流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第八章【フェクラールの豪傑】編
間章『貴方の事Ⅵ』+第44話「フェクラールの豪傑Ⅰ」


 

―――晴れ。

 

 遂に遠征隊に死者が出た。

 

 彼が死んだ瞬間を見る事も出来なかった。

 

 蘇ったのだからと笑う事は出来ない

 

 神すら倒してみせる彼が死んだ。

 

 もしも大霊殿に彼が行っていなければ、そのままお別れとなっていたのだ。

 

 それを思うと身が凍えてしまう。

 

 誰も死からは逃れられない。

 

 此処が特別なだけで、それすら本当の意味で死を逃れるものではない。

 

 そんな事は解っていたはずだった。

 

 はずだったのに……何処か油断していたのだ。

 

 こんなにも強く為った自分達に自信を持つあまり目を逸らした。

 

 誰も本当に特別ではない。

 

 神すら死ぬのに自分達が死なないわけが無い。

 

 そんなありふれた常識を見ずにいた自分を許してはいけない。

 

 だから、もっと強くなろう。

 

 彼が神を滅ぼすならば、自分とてそう出来てしまえるように。

 

 彼が向かうのが地獄なら、それすら踏破出来てしまえるように。

 

 彼女がいつもそうあろうと胸に刻んで進むように。

 

 仲間達の誰もに命を預けられ、預けて生還出来るように。

 

 命有る限り、前に進む限り、そこにはいつも彼がいる。

 

 その背中を護る射手として、全ての敵を打ち倒そう。

 

 父が戦場で、騎士達が戦の只中で自分の為に戦ってくれた。

 

 あの日のように……今度は自分がそうするのだ。

 

 もしも、次に生まれ変わる者がいるとすれば、それは自分であれと願う。

 

 もう仲間の……彼の死なんて見たくないのだから。

 

 

 *

 

 

 巡回者。

 

 それは各地を確認する北部に拠を置く者達の使いだ。

 

 邦に雇われている事もあれば、地域勢力の将校である事もある。

 

 そんな彼らであったが、東部バラジモールに外部から教会が侵入した事は既に界隈で情報が出回っており、ヴァルハイルの突如の侵攻劇と合わせて、各地の種族の頭の痛い問題となっていた。

 

「このままでは……東部への道を閉ざさねばならないが、何処の邦がやるかという問題だ。南東部が辛うじて落ちていない今ならば、奴らの侵入を防ぐ事は可能なはず。【ウシラの祠】を破壊する者は誰かないか!! 誰か!!」

 

 巨大な円卓。

 

 数十名のノッペリとした影が参列する種族連合の遠隔会議。

 

 影の色と形は其々だが、何処の勢力かは分かるようになっている。

 

 そんな場所で叫びが上がっていた。

 

 円卓を囲む議長は獣型の亞人。

 

 人外に見えたが、影を纏わずにいる。

 

 何の獣かは分からないが、その場での議事進行役である事は間違いない。

 

 あまりにも長い白い毛で隠れた姿は辛うじて鼻と瞳が分かる程度だ。

 

「……ああ、そうか。そうだったな。この危機的状況にあって、兵一人すら派遣するのは嫌なわけか。会議が聞いて呆れる!!」

 

 ガンッと議長職をしていた白い毛むくじゃらが円卓を叩く。

 

「実際問題、どうなのだ? 南東部は持つのか?」

 

「持たぬならば、いっそ……いっそ教会勢力とヴァルハイルを戦わせた方がまだ可能性が……」

 

「それが良いように思えるが……」

 

 ざわつく会議の参列者が勝ち目の薄い戦域を教会に渡してヴァルハイルと食い合わせてはどうかというまったく順当な案を出す。

 

「ならぬ!!」

 

 だが、白い毛むくじゃらがまた円卓を叩いた。

 

「貴君らは忘れたのか!! 我らが祖先達の辛酸を!!」

 

 影の多くが沈黙する。

 

「では、どうせよと? 長老……貴方の邦があの最前線に程近い祠を破壊する任の為に1000名以上の兵を失ってくれるのか?」

 

「馬鹿者が!? まだ、我らには巡回者がおる!! 連中、もはや仕事は左程無いだろう!! 各邦の熟練者ならば、あの祠に殺される事なく破壊する事は可能だろう!! その為なら残り少ない爆華は全て我が邦から出してもいい!!」

 

 その言葉に影達の半数程は納得した様子になる。

 

「巡回者を出さぬのならば、爆華で支払え!! 命と資源を天秤に掛けよ!! 【器廃卿】が何故か戦列を離れた今しか我らの軍の再編は不可能!! 連中の第一皇子と第三皇子は何とか退けて破壊した!! だが、その為に総軍の3割が消滅!!? もはや、次は無いのだ!!」

 

 そう次は無い。

 

 その言葉に影達は重く重く沈黙する。

 

 もはや彼らに大勢力である教会と戦うだけの術は無い。

 

 ヴァルハイルの戦力を何とか削いだとはいえ、近衛師団という虎の子が全て投入されれば、軍を再編してすら彼らは滅びるかもしれず。

 

 この後に及んで教会まで相手に出来ない。

 

「このまま滅びたければ何もせずに待てばいい!! そうでないならば、持てる限りを尽くして―――」

 

「質問」

 

 その時、黄土色の影が手を上げて議長である白い毛むくじゃらを遮る。

 

