流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて- 作:Anacletus
―――フェクラール北端アルマーニアの野営地。
「馬鹿な!!? アレはヴァルハイルの大人形ではないか!?」
「あの大鎧が何故此処に!? まさか、此処にも奴らの手が!?」
朝から北部の者達が山岳部から降りて来たアルマーニアの街区では驚愕の声が上がっていた。
大量の大鎧が破損していたり、無傷で転がされている光景が見えれば、北部の者ならば、そうもなるだろう。
「これはまた。此処に来てもどうやら我らに安息の日は来ないらしい。いや、新たな神と使徒がいれば、それも可能か? 問題は……」
複数人の護衛の中心にいるフードを被った男が少し遠方に見える薄らと白い竜骨と透明な糸で編まれた黒蜘蛛の巣を見やる。
「ウルガンダが死んだと聞いていたが、どうなっているやら」
「ヘクトラス!!」
「おぉ、我が親友殿。どうやら生きていたようだな」
フードを剥いだ多眼の男が角獣の青年が道の先からやってくるのを確認して、近寄っていく。
「アルクリッド殿も存命か。どうやら、貴殿らにはまだ運があるようだ。あの乱暴者はどうした? まだ戦っているのではないのか? それともウルガンダとの戦争で死んだか?」
イーレイが目を細めて、自分に友好的な笑みを浮かべる男に渋い顔を造る。
「お前はいつもそうなのだな。だが、生憎と我らが倒したわけでもない。まずは一端落ち着ける場所に行こうか」
イーレイの後ろではアルクリッドが一礼し、先導する。
「それにしても……この短期間で此処まで街を造るか。どうやら、我らが知らない事が多そうだな。あの氏族達と働く蜘蛛達やその化身のような連中も含めて」
街区で今も働くスピィリア達を見て、ヘクトラスが僅かに瞳を細めた。
そうして、彼らがやって来たのは酒場だった。
食料と共にスピィリア達が魔力を得る為の竜骨の再生薬となる原液を薄めて発酵させたソレは現在、アルマーニア達に火力が殆ど出ない調整で酒のように振舞われ、発酵していないものは女子供のおやつの一つとして供されている。
すぐに酒場を預かる者達が一番奥の席を開けて、料理と酒を持って来る。
「あむ。この味……アルマーニアの食事にしては質素だが、まだ良いものが食えているようだ」
「酒も飲むといい。生憎とアルマーニアのものではないがな」
「ほう?」
ヘクトラスが酒へ僅かに口を付けた。
周囲の者は一瞬止めようとしたが、当人は意に介さず。
僅か口に含んでから少し以外そうな顔になってから飲み干した。
「美味い。味は知っていたが、意外だな。此処では爆華が取れるのか?」
僅かにヘクトラスの周囲の者達がざわめき。
出された杯を軽く呷る。
「此処では採れない」
「ほうほう? で、いつもお前の後ろを付いて歩いている可愛らしい未来の我が妻は何処かな?」
「此処にはいない」
「ふむ? あの乱暴者に当主の座と引き換えに渡しでもしたのか?」
その言葉でさすがにアルクリッドが僅か眉を寄せた。
「アルクリッド」
「………」
「おっと済まない。これは失礼な物言いだったな。で、本当に何処にいる? 神となったのだろう?」
「ヘクトラス。お前は自分の考える道筋が必ずその通りだと考える気がある。それは今後戒めておけ。それと我が妹は嫁に行った。此処にはいない」
「ははは、結局何処の氏族にやったんだ?」
「ニアステラだ」
そこでようやくヘクトラスの笑みが消える。
「ニアステラ? まさか、流刑者にでもやったと言うのか?」
「お前はまだ知らない。彼らの恐ろしさを……そして、お前にも教えておこうか」
イーレイが何の感情や打算もなく。
目の前の軽薄を装う男に最初で最後の忠告をした。
「ニアステラの英雄殿を怒らせるなよ。もし、そうなれば、我らはお前を敵に回しても戦うだろう」
「ニアステラの、英雄?」
僅かにヘクトラスの眉が上がる。
「話はお終いだ。詳しいところはお前の影共に訊くといい。お前達交渉団の歓迎を兼ねて神前武闘会を開く手筈に為っている。参加枠だけは用意してやる。必ず見ておけ……行くぞ。アルクリッド」
「ハッ」
2人の青年が嘗て自分が知っている者達とは何か違う事にこの時点で彼ヘクトラスは気付いていたが、ソレが何故なのか分からず。
言われた通り、彼の元へと集まってくる部下の話を誰もいなくなっている酒場で聞く事にした。
それはあまりにも思っていたのとは違う。
アルマーニア側の事情に違いなかった。
*
「ふむ……」
交渉団に用意された宿屋の最中。
数名の護衛を横にヘクトラスは街並みを見ながら思案に耽っていた。
(アルマーニアと急速に力を付けた流刑者達がいるニアステラの出会い。進出予定地へのあの乱暴者の進撃と死亡。反乱に対して交渉中のアルマーニアに譲歩する形で神を降ろさぬと決めて、あの子を嫁に……)
宿屋の先には造営中の街区のあちこちに急速な整備が施されている様子が見て取れていた。
殆どの作業員はスピィリアと呼ばれる蜘蛛達であり、彼ら【奇眼族ヴァロリア】からすれば、呪霊の一種に見える。
(ウルガンダを倒したアルマーニアの英雄。遠征隊の隊長はあの乱暴者やヤツの配下の首を一太刀で落とすツワモノ。神としない契約として嫁がせたのも策としては悪く無い。が、ヤツが畏れたのはそれだけか?)
あらゆる存在を蜘蛛にするウルガンダの能力は有名だ。
ウルガンダを退けた者がソレを得たというのも納得は出来る。
それを用いて、膨大な亡霊を蜘蛛にして使役するというのも納得は可能だ。
しかし、ヘクトラスにはそれだけでイーレイがあんな忠告をするとは思えなかった。
「考えても分からんか。取り敢えず、フェクラールを少し訪ね歩くとしよう。その前に我らの為の催しでも見ようか」
部下達が彼が立ち上がったのを見て付いて行く。
時間は交渉が始まる夕方までまだあった。
『オイ!! どうやら今日はニアステラの遠征隊が出るらしいぞ!?』
『お、本当か? オレは見た事無いんだが、本当にあの操獣の蜥蜴共を数百匹一人で焼いたり、ユレンハーバの英雄を一太刀とか、当主が盛ってるんじゃねぇか?』
『はは、見りゃ分かる。分かるさ。オレはあの時、あの炎の後ろにいたんだ。あの人らの凄さは見なきゃ分からねぇよ』
『知ってるか。おめぇら!? 遠征隊に付いて行った姫様と御付きの連中も戻って来てるってよ!!』
『お、本当か?』
『あ、ああ、今、引き上げて来る殿共に見せられないのが残念だな。ウチからは神の使徒の氏族が出るらしい』
『おい。大丈夫か? 未だに神降ろしをしろってやつらだろ? 問題起こさなきゃいいが……』
ざわめく聴衆の後ろから歩き出したヘクトラスはそんな声を聴きながら、何が出て来るのかと笑みを深め。
この数日で急造されたという特設の舞台を見る観覧席の最上段へと向かう。
複数の種族からなる交渉団はまだこの時何を見せられるものか知らなかった。
そして、少なからずこの舞台が今後の交渉と政治の為に仕組まれたものであると途中に気付くのは一人の王だけであった。
*
「我はオーゴの氏族!! 嘗て神の使徒に選ばれし、英雄の子孫!! ギュレト・オーゴである!! いざ、尋常に勝負!!?」
神前武闘。
元々は神に奉納する為のものを交渉団に見せるという意気込みで嘗て神の傍に使えた使徒達を輩出した氏族の戦士達が次々に出て来ていた。
本来はトーナメント方式であるが、今後にニアステラとの友好を踏まえてという建前で呼ばれた遠征隊の面々は神の復活を目論む氏族派閥と相対する事になり、それを理解していたヒオネだけがジト目で観覧席の兄を見ていた。
「お兄様ったら、まったく」
そう戦手の控えの席に座っていた彼女が零すとまぁまぁ御当主も大変なんですよ。おねーさん的にもこれはしょうがないと思えますみたいな顔のミーチェが宥めて、座るガシンの横にはベッタリと張り付くようにしてアラミヤが胸元を押し付けながら、酒のジョッキを呷っていた。
「あのなぁ? お前、仮にも故郷の連中見てる前でソレなのか?」
「イイじゃない。見せ付けてやれば、ほ~ら、旦那様~~」
胸元で思い切り顔を横から押されたガシンを『あ、あいつ、何て羨ましい!?』という顔で見ている男は三割以上いるだろう。
「まったく、ガシンさんはもう……」
近頃は見慣れたとはいえ。
それでもやっぱり奔放なアラミヤの様子に溜息を吐いた先鋒をくじで引いてしまったフィーゼがジト目になる。
「女子供とて容赦せん!! 泣きを見る前に参ったと言うのだなぁ!!」
一足で巨大な円形の石舞台を跳んだ角持ちの戦士が剣でいつもの装備を着ているフィーゼに打ち掛かる。
だが、フィーゼにそんな剣を受け止める技術は無く。
(殺った!!)
