流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第36話「鳴動せしフェクラールⅢ」

 

「御当主!! 御当主!!? 緊急!! 緊急!!」

 

 遂に来たかと。

 

 彼イーレイが腰を上げてすぐに伝令兵からの話を聞いた後。

 

 野営地の外まで走り出せば、多くの者達が追従した。

 

 そして、彼が見たのは想像を絶する出来事であった。

 

 戦士達が歩いている。

 

 だが、戦士達は死んでいる。

 

 その証拠に首から血潮が溢れている。

 

 横一列の戦士達の前を歩いている黄昏に黒い影を落とす少年を彼は正直見縊っていた事を知る。

 

 傷一つ無く。

 

 疲れてすらいない。

 

 ただ、その冷たい瞳だけが、自分達と戦った時よりも尚怖ろしく。

 

「たのもう」

 

 そう一言を告げた少年が黒いダガーを剣に納めて指を弾く。

 

 すると、戦士達がバタバタと倒れ伏し、まるで眠っているかのように仰向けで彼らの前で浮かんで野営地の守護者達の前に差し出される。

 

 何故、浮かんでいるのか。

 

 それを知れるのは霊を見れる者達だけだった。

 

 蜘蛛だ。

 

 小さな蜘蛛達が運んでいるのだ。

 

 その体格差からすれば巨大に過ぎるだろう体を。

 

 そして、野営地の前に並べられたユレンハーバの戦士達は無言で帰宅。

 

「我が方の陣地を名乗りも無く襲われ、仕方なく応戦し、打ち倒したものである。これによってニアステラはそちらの方に何か譲歩を迫るものではない。我らはあくまで名乗りもなく、いきなり剣を振り下ろしてきた卑怯者へ相応の対処をしたのみ。今後もこのような事が続くのならば、そちらへの対処を改めなければならないが、そうでないのならば、今回の事は単なる統制を離れた兵が野盗化し、理性なく襲い掛かって来た事故であると処理しておく」

 

「ま、待たれよ!?」

 

 少年が背を向けて帰ろうとするにハッとしてイーレイが声を上げる。

 

「ニアステラの戦士とお見受けする!! 今回の件の首謀者は代表者であるこのイーレイ。イーレイ・スタルジナに責があると覚えておいて貰いたい!! もしも、本当に我が方の戦士がそのような蛮行を働いたのならば、お詫び申し上げる!!」

 

 イーレイ。

 

 青年が内心で自分の思っていた以上の状況に忸怩たる思いで頭を下げた。

 

 本当ならば、相打ち。

 

 出来れば、重症。

 

 そう思っていたのだ。

 

 だが、彼やアルクリッドの思惑は外れ。

 

 まさか、野営地最強の戦士が他の同氏族の戦士達と共に蛮行を働いた、なんて宣伝されて士気を落とされた挙句。

 

 首を一太刀で落とされている、なんて言うのは明らかに譲歩以上に現在の諸氏族を不安定化させる妙手。

 

 此処で統制が取れなくなったりしたら、彼らに生きる道は無いわけで、それが理解出来る彼は形だけでも周囲の者達を安心させる為に頭を下げざるを得なかった。

 

 少なくとも何であれ相手を怒らせて謝罪したという形であれば、これ以上の惨劇は起こらないだろうと事実とは異なるとしても多くの者達は安心する。

 

「丁寧な謝罪。これを受け取らねば恥じとなりましょう。受け取っておきます。また、今後あの地点に来る場合は非武装とは言わずともせめて声を発し、対話を求める者を寄越して頂きたい。この要請が護られる限りにおいて、我らニアステラはそちらを敵だとは思わないとお約束しましょう」

 

「わ、分かった!! 今後、ニアステラ側への来訪を予定している!! 後日、交渉の使者を立てる為、しばし待って頂きたい!! 我らは廃神ウルテスの子!! アルマーニアと言う!! 覚えていかれよ!!」

 

 少年は頷いて野営地の残骸がある高台へと戻っていった。

 

「アルクリッド」

 

「此処に」

 

「しばらく、疲れそうだ。夜になるかもしれんが、飲み食いと寝床の準備をしておいてくれ。それと妹に今後は夜も安心して眠れと」

 

「解った」

 

 側近であるアルクリッドがすぐに野営地の奥に戻ると次々に戻った戦士の遺体に悲鳴を上げて縋りつく氏族の者達やら、当主に駆け寄って来る重臣達やら、彼らの野営地は最大級の混乱に見舞われる事になるのだった。

 

(有言実行か。名前を聞いておくのだったな……)

 

 こうして彼らアルマーニアは西部の洗礼というよりは怖ろしきニアステラの威力を存分に見る事になったのである。

 

 その夜。

 

『強くて手加減出来なかった』

 

 そう、アルマーニア側に死者を十数名出した事を正直に報告した少年を前にウートは魂が抜かれたように疲れ果て、後で少し譲歩しようと固く誓うのだった。

 

 *

 

―――2日後。

 

「こ、此処がニアステラ!? く、蜘蛛の人型!? ま、まさか、ウルガンダの!!?」

 

「ひぃ!? く、蜘蛛がぁ!? 蜘蛛がぁ!? あ、あれは大丈夫なのですか!? アレはぁあ!?」

 

「あ、あの黒曜石の都市は!? ま、まさか、伝説のノクロシア?!」

 

 ニアステラの第一野営地の浜辺。

 

 さっそく到着したアルマーニアの交渉団はニアステラの各地を通って来た時も驚いたものだったが、それ以上に活気のある煙臭い野営地に顔を顰めるより先に大量の蜘蛛に出迎えられて、魂を抜かれそうになっていた。

 

 スピィリア達は蜘蛛型に戻れて、そちらの方が色々と作業が捗る事から、お仕事中は人の手が必要でない限りは蜘蛛形態でいる事が多い。

 

 そして、交渉団にいた女性達が顔を引き攣らせる程度には蜘蛛型の人種族がウロウロしている上、何か色違いの一際強そうな蜘蛛が諸々いる事も確認して、ガクガクブルブルしているわけだ。

 

「あ、でも、案外この子達……人懐っこい?」

 

 交渉団にいた少女。

 

 ヒオネがアルマーニア御一行様歓迎の横断幕を持ってピョンピョン跳ねたり、歓迎の文字を入れた旗を振っている蜘蛛達を見て首を傾げる。

 

