流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第20話「フェクラールの探索Ⅳ」

 

 西部の探索が始まって5日。

 

 少年達は殆どの岩壁を調査し終えていた。

 

 西部一帯を封じ込めるかのように高い山々の岩肌には蜘蛛の子1匹も入る隙間は無かったが、野営地の人々が喜びそうなくらいには様々な植物や地下資源があった。

 

 特に喜ばれたのは東部を隔てる壁の一部が完全に白くなっている一帯と極限に塩辛い湖の発見。

 

 塩湖が東部岩壁付近にあった事だ。

 

 塩の壁は削っても層がかなりぶ厚い事が確認されると同時に塩湖は雨水で出来てこそいたが、その透明度は無類な上に少年が舐めても変なものは検出されず。

 

 西部のマッピングが完了したら、さっそく一部の者が採掘して岩塩を野営地に持ち運ぶ手筈になっていた。

 

『う~ん。愉しみだなぁ』

 

『だな!! 早く食いてぇ』

 

『塩味かぁ。いや、此処は甘じょっぱく煮るのもいいな』

 

『種の確保が最優先だから、最初の収穫でも、殆どのものは食えんぞー』

 

『『『え!!?』』』

 

 そして、西部で最も喜ばれた発見は野生化していた野菜の発見。

 

 芋類と葉野菜を数種類得た事だ。

 

 丁度、種になっていた野菜と天然の芋が少年の味覚で確認されて、持ち帰られ、早々に畑へ植えられることになった。

 

 特に葉野菜は食べねば壊血病で死ぬ事は前々から言われていた事であり、果実ばかりだった野営地の住人達には喜ばれた。

 

 塩漬けにして漬物。

 

 炒めて甘くして塩で頂く。

 

 他にも揚げたり、蒸したり、直火で焼いたりという妄想を膨らませた男達は少し多めに野菜の用地と芋の用地を畑に広げた。

 

 元々、麦を畑一面で収穫出来る程の種は無かった上に1シーズンに全てを掛けられない為に半量が種として残されていたのだ。

 

 こうして麦畑の横では葉野菜と種イモが数十kgは植えられた。

 

 全て少年達のお手柄である。

 

「やはり、前の流刑者達が持ち込んでいたものでしょうか?」

 

「たぶん」

 

 畑を賑やかにした野菜と芋の植え付け終わった場所を眺めながら、エルガムが少年を横に見やる。

 

「塩は先日持って帰ってくれた岩塩だけでも随分と助かりました。塩水で煮るよりはマシでしょうしね」

 

「野菜の方は食べられる?」

 

「問題ありません。多少、交雑で苦みが出ているでしょうが、塩や香辛料で食べれば、左程気に為らない程度でした」

 

「もっと探す?」

 

「いえ、予定分の畑は全て埋まりました。今年は一応全て使いますが、来年から整備と他の野菜や家畜用の飼料であるクローバーなどで輪作しようかと。来年まで生きていれば、畑も今の三倍まで増やす計画です」

 

「家畜……」

 

「今のままでも凌げてはいますが、やはり体調を崩す者も多くなってきました。貴方の提案してくれた薬品で何とかなっていますが、魚だけでは限界もある。肉とは言いません。せめて、卵……鳥の卵があればと」

 

「卵……」

 

 鳥類の卵は今も昔も貴重な蛋白源として扱われている。

 

「鷲がいるならば、他の卵を多く生む鳥類も野生化して残っている可能性はある。もし見つけたらでいいのでお願いしたい」

 

「解った」

 

「それとウリヤノフ殿のおかげで簡易ながらも軽装用の帷子と盾を20個程用意出来ました。ただ、鉱石は全て使い切り、今は数名でやって貰っている状態だと」

 

「今度、掘っておく」

 

 エルガムが診療所方面から呼ばれて腰を上げ、少年が一人残されるものの。

 

