流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第41話「エルシエラゴの崩壊Ⅱ」

 

 目覚めた遠征隊の面々が恨みがましそうな顔になる横で呪紋を少し試すと自分と相性が良い呪紋の効果が倍以上に引き上げられている事に驚く場面もあったが、すぐに彼らは木製の門を潜れるように準備を開始していた。

 

 門の傍の岩壁には霊殿となるイエアドの印が刻み込まれ。

 

 同時に全員が手に武器を持ったまま。

 

 少年を先頭にして隊列を組む。

 

「内部がどうなってるかは分からない。でも、即時戦闘の場合、もしくは相手が攻撃準備や予備動作をしていた場合、相手が何であろうと攻撃を開始する。相手が大物の場合は迷わず最大火力で殲滅。距離がある場合はフィーゼを中心にして攻撃陣を組む事」

 

 少年は戦闘方針を明確にして、全員を見渡す。

 

 頷いた遠征隊を率いて扉が開かれた。

 

 開いた扉の先は暗闇だけが広がっている。

 

 通路ですらない。

 

 しかし、少年は迷わず飛び込み。

 

 それに迷わず彼らは続いて走った。

 

 そして、彼らは―――暗闇を抜けた先。

 

 瞬時に別の領域にいる事を感じずには居られなかった。

 

 何処までも広い空間。

 

 何も無い星空を思わせる世界の只中。

 

 湖面にも見える星空を移し込む湖面のような地面。

 

 しかし、彼らの見据えた先。

 

 何かがいる。

 

 その世界の中心で何かが蠢いている。

 

 少年がソレを見た時、彼らから距離がある位置に大量の呪紋が地面に浮かび始め、それが蟲の騎士を召喚するものだと理解する。

 

「周囲の呪紋を砕く者と出て来る相手を迎撃する者に別れる。アレはこっちでやる。常に移動するように」

 

 少年が言った傍から蜘蛛脚の速度で遠方にいる蠢く何かへと突き進んだ。

 

 それと同時に次々に呪紋へ向けてまだ蟲の騎士が出てくる前だと彼らの竜骨弩が呪紋破砕用の迫撃矢で呪紋そのものを攻撃し、打ち砕いて行く。

 

 奔りながら少年を追うようにして彼らの戦闘が始まった。

 

「……これが神」

 

 少年が見ている前で地平線のほぼギリギリの地点にいたソレは100mを軽く超えて鎮座していた。

 

 猛烈な瘴気らしきものを周囲に放ちながら脈動しているのは肉塊。

 

 巨大な血管を寄り集め、表皮に無数の複眼を備えた代物であった。

 

 しかし、地表との接着面には根を張っている。

 

 問題なのは血管に浮かぶ無数の呪霊らしき顔だ。

 

 亡霊や亡者達の顔が大量に浮かび上がっている。

 

(体内に取り込んだ亡霊や亡者を作り直してる?)

 

 だが、敵意があるのは間違いなく。

 

 少年は攻撃範囲に入った刹那。

 

 一切の躊躇なく黒跳斬を放ちながら、表皮の亡霊や亡者達の顔を表皮を切り裂くかのように周回し切り裂いていく。

 

―――!!!

 

 鳴動した血管が動き出すより先にその胴回りだけで周回するにも苦労するだろう敵肉塊を数十周した少年の速度はもはや神速。

 

 音速の二倍で機動する少年の回転が相手の表皮という表皮を蜘蛛脚と黒い大剣でリンゴの皮でも剥くかのように斬り付けた成果か。

 

 次々に亡霊や亡者達の内部から蜘蛛の顔が湧き出して、内部から這い出し、動き出した直後には全て外に出て一目散に少年の命令によって後方から追い掛けて来るはずの遠征隊を護るべく走り出した。

 

 表皮から変質中だった中身を刳り貫かれ、血潮を垂れ流しながらも、少年が容赦なく仕掛ける追撃の炎瓶に焼かれながら、蜘蛛になる事も無い何かがギョロリと複眼で少年を見やる。

 

「ッ」

 

 瞬時に瞳から逃れるように機動して動いた少年だったが、肉体の一部が消し飛んでいる事に気付いて、相手の攻撃が少なからず自分には防ぐ事が無理である事を理解し、次は複眼の攻略に移る。

