……」

 

 少年が僅かに開いた赤熱する扉の内部にヌッと手を差し入れる。

 

「ウィシダの炎瓶」

 

 炎が塔の内部に振り撒かれた。

 

 猛烈な断末魔が耳を劈き続ける。

 

 しかし、それが一分もせずに途切れた後。

 

 少年は扉を蹴って開けた。

 

 内部からはブスブスと焦げ臭い臭いが立ち込め、カリカリに焦げた蜘蛛の死骸が大量に周囲を埋め尽くす勢いで降り積もっている。

 

 内部を覗いた少年以外の誰もがゾワッとした事だろう。

 

 もしも一歩でも何もせず内部へ入れば、蜘蛛によって自分達は食い殺されていたに違いないのだから。

 

 まだブスブスと燻ぶっている塔内部は石製の螺旋階段が塔の内部の壁面に付いており、階層の先には未だ気配があるのを少年は理解していた。

 

 故に取り得る最善手は―――。

 

「燻し焼きにする」

 

「え?」

 

「は?」

 

「うん?」

 

 フィーゼ、ガシン、レザリアが首を傾げる間にも少年が袋から幾つかの薬草と泥団子を取り出した。

 

「どうすんだ?」

 

「煙は高いところが好き」

 

 ガシンの言葉に少年がその全てを片手で練り混ぜて蜘蛛の死骸を払った中央付近にベッタリと張り付けて再び扉の背後まで戻ると。

 

 クナイを再び投げた。

 

 ソレが爆発した途端。

 

 泥と草の混合物がブスブスと燃え、煙を吐き出し始めた。

 

 そして、少年は石製の扉を押して閉める。

 

 そうして数分もせずに今度は塔の内部が騒がしくなり、ガンゴンガンゴンと何かが落ちて来る音と共に断末魔が次々に上がった。

 

 その音が落ち着いた数分後。

 

 再び少年が扉をゆっくりと引いて中を確認すると数匹の人よりも大きそうな蜘蛛が完全に脚をヒクヒクさせながら緑色の血を吐いて倒れていた。

 

 それを少年が遠方からダガーによる飛ぶ斬撃。

 

 黒跳斬で撫で斬りにすると蜘蛛の一部はガバッと起き上がって扉の方に突進してくるも、炎瓶によって燃え上がり、全ての蜘蛛が倒されるまで十数分程であった。

 

「オイオイ。何だよ。こりゃぁ……一方的じゃねぇか」

 

 ガシンも驚くが、何一つ無駄なく片付けた少年がようやく蜘蛛が焦げた塔内に全員を招き入れる。

 

「ど、どうして、まだ生きてると分かったのですか? アルティエ」

 

「蟲は頭がもげても体が動く。大きさから言って、多少死んだくらいじゃ死なない。たぶん」

 

『おぇぇ……しばらく、脚の細いのは食べられなさそうですわね』

 

 エルミの言葉に「いや、お前はそもそも食べられないだろ」というツッコミもせずに少年が先頭でレザリア、フィーゼ、ガシンが最後尾の順で進む。

 

 元々、蜘蛛がいたと思われる場所は今は空になっており、煙が収まっている周囲は多少煙い程度であった。

 

「そういや、オレ達はこの煙大丈夫なのかよ?」

 

「薬飲んでいるから大丈夫」

 

 シレッと死ぬより酸っぱいものを喰わせた少年が答える。

 

「お? 宝箱? 蟲が?」

 

 ガシンが驚くのも無理はない。

 

 蜘蛛が護っていた二階には宝箱。

 

 それも銀色のソレが置かれていた。

 

「……外れ」

 

 少年がクナイで宝箱を攻撃する。

 

 途端、内部から衝撃で弾け飛んだらしい子蜘蛛……と言っても、手のひらサイズのソレが飛び出して来て、少年のダガーがサクッと両断し、断面から黒い侵食が相手を喰らい尽した。

 

「な、何で分かったの? アルティエ」

 

 レザリアに少年が肩を竦める。

 

「恐らく、大蜘蛛の位置が宝箱の上。汚れが一番少ない。あからさま過ぎ」

 

「な、なるほど!! アルティエは賢いですね!!」

 

 フィーゼがそう納得した様子になる。

 