「騙されてはいけません!? ウルガンダの蜘蛛と言えば!! 伝承にもある通り!! 人を毒で犯して生きたまま食い殺し。また、卵を産み付けて、内部から……うっぷ……っ」

 

 叫んだ侍女達が次々に伝承を思い出して口元を抑える。

 

 すると、それを見た蜘蛛達がすぐにサササッとやって来て、ウェルカムドリンクならぬ野営地名物の甘い爆薬酒の入ったお椀をおぼんに載せて勧める。

 

「あ、甘くて美味しい」

 

「姫様!? 毒味してからになさいませ!!?」

 

「こ、此処は侍従のわたくしめがぁああ!!?」

 

 ゴクリと一口飲んだ後。

 

 侍従達が目を丸くする。

 

「あら、甘くて美味しい……」

 

 侍女達が次々に蜘蛛達に木製のジョッキを渡されてゴクリと飲み干した後。

 

 この蜘蛛達は危なくないのだろうかと首を傾げる。

 

「お前達、何をしている……行くぞ」

 

 そんな光景に物珍し気だった交渉団を連れて代表者であるイーレイが他の戦士達に護衛されながら、野営地の広場に設置された長椅子とテーブルを前にして、ようやくニアステラの代表者に会う事になるのだった。

 

 *

 

 こうして、代表者達がツマラナイ未来の話を詰めている最中。

 

 やって来ていたヒオネは浜辺で模擬戦をしている遠征隊の面々を見付けた。

 

「ガシン!!? それ一人で出来るようになったの!?」

 

「ん? ああ、コイツか? 何か一人で出来るように覚えておけっつってな。アイツがリケイさんに呪紋の部分転写? とか何とかして貰って」

 

「!!?」

 

 彼女達が見たのは巨大な人の数十倍はあるだろう腕を背中に背負うようにして金色の蜘蛛や紅蓮の蜘蛛や灰色の蜘蛛と素手?で殴り合う青年やら。

 

「あれはさすがに真似出来ないよね」

 

「そうですね。ガシンさんも何だかアルティエがいなくても滅茶苦茶格上相手に戦えそうな感じです」

 

『わたくしの体、いつになったら見付かるのぉ~~~もぉ~~早く遠征に出掛けたいですわ~~~』

 

 蜂のような尻尾や甲殻を持つ少女と竜鱗の装備を身に付けた少女と空飛ぶ幽霊っぽい少女が全員で数百m先の的にバシバシと矢を命中させている姿だった。

 

「こ、これがニアステラの実力」

 

 ゴクリと唾を呑み込んだヒオネにしてみれば、全員何かしらがオカシイ。

 

 腕が大量に背中から生える青年は明らかに巨大過ぎる霊力を持っているのが解ったし、それと戦っている蜘蛛達は一匹一匹が怖ろしく底が見えない。

 

 少女達も明らかに自分達の倍以上はありそうな弩や弓を軽々と扱っており、装備も普通には見えなかった。

 

「というか。いつの間にフレイはまた蜘蛛になったのですか?」

 

「あ、それね。アルティエが蜘蛛にも人にも為れる方が便利だよねって言ったら、フレイが何か自分で蜘蛛形態になる方法、呪紋を考えたんだって」

 

「へ!? じ、自分で?!」

 

「うん。ええと、魂の変形? とか言うのを身に付けたとか言ってたよ。何でもゴライアスを参考にしたとか何とか」

 

「へ、へぇ……さすが一番頭脳派なフレイですね」

 

 フィーゼとレザリアが会話している間にもまったく見ていない的にはバシバシと矢の山が横に積み上がっていた。

 

「ニアステラの女は凄いのですね……」

 

「は、はい。さすがに戦士達の中にもあのように見ずに遠当て出来る弓術師はおりませんので」

 

 彼女達がニアステラ恐るべしという顔になっていた時だった。

 

「あ~~ガシンいるじゃない。ほ~ら、アンタの好きなおっぱいよ~~」

 

「ブゥウウウウウウウウウ!!?」

 

 思わず侍女達が噴出した。

 

 それもそのはず。

 

 先日、死んだと言われていた女性の戦士の中でも特に大多数相手に無類と言われていた空も飛べる逸材が何か薄い布地で胸を覆っただけの服を身に纏い。

 

 大量の腕を呪紋で生やした青年に言い寄っていたからだ。

 

「ちょ、止め、止めろって!? 負ける!? 負けるからぁ!!?」

 

 言ってる傍から蜘蛛達の拳?によって手足が弾かれて接近を許したガシンの腹にズドムッとフレイの手加減した脚の関節が突き刺さった。

 

「げっほぉ!?」

 

「ん~~~まだまだね? あなた?」

 

「だ、れ、が、くふ!?」

 

 ガクリと青年が意識を失うと同時に背後の腕が黒いものに瞬時に覆われて朽ちて、その黒いものが地面の中に消えて行く。

 

 残された背後の二本の腕もくったりしており、それをニマニマと見ていたアルマーニアの女戦士アラミヤが青年をヒョイと持ち上げて、砂浜の横に置かれた屋根付きの休憩所に持って行き。

 

 気を失った青年を寝かせつつ、悪い顔をして体をなぞるように撫で回していた。

 

「アラミア殿!?」

 

 そこにダダダダッと走って来た侍従達が迫る。

 

「い、生きていたのですか!?」

 

「あ? 姫様のとこの人達かい。何だい? アタシが生きてちゃイケナイ?」

 

「そ、そういう事ではありません!? 一体、此処で何をしているのですか!?」

 

「え~~? 負けたから捕虜生活を満喫してるだ・け・さ♪」

 

 ウィンク一つ。

 

 彼女の翼がパタパタする。

 

「そ、それに男性に対してそのような!? 此処は敵のほ―――ゴホン!? 交渉相手なのですよ!?」

 

「だからよ~? アタシを負かすような男がいるんだから、取り入って子種も貰って、より強い子が欲しいじゃない? ん?」

 

「そ、それは……って、そういう事ではありません!? 風紀の問題です!? それと女性として!?」

 

「姫様もこんな固っ苦しいのに育てられて大変ね。アタシは戦と強い男がいれば、それでいいのさ。別に此処じゃウルテスへの信仰を捨てろとか言われないし、情報源として滅茶苦茶大切にしてくれるしねぇ」

