流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第33話「滅び切れぬグリモッドⅩ」

 

―――遠征隊帰還1日後、領主の家(仮称)。

 

「はは……今度は地獄を見付けて来たか。我らの遠征隊は……」

 

 もはや頭に手を当てるウートは半信半疑にすらなれぬ自分も随分と野営地の色に染まったなという顔で溜息を吐く。

 

「我が主。ですが、そこの支配者を打ち倒した以上は領域の探索と利用を考えるべき状況です」

 

「それも蜘蛛脚で味方にして連れて来た、と」

 

「はい。あまりにも大量の霊力を吸収したガシン殿はどうやらしばらく動けないだろうとリケイ殿から言伝が。それとエンシャクと名乗った相手ですが、東部出の歴史に詳しい者が伝承を……」

 

「伝承?」

 

「地獄の門番。よく東部では亡者の手の伝承として地獄に征く者を阻む門の守護者を指して、“エンシャクさん”と呼び。悪い事をしたら地獄に連れて行かれると言われていたとか」

 

「……その伝承から相手が名前を取って名乗っていたか」

 

「もしくはソレそのものかですが、恐らく前者ではありません」

 

「そう思う理由は?」

 

「伝承を知っていた者がエンシャクの伝承はそもそもが大昔に地獄から戻って来たと言われる人間が広めたものだと」

 

「戻って来た、か。此処から? ふむ……少しは希望が見えて来たか。まぁ、あくまで此処を放棄する前提ならばだが……」

 

「もしもの時の為に手は色々あるに越した事は無いでしょう。また、あの強力過ぎる灼撃矢ですが……実際に使用されました。が、やはりトンデモナイ威力だったようで……全8本が消費されて、亡霊が百万で足りるか分からぬ程には消えたと」

 

「一発でも野営地の近くには置いておきたくないな……」

 

「はい。ですので、作成はアルティエに一任。保管は野営地が爆破範囲に入らず。同時に開発されていない。被害が出ない場所に保管、という事になりました」

 

「遠征隊が持っているモノ以外はもしもの時の御守りか」

 

「ええ、全てドラコ―ニア達が人気の無い場所に置いて、もしもの時にだけ使うものにしました」

 

「自然に爆発したりはしないのか?」

 

「フィーゼ様によって精霊が宿らされ、爆発しないように防ぐ仕様です。竜骨の神殿の魔力供給範囲ですので自然に爆発もしません」

 

「そうか……あの子もまた強くなったようだ。お前のおかげだな」

 

「いえ、竜骨弩も灼撃矢も元々がアルティエの発案でした。それに弩は一度使用すると大き過ぎて持ち運びに不便な為、解体してこれから増えるスピィリア達の食事用の御守りにする予定です」

 

「竜骨で造る武器の量産は?」

 

「順調にまずは蜘蛛の子達、騎士隊、ドラコ―ニア、守備隊分を。それが終わり次第、商隊分を作成に掛かります。かなり堅いですが、今精霊による鍛冶場での運用技術の革新もあり、各段に生産力は上がっています」

 

「まずは戦う者達の分を予備も含めて備蓄するのが先決だ」

 

「スピィリア達の分も頼まれていて、その後はそちらに回す事になるでしょう」

 

「彼らは普通の攻撃では傷付かないのではなかったか?」

 

「ああ、それは傷付き難いが正解です。亡霊達と同じように剣や槍でも威力さえあれば傷付きますが、自然物は透過するとか」

 

「ふむ。良く分からんのだが?」

 

「簡単に言えば、魔力や霊的な部位を持つ者達や物、生物相手だとその影響によって触れられる為、傷付く。それ以外では大丈夫だそうです」

 

「害意ある相手からの攻撃には防御する必要があるわけか」

 

「はい。単なる自然現象でも魔力、霊的なものが影響していれば、干渉は受ける。基本的には相手が使う形ある武器や呪紋から身を護る必要があり、鉱山で事故に会うというのとは根本的に違います」

 

「鍛冶場はまだまだ大変そうだな。ウリヤノフ」

 

「はい。今は灼撃矢程ではないにしても、爆華の生産で攻撃用の爆発する矢も増産しており、配備も少しずつ進んでいます。教会騎士や化け物が攻めて来た時に対応出来るだけの威力はある。呪紋が無くても何とかなるでしょう。まだ」

 

「まだ、か?」

 

「はい。今回の報告を聞いて、よりそう思うようになりました」

 

「亡霊、人外、蟲、竜、地獄の門番、御伽噺の世界だな。本物が来たら、我らなどイチコロかもしれん……」

 

「そうならぬ為の準備です。我が主」

 

「解っている。解っているとも……だが、あの子の、遠征隊が戦っている島の者達の話を聞けば聞く程に我らに出来る事は少ないと思えてな」

 

「であればこそ、我らは遠征隊にまた力を託すべきなのでしょう」

 

 ウリヤノフにウートが頷いた。

 

「……少し気弱だったな。先日までの癖が抜けないらしい。お前の言う通りだ。野営地拡張用の資材が整い次第。地獄とやらからスピィリア達を招待しよう」

 