 その瞳はずっと上空を見ていた。

 

 鷲だ。

 

 今も鷲が飛び続けている。

 

 ずっとずっと、ここ数日ずっと飛び続けている。

 

 夜も昼も朝も無く。

 

 そこでようやく少年はソレが鷲ではないと気付き。

 

 気付かれぬようひっそりと様子を眺めつつ、西部から出来るだけ早めに野営地へ戻るという毎日を過ごしていた。

 

 いつもならば夕暮れ時に帰るところを今は西部探索を切り上げるのは3時頃。

 

 西部の地図は順調に埋まりつつあり、策源地になりそうな植物や鉱物の場所以外ではもう目ぼしいところは西部海岸線沿いくらいしか残っていない。

 

 各地には廃墟があったものの。

 

 大半は有用なものもなく。

 

 イエアドの印が建物や家具の成れ果てに刻まれているのを確認するばかりだった。

 

「やぁ、アルティエ殿」

 

「マルクスさん……」

 

 少年の下にやってきたのは牧師のマルクスであった。

 

 横には修道女のヨハンナ。

 

 いつもはウートを世話している彼女が外に出ているのは珍しい。

 

 青年の顔は何処か前見た時より黒くなっていた。

 

「お仕事?」

 

「ああ、近頃は知識のあるエルガム殿ばかりに押し付けて、水夫達と一緒に荷仕事や説教ばかりだったから、日に焼けてしまってね。別人みたいだろう?」

 

「逞しくなったような?」

 

「今は水夫達に神の道を説きながら、一緒に労働している。やはり、頭を使うのは田舎牧師の性には合わないらしい」

 

 男が頭を掻く。

 

 最初の最も忙しく人出が欲しい頃は馬車馬のように働いていたマルクスであるが、状況が落ち着いて来て、暫定的にウートを筆頭とした者達が野営地を治めるようになると仕事を代わって貰い。

 

 その代りに水夫達に神の道を説いて精神的に安定させる任に就いていた。

 

 今のところ、水夫達は現状に不満こそあれ。

 

 それでも最初期のような気の立った様子ではなくなっている。

 

 それも全てはマルクスが彼らと粘り強く対話して心の平穏を保つ術を教えているからだろう。

 

 知恵者であるエルガムとウリヤノフが野営地を安定化させた表の立役者ならば、影の立役者は間違いなくマルクスであった。

 

「野営地の為に色々してくれているのは聞いている。魔の技、異なる神、本来の教会の信仰者であれば、眉を顰めるものだろう。だが」

 

「?」

 

「それは此処の流儀じゃないだろう。君達、遠征隊の冒険を少しでも聞くと水夫達も船の船員達も心配そうな顔になる。君と彼女達と彼が此処では一番若い部類だ。それが魔の技が使えるだけで化け物と戦って使える土地を広げてくれている」

 

 マルクスが僅かに瞳を俯ける。

 

「みんな、正直後ろめたいのさ。でも、だからこそ、君達の活躍は好意的に見られているし、野営地は何とか運営されている」

 

「マルクスさん……」

 

「忘れないでくれ。我らは流刑者。彼らは荒くれ者。信じる神も流儀も生き方すらまるで違う。それでも、多くが君達に勇気を貰ったんだ」

 

「勇気……」

 

 そんなものを今の少年は持ち合わせていない。

 

 合理を突き詰めた彼に勇気とは一番似付かわしくない言葉だろう。

 

「君達遠征隊が戦っている事を知るようになってから、水夫達の守備隊に入る者は増えた。彼らの言葉にすれば『ガキに護られちゃ死んでも家族に合せる顔がねぇ』だそうだ」

 

「………」

 

「頑張れとは言わない。必ず生きて帰って来てくれ。君達なら出来るさ」

 

「―――はい」

 

 しっかりと頷く。

 

「失礼した。これから井戸掘りがあってね。では、また次の機会に」

 

