流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第六章【エルシエラゴの崩壊】編
間章『貴方の事Ⅴ』+第40話「エルシエラゴの崩壊Ⅰ」


 

―――ずっと思っていた事がある。

 

 どうして彼はいつも視線を遠くに向けるのか。

 

 いつもいつもそうしているのか。

 

 まるで過去を振り返るかのように。

 

 もしかしたら記憶が戻ったのか。

 

 そう訊ねる事が出来ないのは自分の弱さだと思う。

 

 強敵を打ち倒し、世界が拓けても尚、何処か遠くを見る瞳。

 

 それに不安となるのもきっと自分の弱さなのだ。

 

 彼が何処かに行ってしまうような気がして。

 

 いつもいつも夢に見る。

 

 先に向かう背中に置いて行かれるような気がして。

 

 あるいは何かに立ち向かう為に自分達を背にしている彼に手を伸ばせない自分が苦しくて。

 

 もしこの気持ちに名前が付いているのならば、酷いものに違いない。

 

 姉様達と過ごした時分、よく姉達の言葉に目を輝かせていたような気もするのに……やっぱり、彼には何も聞けない。

 

 彼の傍にはもう全てを捧げた子がいて、自分にはもうちゃんと道があったから、だから……これは酷い感情に違いないのだ。

 

 精霊の声が今日も聞こえる。

 

 それはいつも溶けている仲間達の心の声。

 

 あの子の聞いているだけで恥ずかしくなってしまうような声。

 

 でも、それが羨ましくて、何処か苦しくて、思うのだ。

 

 ああ、自分もこんなに素直になれたらいいのに、と。

 

 きっと、父上はもう全てを背負う必要なんて無いと言ってくれるのかもしれない……けれど、それを背負えなくなったら、自分は自分では無くなるのだ。

 

 お母様と会えなくなった日。

 

 ただの娘であった自分が出来る事は何も無かった。

 

 今、貴族の娘として彼と共にある事は決して悪く無い道だと思える。

 

 だから、今日も思う事は胸の奥に仕舞い込んで。

 

 共に進む事だけを考えていようと思う。

 

 すぐに何処かへ消えてしまう彼の背中を見失わないように。

 

 

 

 

―――東部地下世界【エルシエラゴの冥領】

 

「えっと、これって……石碑ですか?」

 

 少年が巨大な地下領域に転移した後。

 

 遠征隊はその巨大な断崖の下に降りる九十九折りの細い道を使って地表に降り、大量の黒い沼地が周辺領域を埋め尽くす勢いで展開されているのを確認していた。

 

 その崖下の道の終わり。

 

 壁際の苔生した場所が不意に崩れたのはルーエルが満載の積載物で壁を擦ったからであった。

 

 剥がれた壁の苔の内部から石碑のようなものが出て来て、其処には領域の名前らしいものが書かれていた。

 

「エルシエラゴの冥領って書かれてるね」

 

 レザリアが自分はちゃんと難しい文字も読めると胸を張る。

 

「そもそもよぉ。あの黒い沼地。広がり過ぎだろ? どうやってあんな広げた?」

 

「動物や植物以外は全て吸収するように命令してたら、亡霊を取り込んで肥大化してた」

 

 ガシンの言葉に少年がシレッと説明する。

 

「あのなぁ? 十万以上の亡霊を2日でスピィリアにして持って来るとかもアレだが、お前のその黒いドロドロも大概だからな? よく分からんけど、スゴイってのが何かなぁ……」

 

 ジト目のガシンが本当にどうなってるんだという顔で沼地を見やる。

 

「全員渡れる。同族は食べない」

 

「オレらの体にもいるもんなアレ」

 

「え!?」

 

 蠢く漆黒の沼地を見やったヒオネである。

 

 その横ではミーチェがアレわたしヤバイ?みたいな顔になり、顔を蒼褪めさせ、アラミヤはずっと飛んでくのかぁ……という顔になる。

 

「大丈夫。野営地にいた時、全員感染済み」

 

「「「え?」」」

 

「ま、まぁ、気にしない。気にしないのが一番ですよ。皆さん!!」

 

 ちょっと慌てつつもそう新参の女性陣にフィーゼが取り繕った。

 

 そうして、全員で歩きで進む事になると。

 

 沼地がまるで道を描き出すように割れて行く。

 

 そのまま歩き始めると先日の戦闘では分からなかったが、あちこちに山林や川。

 

 他にも動物はいないものの、野草や花は自生しているのが解った。

 

 少年が切り出したと思われる石切り場らしい場所もすぐ近くにあって、かなり開拓が進んでいる事が判明する。

 

 それもそのはず。

 

 簡易なのだが、小屋のようなものや資材用の倉庫みたいなものまでかなり大きく立てられていた。

 

「あの小屋や倉庫って……」

 

「スピィリア達に立てて貰った。色々な物資を保管しておく用」

 

「拠点か」

 

 レザリアの言葉に少年が告げ、ガシンに頷きが返される。

 

「で、色々野営地に持って来てたが、他には何か見付けたのか?」

 

「この領域の生物に蟲はいない。でも、この領域の岩や花はかなり特殊で霊力や霊体に影響するものが大量に眠ってる」

 

「ほう? 水を吸収する石に臭いを消す華。他には?」

 

「霊力を分解、吸収する金属とか」

 

「分解する金属?」

 

「コレ」

 

 少年がゴソゴソと衣服の中から小さな欠片を取り出した。

 

 ソレは薄く白い金属のようにも見える。

 

「コイツは?」

 

「【白霊石】……これで造った武具なら普通の呪紋が使えない人間も霊力で造られたものや霊力主体の呪紋そのものを破壊出来る」

 

「本当か? いや、オレには無用の長物っぽいけども」

 

「危ない!! スピィリア達に危険なのはダメだよ!!?」

 

 思わずスピィリア贔屓なレザリアが腕でバッテンにする。

 

「でも、エンシャクみたいなのがまたいても困るから、ウリヤノフに竜骨弩用の弓は数本作って貰った。荷物に入ってる」

 

 プクッと膨れたレザリアをまぁまぁとフィーゼが宥める。

 

「分解するだけじゃなくて。分解して接触面から吸収する。ガシンの呪紋と同じ。でも、吸収量には限界があって、吸収し過ぎると霊力の塊みたいになる」

 

 少年がガシンにその小さな金属塊を渡した。

 

 途端だった。

 

 ボウッとその金属が緋色になる。

 

「あん? 何か、今脱力したぞ?」

 

「霊力吸収限界まで達した。これを手にしたまま霊力を使えば、霊力が補充出来る。実質、魔力が更に一杯使える」

 

 少年が親指を立てて目をキラリと光らせる。

 

「だから!? オレを魔力の樽扱いすんのは止めろ!? また能力の運用に磨きが掛かっちまったじゃねぇか!? オレは拳闘士なんだっつーの!?」

 

「あ、あはは……でも、助かりますよね?」

 

 フィーゼがそう呟く。

 

「ぐ、ぐぅ……そもそもオレの霊力が実質的に減る程に魔力使うとなったら、それもう敵が軍団とかの状況だろ?」

 

「取り敢えず、亡霊達を減らす。何かありそうな地域から極力亡霊を減らして探索が終わったら、撤収」

 

「そして、オレがそれをすると」

 

「そういう事」

 

 少年が頷きつつ、全員が数km以上先に有った地点。

 

 元々は亡者と亡霊の山が築かれていた場所にすんなり到達する。

 

 何処も漆黒の沼地が広がっているが、亡霊達や亡者達の群れはそこから数百m先からは攻めて来ないらしく。

 

 今は遠方に見えるのみとなっていた。

 

「この間やった事をやってって言っても、何処までだ?」

 

「此処はグリモッドの中央域。此処がこの領域の中央で東西南北に領域が広がってる。あの霊殿のある入り口は西にある。

 

「つまり、東南北にはまだ行けてないと」

 

「観測結果から言えば、楕円形に北と南に長くて東が最短で行けるルート。取り敢えず、道中の領域を道になりそうな場所は全て掃除」

 

「はいはい。行くぜ―――【飽殖神の礼賛】!!!」

 

 ガシンがドカリと座り込んで両手と背後の二つの腕を同時に広げた。

 

 ソレが左右上下に展開したかと思われた次の瞬間には猛烈な速度で中心域を輪のように取り囲み。

 

 その黒い沼地の上どころか。

 

 橋の如く陸橋のような物となって組み上がり、延々と遠方まで伸ばされ始めた。

 

「―――これが遠征隊の」

 

「はは、此処まで出来るなんてねぇ」

 

「おねーさん。やっぱり帰りたくなってきたわ」

 

 アルマーニアの三人娘が目を見張る。

 

 ガシンを中心として広がり続ける腕はもはや河ではなく構造物。

 