「はい。現在、精霊達の手によって昼夜なく竜骨の生産は進んでおり、12個の竜骨塊が出来ております。全てを使えば、今の倍は人口を増やせるかと」

 

「1万人をようやく超えるか。小規模な国家並みだな……」

 

「遠隔地の田舎。地方の国々であれば、そうでしょう」

 

 彼らが来たのは大陸中央の帝国。

 

 地方の寒村ですら4000人程が基準という地域だ。

 

「それとも此処に大国でも築くか? ウリヤノフ」

 

「であれば、是非とも大公くらいにはして欲しいところです」

 

「考えておこう」

 

 その気も無い部下の言葉が何よりも彼にとっては息抜きかもしれず。

 

「嵐が来る前に我らの家を大きくしよう。それだけが解決策だ」

 

「はい……御心のままに……」

 

 こうして、男達の仕事はまた増える事が決定したのだった。

 

 *

 

 デデドン。

 

「……(´;ω;`)」

 

 ドラコ―ニア達がシクシクしながら全員ノシッと少年が連れて来たばかりの筋肉ムキムキ蜘蛛(仮称)の前で山と積まれていた。

 

 砂浜での勝負に負けた形である。

 

「はい。終わり終わり~~もうあんまり揉め事はダメだよ?」

 

「(。-`ω-)/」

 

 分かりましたとムキムキ蜘蛛が片手を上げて了解の意を伝える。

 

「それにしてもどうして素手で戦う事になったの?」

 

「ええと、どうやらあのムキムキさんがドラコ―ニア達を見て、手合わせを申し込んだようです」

 

「手合わせ?」

 

「訓練中だったドラコ―ニア達を野営地で一番の実力者と見たらしくて。それで呪紋無し、相手を打撃だけで打ち倒す的な勝負をしたようなのですが……」

 

 シクシク状態から持ち直したドラコ―ニア達が整列してムキムキ蜘蛛に頭を下げ、再び訓練の為に砂浜の奥に駆けていく。

 

 それを見やりながらフィーゼがレザリアに状況を伝える。

 

「う~ん? あの子? あの人? ええと、とにかくコーセンテキなのかな?」

 

「ああ、いえ。物凄く礼儀正しい感じがします。ただ、強者と立ち会う的な事が好きなのかも……」

 

「それにしてもウチの子達、全員やられるのはやられ過ぎじゃない?」

 

 その時、遠方にいたドラコ―ニア達の胸にグサッと言葉の刃が刺さる。

 

「あの子がとにかく強いだけですよ。実際、見た目からして強そうなのに偽りなく強いし、しばらくしてルーエルが人化したら、今度はこの子に人魚の輪を付ける予定らしいですし」

 

「へぇ~~~ん?」

 

 レザリアがドラコ―ニアに勝ってからそのまま浜辺から海を見ていたムキムキ蜘蛛を見やる。

 

「どうかしたのですか?」

 

「ねぇ、あの子大きくなってない?」

 

「いや、そんなさすがにそれは勝利から来る感じの威厳的な―――」

 

 フィーゼがそちらを見て、ちょっと首を上向ける。

 

「確かに大きいですね……」

 

「というか。まだ大きくなってない?」

 

「あ、はい……そのぉ……大き過ぎ、じゃないですか?」

 

 野営地の方から何やらザワザワし始めて、少年がやってくる。

 

 数百mはあるだろう浜辺の端。

 

 チョコンと行儀よく座っていたムキムキ蜘蛛がいつの間にか昨日の10倍くらいのデカさになっていた。

 

「いや、大き過ぎ……」

 

 少年も思わず呟くデカさ。

 

 此処まで来ると完全に怪獣に近く。

 

 少年が片手を上げるとそこから伸びた不可糸が少年の家の部屋に置かれていた【ウズリクの脚甲】を物凄い速度で加速させ、すぐ手の中に持ってきた。

 

「ちょっといい?」

 

 少年がいきなりデカくなったムキムキ蜘蛛に脚甲を見せる。

 

「大き過ぎるから小さくしていい?」

 

「(。-`ω-)」

 

 コクリと頷いた大蜘蛛が、脚先を出すと脚甲がハマりそうなのは足先の鉤爪の付け根のところくらいであった。

 

 脚甲が何とか黒い菌糸の糸で差し出された足先に嵌められる。

 

 すると、シュウシュウと体中から煙らしいものを噴き上げて、肉体が縮んでいく。

 

 そうして、ガチンッとちゃんと脚に脚甲がハマった直後。

 

 パキンッと脚甲自体が割れて光となって消滅した。

 

「あ、壊れた」

 

「こ、壊れましたね……」

 

 思わず女性陣が吃驚する最中。

 

 少年が12m程まで縮んだムキムキ蜘蛛に「これなら乗れる?」と首を傾げる。

 

 今までは遠距離を移動する際は呪霊のウルクトルを使っていたが、此処からは背中に全員を載せて貰えば、問題無さそうであった。

 

「小さく為れない?」

 

「(。-`ω-)……」

 

