流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第32話「滅び切れぬグリモッドⅨ」

 

 ニアステラに幼女達が増えて数日後。

 

 遠征隊は一端の野営地と支配領域の拡大が一段落し、第二次入植用の装備や知見、必要な資材が溜まるまでは再び本来の任に戻る事となっていた。

 

 フレイが人化し、新しい紅蓮の蜘蛛ルーエルが加わった遠征隊はドラコ―ニア達を3人連れて人数を増し、再びグリモッドの地へと脚を運んでいる。

 

「一旦小休憩ですね」

 

「ああ、レザリア!! 哨戒は終了だ」

 

『あ、は~い』

 

 亡霊達は何れスピィリアとして生まれ変わり、ニアステラやフェクラールの住人になる事が決まっていた為、出来る限り戦闘を避けての探索である。

 

 反歌の砦から出た一行は少年が先日事前偵察していた通り、基本的には平たい土地を進む事となっていた。

 

 起伏のある地形もあるが、見晴らしの良い場所が多く。

 

 亡霊達は基本的に薄暗い地域や山林を好む事から中央部に向かう道では殆ど見掛ける事なく。

 

 出会っても数名の普通の亡霊ばかりだった為、彼らの道中は順調であった。

 

「沼地。色々有りそう」

 

 先頭を征くのは少年であり、最後尾を歩くのはフレイだった。

 

 実質的にこの2人が隊の先鋒と殿を務める為、遠征隊の戦いはもはや楽を通り越して気が抜けそうな程に陽気溢れる南西部での遠足に近い。

 

「案外……ある」

 

 少年は休憩中も先行。

 

 いつものジグザグ走りをしながら、両手を高速で動かし、大量の沼地での薬草や根、泥、華、樹木の若芽など何でも採取し、一部を口に入れていた。

 

「ウチの隊長は本当に拾い食いの玄人だな」

 

 ガシンが呆れている視線の先では小休止している彼らを横にまるで全ての領域を踏破するべきと言いたげに中背で前傾姿勢の背中が行ったり来たりしている。

 

 その背後の袋はパンパンに膨れており、モシャりながら採取する姿は明らかに変人であった。

 

「アルティエ。ごはんは何でも食べるから……」

 

「う~ん。でも、ああして薬草の効能を確かめているようですし……」

 

「今は人が食べられないモノも食べられるんだって。これも遠征隊のお仕事って事じゃないかな」

 

 レザリアとフィーゼが何とか苦しい擁護を展開する。

 

「あ、何か見付けたみたい」

 

 少年が沼地の中程から戻って来る。

 

 その脚は泥だらけかと思いきや。

 

 黒く染まっていて、泥には漬かっていない。

 

「遺跡見付けた。かなり大きい」

 

「お? 出番か?」

 

 ガシンが腰を上げる。

 

「西部で見付けた教会なんかよりもずっと大きい。たぶん、沼地一帯の下にある」

 

「(≧▽≦)/」

 

「愚妹と共にお役に立ちたく思います!!」

 

 蜘蛛の兄と妹のような関係となっているフレイとルーエルが大荷物のカバンを抱えて立ち上がる。

 

「「「(・ω・)」」」

 

 一緒に休んでいたドラコ―ニア達が少年から採取した荷物の袋を受け取った。

 

「じゃ、みんなで安全にね?」

 

「ええ、油断せずに行きましょう」

 

 すっかり遠征隊気質になったレザリアとフィーゼも立ち上がる。

 

 少年は頷いて、沼地の中央に見付けた岩傍の階段へと彼らを誘う。

 

 沼地には水気があるにも関わらず。

 

 石製の階段は何処も濡れておらず。

 

 自然石を組み合わせただけにして苔にも塗れていない。

 

 数人は余裕で潜れそうな階段の其処には鉄製の門。

 

 それを開くと内部には暗闇が広がっていた。

 

「夜目が効くフレイは殿。ランタンはドラコ―ニア達で掲げて」

 

 少年はそう言って、そのまま進み始めた。

 

 扉の奥の通路は地下へと続く広間の大きな階段に繋がっており、全員がその下へと潜っていくのだった。

 

 *

 

「そっち行った」

 

「うっひゃぁ!?」

 

「ひゅい?!! ひぃいぃぃぃ!!?」

 

 沼地の巨大な地下へと入って数分後。

 

 レザリアとフィーゼは涙目になっていた。

 

 理由は単純だ。

 

 敵が嫌過ぎる。

 

 明らかに1mはありそうなゴキブリが大量にワシャワシャと蠢いている大部屋にブチ当たっていた。

 

 少年が入る前にウィシダの炎瓶で内部を蒸し焼きにしたのだが、それでは不十分だったのか。

 

 彼らが厚く焦げた内部に踏み入ると。

 

 まだ数匹が生きていた様子で次々に狂乱して部屋を乱舞し、ドラコ―ニア達が掲げたランタンに突撃してくるのをフィーゼの持っている浮遊する大剣が切り払い。

 

 レザリアの盾が弾き飛ばして、猛烈に嫌な音が周囲に響き。

 

 女性陣の背筋を凍らせている。

 

「も、戻りたい~~ぅ~~~。アルティエ~~~」

 

「が、我慢です。レザリアさん。わ、私達は遠征隊なのですから!!?」

 

 言っている事は正反対だが、一緒に後ろへ帰りたそうな2人であった。

 

