流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第43話「エルシエラゴの崩壊Ⅳ」

 

―――ヴァルハイル南西軍管区【最前線】。

 

 血肉と泥が耕す耕作地。

 

 数多くの兵が埋もれる戦場の土は血に満たされ、新たな年を迎えても容易に実りを齎さないだろう事は多くが理解する事実だろう。

 

 巨大な死骸の壁を用いて多くの種族が今も降るヴァルハイルの弩から射出された弾体と呪紋の雨を凌いでいた。

 

 彼らの背後には投石器が幾台も破壊された陣地。

 

 しかし、敵軍からは未だ攻撃が降り注ぐ。

 

 持っているのは一重に彼らを護る死骸の頑丈さが要塞の壁より、敵の残骸よりも勝っているという事実があるからだ。

 

「もうダメです!!? 後退しましょう!!?」

 

 犬顔の男が醜い角持ちの男にそう叫ぶ。

 

「逃げても死ぬさ。せめて、戦って死ぬ方がいい」

 

「ですが!? もう矢も罠も剣もありません!? 巨人族の壁の後ろから打ってりゃいいなんて嘘だったじゃないですか!?」

 

 そうだそうだと声は上がらない。

 

 彼ら巨人の壁を使う兵隊達の半数は既に事切れていた。

 

 魚顔、獣顔、悪魔顔、他にも浮かぶ鉄の塊に翼持つ人に一人手に動く甲冑。

 

 何なら居ないのか? 

 

 仮装パーティーに招待されたのかと思う程度には種類が多い。

 

 他にも名状し難い化け物のようにしか見えない者達が数体。

 

 巨大な図体で半死半生のまま横たわっていたりもする。

 

「【器廃卿】の部隊さえ来なけりゃな」

 

「クソぅ!? 第一皇子を討ち取ったってのにこのままじゃ!?」

 

 その時、遂に巨人の屍の一部が吹き飛んだ。

 

 それと同時に絶叫が響き。

 

 運悪くその背後にいた者達が土くれに混ざる。

 

「き、【器廃卿】の近衛軍だぁあああ!!?」

 

「巨人の後ろから離れろぉおおおおおおお!!」

 

 次々に逃げ出していく者達は遠方から撃ち込まれる巨大な矢によって次々に貫かれ、巨人の背後で逃げ遅れた者達も同時に何かの爆発で吹き飛ばされ、辛うじて胸元の背後にいた者達だけが生き残る。

 

「ひ、ひぃいぃぃ!!? もうお終いだぁ!? ヴェルゴルドゥナなんてバケモンに勝てるはずねぇ!?」

 

「応射だ!! 応射しろぉお!!」

 

 数名が何とか腕だけ出して弩でデタラメに打ち返す。

 

 しかし、爆発が最も厚い胸部装甲がある部位を全面から吹き飛ばし、2発までは耐えたが、三発目の爆発で遂に背後の者達が血肉に塗れ、丸見えとなった。

 

「あ、あれが……アレがヴァルハイルの【四卿】の一人!?」

 

「ヴェルゴルドゥナ・アーレント・ヴァルハイル……」

 

 彼らが見たのは絶望だった。

 

 巨大な寸胴。

 

 もしくは巨大な円筒形のタンク。

 

 そのようにも見える鋼の巨大な何かが戦場の背後。

 

 そう、戦場より数km先に見えていた。

 

 凡そ100m以上はあるだろう巨大な城か壁か。

 

 そのようなものがゆっくりと進んでいる。

 

 もう彼らのいる地域でヴァルハイルの兵士達はいなかった。

 

 死んだ者はそのままに生きている兵士は全て引き上げた後。

 

 ただ、その巨大な何かの頭上から大量の遠距離攻撃用の弩らしきものが見えて、次々に射程が届く戦域に攻撃を仕掛けているのだ。

 

 本来ならば届かないはずだが、ヴァルハイルの呪紋の威力は彼らの数世代先を行くものであり、特定用途では能力が軽く数倍以上という事もザラにある。

 

 誘導した巨大な矢くらいは余裕で届くのだ。

 

「ち、地域毎踏み潰す気だ!? オ、オレの故郷はあいつに!? あの大樽野郎に潰されたんだ!?」

 

 憎しみを語る獣型の人外が涙を零しながら豆鉄砲にも劣る弩を撃ち返すが、勿論のように射程がまったく足りず遠方にボトリと落ちた。

 

