流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第38話「鳴動せしフェクラールⅤ」

 

―――西部フェクラール北端アルマーニア野営地。

 

 北部からの本格的な移民団が到着し始めたアルマーニアの野営地は今や肥大化の一途を辿っていた。

 

 次々に北部から持ち込んだ家畜、食料、設備建築用の資材、道具が用いられ、野営地を広げている最中ではあったが、民の多さは如何ともし難く。

 

 それなりに寒い西部の野営地では夜に革を一枚敷いて上に寝る野宿の者達が大量に出る程に住宅居事情は切羽詰まっていた。

 

「……明日到着するので約半分。32万……更に10後には後続が10日掛けて……何もかもが足りんな」

 

 彼らの歳若き当主イーレイは不安要素であった大量の食糧が届き始めた西部野営地でとにかく飯だと小麦やら干した果物、魚の干物を配給所で受け取っている者達を見やりながら、切実に安堵していた。

 

(もしも、これが争いとなっていれば、どれだけの民が飢えて死んだか)

 

 そう思えば、交渉は最良とは言えずとも最悪を回避した事は間違いない。

 

 今も南部ニアステラからやってくる大量の荷車を蜘蛛達が引いて来ており、200匹程のスピィリア達がアルマーニア側との協定に則り、礼儀正しく頭を下げて、言葉は発せないがしっかり理知的な瞳でアルマーニア側の建築技術やら知識やらを実地で学んでいた。

 

(実際、物覚えも良く。魔力さえ与えれば、不眠不休で夜の間も働き続けてくれる彼らのおかげで天幕も簡易の住宅も驚くような速度で立てられている)

 

 それでも足りないが、絶対的に足りないとは言えない。

 

 何よりも診療施設と寝床が有るだけでも有難い事には違いないのだ。

 

 大量の住民達が女子供から次々に入居して、何処か安堵している様子はイーレイにとっては交渉団の成果として誇れるものであった。

 

(北部の現状。この島の冬に付いて。ヴァルハイルと幾つかの勢力の関係。情報交換は確かにあちらにとっても重要だったはず……後は……)

 

「伝令!! 伝令!!」

 

 彼が大量の決裁書類を書いて、各現場への指示書を書いている最中。

 

 天幕に飛び込んで来た兵の顔は青かった。

 

「どうした!! 何があった!!」

 

「報告!! 中央域を捜索中の部隊より応援要請!! 敵は―――ヴァルハイルの小隊と思われるとの事です!!」

 

「何ぃ!!? どういう事だ!? ヴァルハイルがフェクラールに現れるだと!!?」

 

「そ、それが、報告した中隊の話に拠れば、上空から滲むように現れたとの事であります!! 規模は120前後!! 人形の姿は無く。全て最下級操獣だと!!」

 

「直ちに野営地の防備を固めろ!! 守備隊以外は屋内退避だ!!」

 

 その言葉を聞いていたアルクリッドがすぐに外に出て行く。

 

「現在、デステリカの氏族の中隊がこれに応戦しており、抑え込んでいますが、数が多く。応援を求めています!!」

 

「遠征中の部隊に伝令小隊の呪紋で即時連絡!! 周囲から部隊を掻き集めて対応させ―――」

 

「伝令!!」

 

「今度は何だ!?」

 

「そ、それが、各地の部隊より、ヴァルハイルの下級操獣の群れに襲われていると!! 何処も対処で手一杯で応援を求めています!?」

 

『あ、あれは何だ!? まさか!? ヴァ、ヴァルハイルだぁああああ!!? 屋内に待避ぃぃいい!! 退避ぃいいいいい!!』

 

「ちぃッ!? 遅かったか!? 野営地に残っている者達を集めて、居住区を護れ!! 重篤な怪我の者は後方に―――」

 

 イーレイがそう言って、天幕の外に走り出した時だった。

 

 彼は野営地を覆い尽す程の巨大な炎の柱が上空へと吹き上がるのを確認し、それがヴァルハイルの使う獣達の力ではない事をすぐに理解した。

 

「|^|^|^(・Д・)^|^|^|」「|^|^|^(・Д・)^|^|^|」「|^|^|^(・Д・)^|^|^|」

 

「|^|^|^(・Д・)^|^|^|」「|^|^|^(・Д・)^|^|^|」「|^|^|^(・Д・)^|^|^|」

 

「|^|^|^(・Д・)^|^|^|」「|^|^|^(・Д・)^|^|^|」「|^|^|^(・Д・)^|^|^|」

 

 音も立てずに野営地の建造物の上や天幕の上に昇ったスピィリア達が炎を吐いていたからだ。

 

 その口の中には半透明な瓶のようなものが詰まっている。

 

 炎が上空から落下して来ていた大量のヴァルハイルの獣。

 

 鋭い刃のような尻尾と金属質の鱗を持つ悪臭を放つ蜥蜴を焼き焦がしていく。

 

(呪紋を使うとは聞いていたが、これほどに!? 連中の呪霊機や人形が来ていないとはいえ……)

 

 蜥蜴と言っても1mを超える上に耐久力は折り紙付き。

 

 醜悪な牙と爬虫類というよりは竜染みた瞳。

 

 これらを合わせ持つソレは戦士一人と戦っても時間を稼ぐだけの力があり、集団となれば、最下級の戦士なら殺してしまう脅威そのものであった。

 

「く、蜘蛛達が迎撃に出てるぞぉおお!! まだ動くヤツを討ち取れぇええ!!」

 

