流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第31話「滅び切れぬグリモッドⅧ」

 

 次々に野営地にやってきたスピィリア達が竜骨から魔力を得られるペンダントを使い回しながら現地で技術や知識を学んで数日後。

 

 組織化された彼らは砂浜や野営地の地面で眠ったのも良い想い出とばかりに元気よくニアステラの各地に旅立って行った。

 

 鍛冶場は鉄製や木工の道具を大量に生産する為にスピィリア達を100人程弟子として取り、彼らに教えつつ、各種の道具を増産するという離れ業をやってのけ。

 

 責任者であるウリヤノフはげっそりと痩せそうなところを無理やり少年のクソマズ薬液の力で乗り切って、遠征隊が毎日飲んでいるソレの恐ろしさに戦慄いたりしたのだった。

 

「これで第一次入植は完了。今は各地で指導を続けつつ、家屋の建造に取り掛かっています。やはり、問題は道具の量と木材の調達先でして。各野営地には慢性的に木材が不足しています」

 

「仕事の方は?」

 

「はい。多くの者達が其々に見合った仕事を選んだようで華の栽培が終わるまではこの野営地で貯め込んでいたのを各地に供給してどうにか」

 

「はは、酒が飲めずに野営地で反乱が起きそうだ」

 

「まぁ、しばらくの間です」

 

「苦労を掛ける。数日したら竜骨がまた出来るとの事だが、野営地を増やすのではなく。神殿を野営地に増やす事で対応してはどうだろうか?」

 

「……最初期の目標であるニアステラ全土を固めるというのは支配領域が伸び悩めば、遅れる事になりますが……まずは衣食住の確保というのはスピィリア達も同じ事です」

 

「彼らにそっぽを向かれぬようにはしたいな」

 

「ええ、ならば……薄く広くではなく。厚く上質にという具合にしましょう。これならば、方針としてはよろしいかと思います。互いの神殿の魔力を得られる領域を重ねて、造成する野営地を肥大化させる形にすれば、受け入れる人数は増やせて、遅れても支配領域は増える形となりますので」

 

「……解った。では、ウリヤノフ。各野営地への神殿の増設を命じる。しばらくはスピィリア達にも家屋無しで頑張って貰うが、飢えさせないように頼む。ちなみに不満は出ているか?」

 

「いえ、元々蜘蛛だった上に蜘蛛に戻れる性質のおかげか。山林で樹木にぶら下がって寝ている者達や造られた家屋の軒先にぶら下がる者もいるとかで左程気にしていないようです」

 

「そうか。なら、彼らにぶら下がれる上質な軒先を提供する為にも道具の充足と森の間伐、石材の切り出しを急げ。石炭の採掘に関しては鍛冶場で使う以外は後回しにしていい。どうせまだ何処の野営地も鍛冶場までは作れていないだろう?」

 

「はい。では、そのように……」

 

 ウートが診療所の軒先のテーブルでウリヤノフに指示を出しながら、野営地内で闊歩するスピィリア達を見やる。

 

 他の蜘蛛の一族よりも随分と多い彼らは現在、他の野営地に送り出された以外にも既存の野営地での仕事に就く者も多く。

 

 内政に興味の無い個体は守備隊や騎士達、他の肉体を持つ蜘蛛の一族と一緒に戦闘訓練や警戒任務に当たっている。

 

「……また領地を治める事になるとはな。いや、此処はもう彼らの国か。私は御雇領主かもしれん」

 

 苦笑するウートが野営地を見渡しながら呟く。

 

 もう大陸で再起する事も叶わない彼にとって、此処こそが最後の安住の地。

 

 ならば、娘に受け渡すべきは地位ではなく。

 

 未来なのだと彼は一人まだ青い空を見上げる。

 

 何れ、暗雲が立ち込めた時。

 

 彼らが次の空を見られるように。

 

 そう備え戦う事こそが己の役割に違いないと笑って……。

 

 *

 

 本来ならば、別の場所に野営地を造って支配域を広げる計画がスピィリア達の食糧事情第一に変更されて数日。

 

 最終的に8か所の野営地に増設する形で神殿が築かれ、7500人程まで幽霊蜘蛛達のコミュニティーは大きくなっていた。

 

 まだ殆どの彼らは野外暮らしであるが、出来た建造物に喜ぶやら入居で一波乱あるやらと騒動を遠征隊が解消し、連れて来られた彼らが造成する街は思っていたよりも早く出来上がりつつある。

 

 基本的に眠る事は娯楽の範疇というスピィリアの中でも職人気質な者達の手により、街の建造は精霊達の手伝いもあって昼夜なく推し進められた。

 

 各地の野営地には少なからず10軒以上の建物が立ち。

 

 二階建てで家具無しながらも、彼らの寝所……というよりは宿泊施設のように寝泊まりする者以外は定住しないという形に落ち着いている。

 

 そもそも彼らは幽霊の性か。

 

 基本的に夜型であった。

 

 真夜中に夜目も効く彼らが木造建築をカンコンカンコン大工道具で立てているのが基本的なところであり、朝方や昼型の者達は昼に寝ている彼らからすれば少数派だったりする。

 

「こんにちわ~道具お届けに来ましたよ~」

 

「(*~ω~*)」

 

 助かる~と言いたげな人型形態なスピィリア達にまだ彼らには作れない道具を届け、同時に必要な人材を第一野営地から出して送り届けるという事もやり始めた遠征隊は少年がほぼ昼夜なく飛び回る事になっていた。

 

 最初期の立ち上げが肝心であると少年はウリヤノフを通してスピィリア達の街の造成計画には意見を出しており、時間の掛かる掘りや壁よりも先に爆華の生産地帯に灌漑設備を導入する事を先んじてさせつつ、内政に興味が出ない者達には各地に少年がいなくても必要な物資が届くよう。

 

 簡易の道を舗装させ、各地の地形を歩かせて把握させつつ物資を運ぶ運送業兼戦闘もこなす輸送部隊を設立。

 

 この商隊のような組織、実際に商隊と呼ばれる彼らを各地で守備隊のように巡回させる事により、ニアステラを庭のように動けるよう訓練し、実質的に遠征能力を養っていた。

 

「(/・ω・)/」

 

 お届け物ですと第一野営地から出発した旅人的な旅装姿の数十人が第一野営地からの乾燥爆華を持ってやって来れば、昼に起きている者達は大歓迎だ。

 

 最速で立てられた建造物。

 

 竜骨再生用の薬液増産設備。

 

 要は酒場兼宿である二階建ての立派な建造物には大量の木箱が毎日降ろされる。

 

