流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第45話「フェクラールの豪傑Ⅲ」

 

―――ヴァルハイル首都皇帝城。

 

 ヴァルハイルには王城がある。

 

 正確には皇帝城であるが、彼らの君主である男は聖王と呼ばれている為に王城と人々は俗称している。

 

 また、王家は皇家とも呼ばれるが、その事実の大半は彼らが滅んだヴァルハイルの元皇族を祖とする者達だからであって、実際には新しい島の北部にあるヴァルハイルは王国、その君主の一族は王族という事になっている。

 

 そんな城の正面。

 

 巨大な塔で城塞でもある城本体は隠されていた。

 

 背後には山脈によって守られた天然の要害があり、同時に関として山岳部と平野部へと続く道を隔てる場所ともされている。

 

 その内部は神殿のような創りになっている事はよく知られた話だ。

 

 そんな城の一室。

 

「何という事だ……」

 

 そう聖姫殿下と呼ばれる少女は沈鬱な表情を浮かべていた。

 

 周囲には5人の重鎮である男達がいる。

 

『“エレオール聖姫殿下”』

 

 五人の男達の一人。

 

 丸い円筒形箱型に中年の姿を浮かべている恰幅の良い50代の男が慰めるように声を掛けて、すぐにそれ以上は何も言えなくなる。

 

「済まぬ。ヴェルゴルドゥナよ。貴殿の戦を邪魔したな」

 

 エレオールの言葉に樽が首を横に振る。

 

「“問題はありませぬ。それよりも我が配下からこのような裏切り者が出ようとは”」

 

「裏切ったのか。裏切らされたのか」

 

 そう呟いたのは黒い装甲と全身を持つ竜頭を男だった。

 

 機械化されていない片腕が口元にお茶を流し込むと首元から蒸気が僅かに漏れる。

 

「どちらでもいい。問題は軍の士気が下がった事だ」

 

 そう平然と言ったのは竜角を頭部に持つ機械化されたところが見受けられない男だった。

 

 白い竜鱗が浅黒い肌の体表には幾らか見えている。

 

『エーベンヌ卿、ラグス卿、少しは深刻そうな顔をしては?』

 

 エーベンヌと呼ばれた黒い装甲の男とラグスと呼ばれた白い鱗の男はどちらも年齢不詳ながらも何処か抑揚のない枯れた声。

 

 新参者である蒼き装甲の騎士ヴェルギートの方を見やる。

 

「十中八九、服従の呪紋だろう。問題はウルガンダだ。そして、貴殿が報告したニアステラの英雄とやらもどうやら見過ごせぬな。最も問題なのはそれがアルマーニアや北部の連中と手を組む場合だ」

 

 巨大な浮かぶ剣が呟く。

 

 その剣身の表面には白髪の50代程だろうナイスミドルの竜角の壮年が映っている。

 

『ガーハイル卿。貴殿の見識は讃えるが、何か策は?』

 

 そのヴェルギートの問いに彼が目を細める。

 

「これは戦略的に明らかな陽動だ。だが、軍全体で見れば、陽動だろうとも納得が得られない限り、不合理な動きに成らざるを得ない」

 

『各軍管区が疑心暗鬼になっていると聞く』

 

「それはそうだろう。ルートレットは地方軍管区、辺境伯達の纏め役だった。主力をそちらに頼っている以上、何処が再び裏切るかという話になる」

 

『統制が効かぬと?』

 

「そもそも今回の件で軍の権威が失墜した。軍広報部の連中は色々と反論しているし、多くの国民に先日の事は敵国の作り話だと言い聞かせてはいるが、ドラクは一人一機、絶対に他の者には乗れないと喧伝していたせいで信憑性は増すばかりだ」

 

 ガーハイル。

 

 剣の男がそう肩を竦める。

 

「戦域全体で見れば、今回押された面は全体の1割にも満たない。しかし、兵達の動揺はそれ以上のものがある。士気の低下は戦域の敵反抗作戦の実施をより楽にするだろう」

 

 黒い装甲のエーベンヌがそう現在の問題を指摘する。

 

「隧道掘削の為の部隊には新鋭の者達と技術が使われていたと聞く。ヴェルゴルドゥナ卿の肝入りだったな」

 

 白い竜鱗のラグスがそうチラリと樽の男を見た。

 

「“心配せずとも情報部に内部監査は頼んである”……“我が身の不徳を疑われても仕方ない”」

 

 そこで空気が更に重くなった。

 

「疑い合うのは止めましょう。どの道、お兄様達を討たれた時点でヴァルハイルの損失は過大です。生き残った方々の事も含めて……。ヴェルギート。彼らが北部に来る可能性は?」

 

『ハイ。大いにあるとだけ』

 

 エレオールの言葉に頷きが返る。

 

 そして、僅かな沈黙の後。

 

「……近衛を全て各地方に派遣。【四卿】は直ちに出陣し、敵野戦軍の撃滅及び、早期の併合を」

 

『お待ち下さい。御身の危険が大き過ぎます』

 

「その為の貴方です。また、同時にお兄様達を高都に呼び戻します。これならば、民や軍も納得するでしょう。それに十分継承権争いはしたはず。生き残った者にもまた休養が必要です」

 

『……ですが、【四卿】全員での出撃は……高都の防衛力を著しく落とします。敵の隠密部隊や諜報軍の侵入を許した場合、聖王閣下の身にも危険が……』

 

「閣下は……未だにあの場所から出て来ておりません。心配は無用です。呼び掛けても応答が無く。今は世俗の事にも無感心のようでもある」

 

