流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第24話「滅び切れぬグリモッドⅡ」

 

「祭司会議を始めようか。諸君」

 

 紅の大司教。

 

 いや、元大司教。

 

 今は無貌の司教と呼ばれて久しい彼。

 

 サヴァン・ラブゼル。

 

 彼を頂点とした巨船【オベイル】の最高会議は彼を含めて6人の神聖騎士から成っている。

 

 船の船首が大破したオベイルは岸壁に追突しながらも形を保ったままに多くの騎士や修道士、修道女達を大地に降ろす役割を終え、今は運び出されつつある荷が無くなるに連れて静かになりつつあった。

 

「先生。フレイズの件はアンタの手落ちだぜ」

 

「左様。フレイズが破れるとなれば、敵は連中の中でも上位。聞けば、今回はあの魔の布教者がいた可能性もあると聞き及ぶ」

 

「となれば、サヴァン司教。貴方が責任を御取になるべきだと愚行しますが」

 

 三人の男達がサヴァンに向けて冷ややかな視線を送っていた。

 

 先生と呼んだ男はまだ歳若い赤毛の男。

 

 軽装の鎧に灰色の外套を着込み。

 

 片腕に腕章らしきものを付けている。

 

 それには黄金の炎が描かれ、背には槍を背負っている。

 

「先生。アンタは今回焦ったんだ。自分の顔を持って行った相手がいるかもしれない。だから、高々単なる流刑者相手にフレイズの野郎まで出したわけで……あっさり死ぬとは思ってなかった」

 

 赤毛の男は鼻が高く。

 

 何処か鷲を思わせる眼光と相貌。

 

 しかし、辛辣であった。

 

 円卓にある蝋燭一本の灯りの中、瞳には煌々と男を糾弾する光がある。

 

「まったくの道理。サヴァン司教。祭司会議の議長は降りられるが良かろう」

 

 そう目を細めたのは40代程の筋骨隆々の男だった。

 

 厳つい顔は何処か獅子染みて、白髪が混じり始めている金髪がオールバックに撫で付けられた彼は何処か貴族の当主にも見える風格で褐色の肌に血管を浮かせて、全身の怒りを露わにしていた。

 

 ケロイド状の両手……鋲らしきもので金属のパーツを打ち止めしたようなソレがダンッと円卓を叩き、罅割れさせる。

 

「では、決を採ってはどうか? 無論、今は野営地の守護をしているルクサエル様にも後に結果を出して頂いてからで構わない」

 

 そう男の解任を推す男は痩せぎすで高身長の男だった。

 

 蒼褪めた白い肌が氷のように硬い印象。

 

 その死人よりも冷たそうな蒼い瞳のスキンヘッドの彼が錫杖を片手にガンガンと床を叩いた。

 

「フォルク・メシエ。ウラス・カラエラ。エルタ・オル。君達はどうやら事態の深刻さよりもこんな僻地で勢力争いをしたいようだ」

 

 サヴァンが溜息を吐く。

 

「アンタが元々始めた事だろ!? オレらの勢力を削ってたのを知らないとは言わせないぜ!? 先生!?」

 

「まぁ、その通りだな」

 

「今更、知らないと言い始めるかもしれないが……」

 

 男達は其々に不満を口にする。

 

「永い付き合いだ。率直に語ろう。フレイズが死んだ事は誠に遺憾だ。だから、というわけではないが、本気でこの島を潰そうと思う」

 

「「「?!!」」」

 

 三人の男が同時に僅か鼻白む。

 

「勢力争いもあの方がやれと言っていた健全なる世界の為の一貫。それを教会内部でも疑似的にやっておけというだけの事に過ぎない。だが、まぁ……此処の空気は君達にも分かるでしょう?」

 

「「「………」」」

 

 男達が押し黙る。

 

「此処は過去の空気に満ち満ちている。あの暗黒の日々。世界の全てが闇に覆われた頃のものだ」

 

 サヴァンが三人に視線を向ける。

 

「此処を制圧した後なら幾らでも諸君らの愚痴は聞こう。だが、此処では私に任せて貰おうか」

 

「先生……アンタ、本気なんだな?」

 