 ちょっと考え込んだ大蜘蛛がチラリと浜辺の傍で流木に座り、本日の昼食を食べているリケイを見やる。

 

「おお、出番ですかな」

 

 男を幼女にした事で野営地の人間から大いに畏れられる事になった老爺がイソイソと少年と大蜘蛛の傍にやって来た。

 

「ふぅむ……蜘蛛脚の能力で変質した力が肉体を肥大化させているようですが、本人の力の総量によって体格が変わるのではないかと」

 

 リケイが蜘蛛の脚に触ってどうしようかと首を傾げる。

 

「先程のような呪具の効果は凝集であって、小さくするのは副次的なものなのですが……凝集限界。という事は……質量を軽くするのではなく。体積を凝集以外の方法で減らせば良いという事になる」

 

 ブツブツ呟いていたリケイがチラリと浜辺の奥の方を見やる。

 

 そこでは人間化したフレイが愚妹と呼ぶルーエルに何やら攻撃方法やら回避方法やらを指導していた。

 

「人化の法というのはかなり高度ではありますが、基本的には要らない部分を肉体内部で体積以外のモノにするのが殆どなのです。この場合は魔力や霊力の類の密度に変化させるという事ですが……」

 

 見られていたフレイがルーエルと共にリケイの元にやってくる。

 

「何用でしょうか? リケイ殿」

 

「人化の際、更に魔力や霊力が体力以上に上がったか聞きたく」

 

「はい。そのような効果は確かにありました」

 

「ふむ。では、ウズリクの脚甲で限界まで上げた密度はそのままに要らない部位を霊力と魔力に還元して、更に小さくすればよいと」

 

 リケイが自らの手を下に向ける。

 

 すると、ドサッと10cm程の金属の棒らしきものが落ちる。

 

 それは薄い灰色の水晶のようにも見えるが、メッキで加工されたかのようにキラキラともしており、明らかに普通の色合いではなかった。

 

「それは?」

 

「ああ、昔に教会と戦った際、苦労した敵がいましてな。そのせいで必要になった代物ですじゃ」

 

「敵?」

 

「とにかく大きい相手だった為、現実的に戦えるくらいの大きさに縮める時に用いまして……まぁ、その分強くなるのが玉に傷。教神イエアドの秘儀を詰めたものです」

 

「小さくなって強く……ウズリクの脚甲と同じ?」

 

「はい。ですが、多くのその類の呪具は副作用やら能力の上昇そのものに肉体が追い付かずに自滅するのです」

 

「自滅……」

 

「ただし、それを超える強者であれば、副作用と言える自滅そのものを回避してしまう為、相手の大きさと強さ次第では使えず。埃を被っておりました」

 

「名前は?」

 

「呪具【イエアドの賢柱】……何故に賢いのかと言えば、能力が上がった結果として賢くなります。死ぬ者は死ぬと分かるし、死なない者は死なないと分かる」

 

「それって途中で止められない?」

 

「はい。それを狙った副作用が本体の攻撃用呪具ですからな。ただ、死ぬ相手も縮んでいる最中は強くなりはする上、その死体そのものが呪具のような扱いで材料になってしまいまして……使う相手も場所も選ぶという……」

 

 たぶん使って面倒事になった事があるのだろうと少年はリケイが思い出して溜息を吐く様子を見て、大蜘蛛に視線を向ける。

 

「使う?」

 

「(。-`ω-)」

 

 コクリと頷かれた。

 

 このまま乗物として手伝って貰う案が破綻したのでリケイに使い方を聞いた少年が大蜘蛛の脚にそれを付けて数秒祈った。

 

 途端、脚の中にソレが滑り込むように入って消える。

 

「今、霊体として入り込んだ柱が体内を編成しているはずですじゃ」

 

 少年が大蜘蛛を見ているとズンズンッといきなりサイズが1mくらいずつ小さくなっていくが、同時に普通の蜘蛛っぽい見た目だった大蜘蛛の甲殻が灰色に染まった。

 

「……“成功”(。-`ω-)」

 

「え?」

 

「おぉ、喋れぬはずの構造でも喋れる程に賢くなったという事かと」

 

 リケイの前で3m程まで縮まった大蜘蛛は灰色になり、同時に喋っていた。

 

 何処か薄い膜越しに喋っているような声が特徴的なエンシャクとも違う渋い声。

 

 これが人間の男ならば、夢中になる女性もいるかもしれないというくらいに。

 

「普通に喋れる?」

 

「“我が主よ。我が名を決めて従属の誓いを”」

 

「あ、うん」

 

 蜘蛛に促されて思わず頷いた少年が少し考える。

 

「ゴライアスで」

 

「“了解した。我が主”……“我が名はゴライアス。【 大霊蜘(だいれいく)ゴライアス】である”」

 

 その声でゴライアスを名乗る大蜘蛛は3mの巨体でカサカサ動き。

 

 同時に少年のシャニドの印には眷属の数が増えた事を顕す文様が追加された。

 

「こ、こんにちわ」

 

「ええと、ゴライアス、さん?」

 

「“御機嫌よう。遠征隊の方々”」

 