 それが何処までも何処までも蠢きながら東西南北へと向かって伸び、その構造物へと走り出した亡者と亡霊達が群がる。

 

 正しく、ソレは黒蜘蛛の巣が可愛く思える程に広く広く広く……十字状に冥領エルシエラゴを縦断していった。

 

 亡霊達は次々に僅かに滲む緋色の霊体に触れて吸収されながら消え去り、亡者達は伸び続ける腕の構造に引き摺られながら擦り切れて崩壊。

 

 数が集まり続けてはいたが、無限にいるわけではない住人達は領域の中心から伸びる構造体のある一帯に限って殆どが数分もせずに消し飛んでいた。

 

「―――ぁあ、限界だ!!」

 

 ガシンが脂汗を流しながら、立ち上がると、基点となった背中の腕が構造物から引き抜かれるようにして絶ち切れた。

 

「後は頼む……おぇ」

 

 傾いだ青年を慌てて支えようとしたフィーゼ達だったが、それを空かさずアラミヤがキャッチしてイソイソと引き摺って、ルーエルの傍で介抱し始める。

 

「任された」

 

 少年がガシンが腕を引き抜いた部分に触れると同時に目を閉じた。

 

 その地点から無数に増殖する黒い沼地が構造物に群がり始める。

 

「……異形属性変異呪紋【異種交胚】。【ナクアの書】に魔力充填完了……」

 

「「!?」」

 

 その言葉にヒオネとミーチェが驚く。

 

 少年が背後に背負っているカバンの内部から青白い光が漏れてようやく彼らは自分達が探してたものが少年の背中へ大抵詰められていたのだと知った。

 

 少年の手が二本の試験管から秘薬をゴクリと飲み干す。

 

「骨芽細胞をモザイク遺伝子化開始……水平導入効率最大化。【ビシウスの根環濃縮液】(寄食)……細胞増殖率32万%上昇(再上昇可)。偽遺伝子化進行中……抑制剤投与」

 

 少年がまた新しい試験管の中身を呑み込む。

 

「……毎秒0.03%まで低下(再下降不可)」

 

 ブツブツと呟きながら彼らのいた周囲から大量の沼地が腕の陸橋を張って猛烈な速度で終端まで引き伸ばされていく。

 

 少年の肌が薄っすらと灰色になった様子を彼らは見た。

 

 その肌には内部から筋肉が浮かんでおり、かなり肉体が変質している事が誰の目にも分かるだろう。

 

「サイクル効率を最大……」

 

 沼地そのものが無くなっていった場所のあちこちでは地面が露出し、亡者達が詰め込まれていた頃の光景を露わにしていた。

 

 しかし、それよりも巨大な肉の塊がゆっくりと膨れながら色を変えていく。

 

 内部から白いものが露出し、黒い真菌と斑模様を作っていく。

 

「骨の橋? まさか、この色合い……何処で竜骨を手に入れていたのかと思っていましたが……貴方達は―――」

 

 ヒオネが事実を知る。

 

 そうだ。

 

 竜骨で固められた装備一式や竜骨そのものが使われているという漆黒の塔。

 

 どうやって作ったのかと遠征隊の少年以外に聞いて、お茶を濁されていた彼女は事実を知る。

 

「貴方が大本を作っていたのですね。アルティエ様」

 

 肉の陸橋が次々に内部から剥き出しになる白い骨によって形作られていく。

 

 その構造材の表面には最初に形を作っていた腕の骨が僅かに隆起して装飾のように見せている。

 

「作業構築完了。竜骨の再生産終了まで10分……」

 

 ベシャッと少年もまた倒れた。

 

 それを慌ててレザリアが支える。

 

「だ、大丈夫?」

 

「……霊薬3分の1」

 

「う、うん!!」

 

 すぐに少年のポーチからいつもの霊薬が取り出されて、少年の唇に流し込まれ、数秒で少年が立ち上がる。

 

「……偽遺伝子の通常化復帰まで13時間……霊薬が便利過ぎる……」

 

「………ぅ」

 

 少年がまだ霊力の回復というよりは取り込んだ霊力を編纂して自分の内部に溶かし込む作業中の目を閉じたガシンに見やりながら、周囲の気配を確認する。

 

「大丈夫。今、亡者と亡霊の気配は7里以内にありません」

 

 そこでヒオネがそう空かさず伝えてニコリとする。

 

「そこまで分かる?」

 

「はい。これくらいしか出来る事はありませんが……あれ?」

 

「?」

 

 首を傾げたヒオネが東を見やる。

 

「東部ですが、どうやら一両日で戻れるくらい先の壁で何かオカシな反応が……霊力が無い? いえ、この空間内では常に霊力が溢れているようにも感じますが、それの薄い場所が……」

 

「っ、お手柄」

 

 少年が自分の探していたモノの場所が解って東部に伸びた陸橋を見やる。

 

「アルティエ?」

 

「今日は東に向かう。北と南はまた今度。これでフェクラールの探索が進む」

 

「(≧▽≦)/」

 

 やったね主様というルーエルの顔をよそに少年の言葉がまたよく分からないという顔の仲間達なのだった。

 

―――4時間後。

 

「これは此処に来た時に話していた白霊石とか言う?」

 

 巨大な陸橋が端まで到達したエルシエラゴ東区画。

 

 まだグッタリしつつ回復中のガシンを連れて、彼らはエルシエラゴの端までやって来ていた。

 

 大量の亡者の死骸が黒い沼地の中にある陸橋付近で消化されている其処こそ、彼らの目的地であった。

 

 全員が見たのは陸橋が打ち崩したと思われる岩壁に見える白霊石の壁だった。

 

 少年がイソイソと陸橋の上で残った壁を剣の柄で叩くと罅割れ剥離していく壁の一部が崩落し、内部から巨大な一枚岩のようにも見える白霊石が現れる。

 

 それをコンコンと叩いた少年が頷く。

 

「間違いなく鉱脈」

 

「えっと、どうしてコレを探してたの? アルティエ」

 

 延々と陸橋の上を燻り贄のウルクトルで走破してきた仲間達に少年が振り返る。

 

「グリモッドだけじゃない。ニアステラやフェクラールの地下にも同じような空間がある」

 

「え!?」

 

 思わずフィーゼが目を丸くした。

 

「どうしてそう思うのですか?」

 

「アルメハニア達が沿岸部の海中で見付けた異物」

 

 少年がポーチの一部の部分から小さな霊廟。

 

 (がん)と呼ばれるだろう構造物。

 

 つまりは手のひらサイズの霊殿や廟である。

 

「ニアステラにもフェクラールにも海の内部から地表の下に続く洞窟がある事が解ってる。報告では洞窟の奥には霊力の反応がある。しかも一杯」

 

「それって、此処みたいに沢山亡霊や亡者がいる地下があるって事でいいの? アルティエ」

 

 レザリアに頷きが返された。

 

「今は海側からの道しか発見されて無い。でも、何かいる場所が必ずある。その領域に守護者みたいなのがいれば、今度は安全に戦いたい」

 

「ああ、だから、ウリヤノフさんに色々と頼んでたって事?」

 

「そう……恐らくノクロシアは海底でそういう場所とも繋がってる可能性がある。入口が完全に封鎖されてる都市が地下にあったと考えるより―――」

 

「あ~そういう事ね。おねーさん分かっちゃったわ~。つまり、隠された出入り口が地下にあると考えた方が無難なのね?」

 

「そういう事」

 

 ミーチェが自分の考えを肯定されてフフンと得意げな顔になった。

 

「つまり、この領域で色々とするというのは……」

 

「ノクロシアに入れる場所の探索も兼ねてる」

 

 フィーゼに少年が現在の目的を告げた。

 

「この鉱脈から掘り出した白霊石で装備を作って今度は海の中、空気とか持つのでしょうか?」

 

「問題無い。色々とウリヤノフに頼んでる。アルマーニア側の技術や呪紋で竜骨装備も更新する」

 

「そうなの? アルティエ」

 

「ようやく金属製の布が出来た。これからはフィーゼの装備並みの防御力が出るようになる」

 

「え? そのぉ……この装備ってそんなに良いものなのですか?」

 

「「「え!?」」」

 

 フィーゼの言葉に思わずアルマーニアの三人が反応する。

 

「ま、まさか、知らずに?」

 

「えぇ……それはさすがに想定外だわ~」

 

「竜鱗の装備は今じゃ貴重品。そもそもヴァルハイルの連中はもう大半男は生身じゃないからねぇ。揃えるのは殆ど不可能なはずだよ。竜そのものすら連中金属にしちまってるから」

 

「えっと、その、何か分かりませんが、スゴイのは解りました」

 

 フィーゼが自分達が知らずに使っていた装備の優秀さを理解して半笑いになる。

 

