流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて- 作:Anacletus
「……これは」
順調にグリモッドの果てを回り続けていた少年達は翌日も順調に進んでいたが、遂に山脈の岩壁に突き当たる場所付近までやって来ていた。
やたらと周囲に亡霊が多く。
同時に戦っているとワラワラと集まってくる為、追い詰められないようにランダムな軌道を描いて周辺の森をウロウロしつつ、亡霊達を駆逐していた彼らだが、その一角で少年は新しい薬草らしきものを数種類見付けていた。
大きな大樹の根本に生えていた茸とソレから生える小さな水仙にも見える華。
取り敢えず少年がモシャる。
「……【ヴァンヴァニルの霊奇茸】(生食)。肝細胞及び腎細胞の破壊率毎秒0.00021%(再上昇可)。抗体獲得まで8秒………完了。破壊された細胞を再生。完了。霊力3.23%上昇(固定:再上昇限定)。【ヴァンヴァニルの死樹水仙】(生食)。筋細胞壊死率毎秒1.2%上昇(再上昇可)。真菌共生による変異細胞の新作用機序により部分無効化。霊体水準12.2%上昇(再上昇可)。霊格変異率2.3%上昇(再上昇不可)」
また拾い食いしながら危ない事を呟いている少年を呆れた視線で見ている仲間達であるが、少年が途中でまだ残っていた材料を持って来たらしい乳鉢に入れてゴリゴリ磨りながら、自分の手から出した黒い菌糸の管から垂れる透明な液体を混ぜ合わせていくのに嫌な予感を感じた。
「さ、そろそろ行―――」
ガシッとガシンの肩が掴まれ。
何かを言う前に背中のツボらしい場所が押されて、思わず大口を開けた瞬間。
乳鉢が半ばまで咥えさせられて、ゴッゴッと喉の奥にソレが流し込まれた。
「ホガアアアアアアアアア!??」
それを見ていたレザリアとフィーゼはガクガクプルプルしている。
アレ、自分達も飲まなきゃダメなの?!という顔である。
仮にも少年の体内から出た液体と合わせて飲まされるのだ。
普通に考えて明らかにヤヴァイ。
乳鉢がガシンの口から取り去られ、革袋の水で洗われた後、少年がまた無言で同じ薬を作り始めた。
「テメェ!? 殺す気か!? ああん!!?」
思わず怒鳴るのも無理はない話である。
「問題無い。これで強くなる。筋繊維溶解と再生で量より質が上がる。全員にもう真菌の強制感染は終了してる。心臓麻痺や横隔膜のショック症状で死なずに体型を維持したまま筋力32%上昇……美味しい」
「あのなぁ?!」
ガシンが怒る横で少年が同じ薬に今度は蜂蜜を入れて混ぜた。
「はい」
「「………」」
「はい」
「「………ハイ(´Д`)」」
少年の圧力に屈して少女達もその液体を各々渡された乳鉢から煽る。
「変な味だよぅ。ボクこういうの苦手」
「う……匂いの強い華を一気に口へ含まされたような。うっぷ」
「何でこいつらだけ蜂蜜!?」
「女性には優しく」
「く、オレにも優しくしたらどうだ?」
「男に優しくされたい……?」
思わずガシンから離れる少年がジト目で見やる。
「そういう意味じゃねぇ!? く、胃が気持ち悪りぃ……」
仲間達があまりの味にダウンしている間も少年はグリモッドの固有種らしいものが自生している周囲は正しくグリモッドの霊と結びつきが強いという影響を受ける場所なのだろうと見回す。
亡霊達は確かに森の中では雲霞のように襲ってくるのだが、時折山林内部の清浄な空気を漂わせるような場所。
泉や大木の周囲には近付いて来ない。
そこもそういった安全地帯の一角であった。
周囲にあった茸と水仙を全て収穫した少年はチラリとドラコ―ニア達を見やり、ビクッとした彼らの顔が引き攣るのを確認後。
後で蜘蛛達に振舞う薬の材料をその場で出来る限り、採集するのだった。
「それにしても、山脈側の岩壁方面は足の踏み場も無さそうなくらい居やがる」