「アルマーニア達のように逃げる事を考えてはならないのか?」

 

「馬鹿な!? アレは地理的な要因に過ぎん!! 領地を捨て、己の背後にあった遺跡より蜘蛛の巣へ逃げ出したアルマーニア共が何をしてくれた!?」

 

「時間は稼いでくれたでしょう? 密約を知らぬ者が此処にいるとでも?」

 

「ぐ、むぅ……」

 

 白い毛むくじゃらが黙り込む。

 

「それに我が巡回者がニアステラの異常を報告したはず」

 

「高が流刑者だろう!! 伝説のノクロシアが浮上したとて、向かう為の手段が無ければどうにもならん!!」

 

「だが、西部のウルガンダが討伐されたという話は?」

 

「例え、それが真実であろうと我らに出来る事はない!! 今やアルマーニアの都は失われた」

 

 白い毛むくじゃらは言う。

 

「全てのアルマーニアが【悪滅の庵】を潜ったとなれば、もはや誰も名前も地理も思い出せんだろう。名を失った都を今一度掘り起こしても、道を全て破壊するとアルマーニア側は言っていた。つまり、逃れる場所はもはや無い」

 

 黄土色の影が僅かに身動ぎした時。

 

 多くの影達は反論は無いのだろうと思っていた。

 

 だが、それが僅かな笑いだった事を後々にして彼らは知る事となる。

 

「西部に抜ける道がある。と言ったら?」

 

「何?」

 

「実は我が配下の巡回者殿が新しい遺跡を見付けまして。西部の山岳部へと続く事を確認しました」

 

「―――き、貴様!? まさか、今まで!?」

 

 白い毛むくじゃらが言葉を続けるよりも先に黄土色の影が大仰に肩を竦める。

 

「実はかなり広い遺跡でして。探索に人数を割いていて手間取りました」

 

「ぐ―――」

 

「そもそも大勢が通り抜けられるものなのかという話もあります。それで皆様にはしばし在りもしない希望をチラ付かせるのもどうかと思い黙っていた次第」

 

「ッ―――影を脱げ!! 【六眼王ヘクトラス】!!」

 

 黄土色の影が手を横に払う。

 

 すると、内部からは薄暗い紫色の礼服に身を包んだ40代程だろう男が一人。

 

 その顔は六つの瞳を持ち。

 

 両目、額、頬で合計5つ見えていた。

 

 男の顔は喜悦に歪んでおり、欺くのは愉しいなぁとばかりに苦笑が零れている。

 

「長老閣下。我が都エンブラスより南東三里半の場所に遺跡があります。どうやらノクロシア関連の遺跡らしく。遠方に存在を飛ばす呪紋が未だ残っているとの事ですが、凡そ毎日100名が限界と報告を受けました」

 

「―――100名。100名か……」

 

「アルマーニア側も我らをそう邪険にはせぬでしょう。頭を下げてみませんか?」

 

「ッ、本当、なのだな?」

 

「我が祖先の名に誓って……」

 

 白い毛むくじゃらが本当に困ったような、苦虫を噛み潰した顔で僅かに思考する。

 

「……いいだろう。貴様の優秀な巡回者殿に感謝するのだな。ヘクトラス」

 

「我が巡回者殿。モルニア・クリタリスの名はきっと多くの者達に感謝される事でしょう。では、交渉に入りましょうか……」

 

 複数の影が『コイツ……』という険悪な気配を表に出す。

 

「おやおや~~? おかしいですな~~? 今は我ら【オクロシア】と円卓の皆様の交渉であるはずだが、どうやら交渉は好かぬという気配もちらほら」

 

 その言葉にすぐ影達の気配も沈黙する。

 

「では、何もかもを捨てて、新たなる新天地を目指すか否か。まずはそれを議論しましょう」

 

 円卓内部の空気が凍り付いていく。

 

「無論、方々は最後の最後まで戦う所存でしょうが、このカヨワイ身は実に病弱!! いやぁ、先に行かせて頂きます」

 

 真っ先に北部から逃げ出す宣言も今となっては非難する事は出来ず。

 

 誰もがグッと言いたい事を呑み込んだ。

 

「ただ、最初に自らが門を潜る事で皆様の大切な子女達が生き残れると証明しようという気概は買って頂きたい!!」

 

 ギリッと歯を噛んだ者多数。

 

「各国の王族の方々もどうぞご安心を……あちらで待っていますよ。ええ、我が血族をまず4割……後の6割はお好きにどうぞ」

 

 一応、譲歩している。

 

 という姿勢を彼が貫くと渋々ながらも会議に前向きな者の気配が増え始める。

 

「席の分配は……そうですな。戦功順で如何かな? そちらの方が戦う事に自信のある種族には良いでしょう」

 

 その言葉で壮絶に背筋を泡立てた影が複数出た。

 

「ああ、大丈夫です。我らの4割の中から後方支援向きの種族にも席を用意致します。無論、我らとの交渉次第ですが、此処は指導者も民も平等に参りましょう」

 

 影の後ろで平等?という顔になる者が多数。

 

「ただ、王族だけ逃げ出すのは恥じという者もいるでしょう。その場合は優秀な家の赤子や子供を先にというのでも構わない」

 

 それでようやくもう選別が始まっているのだと誰もが気付いた。

 

 それがかなり恣意的に運用されるのだろうとも。

 