 こうして背中が見送られた。

 

『ねぇ、アレどうするの? いっそ撃ち落とさない?』

 

 エルミが空で浮かびながら、鷲のような鳥を忌々しそうな瞳で見ていた。

 

 毎日、監視されていたら、それはご機嫌くらい損ねるだろう。

 

「準備が出来たら。後、ちょっとで最初の襲撃がある」

 

『へ? 襲撃?』

 

「それまでに準備する。アレは直前に落す」

 

 少年が珍しく静かな瞳でいる事を察して、エルミは少年の本気を感じ取っていた。

 

『襲撃ねぇ。本当に謎だらけですわね。わたくしの騎士は……』

 

 亡霊少女にも分かる程に少年の気配は静かに研ぎ澄まされた刃のように激情を内包して冷たくなっていた。

 

 *

 

「出来たぞ。1本失敗。2本成功だ」

 

 少年が鍛冶場でそう言われた時、布に来るまれて出て来た刃は短剣二本と変質した帯剣であった。

 

「どっちが失敗?」

 

「その長剣の方だ。最後に溶かした蜘蛛の薬液に入れて薬を添加した時から色々と危なそうでな」

 

 少年が布を剥ぐ。

 

 すると、其処にあるのは明らかに尋常ではない刃が三本であった。

 

 一本目の刺突用短剣は蜘蛛の脚先のようにギザギザとした甲殻類のように剣身が変質しており、突き刺して戦うというよりは突き刺した後にノコギリのように引いた時の動作で相手の傷口を広げるようなものに見える。

 

 もう一本の刃を折る為の鍵のような剣身を持つ刃は鍵となる出っ張りの部分が甲殻類の関節ように変質していて、鍵のような刃そのものが脚のように分厚く。

 

 剣を折るというよりは暴力的に砕くというような用途に見えた。

 

 だが、最後の帯剣はそれよりも異様であった。

 

「蜘蛛の瞳……」

 

「あぁ、さすがに鍛冶場の連中もビクビクしていた。仕方ない」

 

 帯剣の柄の部分が蜘蛛の多眼を大きくして寄り集めたような象形となっており、同時に剣身が脈打っていた。

 

 本来ならば、単なる鋼であるはずの帯剣の剣身は血管が硬質な刃の内部に浮かんでおり、それが緑色の血液らしきものを寄せては返す波のように柄の部分と循環させながら色合いを変化させている。

 

 問題はそれだけではない。

 

 剣身の片刃の切っ先から続く刃がまるで蜘蛛の口を何個も横に並べたかのような鋭い角錐状のパーツで構成されており、シャリシャリと少し音がしている。

 

 蠢いているのだ。

 

 ついでに言えば、その片刃は斬るというよりは喰い付いて切り潰すノコギリのようなギザギザが特徴的であり、青黒い甲殻類のような口先の刃はもはや剣とは呼べぬような何かに変貌している。

 

 少年がソレを片手にした。

 

「……抗魔特剣になってる」

 

「何? 確か伝説の剣の類だったか?」

 

「抗魔特剣【ウルガンダの蜘蛛脚】」

 

「呪紋で名前が分かるのか?」

 

「そう……装備時、敏捷性キャップを一時開放。脚力秒速830m上昇(再上昇不可)。攻撃した対象が蟲以外であるなら、傷を負わせた対象を強制的に蜘蛛へ生まれ変わらせる……これ……強制的な変異覚醒? この剣の最初の装備者にソレが隷属化される……従属機能……」

 

「―――まるで意味が分からん程の力だな。だが、もしそれが本当なら……その剣の大本である大蜘蛛はその能力を持っていた、という事か?」

 

「最後まで攻撃は喰らわなかったから分からなかった」

 

 嘘であるが、幾度となく蜘蛛にされた事がある少年にしてみれば、その力は自分で使うならば、かなり有用なのは間違いなかった。

 