ガシンの目には周囲一帯から少し離れた地点で百体や二百体では利かない亡霊達の群れがウヨウヨしている様子が見えていた。
あまりにも多過ぎて今も取り込んだ亡霊達から頂いた霊力がガシンの体からは大量に溢れている状態だったりする。
「アルティエ。実際、どうしますか? ガシンさんがいるからまだ何とかなってますけど、あんな量の敵絶対数日じゃどうにもなりませんよ?」
フィーゼが事実を告げる。
百人や千人ならまだしも万人単位である。
ついでに言えば、亡霊に混じる兵士らしき者達の姿が2割以上。
遠距離からの攻撃も今や雨のように降って来るのだ。
「盾を貫通したりしないからいいけど、盾足りないよ? 絶対」
レザリアの言う事は最もであった。
ドラコ―ニア達も攻撃が貫通する事は無いが、あまりの矢の物量や剣の量に押し戻され気味に敵を薙ぎ払い続けていたのだ。
体力はまだあるとはいえ、それでも数時間ぶっ続けで二千人近い亡霊を駆除したはずなのに彼らの目には亡霊達が減っているという様子は見えなかった。
「大丈夫。符札で逃げられない場合の退路作ってただけ」
「退路だと?」
全員の前で地図が広げられた。
「今いる場所は此処。岩壁付近の建造物らしきものがあるのが此処。凡そ3里くらい。今までウロウロして数を減らしたのは此処」
少年が指差した領域は今ならば、亡霊達もかなり減っているはずの場所だった。
「もしかして、一気に行っても戻れない可能性があるから、ここらで数を減らしてやがったのか?」
ガシンが頷きが返される。
「此処からはコレ」
少年が腰の後ろのポーチから木彫りを取り出した。
「あ、それって……」
「木彫り」
少年が言ってる傍から【生命付与】の呪紋で巨大な先日の西部で使ったよりも遥かに大きな鳥のような蜥蜴のような何かが8m程の威容を彼らの前に晒す。
「これ何でしょうか?」
思い当たる生物が分からずフィーゼが首を傾げる。
「鳥竜種の木彫り。空飛ぶ蜥蜴。竜の親戚」
少なくともそれは巨大な被膜の翼を持ち、鳥のような嘴と大きな鉤爪を持ち、トサカのような頭部を持つ……プテラノドンのようにも見えた。
全員が少年に促されて乗った途端。
ゴッとソレが跳躍するように飛び上がり、猛烈な速度で建造物。
山際の小要塞へと突撃を決行。
「鷲よりは、はやーい!!?」
レザリアが思わず嬉しそうに心地良い風に笑顔となる。
「ほ、本当ですね。凄く速いです。でも、こんな速度で壁に激突したりしたら……」
フィーゼが最もな事実を指摘した。
「オイ!? つーか!? あの砦みたいなのの屋上しか降りるとこねぇぞ!? 大丈夫なのか!?」
少年が肩を竦める。
「大抵、大物は高いところか深いところにいる。中の探索は危なそうなのを倒してからでいい」
「大雑把過ぎるだろ!?」
ガシンが喚いている間にも急激に加速したプテラが減速する様子もなく近付いて来る要塞の上空へと接近。
「どうやって降りる!?」
「屋上に飛び降りる。フィーゼ」
「あ、はい。精霊さんは沢山連れて来てるので大丈夫です!!」
フィーゼが精霊を入れた袋を取り出した。
実はグリモッドには精霊が数多く棲息しているようでしばらく戦う度に彼女は精霊を採取しては袋に入れて連れ歩いていた。
「3、2、1。ファルターレの貴霊」
少年がいきなりカウントダウンをしても慌てるものはおらず。
ただ、ゴクリと唾を呑み込んで言われた通りのタイミングで飛んだ。
「フィーゼ!!」
「お願い!!」
精霊が次々に飛び出して少年達の足元に近付くと小さな要塞の塔最上階。
10m程の円形の中央に彼らが減速しながら近付いて、降り立つ事が出来た。
「(/・ω・)/」
途中、先に降りたフレイが仲間達を次々に伸ばした手で降り立たせ、遠征隊の面々の落ちる場所に振り分け、同じように着地の手助けをさせる。
「ありがとう」
「はい。助かりました」
「お、おう。助かった」
