流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

27 / 135
第26話「滅び切れぬグリモッドⅢ」

 

 遂に野営地の人口が100名を超えた翌日。

 

 主にフィーゼが主導して、新しい木材を大斧や鋸を精霊によって使い、木材を運び、備蓄分の木材を移動させて追加の壁と堀を作り、家屋の土台基礎を築くという具合で何でもかんでも精霊を操りながらの仕事となった。

 

 その百面六臂の大活躍は腕が人より多い蜘蛛達すらも及ばない。

 

 だが、同時に地蔵のように野営地のすぐ外でブツブツと精霊達に呟きを零し続ける姿は傍目からは完全に不安定な女扱いされても仕方ない様子であった。

 

 しかも、早口である為、かなり傍で聞いていてもアレだ。

 

「予定地区の土砂と岩を第三畑予定地の進出予定地の先で防塁にして、第七畑の傍から水を流す堀を延伸して、あの子達が使う井戸も川の傍に掘って、疲れた精霊は3交代制にして24時間休ませて、精霊を連れて来る精霊を増員し―――」

 

 あちこちでは普通の人間には見えない精霊の恩恵で勝手にモノが浮いて移動し、勝手に土が掘られ、勝手に石垣が出来る様子が見られた。

 

 水夫達も船員達も蜘蛛達もそのあまりにも壮大な一人工作の様子を最初はポカーンとして見ていたが、フィーゼは遠征隊の活動の中で着実に実力を付け、今では精霊を数十体操る事が可能なまでに成長していたのだった。

 

「フィーゼさん一人で村が出来ちゃいそう」

 

「(>_<)」

 

「(´▽`)」

 

「( 一一)」

 

 一纏めに蜘蛛の一族として呼称するように言われた少年であり少女達もウンウンと太鼓判を押すような光景である。

 

 レザリアが人になった蜘蛛達に人の生活様式を護ったり、人との関わり方とか礼儀作法をアマンザに口酸っぱくして言われていたのを真似るよう教え込んでいた。

 

 一番最初にレザリア先生の授業が終わるのはドラコーニア達だ。

 

 彼らは少年が最初に面倒を見る事が決まっており、他の者達からはすぐにお話が終わって「いいなー(´・ω・`)」という顔をしたが、少年が持って来た革袋の中身を察して、すぐに「いや、やっぱこっちでいいや(/ω\)」と同胞達の未来に気付いて、見て見ぬフリをした。

 

 彼らとて知っている。

 

 暇な時は遠征隊のフィーゼとガシンが走り込みをさせられ、大量の薬品を混ぜ込んだ蜂蜜薬……秘薬を飲まされていた事を。

 

 その味があまりにも酷いものなのは臭いを嗅いだだけで分かるのだ。

 

 臭くはないのだが、異様に酸っぱかったり、異様に苦かったりする様子なのは解っていたので自分達は出来れば呑まない方向で行きたいと思うのも当たり前だった。

 

「(・ω・)?」

 

 一番新入りのドラコーニア達が仲間達の微妙な表情に首を傾げながらも少年に言われて、蜂蜜薬の入った袋を一気飲みする。

 

「………(´Д`)?」

 

 何でも無さそうだと安心しようとした時。

 

 一気に襲い掛かって来る味に彼らの意識が消し飛んだ。

 

「―――」

 

 バターンと倒れた彼らは正しく殺虫剤でイチコロにされたようなものだ。

 

 不憫そうに見やるレザリアであるが、自分も通った道なので「頑張れ(´;ω;`)」と内心で応援する事しか出来ない。

 

 七人のドラコーニア達が少年の不可糸でグルグル巻きにされて、ズルズルと引き摺られ、少年の家の軒先へと持って行かれる。

 

 これから彼らがどんな末路を辿るのか。

 

 思わず蜘蛛脚で拝んでしまう蜘蛛の一族達なのだった。

 

 *

 

 そんな情景を見ている騎士達は野営地の守備隊の訓練にカラコムの下で携わっていた。

 

