流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて- 作:Anacletus
野営地の襲撃から2日後。
遂に西部フェクラールの地図の輪郭が定まろうとしていた。
海岸線沿いに南部から北上して崖際や一部小さな入り江になっている場所が選定。
野営地の設置と隠匿に良さそうな場所として現場が確保された事も大きい。
周辺海域も蜘蛛に探らせて危なそうな蟲や海産物が無い事を少年が潜って確認した為、安息の入り江と適当にフィーゼが地図には書き込んでいる。
海岸線沿いの多くは岸壁で登れない場所と昇れるものの船の接岸や沖合での停泊が不可能そうな地形ばかりなのは誰もが見れば解った。
彼ら遠征隊が確保した入江は砂浜で小舟での上陸は可能であり、逆に小舟で少し先の100m程沖合までは穏やかな局所的な場所であった。
岸壁に開いた穴から外に船で出れば、魚も釣れる事は蜘蛛達に確認して貰っていた為、其処に西部唯一の海の出入りが出来る拠点を構える事が野営地ではすぐに決定しており、入り口も幾らか自然の要害で隠す事が出来ている為、悪意ある襲撃者にも見付かり難いだろう。
岸壁の入り口にイエアドの印を刻んで行き来出来るようにした少年が砂浜から少し奥まった場所に家屋を立てれば、嵐でも安全そうだと進出予定地の建造可能エリアを記していく紙を懐に戻した。
「ひゃっほぅ♪」
その手前の砂浜ではガシンが遠浅になっている砂浜から入江の先までの地点をバシャバシャと泳いでいた。
唯一の懸念点は近くに川が無い事であったが、砂浜を外部から秘匿するように覆う岸壁の一部からは水が湧き出しており、少年が呑んでも大丈夫な事を確認していた為、飲み水に困る事もないだろう。
「アルティエ~気持ち良いよ~~」
鎧を脱いだレザリアが服が透けるのも構わず温かく浅い砂浜の手足をパチャパチャさせて寛いでいた。
「もう、レザリアったら……」
その様子を何処か姉染みて見守るフィーゼが苦笑しながら、周囲の地形を細かく文字で書き込んでいく。
「これで西部の輪郭は分かりましたね。中身も大まかには埋まったでしょうか?」
「うん」
「……本当にあの蜘蛛が此処を仕切っていたみたいで大型の蟲が見えなかったのは幸いです。でも、これから北部や東部から移動してくるかも……」
「たぶん、しばらくは大丈夫」
「どうしてですか?」
「ここ数日でまた西部の動物で蜘蛛を増やして岩壁付近で監視してる。
「え!? い、いつの間に……そもそも蟲以外の動物っていましたか?」
「ミミズは蟲じゃない」
「みみずってアレですか? あの畑でウネウネしてる?」
「そう……案外、土の中に一杯いた」
「そ、そうですか……」
「でも、モグラがいないから、たぶん蟲以外の動物は陸地だと南部や西部には殆どいない気がする」
「蜘蛛や蜂のせいですか?」
「そのせいで逃げるか食べられたかも……」
「でも、そういう生き物達が逃げた西部から北部への道……一体、何処にあるのでしょうか」
「何処かの岩壁。高いところにあると思う」
「どうして、そう考えるのですか?」
「蜘蛛が地方を覆うくらい高いところに塔を立てていたのか。考えれば、自明……」
「ああ、つまり高いところから侵入される可能性があるから、空にそういうのが置かれていたという事ですか?」
「塔を蜘蛛が造ったとは思えない。昔は蜘蛛側に付く人型の生物や人そのものがいたか。もしくは西部に置かれていたのを巣に引っ掛けて浮かばせてた可能性が高い」
思ってもみなかった言葉にフィーゼが納得した様子となる。
「た、確かにそうかも……」
「それと不可糸は空中に糸を張れない。何処かに始点と終点が必ずいる。でも、沿岸部まで広がってた糸は海側にまで突き出てた」
「すいません。ええと、どういう事ですか?」
未だの呪紋の事をあまり知らない少女にはチンプンカンプンであった。
「何処かに見えない蜘蛛の糸を張る為の何かが置かれてる」
「何か?」
「そう……今日はそこの調査……(4000回に一回しか来れない場所もこの能力と装備ならこの時期に突破出来そう)」
「?」
少年がブツブツと口内で呟き。
2人を呼んで湧き水で体を洗わせた後、乾いていない服の上に装備を付けさせ、ビショビショなところを呪紋の僅かな効果で服から水気を飛ばした。
「おぉ!? 便利!!?」
「炎の呪紋が使えるなら、出来る。練習しないと服が焦げるからやらない方がいい」
「こ、今度練習するから!! それまではアルティエにボク頼む!!」
グッとレザリアが拳を握ってちょっと頬を染めた。
その目は少しだけキラキラしている。
「で、これから何処に行くんだ?」
「浜辺の外。遠浅の限界点」
「何でだ?」
「不自然な地形には理由がある。たぶん」
こうして五人が靴が濡れるのも構わずに砂浜を海へと歩いていき。
岸壁のゲートを潜り抜けて、島の外に続く砂浜を歩く。
「離れないように。離れたら落ちる」
付いて来ている全員が首を傾げる。
普通、海というのはいきなり深くなったりしない。
少しずつ下がっていくものだというのが共通の認識であった。
「20人分くらいの幅あるけど、何処かが崩落しててもおかしくない」
少年がそう言いつつ、足元の砂浜が途切れた場所まで来ると。
「………」
足元の砂を救って振り撒くように前方へと投げた。
「「「!!?」」」
すると、空中へと向かった砂が途中で留まる。
その砂が描き出すのは階段だった。
「み、見えない階段!?」
「お願い」
少年の言葉と同時に上空で対空していた蜘蛛が5匹飛来して、脚に付けていた袋に砂を大量に付けて加速し、バシャバシャと階段の上に向けて大量に勢いを付けて砂の雨をブチ撒ける。
すると、次々に砂が掛かって引っ付いた場所が露わとなった。
