流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第四章【滅び切れぬグリモッド】編
間章『貴方の事Ⅲ』+第23話「滅び切れぬグリモッドⅠ」


 

―――イゼクス暦153年曇り後雨。

 

 遂に教会と戦ってしまった。

 

 嘗てなら、きっと神罰を怖がり、祈っていたかもしれない。

 

 でも、今は違う。

 

 例え、神の敵を倒す為だと言われても、今を生きる野営地の人々を殺そうとするならば、決して容赦は出来ない。

 

 此処にいる誰もが必死に今日の糧と明日の生存を願うからこそ、身を削って仕事に励んでいる。

 

 エルガム先生の診療所はいつも夕暮れ時には些細な怪我や疲労して倒れた人が少なからずいる。

 

 そんな此処で生きて行く為に戦う自分達を殺すのが教会騎士の仕事なら、何処までも抗う事が例え神の逆鱗に触れるとしても……きっと遠征隊は抗うだろう。

 

 此処には護りたい人達がいる。

 

 お母様……いつか、旅立つ時が来ても、わたくしは誇れる自分であるように生きたいと思っています。

 

 共に戦う戦友と多くの同胞達が力を与えてくれた事に感謝しながら。

 

 彼が認めてくれる限り、自分にはそれが出来ると思えるから。

 

 それがきっと貴族の娘ではない。

 

 遠征隊の射手フィーゼの生き方なのだと……そう思えるのです。

 

 

 *

 

 

 東部に巨船が漂着し、教会の先遣隊が右往左往している頃。

 

 武装解除された教会騎士達は野営地の長という事で仮に顔役を務めているウートと面会していた。

 

「つまり、貴殿らは流刑者の討伐と島の占拠を目的にして此処に来襲したと?」

 

「……そうだ」

 

 ウートは溜息を吐いていた。

 

 いっその事、全員死なせていれば、問題は起きなかった。

 

 しかしながら、野営地の者達に1人も死人を出さずに騎士を全滅させた少年は疲労で寝込んでいるとエルガムに面会謝絶を言い渡されており、明日の朝まではどうにもならない。

 

 面倒事だけ押し付けられた彼であるが、逆に言えば、それくらいしか出来る事が無いのも承知していた。

 

 彼は気を引き締めて半裸の騎士達と向かい合う。

 

「諸君らは教会の為なら罪人を殺すか?」

 

「……ああ」

 

「では、罪人ではなくても流刑者と共に生きている一般人もか?」

 

「何? どういう事だ」

 

 騎士達の代表者が思わず訊ね。

 

 ウートが野営地の経緯を語る。

 

「つ、つまり、此処には難破船の船員もいて、流刑者を運んだ船の船員もいて、流刑者は一握りだと?」

 

「そうだ。流刑者は10名だ。そして、罪状の殆どは祖国で言うところの政争や陰謀、権力の理不尽に敗れた末に取って付けただけの代物だ」

 

「ッ―――」

 

 教会騎士達の顔色が軒並み悪くなる。

 

「政争に敗れた当人たる私はともかく。歳若い娘まで流刑にされた。他にも此処には理不尽な理由で送られた者ばかりと聞いている」

 

 ウートが周囲に集まった者達を見やる。

 

「我が命の嘆願の為に家族を殺され、それでも死罪より共に流される事を選んだ我が騎士」

 

「………」

 

「多くの民を救いながらも御殿医の妬みによって罪をでっち上げられた医者」

 

「………」

 

「歳若い娘の貞操を護る為に主を殴り飛ばした正義感の強い奴隷拳闘士」

 

「………」

 

「国ぐるみで背徳者として迫害されていた一族もいるぞ? 何もしていないのに権力者の前を偶然横切っただけで殴り殺されそうになり、犯され、打ち捨てられていた姉と妹弟達……医者と我らが共に船へ乗っていなければ死んでいただろうな」

 

「わ、我らは―――」

 

 言わせずウートは事実を述べる。

 

「教会の内部で正義を貫こうとして煙たがられ、ありもしない罪で流刑にされた修道士に道連れとして送られた修道女とている」

 

「「………」」

 

「旅の芸妓の師が大国の大臣の酒癖の悪さで此処に送られたという話もある。ああ、陰謀に巻き込まれた南部の国の騎士などもいる。教会の悪行を声高に叫んだら此処に送られたとか?」

 

「もういい……」

 

 代表の男は沈鬱に吐き捨てていた。

 

「まぁ、聞け。だが、お前達を倒したのはその誰でもない。少年だ。海から引き上げられた少年。誰とも知れず。記憶も無く。口も最初は聞けなかった。ただ、呪紋と天賦の才故に島の中で自らを鍛え上げた猛者だ……」

 

「―――アレか」

 

 僅かに男達の手に汗が滲む。

 

「教会騎士達よ。お前達が何の大義で人を殺そうと殺した者は殺された者に何ら言い訳をするものではない。殺そうとしたならば、殺される事を覚悟する。それだけの事だからだ」

 

 ウートが長く息を吐く。

 

「お前達が攻めて来た時、あの子はまったく躊躇なく殺しに来たと断言したそうだ。それは私でもそう思う。炎の球が直撃していれば、野営地は焼き崩れていただろう。それも何とか生き延びようと整備し続けた多くの者達の努力を全て無為としてな……」

 

「………」

 

「教会はそう思われている。記憶が無くなって尚、あの子の中には教会の記憶が沁み付いていたのではないか? 奇しくもお前達自身がそれを証明している」

 

「ッ」

 

「だが、その判断に我々は救われた。だから、お前達の事を恨みはしないが、同時に同情もせん」

 

「そう、だろうな……」

 

「このままお前達を解き放つのは無しだ。そうすれば、教会の追加の部隊が送られて来れば、お前達に復讐される可能性がある。分かるな?」

 