「おっと、最後に巨人族に付いてですが、無条件で残った者達は我が名において西部へ届けると約束しましょう。なぁに、大きさは心配要りません。小さくする術などそれこそ五万と呪紋にはある。我が領民を護って頂いた恩は返させて頂く」

 

 初めてヘクトラスと言われた男が目を閉じた。

 

「そもそももう左程の数が残っていないのは承知しております。我が邦の枠を使っても数日で全員、移住出来るでしょう」

 

 その言葉に薄暗い鋼色の影が脱げる。

 

「戦士達のやった事だ。戦場にいる時にこそ、本当の価値を巨人は示す。だが、その言葉は有り難く受け取ろう」

 

 鋼色の60代の男が頷く。

 

 その全身には鋲で幾多も鋼の装甲が打ち付けられており、今もあちこちに血が滲んでいた。

 

 最前線で今も戦う巨人族の主が痛みもあるだろうに何一つおくびにも出さず。

 

 僅かに頭を傾ける。

 

「それと巨人族の王ヴェルハウよ。貴方の“娘さん”に付いては真っ先に席をご用意しておきます」

 

「―――」

 

 僅かに巨人族の主ヴェルハウと呼ばれた男の顔が硬くなる。

 

「何、問題ありません。将来、巨人族が復興される時の手伝いを我々は望んでいる。そう……それだけですから。何れ北部を再び取り返す時、それはきっと巨人族達によってだと私は考えているのです」

 

 こうして会議は進んだ。

 

 毎日100名の移住者を出す為、各種族が選りすぐった移住者達は次々に【オクロシア】首都エンブラスへと集結し、最初に向かうアルマーニア側との交渉団の状況を見守る事になるのだった。

 

 *

 

「クソ!? あのクズ野郎!?」

 

 ダンッとテーブルを叩いて手紙を破り捨てたアルマーニアの歳若き代表者。

 

 イーレイはあまりの内容にブルブルと拳を震わせていた。

 

「……アルクリッド」

 

「此処にいる」

 

「直ちに第一野営地へ向かう。ヒオネに連絡を取れ。すぐアルティエ殿に迎えを頼んで欲しい」

 

「解った。それで内容は?」

 

「……ヘクトラスのクズ野郎が西部への道を見付けた」

 

「ッ―――あいつか」

 

「どうやらヤツの巡回者が既に見付けて探索していたらしい。奴らが押し寄せて来るぞ。それも円卓の連中を焚き付けてな」

 

「……他には?」

 

「最大級の問題を持ち込んで来た」

 

「問題?」

 

「1日100人の受け入れを要請された。その代価は各種族の呪紋の全てと円卓の再構築時の議長の地位だ」

 

「それで?」

 

「だが、問題なのはそこじゃない。ヤツがあの子を娶らせろと言って来た」

 

「……断れるだろう」

 

 天幕の中。

 

 アルクリッドが怪訝な顔になる。

 

「ヤツはもう神降ろしの儀が終わった前提で手紙を書いているわけだ」

 

「ッ―――そういう事か」

 

「このままだとまた氏族同士の争いになる。最悪内紛だ」

 

「……どうする? まだ、ウルテス神の復活を諦め切れない者は多いぞ?」

 

「このままではニアステラとの同盟にも罅が入る。だが、ヤツに事情を説明すれば、内部から切り崩される可能性が極めて高い」

 

「ヤツを暗殺するか?」

 

「それが出来ればな。そうしてもいいが、そうしたらそうしたでまた問題だらけだ。此処は……」

 

「ウルテス神の信奉者を戦場に送り返すか? 最後の引き上げが途中だが、敵が来ると言って送り込み、悪滅の庵を爆破する事は可能だろう」

 

「ダメだ。信奉者の殆どが上級戦士の氏族ばかり。このままやつらを失えば、アルマーニアの戦力はもしもの時に殆ど役に立たない」

 

「……そもそも、先日の連中も嘆願という名の脅しで御咎め無しで収めたばかりだ。これ以上好きにさせておけば、後々禍根が残るぞ?」

 

「せめて、連中が諦める要素があれば……」

 

「諦めると言っても、連中に強さを示せるのはオレくらいな……そうだ。そうだったな……」

 

「どうした? アルクリッド? 何か策が?」

 

「連中が諦めればいいわけだ。この手紙は読んだか?」

 

 テーブルに積み上がっている報告書とは別の見知らぬ封蝋で剣の印が押されたソレがイーレイに手渡された。

 

「いや、まだだ」

 

「口外されていないが、また遠征隊がやらかしたらしい」

 

「何?」

 

「神殺しだ」

 

「ッ―――本当か?」

 

「ああ、それもエンシャクのいた領域にいたとされるモノらしい。御伽噺の【地獄の神樹】を葬ったと姫様からだ」

 

「は、はは、まさか、まさかな? グリモッドを滅ぼしたエンシャクが手中にしていたのか? 神殺しが我らの世代に起きるとは……」

 

「そして、こうも書かれていた。新たな亞神が誕生したとも」

 

「生まれ変わりか?」

 

「ああ、もう分かるな? あいつだ」

 

「ふ、ふふ、くくくく、こんなに畏怖すればいいのか。笑って寿げばいいのか。分からん気持ちは初めてだ!!」

 

「一端、策を練ろう。交渉団の到着は?」

 

「3日後だ」

 

「解った。催しにしよう。ヤツの強さを見せつける為に出来れば、飛び切りの舞台が必要だな」

 