 普通の人間や食事が必要な蜘蛛達が逗留する為の設備も置かれていて、乾燥した食材が樽に詰められて各地には供給され、技術指導している者達もまた快適に暮らせるように図られているのだ。

 

「(`・ω・´)ゞ」

 

 そういった補給物資である樽や木箱を受け取った者達が慎重な手付きで地下の倉庫に輸送しながら、煙臭い皮を剥がれて燻された丸太で出来た室内でイソイソと商隊を労いつつ、二階の部屋の鍵を渡して休んでもらう。

 

「( ´Д`)=3」

 

「(´ω`*)」

 

 故に何処の酒場もスピィリア達の休憩所として繁盛していた。

 

 人の街のような光景が見られるようになった彼ら蜘蛛の一族。

 

 その社会は急速に形作られており、殆ど人間と変わらないくらいの様子となっているのである。

 

 第一野営地への食糧や木材、他にも加工用の鉱物などを運ぶ者達がいるかと思えば、そちらから技術を携えてやってきて、一気に現場で鍛冶場仕込みの新技術で人気者になる者もいる。

 

 どころか。

 

 リケイに弟子入りした呪紋を会得した者達まで現れていて、やがては竜骨を置く神殿すらも自分達で立てられるようにと図られている。

 

 気に入った野営地で自分達で呪紋を活用して、街を作り始めたり、生活を豊かにする為の加工業まで始める有様はもう人間にも劣らないだろう。

 

「これで会話も無しに全部成り立つってんだから、驚きしかねぇな」

 

「そう? 私達も何となく解るから、普通じゃない?」

 

 人間が思っていたよりもずっと賢かった蜘蛛の一族達である。

 

 ちなみに現在ドラコ―ニア達が野営地の守備隊の隊長職を務める為にまた数十人単位で生み出され、元いたドラコ―ニア達からの訓練を受けている最中だ。

 

 彼らが各地に赴任すれば、竜骨の御守りを持たなくても野営地で呪紋が使える守り人として活躍する事になっていた。

 

 これを鍛えるのはリケイとカラコムと元教会騎士達だ。

 

 野営地の守備業務以外にもスピィリア達の商隊に同行して、隊長職をしたり、隊長職に付けるように訓練を移動中に施す彼らは嘗て教会で戦っていた時よりも生き生きとして見えるかもしれない。

 

『よし、お前ら!! ちゃんと行軍出来たな。偉いぞ!!」

 

『(´ω`*)』

 

 勿論ですと胸を張るスピィリア達は褒められると嬉しそうにしており、まんざらでもない様子。

 

 急速に野営地は村を通り過ぎて小規模領地のような様相を呈しつつある。

 

 それは食料事情から始まり、生活に必要なインフラの整備、更には軍備に至るまで住人が増える事で姿を現し始めていた。

 

「アルティエ。納入終わりました」

 

「ご苦労様。精霊の方は?」

 

「はい。リケイさんが人と契約しなくても、竜骨そのものと契約する事で各地に精霊さんを固定化出来るようになったので。かなり管理も楽になりました」

 

「来週までには何処の野営地も300人くらいは住居に入れるようになるんだっけ?」

 

「ええ、ウリヤノフが全体の進捗を教えてくれてて、このまま行けば、3分の1くらいは一月以内にお家が出来るそうです」

 

 少年は一先ず安心だろうと頷き。

 

 他の仲間達も連れて街道沿いの第五野営地。

 

 ニアステラの全ての野営地と繋がる道を整備しつつある中央部で一番重要な土地に造成されつつある街並みを見やった。

 

 まだ20軒にも満たない二階建ての建造物。

 

 生木を用いてるせいで防虫加工で煙臭いそこが今はスピィリア達の住処である。

 

 昼間には蜘蛛形態になった者達がズラリと不可糸で軒先の屋根の端から垂れ下がって眠り、起きているのは変わり者が多い。

 

 昼夜なく働く勤勉な彼らが道を敷き続け、周辺の石切り場から切り出した石や石畳や道の造成を行う様子は蟻の行列にも見える。

 

 蜘蛛型で石材を運ぶ者。

 

 人型で地面を器具で押し固める者。

 

 壊れた荷車を修理する者。

 

 日中に華の水やりや肥料をやる者。

 

 鶏に餌をやっている者。

 

 色々であ―――。

 

「   」

 

 ギョッとしたと言うべきだろうか。

 

 少年が少しだけ目を擦ってから、もう一度目を凝らす。

 

 すると、一匹の蜘蛛形態のスピィリアが2匹の鶏に餌をやっていた。

 

 蜘蛛脚を抜くまでもなく高速で移動した少年がその蜘蛛に鶏を指差して訊ねる。

 

 すると、地面に枝でカリカリと絵が書き込まれ始めた。

 

「ええと……東の山脈の岩肌辺りで見掛けたから飼ってみようと連れて来た?」

 

「(>_<)」

 

 ウンウンと頷きが返される。

 

 少年がそのスピィリアに何事かをボソボソと高速で囁いてから、見付けた場所を教えて貰い。

 

「予定変更。このまま出発」

 

 思わず仲間達が驚く間にも少年は微妙に深刻な顔で溜息を吐く。

 

「東部との新しい通路がたぶんある。急いで塞がないと教会に抑えられるかも。今の子に連絡は頼んだから、即時出発」

 

「だ、大丈夫? アルティエ。一度戻った方がいいんじゃ。爆破系の装備殆ど持ってないよ?」

 

 今の遠征隊はニアステラ内という事もあり、投擲用のクナイは最低限。

 

 更に危ないのでいつもの爆発する瓶も一式持っていない。

 

「大丈夫。武装があれば、後は呪紋で。最悪、道そのものを完全に崩すのは出来る。さっき運んで来た爆華そのものを半分持って行けば問題無い」

 

「う、うん。すぐに伝えて貰ってくるね」

 

 レザリアが近くの酒場へと走っていく。

 

「それにしても鶏? 教会から逃げて来たのか?」

 

 ガシンが去っていく蜘蛛が不可糸で首輪を付けるようにして連れて行く食用なたまごを産んでくれる御馴染みの家禽に首を傾げる。

 

「可能性は高い。北部に繋がってても問題は変わらない。とにかく調査して封鎖するのが先決」

 

「ですね。今から教会騎士の部隊と戦う事になったら、スピィリア達がせっかく作った街が壊されちゃいます!!」

 

 フィーゼがグッと拳を握ってソレは許せないと決意を示す。

 

『貰って来たよぉ~~』

 

 箱で背負って来たレザリアが戻って来た。

 

