流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第18話「フェクラールの探索Ⅱ」

 

「打ち直し?」

 

「そう」

 

 午後。

 

 少年が巨大な大剣を以てやって来た鍛冶場ではウリヤノフが陣頭指揮を執って、様々な工具やら、必要な武具やら生活に使う諸々の鉄製品を検品していた。

 

 特に夜に明かりを確保する手持ち式のランタンは油の確保と共に夜の安全性を上げる代物として数は少ないものの量産が進んでいる物の一つだ。

 

 ランタンを複数置いた机の上。

 

 少年が焼け焦げたウェルキドの大剣を置く。

 

「これも拾って来たのか?」

 

「そう」

 

「焦げてはいるが、まだ、剣身部分は使えそうか?」

 

 繁々と剣を検分するウリヤノフが頷く。

 

「どう打ち直す?」

 

「これ」

 

 少年が持って来たのは蜘蛛の巨大な脚の一部だった。

 

「これは―――」

 

「大蜘蛛の一部。昨日、取って来た。これしか見付かってない」

 

「これを使って?」

 

「加工方法なら在る」

 

 少年が手書きの作成方法を渡した。

 

「一度溶かし、再鍛造してから、この脚を溶かした薬液に付けて、一滴薬品を添加……これが剣の作り方?」

 

「そう……」

 

「見た事も聞いた事も無い薬品の取扱い方法に武器の作製方法か。全部、劇薬にしか見えない効能だな」

 

 詳細な情報が書かれた紙にはまるで嘘のような情報ばかりが乗っていた。

 

「この知識は何処で?」

 

「呪紋が教えてくれる」

 

「確かに知識を得る呪紋というのはあるが……どんなものになるのかは分からないのか?」

 

「御祈り」

 

「ははは!! 御祈りか!! いやはや、確かに……イゼクスの門は潜れずとも祈り程度はしておくべきかもしれん」

 

 大笑いしてから苦笑するウリヤノフが溜息を吐いて頷いた。

 

「だが、一発勝負は頂けんな。そもそも成功するかどうかも分からん。君の体格を考えても振り回し難い大剣よりは腰に佩くものか。短剣がいいだろう」

 

「分割する?」

 

「ああ、剣身の金属も既存の鉄では無いようだし、1本でやるには惜しい。鍛造方法が解っているなら、3つに分けよう。帯剣、刺突用短剣、後はソードブレイカー当たりでいいか?」

 

「お願いする」

 

「心得た!! 戦利品で造る初めての得物だ。しばらく掛かるだろうが4日程は欲しい。この方法だとそれくらいは掛かるだろう」

 

 ウリヤノフが任せておけと笑って承諾する。

 

「……昔は鍛冶師だった?」

 

「ああ、そう思われても仕方ないくらいには此処に詰めていたな。だが、半分だけ正解だ」

 

「半分?」

 

「実家が鍛冶師だった。騎士に取り立てられたのは30代になってからだったな」

 

 懐かしむように瞳が細められる。

 

「まぁ、昔の話だ。親父殿の背中を思い出して色々と助かった事も多い。我らは流刑者だが、人を止められるものでもない。あの子のように……それはどんな者の心もまた同じなのだろう」

 

「………」

 

「感傷的だったな。後はこちらでやっておく」

 

 少年が小さな小瓶をウリヤノフに渡して、今も熱い鍛冶場を後にした。

 

 火の入った釜には造られたばかりの炭が使われているが、近場で石炭も出たという事でソレも使われている。

 

 元々はウリヤノフが燃える石の話を知っていた為であったが、その鉱脈が案外近場の露天掘りで大量に出て来た事は僥倖だっただろう。

 

 夕暮れ時にはまだ少しある。

 

 今日も浜辺に向かった少年はいつも近頃はそこで少年が頼んだ作業を続けてくれているリケイを見付けた。

 

「おや? どうしましたかな?」

 

 流木の上に座る老爺の横に腰掛けて、袋から多頭の蟲の琥珀を取り出した少年がソレを木製の板に載せて渡す。

 

「ッ―――これは何処で?」

 

 リケイが呆然とした様子で震えながら、それを見やる。

 

「知ってる? 拾った」

 

「拾った? 拾った……何処で、ですかな?」

 

「海の方の遺跡」

 

「はは……まさか、そういう……ああ、そうですな。陸に無ければ、海なわけか」

 

 リケイがまるで盲点だったとばかりに天を仰いだ。

 

「?」

 