 相手の力を奪うような剣になったのは初めての事。

 

 これもまたイレギュラーというものに違いなく。

 

「ははは……はぁぁぁ(*´Д`)。貴殿というヤツは……」

 

 ウリヤノフは最も心配しなければならない相手を思い浮かべて、少年が彼女の傍にいてくれた事を切に神へ感謝した。

 

「あの大量の蜘蛛……本当は流刑者だった可能性がある……」

 

「だとしても、もはや知る術は無い。気にするなというのも無理かもしれないが……それにいても失敗作にしては惜しい力だ」

 

「使う。もしも野営地を集団で襲うモノが来たら、戦力を増やして戦える」

 

「……戦力、か。蜘蛛塗れの野営地はぞっとせんな」

 

「蜘蛛になっても元に戻せるかもしれない。ある程度」

 

「何?」

 

「そういう呪具を見付けてる」

 

「話して欲しいところだが……」

 

「秘密。凄く危ない」

 

「信じよう……フィーゼ様を今も守り切り、育む者の言葉だ。手に取ってみるがいい。たぶん、死んでもこちらは使わないだろうからな」

 

 少年が帯剣というよりは生まれ変わった蜘蛛じゃないかと思えるソレを掴んだ途端だった。

 

 ギョロリと瞳が一斉に少年を見る。

 

 さすがにウリヤノフが剣に手を掛けた。

 

「負けたヤツは黙って従え。お前の眷属を増やしてやる。死ぬまでは使われていろ。それが嫌ならもう一度殺す」

 

――――――。

 

 その流暢な少年の言葉で更に驚いたウリヤノフであった。

 

 蜘蛛の瞳が一瞬だけ動揺したように震え。

 

(震えている? 畏れているのか!! それ程の力を持ちながら、この少年を!!)

 

 ウリヤノフが内心で怖ろしき化け蜘蛛よりも尚畏れるべき相手の姿を見やる。

 

 その合間にもゆっくりと瞳が元の位置に戻り、ピクリとも動かなくなった。

 

 その代りと言う事なのか。

 

 蜘蛛脚を握っていた手に浮かんでいるシャニドの印に小さな文字が一つ増えた。

 

「操獣召喚【不死喰らいのウルガンダ】を獲得……」

 

「蜘蛛なら蜘蛛らしく天井から下がって蟲でも喰らっていてくれればいいものだが、此処ではそうもいかんのだろうな。というか、生きているのか? 焼き滅ぼされ、肉体の殆どを失って尚……何処かに体が? 怖ろしい話だ……」

 

 ウリヤノフはもう何も言う事も無さそうに肩を竦めて、ウートへ報告しに行く事にしたのだった。

 

 *

 

「いやはや、もう何と言えばいいやら……不死喰らいの名称を持つ獣がいるとは聞き及んでいましたが、まさかこの島で見つかるとは……」

 

「知ってる?」

 

 夕暮れ時。

 

 少年はいつもの場所でリケイに呆れられていた。

 

「不死喰らいの名称を持つ獣。まぁ、今回は蟲ですが……ソレらは基本的には大陸でも特大の災厄と呼ばれている者達に付けられていました」

 

「特大の災厄?」

 

「教会が今も語り継ぐ五大災厄。【沈まずの華バークローズ】【国堕としの昏獣ヴォートセーム】【迫虐の狂鳥グルッド】【歩まぬ王躯ゼーダス】【神朽ちる沼ヴェラ】」

 

「色々大変そう……」

 

「ええ、教会が3体までは討伐しましたが、結局はそれも時間稼ぎ。何処かで何かが目覚めれば、ほぼ大陸の2割が持って行かれると言われる存在達です」

 

「持って行かれる?」

 

「滅びるでも形容は間違っていませんな。一説では神世の時代の生物。もしくは原種とも言われていますが、正体は教会の枢機卿の中でも一部が知るのみとか」

 