「ああ」

 

「この数百年間、アンタの本気なんて“災厄潰し”の時しか見た事無かったが、そうか……ならいいぜ。ただし、此処が終わるまでだ」

 

 フォルク・メシエ。

 

 サヴァンを先生と呼ぶ青年が仕方なく頷く。

 

「そちらが本気ならいいだろう。此処は治めよう。だが、後の事をしらばっくれたならば、覚えておけ」

 

 ウラス・カラエラ。

 

 獅子のような男が不満そうながらもどっかりと背もたれに寄り掛かる。

 

「あの紅の大司教が30番台の青二才が死んだ程度でみっともない。昔の貴方は正しく人を人とも思わぬ方だったはずだがな……その口調も含めて今風だと言われるか?」

 

 エルタ・オル。

 

 スキンヘッドの蒼褪めた長身の彼が皮肉交じりに男を睨んだ。

 

「時間の効用だよ。エルタ……人は変わる。我ら不死者とてな」

 

「それで? これよりどうすると?」

 

 エルタの問いにサヴァンが地図を広げる。

 

 それは島の形を描き込んでいたが、内部は殆ど白紙だった。

 

「定石として周辺地域の確保。修道士と修道女達に生産を任せ、探索隊を4隊に分けて近隣を制圧。諸君らにも解っているだろうが、この地域はどうやら霊の力が強い為、恐らくは呪霊共の巣窟だろう。持ち込んだ対呪霊、対呪具の装備で固めて、後追いは無しで着実に進める」

 

 男達がサヴァンがインクで予定をカリカリと書きながら、絵心を発揮して船と難破した周辺地域の情報を書き込むのを傍に寄って覗き込む。

 

「周辺海域にはオベイルの後部甲板から船を出して回収は可能だ。岸壁への船体係留と固定も1週間後には終わる。食料は100日分。それまでに海産物と周辺での食料確保、食料生産は必須」

 

「兵站は?」

 

 エルタにサヴァンがすぐ答えを導き出して見せる。

 

「この地域で家畜を安易に遠方で使うのは頂けない。荷車を手押しだ。好きだろう? 我らの青春だぞ」

 

「御冗談を……」

 

「野営地を制圧と共に3里毎に増やしていく。周囲に耕作地帯を構築。小規模な策源地さえあれば、最初期の入植は完了。制圧地域には呪具を一定距離で埋設処理し、霊の移動と接近を制限する」

 

「先生。アンタの話は解った。それでも残った2500人の話だ。騎士隊が合わせて600いるとはいえ、どう分ける?」

 

 ファルクの言葉にサヴァンが各位の名前の下に役職を書き連ねていく。

 

「策源地及び野営地本拠点の護りに300。残り300を3隊で分けて貰う」

 

「さっきは四隊って言ってただろ?」

 

「彼女を少数精鋭で行かせる」

 

「「「………」」」

 

 三人が思わず黙り込む。

 

 その沈黙は何処か考え込んでいる様子であった。

 

「彼女とて神聖騎士だ。そして何よりもこの状況に憤ってもいる。護りに向かない性質なのは君達も知るところだろう。此処の護りは私と直轄部隊で弱卒共を統率して行う」

 

「先生……あの女を自由にさせるのか?」

 

「君らが謎の敵を前にして死体で帰るよりはマシだろう? フレイズは死体すら戻って来ていない」

 

「不死殺しとなれば、リケイがいるのはほぼ確定か……」

 

 ウラスが目を細める。

 

「また、オベイルの外殻を破砕する程の威力を持つ兵器が相手側にあるとすれば、不用意な接触や挑発は厳禁だ。君達には是非とも自重して事に当たって貰いたいものだな」

 

「いいでしょう。サヴァン司教。それではさっそく行って来ましょうか。それで我々を何処に振り分けるつもりで?」

 

 エルタが訊ねる。

 

「取り敢えずは東部から西部……いや、この狂った地では西部も東部も無いだろうな……新しい地図の作製も我らの仕事に加えておこう」

 

「どういう?」

 

「この領域がもはや地図としての整合性が取れない程に広い。また、恐らくだが……空間が歪んでいる為に何処かの地域が何処か本来の地域とは別の場所に繋がるような部分もあると考えていい」