死なない程度に手加減してやろうと考えていた戦士は猛烈な横薙ぎで剣を叩き折られる寸前まで威力を受けて弾き飛ばされ、舞台の上から真っすぐ背後の3重になっていた木製の壁に激突して気を失った。
「精霊さんも何か近頃、扱うのが難しくなってるような気がするんですよね。これが精霊が強くなって暴走するって事なんでしょうか?」
首を傾げて、自分を自動で護ってくれた精霊が扱う巨大な剣を嫋やかな手がよしよしと撫でると、再び剣が一人手に鞘へと収まる。
『け、決着ぅぅうううう!!! 勝者!! 遠征隊の射手フィーゼ!!』
思わず盛り上がるアルマーニア達。
だが、その半数はあまりの事に呆然としていた。
彼らの半数……つまり、神の復活を支持する者達からすれば、あんな重武装で鈍重そうな得物や装備を着込む少女が神の使徒を輩出した家系に勝てるわけが無かったのである。
『えぇ~~審判者のメオウです』
レフェリー的な立ち位置の50代のボサボサ髪なアルマーニアが戦闘がよく分からなかった層に向けて風属性の呪紋で声を届けて解説を始める。
『フィーゼ殿はアルマーニアでも希少である精霊使いであり、多数の精霊を使役する熟練の術師でもあります。精霊達は知る通り、様々な事を手伝ってくれますが、フィーゼ殿の装備は精霊達が保持し、同時に彼女を護る為に万全の状態で待ち構えていたわけです』
その言葉に精霊の力だったのかと頷く者が多数。
アルマーニアは殆どの者が術師になれる素養がある、
その為、呪紋で戦う者を卑怯者と呼ぶ事は無いが、それにしても精霊が見える者は多くないし、一瞬の事で何が起こったのか分からない者もまた多かった。
『では、続きまして第二試合を始めます。両者前へ!!』
「どうやらオーゴの氏族は不覚を取ったようだが、我らハルマスは違う!! オレはハルマスの氏族の子!! 戦士ルイカラ!! 名を刻むがいい!!」
次に出て来たのはレザリアであった。
いつもの装備は盾を二つであるが、今回は一つで臨んでいる。
理由は単純に相手を過剰に殴らない為であった。
「では、初め!!」
舞台の中央に立った時、メオウが開始を告げる。
「くくく、女子供でも油断などせぬ!! 盾一つに軽装の鎧である事を後悔するがいい!! 我が呪紋!! 我が能力!! おぉ、雷属性攻囲呪紋【離雷刺】」
無詠唱で瞬時に呪紋を構築した男が剣を天に掲げた途端、レザリアの上空から雷撃が直撃した。
『き、決まったかぁ!!?』
メオウが叫ぶがすぐにレザリアが盾を頭上に構えていた事を確認する。
『おっとぉ!? 呪紋が防がれている!? ルイカラはどうする!!?』
「ふ、呪紋一つを防いだくらいで良い気になるなよ!? オレの呪紋はまだ3つある!! 全ての呪紋に耐え切れる者などアルマーニアにもいない!!?」
こうして呪紋をまた無詠唱で瞬時に唱えて連撃にした彼は……その全ての呪紋が盾で受け切られたのを確認して驚愕に固まり、『もういいのかな?』という顔になったレザリアが一足で間合いを詰めた。
『こ、このぉ!!?』
剣で迎撃した相手が盾のシールドバッシュに刃を折られ、軽く突かれた途端。
全ての木製の柵を叩き折って数百m程場外を転がって気絶した。
彼女が全部呪紋を受けていた理由は単純であった。
おめでたい席で盛り上げる為、友好の為と銘打たれていたので勝てそうな相手にもちょっと苦戦してみせる的な事が必要かと思ったからだ。
「あ、もうちょっと弱い方が良かったかな……」
勿論、そんな器用な事が出来ないレザリアは単に受けて殴り返すだけになったわけだが、それでも蟲系人外という北部には表向き存在しないカテゴリの少女があまりの膂力を出している事に度肝を抜かれた観客は再び盛り上がり、その半数は神の使徒を輩出した氏族達の不甲斐なさにプルプルと震え始めたのだった。
(決して最初の男も術師の男も悪く無かった。北部の戦場なら、幾らでも欲しい人材だ。だが、何だ? この強さは……精霊使いは幾らも知っている。だが、アレは……)
観覧席からずっと見ていたヘクトラスはフィーゼの周囲に見える三体の精霊に尋常ならざるものを感じて目を逸らす。
少なからず、その階梯の精霊を直視しては目に良くない事を彼は知っていた。
精霊というのは言わば、妖精になる前段階。
天然自然の中にいる暴威の欠片なのだ。
それが属性を備えている事も稀有なのにソレを数体も従えて、しかも……恐らくは貸し出しているというのが彼にも分かった。
他の者達にも貸し出されている精霊らしき存在が何もせずに主の体内に融けて消えているのを見れば、精霊が馴染んでいる事も確定的。
少なからず呪紋も無詠唱で使えるだろう。
(それにあの少女。蟲の人外……王群の関係か? あの膂力もそうだが、膂力に耐えられる装備も……異常だ。全て今は手に入らないはずの竜骨となれば、何処から手に入れた?)