 しかし、少年が蜘蛛を排除した宝箱内部を見やり、手を伸ばす。

 

 そして、横に振るとゴトゴトと音がした。

 

「お?」

 

「二重底。ありがち……」

 

 少年がダガーで箱の下の板を剥がして内部のものを取り出した。

 

「これって……蜘蛛のレリーフが掘られた腕輪、ですか?」

 

 少年が手に取る。

 

「鑑定【飽殖神】の慈輪。装備時、昆虫型変異覚醒者の精力増強。体力611%上昇(再上昇可)。魔力93%上昇(再上昇不可)。霊力432%上昇(再上昇可)。知識32%下降(上昇不可)。精神力32%上昇(再上昇不可)。生殖細胞の増殖キャップ開放。排卵数無制限化。装備解除時、蜘蛛化」

 

 少年がチラリとレザリアを見てから、自分の懐からエンデの指輪のネックレスを取って相手に装備させ、その手に腕輪を握らせた後、その輪を握った手に手を重ねて捻った。

 

 金属製のはずだったが、あっさり破壊音がする。

 

 腕輪が壊れた途端、レザリアの胸元の指輪が崩れていく腕輪から輝きのようなものを吸い込んだ。

 

 すると、当人の体の調子が自分でも分かる程に良くなる。

 

「これでよし」

 

「え!? え!? 何が良しなの!?」

 

 思わずレザリアがツッコむ。

 

「これで強くなった。問題無い」

 

「さっき、何か怖い事言って無かった!?」

 

「この指輪が怖い効果を全部破壊してくれる。ただし、呪紋の効果は半減」

 

 少年がさっさと指輪のネックレスを引き上げて再び自分が掛ける。

 

「そ、そうなの?」

 

「そうそう」

 

「本当かなぁ……」

 

 ジト目でレザリアが少年を見やるが、少年は我関せず。

 

 すぐに次の階層へと進んで行く。

 

「何かやる事ねぇな」

 

「もっと、こう……何かあるべきな気も……」

 

 自分達の命を懸けてやって来たフィーゼとガシンだが、感想は一致していた。

 

 もうコイツ一人でいいんじゃないかな?

 

 だが、そうもイカナイというのが塔の踏破であった。

 

 少年が的確に階層を見て、罠がありそうな場所をスルーしたり、適当に罠を発動させて落下トラップを回避したり、適当に壁を殴って、壁と壁の間の細いルートを見付けたりしつつ進んだ彼らは遂に一匹も蜘蛛と出会わずに塔の最上階まで到達していた。

 

 塔の最上階は吹き曝しで壁も無く。

 

 宝箱が一つ切り。

 

 それも木製で少し黒かった。

 

 少年が予め決めていたハンドサインで戦闘態勢を指示し、同時に上にいると告げてから、一気に攻撃を開始する。

 

 クナイが抜き打ちで箱の上空。

 

 20m程の部分を通過する寸前、何かに当たって爆発し、その何かが一瞬だけ彼らにも見えた。

 

「デ、デケェ!?」

 

 ガシンが言うのも仕方ない。

 

 煌めく糸一本によって釣り下がっていたのは少なからず9m近い大きさの蜘蛛であったのだ。

 

 それもすぐに消えてしまう。

 

「見えなくなるのかよ!?」

 

「後方八時。剣で切り裂いて」

 

 少年の言葉にすぐ反応したフィーゼが持って来ていた剣を蜘蛛の巣で見付けて連れて来ていた精霊で動かして切り払う。

 

 途端、ヴァギンッと悲鳴を上げて剣が拉げて折れ、蜘蛛の鋭い鎌のような脚の一本が折り畳み式のナイフのように展開しているのが見えた。

 

 すぐに蜘蛛が透明化して消えるが、剣は使い物に為らず。

 

 フィーゼが周囲に盾の一つとして浮かべておく。

 

「十二時方向。盾投げ」

 

 少年の言葉と同時にレザリアが飛び出して盾を投げた。

 

 ソレが今度は何か途中で衝突するも絡まるようにして落下し、蜘蛛の巣の下で止まった為、糸が掛けられていたのだと誰もが理解した。

 

「見えない糸を出すのか!? クソ!? どうすんだ!? さっきみたいに焼き払うか!?」

 