 

 不可糸が周囲に蜘蛛の巣のように展開されながら、次々に魔力を流し込まれて白くなり、相手の複眼の視認範囲を制限していく。

 

 少年は脇腹をゴッソリと刳り貫かれていたが、黒い真菌によって傷口は覆われており、同時に使用される飽殖神の礼賛の効果で足りない臓器を増やして傷口は数秒で塞がっていた。

 

(攻撃動作は見える。攻撃本体が察知出来ない。神の力や魔力や霊力の類じゃなくて、本質的に知覚出来ない攻撃。今の肉体強度を瞬時に消滅させて塵も残さない? 変質じゃなくて物質の置換の類でもない。空間毎切り取られた?)

 

 次々にあちこちの複眼に巻き付けられていた不可糸が弾ける。

 

 しかし、弾けたところから次々に増殖して撒き付けられ、少年は人類には真似出来ないだろう移動速度を維持しつつ、不可糸で相手を周回するように撒き続けながら、その複眼が無い地点に向けて付き込んだ蜘蛛脚と大剣の同時攻撃で根のようになっている血管を切り裂き続ける。

 

(【見えざる権能】による確実な斬撃。再行動の攻撃成功確度を補正)

 

 吹き上がる血飛沫に糸が濡れていく。

 

 しかし、本格的に動き出した敵本体が不可糸を引き千切りながら巨大なタコ足にも見える無数の血管を樹木のように上へと伸ばしていく。

 

 途端、だった。

 

 その樹木の枝に相当する血管から分岐して膨れ上がった玉のようなものが地表に落下し、何かする前に少年の剣が切り裂いた。

 

 しかし、両断された内部のソレが人体らしき構造と内臓をブチ撒けながらも未だ蠢いている事に少年は戦慄と共に蜘蛛脚が効かない事を悟る。

 

(神の一部? 蜘蛛脚が効かないという事は能力値だけで面倒になる)

 

 少年が呟く。

 

「呪霊召喚【蜘蛛の騎士レーゼンハーク】【燻り贄のウルクトル】。操獣召喚【騎士縊りのメルランサス】………【不死喰らいのウルガンダ】!!」

 

 少年が連続で自らの操る者達を次々に召喚していく。

 

 ウルクトルが猛烈な勢いで呪紋を行使しながら地表に腕の絨毯を広げて、大量に落ちて来る神の一部の卵を捕捉して束縛。

 

 同時にレーゼンハークが猛烈な速度で相手の卵を斬り裂き、動き出す前に潰して、メルランサスが次々に自分の蔦で括った騎士達を用いて、周辺の卵を狩り……最後に虚空から出て来た巨大な蜘蛛が少年をギロリと睨んだ後。

 

 人に辛うじて見える程度の速度でウルクトルの広げた地面を奔り、糸でその卵を回収しつつ、無数の腕で斬り裂いて対処していく。

 

 その合間にも少年が大樹本体の一部を木こりのように根本に一撃入れて斬り飛ばし、不可糸で複眼を封じ込め続けている合間にもその血飛沫が上がる傷口に両手を突っ込んだ。

 

「ウィシダの炎―――」

 

 ドスリと少年の背後から呪霊と操獣達の迎撃を擦り抜けて羽化したらしい敵の一撃が射し込まれる。

 

 ご丁寧にも一番薄い金属布の脇腹からである。

 

 しかし、それで少年は止まらない。

 

「!!!」

 

 背後にいるのは蟲の騎士にも似ていたが、実際にはそれよりも遥か上位の何か。

 

 人型の体を甲虫の鎧で覆った男型らしい何か。

 

 金色と虹色が混じり合うような甲殻の鎧。

 

 そして、頭部に口も無く複眼だけで占められた無貌。

 

 腕が蟷螂のようになっており、襤褸切れのような髪の毛ではないのだろう金色のうねる触覚のようなものが大量に生えた頭部。

 

 どれを取っても普通には殺されてくれなさそうなソレが一瞬後にはウルガンダの糸で背後へと引っ張られ、無防備な背中を両断される。

 

 ゴッと。

 

 炎が傷口内部から両手で吐き出され、焼き崩されて出来た空間にやたらと炎瓶が詰め込まれて更に炎を噴出し―――。

 