 次々に男達が剣や斧でまだ動く焦げた蜥蜴達の首や胴体を両断していく。

 

 本来、強靭な耐久力を持つはずの鱗は焼かれて脆くなり、同時に体中の筋肉の動きが急激な高温で鈍くなった操獣達はすぐ数を減らしていった。

 

 数分もせずに大量の蜥蜴が駆逐された野営地ではすぐに部隊が編成され、最低限度の護りを残して、野営地の外に向かっている部隊の掩護へと馬で走り出していく。

 

「次が無いとも限らん!! 男達は女子供の傍や天幕を護れ!!」

 

 そう伝えている合間にも数匹の蜘蛛達がイーレイの前に集まってくる。

 

「手助け感謝する。何か必要な事があれば、言って欲しい」

 

 蜘蛛の一匹が不可糸で傍にあった枝を拾って地面に魔力が必要と書き記す。

 

「そういう事か。腹が減るような事をさせたという認識でいいのか。解った。女子供に手伝って貰おう。すぐに手配する。オイ!! 誰かぁ!!」

 

 こうして大量の炎を吐いた蜘蛛達はイーレイの手配で魔力に長けた女子供達から少し魔力を分けて貰いつつ、その半数を荷車を引いて来た者達と共に西部各地へと散らせて、襲われている部隊の掩護へと向かうのだった。

 

―――西部中央域。

 

「こ、こいつら!? 何だ!? この戦い方は!? 何処に向かって―――」

 

 西部各地に起きた大襲撃中。

 

 多くのアルマーニア達が戦う最中。

 

 次々に戦士達を抑え込んだ操獣達は残った戦力を南方へと移動させつつあった。

 

「|^|^|^(・Д・)^|^|^|」

 

 しかし、その殆どが南方の中央付近へと向かった後にニアステラからやって来ていた荷車を引く商隊と接敵。

 

 次々に炎によって焼かれ、不可糸によって魔力霊力体力を吸われ、蜘蛛脚によってトドメを刺されていた。

 

 何よりも違うのは連携だ。

 

 バランスの良い攻守と支援に優れた呪紋構成がまず何よりも違う。

 

 同時に彼らは教会騎士や第一野営地で教練されたドラコ―ニア達に鍛えられた精鋭であり、建築だけしている蜘蛛達とも違って戦闘のプロであった。

 

 一人が攻撃、一人が敵の移動を遅滞、一人が陽動、と言った具合に其々が有機的に役割をこなして迅速に獣を狩る姿は単なる蜘蛛とは言えまい。

 

 人の手が必要になる武器を扱うスピィリアは竜骨の鏃を用いた矢で遠距離から牽制したり、傷付いた仲間を荷車に載せて護ったり、拠点となる荷車を移動させながら仲間達との合流へと動いた。

 

 こうして、長く西部北端まで伸びていた蜘蛛達の荷車の部隊は次々に移動しながらニアステラへと退避しつつ、相手を駆逐し、大量の蜥蜴達を6割方殲滅する事に成功していた。

 

「ニアステラの蜘蛛達が応戦しているぞ!! 後背から奇襲を掛ける。我に続けぇ!!」

 

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』

 

 各地の部隊は何とか自分達で傷を負いながらも蜥蜴達を撃退し、その脚で蜘蛛達に感けて自分達に背を向ける敵を背後から逆撃。

 

 挟み撃ちにされた中央から南部に向けて移動していた多くの蜥蜴達はこうして数時間程で数を減らして、ほぼ消滅したのだった。

 

『………』

 

 しかし、その様子を遠目から確認する操獣の一団が西部の山林地帯にはひっそりと侵入していた。

 

『やはり、西部のウルガンダは滅びていなかったか。何らかの形で姿を変えて何処かに存在する……だが、アレは何だ』

 

 獣が僅かにブツブツと呟く。

 

『蜘蛛が荷車? だとすれば、何かしらの変化が……蜘蛛が人のように社会を作ると言うのか? あの戦い方……何者かに手解きを受けているとしか思えない』

 

 その獣の一団の中。

 

 一際大きな個体が怪しく黄色い瞳を瞬かせる。

 

『一当て、してみるか。あの忌々しい男が敵将か実力者の暗殺で武功を立てるのならば、こちらにも機会くらいは有っていい』

 

 こうしてヴァルハイルの襲撃に終日アルマーニア側は振り回され、すぐに異変を聞き付けて駆け付けて来たガシンと高速移動可能なゴライアスに事情が共有され、一時的に西部では厳戒態勢のまま終日を過ごす事になったのだった。

 

 *

 

 ゴライアスによる移動でニアステラの南端までは凡そ1時間。

 

 その脚力を存分に発揮した大蜘蛛はすぐ各地にフェクラールへのヴァルハイル襲撃の報を伝え、ニアステラ側は各地で警戒態勢が取られる事になった。

 

 敵が虚空から出現との報は各地に作られた巨大な漆黒の巨木的マンション。

 

【黒蜘蛛の巣】と呼ばれるようになった其処にも衝撃を齎し、基本戦闘とかしない系蟲材であるスピィリア達はワラワラと不可糸で自分の巣ならぬ部屋を補強するやら、木造建築物に近頃少年が持って来た薬品の中でも耐火塗料になるとか言っていた薬品を塗るやら大忙しである。

 

「(/・ω・)/」

 

「\(・ω・\)」

 

「(/・ω・)/」

 

「\(・ω・\)」

 

「(/・ω・)/\(・ω・\)」

 

