流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

49 / 135
第九章【オクロシアの崩壊】編
間章「日々の覚書」+第47話「オクロシアの崩壊Ⅰ」


 

 

 近頃、夢を見る。

 

 今までずっと生き残る為に戦って来たはずなのに……いざ、安定し始めて命の危険が薄れてしまったからか。

 

 今までは夢なんて見る暇もなく。

 

 毎日疲れて泥のように眠っていたのも嘘のように疲れなくなったのが大きいのかもしれない。

 

 見知らぬ少女達がある日、馬車でやってきて遠征隊に加わる夢とか。

 

 大きな黒い船が何隻もニアステラの浜辺に浮かんでいる夢とか。

 

 その黒い船が大陸の艦隊と激戦を繰り広げ始める夢とか。

 

 彼が怖ろしい気配のする馬のような下半身の神と戦う夢とか。

 

 でも、一つだけ怖い夢があった。

 

 それは私に夢の中の相手が話し掛けて来る夢だ。

 

―――薄ら寒い極寒の夜の最中。

 

 巨大な星空を見上げる黒い何かの夢。

 

 天蓋無き場所に座す何かが永遠の星空を見上ながら、時折吠えては天に向けて星の如き煌めきを吐き出して、遥か天の先を穿つ夢。

 

 銀に煌めく瞳。

 

 紅の星を吐く口。

 

 蒼き燐光を零す爪。

 

 白き骨の翅が見える翼。

 

 黒い全身を覆う鱗。

 

 周囲に噴き出す紫雲。

 

 黄金に輝く肉体。

 

 そして、全てが混沌とした時、透明となったソレは嘶き、嘆き、吐息を零すのだ。

 

『稀人か。妖精共め……番の力無くしては育たぬように謀ったか』

 

 ソレがこちらを見て薄らと瞳を細めると。

 

 まるで身動きが出来なくなるような、息苦しくなるような重圧に体が凍えて。

 

『だが、解せぬ……祖たる者無くして両瞳覚醒するものでは……いや、いや、孤独ではない? 対となるは……そうか、人の身では揃う事無き隻瞳は世代を継いで双つの星となるか』

 

 ソレが大きく口を開いて私の方に向けて。

 

『そして、参つの星が輝くならば、確かに妖精共の謀り事は悪戯とは呼べぬ』

 

 ソレはこちらを何処か図る兼ねるような仕草で口内を……地獄のような輝く底を露出させて。

 

『監獄に育つは星の華か。されど、まだ間に合う。まだ……ヤツが目覚める前に貴様を滅すならば、再び妖しき女神は砕け散る』

 

 大きな口から自分を滅ぼす何かが来る。

 

 なのに夢は目覚めない。

 

 そして、誰が此処に来る事も無い。

 

 だから、死んで目覚めてしまうのだと。

 

 そう怖くて怖くて目を閉じて。

 

 ふと誰かの声を聴いた。

 

『見付けたのでしょう? 永久の騎士様を……ならば、お仕え為さい。幼い貴女が望んでいた時のように……貴女はいつだって、こう言っていたでしょう?』

 

 懐かしい声が、手が頭に優しく触れて。

 

―――御伽噺の騎士様がいたら、今度はわたくしが助けてあげたいんです。

 

 それはずっと昔々、大好きだった家に伝わる絵本の話。

 

 妖精騎士様の話。

 

 永久の騎士様の話。

 

 妖精の剣を手に入れて多くの人達を護った騎士様が最後に向かった戦いの話。

 

 妖精の女王に人々の安寧を願った騎士様は永遠を護る仕事に就いた。

 

 この世の全てが今も明日も過去も全ての世界が安寧でありますように。

 

 そう願った騎士様は一人……ずっと一人でこの世界を見守る星となった。

 

 だから、一族には約束がある。

 

 いつか、妖精の騎士様を、永遠の騎士様を見掛ける事があったら、その時は御勤めは果たされたのだと教えてあげる事。

 

 それが一族の者達の悲願なのだと御伽噺は語るのだ。

 

『馬鹿な……祖にも満たぬはずの力が、我らが階梯を揺るがすというのか。これが……』

 

 自分の後ろに立つ人に振り向こうとして出来ず。

 

 でも、声だけは届いた。

 

―――いと高きに座します御方に願い奉る。

 

―――どうか、その御力で幼き芽に新たな道啓く力を。

 

 私がその人の名前を呼ぶ前に何もかもが白く染まって。

 

………お母さん。

 

 これは夢の話。

 

 でも、私にとってはまた戦うべき理由が増えた話。

 

 いつか、母に会う日に誇れるように。

 

 また一つ生きる理由が増えたというだけの話。

 

 夢の先で今日も彼の背中しか見えない。

 

 そんな未熟な私にとっての小さな決意と覚書。

 

 いつか見返す日が来る事があると信じて、今日も前に進もう。

 

 

 

 

―――2日後、オクロシア南端。

 

 その日もオクロシア国境線を攻めているヴァルハイルの部隊は前線で種族連合の部隊と激戦を繰り広げていた。

 

『右翼から迂回して来ているぞ!! 第二大隊、大弩弓効力射!!』

 

『敵兵より距離を取れ!! 呪紋の効果範囲に来るとやられるぞ!!』

 

『さ、左翼の一部部隊が壊乱しています!!? 巨人族の部隊です!!』

 

『クソ!? 隣の戦線じゃなかったのか!?』

 

 現地では次々に戦う者達が入れ替わり立ち代わり、あちこちで互いの戦力を削り合いながら一歩も引かぬ戦いを強いられている。

 

 本来ならば、戦線はもう押し戻していなければならないはずであった。

 

 しかし、ヴァルハイルの士気低下は思ったよりも深刻であり、多くの兵達が裏切りや他の疑問に目を向け始めた事で軍事行動の効率は大きく下がり、全体的に苦しい戦いを強いられていた。

 

『想定上に相手さん粘り強いですよ。隊長ぉ!!』

 

『分かってる!! 合同呪紋が来る前にとっとと仕事終わらせるぞ!!』

 

『うぇーい!!』

 

 それは攻められている者達も同じであった。

 

 死者よりも多いのは大量の怪我人である。

 

 彼らが後送されて、各戦線では軍の兵の損耗率がヴァルハイルとは比較に為らぬ程に高くなっている。

 

 装甲に護られていない彼らは次々に相手の攻撃や呪紋で負傷し、呪紋ですら治せないような傷の者は後方に下げられて、傷病者用の病院や現地の野戦傷病者用の天幕に放り込まれ、その数はもはや都市を形成出来る程になっている。

 

 何とか呪紋や諸々の人出を掻き集めて介護していたが、それでも手は廻り切らずに糞尿を垂れ流して死んでいく者もいた。

 

 そんな彼らの悲惨な戦場の後方地域。

 

 此処に何かが起きる事はまだ多くの者が知らない。

 

 しかし、オクロシアから運び出される移住者達の列が途絶えて、今日の分の人数が消化された地に先日起きて以来、二度目の異変が起きていた。

 

『時間だ。ヘクトラス様の言う通りなら……あの蜘蛛共の本隊が到着するぞ』

 

 複数の目を持つ獣型の人外達が遺跡の中央。

 

 広大な領域を持つ体育館程の暗い地下領域の壁面全てに呪紋の灯りが浮かび上がるのを見て、時間通りの到着を確認した時。

 

 光が溢れて彼らが思わず目を庇う。

 

 その後、何とか同じ景色を目を細めながら見た瞬間。

 

 ドズンッという音と共に何かが落着し、彼らは言葉を失った。

 

 次々にその領域の天井に大量の光る精霊が展開され、内部の光景が露わになる。

 

『―――ッッッ』

 

 彼らが見たのは山であった。

 

 本当に地下領域の全てを埋めてしまうのではないかという程に山となった木箱と樽の山であった。

 

『ひ、人を集めろ!!? 思っていた以上だ!? だが、これならば!!?』

 

 ヘクトラスの部下達が喜びに沸く。

 

 その彼らは山の内部に道が出来て、精霊達に動かされた大量の荷物の内部より誰かが出て来るのを確認する。

 

『ッ、お待ちしておりました!! ニアステラ遠征隊の方々ですね!!』

 

「そう。この荷台にある樽だけ一緒に運ばせて欲しい」

 