 巨大な樽と称される鋼のソレの一部。

 

 右腕部と思われるモノが数十mに渡って壁の一部から迫出し、一緒に埋まっていた何かを彼らのいる地点に向けた。

 

 ソレがあまりにも巨大過ぎる弩であると理解した者は風の噂に聞いた話を思い出す。

 

「【グラングラの大槍】……戦略呪紋兵器……クソゥ!? 何もかも蒸発させる気かぁ!?」

 

 叫ぶ者達に狙いが定められ、面倒な残敵掃討を一発の戦略呪紋で済まそうとしているのだ。

 

 その弩らしきもの内部から魔力の輝きらしきものが幾何学状に橋のような大きさの武器そのものに奔った時。

 

 僅かに戦場の空気が止まる。

 

「……なん、だ? オレ達が怖がるのを見て笑ってんのか?」

 

 だが、そんな事をする様子もなく。

 

 弩が腕と共に元の位置に戻され、再び壁と一体化したかと思えば、壁そのものが後方へとゆっくり後退していく。

 

「何故だ!? どうして、攻撃しない!? どうして下がる!!?」

 

 思わず叫ぶ者を嗜める者はない。

 

 どう考えても今、トドメを刺すべき相手を放置するという悪手。

 

「……一体、何が起こってやがるんだ……ヴァルハイルに何かあったのか?」

 

 理由は分からずともほぼ全滅した現地の兵達はヨロヨロと立ち上がり、呆然としながらもすぐにまだ息のある者達に応急処置を施し、後方地域へと傷付いた体で下がっていく。

 

 その日、首都から派遣された部隊の一部が引き返し、劣勢に立たされていた他種族連合はどうにか戦線の崩壊で済んだ事を己の神に感謝した。

 

 致命傷状態ながらも、再び足並みを揃えて部隊の再編する時間が捻出出来たのだから。

 

 彼らは知らない。

 

 しかし、何かがあった事は確かに感じ取っていた。

 

 *

 

「で? 今度は妖精のいる地下都市を見付けた、と」

 

「そう」

 

 ウリヤノフはお前は遠征隊をしてなくてもそうなのだなという顔であった。

 

 竜骨装備がボロボロなので予備すらなくなった少年はしばらく戦闘禁止を言い渡され、同時に外では女性陣が騒ぐ声。

 

『か、可愛い!!』

 

『は、はい!! 御伽噺の妖精をこの目で見れるなんて!?』

 

『―――アレはまさか? ほ、本当に妖精? だ、だとしたら、ああマズイです!? お兄様に早く連絡を!? ヴァルハイルが血眼になって探し始める前に!?』

 

『あん? 何でお前らそんなに慌ててるんだ?』

 

『ああ、旦那様達は知らないのか。ま、簡単な話さ。妖精ってーのは北部じゃ絶滅した種族でね? 随分昔から探されてるのよ。秘儀の保持者として』

 

『秘儀?』

 

『……美味しそう(≧▽≦)/』

 

『だ、ダメだよ!? ルーエル!? この子はアルティエのなんだから!?』

 

『はーい(≧ω≦)』

 

『“さすが我らが主”(。-`ω-)』

 

「………取り敢えず報告は了解した。お前の好きにしていいが、問題は起こさないでくれ。今、野営地の事務処理がひっ迫している。読み書き出来る者がそういう分野に向いているスピィリア達を集めて仕事を覚えさせているが、まだ途上。軍事の方はドラコ―ニア達が仕切ってくれているが、彼らもまだまだだからな」

 

「解った。装備が出来たら、引き続き地下の探索に移る」

 

 少年がウリヤノフにそう告げて、外の騒ぎの起こっている場所に速足に向かう。

 

「……妖精、か。まさか、本当にいるとは……我が主も驚きの事実だ。フィーゼ様に御母上が祖先伝来の御伽噺を読み聞かせていたのが懐かしいな……」

 

 フィーゼの家系の事を思い出したウリヤノフはあの物語の妖精は最後どうなったのだったかと木戸から外を見上げる。

 

 今日もニアステラは良い天気に違いなかった。

 

―――3分後。

 

「来ましたか。我が契約者……」

 

 今まで不可糸の白い玉の中で愚かな人間達を見ていた妖精が初めて喋る。

 

「あ、喋れるのですね」

 

 フィーゼの言葉にジロリと金髪に虹色の翅を畳んだ彼女が睨む。

 

「へ!?」

 