ヘクトラスが考え込んでいる間にも次の試合がやってくる。
「オーゴ、ハルマスの名を継いで不甲斐ない!! フン……油断しているからそうなる。我は使徒ウルグの子、リーオン!! 使徒たる父から継いだ我が戦技!! 叩き込んでやろう!! ニアステラの小僧!!」
次の相手は60代の男。
相対するのはガシンだった。
「おうおう。叩き込んでくれ。これでも近頃負け越しなんだ。勝たせてもらうぜ? じいさん」
「はは、良く言った!! 死ぬなよ!!」
男が戦闘前に変異呪紋を唱えたか。
肉体が三倍近く膨れ上がり、同時に鎧の類が消えた上半身で構えを取る。
「お? 知ってるぜ!! ソレ!! アレだろアレ!! 半歩の構えってヤツだ!!」
「知っているのか? 腕の多い小僧」
「昔、クソみたいなジジイ共が使ってたぜ? 相手の目測を誤らせて、打撃を打ち込む歩き拳法の初歩とか言うヤツだ。でもよぉ」
まだ構えを取らない若輩へ先達たる男が先制で腹部へと打撃を打ち込む。
本来ならば、肉体が瞬時に内部から弾け散る威力。
しかし、それは紙一重で回避されており。
「ッ」
伸び切った腕を取ったガシンが振り解こうとする腕を自らの腕の力で折った。
メギョッという音と共に腕が破壊される。
「ちぃ!?」
「貰ったぜ?」
同時に振り解かれたガシンが宙に放られた。
「トドメだ!!」
上空では回避しようがない。
そちらに片腕を真っすぐに突き出したリーオン老が青年の顔面を殴り抜く寸前、ガッと踵で拳を受けられ、同時に更に高みへと舞い上がったガシンが腰を捩じるようにして回転。
威力を自身の体全体のバネで受け流し、虚空で拳を繰り出した。
「!!?」
ゴッと音がする。
それは青年の手から伸びた霊体の腕。
緋色のソレが男の顎を撃ち抜いた途端。
そのまま振り抜かれた拳に頭を揺らされ、脳震盪を受けた相手の体がそのまま背後に倒れ込む。
「悪りぃな。じいさん。腕が多くってよ。でも、呪紋有りなんだろ?」
ガシンが着地して何でも無さそうに手を払って、レザリア達の方に拳を上げて勝ちをアピールした。
「戦技は大事だよな。アンタの拳の威力、当たってたら死ぬわ。だが、命掛けてまで戦技や基本だけじゃ負けるぜ?」
「忠実たる基礎あってこその威力だ」
「基礎の次は応用と型を崩すって習わなかったか?」
「………フン。若造が、死を恐れる精神修養がなっとらんわ。いや、若者に型ばかりさせて、本来の生き残る為なら何でもすべきという心を教えて来なかった我が身の不覚か」
『ご老人の腕を折るとか』というジト目のレザリアとフィーゼ。
それ以外の女性陣はパチパチと拍手していた。
『き、決まったぁああ!!? おっと、リーオン老が自らふら付きながらも退場していきます!! あの一撃で敗北を認めたという事でしょうか!?』
体がすっかり縮んだ男が舞台から降りて行く。
『弟子達の手も払った!!? 女性には護身術、戦士達に最も初めに習わせる格闘の練達者である方が遠征隊の切込み役、ガシン・タラテントを認めたという事でしょう!!』
続けて三人が敗北。
その状況に神格復権を掲げる派閥の者達が大きく揺らいでいた。
話には聞いていたのだ。
遠征隊は強いと。
『今のは地の利を完全にリーオン殿から奪い。上空という距離からの一方的な一撃をガシン殿は行いました。彼は霊体を使う拳闘士であり、その拳は見えるだけの腕よりも多いのです!!』
メオウが説明に入る。
実際、それは正しい。
老人が熟練とすぐに気付いたガシンは自分と同じタイプの相手にまともに戦う事を避けて、相手が迎撃するには遠過ぎる距離から一方的に殴るという選択をした事で距離を制したのだ。
『ほ、本当にあのリーオン殿に勝っちまいやがった!?』
『あのリーオン老が敗北を自ら認めるとは……』
ざわめく観衆達は蜘蛛達の働きの影に隠れた遠征隊の威力というものをちゃんと理解している者は少数だった事でやはり驚きに包まれている。
一部の者しか知らないガシンや少年の強さは噂の域を出なかったが、伝えられた情報が事実であるという認識が次々に伝播していた。
野外で操獣の瞳を用いて覗いたり、現場の視覚を共有する呪紋で多くが彼ら遠征隊の真実を知ったのである。
この情報が白日の元に晒されると同時に当主のやって来た事に不満があった層も……今までの決断は英断だったのではという空気が流れ始める。
『おっと、此処で一つお知らせがあります。当主より、遠征隊の他の者達は元アルマーニアである事や種族が違う為に親善試合には相応しくないという理由で残る全ての参加者を隊長自らが一人で相手したいとの話をされていて、これを承認したそうです』
それがもしも三人が戦う前の話ならば、ふざけるなと暴動が起きていたかもしれない。
しかし、何処からかやってきた少年が舞台の上に上がって、残っているアルマーニア達に手をクイクイと挑発的にこっちに来い的なジェスチャーをすると他の参加者が切れた様子で次々に数名が舞台に上がっていく。
『アルマーニアを舐めるなぁ!! 遠征隊だか何だか知らぬが、ユレンハーバの無念!! 此処で晴らしてくれるわ!!?』
『貴様の如き若造が姫様を娶るだと!? 此処で刃の錆びとなれば、目も覚めるだろう!? あの馬鹿当主も!!?』
頭に血が上った残りの参加者達が罵詈雑言を吐く。
この様子に観覧席の当主は苦笑するしかなく。
「言われているぞ? いいのか?」
「事実だからな。だから、連中も事実でしか目を覚まさない」
アルクリッドにイーレイはそう言って、事の成り行きを見守るのだった。
『お、おぉっと!? 開始の宣言をするまでは下がって!?』
メオウが言う合間にも残りの十把一絡げ達が舞台に上がった。
彼らの目には殺気が漲っており、ハンマーやら鎖やら鞭やら射撃用の弩を持ち出す者もいて、一斉に今にも攻撃し始めそうな勢い。
すぐメオウが現場から逃げるようにして開始の宣言をする。
少年が構えも取らず。
立ったまま待っている様子にブチ切れた戦士達が弩と呪紋で攻撃を仕掛ける。
ある者は先程と同じような雷。
ある者は氷の礫。
ある者は風の槍。
どれも殺傷能力はしっかりあるものばかりだ。
少年にバカスカと火力が撃ち込まれ爆砕した石畳の削れた煙の中に消えて行く。
そうして、一通り10秒程も打ち込んだ後。
男達の一人が呪紋で風を起こした。
「………」
少年は平然とやはり構えも取らずに黙って攻撃を受けており、鼻や目、耳を穿とうと迫った矢にもまるで防御していない。
しかし、呪紋や矢が当たる瞬間を優秀なアルマーニアの身体機能の一つである視力はちゃんと映していた。
「魔力量が違い過ぎる……」
観覧席でヘクトラスが呟く。
少年は特別な防御方法を使っているのではない。
単純に自分の肉体の内側から溢れ出す魔力を肉体に留めているだけだ。
ソレが物理事象として出力された攻撃に際し、被膜のように威力を減殺していた。
まるで氷に石を落とすが如く。
その魔力の圧力だけで物理的な攻撃が弾かれているのだ。
初めてそんな事象を見たアルマーニア達が呆然として少年の一挙手一投足を見る。
「終わり?」
少年の言葉に激怒していた者達が一瞬我を忘れながらも、長年の戦闘経験からすぐに近接戦へ切り替えた。
幾ら魔力の圧が高いと言っても呪紋の相殺は呪紋そのものの魔力が相手の圧に負けて、相手に直撃する寸前まで魔力が威力に変換されている事から威力が半減しているというのが解ったからだ。
弩にしても単なる魔力の層を貫けないのは純粋に遠距離用の攻撃の威力が足りないからであり、近距離用の刃に呪紋を載せれば、相手の防御は削れるという瞬時の判断はまったく間違っていない。
『突撃ぃ!! 全員による総攻撃だぁ!!? これをニアステラの英雄は凌げるかぁ!?』
突撃していく彼らがどうなるのか。