 きっと、少年くらいしか、その優秀性は知らなかったのだろうとも。

 

「取り敢えず、採掘して今日は帰る」

 

 少年は蜘蛛脚を引き抜いて、全員に下がるように言った後、猛烈な一撃で壁を一閃した。

 

 その威力が激音となって周囲に響くと同時に壁が数mに渡って崩落。

 

 巨大な1000kg単位はありそうな巨大な一枚岩が陸橋の上にドガッと転がった。

 

「これで良し」

 

「あ、どうやらそうは行かないようです」

 

 ヒオネが視線を周囲の森に向ける。

 

 すると、急激に周囲の地面で呪紋らしき魔力によって生み出された象形が浮かび上がり、内部から翼を持った全身鎧の者達が溢れ出て来る。

 

「総員戦闘配置!!」

 

 少年の言葉で瞬時に今はダウン中のガシンを載せたルーエルを中核として円陣が組まれた。

 

「さっきのでしばらく沼地は使えない。連携させずに各個撃破」

 

「「了解!!」」

 

 フィーゼとレザリアが同時に自分達の得物を持つ。

 

「あいよ。旦那様は護らなきゃね♪」

 

「おねーさん的にはもう帰りたいわ……」

 

 アラミヤとミーチェも同様であった。

 

「み、皆さん頑張って下さい」

 

 一人、防御用の体表を固くする呪紋で毛皮の硬度を上げて少し毛の艶が増したヒオネがルーエルの傍で拳を握る。

 

「戦闘開始」

 

 こうして再びエルシエラゴでの戦闘が勃発したのだった。

 

 翼を持つ騎士達は前回の戦闘時と同様の戦術。

 

 つまり、高度を保っての遠距離戦から入っていた。

 

 次々に霊力の矢が降り注ぐ最中。

 

 それを回避しつつ応戦する者と防御しながら攻撃する者に別れる。

 

「炎属性変異呪紋【炎礫】」

 

 ミーチェは地表で回避しつつ、ブツブツと呟いては手元から魔力で出来た焼けた礫を放っているし。

 

「風属性変異呪紋【風計】」

 

 アラミヤは呪紋を唱えた途端に翼を僅かに肥大化させて、高速で敵に接近し、羽を銃弾のように射出して相手を穿ちながら、流れるような仕草で引っ掛かりを感じさせる事も無く得物の剣で相手の首を一動作で刈り取っていた。

 

「へ、変異呪紋て結構スゴイんだね。肉体だけじゃないんだ。変化させられるの……」

 

 と、言いながらレザリアが猛烈な矢の降り注ぐ速射を盾で受けながら、フィーゼのカバーに入る。

 

 フィーゼの周囲では肥大化させていない竜骨弩が次々にルーエルの荷物に積まれていた木箱から吐き出され、虚空で複数の精霊によって速射が開始されていた。

 

「「「(´・ω・`)」」」

 

 ドラコ―ニア達も竜骨弩を二挺持ちで次々に精霊に装填して貰いながら、弓矢を体で受けつつ、応射する。

 

 しかし、少年が最も敵を撃墜していただろう。

 

 苦無を正確無比に相手の頭部に連射し、結果も見ずに高速で駆け抜けながら両手で二挺持ちの竜骨弩で相手の頭部をやはり全て一発で消し飛ばす。

 

 矢が無くなれば、弩を投げ捨てて、跳躍して不可糸で空中に浮かぶ周囲の相手を全て引き寄せて巻き取り。

 

 地面に墜落させ、その剛力で左右へデタラメな軌道で相手を振り回す。

 

 それに巻き込まれた呪紋で呼び出されている騎士達が地表で壊滅的な被害を受けて体を霧散させていくのだ。

 

「もうやりたい放題ですね。あはは……」

 

 フィーゼが少年の向かう場所の敵が物凄い勢いで消え失せて行くのを見て、さすが遠征隊の隊長は伊達じゃないと少しだけ仕方なさそうな、あるいは諦めているような顔で誇らしげに苦笑する。

 

「そ、それにしてもアレは……呪紋のようですが、遠くから呼び出されているような……」

 

「エンシャクがいなくなったって地獄は地獄って事かね」

 

 ヒオネの言葉に戻って来たアラミヤが剣を収めて、周囲の観測を密にする。

 

「現在、12個所に出現位置を確認した。でも、あ、最後の一か所があいつに破壊されたね」

 

「あ~~おねーさんは帰るわ~~もう今日は帰って一杯やらなきゃ死にそうよ~」

 

 アラミヤと共にヒオネを護るように立ち回っていたミーチェが疲れにげっそりとしていた。

 

「それにしても遠征隊ってのは本当に魔力とか体力とか。どうなってるんだか。旦那様もそうだけど」

 

 今もヒオネの傍でルーエルの蜘蛛脚によって抱かれて護られているガシンがぼ~っとした様子で戦闘が終わるのを見ていた。

 

「あ……戻って来ましたね。アルティエ様達が……」

 

「達?」

 

 ミーチェが遠方まで走って消えていた少年が今度は歩いて戻って来るのを遠目に見て、横に知らないのがいるのに気付く。

 

「霊体の……蜘蛛? しかも、翼付いてる……」

 

「先程の霊体騎士の蜘蛛のようです。あの大剣を使ったのでしょう」

 

「アレが……他の存在を蜘蛛化するウルガンダの……」

 

 ミーチェが思わず目を細める。

 

 蜘蛛達は生まれたばかりだと言うのにパタパタと霊体の翼をはためかせ、蟲顔から体から甲冑のようなものを身に付けていた。

 

 それも体なのだろうが、それにしても蜘蛛の騎士と呼ぶにふさわしいだろう様子は何処か所作まで洗練されているようにも見える。

 

「あの子達にも何か名前付けてあげなきゃね」

 

「ええ、そうですね。それはレザリアさんのお仕事ですから」

 

 そう笑い合う2人を前にして、また三人は内心で驚き。

 

 蜂のような尻尾を持つ少女が飽殖神に気に入られた使徒候補のような存在である事を初めて知るのだった。

 

 こうして始りの2人の種族は【ミリシェナ】と名付けられ、騎士甲冑をデフォルトで肉体に持つ蜘蛛の騎士として超レアな少数民族っぽく第一野営地の蜘蛛の一族に出迎えられ、ドラコ―ニア達にさっそく鍛えられるのだった。

 

 彼ら2人が今まで見た事の無い美形だった事もあり、多くの蜘蛛達に2人はしっかりと記憶されたのである。

 

 *

 

「……ふむ。左様ですか」

 

 冥領から戻って数時間。

 

 夜の浜辺で少年の前にしてリケイが頷いていた。

 

「エンシャクがそもそも操っていただけで、蟲の騎士達は元々がその領域に住まう者達であり、呪紋を用いる程の知能を有し、何処かにいたという事ならば……」

 

 カリカリと浜辺に少年が描いた小さな冥領のアバウトな全形図をリケイが付け足すようにして補足する書き込みをする。

 

「恐らく北ですな。それも集団規模の墓地もしくは遺跡にウロウロしているのではないかと」

 

「理由は?」

 

「二つ。一つは人型の亡霊の大半。つまり、通常の亡霊達の殆どが南部と地下にいたとした場合、南部には難民が押し寄せていた可能性が高い。これまでの報告や反歌の砦とやらで倒した相手の言動からするに一般人です」

 

「何かから逃げて来た?」

 

「左様。もう一つは人型の蟲。人外の亡霊という事。実はアルマーニア側からは蟲型の人外というのは北部の主要種族にいない事が確認されております」

 

「つまり?」

 

「蟲型の人外が亡霊になったのではありません」

 

「……亡霊が蟲の特徴を持つ人外型になった?」

 

「正解ですじゃ。この場合の儀式もしくは契約というのはああしてポンポンと新種族を作れるレザリア嬢とは違って、かなり大規模かつ複雑で時間が掛かる」

 

 少女が大地母神ウェラクリアに愛されているというか利用されているのは彼らの間では知られた事実だ。

 

「北部で何かが起きて、地下に潜ったか。あるいは南部に向かった。この場合、最前線となるのはやはり北部。つまり、戦力や諸々の危ないものは北部に集められる事になる」

 

「確かに……」

 

「また、知能が高いという事は亡霊のような魂が擦り減った状態から幾分か回復していると見ていい。グリモッドが還元蝶による滅びの最中。竜骨だけになっても復活しようとする化け物を生み出し、種族的な血を遡り、元に戻ろうとする霊薬を産む泉にまで到達していたという事は……」

 

「亡霊から元に戻そうとした誰かがいる?」

 

「あるいは勢力でしょうな。北部での戦に使われた可能性が高い。もう滅んでいてもおかしくはありませんが、冥領の莫大な亡霊達の数から鑑みるに被験者には事欠かない」

 