「   」

 

 少年の背後に更なる個体達の猛攻が掛かった。

 

 呼び出した者達は辛うじて相手を狩り続けているが、それでも零れ落ちた何体かが次々に少年へと殺到しているのだ。

 

 しかし、それらがウルガンダの糸で雁字搦めにされて動きを止められる。

 

 合間にも内部から猛烈な勢いで焼かれている悍ましき神樹が根本から灼熱し、少年の最大火力を叩き込まれ続けて尚、苦悶するのみで表皮に赤熱化した罅割れを浮かべながらも自分の分身毎巨大な血管で明確な敵として少年を叩き潰した。

 

(ッッッ、呪紋による耐久と攻撃への魔力配分を崩せない。真菌共生による耐久度の向上、再生機能を最短サイクルで維持……)

 

 直撃した衝撃。

 

 しかし、少年は霊薬を大量に喉へ糸で直接開けた穴に試験管を突っ込んで補給するという荒業で体内に流し込みながら、傷が治り難い状況でも肉体を持たせ、その乱打で砕かれる全身を何度も復元しながら、口にも袋入りの白霊石の粉の入った袋を放り込む。

 

 それは緋色をしていた。

 

(霊力充填、魔力変換、まだ行ける)

 

 予め、ガシンから例の霊力を魔力にする指輪を借りており、霊力を充填しながら、魔力へと変換。

 

 瞬時に叩き出した最大火力を更に倍増させる。

 

 だが、それでもカミの打撃は止まらず。

 

(不可糸による真菌被膜補正。内臓を破壊されたものから順次新臓器の養分として分解)

 

 全身の鎧の中から血飛沫が上がり、少年が肉体を不可糸で強制的に縛り上げて肉体の再生が遅くても原型を留めるようにと補強する。

 

(【劫滅】のせいで再生が追い付かない? 呪紋以外の再生可能な細胞そのものへの干渉まである……これが神……でも、アレよりはまだ理不尽じゃない……)

 

 その時だった。

 

 巨大な樹木の頭上。

 

 いきなり、巨大な爆圧が血管の樹木を拉げさせて焼き尽くす。

 

 それは未だに不可糸で防がれていた複眼を滅ぼし、初めて……本当に初めて敵に苦悶の声を上げさせた。

 

 鳴動する大樹。

 

『アルティエエエエエエエエエエエエエエ!!!』

 

 涙を零しそうになりながらも背後のヒオネの指示でフィーゼが頭上に王冠か天使の輪の如く精霊達を回転させながら、灼撃矢で迎撃不能の敵を上空から更に二度、三度打ち据える。

 

「―――これなら!!」

 

 少年が不可糸に割いていた魔力を全て炎瓶に注ぎ込んだ。

 

「滅びろ……」

 

 その時、確かに大樹の最中。

 

 頭上へと向けた炎瓶が焼き滅ぼした領域で大量に並べられ、まるでコンロのように光の柱を頭上へと照射した。

 

 猛烈な火力が大樹を内部から焼き滅ぼしながら表皮から溢れる炎によってソレが完全に光の柱に同化していく。

 

 だが、それだけでは終わらない。

 

 少年が剣と両腕を失いながらもウルガンダの糸で焼け焦げたままに救出された刹那、滅んだ肉体から抜け出すように巨大な呪霊が立ち上がる。

 

(呪霊化? いや、強制的に霊体化した? 肉体を捨てて活動限界を引き延ばした?)

 

 ソレはさっさと少年を連れて逃げ出そうとしたウルガンダ御一行様を追撃。

 

 巨大な人型でありながら、先程現れた神の分体と同じく。

 

 巨複眼を顔面に持ち、霊体の髪の毛のようなものを振り乱した。

 

 猛烈な音波というよりは衝撃が、絶叫が上がる。

 

 ソレが最初から逃げられないメルランサスをプチッと潰して走り出す。

 

(後30秒で捕捉される。それまでは御祈り……)

 

 猛烈な勢いのウルガンダが張り付いたウルクトルとレーゼンハークと共にグルグル巻きにした少年を背中に引っ付け、100m以上はあるだろう巨人から逃げるが、他に何も出来る事は無い。

 

 上空から降り注ぐ拳が彼らに当たりそうになった時。

 