「コレがソレ?」

 

 少年がシャニドの印を見せる。

 

 初めての事……初めてただ滅ぼすだけではない……蜘蛛の力を手に入れた。

 

 

 それは間違いなく今回に限っては明らかに特大の収穫に違いない。

 

「操獣召喚は呪紋の中でも実在する存在を契約もしくは服従、従属させる事で可能になるものです。呪霊と違うのはこの世界の何処かで普通に存在していて、呼び出す時だけ、こちらに現れる。ただし、二つ名を持つ者は呪霊よりも厄介ですぞ」

 

「厄介?」

 

「従属している者に対して反逆の可能性があるのですじゃ」

 

「………」

 

 少なからず前から同じようなものを扱っていた少年にしてみれば、ウルガンダが再び反逆してくる事は考え難いものであった。

 

 理由は単純に弱肉強食の掟の下。

 

 実力を理解出来る知性がある相手だからだ。

 

 そして、今後も同じ事があれば、同じように相手を滅ぼす事は間違いなく今の少年にならば可能だ。

 

「ちなみに“不死喰らい”の名称が着くのは不死人と呼ばれるような超越者達……この場合は神聖騎士の中でも最上位格を殺せるような、という意味ですが、もっと詳しく言えば、例え死なない相手でも倒せる力を持つモノだとか」

 

「死ななくても倒せる?」

 

「左様。故に特殊な能力を持つ者に限られる。剣の話を聞いている限り、さもありなん……要は1撃でも相手に傷を負わせれば、それで変異が完了するまで逃げ続けてもいい。蜘蛛になった相手の能力も血統に取り込んで更に血筋を強化するのでしょうな。本来は……」

 

 少年がウリヤノフに付けて貰った鞘の内部に入った剣をジト目で見やる。

 

「ですが、状況的にはマズイやもしれません」

 

「マズイ?」

 

「その大蜘蛛が西部に隔離されていた。もしくは西部だけしか取れていなかった。この場合、その蜘蛛よりも強い存在がいるか。隔離する程の力がある存在がいるという事になる」

 

「………」

 

 少年は脳裏に思い浮かべたソレらを今は忘れておく。

 

 今の一瞬一瞬を丁寧に熟さなければ、未来に辿り着く事なんて出来ない。

 

「本体の召喚が可能という事は剣になった部位以外にも生き残っている部分がある可能性が高い。ウリヤノフ殿の言う通り、人のいる領域で使うのはお勧めしませんな」

 

 少年が頷く。

 

「まずは使い慣れる事が寛容。蠅でも切って、数匹使えるかどうか確認しては如何ですかな?」

 

「蟲には効果が無い」

 

「ふむ。ならば、コレよりも強い蟲がいたか。蟲ではない何かがいたか。どの道、蟲共とは付き合わねばならんでしょうな」

 

「貝か魚にしてみる」

 

 少年が黒いダガーをスナップを聞かせて横に振ると黒い糸のように菌糸が伸びて砂の中に潜って貝を一つ取って来る。

 

 器用な事をすると言いたげなリケイの前で帯剣が引き抜かれ、砂浜の貝の中に刃が少し押し込まれて、再び鞘に戻される。

 

 すると、効果は劇的であった。

 

「!!?」

 

 リケイも驚くのは変形の仕方だ。

 

 甲斐の殻そのものがベキベキと音を立てながら変質して、中身の生態を無視するように腕や頭が形成されていく。

 

 その合間にも内部から僅かに血飛沫が上がったのは変異が滅茶苦茶な速度で行われたからだろう。

 

 その白い貝が蜘蛛型になるまで凡そ10秒。

 

 完全に変異が完了した後。

 

 ブルブルと体を震わせたソレが幾つもある脚の内、片手を少年に上げた。

 

 『やぁ!!』とでも言っているようなユーモラスさであったが、貝であった時とは知能すらも違う事を示している。

 