 そこには近頃完全に脚が人の腕に置き換わったフレイが帯同しており、背中には大量の荷物が持たれていた。

 

 どうやら、商隊に同行して色々とスピィリア達に教えていたらしい。

 

 実際、彼らのフレイに対する態度は『ご苦労様です!! 教官!!』みたいな敬礼しか彼らは見ていなかった。

 

「あ、フレイもいたんですね。それにしても完全に手が人間のものだけで固定化されちゃいましたね。いつになったら人間になるんでしょうか?」

 

 フィーゼの言う事は最もだが、こればかりは顔の中心に付けられている人魚の輪にしか分からない事である。

 

 少年は全員が揃ったのを確認して、最も近い第四野営地に飛んだ。

 

 人の住めない硫黄臭い場所。

 

 ニアステラの竜玉があった地点である。

 

 神殿の前に転移した彼らを待っていたのはいきなりの戦闘であった。

 

 *

 

 建造物が焼け落ちているという事こそ無かったが、少年達がやってきた時、既に周囲では教会騎士とスピィリア達との戦闘状態に突入していた。

 

 幸いなのは彼らが街を放棄しつつ、人間には有毒なガスが漂う地域に隠れるように応戦した事で被害が出ていなかった事か。

 

 そもそもスピィリア達も少年から不可糸などの呪紋を一時的に使用出来るようにして貰った際に眷属としてカウントされており、その視界などは少なからず指定すれば見える。

 

 ただ、常時千単位の視界を共有なんてしたら危ない事になる為、大半は脳裏で必要な部分を定点カメラを覗くような調子で定時観測で見るのみだ。

 

 なので、対応が出遅れたものの。

 

 すぐに視界を繋げて情報を確保した少年はスピィリア達の動きを把握して、迅速に展開、相手の動向を見つつ動く事が出来ていた。

 

 いきなり街中に現れた少年達に驚いた教会騎士達が制圧した場所を物色しており、唐突な襲撃と思った遠征隊の登場に剣と盾を構える。

 

「こいつら何処から!!?」

 

「増援を呼んで来い!!」

 

 少年が瞬時にダガーを抜き放ち。

 

 教会の大物が出て来るより先に手足となる者を潰すべく。

 

 黒跳斬で周囲を円形に切り払う。

 

 その黒い跳ぶ斬撃は瞬時に相手の鎧を侵食し、布地に入り込み、肌から内部に浸透し、背後に抜ける頃にはもう敵の内臓を犯し、次々に男達から酸素を奪って、昏倒させていった。

 

「三人はスピィリア達の保護を。フレイと一緒に周辺部隊を片付けて来る」

 

「わ、解りました!!?」

 

「ああ、こっちは任せとけ」

 

「大丈夫? 2人だけで」

 

「問題無い」

 

 少年はスピィリア達に街を作る段階から教会騎士が来たら、出来る限り被害を出さずに撤退したり、逃げる事を教えていた。

 

 その為、彼らが何処にいるのかもちゃんと分かったし、もしもの時の撤退ルートも覚えさせていた為、彼らが犠牲に為る事は無かったのである。

 

「教会騎士を無力化した後、敵の大物を探して2人同時に仕掛ける。もし、坑道が見付かれば、その破壊を優先。増援が来ないように」

 

「(>_<)/」

 

 了解とフレイが頷いた。

 

 そうして2人が左右に分かれて街並みの中にいる騎士達を次々に黒いダガーで切り倒すやら、見えない糸で精魂尽き果てるまで体力や魔力や霊力を吸収するやらして無力化していく。

 

 その人数は50人近くにもなり、浸透していた部隊の殆どが数分後には消えていた。

 

 しかし、これが一時的なものに違いないと理解していた少年は背後でいつもの如く寝ていたエルミを起こして上空偵察をさせ、近辺にある塩湖に程近い場所に教会騎士達の野営地らしきものを確認。

 

 数km先の其処へとフレイを連れ立って走り出した。

 

『どうするんですの? 相手は40人くらいはいそうですけれど』

 

「無力化する。一番問題なのは教会騎士じゃなくて神聖騎士。此処で仕掛けて無力化出来れば、教会側も安易にニアステラへ踏み込めなくなる」

 

『あ……あれかしら?』

 

 上空のエルミの視線が少年に共有され、幽霊には見えるらしい幻の壁のような穴が塩の湖の岸壁横に開いているのを確認する。

 

 それは先日、岩塩を採取した場所であった。

 

「塩の坑道は潰してもいい。殲滅を優先」

 

『じゃ、上から危なく為ったら援護しますわ』

 

「よろしく」

 

 少年が速度を上げて、エルミが上空に昇っていく。

 

 そして、少年の背後に追従していたフレイが部隊へと襲い掛かるべく跳躍した少年が虚空にいる間にカパッと口を開いた。

 

 ゴッと野営地を築こうとしていた教会騎士達がその光に焼かれて悲鳴を上げながらもんどりうって倒れ伏し、更に襲撃者の化け物に目を奪われている相手の上空から黒跳斬が連撃で放たれた。

 

 数秒もせずに到達した黒い刃に侵食され、数十名の者達が半ば何も出来ずに倒れ伏し、同時に僅か斬撃にも光にも焼かれなかった者達が逃走を図ろうと塩の洞窟へと向かって走り出していく。

 

 それを追って少年が着地した瞬間に洞窟内部へ突入しようとした時だった。

 

「あら? また会ったわね」

 

「フレイ」

 

 少年が神聖騎士を前にしてダガーを大剣にしつつ構え、洞窟の横を音速を超えた速度でフレイが横をすり抜けて消えていく。

 

「あの化け物と2人掛かりなら倒せたかもしれないのに」

 

「問題無い。必ず誰かを救おうとする者を邪魔するお前は……許さない」

 

「何の話? でも、いいわ。此処で貴方を倒せば、恐らく最大戦力が消える。そうなれば、後は老人だけ。どうとでもなるでしょう。あの蜘蛛の化け物もね」

 

 重刺突用の剣が少年に向けて構えられる。

 

「叶えのルクサエル。行くわよ」

 

 凄絶に笑う彼女が真正面から突進する。

 

 その刃は狙い違わず。

 

 少年の心臓を穿ち、貫いた。

 

「あら? もう終わり? せっかく、どうして避けられないのか。死ぬ間際に教えてあげようと思っていたのに……」

 

 少年が蹴り付けられて、背後の樹木にぶち当たって止まる。

 

 その胸元は完全に大穴が開いてダクダクと黒い血潮が溢れている。

 

「その黒い粘液で手品のように大剣を振り回す。その程度だったのかしら? 小指の先が切れただけで残念♪」

 