 

「は!? ま、まさか!?」

 

「喋っちゃったわ♪ ごめんね? でも、ほら、男達に拷問されたら、喋るしかないって。ね?」

 

「とても、拷問されているようには見えないのですが……」

 

 侍女達が思わずジト目になる。

 

「何よ? アタシの口を滑らせる為に甘くて危ない酒を飲ませたり、アタシの体と相性の良さそうな雄に世話させたり、アタシを滅茶苦茶喜ばせてくれそうな旦那様候補がその雄だったりするってだけ? 何てごほう―――ゴホン。拷問なの!?」

 

 わざとらしく悲壮な表情が作られる。

 

「~~~」

 

 思わず破廉恥な物言いに侍女達の顔が真っ赤になる。

 

「そ、それにしても生きていて良かった。お兄様達も喜ばれるでしょう。今日返して頂けるように進言し―――」

 

「あ~~それは無理?」

 

「え?」

 

「ほら? この旦那様候補がとぉおおおっても美味しそうに強くなる様子見てたでしょ? アタシね。戦うなら、ああいう化け物がいいのよ。それとああいうのと自分の血が混じったら、何か次はあの蜥蜴共にも勝てそうな子が生まれるような気がするの」

 

 ニンマリと戦闘狂染みた。

 

 否、そのものだろう笑みが零される。

 

「は、え、う、えぇぇぇ……」

 

 思わず目を白黒させたヒオネが思わず「こ、この人……物好き過ぎない?」という顔で固まった。

 

「どうせ、交流するなら、此処に戦士一人置いておくのは合理的じゃないかしら?」

 

「う、うぅぅん……言葉遣いまで変わっているような?」

 

「男なんて女らしく振舞ってイチャイチャしておけばいい。そういうものよ?」

 

 胸元を寄せるようにしてアラミヤが演技はお手の物と言いたげに微笑む。

 

 思わずヒオネが額に汗を浮かべた。

 

 そんな様子を遠目から見ていた女性陣はジト目であった。

 

「ガシンさんにも春が来ましたね……」

 

「うん。ガシンてああいうのが良かったんだね」

 

『まぁ、殿方は大きいのは良い事だとよく仰いますけれど』

 

 遠征隊の三人娘達は魘されるように巨大な柔らかいものを顔の横に当てられて、気を失ってるのに微妙にちょっと嬉しそうにも見えるガシンに肩を竦める。

 

「(・ω・)……」

 

「(≧▽≦)/」

 

「“春も過行く野営地に華を咲かすは遠征隊”……“我こそは詩も読める大蜘蛛ゴライアス”(。-`ω-)」

 

 三匹は遠征隊の春が過ぎて雨の次期に移り変わる島の天候を見上げつつ、各自のお仕事に戻る事にしたのだった。

 

 *

 

「どうぞ。おちゃです」

 

「おぉ、可愛らしい子だ。こんなに小さいのにお手伝いとは……」

 

「は? じんがいがなめるなよ? われらきょうかいきし!!? すがたかたちはうしなえども!! かならずやいてきをくちくせ―――」

 

「(・ω・)/」

 

 ゴスッと教育係のスピィリアにゲンコツを喰らった幼女騎士がズルズルと引き摺られて、唖然とする交渉団から引き離されていく。

 

「ああ、彼女達。いえ、彼らは元々教会の騎士でして。我が野営地に手を出した最に捕縛されて、あの姿にして再教育している最中なのです」

 

 ウートが自分で言っていてもやべぇと思う話に内心で溜息を吐く。

 

 中身が思想の凝り固まった教会騎士のおっさんである為、今は幼女の肉体に即して様々な釣られやすい飴となる褒美を用意しつつ、人外差別はイケナイよ~だとか、蜘蛛は敵じゃないよ~とか、色々と再教育をしている最中である。

 

「は、はは、何かの冗談ですか?」

 

「いえ、東部に教会の先遣隊が来ており、何度か襲われました」

 

「―――」

 

 その言葉に彼らアルマーニア側の交渉団の顔が青くなる。

 

「ま、まさか、噂は本当だと?」

 

「噂?」

 

「北部でヴァルハイルがいきなり周辺地域に進攻を開始したのです。そのせいで我らは……」

 

「故郷を追われた?」

 

「ええ」

 

 交渉団の一人が沈鬱な表情になる。

 

「つまり、ヴァルハイルは教会に反応して、そのような行動を起こしたと噂が広まっていた?」

 

 ウートに頷きが返される。

 

「それにしてもあの物語にも出て来る教会騎士を捕縛し、呪紋であのような姿に……余程に優れた術師がいるのですかな」

 

「ええ、まぁ。彼らも元教会騎士ですよ」

 

 荷運びをしていた少年とも少女とも付かない姿のペカトゥミア達が頭を下げてからイソイソと荷物を宿に運んで行った。

 

 その様子に何よりも教会騎士の扱いがやべぇと肝を冷やした者達が、あそこまで別の何かにされてこき使われているのかと内心で震え上がる。

 

「ウート殿。教会の事は後で良いとして、西部に我らが定住するのは認めて下さるという事で良いのでしょうか?」

 

 イーレイがさっそく本題へと入る。

 

「無論です。我ら野営地の者とも上手くやっていこうという気持ちさえ持って頂けたならば……」

 

「左様ですか。ならば、可能です。我らアルマーニアはウルテスの子。無駄に命を散らせる事はせぬのが信条」

 

「それは良かった。まぁ、無法者という事ならば、我らの中からもそれは出て来るかもしれない。しかし、それでそちらが怒っても我らは納得するでしょう。ただし……」

 

「互いの事をよく知っておく必要がある、ですか?」

 

「ええ、それでこそ隊伍を組んで、轡を並べる事が出来る」

 

「……最もな話だ。では、互いに情報交換をするという事で?」

 

「ええ、構いません。最前線に立つ者達からは優秀な戦士を数多く揃えると聞いております。共に戦えるならば、これ程に頼もしい事は無い。(教会との戦いで)」

 

「ええ、間違いありませんな。(ヴァルハイルとの戦いで)」

 

「「ははははははは」」

 

 こうして彼らは食い違っている事も知らず。

 

 ガッシリと手と手を取って敵と戦う同志となる為、情報を交換し、互いに持ち寄れるモノの数をカードとして交渉に持ち込む事となるのだった。

 