 事の成り行きを見守っていた女性陣に頭を下げる。

 

 それに頭を下げ返したゴライアスはイソイソと野営地の中に入っていき……頭を下げつつ、名前を聞かれたと思ったらいきなり喋り出し、挨拶をする。

 

 そうして野営地をザワザワさせつつ、最終的には幼女に喋る蜘蛛として大泣きされたのだった。

 

『ななな!? く、くもがシャベッタァァアアアアアアアアアア!!?」

 

『ひぃぃぃぃぁああぁぁあぁ!!?』

 

『これはわるいユメなんらから。しゃべるくもなんていないのいないのいないの』

 

『“お嬢さん。我が名は喋る蜘蛛ゴライア―――”』

 

『プクプクプクプク( ^ω^ )』

 

『“大丈夫だろうか。お嬢さん”……“今、家に連れていってやろう”』

 

 こうして喋る蜘蛛は一気に野営地に知れ渡ったが、言葉を理解する蜘蛛と蜘蛛系人外が蔓延る野営地においては何か今更という感じもしたらしく。

 

 すぐに騒ぎは収まるのだった。

 

 ただ、幼女達が喋る蜘蛛の悪夢に数日魘される事だけは間違いなかった。

 

 *

 

 新たな仲間。

 

 自分を霊の蜘蛛と自称するゴライアスが加わって1日後。

 

 ハッと目覚めたガシンは頭を掻きながら、自分が寝込んでいたのを自覚して、寝台から掛布を剥ぎつつ起き上がり、煙臭いのにも慣れた家屋内から出て水浴びでもしようと手に一つずつ擦り切れた布と手桶とコップと着替えを持った。

 

「あ~~~何か頭がぼーっとしやがる」

 

 そして、ヨタヨタしながら水辺に向かい。

 

 誰もいない早朝であることを確認後、川の手前で道具一式を置いて、衣服のままにジャバジャバとフィーゼ辺りからジト目で見られそうな行為を平然と行い。

 

 顔を洗って水面に移る自分の顔に首を傾げ。

 

 片手で顔を拭き、コップで水を飲み、手桶に水を汲んで、もう片方の手で着替え……と言っても上半身に羽織るチョッキ型で前が開いた服を―――。

 

「あん?」

 

 よ~~~く自分を水面に見たガシンが気付く。

 

 手がいつの間にか4本になっていた。

 

「ゴッフッッ!!?」

 

 思わず吹き出した彼が左右の肩の後ろから出た手を見やる。

 

 すると、ワナワナとその手はガシンの動揺を露わにして震えていた。

 

「ア、ア、ア、アルティエェエエエエエエエエエ!!!?」

 

 こうして朝っぱらから守備隊が驚くような声を出して、青年は少年がいるはずの家に駆け込むのだった。

 

―――3分後。

 

「もぉ、朝から煩いよ? ガシン」

 

 レザリアが寝間着姿で目をショボショボさせながら擦っていた。

 

「うっせぇ!? オレの手が増えたんだぞ!?」

 

「別にいいでしょ? 寝てる時も邪魔には為って無さそうだったし」

 

「つーか、少しは動揺しろよ!?」

 

「はいはい。もうちょっとボクは寝るから」

 

 レザリアが部屋の奥に引っ込んでいく。

 

 対応したアマンザがガシンに朝食を作っている最中。

 

 部屋からやってきた少年はガシンを見やって親指を立てた。

 

「良かったな!! みたいな顔してんじゃねぇ!? 元に戻せよ!?」

 

「戻せるけど、そうしたら死ぬかも」

 

「はぁぁ!?」

 

 少年がガシンに色々と説明し始める。

 

「……何だ? つまり、オレの霊体が増え過ぎて腕を増やしておかないと霊体そのものが破裂するってのか?」

 

「そう、過剰過ぎる程に放出してたけど、最後は貯め込める量がまた数百倍規模で上がった。たぶん、霊力を人体に留めて置く為にはある程度の遊びの部分が無いと簡単に弾ける」

 

「は、弾けるってお前……どうなんだ?」

 

「死ぬ」

 

「ああ、そう!? クソが!?」

 

 ガクリとガシンがテーブルに手を突く。

 

「今はパンパンに水が入った皮袋状態。後で霊力を適度に抜かないとたぶん危ないからしばらくはお休み」

 

「どうすんだよ? 遠征は……」

 

「リケイがくれた。コレ」

 

 少年がガシンに小さな指輪を差し出す。

 

「コレは?」

 

「霊力を魔力に置換して使う指輪。今、精霊が大量に必要な工事ばっかりだから、フェクラールから精霊を連れて来たら、しばらくガシンに付けて運用する」

 

「つまり、精霊共の餌になれと?」

 

「共生関係。本来の霊力は普通回復するのに時間が掛かる。でも、緋霊になってから霊力の回復速度が早過ぎる程に早くなってる。回復が肉体に貯まる上限以上に回復し続ける状態」

 

「あん? それって……」

 

「革袋の口を閉めたままにしたら、弾けて死ぬ」

 

「オイオイ。洒落にならねぇ……」

 