「いや、申し訳ない。こんな唐突に色々出て来るものかと」

 

 リケイが僅かに息を吐き出して、今までにない真剣な瞳になる。

 

「この蟲の名はビシウスと言いますじゃ」

 

「ビシウス……」

 

「左様」

 

 頷いたリケイが琥珀を前に瞳を細める。

 

「嘗て、この“神蟲”一つの為に大国が争い。互いが滅んだ事もある代物です」

 

「価値が高い?」

 

「価値というか何というか。言い伝えでは不老不死の妙薬だとか」

 

「不老不死?」

 

「……実際に嘗て教会の一部の者達はコレを服用し、高位司祭や最上位の神聖騎士は今も生きているとも言われております」

 

「神聖騎士……」

 

「最も恐ろしきタダビト。術者の天敵。呪紋を狩り、呪紋を用いる者達ですじゃ」

 

「………」

 

「まぁ、一般には伝説ですが、その伝説と何度か相見えた事がある身からすると……」

 

「強い?」

 

 世間話でポロッと知らない情報が出てくる事もあると知る少年はちゃんと尋ねた。

 

「怖ろしく。限界はあるのです。だが、その限界まで戦えば、大国を滅ぼす事は不可能ではない。そのような者達でしてな」

 

 リケイが溜息を吐く。

 

「……コレどんな能力?」

 

「では、失礼して……」

 

 リケイが自分の手を板の上に翳した。

 

 その手の甲にはシャニドの印が輝く。

 

「……人の世に出すべきではありませんな」

 

「理由は?」

 

「これを砕いて湖に入れれば、百万の人の病と怪我を癒す霊薬となり、これを溶いた液体を一滴垂らせば、死人すらも甦りましょう。ただし、何も覚えていない赤子ですがな」

 

「………」

 

「濃度と量を調節すれば、病のみならず。年齢すらも全盛期まで若返る。ただ」

 

「ただ?」

 

「これを呑めばタダビトでは無くなる」

 

「術者に?」

 

「成り易いではなく。成ってしまうでしょうな」

 

「………」

 

 少年が琥珀を板の上から取って、天に翳す。

 

「誰が作った?」

 

「神か。あるいは神の名を騙る悪魔か。解りもせぬ神世の琥珀。取扱いは慎重にと言いたいところだが……」

 

「無しの方向で」

 

「?!」

 

 少年がダガーで一閃した。

 

 琥珀が砂浜に砕け散って風に乗って消えていく。

 

 その時、微かに太陽光の中で輝きが零され、少年の胸元に吸収された。

 

「―――く、くく、ん、んふ、んふふふ、くふふふふふッ!!?」

 

 リケイがまるで本当に唯々愉快そうに口元を抑える。

 

「ふ、ふく、くくくく!!!? ああ、そうですな。それがいい。それがいいのでしょうな。いや……いや、まったく!! 良いですじゃ。うむ……」

 

 涙すら浮かべて指で拭った老爺が何処か晴れ晴れとした顔で少年を見た。

 

 それはいつもの顔でもなく。

 

 何も他意の無い本心にも見えて。

 

「このリケイ。貴方様に出会えた事。心の底より神に感謝致しましょう。教神イエアドの子として……貴方の前途にお力添えすると誓いますぞ。アルティエ殿」

 

「そう?」

 

「はい。これほどの意趣返し。古今東西、何れの教会も絶望に咽び泣く事でありましょう」

 

「?」

 

「こちらの話ですじゃ。ああ、それと2か月から3ヵ月後、恐らくですが、教会の船団がこの島に来る。完全武装の神聖騎士と教皇領近衛軍の一部ですが、一隻でも此処に来れば、今の野営地。いや、村では全滅は必至でしょう」

 

「………」

 

「それまでに態勢を整えるとよろしい。勿論、秘密ですぞ? お互いに」

 

 シィ……と人差し指を口の前で立てて、いたずら小僧のようにウィンクをする老爺のお茶目な微笑みはきっと今生で最も輝いた顔に違いなかった。

 

 *

 

「……何かフラグ立った? 今回、アレを破壊したのが良かった? 3ヵ月をようやく超えられる?」

 

 ブツブツ呟きながら、少年は先日の呪紋実験で人型の目標を打ち立てた浜辺に来ていた。

 

 もう夕暮れ時であり、野営地側を見るとヘロヘロになったフィーゼ、ガシン、レザリアともう常人には見えなくなったエルミがいた。

 

「アルティエ~~」

 

