流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて- 作:Anacletus
『わたくしの体探しが何だか近頃おざなりにされているような気がしますわ』
ブツブツと言いながら近頃はフレイ達と一緒にドラコ―ニアや他の蜘蛛達を教練しつつ、自分も鍛えているエルミが不満を述べる。
その手にはカードが握られていた。
「まぁまぁ、とにかく今日はお休みという事ですし」
それを宥めたフィーゼがカードを出して一歩リードする。
「む、むぅ……こういうの初めてしたけど、あ、案外面白い……あ、ボクもこれ」
それに続いたレザリアがカードを幾つかまとめて出した。
周囲から呻きが上がる。
「く、つ、強過ぎだろ。クソ……また負けた」
ガシンが降参とばかりにカードを全て放棄して立ち上がる。
「ガシンさん?」
「ああ、ちょっとあっち見て来る」
「解りました。気を付けて下さいね?」
「ああ」
―――西部北端域遠見の丘。
幕屋が一つ見晴らしの良い高台となった丘に置かれていた。
山林と丘陵を見下ろせる絶好の位置。
此処からならば、西部の中央部の少し上くらいまでは見渡せるくらいに広く視界が通っており、何処からでも敵を発見する事が出来るだろう。
『………』
その上、景色は素晴らしく。
此処で星降る夜に野営すれば、自然の壮大さに感動し切りのはずである。
まぁ、敵になりそうな野戦部隊が歯軋りしそうな渋い顔で天幕を遠方から見ていなければ、だが。
「おう。やってるか?」
「うん。角持ちはあんまりいないけど」
「ほうほう? 角があるヤツが強いんだっけ?」
「そう。絶対に強い。でも、角無しが一杯部隊に混ざってる」
「理由はさっきの話で想像は付くな」
「もうたぶんあんまり数が残ってない。もしくはまだ後方で戦ってる」
だろうな、と。
ガシンは忌々しそうに物資を満載した荷車を馬で引いている者達を見た。
一番見晴らしの良い西部北端の要所が何者かに抑えられているのだ。
これでは軍事的にもかなり厳しい。
相手は少数。
と、思って仕掛けて来た部隊が霊視の力も無いので不可糸の網に絡めとられて戦闘不能にされた後、生命付与の呪紋で造られた蜘蛛達に体力をちゅーちゅーされて生きたままペッとそこら辺に転がされていれば、一般の部隊にはもはや成す術もないという具合である。
『な、何だ!? どうしたお前達!?』
『こ、こんな!? いきなり倒れるなんて毒か!?』
『クソォ!? 後退しろ!? こうた―――』
『戦わずに敗れるだと!? 我々、バルオクの氏族が!!?』
何よりも滅茶苦茶手加減されているのが武人なら分かるわけで増援を呼んで来ても見えない糸と見えない蜘蛛達が相手ではどうにもならない。
結果、歯軋りしながら部隊は遠巻きに丘の上の彼らの天幕を見ているわけである。
『はっはー!! こりゃダメね。あははは』
ガシンが少年の座る高台の椅子の横で部隊を見下ろしていると山林の後方から声がして、ノソノソと人影が出て来る。
「あん? 本当にアレ同じ種族かよ」
ガシンが呆れるのも無理はなかった。
角獣人と呼べるような者達。
その中から出て来たのは全身がキメラのような相手だった。
角持ちの獣人の特徴に加えて、体毛が頭部以外には無く。
肌のあちこちに呪紋らしきものが彫り込まれている。
体毛さえなければ人間に近いのかと思いきや。
その背中には翼らしい硬い獣毛に覆われた翼。
胴体部の肌のあちこちには鱗らしいものが見られ、鎧のようになっている。
また、最も驚くのは額にある二つの扇の骨のように斜め配置にある目だろう。
合計四つの目が美しい女の美貌を更に異彩を放たせている。
白と黒が混じり合う二つある角から伸びた骨の仮面のような部分が額から鼻筋までを飾っていた。
「普通に戦ったら、普通に強い。戦士級」
「普通に強いのかよ。今のオレじゃ勝てなくね? アレ」
「勝てない。たぶん、呪紋沢山に空も飛ぶ上に近接戦も強いし、見える領域が神の力まで届いてる」
「はい。終わった~~オレの出番無しじゃねぇか」
「そうでもない?」
「あん?」
「魔力補充役」