「お前らなぁ。単なる蟲だ。しかも、焼けてこんがりだ。問題ねぇだろ?」

 

 呆れたガシンである。

 

 周囲に散らばる焼きゴキブリ達はシュウシュウと音を上げて、中までカリカリ。

 

 数匹が仲間達の壁で辛うじて生きていたに過ぎない。

 

「……ッ」

 

 しかし、少年が通り過ぎようとして、咄嗟にハンドサインで全員を部屋の後ろへと下がらせ、思わず無言になる彼らを前にして跳躍し、黒跳斬が数発。

 

 先程死んだゴキブリ達へと放たれた。

 

 そして、ソレが内部に浸透した途端。

 

 ドパッと内部から白い紐状のものが大量に溢れ出し、すぐに少年が炎瓶で内部から何かが出て来たゴキブリ達を再度焼き払う。

 

「ひぇ!!? アレ何!??」

 

「ちょ、ちょちょちょ、ちょっとアレはさすがにぃぃぃ!!?」

 

 涙目な女性陣はガクブルしながら思わず半歩と言わず4歩くらいは後ろに下がった。

 

「(≧▽≦)?」

 

 ルーエルがコンガリ二度焼きされたゴキブリ達を見やってから、繁々と周囲を確認し、カパッと口を開いた。

 

 ゴバッとそこから黄金の光線が放たれ、部屋内部の全てのゴキブリを完全に粉になるまで焼き潰す。

 

 すると、周囲には何とも言えない熱気が籠った。

 

「イゼクスの息吹? ルーエルも使えるの?」

 

「(≧▽≦)/」

 

 レザリアの言葉に使えますと手を上げる紅蓮の蜘蛛は大きく頷いた。

 

「あ、ありがとね。ボク達が渡れるようにしてくれて」

 

「そ、そうですね。本当にルーエルさん気配り出来る子で助かります。それに比べてウチの男達は……」

 

 ジト目の女性陣が少年とガシンを見やる。

 

「……たぶん、寄生虫。ただし、こっちには効かない。全員真菌による被膜使ってるから。探索続行」

 

「何か今オレ達が知らない事がサラッと説明された気もするが、まぁいいか」

 

 ガシンが肩を竦めて歩き出し、ジト目な女性陣と共に彼ら一行はイソイソとより深くへと潜っていく。

 

 すると、大部屋の先の階段の先には三方向に続く通路が見えていた。

 

 綺麗に前と左右に続く道であるが、少年が脚から伸ばした黒い真菌の根が猛烈な速度で増殖しながら進んで行き。

 

 内部を脳裏でマッピングしていく。

 

「……罠を複数発見。飛び出す矢に……串刺しの落とし穴。迫る壁に炎を吐く壁。全部、呪紋みたい」

 

 言っている合間にも真菌が罠のある地点の内部へと浸透しながら、呪紋の掘られた部分へと侵食し、ガリガリと象形を石から削って呪紋を機能不全に追い込む。

 

「なぁ、本当にその黒いの便利だな」

 

 ガシンが少年の足元から伸びる黒い真菌の根を見やる。

 

「不便な事の方が多い。でも、これで限りなく死に難くなる」

 

「で、罠は?」

 

「今、潰した。作動させてみてもウンともスンとも言わない」

 

「ははは、お前一人でこの遺跡踏破出来そうだな」

 

「恐らく無理。今広げてる根の先に幾つか仕掛けがある。一人が入らないと動かない移動用の仕組みとかある」

 

「で? それを今どうしてる?」

 

「解体中。呪紋を削って、動かすのを今この根でやってる」

 

「はいはい(´・ω・`)」

 

 ガシンが本当にこいつ一人でいいんじゃねぇかなという顔になった。

 

 少年の足元から伸びた真菌の根が次々に伸びながら罠を潰し、呪紋を削り、様々な仕掛けを内部まで侵食して動かし―――。

 

 ゴウンと通路の奥から音がする。

 

「罠は消えたか?」

 

「今、仕掛けを破壊して動かしておいた。真っすぐ行った通路の先に橋が出来て、大きな断崖の先に行けるようになった」

 

「仕掛けねぇ」

 

 全員が歩き出した少年の後ろを付いて行く。

 

「かなり悪辣。仲間を2人入れた部屋を圧し潰すと開く仕組み」

 

「どうなってんだよ。この遺跡……」

 

 石製の通路に石製の壁。

 

 その壁の文様は西部の見えない塔やノクロシアの建造物と同じものだった。

 

「たぶん、お墓」

 

「墓?」

 

「ただし、高位の人のものじゃない」

 

「どうして分かる?」

 

 少年がゴキブリの脚をヒラヒラさせる。

 

「墓守を蟲にやらせてる。本当に高位の人間なら、同じ人が一緒に葬られてるはず。ついでに亡霊や呪霊が一緒に埋葬されて大量にいてもおかしくない」

 

「そういう事か……」

 

 ボッと蟲の脚が燃やされて消し炭になって落ちる。

 

「でも、それにては大き過ぎるし、仕掛けも凝ってる」

 

「それは分かるな。今の罠の豊富さを聞く限り……」

 

「もしかしたら、共同墓地かもしれない」

 

「共同墓地?」

 

「そう、沢山の人を眠らせておく為の……」

 

 言っている間にも遺跡内部の大きな橋を渡り、断崖を超えた先の通路に重そうな鉄製の扉があった。

 

 少年が全員に少し下がるように言って、持ち上げる方式の扉を開く。

 