「……ああ」

 

「だが、我々はまだお前達に付いて殺す以外の余地がある」

 

「何?」

 

「神を捨てて背教者となれ」

 

「ッッ―――それは、それだけは!!?」

 

 だが、ウートが代表者の男を前にしてギョロリと相手を覗き込む。

 

 その瞳は少なからず貴族。

 

 それも兵を率いる将の器を持つ者の鋭い眼光であった。

 

「教会を抜けられぬのならば、待っている道は暗い。お前達の身柄はあの子が救ったものだ。最終的にはあの子がどうするか決めるだろう。だが、断らぬ方が良いぞ?」

 

「何だと!? 経典の中身も知らぬ流刑貴族が我らの信仰の何を知っていると言うのだ!!?」

 

「ほう? 貴様らにはまだ恐怖が足らんと見える。私もあまりこんな事はしたくないのだがな……」

 

 男達の前にカサカサと一匹の蜘蛛。

 

 いや、数十匹の蜘蛛がやってくる。

 

「ば、化け物を飼っているのか!? や、やはり貴様らは邪きょ―――」

 

 ウートが男の耳にボソボソと何かを呟く。

 

 そして、男が目を見開き。

 

 まだ蜘蛛のあちこちに付いている肉片と衣服の残骸と首筋にまだギチギチと嵌ったような状態の十字架の通った紐を確認した。

 

「―――」

 

 男の目が零れてしまいそうな程に見開かれる。

 

「ぇ、ぁ、あの、十字架……ウレフ……の……や、つ、の?……っっっ?!!」

 

 半裸の男達の一人が呟きながら何かに気付いてガクガクと体を震わせながら、ギョロリとした蜘蛛が自分の首から紐を引き千切って、震えながら自分の手に落したのを見て。

 

「ぁ、ぁあ゛……ぁああ゛あぁ……」

 

 ジョロジョロと男の股間から理解と共に狂気が溢れ出し、琥珀色に地面を染めていくが、男は首を横に振りながらも受け取ってしまった十字架を落す事も出来ず。

 

 震えながら、その蜘蛛の幾つもある瞳に自分の顔を……。

 

 ドサリとその男が気絶して倒れ伏した。

 

 男が何を理解したのか。

 

 それを次々に理解していく聡明な男達が周囲の流刑者達を見やる。

 

 だが、その顔は夕日の逆光に隠れて見えない。

 

「良いかね? 教会の善良なる騎士達。君達は流刑者を殺そうと此処へやって来た。だが、逆を考えてみたまえ」

 

「ぎゃ、ぎゃ、く……?」

 

「世の理不尽、権力者や陰謀によって人の世から取り除かれ。それでも何とか生きようとした場所に自分達を悪と断じる者達がやってきた。さて、君達はそれを悪ではないからと“タダで”生かしておくと思うのかね?」

 

 ウートの瞳だけがギラギラと輝いて男達には見えていた。

 

 とても悲しそうな、何もかもを決めてしまっている瞳。

 

「悪と自分を断じるものを我らは敵とみなすだろう。それは自分を悪と思うからではない。此処は大陸ではないのだよ。人の世の辛酸を舐めた我ら流刑者は……此処ではどんな残酷にも無感動でいられるからだ」

 

 男達にはウートの瞳の色だけが映った。

 

 自分達を囲む流刑者の影の中。

 

 瞳だけは輝いている。

 

 自分達を見やる瞳を前にして男達は悟るしか無かった。

 

「自分の全てを壊した世の中とやらが送って来た刺客。さて、我らは君達を本当に可哀そうだと思えるだろうか? 君達を助けてやれればと考えられるだろうか? 聖人染みて許して、復讐されるのを許容しようと思うだろうか? もし、そうなるとすれば……それは我らと同じ、同胞となった時だけだ」

 

「―――ッ」

 

 代表者の男は冷たい汗に塗れ。

 

 今もまた天秤に掛けられた自らと仲間達の状況に全身を瘧のように震わせていた。

 

「明日の日没まで待とう。殉教するか。それとも自分達でケリを付けるか。あるいは……それは彼に聞くといい。それと」

 

 流刑者達の視線が一斉に数十匹の蜘蛛達に向いた。

 

「“彼ら”は彼の眷属だそうだ。君達の行動で彼らの処遇も決まるという事を十分に理解して貰いたい」

 

「………彼らに意識は、あるのか?」

 

「さて、それは彼に聞くといい。明日の朝、君達の下へ来るだろう」

 

 こうしてシャカシャカと数十匹の蜘蛛達はその野営地の一角に設けられた小さな柵の内部から出て、まだ周辺に散らばる元同胞達の遺体を他の野営地の住民達と共に丁寧な仕事で運び。

 

 衣服と貴金属類を回収後に森の一角に並べ始めるのだった。

 

 その日の夜、数匹の蜘蛛達が彼らの下にやってきて、柵の外からボタボタと涙を零しているのを見て、彼らの心は決まったのである。

 

 無論、全て少年の仕込みであった。

 

『夜になったら、捕虜の前で涙零して来て』

 

 そう数匹の蜘蛛に命令してあったのだ。

 

 生憎と蜘蛛は記憶を引き継がない。

 

 生物の脱皮前に肉体の全てはグズグズに溶けて内部で芋虫が蝶になるように脳も含めて全て再編されるからだ。

 

 今の彼らは別に十字架とか何とも思わない生物であり、脚が震えていたのは単に生まれ変わったばかりで肉体がまだ不安定だからに過ぎなかった。

 

 一応、ウートの言う事をある程度は聞いておくように言われていて、彼らが“空気を読んだ”というだけで人間並みの知性であったが、人間らしい発音器官を持たない蜘蛛は喋りようが無い時点で記憶不保持がバレる要素は0だった。