見なくても分かるのはアルマーニアだけではなく。
全ての者達が同じだった。
期待を裏切らない裏打ちされた強さが少年と男達の結末を如実に表す。
(まぁ、そうなるだろうな。あの階梯相手に近距離戦自体無謀だ。自らの威力に奢る程度の強者では……)
ヘクトラスが退屈な時間だと言わんばかりにアルマーニアの男達を見やる。
最初に剣で斬り掛かった男が呪紋で刃を強化して袈裟斬りにした。
しかし、その横にいつの間にか立っている少年の裏拳が胸元をノックした途端、吹き飛んでいく。
先程のレザリアよりも飛距離が出て野営地の端まで地面に削られて止まる。
「な!? か、掛かれぇ!! この人数なら幾ら速くと―――ガフッ?!!」
他の者達も同様に少年が更に軽く裏拳や指先で弾いて手加減した攻撃を行うと血反吐を吐いて倒れ伏した。
「こ、こいつ!? 何故こうも早―――ゲウゥゥ?!!」
そもそもの戦闘速度が違う。
敏捷性がアルマーニアの目にも辛うじて見える程度に早い。
ついでのように防具が殆ど意味を為さない。
打撃というにはあまりにも高威力なソレを見て、席に戻っていたリーオンが面白いものを見たと言わんばかりの顔になる。
その片腕はもうすっかり自己治癒用の呪紋が掛かっている為か。
翠色の魔力に染まって治っていた。
「打撃の遠当てや浸潤と同じ理屈か? 魔力を衝撃に転化するだけの呪紋ですらない技術でコレか。道理で触れていないわけだ」
逃げ出していたメオウがすぐにその傍に寄って来る。
『ど、どういう事でしょうか!? リーオン殿』
「あやつは戦ってすらいない。アレらは護身術の類だ。我らはあやつに戦いを挑む階梯に無い。相手の急所を外して戦闘不能にする為だけに魔力を少し衝撃にして、相手の武具や肉体に流し込んでいる……あしらわれているという事だ」
『あ、あしらう? あの猛者達をですか!?』
周囲がその解説の声にどよめく。
「技というよりは魔力があれば誰でも出来る事をやっているに過ぎない」
『いやいやいや!? 出来ませんよ!?』
さすがに同じツッコミは何処のアルマーニアの内心でも起こる。
「何故出来ない?」
『そ、それは、難しいでしょう? 魔力を衝撃に転化する事はよくある事でしょうが、それを相手にどうやって触れずに流し込んでいるのですか!?』
「簡単だ。相手の纏う空気を衝撃で振動させ、相手の肉体を共振させ、震わせている。まぁ、我らとて60年修行すれば、指先でも出来るだろう」
『ろく、えぇぇ……』
『まぁ、相手の形、血肉や骨を崩す振動の幅を知らねば出来ぬ事だろうがな。いや、それ以前にその魔力の衝撃転化を指先だけでやる事が難事か……』
思わずメオウが『そんなの……』という顔になる。
多くのアルマーニア達も同じだった。
そんなの出来る訳がない。
『ちなみに我が肉体でも恐らく死ぬまでには出来る程度の話だ。殆ど訓練する意味は無いがな』
六十年訓練するより、呪紋一つで出来る事をさせようというのが普通だ。
『どうやったら、有限の肉体と命であのような手品を極限まで極められるものか……才能だけではまったく足りんぞ』
「そ、そうなのですか?」
『あの階梯に達するのは……魔力の質や量、圧も関係する以上、不死者くらいだろう。使おうとして使えるようになる者というのは……それでも何百年掛かるか。普通、あのような仔細な制御というのは魔力を持たぬ者にしか出来ぬのだ。最初から強大な力のある者には必要の無い技能でもある』
―――3973628232日前『魔力が殆ど無くても足しになる技をお教えしましょう』
少年の脳裏でリケイの笑みがフラッシュバックした。
それを振り払うようにして最後の相手を無力化し、吐血した相手の顔にポーチから取り出した霊薬が垂らされる。
すると、すぐ男達は目を覚ました様子となった。
しかし、其処で会場全体に声が掛かる。
『全ての氏族に告げる。これがニアステラの力だ。我らの今の生活を支え、ヴァルハイルを打ち払い、あの大鎧すらも鹵獲した。あの天に聳える黒蜘蛛の巣とて、ニアステラには無数にあるという。当主として彼らと交渉し、協力関係を築き、友誼を結んだ事は正しかったと今でも思っている』
いつの間にか舞台端にいたイーレイが声を伝播させる呪紋で野営地中に大規模な演説を打っていた。
『我が妹からも遠征隊の隊長であるアルティエ殿には良く鍛えられ、同時に多くの事を学んだと。尊敬出来る人間だと聞いている』
今まで見ていたヒオネが立ち上がり、観客達に頷くように一礼する。
『今必要なのは不確かな力や伝承、誰かを犠牲にして力を得た気になる事ではない。ウルテス神は我らよりもヒトは下と言ったか? 蜘蛛は下であると言っていたか?』
多くのアルマーニア達がその声に何処か苦い気持ちを抱いた。
蜘蛛達を下に見てはいなかったか。
単なる労働力として便利に使っていなかったか。
それこそ化け物だと未だに揶揄している者達とている。
だが、実際には彼らは養われている方であり、感謝こそすれ、ニアステラへ対抗する理由など合理的に考えれば何一つありはしない。
『導きは我らの心の中にある。教えは命を決して無駄にせず。生き抜く為のもの……それは共に在るという事だ』
イーレイがそう事実を告げる。
『このフェクラールの地を治めているのは我らではない。共に歩むというのは己が常に上になるという事でもない。この事を我が同胞達には心へ刻んで貰いたい』
厳然としたアルマーニアの厳しい現実を前にして、彼らはようやく夢から覚めるかのように自らが拘っていた多くのモノが現実にそぐわない事を自覚していた。
『真なる友誼とは上下の関係を超えて、共に在れるという事なのだ。我らは差し出された手に唾を吐く卑怯者ではないと。そう当主として信ずる』
その演説に僅かな沈黙。
しかし、拍手が鳴らされる。
それは観覧席にいたヘクトラスのものだった。
その拍手に続いて次々に拍手の波が会場に広がっていく。
負けた者達を筆頭に神の力で復権を思い描いていた者達の多くが拍手せざるを得ない同調圧力に屈し、最後には仕方なく渋々ながらも当主への拍手だと割り切って手を叩き始める。
「良い演説でしたよ」
アルクリッドがこれでしばらくは神を蘇らせようという輩も大人しくなるかと思った時だった。
不意に空が陰り、少年が魔力で周囲を薙ぎ払って舞台から全員を落としながら、背後のヴァルハイルの大人形用のものを改造した刃を手に何かを受け止め―――舞台が直後にクレーターと化して30m以上沈み込んだ。
その激震に舞台が煙となる程に爆砕され、周囲の観客席が倒壊するが、周辺で治安維持兼安全確保をしていたスピィリア達が不可糸でそれを止め、落ちそうな観客やケガをした観客達を次々に糸で巻いて現地から離すように一匹数名の単位で背中に積んで遠ざけて行く。
『何だぁああああ!!?』
『舞台が沈み込んだ!?』
『何が起こったぁ!?』
混乱する者達の最中。
ヘクトラスと御付きの数名のみが虚空に立ち。
フードの者達が主を庇うように身を壁とする。
「おやおや、やはり此処も安全ではない、か」
『ヘクトラス様。此処は危険です。一端、遺跡に引かれては如何でしょう?』
「いや、此処で良い。侵入者は高都の晩餐会で見た記憶がある」
『何方です?』
「【四卿】に為り損ねた男だ」
『ッ、益々此処から逃げ出すべき状況ですが』
「お前達も後少し目を養えば分かる。あのニアステラの英雄殿と言われるヒトだが、劣るものではないぞ? 見ろ」
ヘクトラスが見下ろす最中。
誰かが風の呪紋を用いて周囲の粉塵を晴らした。
『お初に御目に掛かる』
竜頭の全身鎧。
いや、肉体を持つヴァルハイルの兵。
しかし、兵と呼ぶにはあまりにも洗練された意匠を装甲に施され、蒼い外套を纏う姿。