『了解致しました!!』

 

 荷馬車の列であった。

 

 しかし、馬車というのは聊か違うだろう。

 

 何故ならソレを引いているのは蜘蛛と精霊達だったからだ。

 

 先頭車の御者台に乗っている少年が手を上げて合図するとガラガラと20台程の馬車が一列で進み始め、地下からの坂道を上がっていく。

 

『一体、あの樽は……』

 

『余計な詮索は無しだ。ヘクトラス様からも厳命されている』

 

『は、はい。それにしても本当にこの山のような食料と酒が……』

 

『酒ではない。栄養補給用の爆華の発酵させていない希釈液だそうだ』

 

『え……爆発物なのですか!?』

 

『違う。ギリギリ爆発しない程度まで薄めているそうだ。ただし、火気厳禁。飢えている者達に食料の代りに各地の配給所で配るそうだ』

 

『そういう事か。それにしても……貴重な爆華を使った液体がこれだけ……』

 

『どうやら、ニアステラは爆華の栽培に適していて、呪紋を用いて栽培を早めているとか』

 

 兵達が荷物を運び出す為の増援が来るのを待っていると荷馬車の最後尾から蟲系人外という北部では見ないような種族の少女が紙を一枚兵達に手渡すとペコリと頭を下げてから荷馬車に戻っていく。

 

『ええと、何々? 第一陣……オイ、人を集めろ!? 5時間後に第二陣、更に5時間後に第三陣、合計で第14陣まで来るぞ!?』

 

『は、はぁああぁ!? この山が後十四回ぃ!?』

 

 大騒ぎになる兵達は次々に人が来るのを見て、貴重な食料の入った木箱を突貫で次々に運び出し、それでも次の到着までに手が足りないとまだ残っている傷病者の看護者達にも食料と引き換えに出動を要請。

 

 次々に運び出されていく木箱には大量の乾物にした肉、果実と小麦が山のように入れられており、多くの者達がゴクリと唾を呑み込んでこれ幸いにと一番初めに運び出す仕事をしている者達がそのご相伴に与る事になったのだった。

 

 *

 

 そろそろ滅びそうな程に疲弊しているオクロシアの首都が次々に入って来る大量の食糧に嬉しい悲鳴を上げている頃。

 

 黒い城の横には天幕が大量に立てられ、運び込まれた大樽の中身がスピィリア達によって慎重に現地で集められた大量の水で希釈され詰め直され、市街の後送されてきた者達がいる地域に運び出されていた。

 

 城の黒い兵達と共に樽が次々に運び出される様子はこれから配給でも行うのかという様子に見える。

 

「……霊薬、か。御伽噺にもそう言えばあったな。放棄された何処かに眠る死なぬ竜が護りし“命の泉”を用いれば、忽ち腕が生えるとか」

 

 ヘクトラスがそんな風に呟いている間にも次々に現地で供給される大量の食事をしてから飲ませるようにと蜘蛛達が看板で兵達に処方の仕方を教えていた。

 

「オイ。アンタがヘクトラスだな」

 

 ガシンが仲間達を引き連れてやってくる。

 

 少年は一人やる事があるからとゴライアスとフレイのところで何やら話し込んでいた。

 

「ガシン・タラテント。遠征隊の切込み役か。ようこそ我らが都オクロシアへ」

 

 恭しく男が頭を下げて見せる。

 

 オクロシアの都や今や呻きと汚物、大量の生きているだけの人外に溢れた夢の島であり、巨大な傷病兵の人口を養えずに全ての資源が枯渇しつつある魔境だ。

 

 家々の多くが無人となって、代わりのように大量の寝た切りがその時を待っているせいでゴーストタウンと言うには生々しく生き地獄が其処にはある。

 

「……王様ってのも大変だな。生憎と礼をされる覚えはねぇな。どの道、自分達の為にやってる事だ」

 

「ほう? 戦略的に見てもおかしな量の支援を無理やりこちらに押し付けて来る者達が言うには面白い台詞だ」

 

「あいつの提言だ。誰も文句は無かった。それだけだ」

 

「隊長。アルティエ殿か……」

 

「ヴァルハイルが壁超えをして来る前に戦力を削って、山越え出来ないように諸々の仕込みをするんだと」

 

「その為に秘蔵だろう霊薬まで持ち出すのか」

 

「そっちに渡した霊薬の他にも秘薬だの何だのは持って来てる。全て、傷病者用だ……ウチの医者先生のお墨付きだが、人間にしか試してない」

 

「それならもうウチの兵で試した。随分と高価な薬ばかりだ……」

 

「あいつが畑で量産させてる分だ。誰からも文句は出ねぇ。で、オレ達の仕事の為に戦況なんかを報告してくれると助かる」

 

「解った。こちらに」

 

 城横の天幕の内部。

 

 数名の黒い鎧の男達が詰めていた。

 

 その前にあるテーブルの地図には北部の台形の地形に大量のコマが並べられており、ヴァルハイル軍と種族連合、更にオクロシアの位置もしっかりと書き込まれていた。

 

 地図の中央では赤がヴァルハイル、蒼が種族連合の駒とされているようだが、概況は歪でどちらも押し込んでいる部位があり、どちらも押し込まれている場所があるという状況になっている。

 

「ヴァルハイル軍は精強だ。いや、精強だった。だが、今は混乱の最中にあり、一部押し戻したが、またその分を押し戻されている最中だ」

 

「北部の半分くらいがもうヴァルハイルの影響下なんですね」

 

「ホントだ……殆ど赤の駒で取られちゃってる」

 

 フィーゼとレザリアが北部の地図の大半がヴァルハイルに抑えられている様子に本当に今はギリギリの戦いになっているのだろうと理解する。

 

「我が国からヴァルハイルまでは邦二つ分の距離がある。ただし、それも戦況を見れば分かる通り気休めだ。ヴァルハイルの厄介なところは兵が殆ど兵器以外の消耗品を必要としないところにある。距離的な兵站の負荷が驚くほどに少ないのだ」

 

「どういう事ですか?」

 

 フィーゼとレザリアが首を傾げる。

 

「ヴァルハイルの兵は例外なくドラクに乗っている。アレは魔力と雷の力で動くのだが、それさえあれば、兵そのものが食事や排泄もする必要なく戦い続けられる。壊れた四肢は取り換えればいいし、兵器や消耗した装甲も全て交換すればいいわけだ。生身の兵士に無い利点だ」

 

「そういう理由か。で、傷病兵ばっかりのこっちは戦力が足りねぇと」

 

「相手の戦略はこちらの消耗を狙っている。その為に大量の田畑が焼かれた。さすがに塩を撒くような事はされていないが、我らが滅びるまで焼き続けても別にあちらは構わないわけだ」

 

「で? 傷病者を再訓練するのにどれだけ掛かる?」

 

「大雑把に使うのならば、元の部隊に補充する形になる」

 

「それでいい。ただ、こっちの要求は?」

 

「最精鋭に関しては調べてもう勧誘しておいた」

 

「話が早ぇ。こっちとしては明後日には攻撃に移りたいんだが、可能か?」

 

「種族連合の部隊には増援と共に作戦の指揮系統をオクロシアに変更する旨は伝わっている。戦況に合せてこちらから先に命令を出せる状態だ」

 

「解った。じゃあ、明日までにして欲しい事がある」

 

「何だ? 可能な事ならば伺おう」

 

「今すぐ軍を下げさせて、後退させてくれ」

 

「……被害が出るのだが」

 

「出ないさ。あいつらに出撃命令が下った。ウチの隊長のお墨付きだ」

 

「つまり、殿軍をそちらがすると?」

 

「いや? 攻撃命令だ」

 

「………詳しく訊こう」

 

「一番敵が薄い地点は?」

 

「此処だ」

 

 ヘクトラスが戦場のど真ん中を指す。

 

「どうして此処なんだ? 普通端だろ……」

 

「ヴァルハイルの軍の戦略は常に戦域での部隊の制圧している地域の厚みを均一に保つ事で消耗する兵隊が後退する退路を確保している。消耗したら、消耗した分だけ後ろから戦力が出て来て後退。相手を撃破する事が非常に難しい」

 

「厚みが均一なら何処狙っても一緒って事か?」

 