 

「何と……」

 

「とにかく周辺地域だ。まずは中核地帯を制圧するのが先決。先走って死にたい者がいないならば、予定進出線をよく見ておく事だ。一月で現状を安定化させる。出来る限り、情報は集めて欲しい。意志のある存在もしくは南部ニアステラの野営地の者を発見しても不用意に接触するな」

 

 こうして彼ら今後の予定を詰めていく。

 

 グリモッドの北。バラジモールの岸壁の一角。

 

 教会の野営地は広がり始めたのだった。

 

 *

 

「ほうほうほう?」

 

 グリモッドでガシンが奇妙な鎌の力を使えるようになった翌日。

 

 リケイに青年はじっくり見られていた。

 

「ふむ。では、シャニドの印ではなく。レキドの印にしますかな」

 

「お、おい。じいさん!? オレの体に何しようとして」

 

「大丈夫大丈夫。このリケイ、失敗は人生でこの方3回しかしておりませぬ」

 

「失敗って何だ!? 失敗するとどうなんだよ!?」

 

「大丈夫大丈夫。霊力を喰えるようになった存在というのは“霊食い”と言いましてな。魔力が強いものや身体能力が強いものと同等に呪紋に目覚めやすくなるのですじゃ」

 

 リケイが上半身裸のガシンの背中をバシンッと叩く。

 

「痛ってぇ!? 何しやがんだよ!!?」

 

「ほい。お終い」

 

「は?」

 

「背中に入れておきましたぞ。レキドの印は正方形なのですじゃ。面とは即ち、魂の様々な面を顕しており、六面には一つずつ、生物の本能が刻まれておるのですじゃ。主には食欲、色欲、我欲、財欲、名欲、権欲ですな」

 

「あっそ。で?」

 

「レキドの印は円という自己の内部に六つの欲を満たした魂を顕すもの。吸収する霊力の質や性質によって呪紋を得られるようになりますじゃ」

 

 ガシンの背中には確かに今言われたような円環と賽子のようなものが書き込まれており、全てにおいて色が違う様子であり、その刻印の一部には一文字が既に彫り込まれていた。

 

「ぁ~~痛ってぇ……」

 

 朝っぱらからげっそりして戻って来たガシンを仲間達が出迎える。

 

「強くなった」

 

「ぁあ、そーかい。はぁぁ、素手で亡霊共を殴って殴って殴り倒せって事でいいか?」

 

 少年が頷く。

 

「これでガシンもちゃんと戦えるね」

 

 ケロッとレザリアが呟き。

 

 フィーゼが慌ててレザリアの口を塞ぎ。

 

 ガシンの顔が引き攣る。

 

『ま、クナイ投げるだけでしたし、いいんじゃない? 霊相手なら武器も吸収出来るのですから、霊力で他の現象を起こしていないなら、傷付きもしないでしょうし』

 

 エルミが肩を竦める。

 

「お、おまえらぁ~~~これでもなぁ!? 奴隷拳闘じゃちったぁ名前が知れてたんだぞ!? 華のガシンと言えばなぁ」

 

「今日もグリモッドの踏破頑張ろう」

 

「「おー」」

 

「(>_<)/」

 

 ざっくりフレイにすら無視されたガシンがガクリと項垂れる。

 

 敵があまりにも理不尽過ぎて、今まで殆どクナイで戦っていた手前、自分の強さを誇示出来る接近戦が殆ど無かったのだ。

 

「遠征隊最強の座はいつかオレが取るからな!! アルティエ」

 

「うん」

 

 決意したガシンの修行というよりは少年の寄食に近い自己鍛錬はようやく始まったばかりであった。

 

―――昼時。

 

 グリモッドの廃墟から再び出発する事になった遠征隊は南部に近付けば近づく程に多くなっていく亡霊達との接触に疲弊……する事は無かった。

 

 理由は新しい力を手に入れたガシンに大抵の敵を任せたからだ。

 