「ならば、闘技会はどうだ? ようやく落ち着いて来たところだ。今一度、団結を深めるという建前で交渉団を招いて強さを見せつけるという話にすれば……」

 

「神の使徒を出していた氏族達もそれなら恐らく……それでいこう」

 

 頷き合った2人の若者はこうして3日後に向けて動き出した。

 

 *

 

「フレイ」

 

「此処におります。我が主」

 

「何かあった?」

 

 夜半の事。

 

「実は……」

 

 フェクラールでヴァルハイルからの襲撃に備えていたフレイが第一野営地に戻って来ていた。

 

 砂浜に降り立ったのを見計らったように蜘蛛形態で駆け付けたフレイはその黄金の体を隠すように黒いフードを体に被せている。

 

 すぐに事情を聴いた少年が北部の動乱が激しくなっている事を確認した。

 

「北部からの追加の移民?」

 

「はい。呪紋で知らせるのも憚られた為、此処に直接」

 

「時間が無いから、ニアステラだけを要塞化しようと思ってた。けど、それだと」

 

 エルシエラゴから開通した蜘蛛の道と早くも呼ばれ始めた隧道を通って、大量の物資がニアステラには流入していた。

 

 その殆どが地域全土の防衛と要塞機能の構築に当てられている。

 

 ついでのように生活が便利になるので生身を持つ種族がいる野営地の一部には歓迎されている。

 

「恐らくですが、どの面から見ても北部勢力が勝手な事をし出す可能性が非常に高いかと思われ、排除を進言致します」

 

 野営地が黒蜘蛛の巣で満たされる事で大量のスピィリアやディミドィア達を抱えられるようになった為、各地では巣の下に街を建て増しする事が行われるようになり、資材として水を吸う石や臭いを吸う華、霊力を吸収する石とやたら便利な資源が湯水のように投入されている。

 

 全て爆華との交換で運び込まれ、何処の街も活気に溢れているが、争いがあれば、要塞化が止められる可能性すらある。

 

「このままでは恐らくフェクラールにも新たな戦火が及ぶのは避けられない情勢かと思います。北部勢力の謀略を働こうという者達を全て排除してくるのはアルマーニア側の戦力やヴァルハイルの人形を見るに可能かと」

 

 サラリと北部勢力の戦力を襲って来ようかとの進言である。

 

 精鋭なる蟲畜を標榜するフレイは基本的に合理的で軍事的な物事に対して割り切った案を出す将兵の類に近い。

 

「道は解る?」

 

「警護の傍ら、何処かに新しい道が隠されていないか探索していた為、見当は付いています。また、フェクラールの進出予定地付近にはいつでも使える罠を伏せてあり、戦力が出てくれば、それを破壊し、進出用の道を確保する事も可能です」

 

「……それは最後の手段で」

 

「了解致しました」

 

「3日で相手が来る?」

 

「はい。確かにそう聞き及んでおります」

 

「……フェクラールを3日以内に移住組で賄えるようにする。ニアステラの勢力が強大だと理解出来れば、アルマーニア側の交渉の役に立つはず」

 

「では、今から?」

 

「ガシンを起こしてくる。移住組の逗留先に号令を掛ける。沿岸洞窟の門を全て開門。まだ、閉ざされていない悪滅の庵に行って、殿になってる部隊を助けて来るように」

 

「解りました。我らの威力を神格復位派閥に見せ付けるという事で?」

 

「持てる呪紋は全て使っていい。ただし、神が出て来ない限りは系神呪紋は禁止」

 

 頷いたフレイが瞬時に上空へと跳躍し、各地の黒蜘蛛の巣のあちこちに糸を引っ掛けて、猛烈な速度で引っ張って跳躍。

 

 音速を超えて急激な加速で北部の空へと消えて行く。

 

(知らない事件が多い。何処かでまたフラグが立った? 最悪を想定して、現状での装備を再確認。全記録を参照……全薬品14種類を12単位。それから剣の方も……あのダガーが無いのが痛い……この強さになってもまだ鑑定出来てない……此処から先の得物次第で勝敗が別れる)

 

 少年が神様相手に使って消耗してしまった黒いダガーの代りは無い事を痛感する。

 

(二本目の蜘蛛脚が出来るまで2日。代用品もしくは……)

 

「もし……もし……」

 

「?」

 

「あの、お困りですか? 我が契約者……」

 

「使い勝手の良い得物が無くて困ってる」

 

 フェムが少年の外套の懐から顔を出す。

 

「それでしたら、妖精の刃は如何ですか?」

 

「妖精の刃?」

 

「はい。あの小娘の力を借りるのは癪ですが……あの力と加護……恐らく作る事は可能なはずです」

 

「ちょっと詳しく聞かせて欲しい」

 

「はぃ。耳を近く……」

 

 恋する乙女の囁きを聞く少年を見下ろしながら、エルミが欠伸をした。

 

『(本当にウチの騎士はもう少しわたくしに構うべきですわね。まったく、浮気性なんだから)』

 

 こうして世が開ける前に叩き起こされた寝ぼけ眼のガシンは何も言わずに諦めた様子で少年に付き合い。

 

 フェクラールを爆走する事が決まったのである。

 

 *

 

―――数日後。

 

 フェクラール北端に広がり続けていた野営地は今や街区と呼べる程までに広くなっていた。

 

 派遣されてくる蜘蛛達と同時に大量の建材がニアステラから陸路で輸送され、ソレらが次々にアルマーニアの生活を改善する目的で家屋の建造に当てられたのだ。

 