 あっちにこっちにと蜘蛛形態のまま戦闘準備で大忙しのスピィリア達は建造中の街並みを補強するやら、遅れていた要塞化の為に急遽、堀を掘ったり、泥壁を街の周囲に展開したり、街道沿いに検問所を作ったり、精霊達と一緒にもしもの時の為に漆黒の樹木に立て籠ったり、逃げ出したりする為に竜骨塊の移動準備をしたりともはや産まれてから一番忙しい日を体験していた。

 

『これが流刑者? 馬鹿いえ。これはもうバケモンの住処だろ』

 

 大量の蜥蜴の群れに混じって奇妙な者達が複数紛れている事を殆どの者は知らない。

 

 第一野営地に程近い山林の中。

 

 瞳を動かした影は足音も立てず、魔力も霊力も感じられない程に常人ながら、それでも一人で巨大な漆黒の巨木が溢れるニアステラを縦断し、流刑者達の本拠地と目される浜辺傍まで接敵していた。

 

 その手にはナイフ一つ。

 

 しかし、まだ血には汚れていない。

 

(術師の暗殺主体のオレが来たって事は単純に―――)

 

 彼が身一つ。

 

 数多くの蜘蛛達の視線の位置が外れるのに合わせて野営地の第一の結界。

 

 蜘蛛の糸の見えざる糸だらけな道以外には実質的に封鎖されている場所を踊るように糸だけを見て潜り抜けて行く。

 

 それは正しく踊っていると評するに足るだろう。左右下上左右下上上みたいな体を捻り、捩じり、蜘蛛達の視界が切れた僅かな状況で高速で肉体をくねらせて抜けた先で躊躇なく最外縁部の掘りの中に音も無く着水して内部に潜り、すぐに頭も出さずに外縁部へと泳ぎながら、自分の肉体が保つ時間を正確に図って、限界が来る前に壁の端まで泳ぎ切って壁に張り付き。

 

 そのまま第一の壁を抜けて内部に降り立ち。

 

 まだ、実り切っていない麦畑をほぼ地面スレスレまで背を低くして走り抜け、最後には居住区画を格納する第二の壁に到達。

 

 塗られたコールタールのような耐火塗料。

 

 少年が持ち込んだ西部地下世界の泥の一部が塗られた其処も難なく跳躍のみで通過し、建物の影に入るようにして移動しながら中心部にあるエルガムの病院付近にある最も大きな邸宅へと入り込む。

 

(野営地の主の暗殺。もしくは……最も強い術師を使い物にならなくしろ、か。事実上、ナイフ一本で此処も落ちるわけか。シシロウの野郎も大変だな。こんな無理難題でオレがいなかったらどうするつもりだったんだ?)

 

 ドスンと彼は思考を分割しながら、、内部にいた壮年の男に背後から忍び寄り、二階にいたウートの首筋に捻じ込んだ刺突剣を瞬時に引き抜き。

 

 血が噴き出るより先に刃に血が付着していない時点で自分の過失を悟った。

 

「………は、まるでオレの事を知ってるみてぇだな。このわ―――」

 

 グシャッと彼がいるウートの執務室を含めて全ての建造物が内部に圧縮され、全てが球体状に圧し潰された後、内部から拉げた腕が一本、怖ろしい生命力を持って、外に脱出するべく掻き分けようとしたが、腕そのものが血の一滴すら落ちる事を許されずにゴッゴッゴッと球体の圧縮によって全て内部へと押し込められ、最後には猛烈に回転しながら、玉ソレそのものが内部の物質を高速で撹拌し、撹拌し、撹拌し、撹拌し、それでもまだ砕けないらしい人体らしき何かが何かをする前に。

 

「ウィシダの炎瓶」

 

 少年が片腕を例のゴライアスのものに変貌させたまま。

 

 全方位から猛烈な火線が迫り、全ての物質を撹拌しながら焼き始める。

 

 その炎瓶の数は実に20本。

 

 全てが最大火力で炎の玉に注がれており、その最中から人影のようなものが未だ出て来ようとするのを見た少年はもう片方の手の中にある秘薬を三本。

 

 自らの変異した腕に掛けた。

 

「【過滅薬】細胞増殖速度2140%上昇(再上昇可)。【千薬】体力、霊力、魔力、1000%上昇(再上昇可1分)。【ビシウスの根環希釈液】(寄食)……ゴホ?!」

 

 それが滴り落ちる事無く腕に吸収されながら、腕が肥大化した。

 

 薬の効能を制御し切れずに僅か吐血した少年が腕を見やる。

 

 今までの腕が3倍程もあったかと思えば、ソレは10倍までも膨れ上がり、しかし、同時に締め付けられるかのように次々とギチギチ音を立てて腕のサイズが元の大きさまで戻っていく。

 

「呪霊属性変異呪紋【魂の変容】……体積を832%低下。重量を32%削減。半中性子物質形成……原子番号零ニュートロニウム・テトラ……右腕物質の置換終了まで4、3、2、1……置換終了。全能力9338%上昇(再上昇不可)。変容規格固定化。記録完了。全魔力を投射。霊力置換による物性制御。毎秒魔力の3%を消費。物理障壁を凝集、凝集、凝集―――」

 

 少年の言葉と共に空中の巨大な玉はワンサイズずつ小さくなっていき。

 

 やがて、手のひら大になって、内部の人体らしき姿すらも見えず。

 

「昇華」

 

 少年が手の中に掴んで握り締めた途端、シュウシュウと音を立てて煙を出しながら全てゆっくりと溶けるように消えて行った。

 

「昇華完了。全霊力霧散、全霊体昇華完了」

 