 レザリアが一番先にやって来て、傍の砂浜で大の字になる。

 

「どうして疲れてる?」

 

「簡単だよ~~ウリヤノフさんが一緒にやってけって。ボクは前衛ですって言ったら、盾になってアルティエを護る役だーって」

 

 フィーゼとガシンもやって来たが、もう体力は0です本当ですと言わんばかりの状態で髪は解れているし、体のあちこちが打撲痕だらけだった。

 

 まぁ、明日には治る怪我である。

 

「うぅ~~エルミさんの弓が痛いです……どうして、8割避けられないのでしょうか。手加減されてなければ、今頃は穴だらけ。自信が無くなって来ました」

 

 フィーゼがレザリアの横で大の字になる。

 

『当たり前でしょう。わたくしの華麗なる弓術は世界一ですわ。フフン♪』

 

「(呪具使ってるから……)」

 

 ボソッと少年は月の力を使うらしい弓の命中率を月齢で換算してみる。

 

 それでもやはりレザリアの弓術は相当らしいと分かって思わず貴族の子女の嗜みは侮れないという顔になった。

 

 初めての少年にとってのイレギュラーは只者ではないのだ。

 

「で~~最後に何させるつもりだ? ウチの隊の隊長様は~」

 

 ガシンもフィーゼの横で大の字になる。

 

「もう蜂蜜薬の味には慣れたが、変なの喰わせるなよ~」

 

 ガシンの言葉はフィーゼにとっても切実だ。

 

 蜂蜜で誤魔化した一番味がマシな薬から少しずつ彼らに飲ませている少年であるが、それでもやはり味は酷いらしい。

 

「訓練。こっちの」

 

「あん? お前の?」

 

 ガシンが立ち上がる。

 

 フィーゼも何とか柔らかな砂の誘惑を断ち切って立ち上がる。

 

「どういう事ですか? アルティエ」

 

「蜘蛛の見えない糸の呪紋」

 

「アレの呪紋が手に入ったんだっけか? それオレらの命無くなるだろ……」

 

 ガシンがジト目になる。

 

「体力を霊力にして吸収するのを止める」

 

 言っている傍から少年が人型の目標の背後に立って振り返る。

 

「【不可糸】」

 

 少年の言葉と共に思わずレザリアとエルミが滅茶苦茶後ろに慌てて下がった。

 

「え? え?」

 

「な、何でそんな下がるんだよ……」

 

 思わず何も見えていない2人が困惑する。

 

 しかし、見えている2人にしてみれば、少年の糸の使い方はまったく想定外のものでしかなかった。

 

『わ、わたくし、そう言えば、夜の二度寝の仕事があるんでしたわ~』

 

 脱落者となったエルミが家に逃げ帰る。

 

「ボ、ボク、そう言えば、おねーちゃんに早く来るように言われてた!! じゃ、じゃあね」

 

 イソイソとレザリアも逃げ出す。

 

「え、え~と……アルティエ。何がどうなってるのですか?」

 

「大丈夫」

 

「そ、そうですか」

 

「そこで立ってくれてるだけでいい」

 

「はぁ? 立ってるだけでいいのかよ……分け分からん」

 

 2人が何で2人はあんなに逃げたのだろう。

 

 と、思っている彼らの鼻先では見えざる糸で編まれた大量の蜘蛛や先日倒した大蜘蛛を模した糸の人形が大量に後から後から湧き出しており、それが村落全体を覆う程に溢れていた。

 

「【生命付与】」

 

 それが次々に命を吹き込まれたようにワシャワシャと一人手に動き出して、見えないままに村の警備任務中の守備隊員の頭や胸、肩、背中に鎧のようにへばり付いた。

 

 誰もが少し違和感を覚えたようだが、見えない糸の怪物である。

 

 ついでに言えば、あまりにも軽いせいで誰も違和感以上のものは感じ取れていなかった。

 

「………」

 

「あのぉ。アルティエ? 本当に一体何を?」

 

「もしもの時の備え」

 

「備え?」

 

 少年が鍛冶場から貰って来た帯剣を空にポイッと投げた。

 

 それが少年自身の手に突き刺さったかに思えたが、肌の少し上でスルリと滑ったように落ちた。

 

「?」

 

「動いてみて」

 

「あ、は……ぃ?」

 

「んお?!」

 

 2人が何も無いようにしか見えない体が動かせない事を悟る。

 

「い、糸なんだろ!? どうして動けねぇんだ。ビクともしねぇ」

 

 何故か?