 ガシンが言っている傍から、少年がダガーでその顔面スレスレを切り払う。

 

「うお!?」

 

「目玉取られるところだった」

 

「は!? 物騒過ぎるだろ!? 何だその攻撃!!?」

 

「見えない糸で切る、裂く、絡め捕る、内部のものを引き抜いて剥がす。全部やってくる」

 

 思わずフィーゼが口元を抑えた。

 

 正しく、見えざる恐怖。

 

 化け物は怖ろしく狡猾。

 

 だが、それよりも疑問なのは―――。

 

「ど、どうして分かるのですか!?」

 

「見えてる」

 

「え?」

 

「霊を見られる存在には見える糸。だから、糸に絡めとられた塔も巣も見える」

 

 少年の言う通り。

 

 レザリアにもちゃんと蜘蛛の動きが見えていた。

 

「や、やたら早いよ!? どうするの!? この足場じゃ……」

 

「呪霊召喚【ファルターレの貴霊】」

 

『おっと、わたくしの出番ですわね♪』

 

 ニヤリとしていきなり出て来た大弓を番えた青白い少女にフィーゼとガシンは思う。

 

「誰ですか!?」

 

「誰だよ!?」

 

『わたくし? わたくしの事が聞きたいんですの!? 勿論ですわ~~ちゃんと、後で教えて差し上げますわよ。ふふふ~~』

 

 蘇れる可能性を得てから基本的にルンルン気分で機嫌が良いエルミである。

 

『あ、そーれ♪』

 

 エルミの弓が一発。

 

 蜘蛛の胴体に当たった。

 

 途端、蜘蛛が緑色の血飛沫を上げて、すぐに普通の視界しか有さない2人にも姿の一部が見えるようになる。

 

『まだまだ!!』

 

 第二、第三の矢が突き刺さった動体からの血飛沫で姿が露わになると。

 

 大蜘蛛がグギョンッと上半身の形を変えた。

 

 上半身と下半身の間に折り畳んでいたらしい大量の脚が蛇腹状に展開されて、その最中にある大量の凶器染みた手足の先が刃物のように伸びて近付いて来る。

 

 少年の炎では攻撃が到達するより先に焼き切れはしないだろう。

 

 だが、少年が軟膏の入った瓶を投げ付け、クナイで足に当たる寸前で爆破した。

 

 猛烈な閃光と共に迫って来ていた脚の大半が吹き飛ぶ。

 

 それでも上半身と下半身で半分程の脚が無事であり、もはや蜘蛛というよりはムカデと蜘蛛を足したような姿は完全に化け物としか見えない。

 

「クナイを胴体部に全て投擲」

 

 弓が次々に刺さる動体とクナイを何とか直撃を防ごうとして脚に喰らって吹き飛ぶ大蜘蛛という図である。

 

 その合間にも破壊されて千切れた脚が跳ねながら彼らを狙い。

 

 ソレをガシンが投げ返し、蹴り返し、拳で弾き返しながら、何とか身を護る。

 

『どうするんですの? もう腕が生え掛けてますわよ。アレ』

 

 おえーという顔になるエルミが少年に報告する。

 

「フィーゼ、あの上まで飛ばして」

 

 少年が指差したのは蜘蛛のいる背後より更に上だった。

 

「わ、解りました!! お願い!!」

 

 少年がフワリと浮かぶと急加速して大蜘蛛の頭上を通り過ぎる。

 

 そこで慌てた様子で振り返ろうとした体に弓が突き刺さり、最後のクナイが爆破して動体の一部を拉げさせた。

 

 動きが遅れた大蜘蛛は自分の生命線である見えざる糸で編んだ綱。

 

 自分を吊るし、移動させ、動かす人形の操り糸にも近しいソレらが少年の黒い跳ぶ斬撃によって浸食されて、断ち切られていくと同時に悲鳴を上げる。

 

 次々に斬られた糸を繋げるより先に炎が天空へと吠え猛る。

 

「ウィシダの炎瓶」

 

 猛烈な炎が天を舐め尽くし、今まで大蜘蛛の図体を高速で移動させていた糸という糸を焼き尽くして、塔を維持している巣までも焼き始めた。

 

 塔が一気に斜めに傾ぐ。

 

 そうして、身動きが鈍くなり、手足の再生より先に少年が落下速を稼ぎつつ、焼けつつある糸の一部に黒い菌糸を伸ばして接着し、巻き戻して腰から加速。

 

 中腰で身を屈めるようにして大蜘蛛の胴体部へと跳び込んだ。

 

 そのダガーが急激に大きくなり、大剣のように相手を切り開き、その内部に少年が突入する。

 

「ウィシダの炎瓶」

 

―――?!!!