 その脚が滑った。

 

 理由は単純明快である。

 

 ウルガンダの糸がまるで罠のように足を引っ掻けるように無数、あちこちに不可糸で張り巡らされていたからだ。

 

(各員に【劫滅】を付与……ルーエル、後は任せる)

 

「(≧▽≦)/」

 

 滑った巨体が彼ら目掛けて落ちて来るが、それよりもウルガンダの方が早く。

 

 彼らと入れ替わりにルーエルに掴まったフィーゼ、レザリア、ガシンが交差する。

 

 瞬間、ガシンが少年の指に弾かれた輪を受け取る。

 

「呪霊なら任せとけ!!」

 

「早くアルティエを後方に!!」

 

「護ってみせる!!」

 

「蟲畜の維持を見せるよ~~♪(≧▽≦)」

 

「「「え? 誰?」」」

 

 見えない声の主の事は置き去りにウルガンダはその複眼で見る。

 

 無数の蜘蛛達が今も切った張ったの戦争中であった。

 

「(/・ω・)/」

 

 多数の蟲の騎士を相手にして不可糸で誘導して拘束。

 

「(≧◇≦)」

 

 炎瓶で焼き。

 

「(。-∀-)」

 

 同時に攻撃を受けても不可糸で敵の霊力やら体力やら魔力やらが敵からチューチューされて、次々にソレらが現れる根源地である呪紋を蜘蛛脚が破壊していた。

 

「飛ばせ!! フィーゼ」

 

「はい!!」

 

 ガシンが弾丸の如く精霊の力で一直線に巨大な倒れた相手の頭部へと打ち出される。

 

 それと同時にルーエルが到達した場所から起き上がろうとする相手の片手に対してレザリアが盾を持って突進し、背後を精霊に押されて加速。

 

「【エヘルダインの契体】―――せーのッッッ!!!!」

 

 レザリアが全力で両手でのシールドバッシュを繰り出す。

 

 ソレは地面に付いた片手に対してだ。

 

 手首の横に竜骨と共に白霊石が仕込まれた新しい盾が少女のあまりの高速での突撃とインパクト時の加速で断熱圧縮に表面を赤熱化させる。

 

「行っけぇええええええええええええええええええええええ!!!!」

 

 ブボンッという音と共に霊体であるはずの呪霊巨人の手首が横に吹き飛んだ。

 

 内部の血肉は消し飛ぶが、その骨は未だ罅割れを起こしながらも健在。

 

 手の踏ん張りが効かなくなった巨体が再び上半身をベシャリと落としそうになり、体勢を崩される。

 

 その隙の合間にもガシンが頭上を取っていた。

 

「攻撃を喰らってやれねぇんでな」

 

 跳んでいたガシンが今度は頭部の真下に向けて加速し、回転しながら踵落としが炸裂する。

 

 呪霊属性変異呪紋【融霊肢】。

 

 緋色の霊体が浮かぶ青年の脚が真下の神の頭部を溶かし崩しながら落下速のままに掘り進み。

 

 その背後から翼の如く巨大な緋色の霊力噴出が起こる。

 

 それはガシンの背面の腕だ。

 

 ソレが引き込んだ大量の霊力を外部に加速用のエネルギーとして放出しているのである。

 

 それは正しく翼のようでもあった。

 

「オラァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 ガシンの腕が横ぶりに振られる。

 

 途端、緋色の霊体が周囲の巨大霊体内部をプリンのように掘削しながら、頭部の三分の一近くを消し去る。

 

「まだまだぁあああああああああああああ!!!」

 

 ガシンが片腕の霊体を肥大化させた。

 

 それは腕から離れて新たな腕のように振舞いながら吸収した莫大な霊体を取り込みつつ相手の上半身を突き抜けるように膨れ上がり、バリッという音と共に内部から突き破る。

 

「容赦は出来ねぇんだよ!!!」

 

 しかし、それでは飽き足らず。

 

 巨大な霊体が巨大な緋色の腕で乱暴に掴まれ、溶かし消されながらガンガンと拳で叩き潰され薙ぎ払われた。

 

「もういっちょ!!」

 

 腕による乱打。

 

 その度にガシンの全身から緋色の霊体が溢れ出し、最後には翼から放出し切れない緋色の巨人の如く肉体を逆に霊体で取り込んだ。

 

