流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて- 作:Anacletus
第3話「流刑者達の上陸Ⅲ」
「遺伝変異確率12%まで上昇。幾らかの薬物による即死系機序の破壊を引くまで……試行回数を……ゴフ?!」
吐血。
少年はボタボタと口から血を零しながらも、途中で拾っていた様々なものを捕食し続けていた。
「バズネルの樹根。水平遺伝確率21%上昇(再上昇不可)。内臓変異効率2.2%上昇。血球変異状態100%上昇(再上昇不可)。血中赤血球代謝率12.22%。意識変容率1.1%上昇(再上昇可)。バズネルの千樹根(生食)。ゴホゴホゴホッッ?!!」
少年はブツブツ呟き、軽く吐血しながら、口元を拭いつつ、片手の血だらけで幾らか持っている樹木の根のようなものを齧り続けていた。
「血球濃度5.32%上昇(再取得可)。免疫キャップ開放。耐ウィルス、対真菌耐性2%を獲得。これで最低限……後は御祈り」
少年が根をその辺に捨ててやって来た前に広がる地帯を見やる。
そこには沼地があった。
深くは無さそうだったが、明らかに体に悪そうな黒く緑で赤く、蕩けるような沼地の内部には樹木や動物の死骸が骨となって残っており、びっしりと様々なキノコやコケのようなものが生えている。
それを意に介せず。
そのまま進み続けた少年の脚が踝くるぶしまで浸った。
途端、少年の視界が歪んで、熱が籠ったように体が発熱し始めた。
「真菌侵食率1%毎秒。免疫獲得まで43秒弱……安定を取って……」
その合間にも少年がズボンの後ろに差していた水仙のような野花の茎を齧る。
「ガロンベータ水仙(生食)。免疫カスケード開始。毎秒2%……ガ、ア、グゥ?!!」
途端、今度は脚から犯されていた少年の体の全身が発火したかのような熱を持ちながら、粘膜という粘膜から僅かに出血を開始した。
瞳の端から、唇から、鼻から、爪の内部から尻から性器からダラダラと血が垂れていく。
「後20秒……14……12……」
震えながら沼地に入ったまま。
目を閉じて耐える少年が呪文のようにブツブツ呟く。
そして、20秒後。
「真菌43種への侵食免疫を獲得。過剰免疫の是正処理を開始」
今度は少年がナイフを持つ手に一緒に握り込んでいた砂を口に放り込む。
「ゼブの花粉(生食)。免疫抑制率3%上昇(再取得可)」
呟きながら少年はズンズンと今度こそ確かな足取りで沼地の中を歩いて行く。
だが、動物が全て朽ちるはずの沼地の深部へと向かう彼の脚に乱れはない。
だが、その足元から這っていた黒い真菌の根のようなものは肌に染み付くにして下半身から上半身を染め上げるような薄暗い膜となって皮膚に張り付いた。
白かった肌は今や普通の人程の色合いに落ち着いている。
「真菌被膜を獲得。共存成立……」
少年が向かった沼地の先には一件の廃墟があった。
何処かの教会にも見える小さな石積みの建物が崩れており、その内部。
中央の祭壇のような場所の壁には破壊された白い女神の像があった。
しかし、今は黒く菌類に汚染されており、光の当たっている一部以外はくすんでしまっていた。
その像の胸元に小さな柄の刺突用のねっとりとした漆黒の刃を持つ片刃の歪んだダガーが刺さっている。
少年が迷わず引き抜いた。
「……観測能力不足。能力鑑定不能……」
少年が再び沼地を渡って元来た道を戻りながら、途中で蟲や樹木にソレを使って切り付けてみるとすぐに効果が現れた。
「黒化現象を確認。侵食開始」
ダガーを腰の後ろに差して、やってくる途中で見つけた小川に入った少年はそこでジャブジャブと体を洗う。
本来、血で汚れた衣服は簡単には汚れが落ちないものだが、少年の衣服はすぐに元の状態へと戻っていく。
理由は単純だ。
彼の肌から滲んだ黒い被膜が衣服までも侵食してから血潮を吸い尽して血液成分は残っていなかったからである。