 少年が全ての行動を終えた後。

 

 バタンッと倒れ込んだ。

 

 その変異していた片腕がビキビキと崩壊すると内部からいつもの少年の腕が出て来て、リケイが近寄って来る。

 

「お見事お見事。何をしているかと思えば、面白い考え付きですな。フレイがやっていた魂の変質による肉体の物質制御。アレを通常の外部物質でやりつつ、半霊力にしながら変容させて、自身の支配下において球体状の障壁にしたわけですな?」

 

「………霊薬」

 

「おお、そうでしたそうでした」

 

 少年の口にリケイが後ろのポーチから取り出した試験管を取り出して、すぐに内部の霊薬を呑ませる。

 

「制御能力が足りなければ、更に呪紋を用いて肉体を変質。増やした血肉を強制的に半霊体にして凝集し、肉体の霊力の制御許容量を増やして、呪紋を続行。あの哀れな何者かは霊力すら残らず昇華されたと」

 

「……そういう事」

 

「で? 誰だったのです? あのやたら頑丈だった相手は?」

 

「たぶん、ヴァルハイルの刺客。一番霊力と魔力が無くて、同時に体の頑丈さだけが極度に高い。暗殺と天賦の才がありそうだった」

 

「それは命拾いしましたな。そういう相手に何もさせずに倒すのは大そう骨が折れる。そういうのには丸きり弱いもので。何らかの呪具を用いていたならば、防御を貫通される事も儘あります」

 

―――3837263264日前『何だよ? そんな怒るなよ~高が仲間を数人殺されただけだろぉがよぉ。 な? ははは』

 

「―――」

 

 少年がフラッシュバックを振り切るように首を横に振った。

 

「どうやらお疲れのご様子。幸いでしたな。アルティエ殿がいて助かったと言うべきだ。で、ウート殿は?」

 

「フィーゼ達と一緒に第四野営地の視察中だった。誰かしらがいない場合、近頃は偽物を呪紋で部屋に置いてた」

 

「ああ、あのやたら精巧に出来てたアレですか。例の肉畑の応用だとか。本人達に気味が悪いとか言われていた……」

 

「心外。もしもの備え」

 

「髪の毛から造ったと聞きますが、ここまでのものが必要かと首を傾げていたのは事実。どうやら必要だったようで」

 

 リケイの手を掴んだ少年が何とか起き上がる。

 

「たぶん、アレが一番面倒。後は―――」

 

 そう言い掛けた時、少年の胸元に光の鱗粉のようなものが吸い込まれる。

 

「おや? やはり、呪具を使っていたようで」

 

「神聖属性祝福呪紋【エヘルダインの契体】……自分の全魔力を永続的に0にしている間、身体能力を生物の限界以上に引き上げる呪紋。能力交換比率は魔力量10に対して身体能力が1……」

 

「ふぅむ? エヘルダイン。確か北部の土着神でしたか。魔力が殆ど無いような民族の守護神でしてな。貧しい土地の者達に加護を与えるのだとか。これはレザリア嬢向きですな。大抵、魔力を使いませんし、攻撃時には盾というのもある」

 

 少年がまぁ、そうなるだろうかと考える。

 

「いっそ、魔力を全て頑丈さとして享受させ、魔力と霊力の供給はガシン殿、重量のある威力偏重の武器運用はフィーゼ嬢。攻撃時の中衛として武器戦闘を主体としてレザリア嬢が良いのでは?」

 

「今使ってる武器でフィーゼ以上の火力のものはない。呪紋はたぶんガシンとこっちでどうにかなる。レザリアの防御はもしもの時の意味合いが大きい。けど、無いと不安」

 

「ですが、盾を持たせて人員を余らせているのもよろしくないかと」

 

「……中長距離で細かい戦闘支援が出来る武器が無い」

 

「今の竜骨弩よりも威力は劣っていていいから、使い勝手の良い遠距離武器が欲しいという事ですな。上空にはエルミ嬢がいる以上……差別化するなら、質よりも量、相手に出来る数が重要かもしれませぬ」

 

「何かある?」

 

「木彫りや苦無を作って、使われる度に直し、供給しているのは何処の誰だとお思いで? 1月程あれば出来ますぞ」

 

 リケイがまだ騒めいている周囲でスピィリア達が後片付けしているのを横目にニヤリとした。

 

『おぉ~い。大丈夫か~』

 

『アルティエ殿~~』

 

『アルティエー!!』

 

 船長オーダムとカラコム、ナーズが遠方から走って来る。

 

 3人とも漆黒の巨木である黒蜘蛛の巣を幼女騎士や守備隊の一部と一緒に見学していたのだ。

 

 今後、この巣も防衛拠点として使う事になるからと一度見て来て欲しいと守備隊は外縁部の護りの他は全て塔に集められていた。

 

「……過保護ですなぁ」

 

「後は頼む」

 

 見破られている少年は肩を竦めて、レザリア用の武器を頼んで再び符札で地下世界の入り口へと跳んだのだった。

 

 説明を押し付けられたリケイは仕方ないと観念し、暗殺者を倒す為にウートの家が消えたと事実を教えつつ、遠巻きに少年を見守っていた眷属達が現場から離れて行くのを見て内心、コワイコワイと苦笑する。

 

(既にこちらの思惑を超えて、管理の範疇は完全に逸脱している。やはり、逸材でしたな……ふふふ……)

 

 少年はあらゆる自身の眷属と視界を共有する。

 

