流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第42話「エルシエラゴの崩壊Ⅲ」

 

「アルティエ!!」

 

「ッ」

 

 思わず目を見開いた少年の前には自分を覗き込む少女や青年の顔があった。

 

「此処は……」

 

 少年は夢を忘れるのも技能の内だと過去を忘却の彼方に置いておく。

 

 それが決して誰にも触られぬように。

 

「エルシエラゴの北端。帰って来たんだよ。あそこからみんな」

 

 少年がレザリアに起こして貰い。

 

 周囲を見渡すと木製の扉があったはずの場所にはもう何も無くなっていた。

 

 ただ、周囲には純白の巨大蜘蛛達が数十匹。

 

 陸橋の傍で身を縮めており、その周囲には大量のスピィリア達とディミドィア達が群がっていて「でっけー(>_<)」だの「大き過ぎだろ(´・ω・`)」だのと驚きながら、プラプラとその体に群がってぶら下がるやら、歩くやらして遊んでいる。

 

「あ、主様だー(≧▽≦)」

 

 トテトテと走って来る相手。

 

 少年の両腕が焦げて消えた外套を羽織っている裸の少女が一人。

 

 紅蓮の短いショート髪に癖っ毛らしいものがピョインと蜘蛛脚みたいに何本も全方位に跳ねているツルぺったんな彼女が抱き着く。

 

「ちょ!? ダメですよ!? ルーエルちゃん!?」

 

「え~~~(≧▽≦)?」

 

 何も分かって無さそうな笑みである。

 

「あ、あのね。アレを倒した後、みんな気を失っちゃって、ヒオネも他の2人も光が爆発した後は何も覚えてないんだって。ただ、一番最初に起きたらルーエルが人になってて……」

 

 レザリアがそう言って、ルーエルを見やる。

 

 まるで子供ではなく。

 

 完全に無邪気な幼女である。

 

 ついでに言えば、幼女騎士達よりは年上そうだ。

 

「骸骨の人がしばらくお暇下さいだって。主様。あ、これ」

 

 少年がルーエルが何処から取り出したのか。

 

 白い杖を受け取る。

 

「これで適当に何かすれば、蘇りとか生まれ変わり出来るっぽい」

 

「……解った。ご苦労様」

 

「うん♪」

 

 ピトーっと抱き着いたルーエルはフィーゼにダメですと引き剥がされると今度はガシンの首の後ろからブラーンとぶら下がり始めた。

 

「みんな、無事?」

 

「は、はい」

 

 フィーゼが頷く。

 

 ヒオネは少し離れた場所で実質御付きである2人に介抱されているが、ヒラヒラと手を振って大丈夫とアピールしていた。

 

「ガシン」

 

「オレは……アレだ。無事だが、無事じゃない」

 

「どういう?」

 

「ガシンはねールーエル達ともう少しで同じになるんだよー(≧▽≦)」

 

「腕の数だけな」

 

 少年に青年が外套を脱いで装甲の無い部分。

 

 肩の下からまた腕が二本生えて合計六本腕になった様子を見せる

 

「大量の霊体を取り込んだから、更に変異が進んだっぽい?」

 

「なんだろうな。前みたいに自分が薄まる感覚はねぇのにやたら感覚が鋭敏でな。あの連中を見なくても気配だけで位置が正確に分かるようになった」

 

「霊体の感知能力が上がった?」

 

「脳裏にゴチャゴチャ流れて来たけど、そういう事なんだろうな」

 

「わ、私は大丈夫です。レザリアも」

 

「うん。ボクの体、あの呪紋効果が解けて元に戻っただけで怪我も無いから。大丈夫大丈夫」

 

「それならいい。剣は?」

 

 そう訊ねるとルーエルがガシンの背中から降りて前に立つ。

 

「二本とも無くなっちゃった。あ、でも、これ」

 

 ヒョイッとまた何処からだしたのか。

 

 大きな蜘蛛脚が少女が背後をゴソゴソすると出て来る。

 

 其処には一本の蜘蛛脚の一部らしいものがあった。

 

「……ウルガンダの?」

 

「そうそう。おかーさんが脚だけ置いてったよ」

 

「おかーさん扱いなんだ……」

 

 レザリアが微妙な顔になる。

 

 そちらの方が驚きだが、少年が回復しつつある魔力で不可糸を出してグルグル巻きにして魔力を注いで白くしながら確保し、横に置く。

 

「他には?」

 

「あ、主様ね。新しい種族になったみたい」

 

「ど、どういう事ですか!?」

 

 思わずフィーゼが目を見張って訊ねる。

 

「ええと、生まれ変わりで? あの人が亞神は何処かの神の系譜になるけど、何処の神にも付かないなら、別に自分で神になれる種族にすればいいって作ってくれた」

 

「種族を造るってなんだ?」

 

 ガシンも思わず汗を浮かべる。

 

「とういうか!? 死んだの!? アルティエ!!?」

 

 レザリアがサラッと流された事を慌てて訊ねる。

 

「たぶん。再生が間に合わなかったっぽい」

 

「そ、そんなぁ……ちゃんと守れたって思ってたのにぃ!?」

 

「巨人が持ってた呪紋はどっちも使ってたからお互い様」

 

 愕然としてレザリアが地面に両手を付く。

 

「それと生き返ったから問題無い」

 

「そういう問題じゃないよぉ~~アルティエ~~!!?」

 

 何処か納得いかなそうに泣けばいいのかどうすればいいのかと動揺する少女の頭が撫でられる。

 

「で、どうなったんだ?」

 

「そ、そうですね!! どうやら五体満足みたいですけど、それは確認しておかないと」

 

「……到達者【エルコード】……呪紋の創生と熟達に継続で補正の上昇が掛かり続ける。他の種族と違って全てのあらゆる技能に対して習得、取得、奪取、熟練が可能。資質の点でどんなものも継続していれば、いつかは出来る……みたいな感じ?」

 

「短く!!」

 

 レザリアの言葉に少年が僅かに考え。

 