所々崩れ掛けている場所もあるが、確かにソレは塔だった。
しかも、半径だけで20m近いソレが延々と円柱状に空へと伸び上がっている。
塔内部への入り口が門として露わになり、少年が階段を上って、その門に耳を近付けて少し。
「大丈夫。音はしない。体はもしもの時の為に不可糸で結んでおく。レザリア、フィーゼ、ガシンの順で」
遠征隊への指示は迅速。
その隊列を組んだ事を確認した少年が扉を押した。
僅かに押し開けた塔内部には暗闇と外部からの陽光の入り混じる比較的明るい塔内部が露わになり、少年が進んでいくと。
塔内部には石造と思われる家具らしきものが複数置かれていた。
「これが見えない塔!!」
フィーゼがさすがに驚愕しながらも、見た事の無い象形が彫り込まれている壁面や階段、更には家具が自分達とは随分と違う時代のものだと理解する。
「クローゼット?」
レザリアが石製のそれっぽいものをゆっくりと引いて開ける。
すると、内部には一式揃った衣装らしきものが入っていた。
「おぉ!? アルティエ!! アルティエ!! 宝物だよ!!」
レザリアが衣装を取り出して上から入って来る陽光の下へ嬉しそうに翳す。
それはキラキラと輝いており、銀鱗。
少なくとも金属のような鱗で造られたケープやドレスのように見受けられた。
「あ、裁縫道具……でしょうか?」
更に内部を確認したフィーゼが針が入った小さな木箱を持って来る。
内部には金色の針や銀色の針、七色の針と言ったようなやたらカラフルな針があり、全て糸を通す場所もある事から裁縫道具で間違いなさそうだった。
「糸はないみたいですけど、針があれば、裁縫が出来ますね。お針子仕事が捗りそうです!! 船には殆ど裁縫道具が無かったみたいですし、貰っていきましょう」
「他にはねぇか?」
ガシンが周囲を調べる。
寝台の下を見やった青年が『お?』という声を上げる。
長い腕がゴソゴソと下を漁る。
すると、下から出て来たのは一冊の古びれた書物だった。
それも分厚い。
金字で箔押し。
その上、装丁がやたらと頑丈そうな蒼い石のようなもので造られており、本が擦り切れている様子も無い。
そもそもどれだけの年月置かれていたのか分からないというのに本自体がまったく新品のように黴臭い様子では無かった。
「やたら高そうな本。オレ向きじゃねぇな。手で扱える武具だの鎧だの出てきたら教えてくれ」
ガシンが少年に本を渡す。
それを掴んだ少年がジッと本を見やり、目を細めた。
「どうしたのですか? アルティエ」
「この本、蜘蛛の事が書いてある」
少年は暗記している本の内容を思い浮かべながら手に取る。
「ええ!? 読んでないのに分かるの!?」
「呪紋のおかげ」
「ボク分からないよ!?」
「強く為ったら分かる」
「が、がんばります……」
まだまだ未熟な己という事実にグッと手前で拳を握って頷くレザリアが他には無いかとフィーゼと家探しを続行する。
(【ナクアの書】……異なる世界からの操獣召喚の手引書……蜘蛛以外にもあの蜂もある。この島の蟲は別の世界から召喚されたものが野生化したもの……その可能性……)
少年がこの時期に所持出来るとは思っていなかった本を開いてパラパラとめくる。
まだ見た事の無い蟲から今まで戦って来た蟲まで色々載っているが、戦ったモノの中でも乗っていない敵もいて、あくまで一部の事しか分からない事が分かるだけであった。
(ッ、ページが増えてる? 白紙だった場所にも……知能系の能力や各種の知覚能力の差で内部の見られる内容が増える? これだけでも十分過ぎる。この情報があれば、今後の作戦や踏破の予定が立て易くなる。対処訓練も……良いもの拾った……)
呼び出す存在の事がある程度書かれてある為、この島で探索を続けていくには有用過ぎる事は間違いなかった。
(でも、この最後の頁……鑑定で見られない。また使わないと分からない……)
少年が塔の内壁に違和感を覚えて、目を細めながら情報を整理する。
「【ナクアの書】……知識キャップ開放。知識93%上昇(固定値:再上昇可)。異形生物への鑑定可能数2392種類増加。知能型ステータス上昇による情報詳細化。魔力充填時の能力? シャニドの印により、呪紋創生開始―――34%―――84%―――100%」
少年がブツブツ言っているのは宝探しに夢中な仲間達には聞こえていなかった。
だが、少年は更に驚く。
今まで自分が本を手にしてきても一度も発動しなかった呪紋の創生が起こったからだ。
それを見ていた唯一の例外は背後で昼寝していて、今は片目だけ開けている亡霊少女のみである。
「異形属性変異呪紋【異種交胚】を獲得。異なる系統の異形の血統を引いた胚情報を元となる生物の遺伝情報2種類以上より作成。成功率は異形の系統が離れている程に下降し、近ければ近い程に上昇する。生成された交胚情報を用いて、その異形生物の遺伝情報及びタンパク質によって、その生物の器官を生体へ導入可能。交胚そのものを作成した場合、育成は母体に着床可能な場合に限り可能」
少年が蜘蛛脚を入れた鞘を見やる。
「……もしかして、これの関連呪紋を関係者が使ってた?」
――――――。
剣は何も語らない。
蠢きもしなければ、震えもしない。
しかし、蜘蛛の目が心なしか逸らされているような気がした少年はジト目になった後、その大量の化け物が載っている図鑑を背中のカバンに入れた。
「よっしゃぁ!! お宝!!」
ガシンの声と共に再び全員が集まる。
家具以外にも色々と置かれていた場所である。
何があってもおかしくはない。
ホクホク顔で戻って来たガシンの手には左足用らしき脚甲があった。
脛当てというには刺々しくどす黒い紫色で鈍い鋼と混じり合う独特の文様は明らかに攻撃相手を毒状態にしますと言わんばかりだった。
少年が手渡されたソレを鑑定する。