『………』

 

「期限を区切りましょう。兵站の限界から見ても後3ヶ月。この状況が打破出来ず、併合出来なかった場所に付いては早期講和もしくは停戦の用意を。無論、その戦域に派遣された者も直ちに帰参させます。これに異議のある者は?」

 

 沈黙を以て誰もが答えた。

 

「よろしい。エレオール・ヴァルハイルの名で各軍管区への指針として明日までに命令書を届けさせましょう。後は各自の裁量で行って下さい。フェクラール及びニアステラの一件はこちらで情報部と共に処理しておきます」

 

 少女の声に誰もが頭を下げてから席を立ち。

 

 そのまま四方の扉へと消えて行った。

 

『……御身のご命令を果たせず。不甲斐なく……お許しを……』

 

「我が騎士【正統なるヴェルギート】……多くの情報を持ち帰り、敵の首魁と思われる者達の戦力を図って来た働き見事だった。よく無事で……」

 

 先程までの姫としての姿とも違う様子となったエレオールが頷く。

 

『イイエ。ハイ。ですが、敵の水準は極めて高く。お渡しした情報通り、ニアステラに至っては完全に変貌を遂げており、我が軍団でも恐らく容易には落とせぬかと』

 

「まずは相手を知るのが先だ。角の騎士の言葉に偽りが無ければ、相手は西部に廃棄した例の護符すら持っている」

 

『―――アレですか?』

 

 僅かに蒼き騎士が固まる。

 

「元々、聖王閣下が角の騎士に封じるよう命じたものだと聞いている。アレそのものは旧い護符に過ぎぬが、聖域への道を封じた鍵でもある」

 

『……すぐに首都の防備を固めます。また、強行偵察部隊を編成し、相手方の能力調査も共に……』

 

「頼む……それと……」

 

『ハイ』

 

「……あ、あの者達は本当にあのような事をしているのだろうか?」

 

 思わず目を逸らして少し頬の赤い少女の問いに何とも言えない間が流れる。

 

「敵の情報戦に惑わされてはなりません。そのような事をされているとしても、あの者達に関しての話はデタラメな可能性も捨て切れません」

 

「そ、そうだな!! うむ……あ、あんな、男達を我が歳と変わらぬくらいの少女と変えて侍らせるなど、あ、悪魔の所業だ。そんな鬼畜の技を平然とするならば、お前の見たニアステラの英雄とやらの格も知れるというもの」

 

『ハイ。必ずや打ち破る策を以て討伐してご覧に入れましょう』

 

「ああ、我が騎士ヴェルギート……お前も気を付けるのだ。あの【鋼鉄騎士】を打ち負かし、篭絡した手際。お前が心配だ……」

 

『勿体なきお言葉。痛み入ります』

 

 こうしてヴァルハイルは新たな局面に入り、フェクラールとニアステラ。

 

 二つの地域に対しての備えをする為に多くの資源を戦線に供給出来ず。

 

 ゆっくりと動きを鈍らせ始める事になる。

 

 それと引き換えに前線へと赴く【四卿】の出陣は取り沙汰され、遂にヴァルハイルの奥の手が出て来ると各種族達は戦々恐々とする他無いのだった。

 

 *

 

「「ア~ル~ティ~エ~!!?」」

 

「……コレ(*´Д`)」

 

 フィーゼとレザリアが物凄いジト目で少年を見ていた。

 

 しかし、少年はコレ、コレと台本を2人に差し出す。

 

 凶悪な元海賊的な水夫達がニヤニヤしてしまうような台本を書き上げたのであり、色々と少年から注文は付けたが、自分で考えたんじゃないと全否定である。

 

 しかし、水夫達も『おっかしいなぁ? こんなの書いたっけ?』という具合に記憶が曖昧であり、少年の傍を近頃ウロウロいている妖精はニンマリ見ていた。

 

『(ああ、我が契約者……素敵でしたよ……♪)』

 

 悪戯好きな妖精は性悪というのは旧い御伽噺に記されるくらい事実だった。

 

 こうして相手を現地に釘付けとして士気を落とす為の広報映像を見て、ようやく帰って来た幼女達の様子がおかしい事に納得のいった少女達であった。

 

 まだ睨まれている少年から離れた浜辺では元のサイズに戻された幼女達……ヴァルハイルの兵が廃人の如く浜辺に手を付いて今日も泣きに泣いていた。

 

『も、もうころしてくれぇ……』

 

『かえれない!? もうこきょーにかえれないじゃないかぁ!?』

 

『あぁああぁあぁあ!!? オレはちょーあいとかうけけてないんだぁあ!!』

 

『ひっぐ、ふぐぅ……ですぅってなんだぁ!? オレはおとこだぞぉ!?』

 

 男としてもヴァルハイル人としても絶望的な状況下に置かれた彼らにはもう故郷に帰って言い訳するという選択肢すら無いのである。

 

「おまえらぁ~~ないてるひまがあったら、ちゃんとしごとしろぉー」

 

 それに比べて元教会騎士達は仕事まで投げやりになりつつある機械蜥蜴系幼女達を次々に今日の糧の為だと働かせており、肝の座った様子は年期が入っている。

 

 勿論、背中に汗を浮かべて、同じ事されたらやだなぁという顔にはなったが、例え何であろうとも自分達は教会騎士だとやたら強固な自我を持つ彼らは微妙に変質しながらも人外とはいえ、今は同胞のようなものである彼女達をとにかく励ますやら宥めすかすやらしていた。

 