「―――魔力昇華」

 

 ガシンの指に付けていた指輪が罅割れ。

 

 猛烈な霊力の魔力転化でカミの残骸頭上に光の玉として出現する。

 

「離れろぉおおおお!!!」

 

 その合図にすぐルーエルのところまで戻って来ていたレザリアがフィーゼの腕に掴まった刹那。

 

 ガッと口を開いた蜘蛛の口から黄金の光が最大火力で射出され、まるで噴射口のように光を溢れさせて、周囲の肉体の残骸を吹き飛ばしながら高速で現場から退避していく。

 

「どっせいッッッ!!!」

 

 ガシンの巨大化した腕が魔力を残骸に叩き付けるようにして炸裂させた。

 

 その瞬間、彼らのいる空間の全てが閃光に融け―――。

 

(―――呪紋『  』を獲得………)

 

 誰もが気を失ったのだった。

 

 *

 

「ふむ……見事に死んでいるな」

 

「主様が神の次に強い生物にしといてくれって言ってた」

 

「良いだろう。この少年には資格がある。あの青年は死んでいないから対象外だ」

 

「資格?」

 

「本来、生まれ変わりにも幾らかの階梯がある。その階梯に無い存在は生まれ変わる際には生まれ変わる種族にも縛りがある」

 

「ふ~ん?」

 

「神の血肉を喰らい。冥界の蟲神メフィナスをまさか打倒するとは……幾ら造られた人造の若神とはいえ……あのエンシャクすらも討ち取った功績も含め、グリモッドの最後の生き残りとして賞賛を送り、評価させてもらう」

 

「主様、強く為れる?」

 

「生まれ変わるといい。亞神……人外達の祖は人の世を変革せしめる者達だった。今なら、どの神を始祖としても可能だ。神の寝床たる領域が崩壊する前に呼ばれた事も幸いだった」

 

「………」

 

「どうした?」

 

「主様は何処の神にも付かないと思う」

 

「ほう?」

 

「神様以外に亞神になる方法は無い?」

 

「……そう来たか。いいだろう。グリモッド最後の秘儀だが、君達には良いものを見せて貰った。大霊殿の主として、使わせて貰おう」

 

「?」

 

「嘗て、滅びたグリモッドでは最後の最後に……還元蝶の研究が終了していてな。攻めて来ていた教会騎士共や北部勢に全て滅ぼされていなければ、まだ芽はあった……だが……」

 

 霊体の男がチラリと少年やその仲間達を見やる。

 

「時代は進んだのだな。故に今こそ果そう」

 

「果す?」

 

「約束だ。どんな形であれ。グリモッドの民を救い生かそうとしたお前達に……礼をさせてくれ」

 

 男が星満ちる世界の只中。

 

 今も崩落が続く世界の僅かばかり残った地表の上で静かに眠ったように横たえられた全ての者達に向けて微笑む。

 

「幸いにも此処にはノクロシアの還元蝶もある」

 

 男が虚空に何か掴む動作をした時。

 

 杖が現れた。

 

「大いなるイエアドよ。我が請願に答え。新たなる命に我ら滅びし者達の祝福を!! この世に真なるを打ち立てる為!! 永久に終わらぬ円環に新たなる色を加えん!!」

 

 男の手に不可糸でグルグル巻きにされた誰かさんのポーチから透過するように引き抜かれた黄金色の蝶のようなものが浮かんで吸い寄せられ、握られると同時に砕けて金色の輝きとなる。

 

「人の王、神足らず。世の王、神足らず。されど、還元蝶の導きに拠りて……霊なる王として、神雄尊と存ずる者を推挙せん!!」

 

 燐光を零すソレが上空に円環を生み出した。

 

 ソレは蝶の刻印に似る。

 

「新たなる種が台頭せし世を平らげる真なる王は……これより神の段を上りし、煉獄の超越者とならん。我が世は終われど、我が意志を継ぎゆけ……その命の限りに……」

 

 男の手が白い繭に手を置いた。

 

「大霊殿の守護者イブラヒル。我が名において執行する」

 

 繭の内部が黄金に輝きながら砂のように零して脈動する。

 

「呪霊属性神環呪紋【グリモッドの胡蝶録】」

 