「大きい。アレが黒蜘蛛の巣……」

 

 だが、それを嘲笑うかのように彼らの広がり続ける野営地の先には最初から予定されていた通り、取り決められていた通り、ニアステラの巨大な蜘蛛達が住まう黒き大樹の塔が聳えていた。

 

 昼間は透明で竜骨の塔と虚空に浮かぶ無数の部屋が半透明の糸で見えるが、夕方頃には黒く変色して黒い巣が露わになる。

 

 その有機的でりながらも円錐形状に張り巡らされた糸の全体構造は地表の蜘蛛が住まう街区を覆う程に広いものであり、内部に畑や川などまでも内包出来る為、アルマーニア側から区域を隠すように覆う要塞のように見えていた。

 

「アレが噂になっていたニアステラにあるとされる」

 

「や、奴らは我らアルマーニアに力を見せつけているのか?」

 

「一夜で起つには大き過ぎる……」

 

「ニアステラの力はもしやヴァルハイルにすら届くのか?」

 

 第一野営地に一度少年の手で跳んだイーレイはすぐにウートと協議し、今後の調整に入って半日後には状況の対処を詰め切ってフェクラールに戻って来た。

 

 そして、その光景を見たのである。

 

 多くのアルマーニア達はその威容に圧倒されながらも蜘蛛達が定住する為の場所が近くに出来たのでそこから出勤する事になったという話に一応は納得していた。

 

 また、大量の仲間達がフェクラールにやって来て、すぐに自分達が住まう街区を拡充していく様子には思わず圧倒されていたが、後からやってきた蜘蛛達もやはり礼儀正しく。

 

 人間形態がディミドィア達も含めて子供くらいにしか見えない為、威圧感を受けるという事も無かった。

 

「アルクリッド」

 

「交渉団第一陣到着。続いて第四陣まで来るそうだ」

 

 明け方。

 

 アルマーニア達の街区の中央域付近には巨大な舞台と木製の観客席が作られていた。

 

 その造られた真新しい場所を見下ろす観覧席。

 

 イーレイが遠方という程でもない数km先にある巨大な黒蜘蛛の巣を見やる。

 

「ヤツは?」

 

「最後の第四陣で到着すると報告が来た。どうやらおっとり来るらしい」

 

「そうか。悪滅の庵の方はどうだ?」

 

「殿の部隊にニアステラ側からの増援が向かっている。フレイ殿だ」

 

「……遠征隊のフレイ。元神聖騎士……お前はどう見た?」

 

「勝てない。途中で引き上げてくる部隊の治療を願った為、2日程は内部で納得させる為の工作に動いてくれる手筈になっているが、殆どの連中は同じ感想を持つだろう」

 

「単純な力量の差か?」

 

「手数は元より肉体の質でも負けている。何より呪紋を大量に用いる前提で見ても魔力量が我らとはまったく違う」

 

「あの子も言っていたな。遠征隊は毎日気絶するような秘薬を飲まされた上で鍛えられると。元々の能力が更に引き上げられているのだろうな」

 

「それだけではないだろう。眷属というのが何より厄介だ。最も強い相手の呪紋を下賜されている限り、対応能力が呪紋の上では殆ど主と変わらない」

 

「まぁ、祈ろう。我らが生き残れるようにな。やる事はやった。後の瑣事もこちらで全て終わる」

 

「……神前武闘会。交渉団を歓迎するという建前で何とか漕ぎ着けたな」

 

「ああ、後はニアステラ側の力次第だ。集めた戦手達は?」

 

「総計12人。ニアステラ側との親善試合として謳っているからな。各使徒の家系の氏族の最も強い連中を集めておいた。ニアステラとの力関係に影響するとも言ってある」

 

「これで相手がどれだけのものか。解ってくれればいいが……」

 

「あの氏族最強の男が倒れたというのも直接見た者は少なかったからな……此処でニアステラの本当の力を実感させられればいいが……」

 

 2人の青年が日が昇るのに目を細めた。

 

 新たな戦いの場がもう少年達遠征隊には待っていたのだった。

 

 *

 

―――名も無き都深奥【悪滅の庵】

 

 アルマーニア達の首都の名は現在、消え去っている。

 

 理由は単純であり、逃げる為に用いられた首都最奥の遺跡の能力故である。

 

 この悪滅の庵と称される遺跡は西部に続く道であり、同時に首都の王城内部にある唯一の脱出経路であった。

 

 元々が西部から離脱して北部に移住した際にアルマーニアの祖先が受肉したウルテス神と共に造った代物であり、その効能はアルマーニア達から特定の過去の記憶を奪うというものだ。

 

 それは故郷の記憶。

 

 西部がウルガンダに侵食され、脱出する時、彼らは故郷への気持ちを断ち切る事で北部において邁進する事が出来た。

 

 結果として、今は逆に北部から脱出するに当たって自らの故郷の記憶を消去された者達が通り抜けるという事になっている。

 

 長年使われていなかった為、様々な地表部位から入れる場所が増えてしまう程に崩落している通路も多く。

 

 そのせいで首都が襲われてからは外部から入り込む何かが巣食っていたりしたが、その類は既に掃除されている。

 

『クソ!? 蜥蜴共め!? もうこんなところまで!!?』

 

 王城の深淵部に至る道は広く造り込まれており、様々な物資を運ぶ為の道は大きい。

 