少年が一人スタイリッシュに片手にダガーを持ちつつ、着地を決めて周囲を見やる。
すると、最上階に降り立ったはずの彼らの周囲に壁が薄っすらと見え始めた。
「―――(これはマズい)」
少年が咄嗟にハンドサインで防御陣形をレザリアとドラコ―ニア達に指示した途端に周囲から大量の青白い霊力の矢が彼らに降り注ぎ。
猛烈な速射に対してレザリアの盾とドラコ―ニア達の蜘蛛脚や腕、更にガシンが正面で体を広げて矢の的となる事で他の者達へ降る量を減らした。
「ぐ、クッソ!? この矢、霊力だけじゃねぇ!? 普通の威力もありやがる!?」
ガシンが大量の矢を受けた全身の一部、特に装甲が無い布地の部分に僅かな傷を受けながら血を流しつつ構えを取る。
「ガシンさん!?」
「大丈夫だ!! 普通の矢よりも威力は無ぇ!! だが、オレに対しての事だ!! お前らが当たったらマズイ!!」
的確に戦況を分析しながら、少年がガシンの後ろから周辺を見ていた。
今までの軽装鎧の霊体ではない。
完全武装の全身鎧に大弓を装備した騎士達が今まで隠されていた最上階の塔を挟むようにして伸びている石製の長細い城壁の上から彼らを狙っていた。
状況はあまり良くない。
ドラコ―ニア達の皮膚にも薄く矢じりによって紅い部分が出来ている。
だが、この不意打ちがまともに要塞に突入してから消耗した後だったならば、事態は更に悪化していただろう。
『ここにか。そうか……』
隠されていた塔の端から石製の階段が現れて、細長い城壁の内部を上がっていくように真っすぐ伸びた本当の要塞の最上階。
そこにいる相手の元へ彼らの視線が誘導される。
『まさか、この【反歌の砦】に今更に生者が入り込むとは……』
全身鎧の騎士達とは違う。
喋っているのは騎士鎧を纏いながらも悪鬼のような牙のある紅い面を付けた男であった。
通常の霊とは違う。
完全に色合いが普通の人間と変わらない男が面を取って彼らを見下ろした。
その顔は60代だろうか。
皺の刻まれた瞳は片目が潰れており、何処か泥で化粧したかにも思える浅黒い肌と矍鑠とした立ち姿、瞳の薄い赤光は彼らを捉えて離さない。
『何処の者だ? 北部のヴァルハイルか? ニアステラの生き残りか? あるいは異形共の成りそこないか?』
皺枯れた声がそう訊ねる。
「流刑者」
少年は素直に答えた。
『流刑者……流刑者だと? まさか、まだこの地にそんなものを寄越しているのか。何と浅ましい話だ……外はどうやらまだ諦めていないようだな。教会も業が深い……』
「浅ましい?」
『語る事は無い。何も知らず。思いも遂げられず。死んでいけ』
老将。
そう言うのが似合うだろう縮れた白い髪の男が手を上げる。
周囲の城壁に展開している騎士達が大弓を構えた。
その手が振り下ろされるよりも先に少年が親指を立てて、男に対して指を真っ逆さまにする仕草をした。
男がその挑発に対して手を振り下ろすより先に猛烈な爆発が城壁の片面で起きて、足元を揺さぶられた騎士達が弓から手を離した。
「今!!」
少年の声と共にドラコーニア達が不可糸で城壁の上に跳ぶ。
更にレザリアが突撃するようにして階段を登っていく。
『ほーほっほっほっほ♪ わたくしの華麗なる弓術に感謝しなさいね。貴方達♪』
鼻高々な声が周囲に響き渡る。
混乱していた騎士達の一人が遥か上空から弓を射る少女を確認し、迎撃しようとするが、それよりも早く爆薬を込めた瓶を使うフィーゼ用の弩の矢が城壁の上のあちこちを爆破して倒せないまでも大混乱に陥れる。
「お爺ちゃん。悪いけど!!」
レザリアが加速したままに猛烈な勢いで盾の突撃で老将を吹き飛ばしたかに思えたが、それは相手が背後に飛び退いたからだった。
すぐに敵を砕く衝撃が無い事にレザリアが横に飛ぶ。
背後に引いた男の手から放たれた呪紋らしき現象が今までレザリアのいた地点を直撃し、衝撃によって石床が砕けて周囲に吹き飛び。