「……さすが、妖精使いは言う事が違うようで」

 

「え? え?」

 

「流されて来たという事はもはや絶滅して……気に入った者達の子孫に加護だけ残し続けるなど……」

 

「あのぉ~~」

 

 何処か諦観を含んだ瞳がフィーゼから外される。

 

 翅が僅かに開いて、スゥッと寝床から飛び上がった彼女が報告を終えて浜辺に戻って来る契約者を見やる。

 

「もし……もし……」

 

 そう何処か緊張した様子で少年を見やる。

 

「名前、聞いてなかった」

 

「ぁ……はぃ。我が契約者……我が名はありません……」

 

 先程までジロリとフィーゼを睨んでいたとも思えぬ程にしおらしく。

 

 借りてきた猫のように彼女が少年の方を伺う。

 

「名前が無い?」

 

「種族名で呼ばれていて……その……人が名乗るようなものは……」

 

 伏せて憂いを帯びた瞳はまるでこれから捨てられないかどうか不安になっている小動物みたいで、今まで彫刻みたいに無反応か、フィーゼを冷たく睨んでいたのと同じ相手とは思えないような態度に周囲の遠征隊の面々は唖然としていた。

 

「何か名付けるなら、大切な事は?」

 

「その……花の名前に……」

 

「解った。じゃあ、フェムラクの華からフェムで」

 

「フェムラクというのはどういう華なのですか? 我が契約者……」

 

「紅の実を鳴らせる樹木に付く金色の花粉と白い花弁の華。実は薬や毒になる。花は甘い香りの香料」

 

「……解りました。では、フェムとお呼び下さい。我が契約者」

 

『―――』

 

 周囲の者達がもはやすぐに理解するくらいに何処か嬉しそうな綻ぶ笑顔。

 

 どう見ても妖精は恋する乙女であった。

 

『貴方、さっきまでアルティエの事。殺そうとしていたのに現金ねぇ』

 

 シレッと暴露するエルミがジト目で金髪の妖精フェムに呆れた視線を向ける。

 

「だ、黙りなさい!! 呪霊の分際で格式あるアルシャンの血族たる我が血に失礼でしょう!!?」

 

 思わず赤くなったフェムがそう反論する。

 

「やはり、アルシャンの……これはお兄様との協議が必要ですね」

 

 やり取りを見ていたアルマーニア側の三人が本当にどうしようかという顔になる。

 

「ねぇ、ヒオネ。このフェムちゃんがさっきからどうかしたの?」

 

「フェ、フェム、ちゃん?」

 

 思わず妖精の顔も引き攣るフレンドリーさでレザリアが訊ねる。

 

「ああ、そうですね。皆さんは北部での妖精の扱いを知らないのでした。お話します……そこの方には少し悪いとは思いますが、これは他の北部の種族にも関わって来る話なので」

 

「………」

 

 フェムがその言葉に押し黙った。

 

「どういう事?」

 

 その少年の問いにヒオネがフェムを何処か不憫そうに見やる。

 

「北部において妖精は昔に滅んだ種族なのです。ですが、その地位はとても高く。同時に多くの種族が世話になってもいた」

 

「世話?」

 

「彼らは……旧き人々。ノクロシアを作り上げた者達の遠縁に当たり、西部や東部、南部を追い出された者達にとっては親代わりのようなものだったのです」

 

「親代わり?」

 

「はい。妖精達は自らの血族をアルシャンと名乗っていた。その力は大地を揺るがし、その技は天地を変える程のものと言われていましたが、同時に肉体は脆く。性格にも難があった」

 

「性格?」

 

「残酷と慈愛。傲慢と献身。相反する性質を持つ妖精は多く。結果として彼らは多くの種族との間に不興を買って滅んだ」

 

 少年がフェムを見やる。

 

「ぇぇと、その……見つめないでくださいまし……」

 

 それだけでフェムがオロオロしながら借りて来た猫のように少年が創った球状の寝台の中に隠れる。

 

「分からんな。なら、単なる滅ぼされた種族ってだけじゃねぇのか?」

 

「ちょ、ガシンさん」

 

 感想を述べたガシンにフィーゼが肘で脇腹を突く。

 

「いえ、問題は山積みでした。何故なら北部の種族に呪紋を教え、肉体の維持、寿命の維持をしていたのは妖精達でしたから」

 

「肉体や寿命の維持?」

 

 少年にヒオネが頷く。

 

