流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第五章【鳴動せしフェクラール】編
間章『貴方の事Ⅳ』+ 第34話「鳴動せしフェクラールⅠ」


 

 

―――色々な事が変わった。

 

 毎日、毎日、沢山の事が目まぐるしくニアステラでは変わっていく。

 

 蜘蛛脚の力によって出来た仲間の蜘蛛達。

 

 遠征隊と共に行ってくれる彼らが人とは違いながらも、一緒に生活してくれる事で命の危険は少しずつ遠ざかっている。

 

 住居や食料だけではない。

 

 どれだけの人数がいても、何処か寂しく感じていた。

 

 それは敵ばかりを見ていたから。

 

 でも、今は違う。

 

 大勢増えた人々は元敵だった者も亡霊だった誰かも関係無く。

 

 この野営地に暮らしている。

 

 それはきっと外から見れば、罪深い事。

 

 けれど、確かにそれを受け入れ始めた自分達がいる。

 

 彼がエルガム先生と共に作っているという薬やウリヤノフと共に造った武器。

 

 そして、この小さな貴族の小娘に過ぎなかったはずの自分と作る切り札。

 

 何か一つ無ければ、全て何処かで壊れてしまっていたのではないかと思う。

 

 父の事もそう。

 

 全ては天恵ではない。

 

 誰かが積み上げて、誰かが願ったから、此処に全てあるのだ。

 

 誰もが毎日に少しずつではあるけれど、野営地には笑い声が響くようになった。

 

 お酒を片手に陽気な歌声が響けば、蜘蛛の子達が躍ってもくれる。

 

 ウリヤノフが造った野営地の為の楽器を大勢で奏でる様子は楽しくすら思えるようになった。

 

 それが単なる辛い事が来る前の小さな幸せなのだとしても……思うのだ。

 

 この一瞬を忘れずにいようと。

 

 彼が一緒に横で杯を傾けてくれた夜を覚えていようと。

 

 精霊達の声がいつも夢に響くから。

 

 また、来るよ。

 

 もうすぐ来るよ。

 

 そう、ずっと誰かに教えているから。

 

 その日が来るまで出来る事をしようと思う。

 

 いつも前を歩いてくれる彼の背中を仲間達と共に護る為に。

 

 明日を共に迎え続ける為に。

 

 それが……いつの間にか……。

 

 フィーゼ・アルフリーデ・ルクセルの生き方になったのだ。

 

 

 *

 

 

 グリモッドの探索を一度切り上げ、野営地の人員を増強すると共に地下世界探索の為に大量の亡霊達をスピィリアにして輸送し始めて数日。

 

 各野営地は広がり続けていた。

 

 スピィリア達の働きにより、昼夜無く続いた街道整備は各野営地をもう少しで結べるところまで来ており、木造の家屋の数は各野営地で40軒を超えて増加中。

 

 ついでに商隊による物流があちこちの野営地を結んだ事で各野営地の造営に必要な資材が次々に行き渡り、何処も活況であった。

 

「それで見付けて来たのがコレ、と」

 

「そう。【オーポスの白華】」

 

 少年は野営地で引き続きエルガムの病院の診察室に白く細い花を持って来ていた。

 

 それは菊のようにも見えたが、それだけではない。

 

「これが大量に地下の領域に育っていたと」

 

「物凄く強力な匂いを消す成分が入ってる。たぶん、亡霊や亡者達を養分にして育ったせい。臭いそのもので枯れないように」

 

「消臭成分か?」

 

「どちらかと言うと霊力が物質に作用する」

 

「霊力が?」

 

「原理が霊力を持つ花粉が微細な空気中の物質を周囲から吸収する感じ……それも物凄く強力に吸引する。花そのものを空気中の物質から護る為に」

 

 少年が花を少し強めに振った途端。

 

「―――」

 

 エルガムが驚いた様子になる。

 

「……臭いが消えた? 煙の臭いが……これは……」

 

「大量に自生してる。植え替えて畑でも栽培可能」

 

「ま、まぁ、臭いが無くなるのはかなり助かるな。解った。植え替えの準備をしておこう。あまり臭いを消し過ぎると蟲に効かんだろうから、室内に限定してになるだろうが……」

 

「それとコレ」

 

「これは石?」

 

「そう。【パラルの水石】……素手で触らないように」

 

「何かノドが乾いたな。失礼」

 

 エルガムが横に水差しから木のカップに注いで飲む。

 

「もう効果出てる」

 

「何?」

 

「この石、脱水効果がある」

 

「脱水?」

 

「空気中の水分を物凄い勢いで吸う。水を吸い切ると今度は逆に水気を吐き出す効果がある」

 

「ほう?」

 

「霊力をずっと浴びて来て変質したヤツ。地下世界は殆どコレで出来てる。それで空気の対流が無くても風や水が循環してるっぽい」

 

「ほうほう? 摩訶不思議な石か」

 

「石の上に木材を置いておけば、たぶん1日で殆ど乾燥が終了するはず……」

 

「何? そうか。となれば……地下世界とやらで切り出して……可能か?」

 

 少年がコクリと頷く。

 

「分かった。各地の木材加工現場に降ろしてくれ。後でウリヤノフ殿に報告しておく。ちなみに素手で触るとどうなるのか聞いても?」

 