「誰かがまだ冥領にいて、こっちを狙った?」

 

「左様。もしくはエンシャクが行っていて、仕組みだけ残ったか。それも白霊石でしたか。あの石もかなり希少な代物です。その周囲に仕掛けをしていたとすれば、罠の理由は明白でしょう」

 

「採石場?」

 

「ええ、希少な資源を確保し、護衛を置いていたと考えるのが妥当ですな」

 

「……陸橋作ったの失敗だった?」

 

「それは何とも。ですが、あちらもまだ存在していれば調査するはず。明日以降は更に周辺の状況を確認されるのが良いかと」

 

「解った」

 

「それとその蟲の騎士。いえ、今は蜘蛛の騎士達が持っていたという呪紋ですが」

 

「生命属性変異呪紋【ミートスの知借】効果は大雑把に言うと知能が上がる」

 

 知能型ステータスの恒常変異呪紋は貴重である為、少年はしっかりと拝借していたのだが、まだ使ってはいなかった。

 

「ミートスというのは邪神でしてな。しかも、教会が邪神認定したのではなく。大昔から邪神と呼ばれていた神ですじゃ」

 

「邪神?」

 

「……ミートスは旧さだけならば、ウェラクリアやイエアド神よりも更に古い。最古の神々の一角ですじゃ」

 

「最古の?」

 

 リケイが頷く。

 

「邪神と呼ばれる所以は神そのものが悪事を働くというよりも、その能力にありましてな」

 

「能力?」

 

「そう……旧き神の中でも一際、彼の男神は女を誘惑する力に長け、数々の神を女神達に産ませたのだとか」

 

「女誑し?」

 

「左様です。まるでアルティエ殿のようですな。ははは」

 

「………」

 

「おっと、口が滑ったようで。別名は色男の神。ですが、本質が良くない」

 

「本質?」

 

「誘惑というのは一つの側面に過ぎません。最も重要なのは善悪に関わらず、その欲望を増大させるというものにある」

 

「欲望……」

 

「知恵、知識、そういうのは基本的に欲の末にあるもの。正しき欲望であれば、人は大いに世界を変革し、多くの同胞を救うものとなる」

 

「悪しき欲望なら?」

 

「言わずとも知れているでしょう。戦争、飢餓、犯罪……あらゆる悪事が発生する。ですが、亡霊だった者がソレを持っているとするなら、それは……」

 

「欲望の増大で人としての意識を再び得られるように実験してた?」

 

「正解。まぁ、アルティエ殿ならば、使っても問題は有りますまい。ですが、他の者達に貸し与えるのはかなり慎重にせねば」

 

「解った。今日はこれで」

 

「ええ、彼の神の力あらば、恐らくは欲望を知った蟲すらも、人格を得る事になるでしょう。故に努々忘れますな……人の欲望こそが人である証であり、同時に人が愚かで醜いという事実を産む元凶なのだと」

 

 少年はそんなリケイの忠告に頷いてイソイソと砂浜を後にする。

 

 そして、家に帰る道中。

 

(生命属性変異呪紋【ミートスの知借】……知能321%上昇(再上昇不可)。知識82%(再上昇不可)。使用時、知能キャップ開放……【系神属性呪紋】の習得が可能になる……)

 

 手に入れた呪紋の効果に目を細めていた。

 

 その脳裏には。

 

―――38620043022日前『ははは、どんな呪紋ならアレに効くものですかな?』

 

 そんなリケイの声が残響していた。

 

(神と名の付く呪紋。系は系譜? 系譜の神の呪紋……これがもしもアレの呪紋の正体なら、初めて……初めてアレの力に届くかもしれない……そうすれば……)

 

 少年は多くの記憶を脳裏に過らせて、空を見上げる。

 

 ニアステラの夜は月さえ出ていなければ、また冴える星が明るい夜でもある。

 

「………もう再走はしない」

 

 そう小さく呟くように拳を握るのだった。

 

 *

 

「どう?」

 

「出来そうだ。というか、もう出来た」

 

「早い……」

 

 翌日の早朝。

 

 少年は鍛冶場のウリヤノフに呼び出されていた。

 

「これが……」

 

 少年が鍛冶場のいつもの部屋でウリヤノフが用意した装備を見やる。

 

 そこには薄い金属質の光沢を持つ布地が居り込まれた竜骨装備があった。

 

 しかし、微妙に違うと思われるのは急所や関節を覆うプレート部分に白霊石が幾つも層になって重ねられたような多重構造が見て取れ、その繋ぎ目が文様にように浮かび上がり、竜骨内部から見えている事だろう。

 

「元々、殆どの装備の部品は作り終えていた。後はお前が持って来たコレを成型して入れ込むだけだったわけだ」

 

「重さは?」

 

「前より1割程重くなったが、その程度だ。問題は素材を重ねた為に純粋な攻撃には脆くなったところにある。だが、脆くなるという事は攻撃を受けても内部を破壊され難いという事だ」

 

「後は金属布で防御を上げる?」

 

「そういう事だな。特に首筋から顎や側頭部の耳元まで服の一部が続くようにしてある。これで耳元までは単なる剣の斬撃では切れない。また、それを固定化する鼻から背後の首筋までを覆うマスクを造った」

 

 首に掛けて、鼻の上からうなじまでを護る薄い装甲部分が少年の手に渡される。

 

「口元にはお前が言う毒を無力化する例の黒いシンキンとやらを乾燥させて仕込んである。うなじから背骨を護る後背の部品と繋がって一つの鎧だ」

 

「かなり仕上がってる……」

 

「頭部に付いてもお前の意見を取り入れて、兜も金属布を重ねて張り合わせ、軽さと隙間を造って、薄く水を吸収する石を入れて蒸れを防止した。汗は全て吸い取る仕様だが……体温を下げられない事には留意してくれ」 

 

「問題無い。高速で動けば、空気が直接体と鎧を冷やしてくれる」

 

「空でも飛ぶ勢いだな」

 

 思わずウリヤノフが苦笑する。

 

「手袋部分と各種関節は?」

 

「白霊石で塗布済みだ。無論、アイツのは特別製で一部、手甲や脚甲内部の固定位置に薄く短い針状の部位を内部に仕込んである」

 

「これで外部から吸収した霊力はそのまま使用可能になる」

 

「アルマーニア側のはもう少し時間が欲しい。いきなりの注文だったからな」

 

「解った。武器の方は?」

 

「注文通り仕上がった。スピィリア達と夜通し作っていたおかげでな。もしもの時の為の装備だ。必要になったら迷わず使え」

 

 部屋の内部を今の今まで覗いていた鍛冶場勤めのスピィリア達が蜘蛛形態で戸の前を複数ウロウロしていた。

 

「今回の装備の更新で最も大きいのは竜骨を現地で武器の生産に使える事だろう。お前が言っていた長時間戦闘で遠距離武器が枯渇する問題はこれでどうにかなる」

 

 ウリヤノフが鉄製らしい横に長いトランクをテーブルの上に上げる。

 

「金属布を複数重ねた特別製だ。竜骨の核となる部位に対して外部からいつもの細瓶を突き刺して使う」

 

 トランクの手元にある穴に鉄製の試験管が突っ込まれる。

 

 すると、僅かに内部がカタカタというよりはミシミシと揺れる。

 

 そうして、ガパッとトランクが開かれると内部には大量の竜骨だけで出来た矢が詰まったモールド……鉄製らしい溝がビッシリと入った板が何枚も薄く織り込まれており、その中核部位らしい場所がトランクの手元の下に組み込まれていた。

 

 丸い竜骨の塊である。

 

 蛇腹折に収納されていて、矢を取り出す際にはこの中央部分をウリヤノフがハンマーでその部分をぶっ叩いた瞬間。

 

 竜骨塊周囲から溢れていた細い細い溝内部の骨が破砕されて、一気に蛇腹がバネ仕掛けで広がる。

 

 すると、蛇腹内部から飛び出した勢いで竜骨の矢が外れて地面に多数落ちた。

 

 矢の中央部分には僅かに折れた竜骨の突起がある。

 

 矢を拾うと竜骨の細い細い破砕した破片が多数散らばっていた。

 

「今はこれが限界だ。持ち歩ける濃度の霊薬による成長速度に耐えらえるモールドの細かさには限界がある」

 

「十分」

 

「コイツ一つで凡そ60発。魔の技程ではないが、魔力とやらが宿っているなら、普通の亡霊にも効くだろう」

 

 少年はウリヤノフに感謝しつつ、外のスピィリア達を招き入れて、すぐに木箱を浜辺まで運び出した。

 

 すると、もう待っていた遠征隊の面々が走り込みで汗を流していたが、リケイが呪紋で砂の四方を覆う壁を二つ立てて、すぐに着替えられるように場を調える。

 