 その為、部隊を展開する事も出来るわけだが、それは相手側も同じだ。

 

 220m四方の巨大な縦穴。

 

 悪滅の庵に入る木製の大扉がある底の浅い泉が岸壁にある領域。

 

 王城内部に入り込んでいた大人形。

 

 ヴァルハイルの兵達が動かす人型竜の機械兵器は【ドラク】と呼ばれる。

 

 10m程の体躯は野戦においては的になりがちだが、その瞬発力と機動力は無類であり、大きさの癖に機敏な兵士として戦う事が可能な為、呪紋や先進的な武装も相まって種族連合の兵力は大いに苦戦を強いられた。

 

『く!? 爆発が来るぞ!!? 一時後退!!』

 

 昔ながらの戦争だけをしていれば良いと思って参加した多くの者達はヴァルハイルの先駆的な軍事力に敗れたが、残った者達はそれを真似る事で何とか撤退まで漕ぎ付けていた。

 

 最後の民間人を載せた荷馬車が出る。

 

 木製の扉の先に消えて行くのを確認した殿部隊は今や満身創痍であった。

 

 縦穴の入り口には大挙して押し寄せた機械人形達の姿。

 

 仕掛けられた地面の呪紋で爆破され、脚部を損傷し、詰まった状態で呪紋による巨大な投石などで拉げ、破壊され、山と積まれている。

 

 が、それを吹き飛ばすように背後からやって来た盾持ちの機影が彼らを囲い込むように展開していた。

 

『まだ生きているのを後送せよ!! 良くやった!!』

 

 もはや、目の前で救助しても問題ないとヴァルハイル側の兵が次々に破壊された仲間達を担いで後方へと大きく跳躍して消えていく。

 

 だが、相対するアルマーニア側はもはや満身創痍だ。

 

 手足が一部吹き飛んでいる者。

 

 あるいは全身傷だらけで包帯を巻いた傷病兵。

 

 他にも数十名以上の重病人が呪紋を体に奔らせて、何とか立っているような状態で得物を構えて、巨大な弩と盾を装備した機械人形達を相手に変異呪紋で体を肥大化させて門を護る。

 

『【鉄鋼騎士団】―――遂に此処まで来るか』

 

 男達の一人が呟いた時だった。

 

「良く戦った戦士達よ。だが、終わりだ。降伏するなら最後まで戦った貴様らを無駄に殺そうとは思わん。我らが軍門に降るなら見逃してやってもいい」

 

 頭上をハッと見上げた男達が上空から泉の中央に降りて来る者を見やる。

 

 13mの威容。

 

 巨大な翼持つ竜頭の大人形。

 

 竜を模倣した兵士達とは違う。

 

 人型の竜を一切妥協無く造り込んだ鈍色の鋼竜が四肢の関節部から突き出る棒状のパーツを展開し、周囲に猛烈な雷を放散しながら地表の獣達を見やる。

 

『ブラドヘイムの【ゴーム】か!!? 怨敵がノコノコと!!? だが、幸いだ!!? これで貴様を討ち取れば、我らの勝利ではないか!?』

 

 指揮官が前線に出て来るというのは前線将校ですら殆ど無い。

 

『貴様らに1割も我が同胞を砕かれたせいでな。こちらにも余力が無い。率直に言わせて貰うなら、あっぱれと言うべきだろう』

 

 角獣達の強がりを傲然と見下ろしながら地表付近で滞空するソレが片腕を振った途端だった。

 

 猛烈な雷撃が束となって巨大化した獣達を薙ぎ払う。

 

『うぁああああああああああああああああああああ?!!』

 

『まさか、アルマーニアにここまで粘られるとは……各管区では皇太子の幾人かが倒れたとも聞く。やはり、姫様の言う通りだったな』

 

 一撃で数十名が薙ぎ倒され、感電しながらもビクビクと震えるのみで命までは取られていない事が分かる。

 

『西部への道か。この負け犬共を後方に移送して、情報を吐かせろ。捕らえた女子供を使え。だが、殺すな。同胞が失われた分の戦力が必要だ。各軍管区に再びの出撃命令が出るまでに軍の再建もせねばならん』

 

 一斉に敬礼した一般兵達が次々に完全に痺れて動けない者達を運び出していく。

 

 残った兵達が大扉の前まで集まって来た。

 

『貴様らには教えておこう。西部では伝説の魔蟲ウルガンダが討伐されたと情報部から報告があった。つまり、この先には無傷のアルマーニアの軍が我らを待っていると思われる』

 

 ゴクリと唾を呑み込む兵達が多数。

 

『此処を連中が崩すのは確定的だ。危険だと判断すれば、すぐに引き返し、限界地点までの地図情報を転送し戻れ。先行偵察用の操獣を用いよ。これを以て、アルマーニア追撃戦も事実上の終幕だ。まだ最後に出た民間人は確保出来るだろう。直―――』

 

 ボッと銀龍の片腕が猛烈な負荷に襲われて、雷の放電が停止した。

 

『攻撃されているぞ!! 一端下がれ!! 最前列は単横陣だ!! 跳躍せよ!!』

 

 一斉に彼らがブラドヘイムの指示で下がる。

 

 その途端だった。

 

 巨大な縦穴の中央。

 

 泉の底が割れて縦穴そのものすらも中央部から亀裂が入る。

 