「【ウズリクの脚甲】……蟲用」
「は!? 蟲用!!?」
「蟲用……人間が使っても効果無い」
「そんなのアリかよ!?」
「アリ」
「く、もう何もねぇ……」
ガクリとガシンが膝を着いた。
広い塔内には他に目ぼしいものは見た感じまったく無い。
「……装備者の用いる毒性物質の強化。膜孔形成細胞溶解素を強化。敵対者への免疫抑制機能……装備者の抗体はこれらに対応し、眷属及び服従先の存在にも同様の抗体を形成する。装備者の生成する毒性物質の解毒作用特定抗体以外93%低下(再低下可)。装備時、体格最大6段階下降(再上昇可)。物質凝集による体格下降段階によって体力、魔力、霊力、精神力、最大600%上昇(1段階100%毎。再上昇可)……」
少年が脳裏に貝蜘蛛や蛭蜘蛛達を思い浮かべる。
しかし、脚が細過ぎてすっぽり抜ける未来が見えた。
しかし、ウルガンダのような大蜘蛛に付けても強過ぎて反逆されそうというのが実際のところに違いなく。
「もう何も無さそうだぞ。アルティエ」
ガシン他の全員が塔の中身を漁り終えていた。
全員が集まって来ると少年が壁際に腰に下げていた袋の一つから花粉を掴んで少しずつ上空に撒いて行く。
「見えない階段!! 此処も同じか!!?」
少年は何も言わず。
階段を踏みながら前方の上空に花粉を散布し、螺旋状の階段を上がっていく。そうして凡そ50m程上空で花粉が途切れて地表に落ち。
小さな踊り場の壁際を少年がダガーで叩くと幻が消えて塔外部から吹き込んで来る潮風が花粉を拭き散らしていく。
外に出た少年が何も無い虚空に一歩踏み出し、花粉の跡を付けながら、両手を合わせて目を閉じる。
「不可糸。魔力を充填」
すると、いきなり塔の上部からメッシュ状に糸が絡まりながら、建造物を覆ってぼんやりと白く輝いて行く。
そうすると糸で編まれた端のようなものが出現し、その端の先の先の先の先。
次々に塔と橋が沿岸部の海面から突き出しているのが彼らにも分かった。
数十kmはあるだろう巨大な橋上の構造物。
橋と塔の間は凡そ2kmはありそうだったが、その端そのものは荷馬車が通れる程度の広さしかなく。
手すりこそ付いているが、明らかに強風でも吹いたら海へ真っ逆さまに違いなく。
「怖いよ!? こ、ここ通らなきゃダメ!? アルティエ!?」
「ダメ。お宝も一杯。たぶん」
「うぅぅ~~~理不尽~~」
レザリアがさすがに通るのは遠慮したい様子であったが、少年は肩を竦めて、見えるようになった糸の橋に歩みを進めた。
少年以外の全員が恐々としながらも海風に吹かれながら橋を渡る。
橋に崩れているところは見えなかったが、塔の一部は破壊されている場所も見えており、少年の糸の範囲が思っていた以上に広い事を確認したフィーゼは「やっぱり、アルティエは凄いのですね」と感心し切りであった。
「………」
だが、少年は順調な探索とは行かないようだと頬を掻く。
彼らから20m程先に青白い光が立ち昇ったかと思えば、騎士甲冑を身に付けたらしい敵が現れたからだ。
「(不死系は厄介……)
鎧には蜘蛛の脚をクロスさせたような意匠が肩部に見受けられ、呪霊である事がすぐに推測出来た。
その両手には剣が握られており、僅かに剣そのものから何かが滴っている。
「クナイ投擲3連」
少年の言葉と共に背後から全員がクナイを投擲。
それが剣で切り払われる寸前。
「ウィシダの炎瓶」
突撃中の相手に真正面から炎が炸裂するが、相手は跳躍して回避。
それに対して少年もまた跳躍し。
「黒跳斬」
ダガーから跳んだ菌糸の斬撃が男の首筋を捉えて、そのまま通り過ぎると同時に首と動体を分かった。
が、それでも男の胴体が着地。
思わず顔を引き釣らせた三人が背後へと下がる。
少年が首をダガーで切り捨てて橋の外に押し出して唱えた。
「ファルターレの貴霊」
『はいはい。やりますわよ。あふ』
体のみで突進を続ける相手に上空から高速3連射された矢が胴体内部まで深々と突き刺さり、心臓を破壊した。
倒れた鎧の剣はガシンの脚甲に当たる寸前で消滅する。
少年が戻って来ると安堵した三人が息を吐いていた。
「吃驚しました。まさか、首を取られて尚動くなんて……」
「どうなってんだよ。幽霊でもアレは反則だろ」
「それに何か剣も危なそうだった!!」
三人の言う事は最もだ。
しかし、少年がシャニドの印に幽霊騎士を獲得した事を知らせる象形が出て内心で驚く
「呪霊召喚【蜘蛛の騎士レーゼンハーク】を獲得。毒剣の二刀流。蜘蛛との契約で体をどれだけ傷付けられても、バラバラにされても死なない。ただし、心臓は別みたい」
少年がチラリと蜘蛛脚を見やる。
(これも……今までこんな事は無かった。今回は……今回なら……)
微動だにしていないようにも見えて、瞳は少年から逸らされている、ような気がした。
「やべぇじゃねぇか!? も、もし、あのエルミの矢が貫いてなかったら……」
「全滅してたかも……」
「サラッと言うな!?」
ガシンが脱力した。
「今日は二つ目の塔を見たら帰る」
「ウチの遠征隊の隊長は本当にタフだな。はぁぁ(―Д―)」
もはや諦観に近い息を吐き出したガシンの後ろでもう疲れたよという顔の少女達がいて、その上ではまたエルミがスヤスヤと三度寝を決め込んでいた。
結局、夕方までに二つ目の塔を探索した遠征隊は騎士の鎧と手持ち式の大型弩。
どちらも蜘蛛の騎士の鎧と同じ意匠が着いたものを発見し、野営地に持ち帰ったのだった。
*
「あの鎧はカラコム殿に使って貰う事になった。それと弩に付いてだが……」
翌日、少年は鍛冶場で装備と日用品、道具の増産を続けるウリヤノフの下で説明を受けていた。
「どうやら増産は無理そうだ。内部の機構が金属製な上に複雑で一つ造るのに人数4人を当てて7日で1つ出来るかどうか。そもそも金属資源も足りない」
「蛭の金属は?」