少し肌が黒くなって短剣を一本携えた少年は周囲にまだ人の痕跡があるのを確認しながら、イソイソと浜辺へと歩いて戻っていく。
その手にはもう船乗り達が使うダガーは無く。
体はずぶ濡れであるという事実だけが残った。
そして、戻って来るなり、何食わぬ顔で医者の下まで向かうと。
「………」
横になっている男の横を指差して。
「え? あ、勝手に……ってずぶ濡れじゃないか? 海に落ちたのかい?」
勝手に体を横たえて、患者を拭く為の布で衣服の水分を取られながら、眠り始めるのだった。
凡そ3時間内での出来事であった。
*
「医者のエルガムだ。取り敢えず、食料に関しては一応の心得がある。探索隊が持って来た食料に関してはこちらで食べられるものかどうかを確認させて貰った。結果を発表させて頂く」
夜。
戻って来た探索隊の成果が検分される事になっていた。
「森の中で湧き水の出る小川を発見した。飲料に適している。煮沸すれば、問題無く飲めるだろう」
その言葉で水夫達の間には安堵が広がっていた。
「また、大陸東部由来の果樹が幾つか発見された。これらの果実に関してはまず食べる者を分けたい」
どういう事かと質問が飛ぶ。
「理由は毒があってもすぐに分かるものが多くない為、先に食べたい者が食べて、問題無ければ後の者も食べればいい。無論、先に食べるものは危険が伴うし、後に食べるものは腹が空くのを覚悟せねばならない。どちらも一長一短だ」
野営地の焚火の前でエルガムが次々に持って来られたキノコや果樹、その他の食糧に対して考察を述べていく。
「特にキノコに関してはかなり危険だ。食べて数日後に死亡するものすらある。キノコをすぐ口にするのは死ぬかもしれないと覚悟してからお願いしたい」
水夫達が在る程度の量採られたキノコを見て溜息を吐く。
「食べられる動物は発見出来なかった。だが、魚は食べられるものが多数見つかっていて、果樹も先に食べる者達が先に危険を犯せば、後は問題無いだろう。ただ」
エルガムが周囲に周知するように声を高める。
「必ず食べ物にはしっかりと火を通す事をお勧めする。生焼けは死ぬと思っておいて欲しい」
という事で数十人分にはなりそうな唯一の得物が焚火の周囲に持って来られる。
その魚体は2m近くあり、かなり大きかった。
「見た事のある魚で宝石を呑み込む事で有名な魔の技を扱う大魚ギュレラルだ。これは船長が拾って来た子。名前をアルティエと言うそうだ。彼が海で仕留めた得物だ。他にも多数の魚を釣ってくれた子供達に感謝して頂こう」
こうして初めての夜。
難破船の乗組員達は子供が釣り上げたという魚をしっかりと焚火で焼いた切り身に塩を掛けて頬張る事になった。
果樹から持って来た果実に付いては水夫達の一部が先に食べる事で同意した。
取り敢えず1週間。
食べても問題無さそうならば、他の人間も食べるという事で同意し、果実を食べたものは観察時機が終わるまで釣られた食用魚を食べず。
互いに安全を確認し合う事となった。
(エルガム様に任せてしましました……本来、わたしの役目だったのに……ですが、今の水夫達を纏めるにはこの方が……)
「フィーゼ……」
「はい。何でしょうか。父上」
床から出て来た父に向かい合い。
彼女が視線を合わせる。
「まずは共に暮らす者達を知れ。全てはそれからだ。食料は何とか調達出来ている。その合間にお前は知るところから始めなさい。ごほ……」
「は、はい!! だ、大丈夫ですか!? 父上」
「っ、すぐに樹木に御背中を……」
修道女姿のヨハンナ。
まだ10代後半と言う銀髪に右の頬から下が爛れた少女が慌てて彼女の前で老体を支えて、木陰へと休ませに行く。
「済みません。父上は本来わたしが見るべきなのですが」
「いえ、ウート様はあのような状況でも、このような身に感謝して下さって、本当にお優しく慈悲深いお方です。お世話はお任せ下さい」
「どうか、よろしくお願いします」
「はい。では、幕屋の方にそろそろ」