 

「神を捨てよう。だが、我らは同胞を見捨てず……此処に置いて貰いたい」

 

 そう朝にウートの前で言った騎士達の纏め役。

 

 40代の黒髪で強靭な肉体の騎士。

 

 ベスティン、ベスティン・コームは頭を下げ。

 

 野営地にて異教の神である教神イエアドの紋章を背中にリケイの手によって刻まれる事になる騎士達は蜘蛛達と共に生きる事を決めたのである。

 

 その紋章を彫り込むリケイの顔は仕事中は誰に見られるものでは無かったが、敵たる男達を失意の底に落し恍惚としてニヤリとしていた事だけは確かであった。

 

 *

 

『それにしても大所帯になったわね。あふ』

 

 少年の横で欠伸をしながらそう呟いたエルミは昨日の夜は一晩中捕虜の見張りをしていた為、寝不足と言いたげに少年の頭の上でだるーんとふやけて載っていた。

 

 黒い蜘蛛が数十匹。

 

 金色の蜘蛛が一匹。

 

 死体は見分後に薪をくべた場所を呪紋で燃やして、高温で瞬時に灰とし、それを置いていた場所に簡易の石碑を立てて灰を埋めるという埋葬方法で騎士達とは合意に至っていた。

 

『これだけいたら、色々出来そうよね。色々……』

 

 現在、騎士達の多くは野営地の者達に怖がられながらも、しばらくは野営地の一部で食料生産に従事する事。

 

 また、防衛の為に守備隊の訓練に参加して、持っている技術や剣術、知識を守備隊に教える事を以て野営地での居住許可が下りている。

 

 リケイの手によってシャニドの印を持つ少年に従属するよう背中に印が彫られている為、反乱は起こしようが無いと言う。

 

「まぁ、仕方なかったとはいえ。やっぱ、その剣はやべぇな」

 

「そ、そうですね。野営地の人達を護る為でも……やっぱり怖いです」

 

 墓地に埋葬を終えた水夫達が立ち去る中。

 

 今後の方針を決める為に遠征隊のメンバーで墓の前の森に集まって、蜘蛛達を整列させているところであった。

 

「ねぇ。アルティエ。この人達ってこれからどうするの?」

 

「野営地の防衛に騎士隊が付く事になったから、一緒に食料生産と見張りや他の雑務をして貰う予定」

 

「ふ~~ん。それで気に為ってたんだけど、あの子はどうして金色なの?」

 

 レザリアが聞きたい事を聞いてくれた為、空気を少しでも明るくしようとしたフィーゼもまた聞きたいという顔になって少年に視線を向けた。

 

「神聖騎士だった人。今は黒い蜘蛛の5、60倍くらい強いだけ」

 

「いや、数十倍って何?」

 

「神聖騎士が蜘蛛になるとそれくらい強い」

 

 思わずレザリアが聞き間違いかという顔になる。

 

「あの、つまり教会騎士の偉い人、ですか? 伝説や御伽噺の騎士ですよね?」

 

 フィーゼに少年が頷く。

 

「物凄く強い。普通に戦ったら100万回負けそうなくらい」

 

「さ、さすがにアルティエなら数回に1回くらい勝てるどころか。勝ち越しになるんじゃありませんか?」

 

 今回の一件で本当に少年の強さが身に染みた彼らである。

 

 だが、今回のようにはならなかった嘗てのルートでは幾度と無き敗北は少年にとって日常であった。

 

「今回は運が良かった。敵が上陸前に叩けて、不意打ちも出来て、連携もさせずに蜘蛛脚で一撃入れられたから……そうでなかったら今の能力じゃ勝てなかった」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「そうなの? アルティエ」

 

 少年が大きく頷く。

 

 金色個体以外が全て野営地の騎士隊と一緒にお仕事を言い付けられて解散された後、一匹だけがイソイソと少年達の下にやって来る。

 

「この子? おっきいね。昨日はもっと小さかったような?」

 

 その金色蜘蛛はやたらじっくりと全員を見た後、両手という名の前脚を使って深々と胴体を折り曲げるようにしてお辞儀する。

 

 その体躯は人程もある蜘蛛達の数倍近かった。

 

 一晩で膨れ上がったのだ。

 

 少年の見立ててではあまりにも強過ぎる能力のせいで蜘蛛という器に入り切らなそうな能力がパンパンの風船状態。

 

 突いても弾けてしまわないのが更に厄介だろう。

 

 ソレはもう今まで戦った最大級の蜘蛛よりもヤバイ何かとなっている。

 

「お、おう。礼儀正しいじゃねぇか。つーか、蜘蛛共はどいつもこいつも本当に何か知能高いんだな……」

 

「能力値も高い。膂力でこっちの3倍、魔力で2倍、霊力で1.2倍、体力で32倍、蜘蛛化してかなり失ってるけど、回復出来る生命属性呪紋に神聖属性の祈祷呪紋が合計で21個とか。人間じゃなくなってるせいで今は使えるのが3つとかでも十分……」

 

「は? 体力で32倍ってお前のか? それに持ってる呪紋多過ぎだろ……」

 

 思わずガシンが変な笑いが起きそうなくらいに顔を引き攣らせる。

 

「蜘蛛化のせいで体力と膂力だけ増えてる。今話したのは人間形態の時。現在は……全部話した3倍くらいになってる」

 

「勝てない化け物がお前の下に付くのか。怖過ぎるだろ……」

 

「眷属化は剣の能力だから、保険は掛けておく」

 

「保険?」

 

「これを使う」

 

「あ、蟲用の装甲だっけ?」

 

 レザリアに少年が頷く。

 

「これでまず大きさを元に戻す。そして、コレ」

 

 少年が掲げた指輪のようなリングを全員に見せた。

 

「コレ何?」

 