 元々は海賊紛いの水夫達もリーダーである船長オーダムと共に教会騎士達の流儀を聞きつつ、死んだ騎士達の遺品を回収して、使えそうなものを得てからは守衛くらいの仕事はまともに出来るようになっていた。

 

「おうおうおーう。あのお嬢ちゃんスゲーな」

 

 オーダムは豪放磊落に笑いながら、騎士達の教える文字だの、戦術だのを座学や実技で学びながら、騎士達も驚くような速度で学習しており、さすが船長と水夫達からは持て囃されている。

 

「船長。感心するのは言いが、手がお留守だぞ?」

 

「おっとイケねぇ。いや、スマンスマン。ついな。マルクスの旦那」

 

 半魚人な船長は一応、呪紋を取得して変異覚醒した為、分類的にはレザリアと同じであるが、水夫達の統率の為に事実上は守備隊の現場責任者としてカラコムと同等の立ち位置にいる。

 

 デカイ、大きい、大雑把という割には文武両道で神の道を説く以外にも文字や色々な事を教えていたマルクスに私事してからはインテリな側面も見せていた。

 

「カラコムの旦那ぁ。ウチの連中はどうですかーい!!?」

 

 少し離れた場所で教会騎士と訓練していたカラコムに訊ねる男の声は野営地の反対側まで響きそうだ。

 

 汗を布で拭ったカラコムが青空授業で座学している一団の下までやってくる。

 

「ああ、根性があり過ぎて、騎士連中の方がへばりそうだ。ま、君程の逸材はさすがにいないがな。船長」

 

「ははは、そりゃどうもお騒がせを……」

 

「そう言えば、船長。君用の武器をウリヤノフ殿が用意していると聞いている」

 

「ほう? こっちには何の音沙汰もねぇが、そうですかい」

 

「君の腕力、膂力は人並み以上だ。守備隊は君とオレの二大看板。いや、あの教会騎士のベスティン殿を加えて3隊になるだろう。これだけあれば、恐らくは……」

 

「教会連中の部隊を退けられると?」

 

「いや、それは無理だ。数の問題もある」

 

「でしょうな。オレは昔、あいつらの船を見た事あるが、あの船の中にいるような数はさすがに相手出来ん事くらいは分かる」

 

「だが、迎撃するのではなく。防衛戦ならば、話は別だ」

 

「ほう? どう違うんです。何せ海しか知らんもんで」

 

「堀と壁だけじゃない。弩や門。城壁。フィーゼ様のお力を借りれば、防衛設備はかなり作れる。内部に畑を大量に抱えながら、護り切れるだけの領土さえあれば、引き籠って耐えるのは恐らく可能だ」

 

「ふぅむ……例の神聖騎士とか言うのはどうするんです? あのアルティエが蜘蛛にしたって言うヤツは見ましたが、ありゃぁ勝てませんぜ?」

 

 オーダムが思い出すのは金色の蜘蛛だ。

 

 遠目から見ただけであったが、それでも今の彼では勝てないのが分かる程度には恐ろしい何かだった。

 

「それは遠征隊次第だ。どちらにしても、教会騎士そのものが我々の敵であって、我々はそちらから野営地。いや、村を護るのが主任務になる」

 

「……任せっ切りですかい」

 

「仕方ない。呪紋が使えるモノは限られる。彼らが強敵を倒し、我々は彼らの道を塞ぐ雑魚を狩るのが一番効率が良い」

 

「なるほどねぇ……」

 

 オーダムが無精ひげの顎を撫でた。

 

「今は蜘蛛達もいるし、教会騎士達の乗って来た小型船も何艘か使える。交替で海側の港の整備も進んでいる。あの大型帆船の修復が済めば、外洋までは出られるだろうが、全員では無理だ」

 

「ふむ……」

 

「であるならば、だ」

 

 カラコムがオーダムに視線を合わせる。

 

「いっそ、此処を我らの国にすればいい」

 

「ッ―――はははは、面白い事を考え為さる」

 

「いや、そもそも流刑者は本土に戻れんし、お前達も帆船があってすら、脱出は難しいだろう。此処にいた事が知られれば……」

 

「教会に追われる事にもなる、ですかい?」

 