 

 2人の体を見えざる糸が鎧のように包み込み、その四肢を完全に縫い留めていたからである。

 

 糸の先は周囲の岩や地面に接着されている。

 

「全力で動ける?」

 

「う、む、無理そうです」

 

「う、ぎぎぎぎぎ!!? ぐぇ……ピクリともしねぇ。糸の癖に」

 

 少年が蜘蛛の鎧にした部分以外を全て消し去る。

 

 蜘蛛達は大人しく少年の命に従っており、言わば生きた装甲のようにも見えた。

 

「使えそう……」

 

「あの……これで終わりですか?」

 

「今日の訓練は終了。明日から西部日帰り」

 

 2人がようやく物事が前に進むのかという顔になる。

 

「が、頑張りますね!! アルティエ」

 

「で? どこに行くんだ?」

 

「西部の山岳部付近の森林地帯。まだ、誰も行ってない」

 

 2人の脳裏には近頃暗記させられた地図が思い浮かんでいた。

 

 確かにまだ誰一人として西部の奥地の森林までは探索出来ていない。

 

 先日の塔落下事件が凡そ西部の中央平原辺りの出来事であり、そこから先の岸壁に囲まれている北部への道のりは未だ謎なのだ。

 

 よく休むように言って、少年も自分の部屋へと戻る事にした。

 

『あ~~酒が飲めるとはなぁ』

 

『甘ぇのは趣味じゃねぇが、酔えれりゃ何でもいいさ』

 

『それにしても甘ぇなぁ……いや、苦ぇだけでもアレだがよぉ』

 

『酒のアテに魚も茸も飽きたしなぁ』

 

『麦が出来るまでは何も出来んだろ』

 

『せめて、野菜がありゃ違うんだろうが……』

 

『塩もまだあんま取れないし、味気ねぇなぁ』

 

 帰って来れば、店舗となっている部分で一時的に発酵の進んだ蜂蜜酒という名の爆薬を薄めて普通の麦酒と同じくらいに燃える程度までに希釈したソレが一人1杯という括りで肉体労働を終えた水夫や船員達に振舞われていた。

 

 テーブルの上で出来立ての木製のジョッキから飲み干しつつ、魚やキノコを齧る彼らだが、大本の食材が悔い飽きるレベルなのは生きていく為には仕方ない。

 

 だが、現在塩を海水から煮詰めて造っている以上、薪は不足気味。

 

 塩田もしくは岩塩が取れる場所がとにかく望まれていた。

 

『野菜と言えば、自生してる植物は食えるのが幾らか見付かってるんだとよ』

 

『医者先生も大変だ。だが、真面目にナスでも芋でもいいからウメェのを頼みたいところだな』

 

『ちげぇねぇちげぇねぇ……』

 

 酒もあまり量が用意出来ないという理由から1週間1度という事になっているが、実際には極めて余りまくっている危険な花を樽に一本入れる簡単な仕事であり、樽が足りないというのが事実だったりする。

 

 樽そのものが生木で造られている為、何とか工夫して焼き焦がしたり、蒸して蒸気を飛ばしつつ短期間で乾燥させたりと苦心して一応は形になった。

 

 が、そのおかげで生産個数は日用品や防衛用の装備を造る片手間では知れており、飲料水や生活用水、鍛冶場に使うだけでまだ村全体では足りていなかった。

 

『はいよ。ニアステラの蜂蜜酒』

 

 愛想の良い看板娘としてアマンザが酒をジョッキに柄杓で注いで渡し続けている。

 

 蒸し魚の葉包みを玄関先から食卓のテーブルに見付けた少年はもう疲れ切って食事を終えて寝てしまっているのだろうナーズの寝息のする寝室を通り過ぎながら、部屋に戻って袋を黒い真菌の糸で目の前に天井から吊るし、作業机の上のランタンを付けた。

 

 その灯りの最中に鉄製の盆のような作業台を置いた彼が袋から一つずつ取り出したのは例の人型達の臓器の一部だった。

 

 それがそっとダガーで解剖されて、丁寧に膜を剥がれた後、近頃は大量にストックしてある乳鉢の中に放り込まれてゴリゴリ、グチュグチュと磨り潰され、次々に棚に入れられた薬品や粉末が菌糸の糸で持って来られて、中身を入れられて、使用済みのトレイに移されていく。

 

