流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第4話「流刑者達の上陸Ⅳ」

 

 

「はっはー!! 爽快だぜ~!!」

 

 外套姿の男が一人。

 

 明け方の風を受けながら、鼻息も荒く晴れ上がった夜明け時に腕組みしていた。

 

「カラコム様。昨日は船内からずっと臥せっておいででしたが、どうやら回復為さったようで何よりです」

 

「おう。姫様。おはようさん」

 

「おはようございます。大丈夫ですか?」

 

「ああ、この通りよ」

 

 腕で力こぶを創った30代の何処か太い眉に厳つい顔の男はニヤリとした。

 

 黒毛を短髪に刈り込んだ彼は流刑者の一人。

 

 カラコム・ウィルセン。

 

 南方の由緒ある家に仕える騎士だった彼は本人曰く。

 

 罠に嵌められた。

 

 という事で流刑地に移送され、一緒に共同で流された一人であった。

 

 各国が流刑者を渡す船が確保出来ずに一緒に渡すのはよくある事なのだと説明されてみても、浅黒い肌に血気盛んなカラコムは正しく騎士という体として見るならば、純粋に明るく朗らかで問題を起こすようには見えない。

 

 である為、殆どの水夫達にすら、どうやったらあの兄ちゃんは流れて来るんだという顔をされ、説明されれば、さもありなんと納得される快活さだ。

 

 前髪を書き上げた優男とは程遠いカラコムは太い顔の線も如実に出る笑顔でウィンク一つ。

 

「今日からさっそく探索隊に行かせて貰いますよ。いやぁ~~船はもう二度と載らなくていいな♪ ははは」

 

 そう言って、昨日の会議で向かう事が決定した地域への捜索隊として出る為に足早に天幕へと消えていく。

 

 昨日の夜に周知された事は3つ。

 

 果樹が生い茂る地域を発見。

 

 小川を発見。

 

 建物らしき廃墟を発見。

 

 発見した廃墟から更に先には道らしきものが続いており、錆びた剣や槍が転がっていた事から、人は確実にいた。

 

 今も山間にいるに違いないとの事で食料調達と同時に奥地まで続く道を確保する為の探索隊が出される事になった。

 

 探索隊には果樹を食べた者達が当たり、途中でまだ沢山ある果樹をある程度収穫してから山間に向かう。

 

 更に探索出来る広範囲に獣が見えないとの事から複数の部隊が当たる事になったが、水夫達の多くは拠点として浜辺に半数は残って大工仕事である。

 

 例え生木だとしても皮を剥ぐなり、燻すなりして木材は作れる。

 

 それで問題はあっても住居をという事になったのだ。

 

 辛うじて船に積まれていた大工道具は持ち出せていた為、最初に整地せずに使っていた一帯の奥で切り株を破壊する事も決まっていた。

 

「アルティエ?」

 

 少女がミランザと弟達と共にいるはずの天幕を覗く。

 

 だが、そこにはまだ眠っている弟達を前にして優しく頭を撫でる姉だけが起きていた。

 

「ミランザ様。アルティエはどうしたのでしょうか?」

 

「それが朝からいないんだよ。何処ほっつき歩いてるんだか……でも、不思議と心配にならないのはあの子が何か突拍子もないからなのかもねぇ……」

 

「そんな……わ、わたくし、あの子を探して来ます。また海に入っていたりしたら……」

 

 昨日の話は夜にアマンザから彼女もちゃんと聞いていた。

 

「大丈夫だよ。たぶんね。もう海に用は無いって言ってたから」

 

「え? そんなに喋って?」

 

「いや、短く山に行きたいって言ってたよ」

 

「ッ、ちょ、ちょっと捜索隊にお話しをして来ます!!」

 

 彼女は大慌てで探索隊に入っているウリヤノフに話を持って行くのだった。

 

 *

 

 早足に昨日入った沼地を抜けるようにして進んだ少年は山間に向かう道無き道を歩くが、誰にも出会う事は無かった。

 

 凡そ、獣や人の気配が無い。

 

 朝から漂う靄や霧は何処か薄っすらと黒い。

 