「ああ、そう!? クソ、何か近頃オレを魔力が幾らでも出て来る樽みたいに思ってねぇかお前!!?」
思わず涙目で喚くガシンである。
「何か言ってるけど、あんたら!! そこ退きな!! ウルテス神の加護在る戦士アラミヤの名において!! そこを退くなら殺しゃしない」
長い髪の女が嗜虐的な顔で本能的なのかどうか。
闘争を求めてますという顔になる。
「そこのおっぱいのでけーねーちゃん!! オレ達が先だ!! 後から来たなら!! それ相応の話があって然るべきだろ!!」
ガシンが一応話が出来るかどうかと挑発してみる。
「はははは!! そうかい? なら、あたしと一発しけこむかい? あたしはそれでもいいんだが……」
ガシンがいやそういう趣味はねぇんだが、という顔になる。
「おや、ダメそうだ。じゃあ、戦うしかないね」
「クソ。どう答えても襲ってくるヤツじゃねぇかアレ」
「そういうもの。戦士だし」
「どうする?」
「普通にゴリ押し」
「ゴリオシ?」
「魔力使う」
「あ~はいはい。好きにしろ」
一瞬で猛烈な跳躍で襲ってくるアラミヤと言う女戦士は背中から抜き放った大剣を片手で振り回し、周辺に展開されている蜘蛛の糸を切り払いながら滑空。
蜘蛛達を次々に斬って糸に戻しながらすぐに少年達の傍までやって来た。
「ほらほら、早くしないと斬っちゃうよ?」
「………顔に傷のある男を知ってる?」
「あ? 顔に傷……アンタ、ヴェーゲル様を知ってるのかい?」
「後で殺す」
「はははは!! そりゃぁいい!! そうなれば、次期当主争いもすぐに終わっちまいそうだね!!」
そう言いながら女の手に力が入る。
「アンタらがあたしを切り抜けられたらそうするといいさ」
無詠唱でアラミヤの背中の翼から低速で薄紫色の獣のようなものが大量に上空へとばら撒かれた。
しかも、延々とソレが上空に溜まり続けて行く。
「ほらよ!! 贈り物だ!!」
大量に出て来る蜘蛛を糸毎切り払い続けているアラミヤの号令で一斉に獣達が速度を変えて地表に高速で落着し、猛烈な爆発を引き起こす。
威力を集約された少年の座る地点はあまりの爆風に周辺の地面が抉れて幾つもクレーターが出来て土埃に呑まれた。
「解ってるんだよ!!? 死んだフリはヨシな!!」
土煙がブワリと晴れる。
途端、後方の部隊の者達が目を剥いた。
土煙の中から悠々と巨人が歩いて来る。
それは生命付与によって命を与えられた糸の巨人。
西部で少年が襲われたゴーレムを模したものだった。
「はは!? こんなもんまで出せるのかい!? 相手にとって不足無―――」
敏捷性というものをゴーレムから予測出来ていなかった時点で女戦士アラミヤは負けていたと言うべきだろう。
彼女の最大加速とほぼ同じだろう速度で拳が振り下ろされ。
「ガッッッ?!!」
彼女の肉体が耐えられる程度の衝撃でクレーターの中心となった彼女は両腕を粉砕骨折しつつ、僅かに心停止するも呪紋の効果なのかどうか。
白い魔力の光に包まれて意識を復帰させ、ニヤリと笑って押し潰してくる白いゴーレムの腕の先で気絶した。
理由は単純である。
小さな蜘蛛がゴーレムの拳から湧き出して、彼女の体力を吸い尽したからだ。
魔力も限界まで吸収されてしまえば、呪紋も発動出来ない。
ゴーレムが融けて糸に戻り、周辺の地域を覆うようにして領域を広げていく。
『戦士アラミヤがやられたぞおおおお!! 本隊に報告せよ!!? 退却!! 退却ぅううう!!?』
こうして、糸でアラミヤの武装を解除した少年は仕込まれている武器が無い事を確認した後。
膨れ上がった両腕と砕かれた肋骨の痛みで未だ白目を剥いてピクピクしている戦士をじ~~っと見やり、腰から引き抜いた革袋の水を一口飲ませて蜘蛛達に彼女を天幕の中まで運ばせていく。
「え!? 誰!? この人!? いや、人!?」
「いや、それはレザリアが言うとアレなんですが……」
『まったく、女性を浚ってくるなんて嘆かわしいですわ。それはそれとしてわたくしに戦利品は?』
女性陣の三者三葉の様子にガシンは女の肝の太さを思い溜息を吐くのだった。
こいつらもう立派に戦士並みのクソ度胸と風格だよなぁ、と。
*