「何でもずっと続けてれば、どんな技術もどんな呪紋も絶対使えるようになる。使えない呪紋や技能は無い」

 

「スゴイスゴイ!!」

 

 それはスゴイと持て囃すレザリアである。

 

「やっぱ、お前一人でいいんじゃねぇかな?」

 

 ガシンが呆れたように溜息を吐く。

 

「資質が無いと出来ない呪紋みたいなのが全部出来るのは有り難いかも……」

 

「で? 人間と何か違うのか?」

 

「………大体同じ」

 

「大体じゃない部分は?」

 

「男にも女にも為れる。後……」

 

「今サラッとトンデモナイ事言わなかったか?」

 

「呪紋は詠唱しなくても脳裏で思い浮かべるだけで良くなった」

 

「今と何か変わらん気がするな」

 

 ガシンの言葉に『いや!!? 滅茶苦茶変わるでしょ!!?』という顔になるアルマーニア側である。

 

「精霊さんに詠唱の仕事は投げっぱなしだもんね。ボク達」

 

 レザリアがそんな普通ではない事実であんまり変わらないと言いたげな様子で肩を竦めた。

 

「後は?」

 

「……神に為れる」

 

「そう言えば、どういう意味で神になるんだ? ソレ」

 

「実力が上がったら、神様相手に戦える一個人一種族の神になる。みたいな?」

 

「今一分からんぞ?」

 

「神の最低限度の能力が全部備わる」

 

「それで神相手に戦えるようになるのか?」

 

「そう。今まで殆ど神が殺される事が無かった理由は単純に普通の生物じゃ神の能力に太刀打ち出来ないから。でも、神そのものは無限でも万能でもないから倒せる。つまり、最低限度の神様の能力があれば、今までより簡単に神を倒せる。教会とかではなくても」

 

「なるほど。滅茶苦茶強くなるって事でいいのか?」

 

「それでいい。でも、子供とかは神じゃなくて単なるエルコードとして生まれる。そして、神になったら、親の神とは別の性質を備えた神様になる」

 

「神の力を引き継がない神の卵ってところか?」

 

「そんな感じ」

 

「ちなみにお前は神様になれそうなのか?」

 

「……さっきみたいに強いのを後3回くらい倒せたら……なれる、かもしれない」

 

「ダメじゃねぇか……ま、いいわ。とにかく帰ろうぜ? 疲れ方が半端じゃない。オレも気分は悪く無いが、精神的に疲れた……」

 

「そ、そうですね。色々あり過ぎて疲れちゃいました。わたくしも……」

 

「ボクも疲れたー」

 

 それにヒオネ達も頷いた。

 

「あ、あの子達はねぇ。ええと、ええと……」

 

 レザリアが巨大な純白蜘蛛に【アルヴィア】と名付ける。

 

 しかし、蜘蛛のままだった為、そういう種族なのかもしれないとレザリアが全員に良くドラコ―ニア達にお世話してもらうようにと言って、ガシンに魔力を不可糸で流し込ませてお腹一杯にしてから野営地へと戻る事になった。

 

 ゲッソリしたガシンを横にバイバイと手を振るレザリアが消えた後。

 

 中央域から走ってやって来たドラコ―ニア達が白い巨体と大量の同胞達に思わずビックリしたが、すぐにアルヴィア達の上に載って中央域へと橋梁の横を通って出発した。

 

「………(*´▽`*)」

 

 産まれて来たばかりのアルヴィア達が良いご主人様達だったなぁとホワンとした空気に包まれていると、彼らの背後の岩壁がいきなり爆砕する。

 

『こちら深部探査隊。第十七小隊……予定到達地点に到着。直ちに―――?!!』

 

 アルヴィア達がカシャカシャしながら振り向くと背後には10m程の人型の竜頭を持つ巨大な鋼人形……いや、大鎧にも見える何かを着込んだ何者かが十数体。

 

 爆砕した壁の内側から出て来ていた。

 

 思わず小さな蜘蛛達が後方やあちこちの森に隠れたが、そんなのを彼ら北部ヴァルハイルの部隊は見ていなかった。

 

 自分達より巨大な白蜘蛛が数十体動いていたからだ。

 

『何だ!? 白い巨大蜘蛛だと!? まさか、ウルガンダの勢力が此処に―――』

 

『攻撃開始!! 攻撃開始!! ウルガンダの眷属ならば、傷付けられた瞬間に蜘蛛にされるかもしれんぞ!!? 発射!! 矢数に構うな!!』

 

 彼らが次々に腰にセッティングされていた投擲用の手榴弾を投げ込もうと腕を上げ、腰に下げた巨大なボウガンらしきものを射って、背中から引き出した火炎放射器らしきものが火を噴いてアルヴィア達が猛烈な火力の雨に晒される。

 

『撃てぇええええ!! 相手は高が蟲だ!! 接近させなければ、連中など怖いものではな―――』

 

 そのあまりの火力に周囲に森が延焼する最中。

 

 爆弾による土煙が晴れて行く。

 

 そして、同時に壁を爆破して撃って来た巨大な竜頭の人型達。

 

 正しく機械の大鎧達は自分達の機体にして肉体と言うべきものが両腕を両断され、首を半ばまで切断され、脚まで無くして倒れ込むという状況に何一つ何も理解出来ずに呆然とする。

 

 蜘蛛達は何かをした様子は見受けられれなかった。

 

 彼らの高精度な機械式の知覚にすらも何かをしている様子は見られなかった。

 

 ただ、蜘蛛達が肉体を砕かれた彼ら十数名。

 

 いや、十数体を見て、互いに何かを話し合うかのようにギィギィと少し太い声で鳴いている事だけは確かであり、その瞳がギョロリと自分達を一斉に見た時、背筋が凍った。

 

『(*・ω・)(*-ω-)(*・ω・)(*-ω-)ウンウン♪』

 