 今日は捻じれた黒いダガーを片手にして、進む傍ら、採取された沼地の産品が齧られていた。

 

「ベルメックの泥(生食)。神経伝達物質の作用機序崩壊率2%上昇(再上昇可)。ウィルス生成物質による細胞破壊率2.1%上昇(再取得可)。完全減衰まで2時間23分。抗体獲得率毎秒0.2%。細胞内の酸素供給率23%低下……はぁはぁはぁ」

 

 フラフラしながらも少年はそのまま早歩きのままに酸欠になりながら歩く。

 

 その手にはあの沼地の泥や華が僅かに握られている。

 

「カルナマスの緋華(生食)。細胞代謝率増3.3%上昇。作用機序代替開始……受容体の変質率毎時8.2%上昇」

 

 綺麗な緋色の華をモシャりながら少年が沼地の奥で細道を見付けた。

 

 壊れた石畳が続く山へと昇る線が朝日の中にも見えている。

 

 そのお腹がグゥとなった。

 

 周囲をチラリと散見した少年が道なりに落ちていた樹木の瘤のようなものを取り上げると、その内側がワシャワシャと猛烈な勢いで動く。

 

 それは例に挙げるなら巨大な団子蟲であった。

 

「………」

 

 タスッと蠢くソレの脚の関節の柔らかい部分に黒いねじれた剣身が捻じ込まれ、瞬時に黒化し、数秒でズルンッと外殻らしいものが全て溶け落ちるようにして掴んでいない部分から滑り落ちて、内部では僅かに黒く脈動する肉の塊のようなものだけが残った。

 

 モクモクとソレを齧りながら少年が山を登り始める。

 

「ガルゾクの他脚蟲(黒化加工)。胃痙攣2時間32分開始。白血球増加率22.3%上昇(再上昇可)。新ホルモン導入開始。心停止(短縮)を真菌共生で打ち消し。ミトコンドリア崩壊率毎秒5%……ガフッ?!」

 

 少年がまた吐血しながらも口を拭う。

 

 すぐに肌に付いた地は何か黒いものによって肌の内部に消え去っていく。

 

「ゴホゴホッ!!? 真菌による水平遺伝導入完成。細胞エネルギー効率キャップ開放……真菌共生によるマトリクス編成完了。TACサイクル代替完了」

 

 今まで酸素不足でフラフラしていたのが嘘のように少年はしっかりした足取りで山道を登っていく。

 

 その途中には鉱山植物の野花が広がる草原があり、その最中を抜けるようにして少年は一掬いで華を何本か摘んでいた。

 

「メレウスの赤華、蒼華、黄華(同時生食)。水平遺伝導入開始。細胞エネルギー効率2.4%上昇。筋繊維溶解開始……停止……細胞増殖率毎秒3.9%上昇」

 

 少年が何処かうっすらと少年らしい体付きが薄れて細ったように見えたが、それから数秒でボフンッと膨れるかのように一瞬だけ大きくなり元に戻る。

 

「ネクローシス完了。真菌共生による蛋白老廃物捕食開始。再筋繊維化」

 

 ミチミチと少年の肉体の内部のあちこちから音がしていた。

 

 その合間にも山の中腹まで速度を落とさずに早足で歩いていた少年の前に山肌に挟まれた渓谷が開けた中腹の平たい土地として姿を現す。

 

 ゴツゴツとした岩肌を晒す中央には何か青黒く蹲る蕩けた何かがいた。

 

 ソレがゆっくりと首を擡げる。

 

 まるで巨大な殻の無いカタツムリのような姿。

 

 しかし、内部から発光しているソレが鳥類が無くかのような甲高い音を口元から発すると地表内部から湧き出すように小型のソレが姿を現す。

 

 その周囲には岩肌の中に隠されるようにして置かれていた多数の人骨らしきものの一部が突き出しており、まるで亡者が地の底から這い出してくるかのようだ。

 

「戦闘開始」

 

 瞬時に前へと出た彼のいた場所に向けて、小型のソレらが何かを吐き掛ける。

 

 ジュッと音がして地面が溶けた。

 

 それが強力な強酸もしくはアルカリ液である事に疑いはなく。

 

 しかし、それよりも一歩速かった少年がねじくれた刃を大きなカタツムリのようなソレの2m手前で振りかぶり、振り下ろした。

 

 その瞬間、スルンと黒い残影にも似た黒い線が放たれ、カタツムリの親玉の胸部分に当たった。

 

―――!!!!!