「アラミヤ殿がやられたと先遣部隊から報告がありました。例の高台に御当主が言っておられた人物らしき者と数名を確認。恐らくニアステラの者達で間違いないかと」
西部の北端沿岸部。
橋の上から大量の糸が垂れて、荷車や人が巨大な籠に載せられて降ろされている横では臨時の軍司令部が置かれていた。
獣人の女子供ばかりが降ろされる籠には他にも大量の樽と家畜の姿。
一息吐いた彼らは仮の宿として天幕を張り始めており、周囲の山林が一部切り拓かれ、疑似的な野営地として機能し始めていた。
「……そうか。後方の者達からの報告は?」
「現在、撤退中との事です。辛うじて追撃部隊は退けたと。死者は出ておりません。やはり、本隊に殆どの戦士を投入した事は良かったかと」
司令部の最中。
複数の老齢から初老の男達があちこちに派遣した部隊からの報告を受けながら、状況を整理していた。
「マズイ……あの高台を抑えられると戦となれば、かなりの出血を覚悟せねばなりません」
「今はまだ少数なのだろう!! 此処は多少の犠牲は覚悟で数で押し潰しては? 我らには時間が無いのは諸兄らも知っての通りだ」
「いや、ですが、ニアステラ側が蜘蛛を倒し、領有していると宣言した以上、我らは後追い。二アステラ側を刺激して、後々の交渉になれば、かなりの―――」
「静まれ!!」
その場にいたイーレイが男達に号令する。
「例のヤツはアルクリッドすらも負けた相手だ。生半可な数や質では逆に押し潰される。そもそも大多数と戦う事に長けたアラミヤが負けたと言うなら、問題は戦力の量ではなく質だ」
「アラミヤ殿はそれなりだったかと思いますが……」
「ユレンハーバの氏族から我らの最強を出そう。もし、負ければ、ニアステラ側に譲歩する。どの道……ヴェーゲル殿が負ければ、我らに勝てる戦力は無い」
その場の男達が思わず沈黙する。
それを後ろから見ていたアルクリッドは内心で上手いと主を褒めていた。
「よろしいのですかな? ヴェーゲル殿が武功を上げるという事は氏族会議において御当主は地位を失う事になりますが……」
「構うものか。諸氏族全ての命の事である。命を無駄にせぬ事を第一とするならば、敵との力関係を明確にし、その上で交渉に臨むが定石。自らの氏族一世代の為に多世代に渡る諸氏族の歴史を終わらせる方が罪深いのは明白だ」
そのイーレイの言葉に老人達が納得した表情となる。
「解りました。では、すぐ様にでも……ですが、ヴェーゲル殿が納得するかどうかは……」
「納得するしかないだろう。アルクリッドを倒す程の猛者だ。その上、彼の弟達が戻らない限り、勝ち目はそもそも無い。ニアステラはあのウルガンダを倒している……その一戦士すら倒せぬならば、我らには無駄に散る戦力しか残っていない事になるのだからな……」
(御当主。弁が立つようになったな……)
背後で聞いていたアルクリッドは誰にも見られぬよう唇を僅か釣り上げた。
彼らの中でもう解答は出ていた。
あの時、あの戦士が本気だったならば、自分達は死んでいる。
そして、自分達の諸氏族最強の戦士。
ヴェーゲル・ユレンハーバでは恐らく相手に勝てない。
これが彼らの最適解に違いなかった。
『おぉ、ヴェーゲル殿!! ヴェーゲル殿が来られたぞ!!』
一部の兵士達が何処か賞賛を含んだような顔で天幕にやってくる大男を見ていた。
「何事か。オレの話をしていたようだな。イーレイ」
やって来た大男の顔の額には大きな切り傷の跡があった。
その額の中央では縦に割れた瞳がギョロリと白濁した瞳で周囲を見ている。
全体的に見て獣の風貌が強い男だった。
何よりも肉体の殆どが硬質な灰色の獣毛に覆われており、顔に呪紋が幾つか刻まれている以外では体躯の強靭さが際立つ。
装甲らしい装甲は殆ど付けておらず。
腰から下も動きを阻害しない最低限の装備が剣一本あるのみだ。
「ヴェーゲル殿。ニアステラの話は聞いていると思うが、彼らに占領された一帯を護る戦士を倒して来て欲しい」
「ほう? オレが高ぶるような戦士がいると?」
50代程だろう男が唇の端を曲げる。
「恐らく、ニアステラ側の上位の戦士だ。アルクリッドを退ける程の……」
「ははは、坊主が負けるとは面白い相手のようだ。いいだろう。その任引き受けた。だが、武功を積めば、次の氏族会議では危ういかもしれんぞ?」