「だから、適度に減らす必要がある。でも、霊力を使う攻撃以外で有用そうな呪紋をリケイが持ってなかった」

 

「つまり、戦闘で使わない限りは魔力にして消費しろと?」

 

「そういう事。公正神マーナムの【等価交換の指輪】」

 

 少年が渡した指輪をガシンが付けた途端。

 

 その体の周囲から魔力が僅かに立ち昇り始める。

 

 すると、ガシンの目にも分かる程に周囲に漂っていた精霊が集まり始めていた。

 

「何か蟲が集まって来るような感じに思えてアレ何だが?」

 

「野鳥に餌をやる感じ」

 

 今まで青年に見えないよう背後をウロウロしていたフィーゼに貸し出されている火の精霊が僅かに姿を露わにして、光の玉状態に戻ると頭の上に昇った。

 

「ん?」

 

「魔力を吸い上げてる。精霊の力が増すから、何か大きなものを動かす時、かなりの規模でも使える」

 

「はぁぁ、分かった。納得しとくしかないわけだな」

 

「そう」

 

 少年が頷く。

 

「あ~はいはい。アンタらも難しい話してないで朝飯食べて行きなよ。ほら」

 

「あ~どうもっす」

 

 ガシンがアマンザが奥の竈から取って来たスープと焼き魚とパンを焼いたソレを木製の皿の上に見て頭を下げる。

 

「アルティエ。今日はどうするんだい?」

 

「今日は野営地を回って歯医者する」

 

「は?」

 

「歯?」

 

 2人が首を傾げている合間にも少年は食べ始め。

 

「歯医者する」

 

 そう告げるのだった。

 

 *

 

 朝食を取った少年がイソイソと出掛けて2日。

 

 各地の野営地で次々に少年による人間と肉体を持つ住人達に対して口内検査、触診が行われ、翌日から何か調子の良くなった人々が驚きつつも仕事に邁進。

 

 効率がちょっと上がったのを横目にエルガムに報告がされていた。

 

「ほう? つまり、いつも君が使っている黒いダガーなどにいる小さな生物が体の不調を治してくれると」

 

「霊薬は出来る限り温存しておきたい」

 

「最もな話だ。これだけ野営地があってもまだ医者は私一人だからな」

 

 エルガムが溜息を吐く。

 

 人間の体を見る彼が専門である為、人以外の種族には野営地で医者というのが必要にはされていない。

 

 半ば、リケイが増えた蜘蛛の子達の医者という事になるだろうか。

 

「それで歯医者とは?」

 

「口内の衛生管理する医者。色々黒いので掃除して口の中に住まわせてる。胃腸も全部面倒見る」

 

「君の触診を受けていた者達が体調が良さそうにしているのはそれが理由か」

 

「そう」

 

「確かに口臭が消えたやら下痢が治ったやらと色々と回復する患者が多かったな。血圧が下がるやら、今までの不調が嘘のようだとか」

 

「でも、外科は出来ない」

 

「外科、か……」

 

「……教えられる? 野戦医療」

 

 少年の背後、診療室の外にはスピィリア達が布の隙間から内部を覗いている。

 

「君の霊薬ではダメなのか?」

 

「霊薬が無くなった場合、霊薬が必要無い場合、すぐ治療する場合、絶対必要……」

 

 エルガムが天井を仰ぐ。

 

「此処に流された理由は内臓を結紮(けっさつ)し、繋げる外科の術式開発そのものだ。だが、君はそれを使えと言う。必要なのは分かる。だが、厳然と失敗はある。技術や知識不足で簡単に人は死ぬ……」

 

 そのエルガムの瞳に映るのは救えなかった者ばかりだ。

 

 手足の手術は何とか出来た。

 

 しかし、彼の提唱した外科手術は難度が高いものばかり。

 

 様々な道具一つ薬品一つを全て一から造らねばならない。

 

 要は手探りなのだ。

 

 それですら、不治の病と呼ばれた者達の7割は死に、残りの生き残った者達もまた不自由な生活を強いられながら生きている。

 

 それは正しく悪魔の技だと責められた彼に反論の余地は無く。

 

「簡単に君の仲間を死なせたくはないな。私の技術知識はまだまったく乏しく稚拙だ。それでもか?」

 

「この島には幾らでも実験台がいる」

 

「何だって?」

 

「亡者……魂が擦り切れた存在は肉体が生きてるだけで実際には死んだようなもの。すぐに死ねば亡霊になるか霊体も霧散する」

 

「―――君はまさか」

 

「どうすれば人が死ぬのか。どうすれば、亡者を殺せるのか。それは同時にどうすれば人を生かせるのかを理解出来るという事」

 

 エルガムが顔を歪める。

 

「例え、彼らが元人だとしても……君はそれを良しとするのか?」

 

「今日、笑顔で生きてる誰かが死ぬより、もう死んでる誰かを犠牲にする。命を頂く。次に生かすのはその人次第」

 

「………正直に言おう」

 

 エルガムの顔が俯けられて歪む。

 