「お前達!? 何を泣いている!! 泣く暇があったら、体でも鍛えんかぁ!!?」

 

 しかし、一人だけヤケクソ気味に走り込みをするやら、樹木相手に格闘戦をする幼女がいた。

 

「わ、我々が例えどのような末路を辿ろうとも!! ヴァルハイル魂を失えば、それはもはや我らではないのだ!! わ、我とてなぁ!? おねーさまとかぁ!? 寵愛とかぁ!? クソゥ!? あのご主人様めぇ!!?」

 

『え?』

 

 恥ずかしさに顔を真っ赤にして怒った“へんきょーはく”が他の同胞達の視線と声に口を押えて、思わず蒼褪める。

 

「あ、あの、ご主人様めぇ!? ッッッ?!!」

 

 もう一度、息を吸って何かの間違いに違いないと叫んでまた口が覆われた。

 

 そこでようやく服従の呪紋の効果が単純に操られる事だけではないのに気付いたらしく。

 

 誰も彼もが口汚く少年を罵ってやろうと口をパクパクさせたが、口から出掛かる『ご主人様』の文言を止められず、慌てて両手で塞ぐのだった。

 

「ふぐむごもぉ!!?」

 

『ふぐむごもぉ!!?』

 

 幼女達はそうして両手で抑えながら、遠くで少女達ときゃっきゃしている(他者視点)少年を涙目でプルプル見つめる。

 

「まったく、しばらくだめそうだな。あいつらのぶんはわれわれがするぞ。きもちがわからないでもないからな」

 

「たいちょー。いいのか?」

 

「たとえ、じんがいだろうとわれらはいまおなじくなんをともにするもの。ひとのいたみをわからぬようになったら、われらはけものとかわらぬではないか!!」

 

『い、いっしょうついていくぜ!! たいちょー』

 

『あんたのいうとおりだよ!? たいちょー』

 

『あんたこそがほんとうのえいゆうだ!!』

 

 幼女達の中でこうしてまた“たいちょー”の株は鰻登りに青天井で上がっていくのだった。

 

 *

 

「………(-_-)」

 

「………(=_=)」

 

「………(T_T)」

 

「………(・ω・)」

 

 北部勢力。

 

 種族連合のお歴々は殆ど諦めたような域の顔で自分達の死山血河の防衛線で出来なかった事を達成してしまったニアステラの策を前に映像や紙の資料の内容を精査していた。

 

 影の状態のまま。

 

 数名の者達が他の者にどう報告しようかという顔になっているのは気配だけで分かろうというものだ。

 

 何せ彼らが出回らせたソレは北部全土に広がっており、その映像を見てしまったヴァルハイルの兵達の士気はガタ落ち。

 

 だが、逆に彼ら脱出を試みる者達の中にも西部への移住に懐疑的な者が出た。

 

 それはそうだろう。

 

 ヴァルハイルの重鎮である鋼鉄騎士が何の因果か。

 

 アルマーニアの撤退戦で死亡したと思っていたら、機体と一緒にニアステラに鹵獲されて、肉体を変質する呪紋と服従の呪紋を使われた挙句に……あんな映像に出て邪悪に笑うのである。

 

 ついでとばかりに巨大な力を持つ蜘蛛達の軍隊とその巣の威容。

 

 最後に滅ぼされたウルガンダが生きていたというのも彼らにしてみれば、まったく驚愕を何度重ねればいいのか困る映像であった。

 

「それで? ニアステラからは?」

 

「アレは敗北したウルガンダが何処かに自らの肉片を置いて本体が消滅した後に自らを復元した個体だとの話。一度ニアステラの英雄に敗れ、現在は従属契約を結んでおり、彼が死なない限りはウルガンダそのものが暴走する危険性は低いそうです」

 

「さすが伝説の魔蟲……肉片が何処かにあるだけで再生するのか……」

 

「また、ニアステラの英雄が用いる蜘蛛脚によって東部の亡霊達を蜘蛛化した後、神格が干渉する契約で人型化しているそうで、蜘蛛の姿が嫌なら人型で過ごしてもいいと」

 

「ヘクトラスからは?」

 

「少なからずニアステラを敵に回すような謀は全て破棄したと」

 

「それで? 代わりのように遺跡の解析の成果が出たと?」

 

「日で5000……これならば、十分な数を逃がせよう」

 

「フン。アルマーニアとニアステラ側へ頭を下げてな」

 

「今はそう不満を言っていられる状況ではない」

 

「解っている!! 高都に潜らせている草から【四卿】の出撃が確認されたのだからな」

 

「……10日で5万……逃がせても、各種族合わせて100万は超えない……兵士達以外の技能と女子供の上から能力が高い順番というのも……不満しか出ていない」

 

「それでも全て滅びるよりはマシだろう」

 

「それで……あの大量の蜘蛛達が蔓延る場所に定住せよと?」

 

「少なからずアルマーニア側からは人よりも賢く。同時に能力があり、昼夜無く働いてくれている上に彼らの身の安全も護ってくれると信頼されている」

 

「神聖騎士と伝説の亡王を蜘蛛化したとなれば、一軍にも匹敵するだろうな……その上、全てニアステラの英雄とやらの眷属であるとすれば、もう軍と左程変わらんだろう」

 

「故に慎重とならざるを得ない」

 

「我らが機嫌を損ねて蜘蛛にされる方が襲われるより、よっぽどにありそうだ」

 

 各員の肩が竦められる。

 

「しかも、相手はノクロシアを含めて、島の地下の地図を押さえているらしい。妖精すら匿っているとの話まである」

 