 

 ゴヴァッと蜘蛛の体内から奔る猛烈な炎が蜘蛛の胃に突っ込まれた少年の手の先から気道を抜けて口から吹き上がり、頭部を焼き尽くしていく。

 

 そして、もう片方の手が握る大剣は体内から菌糸を伸ばして、再生しつつある体を内部からベキベキと破壊しながら侵食し、胴体を左右で黒と赤に塗り分けた。

 

 内部から焼かれ侵食されて崩壊していく動体はもはや墓標のようにも見えて。

 

「ッ」

 

 少年がその状態で身を捩じって抜ける。

 

 背後の甲殻を突き抜けて緑色の血に濡れながら、その毒液に焼かれながら、剣をダガーに戻して振り返り様に再び炎を撒く。

 

 すると今まで動いていた数多くの蜘蛛の脚が次々に落ちて行った。

 

 それを動かしていた糸が焼き切れたのだ。

 

 同時に数m以上の高度を塔が落下する。

 

「こ、これはもう持たねぇんじゃねぇか!?」

 

「そ、そうですね。アルティエ!!」

 

 少年がタカを顕現させ、全員のいる方へと突っ込んだ。

 

 それに向かって飛んだエルミ以外の全員が何とかタカの脚を掴んで炎に巻かれ始めて崩れ落ちる塔を背後に地表へと降りていく。

 

「倒したのか?」

 

「大蜘蛛は……でも、子蜘蛛はまだ何処かにいるかも……」

 

「ま、まぁ、いいさ。倒せたんならな」

 

 言ってる傍から背後で塔が完全に蜘蛛の糸からの支配を卒業し、猛烈な勢いで西部中央地点に落ちて猛烈な勢いで破砕し、大量の瓦礫を飛び散らせて土煙を上げる。

 

 そして、上空にある蜘蛛の糸は焼かれ落ちて行った。

 

 地表に降りる寸前。

 

 ズルリと少年の手から力が抜けてベシャリと地面に叩き付けられた。

 

「アルティエ!!?」

 

 すぐにタカから飛び降りた彼らは見る。

 

 少年の片腕は半ばから焦げており、もう片方の手は半ば胃の消化液で溶けている。

 

 毒液は肌を焼き溶かし、炎は焦がしていた。

 

「ああ、こ、こんな!?」

 

「大丈夫……治るから……」

 

「そんなわけ!?」

 

 思わず涙を零したフィーゼ。

 

 更に泣きそうな顔ですぐ傍で応急処置用の医薬品を背後のポーチから取り出したイゼリアが薬を少年の手に掛けていく。

 

 すると、ブクブクと黒い菌糸が増えたかと思えば、茸のように胞子で少年の両腕を包み込んでいた。

 

「こ、これって!?」

 

「もしもの時に使う用ってアルティエが言ってたの。ボクに使う用って持たせてくれてて」

 

「マズイぞ。お前ら!!」

 

「「!?」」

 

 ガシンが構えを取っていた。

 

 彼らのいる平原の果てからズシンズシンとソレがやって来る。

 

『嘘でしょ!? しぶと過ぎじゃない!? もう魔力ないから打てないわよ!?』

 

 エルミが召喚が解けて、少年の頭上で喚く。

 

 全員が驚くの無理はない。

 

 頭部と胴体の半分以上を失った大蜘蛛。

 

 その下半身が焼かれ朽ちながらもまだ再生しつつある脚の一部を使って、彼らの方へと向かって来ていた。

 

 しかも、その下半身の一部には蜘蛛の顔らしきものが僅かに内部から浮かび上がっており、どれだけの傷なら相手を完全に倒せるものか。

 

 少年以外の誰にも分からない状況だった。

 

「レザリア。三番の薬」

 