「私は、自分が怖い。患者達を死なせた時、私は何処がどう失敗だったのかを知りたいと思った。死ぬ患者の事よりも先に……自分の知識欲の為に誰かを殺しているのではないかと……」

 

 エルガムが手を握り締める。

 

 その葛藤は少年の眩さを前にしての独白だったかもしれない。

 

「全てが無駄ではないなら、今を生きる人の為にソレが使われるなら、例えそうだったとしてもいい」

 

 その言葉にエルガムが苦渋ながらも、顔を上げる。

 

「此処にいるのは……医者ではなくて、悪魔かもしれんぞ?」

 

「……技能も知識も広めなければ朽ちるだけ。もしダメそうなら霊薬を使ったっていい。使えるものは何でも使う。今を生きる者の為に……貴方が例え悪魔だとしても、助けて欲しい」

 

 その言葉にエルガムが諦観の笑みとも自嘲とも付かない顔で少年を見やった。

 

「君は……強いな。アルティエ」

 

「弱い。百億回でも死ねるくらい」

 

「その謙遜は受け取っておこう。君に限界があるように私にも限界はある。だが、君はそれでも前に進もうとしている。私にもそれを手伝わせてくれ。一人の人間として、君の主治医として、野営地唯一の医者として……」

 

「その気持ちがある限り大丈夫。それに一人じゃなくなる」

 

 スピィリア達が蜘蛛形態で入って来て、片手を上げる。

 

「(/・ω・)/」

 

「一人じゃない、か。頼もしいのか。仕事が増えたと嘆くべきか」

 

「まずは助手から。基本的な知識を学ばせて欲しい。その後、亡者を使って知識の探求を。この島の生物達の事が少しでも解れば死なずに済む誰かが一杯いる」

 

「解った……承諾しよう。これから数日置きに亡者を数名頼めるか?」

 

「了解。診療所の改築もウリヤノフに頼む」

 

「そうしてくれ。例え泥に塗れても今まで死なせて来た者達の命を無駄にはしない。無駄には……したくない……何れ、スピィリアや蜘蛛の子の事も見られるように人外や蟲の知識も深めよう」

 

「よろしく」

 

 そうして少年は医療従事者を野営地で増やす事に成功するのだった。

 

 *

 

 少年が野営地医療に革新を齎し、新たな境地へと唯一の医者を導いていた頃。

 

 西部フェクラールの見えざる塔の北端では壁際の入り口から数名の者達が本来は見えないはずの橋が見えるように何らかの魔力を帯びた糸のようなものでグルグル巻きにされているのを見付けていた。

 

「……これは」

 

「蜘蛛の塔がお出迎え。内部のゴーレム共が出て来るかと考えていたわけだが、どうやら本当に消えている。偵察が必要だ」

 

「しかも、この塔まで……一体何が起こったのやら……怖いわ~」

 

「あ、あれ見て下さい!! 皆さん!!?」

 

 四名の影が西部の南方の海域を見やる。

 

「嘘だ……あの方向に薄く見えてるのは……ノクロシア? 伝説の? ニアステラが復活したのか!? あ、有り得ん……」

 

「そんな訳はない。アレはもはや御伽噺だ。旧き者達の都……彼らが帰って来たならば、今すぐにでもこの島は彼らのモノとして使われているはずだ」

 

「おねーさん怖いわ~。前に来た時は西部中に張り巡らされていた蜘蛛の巣がまったく見えないなんて……しかも、霊視しても何処にも無い」

 

「そ、その……皆さん。地表の方を……」

 

「ッ―――あの泉? 何だ!? あの神の力の痕跡は!? 馬鹿な!? 高位神格の使徒でも現れたと言うのか!?」

 

「あら? 何かお墓? みたいなのも見えるわね。行ってみましょう」

 

「あ、ああ」

 

「どうなる事やら」

 

「皆さん。気を引き締めていきましょう!!」

 

 四名の影が、橋の上から身を跳躍させる。

 

 すると、その高度にも関わらず。

 

 スタッと軽やかに地面へ降り立った。

 

「大丈夫かしら? お姫様」

 

「は、はい。ありがとうございます」

 

「あまりウチのを甘やかさないで貰いたい。もしもの時に1人で何でも出来て貰わねば困るのでな」

 

「はいはい。かたっ苦しいお兄様ね」

 

「喋ってないで行くぞ」

 

「は、はい!!」

 

 四名が泉の傍。

 

 石らしきものが置かれた場所を見やる。

 

「……少し検分する」

 

 一人が僅かに土を掘って内部を確認し、埋め戻す。

 

「ど、どうでしたか?」

 

「ああ、どうやらヴァルハイルの犠牲者だな」

 

「ふ~ん? つまり、此処にはこの哀れな犠牲者さん達を丁寧に埋葬してくれる誰かがいたって事になるのかしら?」

 

「だが、人も人外もこの危険地帯に脚を踏み入れる理由が無い」

 

「理由……理由ならあるだろう」

 

「?」

 

「ええ、確かに理由ならあるわね」

 

「何を言っている?」

 

「この西部そのものをもしも自らの手に出来れば、その者が滅びた以南地域を再び得る事は容易い」

 