「柔軟な代物だったので製造中の鎧の内側に使った」
「そう……」
「取り敢えずは遠征隊が使うので良いだろう。超射程を生かすならば、大きな装備も使えるフィーゼ様が持つのが妥当かもしれん」
「考えてみる」
少年が回収した大の男でも引くのに苦労しそうな弩を受け取って背中に紐で背負っておく。
「ちなみにあの鎧の力は聞いているが、蟲からの毒を半減以下にまで抑える。で、いいのだな?」
少年が頷く。
「もしも、蟲が攻めて来れば、カラコム殿が活躍される事もあるだろう。それとあのドレスだが、やはり鱗は普通のものではないな。端の一枚を錐で削れるか試してみたが、ダメだった。極めて硬いが蟲のものでもない。何らかの生物。蜥蜴のようなものの鱗ではないかと思う」
「……竜かも」
「伝説の? いや、此処でならば在り得るか。取り敢えず、縫製は可能だし、女性ならば、フィーゼ様かレザリアに着せるのがいいだろう。ある程度は大きさも変えられるはずだ。熱に強い事は確認してある。炎や爆発でヤケはしないだろう」
「解った」
少年がウリヤノフに頷いて、ドレスも革袋に入れて貰って鍛冶場を後にする。
昨日は帰ってから疲れた為、休息を優先した。
なので、朝方に訪れた浜辺では今か今かと手ぐすねを引いて待っている老爺が一人……今度はどんなものを見付けたのかと目を輝かせていた。
「ほほう? 鑑定出来ないドレスですか」
リケイが取り出した鱗のドレスを見やる。
「この見事な銀鱗……確かに竜のものですな。鱗の年輪から言って、凡そ300歳程度の若い竜。系統は【銀痕】でしょうか」
「ぎんこん?」
初めて知る知識に少年が内心で目を細める。
「一匹の大竜を祖とした系統でして。竜の一血統としては上位にある。人との戦いに敗れたりとはいえ、それでも竜の勢力が強大であった当時、討伐された竜達との戦いの中でも100万の軍勢と引き換えにした戦いが幾つかあった」
「百万……」
「ええ、銀痕の一族は攻撃後の跡が銀色の鱗から剥離した粉末で彩られる事から名付けられましてな。その銀の粉末は炎の熱を通さず、剣や弓を弾き。高速で渦巻いていれば、敵を切り裂いたとか」
少年の中では竜のキグルミ的なドレスを着たフィーゼが騎士人形をバッタバッタと薙ぎ倒す様子が思い浮かべられていた。
「まぁ、その粉末を逆手に取られて、集められた粉末で大結界を築かれ、戦力を分断されて倒された事から、強過ぎる力の象徴としても語られています」
少年がドレスを受け取る。
「フィーゼ嬢にお譲りするのが良いでしょう。この重さでは並みの乙女は着られないのは確定。かと言って、レザリア嬢は今も十分に硬いですからな」
「そうする……」
普段から大荷物を背負うレザリアよりも筋力が劣るとはいえ、それでも今のフィーゼは並みの男よりも体力も筋力もある。
それでも大型の荷物を背負わせていないのは一番硬いレザリアに一番重要なものを全て引き受けてもらっているからだ。
ならば、重要性よりも重量と能力の高い装備を日常的に精霊で持ち運べるフィーゼに大型装備を渡すのは理に適っている。
リケイに礼を言って浜辺を後にした少年は今日も訓練をさせている2人が走り終わりの蜂蜜薬を飲んでいるところにやって来た。
「あ、アルティエ。今日の分の走り込みは終わりました」
「おぇ~~味には慣れた。慣れたけどなぁ……もうちょっと何とかならんのか。コレ……」
フィーゼは爽やかに挨拶し、ガシンは口元を拭いながら渋い顔になっていた。
「体を洗って来たら、ウチに集合」
少年の号令に頷いた2人が戻って来るまでに準備を整えておこうと少年が家の中にはいるとアマンザがお針子用の糸と針を確認していた。
「大丈夫そう?」
「ああ、来たかい?」
「もう少ししたら」
「解った。この糸で試し縫いしてみたけど、良さそうだよ」
少年が見る先では革製の布地に不可糸に魔力を流して固定化したソレが巻かれたボビンがあった。
艶々とした白い糸は元々が大蜘蛛のものだけあって、伸縮性と耐火性、優れた衝撃吸収能力を持っており、衣服に使えるようになった時点でかなり革新的な性能になる事は解っていた。
昨日、塔を探索する為に形を露わにする為の糸を残せないか格闘して数時間。
その成果は今日には衣服を繕う事に使われている。
「あ、アルティエ。おはよう」
部屋のある通路側から出て来たレザリアが欠伸をしながら、少し遅い朝食をテーブルで取り始める。
「まったく、この子は……疲れているのならそれでもいいけれど、ちょっとは身嗜みを調えてから来るべきだろうに」
「おねーちゃん。前はボクにそんな事言った事無かったような?」
「前はね。でも、アンタ今は女の子なんだよ? ちょっとは気を使えってのさ」
「?」
「はぁ、そんなとこだけガキなんだから……」
アマンザが溜息を一つ。
すぐにレザリアの髪を櫛で梳き始めた。
こうして姉妹がガヤガヤしているとフィーゼとガシンがやってくる。
「おはようございます。アマンザさん」
「はいはい。姫様はこっちね」
「あ、ちょ、何を? それと姫様じゃなくて~~」
「解った解った」
そう言いつつ、アマンザがフィーゼを奥の部屋へと連れて行く。
その横には一抱えもある重いドレスの袋が抱えられていた。
「それで? ウリヤノフの旦那は何だって?」
「弩はフィーゼに持たせるのがいいだろうって」
「ま、だよな。オレも持てるが、咄嗟の動きが出来ないアレはオレ向きじゃないとは思ってた」
「精霊に運ばせて打つ時も手伝って貰えれば、かなり強い」
「そういや、あの弩はどんな能力なんだ?」
「飛距離が長い。それと魔力を込めれば、どんな矢も毒矢になる呪紋付き」
「でも、そこまでフィーゼに見える目が無いと思うんだが……」
「精霊に当てて貰えばいい」
「ああ、そういう使い方になるのか。納得だ……」