 何かを納得したアルヴィア達がギィと鳴くと蜘蛛形態のスピィリア達がアルヴィア達の影から出て来て、カシャカシャと何も出来ない様子で藻掻く機影に群がっていく。

 

『な、何をする気だ!? やめろぉ!!?』

 

 次々に蜘蛛脚が金属の切断面や一部のハッチ。

 

 更には緊急脱出用の外部から使える手動操作用のメンテハッチなどを開き。

 

 次々にポチポチとボタンを押すやらハンドルを回していく。

 

 そうして、数秒もせずに一体のスピィリアが回したハッチの内部でガチンと音がした。

 

『あ!? あぁあ!?』

 

 ゆっくりと最も厚い胸部装甲が開かれていく。

 

 そして、その内部にいる竜頭の機械人形。

 

 いや、今はもはやソレこそがヴァルハイルの兵隊と呼べるだろう鋼の塊が四肢を接続していた機体内部。

 

 スピィリア達の鋭い蜘蛛脚で関節部が落とされそうになったが、ガギィィンと接続部の硬さに弾かれる。

 

『は、はは!? オレの体をそう簡単にバラせると思うなよ!? このクソ蟲共がぁ!!?』

 

 そう粋がった彼であるが、それが彼の最後の亜人らしい言葉だった。

 

 ディミドィア達が変われとスピィリア達を退けて蜘蛛脚を同じ関節部に突き立てる。

 

 それに無駄だと言おうとした竜頭の機械化歩兵がその蜘蛛脚の先が猛烈に震え始めた様子に顔を引き攣らせた。

 

 チュィィィィィィィィィイイイイイイイイイイ―――。

 

 関節部が猛烈な蜘蛛脚の振動によって罅割れると同時に内部の神経を裂断。

 

 同時にグズグズに分解した際の衝撃によって激痛と言うには恐ろしいものが男の脳を襲って気絶させた。

 

 次々に最初にハッチを開けた蜘蛛のレクチャーによって他の蜘蛛にハッチを開かれた兵達が四肢をディミドィア達の超振動する蜘蛛脚で破壊されて、不可糸でグルグル巻き状態となり、内部から引きずり出される。

 

『わ、我々をどうする気だぁ!!?』

 

 背後で次々に兵士達の巨大な強化パーツ的な機械の人型竜のようなソレらが一部の蜘蛛達によってバラされ、内部構造で生きている部分を壊さぬように取り除かれ、外部との通信用と思われる霊力や魔力が使われた一部分の基盤を貫かれ、残った部分がそのままアルヴィアの一部の脚に括り付けられていく。

 

『ば、馬鹿な!? 蜘蛛如きにこんな知能があるはずは!!?』

 

 口元から泡を拭きながらも軍人魂で彼らの一部は何とかそう強がりを言っていたが、彼らが一体のアルヴィアの前に並べられる。

 

 食べられるのかという顔になった彼らだったが、覚悟は決まっていた。

 

 しかし、それよりも尚深き絶望が口を開く。

 

 そのアルヴィアは何かモゴモゴと口を動かしていたが、すぐに男達に向けて“話し始めた”。

 

「―――『キ・サ・マラのはなしは解った』」

 

 すぐ流暢になっていく声は本当に蜘蛛の口から発せられているのかと疑う程に明瞭で。

 

「『我らの母の復活と我らの父への祝いの日。我らは汝らヴァルハイルを侵略者と見なすものである』」

 

 蜘蛛が喋るという怖ろしき事実。

 

 そして、あまりにも知能が高い様子に彼らの鋼の顔が蒼褪め切った。

 

「『お前達は手土産にしよう』」

 

「ムグゥウウウ!!?」

 

 彼らが次々に子蜘蛛にしか見えないスピィリア達の糸で巻かれて、自身の機体の胸元に括り付けられて、中央域へとアルヴィアによって運ばれ始めた。

 

 だが、先程喋っていた一体と数匹の蜘蛛達だけが現場に残り。

 

 その一体がカパッと口を開くと大量の蜘蛛のような不可糸で造られた糸の蜘蛛が落下し、落ち切る前に停止。

 

「【生命付与】」

 

 少年の呪紋の中でも一部の蜘蛛達にフリー素材並みに自由に使ってよいと言われていたものが使用され、数百匹にも及ぶ仮初の命を持った蜘蛛達が岩壁に開いた穴の奥へと糸を引きながら消えて行った。

 

 そして、その日……岩壁の遥か奥。

 

 ヴァルハイルによる地下掘削による他地域の領土への進出という画期的な塹壕戦術、隧道戦術と呼ばれるトンネルを用いた襲撃能力を持った進出部隊はいきなり全滅する事になる。

 

 全ての地下部隊がいきなり音信不通で行方不明になり、同時に北部側の入り口付近が何者かの攻撃で爆破されたからだ。

 

 同じ部隊を造られるまで内部へと立ち入る事の出来なくなったヴァルハイルは地下からの攻撃というアドバンテージを失い。

 

 地表での優位が一つ潰された事で他種族連合との争いの趨勢はゆっくりと傾き始めたのである。

 

 *

 

「あ、アルティエ~~どうだった~~アルシエラゴのほう……は?」

 

 遠征隊が戻った翌日。

 

 浜辺では口を開けて驚きを表現するしかない少女達やら青年やら水夫達が増産された。

 

 前日に今度は何か造られた神様っぽい化け物を倒したとの報告に叫び疲れたウリヤノフがグッタリしつつお休みを取って寝込んでいた為、その現場を見ていなかったのが幸いだろう。

 

 巨大な神を倒した際に死亡した後、蘇って新しい種族になりましたとか。

 

 巨大な巨人を大量に蜘蛛にしましたとか。

 

 もはや、ウートと一緒に仕事の話をする為にいた船長すらも大笑いする一大スペクタクルに笑わない者はいない。

 

 もはや自棄気味にウートが全部「そうか」で済ませた様子は娘的にも仕方ない話だと思われた。

 

「はははははは。今度は鋼の巨大な蜥蜴頭ちゃんとか!! お前ら最高かよ!?」

 