「ビ……人魚の輪」

 

「人魚の輪?」

 

「この間、拾った。生物を人間に近付ける。付けた人間に絶対服従する感じの契約を結ぶ」

 

 大体、合ってる程度の情報でさっそく少年がソレを金蜘蛛の目の下。

 

 顔の中心辺りにグリグリして突起に取り付ける。

 

「ねぇ、それって指輪じゃないの?」

 

「無くされても困る」

 

「そ、そう。確かにこれなら無くさなそう」

 

 蜘蛛の顔の中央に輪があるというのもおかしな話であるが、今は殆ど気に為らない程度のアクセサリーに違いなく。

 

「こっちも付ける。はい」

 

 少年が【ウズリクの脚甲】を脚の一つに嵌めた。

 

 すると、脚甲がガシュンッという音と共に脚に食い込んだかと思うと金蜘蛛が首を傾げている合間にも効果が出たらしく。

 

 体がゆっくりと縮んでいく。

 

「おぉ!? 小さくなってる!!?」

 

「大きいと問題だから」

 

「ま、まぁ、こんなに大きいとさすがに食料も大変そうですし……」

 

 そう言っている合間にも脚甲の色合いと形が変貌していく。

 

 最初の色合いが緑や赤、黄色と変色しながら、最後には白い紋章のようになって脚に同化して焼き付いたかのように消え失せた。

 

 しかし、内部から取り出せそうなのは少年にも分かった。

 

 脚を切れば、恐らくは元の脚甲として戻って来るだろう。

 

 急激に小さくなった金蜘蛛が自分の姿を見て、ヒョイッとジャンプ……したように見えたが、途端に周囲が爆散した。

 

 別に攻撃されていないが、いきなりクレーターが出来た後に蜘蛛が上空から戻って来る。

 

 周囲では少年が思わず大剣で衝撃を殺して、仲間達の盾になっていた。

 

「だ、だだ、大丈夫!? アルティエ」

 

「大丈夫」

 

 少年の下にサササッと戻って来た金蜘蛛は現在は子供の大きさ程までに小さくなっていたが、何処か済まなそうな気配で再び頭を下げる。

 

「オイオイ。大丈夫か? いきなり跳んだだけでコレとか……」

 

 ガシンの言う通りであったが、少年はしばらく体の使い方も慣れるはずだと言い置いて、自分の傍で監視する意味も含めて、金蜘蛛を遠征隊のマスコット枠兼荷物持ちで連れて行くのを決定したのだった。

 

「ねぇ、この場合……荷物任せてもいいのかな?」

 

「大丈夫。たぶん、家が乗ってもへっちゃら」

 

「家が乗ってもなんだ……」

 

 小さくなった蜘蛛に荷物を背負わせるのは何か心が痛む気がしたレザリアであったが、荷物のカバンを載せて、脚に革製の部分を括り付け、最後に紐で荷物をキュッと絞るとピッタリと言いたげに蜘蛛が荷物を左右に振って確認し出した。

 

「全然余裕そうですね」

 

「すごい身軽そう」

 

「だな」

 

 金蜘蛛がシャドーボクシングし始めた辺りで全員が納得する。

 

 荷物持ちはして貰おう、と。

 

「後、輪の効果でその内、人型の話せる相手になる」

 

「は?」

 

「へ?」

 

「ん?」

 

 シレッと重大な効果を告げつつ、西部最後の秘境である見えざる塔(魔力を通せば、糸で丸分かりになる)に全員が出発するのだった。

 

 勿論、少年の目には東部に向けて飛ばした蛭蜘蛛さんの視界が幾つか共有されており、そちらで起こる教会と現地生物達との激闘などもしっかり情報で映っていた。

 

 爆破しても生き残った船が東部の海岸線に漂着した後。

 

 どうなったのかは西部の塔が攻略された後に報告される手筈であった。

 

 *

 

 見えない塔の攻略2日目。

 

 もう踏破した塔内部は基本的に速足で駆け抜けて、三つ目、四つ目と橋が続く限り、全員が攻略していく事になっていた。

 

 塔内部には何処でも生活スペースのような場所があり、色々と拾い物はあったのだが、最初の鎧や魔導書とでも呼ぶべき本、脚甲、ドレスよりも価値がありそうなものはまるで無く。

 

 あるのは大抵が壊れた矢や粗末な武具の破片。

 

 他には内部を焼かれたような跡。

 

 そして、北部に向かえば向かうだけ破損が目立ち始める崩れつつある塔の全容くらいのものであった。

 

「ねぇ。アルティエ。塔がこっち側に向けて何かボロボロなのって北部側から攻められたからなのかな?」

 

「たぶん」

 

「って事はもしかして……」

 

「恐らく、そう」

 

 少年が巨大な山の岩壁が近付いて来た最後の塔の先に不可糸で構造を露わにしていくと……ようやく壁に橋が掛かった。

 

 しかし、橋の先には壁だけがあるように見える。

 

 転がっていた石を投擲すると壁の幻影が途切れて、岩壁の中に続く通路が現れ、全員の目の前に北部の道が開通する。

 

「やった!! これ北部地域への道だよね!? ね!?」

 

 レザリアがウキウキしている間にも少年が撤収準備と同時に塔の橋に何やらペタペタとテープ状のものを張っていく。

 

「何してるの?」

 

「罠」

 

「罠?!!」

 

 思わず驚くレザリアである。

 

「あん? 突入しないのか?」

 

「しない。というか、絶対ロクな事にならない」

 

「どういう事ですか? アルティエ」

 

 ガシンに応えた少年がフィーゼに向き直る。

 

「巡回者が使ってる可能性がある。でも、難所という事は普通に入っても普通に死ぬ」

 

「う……そういうのは知恵とか機転でどうにかするものじゃ?」

 