 そうして、乳鉢内部では最初こそ血の色だった何かが、今は何故か青白い色に変貌し、沈殿した赤い部分を移さないように液体だけが小瓶に移されて、木製の栓と封蝋で密封された。

 

「ふぅ……(*´Д`)」

 

 注意を払い終わった少年が唯一調合に使って残しておいた瓶を持って、イソイソと外に出ていく。

 

 誰にも見付からないように引き込まれている水場で小瓶に上から菌糸で水を入れて、それを軽く木製の蓋をして振った後。

 

 壁の外の麦畑に向かう。

 

 そうして、麦の一部を確認後、それを一株だけ根っこ毎、土まで持って、畑から少し離れた場所……林の内部まで来ると月明かりの下でダガーで掘り返した地面に植え替えて、小瓶の中身を根本に一滴だけ注いだ。

 

「………っ」

 

 すると、反応は劇的であった。

 

 ブワリと麦が震えながら猛烈な勢いで姿を大きくしていく。

 

 そして、5m程まで背丈が高くなった後、その房がまるで拳程まであろうかという大きさになって穂を垂れるまで数秒。

 

 周囲の樹木が急激に枯れたのを確認した少年が静かにダガーで木材を切り倒して、不可糸によって周囲に積み上げ。

 

 月明かりの下で穂を垂れる5mの麦を刈り取った。

 

 空中で不可糸で解体された茎の部分はそのまま少年の背中に何分割かされてから縛って結び付けられ、残った30個程の麦?と疑問符が付くソレの実は菌糸で造った黒い大袋に入れられて、そのまま少年は帰っていった。

 

 *

 

―――西部、中央地帯。

 

 翌日、少年は仲間達を連れて中央平原の端。

 

 西部を囲うように広がる岸壁から中央地帯まで続いている山林の入り口までやって来ていた。

 

「案外早かったですね。やっぱり、その不思議な霊殿というのの移動が便利過ぎますね」

 

「案外、な」

 

 最も遠い場所にある元ハチの巣の焼け焦げた湖一帯。

 

 焦げた大木を彫り込むようにして廟が作られ、内部には黒い真菌の繭が入れ込まれていた。

 

 ソレを霊殿としたのは少年が見ていない時にも蟲を寄せ付けない為だ。

 

 真菌への命令は蟲を捕食せよである。

 

 その為、未だ蜂は戻って来ておらず。

 

 同時に他の蟲も周囲からは消え失せていた。

 

 そこから西部に向かう洞窟へと1時間程歩き。

 

 そこから中央地帯まで2時間程度歩き。

 

 そこから更に2時間歩いてようやく辿り着いたのが山林への入り口。

 

 と、行っても道らしいものはなく。

 

 少年を先頭にして彼らは深い森に入り込んでいた。

 

 フィーゼとガシンの装いは既に革製の衣服に簡易の急所だけを覆う装甲を付けた簡易なものとなっている。

 

「レザリア」

 

「うん……音は聞こえないみたい。大きな蟲はいないんじゃないかな」

 

 レザリアはウリヤノフ特性の鎧を着込んでいる為、ガッチガチである。

 

 ついでに言えば、先日は木製の盾だったが、現在は鉄製の肩と腕を護る盾を腕にベルトで装備しており、同時に背中には人がすっぽり入りそうな長方形の盾が背負われており、完全武装状態である。

 

 それでも常人以上に走れるし、逃げれるし、回避も出来て、フィーゼ達と殆ど同じように動けるのだから、後から入った2人にはレザリアの超人ぶりが身に染みているだろう。

 

「本当にレザリアさん……スゴイです」

 

「え?! ボ、ボクはスゴくないよ。持って行く装具とか荷物とか、諸々の訓練何かも全部アルティエに考えて貰ってるし……」

 

 フィーゼがレザリアを褒める。

 

 重要な薬は各隊員に配布されているが、最も重要なものを保管するのはレザリアの仕事になった。

 

 その為、盾の下には常人でも背負い歩くのは一苦労だろう成人男性よりは軽い50kg程のカバンがある。

 

 野営資材と食料と薬。

 

 全てレザリアが持っている形であった。

 

「はは、男が荷物も持てねぇとはオレも焼きが回ったな」

 

 ガシンが溜息を吐く。

 

 身体強度と筋力がまるで違うレザリアを前にしては同じ荷物を背負って、ガシンは走る事も出来なかったのだ。

 

「前方に廃墟らしきものを視認。全員、警戒態勢」

 

 少年の一言で静かになった仲間達は少年が進んで行くのに合わせて周囲に目を配りながら、足音を殺して歩いて行く。

 