「そうだ。ウリヤノフ殿は此処から船員達が脱出するのは構わんと言われているが、元々海賊紛いだったオーダム一家はどうかな?」

 

「はぁぁ……ま、酒も飲めて、面倒な役人連中もいないなら、海の何処でも一緒とはいえ……相手は教会騎士に蟲の化け物。他色々って話だ」

 

 チラリとオーダムが水夫達を見やる。

 

「こいつらも家族がいるもんはいないが、故郷もある。そう焦って答えを出せるもんでもないでしょう」

 

「それはそうだな。実際、此処が落ちた時には外界に逃げ出す準備もせねばならんし……まぁ、時間はまだある。考えるといい」

 

「カラコムの旦那は?」

 

「はは、南部には家族も故郷も無いんでな。もう」

 

「そうですかい。そりゃぁ、オレ達と同じだ」

 

「光栄だよ。大嵐に船を出しても必ず戻って来る伝説の船長と同じならな」

 

「そいつは買い被りだ。精々、海の神さんの御加護があるってくらいでしょう。こんなナリだし」

 

 オーダムが首元のエラで呼吸した。

 

「カラコム殿。私語もいいですが、出来れば、こちらの講義が終わってからにして貰えると有難いのですが……」

 

「おお、済まない。マルクス殿。いや、失敬」

 

 カラコムが謝りつつ、その場を離れた。

 

 野営地では刻々と変わっていく状況に晒されながらも運営は軌道に乗り始めていたのだった。

 

 *

 

―――数日後。

 

 野営地が7割くらい余計に拡張されたのはフィーゼの頑張りが精霊達によって過大に反映されたからと言うべきだろう。

 

 ほぼ一日中働き詰めで指示を出し続けていたフィーゼが精霊達に寝ている間も仕事を頼んでいた事で何か思っていたよりも広く壁や堀が張り巡らされてしまったというのが実態であった。

 

「ウート殿。どうします?」

 

「エルガム殿か。いや、どうしようと言われても家屋の建造は1週間後には終わるそうだが、畑に植えるものが無い」

 

「薬品用の畑が欲しいと思っていたのですが、それにしても広過ぎる感はある。そもそも種の採取もアルティエにして貰っているとはいえ」

 

「石を取り除くような整備は?」

 

「既にご息女が精霊に終えて貰っていると」

 

「牧草地とするにしても、家畜もないのがやはり痛いか……」

 

「いっそ、教会の野営地から盗んできますか?」

 

「生憎とまだ長生きはしたい方で」

 

「ですか。となると……」

 

 2人が新しい木製の丸太の壁の内部。

 

 広い敷地内で本日の仲間達の教練を終えた少年が一人で何やらし始めるのを興味深げに見やる。

 

「……【ビシウスの麦】……成長速度2304%上昇(固定)。土中の肥培を確認。チッソ、リン酸、カリウムを確認。栄養素の補給を開始」

 

 少年がブツブツ言いながら、壁とか堀を作り終えて、手が空いたフィーゼがいる遠方に手を上げる。

 

 すると、フィーゼのいる場所の背後。

 

 大量の農業資材が入った小山が精霊達によって動いた。

 

 ソレは黒く黒く黒く。

 

 真菌の巣であった。

 

 そう……少年が野営地から回収して捨てさせていた場所で増殖していたソレらが少年の誘導で新しい野営地の端までやって来ていたのだ。

 

 森の中で大量の栄養素を吸い上げながらコロニーを形成していたソレらが精霊の手に寄って大地に撒かれていく。

 

 黒い液体にも見えるソレが蠢きながら土中に侵食していく様子はもはや邪悪な儀式にしか見えない。

 

 ズブズブとソレが土の上から消えていく様子を興味深そうに見やる者達は多かった。

 

 そうして、少年が近付いて来た精霊に頼んで横に置いた袋から取り出した巨大な麦の粒にも見えるものを一定間隔で植えさせていく。

 

 それがドスンドスンドスンと広大な畑の一角で落とされて数秒後。

 

 グググッと実が持ち上がり、芽が出て、若葉が芽吹き……次々に数mはあるだろう巨大な穂を実らせて頭を垂れさせていく。

 