 正論を言うフィーゼだが、少年は肩を竦めた。

 

「大抵、山に掘られてるから、人口物と違って罠が発見し辛い。他にも内部に化け物がいたら、逃げる際に連れて来る可能性まである」

 

「な、なるほど……」

 

 フィーゼが想像したのは橋で化け物が爆発する光景であった。

 

「じゃ、どうするんだ?」

 

 ガシンがそんな罠で大丈夫かと薄いテープ状の紙にもっこりとした球らしいものが包まれて地面や手すりにベタベタ張られている様子を見やる。

 

「周囲に罠を張って北部から怪物の侵入を発見し易いようにする」

 

「具体的には?」

 

 ガシンに少年が橋のあちこちにベタベタ張ってあるものを分解して見せる。

 

「何だコレ? 球に紙?」

 

「蟲を磨り潰して粉末にして衝撃が加わると弾ける球。紙は樹の皮をなめしたヤツに粘着する蟲で取ったノリを使った。粉末は体内に入り込むと粘着質の液体になって臭いと光を発する。3週間は取れない。臭いは1か月取れない蟲が集まるのになってる」

 

「つ、つまり、此処を歩いて通ったら蟲塗れで光る怪物の出来上がり?」

 

 レザリアに頷く。

 

「これで数日毎に蜘蛛の視界で確認しにくれば、何かが入って来てもすぐに分かる」

 

「此処にすぐは来れないんじゃ。あ、もしかして最後の塔でしていたのって」

 

「霊殿にしておいた。内側からしか開けないように扉にも細工した」

 

「じゅ、準備周到ですね……でも、だったら北部にはこれからどうやって?」

 

「壁越えをする。いつも使う手」

 

「壁越え? いつも?」

 

「……何でもない。一番薄い壁を昇って抜ける。取り敢えず、壁越えは後回しにして東部に向かった方がいい」

 

「どうしてですか?」

 

「ファルターレの貴霊」

 

『あ~はいはい。わたくしの華麗なる裏工作に付いて話しておけばいいんでしょ?』

 

 少年以外が首を傾げた後。

 

 すぐに少年がどうして東部に向かうべきだと主張するのかを理解したのだった。

 

「つ、つまり、あの騎士の人達の本当の船を破壊したけれど、沈められなかったので東部に偵察しに行くのですか? アルティエ」

 

「必要なものは全部先に取っておきたい」

 

「必要な物?」

 

「たぶん、神聖騎士があの船には沢山乗ってる」

 

「………」

 

 元神殿騎士の金蜘蛛が視線を横に逸らした。

 

「次に襲われても勝てるように必要な道具になりそうな資源やクスリになる薬草は採取しておきたい」

 

「そういう事ですか。解りました。つまり、あちらの態勢が整う前にこっちに優位な状況を作って交渉、もしくは時間を稼ぐと」

 

 コクリと少年が頷く。

 

『もちろん、わたくしの生まれ変わり用の何たら蝶もですわ!!』

 

「エルミって本当に貴族だよね……」

 

『勿論ですわ!!』

 

 良い笑顔でジト目のレザリアにエルミがウィンクした。

 

「後、大霊殿の入り口も崩しておく必要がある。あの大霊殿の頂上には直接行けるのを確認してる」

 

「そ、それはあの屋上の聖人さんにちゃんと許可取ろう?」

 

 レザリアに頷いて、少年は【環支(かんし)符札(ふさつ)】を掲げて、自分の室内横の廟に全員で戻るのだった。

 

 その数秒後、幻の壁が消えた洞窟内部から幾つかの影が橋の上に移動してくる。

 

 それらがキョロキョロと周囲を見回した後。

 

 脚に粘着質の紙で包まれて張り付けられていた球を踏んで弾けさせ。

 

 その粉末によって雄叫びを上げると橋の上から落下していった。

 

 しかし、僅かな光は傍にある森の中でゴソゴソと蠢き。

 

 イソイソと移動し始めた。

 

 *

 

「という事なのですが、イブラヒルさん」

 

 骸骨の上で筋骨隆々の男が頷いていた。

 

『構わぬ。イゼクスの信徒共に殿内を荒らされるのも好かぬ故』

 

 東部の大霊殿。

 

 山の頂上にある聖地で守護者となった男は少年達の話に頷いていた。

 

 フィーゼが良かったと安堵する。

 

「その……一つお聞きしてもよろしいですか?」

 

『何だ? 娘よ』

 

「この場所は本当に東部なのですか。南にある地域からはこんなに広い山岳は見えなかったのですが……」

 

『そうか。お前達はまだこの島の事を知らぬのだな』

 

「?」

 

 フィーゼが首を傾げる。

 

「どういうこった? おっさん」

 

「ガシンさん!?」

 

『ははは、構わぬ。もはや朽ちた身よ」

 

 イブラヒルが笑いながらもすぐ真面目な顔となる。

 

『この島はイゼクスに追いやられた旧き神の由緒ある最後に残った場所なのだ。その加護もまた強く。だが、それ故に多くの滅びもある』

 

「滅び?」

 

『旧き時代。神世の残渣。それらは人の身には余るのよ。この南東部が崩壊したのも、その一つ……北部に人が逃げた後の事は知らぬが、もはや無人の野となって久しい此処に再び大規模な人の波が来るとすれば……嘗て、大規模に揚陸し権勢を誇った事のある教会だけだろう」

 

 少年をイブラヒルが見やる。

 

『お主は次なる時代の先触れなのだろうな。少年』

 

「……先触れ?」

 

 それには答えず。

 

『イゼクスの信徒共の事は了解した。大霊殿はこれより姿も消す事にしよう。入口は崩しても構わぬ。では、また会おう』

 

 骸骨に霊魂が戻っていき。

 