「そうだ。戦線が押されている場所は同じ厚みでも迫り出している事になる。つまり、削った分だけ薄くなる」

 

「あ~~つまり、押されてる途中に逆撃すれば、削れたところが薄くなると」

 

「そうだ」

 

「なら、いい。あいつらがどうにかする」

 

「あいつらとはあの蜘蛛達の事か?」

 

「正確には二匹。いや、2人だ」

 

「……フレイとゴライアスと呼ばれている個体か?」

 

「少なからず、そこらの兵隊10万集めて来るよりはマシなはずだ」

 

「……了解した。では、後退させた部隊に起き上がった傷病兵を吸収させて、すぐに編成を開始する。何か支援は?」

 

「必要無い。オレ達はこれからあいつらの後方から戦域を見る仕事があるんでな。これでお暇させて貰うぜ」

 

「了解した。一つ聞いても?」

 

「ん?」

 

「アルマーニアの隊員は? ヒオネ姫と御付きがいたはずだが……」

 

「あっちは兄貴に止められて、西部でこっちの仕事に行ってる」

 

「そうか。なら、いい」

 

 すぐにガシンが背中を向けて引き上げていく。

 

 そのぶっきらぼうな様子に慌てて女性陣がヘクトラスに頭を下げると外で何やら青年を詰り始め、遠ざかっていった

 

「……ヘクトラス様。随分と軽くお流しになりましたな」

 

 部下達の一人がそう呟く。

 

「あの二匹が出るなら下げる程度は問題無い。問題なのは……」

 

 ヘクトラスの瞳が天幕越しに今も遠くで蜘蛛達に何か話している少年を見やる。

 

「遠征隊の隊長、ですか?」

 

 周囲の者達に頷きもせず。

 

「……動きだけは見張っておけ」

 

「了解致しました。それにしても……都の惨状を見ても顔色一つ変わらない連中ですな。奴ら……」

 

「顔色が変わらないのではない。割り切っているだけだろう。いや、そもそもの話、どいつもこいつも人の悲惨には慣れているようだ。年齢や姿通りと思わん方がいいぞ? ヒトというのは我らよりも余程に変化を来しやすいからな」

 

「変化、でございますか?」

 

「今日の赤子が明日の強敵になっても何ら不思議ではない。奴らを味方に付け続ける事が今の我らにとって重要である事を忘れるな」

 

 頭を下げた者達が次々に各方面への指示を出しに天幕の外へと向かっていく。

 

 そして、戦域を挟んで睨み合うオクロシアの攻略部隊と守備隊の戦いは突如として動きを加速させる事になるのだった。

 

 *

 

「はーい。こっちですよ~。お腹一杯食事をした方は薬を飲んで横に為って下さい。手足が治った方はすぐに見知った命が危険な方を連れて来て下さいねぇ~」

 

「おじさん達並んでよ~。食べ物なら死ぬほど食べさせてあげるから並んで~」

 

「オレらはいつから配給係になったんだろうな。あ!? そこのおっさん!!? 喰うなら全部喰ってからまた並べ!! 喰った後だ!! いいな!!?」

 

 ヘクトラスと別れた遠征隊の面々は戦域への出発前の時間を使って、霊薬の配布と食料の供給に尽力していた。

 

 薄暗い街並みは大陸と左程に代わる事もないが、時折巨人用の施設が建造物に混じっているのが少し違うだろう。

 

 大量の他種族の傷病兵が道端にすら並べられている一角は兵達が彼らの世話を纏めてする為に都市のあちこちに置かれている。

 

 天幕が足りず。

 

 かと言って1件1件回っていたのでは一都市程もある傷病兵の人口を世話する事など不可能である為の苦肉の策であったが、密集した彼らの放つ異臭は凄まじく。

 

 疫病を何とか防除する為に排泄だけはさせて、食事は自分で取らせるというのが後詰の兵達の世話の限界であった。

 

 片腕や片脚が無い者だけならばまだしも……下半身を失くしてもまだ生きているしぶとい種族やら、脇腹が半分なくなってまだ生きている種族やら……人外の生命力で生き延びて尚地獄というような者達が市街地には大量にいた為、もはや此処が地獄だとしても何ら疑いは無いだろう。

 

 しかし、そんな薄ら汚れた場所に大量の食糧と同時に霊薬とやらが供給されつつあり、傷病兵達は半信半疑ながらも蜘蛛といつも見掛ける兵とヒトの女のような存在によって蘇ろうとしていた。

 

『お……おぉ……なん、だ? か、体が……おぉおっ!!?』

 

『オレの、オレの脚が、う、蠢いて、は、生えて、きて、る、のか?』

 

『オレの指が!? 指が!? 何で、クソ!? うぉぉぉぉ』

 

 泣く者、叫ぶ者、驚きに固まる者。

 

 喜びよりも先に彼らは食事に泣き、体の異変に喚き、異臭の中にある自分の惨めな姿が少しずつ元に戻るという奇跡を前に震えて天を仰いだ。

 

 だが、オクロシアの街区全域でそんな事が起こっている最中。

 

 最も小さな異変は見えないままに進行していた。

 

 そろそろ夕暮れ時となる頃合い。

 

 街区に溢れた傷病兵の膿や糞尿や現れていない肉体の異臭が少しずつ失せていたのである。

 

 それが何故なのか。

 

 彼らは知らない。

 

『―――?』

 

 ただ、何かが肉体の上を通り過ぎたように思って目を開けたら、そうなっているというものが大半であった。

 

 彼らの膿も糞尿も垢も何故かその日、綺麗にこそげ落とされたかのように何処かへと消えてしまっていた。

 

 肉体に集るウジも蠅も消え去り、彼らの肉体に付着していた泥も黴も衣服に染み付いていた臭いも……何もかもが目を閉じいていた者達の周囲から消え去り、彼らは自分の上を何かが通り過ぎた事と、何かが街の影に蠢いて消えて行くのを確認していたのである。

 

 街区を一望出来る黒き城の塔の真上。

 

 少年が一人目を閉じて立っている。

 

 その姿は風に髪を靡かせて、一枚の絵画のようでもあった。

 

「何をしておいでかな? アルティエ殿」

 

 ヘクトラス。

 

 城の主が尖塔の上に昇って来ていた。

 

「食料の確保」

 

「………あの街区全土に蠢く黒いものは?」

 

「こっちの血肉みたいなもの」

 

「ふむ。蠢く黒……黴のようにも見えるな」

 

「見えてる?」

 

「此処を何処だと思っている。奇しくも瞳に問題を抱えた者達の邦だ」

 

「アレは人間の排泄物や代謝した垢、他にも動物の死骸や小さな蟲も栄養に出来る。普通の生物には毒になるようなものも分解して取り込める」

 

「オクロシアの不浄を糧に増えると聞こえるのだが?」

 

 背後に立つ男の声に頷きが返る。

 

「戦う前に自らの血肉を増やし、同時に多くの者達の衛生環境を改善しているのか。随分と便利な力だ」

 

「此処以外に傷病兵の受け入れ先は?」

 

「各地から全て此処に持って来させた。人の消える地域に置いておくのも不憫だからな……」

 

「兵隊は揃う。後は戦域に大穴を開けて、一時的に相手へ後退を促せば第一段階は完了」

 

「大穴か。確かにそちらの力ならば可能だろう。だが、【四卿】はそうもゆくまい。奴らは旧きヴァルハイルにあって真の強者だ。能力による相性を考えても、威力、精度、敏捷性、防御力、どれ一つとして種族連合には敵う戦力が無い」

 

「イーレイから聴いてる」

 

「どのように倒す気だ?」

 

「真の強者を殺すなら、絶対勝てない戦いに引き込めばいい」

 

「絶対に勝てない?」

 

「有名人の不利なところは手品の種が割れてる事」

 

「だが、対処……いや、対処出来るから、此処なのか?」

 

「そう……此処の地形や設備が必要」

 

「―――怖ろしいヤツだな。貴殿は……どんな手札を持っているものか」

 

「100万回負け戦を全力ですれば、誰にでも勝てるようになる」

 

「はははは!! なら、我らはまだ負けが足りないか。度し難い話だ」

 

 オクロシアの王は嗤う。

 

 それはまったく冗談にもならない程に負けを忌避した邦の王には出来ない相談に違いなかった。

 