「旧き時代……まだ、妖精達がいた頃。北部は戦乱には巻き込まれていませんでした。理由は単純です。その必要が無かったから……妖精達はあらゆるものを操り、我らの祖先に加護を与え、寿命を無限に伸ばし、食事を取らずとも飢える事無く生きられるようにしていた」

 

「………」

 

 フェムが寝床の中で布団を被るようにして隙間から少年を覗く。

 

「同時に呪紋の力によって文明を支えていた彼らは傲慢な面が強く出ていた。高圧的だったり、残酷に命を弄んだり……結果、多くの者達は呪紋を学び取った後、彼らを殺し、自分達で文明を築く事を決意したのです」

 

「寿命や食事を気にする生活になるとしても?」

 

「はい。ですが、彼らは気付いていなかった」

 

「何に?」

 

「ノクロシアの子孫である妖精族、アルシャンは旧き遺跡の管理者でもあった。彼らが消えるという事はそれに手を出せなくなる。旧き者達の遺跡は当時の文明の中心的な役割を果たしており、様々な面で種族達の生活や肉体に関わっていた」

 

「寿命や食事だけの事じゃなくなった?」

 

「はい。結果として何十という種族が壊滅的な被害を受けて、衰滅もしくは極めて少数になるまで減り続け。同時に遺跡の力に頼らない者達が今の主要種族として北部では力を持ったのです」

 

「……ヴァルハイルも?」

 

「はい。最も遺跡の力に長じて、その技術を学び取り、研究し、我が物とした種族こそがヴァルハイルであり、彼らの技術と呪紋は我ら他種族の何十世代も先を行っている」

 

 ヒオネがフェムを見やる。

 

「我らアルマーニアは北部では新参者ですが、今の主要な血族達が揃う最後の時代にはこの島にやって来ていた。当時、この島は楽園と呼ばれていたと言われています」

 

「楽園……」

 

「既に我らと合流した同種族の者達がアルマーニアとして他地域から北部に追われてはいましたが、それでも共に最良の時代を過ごしたと記録にはあり……その後の妖精達の絶滅における時代には外から最後にやってきた主要種族として旧き文明に寄らない大陸式の文明を広げ、多くの者達を生活出来るようにした事で大きな邦を持つまでになったのです」

 

 アルマーニアの語る島の歴史は本当に御伽噺のようであった。

 

「あん? つまり、北部に追いやられた連中はそれなりに良い生活してたのか?」

 

 ガシンの言葉に頷きが返される。

 

「今とは比べ物にならない水準の生活をしていたと言われています。モナスの聖域が閉ざされて以降では最良の時代。各地の文明や人々が滅んだのはもっと旧い時代の話ですが、復興という点でならば、妖精達が消えるまでの時期が島の最も良い時代だったでしょう」

 

 少年がガシンから球体を受け取って自分の顔を近付ける。

 

「取り敢えず地図」

 

「は、はぃ」

 

 フェムが少しビクッとしてから頷く。

 

「それと遺跡の事は必要なもの以外はそこに行ったら教えてくれれば、それでいい。必要無い限り話さなくても怒ったりしない……」

 

「え?」

 

 思わず布団の隙間から声がして、フェムが頭を出す。

 

「今の野営地に必要なのは遺跡の力じゃなくて、此処で生き抜く為に必要な力や技術。それが遺跡の力なら借りる事もある。でも、大抵その類は本当に強くないと使い物にならない」

 

「使い物にならない?」

 

 フェムに少年が頷く。

 

「どんなに戦っても勝てない相手。そんなのが来た時、出来る事は逃げたり隠れたり……それが最善。遺跡にどんな相手も倒せる力でも眠ってない限りは無用の長物」

 

「そぅ?」

 

「そう。神を殺せる力がある遺跡が残ってるなら、後で教えて欲しい。それとヴァルハイルや教会の神聖騎士達を倒せる武器とかある場所も」

 

「たぶん、殆ど残っていないです……」

 

「なら、残ってるところだけでいい。それとノクロシアに入れる程に力を付けたら、そこまでの道案内を頼みたい」

 

「わ、解りました!!」

 

 布団から出て来たフェムが頷く。

 

 そこはかとなく嬉しそうな妖精はイソイソと虚空に指で何かをなぞる。

 

 すると、彼らに見ている虚空に光の地図が浮かび上がる。

 

「コイツは……地下の地図か?」

 