 船長オーダムの嬉しそうな顔は飽きないなぁという未知への探求心と浪漫に溢れている。

 

「ふむふむ。霊体と魔力、雷を用いて仕組みを動かすものですか。アルマーニアの言っていたというヴァルハイルの大鎧、人形。見るのは初めてですな。大陸の機械式な弩よりも余程に洗練されている様子。これは弄り甲斐がありそうな……」

 

 浜辺に数体の破壊された機影が横たわり、その機体には未だに『ムグゥー!?』と口に糸を噛ませられて自害すらさせて貰えない様子の機械蜥蜴達が四肢欠損状態でくっ付いている。

 

「……アルティエ!! 説明しろ!!?」

 

 思わず走って来たウートがそう叫ぶと。

 

 少年が自分のせいじゃないという顔でイソイソやって来て、その耳に前日あったらしい事を語る。

 

「つ、つまり……エルシエラゴに隧道を通したヴァルハイルの部隊を現地に残していた蜘蛛達が撃退して、初めての獲物としてくれたと?」

 

「まだ120体ある。同じだけ人数もいる」

 

「(/ω\)」

 

 どうすればいいのと思わず顔を覆って頭を抱えるウートであった。

 

「とにかく、此処はダメだ。何処か、この者達を収容出来る場所とこの巨大な人型を入れる場所が必要だな」

 

「………」

 

 チラリと少年がアルマーニア側の女性陣を見やる。

 

 昨日の今日で大冒険を終えた彼女達はまだ何か現実に思考が追い付いていない勢であり、何かボンヤリしていたわけだが、少年の瞳にサササッとヒオネが機敏に反応して傍まで寄って来る。

 

「え、え~っと、その~~」

 

「アルマーニア側の野営地の横に置いていい?」

 

「そのぉ……」

 

「あの人形とかしばらくの間、置いておく場所がいる」

 

「……お兄様に掛け合ってみます」

 

「よろしく」

 

「解りました」

 

 そうして、アルティエの言葉に頷いたヒオネが三人揃って何やら呪紋を使う。

 

 数分後。

 

「お兄様から許諾が下りました。大人形を今後も鹵獲する機会があって必要になった時、使わせてくれるなら、野営地の横に置いていいと」

 

「解った」

 

 リケイをチラリと見た少年にニヤリと返す老爺が一緒に行きましょうと傍に寄ってくる。

 

「こちらでこの者達は面倒を見ましょう。無力化したら連れて来ます故、それまでに120人分の宿舎もしくは家を建てて下されば……」

 

 ウートが溜息を吐きながらもリケイに頷いた。

 

「では、アルティエ殿。例の場所に120人と霊薬を集めて下され」

 

「解った」

 

 こうして、涙目で未だに反抗的な機械の肉体を持つ兵士達はリケイの玩具にされる事が確定したのだった。

 

―――3時間後。

 

 各地の商隊に付いていた元教会騎士の部隊の一部。

 

 筆頭であるベスティンと数名の騎士達が糸で巻かれた人型の機械蜥蜴を前にして何とも言えない顔になっていた。

 

「リケイ殿。これらの者達は本当に生物、なのか?」

 

「ええ、間違いありませんな。外骨格的な外側はともかく。中身は生身。ついでに言えば、神経と内臓以外の四肢は全て作り物。面白い発展の仕方だ」

 

「面白い発展?」

 

「教会というのは呪紋を狩り、魔の技を狩った者達でありながら、それに依存しているという事実があります。しかし、彼らヴァルハイルは魔の技をそのままに教会のように技術を発展させて、鋼の肉体を造る事で呪紋を更に技術として高めたように見える」

 

「……いつか、我らもコレらと同じようになると?」

 

「さて、技術の道筋によっては違うのかもしれませんが、何れは似通るかもしれませんな。まぁ、今回呼んだのは前にやった事を彼らで試せるかどうか確認する為に手伝って貰いたいからなのですが……」

 

「解った……今後も何かあれば呼んで欲しい」

 

『ムグゥウゥゥ!!?』

 

 彼らが何事かを相談している2人の様子にこれから何をされるのだとジタバタしょうと藻掻くが、魔力を込めた不可糸を何十にも束ねてあるソレは容易に切れない。

 

「では、さっそく」

 

 老爺はニヤリとして杖を何処からか持ち出し、男達の近くに置かれた樽をベスティンが持って来て、内部から柄杓で霊薬を掬う。

 

「始めようか。リケイ殿」

 

『?!!』

 

 こうして鋼の鎧に覆われた蜥蜴達は繭に包まれたまま別の何かへと変貌していく事になるのだった。

 

 *

 

 近頃、幼女騎士……元教会騎士にして今は幼女な彼らは仕方なく働く事に同意していた。

 

 理由は純粋に子供として養育されてなるものか。

 

 我らは誇り高い教会騎士である!!

 

 という、明らかにもう立場的に達成される事の無い感情論で生きるならば、自分達で生計を立てると息巻いた結果である。

 

 こうして、野営地の女性陣達がイソイソと作ったフリル付きの麻布のワンピースを着て、彼女達は毎日毎日、小さな体で出来る仕事をして、対価を寄越せと食事を要求する事になったのだ。

 

「くぅ……うらぎりもののベスティンめ!!」

 

「わ、われらがもとにもどったときにはぜったい!! いたんしんもんにかけてやるのら!!」

 

「そーだそーだ!!」

 

「しょくん!! われらきょうかいきし!! たとえかたちはうしなえど、こころざしはうしなわずにいきるのだ!!」

 

 やんややんやと幼女達の士気は高い。

 

 毎日、野営地の女性達がやる仕事を手伝うやら、農作業をしている水夫達に厳めしい顔で食事や荷物を届けるやら、幼い割に肉体を鍛える事だけは欠かさないせいか……微妙に幼女達の体には筋肉が付き始めている。

 

 畏れるべきは魂の腐敗である。

 

 とは、彼ら教会騎士の習いであり、一番最初に言われる事だ。

 