「話は解った。兵には気にせぬように言っておこう。それでフレイ殿とゴライアス殿が出撃するようだが、広大な戦域をどうやって部隊も無く押し返すつもりなのか。ご教授願えるか?」

 

 少年が振り返って不可糸でいつもの糸蜘蛛を造って生命付与で動かす。

 

「これ」

 

「……呪紋で造ったモノを呪紋で動かすのか。ドラクを原始的にしたようにも見えるな。だが、この程度の品で連中を倒せるとは思えん」

 

「前にドラクを得た時と同じようにすれば可能。攻撃用の呪紋すら必要無い」

 

「何?」

 

「要は相手が攻撃をしても無駄な存在が相手を無力化可能ならそれでいい。まだ戦いすら起こってない。此処には狩りに来た」

 

「狩りだと?」

 

「【四卿】とやらが来る前にこの地域にいるドラクを全て持ち帰る。あの2人にはドラクを狩り尽くして貰う」

 

「―――お手並み拝見しよう」

 

 こうして2人の男が遥か彼方を見やる。

 

 地平線の果ての果て。

 

 今も戦いが続く戦域に向けて、黄金と灰色の蜘蛛は先行し、事を起こす為の準備の時間へと入った。

 

 それを数時間後に遠征隊が追い掛けて行く事となるが、それはまだ少し先の話。

 

 *

 

「こんにちわ。ヒオネと申します」

 

「ア、アルマーニアのヒオネ姫でいらっしゃいますか!?」

 

「は? いきなり過ぎない?」

 

「おひめさま~?」

 

 夕暮れ時、今日もドタバタと講義を終えた少女達がクーラの解散の声で自分の居住地に戻ろうとしていた時であった。

 

 彼らの前には巨人族達の一人が案内してきた少女が背後に2人の御供を連れてやって来ていた。

 

「いきなりの訪問。申し訳ありません。ただ、皆さんのご両親や保護者の方と話しを詰めていたら遅くなってしまって」

 

 その言葉に三人の顔色が変わる。

 

「お、お姉様にッ」

 

 エネミネは思わず蒼褪め。

 

「おとーさまに?」

 

 メルは小首を傾げ。

 

「お、お爺ちゃんと!?」

 

 クーラは緊張にプルプルしている。

 

「方々にはヘクトラス様よりお話が行っていたのですが、快く承諾して頂くのに調整が難航していたもので」

 

 ヒオネがニコリとする。

 

 その背後の頭上にはフワフワと呪霊少女エルミが浮かんでいた。

 

『何でわたくしが貴女の御守なんですか~わたくしそろそろ生き返りたいのよぉ~もぉ~~あのわたくしの騎士は戦争なんかに現を抜かしてぇ~~あ~~帰って来たら十本くらい矢を打ち込んでやりますわぁ~~』

 

「「「………(*´Д`)」」」

 

 三人の少女達には呪霊のエルミの姿がしっかり見えていた。

 

 ついでに悪態を着く少女が虚空でゴロゴロ転がってジタバタしている様子に『何連れてんだこの姫様……』みたいな顔にもなった。

 

「ああ、済みません。この方はエルミ様です。遠征隊の隊長であるアルティエ様の呪霊なのですが、今は置いて行かれてご機嫌斜めなのです」

 

 そんな説明が訊きたいわけでは無かった三人であるが、すぐにクーラが2人の前に立って先生らしくキリッとした表情で応対する。

 

「ヒ、ヒオネ姫である事は間違いないようです。緋霊である事も確認しました。それで我らに何の御用でしょうか?」

 

「そう警戒しないで下さい。実は皆さんには遠征隊の予備部隊として引き抜きが掛かっていたのです」

 

「「?」」

 

 思わずクーラの後ろで2人が首を傾げる。

 

「どーゆーこと?」

 

 巨人少女にニコリとしてヒオネがテーブルの上に跳び上がって腰掛ける。

 

「実は……」

 

 こうしてヒオネが話し始めたのはアルマーニアと北部勢力におけるニアステラとの関係や影響力についての調整が上層部で行われたという話だった。

 

 遠征隊に北部勢力の人材を入れて諸々の現状を直接的に伝える役割を持つ者を配置しようという事で若く才気があり、同時に重要な人物をニアステラの遠征隊に出向させるという事になったとの言葉は少女達にも何となく想像が着いた。

 

「つ、つまり、北部勢力代表として遠征隊に関わる人材兼人質みたいな話でしょうか?」

 

「人質にはしませんが、要はわたくしと同じような立ち位置ですね。わたくしは実質的には遠征隊の隊員でしかありませんが、アルティエ様と婚約しているという形で参加しています」

 

「な、なるほど……事実上の地位と肩書は違うと」

 

「ええ、我々は今回、北部大遠征に連れて行って頂けませんでしたが、その代りに本隊であるアルティエ様がいない間の留守を預かる部隊を造るという目的で動いているのです」

 

「それで我々の保護者……三種族の長達に話を付けて来たと」

 

「元々はヘクトラス様が貴方達を引き受ける予定でしたが、大遠征に向かうアルティエ様達と仕事がある為、このヒオネがその任を引き継ぎました。今後はニアステラとフェクラールを往復しながら、訓練を積んで遠征隊としての活動の為に強く為って貰えれば幸いです」

 

「解りました。それで準備に関しては?」

 

「荷物はもう方々のおかげで纏めてあります。明日になったら二アステラの第一野営地へ向かって出発し、精霊の乗合馬車で1日掛けてフェクラールとニアステラを横断して貰います」

 

 まだ上手く状況を呑み込めていない三人であったが、ヒオネから未だ他種族との調整で忙しい彼らの保護者達からの手紙を渡されて、読み込んだ後に三者三様の顔となる。

 

「……お姉様の命令じゃ仕方ないかー。はぁ……」

 

「う~~? しばらく、おせわーになるよーにってぇ~♪」

 

「おじいちゃん。また、こんな勝手に……もぅ」

 

 三人が困るやら友達の家に遊びに行くようなノリになるやら、呆れるやらしているのを見て、背後の2人。

 

 ミーチェとアラミヤがニコリとした。

 

 余所行きの新人歓迎用の顔である。

 

「では、先生役のクーラさんにお二人の引率を引き続きお願い致します。荷物は精霊の引く荷車に置いてあるので、今日はウチに帰って明日此処から」

 

「解りました。お二人とも!! ちゃんと明日は来て下さいね」

 

「「は~い」」

 

「よろしい。それにしても……遠征隊……一体、どんなお仕事や訓練を……」

 

 クーラの疑問は最もだ。

 

「なぁに。簡単だよ。ちょっと薬を毎日飲んで山や崖を走って、呪紋をヒトのジジイに習うだけさね」

 

 アラミヤがそう肩を竦める。

 

「まぁ、嘘は言ってないわね。おねーさんは歳若い少女がするには過酷だと思うけれど……」

 

 ミーチェが目を逸らした。

 

「どうやら、気合を入れ直さないとダメそうです。お二人とも!! 北部の者として此処は訓練なんかに負けられませんよ!!」

 

 気合の入ったクーラの瞳が燃える。

 

 ヒオネは「素直な方なのですね……」と虚ろな瞳で少女達があの薬の餌食になる未来にちょっと同じ犠牲者が増えるのを喜ぶような笑みを浮かべた。

 

 みんなで落ちれば、地獄だって怖くない。

 

 いや、もう二度と飲みたくないと思っても飲まざるを得ない薬は毎日彼女達の朝には欠かせないものになっているのだ。

 

 特に最初の薬程の劇薬ではないにしても……日常的に飲まされる秘薬もまた大概な味をしている。

 

 日々能力が上がるのは良いとしても絶対に慣れない味は人生で最大のトラウマに違いなかったのである。

 

 *

 

―――オクロシア国境地帯【最前線】。

 

『物資の搬入を急げぇ!!』

 

『こっちの機構を三単位!! 何処にある!!』

 

『崩壊した脚部の霊力接続端子何処だぁ!!』

 

 ヴァルハイル軍というのは極めて少数精鋭である事を多くの者は知っている。

 

 とにかくデカイ、大きい、鋼の巨人。

 

 人型竜を模したドラクは彼らの肉体の延長線上であり、その機械化率は胴体部にまで及ぶ者も少なくない。

 