 *

 

「ふぅ……はぁぁ……(*´Д`)」

 

「お兄様。お顔がもうダラケています」

 

「お前も全て聞けばこうなるとも」

 

「そんなに交渉が難航しているのですか?」

 

 第一野営地の宿屋の一角。

 

 交渉団が泊まる事になったのは二階建ての商隊が止まる為の場所であった。

 

 第一野営地に居を置いている元教会騎士達は各地から戻っても使用しないので案外空きがある為、内部に泊まっていたスピィリア達が全員蜘蛛形態で宿屋の軒先にぶら下がって寝ていれば、中は空っぽにしておけるという寸法である。

 

「ここの者達の恐ろしさが酷過ぎる」

 

「恐ろしさが酷い? お兄様にしては随分とお困りのようで」

 

「いいか? ヒオネ? 此処の連中は呪紋を用いるようになってまだ一月と少しだそうだ」

 

「え……? 幾ら何でもそれはかなり無理があるような?」

 

「どうやら、リケイという知恵者が術師の最高権威らしい。その者が未来ある若者を仕立て上げて戦士にしたとか」

 

「一月と少しでアルマーニア最高の戦士が殺されたと?」

 

「悪いがそういう事になる」

 

「……担がれていませんか?」

 

「問題は連中がこのたった一月と少しでやった事だ」

 

「何か問題が?」

 

「問題しかない。どうやらニアステラを封鎖していた大蟻の王と共生関係にあったはずの何かしらの王達が全て消えている」

 

「まさか?」

 

「それを皮切りにして東部への道を見付け、伝説に聞く大霊殿を発掘したとか」

 

「あのぉ……それって随分と昔に失われたと言われている。あの伝承の?」

 

「ああ、蘇りの為に滅んだ地域の話だ」

 

「………」

 

 思わずヒオネが口を噤む。

 

「更に言うと遠征隊と呼ばれる者達が編成され、西部に派遣してすぐにウルガンダが討伐され、その力を取り込む事で敵の蜘蛛化の能力を得たとも」

 

「ウルガンダの能力を呪紋が使えるだけの人間が?」

 

「そうだ。問題はソレを用いて大量の敵を従属支配しているところだろう。最も増えたのは東部へと侵入する道を見付けた後に亡霊達を蜘蛛化したスピィリアとか言う種族だとか」

 

「あの子達ですか」

 

 ヒオネが今日一日気を使ってドリンクだの道案内だの喋れないのにやたら世話してくれた蜘蛛達の事を思い出す。

 

 普通に人間形態にも為れる様子に驚いたのも少し前の話だ。

 

「話を聞けば、神従契約で人間化しているらしい」

 

「それは……もしかして最初に泉で見付けた痕跡の……」

 

「ああ、どうやら野営地には彼の大地母神に見初められた者がいるようだ。だが、それはいい。この野営地は神の事は気にしない。あくまで必要だから、力を使っているという事のようだしな」

 

「そんな……外の者達は信仰が薄いのでしょうか?」

 

「分からん。だが、一番大きいのは地獄の守護者が倒されたらしいという事だ。分かるか? エンシャクが討伐されている」

 

「―――亡王エンシャク。グリモッドを滅ぼした張本人達の1人を?」

 

「他にも教会の神聖騎士を2人殺っているそうだ」

 

「……俄かには……伝承では神聖騎士は我らの祖先。全盛期の勢力を打ち倒す程の者達……不死者の上に不老。その上、強力な呪紋と固有の能力を持つと伝わっています。それを2人も……」

 

「そして、これらを成し得たのは遠征隊の隊長の功績との話だ」

 

「ッ、それがもしや?」

 

「ああ、そうだ。アルティエ・ソーシャ。あの少年だ」

 

「彼が……」

 

「しかも、見たか? あの三匹の蜘蛛達を」

 

「は、はい。底知れぬ力を感じました。三匹とも神の使徒達どころか。受肉神そのものに匹敵しそうな程の力を秘めていた事は解ります」

 

「アレが神聖騎士とエンシャクの成れの果てだそうだ」

 

「―――」

 

 ヒオネがゴクリと唾を呑み込む。

 

「最も恐れるべきは味方が殺される事じゃない。連中が相手を変質させ、その者が寝返る事だ」

 

「小さな子達があんなに沢山いるのは驚いたのですが、侍女達が自分は騎士だと胸を張っている可愛らしい子達と言っていました。それもまさか?」

 

「アレは教会騎士の成れの果てだと後で教えてやれ。もしも我らが此処の者達を敵とすれば、我らは次から次へと蜘蛛型となっていく味方や幼女にされて延々戦う必要に駆られるだろう」

 

「……交渉は上手くいきそうですか?」

 

「ああ、幸いにもな。あちらの要求は二つ。呪紋などを筆頭にしたこちらの持っている情報、技術や知識の習得。そして、互いに攻められた場合、共同でどんな敵にだろうと戦線を張る軍事同盟だ」

 

「我らへの見返りは?」

 

「食料と家屋、スピィリアの労働力を提供しようという事だ。現在、増やされたスピィリアという種族はかなりの数になり、様々な仕事に従事し、食料生産や木材の伐採加工建築まで手掛けているとか」

 

「あの蜘蛛達が事実上はこの野営地で最大の力を持っていて、彼らを従えているのがアルティエ・ソーシャ。彼なのですね」

 

「そうなるな。一緒に住まうので良ければ、新しい技術や生産方法も教えるし、こちらの技術や知識も習う。全てはスピィリア達だそうだ」

 

「蜘蛛人、とでも呼べばいいのでしょうか?」

 

「喋れぬだけで人より賢いのは見れば分かる。また、元が亡霊の為に亡霊達と同じく単なる刃は威力を半減以下。更に相手はどうやらアルティエと契約して大量の呪紋が使えるようだ」

 

「……諦めましょうか。大人しく」

 

 半笑いでヒオネが溜息を吐く。

 

「それでいい。余計な事を考える者がいないか。後で教えてくれ」

 

「はい」

 

 兄妹の夜の会話はこうして閉じる。

 

 世の中には突かなくていい藪というものがある。

 

 彼らは少なくとも相手を怒らせたらどうなるかくらいは賢明にも分かってしまう為、人の上に立つ地位にいたりするのだ。

 