『何だ!? 我が超電導壁を停止させる?! 周辺の磁力密度正常。左腕の出力が上がらん。何故だ?!』

 

 彼らがざわめきながらも敵の襲来に備えていた時。

 

 コツコツと木戸の先から黄金の髪の何者かが歩いて来る。

 

 その黒い外套に竜骨装備を纏った小さな人間にも見える相手。

 

 それを視認した時にはもう盾を合わせた隙間から弩の切っ先が出され、精鋭達が照準している。

 

『何者だ!! アルマーニアの戦士か!!』

 

 その誰何に対してソレは何も答えず。

 

 しかし、明確に腰から剣を抜いた。

 

 竜骨で造られた剣。

 

 それがすぐに分かったのはブラドヘイムのみだったが、竜を倒す程のモノという事であれば、彼には最近のアルマーニアにそんな相手がいるとは覚えが無く。

 

(一体、ヤツは?)

 

 そう内心で首を傾げざるを得なかった。

 

『我が防御を抜けて来るぞ!! 各機接近されたら距離を取れ!! 一撃でも貰った時点で離脱を許可する。殿は我が機体が行う。全隊行動開始せよ!! 一斉射!!』

 

 ブラドヘイムによる的確な指示によって弩による猛烈な射撃が木戸の周囲に集中し、威力のあまりに水飛沫で白く壁面を覆い尽くした。

 

 しかし、その矢よりも早く。

 

 金色の戦士は疾駆する。

 

 直線状で放たれる矢に対して明確に突っ込んだ相手がその攻撃の僅かな間隙を縫うかのように機動し、向かってくるのを思考を加速したブラドヘイムが驚きながらも認識し、停止していない片腕を盾の隙間から出して雷撃を前方に集束させた。

 

 猛烈な雷が高速機動中の敵に当たるのを確認し、彼は一時安堵したが、その機動がまったく変わらない速度で続行されている事に気付いて、大きさを考慮しても本来的に相手の機能が違う事をすぐに理解した。

 

『ッ―――』

 

『ブラド様!?』

 

 咄嗟に前に出た彼がまだ雷を放つ片手で相手の竜骨剣を受ける。

 

『グッッ、構うな!! 直ちに引け!! 我が軍に後退命令!! アルマーニアの首都から一時退却!! 後にこの地点にグラングラの大槍を射出せよ!!』

 

『な!? くッッ!!? 後退!!? 後退だ!!?』

 

 動揺しながらもすぐに兵達が命令に従って、最高指揮官を置いて下がるという軍にあるまじき状況にも対応して見せた。

 

 莫大な電流を流されているはずの小さな人型の敵。

 

 だが、ブラドヘイムの片腕のパーツには既に罅が入っている。

 

「良い判断だ。敵ながら、良将に恵まれた兵達も申し分ない練度。名前を聞こう」

 

『くくく、この歳になって、名前を聞かれる事になるとは……何処の戦士かは知らぬが、このブラドヘイムの名を刻め。貴様のような使徒染みたのがまだいるとはな』

 

『……その雷は我が装甲を通らず』

 

 騒めきながらも後退していく部隊の音を聞きながら、怖ろしき敵の能力をまともに感じたブラドヘイムが押し返された膂力。

 

 いや、今の自分の巨大さすらもものともしない膂力に目を見張る。

 

 ガッと人が使う程度の長さしかない竜骨剣がブラドヘイムの腕を押し切って、後方の壁へと弾き飛ばした。

 

『雷が通らずともやり用はあるとも!!』

 

 鋼の竜が咆哮する。

 

 その巨大な振動兵器による超振動波が水を完全に蒸発させ、同時に雷撃が停止した機体が赤熱化していく。

 

『これならどうだ?』

 

 速攻。

 

 猛烈な蒸気の最中。

 

 赤熱化した機体が肉弾戦を仕掛ける。

 

 そこでようやく彼は何かが機体の周囲で焼けるのを目にした。

 

(糸? 糸だと!? コイツは!!?)

 

「最適解だ。素晴らしい。我が蟲畜の生にて初めての強敵。我が主の壁となるだろう貴様は此処で落とす事にしよう」

 

 ブラドヘイムの拳と脚を織り交ぜたラッシュが蒸気の先にも見える相手を捉えた。

 

 しかし、その拳を人間大の拳と脚が相殺する。

 

 威力すらもだ。

 

 だが、相手の衣服すら焦がせない事に驚くよりも先にブラドヘイムが気付く。

 

(直接殴っていない!? 何を纏っている!? そうか!? やはり―――)

 

 瞬時に自分と押し負けない出力を可能にする人間大の生物というものに彼が相手を人外とすら認めない事を決める。

 

 相手が蒸気の中に何かを放った途端。

 

 蒸気がザアッとソレに吸い込まれるように晴れて行く。

 

 赤熱化した機体を後方に下げた彼の前で虚空に立つのはもう人では無かった。

 

「やはりか!? ウルガンダは滅んでいないのだな!? この化け物めが!? アルマーニアを取り込んだか!?」

 

『我が母は不滅。我が父は無双。我が故郷は黒き森……』

 

 虚空に佇む金色の蜘蛛が目を怪しく赤光に煌めかせる。

 

『燃やし尽くす!! 我が力にて糸など無力と知れ!!』

 

 ブラドヘイムの全身から巨大な熱量が放射され、瞬時に周囲から水分を奪い取り、蒸発させ、何もかもを発火させていく。

 

『それしかないだろう。だが―――』

 