 

 途端に猛烈な勢いでカタツムリが周辺に肉体の一部を射出してまるで剣山のように尖った。

 

 それが当たった少年の衣服の一部は全て周囲を焼かれたように溶かして。

 

「―――黒跳斬(こくちょうざん)

 

 少年が頭部をギリギリで剣山から逸らしながら、刃そのものを投擲した。

 

 ソレが頭部に突き刺さった途端。

 

 剣山と化していた体が瞬時に溶解し、刃が突き刺さった頭部そのものから溢れ出すように黒い侵食する血管らしきものが体を覆い尽していく。

 

 そして、ビチャビチャと音を立てて水分が抜けていくカタツムリの体液が黒く染まりながら広がると小型が触れた途端に黒く染まって溶けて消えて行った。

 

「………」

 

 少年が貫通された左脇腹と両腕の解けた穴にも関わらず。

 

 そのまま歩き出して黒いダガーを拾う。

 

 すると、そのダガー目掛けて今まで周囲を汚染しながら広がってカタツムリ達を侵食していたソレが集まって来たかと思うと吸収された。

 

 剣身が数十倍まで膨張し、同時に柄も巨大となる。

 

 まるで鉄塊。

 

 いや、その漆黒はもはや光沢すら帯びて流動する為、動く暗闇が凝集したようにも思える。

 

 それを少年が背中に背負うような仕草をすると剣身が解けて少年の肌に浸透するように消えて行った。

 

「………」

 

 手を開いて閉じる動作をした少年がチラリと今までカタツムリ達がいた場所を一瞥してから、前方の山肌に掘られた入り口のような場所を見やる。

 

 しかし、すぐ踵を返した。

 

 そこから見える浜辺に向けて。

 

「……帰ろう」

 

 再び早足に山を下りていくのだった。

 

 *

 

「山砕きの果実(生食)。細胞分裂速度3.3%上昇。完全減衰まで30分。治癒効率0.1%上昇(再上昇不可)」

 

 少年が帰って来た昼時。

 

 目敏く見付けたフィーゼはこってりとお説教をしながら、何も聞いている様子も無く知らない果実を齧る少年をジト目で見ながら、食事ならちゃんと出すから、無暗に知らない食材を食べてはいけませんと溜息を吐いた。

 

 それを見ていた牧師のマルクスが頭が残念になっているのだから仕方ないと少年を引きずって肉体労働の単純作業をさせ始めたが、それに文句がある者はおらず。

 

 当人もイソイソと身振り手振りで言われた通りに整地に尽力する事にした。

 

「(肉体労働(実役)。筋繊維断裂率0.000002%。再生。反復……反復…反復)」

 

 木製のスコップで地面を掘り、鉄製の棒と岩を用いたテコの原理。

 

 樹木の根を全体的に掘り出し、一気に片方に乗せた全体重でもう片方の先にある根を跳ね上げるようにして引き抜く。

 

 ブチブチと音がして7人分の水夫と少年の体重が乗った樹木の根はあっさりと引き抜けて、その後には土が埋め戻され、半日掛かって夕方くらいには4分の1の天幕が切り株の無い場所に革を敷けるようになっていた。

 

 本日も魚ばかりだ。

 

 しかし、果実組はまた大量の果実を取って来て、美味そうに齧り始め、夕暮れ時に宴会とまでは行かないが、僅かにホッとしたような様子で誰もが食事にありつけていた。

 

 今日はミランザと兄弟達だけではなく。

 

 普通に水夫達も釣り竿を垂らした為、人数分は飢えずに済んでいた。

 

「君か。フィーゼ様を困らせたという子供は」

 

「?」

 

 焼き魚をチマチマと口に運んでいた少年が顔を上げるとウリヤノフ。

 