 決して、勝てない相手に勇壮な決戦を挑む為にいたりするわけではない。

 

 こうして、戦う事を諦めた彼らアルマーニア達は翌日には交渉を終えて、イソイソと西部北端の野営地へと戻る事にしたのだった。

 

 *

 

「ヒオネ様!? 御当主!! お二人ともおられるかぁ!?」

 

「「ッ」」

 

 朝から叩き起こされた兄妹がすぐに身嗜みを調えて、扉を開ける。

 

「どうした? 何があった?」

 

「そ、それが二つ程マズイ事態に」

 

 やって来たのは現在の交渉団にはいないはずの軍の高官だった。

 

「どうして此処まで来た?」

 

「そ、それが、反乱です!?」

 

「ッ―――ユレンハーバの連中か?」

 

「はい!! 現在、交渉は不要であるとして、ニアステラの入り口である海岸洞窟へと進行中!! 総勢93名!!」

 

「どうして誰も止めなかった!?」

 

「そ、それが、残されていた一部の幕僚が寝返り、同族同士で戦うのは不毛であると言って、その場を収めたのは良かったのですが、戦士達の中にも先日の戦いを良く知らず悪滅の庵を抜けて来た者達がおり……」

 

「諸氏族最強を謳われた男の死に衝撃を受けて、衝動的に反乱へ加わったと?」

 

「は、はい……角有の戦士達が凡そ12名混じっており、凡そ一個小隊規模なのですが、何分角有同士の戦闘となると野営地に被害が……」

 

「~~~ッ、分かった。すぐに対処する。それでもう一つは?」

 

「―――後方より本隊が予定よりも早く引き上げて来ます」

 

「ッ、それはつまり……」

 

「主力の2割が撃滅されました。ヴァルハイルの【鉄鋼騎士団】率いるブラドヘイム辺境伯の大隊です」

 

「大物だぞ!? 子爵級ばかりでは無かったのか!?」

 

「それが2日前に前線に現れ、撤退中の我が軍を強襲。これを迎え討った事で相手にも損害を与えたのですが、ユレンハーバの戦士達はそこで討ち死に。戻って来た者達の先鋒はそのせいでユレンハーバ最強の戦士が打ち倒されたとの報に激怒し、そのままニアステラへ雪崩れ込もうとしているのです」

 

「解った。即時、野営地を固めて、戻って来る戦士達全てを洞窟から続く野営地ではなく見えざる塔に誘導して占領させておけ。これは当主の命令だ」

 

「解りました。洞窟へと向かった者達はどう致しますか?」

 

「はぁぁ……こちらで何とかする。同胞を無駄に死なせる事になったな。こちらの手落ちだ。今後、ニアステラとの交渉は厳しいものになるだろう」

 

「ッ―――では、先に戻ります」

 

「ああ、気を付けろ。出来れば、何とか部隊を躱して塔から野営地に迎え」

 

「は!!」

 

 そうして扉を閉めた後。

 

 後ろを振り返ったイーレイがヒオネの不安そうな顔に肩を竦める。

 

「どうやら、我らの受難は終わらぬらしい。ヒオネ。着替えたら共にウート殿の所へ行く。いいな?」

 

「解りました」

 

 何か決意を固めた様子で少女が頷く。

 

「アルクリッド」

 

「先に鳩を出した」

 

「早いな。で、どう思う? 此処の者達の心証は?」

 

「今は問題無い。だが、死人が出れば、確実に厳しい」

 

「では、我が体一つで治まるわけもない、か」

 

「死人が出る前にあちら側に対策を共に講じるよう打診するべきだ」

 

「同意見だ。後、出来る事は?」

 

「……彼に頼む。だが、それは同時に我らが本当に隣人として付き合えるかどうかの瀬戸際になるだろう。あちらが蜘蛛にする力を使い出せば、こちらも恐怖で硬直する。仲良くとはいかん」

 

「だろうな。無理を承知で頼んでこよう。何か贈り物をせねばな……頭の痛い問題だ。ヒオネ……」

 

「解っています。あの鋼の蜥蜴共に供されるよりはマシでしょう。お兄様の道を敷くのはこの妹の役目。口出しは無用です」

 

「頼もし過ぎて泣ける。お前には一生頭が上がらなそうだ」

 

 話が決まった一行はすぐにウートへと一部の部隊が反乱を起こした事を素直に伝え、その脚で少年のいる酒場へと脚を運ぶ事になるのだった。

 

 *

 

「えっと、つまり、出来れば蜘蛛脚を使わずにって事でいいのかな?」

 

 レザリアが寝起きの目をショボショボさせながら急いでアマンザが作ってくれた朝食を齧りつつ、いつもの遠征隊スタイルでそう訊ねる。

 

「そう」

 

 話を受けた少年はすぐに遠征隊を招集したが、早朝の事で誰も彼も寝ぼけ眼であった。

 

「で? オレ達の出番と」

 

「一番良いのは何もさせずに鎮圧。重症くらいなら霊薬で治せる」

 

「出来るのか? 呪紋持ちが大量にいるんだろ?」

 

「可能。海岸洞窟の野営地化と第一次要塞化は完了してる」

 

「いつの間に……」

 

 思わずガシンが仕事が早いスピィリア達の事を思い浮かべる。

 

「今回の前衛はこの三人で」

 

 少年が手を蜘蛛達に向ける。

 

「(≧▽≦)/」

 

「了解しました。我ら蟲畜の威力。愚妹と共にお見せしましょう」

 

『“主を通して見た戦士程度なら問題無い”(。-`ω-)』

 

 その場にいた三匹。

 

 一匹だけ入り切らないので木戸の先からであったが、全員が頷いた。

 

「三人だけで大丈夫?」

 

「そうですね。ちょっと不安です」

 

「ま、オレらより確実に強いから問題ねぇ。オレ達は遠距離から弩でも打ってればいいのか?」

 

「そういう事」

 

 少年が頷いてすぐに気付く。

 

「かなり早く到着してる。今、洞窟要塞の遠方に馬の土埃が見えた。途中で降りてる。要塞が見えて、移動用の脚を退避させてるみたい」

 

「便利だよな。眷属の視界共有とか」

 

「さっき、ヒルドニア達に色々持たせて上空から向かわせてる。後、数分で到着。現地にいるドラコ―ニアは他のスピィリアの指揮で忙しい」

 