 それと同時に畑からは正しく何もかもを吸い上げたかのようにカサカサと水分が絞られたように土が痩せていった。

 

 最後に少年が走り出して、次々に穂をダガーで狩り取って、穂と麦藁に分類し、穂がバラバラにされて精霊達によって近くの荷車に山積みとされた。

 

 完全に土が痩せた場所で少年がチラリと地面を見やって手を突く。

 

 すると、山のように投下した真菌達が下からゆっくりと湧き出して地表を覆っていく。

 

「土中追肥開始。微生物分布を周辺土壌から再投入。真菌組織化開始。排泄物処理を土中より開始。移送……ウィルス及び寄生虫を分解」

 

 少年がブツブツ言いながら手を地面から引き上げて、再びフィーゼに合図すると今度は海岸線沿いで大量に集めて炎瓶で燃やしていた貝殻製の石灰が大量に黒くなっていた土に精霊達の力で振り掛けられていく。

 

「土壌成分の復帰まで84時間」

 

 少年が収穫を終えた巨大な麦穂の入った荷車の列に指示を出す。

 

 すると、蜘蛛の子達がイソイソと荷車を高床式の倉庫の方へと運んでいく。

 

 そこにエルガムとウートがやってきた。

 

「何を収穫したのか聞いても?

 

 ウートの言葉に頷いた少年が一つだけ残していた巨大な麦穂の一部を見せる。

 

「これは大きな小麦? いや、自分で言っておかしな話だが……」

 

「薬品で大きくしてみた。周辺の土壌から養分と水分を根こそぎ吸い上げて実にする小麦」

 

「ああ、それで土がいきなり痩せたわけか」

 

「興味深い……ですが、あの黒いのは……例の糞尿を運び入れる森の奥にあるとは聞いてましたが」

 

「糞尿を分解して養分にして貯め込んでたのを持って来た。これで痩せた土も数日で元に戻る」

 

「収穫したコレは食料に?」

 

 エルガムに頷きが返される。

 

「普通の小麦と同じように使える」

 

「ほう? あれだけの量となれば、麦芽の飴や小麦酒も行けるな」

 

 ウートが肩を竦めた。

 

「嗜好品は後で。基本は食事」

 

「解っているとも。だが、問題は酒精だ」

 

「消毒?」

 

「そうだ。薬品で良くなって来ているが、やはり肉が魚肉だけではマズイ。豆類は栽培中。食い物の偏りでやはり多少の風邪などに掛かる者も出て来ている」

 

 ウートが難しい顔になった。

 

 エルガムが医療用の酒精が無ければ、治療と看護はかなり困難という話は少年とウートにしかしていない。

 

 それが分かる知的な人材が他にいなかったからだ。

 

「……一応、当てがある」

 

「本当か?」

 

「物凄く神に感謝しなくていい」

 

「「?」」

 

「それと一応……変異覚醒者には感謝していい」

 

「「??」」

 

「こっち」

 

 少年がイソイソと2人を伴って森の奥に向かう。

 

 その先にあるのは今まで糞尿を捨てていた場所だ。

 

 今は黒い真菌のコロニーが消え失せて何も無くなっている。

 

 これからは地下に張り巡らされた大量の真菌が野営地の糞尿を便所からそのまま取り込んで地下で発酵させ、そのまま畑に追肥する形に為る為、不必要になった場所は別の目的で使用されていた。

 

「何だ? あの黒いのが地面に張り付いていて、何かが生えている?」

 

 ウートが目を細める。

 

 そして、エルガムが嫌な予感に僅か汗を浮かべた。

 

 地表から黒い何かが生えていた。

 

 それは塔のように人の背丈ほどもあって、20m程の窪地に数十本生えている。

 

 少年がイソイソと内部に入り込み。

 

 いつもの黒いダガーで黒い真菌膜をバリッ剥がして内部からソレを斬り出した。

 

「肉、だと!?」

 

 さすがにウートの顔もエルガムの顔も引き攣る。

 

 戻って来た少年が不可糸の糸で吊るして2人の前に肉を見せた。

 