まさしく、機械の装甲を用いていながら、ソレは確かに騎士と呼ばれるような装飾であった。
金糸の枝が絡まる紅い剣が胸に刻印されている。
『我が名は【正統なるヴェルギート】」
赤黒い金属製の片刃が少年の刃を押し込むようにして切り払い。
後方へと弾き飛ばされた少年よりも早く追撃が真横から少年の刃による防御を受けながらも更に弾き飛ばし、次々に相手の手を封じるように音速を遥かに超える斬撃による多方向からの連撃が少年の肉体を拘束する。
『ヴァルハイルより来る者』
虚空で少年が頭上から来るヴェルギートの大振りの一撃を受けずに拳で受けた際の反動で別方向へと跳び。
片腕が消し飛んだものの肘までで何とか止めた少年が周囲から民間人が殆ど消え失せて尚その場に残るヘクトラスの事は置いておく事にした。
『見事だ。あの一撃を回避するか。そして、場も整ったと』
「………」
ヴェルギートが瞬時に少年への攻撃を断念し、上空へと退避する。
舞台周囲にはもう配置に付いた遠征隊が慌てる事なく佇んでいた。
その瞳に宿る光は冷静。
少なからず少年が常に鍛え続けた遠征隊たる姿。
『此処では死ねぬ。御仲間達には遊んでいて貰おう』
決して奢らない彼が指を弾く。
すると、野営地周辺で巨大な魔力が引き出され、呪紋の光が大地を染め上げた。
すぐに状況に気付いた遠征隊に対して少年がハンドサインで呪紋で現れる敵の殲滅を指示する。
それに逡巡する者はいない。
動きは迅速だった。
『素晴らしい。ニアステラの力とは此処までか……脅威に値する』
ヴェルギートが再び指を弾いた時。
彼の背後に巨大な蒼い人型の機械竜がノイズ混じりに顕現していく。
ザリザリと何かがその装甲から剥がれて蒼い燐光を散らし、消費型の偽装用の装備なのだろうモノ。
首元から幾つか不格好に突き出ていた突起がパージされた。
『排除せねばならない。貴様は危険だ。ニアステラの英雄』
機械竜の胸元に沈み込むようにしてヴェルギートが入り込み。
四肢を張り付けるかのような十字型の箱に格納する。
両手両足がまるで機械に食いつかれるかのように火花を上げて重い金属の噛み合う音と共に接続された途端、薄暗かった内部に蒼い幾何学模様が奔り始めた。
「………お前を」
『?』
「お前を“大量に使うヤツ”に用がある。アレは何処だ?」
『―――』
少年の言葉を拾ったヴェルギートに初めて動揺が奔る。
(馬鹿な……この目の前の存在は我が秘密を知っているのか? 何故だ? それも大量に……大量にだと……一体、コイツは……)
少年が片腕を振った途端。
【飽殖神の礼賛】によって腕が生える。
(呪紋の効果による再生? しかも、無詠唱。その上、質量が増えている。通常の呪紋ではないな。致命傷の意味が無い場合、全てを消し飛ばさねば、逆襲の憂き目か)
すぐに相手を解析した男がそれだけで能力を類推し、僅かに思考時間を延ばす。
『……どうやら、不確定要素が多過ぎる。お前を最優先で排除する考えに変わりないが、場を改めよう。次に会う事があれば、ヴァルハイルの軍団がお前達と戦う事になるだろう』
瞬時に不確定要素を嫌って、退避を判断したヴェルギートが呪紋を装甲に浮かべて消える。
巨大な15m以上ある機体が気配毎消失したので、周囲のアルマーニア側の戦士達もホッとした様子になっている。
(今後の事を考えると……アレもどうにかするか。収集しないとダメっぽい。符札と同じ効果なら、確実に妨害する手札が必要……)
相手の転移現象を理解した少年は野営地のあちこちで出て来た敵と戦う戦士達やスピィリア達に加勢するべく。
そのまま走り出すのだった。
*
大量の操獣をアルマーニアの野営地が駆逐し切って二時間。
警戒は続いていたが、破壊された舞台と観客席の撤去、破壊された施設の復興などがスピィリア達によって迅速に行われたおかげで被害も少なく、人死にも出ていなかった。
しかし、北部交渉団との会議は一端棚上げとなり、一緒に対策会議を同時並行で行う事が決定。
少年の手で第一野営地に交渉団を運んでアルマーニア側と共にヴァルハイルの襲撃を想定して会議は行われる事になっていた。
「この野営地を預かるウートです」
「ヘクトラスだ。北部で邦の王の一人をしている」
交渉団の団長であるヘクトラスとイーレイ、ウート。
この三者で決められた事は以下の6つ。
アルマーニア側の北部勢力の受け入れに関して基本的にニアステラはアルマーニアと同じ基準、同じ条件、同じ原則を相手が呑まなければ、これを受け入れない。
北部勢力は西部に入植する際、スピィリア達の造った街に入植しても構わないが、蜘蛛達に敬意を払って共に過ごせる者に限る。
認められない場合は資産は持って行っていいが、追放処分を受ける。
食料生産などは本来必要無いスピィリア達であり、畑などで食料を生産するのは構わないし、独自に採掘や採取をしてもいいが、継続的な採掘採取の為にニアステラからの許可と規制、不定期の監査は受け入れる。
北部勢力の入植時、防衛協力は成人男性には義務化し、もしもの時の徴兵はニアステラとアルマーニアの協議で決定する。
北部勢力が入植後、速やかにアルマーニア、ニアステラと共に情勢を鑑みて、一体的に動く為に統合した議会を造る。
議会で重要な軍事、経済、法規に関する決定をする際、先住者であるアルマーニアとニアステラには北部勢力と同じ1票の権利を保障し、この票の増減と議会での扱いは今後の議会で決める。
これらを踏まえた上でアルマーニアと北部勢力の交渉は自由に行ってよい。
このような取り決めがほぼ数時間で決まったのである。
「何か父上がスゴク仕事をしてる気がします……」
いつもの浜辺でフィーゼが交渉団と久しぶりに政治をしている父を思い。
体は大丈夫だろうかという顔で野営地の中央方面を見ていた。
隣にはレザリアを含めてアルマーニアの女性陣の姿もある。
本来は北部に残りたいと希望していたのだが、次の襲撃があっても困るからとイーレイが一緒に第一野営地への帰還を促したのだ。
現在、当主代行のアルクリッドが野営地の能力の回復を仕切っていた。
「それにしても良かったのか? 西部から引き上げて?」
ガシンが横で爆華のジュースをジョッキで飲んでいる少年に訊ねる。
「今はゴライアスが指揮して、現場の再建とフェクラールの街の造営に注力してる。ニアステラの方から出た入植組が急いで要塞も造成中」
「つってもなぁ。結局、また40基も作らされた上に何か強そうなのが襲来とか。オレら本気で仕事に追われてねぇか?」
「その割には元気」
「お前のせいだよ!? 近頃、何しても疲れなくなってきたのどうなってんだ?」
「霊力が肉体を優越し始めてる。神格位の霊体を取り込んだせい」
「あん? それってアレか? キラキラすんのか? オレも?」
「ゴライアスと一緒。強敵と戦って、霊力を大量に受け入れて来たから、変質が進んでる」
「はぁぁ……ま、あの蒼い竜には何も出来なかったけどな。空飛ぶの反則だろ」
「考えはある。試すまで我慢」
「はいはい」
少年とガシンが喋っていると機械蜥蜴っぽいコスプレ系幼女と普通の幼女が浜辺に弁当の配達をしに来て、ペコリと頭を下げてから女性陣が詰める事も多い共同の炊事場に消えて行く。
「で? 実際問題としてヴァルハイルの連中から何も情報出なかったが、どうすんだ?」
「今、リケイが大鎧を分析してる」
「アレ、使えるようになんのか?」
「たぶん」
「たぶんねぇ……だが、敵は待っちゃくれなさそうだ」
「北部からの受け入れと同時にフェクラール全体の防衛施設建造に掛かる。エルシエラゴの蜘蛛達に今、避難用通路の建造計画も任せてる」
「……間に合うのか?」
「ヴァルハイルの出方次第」
「だよなぁ。少なくとも雑魚の操獣で攻めて来るのはねぇだろうし」