 そして、その共有は人や超人、人外すらも分からぬ程に広い範囲や遠くまでも見つめる目となって、今も少年にニアステラやフェクラールの異常を教えているのであり、彼の目をもはや誰かが逃れる事は事実上不可能。

 

 それこそ神でもない限り、見張られているのか見守られているのか……少年の視線を切る事は出来ないと老爺は理解したのだった。

 

 *

 

「ガシン・タラテント殿」

 

「あん? アンタ、確かアルクリッド、だったか?」

 

「そうだ。貴方に頼みがあって来た」

 

 ヴァルハイルに襲撃された深夜。

 

 西部の残敵掃討をゴライアスに任せた彼は一人で野営地のまだ十分とは言えない壁の外で背中を預けて周囲を監視していた。

 

 本来ならば、野営地で持て成される手筈だったのだが、此処には援軍に来たという事で押し通して、周囲の哨戒ではなく。

 

 拠点防衛の為に詰めている最中である。

 

「何だ? 当主からの要請か?」

 

「スピィリア達のおかげで被害は最小限だった事をまずは感謝させて欲しい。ただ、野営地がざわ付いているのは分かると思うが、どうやら……」

 

 アルクリッドが事情をガシンに説明する。

 

「つまり、その【悪滅の庵】ってあの洞窟内がゴタ付いてると」

 

「そうだ。後方からの引き上げに手間取っているのみならず。こちらの状況に動揺が広がっていて、一部の者達が不穏な動きを見せている」

 

「当主がそれを抑えに回る間、戦力を一部持って行かなきゃならない、と」

 

「数時間で戻るが、野営地の護衛をその合間、薄くしなければならない」

 

「政治か……解った。オレが死なない限りは最善を尽くそう」

 

「……頼む」

 

 アルクリッドが頭を下げる。

 

「アンタみたいな男に頼まれて、断れはしねぇさ」

 

「旦那様~~」

 

「あっちの頼みは断りたい気分で一杯だがな」

 

「好きにさせておけばいい。あいつは女戦士達の中でも変わり者だ。だが、人を見る目はある……嫁が嫌なら女にしてやるだけでもいい」

 

「生憎とまだ妻子持ちになる気はねぇ」

 

「互いに苦労が多そうだ」

 

「どうだかな。話は解った」

 

 アルクリッドがガシンに再び頭を下げてからすぐにその場から消えて、入れ替わりにやって来たアラミヤがニヤリとしながら、またその豊満な胸を押し付ける。

 

「何喋ってたのさ? 話してみな?」

 

「男と男の会話だ。女が聞いて愉しいかよ」

 

「くくく、最もさ。で? あの朴念仁は何だって?」

 

「数時間、戦力が一部抜ける。洞窟側の混乱を収めて来るのに連れてくってな」

 

「そういう事かい。まぁ、いいさ。さすがに昼間の夜に攻めて来るんじゃ、警戒が強過ぎる。普通はそう考える」

 

 そうだといいがとガシンが闇夜に空を見上げる。

 

 野営地の光は今は乏しい。

 

 特に夜は目標にされてしまうという事から大量の戦士達の大半は哨戒活動して防衛ラインを構築する役と灯りの無い居住区を夜目を使って警護する者に別れる。

 

 ガシンは幾つもの戦いを経て、現在は神の力まで見えるようになった頃から、夜も目は冴えるようになった。

 

 昼間程ではないが、月夜の晩くらいには何処も見えていた。

 

「一つ聞きたい事が有ってさ。いいか?」

 

「いつもみたいに女口調じゃなくていいのか?」

 

「気分だよ。気分」

 

 アラミヤの唇が薄く笑む。

 

「で? 何だ?」

 

「アンタ、緋霊だろ?」

 

「………近頃は分からないようにってウチの隊長と訓練して、霊力が見えないように動いてたんだが、どうして分かる?」

 

「この瞳には見えるのさ。アンタ、すごく珍しい体質なんだよ?」

 

「知ってる」

 

「本当かい? ウチの一族にも霊力が強いヤツはいる。でも、緋霊はこの十年で1人しかいない」

 

「いるのか?」

 

「姫様さ」

 

「姫って、ヒオネちゃんか?」

 

「ちゃん?」

 

「呼ぶ時に様は嫌なんだとさ」

 

「はは、そういう事言うんだ。あの姫様」

 

「で?」

 

「気を付けろって話。緋霊はウチの一族でも1世紀に1人しか生まれない。神の再臨の贄となる者しか」

 

「……神とやらが強大無比ならお前らそもそも流刑になってないんじゃないか?」

 

「く、くく、他の連中の前では言うんじゃないよ? ぶっ殺されちゃうって」

 

 思わずゲラゲラ笑いそうな口をアラミヤが片手で塞ぐ。

 

「ああ、その通りさ。10年前にウルテス神様が死んで大勢が悲しんだが、同時に産まれたのがあの子……生贄にされるってのにニコニコしてまぁ……アタシは好きじゃなかった。逃げればいいのにお兄様お兄様って……」

 

「そういう生き方だって有りだろ」

 

「でも、アンタらがいて、アンタらのおかげですぐにでもって話が消えたんだ。間違いなくね」

 

「………」

 

「だから、感謝くらいしてる……だから、死ぬな」

 

「そういうのはお前の将来の伴侶に言ってやれ」

 

「あら? そう?」

 

「そうそう」

 

 アラミヤがニヤリとした。

 

「なら、また今度言わせて貰おうかい。次は結婚した後にでも」

 

「はぁぁ……(;´Д`)」

 