「あの黒いのは肉すら生み出すのか?」

 

 少年が首を横に振る。

 

「……これは何の肉ですか?」

 

 エルガムの言葉に少年が短く。

 

「クマ」

 

「クマの肉?」

 

「そう……先日、北部に向かう洞窟を発見して罠を張ってた。何かが西部に進出して来ないか心配だったから。北部から来たのがクマだった」

 

「クマが北部から? つまり、やはり、動物は北部にいると?」

 

「たぶん。でも、これは普通の動物の肉じゃない」

 

 少年が息を吐いた。

 

 別に自分だけが食べるのならば気にしない。

 

 気にしないのだが……野営地に供給するには問題が大ありであった。

 

「クマに変異覚醒した元亞人の肉、だと思う。それを培養……増やしてみた」

 

「「ッ」」

 

 さすがにウートが顔を引き攣らせる。

 

「人の肉、か」

 

「元、亞人。変異覚醒が進み過ぎたものはソレそのものになる。人間の部分が残ってない部位。完全にクマと同じ。レザリアや船長は人間と別の生物の中間。でも、これは違う」

 

「……肉を培養。どのように?」

 

「あの黒いのは血肉や骨を増やせる。血肉の元となる栄養と時間さえあれば、どんな類の生き物でも同じ」

 

「さすがに俄かには信じられないが……」

 

 ウートが困った顔になった。

 

「北部には普通の家畜がいる可能性もある。普通に食べる分には問題無い。何の肉か知らなければ、普通のクマ肉」

 

「「………」」

 

「非常食にしてもいい」

 

 その言葉にポリポリとエルガムが頬を掻いた。

 

「出来れば、最後の手段にしておきたいな。やはり……」

 

「襲撃で畑や食糧庫が破壊された場合の備えの一つくらいでいいと思う」

 

 ウートの言葉に少年が頷く。

 

「ま、まぁ、しばらくお世話になる事は無いと祈りましょう。ちなみに食べるんですか? その肉」

 

 エルガムの言葉に少年が肉を乾燥させた樹木の皮で包んで不可糸で縛り上げた。

 

「蜘蛛の一族用。加工して栄養食にする」

 

「あの蜘蛛達も不憫と思えばいいのか。悩むな……」

 

 ウートの言葉は最もであった。

 

 人に近くなったとはいえ。

 

 それでも元人の肉を食べさせるのはどうかという顔にはなる。

 

「蜘蛛の一族は基本的に雑食。その気になれば、何でも食べられる。蟲、獣、人、魚、何でも……種族が違うというのはそういう事」

 

「はは、我らにはそんな日が来ないよう祈りたいものだ」

 

 ウートが肩を竦めた。

 

「そろそろグリモッドの遠征を進める。それが終わったら、教会の偵察。それが終わって状況が落ち着いてそうなら北部に向かう」

 

「見付かった道からか?」

 

「山岳部の洞窟内部からは行かない。出来れば、山越えする」

 

 そうせざるを得ないというのが事実だが、少年は黙っておく。

 

 これから西部の北端からは大量の亜人が流れ込んでくる。

 

 そう少年は知っていた。

 

「出来るのか? 人間には不可能だと。いや、お前達ならば出来るか」

 

 少年がウートに頷いた。

 

「解った。教会が上陸してまだ一月経っていない。まだ、左程に支配領域は広がっていないだろう。危険な任だが、任せよう」

 

「任された」

 

 少年が頷き。

 

 三人はイソイソとその場を離れるのだった。

 

 秘密の肉畑はこうして日の目を見る事なく。

 

 ひっそり、蜘蛛の子達を育てる為の栄養食として栽培されていく事となる。

 

 *

 

「遠征に出発」

 

 巨大な小麦という何というか表現に困るものを収穫した翌日。

 

 まだ造り掛けの蜘蛛達の住居を野営地の人間に任せ。

 

 少年達は再び出発しようとしていた。

 

 だが、その様子は明らかに野営地の人間達からドン引きされている。

 

 理由は単純だ。

 

 新しく3人のドラコーニアが荷物持ちとして入ったのだが、彼らの先輩に当たるフレイの姿が明らかにアレだからだ。

 