「北部への道が別口で見付かった以上、北部でヴァルハイルを牽制して、ニアステラとフェクラールへの進軍を遅らせる必要がある」
「空飛んで来たり、いきなり現れるんじゃねぇのか?」
「軍団を持って来るなら、それは無い。小規模な部隊じゃ競り負けるのはあっちが感じてるはず」
「そして、地下を大量に掘るはずだった部隊はオレらが抑えてる、と」
「あっちが大鎧を破壊していかなかったって事は……」
「その余裕が無かったか。時間は掛かっても同じような部隊を造るのか?」
「もしくは部隊が山を越えられる程に高く飛行出来る能力を備える事になる」
「それはかなり時間掛かりそうだな」
北部の状況は少年達にも入って来ているが、殆どは陸上での戦力のぶつかり合いという話だったのだ。
「それを遅らせる為に北部でヴァルハイルを攻める」
「遂に北部へ進出、か」
少年が頷いた時だった。
その顔が僅かに空を見上げる。
「どうした?」
「フレイが戻って来る。それと悪滅の庵が予定通り使えなくなった。お土産も一緒……」
「お土産?」
「大きいのと小さいの」
少年は休憩を終えて、すぐ悪滅の庵から戻って来るフレイを迎えに行くのだった。
*
「只今戻りました。不甲斐なくも辛勝。蟲畜として情けなく。今後は更に自らを鍛え直す所存」
人間形態になったフレイが頭を下げる最中。
その背後には金属の流体らしきものがキラキラしながらスライム状の一塊で置かれており、内部の引き上げていた最後の人々はすぐに出されて気を失ったまま診療所へと運ばれていった。
だが、残る一人が首から先を外に出されて、轡のようなものを噛ませられ、自殺防止用なのか。
ガッチリと四肢を不可糸に魔力を流した糸で拘束されている。
橋の下。
集まって来ていた野営地の氏族の長達は顔を引き攣らせ、眼光だけで自分達を睨む怨敵の一人が四肢欠損した状態で捉えられている事に驚きを隠せず。
「【鉄鋼騎士団】の長をまさか捕らえられるとは……」
「さ、さすがニアステラの……」
「ブラドヘイム辺境伯が此処にいる事自体、マ、マズイのでは?」
誰かの言葉に多くの者達が内心で『確かに……』という顔になった。
「有名人?」
少年の言葉に傍で機械式になって尚眼光鋭い老蜥蜴を見ていたアルクリッドが頷いて説明し始める。
「ブラドヘイム辺境伯。正式名称は確かルートレット・ブラドヘイム。ヴァルハイルの軍管区が再編される前、辺境の国境地帯を纏めていた者達の長だ。辺境伯と名は付いているが、事実上は辺境伯達の纏め役。故に【古参のブラドヘイム】もしくは【鋼鉄騎士】【老ブラド翁】と呼ばれている」
「有名なお爺ちゃん?」
「はは、それで済めばいいが、コイツのせいでアルマーニアの軍の何割が死んだものやら……殺せば、ヴァルハイルに心底恨まれ、生かせば……奪還の大義となる。ヴァルハイル軍の重鎮だ。どう転んでもマズイな」
乾いた笑いが出たアルクリッドがそう溜息を吐く。
『フン。貴様ら如きに言われては虫唾が奔る』
「こ、こいつ口を封じられているのに喋ったぞ!?」
周囲の男達が騒めく。
『さすがに内臓された音声装置まではどうにもならんだろう? 本来ならさっさと呪紋で貴様らを吹き飛ばしているところだが……』
ジロリと老蜥蜴の視線がフレイに向いた。
『この糸……魔力、霊力、体力を吸い尽すものだな。辛うじて雷は吸われていないのも温情か? まったく、涙が出るわ』
「こ、この!? 太々しいにも程がある!? 自分の立場を分かっているのか!?」
ふんぞり返ったような声にさすがに男達からも剣呑な視線が跳んだ。
『まさか、グラングラの大槍から逃げ果せるとは思わなかったが、我が死を以て、我が鋼鉄騎士団は何れ貴様らを踏み潰すだろう』
思わず手が出掛けた者達をアルクリッドが制した。
「コイツはフレイ殿の獲物だ。そして、フレイ殿の主であるアルティエ殿に身柄を自由にする権利がある」
「………」
少年がしゃがみ込んで地面の上で顔を上向ける老蜥蜴の瞳を覗き込む。
(―――コイツ。聖王閣下のような瞳をしおる。これがヤツの主か。ウルガンダと関連がありそうだが、危険だな……)
「どうする? アルティエ殿」
「使い道が幾つかある……」
「どのような?」
「相手を殺したり、脅したりするだけが戦争じゃない。相手の意欲や目的に対して直接的に攻撃すれば、それ以上の効果が上がる」
内心でソレを嘗て教えてくれた目の前の相手との過去は水に流した少年である。
「具体的にはよく分からないが……」
「リケイに頼む。それと服従系の呪紋持ってる人いる?」
「ああ、一応はいる。殆どは当主の息が掛かった親族などにな。現在持っているのはヒオネ様の侍従の方々などだ」
「後でリケイと一緒に教えて貰う。それと映像を映し出す呪紋はある?」
「そちらはこちらの配下が所持している」
「それらを記憶して別のところで映し出したりは?」
「可能だ。それで逐一軍を動かしていた」
「北部勢力の遺跡を使って映像を移送する。それと北部全体、特にヴァルハイルの勢力圏内に映像をばら撒きたい」
「面白そうだ。一枚噛ませて貰おう。当主にはこちらから」
「よろしく。フレイ」
「了解致しました」
ブラドヘイムがフレイによって背負われる。
「そっちのブニョブニョは?」
「この男の機体だったものです。霊力による物質変異で脆化していたものを取り込みました。ご要望に合わせて形を元に戻せます」
「一緒に持っていく」
「承知」
こうして少年とブラドヘイムとフレイが一緒に金属スライム的な何かと共に消えて、現地には男達だけが取り残された。
「良かったのか? アルクリッド当主代行」
「……怨恨で殺すより、余程に我らの命を救ってくれそうだと思っただけだ」
「確かに……」
『あ、あの!!? 金色の蜘蛛さんは居られますか!? 救って頂いた者なのですが!? 一言お礼を!!?』
封鎖していた周囲の林の先からそんな声が聞こえて来て、アルクリッドはすぐに対応へ向かうのだった。
*
第一野営地にブラドヘイム辺境伯がやってきた。
ついでに交渉団とイーレイに太々しさ全開で受け答えする老蜥蜴に多くの北部勢力の者達は血管が切れる寸前。
しかし、やらせる事があると少年がフレイと共に連れて行ってしまって、怒りのやり場にも困った彼らは……大人しく怒りは呑み込む事にしていた。
「アレをどうするものか。ヴァルハイルの中でも軍の御意見番だぞ?」
ヘクトラスが『本当にこいつら規格外だな』という顔で少年に付き従う金色の蜘蛛を見ていた目元を指で揉んだ。
横のイーレイが肩を竦める。
「意見が言えなくなったな……」
「……あの難物をどう調理したものか。お手並み拝見と行こう」
「明日には帰る手筈だったろう?」
「我が身以外はな。北部のお歴々達とは違って一番良い席が欲しいのだ。生憎と観劇に付いては一家言ある。もし何かあれば戻るが、今回の件が終わってからだ」
浜辺で並ぶ彼らは北部では伝説となっている黒曜石の都。
ノクロシアを前にして遠方を見ていた。
「何を隠している?」
「くく、隠し事が無い関係だった事があるか?」
最もな話をする一角の王はニヤリと口元を歪める。
「……一つだけ忠告しておく。此処に来た以上、お前はもう蜘蛛の巣に飛び込んだ蝶も同然だ。自分をいつまでも鳥だと思っていると足元を掬われるぞ」
「どんな風に?」
「例えば、先程のフレイ殿から報告が上がって来た。例の北部との移動を行う遺跡内部の呪紋を見たところ。どうやら完全に機能させれば、1日に一括で“1万人は運べそうだ”とかな?」
「―――」
ようやくヘクトラスの顔が僅かに渋いものになる。
「日々、値段の上がる相場を冷やして欲しくはないのだが?」
「お前のようなクズ野郎にオレが譲歩してやると思うか?」
「……何が望みだ。此処で全てを御破算にする気か?」