 嗜虐的にルクサエルが嗤った。

 

 彼女の背後から振るわれたのは蜘蛛脚であった。

 

 相手の剣をダガーで受け止めて、背後の大剣を菌糸で掴んで戦う。

 

 まったく、彼女にはどうしようもなく間抜けな戦い方にしか見えなかった。

 

「……叶えの条件は三つ。同じ行動を二つ叶えられない。現実的に無理な事はどうやっても叶えられない。一つの願いを叶えている間は他の願いを叶えられない」

 

「あら? もう解ったの? 惜しいわ。その頭脳……後で死体でも有効活よ―――」

 

 カランと彼女の掌から剣が落ちた。

 

「?」

 

「呪紋の中でも特別に強力な代物。でも、逆に言うとソレ以外は殆ど使えない。呪紋の模倣も魔力の効率が良くない」

 

「―――どうしてソレを!?」

 

「だから、戦闘中は肉体の動きを補助するのに使う。一動作を常に最適化して、必ず一撃で倒せる状況や回避出来るように余裕を保つ限りはほぼ負けない」

 

「!??」

 

「神聖属性祈祷呪紋【見えざる権能】」

 

 ルクサエルの目が驚きに見開かれる。

 

「う、げ、が―――?! ご、こ、れ゛は?」

 

 喉が潰れたかのように声が濁り、ゴボゴボと肉体が波打ち。

 

 ゴシャッとルクサエルの片腕が鈍い肉が落ちる音と共に地面へ転がった。

 

 同時にその内部からは骨のように大きな前脚が飛び出ている。

 

「ひっ!? な、な゛ん゛なの!? か、か゛らだ、うごが、な、な゛にじだぁ!?」

 

 叫ぶ彼女だったが、体が動かず。

 

「お前のせいで600万回再走した。これから2ヵ月以内にお前達神聖騎士数人じゃどうにもならないモノが来る。東部の仲間は全て取り込ませて貰う」

 

「き、ぎぇて? わ、だ、ぎ……い……け゛ずな゛ぁああ゛あぁ゛あぁ」

 

 発声器官が変質し、最後には蟲の嘶きが周囲に響く。

 

 ボトボトと彼女の肉体から人間に必要な肉体の部位が落下していく。

 

 その内部から現れる甲殻は紅蓮だった。

 

「ぎ、ぎぃ……ギィィィィィィ!!!?」

 

 彼女の顔が半分内部から剥がれ落ちた部分を蟲のものとしていく。

 

 だが、その言葉は途中で止まった。

 

 少年の胸に開いた穴から零れていた黒い粘液がゆっくりと巻き戻るように胸の中へと戻っていく途中だったからだ。

 

 最後に一滴残らず内部に戻った黒いソレが胸を埋めて傷口が塞がった。

 

「必ず相手の心臓を潰す初撃。そして、必ず当たる状況。これを前にしてお前は絶対に他の部位は攻撃しない。僅かな傷なら回避しない」

 

「―――」

 

 最初から仕組まれていた事を彼女は知る。

 

 薄らと魂から自分という記憶が、人格が抜け落ちていくのを理解しながら。

 

「心臓一つ再生まで89時間……お前一人には十分過ぎる」

 

 少年が蜘蛛脚を背負い。

 

 ダガーを腰に戻してすぐ。

 

 奥の方からフレイが戻って来た。

 

 その手には不可糸が握られている。

 

 よっこいしょとでも言いたげにフレイのが握った大量の糸を引いた途端、坑道の奥が猛烈な振動に見舞われ始めた。

 

 少年が完全に蜘蛛と化したルクサエルの脚を掴んで抱えるようにして持ち上げ、そのまま外に脱出すると。

 

 それから数秒でゴヴァンッという音と共に崩落した坑道が完全に塞がった。

 

「ふぅ……」

 

 人間のパーツが背負われている最中に全てボチャボチャと落ちていた紅蓮の蜘蛛が降ろされると……体に纏わり付く血肉をプルプルと子犬のように振るい落として立ち上がり、揺れながら両手を上げてアピールする。

 

「こんにちわ」

 

「(≧▽≦)」

 

 新しい蜘蛛は何処か陽気だ。

 

 それに対してコイツが新しい同僚かという顔になったフレイが少年を見て、自分の使っている鼻輪や片脚を指差した。

 

「いいの?」

 

「(*-ω-)」

 

 少年が訊ねるとフレイがコクコクと頷く。

 

「解った」

 

 少年が片手の手刀でフレイの脚に嵌って文様化していた呪具。

 

 それを脚毎切り落とす。

 

 途端、脚甲が脚から滲み出るようにして形を取り戻した。

 

 また、顔の中央に付けていたビシウスの輪が取り外され、紅蓮の蜘蛛に付けられる。

 

「これでいい……」

 

 少年はそう言いながらポーチから取り出した霊薬をフレイに飲ませる。

 

 すると、今度はフレイ自身が何事か蜘蛛の声、シャーみたいな詠唱を上げた。

 

 途端、斬られた脚が内部からググググッと生えて来て、最後にはボンッと粘液塗れで元に戻る。

 

「再生?」

 

 少年に頷いたフレイはこれで完全復活です的な力瘤を作るようなポーズをした後。

 

「?」

 

 首を傾げていると、内部から甲殻が罅割れて体積が増殖していく。

 

「―――」

 

 少年の見ている前で蜘蛛の内部から肌色のものが粘液に塗れながらズルリと体の体表を押し広げるようにして伸びて、甲殻のパーツがその両手両足に装着されるスーツ染みて変異しながら固着していく。

 

 脚、胴体と来て頭部もまた変異し、蜘蛛の頭がまるで被り物のように変異しながら口から下を額に被せるような形で定まり、最後に顔を上げた相手は蜘蛛頭の被り物をした少年とも少女とも見分けの付かない存在と化した。

 

 勿論、全裸であるが、性器はどうやら女性らしい。

 

 瞳が金色で蜘蛛頭の被り物の瞳部分はまだ生きているらしく。

 

 キョロキョロしていた。

 

 どうやらメインとなる視界に人体の目が更に追加された形になるようだ。

 

 それもまた人化が進めば、消えていくだろう。

 

 背後の蜘蛛脚は逆向きになって折り畳まれ、背中を護る装甲のようになった。

 

「……大丈夫?」

 

 少年が一応、自分の外套をフレイに掛ける。

 

「大丈夫であります!! 主様」

 

「―――」

 

 少年が驚くのも無理はない。

 

 完全にフレイは人語を介していた。

 

「これより輩の教導の任に就き。必ずや蟲畜として、この不出来な妹を調教してご覧に入れます!!」

 