「―――妖精、か」

 

「事が事だ。ヘクトラスからはこの情報だけはヴァルハイルに渡すなと言われている」

 

「だろうな。“聖域の鍵”がウロウロしていては西部への進出も時間の問題だろう」

 

「……それで何故最初に特定の種族を送り出す事にした?」

 

「長老に最初から頼まれていた事だ」

 

「だとしても、三種族のみというのは他の連中からの不満が大きい」

 

「なら、最初にひ弱な種族が西部に行って安全かどうか確認してくれるのかと言ってやれ」

 

「まぁ……奴らなら大丈夫だろうが……」

 

「巨人族【タイタニア】……吸血種【ブラッディア】……希竜人【ドラコーニア】……どいつもこいつも旧き者達から与えられた名付き。数が少なくて助かるとも……ああ、連中がもっと兵を出してくれれば、何も言う事は無かった」

 

「止めろ。どの道、連中が大量に出てたらヴァルハイルが早期に【四卿】を投入していた。巨人族に至っては今や総数は1000以下……戦士はその内の5分の1以下だ」

 

「第一と第四皇太子を討ち取っただけで大戦果。アレ以上を望めば、そもそも逃げられていた可能性もある。種族連合の限界だ。希少な同輩を戦場に送った以上は今後も人材を出す交換条件は必須。ヘクトラスが言うまでも無く。裏から話は付いていたと見るべきだ」

 

 彼らが押し黙る。

 

「………(-_-)」

 

「………(=_=)」

 

「………(T_T)」

 

「………(・ω・)」

 

 こうして、新たな北部からの風が西部へと流れ込み始めたのだった。

 

 *

 

―――西部フェクラール北端アルマーニア自治区【オートレル】。

 

 西部の最新PVが撮影された後、

 

 次々に西部に流入する難民の為にアルマーニアは街区を拡充し、今や昔の神の使徒達の長から名前を取ってオートレルと街区は呼ばれていた。

 

 広がり続ける街区の大半は石製であり、巨大な山岳の岩壁をスピィリアとディミドィア達が共同で石切り場で昼夜無く切り出す事で石製の道と壁を使った家屋が一日数百件規模で造営されており、何処も彼処も土建作業中。

 

 蟲形態な蜘蛛達で一杯であった。

 

 そんな最中、一際目を引く新しい場所が壁際の東部域に立てられた一角にある。

 

 それは巨大なドーム状の神殿にも見える。

 

 元石切り場を掘り抜いて造られた構造物だ。

 

 凡そ10m以上の存在が使う事を想定して建てられた構造物は神殿のようではあったが、とにかく広く造られており、蜘蛛達が不可糸と竜骨も用いて建造。

 

 2日で立てたにしては巨大な全長1km近い広さはあった。

 

 半ば、山岳に埋もれるようにして作られており、創りが頑丈な為、もしもの時の避難先としても運用される事が決まっている。

 

「くーも、くーも、ふふ……」

 

 巨大な少女が一人、パタパタと歩きながら、今も天蓋を完成させる為に天井で作業をしているスピィリア達の下。

 

 大きな椅子に座って脚をブラブラとさせていた。

 

 全長で5m程の彼女は巨人達が衣服を殆ど着ないというのとは対照的に全身にモコモコとした着ぐるみ染みた白い上下とフード付きの外套を着込んでいる。

 

 その肌は白く。

 

 巨人達の肌がゴツゴツとした装甲のようなものに覆われているのとは対照的に人間の肌に近いのが分かるだろう。

 

 まだ10代前半くらいだろう少女は男しかいないと言われている巨人達からすれば、半分程も細く。

 

 体型もガッシリとした巨人の成人男性からすれば、まるで違う種族のようにほっそりとしている。

 

 大きさだけではなく。

 

 種族的な特徴も持ち合わせない少女は周囲の巨人族の大人達が巨大なドーム内のあちこちで自分達の住まう為の家具の立て付けやら造られた寝台やら部屋を区切る為の石製のパーテーションを内部に運び込む様子に微笑んでいる。

 

 唯一、彼女が巨人族の中でも王族などに見られる特徴である白い髪や肌、黒々とした瞳をしている事だけが彼女の出自を証明していた。

 

 クルクルと丸まった羊毛にも見えるくせっ毛が緩やかに背中で揺れる。

 

「う~ん。おねーさまが言ってた通り、貴女って見れば見る程に巨人族って柄じゃないよね~」

 

 巨大な少女の前にあるテーブルの上。

 

 ティーカップらしいモノの柄に腰を下ろしている少女が肩を竦めていた。

 

 銀髪のショートカット。

 

 フリルの付いた紅の上下は半袖に短いスカート姿。

 

 やたら金糸が使われて北部では貴族風である武具などに蔦が着いた意匠が各所に入れられており、その武具は牙の象形。

 

 両手両足の装具は格闘の為のものなのか。

 

 幼い拳を保護する指の出たグローブに厚いゴム製らしき靴まで履いている。

 

 だが、拳よりも怖ろしく見えるのはその鋭い両手だろう。

 

 形は人間と同じでなのだが、指先は金属質の装甲が連なったかのようで爪は短いものの、その切っ先は鋭利だった。

 

 顔は何処か高貴なのだが、妖しい少女は長い犬歯を見せて、何処か悪戯っ子ようなに笑みを浮かべる。

 

「そーう?」

 

「そうそう……わたしもまだ13だけど、長命な巨人族で10歳って言うのもスゴイ珍しいし」

 