 運び込まれた木箱からいつもの面々が壁の内側で着替える事数分。

 

 アルマーニア側の女性陣は少しだけ驚いていた。

 

 それは何処か洗練され、機械的にも見える程精緻な装甲。

 

 洗練された竜骨と白霊石と鋼鉄の三重奏の鎧は何処かヴァルハイルに通じるものがあったのだ。

 

「ちょっと重いけど、動き易いですね」

 

「うん!! 良い感じ!! 汗も吸ってくれて蒸れないみたいだし」

 

「オレのは特別製か……」

 

 ガシンの装備だけが白霊石の部分を緋色にしたり、白くしたりと何処か蠢く生物のように脈動しているような錯覚を覚えさせた。

 

「それは霊力の押し引きしてるから。全部白く為ったら、ガシンの方が石よりも強い」

 

「今度は石相手に鍛えられんのかオレ……はぁ……」

 

 ガシンが溜息を吐く。

 

「新しい装いも恰好良いよ。旦那様♪」

 

「それは止めろ……」

 

「そ、それにしても昨日の今日で……」

 

「ええ、こちらでは何もかもが早過ぎる気が……」

 

 ヒオネとミーチェの感想は一致していた。

 

「今までの装備は予備になる。それと対亡霊用」

 

 少年が白霊石を削り出したと思われる短剣をフィーゼ達に手渡していく。

 

「一応、近接された時に使う用途」

 

 ちょっとレザリアはう~んという顔になったが、これからやる事を考えてか。

 

 ちゃんと腰に佩いた。

 

「ゴライアス」

 

「“此処に”(。-`ω-)」

 

 少年の言葉に砂の中からゴライアスがカシャカシャと蜘蛛脚を動かして現れる。

 

 どうやら砂風呂っぽく温まっていたらしく。

 

 砂から上がると全体的にホカホカしている。

 

「野営地の防衛は任せる」

 

「“我が名はゴライアス”……“防衛も出来る大蜘蛛”(。-`ω-)/」

 

 腕を上げて答えた相手に頷いて、少年が全員を集めた。

 

「\(≧▽≦)/」

 

 ルーエルがまたヒオネを背中に載せて、嬉しそうに腕を上げる。

 

「今日の目的地は冥領北部。蟲の騎士達のいる場所を探す。ガシンの大規模攻勢は基本無し。連戦で各地を探索する」

 

 少年が端的に告げて、符札を掲げる。

 

 そうして瞬時に彼らは掻き消え。

 

 冥領を東西南北に縦断する巨大陸橋の中央。

 

 少年が築いた霊殿となるイエアドの印が彫られた四方に続く端の交差地点に到着するのだった。

 

 凡そ40m四方の円形の領域は人の骨で造られていると言われてもまるで違和感が無いくらいには腕の骨が僅かに浮き上がっていて、かなり不気味だ。

 

 全てが竜骨に変貌していると言われても早々見慣れる事は無いだろう。

 

「ねぇねぇ、アルティエ」

 

「?」

 

 レザリアが少年の袖を引いた。

 

「これも竜骨なんだったら、此処にもスピィリア達住めるんじゃない?」

 

「………それはそう。安全になったら」

 

「じゃ、じゃあ、ガシンに吸収してもらうんじゃなくて、みんなスピィリアにして此処に住んで貰ったら?」

 

 レザリアの提案に少年が僅か考えて黙考する。

 

「此処だと爆華が育たない。でも、色々と使える資源が一杯ある」

 

「つまり?」

 

「外のスピィリア達に一部移住して貰って、此処に建物を立てて交易する街を造れるならアリ……」

 

「(≧▽≦)?」

 

 ルーエルが此処が街になるのか~と周囲を見渡す。

 

 夜空の星のような天蓋と暗い場所で育った樹木はかなり色白で白い。

 

 蜘蛛が寝泊まり出来る樹木はそれなりにあるが、一番良さそうな寝床がもう出来ている為、問題無いです主様と蜘蛛脚が立てられた。

 

「蜘蛛本人から大丈夫って言われたから、採用で」

 

「やった!!」

 

「「「(*´Д`)」」」

 

 アルマーニアの三人は何かサラッと重大な事が遠征隊ではすぐに進んで行く様子にやっぱり自分達とは根本的に生きてる速度が違うなぁという感想を抱いた。

 

「取り敢えず、爆華には余裕がある。陸橋全体じゃなくて、中央だけで魔力が生産出来るなら問題無い。問題は移動経路」

 

「そ、そうですね。さすがにこの地下の移動経路が外と繋がってるとも思えませんし……」

 

 フィーゼがそう冷静に呟く。

 

「この領域を制圧したら、取り敢えず酒場を立てて、符札で交易してもいい。陸路が発見出来なかった場合は地下を掘って貰う事にする」

 

「地下……隧道ですか?」

 

 フィーゼに頷きが返される。

 

「蟻達と同じ。それよりもまずは北部の制圧」

 

 こうして彼らはイソイソと北部の探索へと向かう事になった。

 

 街造営予定の巨大陸橋中央部。

 

 そこが白い樹木の家で一杯になるのを夢見ながら、上機嫌でレザリアは少年の横を進むのだった。

 

―――8時間後。

 

 ようやく遠征隊は冥領北部に到着する事になっていた。

 

 道中、陸橋から見える範囲の亡霊達を片っ端からスピィリアにする作業を少年が休みなく行って、休憩地点には霊殿を置いて、一端野営地に戻ってドラコ―ニアを何人かと竜骨のアクセサリが大量に入った木箱を陸橋中央に積み上げという作業を一人でこなしていた為である。

 

 レザリアに頑張れ頑張れと応援されながら作業する事数時間。

 

 亡霊のみならず。

 

 亡者達も一緒に蜘蛛脚で切っていたら、いつの間にか新種族になれそうな半分霊体半分肉体の蜘蛛達になり、途中でレザリアによって【ディミドィア】と名付けられたりもした。

 

 亡霊たる能力なのか。

 

 自分の肉体を動かすという事に特化された彼らは肉体の精密制御と身体機能に優れており、様々な肉体の使い方が出来るようで色々とレザリアに大道芸的な技を見せては拍手させたりもした。

 

「「「(´・ω・`)……」」」

 

 もう何も驚かないよという進展の早さ。

 

 アルマーニア側の女性陣はニアステラでは物事は迅速に進むんだなーと少年だけが蜘蛛脚で猛烈な速度で北部までの道を延々と爆走する姿を見て、呆けている。

 

 彼是数時間以上ぶっ通しで無限にも思える亡霊と亡者達が新種族にされており、それをドラコ―ニア達が次々に編成して陸橋中央部に連れて行っている。

 

 急激に増えて行く住人達は今度は何万……何十万になるものか。

 

 少年が音速を遥かに超える速度で延々と動いている様子も驚きには値しない。

 

「(/・ω・)/」

 

 その背後からは次々に新生した者達が彼らに『団体旅行客かな?』という状況でドナドナされている途中、手を振っており、中央地域へと大移動を敢行中。

 

「何だかなぁ……」

 

 ガシンがあいつ一人でいいんじゃねぇかなという顔で周辺地域から全ての亡霊と亡者達が掃けるまでやる事なんぞ無いとばかりに持ち込んだ果実を齧っていた。

 

 ドドドドドドドッと。

 

 少年が移動した跡には大量の土埃が舞う為、今も何処にいるのかは誰にも分かっている。

 

「亡者と亡霊を狩る玄人にも程があるな」

 

「というか、此処に住むスピィリアさん達の統制どうするのでしょうか?」

 

「ドラコ―ニア連中に投げるんだろ。危ないのが消えたらだろうが。三日分の食料は持って来てる。これは長期戦だな」

 

 フィーゼの疑問にガシンが答える。

 

「それにしても体力が持つのか心配になりますね」

 

「あいつにとっては慣らしみたいなもんだろ。ああやって新装備の性能を確かめてるのもある。あらゆる動きで蜘蛛脚を振り回しつつ、自分の肉体の今の限界やら他の負荷やらを考えてるんだろ」

 

「……何だかガシンさんもすっかりアルティエの事に詳しいですよね」

 

「まぁな。未だにフレイ達と模擬戦するより、あいつと戦う方が苦戦するし」

 

 少年の姿は遠方の煙でしか確認出来ない。

 

 しかし、それをしっかりと把握する者もいた。

 

「(これは……勝てないわけです)」

 

「姫様?」

 

「……本当にアルティエ様は凄い御方なのですね」

 

 ミーチェが自分の護衛対象が遠方の相手に意識を集中しているのを感じてか。

 

 傍でヒソヒソと話す。

 

「どういう事でしょうか?」

 

「アルティエ様の動きはもはや我らには真似出来ない技能と練度です」

 