フィーゼの使う精霊は重いものを持ったり、指示した場所にそれを置く事が出来るのである。
つまり、精霊を使えば、矢そのものを誘導する事は可能であった。
「見えなけりゃ、人を撃つ事になっても大丈夫そうだな」
「………」
少年は無言だが、ガシンが肩を竦めた。
「オレだって気付かないわけじゃねぇ。あの蛭は外から跳んで来た。それも人を襲った。それが誰かの仕業だって言うなら、一番先に考えられるのは野営地を襲ったじゃなくて、流刑者を襲ったって考えるのが普通だ」
「………」
「だが、旦那も他の連中も外からの攻撃としか言わねぇ。まぁ、流刑者じゃねぇ連中に今ここで抜けられたら困るし、そもそもの話。あいつらも恐らくは流刑者扱いされるのは間違いない。ってのは言わずにいたいんだろ?」
「そういう事」
『お姫様が出来上がったよ~男共~』
何処かご機嫌な様子でアマンザがズルズルとフィーゼを引っ張って来る。
「こ、この服スッゴイ重いんですけどぉ~~!?」
「おぉ~~フィーゼ、お姫様みたい」
パチパチと拍手したのは朝食を食べ終えたレザリアであった。
確かに銀色のドレスはフィーゼに良く似合っていた。
そもそも戦闘用の簡素な代物だが、ケープだの他のパーツも合わせると基本的には顔以外の全身を覆う様子であり、靴も揃っていたので問題無く少女は着こなして過不足は無くなっている。
「うぅ~~物凄く重いのですが~~」
「精霊精霊」
「!!?」
少年の言葉にハッとしたフィーゼが精霊にお願いをして数秒後。
ようやく一息吐いて椅子に座る。
「うぅ~全身重くて潰れるかと思いました」
「服の丈も戦えるように短くしといたからね。服になったら、伸ばしてやるから。それとケープは肩から腰まであるけど、これも伸ばせるからね」
アマンザはそう言いおくと朝の仕事として釣りに出掛けて行った。
「それにしても今のお嬢様どんだけ重いんだ? このドレスやらケープやら……」
「フルプレートくらい」
少年がシレッと答える。
「オイオイ。この薄さで全身鎧並みなのか……」
思わずガシンが汗を浮かべる。
「そういや、さっきアマンザが片手で持ってたような……」
「アマンザも薬は飲んでる」
「そうか。此処に普通の乙女は不在って事か……」
「アルティエ。今日はどうす―――」
そう言い掛けた時だった。
ズズンッと周囲を震わせる程の衝撃が野営地を震わせる。
「アルティエ!? 今の何!?」
「今、確認中……教会騎士の乗った小型船を確認。数12隻。恐らく1隻10人くらい乗ってる。海の方から―――」
ズズンッとまた衝撃が野営地を吹き抜ける。
「海の上から火の球が飛んで来てる。野営地の東部岸壁付近に着弾」
「え? え!?」
「教会。やっぱり、教会か!!」
ガシンが想定内と言うように息を吐いた。
「ど、どうして教会の人が……」
「流刑者の殲滅が目的だから」
「「―――」」
フィーゼとレザリアがその言葉に内心では納得しつつも衝撃を受けていた。
教会というのは基本的に生活に根ざした組織で何処の国でも親しまれるような場所なのだ。
「此処には蟲の他にも沢山の宝物や薬になるものが自生してる。流刑者を殺して掃除すれば、後は自分達で使ってもいい」
「……戦うしかないのですね?」
フィーゼが今の自分達は流刑者であるという事実を前にして苦いものを全て呑み込んで少年へ真剣に訊ねた。
「戦わないと死ぬ。今、ウリヤノフに蜘蛛で連絡した。海の上で迎撃する。フィーゼはこの弩で船そのものを狙撃。精霊に狙って貰って。レザリアは防御。火球は野営地や狙撃時点に飛んでくれば、クナイやいつもの瓶で相殺」
「う、うん!!」
「ガシンは2人の護衛。三人はすぐに上陸されない場所から狙撃してればいい。七番の岸壁の高台からで問題無い。野営地は最悪燃やされても構わない。人命と食料が優先。守備隊はカラコムとウリヤノフが率いて後方の畑の壁のよりも後ろで待機の予定になってる」
「アルティエはどうするの!?」
「前線。船を叩いて来る。上陸されても問題無い。ちゃんと野営地の護衛は置いていく」
少年が言って飛び出していく。
「(この装備と能力なら……あの神聖騎士をこの時点で……ッ)」
その背中を彼らは見送るしか無かった。
*
『で? どうするんですの?』
エルミが少年の背後で伸びをしつつ、弓をもう片手にしていた。
「海を渡って海上で迎撃する。エルミはまだ待機」
少年が言っている合間にも浜辺に残っていたリケイに野営地の畑の方を指差すと頭を下げた老爺が逃げ出していく。
『どうせ、揚陸を阻止出来ませんわよ。数が違うでしょうし……』
「問題無い。操獣召喚【騎士縊りのメルランサス】」
少年が浜辺に手を翳した。
野営地の真正面に巨大な黄色い花が現れる。
ソレが騎士鎧を花弁にぶら下げて、ユラユラし始める。
「呪霊召喚【蜘蛛の騎士レーゼンハーク】」
少年の言葉に反応して、目の前に青白い全身鎧の騎士が現れた。
「華を倒せそうな者に奇襲と後退を繰り返すように。華には攻撃されないよう近付き過ぎない事。半日持てばいい。野営地の内部に侵入されたら襲撃戦に移行。ただし、傷を負わせた相手は深追いしない事」
コクリと頷いた倒したばかりの騎士はユラリと姿を虚空に滲ませるように消えて行った。
『ふ~~ん? でも、海上でって小舟しかありませんわよ?』
「問題無い」
少年が浜辺から海に跳躍すると同時に貝蜘蛛達が浮上して、四匹が一斉に不可糸で編んだ筏の上に少年が着地する。
すると、スイスイと魚くらいの速度で筏が進み始めた。
『べ、便利ですわね……さすが、わたくしの騎士』
「今、蛭蜘蛛に高いところから術者を割り出させてる」
少年の瞳には既に敵船の後方で呪紋を詠唱している者達が複数見えていた。
「不可糸で術者を捕捉。そのまま海に投げ込めばいい」