 じゃーん。

 

 という擬音でも響きそうなくらいに胸を張るフレイの蜘蛛脚は全て人間の手に置き換わっており、傍目には蜘蛛よりも化け物。

 

 ついでに人間化した蜘蛛達にも「えぇぇ……(|Д|)」という引き気味の顔で見られていた。

 

 先日、名前を付けられた蜘蛛達はあくまで種族名を付けられたせいでああなった。

 

 しかし、個体名を少年に付けられたフレイは神の加護とやらの恩恵は受けている様子も無く。

 

 顔の中央に嵌った鼻輪の恩恵で少しずつ人に近付いていた。

 

「さ、さすがにちょっとアレですね」

 

 フィーゼが額に汗を浮かべる。

 

 子供くらいの腕が蜘蛛の胴体からワシャワシャ出ているのは悪夢に見そうな姿なのは間違いない。

 

「う、うん。さすがに可愛くない……」

 

 これにはさすがにレザリアも擁護不能であった。

 

「(/ω\)」

 

 メソメソし始めるフレイを少年がヨシヨシと頭を撫でる。

 

「取り敢えず出発で」

 

「はぁ、確かにアレだけども、そんな問題じゃねぇだろ」

 

 前途多難な新たな門出にガシンが肩を竦めた。

 

 おーと腕を上げたドラコーニア達はこの数日で若干能力が上がっており、ガシンなどに拳闘士仕込みの近接格闘術も学んでいたので荷物持ちならば、問題無いという状態まで仕上がっていた。

 

「「「(/・ω・)/」」」

 

 遠征隊の装備はフィーゼ以外は新調されたものが使われている。

 

 竜骨を用いた軽装の鎧である。

 

 体型に合わせて造られたソレは竜骨と金属を重ねた仕様であり、重装甲で盾持ちのレザリア以外は全員がサイズ以外は同じようなものであった。

 

 胸元を護る三角錐状に僅か突き出た胴体部と背骨を護る帷子状パーツを何層にも薄く重ねた装甲。

 

 骨と金属の合わせ技で軽量化と装甲の強さを両立したソレは関節部を護りつつも攻撃を受ける事を想定された部分は竜骨の強度で護りも増やされていて、全員が四肢を装甲で護ったような状態となっている。

 

 唯一ガシンのみ両手両足を露出させているが、それは能力の仕様上仕方ない話であり、グリモッドでの活躍を見込んでのものであった。

 

 こうして4名と数匹は符札を掲げたと同時に若返りの泉へ到着。

 

 その内部から菌糸の壁を抜けて造られた地下通路を抜けて出入り口の坂を上って出発し、グリモッドの亡霊達が彷徨う森へと分け入っていく。

 

 こうして遠征が再開されて数十分後。

 

 彼らは数十体の亡霊を殴り殺し、切り裂き、クナイで爆破し、爆発物は控えめに消費しながら、大量の敵の波を掻き分けながら進んでいた。

 

「そっち行ったぞ!!」

 

「(>_<)」

 

 ゴシャッとドラコーニア達が俄か仕込みの格闘術と尋常ならざる腕力を発揮して亡霊達をオーバーキル気味に殴り殺す。

 

 二撃必殺で次々に敵を消滅させていく師匠であるガシンの後ろから大量の敵の防波堤となって後方のフィーゼと更に後ろのフレイを護っていた。

 

「お願いします」

 

 フィーゼの腰から離れた剣が周囲を回遊して初め、近付いて来た亡霊はその剣が切り払って対処している。

 

 最前線では少年がダガーを片手に一度の斬撃では倒せないソレらを切り裂きながら攻撃を回避しつつ体術も用いて蹴り飛ばし、その背後では群がる亡霊達が竜骨と鉄の混合された新しい盾を振り回すレザリアに吹き飛ばされ、一撃で周囲の樹木を折るような衝撃に砕かれて消えていた。

 

 戦闘状況に入って数分。

 

 最前衛の化け物ぶりに二撃で敵を消し去っていたガシンは顔を引き攣らせる。

 