「物凄く肌が乾燥して、水分を奪われる。あの花と同じように特定の物質を吸収する……20秒くらいで干乾びて死ぬ可能性が高い」

 

「―――取扱いには細心の注意が必要なわけだな」

 

「これが取扱い用の手順」

 

 少年がサラサラとエルガムが机の上に置いていた白紙に書き込んだ。

 

「よろしい。すぐに掛かろう。今日中は?」

 

「可能。もうウリヤノフと考えた1万人分の人員は連れて来た。切り出し作業は現地でもうフレイ達がやってる」

 

「有難い話だ。では、霊薬と混ぜた新規調合分を渡しておく」

 

 少年の前に赤く塗られた金属製の試験管らしきものが渡される。

 

 アンプルは封蝋で封入済みのものだ。

 

「そう言えば、蝋は足りてる?」

 

「もうそろそろ在庫が尽きるようだが、普通の蜂がいないのでは代替品が必要だと思われるな」

 

「一応、量産出来る」

 

「何? どうやって?」

 

「肉の畑に蜂蜜と一緒に取ってた蜂の死骸も植えてある。今は畑を再生中……例のゴミの捨て場所」

 

「ああ、それか……」

 

「蜂蜜は取れない。でも、蜜蝋は採れる」

 

「解った。後でお願いする」

 

 頷いた少年は病院を後にする。

 

 今日中にしてしまわねばならない事がまだ数多く残っていたからだ。

 

 その背中を見送ったエルガムは恐らく昼夜無く必要ならば、働き続けているだろう少年の背中に新たな未来を視る。

 

 せめて、それが少年自身にとって良いものであれと願うしかなかった。

 

 生き急ぐように各地を飛び回る姿はあまり感情こそ出ていないが、それでも焦っているように見えたからだ。

 

 *

 

―――フェクラール中部。

 

「……まさか、我らが塔の残骸の上で野営とはな」

 

『はーい。川でお魚取って来たわよ~~』

 

「蜘蛛が一匹もいない上に塔の始点となる場所には大量の木材。どう考えても人がいる……」

 

「人がまさかウルガンダを打ち倒すとは……」

 

 巨大な蜘蛛の塔が地上に落下して破壊された直撃地点。

 

 大量の瓦礫が散らばるそこで四人の人影は野営していた。

 

 森からも少し遠く。

 

 野生の獣がいないフェクラールだが、蜘蛛が消えて尚、彼ら北部からの侵入者達は警戒の為に見晴らしの良い場所に陣取っている。

 

「ねぇ、あの2人。いっつも深刻な顔してない? 怖いわ~~おねーさん怖いわ~本当にアレが同輩の運命を握ってるとか~」

 

「あはは……仕方ありません。フェクラールのウルガンダやレーゼンハークが消えて、塔に残されているはずの品も無く。人の痕跡がある時点で……」

 

「まだニアステラに向かう洞窟には行ってないんでしょ?」

 

「ええ、まずは北の調査が先決。何処にも少し前に人が分け入ったような跡がありました。その上、例のヴァルハイルの守護領域が荒らされていた」

 

「何かを封印してたんだっけ?」

 

「ええ、ですが、それも持ち去られた後。ヴァルハイルに対抗出来る何かがあるかと踏んでいたのですが……」

 

「仕方ないわね。それでニアステラへの接触は?」

 

「お兄様が明日中にはと」

 

「そう……」

 

「いつでも霊殿へ戻れるように準備だけはしておけと言われました」

 

 話し込む2人に向けて2人が近寄って来る。

 

「明日は一端塔の始点まで向かいそこから二手に分かれる。洞窟にはオレとこいつで行く。お前達は引き続き周辺の地形と資源調査を頼む」

 

「っ、お兄様達だけで行くおつもりなのですか!?」

 

「ああ、そうだ。逃げ足の遅いお前を背負って逃げなくていいのは楽だからな」

 

「そんな言い方無いんじゃありません? 御当主」

 

 女の声が妹への言葉に呆れた様子になる。

 

「余計な口を挟むな。我らには最善と信じた行動を行わねばならない。でなければ、我らの同胞は須らく亡ぶのだからな」

 

「兄妹仲睦まじいのは良いが、明日はお前も後方だ。最前衛の偵察はこちらの仕事。1里は離れていて貰う」

 

「む……」

 

「言われてますね。御当主」

 

「煩い!! そんな事は言われずとも解っている!!?」

 

 四人がガヤガヤしている時、彼らは一斉に黙った。

 

「見られていますね……」

 

「悟られるな。気配は?」

 

「霊視で薄く糸が一本辛うじて山林に」

 

「……お兄様」

 

「何があっても逃げろと言ったら、必ず洞窟まで逃げろ。いいな?」

 

「はい……」

 

「それで? 御当主。どうします?」

 

「今、眷属化した精霊と繋がった。上空から見てみる……何だ? 蜘蛛……のはずだが、生物の気配が無い?」

 

 呟きと共に御当主と呼ばれた相手がブツブツと口内で呟き。

 

「生命属性変異呪紋【共視】」

 

 自分の見ているものを共有する呪紋が全員に同じ光景を見せた。

 

 そこには山林の少し遠い位置の大木にぶら下がり、尻から出した糸を遠方に伸ばしている幽霊のような蜘蛛が一匹。

 

「これは……何だ?」

 