 彼らが見付けたのは20軒程の廃墟の列だった。

 

 道らしきものが廃墟の中央を通り抜けており、その端は東の山岳部の壁に向かう道と北部に向かう道に分かれている。

 

「異常無し、霊視でも何も見えない」

 

「エルミ」

 

『はへ? もう着いたの? ふぁ~~~』

 

「上空から何か見える?」

 

『はいはい。わたくしが見てあげないと道も決められない騎士様を助けなきゃね』

 

 今まで少年の背後の虚空でスヤスヤ寝ていたエルミが上空へと飛び出していき。

 

『ん~~~? 東部の方の森の中に開けた場所がありますわね。石で造られた遺跡? みたいな感じかしら?』

 

「東で。エルミが遺跡みたいなの見付けた」

 

 少年が一応、廃墟を全員で固まって捜索する。

 

「アルティエ。これ見て下さい」

 

 そこでフィーゼが廃墟の崩れた壁の一角に紋章が彫り込まれた部分を見付けた。

 

「イエアドの印?」

 

「はい。そうみたいです」

 

「もしかしたら、術者の村、だったのかも……」

 

 それ以外には取り立てて目ぼしいものが無さそうという事で東の遺跡に向かおうとした彼らがすぐ傍の曲がり角にる樹木の根本に骸骨が凭れているのを見付けた。

 

 少年が近付いて死んでいるのを確認し、懐を漁る。

 

「あ……」

 

「?」

 

 少年が手にしたものを取る。

 

『あ!? ファルなんたらの蝶じゃない!? おぉぉお!!? 二つ目ぇ!!?』

 

 小躍りしそうなエルミがやったやったと喜んでいるのを見たレザリアが苦笑し、他の2人に首を傾げられていた。

 

「【ファルメクの環元蝶】……生まれ変わりの秘術に使うヤツ」

 

「それが例の……」

 

 フィーゼが驚いた様子になる。

 

 銀色の仄かに温かい太った蝶みたいな何か。

 

 それに纏わる悲劇は此処だけの話として隊員全員に知らされている。

 

「素質が無いヤツが使うと呪霊とか言う幽霊モドキになるんだったな。そこまでして生まれ変わりたいもんか?」

 

「病気も怪我も治るなら使いたい人は一杯いたはずです……」

 

 フィーゼが僅かに目を細めて呟き。

 

 ガシンが分からんという顔になる。

 

 少女が父の事を思い出しているのは間違いなかった。

 

 取り敢えず、レザリアに渡して袋に確保して貰い。

 

 そのままご機嫌なエルミの誘導で数分後には全員が石造の遺跡とやらの前まで辿り着いた。

 

「これが遺跡? 石の列が幾つか立ってるけど……」

 

 レザリアがキョロキョロする。

 

 開けた場所を円形に取り囲むのは巨大な石で造られた列柱。

 

 しかし、半分程は破壊されたような感じで罅割れて砕かれていた。

 

「破壊されてるのですか? コレ……」

 

 フィーゼが列柱に僅か手袋越しに触れる。

 

「全周警戒。投擲準備」

 

 少年の言葉にすぐ全員が密集して列柱の中央に集まり、少年が列柱の奥にある祭壇付近でブワリッと風が揺らぐような熱気に目を見張る。

 

 祭壇の虚空に現れたのは巨大な擦り切れたような毒々しい黄色い華だった。

 

 全長3m程のソレは花びらの一つ一つ。

 

 花弁の先から何かを蔦のようなもので人型の首を吊るしている。

 

 だが、霊ではない。

 

 実態がある上に人型というのが全て鎧を着込んでいた。

 

「植物?!! しかも、あの鎧―――きょ、教会の騎士様のじゃありませんか?」

 

 フィーゼが思わず動揺する。

 

 屍なのかどうか。

 

 首を蔦で括られた全身鎧の騎士達が7人。

 

 しかも、その鎧自体はまるでまだ真新しいようにも見えて輝いており、薄い黄金のメッキが施された真鍮製の意匠が胸元に施されている。

 

 教会のシンボルマークは広いブイ字状の翼の上に球体というものである。

 

「首が枯れてる。昔の死体。いきなり現れたから、何処かから呼び出されてる」

 

「オイオイ。あの騎士様、今動かなかったか?」

 

 ガシンの額から汗が一筋伝う。

 

 ギギギッ。

 