ガツガツと破片がレザリアの全身を打った。
だが、普通なら即死であろう礫のショットガン染みた威力にも今のレザリアは生身ですら耐える。
竜骨の装甲すらある今、当たってもちょっと痛いで済むレベルの話であった。
「おらぁ!!」
そんな少女の背後を辿っていたガシンが相手の攻撃前に跳躍した勢いのまま、男へ殴り掛かる。
片手を突き出していた男がもう片方の手で引き抜いた剣で迎え討った。
「ッ―――」
ブシュリと剣の刃と生身の手が重なった場所で血飛沫が上がる。
『ほう? 指が落ちない? 貴様、霊食いか?』
「だったらどうした!?」
僅かに顔を歪めたガシンが半分程まで断ち割れた片腕の指を庇う事もせず。
もう片方の手で構えを取って僅かな距離を取る。
一足飛びの間合い。
爆発と城壁の上での戦いは続いているが、騎士達は態勢を立て直しつつあり、それを少年が壁を走り上がって、狩るという戦術で何とか数を減らしつつあった。
「ガシンさん!!?」
「大丈夫だ!!」
『今更……今更遅いのだ。何もかも……このグリモッドに生者など……全ては悪い夢であった……眠れぬ亡霊共が朽ちるのを待つばかりだと……』
老将の瞳が痛ましそうに砦の最上階から砦へ異常に群れて来る亡者達を見やる。
『だが、最後の戦いか。悪く無い。悪く無いぞ……くく』
老将の顔が笑みに歪んだ。
それが元人間だったモノの顔なのか。
あまりにも激情と愉悦に塗れたソレは明らかに悪霊の如き形相。
「何だってんだ!? このクソジジイ!?』
『此処を切り抜けられれば、貴様らは更なる地獄を見る事になる。グリモッドの滅びを味わいながら生きてみろ。では、名乗りくらいは上げようか』
老将が持っていた剣を背後の城壁の一部に叩き付けた途端。
要塞が揺れた。
そして、崩壊していく城塞の一部が爆砕し、男の背後の砦が完全に吹き飛んだ様子で騎士達がビクリと反応するとすぐに攻撃を受けているというのに直立不動で整列し、反応を示さなくなる。
「コイツ?!! どんだけ―――」
『我が名は【反歌の砦】領主イクセンバール。またの名を【氷室の将イクセンバール】だ!!』
男が動いた。
その速度は尋常ではなく。
剣を捌こうとしたガシンが、いつの間にか間合いに入られて、顔を舐められそうな程に接近した敵の腕が霞んだのを確認し―――。
猛烈な横殴りの盾によって吹き飛んだ。
だが、その甲斐あって、ガシンの右手が半ばから切り上げられた剣で断たれたのみで完全に肩までは両断されず。
レザリアが振り上げられた剣が振り下ろされるのを瞬間的に盾でガードしながら背後に飛ぶ。
猛烈な衝撃がその体を揺さぶりながら弾き飛ばし、最初に着地した塔の内部まで直進した後、塔の上層が破砕されて吹き飛んだ。
「クソが!?」
『温いな。外の戦力も高が知れているという事か』
老将が起き上がって自分の背中に回り込むようにして走り出すガシンを見やる。
クナイが次々に片手で投擲された。
二の腕辺りで斜めに断ち切れた個所の血はもう止まっていたが、それにしてもダメージは火を見るより明らかでガシンの顔には滲む汗が流れ落ちていた。
『我が剣の毒にも耐える。歴戦の猛者というには聊か物足りぬが、若芽ならばこんなものか?』
回り込むガシンにイクセンバールの手が薙ぎ払うような仕草をした。
直感的に跳躍した青年が自分の跳んだ場所のみならず。
屋上全体が何か見えない衝撃で吹き飛ぶのを目撃する。
『勘は良い。だが、それだけではなぁ!!』
老体とは思えない機敏さで跳躍した男の剣がガシンの胸元を袈裟切りにしようと剣を振り下ろす。
しかし、避けられない瞬間の攻撃が黒い刃によって受けられていた。
ガシンの真後ろに付けた少年が脇腹の下から掬い上げるようにしていつものダガーで迎撃したのである。
少年の背後には無数の不可糸が張り巡らされ、破壊された要塞全体に纏わり付いており、魔力を流されたソレが少年の受けた衝撃を伝達しながら拡散。