「蜘蛛にしては……霊力だけで編まれたような? 解ります?」

 

「これは……生命属性の呪紋で生きているように動かしているのではないでしょうか。意志が感じられません。呪紋そのもので造った蜘蛛の形を別の呪紋で動かすような感じです……」

 

「つまり、人形か?」

 

「は、はい。お兄様にも分かり易く言えば……ですが、命のように振舞う呪紋を西部で持っているのは確か……随分昔に出奔した北部からの逃亡者のはず……」

 

「ふむ……尻から出ている糸は操り糸の類なのかもしれん」

 

「で、どうします? あたしはちょっかい掛ける前に身を隠しますが」

 

「一端、北に少し戻ろう。それで付いて来るようなら身を隠す。もし、そのままならば、沿岸部を迂回して南に向かう」

 

 四人が御当主と呼ばれた相手からの指示に頷いて野営地の道具をすぐに撤収し、迅速にその場から離れて行く。

 

 しかし、その蜘蛛は相手を地平線の先まで見送ってから、また周囲を観察し始めるのだった。

 

―――第一野営地浜辺。

 

「で? どうして、忙しいオレが呼ばれてんだ?」

 

「魔力一杯ある人の性」

 

 少年がイソイソと西部まで伸ばした一本の不可糸の先で蜘蛛を解いて生命付与の呪紋を解除する。

 

「お疲れ」

 

 今までガシンの背中に手を付いて、延々と糸を西部まで伸ばしていた少年は糸から魔力を抜いてまた見えなくした後。

 

 イソイソと作業に戻る。

 

「何してんだ?」

 

「新しい呪紋試してる」

 

 少年は野営地に頼まれていた仕事を全て終えた午後。

 

 また浜辺でナクアの書を片手に呪紋を行使していた。

 

「第一段階……」

 

 その言葉と共に魔導書が僅かに暗く輝く。

 

 すると、少年の片腕が灰色に染まった。

 

 同時に黒い鉤爪が伸びて、明らかに筋肉質な腕の内部で繊維が蠢く。

 

「―――形成パターンを部分記録。固定」

 

「この色……眷属化したゴライアスの力か?」

 

「そう。一部、ゴライアスの力が使える」

 

「つーか、あいつの力ってあの筋力じゃねぇのか?」

 

「アレは能力の表層」

 

「ヒョウソウ?」

 

「表向き」

 

「裏向きは?」

 

「コレ」

 

 少年が変異した片手で砂を掴んでから開く。

 

 すると、砂が硝子のように手の上で透明度を増して、ガラスそのものへと変質していく。

 

「何だ? 砂がキラッキラになりやがった? この輝き何処かで……」

 

「霊力による物質の変質。霊力がこの世界の物質を変異させる」

 

「……エンシャクから滴り落ちてたキラキラした血みたいなやつか?」

 

 本能的にガシンが能力の表出現象を言い当てる。

 

「アレはたぶん、自分の血を霊力で変質させて、周辺の亡者や亡霊に浸透させて操ってた。本来、亡霊も亡者も誰かに従う事は無い」

 

「幽霊を契約以外で操るって事か?」

 

「そういう事。だから」

 

 少年が変異した手の中の透明化した砂に念じた。

 

 すると、一瞬でソレが組み上がって小さなゴライアスを組み上げる。

 

「お? 上手いな」

 

「ゴライアスの筋肉、要はコレ」

 

「霊力で自分の体を変質させてるって事か?」

 

「普通の物質には凝集する限界。密度の限界がある。構造そのものの限界でもある。でも、この霊力による物質の変質は物質を霊力に半分同化させる」

 

「つまり?」

 

「どんなに鍛えた筋肉よりもゴライアスの筋肉の方が絶対に強い。密度の桁、凝集量が全然違う。その上、半分霊力だから重さも殆ど無い」

 

「……体鍛えるのが基本な奴隷拳闘にゃ羨ましい話だな」

 

「たぶん、ガシンも出来るようになる。いつか」

 

「オレはまだまだ鍛え方が足りねぇわけか?」

 

「呪紋掛ければ、すぐに使える」

 

 少年が変異した腕を見やる。

 

「身も蓋もねぇなぁ」

 

「使う?」

 

「その内な」

 

 肩を竦めたガシンが手をヒラヒラさせながら、その場を後にする。

 

 少年はそれを見送って、続けて呪紋の効用を試す事にするのだった。

 

「第二段階。開始」

 

 翌日、少年はさっそくその力を用いなければならない状況に陥る事となる。

 

 それは西部での事であった。

 

 *

 

「あ」

 

「「「「あ」」」」

 

 偶然であった。

 

 西部にやってきた北部の四人。

 

 彼らは遂にニアステラに続く海岸線沿いの洞窟へ偵察に出ようとして最も近い見えない塔に続く浜辺を拠点にしたのだ。

 

 今は誰もいない為、外部に監視の目を付ければ、問題無いだろうという算段であったが、同時にそれは内部に直接転移してくる相手の事を想定していなかった。

 

「く!!? いきなりだと!? まさか、霊殿か!?」

 

「お兄様!?」

 

「はぁ~~ここで一戦? あたしは逃げるに一票」

 

『どうした!?』

 

 入り口から奔り込んで来る相手もすぐに少年を見付けて、構えを取る。

 

 四人は人型であった。

 