 ガシンが溜息を吐いた。

 

 既に喋っている合間にも橋の上に数十名の者達が上がって、今も民を吐き出し続けている洞窟の入り口へと消えて行ったのだ。

 

 まだ、夜は長いだろう。

 

 そう思えば、隣の女は正しく毒薬かもしれず。

 

「っと、丁度いい時に来たな」

 

「?」

 

「オレの目は霊力がかなり先まで見える。ははは、何でだよ!? 数百とか。すぐに鐘を鳴らせ。野営地に南東部から奇襲。数300から700くらい。何処に隠れてたんだ? あんなの」

 

「―――行って来る!!」

 

 アラミヤが野営地に駆け込んでいく。

 

 すぐに大きな鐘の音が響いた。

 

 野営地が俄かに慌しくなる中。

 

 霊力を感知したガシンが敵が防御を食い破ろうとやってくる真正面を見やる。

 

「アンタらは後方で呪紋を!! 此処はオレが支える!!」

 

 守備隊の一部をそう下がらせて、ガシンが目を凝らしながら、精霊達に呪紋を詠唱させながら、詠唱済みの呪紋を溜めに溜める。

 

「…………ウィシダの炎瓶……焼き払え」

 

 青年の小さな声と同時だった。青年から3m程離れた地点に1つ目の炎瓶が現れ、それと同時に横一列に炎瓶が増え続け、総勢で80程までも増強された。

 

 一斉に放たれた炎瓶がその大火力を一斉に放出した刹那。

 

 直線状の地形の起伏に乏しい平地が炎というよりも巨大な閃光に巻かれて呑み込まれていく。

 

 その光景は正しく一面の炎獄。

 

『―――!!!』

 

 駆け付けて来た守備隊は自分達の援護が必要無い程に熱量の巨大な本流に押し流されて、焼き尽くされていく蜥蜴達を前にして呆然としていた。

 

「クソ……まだ甘いのかよ。制御……0.0001を0.0000001にしなきゃなんねぇとか。制御が面倒過ぎる……出力調整をどうにかしねぇとこれじゃロクに遺跡じゃ使えねぇな」

 

 ガシンは自分の出した炎が過去最高火力で本日暗殺者を焼いた少年の炎瓶よりも更に高火力だった事にも気付かず。

 

 燃え散っていく炎の最中に人型の何かを見た気がした。

 

「燃えてねぇのは強敵とか、あいつの言っている事って大体本当なんだよなぁ」

 

 炎瓶が消えて、灼熱地獄となった焼け野原の最中。

 

 ガシンは自分の肌が焦げ付くのも構わずに走り出し、未だ消えていない霊力の主を潰すべく。

 

 一足の距離で跳躍。

 

「【飽殖神の礼賛】」

 

 少年から貰った簡易版の呪紋で背後の腕を一時的に8本まで増やして、蜘蛛脚の如く敵に上空から長過ぎる腕の如く振り下ろした。

 

 乱打だ。

 

 近頃、ずっと蜘蛛達と増やした腕で組み手やら打撃戦をしていたのはこういう時の為であり、彼は今にも消えそうな霊力の主。

 

 炭に為り掛けた何かを全力で潰した。

 

 敵に情けを掛けて死ぬよりは敵を理解せずに殺す方が良い。

 

 あまりにも自然の摂理である。

 

 しかし―――。

 

「!?」

 

 死んだと思った刹那。

 

 その場所に魔力を感じた彼が乱打の反動で飛び退く。

 

 霊力が消滅した瞬間、魔力がその消し炭に為った何かから溢れ出し、ソレが呪紋となって周囲に焼き付いた。

 

 それは少なからず竜の刻印だと分かる。

 

「ヴァルハイルの呪紋か!? 死んでから発動とかコレは―――」

 

 青年が全ての手を自分の全面に固めた時だった。

 

 閃光は一瞬。

 

 ゴッと光が溢れ出した呪紋が猛烈な光と衝撃と共に弾けた。

 

「!!!!」

 

 正しく爆発。

 

 それがガシンの無数の腕を血肉まで吹き飛ばしながら拉げさせていく。

 

 だが、それでも呪紋を起動し続け、無限にも思える再生と再生産が繰り返された腕の本流が爆発を受け止めるかのようにガシンの肉体を中心として巨大な壁となって野営地の手前まで押し戻されながらも数十m近い半球状の肉の結界を形成し―――。

 

「………ッッッ」

 

 ドンッという青年の背中が壁にブチ当たるところでようやく受け止め切った。

 

 あまりの衝撃で背骨が一部砕け、更に大量の腕の壁が衝撃で砕けた際の激痛が常人ならば発狂して死んでいるだろう程に脳へとブチ込まれたのだ。

 

「――――――」

 

 青年が前後不覚になりながら、グッタリと倒れ伏す。

 

 口から僅かに泡を吹きながらもその瞳だけはまだ光を失わず。

 

 腕が次々に自切されて痛みが腕の切断だけに切り替わる。

 

「ぐ……」

 

「(>_<)」

 

 そこに慌てた様子でやって来たスピィリアの蜘蛛形態達がガシンの腰のポーチから霊薬の試験管を引き抜いて口に突っ込んだ。

 

「むぐ?!」

 

「(・ω・)?」

 

 どうだと首を傾げる彼らの前で青年は口の泡を拭いた。

 

「助かった。死ぬかと思ったぜ」

 

 いや、衝撃で廃人寸前だった気もという顔のスピィリア達の甲殻に座らされた青年が息を吐いていると、次々に守備隊の者達もやってくる。

 