 島の内部にある大量の地下に眠る遺跡らしいものがビッシリと刻み込まれた地図は何一つ説明こそ入っていなかったが、それでも島の地下が少年が思っていた通り、ノクロシアに繋がるような遺跡だらけなのが見て分かる。

 

「これは……アルマーニアに伝わるものとも比べ物に為らない量です。遺跡の性質にも寄りますが、呪具や遺物、呪紋を発掘する事が出来れば、大きな力となるでしょう」

 

 ヒオネが地図の精密さとあまりの遺跡の多さにそう感心した様子になった。

 

 少年が地図を不可糸で模写して普通の地図に張り付ける。

 

「装備が充足するまで遠征隊は各地のお手伝い。遠征計画はこっちで立てておく」

 

 少年が自分の外套の脇にフェムが再び入った寝台を突っ込む。

 

「しばらく、遺跡や昔の事を教えて欲しい」

 

「は、はぃ。我が契約者……」

 

 コクコクと嬉しそうの朗らかに頷く妖精はどう見ても乙女であった。

 

 *

 

 妖精が遠征隊に加わっていた頃。

 

 農作業中の水夫達と弁当を配布していた幼女騎士達はゾロゾロとまた新人が増えた事にジト目に成らざるを得なかった。

 

「なぁぜだぁああぁあ!?」

 

「どーして我々がヒト如きにぃぃぃぃぃぃぃ!!!?」

 

「もうダメだぁ!? お終いだぁ!?」

 

「クソクソクソクソ!!?」

 

「ふぐぅぅぅぅぅぅううぅぅぅぅうぅうぅ!!?」

 

「クモコワイクモコワイクモコウイクモコワイ―――」

 

 地面を叩く者。

 

 崩れ落ちてメソメソする者。

 

 絶望して廃人同然に空を見上げる者。

 

 蜘蛛の恐ろしさにガクブルしている者。

 

 だが、等しく幼女騎士達と同じく。

 

 彼らも幼女であった。

 

 無力化された新しい種族がやってくるとのお達しはあった。

 

 あったのだが……それがまさか人間ではなく。

 

 小さな蜥蜴系メタリック幼女だとは誰も思うまい。

 

「面白いですなぁ……」

 

 幼女騎士達から“くそぼけじじい”扱いされているリケイはそう言いながら彼らの横で新しく連れて来た労働力を眺めていた。

 

「いや、実はですな? 肉体そのものと認識される鋼まで呪紋で変化するのかどうか分からなかったのですが、どうやら神の加護としての呪紋である為か。出来ました」

 

 蜥蜴系幼女達の姿はザックリと言えば、半分機械な有機系アンドロイドっぽい容姿であった。

 

 蜘蛛達の人間形態にも近いのか。

 

 肉体のあちこちが装甲型のスーツにも似た形状となり、アルマーニア達のように毛の代りに薄い鋼のパーツが生身に付いているような状態なのだ。

 

「力を限界まで削いでみたのですが、それでも普通の人間よりは強いくらいになりましてな。しょうがないのでそちらと同じようにイエアド神の刻印を用いて竜属性呪紋を封印ついでに色々と弱くする事になりました」

 

「………」

 

 どうやら肉体の中心である胴体部は人間とほぼ変わらないらしいのだが、背筋からは尾てい骨回りから太い尻尾が揺れており、頭部まで続く背部パーツは機械的な翼竜の翼にも似ている部位がくっ付いていたりする。

 

 頭部は人のように見える者も竜頭系の者もいるが、等しく肉体に奔る幾何学模様が僅かに頬や額などに刻印のように残っており、内部から自分の魔力の色に染まって微妙に発光し、カラフルに感情を表現していた。

 

「それで? われわれにどうしてそんなことをいう。くそぼけじじい」

 

 たいちょーと呼ばれている幼女がジロリとリケイを見やる。

 

「彼らの先達であるところの貴殿らに教育をお任せしますじゃ」

 

「は?」

 

 イエアドの紋章を尻尾の付け根に彫り込まれた蜥蜴系幼女達がビエェエエエと泣き喚く横で思わずたいちょーの顔がポカンとしたものになる。

 

「どうやら彼らの脳裏には兵士が裏切った際の保険として忘却用の呪紋が入っていたようでヴァルハイルの戦略や戦術、諸々の情報が取れず。ガッカリしていたところでして」

 

「ど、どうして、それでわれわれにあずけるということになるのだ!?」

 

「いえ、このまま使い道の無い泣き喚くだけの幼女を生かしておく理由は無いので此処で労働力として働かせて頂ければと」

 