 しかし、人では無かった。

 

 角持つ人型の獣鬼。

 

 そう呼ぶべきだろう。

 

 人の顔と獣のような四肢。

 

 瞳は縦に割れていて、其々に表す獣は違うのだろうが、それにしても右か左か中央に這えた捻じれながら伸び上がる角は灰色と擦り切れた金色を練り合わせたような代物で頭部に対して大き過ぎるのか。

 

 角の根本から顔や額を隠すかのように成長して仮面か顔の輪郭に合せて付けるアクセサリーのようにも見える。

 

 端正な顔立ちながらも獣染みた鋭い切れ長の視線と尾てい骨辺りから生える尻尾は明らかに別々の獣であった。

 

(いつもと面子が違う? いきなり、この長と周辺がやってくるのはパターンが観測されてない。やっぱり、何処かでフラグが立った? イレギュラーは歓迎してもいい。でも……)

 

 少年の前で悪魔のようにも獣のようにも見える彼らの体毛は褐色を黒く染めたようなもので統一されており、人間らしい肉体と獣毛の生えた部分の落差が激しい。

 

 レザリアの獣版に毛を大増量した感じと言えば、問題無いかもしれない。

 

「貴様!! 名を名乗れ!!」

 

 真っ先に少年へ話し掛けて来たのは青年であった。

 

 十代後半から二十代前半だろう。

 

 左に悪魔の如き禍々しい大角は他のモノとも違って赤黒い。

 

 顔の左半分に斑模様の骨の面が生えており、下の肌や瞳を晒している。

 

 誰もが装備はしっかりとしたもののようで衣服は野戦用の革製で軽装。

 

 だが、明らかに縫製能力が高いのか。

 

 攻撃を受ける外側と肉体の内側では薄さも違うようであちこちに鉄片が仕込まれており、肉体を容易には斬れないように軽さと頑丈さの両立が為されていた。

 

「お兄様!! お、お、落ち着いて下さい!?」

 

 そんな兄らしい相手を止めているのは少女だ。

 

 十代前半。

 

 少年と同年か少し下だろう。

 

(………久しぶりに会った……今回なら……必ず……)

 

 小さな体と大きな盾が不釣り合いな彼女は背中に背負っていた引き延ばした六角形状の盾で自分を隠すようにしながら、その陰から兄を諫めている。

 

 巨大な盾の背後に見える体は青年に比べたらかなり細く。

 

 スカート状のワンピースタイプな衣服は野外活動用ながらも何処か女性らしさを強調しているようにも見える。

 

 中央にそそり立つ角は深い純白。

 

 同時にティアラのように冠の形に角の下から生えた部分が少女を王族のように飾っていた。

 

「姫様~もう少し盾の影に隠れて~あたし、この目の前のに勝てないの分かるから、逃げる準備しかしてないのよ~」

 

 お茶らけているように見えて額に汗を浮かべて少女を庇う位置にいる女性は二十代程だろう。

 

 右から生えた角が逆向きに捻じ曲がっていて、その色は青白い。

 

 顔の輪郭に沿って頬を滑るように飾る角から下の部位には幾つもの呪紋らしき刻印が彫られていた。

 

 彼らの中で最も薄着な彼女は腰から大腿部から脇腹まで剥き出しの意匠であり腰辺りの紐で衣装が膨らむのを縛り上げている。

 

 セクシーを通り越して痴女っぽいのだが、その様子は気の良いおねーさんという感じであった。

 

 そして、その腰には物騒な事に大量の金属製の筒が下がっており、それが一目で爆発物やら大量の薬品だと少年には分かる。

 

 同じようなものを使う人間だからこそ少年には分かる。

 

 それは間違いなく危険物の束だった。

 

「答えねば、貴様を斬らねばならない。答えろ」

 

 少年に一番近い相手は片腕を異形化した二十代後半青年だった。

 

 最もこの場で強く。

 

 同時に優れた戦士である事が分かるのは完全に頭部以外の体毛を剃り上げて、あちこちに呪紋の刻印を入れている事からも明らかであった。

 

(今の能力なら戦うのに問題ない。この時期でも恐らく切り札は必要ない……)

 

 軽装の鎧は上半身裸で着込んでおり、肌に吸い付くような薄い装甲ながらも青年の細くも締まった肉体をしっかりと防護している。

 

 片手に短剣。

 

 片手に腕に付けるバックラータイプの金属製の盾。

 

 両手両足の関節部には呪紋を書き込まれた鎧の呪具。

 

 しかし、彼の頭部の角は二つありそうな左右が切り落とされた跡があり、そこから伸びる仮面のような部分もすぐに罅割れて消えていた。

 

 熟練の軽装戦士といういで立ちである。

 

「ニアステラの野営地の者」

 

「やはりか……やはり、ニアステラには今、流刑者が……」

 

 軽装戦士が思わず渋い顔になる。

 

「貴様!! この西部の蜘蛛共はどうした!?」

 

 リーダーであるらしい青年が吠える。

 

「倒した」

 

「な、何ぃ!? 嘘を吐くな!? あんな化け物をどうやって倒すと言うのだ!?」

 

「お、落ち着いて下さい!? お兄様」

 

 興奮する兄を盾の内側から少女が諫める。

 

「普通に」

 

「ふ、普通に……?」

 