 どれだけ倒しても、それは2人の攻撃に晒されずに流されて来たお零ればかりであって、巨大な亡霊の津波を消滅させる切っ先となっている少年とレザリアはガシンのような能力が無くてもまるで問題無く。

 

 敵を疲れ知らずに葬り続けている様子は完全に人の枠を超えているだろう。

 

(精進が足りねぇな。オレも……)

 

 前ならば、真正面から亡霊の波と戦うなんて事はしていなかった。

 

 だが、少年も仲間達も強くなる。

 

 進歩する。

 

 殆ど土木作業を精霊でしていたフィーゼですら、新たな防衛用の武装として精霊を使って剣を用いるようになった。

 

 自分もまた教会騎士達に習っていたとはいえ。

 

 それでもガシンは上には上がいるという事の意味を肌身を以て感じざるを得なかったのである。

 

 数分もせずに合計84体もの敵を無傷で駆逐した遠征隊は疲労も殆どない事もあり、南部の森林地帯を縦断していく。

 

 途中、既存の薬草の群生地に出くわして、全員で薬草採取したり、普通の水が湧く小さな泉で小休憩したりという事はあったが、それ以外は200m進む毎に数十体という規模で彷徨っている亡霊の群れを薙ぎ払い続ける事になっていた。

 

 それが凡そ16回続いた後の事。

 

「傷は無し。でも、体力が半分くらい……そろそろ一端大休憩を―――」

 

 そう少年が言い終える前にダガーが上空に飛んだ。

 

 そして、不可糸を括り付けられた黒いダガーが上空で飛んでいた何かを貫く。

 

 ソレがヒュルヒュルと落ちて来た。

 

「何だ? どうした?」

 

 仲間達がすぐ傍まで集まって来ると少年がダガーで狩った得物を見せる。

 

「これ……鳥?」

 

「教会騎士が攻めて来た時に狩ろうと思ってたけど、見付からなかったヤツ」

 

 少年が先日の騎士達の襲撃時に狩ろうと思って空を見上てもいなかったソレが攻撃可能範囲まで近付いていた事に気付いてダガーを投げたのだと説明する。

 

「でも、この鳥……何の鳥でしょうか?」

 

 フィーゼが言うのも最もであった。

 

 その鷲のようにも見える鳥はしかし……鷲どころか他のどんな日常的に見る鳥にも似ておらず。

 

 茶色い翼とヤケに大きな嘴。

 

 そして、どうにも鳥と言うには重く。

 

 少年が鳥をその場で腑分けしようとした途端。

 

 グシャッと内部に折り畳まれるようにして急激に体積を減らし、最後には玉のようになって燃え尽きていく。

 

「何だ!?」

 

 咄嗟に背後に下がった仲間達の前で少年が燃えるソレを切り裂いた。

 

 すると、跡形も無く焼失していく。

 

「……呪紋。それも生命属性の呪紋に近い何か、だと思う」

 

 少年がそう言いつつ、周囲の気配を探って見るものの。

 

 他には気配も無く。

 

「たぶん、戦闘の能力を見られてた。鳥の主に」

 

『でしょうね。わたくしには気付かなかったようですけれど』

 

 上空からエルミが戻って来る。

 

「このまま進むか? 一端戻るか?」

 

 ガシンの言う事は最もだ。

 

 もしも、少年達がいないと気付かれて、その誰かが野営地に攻め込んで来れば、被害も在り得る。

 

「このまま続行。出来る限り進んでおいた方がいい。いつ教会や他の勢力が周囲を制圧しないとも限らない」

 

「全員、もう一息行くよー」

 

「「「(>_<)/」」」

 

 ドラコーニア達がレザリアが盾を掲げると一緒になって「おー」と手を上げた。

 

「皆さん。体力が4割を切ったら、迷わず霊薬を」

 

 フィーゼがそう促しつつ、また遠征隊は進み始めた。

 

 しかし、すぐに彼らは異変に気付く事になる。

 

「ちょ、ちょっと亡霊が何かオカシなのが混じってるよ!? アルティエ」

 

 今までは一般人的な首無しの亡霊や首有りでも殆ど日常で使うような鉄製の道具、鎌や斧や短剣が主流だった。

 