 腕で造られた巨大な壁は青年の中に待機している少年の真菌が腕の内部から溢れるとすぐに捕食され、ドロドロに溶けて地面に沼地のように広がりながら浸透して消えて行った。

 

「旦那様!?」

 

「それは止めろ。ガシンでいい。ガシンで」

 

 アラミヤが飛んで来て、すぐに青年を見付けて抱き着く。

 

「だ、大丈夫!? さすがに今のは」

 

「もう治ってる。それより、今のは本番じゃねぇ。どっかに本隊が隠れててもおかしくない。守備隊連中に持ち場を離れず、互いの安否を確認させろ。それと何かあったら、運んでくれ」

 

「え?」

 

「人一人くらい運べるだろ? お前」

 

「あ、え、いや、その、む、むぅ……解った。運ぶわよ」

 

 何やら面食らったアラミヤが困惑しながらも頬を赤くして頷く。

 

「今夜は夜通し寝れなそうだな……」

 

 青年は思う。これで終わってくれればと。

 

 まだ、彼も猿に為りたくなかったのは言うまでも無い。

 

 *

 

 ガシンがアルマーニア達の野営地を防衛していた頃。

 

 ニアステラに続く海岸洞窟の要塞でも襲撃が起こっていた。

 

 大量の蜥蜴達の襲撃である。

 

 夜目の利く蜘蛛達による多重の防衛網は遠距離からの不可糸による移動阻止、人型形態での小さな竜骨弩による狙撃、中距離での炎瓶による広範囲攻撃という具合に呪紋や武器で段階的に一方的な消耗を相手に強いる事で多くの敵を相手にする事に主眼が置かれている。

 

「(・ω・)/」

 

 掛かれーとスピィリア達が要塞に張り付いてかなり遠方まで届く不可糸であちこちに糸溜まり……つまりは動けなくする罠を楕円形に撒いて蜥蜴達の動きを阻害していると後方の弩弓部隊が次々に竜骨製の矢で相手を仕留めていく。

 

「(´・ω・`)||」

 

 完全に術中に嵌る蜥蜴達を見て、一部の蜘蛛達は大成功とばかりに片手を上げて、おー等とやり始めており、かなり緊張感が無い。

 

「(・ω・)?」

 

 しかし、それもすぐに雰囲気が変わる。

 

 理由は単純である。

 

 大量の蜥蜴達を始末したのは良いのだが、彼らスピィリアの目には駆除した蜥蜴達の霊力が消えておらず。

 

 一気に肥大化する様子が見えたからだ。

 

 最も近くにいる蜘蛛達が速攻で後方の部隊に不可糸を撒いて貰いながら高速で交替した時だった。

 

 次々に猛烈な爆発が蜥蜴達の動けない地点で起きる。

 

 その肉体が爆弾になっていると気付いた彼らはヤバイ事されてるとばかりに監視網を即座に強化して、何処からか蜥蜴が侵入していないかと目を皿のようにして多重の瞳をあちこちに向けた。

 

「(/・ω・)/」

 

 はけーんと即座に地中のこんもりした部分が近付いて来るのを見付けた蜘蛛達は竜骨矢に爆華の薬液を沁み込ませた小さな迫撃矢と呼ばれる爆破用の矢を打ち込み。

 

 ボボボボボンッという音を響かせながら大量の蜥蜴を地中で爆破。

 

 迎撃網を擦り抜ける直前には誘爆させた。

 

 その先頭は要塞付近の平地をクレーターだらけにしていく。

 

 さすがに地中はやべぇという事に気付いた彼らは次波が来ないとも限らないと夜通し見張る事にして、その情報を即座に各地の仲間達に共有するべく。

 

「(>_<)/」

 

「(・ω・)?」

 

 個体間でも可能な眷属の視界共有で事態を把握させたのだった。

 

『何だ? こいつらの対応能力は……こちらの戦術が効かない?』

 

 その様子を遥か遠方の空に飛ばした空飛ぶ小さな蜥蜴で見ていた人影が周囲にいる蜥蜴達を見やりながら、目を細める。

 

『このロイモッド・ヘクロダイの、【知石のヘクロダイ】の戦術を……クソ!! 北部で数万の戦功を上げたんだぞ!? この情報、シシロウ公爵閣下か巡回者に持ち帰らね―――』

 

 一際大きな蜥蜴が動こうとした時だった。

 

 その背中をドスリと何かが貫く。

 

『ガッ、ハッ!? ゴボプ?!!』

 

 巨大な3m程もある蜥蜴型の人外。

 

 その背には一本の灰色の脚が突き立っており、脚先の鉤爪が猛烈な振動と共に全ての臓器を筋肉の震えという名の超振動破砕機能で崩壊させ、相手を完全に血肉と骨のミックスジュースにして吹き飛ばした。

 

 正しく、パーンと弾け散った人外の血は毒であったらしく。

 

 それを大量に浴びた大蜘蛛の甲殻はシュウシュウと煙を噴き上げていたが、それもすぐに収まる。

 

『貴様らに資格無し。我が主は忙しいのでな(。-`ω-)』

 

 いつもの妙に聞き取り辛いものとは違う声が呟く。

 

 ギョルン。

 

『(。◎`ω◎)』

 

 そんな音がしそうなゴライアスの瞳が上空を向いたと同時に不可糸に引っ掛かったものが手繰り寄せられる。

 

 それは鳥というよりは鳥というものを模した何かだった。

 