 思わず間の抜けた顔でリーダーの青年が名状し難い顔と感情で固まる。

 

「普通……ね。あたし、やっぱ帰りますね? 御当主……まだ死にたくないので……」

 

「後にしろ!! どちらにしても見られた以上は拘束させてもらう!!」

 

「いやぁ、止めた方がいいと思うなぁ。あたしは……」

 

「お兄様!? ら、乱暴にしては後で交渉に響きますよ!?」

 

「此処でこのような手練れを逃せば、一日で何処まで西部に進出されると思う? 我らの同胞は待てぬのだぞ!!」

 

「そ、それは……」

 

「悪いが実力で足止めさせて貰う」

 

 軽装鎧の戦士がゆっくりと主なのだろう相手の前に出た。

 

「お前!? 一人でやるつもりか!?」

 

「此処はお任せを。御三方は即座に戻って同胞達に出立の号令を。先に陣に出来る場所さえ取っておけば、交渉も優位に進むでしょう」

 

「……ッ、済まぬ!!」

 

 すぐに決断したのは良いリーダーの資質だっただろう。

 

「ヒオネ!!」

 

「は、はい!! 廃神ウルテスよ。我らを霊殿に導き給え!!」

 

 少女が詠唱した時だった。

 

 少女の周囲の空間が湾曲し、ゴッと少女の肉体が吹き飛んだ。

 

「姫様!!?」

 

「何だ!? 貴様、一体何をしたぁぁあああ!!?」

 

 怒髪天を突く形相でリーダー格の青年が目を怒らせる。

 

「……異なる神の霊殿から直接自分の主神の霊殿に跳ぼうとしたから、反動で吹き飛んだ? 今度から気を付けないと……」

 

 思わず状況を理解した少年が初めて知る事実に溜息を吐く。

 

「霊殿への復帰が不可能だと言うのならば、此処は切り抜けるしかない。御当主」

 

「解っている!! 悪いが二人掛かりだ!!? ヒオネをやってくれた礼はしないとなぁああああああああああ!!!!」

 

 青年の肉体から魔力が僅かに漏れ出した。

 

「塔に待避しますよ!! お二人とも!!」

 

「任せるッッ!!」

 

 見えない塔へと吹き飛んだ少女を背負って女性が速足に待避していく。

 

 それを見送った少年は不意打ち気味に軽戦士の短剣が自分の心臓を狙うのを見て、食い止めるという割には殺しに来る相手の容赦の無さに理不尽なものを感じる。

 

「!?」

 

 ガギンッと黒いダガーがソレを受け止め、同時にもう片方から腰の得物を抜いて切り掛かって来る青年に無詠唱で光が奔った。

 

「イゼクスの息吹だと!!? 貴様は教会の手の者か!?」

 

 咄嗟に回避して距離を取った青年の横へ跳躍した軽戦士が並ぶ。

 

「呪紋は貰った」

 

「ッ」

 

 その言葉に反応した軽戦士が益々顔を厳しいものにした。

 

「呪紋の収奪はかなり高位。確実に神官長の位です」

 

「クソ。最低でも2人以上とはどうなってるんだ!? 流刑者だろ!?」

 

「言葉遣いが汚い。小手調べでは死ぬでしょう。済みませんが、戦う限り絶対はない……後ろへ」

 

「―――分かった!! 後は任せろ!! 存分にやれ!!」

 

 少年の前で軽戦士の男が両腕をクロスさせて力んだ。

 

 途端、その背後から青白い光が溢れる。

 

「廃神ウルテスよ。どうか、我らに勝利の加護を……神聖変異呪紋【狂獣】!!」

 

 少年が棒立ちなのを良い事にサクッと発動された呪紋が軽戦士の肉体を無理やりに肥大化させていく。

 

 そして、何故上半身裸に鎧を着込むのか。

 

 少年が理解する。

 

 鎧そのものが肉体の変質で取り込まれるからだ。

 

 獣毛が生えながら男を完全な獣へと変貌させていく。

 

 人型でありながら前屈みの4m程の巨大なソレはワーウルフを褐色にしたような感じにも見える。

 

 ゴッと無防備に見える少年に向けて猛烈な鋭い鉤爪の一撃が襲い掛かり、横薙ぎのソレを黒い大剣にした刃で受けて、同じ方向に跳びつつ吹き飛ばされた少年は傍に背後の岸壁に全身のバネを使って着地。

 

 しかし、降り立った瞬間にはもう目の前に高速で機動した獣の腕が迫り、面倒になって呪紋を精霊に詠唱させて、即時自分も変異呪紋を起動した。

 

『―――?!!』

 

 巨大な黒い鉤爪を持つ灰色の片腕。それは蜘蛛のような甲殻を筋肉のように脈動させ、獣の爪を受け止め、逆に掴んで地表に投げ落とした。

 

 ドッッッと下の砂が爆発し、クレーターと化す。

 

「馬鹿な?!! 無詠唱で変異呪紋だと!? クソ!?」

 

 後方では走って来ているリーダー格の青年がブツブツと呟きながら少年に向けて手を翳していた。

 

 発動したのはどうやら空気を操るものらしく。

 

 複数の渦巻く風が槍のように目視し難い状態で少年の追撃を防ぐべく放たれ。

 

 しかし、壁に不可糸で張り付いていた少年は4mの獣が即座に起き上がって反撃するのを潰すべく。

 