「(おい。どうなってんだ?)」

 

 ガシンがヒソヒソと後ろから訊ねた。

 

「………そういう」

 

「?」

 

 少年が唇の前で静かにするようジェスチャーしてから一人ずつレザリア、フィーゼ、ガシンを呼んで後ろに戻してを繰り返す。

 

「「「―――」」」

 

 そうして、彼らは扉の後ろへと戻って来ると思わず口元を覆って殺していた息を吐いていた。

 

 少年が戻って来ると鉄の扉のあった場所を黒い真菌の膜で覆って封鎖し、背後の通路も同じようにして通路を簡易の休憩所のように構築する。

 

「あ、あれ……あんな広さ……一体……本当に一体どれだけの人が……」

 

 フィーゼが呆然としつつも、先程見た光景を思い出す。

 

 あまりにも広い世界だった。

 

 地下の天井はあれど……地下の奥底が見通せない程にも見える広大な領域。

 

 頭上に広がるのは光る苔がちらほらと星空のように瞬き。

 

 同時に1kmでは足りないだろう何処までも続いていそうな数百mはあるだろう深さの世界の其処には青白い光を発する亡霊達が犇めていた。

 

 いや、あれはもはやギュウギュウに詰められたと言うべきか。

 

 上半身だけがまるでボウフラのように見える彷徨う事すら出来ずに棒立ちで蠢く亡霊達は床を本当に1mmも見せる事なく敷き詰められて遥か遠方までその墓というよりはゴミ捨て場に近いかもしれないソレが永遠にも思える程に広がっていた。

 

「何万……いや、そんな数じゃねぇな。何百万か?」

 

 ガシンが深く息を吐く。

 

「ね、ねぇ。アルティエ……お墓、何だよね?」

 

「そう。でも、これで分かった。此処はたぶんお墓で隔離施設」

 

「隔離?」

 

 蒼い顔のフィーゼが訊ねる。

 

「亡霊化しそうな人間をたぶん投げ込み続けてた。死体も亡霊そのものすら……扉の前の断崖から伸ばした根で測ったら深い渓谷くらいの高さがある。でも、それでも見える程に遠方の地点に山があった」

 

「あ、あったね。そう言えば、光る山……あれって亡者の……」

 

「この広い地下にあんな山を作る理由はない。山になるとしたら……」

 

「死体の山……って事?」

 

 レザリアに頷きが返される。

 

「生まれた子供が亡者や亡霊になるなら、産まれてすぐにダメそうなら捨ててた可能性も高い。生まれ変わりを捨て続けてたなら、いつか亡霊以外いなくなる」

 

「「「………」」」

 

 三人の間に重い空気が流れた。

 

「で、どうすんだ? さすがのオレもあの量を吸収し続けられるもんなのかどうか。そもそも吸収して大丈夫なのかすら分からんのだが。蜘蛛脚もあんな量じゃ、スピィリアにし切れないだろ」

 

「戻る?」

 

 その不安そうなレザリアの声に少年が首を横に振る。

 

「グリモッドの謎も解かないとならない。亡霊の数も減らさないとならない。そもそも、ずっとあの状態の亡霊の放置は危険過ぎる」

 

「じゃ、どうすんだ?」

 

 少年がチラリとガシンを見やる。

 

「……策が無いわけじゃない。でも、危険……それでもやる?」

 

「そうしなけりゃならない一番の理由は?」

 

「たぶん、この状況で呪霊化してない、亡霊止まりなのには理由があるはず。もしかしたら、何かしらの呪紋や呪具があるかもしれない」

 

「本当ならさっさと回れ右して帰りたいとこだが」

 

「……」

 

「ま、あの何処を彷徨ってるのかすら分からずにいる連中をそのままにしておくのもアレだろ。いいぜ? 乗ってやる」

 

 少年が頷いてガシンに話し始めた。

 

 どうすればいいのかを。

 

―――10分後。

 

「解った。オレはお前を信じて、心を強く持って、ついでにどんな事があっても自分を見失わず、耐え続けりゃいいわけだな?」

 

「それだけでいい。他は全てこっちがやる……」

 

「了解。行くぜ? 相棒」

 

「それはレザリア」

 

「ははは、そのウチな。そのウチそう呼ばせてやる」

 

 ガシンが獰猛に笑いながら粘膜の外に出る。

 

 そして、ドカリと巨大な領域の壁の上。

 

 断崖の前で胡坐を掻く。

 

 女性陣はいつでも動けるように臨戦態勢で洞窟内に待機。

 

 ドラコ―ニア達はガシンの背後にいる少年を警護。

 

 そして、ガシンの左右はフレイとルーエルが固めた。

 

「2人はダメだった場合に退路確保」

 

「「了解」」

 

「エルミは近付いて来れるような敵がいた場合に撃ち落として欲しい」

 

『はいはい。主使いの荒い騎士の頼みに頷くわたくしって律儀で儚くて献身的ですわね。本当に……』

 

「ファルターレの貴霊」

 

 フワリとエルミが少年の背後から崖の天井へと昇っていく。

 

「フレイとルーエルは周辺に近付くものは全部薙ぎ払うように」

 

「「(`・ω・´)ゞ」」

 

「作戦を開始する。準備は?」

 

「いいとも。やるぜ? 何れオレが遠征隊の隊長になる日も近いなこりゃ」

 

 そうニッと笑う青年に頷いて上半身の鎧と服を脱いだ。

 