 朝からの決意に亡霊達に突撃し、次々に両手両足の指を接触させる形で相手を瞬間的に二撃で即死させていく姿は今までクナイ投げマシーンと化していたのが嘘のように生き生きしており、ある意味で弱い者虐めであった。

 

「ふぅ……これで83体目。お、助かる」

 

「(・ω・)/」

 

 フレイに手拭を渡されて汗を拭く姿はもはや拳闘後の時と左程変わらないかもしれないくらいに生き生きしている。

 

「ねぇ。アルティエ。アレって霊力どれくらい吸収してるの?」

 

「変換効率1%から現在1.2%くらい。危ない霊力から不必要な情報が取り除かれてるから、そんな感じ」

 

「不必要な情報って?」

 

 レザリアが切り株に腰掛けながら訊ねる。

 

「憎悪とか負の感情とか死の間際の断末魔とか」

 

「た、確かに魂そのものを吸収してるんだから、そういうのを排除しないとすぐに廃人になっちゃいそう……」

 

「そういう事。吸収効率は吸収した霊力に比例して上がる。効率が上がるって事は魂が強靭になって、そういう感情や記憶をものともしなくなるって理解でいい」

 

「へ~~」

 

『断固近付くのは厳禁ですわ』

 

 エルミが相変わらずガシンから離れて少年の背後に隠れていた。

 

『皆さ~ん。あっちの森の中の断崖に何かありますよ~』

 

 フィーゼが近くの方向で呼ぶ声がして、全員が其処まで行くと20m程地表との落差がある小さな凹んだクレーターのような場所があった。

 

 樹木が茂る内部には泉のようなものが存在しており、周囲には遺跡のような朽ちかけて苔生した石柱が倒れたり、折れたりしていた。

 

「あれ、遺跡じゃないでしょうか?」

 

「だが、降りる場所無くねぇか?」

 

 ガシンが当たりを見回しても断崖を降りる為の場所が見当たらない事を確認したが、少年がすぐに遺跡とは反対方向に向かうので一緒に付いて行く。

 

 全員が辿り着いたのは遺跡から最も遠い崖の傍であった。

 

 少年がその辺にある土を握ってばら撒く。

 

「「!!?」」

 

「こ、此処も見えない階段がある!!?」

 

 フィーゼとガシンはそう来たかという顔になっていた。

 

 その見えない階段を少年がコンコンと脚で叩く。

 

「大丈夫そう。先に土を落しながら行く」

 

 少年が両手に土を山盛りにしてばら撒きながら地表への階段を探していく。

 

 すると案外くねった階段が螺旋状になっているのが確認出来た為、全員が少年の少し後ろを付いて行く。

 

 しかし、地面に降りようとした少年が再び土を撒く。

 

 すると、地面があるはずの場所を素通りして、土が消えた。

 

「悪質……」

 

 少年がジト目になり、不可糸を発動する。

 

 すると、あまりにも怖ろしい事に階段以外の20m程下の地面は全て幻影である事が判明し、更には底無しに見える最下層にまで辿り着いた糸がジュッと音を立てて毒沼っぽい場所で焼き切れた。

 

「オイオイオイ!? ヤバ過ぎんだろ!?」

 

 フィーゼとレザリアは自分達なら何の躊躇もなく踏み抜いて100m近い落下で拉げて沼の中に落着しただろうとガクガクブルブルしている。

 

 しかし、不可糸が絡みついて行く周囲の構造物の一部には見えない階段が引き続き続いており、それが湖の淵にまで到達した。

 

 湖そのものは存在しているようだが、どうやら湖以外は全てフェイク。

 

 少年が歩いた場所を辿って全員が階段の先の通路へと歩みを進める。

 

「アルティエ。こ、此処怖いよ!?」

 

 レザリアの言う事は最もであった。

 

 二重の罠は正しく悪意の塊である。

 

「後で沼の毒は貰っていく」

 

 シレッと抗体を得る為に毒を頂く宣言をした少年は数分歩いて辿り着いた湖に菌糸の黒い糸で掴んだ小瓶を入れて水を注ぎ。

 

 目の前まで持って来て、菌糸の塊を手前に落して、其処に垂らした。

 

「………?」

 

 少年が目を凝らす。

 