「私達は?」

 

「すぐに出る。全員で要塞内部の霊殿に行って、そこから行動開始」

 

「よっしゃ。此処で全面戦争ってのも締まらねぇ。サクッとぶっ潰すか」

 

「ちなみに今のガシンの近接戦闘じゃ勝てない。アレを使えば、一人でも勝てるのが一杯」

 

「……呪紋様々で涙が出るぜ」

 

 自分の努力よりも呪紋一つの方が強いという事実に哀しいものを覚えながらもガシンがそれを握り潰すように笑う。

 

「あ、アタシも行くわよ? ね?」

 

 彼らの背後にいたのはアラミヤであった。

 

「何でだよ!?」

 

「ほら、男ってのは戦うとイライラしちまうもんだろ? このおっぱいで慰めてやるよ。んふ♪」

 

「「「………」」」

 

「男ってのはこれだから」

 

「止めろ!? オレは被害者だ!? どうして、コイツの世話はオレなんだよ!? つーか、家くらい他も空いてるだろ!!?」

 

 ジト目の女性陣+アマンザの視線にガシンが喚く。

 

「許可。すぐに行く」

 

 少年が全員で外に出て、ゴライアスの傍に全員いるのを確認し、そのまま符札で霊殿に跳んだ。

 

 前に来ていた頃とは見違えるように洞窟は改装されていて、石畳の敷設や壁を削り込んだ通路。

 

 更には洞窟内部に各種の部屋が作られ、通路は迷路のようになっているが、堅い扉が何処にも置かれていて、開いていれば、直通で通れるという仕様になっていた。

 

 最も大きな物資集積用の洞窟内の踊り場には大量の木箱が置かれており、その中央ではドラコ―ニアの指揮官がスピィリア達を前にして次々に指差した方向に向かわせていた。

 

「(`・ω・´)ゞ」

 

 気付いたドラコ―ニアがスピィリア達と敬礼しながら遠征隊を出迎えて、すぐに要塞の屋上へと向かう。

 

 要塞は現在削り出した岩壁の中から正門の上に出られるようになっており、大型の弩を仕込めるように造られている。

 

 天然の岩壁を用いた射撃用の穴は大きく射角が取れるように造られて、遠距離攻撃用の弩はちゃんと訓練されていたらしく使い込まれていて、少年達が来るとスピィリア達に取り外されて遠征隊の武装が取り付けられるように図られた。

 

「三人は制圧。こっちは援護で」

 

 そう言ってフレイ達が三者三様に頷いてカサカサと正門の前から出て行く。

 

 それと同時に急いで要塞に上がった遠征隊は持ち込んだ竜骨弩を成長させずに上下左右に動く土台へと接続し、矢を補充して銃眼から外を覗いた。

 

 こうして彼らはさっそく初めての防衛戦を始める事となる。

 

 それは正しく教会騎士達相手の防衛戦の予行演習に違いなかった。

 

 *

 

「さすがに要所は要塞化されているか」

 

「洞窟となれば、押し入るにはかなりの戦力が必要となります。近付いて呪紋で押しますか?」

 

「門を打ち壊すまで護る呪紋が使える者を選抜しろ」

 

「は!!」

 

 ニアステラに続く海岸洞窟のその4m程の大きな入り口は今や完全に切り出された岩で補強されており、更には大きな木製の門によって遮られていた。

 

 要塞の上部には弩の出る隙間がズラリと洞窟内部から並べられており、掘り抜かれた洞窟そのものがもはや死地。

 

 激怒してやって来た戦士達とはいえ。

 

 それでも自分達の力を考慮しても落とすのは容易ではないという事実を前に冷静に状況を見る事は出来るようになっていた。

 

「本当に連中は流刑者なのか?」

 

「西部のウルガンダが討伐されたというのも眉唾物だと思っていたが、実際にあの塔が崩落している場所も見た……」

 

「奴らは一体……単なる流刑者と侮れば死ぬぞ!!」

 

「現当主を追放するにはニアステラを仕切る連中に我らの武威を示し、今の敵に媚びを売るのが間違いであると民に示さねばならぬ」

 

「同志達よ!! 臆するな!! 正義は我らに有り!!」

 

「ユレンハーバの武名を貶め!! 自らの権威の為に罪人共に英雄を殺されて尚頭を下げるなど!!? 誇り高きアルマーニアのする事ではない!!」

 

「そうだ!! 現当主を追い落とせ!! 我らの武威を示すのだ!!」

 

『おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』

 

 士気も高く。

 

 全体的に合理性を失っていない戦士達であったが、その目は曇っていたと言える。

 

 少なからず要塞を建築するような相手を前にして反乱軍程度の小さな勢力でどうこうなると思う事そのものが侮りに他ならなかった。

 

「隊長!! 要塞方面より敵が接近中!! 蜘蛛です!! 要塞から出て来たのは巨大蜘蛛です!! ウルガンダの系譜と思われます!!」

 

「やはり、やつらも蜘蛛の手先なのかもしれん!! 術師は後衛より敵目標に向けて斉射!! 予備部隊を投入し、横翼陣を敷くぞ!! 火力を集中させれば、如何なウルガンダの系譜と言えども―――」

 

「た、隊長!! 敵増速!! 凡そ1秒で距離を40以上詰められています!!」

 

「な、何ぃ!?」

 

 彼らが大慌ててで陣を展開し切るより先に超高速で突っ込んだゴライアスによる最強突撃アタックが陣地のまだ中央にいる男達の前に着弾した。

 

 ドッガアアアアアアアアアアアア!!!!