「馬鹿を言え。此処にいて蜘蛛の餌食にな―――」

 

「だから、蜘蛛を誰かが倒した。あの伝説の魔蟲ウルガンダを……」

 

「飽殖神の加護を受けし一族を? ちょっと現実味が無いわね。御当主」

 

「解っているさ。自分で言っていてもおかしい事くらい……」

 

「この塔の群れだって終点がレーゼンハークに抑えられていなければ、色々探索出来るのに今まで殺せた人間は一人もいない」

 

「あ、あの、皆さん」

 

「どうした? 何か感じたか?」

 

「お兄様。その……それが……レーゼンハークの気配がありません」

 

「何だと!? あの西部の入り口を守護する呪霊が消えた?」

 

「これはいよいよマズイわね。そのウルガンダやレーゼンハークを消した何かが西部にいたら、あたし達なんかイチコロよ?」

 

「く、此処で諦められるか!! もう時間が無い!!」

 

「皆、分かっているさ。だが、現実的にどうする?」

 

「~~~レーゼンハークがいないなら、塔内部の探索に入れる。最低でも【ナクアの書】さえあればいい。一族に伝わる伝承が本当なら、兵を強くする事も出来るはずだ。すぐに向かうぞ!!」

 

「あたし持ってかれてるに一票」

 

「蜘蛛にとにかく気を付けろ。いいな?」

 

「だから、過保護は止めろと」

 

「あう。は、はい。お兄様達の脚を引っ張らないよう頑張ります!!」

 

 四人の影はそうして西部の大地へ脚を踏み入れるのだった。

 

 その陰を土の中から見やる者達がいるとも知らず。

 

 巨大な山の岩壁の下。

 

 小さな小さな蜘蛛がニュルリと土の中から上半身を露わにする。

 

 それはまるで細長い蛇のようであり、同時に柔らかい甲殻のようなものを持つ。

 

 だが、頭部は間違いなく蜘蛛に見えた。

 

 体よりも遥かに小さな脚がチョコチョコと木の上に昇り、疾風のように遠ざかっていく者達を見送る。

 

 こうして、西部への侵入者達は蚯蚓蜘蛛達に監視される運びになったのだった。

 

 *

 

―――第一野営地浜辺。

 

「異形属性変異呪紋【異種交胚】」

 

 野営地の医療の発展を見込んだ少年がフィーゼと鍛冶場の人々、多くのスピィリア達に頼んだ事からエルガムの診療所は大幅に短期間で増設される事になっていた。

 

 具体的には診療用の寝台が30以上まで拡大。

 

 更に医薬品の保管庫を中枢として周囲を建物で囲みつつ、地下も掘られた。

 

 リケイが地下そのものに呪紋を施し、ガシンがしばらく必要な魔力を注入して内部の掘削と地盤固めに精霊を紐付け。

 

 こうして、4日で各野営地を広げるのと並行して行われた工事は成功。

 

 最も大きな施設群として診療所ではなく。

 

 エルガム病院という名前で木造建築は落成式まで行われた。

 

 こうして野営地の誰もが呑めや歌えやと浮かれて夕暮れ時に野営地の中央部で談笑に興じている最中。

 

 少年は一人、ここ数日で一番重要な仕事に掛かっていた。

 

 その手には【ナクアの書】が握られている。

 

「【ナクアの書】……魔力充填。活動開始」

 

 少年の言葉と共に魔導書という見た目のソレがドクリと脈打つ。

 

「全能力を開放」

 

 少年の言葉と共に書物が一人手に開いた。

 

 そして、その頁の後ろ数体の異形のデータが上書きされていく。

 

 それは蜘蛛の子達や蜘蛛脚で変異した者達だ。

 

 貝蜘蛛アルメハニア。

 

 蛭蜘蛛ヒルドニア。

 

 黒蜘蛛ペカトゥミア。

 

 竜骨蜘蛛ドラコーニア。

 

 蚯蚓蜘蛛。

 

 フレイ。

 

 ルーエル。

 

 ゴライアス。

 

 情報の書き込みが終了すると同時に本の上に小さな球体が魔力の半透明な3Dの映像として現れる。

 

「遺伝導入開始……胚芽基礎をペカトゥミアとする」

 

 少年の言葉と同時にナクアの書が先程書き込んだ頁を参照した。

 

「アルメハニアの水中活動能力」

 

 映像の横に二重螺旋の情報が出され、その一部が抜き出されて、胚芽と呼ばれた情報の球体に送り込まれた。

 

「ヒルドニアの飛行能力」

 

 同じ手順で次々に螺旋の情報が玉に取り込まれていく。

 

「ドラコ―ニアの細胞強度と骨芽細胞、魔力共有能力」

 

 少年が目を細めた。

 

 現在の成功率は93%。

 

 しかし、此処からが問題だろうと腕を組む。

 

「フレイの知能と生成毒」

 

 参照された情報が埋め込まれた途端、73%まで一気に成功率が下がる。

 

「ルーエルの模倣能力」

 

 今度は45%まで下がった。

 