 すると、黒い菌溜まりがウヨウヨと蠢いて、少年に引っ付く。

 

「アルティエ!!? 大丈夫ですか!?」

 

「大丈夫……これ、初期化されてる?」

 

「ショキカ?」

 

 少年が菌糸を自分の菌糸で取り込んで何が起こったのかを理解した。

 

「生命体の遺伝情報を若返らせてる……生命の原初への立ち返り……これって……遺伝創薬系の復元……若返りの泉?」

 

「はぁ!? マジかよ!?」

 

「しかも、この菌類……今使ってるのよりも凄く単純化されてる。個体そのものの内部にある偽遺伝子を活性化して生物そのものの系統を遡らせるとか……逆進化薬? みたいな感じ」

 

 少年が非常にヤバイ湖を見付けて思わずジト目になる。

 

「あの~~アルティエ。それってお薬になりますか?」

 

「物凄く危ない。もし、用量を間違えると人間が粘液になる」

 

「に、人間が粘液ってどういう事ですか?」

 

「言った通り。人間の昔の昔の昔の昔の昔のご先祖様くらいの生物になって意識も消えて魂も溶けて、単なる生きてるだけの生物になる」

 

「うわぁ……」

 

 レザリアが危ない液体を前にドン引き状態で後ろに下がる。

 

『ふぅむ。わたくしがお祖母ちゃんになった頃に100倍希釈したものを頂きますわね。残しておいて頂戴。アルティエ」

 

 エルミの言葉にレザリアのみならず少年もジト目だ。

 

「……必要になったら取りに来る」

 

 少年が湖の周囲を不可糸の糸で形成した大地を生み出し、そちらに乗ってからフィーゼに爆瓶……いつもの爆薬を載せた矢で今まで来た一本道を全て破壊させた後、地面の下に湧き出した水を落し続けている湖の淵にイエアドの印を刻んで、黒い菌糸で周辺に蓋をした後、その菌糸を遥か底の毒沼に浸して抗体を得つつ体積を増やして湖の周囲を完全に菌類の楽園というよりはドーム状にした。

 

「不可糸」

 

 更にその後、菌糸の蓋の上に不可視のドームを形成し、一緒にイエアドの印がある一帯を部屋のように形成。

 

 いきなり建物染みたものを作り出した少年の技を固まっている全員を置き去りに汗を浮かべながら、少年は周囲の崖を崩してドームを埋めてしまう。

 

 普通の人間が下りるには高過ぎるようにしつつ、ドームは土砂で埋まり、菌糸のコロニーそのものが隠されて少なくとも数m以上掘らねば、発見しようもないという状況で固定化したのだ。

 

 ドーム内部の空気は外部の菌糸が入れ替えるように設定しつつ、息を吐いて地面に座り込む。

 

「あ、あの、大丈夫ですか? アルティエ」

 

「大丈夫……」

 

「お前、時々本当に人間に出来なさそうな事するよな。一人でこんなもん作っちまうなんてよ」

 

 暗いドーム内でも明かりが見えるのはランタン代わりに神の力が見える【啓示】の効果で全員のイエアドの印が光り輝いているからだ。

 

「ちょっと実験するから、しばらく休憩」

 

 言っている合間にも少年が黒い菌糸で造った杯に革袋から水を注いで、もう一方の湖から水を入れた小瓶を持って来て、小さな木製の器に少しずつ入れて、菌糸の塊に垂らして色々と確認し始めた。

 

 長くなりそうな上に周囲は黒い壁しかないので全員が休憩タイムに入る。

 

「それにしても本当に何かスゴイものが見付かりますよね。この島……」

 

「だな。若返りの泉とか。権力者が欲しいもんの一番に来るヤツだろ」

 

「で、でも、スゴク危険そうだよ」

 

「(>_<)/」

 

 そう思いますと言いたげなフレイが手を上げる。

 

『毒も薬も使いようですわよ。ふふふ、これを輸出品にして各国の富裕層を味方に付けたら、莫大な富と名声と世界が手に入っちゃいますわ~~』

 

 バラ色な夢を見るエルミにやっぱりコイツは貴族という顔のレザリアであった。

 

 そうして数分後。

 