「ん~?」

 

「貴女なーんにも知らないの? 巨人族って言うのはねぇ。長命で子供を男女で造らないから、一人親の戦士が儀式で子供を増やすのよ? だから、他の種族と違って大昔からあんまり世代交代してないんだって、おねーさまが言ってたわ」

 

 得意げに話す活動的そうな少女に羊毛っぽい巨人少女が首を傾げる。

 

 よく分からないという顔であった。

 

「こらぁ~何を純粋なメルさんへまた吹き込もうとしてるんですか!! エネミネさん!!?」

 

「あれ? メルってメイって読みじゃなかったっけ?」

 

「巨人語は略称や一部の母音が曖昧でもいいんですよ。戦場言葉が主流だったので。って、そうじゃなくて!?」

 

 遠方からバッサバッサと羽搏いて来る人型が一人。

 

 大きな竜の尻尾をぶらんと垂らして懸命に三対有る翅で飛んでティーカップの淵に立った。

 

 機械化された蜥蜴人間っぽいヴァルハイルの殆どの民には翼が無い。

 

 竜頭もしくは竜角と時折、優秀な血筋の者に1対の翼が生えるかどうかというのが彼らの姿であり、竜の鱗も多くは受け継がない。

 

 しかし、2人の少女のところに跳んで来た彼女は違った。

 

 竜頭と竜角は無く。

 

 三対の透明な翅らしき細く半透明な明るい黄色の翼はソレが物体ではなく魔力だと見る者が見れば、理解するだろう。

 

 ついでに巨大な尻尾はあるが、鱗が無く。

 

 これもまた半透明で翼と同じ色合いをしていた。

 

 どちらもまるで工芸品のような文様が浮き出ており、竜というよりは妖精に近いようにも見える。

 

「はぁ~~小煩い行き遅れがまた来たよ~~」

 

 やれやれと首を横に振るエネミネと呼ばれた少女が肩を竦める。

 

「いき―――こ、これでも私はまだ18歳です!?」

 

 思わず憤慨した彼女が顔を引き攣らせる。

 

 透明感のある黒みのある金髪を背中まで伸ばした彼女は小さな丸メガネの下で目を怒らせた。

 

「やーい。クーラのイキオクレー」

 

「イキオクレー?」

 

「な、何を教えてるんですか!? メイさん!? 私はイキオクレーではなく。先生!! 先生ですから」

 

「せんせー?」

 

 白い巨人族の少女がやって来た彼女クーラに首を傾げる。

 

「ええ、そうです。私はこう見えて、お二人の保護者の方からしっかりと教育係を請け負っている立派な教師役なのです。うんうん」

 

 胸を叩いて逸らすエッヘンと言いたげな彼女の胸は実際豊満だ。

 

 ついでに腰まで細いし、臀部もしっかり安産型だ。

 

 ワンピースタイプのドレスは仕事用なのか。

 

 暖色系の暗いベージュ色だ。

 

 しかし、薄い布地でピッチリしており、下着の線までしっかり浮いていたりする。

 

 クーラと呼ばれた彼女は自覚が無いようで肉体美をしっかり周囲へ見せ付けていた。

 

「………はぁ、出会って2日のせんせー、ね?」

 

 その体型の良さと自分を見比べたエネミネと呼ばれた全体的に貴族っぽい少女が溜息を吐く。

 

「エネミネさんとメイさんにはこの【ドラコーニア】の賢者。クーラル・ドラコ―ニアがしっかりきっちり手取り足取り女性としての基礎をお教えしますからね?」

 

 フフンとメガネをキラリ輝かせたクーラが学習させてやる学習させてやると呪い染みて今日のお仕事を開始しようとした。

 

 彼女の仕事は正しく女性教育であり、年頃の少女達に色々と教える為に雇われたのだ。

 

「せんせー。がくしゅーよーのお部屋がありませーん」

 

 投げ槍にそうエネミネが真実で彼女を攻撃する。

 

「うぐ?! こ、個室は後回しなんですから、仕方ないでしょう!?」

 

「じゃあ、お外に行くのがいいとオモイマース」

 

「昨日、喋っていたら、いつの間にか逃げてたじゃないですか!?」

 

「それはせんせーが話し出すと回りが見えなくなるせいだとオモイマース」

 

「くぅ……痛いところを!!? で、でも、今日はしっかり聞いて貰いますからね!!」

 

「えぇ~~クーラの話つまんない。ね~メイ~」

 

「う~?」

 

 巨人族の少女メイは首を傾げる。

 

「はぁぁぁ……もぅ、どういう話なら聞いてくれるの? エネミネさん」

 

 仕方なく少女達に最初に興味を持ってもらうのが先かとクーラが訊ねる。

 

「え? う~~ん。あ、そうだ。ニアステラの英雄の話してよ。大人達が言ってたヤツ」

 

「単なる噂話じゃないですかソレ……仕方ありません。じゃあ、今日は外で授業します。付いて来て下さい。昨日みたいに途中でいなくならないで下さいね?」

 

「「はーい」」

 

 こうして巨大なドーム内部からイソイソと彼女達は出掛ける。

 

 目指すのは街区の端がそろそろ届きそうな最も近い黒蜘蛛の巣であった。

 

 *

 

「ニアステラの英雄と呼ばれている存在はどうやら流刑者だったようです」

 

 三人はメイの肩にエネミネが乗り、クーラは地表を浮遊しながらという形になった。

 