「そこまでの?」

 

「あらゆる能力を全て使いこなしている。膂力、脚力、肉体の柔軟性、持続力、反射速度、五感による知覚範囲。何もかもが我らとは桁が違う」

 

「桁が?」

 

「ええ、高速戦闘では恐らく誰も敵わぬでしょう。剣捌き一つ見ても全て我が身の知る誰よりも鋭い。体幹が怖ろしく良く、一切の迷いのない判断……先代の神の使徒達を彷彿とさせますが、実際は……」

 

 その言葉にミーチェがゴクリと唾を呑み込んだ。

 

「まぁ、止めておきましょう。我らは味方です……それでいい。あの小さな体には過剰な能力が詰め込まれているにも関わらず。それに振り回されていない時点で……ヴァルハイルの公爵級ですら敵うものかどうか」

 

「―――彼がどういうモノなのかはよく分かりました。御身がそう言うなら、事実なのでしょう」

 

 思わず少し丁寧になって地が出たミーチェが溜息を吐く。

 

 そうアルマーニア側に評価されているとも知らず。

 

 少年は蜘蛛脚による全力疾走を続けながら、体力の減りを勘案しつつ、林をえぐり取るかの如き機動で駆け回り、目に付く全てを蜘蛛脚で僅かに切り裂いて吹き飛ばし続けていた。

 

 無駄にも思える疾走中の回転や多種多様な動きには我流剣技が織り込まれていたが、それらは全て新装備が動きに堪え得るかのテストであった。

 

「装備摩耗率2.3%……これならまだまだ行ける」

 

 少年の肉体は【飽殖神の礼賛】を己に最初に用いて以降、何度も同じ呪紋で強化されている。

 

 その度に必要な臓器の数を変え、呪紋の制御によって増やす血肉や骨の量を変えて、事実上は魔力が枯渇するまで肉体の体力と疲れを帳消しにする技術が身に付いていた。

 

 それは真菌共生と共に少年の肉体を常に最高の状態に保つ事で可能な力だ。

 

 極端な話、魔力=命の長さである。

 

 肉体を変質させる薬や細胞の増殖を行わなければ、霊薬を使う必要すらないというのが何よりも怖ろしいだろう。

 

 此処で更に秘薬を各種使う事で能力は飛躍的に上がっていくのだ。

 

(ようやく……遠方の壁が見えて来た……)

 

 地球は丸い。

 

 地平の先にようやく少年が壁を見やった時、薄らと何かが彼方で輝いたのを見た。

 

 ボッと少年がウィシダの炎瓶で上空に炎を上げる。

 

 即時、防御態勢になったフィーゼ達の気配を後方で感じながら、少年は遠方から高速で接近してくる何かを捉えるようにしてダガーの短剣で受けに回った。

 

 上空を高速で駆け抜けていた少年の質量と加速力が生み出す運動エネルギーが遠方から跳んで来た何かを接触した瞬間。

 

 ゴバッと周囲に何かが舞い散る。

 

(何かを丸めた玉? 皮膚接触から侵入されてる……蛋白質じゃない。強酸?)

 

 少年が瞬時に周囲の生物が融けそうな強酸を受けるべく。

 

 肌の上に張り付く真菌の被膜にアルカリ性の粘液を分泌させつつ、今まで変異していたスピィリア達に無言のままに大号令を掛ける。

 

 すぐに眷属としての命令を受諾した彼らが一斉にピョンピョン跳ねて全速力で運河の如く中央域に逃げていくのを確認しつつ、ルーエルにも指示を出した。

 

「(≧◇≦)/」

 

 了解とばかりにルーエルが体内で少年と同じく真菌によってアルカリ性の粘液を増産しつつ、ゴヴァッと周囲に振り撒いた。

 

「は!?」

 

「えぇえ!? ルーエル!? それはさすがに汚いよ!!?」

 

「い、いえ、違います。たぶん、何かの薬です!!?」

 

 フィーゼとレザリアが驚いている合間にもすぐに察知したヒオネがそう告げる。

 

「アレを見て下さい!!」

 

「オイオイオイ!?」

 

「……今度は溶けるのね」

 

 ヒオネが指差した周辺では次々に樹木が溶けていた。

 

 ガシンもさすがに顔が引き攣る。

 

「しょうがねぇ。お前のゲロは我慢しとく」

 

「Σ((≧ロ≦)」

 

 ガーンとルーエルが薬をゲロ扱いされて固まっている合間にも次々に陸橋側にも何か大きな玉が高速で近付いて来ていた。

 

 すぐに反応したルーエルが今度はイゼクスの息吹で迎撃し、数百m手前の地点で数発が燃え散って消えて行く。

 

 玉そのものはそんなに固くないらしく。

 

 液体に触れると濃硫酸染みた何かになるというのが本来の力のようで燃えると変質したせいか。

 

 相手を溶かす事も出来ない様子であった。

 

「仕方ねぇな。総員前進だ!! ルーエルに掴まれ!!」

 

 ルーエルは現在大荷物を抱えてヒオネに跨られているが、まったく問題無いかのように頷き。

 

 全員が荷物を縛る縄などにしがみ付くとギュドッと鈍い竜骨が削れるような音と共に時速数十kmで前方に跳躍し、彼ら全員が思わず風圧で顔を変形させた。

 

 彼らの遥か先には少年が先行しており、大量に降り注ぐ直径1m程の玉を次々に虚空で切り裂いては進み続けている。

 

 その何か粉状のものが舞い散る空間をルーエルがイゼクスの息吹で焼き払いながら突破する。

 

 一蹴り数百mの移動が続く内に北端の壁際が彼らの目にも見えて来る。

 

「ありゃ、なんだ? 城攻めの時に使うヤツか?」

 

 彼らが見たのは壁際に多数ある攻城兵器の類であった。

 

 テコの原理でモノを遠方まで投げる投石器(ソレ)だが、明らかに飛距離がおかしな事になっているのは間違いない。

 

 しかし、それもそうだろうと彼らが納得する。

 

 巨大な攻城兵器を動かしているのはどう見ても巨人だった。

 

 ついでに言えば、攻城兵器そのものも魔力が宿っているのか。

 

 薄ボンヤリと光っており、錆びた鋼鉄が輝く様子はもはや普通とは程遠い。

 

 攻城兵器が無数の漆黒の巨人によって魔力を用いて敵に遠距離から攻撃を行う。

 

 このあまりにもあんまりな光景に彼らはようやく自分達が軍隊のような何かに喧嘩を売られているのだと理解した。

 

『(こ、此処は逃げた方が良いのではないでしょうか!!?)』

 

 そうヒオネが告げる。

 

 だが、あまりの風圧に変形している顔で声を張り上げても誰の耳にも聞こえず。

 

「\(≧▽≦)/」

 

 わーい得物だーとばかりにルーエルは加速。

 

 アルマーニアの女性陣がかなり顔を引き攣らせている合間にも遠征隊は準備万端の様子で備えた。

 

 数百m先に近付く寸前で急制動を掛けたルーエルが最大火力のイゼクスの息吹で相手の巨大な攻城兵器群を横に薙ぎ払う。

 

 瞬時に一閃した光線が過ぎ去った後。

 

 猛烈な熱量に攻城兵器の群れの上部が赤熱化して、次々に装填されていた近接用の石の散弾が弾けるやら溶けるやらして周囲に降り注ぎ。

 

 体表を焼かれた20m程の巨人達が絶叫を響かせる。

 

 その合間にも壁際に横一列に並ぶ巨人達の端。

 

 左手の端にいる個体の肩に少年が現れた。

 

 その手には巨大な蜘蛛脚と巨大な黒い大剣が握られており、その脚が肩から掻き消える。

 

「―――!!?」

 

 一線。

 

 猛烈な横薙ぎの暴風を喰らったかのように余波による衝撃で巨人達が横倒しになって倒れて行く。

 

「【双連閃】」

 

 だが、その首はもはや空を舞っていた少年の二剣が怖ろしい脚力で繰り出される斬撃で強靭な筋肉の束を両断していた。

 

 だが、それでも巨人達は未だ死なず。

 

 また、蜘蛛になるにも時間が掛かるのか。

 

 巨大な腕と脚が地団駄を踏んで周囲に激震を奔らせる。

 

 倒れながらも首の瞳は少年を決して見逃してはいなかった。

 

 怖ろしい事に首を飛ばされて尚、彼らは諦めていなかった。

 

 凡そ40体の巨人達が伸ばした手の一つが少年を最期の一人の首を切り落としたところで掴む事に成功し、猛烈な速度で地表に叩き付ける。

 

「アルティエ!!?」

 

 だが、少年を掴んだ腕そのものが内部から焼け焦げて吹き上がる炎によって焼滅し、瞬時にクレーターの中心から多少拉げて煤けた鎧のままに少年が再度倒れ込んで暴れる巨体を軽々と躱して、その上へと跳躍した。