 彼女の騎士たる男が傍に寄って来ていた。

 

「何でも朝から行方不明になって帰って来たら木の実を食べていたとか?」

 

「……食べてた」

 

「そうか。腹が空いていたのだな。こんな時だ。仕方は無い。だが、勝手にいなくなるとあの方が困るのだ。だから、これからは何処かに行く時は一声掛けてやってくれないか」

 

「解った……」

 

「そうか。それならいい。こんな場所だ。生きるも死ぬも自分次第だからな。君がハライタで死ぬ事が無いように祈っている」

 

 パンパンと肩を叩いた男はまた水夫達へ話し掛けに向かう為、気の良い笑みで遠ざかっていった。

 

「……今日、いなくなったと聞きましたよ。アルティエさん」

 

「?」

 

 少年の背後に近付いて来ていたのは牧師のマルクスであった。

 

 今日一日肉体労働に従事していた男は自分の服を脱いで水夫達と共に肉体労働して、小川で体を洗って戻って来たばかり。

 

 まだ水気が頭部には残っており、しっとりしている。

 

「マルクスです。覚えて頂ければ」

 

「はい」

 

「それで新しい果実を持っていたとか?」

 

 頷いた少年に何処にあったのか訊ねたマルクスはすぐに手製の探索隊が集めた情報を書き込んだ地図を見て、その情報を書き加える。

 

「という事で君は君でその果実をしばらく食べて下さい。大丈夫そうなら、我々もご相伴に与れますので」

 

 頷いた少年にお願いしますと微笑んだ彼はイソイソと明日の事を医者で纏め役に成りつつあるエルガムへと相談しに行った。

 

「なぁなぁ、何処まで冒険して来たの?!」

 

「なぁなぁ、教えろよー」

 

 そこでようやく大人達が掃けた為、レーズとナーズがやってくる。

 

『アンタ達、悪い見本は見習っちゃダメだからねぇ!!』

 

「「はーい」」

 

 2人が返事もそこそこに大人達に手渡されていた手書きの地図を出して聞く。

 

 それに少年は怖ろしい沼地には動物はいないが、大量の蟲の死骸がいただとか。

 

 沼地そのものが毒かもしれないとか。

 

 適当な真実を織り交ぜつつ、それよりも果実のある場所の方が重要だと地図に近場の森の端の部分を教えておく。

 

 それを遠目に見ながら、魚を串から齧っていたフィーゼがああしていれば、年頃らしいと少し微笑ましくなって笑みを浮かべる。

 

 だが、その目に薄らと何かが映った。

 

「―――」

 

 それは小さな精霊のようなもの。

 

 赤黒い燐光を零す光る球体。

 

 ソレがフヨフヨと少年達のいる周辺をウロウロしていた。

 

(アレは……危険……かどうかはまだ解らないけれど、どうしていきなり……それに力を感じる……)

 

 視線で赤黒い球体を目で追っているとバツンといきなり視界が切り替わる。

 

「ぅ……」

 

 思わず少しだけ口元を抑えた彼女が被りを振って、もう一度少年達の周囲を見やるが、今度は精霊は見えない。

 

「不安定になって来てる、のかな……」

 

 力が強まったという話は聞いていたが、それにしてもリケイの呪いの後。

 

 そう実感する事はまだ無かった。

 

 だが、それがもしも新しい精霊を見られるような、見る力が強まっているという事ならば、その新しい精霊というのは何が出来るものか。

 

 あるいはお願いを聞いてくれるのか。

 

 彼女にはまだ解らない事だらけであった。

 

「どうした? フィーゼ」

 

 魚を食べに天幕からやって来た父に何でもないと笑って、彼女は魚をゆっくりと平らげ始める。

 

 その脳裏にはもう精霊ではなく。

 

 冒険に出て服や外套に穴を開けて戻って来た少年の衣服をどうにかしなければという思考しか残されてはいなかった。

 

(それにしても、どうやったら傷一つ無く服をあんな風に破けるのでしょうか。怪我が無いのは良かったのですが……)

 

 こうして流刑地における遭難2日目は何事もなく過ぎていくのだった。

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