「く、じ、じんがいのせわなどおことわりだ!? ベスティンめ!? なにがたいせつなはなしがあるだ!?」

 

「ほほう? よいのですかな? 野営地の要請を断ると?」

 

「うぐ……」

 

「それに彼らは人外、貴方達の最も嫌う者達です。好きにすればいいではないですか。監督者の肩書があるなら、今後このように連れて来られる者達の上に立つ事も出来る」

 

「む、むぅ……」

 

 たいちょーが思わずリケイの言葉にピクリと反応する。

 

「もし彼らを立派に教導する事が出来たならば、あの話……少しは考えても良いですぞ?」

 

「―――?!!」

 

 あの話という単語にたいちょーがビクッと震えた。

 

「どうしますかな?」

 

「……わ、わかった。いいだろう!! だ、だが、かならず!! いちさいいじょうだぞ!!」

 

「はい。心得ましてございます。では、彼らをちゃんと働かせられるように服従の呪紋で―――」

 

「ばかにするな!?」

 

「?」

 

 リケイが首を傾げる。

 

「こんなよわそうなじんがいどもにわれらがひきょうなてをつかえるものか!! われらはほこりたかき!! きょうかいきし!! たとえ、すがたかたちはかわれども!! むがいとなってなくだけのばけものへひきょうなてはつかわない!!」

 

「………ふふ、それでこそ、理不尽を絵に描いた教会騎士。解りました。では、そちらの手腕に期待致しましょう。では、これで……」

 

 リケイがニンマリと顔を歪めて、たいちょーの決意を前に肩を竦め、何処かに去っていく。

 

「……よかったのですか? たいちょー」

 

「あのくそぼけじじいめ。われらをためしていたのだ」

 

「ためす?」

 

「きいたことがある。きょうかいのてき……まのふきょうしゃリケイ……やつはきょうかいきしがだらくし、ぜつぼうするすがたにゆえつするおそろしきかいぶつだ」

 

「ま、まさか、われらがじんがいどもにひきょうなことをするようすをみようと?」

 

「そうだ。だが、われらはせいせいどうどうとたたかわねばならない。でなければ、われらはやつのおもいどおりのくさったにんげんにされてしまうだろう」

 

「なんということだ!?」

 

「や、やつはわれらがじゃくしゃをいたぶるようすをみてわらうつもりだったのか?!」

 

「さ、さすがたいちょー!!? みぬいておられたのですね!?」

 

「しゅごーい!!?」

 

「ふふふ、とにかく。まずはあのむりょくなとかげどもをわれらのさんかにおさめるのだ。きそくただしいせいかつとさんしょくひるねおやつつきのろうむけいかくがいかにおそろしいものであるか。このみであじわったきょうふをおしえてやれ!!」

 

「「「はい!! たいちょー」」」

 

 こうして幼女達が機械系蜥蜴幼女に接触し。

 

「こわくないよ~こわくないよ~さ~いっしょにはたらこーねー」

 

「ごはんのためだ。おまえたちもたべられたくはないだろう?」

 

「じんがいどもにようしゃせん!! ちゃんと、おかーさ―――じゃなかった。やえいちのおんなどもにあいさつをするのだ!! とかげよ」

 

 どーにかこーにか動かそうと言葉を掛け始める。

 

「こいつら、何なんだよぉ!?」

 

 いきなりやってきた人間の幼女に元々兵隊だった者達は「何で命令されてるの!?」という顔で逃げ出そうとしたが、教神イエアドの紋章は逃亡を許さず。

 

「オレたちは“う゛ぁるはいる”なんだぞー!! つよいんだぞー!!?」

 

「人間にこきつかわれるにゃんてぇー!?」

 

「たしゅけて、ヴェルゴルドゥナしゃまぁ~~~!!?」

 

「クモコワイクモコワイクモコワイクモコワイ―――」

 

 メソメソしながら、人間の幼女達にやはり兵士の矜持で手も出せず。

 

 しかし、言う事を訊くというのも出来ず。

 

「いいからこい!! これからはいたつのしごとだ!! めしをくわないとしぬんだからな!! おかーさ―――じゃなかった。やえいちのおんなどもにふくをもらいにいくぞ!!」

 

『うわぁああああん!!? 人間に命令されるなんてぇぇぇえぇえぇぇ(/ω\)』

 

 筋肉が近頃付いて来た幼女達に彼らはズルズルと引き摺られていくのだった。

 