 少年は一つの呪紋を両肩に付いた両手から発する。

 

「呪霊属性加護呪紋【飽殖神の礼賛】」

 

 呪紋が発動した瞬間。

 

「ッ」

 

 グチャァッとガシンの両肩の内部から腕が粘液を垂らしながら現れ、ソレが猛烈な勢いで伸び上がると崖を降りていくようにして系統樹のように増えながら崖そのものを覆い尽していく。

 

 亡霊達が気付いた時にはその腕と腕が繋がった網目状のソレが大量に地面から津波のように押し寄せ、触れる霊達を吸収しながら猛烈な勢いで亡霊の絨毯を消し去り始めた。

 

 その光景にすぐに反応した亡霊達が次々に何も考えず。

 

 ただただ突撃を開始し、腕に吸収されていく。

 

 だが、あまりの量に吸収が追い付いていないのか。

 

 その腕の波対亡霊の波は拮抗しているようであった。

 

「ぐ、う、ぅぐが、ぎ、ぃぎ!?!」

 

 目を閉じて必死に耐えるガシンの体から紅の霊力がまるで爆発するかのように溢れていく。

 

 過剰な霊力の供給で自我そのものを形成する魂の情報。

 

 つまり、存在の情報そのものが希釈され始めていた。

 

 しかし、それでも何とか耐えながら、両腕から流れ込んで来る大自然の大河の如き霊力の流れを青年は歯を食い縛って耐える。

 

「……一時、集束……フレイ、ルーエル」

 

 少年の言葉と同時に広がり続けていた腕が今度は今までとは逆に収縮し始めた。

 

 自らを折り畳むかのように引いて行く腕の波に対して亡霊達が一斉に雪崩れ込もうとしていたが、崖の上から黄金の光が広角で2本。

 

 扇形の照射で腕に群がろうとしていた群れを焼き尽くしていく。

 

「ガシン。ガシン・タラテント」

 

「ぅ……オレは、ガ・シン、だ、ぜ?」

 

 脂汗を浮かべながら青年がニヤリと笑う。

 

「後20秒休める。その後もう一回津波を受けて貰う。今度は凡そ12万」

 

「く、くく、今まで1日でやってたのの何倍だよ。クソ……やってやらぁッ」

 

 脂汗を浮かべながら、緋色の霊力を今も溢れ出させた青年。

 

 その色に引かれてか。

 

 後方の巨大な群れが動き出していた。

 

 青年は自分の名前を内心で呟きながらガチリと歯を噛み締めて、少年の両手を背中に感じながら、再び活性化した腕の津波が猛烈な勢いで亡霊の波とぶつかった瞬間。

 

 プツリと意識を落したのだった。

 

 *

 

 ガシン・タラテントは奴隷の産まれでは無かった。

 

 何なら東部でも裕福な方の産まれだったかもしれない。

 

 一族が拳を用いる拳術の流派の傍流。

 

 一軒家に道場があれば、口が裂けても貧しいとは言えまい。

 

 だが、その幼い日々はとある日を以て終わりを告げる事になる。

 

『流派道場は本日を以て取り潰す。沙汰を待て』

 

 父親が貧しい者を庇って、城代と呼ばれる東部の上流階級。

 

 その子弟を拳によって打ち倒し、これに対する報復で道場は御取潰し。

 

 結果、無一文になった母は娼婦として働き。

 

 父は斬首されて死亡。

 

 だが、娼婦として働いた母すらも死ねば、待っているのは奴隷として売られるという道しかなく。

 

 自然と彼が拳で食べる為に奴隷拳闘の道を歩んだのは必然だった。

 

 生活が安定するまで2年以上。

 

 当時、まだ13にも満たなかった少年は奴隷拳闘の興行主に飼われ、他の奴隷拳闘に希望を見た子供と共に各地で転戦した。

 

 やがて、勝てる少年は評判となり、興行主の子飼いとして、一般人と左程変わらぬ生活をする程にまで成長する事となる。

 

 だが、それはそれなりの年月の後、あっと言う間に消え去った。

 

 興行主が変わって、自らの主が変わって、売り買いされ続けた青年が最後に辿り着いた場所は東部でも最大の興行を行う商会。

 

 その男は傲慢で不遜。

 

 そして、下種だったのである。

 

 そうして買われて数週間後。

 

 自分の奴隷が立て付くものとも思っていなかった男は一人の少女を手籠めにしようとして襲い掛かり、あっさりと青年の拳で完全にソコを潰されて半死半生。

 

 青年がシレッと事実を暴露したせいで東部の司法は彼を単なる斬首にするには困った様子で国民の手前、穏便に消える事を望んだ。

 

「………親父。母さん……」

 

 青年は真っすぐに自分の過去を見つめる。

 

「ま、死んだら仕方ねぇ。その時は誰も恨まず。だったな」

 

 ガシンは思うのだ。

 

 例え、どんな過去も今に続いている。

 

 父は言っていた。

 

 何も本当の事など無い。

 

 だが、同時に嘘も無い。

 

 拳に込めたモノだけが自分を物語る。

 

 母は言っていた。

 

 何も恨む必要は無い。

 

 いつも助けてくれてありがとう。

 

 でも、誇りと自由を忘れずにね。

 

「―――人を殴って殺して褒められて、流刑にされても治らない」

 

 まったく、と。

 

 彼は思う。

 

「オレもあいつらの間で普通ですって顔してるが、大概だな」

 