「泳げる?」

 

 蜘蛛が少年の言葉に手前の脚で〇を描いた。

 

「何と……言葉まで介するのか」

 

 リケイが感心した様子になる。

 

「海に潜れる?」

 

 また〇が再度作られる。

 

「高いところに昇れる?」

 

 〇。

 

「食事は海で一人で食べられる?」

 

 〇。

 

「毒はある?」

 

 〇。

 

「魚は取って来れる? 後、食べられる?」

 

 〇。

 

「海に浮かべる?」

 

 〇。

 

「糸は出せる?」

 

 そこで初めて×が示された。

 

「……海側の活動に使えそう」

 

「元々の生物の特性を一部引き継いでいるのやも……」

 

 少年が更に貝を9個程ダガーな釣り竿で集めて、再び刃で少しついて、全ての貝を蜘蛛にする。

 

「毒を使わずに魚を取って来る事。死にそうになったら戻って来るように」

 

 こうして蜘蛛達が一斉に了解したと片手を上げて、一列で次々に砂浜から海の内部へと入り込んで消えていく。

 

「小魚を取って来る蜘蛛か。御伽噺ですな」

 

 リケイはもう驚くのも疲れた様子で肩を竦めた。

 

 それから数分後。

 

 砂浜から白い貝蜘蛛達が横一列でぞろぞろと上がって来る。

 

「さすがに魚は無理じゃったか?」

 

 リケイが呟いている間にも蜘蛛達が彼らの前でクルリと海へと振り返り、脚の半分で何かを巻き取るような仕草をした。

 

「これは―――」

 

 リケイが目を細める。

 

「霊視で見えてる。この蜘蛛達、魂を引いてる」

 

「まさか? いや、在り得ますか。そもそも大蜘蛛がウェラクリアの加護を受けた生物の眷属ならば、霊的な能力がそもそも備わっているというのは……」

 

 少年の瞳には青白い糸のようなものをクルクルと手前で回して蜘蛛達が糸を巻き取っているように見えていた。

 

 それに釣られてか。

 

 ズンズンと砂浜に何かが引き上げられ始める。

 

「魚?」

 

 少年とリケイの目にも夜の焚火に照らされて、ソレが見えた。

 

 白い人程もありそうな薄らと青白く光る袋のようなものだった。

 

「……夜に海の中でものが見える?」

 

 引き上げ切った蜘蛛達が汗を掻くような仕草の後、一斉に×を造る。

 

「海で見えないのに持って来た? 霊的なものが見える?」

 

 〇が返される。

 

「どうやら、海の夜警には不向きそうですな」

 

 リケイが苦笑していた。

 

「魂が見えるなら、何とか使えそう……」

 

「その前にその人程もありそうな魂を引かれた何か。本当に何なのか知りたいところですが……」

 

 少年がダガーを取り出して、ダガーの刃で白い袋のようなソレにスッと切り裂いて中身を確認しようと開いた時だった。

 

「ブッファ!? ゲホッゴホッグゲェエエエエ!?」

 

 ビクッと思わず2人が後ろに跳躍した。

 

 しかし、すぐ内部から現れたのが人型の生命体だと気付いて、2人の額にジットリとした汗が浮かぶ。

 

「はぁはぁはぁ(*´Д`) 何だこりゃぁ。オレは死んだんじゃねぇのか?」

 

「はて、何処かで聞いたような声ですな」

 

「(自力で上がって来る確率が2万回に1回……でも、この方法なら必ず引き上げられる)」

 

「おん? お前らぁ。船に乗ってた奴らか!? いやぁ、助かった!! 引き上げてくれたのか!! お? 坊主!! おめぇ、坊主じゃねぇか。喋れるようになったんだなぁ!!」

 

 一々声がデカイ男がヌッと立ち上がる。

 

 そして、2人が驚きに目を見開いた。

 