 少年達は入り口に野営地からそのまま持って来た大樽を仕掛けた後、不可糸の仕掛けで発破を掛けて崩した。

 

 そうして遠方から見やると山脈の岩壁が次々に周囲の霊殿の痕跡を消し去って土砂崩れで崩落した場所のみが遠方から見えるようになった。

 

『おっと一つ言い忘れていたな』

 

 少年の脳裏にイブラヒルの声が響く。

 

『このグリモッドに人は居らぬ。だが、人外の集落は存在する。人を已めた者達の数は多いのだ。人間の数よりもずっとな』

 

「………」

 

『人を相成れぬ者達もいれば、人に資する者達もいるだろう。ただ、留意せよ。グリモッドは霊殿の力によって守護された為に多くの一族が霊魂として大地に取り込まれている』

 

 イブラヒルは何処か自嘲気味に溜息を吐いた。

 

『その結果、霊魂の力を用いて新たな波を起こそうとする者達もまたいるのだ。その力は決してお主達に劣るものではない。神聖騎士共よりも先にグリモッドを踏破すると言うのならば、覚えておくといい』

 

「その相手の名前は?」

 

『緋隷王レイフェット……島の御伽噺になるような王でな。嘗て、このグリモッドで教会と戦い封印されてやったお人よしだ。他にも冥領という場所にも王が一人いる。蟲ではない王がな』

 

 脳裏への直接の言葉が終わると気配も同時に失せた。

 

「アルティエ? どうかしたのですか?」

 

「霊が多い土地柄だから、見えないと色々と危険だって言われた」

 

「そうですか。困りましたね。レザリアさんは良いとしても、ガシンさんや私ではあまり力になれないかもしれません」

 

「そこは考えてある」

 

「何か方法があるのですか? アルティエ」

 

「金蜘蛛の呪紋」

 

 少年が蜘蛛を見やるとシャカシャカと全員の前に進み出て来る。

 

「アルティエ。そう言えば、この蜘蛛さんの名前それでいいの? 一応、これから一緒に見て回るんだから、蜘蛛じゃ呼び難いと思う」

 

 レザリアの最もな話に少年が蜘蛛を見やる。

 

「……フレイで」

 

「アルティエが決めたなら、それでいいんじゃない? よろしくね。フレイ」

 

「(・ω・)|」

 

 フレイと名付けられた金色蜘蛛は片手を上げて、応答するのだった。

 

「「「!!!?」」」

 

 だが、その瞬間に少年以外の全員がギョッとする。

 

 何故か?

 

 蜘蛛の上げた脚が人間の腕になっていたからだ。

 

 しかも、白くてフニフニとした質感の子供染みたものだ。

 

「こ、これって……人間になるとか言う例の効果ですか!?」

 

「オイオイ。いきなり驚かせるなっつーの」

 

 フィーゼとガシンがさすがに蜘蛛の脚が人間の腕に摩り替っている様子に顔が引き攣る。

 

「ほ、本当に人間になっちゃうんだ。蜘蛛人間? 人間蜘蛛? でも、さすがにボクもこれはちょっと……蜘蛛脚だけならまだカワイイのに」

 

「(>_<)」

 

 ショックを受けた金蜘蛛……フレイがガクリと項垂れる。

 

「変化する時は夜にしておいて貰えば解決」

 

 いや、そんな機能無いのですがと言いたげな蜘蛛だったが、しばらくは彼らの後ろで視界に入らないようにしておこうと決意するのだった。

 

「さて、で? 何処に向かう?」

 

「この領域の端を西部と同じように全部確認する。話はそれから」

 

「地図の作製ですね」

 

 ガシンの言葉に応えた少年にフィーゼがイソイソと新しい地図用の紙と片手に持てる程度の大きさの板を広げ始めた。

 

「この霊殿が基点で一番端の一部だと思う。此処から山の岩肌に沿ってある程度形を測定して、大まかに何が何処にあるのかを書き込んでいく」

 

 という事でまずは少年を先頭にして全員が速足で岩壁に囲まれた外周を見て回る事になるのだった。

 

―――数時間後。

 

 凡そ6時間半で40km程も移動した彼らは予想外に東部の下半分であるグリモッドが広い事を確認していた。

 

 壁際をマッピングしながら、自生する植物や薬の原料になりそうなものは少年が片っ端から採取して、一部をモシャッていたが、左程効能のあるものはなく。

 

「霊力が増えるのは希少かも……」

 

 そう言って、効力が小さいながらもグリモッド独自の薬草を収集しては袋を蜘蛛に持たせるという形で今や後ろを付いて来るフレイの背中の荷物には幾つも大きな革袋が横からぶら下がっている。

 

「そう言えば、アルティエ。前から気に為っていたのですが、体力や魔力は分かるのですが、霊力とは何なのですか? 幽霊の力というくらいには思っているのですけど……」

 

 フィーゼがそう前からの疑問を口にする。

 

 少年が何かを得たり、食べたりする旅にブツブツ呟くのは仲間内では周知の事実であるが、言っている事が半分以上分からない事の方が多い。

 

 その上で霊力というのは彼らにも何となく呪霊関連の力という事しか分かっていなかった。

 

「霊力は霊体の総量。霊体は魂。だから、使い過ぎると危険。血と同じであんまり使うと死ぬから使わないに越した事ない」

 

「そ、そうなのですか?」

 

「魔力は体から空っぽになるまで抜いても死なない。でも、霊力は血と同じで失い過ぎたら死ぬ。呪紋の対価に霊力を使うものは魔力で代替出来る内は代替するべき。ちなみに使用する場合の致死量の目安は8割以下7割以上」

 

『こ、怖い事言わないでくださいまし!?』

 

 思わずエルミが反応していた。

 

「どうして、エルミが怖がるの?」

 

 レザリアが首を傾げる。

 