 しかし、数名の弓を扱う者が出始めて、同時に軽装の鎧を着込んだ亡霊が混ざり始めていた。

 

 それらは勿論のように耐久力が高く。

 

 少年とレザリアの攻撃にも2撃以上耐え、ガシンによってトドメを刺されるという事が多くなっていく。

 

「ッ―――何だ。こいつら……オレの体も!?」

 

 ガシンが驚いたのはそういった計鎧の亡霊を殴り消している最中に己の体から青白い炎にも似た霊力が溢れたかのように見え始めた事であった。

 

「オイ!! 何か分かるか!!」

 

 戦闘の最中。

 

 ガシンが相手の攻撃を逐一手で受け止めて消し去りながら、ハイテンポに激しく位置を入れ替え、立ち回りつつ訊ねる。

 

「霊力の吸収効率の上り幅以上に流入量が多くて溢れてる。たぶん」

 

「簡単に言ってくれ!!」

 

「水瓶から水が溢れてる状態」

 

「そういう事か」

 

「オラァ!!」

 

 ガシンが体内が熱くなるのに合わせて、燃え河る闘志のままに拳を振るう。

 

 その時、溢れ出した霊力がまるでゴムのように伸びて遠方の計鎧の霊を呑み込んで一撃で消し去る。

 

「これは―――」

 

「呪紋」

 

 少年がそう断じる。

 

 ガシンの脳裏に情報がレキドの印によって流れ込んでいく。

 

「呪霊属性変異呪紋【融霊肢】を獲得。自身と繋がる霊力を伸ばして他者の霊力に接触させて融かす? 獲得時、霊力吸収効率7.4%上昇(再上昇可)……」

 

 少年のように呟きながら、ガシンが次々に自らの四肢から飛ばす打撃を霊体で伸ばして、周囲の樹木なども関係無く相手を纏めて取り込んでいく。

 

「そうか。接触状態だから、一撃どころか連撃扱いなのか……」

 

 理解すると少年達よりも早い速度で敵の先鋒を喰い破って、その長い霊力の腕と脚が20m程遠方の弓持ちを消して戻って来た。

 

 そうして一気に50体近い霊力を吸収したガシンが自分から溢れていく霊力が青白さを超えて僅かに赤いような色が混ざっていくのを確認する。

 

「変異覚醒率33%上昇(再上昇可)。霊体変異率71%上昇(固定:低下不可)。オレの魂が変化する……って事か?」

 

 ガシンの青白かった霊力の色が薄っすらと桜色くらいに為って止まる。

 

「ガシンさん。何だかスゴかったですね」

 

 後方からフィーゼがやって来て、霊力が一人違う色になった青年を見て思わず拍手する。

 

 ドラコーニア達も同じであった。

 

「これでレザリアと違う方向で同じように強くなった」

 

 少年がガシンの後ろに付いて、レザリアも同じように後ろへと回る。

 

「これからはそっちが前」

 

「はは……オレには厳しそうだな」

 

「今の内に霊力を蓄えておくといい。霊属性の呪紋は霊力を使う事が多い。もし問題無く使える量まで増えたら、霊属性呪紋使い放題」

 

「どうだかな。だが、悪く無い未来像だ!!」

 

 ガシンが僅かに遠方の樹木に隠れていた弓持ちの一体に拳を放ち、霊力の腕で殴るようにして融かして吸収する。

 

 今度はガシンを最前衛に切り替えた少年達は殆どその能力に頼る形で霊達の軍勢と言ってもいいだろう軽鎧と長剣、弓持ちの敵を食い破りながら、先程と変わらぬ速度で進み続け、夕方の撤退時まで止まる事は無かった。

 

 彼らが辿り着いたのは廃屋。

 

 森の中にある小さな其処にイエアドの印を刻んだ彼らはそのまま野営地へと戻っていく。

 

 そして、それを遠方から見ていた弓持ちの亡霊がイソイソと廃墟から先の壁際にある砦……ニアステラとグリモッドを隔てる山脈の壁に建てられた崩れている小さな要塞へと消えていくのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。