 

 そんな爆弾が爆発したかのような土煙と共に咄嗟に跳躍して後方へと回避した者達は良かったが、直撃した場所から逃げられなかった者達が襤褸屑のように地面の土や岩と共に吹き飛んで倒れ伏していく。

 

「う、うぁああああああああああああ!!!?」

 

「まだ味方がいるぞ!? 打つなぁ!!?」

 

 呪紋を持っている者達が次々に恐慌を来して土煙内部に大量に炎の塊だの水の塊だの岩の破片だの氷の槍だの何でもかんでも打ち込んでいく。

 

 だが、次々に撃ち込まれた呪紋の雨が止んで土煙が晴れた時。

 

 その全てが当たったはずの相手。

 

 いや、蜘蛛達は周囲にいる者達を囲むようにトライアングル状に展開しており、全ての呪紋を表皮で受け切っていた。

 

 多少焦げていたり、多少凍り付いていたりする場所はあったのだが、プルプルと三匹が体を揺するとその部分が剥げるようにして薄く剥離して内部から無傷の箇所が出て来る。

 

 まるで生まれたててですと言わんばかりに。

 

「だ、脱皮したぁ!?」

 

「き、効いてない!? 亡霊共に効く程の力だぞ!?」

 

「う、打て!? 打てぇ!?」

 

 遠距離用の呪紋が再度詠唱されるよりも先にカパッと黄金と紅蓮の蜘蛛が同時に口を開いた。

 

「?!」

 

 ゴハァアアッと黄金色の輝き【イゼクスの息吹】が無詠唱の広角で放たれ、周囲を一掃するように薙ぎ払う。

 

 呪紋の手順省略を周囲にいた精霊に自然と代替させているような生物たるフレイとそれを真似るルーエルは二匹だけでも怖ろしく呪紋を乱打する脅威だ。

 

 しかし、火力控えめにされたソレらに触れた者達は表皮が燃え盛る程度で済んだ。

 

「ひぃあああああああああああああああ!!!?」

 

「おあああぁああぁ!!?」

 

「誰が、誰かオレの火を消してくれぇええええ!!?」

 

 黄金の炎で急激に体表の80%を焼かれただけなのは幸いだろう。

 

 それが真に最大火力だったならば、直火焼きでは済まない蒸発の憂き目に会っていたはずなのだから。

 

 炎に包まれた者達が悲鳴を上げて倒れ込むが、実際には火傷そのものは浅く。

 

 激痛で気絶したというのが正しかった。

 

「イゼクスの呪紋だとぉ!? こ、こいつら教―――」

 

 だが、言い終わるよりも先に猛烈な速度で直進した大蜘蛛。

 

 ゴライアスが暴走する車両みたいに棒立ちの男達を吹き飛ばしながら地表を高速で走破していく。

 

 押し潰された者達は体のあちこちを骨折させて血反吐を吐いて倒れ伏し、残った回避を成功した犠牲者は空中でゴライアスの超筋力の蜘蛛脚が生み出した高圧の空気弾で肉体を拉げさせて撃墜。

 

 呪紋を連打し、呪具で切り付ける者達もいたが、何とか当たる攻撃の殆どが筋肉やら甲殻に致命的なダメージを与える事も無く。

 

 逆に群がる戦士達は千切っては投げられ、千切っては投げられ、強靭な肉体程度ではどうにもならない衝撃とダメージで次々に戦闘不能となっていく。

 

「クソォ!? 喰らえ!!?」

 

 戦士達の数人が何とか連携して三匹の甲殻の関節部に僅か刃を少しだけ押し込む事に成功した。

 

「へ、へへ、この刃の毒はなぁ!! 数滴で竜の眷属くらいなら殺せるんだよ!!?」

 

 そう吠えた者達が勝利を確信したが。

 

「(・ω・)?」

 

「(≧▽≦)?」

 

「(。-`ω-)?」

 

 三人がそんな大そうな毒か?という顔で首を傾げ、彼らの体内にいる主の能力である真菌が持っている免疫が次々に毒性物質を分解しているのを確認し。

 

「あ」

 

 ゴシャッと蜘蛛脚で男達の胴体を吹き飛ばした。

 

 鎧なんてものはこの蜘蛛達を前にしては豆腐以下の柔らかさであった。

 

「こ゛い゛づら毒がぎがねぇえええ!!?」

 

 顎や歯を折った者が絶叫する最中。

 

 次々に戦士達が理不尽な暴力。

 

 そう、理不尽と呼んでいいだろう力量差と能力差がある蜘蛛達の蜘蛛脚打撃だけで肉体を死滅寸前まで追い詰められていく。

 

『オイ。仕事ねぇぞ』

 

『強い!! やっぱり、三人だけで良かったみたい」

 

『あはは、はは……私達要らないんじゃないですか?』

 

『まだ仕事が残ってる』

 

 その光景は……後方からの援護射撃とかまったく要らないままに約1分12秒で終わりを告げるのだった。

 

 *

 

「はい。こっちに並んで下さいねぇ」

 

 フィーゼがまだ動ける縄で縛り上げられた戦士達のボロボロな口に霊薬を流し込み、そのまま縄を解いて開放し座るように指示する。

 

 横では蜘蛛達がズゥウゥウンと戦士達を威圧するように睨みを効かせていた。

 

 ヒルドニア達が運んで来た箱が彼らの横には積まれていて、内容物が現在は倒れ伏している男達に使われている。

 

「はい。ちゃんと飲んでね。おじさん達。ボクらおじさん達にずっと構ってられる程、暇じゃないんだから」

 

『………(;´Д`)』

 

 動けない戦士達の口にはレザリアとガシンが霊薬を流し込んでいる。

 

 外の人間に使う用の鉄製の試験管が木箱で三つ藁と板に包まれて百数十本。

 

 本来は先に元騎士達や守備隊に回す予定の装備であった。

 

『うぐ……こ、これは、体が?』

 

『敵に治される、とは……う、うぅぅ……』

 

『くそぉ……くそぉ……ころせぇ……』

 

 薬を飲まされた男達はすぐに肉体が回復していくのを目の当たりにして、敵が自分達を癒しているのだと知り、初めて絶望的な顔を浮かべる。

 

 そう……敵は重症で死んでもおかしくない彼らを気遣う程に強大であるとようやく気付いたのだ。

 

 事実、蜘蛛達を前にして恐怖を完全に刷り込まれた彼らは再び剣を持つ気力も呪紋を使う意欲も根こそぎ奪われていた。

 

 それを要塞の入り口で見ていたイーレイが一方的な戦闘だった上に戦士達の心を圧し折っても生かしておいたニアステラ側に深い感謝の念を示すと少年に宣言して、男達の元へとやってくる。

 

「ご、御当主……」

 

 男達が顔を上げて、ようやく自分達を見つめている若き指導者を見る。

 

「お前達……自分のやった事は解っているな? そして、どうして早急に彼らと交渉団が交渉しているのかも知ったはずだ」

 

『………っ』

 

 男達が押し黙る。

 

 下を向いた彼らが視線を逸らし、唇を噛む様子はもはや大人に説教される子供のそれにも似ていた。

 