「大体分かった。100倍希釈で5年若返る。だけど、用量そのものが問題」

 

「用量?」

 

「若返れるけど、用量を間違えて若返り過ぎると死ぬ。傷薬には出来そう。でも、塗る量とか考えると面倒だから、飲料にするのがたぶん一番いい……」

 

「スゴク使うのが難しいお薬って事ですか?」

 

 少年が頷く。

 

「取り敢えず、500倍に薄めたのを呑めば、大抵の病が治って寿命が3ヵ月くらい伸びる計算。でも、次の服用まで4ヵ月間が開かないと次の服用で毛むくじゃらの猿になりそう」

 

「うわぁ……物凄くアレなんだね。その水……」

 

 レザリアが寿命は多少伸びても猿にはなりたくないという顔になった。

 

「1000倍希釈で怪我を治す霊薬みたいに掛けたり飲んだりで使える。ただし、短期間で連続使用すると危ない。1日1本以上は非推奨。飲めば恐らく腕くらいなら生やせるけど、1日くらい必要」

 

 フィーゼがそれでも父の病の薬が見付かった事にグッと拳を握る。

 

「遺伝子の初期化と細胞増殖……でも、体積自体は変わらない。あくまで生殖細胞系列の遺伝子初期化プロセスを用いたもの……出来れば、重症患者に飲ませる用で用意しておくのがいいと思う」

 

 少年が大きめの革袋を壁際に付ける。

 

 すると不可糸で包まれた管がその黒い壁内部を通って革袋にすぐ水を注ぎ入れてしっかりと途切れた。

 

「手足が存在しないと体積が足りなくて、あちこちの細胞が借りられてガリガリになる。水と食料を大量に食べた状態で飲ませないとダメ」

 

「何か色々、難しいんだ。そういう薬って……」

 

「後で調整したのウートさんに渡しておく」

 

「あ、はい!!」

 

 思わずフィーゼが眼がしらを抑えた。

 

「良かったな。あの人、結構悪いって聞いてたし、親孝行してやれよ」

 

「良かったね。フィーゼ」

 

『ま、わたくしの蘇りに使っても良いですわよ』

 

 周囲が喧しいまま。

 

 少年が取り敢えず小瓶に入れた分は持って来た蜜蝋で封をして、懐に入れる。

 

 その時だった。

 

 遥か地下から猛烈な咆哮がドーム全体を震わせた。

 

「な、何だぁ!!?」

 

 少年が菌糸の壁の内部を移動させていた蛭蜘蛛の目で地下を見やる。

 

 すると、本来暗いはず場所が発光していた。

 

「……竜の骸骨が暴れてる」

 

「はぁ?!」

 

「え!?」

 

「な、何ぃ!?」

 

 菌糸の壁を開いて、少年が幻に包まれた窪地の地下の様子を全員に見せる。

 

 毒沼の内部。

 

 巨大な骨がカタカタと動いていた。

 

 20m程もあるだろう巨躯。

 

 しかし、問題なのはソレが亡霊ではない事だ。

 

 ソレが光ながらやってくる。

 

「ま、まさか、生きてやがんのか!? この泉のせいか!?」

 

 少年が目を細める。

 

「菌糸が接触……捕食開始。解析………これはもう竜というよりも……」

 

 少年が脳裏の情報を精査する。

 

「どうやって動いてるの?! あの竜!?」

 

「骨芽細胞の異常増殖……アレは骨の怪物。頭部も魂も擦り切れて尚、この泉のせいで骨が過剰に再生。毒の沼地に適応したまま死ねずに彷徨ってる……」

 

「あ、あれがこっちに来てる」

 

 レザリアが言う通り、骨の竜はカクカクしながらもヨタヨタと泉方面へと歩き始めていた。

 

「今の攻撃手段に倒す方法が無い。此処の泉の水が沼地に流れ込んでる限り……動き出したのは恐らく異変を察知して。でも、相手には感覚が無くて、骨に伝わる振動へ反射的に動いてるだけ。それも単純に振動が増幅して反復した結果」

 

「え? え? つまり?」

 