 瞬時に砂浜の起き上がる獣の横に着地して呪紋を回避し、クルリと一回転して、片脚で脇腹に蹴りを入れた。

 

『が―――!?』

 

 メキメキと音を立てて吹き飛んだ巨体が今度は近くの岸壁に激突。

 

 少年の脚は一撃で粉砕骨折していたが、真菌共生による効果と変異中の他の蜘蛛達の効果で治っていく。

 

 主に竜骨に置換された少年の脚は今後はかなり折れる確率が低くなるだろう。

 

「アルクリッド!!? 貴様!? よくもアルクリッドを!!?」

 

『御当主!? 来るな!?』

 

「もう容赦せん!! 死んでも恨むなよ!?」

 

 青年がアルクリッドと言うのだろう軽戦士の言葉を無視して、

 

 剣に何かを振り掛ける。

 

 途端だった。

 

 剣が腐食し始め、同時に剣そのものの内部から別の刃が露出する。

 

(抗魔特剣? しかも、通常刀身に入れ込まれた何か……コレは……今まで抜く前に終わらせてたヤツ? あの時期には反射速度で負ける要素が無かったから、一度も見てない……)

 

 少年が瞬時に利き手を元に戻し、同時にダガーを大剣状態にして構えを取る。

 

「喰らえ!!」

 

 青年が掻き消えて、その瞬間を見越した少年が上空に跳躍しながら、苦無を直線状に3連射した。

 

 1本が何かに当たって爆発し、その衝撃に割れた他が誘爆。

 

 亡霊すら一撃で屠れる威力は通常の生物にはかなりの痛手のはずであるが、青年が吹き飛んで岸壁に叩き付けられるも即座に起き上がって再び少年へ向けて剣の切っ先を―――。

 

「遅い」

 

「?!」

 

 その背後にいた少年のダガーが背後の布地の一部を透過するように刺し込まれ、ダメージを負った内臓に浸透した真菌が侵食と同時に体内の血管を掌握し、酸素を運ぶ血液を一瞬だけフィルタリングする。

 

 瞬間的な酸欠にカハッと息を吐いて倒れた青年の手から今まで見えなかった呪紋が彫り込まれている様子の捻じれたフランベルジュのような剣、混濁した褐色と薄紫色の斑模様のソレが蹴り飛ばされる。

 

「何故、だ。上空に」

 

 上空にいたソレが解けていく。

 

 不可糸で編んだ己の人形を生命付与で動かしていたのだが、ソレが解除されれば、瞬く間に溶けて消える。

 

 当人は瞬時に相手の後方にある霊殿に符札の転移で回り込んで上空に打ち上げた偽物に苦無を投げさせる動作をして高速で忍び寄ったのだ。

 

「く、そ………」

 

 倒れ伏した青年から蹴り飛ばした剣は少年の足元から伸びた黒い真菌の糸に回収されて遠方の岸壁に投げられてガスッと突き刺さった。

 

 何とか起き上がって元軽戦士が構えを取るが、少年がダガーを仕舞い込んでその場から離れる。

 

『何故、トドメを刺さない』

 

「西部への進出は認めてもいい。ただし、後の戦争でニアステラに加勢してくれるなら」

 

『加勢?』

 

「もう少しでアレらが来る」

 

『アレとは何だ?』

 

「北部から機械竜の軍勢が来る。東部から教会の本隊も……」

 

『?!!』

 

「ニアステラは西部まで拡大する予定になってる。北部からの移住者がこちらの列に加わるなら、西部の一部を自治的に治めて貰って構わない」

 

『貴様は……一体……』

 

「それと顔に傷のある獣の男。アレは許さない」

 

『ッ―――』

 

「見つけ次第必ず殺す。庇えば、次は無い」

 

『………必ず御当主に伝えよう』

 

 変異したまま。

 

 少年の横をすり抜けた軽戦士が青年を持ち上げて、そのまま跳躍し、今は糸で編みこまれて見える塔と化した橋の上で見下ろしていた仲間達の元へと戻る。

 

 それを見終わった後。

 

 少年は不可糸で抗魔特剣らしき禍々しい色合いのフランベルジュをグルグル巻きにして、符札を掲げて野営地に戻るのだった。

 

 *

 

「ハッ?!」

 

 思わず飛び起きようとした青年が脇腹の痛みに思わず体を強張らせる。

 

「こ、此処は!? ヤツは!?」

 

「お兄様!? 落ち着いて下さい!? 動かないで!?」

 

「うぐ、ヒオネ。無事か?」

 

 青年が背後から内臓に掛けての痛みに顔を顰めて動きを止める。

 

「は、はい……此処は見えざる塔の4塔目の詰め所です」

 

「そう、か。負けたか……アルクリッド。お前か?」

 

 もう人型に戻っている軽戦士アルクリッドが傷口を見せてから壁に背中を預ける。

 

「感謝してよね~~我らの同輩の為なんだから。おねーさん、逃げ出さないとか褒めてもいいわよ~」

 

「ミーチェ……はぁぁ、感謝する」

 

「はいはい。そういうのは傷口が治ってからね」

 

「あの時、確かに脇腹から内臓まで達したはずだが?」

 

「綺麗なものよ? 打撃痕しか無かったし……」

 

「イーレイお兄様は一時、意識が完全に無かったんですよ? ミーチェさんが手当をしてようやく落ち着いて……」

 