威力を減衰し切った。
しかし、その威力そのものが伝導した肉体から多量の血飛沫が上がる。
関節部が吹き飛ばないにしても体の繋がりが弱い部位が大量の衝撃で毛細血管を破裂させていた。
すぐに修復された傷に構わず。
軽く少年が虚空の相手を刃で推した。
反対側へと互いに着地したガシンと老将が睨み合う最中にもフレイとドラコ―ニア達が城壁上の無防備な騎士達を倒し終えて合流し、その背後……フィーゼの周囲には大量の破壊された城壁の巨大な瓦礫。
いや、一部が浮遊しながら上昇していく。
『倒せるものなら倒してみろ!! 反歌の砦は不落の砦!! おお、民衆よ!! 何も心配する事はない!! 蝶は此処に!! 我らを救うべきものは此処にある!!』
イクセンバールの叫びに反応したか。
今まで砦に群がっていた多数の亡者達が形を崩して、老将の頭上へと集まっていく様子は魚が回遊し、一匹のように振舞うかの如く。
男がニヤリとして懐から取り出した【ファルメクの還元蝶】を齧った。
それを阻止しようとした少年のダガーが黒跳斬を放つも霊体の幾つかが壁となって防ぎ切る。
『―――』
ゴクリ。
全てを嚥下した後。
ゴボンッと男の左半分の頭蓋骨が内部から一気に風船のように膨らんで弾け。
同時に内部から人間の脳髄以外の別の何かが見え隠れする。
巨大な霊体の群れがその内部に入り込んでいった。
すると、次々に体のあちこちが巨大に膨れて弾け、最後には鎧までも完全に弾け切って、ソレが少年達の前に露わとなる。
「悪鬼……」
フィーゼがそう呟いていた。
大陸の旧い御伽噺。
悪魔とも称される悪鬼の逸話。
角と赤黒い肌と黒い鎧。
人型でありながら、人ではない何か。
悪い事をしていると悪鬼が来るぞと子供達は言われて育つ。
「総員行動開始」
少年の言葉で全員が我に返り、その4m程までも膨れた人型の怪物に向けて構えた。
「フィーゼ!!」
少年の声によってフィーゼ以外の全員が背後へと下がる。
その隙間を縫うようにして巨大な瓦礫が次々に悪鬼へと突撃し、ブチ当たり、打ち据えて、ダメージは無いにしても動きに制限を掛けた。
「レザリア!!」
少年の傍で頷いた少女が共に片手を伸ばす。
「「ウィシダの炎瓶」」
呪紋の詠唱は無い。
魔力は2人持ちだが、少年の眷属である少女もまた少年の詠唱せずに使う呪紋を傍にいれば使う事が出来た。
二つの炎瓶が吐き出す炎が絡み合いながら集束し、高速で悪鬼を焼き朽ちさせていく。
「フレイ!!」
炎瓶の炎が尽きたのと同時。
既に悪鬼の上へ跳躍していた手が人間のものに置き換わった金色蜘蛛がガヴァッと口を開けて、内部から光線らしきものを放つ。
それは少なからず彼らには神の力の一部である事が解った。
呪紋による神の力を叩き付ける一撃。
それに今まで焼かれても苦鳴を上げなかった悪鬼が苦し気に絶叫した。
「三人とも!!」
ドラコ―ニア達が騎士達との戦いで体のあちこちを切り裂かれた様子ながらも、まるで問題無く走り、悪鬼の頭部へ一斉に蹴りを放った。
それが悪鬼の手によって防がれ、弾かれて城壁に弾き飛ばされる。
しかし―――。
「ガシン!!」
ガシンが一直線に悪鬼へ跳んだ。
そんな速度では当たりもしないと悪鬼が逆に殴り付けようとした時。
背後のフィーゼが精霊によってガシンを瞬時に数倍以上の速度で打ち出して加速。
「オラァ!!」
ガシンの残っていた片腕が突きの形で悪鬼の胸に打ち立てられ、同時に拉げて折れ曲がりながらも半ばまでも埋まった。
ズグンッと悪鬼の心臓が鳴る。
理由は単純明快であった。
猛烈な速度でガシンの全身から赤い霊力が噴出し、それが色味を少しずつ濃くして完全に紅と化していく。
『よく分かったな。民達の居場所が……』
「亡霊をまだ民と呼ぶアンタがあんな量の魂を護る場所は一番重要な場所に違いねぇと思ってな」