 敬礼したフレイが軍人染みてそう告げると紅蓮の蜘蛛を前に人間には出せなさそうなシャーッという高周波を上げる。

 

 すると、すぐにビシッと紅蓮の蜘蛛が背筋を伸ばした。

 

「主様に敬礼!!」

 

「(≧▽≦)ゞ」

 

「主様に蟲畜の証を頂く事に感謝」

 

 バッと紅蓮の蜘蛛が頭を下げる。

 

 何か思ってたのと違う……。

 

 という感想は横に置いて、少年がイソイソとビシウスの畜輪を紅蓮の蜘蛛の顔の中央に付けて、フレイから切り離した【ウズリクの脚甲】に魔力を込めて、異常が無いかを確認する。

 

「体大きくなったら付けるって事で」

 

 少年に紅蓮の蜘蛛がコクコク頷いて少年を前足で器用に持ち上げ、自分の上にヒョイと乗せた。

 

「主様を運ばせて頂く事に感謝しつつ、仲間の方々と合流!! ちゃんと挨拶するように!! いいか!!」

 

「(≧▽≦)ゞ」

 

「よろしい!! 貴様が蛆虫を卒業するまでしっかりと指導する!! 立派な蟲畜として主様に体の一欠けらまで捧げられるよう鋭意努力するように!! 出発!!」

 

「………」

 

 やっぱり、何か思ってたのと違う。

 

 という感想を抱きつつ、自分より年下そうに見えるフレイの軍人染みた言葉に顔を微妙なものとしつつ、少年は紅蓮の蜘蛛の名前を決めなきゃなと脳裏で考えていたのだった。

 

 *

 

―――第一野営地【浜辺】。

 

「えぇええええええ!!? こ、この子が!?」

 

 浜辺では今世紀最大に大声が上がっていた。

 

 ついでに仲間達と集合後、すぐに転移でスピィリア達を周辺の別の野営地に避難させていた少年はなんやかんや忙しく。

 

 事後処理をウリヤノフとリケイ、元教会騎士、ドラコ―ニア達に任せて、ようやく一息吐いたところである。

 

 浜辺でちょっと休憩している間に「こいつら誰?」という顔の仲間達にようやく新しい野営地の愉快な住人予定者を紹介する事になっていた。

 

「主様に忠実なる第一の蟲畜フレイであります!!」

 

 ビシッと少年から貰った外套をカッチリ着込んだ金髪に金色の瞳の少女がビシッと敬礼した。

 

「ほ、本当にフレイなんだ……」

 

「人間になるとは聞いてましたが、こ、こんな感じなのですね」

 

 何か思ってたのと違う。

 

 という少年の感想と同じ気持ちを抱いたらしいフィーゼが「う~ん?」という顔になる。

 

「ま、吃驚だが、問題ねぇ。つーか、今の問題はとうとう教会の手がニアステラまで及んだ事だ」

 

「先程、ウリヤノフ殿にご報告しましたが、再度ご報告させて頂きます。塩の湖に開いていた坑道はどうやら前にいた蟻の生き残りが迷走して掘った穴らしく。東部に続くと思われる道が延々と奥まで伸びておりました」

 

 フレイがキッチリとガシンへ律儀に告げる。

 

「途中に死体があった為、これが事実だと思われます。また、野営地より拝借していた爆華を体内に蓄えていた為、それを一定距離で天井に塗布して粘着、それを呪紋【不可糸】によって引っ張った際に過度な熱量が加わるよう細工し、凡そ8里先の地点から全て爆破致しました」

 

「お、おう……ご苦労だったな」

 

「有難きお言葉痛み入ります。ですが、坑道全体を崩したとは思えず。恐らくは東部の入り口より1里程は坑道も続いている為、もし発見されて、呪紋などで再び掘られた場合はまた貫通する事も在り得るかと」

 

「そ、そうなのか?」

 

「はい。ですので、塩の岩盤と離れた場所は全てこの蟲畜の毒で汚染し、もしも再度掘り出せば、有毒物質が蔓延する状況にしておきました。これを浄化するのは教会でも困難であると思われ、採掘するにしてもかなりの遅延を余儀なくされるでしょう。以上であります」

 

「お、おぅ……(何かオレらより優秀そうなんだが?!!)」

 

 思わずレザリアに愚痴るガシンである。

 

「というわけで。フレイはこれから遠征隊でこの子の上司になる」

 

「この子って、この赤い蜘蛛の子?」

 

「(≧▽≦)/」

 

 ハイと手を上げた蜘蛛はすっかりご機嫌だ。

 

 あっちにうろうろ、こっちでちょろちょろ。

 

 見るものが珍しそうに興味を惹かれていた。

 

「元、叶えのルクサエル。何とか倒した」

 

 シレッと倒したというよりは傲慢な呪紋の能力を使う戦闘に浸け込んだ事は黙っておきつつ、少年が紹介する。

 

「神聖騎士の人だよね?」

 

「そう。取り敢えず、名前は……」

 

「あ、女の子なんだから、ちゃんと考えてあげないと」

 

「(´Д\)」

 

 レザリアの言葉に紅蓮の蜘蛛がお涙頂戴と言わんばかりに感動した様子になる。

 

「ありがたい事であります。この不出来な妹にどうかお名前を頂ければと」

 

「名前ねぇ。適当に頭文字のルーと中央に多い最後の文字のエルでルーエルとかでいいんじゃねぇか」

 

「有難いご提案です。では、それでいいか?」

 

「\(≧▽≦)/」

 

 勿論ですとも。

 

 と、紅蓮の蜘蛛が両手を上げてユラユラとその場で嬉しそうに踊り出した。

 

「え!? いや、これはその、ほ、本当にい―――」

 

「あ~~付けちゃったからには責任取るよね? ガシン」

 

「ですね。ちゃんと、面倒見てあげて下さいね? ガシンさん」

 

 さっそく女性陣がジト目でガシンに押し付ける。

 

「な、オレはちょっ―――」

 

「ガシンが面倒を見るって事で」

 

「お、おまえらぁ……はぁぁぁ……解った!! 解ったよ!! じゃあ、ルーエル。お前は今日から遠征隊で荷物持ちだ。何か困った事があったら、真っ先にオレへ言え。いいか?」

 

「(≧▽≦)/」

 

 ハイと手を上げたルーエルがピョンピョン跳ねた後。

 

 ガシンの周囲をウロウロし始める。

 

 その様子にレザリアとフィーゼは苦笑して、まだそう言えば、問題が残っているんだったと少年を見やった。

 

「無力化した教会騎士達の人はどうなったのですか?」

 