 初心忘れるべからずというのに近い。

 

「たいちょー!!?」

 

「はまべに!! はまべに!!」

 

「なんだ!? どうした!?」

 

 そんな幼女達が生活する野営地の浜辺に何かが来た。

 

 近頃、たいちょーと呼ばれている黒髪の幼女がとてとて走って仲間達が遠巻きにしている浜辺へとたどり着き。

 

「な、なんだこれはー!?」

 

 10m程もある巨大な機械の塊に驚いた。

 

「どうやら、ほくぶの“う゛ぁるはいる”の“おおよろい”というらしいです」

 

「こ、こんなものをほくぶのとかげはうごかしているのか?!! なんということだ!? ああ、やえいちがしんぱいだ。あそこにはひせんとういんのぼくしやしすたーたちがいるというのに……」

 

「たいちょー!! かんけいしゃがいまはふざい!! しかも、どうやらわれらのげんごとおなじものがなかにかきこまれているとのはなしです」

 

「よろしい!! しょくん、ひそかにけんきゅーするのだ!! もしものとき、われらがたたかうためにも!!」

 

「おー!!」

 

「そうらー!! てきをけんきゅーせよー!!」

 

「きょうかいきしはなにものをもおそれぬ!!」

 

「くっきょーなるこころにて、たかがはがねのかたまりくらい!!」

 

 こうしてちょっと男心にワクワクした幼女達はちょっと頬を上気させて、楽し気にヴァルハイルの戦闘用の装備を弄繰り回し始める。

 

「そ、そうか。わかったぞ!!」

 

「たいちょー?」

 

「ふふふ、とかげどもめ。まりょくでかぎをつくったな? だが、われらきょうかいきし!! まりょくとじゅもんはおてのもの!! まりょくのせいぎょにたけたものをせんばつせよ。ないぶのかぎとなるじゅもんさえしょうあくすれば、これはうごかせるぞ!!」

 

「おぉーさすがたいちょー!!」

 

「やはり、たいちょーしかいませんな!! われらのたいちょーは!!」

 

「はは、これでやえいちのものたちもわれらをみとめ、さらなるきょうりょくをあおぐにちがいない。そのときこそ!!」

 

 カッと目を見開いた黒髪の幼女は告げる。

 

「そのときこそ!! われらのおやつをひとりこむぎがし7まいにさせるのだ!!」

 

『ッ―――!!?』

 

 思っても見なかったと言わんばかりに幼女達が衝撃を受ける。

 

『な、なんて!?』

 

『なんて!?』

 

『なんてスゴイことをかんがえるんだー!? あんたってひとはー!!?』

 

『ふふふ、われらのろうどうりょくをさくしゅするやえいちのものたちにわれらふっかつのため、いしずえとなってもらう……』

 

『そ、そんなわる、ごほん。スゴイことをー!?』

 

 幼女になってから元教会騎士達には衣食住と共に教育する以外では普通の子供のように養育する方針が示されており、小麦が手に入ってからは野営地内でも小麦菓子が出回るようになっている。

 

 主にアマンザと女性陣が創るクッキーは嗜好品として供されており、幼女達にも毎日御菓子2枚が配給されていたが、幼女になってから思考が単純化し始め、ついでに肉体と幼い思考に引っ張られた彼らの基準は何処かおかしな事になっている。

 

「さぁ、あのくそぼけじじいがかえってくるまえにこっそりおえるのだ!! われりゃはきょうかいきしなのだからぁ!!」

 

『おぉぉぉおっ!!!』

 

 幼女達の掛け声は浜辺に響き。

 

 周囲で作業していたスピィリアを筆頭にした蜘蛛達にも大人達にも大き過ぎる玩具で遊ぶ幼女にしか見えていなかった。

 

 そして、実際彼らが大鎧の内部構造を教会騎士としての知識と技能で把握して、ウートに動かし方を教えるから毎日七枚小麦菓子を寄越せと直談判する事になる。

 

 そんな“たいちょー”の様子は幼女達の目には正しく英雄のように映っていたのである。

 

 彼らはこうしてまた一つ今の自分に自信を付けるのだった。

 

 その日、北部ヴァルハイルの機密は幼女騎士達の手によって一部解き明かされ、ソレを動かす方法まで含めて野営地に技術が漏洩した。

 

「(>_<)」

 

 それを見ていた監視役兼教育役のスピィリア達は幼女達がちゃんと再教育されている様子にウンウンと頷きながら、イソイソと熱くなっている浜辺で作業する彼らに甘い爆薬ジュース、爆華の希釈液を差し入れする事にしたのだった。

 

 *

 

―――エルシエラゴ北端部【北部洞窟】。

 

 遠征隊として実際には動けない状況の現在。

 

 エルシエラゴ関連の雑務を片付ける仲間達を横目に少年は一部のスピィリアやディミドィア達と共に部隊が現れた掘削されたらしい洞窟内部に足を踏み入れていた。

 

 前日、アルヴィアが内部の部隊を生命付与した大量の糸蜘蛛によって攻略。

 

 外部から内部のハッチを開けて、瞬時に無力化したというのも機体本来の能力を狭い洞窟内で生かし切れなかった事が大きい。

 

 色々と蜘蛛達から報告を受けた後、人間化したルーエルからビシウスの畜輪をゴライアスに付け直した後、蜘蛛達の背中に乗って移動した少年は拠点化された空洞を発見。

 

 内部の状況を初めて確認していた。

 

 周囲には鋼製の箱が大量に置かれており、内部には機体のパーツらしきものが一式入っていたり、武装の消耗品らしい矢が大量にあったりと数多い。

 

 しかし、最も驚くのは食料が極めて少ない事だろう。

 

 それよりも多いのは魔力らしき力が込められたオーブのようなものだ。

 

 白濁した玉石はツルリとした金属のような質感であったが、あまり重くなく。

 

 それでいて大量に箱へ収められている。

 

 基本的には機体の整備しかしないらしく。

 