「貴様のような奴に貸しや借りなどという概念を解く程、オレは不用心ではない。即決即金現物が条件だ」
「話を聞こう」
「貴様が北部から運ぼうとしていた連中のリストの即時提出。その質的に上から数えて1割の人材をこちらに寄越せ」
「………いいだろう」
沈黙は短かった。
「それと吹っ掛けるのならもっと控えめにしておけ。今の西部が受け入れられる限界は日で5000だ。言い訳は何とでも……これが呑め―――」
「呑めるとも。自分の能力不足に言い訳をする程、落ちぶれてはいない。少なからず王である内はな……」
被せるように苦い顔でヘクトラスが応じた。
そうして2人の長は顔も合わせず。
雄大なノクロシアを見て、野営地からやってくる部下達に夕食だと呼ばれ、其々の道を歩いて行くのだった。
*
―――2日後。
「く、こんな姿にしおって!? 貴様らぁ!? 我が辺境伯と知っての辱めかぁ!?」
先日まで太々しい態度だった元辺境伯が幼女達の中に混じって喚いていた。
現在地はアルマーニアの野営地横。
大鎧もしくは大人形。
そう呼ばれるドラクが大量に置かれた物置き場である。
現在、リケイが現場には詰めており、巨大な機構を逐一確かめては呪紋を用いて調査解析しており、浜辺で安穏としていた時より確実に忙しく働いていた。
『オイ。何だ? あの童共?』
『オメェ、知らないのか? ありゃぁ、ニアステラに囚われてるヴァルハイルの兵共だよ』
『え!?』
『いや、オメェはそういや知らないんだったな。ちょっとオレはニアステラにお偉方の用事で行った事があるんだがよ』
『ああ、この間の?』
『そうだ。何でもあの二日前から此処根城にしてるジジイが、ヴァルハイルの兵を童にして扱い易いように姿まであんなんにしたらしい』
『ふ、ふかしじゃねぇのか?』
『んなわけあるめぇ。あのジジイはな。リケイ殿と言って、ニアステラの英雄殿や遠征隊に呪紋を授けた御方なんだと。大物中の大物よ』
『おいおい……じゃあ、あの滅茶苦茶怒鳴ってた幼子って……』
『ま、知らぬがいいさ。オレ達は何も見なかった。いいな?』
『お、おぅ……』
大きな樹木の壁で隔てられた者置き場には老爺が住まう小屋が一件。
そこに少年の符札で次々やって来た機械蜥蜴な人型幼女達は目をウルウルさせて、これでオレ達もこの世とはオサラバかという顔で互いにオイオイと泣いていた。
理由は単純明快に新しい何かヤバそうな呪紋を野営地で入れられたからだ。
ついでに自分は辺境伯だとか喚く歯がギザギザで武闘派そうな全体的に尖った感じの自分達よりちょっと年上の幼女がもう頭までおかしくなってしまったのか。
『ヴァルハイルの兵が情けないぞ!!? 自害する気迫くらいみせんか馬鹿者め!?』
とか怒鳴り散らしていた当たりで『こ、こいつも辛い目にあったんだな……』と生暖かい視線で彼らは新入りを出迎えた。
そもそも自分を辺境伯なんて宣うような相手だ。
そんな大物が此処にいるわけが無いし、一人で連れて来られたので、仲間達は全滅したのだろうと察しが着いた彼らが優しくしない理由もない。
「かぁ~~なっとらん!? なっとらんぞ!? 何で敵の為に労働しとるのだ!? 此処は反抗してだなぁ!? こっそりと夜に刃物を奪って、そこらの家に押し入り、必要なものを奪って逃走し、森に潜伏するというのが―――」
未だに喚いている蜥蜴系幼女が他の幼女達からまぁまぁと諫められ、最後くらいは静かな心でいようとか言われてまた怒り出す。
自称“へんきょーはく”は教会騎士系幼女達にすら劣る非力さな上に傲岸不遜だった為、やって来てから毎日毎日“たいちょー”によってやれ『じんがいごときがでかいかおするな』だとか、やれ『ちょっとはしたがうふりくらいしろ』だとか、やれ『めしをくったのにろうどうしないのはほかのやつにしつれい』だとか……正論なんだか、労働力搾取された兵隊の悲哀なんだか分からない説教を喰らっていた。
そんな彼女は他の機械蜥蜴系幼女と違ってかなり特異な点が見受けられる。
特にその硬質な装甲部分が他の者達よりも薄く。
本当に肌に張り付くスーツのような薄さであり、その色合いも鋼色で統一されていて、装甲には紋章らしき盾や剣らしき象形がヴァルハイルでは貴族風と言われる蔦の絡まった様子で写し出され、他の者達よりもより人間っぽかったのだ。
無駄な刺々しい部分や厚い部分が排除された上で人間と同じ胴体部。
頭部も竜頭ではないが、芸術は爆発だと言わんばかりにザンバラ髪が乱れて後方に垂れているような感じであり、ギザ歯で喚く度にコロコロと変わる表情はもはや『コイツ弄ったらおもしれぇ』くらいの域で天真爛漫に見えた。
「おっと、来ましたな?」
「来た」
イソイソとやってきた少年がリケイの周囲に今回の作戦に従事する蜘蛛達を確認した。
「フレイ」
『予定通り、方々に師事し、全ての呪紋は覚えました』
金色の昆虫形態なフレイが頷く。
「ゴライアス」
『“ガシン殿に白霊石を山程満たして頂いた”……“水夫達に最もクル台本も貰っている”(。-`ω-)』
緋色の大量の白霊石のインゴットを背負い籠から降ろしたのを背景にゴライアスが頷く。
「ルーエル」
「カワイイ衣装を野営地の女の人達に作って貰ったよ♪ 夜用なんだって(≧▽≦)/」
三匹の蜘蛛達が喋る様子にガクガクブルブルしている機械蜥蜴系幼女達がギョロリと自分達を見やる蜘蛛達にヒィッと震え上がる。
だが、それでも太々しさを失わない“へんきょーはく”だけが彼ら兵を護るように両手を広げて前に出ていた。
「き、貴様ら!! やるなら我からにするがいい!! く、例え姿形は変われども!! 我が心は屈さず!!」
『“へんきょーはく”ッ、お、おまえ、そこまでおれたちのことを……』
後ろの幼女達が(´;ω;`)ブワッと一斉に涙する。
ここ数日で何だか言葉もヘナヘナと幼女っぽく舌っ足らずになった彼らはしっかりリケイの掌の上であった。
その様子に溜息を吐いた少年が前に出る。
「教会騎士も同じ事言ってた」
「あの、偉そうなヒト共が?」
「人も人外も同じように心を持ってる」
「……それが、どうした!! 我らは互いに殺し合い相反するが定めだ!! 人外同士とてご覧の有様だろうに!!」
そうアルマーニアの内部にいる自分達を揶揄してみせる彼女の反論に少年が頷く。
「だから、心まで屈して貰う。ニアステラとフェクラールにいる全ての命の為に……」
「な、何ぃ!?」
少年の片手が幼女達に向けられる。
そこには服従の呪紋の象形がしっかり刻まれており、幼女達の額にはリケイが入れた同じ呪紋が浮かび上がっていた。
「速やかにその場で着替えて配置に付く事。これから撮影を始める」
「さ、さつ、えい?」
少年のシャニドの印が眩く光を放ち。
モノ置き場となった場所に運び込まれた木箱が次々にスピィリア達によって開けられ、幼女達の意識は光の渦に融けて行ったのだった。
「さて、年齢も上げますか。どうなる事やら……」
愉しそうな老爺の声だけが最後に彼らの脳裏には届いたのだった。
*
―――数日後北部ヴァルハイル辺境伯領。
「うぉぉぉぉぉおぉぉぉ、まさか、まさか!? 辺境伯様がぁあぁあ!!?」
「ああ、何て、何てことなの!?」
機械式装甲の農夫や生身の女達が知らせを持って来た軍の官吏の話を聞いて次々に涙を流していた。
理由は発表があったからだ。
彼らの愛する辺境伯が、時に農地を視察にくれば、多くの子供達ににこやかな笑顔を向ける辺境伯が、アルマーニアの最前線において最後の最後に兵達をアルマーニアの強敵から護る為に後退を指示し、自らと共に葬った。
そう軍部が大々的に発表した。
鋼鉄騎士団内に縁者を持つ者達は噂に知っていたが、公にはまだ出ていなかった情報。