 そんな音をさせて、鋼の鎧の騎士達が次々に首の蔦を開放されて落下し、ゴシャンッと地面に鎧を打ち付けながら、落着。

 

 落下ではない。

 

 落着し、脚を踏ん張って、鎧の頭部を上げた。

 

「投擲開始。隙間に捻じ込めば問題無い」

 

 ゴクリと唾を呑み込んで一手遅れたフィーゼとガシンより先にレザリアが動き出す直前の相手の首筋へ正確にクナイを打ち込んだ。

 

 それで4体が一気に首を弾けさせ、同時にガランッと体が崩れ落ちる。

 

 少年が突進し、残った敵の首元に飛び上がりながら、自分を捕捉しようと上向いた1体の騎士の首元へと斬撃を放つ。

 

「黒跳斬」

 

 それで首が落とされて騎士が更に一人行動不能となった。

 

 だが、残り2人が構わず接敵。

 

 帯剣を引き抜き様に少年へ叩き込んで来る。

 

 空中で少年が身を捻って一本回避する。

 

 同時に捻った間隙。

 

 少年の体の隙間からレザリアの投げたクナイが相手の手元に当たって、もう一本の直撃コースだった剣を手毎吹き跳ばした。

 

 それによろめいた最後の一人を下から救い上げるようにしてダガーで首元を飛ばし、その勢いで伸び上がった少年の片手が華に向けられる。

 

「ウィシダの炎瓶」

 

 ゴッと一点に打ち出された炎が猛烈に茎を燃やし、炎が全体に回っていく。

 

 それだけで花弁の根本が吠えた。

 

 それは殆ど高周波だが、怨嗟の声にも似ていた。

 

 燃える巨大な華。

 

 その花びらの

 

 根本が花弁が燃えると同時に露わとなる。

 

「植物なわけあるか!?」

 

 ガシンが思わず恐怖に顔を引き攣らせる。

 

 そこには大量の人の口が並んでいた。

 

 ソレが何かをブツブツと呟いているの確認し、少年が追撃にいつもの爆薬を充填した小瓶を投擲―――。

 

「不可糸」

 

 背後のレザリアに背中側から飛ばした糸で引っ張って貰う。

 

 そして―――ドゴンッと猛烈な勢いで燃える華の中央部分で割れた小瓶が炸裂し、めしべの膨らんだ中央の子房部分までもが消し飛んだ。

 

 口が諸共消え去って、華が倒壊していく。

 

 だが、呪紋らしきものはもはや詠唱されたらしく。

 

 干乾びた肉体内部。

 

 騎士達の遺体内部から次々に蔦が生え、結合するように引き寄せ合っていく。

 

「ウィシダの炎瓶」

 

 少年が炎でその新しい怪物になろうとする騎士達を燃やした。

 

 すると、一部の騎士鎧が炎を引き受けて犠牲になった。

 

 その背後で集まった4つの蔦が四肢のように騎士達の鎧を着込んで、中央部分は剥き出しのままに肥大化。

 

 まるで藁人形のように騎士一人分の鎧の重量で少年を殴り付ける。

 

 炎はまだ使い潰されている一騎士達が盾となり、背後に跳躍して下がった彼に向けてシールド・バッシュのように追突。

 

 それを手足を縮めて弾かれた少年がゴロゴロと地面を吹っ飛ばされながら転がり、それでもすぐに勢いのまま立ち上がる。

 

 その合間にも炎に燃えていた騎士の鎧がブンブンと樹木のような蔦に振られて消え去り、ブスブスと煙を上げながらも再生を始めていた。

 

「レザリア!! 七番の薬!! 相手の頭上に向けて投げて」

 

「うん!!」

 

 少年の言葉を即座に実行したレザリアが小瓶を化け物の頭上に投げる。

 

 それが不可糸で両断された途端。

 

 バシャッと黒い液体が蔦に沁み込むように掛かった。

 

 ―――?!!!!!