頭を下げた少女は病気が治ってすら忌避され、流刑とされた修道女はイソイソと彼女の父を伴って天幕へと消えて行った。
水夫達が魚を食べながら明日の予定を話し合う最中。
老人の事を思い出した彼女が周囲を見回すと。
暮れた浜辺が続く少し離れた海岸線沿いに火を見付ける。
そちらに向かった彼女はすぐに相手が昼の老人だと分かった。
「おう。来たか来たか」
「リケイ様。呪いという事でしたが、リケイ様も魔の技をお持ちなのですか?」
横の砂浜の流木に座った彼女に老人が首を横に振る。
「呪いは呪いでしかありませんな。元は南部。ゼンカントの古い古い者達に伝わるものだったと聞き及びます。だが、古代の王朝が滅びる際に散逸したとか」
「それがリケイ様の呪いですか」
「芸妓の技として今残るものでして。お? もう一人も来たようだ」
リケイの視線が向く先。
魚の切り身を焼いたものを枝に差した状態で食べる少年がやってくる。
その手には二本の串焼きが握られていた。
「おお、忝い」
「アルティエ。ありがとう」
2人に串焼きを渡した少年が少女の隣の流木に座った。
「それで具体的にはどのようなものになるのでしょうか?」
「いや、簡単ですじゃ。ワシが躍る。その合間に文字を手の甲に書いて月に翳しましてな。それでイエアド神の加護が乗るのです」
「イエアド。それは確か……」
「今の教会の主神イゼクスが追い落としたとされる邪神の一柱ですじゃ。だが、元々は教会でも信仰されとった。教会の内紛で消えただけで実際には主神と同等の神ななのです。嫌かな?」
「いえ、この状況ではどんな神であろうともお力は借りたいものです」
「ふむ。では、そっちも良いだろうか?」
「いい」
「ほほ♪ お前さん喋れたのか。ならば、話が早い」
老人が砂浜に枝で文字を書いた。
それは一文字だけであったが、何処か象形文字というよりは角張った小さな方陣にも見える。
「文字を書くのは炭で構わんので。さっき冷やしておいたのを少量の水で溶いたものをこれで……」
小さな椀に黒い液体が入れられていた。
老人がすぐに踊り始める。
その合間に少年と少女は顔を見合わせながらも砂浜に書かれた文字を自分の利き手に指で描き始める。
そうして、すぐに手が満月に翳された。
「ほほほ♪ 月は宵に招かれたり、何と姦しき空の踊り子よ。我ら騒がしき夜に願い奉らん!!」
老人が愉し気に鹿の如く跳ねながら月に向かって祝詞を唱えつつ、手を翳す2人の背後でクルクルと踊って賑やかす。
「哀れなる人にどうか加護を!! おお、偉大なる教神イエアドよ!! マーカライズ!!」
老爺の声が終わると同時に月に翳した手の甲が明るく輝き。
紋章らしきものが2人の手に焼き付く。
だが、その印は自分達で描いたものではなく。
同じカッチリとした書体ものが書き込まれていた。
それは七角形の中央に灯を持つ黒い炎にも見える。
文字のように見える部分以外は後から浮かび上がって来て、それは2人の手にジンジンと熱く……しかし、痛みは伴わない衝撃を僅かに伝えていた。
「これでよし、じゃな」
老人がニヤリとした。
そして、少女が頭を下げて感謝を捧げてから、少年を連れて、やはり父が心配なのでと戻っていく。
その背中を老人は串焼きを齧りつつ掌を振って見送るのだった。
「(教神イエアドの紋章の一つ。【祈祷呪紋】シャニドの印を獲得。物理細胞強度12%増加。各種、呪紋属性増幅率2.3%増加(再上昇可)。呪紋詠唱速度9.3%上昇(再上昇不可)。他呪紋からの抵抗値43.32%上昇(再上昇不可)。ダメージ抵抗式を除法計算に変更。完了)」
「何か言いましたか? アルティエ?」
首を横に振った少年はイソイソと自分に割り振られた天幕に戻っていく。
今日失った血液と体力を取り戻すには眠るしかなかったからだ。
(肌はもう少し白かったと思ってましたけど、光の加減なのでしょうか? どことなく表情も豊かなような? ミランザ様達と良く話したからなのかもしれません)
こうして夜は恙なく過ぎていくのだった。