「………全員、生きているな」

 

 その言葉に周囲で空気が弛緩する。

 

「見逃された上に手加減されていた事を忘れるな。御当主」

 

「フン」

 

「その、アルクリッドの狂獣を使っても手加減されていたのですか?」

 

「ああ、背後の剣を結局抜かせられなかった。恐らく、抗魔特剣……その上、あの禍々しい気配。抜けば一瞬でカタは付いていたはず」

 

「うわぁ……おねーさん戦わなくて良かったわ~~」

 

「煩いぞ。ミーチェ……それであいつは何と?」

 

「西部の一部をくれてやると。その代りに後に攻めて来るヴァルハイルや教会との戦いに参列せよ。そういう話だった」

 

「傲慢な……そもそも流刑者なのに我らの事情を知っていた?」

 

「そのような口ぶりだった事に間違いはない。また、我らの列に加われとも」

 

「下に付け、か。ヴァルハイルの連中とどちらがマシかな?」

 

「だが、これで西部への活路は見出せた。少なからず」

 

「……オレのエーテは?」

 

「持って行かれた」

 

「散々だ!? クソ……」

 

「ま、まぁ、お兄様の命の代償だと思えば、惜しくは……」

 

「惜しいに決まっているだろう!? アレはなぁ!?」

 

「はいはい。動かない動かない」

 

「うぐ、ぐぅ……」

 

 ようやく大人しくなったイーレイと呼ばれた青年が溜息を吐いて切り替える。

 

「とにかく、まずは無事を喜ぼう。それとヒオネ。先に帰って移住団の移動を開始させろ」

 

「だ、大丈夫ですか? お兄様」

 

「とにかく、全ての情報を持ち帰れ。話はそれからだ」

 

「は、はい!!」

 

 そうして少女は今度こそ、何事かを呟くとその場から消える。

 

「で? 御当主。何を彼に聞きたいのかしら?」

 

「アルクリッド。他には?」

 

「隠し事は出来ない、か」

 

「どれほどの付き合いだと思っている?」

 

「……条件が更に一つ」

 

「何だ?」

 

「顔に傷のある男を必ず殺すと言われた。それも庇えば、次は無いと」

 

「――――――」

 

「それって……もしかして……」

 

 ミーチェが僅かに目を細める。

 

「今回の事前調査は本来あいつがやるはずだった。流刑者から怨みを買っている? どういう事だ?」

 

「分からない。だが、アレは嘘偽りの無い言葉だった。しかし、それならば……我らにも資するかもしれない」

 

「今はそう考えておこう。あいつなら、あの男すら確かに倒すかもしれん」

 

「横合から利益だけ掠め取ろうなんて、やるじゃない。御当主」

 

「言葉が悪い。ただでは起きんと言え。ぅ……」

 

「それにしてもあの子強過ぎじゃない?」

 

「フン。ヴァルハイルの連中と戦える能力だな。だが……助力を頼む程度には連中の上の強さも分かっていると見ていい」

 

「どう? 一緒に戦ってみる?」

 

「……考えておこう」

 

 塔の中。

 

 ひっそりとまた小さな選択が為された。

 

 そして、新たな波は起こされる。

 

 誰も知らない明日に向けて今は小さな波紋にしか過ぎなくても。

 

 *

 

―――第一野営地ウートの執務室。

 

「謎の集団に襲われた、か」

 

「アルティエ……だから、どうして帰って来る度に……いや、いい。お前が悪いわけでもないのは解っている。解っているが……」

 

 ウートとウリヤノフに少年は一応報告する事になっていた。

 

「人型の異形。喋る角ある獣型の人外か」

 

「恐らく北部の人間。一部の声は盗み聞きした。西部の北端に集団で押し寄せて来る。たぶん」

 

「それで?」

 

「会話の内容からして、何かから逃げてた可能性が高い」

 

「……北部の勢力争いか?」

 

「恐らく。竜の勢力だと思う。あれほどに強いのに逃げるなら、一番強い相手との勢力争いのはず」

 

 ウートが額を手で揉み解す。

 

「西部が安全になった為、負けそうな勢力が西部にやってくる、と」

 

「話は出来そうだった。ただし、交渉が上手く行くかは……」

 

「そして、即座に殴られたから、相手を殴り返して、生きたまま返したわけだな?」「顔は繋いだ。確認は取れる。強さは申し分ない」

 

「……彼らを我らの傘下に加えようと言うのか?」

 

「これから教会が攻めて来た場合、絶対に戦力が足りない。呪紋を使う教会騎士が広域に展開したら、幾ら倒しても被害が出る。神聖騎士が来れば、遠征隊以外じゃ絶対に護り切れない」

 

「だろうな……神聖騎士の話はよくよく帝国でも聞いていた。だが、彼らが我らに協力すると思える理由は?」

 

「勢力争いに負けても、勢力を養わないといけない」

 

「……ははは、なるほど。身に染みて痛い話だ」

 

 ウートが納得する。

 

「確かにスピィリア達の協力もあって、ニアステラの生産力は上がっている。爆華以外の食糧も今は畑を各地に作って整備中。自生する果物も確実に保存食として在庫は増加に転じている。

 

「西部の食糧化出来る植物の自生地域は南に偏ってる」

 