 星空に肥大化していく円環内部。

 

 蝶の形を象る象形が羽搏いた。

 

 その燐光が降り注ぐ最中。

 

 円環そのものに何事かが刻まれていく。

 

 その度に蝶は崩落しながら消えていき。

 

 最後にはただ円環内部の呪紋染みた人の世の者には読めない文字だけが書き連ねられていた。

 

「ふふ、人造神を造るより、よっぽど楽だな。エンシャク……貴様の野望も願いも北部の希望もこれで全て打ち砕かれた。後はあの小倅とこれからの時代の者達に任せよう」

 

 イブラヒルが自分の持っていた杖を放って少年の入った繭に立て掛ける。

 

「蘇りはその杖を持つ者が執り行えるようにしておいた。では、しばらくの暇を頂こう」

 

 男が微笑んで消える。

 

 そして、残された一人意識のある蜘蛛は自分の姿がいつの間にか蜘蛛ではない事に気付いて、ニンマリとしつつ、少年の入った繭に寄り添って眠る事にしたのだった。

 

 *

 

 霞んだ瞳の像が結んだ時。

 

―――其処に在るのは廃墟だった。

 

 小さな診療所にはもはや骨すら跡形も無く。

 

 仲間達だった残骸は消し炭になって周囲に散乱している。

 

 煙臭い家も多くの水夫達も硝子のように蒸発した野営地の外に消し炭として転がっている。

 

 集めていた薬草の燃えた家の最中。

 

 最後まで家事をしていたのだろう誰かの手の形をした炭がまだ煌々と灯りを讃えていた。

 

 爆心地となった場所で今も焼き崩れながら、少年は上を見やる。

 

 今も濁り、ゆで上がり、もう少しで全てが停止する最中にも見える。

 

 ソレは竜のような何かだった。

 

 だが、あまりにも大き過ぎた。

 

 そう、あまりにも……島を覆い尽し、星すら喰らいそうな程に。

 

―――瞬きをすると今度は野営地の外だった。

 

 串刺しにされた野営地の水夫達。

 

 最後まで反抗したのだろう剣で刺殺された死体の山。

 

 首を晒された者達の中には御馴染みの者達がいる。

 

 それを不憫そうに見やる金髪の若者が少年を見て背を向けて、背後からの一撃で砕かれた肉体はそのままに少年は自分をスゴイ人だと言ってくれた少女の首を最期に見た。

 

―――悪寒に身を震わせると今度は巨大な蜘蛛の前だった。

 

 蜘蛛になっていく男達。

 

 戦った者達が次々に変異していく。

 

 そして、当然のように少年もまたソレに為ろうとしていた。

 

 誰もが変異していく最中。

 

 最後まで戦う少女が串刺しにされて、盾を持った勇敢な少女が自分を護ろうとしてくれているのだと理解して……ああと少年は思う。

 

 今度こそは自分が護ろうと。

 

 少女もまた己を護れるように鍛えよう。

 

 そう思ったのだ。

 

―――彼が目を覚ましたら、何もかもが血に塗れていた。

 

 男を一人、半死半生でようやく殺した時。

 

 彼の周囲には巻き込まれた野営地の人々と自分を見やる畏れの視線だけがあった。

 

 これから死のうという時。

 

 彼の目には首を斬り裂かれた仲間達の死体だけが見えた。

 

 何もかもが遅かった事を知る時、少年にはもう絶望すらも残っていない。

 

 ただ、己が無力だった。

 

 それが真実に違いなかったのだから。

 

―――少年が海辺で釣りをしていた時、それは掛かった。

 

 掌に乗るようなスベスベとした板のようなものだった。

 

 食料が足りないからと駆り出された少年が得たソレに触れた時。

 

 その板は光り出す。

 

 そして、映し出されたモノを見た少年は興味を惹かれて。

 

『アンタ!! 魚だよ!! 魚を釣るんだよ!!」

 

 そう年上の女性に言われて、ゴミを釣ったのだと思われた少年はソレを懐に入れた。

 

「………あーる……てぃー……えー……」

 

 光が零れた板の言葉が読めた少年はソレを夜にはまた見てみようとそう懐のソレを握り締める。

 

 それが全ての始りだった。

 

 本当に全ての………。

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