「ゴライアスの霊力による物質掌握能力」

 

 17%が最終的な数値となった。

 

「………」

 

 少年が息を吐く。

 

 実は前々から様々な呪紋や能力を集めていた少年であるが、ここ最近壁にぶち当たっていた。

 

 それはルーエルとゴライアス。

 

 この二匹に出会ったからだ。

 

 ルーエルは辛うじて人間だった頃に一番多用していた呪紋を持っていたが、その能力はかなり下がっていた。

 

 元々からの資質か。

 

 それとも呪紋の効果か。

 

 能力そのものが他者の動きや技術、能力を模倣する事に長けており、エンシャクとの戦いではフレイと連携する事で緻密な迎撃を可能にしていた。

 

 またゴライアスなどは完全に呪紋は無く。

 

 血肉そのものに呪紋が取り込まれたような状況であり、シャニドの印によって呪紋を受け取る事が出来なかったのである。

 

 これらの理由は単純明快であり、フレイの知能と性質が呪紋に偏って優秀であった事に起因する。

 

 要は人間と同じように呪紋が使える程、賢く同時に適正が高かった為、簡単に呪紋を得られたのである。

 

 どんな呪紋でも別の人間が使えば、同じ呪紋ではない。

 

 そして、シャニドの印を通して収集出来る呪紋というのはその個人の呪文を写し取るものであり、特定の状況下で創造するものと合わせて運用者に新しい呪紋を齎してくれる。

 

 だが、前者は同じ呪紋を使う人間が2人いたとしても、シャニドの印が写し取る呪紋は2人から取れば、同じものではなく。

 

 多少、中身に差がある。

 

 魔力の消費効率やら威力や効果範囲もそうだ。

 

 叶えのルクサエルはそもそもが呪紋に振り回されていたようなところがある為か。

 

 変異体であるルーエルは呪紋そのものこそ保持していたが、その能力はかなり劣化して蜘蛛となった彼女から受け取れた呪紋の魔力効率は劣悪。

 

 エンシャクの変異したゴライアスに至っては呪紋そのものが血肉へと完全に取り込まれたような状態であり、呪紋として受け取れなかった。

 

(必要な呪紋が手に入らないなら、呪紋を別の形で取得すればいい)

 

 幸いにして蜘蛛脚で変異した者達は全員がウルガンダの血統に近しい。

 

 この為、ナクアの書と呪紋を用いて遺伝情報を打ち込んだ胚芽を作成し、成功すれば、その情報を登録して、肉体を強化出来る。

 

 実質的には呪紋の効果を得られるのと同じような状態となれるはず、であった。

 

 無論、成功すればという但し書き付きで。

 

「オイ。何でお前はそう祝い事の度に別の事してんだ?」

 

 少年が合成を開始した直後。

 

 背後から気配と音を消した青年ガシンの手が掛かり、ドゴッと胚芽情報の塊が空中で脈動した。

 

「あ、成功した」

 

「は?」

 

 ガシンが首を傾げる間にもソレが急激に色を変えて黄昏色になる。

 

「……やっぱり、魔力と霊力が全てを解決しそうな勢い」

 

 少年が思わず32回目のチャレンジが成功した事に溜息を吐く。

 

 自分では上手くいかない事も“持っている人間”ならば出来るというのが悲しい事実であった。

 

「何の話だ? それより、本なんぞ持ってないで、あっちで飲み食いくらいしろ。パンは甘いのがあるぜ?」

 

「……今日は此処まで」

 

 少年がナクアの書を閉じると同時に全ての情報がその場から消えた。

 

『アルティエ~このパン美味しいよ~』

 

『甘いです!! こ、これは野営地の名物ですよもう!! あまーい♪』

 

『はは、御嬢さん達には大好評のようですね。アマンザさん』

 

『マルクスさんもお一つどうぞ』

 

『いえ、先程食べましたから。これから教書の読書会をヨハンナと一緒にやりますのでまた夜食にでも貰う事にします』

 

『わはははっ!! このパン甘ぇな!? オイ、何辛気臭い顔してんだ!! カラコムの旦那!! 何? 飲み過ぎ? いやいや、まだ10杯目だぜ?』

 

『船長の最高記録は80杯だからな!! なぁ、お前ら!!』

 

 野営地の宴は騒がしい。

 

 月明かりが乏しくても焚火やランタンは灯されて、さざなみの音が人と共に揺れていく。

 

 少年はこんな日があってもいいと遠征隊の面々の輪に入る事にした。

 

『(≧▽≦)/凹』

 

『愚妹よ。嵌めを外し過ぎないように』

 

『“我が名はゴライアス。祝杯を傾けられる大蜘蛛”(。-`ω-)凹』

 

『滅茶苦茶飲んでますね……ゴライアスさん』

 

『ルーエルも……蜘蛛ってお酒に強いのかなぁ?』

 

 これが来る日にまた力になると信じて。

 

(二か月目に来るはずの連中がもう来てる。こっちで何かのフラグを踏んだ?)

 

 急がば回れ。

 

 それは彼がこの島に来て最も実感した言葉であった。

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