「毒が効かない。壊しても限界なく再生される。そもそも暴れてるというよりはさっきの土砂の音を感じ取った骨が勝手にその振動を増幅して骨が動いてるだけ。意志があるわけじゃない」

 

「ど、どうするの?」

 

 レザリアのおずおずとした声。

 

「沼地に埋めるしかない。泉に到達する前に周囲の土砂を流し込んで身動き出来ないようにする」

 

 少年が全員を見て、誰一人逃げようとする者がいない様子に頷いた。

 

「行動開始……」

 

 *

 

 その骨の竜が動き出して数分。

 

 少年達は黒い菌糸の橋を用いて周辺の進路予定地付近の崖に次々に爆薬の入った瓶を置いていた。

 

 設置した場所は合計で12か所。

 

 本来は黒い真菌の糸が何でも出来るはずであったが。

 

 先程、極めて大量の真菌を増殖と同時に制御した反動で少年はしばらく精密制御に難が出ているという事で隊員達に設置は任される事になった。

 

 一匹の蛭蜘蛛が竜を地面の幻の下ギリギリから観測し、全員が安全距離まで下がり、その時を待ってタイミングを計って順次起爆。

 

 合図は少年が虚空に投げた爆薬の小瓶でする事になっていた。

 

「3、2、1」

 

 少年が爆薬の入った小瓶を思いっ切り投擲。

 

 地面の幻の境界より上でウィシダの炎瓶が放たれ、虚空で熱された瓶が爆ぜる。

 

「「「「!!!」」」」

 

 三人が山林の中を奔りながら、自分の設置した崖際の小瓶に向けてクナイを順次投擲し、爆発した個所が猛烈な衝撃で破砕され、土石流となって崩れていく。

 

 竜の骨を尾てい骨から埋めるように次々と爆発が始まり、内部に降り注ぐ落石と土の暴力が骨の竜を埋めていく。

 

 そうして、沼地を埋め立てるようにして竜が完全に上からの圧力で潰れ拉げて土煙の中に消える。

 

 それを確認した少年の下に仲間達が真菌の黒い橋を渡って戻って来る。

 

「上手くいったか!!」

 

「ちゃんと埋まりましたか!? アルティエ」

 

「大丈夫だった!!? スゴイ勢いで土とか石とか落ちてたけど!?」

 

「(・ω・)/」

 

 ちゃっかりと一緒に作戦へ参加したフレイも戻って来た。

 

 その脚が2本、人間の腕になっている事は見逃される。

 

「胴体部分は全部埋まった。でも……」

 

 少年が橋を崩して扇ぐうちわのように土煙を吹き飛ばす。

 

 すると、ブルブルと頭蓋骨が半ばまで埋まって尚震えていた。

 

「もう一回崩しますか?」

 

 フィーゼに少年が首を横に振る。

 

「これ以上崩すと泉も崩れそう。これは壊して切り取るのがいいと思う」

 

「切り取る?」

 

「骨に栄養さえ与えなければ、再生不可能。首から上だけ破壊して回収する」

 

「そうですね。こんなのがいたら、この泉もすぐ教会に見付かっちゃうかもしれませんし……」

 

「ちょっと可哀そうだけど、うん」

 

「また爆破するのか?」

 

「もう持って来た分は使い切ってる。切り離すのと破壊するのはこっちでやる。後で拾い集める時に」

 

「何か危ないのをお前にばっか任せるのもアレなんだがな」

 

 ガシンの偽らざる本音であった。

 

「強くなって。そうしたら、一緒に戦える」

 

「はは、そうだな……それまでちょっと待っててくれよ」

 

 肩を竦めるガシンに頷いて、少年がその場から黒い橋が地下へと降りていくのを追うようにして走り出した。

 

「フィーゼ。一緒に……戦えるようになりたいね」

 

「……はい」

 

 仲間達を残して蜘蛛脚を振りかぶり、少年は音速を超える加速で瞬時に未だ暴れる竜の頭骨。

 

 その関節部へ捩じり込むようにして片刃を叩き込んだ。

 

 ベキリッと蜘蛛脚の嘴のような刃に罅が入る。

 

(想像以上に堅い。でも!!)