「野営地付近を見られないように森の中に封鎖した一角を作って、今はベスティン隊長が面倒見てる」

 

「大丈夫なのでしょうか? さすがに辛いのでは……」

 

「同じ教会騎士だからいい。裏切らない限りは大丈夫」

 

「そんなシレッと言う事なの? アルティエ」

 

「裏切れないし、教会騎士がどういうものか一番知ってる人間が問題を取り扱ってれば安全」

 

 レザリアに肩が竦められる。

 

「今回、野営地のスピィリア達に被害は出なかった。街の方の施設にも。柵が一部壊されただけ」

 

「でも、普通に返せない。よね……」

 

「それはそう。でも、蜘蛛脚を使う以外にも方法はある」

 

「方法?」

 

「そろそろ交渉が終わる頃。ダメだったら、まぁ……死なないし、大丈夫」

 

 仲間達が首を傾げる中。

 

 少年は教会騎士達がそろそろ折れるだろうかと北方の空を見上げる。

 

 そんな風に思われているとは露知らず。

 

 教会騎士達は下着一枚で武装解除され、周囲にはリケイとベスティンと元教会騎士達が囲う形で集められていた。

 

「う、裏切り者め!? 貴様!? ベスティン!!? この教会騎士の恥じ知らずがぁ!! 絶対に我らは貴様ら罪人共には屈せぬぞぉおおお」

 

「そうだぁあああああああああ!!!」

 

「恥を知れぇええええ!!」

 

「この裏切り者ぉおおおおお!!!」

 

 吠える者達は多い。

 

 だが、彼らの周囲の元教会騎士達は生命付与された蜘蛛の鎧を身に付けたまま。

 

 ソレが見える者達にもはや人間ではないという顔で睨まれている。

 

「その言葉は甘んじて受けよう。だが、後悔はしていない。神は捨てたが、仲間を拾った。どうとでも言え。交渉は決裂だ」

 

「く!?」

 

 ベスティンがそう冷めた瞳で教会騎士達を見やる。

 

「ほほほ、威勢の良い者達なようで」

 

「リケイ殿……出来れば……」

 

「解っておりますとも。では」

 

「な、何だ!? じいさん!? オレ達に何をする気だ!?」

 

「待て、リケイだと!? ま、まさか、魔の布教者か!!?」

 

「ふぅむ。良い肉体に良い精神。中々に……」

 

 ギョロリとリケイが男達を品定めする。

 

「それで? 適合は?」

 

「しておるでしょうな。間違いなく。何せ、健康である事が条件ですので」

 

「そうか……」

 

「な、何の話をしている!?」

 

 その怯えの表情が見える男達を前にリケイが肩を竦めた。

 

「野営地では色々とベスティン殿達を受け入れてから教会騎士を生きて捕らえた時にどうしようかと知恵を絞っておったのですじゃ」

 

 トコトコと老爺が隊長格の男の前に立つ。

 

「どうすれば、教会騎士は我々に害を為さないようになるだろうかと」

 

「例え、八つ裂きにされようとも決して仲間は売らん!!」

 

「左様。では、仲間から裏切られるようにすればいいのですよ」

 

「何を言っている!? く、来るなぁ!?」

 

 リケイが男を野営地の守備隊に仰向けとさせるよう指示し、拘束したままに持っていた杖で胸元をトンッと付いた。

 

 途端、ブワリと男の胸元に呪紋の象形らしきものが広がる。

 

 八角系が描き出される円。

 

 その内部には奇妙な文字が一文字描かれている。

 

「オ、オレに何をしている!? や、やめろぉ!?」

 

 武装解除された男達が剣を向けられて動けないまま。

 

 その隊長格の肉体に象形の外延部の円から吹き伸びるようにして赤黒い色の血管らしきものが奔っていく。

 

「あ、そーれ♪」

 

 リケイがもう一度男の胸を突く。

 

 その後、バクンッと男の胸が跳ねた。

 

「あ、あぁああぁぁあぁあぁああぁあ!!?」

 

 ビキビキと男の体が変質していく。

 

 怪し気な呪紋によって。

 

 化け物にされるのか。

 

 そう男がガクガクと震えながら漏らした次の刹那。

 

 光が男の肌を覆い尽し、光の繭の如く包んだ。

 

「いやぁ、良いものを持ち帰ってくれましたな。アルティエ殿も……これなら、しっかり無力化出来る上に人格も記憶もそのまま。ついでに我らの良心も痛まないというだから……出来過ぎじゃの」

 

 老爺が元教会騎士達が引いて来た荷車から降ろされていた大樽から柄杓で水を一掬いして、繭にじゃーっと掛ける。

 

「本来は太極の神【ハウエス】の呪紋なのですが、一つ問題があって、これを使われた人間の多くが呪紋を受けてから時間差で死に至るのですじゃ。まぁ、寿命が1年くらいな上に子供を産む時間さえあればいいとの話で」

 

「これが……」

 

 ベスティンが何処か自分達の罪に震えながら唇を紡ぐ。

 

「ですが、アルティエ殿の持ち帰った霊薬。これは素晴らしい。肉体の変性で細胞に掛かる負荷の類を全て無効化し、傷付いた肉体を修復し、寿命は普通の人間と同じく据え置き。更にはこの呪紋の効果を完全なものにしてくれる」

 

「―――」

 

「最も重要なのは存在の逆行。元々、人間というのは血統そのものが女が基本であり、男というのは新しい血統を用いる為に分岐した存在。まぁ、つまり、生物としての過去へと立ち返る霊薬と呪紋の効用を用いれば……」

 

 光の繭の中からズルリと幼い手が引き上げられた。

 

「ばけものになるのはやらぁ~~~」

 

「この通りですじゃ」

 

 4歳くらいの幼女がビェエエエエと泣き始めた。

 

 それを見ていた男達が猛烈に嫌な予感から目を剥く。

 

 だが、そんな幼女に布を掛ける存在が一匹。

 

 スピィリアが魔力を流して見えるようにした不可糸で編んだ布地で中から出て来た何処か繭の中に入れられた男の面影がある相手を包み。

 

 自分の上に載せて、カサカサと蜘蛛形態で別の野営地へと運んでいく。

 

「本来は若い女くらいの年齢にするのですが、まぁ……霊薬の効果もあって、年齢の幅が予想通りかなり広くなりましたな」

 

 キロリと老爺が男達を見やる。

 

 その時、確かに男達の股間は縮み上がった。

 

「ハウエスは太極。つまり、この世にある全て、その区切られ、隔てられ、対立したものを弄る神であり、自在とする。元々は信者達が教会に女を狩られて全滅しそうな時に生み出した代物。まぁ、教会に使われるには自業自得の呪紋です」