 ただし、それは極めて複雑な呪紋による残存生体部分の念入りな保護と維持が可能な者達だけに与えられた特権だ。

 

 殆どの兵は四肢と関節部までが殆どであり、その上にある装甲というのは生身を保護する意味合いが大きく。

 

 機体を動かすには雷と魔力。

 

 胴体部を動かすには尻尾の接続部位にある背筋に埋め込んだ供給機構からの魔力供給が欠かせない。

 

 言わば、ドラクは巨大な生命維持装置であり、破壊されても即座に死んだりはしないが、破壊されれば、長距離行軍での生体の無補給行動は不可能になる。

 

 食事排泄は元より代謝機能そのものを殆ど停止し、魔力によって肉体のエネルギーを食事などの物質的なものから代替し、僅かに出る老廃物は呪紋で全て処理し、半ば魔力で構成された肉体に近しいというのが彼らだ。

 

 ヴァルハイルの兵は生命としては著しく歪だ。

 

 行軍中の物質的代謝をほぼ止め、魔力で肉体を維持する生体兵器。

 

 故に彼らはどんな時も戦場においてドラクを降りる事は無かった。

 

『魔玉が足りないぞぉ!! 魔力供給停止で死にたいのかぁ!!』

 

『玉ぁ!! 玉ぁとっとと取って来い!! 第七倉庫だぁ!!』

 

『隊長ぉ~~逆関節用の一体成型機構が全然足りません!! 120人分以上有った【モルド】予備も使い切りました!! 補修用の資材も枯渇寸前です!? 幾ら我らの肉体たる【モルド】が耐摩耗性能が高いと言っても限界はあります。来週分の補給が今すぐに必要です!!』

 

『螺子と発条があるだけ良いと思え!! とにかく上からは【四卿】閣下の来援までに戦場の縦深と時間を稼げとのお達しだ!!』

 

『無理ですよぉ~~末端のオレらがどうこうしたって、他の戦線同様ですってぇ~~【モルド】で四肢置換して体を覆ってるって言っても全身モルドな上級将校じゃないんですよぉ~~!?』

 

『そうですよぉ~ドラクは衝撃や熱量は大半防いでくれるけど、接続部の神経機関や衝撃によるモルドの摩耗はどうにもなりませんしぃ~~』

 

『黙って口を動かせ!! 此処に来るのはヴェルゴルドゥナ様だ。半端な仕事をして処分されたいのか!?』

 

『ッ―――【器廃卿】とか最悪だぁ~~もう田舎に帰るぅぅぅ~~!!?』

 

『隊長!! オレ達、これから田舎に帰るんで!! じゃ!!』

 

『軍法会議で死刑になるのと今すぐにオレの弩で粉々になるの。どっちがいい?』

 

『まだ死にたくないですぅ~~!!?』

 

『“最古の四卿”とか~~ぁ~~オレらもあの方の“ドラグリア”の補修資材にされちまうんだぁ~~!!?』

 

『馬鹿な噂で愚痴ってる暇があったら、とっとと仕事をせんかぁ!!』

 

 ガヤガヤと喧しい戦場を睨んだ最前線から少し後方に置かれた小さな補給基地。

 

 基地と言っても倉庫と幾つかの整備用のハンガーしかない場所は雨ざらしであったが、次々に運び込まれてくる戦線帰りのヴァルハイル兵達が自らハンガーに倒れ込むようにしてメンテナンスを受けていた。

 

 彼らのいるところが基地であり、司令部である。

 

 前線を纏める司令部は各地域に置かれているが、それが補給基地を兼ねるのはよくある事であった。

 

『第七小隊半数がやられました!!』

 

『こちら第四小隊を引き継いだサエンテ少尉であります。敵軍の強固な防衛は著しく。相手も損耗していると思われますが、我が方の前線の兵が不足しており、数で戦力を拮抗されていて……押上げは不可能かと、う……』

 

『コイツ生身までイカレてるぞ!!? 衛生班!! 直ちに後送準備だ!! 緊急用の治療施設を開放し、応急処置後に高都方面の病院へ移送する!!』 

 

 次々に運ばれてくるヴァルハイルの兵達は満身創痍だ。

 

 相手は次々に兵を数倍の規模で消耗させているとはいえ、それでも呪紋による一斉攻撃や罠を張っての誘い込んだ包囲殲滅。

 

 更には単純に突撃中の地域に落とし穴が大量に掘られていたりと少ないヴァルハイルの兵は確実に葬られ、塵も積もればという具合で戦死者はゆっくりと積み上がっていた。

 

(クソ……上がテキパキと仕事を押し付けて来る時は大抵良い事が無い。このままでは戦線が膠着して動かすのも不可能になる。幾ら消耗戦はこちらが有利とはいえ限界だな……)

 

 大量の怪我人を見ていた基地の隊長。

 

 15mの機械竜が鎮座したままにあちこちへ指示を出しながら、周囲のセンサーを最大にして警戒を強める。

 

 押し返しているという事は流動した戦場で押し返される可能性がある事を意味しているのであり、その“もしも”は決して侮れない。

 

『………嫌な予感がする』

 

『嫌な予感なら毎日してるでしょぉ!!? あ~もう!? 隊長!? さっきの緊急搬送者のせいで生体補修用の医療携帯機構が切れました!!』

 

『それもか……何もかもが足りん。クソ』

 

『これ以上はこっちに持って来られても死なせるしかありません!! 生体破損時は此処以外の他の基地に頼んでくれるように前線の方へ言って下さい!!』

 

『あ~ごめんよ~我が愛しい子~~せっかく高都の第一聖鱗学校に入れたのにお父ちゃんお前の晴れ姿見れないみたいだ。ふぐぅ~~~』

 

『鬱陶しい!? 業務中に私的画像情報を閲覧しとる場合か!?』

 

 兵とて家族があり、生活がある。

 

 勿論、彼らの家族は後方地帯であるが、生活が破綻していないだけ、まだ種族連合の後方地帯よりはマシだろう。

 

『お前に最新の生身に付けるモルドまで買ってやったのに~~それも拝めないとかぁ~~お父ちゃん、保険金になってもお前の事は養うかんなぁ~~ふぐぅ』

 

『そろそろ止めんとオレがお前を保険金にしてやる……』

 

『何の事でありましょうか? 隊長殿!! それより、第四補給基地に事情を説明されては如何でしょう』

 

『クソが?! 勿論だとも!? 直ちに第四補給基地に事情を伝える!! しばし、待て。後、お前もう一度愚痴ったら降格処分だからな!? はぁぁ……オレも息子殿の心配くらいしたいものだ』

 

『そう言えば、隊長は娘さんもいましたよね。息子さんは良い伴侶も得たとか?』

 

『古参謀の出でな。良縁には恵まれるが、盾の一族に嫁がせるのには躊躇いもある。娘は気性が激しくていかんところもあって、しばらく顔も見ていない。父親としては失格だな……』

 

『何処の家も苦労してるんですねぇ』 

 

 こうして彼らが遂に新しい負傷兵を受け入れられない状況

になった時だった。

 

 ザリッとノイズ混じりに隊長と呼ばれた機械竜の耳に呪紋による通信が入った。

 

『―――こ……ら!!――第さ――しょ―――』

 

『(何だ? この通信不調は? 呪紋による通信の妨害? 今までこんな事は無かった。新しい種族連合側の呪紋か?)』

 

『た――ちに―――ぞ―――ふせ―――』

 

『何だ? どうした!? 何処の隊だ!!?』

 

 隊長が怒鳴ると僅かに通信が回復した。

 

『助けて、蜘蛛が、くもが!? あぁ゛!? オレの傍に、近寄るなぁあ―――』

 

 ブツンッと通信が切れる。

 

 呪紋の発信源が破壊された事を確認した彼が直ちに自身の部隊の一部を最前線が望める地域へ偵察に出す。

 

 操獣による先行偵察部隊が次々に猟犬。

 

 否、猟爬虫類的な蜥蜴達を放って、その視線を共有し、最前線地帯の異変を見る為に猛烈な速度で進めさせる。

 

(蜘蛛? 蜘蛛だと? まさか、アルマーニアを追い詰めていた時にフェクラール側から来たらしき蜘蛛というヤツか? あの鋼鉄騎士と戦ったとかいう?)