 乗りっ放しの兵士達は糞尿の処理すら必要無かったのか。

 

 トイレも無ければ、仮眠施設すら無かった。

 

 辛うじて医療設備はあったものの。

 

 少年も初めて見るものばかりですぐに蜘蛛達に頼んで纏めて野営地に転移で持っていく事にする。

 

 そんな最中、最も少年が注目したのは相手の近接武器だ。

 

「………」

 

 少年の二倍の身長でも足りないだろう巨大な剣。

 

 ソレが一本だけ置かれている。

 

 部隊の長らしき相手が使っていたらしいのは得物の中に一際13メートル程まで大きな個体が居た事からも確定的だろう。

 

 しかし、その刃は使われる事は無かった。

 

 巨大な肉体のままに活動するヴァルハイルの兵達がいたのは普通の人間なら巨大と思えるだろう壕のような場所であったが、彼らからすれば、最小限度のものらしく。

 

 殆ど掘った土で周囲を固める呪紋を用いていた為に拡張性に乏しいらしい。

 

 結果として人間にならば十分なスペースも彼らにとっては窮屈な場所。

 

 ロクに近接戦闘も出来ずに糸蜘蛛に弱点となるハッチを解除されて内部を開放、四肢を無力化されて一気に内部から引きずり出されたとの事。

 

 無傷で残っていた刃はヴァルハイルの呪紋が幾つか彫り込まれているようだったが、3mの大刀のような姿は馬上で使ってすら余りそうであった。

 

「【異種交胚】……」

 

 少年の腕が灰色になり、ゴライアスのように筋肉質となって膨れ上がる。

 

 先日の戦闘で新しい装備が完全に破損したので今は予備に作って貰っていたものが大急ぎでウリヤノフの手で仕立てられている為、本日は竜骨製の前の装備を身に付けている少年である。

 

 両腕をよく破損するという事で今度は腕の装備は内部から膨れてもすぐに弾けてしまわぬよう、最初から解放出来る仕掛けが採用されるとの話。

 

 腕まくりした灰色の剛腕が巨大な片刃を握った。

 

「―――霊力浸透。物質変質率毎秒0.2%上昇」

 

 少年が触れて握り切れない柄が数秒後にキラキラとしながら変質していく。

 

 それと同時に柄から血管の如く奔った輝きの本流が脈動しながら刃を包み、ズグンズグンと拍動しながら、少年の手に収まるようにか。

 

 ゆっくりと縮小し始める。

 

「………これでよし」

 

 少年の腕が元に戻った時。

 

 すっかり、その手に収まるような大きさの柄と刃になっていた。

 

「重量95.2%低下(再低下可)。体積54%低下(再低下可)」

 

 それでも通常の背中に背負う大剣程はあるだろう。

 

 1m以上ある剣身は少年の手には余りそうにも見える

 

 二本目の蜘蛛脚が来るまではこれでいいだろうと少年が背中に不可糸で剣を括り付ける。

 

「(・ω・)?」

 

 乗ると聞かれたのでスピィリア達に乗せて貰い。

 

 少年が更に先のトンネルへと向かう。

 

 糸蜘蛛で一通り探索したとの話であったが、あまりにも長い距離で魔力の制御が届かなくなりそうな場所からは蜘蛛を引いた為、完全にアルヴィアも内部の情報が解っているわけでは無かった。

 

 ならばと一人で探索に来た少年であるが、魔力は回復している途中だし、一度死んだせいで未だに肉体の状態は万全とは言えない。

 

 新種族になったせいか。

 

 生まれ変わったせいか。

 

 呪紋の使用も万全とは言えず。

 

 制御にも甘いところが出ている為、現在は呪霊を筆頭にした全ての召喚は禁止しているのだ。

 

『つーん』

 

 自分で言って膨れている少女が少年の背後にはいる。

 

 エルミであった。

 

 エルシエラゴでは霊力を吸収する石が見付かったと言った途端に付いて来ないと言い張った彼女は北部でフレイと一緒になって警備をしていたのである。

 

 しかし、エルシエラゴで自分が使おうと思っていた還元蝶が使われて拗ねているのである。

 

『まったく、灯りの一つも欲しいものですわね。このエルなんたらにも』

 

 少年が仕方なく暗視でも問題無い少女の為にランタンを灯す。

 

 トンネルをカサカサと時速80km程で奔る蜘蛛の一団に載せられた少年が移動距離と方角からすぐに自分達が向かっている場所が何処かを理解した。

 

(……フェクラールの真下?)

 

 地表にいきなり現れたヴァルハイルによる大襲撃であったが、それが可能だった理由がようやく少年にも分かり掛けて来た。

 

 そうして彼らが2時間程、トンネルの1本道を抜けた時。

 

 彼らは部隊が駐留していた壕よりも遥かに巨大な空間に突き当たっていた。

 

『な、なんですの!? 此処!!』

 

 思わずエルミが驚くのも無理はない。

 

 煌々と輝く青白い雷が僅かに周囲の壁を焦がしながらも放電されていた。

 

 彼らの前にあるのは四方500m近い空間を占める巨大な街のようなものだった。

 

 その上空の岩壁。

 

 天井に近い位置に出た彼らの横手には壁から九十九折になって下へ降りる道が続いており、街のようなものの中心。

 

 巨大な神殿のような建造物の周囲には大量の電力らしきものを放つ機械が複数神殿周囲に設置され、その周囲の敷地内には大規模な呪紋が地面で固定化されていた。

 

 周辺建造物の頭上には大量の檻が置かれており、内部には何も入っていないが、まるで神殿そのものが監獄にされているかのようだ。

 

「街の様式は見えない塔とかノクロシアと一緒なのにあの青白いのはヴァルハイルのに見える」

 

『ふむ? つまり、最初からあった遺跡を彼らが見付けて自分達の為に利用していたと?』

 

「襲撃がもしも地下から行われていて、此処に大量の戦力を保管してたとしたら?」

 