 ニッと唇の端を……曲げた。

 

―――17分後。

 

「ッ」

 

 青年が正気を取り戻した時、その猛烈な霊力の濁流は今も彼の中に流れ込み続けていた。

 

 だが、目覚めた彼は今までよりもハッキリと自分というのを意識出来るようになっていた。

 

 今まで霊力というのがよく分かっていなかった彼は呪紋も祈りや詠唱をする事なんて無かった。

 

 だが、少しだけ分かった気がするのだ。

 

 霊力とは霊体。

 

 つまり、自分の刻み付けて来た人生。

 

 それが他人に食われて、嬉しいヤツはいない。

 

 だから、呪紋は戦う度に彼に流し込む霊力の多くから記憶を、他者への憎悪を、終わりの断末魔を消し去るが、そうではない……そうではないのだ。

 

 本質は誰かと自分。

 

 その区切りの曖昧さ。

 

 精神の消耗よりも精神の混濁を失くす為の安全装置が呪紋にはある。

 

 それは明確な区別だ。

 

 見送る者と見送られる者が同じではイケナイ。

 

 その差を呪紋は彼に教えてくれた。

 

「お前らは終わる事も出来ずにいる。この遠征隊のオレが見送ってやる。ほら、来いよ!! ただし、オレのは―――痛いぜ?」

 

「!?」

 

 少年が数分ぶりに喋った青年がまともに過ぎる声を発したのに驚き。

 

 同時に拮抗していた物量と腕の波濤。

 

 その均衡が崩れたのを知る。

 

 少年が呪紋を施し、制御して無限に腕を増やして相手を消し去る領域を広げるという作戦はこの物量に対して明確に最も効率が高い駆逐方法だった。

 

「―――ッ」

 

 しかし、青年の瞳の決意が燃え上がる。

 

 緋色の今まで腕の中に通っていた、ずっと霊力を吸収し、流し続ける事しかしていなかった巨大な腕の群れがまるで鳥肌が立った時の毛のように腕の河の内部から次々に拳を伸ばして、霊達を殴り飛ばして消し去っていく。

 

 緋色の腕が物理的な腕の河から無尽に飛び出し、得物を喰らう猟犬のように亡霊の大河を侵食していく。

 

 それに比例して溢れ出す緋色の霊力が今まで霧散していたのが嘘のようにズムズム一回り、二回り、いや……無限にも思えて纏まって肥大化していく。

 

「主様。敵主力らしき者達を確認。飛行する上に素早く。同時にこちらの補足を避けるような動きをしていて、手には長槍です」

 

「此処の番人……優先的に撃ち落とす」

 

「了解致しました。いくぞ!! 愚妹!!」

 

「(≧▽≦)/」

 

 まるで羽虫の大群。

 

 ガシンの腕に掛からない上空を飛んで来るのは軽装の騎士鎧姿に甲虫のような翅を持つ人外の人型だった。

 

 顔は兜に隠れて見えない。

 

 しかし、その片手に持つ槍と盾は明らかに今までの亡霊とは違い。

 

 明確に一点―――ガシンに狙いを定めていた。

 

「遅い!!」

 

「\(≧◇≦)/」

 

 口を開いた兄と妹が同時に光線を放ち。

 

 まだ相当の距離があるはずの空間を薙ぎ払う。

 

 そのイゼクスの息吹によって焼き尽くされた空間を高速で突っ切って来るのは仲間を盾にした個体達だ。

 

 照射され続ける攻撃を次々に味方の盾を用いて突破した彼らが射程30mを切った時。

 

 猛烈な弓の速射がその漸減された空飛ぶ蟲の騎士の首を貫いていく。

 

 しかし、更に背後から弓持ちらしき者達が前衛の者達がやられている壁を利用して曲射を開始し、次々にガシンのいる崖そのものを破壊し始めた。

 

 爆砕する弓矢によって岩壁が周辺で次々に崩落し、足場こそ崩されなかったものの、岩の数々が少年達目掛けて落ちていく。

 

 それを内部から飛び出したレザリアとフィーゼが対処し。

 

「大丈夫!!」

 

「はい!! ガシンさんはそのまま!!」

 

 片方は精霊による岩そのものの誘導。

 

 片方は盾によって周辺へ弾き散らして流れを変える。

 

「済まねぇ!! もういっちょッ!! オラァアアアアアアアア!!!」

 

 ガシンがあまり長い時間は持たなそうな仲間達の連携を前にして広がり続ける自らの緋色の霊体を更に膨らませた。

 

 地表から遠方へと伸びて敵本隊とも思われる莫大な亡霊が落ちて来る山に腕を伸ばし、緋色の腕を思い切り地面に振り落とした。

 

「うお!?」

 

 自身でも驚く程の威力。

 

 爆砕。

 

 山体の一部がガシンの一撃で崩落し、その内部の青白い亡霊の塊が見える。

 

 無数の屍―――否、無数の亡者が今もまだ生きている様子で青白い瞳から零れる光をギョロリと侵入者へ向けていた。

 

「い、生きてるのかよ!? ずっと此処に―――ならッ!!」

 

 ガシンが腕を引くような動作をして、同時にいつもの調子で横ぶりで裏拳気味に殴った

 

 ドッッッガァアアアアア。

 

 そんな音と共に亡者達の山が3分の1程も吹き飛ぶ。

 

 巨大に過ぎる山はもはや亡者の塊であると同時に半分亡霊。

 