「知ってるよ~アレでしょ? スゴイ素質があって、すぐに呪紋を覚えて強くなった挙句にウルガンダ倒しちゃったんでしょ?」

 

「いや、もう詳しく知ってるじゃないですか!? エネミネさん!?」

 

「え~、大人達が言ってるようなのじゃなくて、もっと深いところが知りたいなー。物知りなクーラ先生は知ってるよね~? まさか、知らずに説明したりしないよねぇ~?」

 

 ニヤリとしたエネミネを見て、クーラがようやく自分が何をどれだけ知っているのか試されているのだと理解した。

 

「ふ……そうですね。ええ、ニアステラの英雄は確かに流刑者でスゴイ素質の持ち主。あの伝説の魔蟲ウルガンダを討伐し、従えたとなれば、戦士としても最高峰という事になります」

 

 メガネを抑えて、先生をする彼女は情報を脳裏から引っ張り出す。

 

「それでそれで?」

 

 クーラの瞳がキラリと煌めく。

 

「ニアステラの英雄にはお嫁さんがいます!!」

 

「そーなの?」

 

「そう~?」

 

 2人が感心を寄せた様子で訊ねるのに内心でシメシメという顔になるクーラであった。

 

「ええ、それもアルマーニアの当主。その妹さんです」

 

「え? こっちに来てすぐ結婚したって事? 手ぇ早過ぎぃ……」

 

「そういう事ではないのですが……」

 

「じゃあ、どーいう事なの?」

 

「アルマーニア側は当時、西部へと来た時、ニアステラ側が陣取っていた場所に攻撃を仕掛けて返り討ちにあったそうです」

 

「へぇ~~あのワンちゃん達がね~」

 

「アルマーニアはこの時、最も強い氏族最強の男とその郎党を送り込みました。ですが、彼らが一人残らず死体で返され、同時に不意打ちで相手を襲ったと言われたとか」

 

「それでどうして当主の妹がお嫁に行ったの?」

 

「簡単です。彼らの強さが尋常ではない事を感じ取った当主がニアステラとの戦争を回避する為に頭を下げて、彼らとの交渉団を逸早くに送った事からそうなったと聞きました」

 

「要は想定してたより強くて人質を出したの?」

 

「いえ、交渉中に反乱があったそうで、互いの情報交換をしていて、神降ろしの情報を教えてしまった後にニアステラへ攻め入る一団があり、それを鎮圧後に譲歩する形で輿入れしたとか」

 

「つまり、運が無かったの? そう言えば、おねーさまがアルマーニアの今の当主は若輩って言ってた」

 

「ですが、結論として最良の選択をしたと言えるでしょう」

 

「ま~あの蜘蛛全部眷属とか。明らかにオカシイもんね」

 

「ん~?」

 

 彼女達が歩く道の周囲には街区の造営中である蜘蛛達があちこちの石切り場から運び込まれて来た巨大な岩の塊を加工し、次々に組み合わせて家の土台や道を敷く作業をしており、彼女達が通り掛かって歩き去る間にも道端は舗装され、大量の土砂や岩が精霊に選別して寄り分けられ、必要な現場に運び込まれていた。

 

「また、ウルガンダの能力によって強者を取り込む事で怖ろしい蜘蛛を量産出来るとも言われていて、噂では御伽噺の亡王エンシャクすらも打ち倒して、蜘蛛として自らの戦力にしているとか」

 

「え? あの御伽噺の? グリモッド滅ぼしたヤツの事でしょ?」

 

「エンシャクさんは~まもってる~エンシャクさんにつかまるな~むしのおばけにされちゃうぞ~♪ たいじゅのおばけにくわれちゃう~よるにねないこつれてかれ~♪」

 

 メイが北部の童謡を謳う。

 

「メイさんの言う通り。グリモッドにおいて我らの祖先と争った彼の王は地表から姿を消し、当時の人々を地の底に引きずり込んだと言われています。ですが、それは真実だったとか」

 

「へ~~じゃあ、冥領もあるって事?」

 

「ええ、仕入れた話では今や冥領とニアステラが繋がっていて、蜘蛛達の道があるんだそうです。北部では多くの種族が御伽噺と言っていましたが、旧い種族程にいつかエンシャクの軍と戦う時の為に多くの備えがされていたのです」

 

「おもしろーい♪」

 

「そっかな? う~ん……そもそもエンシャクさんがどれくらい強いか分からないし、単なる昔話としか他の種族の子みんなが思って無かったけどなー」

 

「今も存在し、霊達を誘っていると言われる“緋王”ことエルガドナ・レイフェット王は実在の人物であり、恐らく未だグリモッドの自らの城にいるとされています。彼の御伽噺で出て来る亡者の王はエンシャクの事なのです」

 

「グリモッドを継ぐ者。この島で最後に死ななきゃいけない存在、だっけ?」

 

「ええ、この島で緋霊として生まれる者は殆どいませんが、いないわけではありません。ですが、その殆どが緋王の血筋や何かしらの縁を持った種族に彼の魂の一部が転生して出現しているというのが術師達の間では専らの噂です」

 

「死んでないのに魂が転生するの?」

 

「彼は自らの魂をこの島の輪廻の輪に分けて投げ入れていると言われています。いつか、自分と同等の存在が産まれて来るようにと……」

 

「ひおーさまはひとりきり~♪ ろうにゃくなんにょをいっしょくた~♪ こいしたひともゆうじんも~おやもはいかもいっしょくた~ともにうたかたあわせうた~♪ いつかもどりてうまれこん~♪」

 

 メイがまた童謡を謳う。

 