『もう全部吐き出された後なのを祈りたいところですわね。というか、あのビカビカしてるのどうにかなりませんの?』

 

 言ってる傍からエルミが戯れに機械を打つ。

 

 止める暇もない早業。

 

 しかし、召喚されていない霊体は殆ど現実の物体に威力をブツけられない。

 

 呪霊や亡霊の違いは常に力を霧散させながら顕現している知能の無い亡霊に対して、通常は“あちら側”と呼ばれている重ね合わせの場所で殆ど霊力を温存する呪霊という対比だったりする。

 

 常の呪霊召喚というのは魔力を用いて霊に“こちら側”で行動する際に自分を消耗させないで戦わせるという手法なのだ。

 

『大丈夫ですわよ。今のわたくしでは、あの程度の鋼の塊にも何ら傷一つ付かないですわ』

 

 確かに矢は雷を周囲に放つ機械を何ら傷付けられてはいなかった。

 

 しかし、打たれた機械がいきなりバツンッと作動を停止する。

 

『へ?』

 

 その停止に伴って次々に連鎖的に機械が止まり始めた。

 

『わ、わたくしのせいですの!?』

 

 最後には完全に稼働を停止した箱型の機械が“ゥゥゥゥン……”と駆動音を完全に落とし切ると残るのは神殿付近の複数の呪紋の書かれて未だ輝く大地のみ。

 

 少年がジト目で下手な口笛を吹いてそっぽを向くエルミに溜息一つ。

 

 蜘蛛達と一緒に下に降りて行く。

 

 街には人気も無く。

 

 少し蜘蛛達によって周辺が探索されたが、目ぼしいものは全てもうヴァルハイルによって取られてしまった後らしく。

 

 何かを移動させたような痕跡はあるが、物品はそれこそ壺一つすら見付からなかった。

 

『わ、わたくしやっぱり帰ろうかしら?』

 

 罰の悪さにそう言い出したエルミだったが、神殿付近までやってきた時。

 

 近頃、生命付与による分身として糸蜘蛛を使い出したスピィリア達が還元蝶を一匹見付けて持ってくる。

 

『あ、蝶ですわ!? これこれ!? これよ!! あの金色のは無くなってしまったのはまぁしょうがないとしても、なら数!! 数ですわぁ~~♪』

 

 スピィリア達にもっと探してと目をキラキラさせながら、エルミが少年の上で上機嫌になる。

 

 岩壁の中にある街。

 

 その様子は何処か暗い。

 

 元々暗視能力が無ければ、見られない程に内部は薄暗いものの。

 

 元々持っている能力からして蜘蛛達が迷う事は無く。

 

 少年の視界には殆どの領域をマッピング可能な視覚情報が送られており、街の中心街となるのだろう神殿付近で立ち止まり、地下の地図に炭片で情報を書き込んでいた少年はこの場所が居住区画の一つであると推定していた。

 

 理由は真っ当だ。

 

 何処にも軍事区画らしいものが無い。

 

 ついでに言えば、神殿内部にはスピィリア達の糸蜘蛛が先行していたが、罠も無し。

 

 ただ、やたらと呪紋だらけで堅そうな地下に続くのだろう階段付近の扉が猛烈な火力を叩き込まれて尚そこにあるという事実のみがヴァルハイル達の苦戦を教えている。

 

 周囲には大量の爆薬を爆破した跡らしき痕跡で煤けており、巨大なハンマーやら剣が折れた様子で神殿内部の巨大な広間には複数本転がっていた。

 

 その大量の武器で破壊されていない場所。

 

 中央に位置している階段付近は今も薄緑色の魔力を帯びた呪紋。

 

 翅の生えた人間のような形の象形に護られている。

 

(ええと、確かこういうのは……)

 

―――938217164日前『精霊というのは妖精に為る前の状態だと御伽噺では言われていて、ウチの家系の祖先は御伽噺で妖精を助けた騎士だったってお母様が言っていました』

 

「妖精……翅の生えた人……」

 

『ヨウセイ? 知らない名前ですわね』

 

 少年が問題無さそうだと蜘蛛達に地面の呪紋に触らないように言って、神殿周囲を警戒して貰いながら、内部に入り込む。

 

『あら? これは翅の生えた……確かに人にも。でも、蝶みたいにも見えるような?』

 

 そんな事は思ってもいなかった少年がエルミの言葉に階段周囲の呪紋を眺めて成程という感想を抱く。

 

 少年が呪紋で封じられた階段の扉に手を触れて解析しようとした時だった。

 

 フッと薄緑色の翅の生えた人型が笑う。

 

『い、今、この呪紋笑いましたわよ!?』

 

 上から監視させていたエルミが驚く間にも呪紋の象形であるはずの妖精が瞬時に杖を構えてゴンゴンッと何やら地表を叩く仕草をする。

 

 同時に少年の前の扉がノックでもされるかのように響いた。

 

『……もし、もし』

 

「?」

 

声が扉の奥から聞こえて来た。

 

『もし……もし……』

 

「誰かいる?」

 

『ッ―――ああ、本当に誰かが来たのでしょうか? 何処の方かは存じませぬが、外はどうなっておりますか?』

 

「廃墟になってる」

 

『……そう、ですか。ありがとうございます。本当の事を仰って頂けて嬉しく思います。父と母に隠れているように言われて、永い時が過ぎました。こうして目覚めたのは初めてですが……どうやら、何もかもが時の精霊に置き去られているようです』

 

「時の精霊?」

 

『貴方様が何処の何方かは知りません。ですが、時の精霊の加護を受けていない者にこの呪紋は決して解けぬのです。それが神であろうと旧き者達であろうと』

 

「―――」

 

『良ければ……一つお願いを聞いて下さりませぬか? 旅の御方』

 

「出来る事であれば……」

 

『この“支楽の園”は旧き者達が生み出した都市の一つ。お願いを聞いて下さるならば、此処から更に果てにあるノクロシアまでの地図をお渡し致します』

 

「此処からノクロシアまでの道があるの?」

 