言ってる傍から蛭蜘蛛達が遥か上空から糸の網を海上に降らせ、ゆっくりと誘導しながら釣りでもするかのようにヒットした目的の得物を海上に落していく。
海上の船は混乱し始めていた。
『な、何だぁ!? ひ、引き上げろ!!? 大丈夫かぁ!!?』
『だ、ダメです!? この海域の波は特殊で!? ああ!?』
『クソ!? いきなり術者が落ちるだと!? 船内に希少な呪紋持ちは戻せぇ!!』
騎士達が慌てふためいている様子を確認しながら、蛭蜘蛛達は自分達よりも遥か下を飛んでいる嘗ての同胞にも次々に網を被せて霊力を吸い上げて落下させ、戦力を削っていく。
『どうなっている!? いきなり操獣が落ちているぞ!? 何が起きた!?』
『わ、分かりません!? いきなり落水しました!?』
『攻撃だとでも言うのか!?』
『監視役からの報告です!! 我、攻撃を見ず!! 我、攻撃を見ず!! ただし、目標とした沿岸部の浜辺に巨大な華を目視せり!! 上陸には火球による援護が必要と具申す!!』
『クソ!? 遠距離用の呪紋を持っている者は何名残っているかぁ!!』
『先程、落ちた者達以外は中距離用のものが多く!! 此処からでは敵野営地と思われる拠点を攻撃出来ません!!』
『船を慎重に陸へ―――』
そこまで各船内で命令が飛ぼうとして。
「各船に通達。全速だ!! ただし、付近の岩礁手前で反転せよ。騎士隊で揚陸を決行する」
『ル、ルラン卿!? ですが、敵の攻撃らしきものは未だ見えないとはいえ、此処で急速に近付くのは危険では?』
「もう遅い。我らには進む以外の道はない。どの道、相手は防戦……つまり、我らが上陸すれば、船への攻撃よりも上陸した者を狙うはずだ。それに沖で“あんなもの”が見えるようになった。此処は危険でも立ち止まらない方がいい」
金髪碧眼の青年の言葉に船が全速で沿岸部に突っ込む中。
キュドッと一本の矢が一隻の船の船首の船底に当たり、バゴンッと破裂して、船の船首が爆砕して荒い海の中で全速で進んでいた船体が態勢を崩して海に沈む。
『こ、攻撃されているぞぉおおお!! 各船回避行動を取れぇえええ!!』
だが、そんな簡単に船の進路が変えられるものではなかった。
再び、爆発が船首を襲う。
それが二発、三発。
次々に船が沈まないまでも破壊された部位から浸水し、他の船が救援に向かい。
同時にその船も破壊されるという状況で混乱が加速した。
「撃たれた船は構うな!! 上陸を優先せよ!!」
船首に出ていた青年が剣を虚空で横薙ぎした。
途端、30m程手前で何かが爆発する。
剣の威力が空を切り、膂力のみで風圧を生み出して直線上に打たれていた何かを爆発させたと多くの教会騎士は理解しなかった。
「陸地までかなりある。この精度で狙撃出来るのか。それにあの光……まさか、精霊を?」
青年が目を細めている間にも何度か剣を振るって、周囲の船に着弾しそうだった爆撃を防いでいく。
彼の目には精霊の輝きが数秒毎に急速に船へ近付いているのが見えていた。
その光の最中には何か瓶のようなものを括り付けた弓矢がある。
虚空の爆発を抜けるようにして船団の3分の2が上陸しようとした時だった。
ルランが咄嗟に剣を横に振る。
だが、その剣が折れこそしないが押し込まれ、異様な剣を振るう少年の瞳が男の小手先の返し技を有無を言わせず封殺しながら力技で海へ共に跳んだ。
「ぬぅぅ?!!」
波間に騎士達は凝視する。
神聖騎士ルラン。
最も若い神聖騎士。
教会騎士最上位たる称号を手にした美貌の剣士が額に汗を浮かべて、異様な大剣を押し込んでいる少年を見ていた。
「貴様は一体―――!!!」
青年の足場は聖なる光の呪紋の一つで造られている。
だが、その足場が一段ズンッと沈み込んだ。
「この膂力!!? 変異覚醒者か!!?」
「お前は消え失せろ」
少年がいつもの様子とも違い。
無表情に剣をノコギリのように引き切った。
辛うじて耐え切ったルランが距離を取る前にその手の指が一本。
剣の刃先に呑まれて削り取られる。
「ッ」
『ルラン卿ぉおおおおおお!!?』
「問題無い!! 上陸を決行せよ!!」
『教会騎士の意地を見せてやれ!!』
『おぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』
一気に士気を上げた。
遂に岩礁の一部が無いルートを読み切った船が一部上陸し、後方で海にダイブした騎士達が脚が付くところまで泳ぎ切ると走って異様な黄色い花に向けて呪紋による攻撃を仕掛けようと詠唱し始めた。
だが、それは既に読まれている。
「ウルクトル」
少年が海上で呟く。
ここ数日予め海中に潜ませておいた上陸する者達を背後から狙う呪霊。
怨嗟と憎悪の集合体が奇声を海の中で上げながら猛烈な勢いで手を量産して、背後から騎士達に襲い掛かる。
現場は足場の悪い海中。
しかも砂浜でふんばりもきかず。
次々に脚を海中に引きずり込まれていく騎士達は詠唱していては危険だと速足に浜辺に上がる事を決断した。
『溺死させる呪霊に騎士を殺す華だと!? ふざけるなぁ!!』
教会騎士達が剣を振り上げて襲い掛かって来るのを黙って巨大華が見逃すはずもなかった。
今まで単なるオブジェのように見られていた騎士鎧達が次々に騎士達を不意打ちして、同時に華の蔓から解き放たれ、華を護るように教会騎士達を押し返していく。
「く、クソ!? この化け物共強い!!?」
教会騎士の剣技が同じ剣技で返される。
その上、相手には弱点など無いとばかりに膂力も大きく。
数では圧している騎士達は相手を倒すのに手間取っていた。
そんな隙を化け物が見逃すはずも無い。
メルランサス本体の一部。
樹根が猛烈な勢いで槍衾となって地表から動かない騎士達を襲った。
『ぐぁあああああああああああああ!!?』
避けられた者は半数。