「そうそう。それです。上手ですね。メイさんは」

 

 パチパチと拍手されて上機嫌なメイはルンルンと揺れる。

 

「ちょ、危ない、危ないってぇ~~」

 

 エネミネが思わず揺れて少女の首にしがみ付く。

 

「ふ、ふぅ、それで話が逸れてるんだけど」

 

「おっと、これは失礼しました。今現在、緋霊として北部で知られているのは【謀略のヘクトラス】。【奇眼族ヴァロリア】の現在の長。そして、今嫁いだとされているアルマーニアのヒオネ姫だけです。故に最初に教えておこうと思いまして」

 

「あのロクガンオー様がねぇ。知らなかった」

 

「ふふふ、公言してませんからね。あのお方は……」

 

「何でクーラは知ってるの?」

 

「秘密です」

 

 そう先生役の彼女はウィンクするのだった。

 

 こうして彼女達が黒蜘蛛の巣へと歩いている最中。

 

 その向かう先の巣の頂上には灰色のムキムキ蜘蛛が一匹。

 

「………“北部からの風が変わったか”(。-`ω-)」

 

 北から南東部へ流れていく霊の流れを見やりながら、巨体をムニムニと自分の脚の関節を自在に動かしつつ、足先で揉んでいた。

 

「“この輪の効果は絶大”……“後しばしの辛抱”……“我が前世の願い程度は訊いてやろう”……“我が主の戦いに資する限りにおいてな”―――【亡王エンシャク】」

 

 彼は一人呟きながら。

 

「(。◎`ω◎)」

 

 ギョロリと瞳だけ、本来のモノにしていつもよりも遠方まで見やる。

 

「――――――それが心残り、か。いいだろう……道は開かれた……“正しく死ねる世界”……それが貴様にとって最後の戦いか。狙う神は……救世神? ならば、征くがいい」

 

 蜘蛛の前に不可糸によって肉体が形作られていく。

 

 それは嘗て冥領にて少年達が打ち破ったはずの強大な存在に見える。

 

 ソレが魔力を封入され、呪紋を付与された瞬間、瞬時にその場から消え失せた。

 

 だが、一本の糸だけがムキムキ蜘蛛の前には虚空に融けながらも張っている。

 

 蜘蛛は沈黙する。

 

 そして、目を閉じてしばし北部で起きる騒乱を聞く事にしたのだった。

 

 *

 

―――北部中央域オクロシア首都エンブラス【黒二重城】正門。

 

「ヘクトラス様。御戻りで?」

 

「此処でまだやる事が出来たのでな」

 

 北部に大小ある邦々の中でもオクロシアは中堅国程の領土を持つ邦。

 

 主に眼球を発達させた人外。

 

【奇眼族ヴァロリア】達の住処である。

 

 ただし、彼らの姿は多種多様だ。

 

 あちこちの種族の者達が寄り集まったような節操の無さがある。

 

 理由は明快に彼らが多数の奇異の瞳を持つ者達で構成され、肉体の本来の種族的扱いは別にカテゴリされるからだ。

 

 だから、アルマーニアの【奇眼族ヴァロリア】もいれば、巨人族もいる。

 

 他にも多数の種族から魔眼、奇眼、多眼と呼ばれる者が此処には集まっている。

 

 元々は北部で吉兆や強者となれる素質がある存在が争いを呼ぶ事から、各種族の教導隔離地域としてオクロシアが設定されていた。

 

 それが邦となったのは数十年前の事。

 

 左程多くなかったオクロシアの住民達は同じような存在と交わる事で増え、一国程もある共同体を形成し、他種族に対して国家としての独立を叫んだ。

 

 結果、何度か鎮圧しに来た敵を撃退した事で他種族は済し崩しで彼らの国家としての地位を認め、今後も異常な瞳がある者を受け入れる事を条件に独立を容認。

 

 現在に至っている。

 

 若い邦という事で城もまたそう大きくない。

 

 中央地域の荒れ地に広がる中堅国となれば、食料生産が少しでも損なわれれば、飢餓待った無しである為、裕福でも無い。

 

 だが、それ故に最も強く。

 

 同時に謀略に長けた者が王として選抜され、今日も彼らは生存していた。

 

 精々が巨大な要塞一つ程度の王城は黒い壁で立てられており、その殆どの地表施設は防衛設備しかない。

 

 彼らの居住区他の殆ど、生活に必要な設備は地下にある。

 

 故にオクロシア……伝説のノクロシアのようになれと付けられた国家唯一の城は【黒二重城】と呼ばれて地表と地下でどちらも異様とされている。

 

「灯りはお持ちしますか?」

 

「いや、いい。城の者達の様子は?」

 

「王の言を疑う者はおりませんよ」

 

「そうか……西部はこれから地獄になるが、此処よりはマシだと思いたいものだ」

 

「無論、付いて行きますとも」

 

「苦労を掛ける」

 

 城の中は全てが黒い。

 

 あらゆるものが黒く塗られ、あらゆる生活用品に黒以外の色は無い。

 

 例外は水だけという有様なのは全て敵に全容を見せぬ為だ。

 

 彼らの大半は瞳を発達させ、殆どが夜目どころか真なる暗闇ですら赤く光らせた瞳で何もかもを見渡す事が出来る。

 

 この為、敵を幻惑し、全てを闇に沈める城は今も難攻不落として名高い。

 

 地下への階段に入ったヘクトラスは全ての予定が狂ったのも気にせず。

 

 いや、気にしても仕方ないと自らの玉座に帰還する。

 