 その集合体は緋色の巨大過ぎる腕で吹き飛ぶと青白い輝きを吸収されて失っていく。

 

 だが、その時、遠方の亡者の山の中心から猛烈な赤光が奔った。

 

 途端、無限にも思える亡霊の群れが一時的に止まり、同時に胎動しながら、ズルズルと解けていく。

 

 今まで互いの体を歯と爪で繋いでいた者達がその連結を解いた。

 

 その意味はすぐに彼らの目にも分かるようになる。

 

 内部から無数の亡者が細い塔のようにせり上がり、その頂点にガシンと同じく胡坐を掻いて瞑想する擦り切れた一枚布の男が一人。

 

 もはや亡者と同じ肌。

 

 しかし、赤い輝きは男の周囲から滴り落ちる血液らしきものが齎していた。

 

『……?』

 

 開眼した男がギョロリと紅の瞳孔に黒い眼光を彼らに向ける。

 

『よもやよもや。“緋王”の小倅が攻めて来よったかと思えば、まさか外の者達だとは……それに同じ緋霊……その上、為り掛かりか』

 

 頭部には髪の代りにビッシリと呪紋らしきものが9角形の紋章と共に書き込まれており、男の肉体からは輝く液体が今も滴り落ちていた。

 

『我が名はエンシャク。【亡王エンシャク】……貴様らと同じ流刑者だった者だ』

 

 その声は口を動かさずとも数kmという距離にも関わらず。

 

 相手の声がその場の遠征隊の面々の脳裏に流れ込んで来る。

 

『ほう? ほう? ほう? ははははははは!!? 今更か!? 今更なのか!!? そうか、そうか……旧き者達め……いいだろう。貴様らを殺すには十分な理由だ』

 

 何かを確認した男が顔も動かさず。

 

 しかし、立ち上がった。

 

 それだけでドッと男が座っていた亡者の塔が崩れた。

 

『さぁ、征くぞ。耐えてみせよ。でなければ、我が力にて滅さん!!』

 

 虚空に片手を前に出し、拝むような仕草にも見える構えを取って、片脚の先を膝裏に付けながら、彼は少年を見やる。

 

『破壊せよ!! 破戒せよ!! 我らを亡者と堕とした全てを恨み、憎悪し、この世の全てを破界せよ!! 神樹の加護あらば、救世神すら我ら退けん!!』

 

 男の言葉と同時に今まで青白かった亡霊と亡者達の光が男の光と輝きと同期して強まっていく。

 

『行くぞ。小童共!!!』

 

 少年が咄嗟にいつものダガーを黒い大剣へと変貌させ、同時に引き抜いた蜘蛛脚を瞬時にガシンの目の前で切り払う。

 

 その途端、怖ろしい事に猛烈な勢いで投げられた超音速を超える亡者が少年の剣で吹き飛んで腐肉と大差ない血飛沫が肉と共に壁に当たって砕け散る。

 

 少年が虚空に跳ぶ。

 

 同時に剣で次々に真正面に来る亡者を二剣で斬り払った。

 

 虚空で対空。

 

 否、不可糸を周辺の天井と壁に張り巡らせて、巣を維持しているのだ。

 

『賢しらな技を!! それにその剣!! あの化け蜘蛛を堕としたか!! ならば、北部も黙ってはいまい!!』

 

 亡者は男の手で投げられていた。

 

 男の周囲に赤い輝きを零す亡者が次々に浮かんで来てはソレを男が目にも止まらぬ速さで投げ付けて来ているのだ。

 

 同時に再度進行を開始した亡者達が緋色の腕に殴られながらも半分以上崩されながらも、今までよりもずっとしぶとく。

 

 巨大な腕の波に群がり始めている。

 

 騎士達の動きもまた復活し、次々に壁面を崩して、少年達のいる出入り口を破壊しようと攻撃を加速させていた。

 

「フィーゼ!!」

 

「今、準備が出来ました」

 

 少年の言葉に両手が自由な少女はドラコ―ニア達と一緒に荷物から組み立てていたものをすぐに構える。

 

 それは大型の弩だった。

 

 だが、ただの弩ではない。

 

 全てが骨製の弩だ。

 

 竜骨の弩。

 

 それに霊薬を入れた試験管のような水筒が上から封をしたまま逆向きに直結されて、回された途端に封蝋が捩じ切れて弩内部から竜骨が活性化。

 

 弩が猛烈な速度で太っていく。

 

 ゴッゴッゴッと4倍程までも巨大化したソレが浮かんだままにフィーゼに寄って少年より少し上に上向けられ、同時にドラコ―ニア達が持って来た矢が装填される。

 

 その矢は白く細長い竜骨製で錨のような形をしていた。

 

「竜骨弩【灼撃矢】―――ッ」

 

 フィーゼが今まで大量の降って来る岩石を支えていた精霊達をそのままに自分の直掩の武器を振り回していた三体の精霊に其々の役割を与える。

 

 一体は照準して誘導する。

 

 一体は矢を護る。

 

 一体は矢を飛ばす。

 

 その三体の高位の精霊達が魔力を注がれて色を露わにしていく。

 

 水は矢を護り、風は矢を飛ばし、闇は光を見つめる。

 

 精霊達の輝きが周囲を照らした瞬間。

 

『奥の手か!! 我が“世界”が相手をしよう!!』

 