 こうして大きな広葉樹の葉で着飾ったミノムシみたいな蜥蜴幼女達は最初の関門……野営地の女性陣に挨拶し、服を貰うというミッションへ向かう事になる。

 

 人にこき使われるくらいなら死んでやるーと叫ぶ彼らをなだめすかし、食事で釣り、何とか全員に服を着せて配達までした幼女達は疲れに疲れる事となった。

 

 駄々をこねる妹分みたいな人外蜥蜴幼女。

 

 初めて出来た後輩のせいで今後しばらく毎日グッタリする事をまだ彼らは知らない。

 

 *

 

 東部地下世界エルシエラゴ。

 

 その領域をほぼ完全に掌握した遠征隊であるが、実際には南部の状態をアルヴィア達が確認しただけでもう遠征隊に対抗出来るモノはいない事が発覚した。

 

 南部では大型の呪霊が数体確認されていたが、40体からなるアルヴィア達の脚に潰されて霧散。

 

 周辺の亡霊と亡者達はあまりにも巨大なアルヴィアに対抗出来る様子でもなく。

 

 騒ぎが起きなければ静かなものでアルヴィア達が放った糸蜘蛛による調査にも殆ど無関心であった。

 

 結果としてエルシエラゴは幾らかの特徴的な野草と木材、鉱石の採掘地としてニアステラ側との交易が開始される事になっている。

 

「('|◇|)ゞ」

 

「(-""-)/」

 

「(*^▽^)/」

 

 まずは何よりもアルヴィア達の住処が必要とされた事から、安全を確保されたという状況下で中央領域に40棟の黒蜘蛛の巣が張り巡らされた。

 

 『またかよ!!?』という顔のガシンと少年の傑作は巨大な体のアルヴィア達個人用の家である。

 

 天井まで届くソレが四方に10器ずつ配置された中央域は百万を超えるスピィリアとディミドィア達が外部から来た大工系蜘蛛達と共に今は街の工作に集っている。

 

 ニアステラでは殆どの蜘蛛が家を得た事で建造物の生産効率は爆上がりしており、大量の大工化した蜘蛛達が各地を要塞化、市街地化を完了させたところから逐一陸橋へと連れて来られ、陸橋にぶら下がる蜘蛛達に技術が投下され、街が築かれ始めたのだ。

 

「(・`д・´)」

 

「(∩´∀`)∩」

 

「(´Д`)」

 

 アルヴィア達は燃費が左程良くない為、大規模な工事以外では寝て過ごす事になっていて、彼らを養う為にニアステラで量産され余り始めていた爆華が大量に少年の手で降ろされ、大醸造所みたいな酒場がデンと陸橋の中央には神殿のように建てられた。

 

 自分達の住処を造ろうとする者達以外はニアステラに特産品を降ろす為に大量の採掘や樹木の伐採、特産品となる野草の採取や栽培まで多くの仕事があり、マンパワーを導入する事で殆どの仕事の成果物が1週間ほどで今必要とされるだけの需要を満たすだろうと言われていた。

 

 だが、問題なのはそういう仕事にも溢れた者達だ。

 

 ただ賑やかしをやっているわけにも行かない彼らはニアステラへの移住組、フェクラールへの移住組の他にも一つの大事業に携わる事が計画された。

 

「もし……もし……」

 

「?」

 

「この地の岩盤は脆い為、右に迂回するのをお勧めします」

 

「解った」

 

 エルシエラゴからニアステラまでの直通となるトンネルを掘る事。

 

 これをウートとウリヤノフに提案した少年はフェムが地下の事に詳しいという話をしてから、すぐにこの計画を立ち上げ、圧倒的な速度でエルシエラゴ西端からトンネルを掘り始めた。

 

 その発端はヴァルハイルの掘削部隊だ。

 

 彼らの知識や技術の一部は回収しており、ついでとばかりに残っていた大鎧は巨大な掘削機械らしきものを使う為に動かされていた。

 

 ならば、自分達でもやってみようという事である。

 

 幸いにも掘った土砂をトンネルの壁面に押し固めるという呪紋が収集された為、機械と同時に掘削作業を行うスピィリア達には呪紋と魔力が大量に与えられた。

 

 【異種交胚】によるゴライアスの能力が特に重宝され、蜘蛛脚で物質を変質させながら掘るという作業が数十万匹の蜘蛛達の交代制で行われたのだ。

 