 

「【飽殖神の礼賛】【異種交胚】【不可糸】」

 

 少年の片腕が突き出されたた時、虚空で自らの頭をキャッチしようとしていた巨人達の腕が猛烈な一撃で一直線に貫き通された。

 

『―――!!?』

 

 少年の腕が灰色と化した刹那。

 

 巨大な甲殻のように伸びて、怖ろしく長く巨大な筋肉質の蜘蛛の脚として顕現したのだ。

 

 貫き通された手がその蜘蛛脚の鋭い横一線で切り飛ばされ、地面に落ちようとしている頭部が次々に蜘蛛脚から射出される不可糸によって吸い付くようにその鋭い脚の刃に向かって引き付けられ、両断された。

 

 途端、グリンッと巨人達の瞳が白く剥かれた。

 

 それとほぼ同時に彼らの肉体の内部から巨大な純白の蜘蛛脚が次々に突き出して、内部からヌラリとした甲殻を露わにしていく。

 

 20mは無いが、少なからず15m級の蜘蛛達がひょっこりと巨人の腹の中から血飛沫を上げて顔を出し、グイーッと背筋を伸ばす犬や猫のように足を前に出して伸びをした後、ブルブルと犬のように体を震わせて、ビチャビチャと周囲に巨人達の血潮の雨を降らせて抜け出していく。

 

 それはもはや喜劇か悲劇か惨劇か。

 

 アルマーニア側は思わぬホラーでスプラッターな状況に気を遠くする。

 

「おお!! おっきぃ!! あの巨人さん達は黒かったけど、この子達は白いんだね」

 

「咄嗟に防壁張る為に色々準備してたの無駄になったな」

 

「そ、それよりアルティエです!!? アルティエェエエエエ!!!」

 

 レザリアとガシンが気の抜けた言葉を吐く横で慌ててフィーゼが蜘蛛脚を黒くして地表に落し、腕を内部から引き抜いて壁際に倒れ込んでいる少年に向けて駆け寄っていく。

 

「「「(´Д`)………」」」

 

 明らかに何か間違っているようにも思える遠征隊の弛緩した空気を前にしてもうアルマーニアの女性陣に声は無かった。

 

『((((|ω|))))ノ』

 

 何か呑気そうに巨体でレザリアの元に歩いて来る蜘蛛達が悠々と敵意も無くやってくる光景だけでお腹一杯になったからである。

 

「姫様……あの巨人……」

 

「は、はい。恐らく、御伽噺に出て来る“冥界の巨人”……旧き神の眷属……北部で始祖と呼ばれている王族種ではないかと思います」

 

「アタシも戦いたかった!!」

 

 アラミヤの声に彼女達がゲッソリした顔になる。

 

「死にますよ? 普通」

 

「いや、死んでないじゃない?」

 

「それは……それはそうかもしれません。彼らが強いのか。あるいは我々が弱いのか……」

 

 ヒオネ達は何はともあれ命はあると再確認しながら、巨人の臓物の湯気によって血煙が上がる地獄のような光景に此処はそう言えば、冥領と呼ばれる程度には地獄だったなと再確認するのだった。

 

―――1時間後。

 

「ふぅ……」

 

 少年はようやく起き上がれる程度まで回復していた。

 

 咄嗟に無茶な制御で呪紋を複合して使って魔力が完全に枯渇した為、一時意識を失っていたのだ。

 

 周囲では巨大な漆黒の巨人達の残骸が黒い真菌によって捕食されており、壁際の血や真菌達がいない一角で彼らは小休止を取っていた。

 

「大丈夫ですか? アルティエ」

 

「ドラコ―ニア達の看病で大分良くなった」

 

「「「(>_<)/」」」

 

 勿論ですプロですからとドラコ―ニア達が胸を張る。

 

 ついでにレザリアのいる少し遠方の一角で巨大蜘蛛の群れが大人しく犬のように座って中心のレザリアから色々とルールやら話を聞いている様子に「さすが姉御」みたいな顔で頷く。

 

「で、あの黒い巨人はアルマーニア側が言うには冥界の巨人とか言うらしいが、何か分かったか?」

 

「呪紋を一つ手に入れた」

 

「お? どんなのだ?」

 

「系神属性加護呪紋【劫滅】……」

 

「あん? 何か聞いた事無い属性だな。それどんなんだ?」

 

「確かに聞いた事無い属性ですね。リケイさんには色々教わってるはずなんですが……」

 

「不死殺しの呪紋。再生、復元、肉体を元に戻す呪紋や魔力、霊力で造られた再生する構造体に対して加護を受けた対象が攻撃すると相手は再生や復元を阻害されて死に易くなる」

 

「殺すじゃなくて死に易くなるって何だ?」

 

 ガシンが最もな話をする。

 

「……傷が治らなくなるじゃなくて、傷が治り難くなる」

 

「そういう事か」

 

「不死って、ええと神聖騎士の人とかがそう言われてるのでしたけっけ?」

 

 少年がフィーゼに頷く。

 

「つまり、その呪紋を掛けた相手なら神聖騎士を?」

 

「この加護は対象にした人間が行う全ての攻撃そのものに乗る。矢でも遠距離攻撃でも離れてから10分くらいは効果がある」

 

「それって……」

 

「神聖騎士を数で行動不能に出来る可能性が出て来た。殺す事は出来なくても死んだも同然に出来れば同じ事」

 

「す、スゴイじゃないですか!?」

 

「でも、これは敵味方関係無い」

 

「え? あ、もしかして……」

 

「霊薬や秘薬を使っても再生が遅かったり、回復が遅れる。同士討ちも困る」

 

「……じゃあ、やっぱり、遠距離からじゃなくて近距離で戦える人が使うべきって事でしょうか?」

 

 フィーゼに頷きが返った。

 

「皆さ~ん」

 

 遠方で巨人の死体を漁っていたアルマーニア側の女性陣が戻って来る。

 

「どうだった? 巨人」

 

 レザリアの問いに戻って来たヒオネが首を横に振る。

 

「詳しい事は何も……ただ、黒かった理由と間違いなく巨人族である事は確認出来ました」

 

「?」

 

「巨人族である事? 見た目を見れば、分かるような?」

 

「ああ、いえ、そうですね。皆さんは知らないんでした。巨人族の特徴に性器などが無いというのがあるのです」

 

「ええと……どういう事?」

 

「簡単に言えば、巨人族は巨人として生まれる際に子作りはしません。何故なら、自らの血肉を分けて創造するからと言われています」

 

「血肉を?」

 

「はい。そういう呪紋で前の個体から新しい個体を何人も産むのだとか。その性質のせいで基本的に女というものが居らず。男型の巨人しか北部にはいません」

 

「へぇ~~」

 

「ちなみに黒い理由ですが、コレです」

 

 ヒオネが皮膚の一部を切り出したものを持って来る。

 

 その表皮にはビッシリと黒い蟲のようなものが群がっていた。

 

「ひぇ!!?」

 

「っ」

 

 思わずレザリアが後ろに下がり、フィーゼも顔を強張らせて固まる。

 

「ああ、もうどうやら死ぬらしく。他のモノを襲うようにも見えません。触る時も気を付けたので問題無いかと。ミーチェさん」

 

「おねーさんもこれはちょっとアレなんだけどなぁ……」

 

 と言いながらもミーチェが指を弾くと呪紋の極弱い炎が蟲の付いた皮膚を焼いた。

 

 その下からは僅かに純白の状態が見えたが、それもすぐに燃え尽きて行く。

 

「蟲……あの全ての巨人に大量に集っていたって考えると……」

 

 思わずフィーゼの言葉にレザリアが鳥肌を立てる。

 

「で、お前は何喰ってんだ? アルティエ」

 

「今の蟲」

 

 少年が何やら口にいつの間にかモシャッているのを発見したガシンがジト目で訊ね、その言葉にアルマーニアの女性達が顔を引き攣らせる。

 

「美味いのか?」

 

「……苦い」

 

「ああ、そう。で? お前の見立ては? 拾い食い大好きな我らの隊長殿」

 

「【カリウスの契蟲】(生食)……霊力変質率毎秒0.8%上昇(再上昇可)。効果時間7秒後も残存効能0.01%上昇。食べると霊力に属性付与が働くみたい」

 

「あん? 属性付与?」

 

「個人の呪紋に対応する資質に合せて霊力形質が変質する。霊体と肉体が生み出す魔力もそれによって特定の相性の良い呪紋に限って効率が上がったり、強化されると思う。恐らく、さっきの巨人を食べてたせい」

 

「食べてた? 蟲に食われてたのか? あの巨人共」

 