『はい。嘗て栄華を極めた都市は世の中心であったと言われています。きっと、様々な財宝や多くの叡智が眠っている事でしょう』

 

「……お願いは何?」

 

『―――心臓を。知性ある者の心臓を頂きたいのです』

 

「何に使うか聞いていい?」

 

『まだ死ねませぬ。故に体を造る為の心臓が欲しいのです』

 

「……この島に生きている命を犠牲にしても?」

 

『―――父と母との約束を果たす為、体がいるのです』

 

「このアルティエ・ソーシャが護りたいと思う誰かを害さないと誓えるなら」

 

『そう、ですか。貴方様はアルティエと仰るのですね』

 

 少年が咄嗟に背後に跳んだ。

 

 途端、今まで笑っていた精霊の象形が歪な笑みを浮かべて、矢を射る仕草をする。

 

『時間が動き出した以上、もはや猶予はありません。我が命尽きる前に貴方の心臓……頂きます……ごめんなさい』

 

 少年が他者を犠牲にはしないと理解した声の主が謡い始める。

 

【幾年の静寂の果てに成り果てる】

 

 その声に応じてか。

 

 呪紋の象形が虚空に形を持って出現し始めた。

 

【小さき者の物語】

 

 それは戯画から抜け出したような小さな人に翅が生えた美しき小さな存在。

 

 七色の翅を羽搏かせ。

 

【恋した少女は冠り巫女の百合墜とし】

 

 顔を残酷に歪めて傲慢にも命を狙う狩人。

 

 薄衣の衣装を身に纏い。

 

 黄金と銀の輪を体中にして、自分の背の数倍以上も長い金色の髪を靡かせ。

 

【浅き夢見じ狂える刃と成り果てる】

 

 少年の刃が辛うじて受けた矢が、番えるところも発射した瞬間も見えなかった矢が、ジリジリと刃を圧しながら吹き飛ばし、着地地点にもまたいつの間にかソレが迫り。

 

【永久の陰りに謳いませ】

 

 少年の竜骨の鎧に何本か命中しながらも貫通せずに罅を入れるのみで止まり。

 

 心臓を狙ったソレらがすぐに消え去って再び矢が少年の周囲から無数に現れる。

 

【罪の陰りに謳いませ】

 

 踊る精霊は矢を射っていない。

 

 だが、矢は存在する。

 

【恋は老烙の恋、恋は盲目の恋】

 

 そして、少年はすぐにソレが見せ掛けであり、同時に自分には対処可能な事であると理解した。

 

 時間でも操っているのだろうと分かれば、答えは簡単だ。

 

 その刃が直前に見える矢を強引に弾きながら、数秒の仕込みが終わる。

 

【ならば、恋する乙女は狩人となって】

 

 少年が剣を捨てて両手で横の何も無い虚空を握った。

 

 ボッと神殿内部が一気に一斉に燃え上がった時。

 

 悲鳴を上げた妖精の呪文が自分の燃え盛る体を見ながら狂笑を叫び。

 

 瞬時に燃え尽きる。

 

 要は全ての空間を同時に燃やせば解決である。

 

 大量の不可糸を見えないように張って、相手が油断した瞬間に絶対に逃げられない状況で焼くだけの簡単なお仕事であった。

 

【永久に貴方を射るでしょう】

 

 燃え尽きえた妖精が崩れ落ちる時。

 

 その瞳の先。

 

【いつか、貴方を照らす星になって】

 

 少年は扉の先へと歩いて行く。

 

 刃はすんなりと扉を両断した。

 

【己を燃やし尽くした後に想い出となって】

 

 その内部にいる小さな存在。

 

 老いて今にも枯れ落ちそうな羽虫にも見える何かが、その錆びれた体と翅をはためかせ……逃げる事も戦う事も出来ず。

 

 しかし、瞳にだけは紅い光を宿して。

 

【貴方を愛す最後の一人となる為に……】

 

 謳が途絶えるより先に少年の手が―――。

 

 その虚空に張り付けにされたような相手に伸びる事もなく。

 

『?』

 

 壊れた鎧を半ばから剥ぐようにして、片手が胸に埋まる。

 

『!!?』

 

 ソレが捩じるように肋骨の横からソレを抜き出し、黒いものが溢れるソレを羽虫の前に差し出した。

 

「これは契約。約束は守って欲しい」

 

『ふ、ふふ、はい。不死者の貴方様……』

 

 その皺枯れた手が黒いソレに手を付いて、口がそれを齧った時。

 

 見る見る内にその枯れていた肉体が瑞々しさを取り戻す。

 

 褐色に今にも崩れそうだった肌が、萎びた獣の毛のようだった髪が……瞳を中心にして取り戻されていく。

 

 そうして、ソレが齧った心臓がまるで逆に最初からそうだったかのように皺枯れて、崩壊しながら塵となって消えて行く。

 

 七色の翅が元に戻った時。

 

 金色の髪の毛が振り乱され、束ねられ、薄く微笑みが浮かべられた。

 

 それは幼いように見える妖艶。

 

 しかし、紅の瞳には何処か滲むものが溢れているようにも見えて。

 

 フッとソレは……妖精としか見えない彼女は虚空から崩れ落ちるようにして落下し、少年の手の中に納まった。

 

 周囲を見渡せば、呪紋らしきものが大量に彫られており、その上には暗視持ちでなければ分からないだろう黒ずんだ指の跡が、何度も引っ掻いたのだろう跡が、大量にビッシリと満遍なく付いている。

 

「……今日はこれで終了」

 

 そう言って、手の上に不可糸で小さな玉状の寝床を造り、内部に妖精を格納した少年はイソイソと現場を後にする。

 

 扉の外では何やってるんだかという顔のエルミが白い玉に妖精が捕獲されているのを見て、物好きねぇという顔になり、肩を竦める。

 

 そうして神殿の外に出た少年は神殿内部に霊殿用のイエアドの印を剣で彫り込んで野営地に戻る事になったのだった。

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