しかし、避けられなかった者達は自分の脚を貫いた根がシュルシュルと鎧内部から上に昇って来るのを何とか切り落とそうとしたものの。
一斉に首へ巻き付く根の力強さに抵抗空しく。
ゴギリッと首が捻じられ、頚椎を完全に粉砕される。
『う、うわぁああああああああああ!?』
そのあまりにも悍ましい骨と肉の破砕音。
化け物に構っている暇は無いと残った兵の大半が野営地内部に走り込んでいく。
しかし、そこではまた別の地獄が待っていた。
『ぐぁ?! な、何だコイツは!?』
『じゅ、呪霊か!? このぉお!!? 数で押せぇええ!!』
襲撃してきた全身鎧の騎士に対して次々に集団戦術を取った教会騎士達であったが、掠り傷を追いながらも何とか相手に致命傷となるような手足や首などの関節部を狙った攻撃で重症を与えていた。
『呪霊と言えど、此処まで傷付けば!!? 滅びろ亡者がぁ!!』
首を落された蜘蛛の騎士がすぐに胴体と傷だらけの体を引きずって野営地の奥へと逃げ込んでいく。
『深追いはするな!! 襲撃をとにかく凌ぐんだ!!』
騎士達には数の暴力がある。
相手は深手。
ならば、深追いする理由は無かった。
『よし!! 行くぞ!!』
男達が慎重に進もうとして、ズダァンと傷を受けた男の一人が倒れ込んだ。
『オイ。大丈夫か!!? 何をさ―――』
今まで叫ぼうとしていた男が瞬時に事切れて同じ末路を辿る。
『ま、まさか!? 毒か!? 呪紋で解毒せよ!! 解毒だぁ!!?』
男達が何とか呪紋による解毒を行っている間隙。
ホッとしている間も無く。
蜘蛛の騎士が野営地の建造物上からまだ治り切ってない首無しのままに襲撃を掛けて、相手方のど真ん中に音も無く降り立つ。
『?!!』
そして、明らかに前回よりも強く次々に騎士達を二刀流であるというのに一切鎧すら意に介さぬ剛剣で切り伏せ、吹き飛ばした。
『グゾォオオオオオオオオオ!!?』
騎士達は決死と必死の力を持って蜘蛛の騎士に何度も腕や脚に致命傷を負わせたが、その度に蟲の如く軽い身のこなしで撤退する相手を捉え切れず。
同時に回復しようとする度、回復した瞬間を狙うようにして騎士は現れる度に元の姿で騎士を翻弄して切り伏せていく。
それには理由があった。
野営地の全体を見張るように蜘蛛達が監視網を敷いていたのである。
そして、少年が逐一、蜘蛛の騎士に襲う場所を指示し、敵を連続で襲撃し、摩耗させ、自分は回復してという事を繰り返し続けていたのだ。
「………あ、が……う……」
少年は今や無人と化した船団の上。
無数の蜘蛛が徘徊する様子を見ていた。
少年は逐一敵の上陸部隊への対応を指示しながら、高速で船団内部を走り周り、騎士達の手や足に軽傷を負わせ、猛烈な敏捷性で攻撃を回避しながら回っていたのである。
(結局、問題は最大戦力を如何に早く、如何に損害なく削れるか)
呪紋持ちも他も関係無く。
船外で迎撃に当たっていた者達は異形の剣を忌避していたが、あまりの速度に攻撃を捉え切れず、防ぎ切れないままに戦うしか無かった。
そして、その合間も苦しみ続ける最大戦力は無力化されており、少年の前には立ち塞がる敵は皆無。
もしも、これが最初にルランを沈めていなければ、負けていたのは少年であっただろう。
彼らは次々に変貌していく仲間達に絶望しながら、襲われて海に投げ出されて重い鎧のままに沈んで行ったのである。
「う……ぁ……あ―――」
少年は自分の指を切られた方の腕を半ばまでも切り落としながらも抗えず。
ビクビクと震えながら、人間の形が崩れていく男を見やっていた。
「93万3253回目……ようやく届いた……」
船団の周囲には見えざる糸で張られた蜘蛛の巣が張り巡らされている。
そして、その巣は紅い水にヒタヒタと浸っている。
「ぅ……」
ルラン。
嘗て、美貌の貴公子とも持て囃された男の腹からは大量の蜘蛛脚が飛び出し始めており、頭皮はズル剥けて、頭蓋ではなく金色の色合いの外殻を晒し、両腕は片方が無いにも関わらず内部からズリュリと再生しながら人の手を脱皮。
その鎧と帷子が内部から弾けるようにしてソレが姿を現す。
「ルラン・フレイズ」
人を捨てた肉体は金色の蟲と化し、異様は嘗ての彼すらも息を呑む程に美しく。
しかし、その瞳にはもはや感情すら見えない。
「神聖騎士第33位。お前の呪紋を貰い受ける」
少年が剣を鞘に納めた。
そうして
黄金の蟲は一匹。
自らの王に深く頭を垂れるのだった。
「シャニドの印により、眷属の呪紋譲渡を開始―――99%―――100%……21種。最も重要なのは……たぶんこれ。神聖属性祈祷呪紋【啓示】を獲得……」
ニュッと少年の第三神眼が開く。
「神の力を見られる。これなら……3ヵ月後も見逃さない……」
少年が脳裏で駆け抜けていく情報を見つめながら、第三神眼が額に現れるのを確認し、自分の瞳に映る情報がまた一つ増えたのに拳を握る。
身に付けているイエアドの聖印や他にも神と関連していると思われる場所や物が僅かに黄金に輝いて見える。
それは霊殿までも同じであり、幻想のように海側まで迫出した西部の大霊殿が瞳は現実に被るよう見えていた。
(空間を操る存在。島一つの世界を創る神の力……)
少年は貝蜘蛛数匹にゆっくり沖合から船を砂浜に引いてくるように伝えて、蜘蛛を載せた船を置き去りに帯剣を構えて海へ脚を踏み出した。
「ッ」
猛烈な速度で少年の姿が掻き消える。
海の上に白波を立てて、猛烈な速度で少年が機動していた。
元々、蜘蛛脚の最大の能力は相手の強制的な蜘蛛への変異覚醒と従属化にあったが、それを差し引いても大蜘蛛の敏捷性は軽く音速の2倍を超えている。
広い場所でなければ、中々に使い処は無いが、それでも広い場所ならば、その速度はもはや常人に追えるものでは無かった。