『当たり前でしょう!? わたくしの体は魂ですわ。魂を使われたら、死ぬのですから、霊力使用は自分以外のを見ても気分が良いものではないのですわ!?』

 

「成程……」

 

「エルミさんが何か怖がってる事だけはレザリアさんを見てて解りました」

 

 まだ霊が呪霊召喚されないと見えないフィーゼとガシンである。

 

「こっち」

 

 少年が蜘蛛を呼び寄せてそろそろ夕暮れ時となる空の下でフィーゼとガシンを前に立たせる。

 

「神聖属性祈祷呪紋【啓示】」

 

「(>_<)」

 

 少年とフレイが同時に呪紋を用いて2人に手を翳した。

 

 フレイの手が地味に二本目も人間の腕になっている事は全員が完全スルーであった。

 

 が、呪紋の効果は劇的であった。

 

「「?」」

 

 2人が思わず周囲をキョロキョロして、自分達の後ろに浮かんでいるエルミを見やって目をパチクリさせた。

 

「おお、霊が見えるのか?」

 

「エルミさんが召喚されて無くても見えますね」

 

『声も聞こえるはずですわ』

 

「アルティエ。この呪紋は霊が見えて聞こえるものなのですか?」

 

「単なる副作用」

 

「副作用?」

 

「この【啓示】は神の力を見る呪紋。霊殿の方や聖印が黄金に薄く輝いてるのが分かるはず」

 

「あ、確かに薄らイエアドの聖印が……」

 

「霊殿の方も何か上に伸びてるな。魂ってヤツを空に還してるような感じに見えるぞ。霊殿も微妙に輝いてるみてーだな」

 

「だから、霊の危ないのも見える」

 

 少年がダガーを片手にして数m先から何かがゆっくりと近付いて来るのを確認。

 

 全員が戦闘態勢に入った。

 

「何だコイツら!? 亡霊か」

 

 彼らが見たのは10体程もいるだろう首無しの襤褸を着込んだ骸骨だった。

 

 青白い彼らの手には同じ質感の草刈り鎌や手斧が握られている。

 

「魂が劣化して、意識のある場所が無くなったまま亡霊になったヤツ。このまま攻撃しても問題無い」

 

 少年の言葉通り、全員が一斉に攻撃を仕掛ける。

 

 フィーゼは先日、船を射った弩に普通の矢を用いて、精霊に頼んで引いて貰って狙って打ち込み。

 

 レザリアは持っていたシールドで突撃して相手を粉砕。

 

 ガシンは脚甲で敵を蹴り付けて薙ぎ倒し、少年はダガーでサクッと相手を切り付けていく。

 

「効いてる? もっと、幽霊とかは攻撃が効かない相手だと思ってました」

 

 フィーゼが横に浮かばせた弩に精霊を用いて矢を装填し、撃ちながら少年へと視線を向ける。

 

「本来は威力が半減以下になる。でも、【啓示】を使っている間は存在が異なっていても認識する領域への威力減衰が0になる。神聖騎士の基本性能」

 

「よく分かりませんけど、倒せるって事ですね!!」

 

『団体客が遠方からわんさか来てるわよ~頑張りなさいね~貴方達~』

 

 一応、敵側の増援を教えてくれる優しい亡霊少女が指差した西側の森からは青白い人型の群れがやって来ていた。

 

『数は~~そうですわね~~40体くらいかしら?』

 

「多い多い!? アルティエ!? 大丈夫!!?」

 

「そのくらいの数なら、途中林が途切れた場所があるから、そこで迎撃」

 

 少年が最後の一体を切り伏せて散逸させた後。

 

 そのまま走り出して山林と山林の切れ間のような場所に出る。

 

 すると、横一列に大量の青白い輝きが向かってくるのが見えた。

 

「集合!! クナイ投擲。弩を使用。最前列を倒したら、瓶を後方中間地点に投擲」

 

 出来る限り、相手を近付かせずに倒す。

 

 その為の戦術であり、戦闘技術である。

 

 近付いて来る亡霊達が次々に攻撃態勢に入る直前には森の出口でクナイの爆発に巻き込まれ、バタバタと倒れ伏し、走って来る敵の多くの中央に横一列に投擲された爆発物な小瓶が炸裂。

 

 周囲を吹き飛ばして30人近くが一斉に溶け崩れた。

 

 それに更にクナイで追い打ちを掛けた少年達が相手を駆逐するまで20秒。

 

 淀みなくフレイの大荷物から消費した物資を装備用の場所に入れ込んでいく彼らは軍隊染みて隙無く補給を終えた。

 

「周囲偵察」

 

『はいはい。まったく、主使いが荒いのですから……』

 

 上空に飛んだエルミが周囲をグルリと見渡す。

 

『八時方向に村らしきものを確認しましたわ。どうやら、あの一般人の方々はあちらから来たようですわね』

 

「蛭蜘蛛。偵察を」

 

 少年がフレイの荷物に紛れ込んで今まで眠っていた蜘蛛に呼び掛ける。

 

 すると、すぐに荷物の隙間から這い出て来た蜘蛛が敬礼して、少年の指示通りに飛行し、村らしき場所をそっと上空から覗き見た。

 

「……何かおかしなのがいる」

 

「おかしなの?」

 

 レザリアが少年に眷属同士の視界共有で映像を回された。

 

 村の廃墟らしき場所では頭の無い亡霊達が200体以上、大量にウロウロしていたのだが、その村の中心地点には鉄製の籠が並んでおり、その中心点に2m程の体躯の青白い亡霊達と同じ質感の何者かが佇んでいた。

 

「他の人と違って全体が布地で覆われた服着てるね。アルティエ」

 

「武器も大鎌を握ってる上に死神みたいな恰好……」

 

「死神?」

 