悪鬼の顔がクシャクシャに歪んで笑みが零される。
『ふ、ふふ、ふくく……これでようやく……紅か……あの王と同じ……』
「?」
『この滅び切れぬグリモッドを手中としたければ、赤の王を倒す事だ……』
「赤の王?」
『……ふ、緋霊の王と言った方が外の者には分かるか。まぁ、冥領のヤツが動き出せば、ご破算だろうがな……』
最後に僅か笑みを浮かべた悪鬼の体が瞬時に分解されていく。
全ては霊力。
そして、どれだけの数であろうとも一つなった霊体に触れ続けたガシンの力は全ての霊体を呑み込んだ。
ドシャリと前のめりに倒れ込む彼の周囲で蝶が舞う。
それは青白く羽搏いて、天に伸びて、大霊殿の方面へと消えていく。
その河を見送ったガシンはフレイに抱き起されていた。
「済まんな」
力無く倒れる青年の体から溢れていた紅の霊力がゆっくりと漂いながら集束し、今度は体の内部へと吸収されていく。
「あん? 体が熱い? 変異覚醒率100%を突破? 霊力貯蔵率8284%上昇(再上昇可)。霊格変異完了。【緋霊】化率100%……何だよ。はは、人間止めちまったか……」
だが、自分の価値を、自分の戦いを示せた満足感からか。
青年は目を閉じて、自分が変質していくのを受け入れる。
これからどうなっていくのか。
それは分からなかったが、新しい自分というのもまた見てみたくはあった。
出来るなら、それは周囲の者達と対等に歩めるものであればと願うのは自分の傲慢なのだろうとは思いつつも……。
「あ、寝ちゃってる」
やってきたレザリアがフレイの腕の中で完全に眠っているガシンにお疲れ様と告げて、後方から戻って来たフィーゼと共に戦闘終了後の周囲の予備探索を始める。
「アルティエ。どうやら、この砦……この塔の地下がたぶん一番深い場所だと思います。破壊された構造から察するにですけど」
フィーゼが近頃はずっと土木工事や建設業に従事し、大工仕事の男達と付き合っていたせいで自然と身に付いた技能でそう判断する。
「フレイ。三人と一緒にガシンを保護」
「「「(>_<)」」」
言っている合間にもガシンの腰の後ろから抜き出した霊薬の入った試験管的な水筒が開けられ、ガシンの口に中身が流し込まれる。
数秒で傷だらけの体が内部から僅かに膨らみながら傷口を塞ぎ。
同時に、破壊された指がゆっくりと元の位置に戻り、失った片腕の傷口が蠢きながら塞がってズグンズグンと脈動し始めた。
「あ、塔内部に降りる梯子がある」
「ちょっと待って」
少年がレザリアを圧し留めて、その鉄製の錆びた梯子に這わせるようにして菌糸を伸ばして地下を探る。
すると、その塔の最下層。半地下と呼べるくらいは広い空間内には木箱が一つ。
黒い糸が蓋を開けて、中身を取り出して戻って来る。
少年の手に収まったのは金色の蝶。
【ファルメクの還元蝶】と色合い以外は同じ造形で質感の何かだった。
「これは……鑑定【ノクロシアの還元蝶】?」
少年が首を傾げる。
そして、情報を鑑定で読み取った。
「……普通の銀色のヤツ5匹分の効果がある、みたい」
その声に釣られて上空で今も警戒していたエルミが少年を押し退けるようにして顔をその黄金の蝶に近付ける。
『イイ……イイですわ。この輝き!! よ、蘇る時はわたくしがちゃんとコレを使いますからね!? ね!?』
「あ、はい……(|ω|)」
少年が一応少女との契約なので生まれ変わり系のアイテムは全部自分のもの主張する亡霊少女に頷いておく。
「もう。エルミったら……」
「あはは、仕方ありませんよ」
女性陣2人が今もどんな姿に生まれ変わろうかなーという妄想を膨らませて想像の世界に旅立った少女に肩を竦めるやら苦笑するやらしていると。
破壊された城壁のあちこちに何かが落ちている事に気付いた。
「これって……」
「あ、これさっきの騎士の人達の鎧とか?」