 

 此処は北部の中央ど真ん中である。

 

 アルマーニアの首都は占領されているし、もはや行き来も出来ない程に遺跡は破壊されたとも聞いている。

 

 であれば、何処から蜘蛛なんてものが来るのか。

 

 隊長の額に冷却液が流れる。

 

『悪い予感がする。直ちに現地の部隊に通達。即時後退!! 即時後退だ!! 現時点を以て!! この基地を放棄する!!』

 

『はぁぁぁあぁあ!!?』

 

 思わず彼の部下達が次々に動きを止めて驚いた様子で彼の方を向いた。

 

『な、何言ってるんです!? 隊長!!?』

 

 部下達の声が彼の下には次々飛び込んで来た。

 

『今、此処を抜かれたら、命令に逆らったって軍法会議ものですよ!?』

 

『構わん!! 前線で何かが起こっている!! 周囲の戦線の部隊にも一時後退命令!! 殿を残しながら急速離脱だ!!』

 

『知りませんよぉ!? 上から死刑宣告されても!!?』

 

『知った事か。上層部の失態は上層部が取ればいい!!』

 

 彼がすぐに現在の作業を中止させて、すぐに動けない者は他の直っている兵に任せて後方に下げようとした。

 

 だが、その時だった。

 

『何でだ!? どういう事だ!? 司令部!! 司令―――』

 

『馬鹿な!? 此処で無為に味方を失えと言―――』

 

 彼が発した命令に反発しようと声が次々に途切れて行く。

 

『隊長!!? 通信が次々に前線で途切れてます!!?』

 

『部隊の予想地点を出せ!!』

 

 巨大な竜の前に巨大な魔力で造った光の地図が現れる。

 

 その内部では彼らの間正面にある戦線の部隊の位置で次々に広範囲に渡って通信が途絶している事が解った。

 

『前線に何かあったぞ!! まだか!?』

 

 彼の声に偵察部隊が操獣の視線を共有した。

 

『―――な、に?』

 

 彼が通信先の偵察部隊と同じように固まったのも無理からぬことであった。

 

 最前線の一帯が白く蠢く何かに埋まっていた。

 

 本当に埋まっていると形容するのが正しい程に白い何かに埋もれて、彼らの前線部隊の機影がその内部に沈み込んでいた。

 

『こ、こちら第十七偵察小隊!! 謎の白いものに最前線が覆われている!! また、それが拡散して横に伸びているように見える!!』

 

『―――ッ、偵察小隊!! 直ちに後退しろ!! 味方には構うな!! 周囲の部隊にも後退を指示するんだ!!』

 

『りょ、りょうか―――』

 

『どうした!?』

 

 隊長が声が途切れて慌てて問う。

 

『何だコイツら!? 一体何処から!?』

 

『小隊長!? た、助け!? こいつらオレ達の搭乗口を開けてきますぅううう!!!?』

 

『閉めろぉ!? な、何で締まらないんだよぉ!? このっ、閉まれ閉まれよぉ!!?』

 

 バツンッと通信が途絶して、隊長が最後に見えた操獣の視線から白い小さな小さな蜘蛛が大量に機体へ群がった事を理解していた。

 

『蜘蛛が……搭乗口を開ける? 意志ある蟲……ウルガンダの眷属か!?』

 

 大量の冷却水を額に浮かべた隊長が即座に後退を始めている味方を護るように周囲に向けるセンサーを最大にする。

 

『感知機構に掛からない? いや、いや!! 違う。違うぞ。あちらでは見えていた。だが、最初は見えなかった。そう考えるなら、相手は―――』

 

 彼が正解に辿り着こうとした時。

 

 ガゴンッという音と共に彼の胸元の搭乗口が一人手にロック解除され。

 

―――。

 

 彼は機体に必ず備えられている非常時の外部からの手動開閉機構がある首元に白い脚のようなものを確認し、即座に叩いた。

 

 瞬間、ベシャッと彼の指先が首元で何かを潰すが、ソレがハラハラと解けて白く細いものに変化していく。

 

(糸!?)

 

 シュルッと彼がハッチを自身の意志で占めるより先にハッチが白い何かによって強制的に全開とされてギギギギッと自動開閉機構が軋む程の圧力を受ける。

 

 シャカシャカと何かが彼の下まで走って来る音。

 

 そして、彼は自分の頭部に何かが乗った瞬間全てを理解した。

 

『クソ……見えない霊体化した操獣だと? しかも、これそのものすら呪も―――』

 

 彼はそのまま意識を落とされた。

 

 頸部の魔力を全身に供給するコネクターが一刺しで破損し、魔力供給の停止で瞬時に意識がブラックアウトしたからだ。

 

 スゥッと姿を露わにした仮初の命を与えられた糸蜘蛛達が次々に群がり、ドラクの巨大なシステムに繋がった兵達の四肢を糸を太くしながらギリギリと締め上げて切断し、次々に中身を担いで最前線へと戻っていく。

 

 そして、搭乗者を失った機体が次々と糸で番号らしきものを額に張り付けられ、糸蜘蛛達の海の中でゆっくりと最前線からオクロシアの方へと流されていった。

 

 彼らは勤勉だ。

 

 倉庫の資材から倉庫そのもの、機体整備用のハンガー、大量の機体整備用部品、ソレらを根こそぎ糸で両断し、解体し、あるいは木箱のまま自分達の海に流して運び去っていく。

 

 襲撃は極短時間の事であった。

 

 その夜が明けるまでの7時間でオクロシアの最前線から全てのドラクとヴァルハイル軍の基地、人材が消え失せ……全て国境内に運び込まれている様子は想像を絶して喜劇的に見えるだろう。

 

「………………」

 

 ヘクトラス達が明け方に其処を見た時、ドラクの総数は総勢で3000体弱にも上り、捕らえた将官は12人、下士官が400人、更に末端の兵が2000人以上という有様であった。

 

 軍そのものの強奪。

 

 とでも言うべき状況をヴァルハイルの総司令部に報告する者は無かった。

 

 たった7時間でそれらを報告するはずの戦域に溢れていた軍がそもそも消え去ったからだ。

 

「………………」

 

 フレイとゴライアス。

 

 2人の部下である蜘蛛達は出撃するどころか。

 

 とにかく大量に運び込まれた機体を選別し、西部へ送り込む為に大量に糸で包んで梱包するのに忙しく。

 

 殆ど西部と変わらぬ雑用に追われており、その立ち働く姿はまったく優良労働者そのもの。

 

「………………」

 

 北部の者達は何一つ言うべき事は無かった。

 

 彼らの前には彼らの邦を滅ぼそうと進軍して来た兵士達が四肢もなく糸に今も体力魔力霊力をチューチューと吸われてゲッソリしながら気を失っていたからだ。

 

 機械式の装甲の中身の事は分からずとも、彼らが敗北者である事は間違いなく。

 

「この連中を引き渡して貰え―――」

 

「ない」

 

「……解った。そちらに任せよう。このドラクは?」

 

「あっちにいる蜘蛛達にやる用」

 

「そっちの部品は?」

 

「半分研究用。後は要らない」

 

「そっちの建造物の資材は?」

 

「これは問題無い。適当に使っていい」

 

「武器類は?」

 

「転用出来る分ならいい。他は持っていく」

 

「……新しく再編した部隊はどうする?」

 

「囮に使う。この軍隊がこのヴァルハイルの兵を下した。そういう事」

 

「我らは隠れ蓑か。いいだろう……」

 

 ヘクトラスは朝日の最中。

 

 部下達を背後に天を仰いだ。

 

「大穴……穴というには広過ぎるな。我が国の国境は……」

 

 彼は最前線から少し後ろの地域にいる蜘蛛達が立ち働く姿を横目に今後の立ち位置と新しい戦略を練り直す必要に駆られたのである。

 

 *

 

―――ヴァルハイル高都【総司令部】参謀総局会議室。

 

「全滅ぅぅぅぅぅぅぅううぅぅ!!?」

 

 思わず悲鳴を上げたヴァルハイル軍の高官はその第一報を前に泡を吹きそうになり、グラリと傾いだ体を即座に立て直し、口元と耳元にあるヘッドセット染みた魔力の輝きで造られた通信用のデバイスに叫んだ。

 