「危なさそうだから、遠距離から排除する」

 

 少年が村から最も近い岩壁に吸い付くようにして真菌で真上に歩き出し、ロープを垂らしてフィーゼを引き上げる。

 

「こ、此処から狙うのですか?」

 

 フィーゼが見るに廃墟までは500m以上の距離があった。

 

「大丈夫。精霊でちゃんと狙える距離」

 

「その~どうして知ってるのですか?」

 

「この間、海で戦ってる最中に命中精度は図った」

 

 一度見れば、少年には射程距離くらい筒抜けという事に改めて少女は少年の戦闘勘の凄まじさを知った思いになるのだった。

 

「弩の方向はコレで固定」

 

 少年がフィーゼが手前で精霊に浮かばせた弩の向きを誘導する。

 

「後は一番強そうなのを射貫けと命令すればいい」

 

「は、はい。お願い!!」

 

 弩が発射された。

 

 精霊の加護と誘導で空を奔る矢が精霊の光を宿して飛ぶ。

 

 それは狙い違わず。

 

 亡霊達の中心存在らしいものの頭部を射貫いた。

 

「第2射」

 

「はい」

 

 油断せずに最速で装填。

 

 精霊への指示を出して、フィーゼが二射目を放つ。

 

 相手はまだ頭部に攻撃を受けても起き上がろうとしていたが、再びその顔面のど真ん中に弩の矢が突き刺さり、霧散した。

 

「か、勝ちました!!」

 

 相手が何処から攻撃していたのか分からず。

 

 亡霊達がキョロキョロと周囲を見回していた。

 

「爆発筒を装填」

 

 少年の言うがままに今度はいつもの爆発物入りの小瓶が着いた矢……ほぼ摘弾に近い代物が装填されて、何事かと中心域に集まって来る亡霊達の中心に撃ち込まれた。

 

 ―――!!!?

 

 一瞬で20体、30体単位で爆発と共に吹き飛び。

 

 更にその喧騒に集まって来る亡霊の群衆へ第2射、第3射と爆撃が続き。

 

 5分もせずに廃墟となっていた村は炎がパチパチと燻ぶる程度の更なる瓦礫の廃墟となって消滅したのだった。

 

―――10分後。

 

 500m程先の岩壁からの爆撃を完了させた一向は瓦礫となった廃墟にやって来ていた。

 

 さすがに全て吹き飛んでいたが、鉄製の籠だけはそのまま拉げてはいたが、形を保っており、一番恐ろしそうだった敵のいた地点には大鎌らしきものが落ちていたので少年が拾い上げる。

 

「これも……抗魔特剣?」

 

「え? それって蜘蛛脚と同じヤツ?」

 

 レザリアに少年が頷く。

 

「抗魔特剣【神曳きの大鎌】」

 

「カミビキ?」

 

「神の死体を運んだ鎌。専用効果呪紋【霊曳きしもの】付き」

 

「神の死体を運ぶ……それって大昔の武器って事でしょうか?」

 

 フィーゼが首を傾げる。

 

「たぶん、元々のものを真似て造られたものだと思う」

 

「へ~~で、どんな効果なの?」

 

 レザリアが興味津々な様子で訊ねる。

 

「生物の死体に刃を使うと散逸前の霊力を吸収して回復出来る。吸収効率は死後の時間に比例して減少。死んでない生物には効かない。対亡霊特化の常時発動型、呪霊に対して使ってもスゴク強い。呪霊や亡霊は霊力の塊で死んでるから即死効果。完全に現世から消滅させられる……でも、霊力を引き出して装備したら、死霊が集まって来るみたい。ちなみにたぶん普通に戦ってたら、他の亡霊を鎌で切られて延々と回復されながら戦わなきゃいけなかった」

 

『そ、それ近付けないで下さいまし!? わたくしが蘇れなくなっちゃいますわ~~!!?』

 

 最後まで聞き終えてから悲鳴を上げたエルミがフレイの荷物の後ろに隠れる。

 

「ああ、そのせいであんな大量の亡霊さん達が此処に……」

 

 フィーゼがもしまともに戦っていたら無限の亡霊の壁の前に敗北していたのだろうと溜息を吐いた。

 

「どうすんだ?」

 

「……はい」

 

「はい?」

 

 ガシンに少年が鎌を渡した後。

 

 首元のエンデの指輪のネックレスが掛けさせられ、背後から少年が腕を持って武器を折るような仕草をした。

 

 途端、ガギャァンッと猛烈な勢いで大鎌が破壊され、光を発して、散逸する前にソレがガシンの中に吸い込まれる。

 

「な、何だ!? 何しやがった!?」

 

「亡霊に触れば、霊力を吸収して消滅させられるようになった。本来、武器も無しだと攻撃しても殆ど一撃でどうにかならない。けど、これで問題無くなる」

 

「ま、まぁ、これで此処でも戦える、と」

 

 ガシンが自分が強くなったという事が体感で理解出来たので拳を開いたり閉じたりしながら目を細めて、構えを取ってシャドーボクシングし始める。

 

「幽霊には素手で。相手の武器も霊力だから、問題無く吸収出来る。半減しても2回触れば全部解決する。自分の霊力も増えてお得」

 

「はいはい。後で確認だなこりゃ……」

 

 少年が指輪のネックレスを回収する。

 

『そこの人!! わたくしには二度と近付かないでくださいましね!?』

 

 エルミがフレイの影からそう噛み付きそうな勢いで叫ぶ。

 

「自分から近付かねぇよ。はぁぁ……」

 

 これからも煩く言われそうだと溜息一つ。

 

「今日は此処に霊殿を築いてから帰る」

 

 こうして少年が広場の鉄籠の中心地にダガーでイエアドの聖印を書き込んで地面に定着させ、符札を掲げて全員を集めて帰投するのだった。

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