 焼け始めた黄金の蜘蛛は口を開くと同時に全身から猛烈な熱量で全てを燃やし尽くそうとする相手に向けて半透明な瓶を相手に向けて次々360度展開していく。

 

『これは?!!』

 

『蟲が火を使えぬとでも?』

 

『―――!!?』

 

『【ウィシダの炎瓶】【イゼクスの息吹】……魔力全投入。放射開始』

 

 ゴッと黄金の光が口から吐き出され、巨大な紅蓮が猛烈な速度で相手に注がれる。

 

『ぐぁああああああああああああああああああああああああああああ!!!!?』

 

 自分から熱量を放っていたとはいえ。

 

 それにも限度がある。

 

 装甲は赤熱化し始めていたが、それよりも先に燃え尽きるのは―――。

 

『ッッッ』

 

 ドッと跳躍して、熱量の檻から逃げた鋼竜が内部から熱量を排出しながらも歪んだ全身で咆哮する。

 

『ぐ、ぐぅ……緊急冷却』

 

 呪紋が装甲内部から奔り、急激に温度が下がった装甲が幾つか罅割れて崩落しながらも、ブラドヘイムが何とか死の危険から離脱した。

 

『それを待っていた』

 

『ッ、糸で絡め取られる程甘くは無いぞ!?』

 

 瞬時に上空へと逃れたブラドヘイム。

 

 敵は追撃の翼を持たない。

 

 と、考えたのならば、それは正しくなかった。

 

 しかし、常識に照らせば、それは実際問題として最適解ではあっただろう。

 

『糸は雷を流し、機構を弄り、威力を流した。だが、使い道はそれだけではないとも』

 

 未だ普通の人間ならば、燃え上がるだろう熱量がある縦穴の上空へと壁を登った黄金の蜘蛛が糸を口から吐き出した途端、巣が瞬時に縦穴を覆う程に形成される。

 

『呪霊属性変異呪紋【魂の変容】……霊力置換による物性制御開始』

 

『ッッ』

 

 黄金の蜘蛛が煌めいたかと思われた刹那。

 

 巣が撓んだ。

 

 同時に黄金の弾丸と化して、蜘蛛が一直線に上空へと飛翔する。

 

 その装甲は煌めきを宿していた。

 

『当たるかぁあ!!?』

 

 瞬時に虚空で回避した鋼竜が横薙ぎの尻尾で相手を殴打しようとするも擦り抜けて、瞬時に上を見上げた時には竜骨の剣を持った外套姿の相手が自分の頭部に頭上から剣を振り下ろしていた。

 

 その剣の刃先は煌めきを宿しており、単なる竜骨でもなく。

 

 魔力で輝いているわけでもない事が分かる。

 

 ガリガリガリガリッ。

 

 そんな歪な音を立てて刃毀れしながらも竜頭から胸元までが刃で両断された。

 

 相手が辛うじて胴体部を横に逸らして、内部に乗る者への直撃を避ける。

 

『この装甲……やはり、一般兵と同じものではない。これほどに劣化して尚、竜骨を折る』

 

『ガフッ?!!』

 

 胴体内部で左側の鎖骨から下腹部まで割られ、吐血した人の姿に竜角を持つ白髪の老人が四肢を接続部から焼け爛れさせながらも呪紋を連続で稼働し、肉体の修復に努め。

 

 相手を薙ぎ払うように片手で押し退け、墜落する。

 

 まだ熱が残る穴底。

 

 共に落ちて来た少年とも少女とも付かない容姿の金髪の相手を見やりながら、瞬時に蜘蛛と人の姿を行き来させた事を確認し、目が細められる。

 

「魂魄の変質。霊力による物質の従属化……それは、その技法は失われたグリモッドのものだぞ……ぐ……」

 

 胴体部の隙間から見える相手を老人が睨み付ける。

 

「お前には価値がある。もはや自死も出来ぬはずだ。連れて行かせて貰う。その人形と共に……」

 

「くくく、先程のを聞いていなかったのか? 此処はもうすぐ消滅する。貴様諸共な!!」

 

 その時、アルマーニアの都の後方から猛烈な魔力の気配を感じたフレイは瞬時に鋼竜を糸を束ねたモノで関節部から解体し、一部を木製の大扉内部に高速で投げ込み始めた。

 

「無駄だ。この都市の6分の1が消し飛ぶ威力。今から逃げたところで巻き込まれて崩落する」

 

「……良き将だった。貴様の事は記録しておく事にしよう」

 

 巨大だった敵を解体し、死に掛けの老人の四肢を切断して糸でグルグル巻きにしたフレイがすぐに木戸の内部に押し込めた残骸に手を触れて、溶かすかのように輝かせてドロドロの流体にしていく。

 

「行くぞ……」

 

 蜘蛛はその流体に包まれながら、最速で洞窟内部を進み。荷物と共に移動していた途中の馬車から馬とアルマーニア達を一緒に取り込んで相手が窒息するギリギリまで高速で流体を操作し、洞窟の奥へと逃げ込んでいく。

 

 だが、いきなり猛烈な熱量が襲い掛かり、次々に壁そのものすらも蒸発していく領域が背後に迫る。

 

(魔力量が心許ない。霊力の魔力化も限界か)

 

 フレイは熱量が伝導せぬように流体の後方を真空の空洞化させた物質で覆いながら肉体を酷使して、光に呑み込まれたのだった。

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