 

 少年が食い込んだ大きなノコギリでも引くかのように横へ引いて圧してを繰り返すとビキビキと刃と首の骨が同時に罅割れ、その破片が肉体の布地のあちこちに突き刺さった。

 

 それは増殖しながら傷口を広げようとするが、すぐに真菌の膜によって排除されて周囲に転がる。

 

「そろそろ寝てもいい。おやすみ」

 

 少年が満身の力を込めて最後に横に力を込めた途端、4m程もある頭骨が罅割れながら、再生する暇もなく横に吹っ飛んだ。

 

 それがガランガランと土砂の坂を落ちていくが、すぐに不可糸によって絡め取られて、フレイによって糸が巻き上げられていく。

 

 残った頸椎が蠢きながら再生しようとするのを周囲の土砂と少年が放った黒い真菌が阻止して、骨を削りながら取り込んでいく。

 

「お終い……」

 

 少年が息を吐く。

 

 すると、少年の肉体に食い込んでから増殖していた複数の脊椎の一部がガタガタと動き出した。

 

「?」

 

 少年が見ていると光る骨が次々に蜘蛛の形になっていく。

 

「……生きてれば、本当に蟲以外何でも蜘蛛に出来る?」

 

――――――。

 

 蜘蛛脚は何も答えない。

 

 しかし、今回は罅が入ったからか。

 

 逸らされているようにも感じる目は何処か恨めしそうにも見えた。

 

(後でどうするか考えないと……)

 

 少年が今日一番の重労働に剣を鞘に戻して座り込む。

 

 大量の魔力、更に魔力の限界を超えて霊力まで少し使い込んだ少年の疲労は思っていたよりも深く。

 

 体力も傷を治癒させるのに使った為、満遍なく疲労状態であった。

 

 その合間にも白い竜骨から生まれた蜘蛛達が少年の前に整列し、その特徴的な真白の甲殻を煌めかせつつ、自分一応竜なんでとでも言いたいのか。

 

 背中に浮かぶ竜の頭蓋のような形を見せて、振り返って白い牙を見せるような決めポーズを取る。

 

「糸吐ける?」

 

 ×。

 

「毒使える?」

 

 ×。

 

「空飛べる?」

 

 ×。

 

「炎吐ける?」

 

 ×。

 

「……竜に為れたりする?」

 

 ×。

 

 少年の問いに全て×で返した蜘蛛達に最後の問いが投げ掛けられる。

 

「何か得意な事は?」

 

 彼ら白い竜骨蜘蛛達の一匹がヒョイと自分の数十倍以上くらいある大岩を両手の先を突き刺して軽々と持ち上げた。

 

 30cm程の蜘蛛が人間にも不可能だろう10m以上の岩塊を持ち上げるとすれば、その能力は明らかにおかしな膂力という事になるだろう。

 

 そして、その岩が適当にポイッと捨てられた後。

 

 全ての蜘蛛達の甲殻に竜頭にも似た紋章が薄く発光して浮かび上がる。

 

 それは竜骨の発光と同じ現象であった。

 

「魔力の……もしかして……竜属性呪紋が使える?」

 

 〇。

 

 自分でもまだ持っていないものを蜘蛛が持っている事に苦笑して、少年の手が近付いて来た蜘蛛達の頭を一回ずつ撫でていく。

 

「これからよろしく」

 

『(`・ω・´)ゞ』

 

 ビシッと敬礼した蜘蛛達は自分の主を自分達の上に載せて、真菌の橋をシャカシャカと昇っていくのだった。

 

 その様子にフレイが「((´Д`))」と何やら自分の立ち位置に危機感を覚えたらしく……自分の両手……いつの間にか人間の子供の手になっている前脚を震わせ。

 

「(/・ω・)/」

 

 早く人間になーれとでも言わんばかりに踊り始めた。

 

「「「(お、踊ってる……)」」」

 

 蜘蛛社会の序列を争うハイスペック蜘蛛達のあれこれを一部垣間見た仲間達は蜘蛛も大変なんだなと思いつつ、ドーム内に引き上げられた竜頭骨を見やりつつ、残りの骨の回収へと少年とは逆に降りていくのだった。

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