「んあ? どうしたんだ? そんな鯨に食われそうな顔なんぞして……ん?」

 

「船長……魚人?」

 

 男は全裸な上に立派なものをお持ちで筋肉質。

 

 だが、それよりも驚くべきなのは男の体の上には鱗が付いており、腕や背中には背びれのようなが薄く僅かに見えていて、首元にはエラが浮かんでいた。

 

「おうおう? いってーどうしたんだこの体? 海の神さんに感謝だな!! ははははははは!!!」

 

 男があっけらかんと大笑いする。

 

 その声を聞き付けてか。

 

 夜警をしている水夫達の一部が次々に集まって来た。

 

「どうしたんだ!! 何があった!!」

 

「お前らぁ!! 元気だなぁ!! それと何だその鎧!? 蜘蛛かぁ?」

 

「はぁ!? 何だ化け物か!? あ、いや、その顔……せ、船長ぉ!!?」

 

 男達が半魚人を見やって驚きに固まる。

 

 その合間にも少年は船長の耳元に蜘蛛の幽霊が護ってくれてるけど、他の人には見えない云々と船長に吹き込む。

 

「おっと、秘密ね。秘密……まぁ、何でもいい!! オイ!! 事情を全部知ってる連中を呼んで来い!! あるいはそいつのとこまで連れてけ!! それとオレの船はどうなった!!」

 

「あ」

 

 半魚人が全裸でズンズン進んで行く。

 

 その合間にも「船長!! 今服をぉぉ!!?」と水夫達が次々に男に付き従って消えていくが、その喧騒は次第に野営地の内部へと近付き。

 

 最後には水夫達の歓声が上がったのだった。

 

「大丈夫そう」

 

「ですな」

 

 少年がチラリと蜘蛛達を見やる。

 

「【不可糸】の利用を許可する」

 

「「「「「「「「「「!!!」」」」」」」」」」

 

 蜘蛛達が一斉に驚いた様子になりながらも、すぐに平伏した様子で砂浜に頭を垂れた。

 

「朝まで寝てていい。朝になったら人の見えない場所に巣を作って、半分は海を監視、海から来る船や生きてる人間、怪物を見掛けたら報告。これを睡眠を挟んで交替しながら行う事」

 

 蜘蛛達が頷いた。

 

「眠り終わった半分は残りの時間で糸での移動と戦闘の訓練。素早く野営地を回れるようにしておく事」

 

 知能が高いのは複雑な命令を受諾している様子からも明らかであり、リケイはほとほと感心した様子で貝蜘蛛達を眺めていた。

 

「1日1回自分達の食事を海から釣って食べるように。何か海に沈んでるキラキラしたものや霊的なものがあったら回収して浜辺に埋めておくように」

 

 ビシッと十匹の蜘蛛達が敬礼した。

 

「「「「「「「「「「(`・ω・´)ゞ」」」」」」」」」」

 

「よく思い付きますな。いや、そもそも知能が高過ぎる気も……」

 

「使えるものは使う。何でも」

 

「アレもですかな?」

 

 リケイが苦笑気味に野営地の喧騒を遠くに見やる。

 

「船長、良い人だから、問題無い」

 

「それは同意しましょう。豪放磊落。もしもの時には頼りになる海の男ですからな。あの時、あの方が岩を砕かなければ、船は沈んでいた。命を救われた以上は何らかの方法で返すのも人の流儀でしょう」

 

 こうして新しく加わった野営地の愉快な仲間を遠目にして、彼らは思う。

 

 あの場で面倒事に巻き込まれなくて良かった、と。

 

『はっはぁー!! すげーな!! お前ら!? こんなのを一日で立てちまったのか!? ん? 声がデケェ?! 普通に話してんだろ!! ま、夜だ。後で寝床に案内しろ!! どうやら騎士様が来たようだしな』

 

 その夜、野営地の喧騒は一向に静まる様子は無かったのだった。

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