 すぐに異変を察知した相手が周囲の亡霊達を猛烈な勢いで巨大な地下世界を隔てる壁として生成していく。

 

 攻撃は騎士達に任せて、自分は壁の先。

 

 これではどうにもならないというわけだが、フィーゼは構わずに矢を放つ。

 

「撃て。目標は中央部!!」

 

 壁そのものから猛烈な速度で亡霊と亡者の弾が少年達に向けて放たれた。

 

 それが勢いよく迫ってすら来る。

 

 さすがのイゼクスの息吹も周囲を薙ぎ払い続けるだけで精一杯の最中。

 

 少女の頭上で三体の精霊が三つの輪を天使の輪の如く形成する。

 

―――矢が飛んだ。

 

 風の精霊が飛ばす矢は翠色。

 

 ソレは瞬時に秒速1500mを超えて早く。

 

 しかし、闇色の尾を率いて、矢じりは多少の障害物を吹き飛ばしながら青く。

 

 竜骨の矢じりが数km先の壁に着弾した途端。

 

 光が溢れた。

 

 その鳴動する爆圧が猛烈な勢いで巨大な亡者の壁に大穴を開けて吹き飛ばし、その真空へと周囲の亡者と亡霊を引き込んでいく。

 

『?!!』

 

 さすがに驚く相手に続けて二射目が放たれる。

 

 瞬時に大穴を塞いだ亡者達の穴を更に激しい激発する爆発で焼滅させ、吸い取り、穴を拡大する。

 

 一体、一発でどれほどの亡者を葬っているのか。

 

 精霊達は少女の上で精霊達の能力が行使され続け、虚空の弩に次々装填される矢は連射される。

 

『こんな!? こんな戦い方があるのか!? この威力は!? 爆華ですら―――』

 

 その動揺するエンシャクを護る亡者の壁はもはや今まで迫って来ていた程の圧力すら感じられぬほどにペラペラになり始めていた。

 

「1発爆華400本……」

 

『何!?』

 

 少年の呟きに男が反応する。

 

「普通なら、この量の亡者を倒せない。威力があっても数が多過ぎて威力圏内に入る亡者の数は左程でもない。でも、お前は自分を護る為に亡者を使った。護らざるを得ないから。逃げても無駄なのが分かる限り、亡者を凝集して防ぐしかない」

 

『くッ』

 

「フィーゼ」

 

「―――解りました!!」

 

 灼撃矢。

 

 そう呼ばれた小さな砦くらいなら吹き飛ばしてしまえそうな爆発と光を齎すソレが最後の一本を投射した時、少年もまた精霊達の力で無理やりに加速させられて。

 

『小賢しいわ!!?』

 

 矢はともかく。

 

 少年なら虚空で落とせる。

 

 薄くなった壁。

 

 と言っても、数万体では利かない亡者と亡霊の壁から次々にソレそのものが弾体となって少年を襲うように弾幕として降り注ぐ。

 

 だが、それは少年を見縊り過ぎたと言うべきだろう。

 

 少年が“普通の人体”では在り得ない加速度で弾幕そのものを擦り抜ける。

 

 それはもはや人間には超え得ぬ速度。

 

 しかし、超人ならば……肉体を延々と強化し続けて来た少年ならば、ソレは明らかに可能な程度の荒業だった。

 

「ッ」

 

 血の涙と全身の毛細血管の破裂から来る血の散逸する尾を引きながら、猛烈な速度で肉体は銃弾の如き慣性の力を受けても尚進む。

 

 潰れてしまうようなGによって血飛沫になって消えるはずの少年は形を保ったままに矢とほぼ同等の速度―――否、矢よりも更に早く飛ぶ。

 

 理由は単純。

 

 不可糸が亡者の壁にいつの間にか貼り付けられ、ソレが彼の肉体を引っ張っているのだ。

 

『だが、それでは足りんな!! 我が亡者と亡霊達を討ち払えるか!!』

 

「可能」

 

『?!』

 

 中央部分に二振りの斬撃がクロスする。

 

 その威力は少年の加速度と質量と糸で引っ張られた際の力も加えて、ついでのように呪紋の力も最大限まで使われた。

 

 ボッと少年が直撃した地点がまるでX字のような形で壁を割る。

 

 威力のあまりにも吹き飛んだ亡霊と亡者の間隙を、下に落下した少年の頭上を、錨の如き矢が突き抜ける。

 

『ッッッ』

 

 そして、反応する間も無く。

 

 更なる加速で竜骨が赤熱し、秒速4kmを突破した時。

 

 エンシャクを名乗る男の胸元に狙い違わず直撃していた。

 

 内部の超濃度の爆薬は竜骨そのものを再生する為の力でもある。

 

 つまり、竜骨は限界を超えて断熱圧縮に焼き付いて尚、その原型を留める程に内部から再生を続ける。

 

 水の精霊による微細な内部の液化爆薬の制御。

 

 それが今までのように内部に満たされた液体を直撃時に限界まで圧縮した。

 

 光が壁の先に爆圧と同時に弾け。

 

 半径300m圏内を爆圧で全て吹き飛ばす。

 

 こうして光の玉は相手を蒸発させたのだった。

 

(神聖属性祈祷呪紋【見えざる権能】……可能性が認識出来ている限り、必ず行動を遂げる。疑似因果律情報、超高密度情報塊による行動の再現……呪紋の作動原理すら模倣するコレと灼撃矢があれば、アレと戦うにも確度を上げられる……)

 