「どういう事なんだぁあああああああああ!!!?」

 

 そんな事があった当日。

 

 オクロシアの最前線部隊及び周辺の司令部が一夜にして消失した事を報告された将兵達はその大穴というよりは無人地帯へ次々にオクロシアの部隊が殺到し、大規模な領域を占領された挙句に両隣の戦域の裏側に回られた部隊が端から包囲殲滅されているという悪夢に呆けるしかなかった。

 

「げ、現在、移動中と思われる裏に回った部隊が大量に西部戦域と東部戦域に展開し、撤退中の部隊が次々に撃滅されていると報告がありました」

 

 その報告をしている武官が思わず顔を蒼褪めさせるのも無理は無い。

 

 高都の総司令部の会議室にはもはや沈黙して青筋を立てる将校しかいなかった。

 

 無論、それが分かるような機械化していない者はいなかったが、気配というのはどうしても漏れるものだ。

 

 機械蜥蜴と揶揄される彼らにもまだ生身らしい感情が残っていたのかと思う部下は多かった。

 

「た、ただ、幸いな事に敵軍が奪取した領地は左程広がっておらず。恐らくですが、【四卿】閣下達との接触を警戒しているものかと」

 

 報告者の声が少し小さくなる。

 

「当たり前だ……オクロシアはヴェルゴルドゥナ殿の持ち場だったな」

 

「そ、それが、閣下からは到着までまだ6日程掛かる見通しとの話が来ており、すぐに戦線へ到着する事は事実上不可能かと」

 

「急がせろ。魔力の補給はこちらでやると言ってな。他の者達は?」

 

「各戦線において戦闘を開始する直前だった事もあり、聖姫殿下から一端待機を命じられました。今ならば、先にオクロシアへと向かわせる事も出来ますが」

 

「……それは無しだ。今、各戦線は膠着して来ている。時間が区切られた以上、戦域の押上は至上命題。既存戦力のみで敵わぬ以上は【四卿】殿達の協力は必須となる」

 

「ですな。6日……6日ですか」

 

「近衛を出してしまった以上、戦力は枯渇しているに等しい。他は治安維持用の部隊しか高都には無い。緊急で招集しても6日で編成して送り込むのは不可能」

 

「解っている!! そんな事は……この間にオクロシア側が完全に戦域の端を削りに掛かる。幾らヴァルハイル軍が精強とはいえ、正面側面裏手を取られては……」

 

「それだけではない。四卿がいない今、諜報軍及び敵の間諜による攻撃が予想される。だが、それを護り切るには……」

 

 そう彼らがどうにかして戦力を捻出せねばという会議の肝を話し合っている時、ドガッと会議室の扉が蹴り開けられる。

 

「待たれよ!! 諸君!!」

 

「馬鹿共め。何故、我らに声を掛けぬ!!」

 

 彼らがあまりの危機的な状況に顔を蒼褪めさせていたところにやって来たのは2m程もあるギラギラとした人型機械竜だった。

 

 黄金の竜と翡翠色の竜が内部の者達を睥睨する。

 

「こ、皇太子方!?」

 

「こ、此処は軍総司令部ですぞ!?」

 

「警備は何をしていた!?」

 

 黄金の竜と緑の竜の背後から数名の黒い竜頭の者達が警備の武器らしいものを捨てる。

 

「何を考えておいでか!? 今は重大な―――」

 

 一人の将軍が叫ぼうとした。

 

「諸君!! 君達は我々を忘れているだろう?」

 

「まったく、我らに声を掛けぬとは……軍も戦力が欲しいならば、頼むくらいすればいいものを……父が好きにさせているからと勝手にしおって」

 

 理性的な黄金の竜は肩をキザったらしく竦めて、翡翠色の竜は何故に我らへ声を掛けぬのかという顔で不満そうにそう漏らす。

 

「話はもう草の連中に聞いている。我らがこの高都を護ろうではないか。手勢もそれなりにいる。我ら2人と我らの子飼いが居れば、如何に広い高都とて護り切れよう」

 

「ヴァメル殿下……それは……」

 

 黄金の竜ヴァメルと呼ばれた青年らしき男が王者の風格というよりはキザ男が恰好付けているかのようにニヤリとして見せた。

 

「フィーキスとベゼールが死んだ以上、次の聖王となるのは我らのどちらか。丁度良い余興だ。その代り、高都の治安維持戦力を全て吐き出せ。高が目の良いだけの連中。そうすれば、奴ら如きにこれ以上の遅れは取るまい?」

 

「ザンネス殿下。そうは言われましても治安維持用の戦力が無ければ、高都の防衛は……」

 

 軍幹部達が難渋していると言いたげに顔を歪める。

 

「戦力を小出しにしても意味は無い。オクロシアがそれ程に強大であるならば、残った全戦力で穴埋めをするしかない。違うか?」

 

 ヴァメルの言った事は最もではあった。

 

 最もではあったが、それだけでしかなかった。

 

「そもそも治安維持用の部隊とはいえ、殆どは野戦用の武装をしておらんのです。武装は余っている為、装着すれば戦う事自体は可能です。ですが、実戦を経ていない上に使い慣れていない武装を用いて戦線の大穴を防ぐ事は恐らく……」

 

「四卿の後ろから打つだけでも十分だろう。問題は時間なのだろう? ならば、四の五の言っている暇は無いと思えるが」

 

「ぅ……」

 

 ヴァメルにズボシを突かれて、反論した軍高官が黙り込む。

 

「そもそもだ。貴様ら軍の怠慢ではないのか? 全滅とは何だ? 軍の2割3割の話ではなく完全に消え失せるというのはどれほどに無能ならば、可能な消耗率なのだ?」

 

 翡翠の竜ザンネスの言葉に将校の多くが忸怩たる思いで口を噤んだが、さすがに黙っていられない者も出た。

 

「そ、それは!? オクロシアによる何らかの新しい兵器か戦じゅ―――」

 

「馬鹿者が!! ヴァルハイルの兵を無為に散らしておいて敵を褒めるだと? そんな事をしている暇があったら、我らに背後を任せて、とっとと貴様ら総出で穴を塞いで来い!!」

 

「ぐ……」

 

「それとも何か? 我ら2人では高が間諜如きも撃退出来ないと? それはさすがに我らも矜持が傷付くな。なぁ、兄様よ」

 

 ザンネスがヴァメルの肩を掴む。

 

「まぁ、我らの今の意見は一致している。父があの場所から出て来ぬ以上は我らで何とかするしかない。であるならば、聖姫と持ち上げられている妹の手伝いくらいはしようではないか。弟殿」

 

 2人が軍高官を前にしてどうするのだと圧力を掛ける。

 

「ぐ、軍の事案は我ら参謀総局の優―――」

 

「「………」」

 

 あくまで軍で処理しようとした男が2人の皇太子によって手打ちにされようとした時だった。

 

「お兄様達。いつ御戻りになったのですか?」

 

 ハッと軍の頭脳役達が2人の背後からやって来た相手を見やる。

 

 その顔には聊かの安堵が浮かんでいた。

 

「おお、我らが妹殿。エレオールよ。留守を任せて悪かったな。これからは高都を我らで護ろうと頭の高いこの男共に提案していたのだ」

 

 ヴァメルが背後からやってきた少女にそうニコヤカに微笑み。

 

 その背後にいるヴェルギートを僅かに睨む。

 

「エレオールか。女が口を出す事ではない。とっとと帰れ」

 

「そう言わずにいて下さい。ザンネスお兄様」

 

 ぶっきらぼうに答えたザンネスが胡散臭そうな顔で笑みを浮かべるエレオールを邪魔だとばかりに睨む。

 

「ザンネス!! 我が妹殿に無礼は許さんぞ!? どうしてお前は昔からそうなのだ!! エレオールこそは今後のヴァルハイルの未来を担う者なのだぞ!?」

 

「……それで? 何用なんだ? エレオール」

 

 ザンネスが煩そうに兄を見やってから少女に視線を向ける。

 

「お兄様達がようやく帰って来たと聞いて参じました。それでお二人が高都を護ろうという高いお志でいる事は解っていたので、お兄様達の為に護るべき場所を分けてはどうかと提案しに来たのです」

 

「おお、妹殿よ。話を聞こう」

 