「問題無い。同じだけ武功を上げればいいだけの事だ」
「よく言った。まぁ、ニアステラの女がどれくらいの味か見る前に一人倒してこようか」
「諸氏族の未来の為。どうかお頼みする」
「任せておくがいいさ。次の当主の座は頂くがな」
男が大笑いしながら去っていく。
それを僅かに忌々し気に見ていたアルクリッドはその場を離れ。
女子供が集められた一角の天幕。
最も大きい場所に入る。
「ヒオネ」
「あ、アルクリッド様!? 何を勝手に入って来ているのですか!? 先程までまたあの大男が来ていて、皆怯えているのですよ!?」
「そうですそうです!! また、あのユレンハーバのヤツが来て、姫様に卑猥な事を……くぅ!? 腹が立ちます」
「ああ、済まない。では、呼び出してくれるか?」
アルクリッドが侍女達にペコペコと頭を下げる。
そうして数十秒後。
天幕の最奥からヒオネが侍女達を連れて出て来る。
「アルクリッド。会議はどうでしたか?」
「ユレンハーバの最強を高台に差し向ける事に決まった」
「そうですか……お兄様は?」
「立派に働いている為、問題無く」
「……皆、不安になっています。父兄弟達が背後で奮戦しているとはいえ。それでもやはり……」
「西部の大山岳は超えられない。である以上、問題は如何に早く【悪滅の庵】を崩して封鎖するかとなる」
「もしもの時は……お兄様がその決断をするのですよね……」
「生き残る為ならば、同胞も理解する」
「解っています。ですが、ニアステラ側は……流刑者達はあのユレンハーバの最強に……」
「さて、どうなるかは推して知るべし。我らは答えを待つべきだ」
「解りました。待ちましょう。今は……」
こうして角獣人の野営地からは十数名の部隊が出立し、数時間せずにその高台へと赴く事になる。
それは彼ら最強の戦士の部隊。
唯一残された希望。
そう多くに思われる者達に違いなかった。
*
「なぁ、ずっと座ってて痛くならないか?」
「これが一番いい。後、得物が掛かった。此処を放棄する」
「へ?」
「全員一時撤収。一人でいい」
「オイオイ。お前、一緒に戦えばいいだろうが」
「手加減出来ない人間は現場に不用。相手を圧倒したと思わせないと相手が攻めて来る。でも、相手を殺さないように手加減出来ないと反感を買う」
「政治かよ!? 此処まで来て」
思わず苦労している少年の頭をガシンがポンポンする。
「今後の事を考えても一人で圧倒して、一人で手加減するのが一番楽」
「解った……でも符札で帰るのか?」
「霊殿は置いた。一刻後にもう一度来てくれればいい」
「解った。じゃあ、先に一旦帰る……無茶するなよ?」
「解ってる」
少年の頭をまたポンポンしてガシンが笑い。
そのまま少年から符札を受け取って、その場にいる女性陣に説明しつつ、天幕の中から第一野営地に跳んだ。
「来た……これでようやく……」
―――44386528372日前『ほら!? ほら!? オレの女になれ!! なれよ!!?』
いつか見たフラッシュバックを首を振って打ち消した少年がいつもよりは細まった目でダガーを抜いて、その場から消える。
「此処が高台か。良い位置だ」
ヴェーゲル。
角獣人達の野営地一の戦士は夕暮れ時の高台にポツンと置かれた天幕を見やり、周囲の男達に合図をして包囲させつつ、いつでも呪紋を使えるように準備し、ゆっくりと近付くと一斉に秒速100mを超える跳躍で天幕を破壊する為に斬り掛かった。
内部の相手毎の斬殺。
合理的な手順を踏んだ彼は一瞬後。
「?」
自分の視界がクルクルと回っている事に気付き。
トサッと自分と同じ顔をした同氏族の戦士達が呆然としたまま命を途絶えさせているのに驚きながら、自分の命が後数秒だと知って、最後に相手の顔を見やろうとしたものの、その事を最期に後悔した。
自分の首を持ち上げるソレの顔を見てしまった事を彼は呪霊や怨霊になる事すら出来ない程に後悔した。
「―――」
それがもしも人の顔ならば、人とは何と悍ましく怖ろしいのだろうかと。
人形にすら魂があると信じられる程に冷たい憤怒。
世界を壊してしまいそうな硝子玉のような瞳は彼を覗き込んでいた。