 少年が広げられた地図を指す。

 

「西部には定住してもいい。だが、食料が欲しければ、こちらに付けと?」

 

「あちらに技術や能力があれば、それと引き換えに生産力で必要なものを対価に譲歩を引き出せばいい」

 

 その言葉にウートが肩を竦めた。

 

「十年後も生きていたら、村長にはウリヤノフを、お前には次の村長をして貰う事にしよう」

 

「主……」

 

「いや、見事な話だ。ちゃんと考えてあるならそれでいい。で、お前が見て最も重要だと思った事柄は?」

 

「ヴァルハイルに追い立てられてた場合、ヴァルハイルが敵になる」

 

「ヴァルハイル……北部の竜の勢力。必ず敵になると? 交渉は無理か? どうしてそう思う?」

 

「あの亜人達は仮にも神様を祭ってた」

 

「先程言っていた廃神だったか?」

 

「そう。廃神ウルテスって言ってた。でも、その神すら負かす連中が高が人間の罪人崩れの流刑者相手に交渉なんてしてくれるとは思えない」

 

 少年がそう言った時、扉が開いて老爺が一人やってくる。

 

「リケイ殿。せめて、声くらいは掛けて頂きたい」

 

 呆れた目でウリヤノフが溜息を吐く。

 

「おお、我が知識の出番かと思いましてな? それでウルテスと言っていたのですか?」

 

「話はしていって欲しいが、次からは最初から加わって欲しいものだ」

 

 ウートが横に置かれた小さな樽の栓を少し開けて酒を注いだ杯をリケイに渡す。

 

「おっと、これは頂いておきましょう。では、ウルテス神に付いてでしたな」

 

 リケイが一枚の地図を懐から取り出した。

 

 それは大陸の地図である。

 

「エル大陸には凡そ別大陸から来た者達の信仰する神が何柱かいますが、その一柱ですな。廃神というのはまぁ言ってみれば、大陸での主要宗教に負けた負け犬の神という事です」

 

「ざっくりとしていて、的確な話をして頂き感謝する。だが、教会に負けた宗教が此処に?」

 

「ヴァルハイルと同じでしょう。各国のゴミ捨て場のような扱いをされていた島ならば、大陸から追い出されたモノが吹き溜まっていてもおかしくはない」

 

「それでその神の教義は?」

 

「ウルテスは元々が牧畜の神でしてな。特に魔の技の呪紋では変異呪紋に長けており、その信奉者達は獣の姿を取る極めて優秀な狩人で戦士だった」

 

「アルティエの話とも一致するな……」

 

「神が説くは唯一つ。命を無駄にするな。だったかと。ただし、彼の神には一つ悪い癖がありまして」

 

「悪い癖?」

 

「神の癖に死にます」

 

「何?」

 

「神とは本来、我々よりも高い次元に身を置く存在。しかし、外来の神であるウルテスは人の世に墜ちた受肉の神でもある」

 

「受肉神? 教会の伝承では確か……」

 

「ええ、災厄を振りまく神と言われていますが、それは当たらずとも遠からず。ウルテス神は人々に多くの恵みを与え、人を獣や鳥の能力で大いに栄えさせた。しかし、血肉ある者は滅びるが定め」

 

「だから、死ぬ、と?」

 

「左様。死ねば今まで与えた恩寵は全て消える。確か古文書の類に拠れば、最後に転生したウルテス神が死んだのは252年前。教会との勢力争いに敗れた時だったかと……」

 

「ああ、神殺しの逸話にある獣の神か。ふむ」

 

 ウートが教会の故事を思い出す。

 

「それですそれです。ならば、関係者が流刑にされていてもおかしくはない。ヴァルハイルはそれよりも以前に来ていた。とすれば、あちらが新参者。勢力争いに負けて行き場を失っている最中に西部が蜘蛛から解放されたとの情報で勇み足でやって来ていたのでは?」

 

「詳しい事は解った。何か対策や必要になる知識は?」

 

「では、一番マズイところから。神と人の混血。亞神が未だに量産されている可能性がありますじゃ」

 

「神との混血者……それは……」

 

 ウートが難しい顔になる。

 

「また、神の血統からしか転生者は出ない上に転生者が出る血統は定期的に蘇った神と交わり、血の濃度を高めている。結果として亞神の血が入るウルテスの信徒の多くは魔の技と身体的な能力に長けます」

 

「……人間ではどうにもならなそうだ」

 

「ええ、間違いなく。当時の教会騎士達の4分の1が決戦で死んだ上、神聖騎士も凡そ20人程が道連れにされたとか。不死殺しの力を持っていたとも言われており、出来れば、仲良くする事をお勧めしますじゃ」

 

「……そんな彼らが追われるとすれば、北部は魔窟か。あるいはヴァルハイルや他の勢力が強過ぎるのかもしれん」

 

「さて、自分達より強い負け犬を受け入れるならば、策を練るのも一興かと」

 

「どのような?」

 

「要は彼らを二度負かせばよいのですよ。そして、それは半ば達成されている。お手柄ですな。アルティエ殿」

 

 少年を全員が見やる。

 

「………」

 

「では、三度負かして彼らを我らの元へ取り込みましょう。それでこそ安心して隣人になれるというもの……」

 

 こうして、西部からのお客様をお出迎えする為、遠征隊が駆り出される事になったのだった。

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