「共生関係。蟲は巨人の霊力を食べて生存。巨人は蟲の霊力の変質効果で恐らく長寿になってた。ほら」

 

 少年が指差した先。蟲達が離れた大量の巨人の亡骸がまさか嘘のようにサラサラと砂のように崩れていた。

 

「……霊薬の次は長寿になるやら呪紋が強くなる蟲か」

 

 言っている合間にも蟲達が次々にその場から飛散し、中部の方に向かって飛び立っていく。

 

「採らなくていいのか?」

 

「もう沼地に墜ちたのを取ってる。必要な分以外はたぶん、中部に移動したスピィリアやディミドィアを追い掛けてる。寄生不能で対象が居なくなれば絶滅。その前に捕食するように言っておいた。必要なら真菌の能力で血肉まで増やす」

 

「捕食?」

 

「これであっちの蜘蛛達も何かしらの属性の呪紋に目覚める」

 

 言ってる傍から少年の周囲に黒い沼地のようなものが移動して来て、首を擡げるように少年の前で伸び上がって華のように頭を垂れる。

 

 その内部から何か黒いドロドロした液体がドラコ―ニア達が持っているジョッキに入れられていった。

 

「「「………」」」

 

 フィーゼ、レザリア、ガシンが嫌な予感に身を震わせる。

 

「オイ。まさか……」

 

「大丈夫。いつものに混ぜてもちゃんと飲める」

 

「「「!!?」」」

 

 アルマーニアの女性陣が何をジョッキに入れているのか理解して、プルプルし始めた。

 

「死なない。能力も上がる。副作用は……ちょっと苦い」

 

「嘘付け!? ちょっとで済むか!? お前の薬が!!?」

 

 ガシンの言葉にその場の薬を飲んだ事のある全員が同意するしかなかった。

 

「……でも、飲まないと能力上がらない。此処から先。恐らく、またアレみたいに強いのが出て来る」

 

「ああ、クッソ!? 本当にお前は正論しか言わねぇな!! いいぜ!!? こうなりゃヤケだ!? あの薬三昧を耐え切ったオレらに飲めねぇもんなぞねぇ!!?」

 

 ガシンがヤケクソでドラコ―ニアからジョッキを受取り、額に汗を浮かべながらもその黒いドロドロを一気に胃の中に流し込んだ。

 

「っっ、ふぅ……はは、確かに苦いが、別に大した事な―――」

 

 ガシンの意識が吹き飛んだ時。

 

 その舌には名状し難い味というよりは衝撃だけが残っており、彼は記憶を数分失う事になる。

 

「ガシィイイィィン!!?」

 

「ガシンさぁああぁあん!!?」

 

 レザリアとフィーゼが思わずガシンを抱き起そうとするが、その前にドラコ―ニア達がガシッと2人を後ろから羽交い絞めにした。

 

「え、は、離して!?」

 

「ま、まさか!? いえ!? それよりガシンさんは」

 

「大丈夫。ちょっと意識が無いだけ。数分で目が覚める」

 

 少年がまるで即死したように動かない青年を自分の横に寝かせて、適当にグイッとジョッキを呷って、別に何とも無さそうな顔で手を握って開いてを繰り返す。

 

 そうして、2人の前にはドラコ―ニアが一人。

 

 二つのジョッキを持っていた。

 

「あ、ちょ、だ、ダメだって!? ガシンに耐えられないものなんか耐えられるわけな―――」

 

「眷属契約。薬はちゃんと飲みましょう」

 

「あ……はい。飲みます!? ふぐぅ!? こんな時だけ眷属扱いして言う事聞かせるとかアルティエの馬鹿ぁ!?」

 

「良薬は口に苦い」

 

 涙目のレザリアが少年のシャニドの印が光った瞬間、眷属として命令を強制受諾した為、ドラコ―ニアの羽交い絞めから解き放たれ、渡されたジョッキを恨めしそうにしながらも一気飲みした。

 

「レザリアさぁああん!?」

 

「うぅ……苦さはそんなでもないけど、これってな―――」

 

 グリンと白目を剥いたレザリアが背後のドラコ―ニアにズルズルと引かれてガシンの横に並べられる。

 

「だ、ダメですって!? こ、此処は仮にも遠征中の危険地帯なんですから!? こういうのは家に帰ってからでも問題な―――」

 

「大丈夫。問題無い。あーん」

 

 喋っている間に少年の指が弾かれ、喉の奥までしっかり不可糸で開かれて固定、胃に直通の状態でジョッキが傾けられてドロドロが流し込まれた。

 

「が、ぐ、ご、あほへほーかいひま―――」

 

 少年に涙目で怒ろうとしたフィーゼがカクンと白目を剥いて落ちた。

 

 フィーゼもドラコ―ニアに運ばれてレザリアの横に並べられる。

 

「「「………(/ω\)」」」

 

 それを見ていたアルマーニア側の女性陣があまりの恐ろしさにガクブルしているが、少年はそんなのはお構いなしにヒオネに近付く。

 

「遠征隊に入ったら、薬はちゃんと飲む事。最初に約束した」

 

「ぅ……は、はい!!」

 

 ヒオネが仕方なく頷いた。

 

「姫様!? 本当にいいんですか!?」

 

「いや、止めといた方が……」

 

「い、いえ!! どんな事があっても自己責任!! 必要ならば、どんなものでも食べるし、飲むと付いて来た以上!! アルマーニアの名に懸けて!! 約束は守ります!!」

 

「あのねぇ。それって時と場合によるんじゃない?」

 

「飲ませて頂きます!!」

 

「……はぁぁ、おねーさんも何もせずに黙ってたら、御守の意味は無いし、姫様より弱くなっても困るし、いいわよ。飲むわ」

 

「うぅ~~ん。ま、旦那様より弱い嫁も無しだろう。呑むか」

 

 三人が三者三様の状況でジョッキを持ち。

 

 互いに顔を見合わせてから頷き。

 

 背後のドラコ―ニア達にスタンバイされながら、ソレを呑んだ。

 

 そして、数秒後にやはり白目を剥いて気を失うのだった。

 

 全員が並べられた地面の前。

 

 全員が起きるまでの数分を護る少年はドラコ―ニア達にも適当にソレを呑むように指示して、彼らも座ってジョッキを呷った。

 

 最後に残ったルーエルだけが例外でイソイソと少年の横にやってくる。

 

「ご主人様良かったの?」

 

 幼気な少女の声が響いた。

 

「問題無い」

 

「あ、それとそろそろ人間になれそうだよ?」

 

「服はちゃんと予備まで持って来たから大丈夫」

 

「さっすがぁ♪ ご主人様はエライ!! カシコイ!! キマエもイイ!! (≧▽≦)」

 

 ルーエルは蜘蛛のままでそう喜びの踊りを踊る。

 

「それで本題は?」

 

「………いるよ」

 

「何が?」

 

「カミサマ」

 

「じゃあ、味方になれなそうなら殺す」

 

「うん。それがいいと思う。あのね? 気配がすっごく強いの。これ使徒とか神の加護を受けたとかじゃないと思う」

 

「今の遠征隊で勝てる?」

 

「うん……たぶん。誰か犠牲になれば」

 

「じゃあ、死んだ後、お願いするって事で」

 

「最初からそのつもりで持って来てたんだよね? あの蝶」

 

「………」

 

「知ってるよ? フレイお兄様は言わないけど、この輪を付けた存在はご主人様の記憶見られるから」

 

「そう……」

 

「此処でご主人様が死んでも大丈夫なのか試すんでしょ?」

 

「……そう。この先に続けられるか試さないと前には進めない。再走はしないと誓った。でも、現実はいつもそう上手くはいかないから……」

 

「やり直しの条件に蘇りの方法が発見されてる場合が含まれないのかどうか考えてるんだよね?」

 

「そう」

 

「……此処までの状況を全部再現出来るから?」

 

「カルマンフィルタのモデル改変は観測値によって調整してる。蘇りが可能な状態なら……恐らく……」

 

「次、もしも別の自分に産まれるなら、何がいい?」

 

「この世界の神以外で最も資質が高い種族」

 

「うん。解った。あの骸骨のおじさんにそう言っておくね」

 

「よろしく」

 

 少年はそうしてしばらく「う~ん」と気絶して魘されている彼らを前にして僅かに頬を緩めた。

 

 そして、北端の岩壁を見上げる。

 

 衛兵達が護っていた壁の中央。

 

 木製の扉が置かれていた。

 

 それは岩壁の前に置かれていたが、倒れる様子も無く。

 

 しかし、先程の戦闘の余波を受けているようにも見えない。

 

 そして、そこから先がどうなっているのか。

 

 いや、誰が待ち構えているものか。

 

 少年は……ウリヤノフに持たされた新兵器をルーエルが降ろしていた木箱の一つから取り出して、腰に佩くのだった。

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