「あ、え、う、うん!!」

 

 少年の言葉にすぐポーチに入っている蝋で封をされた小瓶が取られ、空けられて少年の口に流し込まれる。

 

「サイリスの疫滅薬(生薬)。真菌増殖速度1231%上昇(再上昇可)。増殖サイクル389%上昇(再上昇可)。過剰増殖による偽遺伝子化進行。毎秒2.2%上昇」

 

 少年が立ち上がる。

 

 それと同時に僅かに肌が黒くなり、少年の両腕もまた膨れ上がった菌糸が黒く染まって膨れ上がった。

 

 周囲の草花が水分を吸収されて枯れていく。

 

 猛烈な勢いで周囲が菌の胞子による水分吸収で乾き。

 

 同時に少年の両腕が膨れて、まるでヌイグルミの獣のようになる。

 

 少年が走った。

 

 誰もが置き去りにされる世界の最中。

 

 燃え上がり、黒く侵食されながらも命の灯火を燃やして吠え猛る蟲に無慈悲なほどに冷静な少年の瞳が両腕で死を届ける。

 

 無数の凶器の脚VS黒いヌイグルミの腕。

 

 勝者は少年であり、その腕は脚を弾くどころか取り込みながら急速に毒液も含めて内部に取り込んで関節部から引き千切った。

 

 そして、内部から飛び出て来た菌糸と繋がりながら、相手の細胞を犯し、喰らい、崩壊させていく。

 

 だが、命が燃え尽きる前に蟲の腕はまだ数本直撃を免れ。

 

 それが少年の頭部を殴り飛ばそうとして、ガチリと少年の歯に噛み潰されて阻まれ、喉がのけぞると同時に食い千切られる。

 

「大蜘蛛ウルガンダ(生食)。人モザイク・ウィルスDD103型を確認。変異進行中。毎秒1.2%。体細胞枯死率毎秒2.1%進行。抗体生成開始……病原臓器を特定―――」

 

 少年が、焼け焦げた敵の内臓。

 

 まだ少年の菌糸でも犯し切れていない部位。

 

 心臓部とでも言うべきだろう部位に首を突っ込んで齧り付く。

 

 その顔は猛烈な勢いで爛れ始めていたが、構わず。

 

「病原体臓器生殖腺(寄食)。変異進行度毎分7.2%に鈍化。抗体生成まで残り28秒」

 

 少年が菌糸の糸で自分のポーチから薬品を一つ取って、中身を喉に流し込む。

 

「アルメスの華薬(生薬)。ウィルスの偽遺伝子化を進行。真菌共生による枯死細胞のオートファジーと再生を開始……」

 

 腕が更に肥大した少年が両腕で相手の脚を掴み潰していく。

 

 萎れていく顔から次々に皮膚が剥がれ落ちて筋肉を剥き出しにしつつも、それが高速で内部から再生していくという様子はもはや人間を超越していた。

 

 だが、遂にソレすらも少年は通過する。

 

「抗体生成完了。全ウィルスを駆逐開始―――22%―――44%―――98%、完了」

 

 少年が両腕を乱舞させた。

 

 炎と黒い侵食で限界を超えていた相手が断末魔すら上げられずにバラバラになりながら燃え上がり、その燃え上がったものが黒く侵食され、地表で蠢く少年の腕から落ちた真菌に吸収されていく。

 

 そうして、少年が全てを終えた時。

 

 その両腕は真っ新になり、シャニドの印が浮かび上がっていた。

 

「全感染細胞のサイクルを完了。新規細胞による臓器再形成まで38時間」

 

 少年がバッタリと倒れる。

 

 慌てて掛けて来る仲間達が来る前に静かに目が閉じられる。

 

「呪霊属性加護呪紋【飽殖神の礼賛】を獲得。生命属性生成呪紋【不可糸】を獲得。残存体力2.3%。残存魔力0.94%。残存精神力62.2%……」

 

 もはや言う事など彼らには尽きていた。

 

 だが、その怖ろしき戦いを見た誰もが、少年の疲れ切ったような、遣り遂げたような寝顔に思う。

 

―――ああ、この寝顔になら命くらい掛けられる。

 

 少なからず。

 

 少年はまだ彼らの中では人間であった。

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