「はい。ヴァメルお兄様。お兄様達はあの映像をもう見ましたか?」

 

「あ、ああ、あまりにも悪辣なる裏切り者が我が軍の内側にいたと考えるとハラワタが煮えくり返るようだった」

 

「そう。そうですよね? 正義感の強いヴァメルお兄様ならそう言われると思っていました!!」

 

「ははは、当たり前じゃぁないか!! 皇太子たる我が正義には聊かも揺るぎは無いとも!!」

 

「ザンネスお兄様はどうでしょうか?」

 

「見た。だが、俄かには信じられんな。あの鋼鉄騎士が裏切るなど……」

 

「ザンネス!! どうやら、お前にはまだ正義の話は早かったようだな?」

 

「フン……」

 

 男達が意見の食い違いに互いを睨む。

 

「お兄様達。そう怒らないで下さいまし。お二人が共に戦う事になれば、その強力さから高都は瓦礫となってしまうでしょう。ですので、お二人には空と地下を護って頂きたいのです」

 

「空と」

 

「地下?」

 

「はい。お互いに戦う場所を限定するのです」

 

 にこやかにエレオールが告げる。

 

「敵は地下より来ると告げました。何もせずにいるのは無為無策でしょう。ですので、地表において最も早きお方たるザンネスお兄様には地下霊廟と周辺の守護をお任せしたいのです」

 

「オレに地下へ潜れと?」

 

「敵の主力が地下より来たならば、真っ先に戦い武功を得るのはザンネスお兄様という事です」

 

「………まぁ、悪くは無いか」

 

 ザンネスが僅かに考えて頷く。

 

「妹殿?! で、では、空というのは!?」

 

 ヴァメルが慌ててエレオールに訊ねる。

 

「ヴァメルお兄様は空においてこそ最強。それはこの高都ですら疑われぬ事実でございましょう。故に高都が襲われれば、真っ先に民の下へ駆け付け、多くの民がお兄様に護られる事になる。これは民からの信頼を得ている雄々しく気高いお兄様にだからこそ頼める事なのです」

 

「そ、そうだな!? そうだな!!? うむ!! うむ!! エレオールが言うのならば、確かにそうだ!! 我が姿を拝む者達に我が力を見せたならば、民からの信頼は天に届くだろうとも!! 次なる王としてな!!」

 

 エレオールがそうですと笑みで受ける。

 

『………(;´Д`)』

 

 この厄介な皇太子達を手玉に取ってくれる少女に軍の上層部が心底に感謝しつつ、顔色には出さぬように沈黙を続ける。

 

「お二人には其々に違う場所で自らの目的の為に戦って頂き。地表はわたくしがヴェルギートと共に護りに入ろうかと思います」

 

「妹殿!? 危ないぞ!? それは危険だ!? そんなのはヴェルギートに任せておけばいい!!」

 

「はい。ですから、ヴェルギートの後ろにいます」

 

「そ、そうか。焦ってしまったぞ? はは、悪戯な妹殿だ」

 

「ふふ、ヴェルギートも一角の戦士。お二人には敵いませんが、地表の軍が倒した後の兵ならば、どうとでもなりましょう」

 

「解った!! では、地表の事はお前に任せよう。エレオール。我が妹殿」

 

「いいだろう。先に武功を上げるのはオレだ」

 

 2人が満足して軍装司令部を後にし、黒い部隊を引き連れて消えて行き。

 

 完全に視認出来なくなるまで見送った少女が破壊された扉を指先を少し弾いただけで元に戻して、無詠唱で会議室内を防音する。

 

「もう結構だ」

 

「……はぁぁぁ(;´Д`)」

 

「ふぅ……」

 

 参謀将校達が溜息を吐く。

 

「次の聖王閣下には聖姫殿下を推しますよ。我々は……」

 

 その一人の将校の言葉に誰も同意はしなかったが、誰一人として先程の男達を王と頂きたいと思っている者が無いのは明らかだった。

 

「済まなかったな。ヴェルギート」

 

『いえ、御身の演じる舞台の役者ならば、存分に……』

 

「ふふ、そんな事も言えるようになったか。さて……まずは謝らせて頂きたい。諸兄等の手間を増やした事を皇室として謝罪させて頂く」

 

 頭を下げる少女にすぐお顔をお上げ下さいと多くの者達がアワアワとした空気になった。

 

 それだけで彼らの心がどうあるのかは分かったようなものだった。

 

「我が愚兄達には今後も諸兄等の仕事に口は出させない。幸いにも言うだけはある力が2人にはある。空と地下の護りは考えずとも良い。問題は……」

 

 テーブル状の地図の一点を少女が指差す。

 

「此処だ」

 

 その少女の鋭い指摘に彼らも僅かに唸る。

 

 其処は現在、【四卿】の一人であるヴェルゴルドゥナの現在地とオクロシアの領域の中間地点だった。

 

「さすが、聖姫殿下。ご慧眼でいらっしゃる」

 

「そうです。此処には……聖王閣下の守秘命令を下された地点があります」

 

 参謀職達が頷く。

 

「此処の者は全て知っているのだな?」

 

「はい。上級参謀職で此処に詰める者は全て」

 

「ならば、話は簡単だ。此処を吹き飛ばす以外にない」

 

 その言葉に多くの者達が驚く。

 

「ですが、それは……」

 

「状況判断が迅速でなければ、事態は最悪の展開に向かうであろう」

 

「よろしいのですか? せめて、聖王閣下には伝えておくべきでは?」

 

「こちらから行って来たが、伝言も伝わっているのかどうか分からぬ。だが、少なからず、この地点が敵に渡るのは避けたい」

 

「では、ヴェルゴルドゥナ様に対処して頂く事に?」

 

「ああ、だが、それだけではダメだ。恐らくグラングラの大槍で吹き飛ばす事は出来る。しかし、理由もなく吹き飛ばせば、敵の要らぬ勘繰りを受ける」

 

「それは確かに……で、あれば、どう致すのが良いでしょうか?」

 

「敵を曳き付け、敵軍の襲来時にこの地点で戦うのが望ましい。幸いにしてオクロシアの軍の動きは緩慢だと聞いている。ならば、ヴェルゴルドゥナ卿をこの地点で待機させ陣地を構築させれば……」

 

「敵は近付いてきますか?」

 

「来る。この位置は後背に回る敵軍を殲滅可能な距離だ。グラングラの大槍がある限り、射程では我が方に分がある。包囲殲滅可能な地点は限られているが、裏手に回られなければ、まだ両翼の戦域では再度の戦線形成が可能なはずだ」

 

「た、確かに……この地点からならば、大規模に軍を展開すれば、更に背後からの攻撃が可能。敵軍は射程を考えても戦線裏に踏み込んで来ないか」

 

「もしくは踏み込んでヴェルゴルドゥナ卿の撃破に向かう?」

 

 参謀達にエレオールが頷く。

 

「左様だ。一軍を消し去る兵器もしくは戦術。となれば、気が大きくなる。もしくは過大な戦果を望むはず」

 

「本当に……聖姫殿下は戦巧者でいらっしゃる。敵軍への圧迫と選択の強要。そして、機密保持……よく考えられましたな」

 

「諸兄等に頭脳だけは鍛えられたからな。これに異議が無ければ、これを以てオクロシアへの方策とする。また、オクロシア両端の戦域で今も死闘を繰り広げている者達には辛いだろうが戦域を緩やかにヴェルゴルドゥナ卿のいる陣地方面へと傾斜させ、凹んだ状態で殲滅領域を形成して貰いたい」

 

「よろしいかと。他戦線の後背からはまだ幾分か兵を割く余力はあります。即座に取り掛かれば、3日で形にはなるかと」

 

 参謀達が頷いた。

 

「“聖域への道”の一つ。相手に知られるわけにはいかぬ。聖域が活性化している今、どのような結果になるのか想像も付かぬ以上、此処で敵軍を食い止めるのが最良と判断した。諸兄等の奮闘とこれより犠牲となるだろう多くの兵達に期待しか出来ぬ我が身の不甲斐なさを苦しく思う」

 

 その言葉に多くの者達が敬礼しながら、僅かに涙ぐんだ。

 

 そして、そんな様子を見て、僅かにヴェルギートの口元が緩んだが、それは誰にも……主にさえも知られぬ事であった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。