 今まで操られていた赤光だった亡者達の零す光がサァアッと元の青白いものに戻っていく。

 

 それと同時に壁が崩れた。

 

 しかし、少年は遥かな天井に糸を張り付けて、高速で前進し、爆圧によって完全に吹き飛んだ山のあった場所に滑るように降り立つ。

 

 焼け焦げた地面にはエンシャクだったものが転がっていた。

 

 いや、まだソレではあるかもしれない。

 

 だが、蒸発して尚元に戻ろうと動く肉体。

 

 いや、魂によって物質すらも従えようとする男は少年に骸骨だけとなった姿で血肉も再生し切らぬ内に発見され、カタカタと笑う。

 

『旧き者達の人形か。今更だ……この地に根付いて長いが、多くの流刑者を見て来た。だが、お前は……その誰よりも流刑者らしいな』

 

「………」

 

『くくく、それとも追放でもされたのか? この極獄に……何れ迎えが来るとでも? 馬鹿馬鹿しい……此処は貴様らに取っても変わら―――』

 

 ドスリとその血肉を再生しつつある骸骨に蜘蛛脚が突き立てられた。

 

 途端、エンシャクだったモノが急激に変質し、ビキビキと膨れながら、卵のようになり、最後にはボゴンッと人程の大きさまで肥大化。

 

 その表面に蜘蛛脚や胴体が輪郭を浮かばせ、カリカリと動き出して、クルンッと丸まったエビのような状態から蜘蛛形態に移行した。

 

「(。-`ω-)」

 

 蜘蛛にも表情があると思う少年であるが、その蜘蛛はムスッとした様子に見えた。

 

「こんにちわ」

 

「……(。-`ω-)/」

 

 前脚が差し出されたので少年が握手をする。

 

「一緒に戦ってくれる?」

 

「(-`ω-)」

 

 コクリと頷いた蜘蛛は……スピィリアでも無ければ、ドラコ―ニアにも見えないが、普通の蜘蛛というには聊かムキムキであった。

 

 とにかく甲殻、スタイリッシュ、素早く動けます的な蜘蛛的造形が一般的であるとすれば、その蜘蛛は色合いは黒くて普通なのに甲殻そのものに筋肉が浮き出ており、何処も彼処も深い筋肉の彫りが浮かんでいて、とにかく無骨。

 

 3m程の体躯も相まって完全に異質。

 

 蜘蛛脚の先がまるで人の手のように鉤爪化していたり、背中に般若染みた筋肉の背筋が見えたりと普通には程遠い。

 

 そもそも背筋のようなものが在り得るとすれば、構造的に下に付いているはずなのだが、何を動かす筋肉だと言うのか。

 

 甲殻に浮かぶ筋繊維は人間のようにも見えた。

 

 少年の首元をヒョイと片手の爪で引っ掛け、自分の上に乗せたムキムキ蜘蛛が合流しようと仲間達の元へと跳んだ。

 

「ッッ―――」

 

 その速度のあまりに少年が思わず顔を引き攣らせる。

 

 ドッと数秒後には数kmはあったはずの壁際の岩壁に到着しており、蜘蛛脚が着地した壁そのものがクレーターと化していた。

 

「……これは」

 

 その上、上空で未だに遠征隊を襲っていた空飛ぶ蟲の騎士達がグシャッと数十人以上同時に肉体の何処かを凹ませ、虚空で散逸していく。

 

 それにようやく残存者達が逃げるようにして領域の奥地へと戻っていった。

 

(空気弾? 他の脚を使って空気を弾いて打ち込んだだけでこの威力……)

 

 未だに大量の手の川が張り付いていない部分から器用に壁が昇られていく。

 

 ガンガンと脚の鉤爪を打ち込んでムキムキ蜘蛛が断崖を登り切るまで十数秒。

 

 遠征隊の仲間達の元に戻ると誰もが思った。

 

 ムキムキだ、と。

 

「お、おぅ……」

 

 ガシンも引き攣るムキムキさである。

 

「勝った。名前は後で」

 

「え、え~っと、これからどうすんだ?」

 

「さっき見て来たけど、恐らくこの領域にいる3分の1くらいは爆発とガシンの吸収で消えてると思う。一端、帰って利用するか見当」

 

「解った。つーか、オレの両肩から出たコレ……どうにかしえ、くれ、ん、か?」

 

「ガシン!?」

 

「ガシンさん?!」

 

 ガシンが緊張が切れた途端に呂律が回らずにガクリと項垂れ、慌てたレザリアとフィーゼによって介抱される。

 

 少年がムキムキ蜘蛛から降りてフレイに後を頼み。

 

 ガシンの肩に触れて呪紋を行使する。

 

 途端、今まで広がりまくっていた腕の河が逆向きに引いて来て纏まり、ガシンの肩から侵食した黒い真菌によって覆われていく。

 

 そうして、肩から1m先が分離され、殆どの部分が断崖の下に落ちる。

 

 すると今まで激戦を繰り広げていた亡者達は崖に突入してくるも、次々に黒い塊から広がる真菌の沼地に沈んで藻掻き。

 

 身動きも取れずに消えて行った。

 

「しばらく、此処は封鎖で」

 

 少年がガシンを2人に任せて背後の領域への入り口にダガーでイエアドの印を彫り込んでいく。

 

 地獄の入り口と書いても問題無いだろう場所。

 

 そこに霊殿を置いた少年は全員で野営地へ戻る事になるのだった。

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