少女達の目にはようやく破壊の土煙が晴れた場所に転がるモノが騎士達の遺品の類だと分かっていた。
「あ、この蝶の銀色のヤツも落ちてる」
「本当ですね……全員、持ってたんでしょうか?」
「取り敢えず集める方針で」
「「はーい」」
まだ妄想の世界に旅立っているエルミを放っておいて、フィーゼとレザリアが鎧一式と蝶7匹、大弓と矢筒、大振りの大剣数本を拾い集める。
「これで誰かが死んでも安心?」
「ど、どうでしょう。そもそも生まれ変わりがどういうものなのか全然分かってませんし、さっきのは生まれ変わりだったのかどうかも分かりませんが……アレはさすがに遠慮したいです」
フィーゼがそうレザリアに告げる。
「アルティエ。これからどうする? 要塞の内部まで探索しちゃう?」
「数分待ってていい。もうこの砦に大きい気配は感じない。すぐ行って来る」
「あ、ちょ」
少年がすぐに破壊されながらもまだ下に続く階段が残っている最初に降りた塔に走り出し、内部に消えていく。
「行っちゃいましたね」
「うん。でも……勝てて良かった……凄い力持ちだったね。あのお爺ちゃん」
「はい。霊の中でも強く為れば、ああいう力が出せるのなら、ガシンさんもきっとそんな風になれるのかもしれません」
「う~ん? あ、そう言えば」
レザリアが今もガシンを抱いて介抱しているフレイを見やる。
「さっき、口から光を吐いてたよね? フレイ」
「(´・ω・`)」
勿論ですとフレイが自分は強いと手を幾つか上げてアピールする。
「アレも呪紋?」
ウンウンと頷かれた。
そして、フレイがレザリアに触れる。
「へ? あ、呪紋……使えるようになってる!? え、ええと!? せいせき呪紋? セイセキ? ええと……」
「聖蹟。聖なる奇跡という意味ですね」
「聖蹟呪紋【イゼクスの息吹】……ええと、ええと……消費魔力に比例して威力を12%上昇……聖なる遺跡に入り、偉業を成した者にしか伝えられない?」
「聖なる遺跡、ですか?」
「う、うん。何か頭の中でそんな感じに……」
言っている合間にもフレイが今度はレザリアにも触れる。
「へ? あ、お、同じ呪紋が使える、みたいですね? え? もしかして、この遺跡が聖なる遺跡? それと偉業って……あのお爺ちゃんを倒した事なんでしょうか?」
2人が同時に分からんという顔になりながらも呪紋が増えたので内容を確認。
「あ、どうやら、イゼクスの信仰者だと威力が2倍になるみたいです。更にイゼクスの加護を受けていると更にそこから2倍。イゼクスの祈祷呪紋で強化すると強化倍率が更に全て3倍になるって……こ、こんなの滅茶苦茶じゃないですか!?」
フィーゼが思わず額に汗を浮かべた。
「……教会の上の人が、この呪紋使って来たら……」
「はい。まず間違いなく。私達とは比較に為らない威力だと思います」
「フレイって今、どれくらいの威力で使ってたんだろう?」
「さ、さぁ? でも、あのお爺ちゃんが苦しむくらいですから、相当なものだったんじゃないでしょうか……」
2人が話していると少年が走って元来た道を戻って来た。
その手には大量の袋が握られている。
「「「(>_<)/」」」
お帰り主様と出迎えたドラコ―ニア達に荷物を纏めるように指示した少年が全員で固まるよう言って少女達に身を寄せる。
「どうしたの?」
「もう亡霊が戻って来てる。今日はもう早く帰って休息」
「へ? あ、本当だ。一杯ワラワラしてる」
「漁り終えてから、霊殿も作っておいたから大丈夫。野営地に帰投」
気付けばもう砦は先程数万近い霊達が消えたのが嘘のように大量の亡霊達に囲まれていた。
少年が素早く符札を掲げると、全員の姿が掻き消える。
残された砦には大量の亡者達が入り込みウロウロし始めた。
もう誰もいないと思われた砦であったが、砦の傍の壁には鳥が一匹。
少年に狩られたのと同じソレは瞳を砦から逸らすと羽搏きながらグリモッドの中心域へと消えていくのだった。