 

「………そうか」

 

「やめろぉおおおおおおおおお!!? い、いやだぁああああああああああ!!?」

 

 暴れ出した男達が次々に地面に仰向けにされていく。

 

「ハウエスの信者が生み出した呪紋の多くは【境界呪紋】と呼ばれます。区別する事。分かたれた世界。領域の齟齬。左か右か。男か女か。光か闇か。そういった相対する真逆の境界を弄る呪紋。その一つこそがコレですじゃ」

 

 もう一度。

 

 哀れな男が胸を杖で二度突かれて光の繭となる。

 

「境界呪紋【雌雄境廃】。究極の闇は究極の光。逞しき男はか弱き女。人の性を弄る我が呪紋をご賞味あれ。ほほほほ♪」

 

 次々に男達の胸が杖で叩かれ、光の繭に霊薬が柄杓で注がれていった。

 

 そうして、次々に変貌したカワイイ幼女達が絶望に咽び泣くのを「おーよちよち(/・ω・)/」とでも言いたげに布で包んで優し気に抱き上げたスピィリア達は元気な彼女達をお世話するべく。

 

 生存に適した第一野営地へと運び始めるのだった。

 

「彼ら。いや、あの子達は……これからどうなる?」

 

「4歳くらいですからな。まぁ、後は教育次第と言ったところでしょう。我らがこれからの年月で彼らを教育出来ずに反乱されれば、我々の負け」

 

「………だろうな」

 

「彼らが仲間になると言えば、我らの勝ち。さて、また面倒を見る者達が増えてしまいましたな? お父さん方」

 

「ッ」

 

 教会騎士達の命を嘆願した元教会騎士達が彼女達の面倒を見る事が決まっていた。

 

「人の親、か……我らにはとことん向いていなさそうだ。だが、やってみせるさ。まだ、命と未来が繋がるのならば……我らの同胞と共に……」

 

「なぁに……子供の記憶というのは案外薄れるものですじゃ。今は我儘な子供くらいに思ってどっしりと彼らに愛を注いでやると良い。もう体も心もカワイイ乙女ですからな。くくくく♪」

 

 こうして百人近い協会騎士達は一人残らず無力な幼女にされて実は背中にリケイが刻んだイエアドの刻印も貰いつつ、野営地で養育される事になったのだった。

 

 彼女達が究極的に野営地の教育者達を困らせる事になるのは確定的に明らかであったが、蜘蛛の一族達の手もあり、少なからず面倒は見られる。

 

 後には彼らだったモノの一部。

 

 大量の垢だけが地面に残っているのみであったが、それすらもすぐに纏めて焼かれ、後には少し焼け焦げた場所が残ったのだった。

 

 *

 

「ああ、しゅよ!! わたくちたちのくきょーをどうかおすくいくらしゃい」

 

『くらさい!!』

 

 野営地に教会系幼女派もとい元教会騎士派という派閥みたいなものが出来た事で事態は急変していると言っていい。

 

 多くの野営地の者達が大の男をカワイイ幼女に変えて、完全無欠に無力化する呪紋とやらの威力に慄き。

 

 それはそれとして野営地の女性陣が孤児院の創設をウートに願い出たのはまず間違いない初手であった。

 

「けむりくしゃい!? おぇぇ……」

 

「ひぎぃぃぃぃ!? くもぉ!? やぁ!?」

 

「わりぇはおとこおとこおとこおとこおとこ」

 

「おれはおとこだぞ!? や、やめろぉ!? おんなにからだをふかれるなんて!? く、くつじょく!?」

 

 教会系幼女達のお世話で人も蜘蛛もてんてこ舞いである。

 

 野営地の人間と蜘蛛は別に慣れた防蟲用の燻した木材で組んだ建物の臭いはもはや幼女達には犯罪的な悪臭である。

 

 巨大な人程もありそうな蜘蛛や蜘蛛の人型の人外達がウヨウヨしている為、彼らはいつ食べられてしまうのかと幼くなった心と体で((((;゜Д゜))))ガクブルするしかなかった。

 

「もぉやらぁ~~」

 

「あきらめるな。どうほーよ!!」

 

 精一杯の反抗として神に祈ってみたり、数時間程ごはんを食べないストライキをしてみたりするが、如何せん……全ての能力が幼女である彼らにまともな抵抗は不可能であった。

 

「だいじょうぶだ。かみがみすてようとわたしはみすてぬ」

 

 幼女達の世話は現在、野営地全員で見るという形になっていたが、基本的には女性陣がやっており、住む場所に関しては留守にしている教会騎士達が共同で住む住居群を使うという事になっていた。

 

「ここがおうち……じゃなかった。おれのうちだと!? ばかにしゅるにゃ!!」

 

「そうだそうだー。こんなけむりくさいのはやーなのー!!」

 

 親身な家での世話は子供好きらしいスピィリア達が請け負ってくれており、4歳にして反抗期な彼女らにあっちこっち引っ張り回されながら、数匹で食事、お風呂、遊び、就寝、ついでに監視までしてくれるというのがかなり大きかった。

 

「(>_<)/」

 

「あ、あそぼうだと!? た、たのしそ、いやいや!? これはばけもののわな!?」

 

「わーい。ぼうたおしー♪」

 

「は!? おまえ、だまされているぞ!?」

 

「ッ―――あ、あぶないところだった。こころからよーじょにされるところだったじぇ」

 

 昼間は普通の人間の大人達も混ざって世話をするが、居住区画では蜘蛛達の世話が主であり、アワアワと蜘蛛達も忙しく子育てしている。

 

「スピィリア達には感謝してもし切れませんね。私達……」

 

「というか、大の男の人を女の子にしちゃうとか。一体、誰が考えたの? 確かに命を取らずに面倒見て問題はあんまり出なさそうだけど……」

 

「(≧▽≦)/」

 

 まったくお二人の言う通りですよ。

 

 と言いたげにルーエルがウンウンとフィーゼとレザリアに頷く。

 

 野営地が子供の声に溢れた事で更に賑やかになった野営地は流刑地というのが嘘のように活気が溢れていた。

 

 整備された街道を商隊の蜘蛛や人間達が行き交い。

 

 道具と爆華を周辺領域の資源と引き換えて移動するだけで疑似的に商売をしているような雰囲気が出ている。

 

『あれが例の教会騎士達か。ああなっちゃ、さすがに形無しだな』

 

『ちげぇねぇちげぇねぇ。これ鉱石だから鍛冶場にな』

 