 現在、オクロシア周囲にある西部への道にはヴァルハイルに分からぬように軍の荷車に偽装した移民の群れが入り込んでおり、ひっそりと1日五千人単位で西部へと送られていた。

 

【奇眼族ヴァロリア】の半数は元からそう多くなかった事で既に脱出しており、北部に残る殆どの者は成人男子もしくは軍人だ。

 

「我らの王のご帰還だ」

 

「王よ。西部はどのようなところでしたか?」

 

「王よ。新たな命令でしょうか」

 

 城を護っていたツワモノ達が背後に付き添って彼に尋ねて来る。

 

 いつの間にか彼の背後は隊列を組む者達で溢れていた。

 

「鬱陶しい。貴様らにさせる事など命掛けの戦以外には何も無いとも」

 

 それにそう答えた王の後ろ姿を見て、黒いフードに黒い鎧、肌を黒く染めた男達は笑う。

 

「では、戦ですな」

 

「ヴァルハイルの強行偵察師団が先日、首都に引き上げて行きました。恐らく、別の場所で使われるものと思われますが……」

 

「まぁ、十中八九西部だ。何かしらの呪紋か技術でドラクを送るのだろう」

 

 その言葉に後ろの者達がざわめく。

 

「本来、貴様らには此処でヴァルハイルの主力軍に対して消耗戦を仕掛け、最後の一兵になるまで死守、陽動させる事に為っていたわけだが、話が変わった」

 

「どのように?」

 

「まさか、生かして我らを運用するおつもりで?」

 

「そのまさかだ」

 

 男がようやく長い通路を歩き切り、自らの黒い玉座に座る。

 

 同時に周囲には要請による灯が点された。

 

 黒い外套に全身鎧を纏う者達は光に照らし出されて尚、闇に何処か滲んでいる。

 

「西部から客が来る」

 

「ほう? この難攻不落の城にまさか外部の者が?」

 

「街の公会堂で会うばかりの王がまさか誰かを連れて来ると?」

 

 彼らの言葉は最もだ。

 

 この黒き城は正しく敵を引き込んで殺す為だけのものであり、誰か外部の者を入れる事は想定されて造られていなかった。

 

「そうだ。連中に此処を貸し出す事になった。代金は爆華40万本」

 

 そこでようやく今まで騒がしく陽気だった全身鎧達が静かになった。

 

「貴様らにも分かり易く言おう。反抗作戦だ」

 

「……ヴァルハイルを引き込んでの消耗戦。女子供を逃がしての籠城戦。敵の起こした爆発に体を粉々にされるのが仕事と思っていましたが、まさか?」

 

「西部を護る為にヴァルハイルの野戦軍を一部撃滅して釘付けにする。敵主力の漸減及び破壊。更に戦略目標は【四卿】だ」

 

 その言葉で周囲がどよめく。

 

「ははは、まさかまさか。あの謀略しか出来ないはずの我が王が戦に打って出るのですか? その御客人達と共に?」

 

「馬鹿馬鹿しいと前なら一刀両断するところですが、どうやら本気のようだ」

 

 兵達が今度こそ苦笑を零していた。

 

「ニアステラの英雄と彼が率いる遠征隊による大遠征の拠点として、我が城を貸し出す事になった。期限は 西部が攻められるまでだ」

 

「各種族の連合軍が押し戻されつつあるこの時期にですか?」

 

「ああ、そうだ。貴様らには四卿の襲来もしくは四卿を引き込んでの殲滅時に死んでもらう可能性がある。連中ならば、恐らく四卿が1人までなら確実に殺せる実力だ」

 

 そこで男達は本当にそんな存在がいるのだろうかという互いに顔を見合わせる。

 

「現在、我が邦が接する戦線は20里先にある。種族連合が一時的に押し返した場所でもある。此処に四卿が来るという情報を得た。奴らが来る前に敵野戦軍への襲撃で数を減らし、同時に相手を我が方の陣地に引き込んで消耗させる」

 

 男が指を弾くと彼の背後に巨大な地図が呪紋で浮かび上がる。

 

「戦力が足りるとは思いませんが?」

 

「戦力は兵器の数で補う。西部から爆華と同時に幾らかの装備と薬が降ろされる事になった」

 

「薬?」

 

「死に掛け、四肢の無い寝た切りを叩き起こして戦わせる薬だ。失ったはずの四肢付きでな」

 

「―――ッ」

 

 その言葉に多くの者がどよめく。

 

「現在、オクロシア内にいる12万の傷病兵を全て再び野戦に向かわせる。戦うのが怖くて今更逃げ出すも何も無い以上、戦って貰う」

 

「食料は? ちなみに兵糧は城全体、オクロシア全体で30日分を切っていますが」

 

「全て西部から輸送されてくる。半分以上は食料ではなくて酒だがな」

 

「酒?」

 

「呑めば2日動ける酒だ。食料の方も合計で我が国が2ヵ月以上食えるだけのものが明日、明後日までに運ばれてくる。その為の用地を城の横に用意する。直ちに掛かるぞ」

 

 男達が何も言わずに敬礼し、王の号令ですぐに城の外へと向かう。

 

 空前絶後の作戦になる。

 

 彼らの脳裏には確かに新たな戦場が、少なくとも籠城して有象無象の虫けらのように焼き殺されるよりは良さそうな死に様が脳裏に焼き付いていた。

 

 もはや、傷病兵と看護する兵隊でパンクしていたオクロシアには再び業火がくべられ……戦場は過熱を待つかのように静かに燻ぶり始めていた。

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