 黒い体と鳥の形をしているだけの何かがゴライアスの手の腕でグチャッとミンチになってサラサラと消えて行く。

 

「呪霊? ふむ……」

 

 ガパァッとゴライアスの常に閉じられている口が開く。

 

 それは通常の蜘蛛の口よりも更に大きく開き、頭部の下半分全てが展開する程の大口であった。

 

 いつもは普通の蜘蛛へ擬態している為、構造の大半が口とは分からない。

 

 口内には乱杭歯と整然と並んだ擂鉢状の歯が交互に並んでおり、上顎と下顎の互い違いの歯は全てを挽き潰せるようガッチリと噛み合うようになっている。

 

 そのあまりにも悍ましい全形を見た者は無い。

 

 いや、死ぬ者ならば見るだろうか。

 

 その肉体の複数の地点が同じように内部に全てを引き込む口らしき部分を開口し、甲殻部の一部がガリガリと引き裂けるかのように内部に閉じ込めていた乱杭歯で出来たような歪で長い蜘蛛脚を複数本開放。

 

 従来の蜘蛛のような甲殻が半分程までも細って多脚の蜘蛛の本性が露わとなる。

 

「(。◎`≧▽△▽△▽≦◎)」

 

 ゴライアスの口内からは吐き出された不可糸が次々に1000m以上の上空までも届き、網目状に編まれながら地表に落下する合間にも大量の黒い鳥を……呪紋で隠されていた鳥の呪霊を捕獲し、猛烈な速度で引き込んでいく。

 

 そして、鳥が次々に大量に口内へと引きずり込まれて糸毎磨り潰され始めた。

 

「マズイな。使い捨ての最下級……先行偵察用か。だが、術者はどうかな?」

 

 次々に糸を上空に放ち、捕食されていく鳥は数百匹にもなった。

 

 ゴライアスの噛み潰して呑み込んでいく様子は完全に化け物の捕食シーンだ。

 

 そして、その口に磨り潰された鳥は西部から絶滅。

 

 同時に異変は北部の中で起きていた。

 

『ヒィアアアアアアアアアアアアアアア!!!!?』

 

『アアアァアアァアアァアア!?!!』

 

『や、や゛め゛デェエエエエエエエエエエエッッッ!!?』

 

『あ、カペペペキピプ、ぁ―――』

 

 それはとある部屋の最中。

 

 石製の台座の上に眠っていた数人の男女がブチャッと全身の穴という穴から血を噴出しながら倒れた。

 

 その血が周囲の床を浸していく。

 

 それを見ていた幾人かがあまりの状態に放心しながら、死んだ者達の体が次々に何かに磨り潰されたかのように細かく細かく血肉と骨のミンチになっていくのを心魂の朽ちる絶望と共に凝視する。

 

「―――呪詛?! いや、呪霊そのものの契約から侵入された?! どんな霊力だ!? 直ちに契約を解け!! 汚染されて全て食い潰されるぞ!!?」

 

 その声と共に次々に金と白の法衣らしいものを身に纏っていた術師達が鳥達との契約を切ろうとしたが、契約が解除された時には既に胴体や四肢、顔の半分までも磨り潰された者達が猛烈な速度で干乾びて行く。

 

『そ、ぞん、な………―――』

 

 多くが自分の姿に絶望しながら息絶えた。

 

 今まで周囲を浸していた血潮すらも乾き。

 

 最期にはもうただ人型だったものを潰し切って乾燥させた灰色の何かだけがその部屋には降り積もっていく。

 

「馬鹿な?!! こんな!? こんな!!? 契約が解除出来なかった!? 相手の契約を呪霊側から上書きして食ったのか!? そもそも同調した術者を食い殺すだと!? アレは、アレは―――呪霊なのか!? それともウルガンダの!!?」

 

 誰もいなくなった部屋で声を発してた者がすぐに情報を上に届けなければと走り出そうとした時だった。

 

 彼が思わずこける。

 

 そして、立ち上がろうとして、自分の両手両足が白い何かで雁字搦めになっているのを確認して喉を干上がらせる。

 

「ひ?!! こ、これは!!? あ―――」

 

 彼は自分の最後をちゃんと理解出来なかった。

 

 何故ならば、彼がいた部屋の内部。

 

 灰の血肉の残りの中から小さな灰色蜘蛛達が次々に起き上がり、ピギィッと声を上げて得物に食らい付いたからだ。

 

 それはゴライアスの口を閉じた姿をミニサイズにしたようなものだったが、その口元の乱杭歯は極めて獰猛だとソレらの凶暴性を示す。

 

 その小さな蜘蛛達は身動き出来ない様子の得物の頭部へ真っ先に群がり、喰らい尽し、意志のある生き物の如く。

 

 部屋のドアノブをその残った腕で回させ、内部から外に拡散し―――。

 

 その夜、ヴァルハイルが統治する荒野のとある直轄領地。

 

 諜報機関本部が置かれた場所において、住民が全滅する悲劇が発生した。

 

 ヴァルハイルはその地域そのものを翌日大量の火竜達で焼き尽くす事になる。

 

 作戦に従事した者達は後に被害者の遺族にこう伝えた。

 

 灰色の雲霞を滅ぼしたのだ。

 

 自分達は住民を殺してはいない、と。

 

「(。-`ω-)……“帰るか”」

 

 全てを喰らい終えた彼はまた何食わぬ顔で久しぶりの大口を閉じて、脚を格納し、いつもの“澄ました顔”になると、まだざわつくフェクラールを後にする。

 

 その夜、西部に再びの襲撃は無かったのだった。

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