 

 蔦が猛烈な勢いでくねりながら、周囲の自分が操れる部分全てを振り回し荒れ狂う。

 

 その一部はガシン達も射程に入れていたが、レザリアが大盾でソレを弾き、背後からは向かってくる蔦にクナイが突き刺さって吹き飛ばす。

 

 そうして、数秒後には蔦そのものが中心部から次々に黒く染まっていった。

 

 そうして、蔦そのものから大量の水分が滲み出て、細胞が破壊され尽したのか。

 

 20秒もせずに蔦だったものが溶けて黒い泥に吸収されていく。

 

「こ、これって……」

 

 少年が使ったのは真菌を糞尿で培養した場所で採取してきた真菌泥と名付けられたモノであった。

 

 いつものダガーが泥に触れさせられるとズザアアアアアッと大量の黒い菌類の塊が少年のダガー目掛けて密集し、大剣となった後、余った部分が黒い円筒形状の棒となって屹立する。

 

 周囲では黒く汚染されて消えた植物が複数。

 

 残っているのは枯れ草の残る土くらいであった。

 

 地面下まで侵食して、根まで枯らして喰らい尽した真菌の食欲は凄まじく。

 

 周囲には鎧が落ちているのみで他には祭壇しかない。

 

「全員、その黒い棒のところで待機。警戒は解かないように」

 

 少年がイソイソと祭壇に向かう。

 

 祭壇にはイエアドの聖印が今も尚、消える事無く描き込まれており、印の一部には1文字が描き込まれていた。

 

 恐らくは先程の華を呼び出す為のものだ。

 

 少年が大剣の剣先で印を突き刺して破壊する。

 

 すると、僅かに輝きが零れて、胸元のエンデの指輪に吸い込まれた。

 

「操獣召喚【騎士縊りのメルランサス】を獲得。拠点防衛用?」

 

 少年が巨大な華は本体が移動出来ないものだったのを理解した後。

 

 祭壇を少し見て、文言らしき消え掛かった一文を見付ける。

 

「次は必ず……教会を……」

 

 石か何かで祭壇に書き込まれたものらしい。

 

 少年は周囲には他に何も無いのを確認。

 

 手を仲間達の方に翳して、素早く移動してくる黒い円柱を誘導し、祭壇の上に安置して、周囲から不可糸で土を掘り起こし、祭壇毎山のように埋める。

 

「あの~~何してるのですか? アルティエ~~」

 

「廟作りー」

 

 遠間からの声におう返し、少年が小山となった場所に掘り返した際に出て来た石ころを複数打ち込んで円環と無し、同時にイエアドの聖印っぽく象形を造って真菌で覆って崩れないように固定化した。

 

「これで良し」

 

 最後に口内で教えて貰っていた祝詞を符札を掲げて唱える。

 

 すると、周囲がいきなり空気を変調させて、少しだけ気温が下がったように誰もが感じるようになった。

 

「っくしゅ。風邪でも引いたかな。こりゃ……」

 

 ガシンが戦闘で殆ど戦っていない事を鑑みても、自分達はまだまだなようだと内心の溜息を隠した。

 

 仲間達の元へ戻って来た少年が霊殿を設置した旨を報告。

 

 いつでも、此処に来られる事を告げる。

 

「なぁ、どうしてオレ達がすぐに移動出来るってウリヤノフの旦那達に教えないんだ?」

 

 最もな疑問をガシンが訊ねる。

 

「秘密を知ってる人間は少ない方がいい。符札の事を知らなければ、誰も悪用したり出来ない」

 

「オレ達が悪用したら?」

 

 フィーゼを横にしてガシンがニヤリとする。

 

「誰がやったか分かってれば、捕まえるのも楽」

 

「はは、良い判断だ。ま、知られたら教えるのでいいだろ。しばらくはな」

 

 肩を竦めて、ガシンがその通りだと笑った。

 

「一端、帰る。続きは明日此処から」

 

「まだ問題ねぇぞ? 装備も殆どあるし」

 

「そうですね。まだ、行けると思いますが」

 

 ガシンとフィーゼに少年が布を渡した。

 

 それに首を傾げた2人だが、少年が拭うようにとのジェスチャーをして、そうしてみると思っていたよりも大量の汗を掻いている事に驚いた様子になる。

 

「精神的消耗は見えない」

 

 肩が竦められて、2人が顔を見合わせてから、少年に頷くのだった。

 

 我慢しても良い事は何も無い。

 

 集中力を削られた状態では小さな異変も見落としがちというのが人間だ。

 

 相手と一番離れていた彼らですら、その汗を大量に掻いていた。

 

 ならば、汗すら掻かずに敵と命のやり取りをしている少年は怪物よりも怪物的な精神力をしている事になる。

 

『今日は帰ったら、お祝いしますわ。わたくしの復活が近付きましたもの♪』

 

 空をクルクルと回りながら、人間より賢く美しくなれそうと喜ぶ亡霊少女はその日、ジョッキ一杯の蜂蜜酒で早々に酔い潰れたのだった。

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