「いいか? お前達は多くの者達の顔に泥を塗った。まずユレンハーバの氏族。彼らが奮戦し、諸氏族が救われたというのにお前達はその理由を盾にして残っている女子供達の地位を危うくした」

 

「っ」

 

「また、ニアステラ側はあくまで戦士としてユレンハーバの氏族の遺体を野営地に持ち帰ってくれた。名乗りも無しに天幕を襲った彼らの死体は辱められる事無く。丁重に返された。だが、お前達はその戦士の誇りを護った彼らに対し、怒りに任せて、野営地の方針を無視し、この蛮行に及んだ」

 

「ッ!?」

 

 そんなのは嘘だと言うのは簡単だ。

 

 だが、その死体が綺麗なものであり、一太刀で首を落とされてから繋がれていた事を彼らは見てしまっている。

 

 その力量は彼らが見ても凄まじいの一言であり、たった一人が十数人を相手に首だけを落とすというのは神業の類に違いはなく。

 

「彼らの力を見て、平和的に交渉の席で西部の北端を譲り受けようとした交渉団は本当にただ諸氏族の為に命を懸けて交渉に臨んでいる。その者達の顔にも泥を塗った。そして……」

 

 フゥと彼が溜息を吐く。

 

「本来、妹はウルテス神様の蘇りに身を捧げるはずだったが、今回の事でこれを無しにせざるを得なくなった」

 

「な―――!?」

 

「お前達の事があり、今回の交渉では我が方が譲歩する事となった」

 

「どういう事だ!?」

 

「1世紀に1人産まれる生まれ変わりの素養がある者が儀式を用いて我らの上に立つわけだが、先代のウルテス神がお隠れになって10年……我が妹は今回の責を全面的に我が名で負う代償としてニアステラ側へと嫁ぐ事になった」

 

「ど、どうしてそうなる!?」

 

「本来はそんな事をせずとも良かった。だが、情報交換が終わった後にお前達は攻めてしまった。その事実を彼らが知った後にだ。もし、ウルテス神が蘇れば、我らが再びその力で攻めて来ると思われても仕方ない事だ。これは妹が我らの野営地にいても同じ事……」

 

「ま、まさか!? 貴様、それでも当主か!!?」

 

 思わず絶望的な顔で男達が吠える。

 

「黙れ!! 貴様らが交渉中に行った蛮行のせいで、我が一族はウルテス神の加護をまたしばらく失うだろう!! だが、此処でニアステラとの関係が悪化すれば、我らには滅びる道しかない!!」

 

 自分達が護って見せるという言葉は彼らの口からは出ない。

 

 北部でヴァルハイルから結局故郷を護れなかった彼らには痛感する程に力が無かった。

 

「そんな!? そんな事は―――」

 

 単なる呪紋と身体能力が高いだけではどうにもならない事があると最初から身を以て彼らは知っていた。

 

「あの子の顔に泥を塗った貴様らが吠えられた事か!? 恥を知れ!!」

 

 イーレイの怒声に男達が思わず泣き崩れた。

 

 こんな時こそ、新たなる神を迎えて、一族を復興する。

 

 というのが彼らの望みだった事は間違いない。

 

 だが、それは現実問題として今微妙な均衡にある勢力との関係を悪化させてまでする事かと言われれば、意見は別れる上に分裂状態になってしまうのは明白。

 

「今回の一件はこれで手打ちにして欲しいと二アステラ側との交渉は終わっている。お前達は野営地に戻り、公正な裁判の後、刑を受けるだろう。来たな」

 

 言っている傍から北端方面からやってきた騎馬隊の者達がイーレイに敬礼する。

 

「この者達を連れて帰り、しばらく留置せよ。拾った命だ。家族には合わせ、しっかりと食事も取らせるように。また、我が妹は今回の責任を我が名において取る為にニアステラ側に長期逗留という名目で送る事になる。野営地の者達には流言飛語を慎み、我が妹の決意とニアステラ側の慈悲をこの者達の姿によって伝えよ」

 

「ハッ!! 引っ立てろ!! 御当主に敬礼!!」

 

 騎馬隊に連れられて、男達は縛られてもいないが、全てに絶望した様子でトボトボと歩き出したのだった。

 

「何かスゴイ事になっちゃったね。それにしても嫁ぐってウートさんに?」

 

「あの~~それはかなり娘としてアレなんですが……自分より若そうな後妻はちょっと……」

 

 そのレザリアとフィーゼの会話にイーレイが肩を竦める。

 

「最初はそう言ったのだが、断られた。だが、それならば、嫁が今すぐ必要な者がいると言うのでな。我が方としてもニアステラ側の重要人物に嫁ぐ事となれば、問題は無かった故、承諾した」

 

「誰でしょう? あ、ウリヤノフは前に奥さんがいたのでたぶんダメですね」

 

「えっと、カラコムさんかな? それともマルクスさん? う~~ん? 大穴で船長、とか?」

 

 女性陣が妄想を膨らませていると。

 

「あん? コイツだろ?」

 

 シレッとガシンが真実を言い当てる。

 

「は? 何言ってるの? ガシン」

 

「そうですよ。まったく、冗談が上手いのですか―――」

 

「遠征隊のガシン殿だったな。その通りだ。ウート殿を除けば、最も重要な位置にいる遠征隊の隊長である彼の妻として我が妹は嫁ぐ事になった。アラミヤの事は妹や侍女達から聞いている。アレは良い女だ。もし良ければ、娶ってやってくれ」

 

「は?」

 

「え?」

 

 女性陣が凍り付く。

 

「お~い。出番の無かった旦那様~~」

 

「ガハ?! クソ!? あの女!? オレを褒めたいのか貶めたいのかどっちなんだよ!? つーか、今度は旦那様だぁ!? あの戦闘狂!? 鍛錬中に襲ってくる癖にどうしてあんな笑顔なんだ!? 頭おかしいのか!?」

 

 ガシンが思わずアラミヤがやってくるのにそう喚く。

 

 横で女性陣が少年をギギギと首を回して真顔で見つめる。

 

「~~~!!?」

 

 ブルブルと何も知らないと首を横に振る少年を見ていた蜘蛛達はイソイソと要塞内部に戻り、すぐにスピィリア達を通して、おめでたい話を蜘蛛のネットワークに乗せるのだった。

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