「……オレは樽。オレは樽……(/ω\)」

 

 ガシンは完全に魔力供給役として現場監督。

 

 ブツブツ呟きながらノイローゼ気味に魔力を発散する呪紋が刻まれた椅子に座って項垂れている。

 

 少年はあちこちから物資を持って来たり、持って行ったりという事を繰り返して寝る暇もない程に忙しくしており、こうして数日過ぎる事となっていた。

 

 巨大な岩山を越えてフェクラールとニアステラを繋ぐ大隧道。

 

 ソレは本来ならば、途中で岩盤や地盤への無理解や無智によって頓挫するはずであったが、一人の妖精さんの情報によって完全に回避された。

 

 本来ならば、怖ろしく時間の掛かるはずの掘削作業は出水する度に水を吸ってくれる石の巨大なリングを回し、ガスが出る度に臭いを消し去る華によってガスそのものを吸収させ、莫大な量の土砂を半霊力化した物質として変質させながら外側に押し固めて何もかもを解決。

 

「(;・∀・)・\・\・\」

 

 途中、鉱毒を含まない熱水が出てきたりする場所には出水が続いた場所から引いた簡易の水圧を逃がす水道を敷設。

 

 その水と混ぜて温水にし蜘蛛達の脚を休める足湯的な休憩施設を作成。

 

 更に長大な岩石を変質させてゴライアスの能力で造ったパイプラインを引いて、エルシエラゴに温水を貯める遊水地を造ったりもした。

 

 もはや、暗い常闇の星空しかなかった世界はプールで遊ぶ蜘蛛達のナイトクラブかワンダーランドと化しており、毎日労働しながら遊ぶ彼らは何ら人間達と変わらない営みに近付いている。

 

 その上、今後は水さえあれば育つ諸々の作物の栽培に使われる事が決まった為、肉体を持つ者達も食料を生産して住み着く事が可能となるだろう。

 

「足湯に浸かる蜘蛛とか。何なんだ一体……いや、今更か……」

 

 もはや諦観の境地に達したガシンは驚く事を已めた為、それにすら驚く者は無い。

 

 キラキラと輝く隧道内壁は僅かな光でも乱反射する事で明度が保てる為、陸橋の一部を延長して魔力の光を発するだけの機能を付けた竜骨の長い灯りが天井に添えられ、蜘蛛達も明るいと微妙な喜びを表現してユラユラ揺れた。

 

「\(>_<)/」

 

 もはやトンネル工事は蜘蛛達には一大スペクタクル染みてライフワーク。

 

 その時を迎えた時。

 

 彼らは『ヽ(|▽|)丿(/・ω・)/\(>_<)/\(◎Д◎)/』完全に一体となって、踊り狂って、遣り遂げたぜと言いたげに良い汗を描いたと思われる額を脚で拭った。

 

 ニアステラの第一野営地も近い岩壁までの貫通はこうして果されたのだった。

 

「Σ(・□・;)」

 

 その場所にいたのは爆華の栽培をしていた蜘蛛達であったが、誰も彼もが驚いた後、すぐに野営地へ報告に向かい。

 

 慌ててやって来たウリヤノフとウートは信じられない程に長く地下へと続く坂道を確認し、もう何も驚けないよと肩を竦めて笑いながら頷いた。

 

「(/・ω・)\(・ω・)」

 

 だが、それだけで話は終わらない。

 

 この数日間の事がスピィリアやディミドィア達は忘れられないらしく。

 

「(・ω・)……(もっと掘りたいな、という顔)」

 

 隧道掘削に関わった数十万の蜘蛛達は新たなやりがいを得たとばかりに少年の持っていた地図にフェクラールとの直通路やフェクラールとニアステラの地下隧道を提案したりした。

 

 まだ、色々立て込んでるから、しばらく後ならという承諾を得た後、地続きとなったニアステラにおいて種族は関係無く“穴掘り専門系蜘蛛”として妖精の齎した地図を元に彼らは遺跡発掘と道を造る専門業者と化す事になる。

 

 そして、同時に暇な時間を使って各地に造られた家の地下を掘って地下室を造ったり、まだ完全に張り巡らされていない掘りを造ったり、巨大蟻が元々作っていたトンネルの保守管理点検をしたり、上下水道の水路を掘ったりするようになるのだった。

 

 まぁ、一部の幼女達にはまた変な行動をする蜘蛛が増えたと畏れられる事になるが、それはまた別の話……。

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