浜辺で爆発するように砂煙が上がり、少年が数秒で辿り着いた足場で片手を振ると水死体を増やしていたウルクトルが消え去り、随分と花弁の騎士を増やした華が光る地面の中に奇声を上げながら嬉しそうに帰っていく。
そうして、最後に退路を確保して残っていた傷だらけの騎士達が野営地に突入していった者達の断末魔が聞こえなくなっている事に気付いて、自分達の背後から現れた者の表情にカランと剣を落した。
それはまるで無感情だった。
異形過ぎる片刃の大剣を肩に背負い。
自分達を見やるソレは少なからず少年の姿でありながら、他の何かに見えた。
今まで彼らは化け物を倒し、大勢の人々を救って来た。
今回は単なる流刑者を叩き潰し、教会の直轄地として島を占領する。
それだけの任務だった。
だが、ソレを前にしてもそんなお題目の為に何かを殺せる程、彼らは聖人では無かった。
そもそも此処に海側から敵が戻って来たという事は……そういう事なのだ。
自分達以外が全滅している事を実戦経験の豊富な教会騎士に分からない訳も無い。
「―――」
瞳に見やられ、彼らの背筋に冷や汗が流れる。
憎悪ではない。
冷徹でもない。
ただ、興味が無いのだ。
もしも、彼らが邪魔ならば、ただ斬って捨てる。
それだけの無感動な瞳。
魚でも表情くらいもう少しあると思えるだろう。
自分達を無価値と断ずる瞳。
異形の大剣はお飾りに過ぎない。
少年の瞳、少年の表情、そのあまりにもギロリと自分達を見やる光の無い相手の乾いた視線を前にして死を覚悟した彼らは潔く負けを認めるしかなかった。
神聖騎士が此処にいないのに敵が戻って来る。
それはどうしようもなく彼らには重い事実だった。
「投降を」
「―――受け入れ、よう」
残った男達の一人が剣の他にも装備していた諸々を落す。
それに男達は続くしかなかった。
理解せざるを得なかった以上、それは必然。
一度でも素振りを見せれば、死ぬのみ。
教会は大陸において異形と戦争を遂行してきた。
だが、人と戦って来なかったわけではない。
相手が言葉の通じる相手であった事のみが、彼らにとって幸いな事実であった。
そうして上陸先遣隊が全滅したという報が彼らが出航した巨大船に齎された夕方頃……その船の行先はまだ見ぬ南部ニアステラの大地ではなく。
その領域と隔てられていると思われる東部海岸線沿いとなったのである。
*
『まったく、わたくしにこんな事させるなんて、仕方ない騎士ですわね。ふふんふふ~ん♪』
亡霊少女がちょっと頼れた事を嬉し気にしながらイソイソと今日も自分の騎士の為に働いていた。
途中から、船上の騎士達からの情報収集を行っていた彼女は少年の言い付けで小旅行に出ていたのだ。
それはほんの1時間程で見付かった為、彼女は帰るまでの時間を気にしながら、夕暮れ時になった海の最中に目を細める。
『それにしても本当に大きいんですのね? 教会の戦船というのは……わたくしも音に聞いた事はありましたが、こんなのは初めて……』
彼女はイソイソと準備を完了させて船体から離れる。
『でも、仕方ありませんわよね。教会は亡霊も討伐対象にしていますし、此処であの場所が消えてしまったら困るもの……』
エルミが最後の仕掛けを終えた後、島を東部方面から見て……これなら岸壁を登れるかもしれないと船の大きさを実感した。
『では、皆様。御機嫌よう……来世ではわたくしの伝説が残っている時代に産まれて下さいまし。では』
船の中に入る事もせず。
少年から貸与されている呪紋が遠方から放たれた。
『不可糸』
クイッと起爆する為の簡単な仕掛けの取っ手を引く。
亡霊少女の手の先。
糸は船底に仕掛けた3つの大樽を縄で繋げたものに伸びていた。
海側に用意していたのはとっても甘い爆薬に10本程危ない華を突っ込んだヤバイ液体の入った大樽だ。
少年が船団を上手く処理出来なかった場合に爆破する予定で造っていたソレは使われる事も無く。
敵が来た大きな船を狙うという目的で使用されたのである。
『ふふ~~ん♪』
乾燥した華が取手内部の空間に付けられていた火打ち石で磨り潰されるようにカチンと軽く打たれた途端。
彼女は脇目も振らずに現場から遠ざかる。
その背後、爆発音は閃光の一瞬後。
船底で起爆した極大カロリーの燃焼が猛烈な衝撃を伴って分厚い木材を船首付近のキール毎吹き飛ばし、船はそれでも傾きながら東部へと向かっていく。
さすが教会の船か。
呪紋による防護が効いていたらしく。
半ばから折れる事すら無く船底の一部が完全に吹き飛んでいながら、船体は内部で猛烈な衝撃によって3割程の人員が死傷して尚、原型を留めて接岸を果たしたのだった。
船底が家畜小屋で占められ、騎士達の多くが御婦人は船上に近い部屋を取るべきという紳士的な理由から部屋を船底付近にしていた事から、教会のシスター達に一人も死人が出なかった事だけが不幸中の幸いであった。
『消火急げ!! 船首への扉を全て閉めろ!!』
『で、ですが、まだ』
『あの爆発で生きているわけがない!! 早くしろ!!』
『う、うぅぅぅぅぅ!!?』
『敵は思っていた以上、か。またあの頃の同僚が消えるとは……』
船上で指示を出しながら、速やかに船首に近かった区画から生存者を確保し、浸水部位を閉じるよう命令した元大司教は島を燃えるような瞳で見つめていた。
『不死殺しもいるとすれば、一筋縄では行かない島か。鬼難島……いいでしょう。この紅の大司教が相手をしましょう。掛かって来い……化け物共め……ッッッ』
血が滴る拳を握り締め。
男は犠牲者を出来る限り抑えながら、戻って来ない同僚の事を頭の中から強制的に横へと押しやり、状況を逐一報告させ、次々に脱出用の小型船を後部甲板から降ろさせる。
そして、彼らは東部を知る事になる。
まだ少年も踏破していない未知の領域の事を。
今日の敗北を明日の勝利と変える為に。