それが多くのヴァルハイルの国民に知られた事で軍の想定通り、士気は上がるだろうと目算を立てていた広報部門は自らの仕事に満足していた。
美談にしようかという者もあったが、既に必要なく事実が美談そのものであった為、事実は事実として尾ひれも付けられずに伝えられたのである。
『く、オレ軍に……』
『だ、ダメよ!? 私の可愛い息子殿!? そ、それだけは―――』
『止めないでくれ!? 母さん!!』
このように常備軍に対しての入隊希望者が爆増する事を軍の広報部は見越して、その効果にシメシメとニンマリしていたのだ。
しかし、その瞬間的な軍への入隊希望者達の列はすぐに途切れる事になる。
理由は彼らの酒場に呪紋を刻んだオーブらしきものが転がり込んだ事に始まる。
よく首都からの軍令などで使われる代物が何かの荷物に紛れてやってくるというのは中々に無い事であったが、ソレが一人手に起動するというのは更に本来は無い事だった。
だが、多くの農家が外に出ている日中。
更にはオーブが何かいつも見ていたモノとは違って緋色をしていた事に興味を惹かれて、内容を見ようとしてしまった連中は多数に上り。
玉に刻まれていた霊力を魔力に転換する呪紋が大量の魔力を瞬間的に生成して消滅。
空に巨大な映像が映し出された時、誰もが釘付けになってしまったのも無理はない。
『や~ん♪ ご主人様ぁ~~我々のような卑しいヴァルハイルの蜥蜴を御寵愛頂きありがとうございますぅ~~♪』
思わず栄養補給にジョッキの麦酒を呑んでいた農民は吹き出し、都市部で延々と労働に勤しんでいた工場労働者も噴出し、洗濯物を干していた女達も噴出し、遊んでいた子供達も噴き出す。
何だ何だと空に響く大声に誰もが屋内から窓の外を見やる。
すると、大量の映像が空に映し出され、同じ画面を延々と広げていた。
『私達ぃ~あんなゴミクズみたいなぁ~~民を使い捨てにするヴァルハイル軍なんて止めてぇ~~今は愉しく暮らしてまぁ~す♪ きゃはは♪』
年頃の少女と思われる見知らぬ種族が、何処か蜥蜴っぽいという肉体と装甲を纏ってキャッキャと笑いながらはしたないと言われるだろうくらいに際どくて襤褸い麻布の下着みたいな姿で彼らに笑い掛けて怪しい笑みを浮かべていたのだ。
『あ~ん。ご主人様ぁ~~~私達ぃ~【第一工兵師団所属隧道掘削部隊レガト】は身も心も全てお捧げしますぅ~♪』
『もぉ~ダメだよ~ちゃんと私達がソレだったって分かって貰う為にはドラクに乗らなきゃ~』
怪しい笑みで色気を振りまく少女達が何者かの脚にベッタリと張り付いていたが、すぐに場面が切り替わって破壊されたドラクの胸部に少女が一人入って生身にも見える手足を接続する。
すると、本来当事者でなければ動かせないドラクが急激に光の幾何学模様を奔らせて、起動するのが誰の目にも分かった。
『は~い。私達は本物でぇ~す♪ みんなぁ~~』
すると、今度は大量の破壊されたり、破壊されていなくても横たわったドラクが置かれた場所が広く映し出され、その中で少女達が次々にドラクを一斉起動する。
『これから私達はニアステラのご主人様の命令の下でフェクラールにいるアルマーニアさん達の為に戦ったり、隧道を掘ってヴァルハイルの首都を地下から爆破したりしたいと思いま~す♪ えへ?』
過激な事を言った少女達が何処かに座る何者かの脚の下に駆け寄ると縋るように侍って、次々にその革製の靴に口付けしていく。
『あ、私達のおねーさまもご紹介しますねぇ~』
年頃の少女達が怪しい笑みになる。
すると、彼女達の背後で何者かの脇腹に寄り添うようにしているまだ十代前半くらいだろう少女が、ギザ歯でちょっと恥ずかしそうに笑みを浮かべて、スリスリと体を摺り寄せる。
『もぉ~おねーさま~出番ですよ~』
『嫌だ!? 我はご主人様にこうして御寵愛を頂く以外の事なんてしとうない!? 毎晩毎晩ご主人様に御寵愛を貰ってずっとずっと生きるのだぁ~♪」
嬉しそうに脇腹にスリスリしながら、ドアップになった少女が妖しい笑みで画面を見つめる。
『もぉ~~じゃあ、自己紹介して下さい。ご主人様に怒られちゃいますよぉ~』
『はぅ!? そんなぁ!? ああ、怒らないで!? 怒らないでくらしゃい!? ごしゅじんしゃまぁ、ルートレットはごしゅじんしゃまの忠実なる夜の御供でしゅぅ~~』
泣きそうに媚びた少女がすぐに慌てて自分の機体の前に向かう。
ソレはバチバチと雷撃を周囲に放ちながら空に浮かんでいた。
すぐにその巨大な竜に跳躍して乗り込んだつるぺったんな少女が叫ぶ。
『はひぃ!? きょ、今日も御寵愛くらしゃいぃぃぃ!? しゅぐにじこしょーかいしましゅからぁ!?』
画面外から怒られているという様子の少女が情けなく媚びたおねだりをした後、画面に向けて自己紹介し始める。
『わ、我はルートレット。ルートレット・ブラドヘイムであるぅ!!? あまりにも情けなくて間抜けにも民の命を搾取するヴァルハイルの軍に嫌気が差していたのだぁ!!』
軍関係者が嫌な予感の後に来た現実に思わず硬直した。
『だからぁ、ご主人様に誘われてからずっとずっと機会を伺っていたのだぁ♪ お前らヴァルハイルを滅ぼす為に本当の部下達と一緒に逃げ出す時をなぁ』
ニンマリとギザ歯な口を歪めて少女は嗤う。
『どうせ軍のクソ広報共は美談にしたのだろうがなぁ。残念♪ 我は自分からあの場に残って、ご主人様の使いに土下座して、ご主人様のものとなるべく自分からヴァルハイルを捨てた証として体を素晴らしいものに変えて貰ったのだぁ♪』
邪悪で妖しげな濡れた人みの少女がクシシと嗤う。
『はぁはぁはぁ、今では毎日毎日ご主人様の御寵愛を受けて、毎日毎日幸せで満たされていて、あのクソなヴァルハイルで軍なんてクズばっかりの職場にいたのが嘘のようだぞ♪ 早くヴァルハイルの者達を鏖にして、都を炎の海にしたくてうずうずしている!! それを夢見て毎日濡れてしまうのだぁ♪』
邪悪に微笑む少女は機体を地面に着地させると機体を蹴り付けた。
『このポンコツはヴァルハイルを滅ぼすのに使ってやるから、見掛けたら幾らでも攻撃していいぞ? こんなクソみたいな力よりご主人様の素晴らしい力の方が絶対強いからな? きゃはは♪』
再び、何者かの脇腹まで戻って来た少女がスリスリと頬を摺り寄せて目を閉じる。
『以上で~~ヴァルハイルを脱出して~ご主人様のモノにして貰った幸せな私達の近況報告でした~~あ、皆さんもぉ、ヴァルハイルから逃げ出したくなったら、フェクラールに来てねぇ~ご主人様がみんなを幸せにしてくれるよぉ~~』
地面に侍る少女達がクスクスと悪意全開の笑みで画面の先の者達を見やる。
そうして、画面がいきなり巨大になった。
画面が引くと少女達の前方が映し出され―――。
「―――!!!!?」
空撮されているのか。
地の果てまでも続く大量の青白い亡霊の蜘蛛達が映し出されたからだ。
キシャァアアアアと声を上げる筋肉がムキムキな灰色蜘蛛達は誰も彼もが最初からこんな容姿ですという顔で、怖ろしい程に魔力に溢れており、軍隊のように統制されて行進し、巨大な黒い巨木と巣に向かって歩く姿は一糸乱れず統率されていた。
そして、その蜘蛛達の住まうのだろう巣の屋上にはドラクより巨大な蜘蛛達がギョロリと彼らを見ていた。
だが、その蜘蛛達の上には三匹の蜘蛛が乗っている。
圧倒的な魔力を立ち昇らせて、ゲタゲタと嗤うように啼く蜘蛛達の上には更にウルガンダが虚空に浮かんでおり、画面に向かって糸を拭き付け……全てが蜘蛛の暗闇に消えた。
「………母さん。オレ、フェクラールに行くよ!!」
「息子殿ぉおおぉぉぉぉぉぉぉおぉ?!!!」
刺激的なPVを見た多くの者達が絶望し、一部の者達は精神的に錯乱し、ヴァルハイルはいきなり空前絶後の大混乱に陥った事で彼らが苦心している戦線が僅かに押し戻されたのだった。