『うっす。でも、あの人らも大変だな。これから自分達を裏切り者とか言ってる元同僚の幼女の父親になるんだぜ?』

 

『字面だけでもすげーとこだよな。此処ホントに……』

 

『間違いねぇ。オレらも悪い事をしたら幼女にされちまうかもな。がはははは!!』

 

『笑えねぇなぁ……』

 

『ね、ねぇ、よな?』

 

『『『『……無いと信じたい(´・ω・`)』』』』

 

 この地において貨幣は無いが、働いた者には定期的に紙の代りに樹木の皮で出来た木簡に炭を溶いたインクで仕事量が記録され、働きに応じて当人が望む物を交換するという疑似的なポイント制度のようなものが採用された。

 

 これにより、蜘蛛達は疲れたら余暇を取って、好きな事をして遊ぶなり、仲間達とまったり過ごすなり、自分の好きな仕事の個人的な技能を上げるのに時間を使ったりと各々が自由に過ごしている。

 

 しかし、そんな状況に応じるかのように教会側も上陸後の野営地を次の段階へと進めつつあった。

 

―――バラジモール上陸地点野営地第一宿舎。

 

「諸君。悪い知らせだ」

 

 その場に集まっていたのは神聖騎士達だった。

 

 呪紋を用いて現地の木材で簡素に立てた野営地の屯所の奥。

 

 中規模の教会程はありそうな裏手の執務室には円卓が置かれている。

 

 その手前で簡素な椅子に腰掛け、テーブルの書類を片付けているサヴァンは集まった者達に視線を向けた。

 

「で、どうしたんだ? 先生」

 

【震える聖槍フォルク】

 

 無貌のサヴァンをそう呼ぶ青年が首を傾げた。

 

「またルクサエルか?」

 

「然り。それ以外には考えられない。少なからず上陸してから彼女以外の行動はほぼ予定通りだった」

 

【鉄公爵ウラス】と【蒼褪めたエルタ】。

 

 2人の神聖騎士も少なからず同じ感想を持ったようだった。

 

「そう言えば、野営地の防備が薄いように思いますが、兵は何処に?」

 

 そのエルタの声にサヴァンが息を吐く。

 

「ルクサエル。彼女が持って行きました。南部に続く山脈に坑道を見付けたからと……そして、彼女へ監視に付けていた者達からの報告です」

 

 サヴァンが羽ペンを止める。

 

「坑道から大規模な土煙を確認。坑道がどうやら崩壊したようだ、と」

 

「「「―――」」」

 

「百人近い人員が失われました。また、ルクサエルがまともに情報を寄越す前に連絡が途絶えた為、ニアステラの情報は無し。それを確認した手練れに内部を探索させたところ……解毒困難と思われる毒が撒かれた領域が崩れた坑道内部の最奥に存在しており、掘るのは困難だろうと……」

 

「先生。アンタ、今まで何してたんだ?」

 

 そうフォルクが白い目で見やる。

 

「そう言わないで欲しいですね。生憎とじゃじゃ馬とは相性が良くない。よく知っているでしょう。貴方は……」

 

「それで? その失態を、2人目の神聖騎士の喪失を受け入れろと?」

 

 エルタが腕組みをしてサヴァンを見やる。

 

「野営地側にまさかルクサエルまで倒す戦力があるとは思っていなかったというのが実際のところです。少なからず、彼女はリケイのような相手にならば、ほぼ詰みの状態で倒す事が出来る」

 

「あいつの呪紋を突破するヤツがいるのか。その上、リケイって言えば……盗られているのは確実だな」

 

 フォルクが面倒そうな顔となる。

 

「ええ、でしょうね。つまり……我らはより苦しい立場に為っている。東部で本隊を受け入れる準備をしている最中に起きた不慮の事故……としては大き過ぎる」

 

 サヴァンが苦々しい内心は表に出さず。

 

 溜息を一つ。

 

「どうする?」

 

 そこでようやくウラスがサヴァンを正面から見やる。

 

「今後、ニアステラへの捜索は中止。道は見つけ次第、厳重に封鎖。また、各地の探索は此処より南は一旦停止。北部に限っては2人以上の神聖騎士が共同で行う以外は禁止。残る1隊は広い支配領域を回遊し、各地の遊撃に付く。これが今は最善かと思います」

 

「良い手とは言えないのは解っているが、敢てだな?」

 

「これ以上、人材を失うのはごめんですね。我々はあくまで先遣隊でしかない事を忘れてはいけない」

 

 サヴァンが肩を竦める。

 

「その間にニアステラ側が勢力を拡大すれば?」

 

「どうやって? 一応、海側からニアステラ方面へと調査船を向かわせましたが、人材を積んでいなくて良かったというのが解っただけで、他は何も情報が無い」

 

「報告書は読みました」

 

 エルタが肩を竦める。

 

「この海域は島の周囲の各地域の移動を妨げるような海流が存在し、小舟では渦に石を投げ入れるようなもの。かと言って、遠征用に持たされた飛行型の操獣は山脈を超えられず、迂回するには距離が長過ぎる」

 

「使い捨てにしても届かないと?」

 

「この領域の広さは外部から観測していた島とは比べ物にならない。凡そ東部海岸線沿いだけでも40里以上の広さがあり、其処からニアステラまで更に230里以上とくれば……」

 

 男達がサヴァンの前で押し黙る。

 

「時には耐える事も必要でしょう。明日勝利出来るとは限らないが、今我らに風が向いていないのは確かだ」

 

 そうして紅の大司教は決定を下す。

 

「これに異議が無ければ、今の方針を野営地全体のものとして発布します。よろしいか? 各々方」

 

 異を唱える者は無かった。

 

 ただ。

 

「奴らの弔いは?」

 

「何れ……何れですよ。我らの後方から遥か船団が来た時、我らが解き放たれた時、その時こそ……向かいましょう」

 

「先日の地震に彼女が言っていた南西部中央地帯の霧に呑まれた城。やるべき事は積み上がるばかりか……」

 

 エルタが目を細める。

 

「評価試験もロクにしないうちから教会秘跡部門のお偉方が造った呪紋の精粋とやらが呆気なく連中に敗れた事の方を気にした方がいい」

 

 ウラスの言葉にエルタを視線を向ける。

 

「我らも時代遅れになりつつあるかと思えば、そうでもない。というのも困った話だ……」

 

 そう肩を竦めて皮肉げに嗤うエルタはその場に背を向けるのだった。

 

 その日、教会勢力は勢力の拡大を一端南部へは停止し、本格的に北部への道を模索し始める事になった。

 

 それは一つの転換点であり、少年の勝利であった事をまだ誰も知らない。

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