流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第48話「オクロシアの崩壊Ⅱ」

 

―――ヴァルハイル戦線崩壊から3日目。

 

 大量の食糧が届き続けるオクロシア首都で多数の傷病兵達が復帰後、すぐに装備を受取りながら各地の戦線もしくは現地部隊に吸収されていた。

 

 凡そ十数万の兵達が殆ど治療を終えた後、逆に各戦線後方からは巨大な傷病者の列がこっそりとオクロシアの後方へ続くようになっている。

 

 噂を聞いた傷病兵達が霊薬を求めてやって来ているのだ。

 

 オクロシア側はニアステラの霊薬をオクロシアの外部に持ち出す事を提案していたが、少年はこれを拒否。

 

 その代りに傷病兵の受け入れと戦線への復帰を行うオクロシアという邦を印象付け、同時に食料を大量に供給する事で各戦域と後方地帯の欠乏していた血糖値を上げる事を確約した。

 

 ついでのように爆華が大量供給されたオクロシアはすぐに軍備を増強。

 

 他の種族連合の戦線にも供給を開始した事で各地では早く食料と爆華を届けて欲しいと大量の注文が殺到し、傷病兵の半数はこれを運ぶ補給部隊として各地域に後方から加わる事になっていた。

 

「くく、あの悔しそうな諸王達の顔を貴殿にも見せてやりたいところだ」

 

 黒い城内部でご機嫌の男はすぐに顔を改めて、灯が久しぶりに付けられた玉座の間で相対していた。

 

「報告は?」

 

「操獣による偵察で分かった事だが、戦線が凹んだ形になっていた理由がすぐに分かった。どうやら連中、ようやく四卿が来たらしい。しかも、一番のデカブツがだ」

 

「デカブツ……【器廃卿】ヴェルゴルドゥナ」

 

「その通りだ。見よ」

 

 玉座の周囲に複数の映像が映し出される。

 

 呪紋を用いている黒い兵達が見て来たと思われる巨大な壁。

 

 動く城塞。

 

 100mは超えているだろう巨大な金属製の樽が鎮座していた。

 

「昨晩にグラングラの大槍と思われる攻撃で裏手に回っていた部隊の一部が消し飛んだ」

 

 巨大な爆光が遠方で上がるのが見えた。

 

 その前段階で閃光のようなものが遠方から瞬時に飛んでいる事も確認出来る。

 

「【グラングラの大槍】……連中が使う地平の果てから打てる大規模な戦略兵器。呪紋の大規模集束装置だ」

 

「呪紋集束……ドラクのみたいな?」

 

「それの超大型だ。巨大な橋程もある代物でな。一発撃つだけで1万から3万程度の兵が消し飛ぶ」

 

「……使用条件が厳しい?」

 

「勘が良いな。そういう事だ。詳しい事は解っていないが、恐らくは呪紋そのものを紡ぎ上げるのにかなりの労力と魔力が使われる。もしくは儀式、生贄当たりの線もあるな。ただ、連射は最低でも3時間は無い」

 

 少年が映像に移る閃光を見やる。

 

「威力は基本的に当たれば半径で1里は蒸発、2里圏内で重度の火傷、3里圏内で服が燃える程度だ」

 

 凡そ12kmが怖ろしい状況になるというのは確かに戦略兵器の名に値する。

 

「ただし、無理をすれば、恐らくは撃てると試算されている。破壊されるのか。もしくは自爆するかは知らんがな」

 

「……何本も使われる可能性は?」

 

 少年が脳裏のフラッシュバックに目を細める。

 

 無数の光の雨を少年は確かに過去、幾度と無く目撃していた。

 

 ニアステラやフェクラールの大地での事だ。

 

 正しく死の雨はあらゆるものを蒸発させた。

 

 そして、ソレを撃った者と幾度と無く少年は―――。

 

「………」

 

 少年に対してヘクトラスが何を考えているのだかと読めない内心を推察するのも止めて、肩を竦めるに留める。

 

「無いと信じたいところだ。ヴェルゴルドゥナは確認されてから、あの大樽の如き体から片腕しか使った記録が無い」

 

「複数本腕があった場合は?」

 

「祈れと言いたくは無いがな」

 

「………」

 

「待て!? 今、何を考えた!?」

 

 思わずヘクトラスが少年に待ったを掛ける。

 

「撃つのはかなりの条件がいるはず。内部に突入して、相手のものを奪うか。もしくは自爆させる」

 

「―――言うは易しの典型だぞ?」

 

 ヘクトラスが呆れた表情になる。

 

「あそこで止まったのも気になる」

 

 少年が映像に出された地図を指差す。

 

「それはこちらも思っていた。もっと、突出してもいいはずだ。だが、裏手に回られるのを嫌って射程限界まで引っ込んで陣地を再構築。相手の殲滅出来る領域は全て敵陣地に等しいわけで、我らが踏み込めねば前ががら空きでも意味が無いわけだ」

 

「少数なら?」

 

「………可能性はある。だが、敵軍は数を出せるぞ? 遠距離からの攻撃も強力だ。相手側の最大級の弩は上空から敵軍を遠方まで殲滅出来る威力を備えているし、その精度も正確無比だ」

 

「放置は?」

 

「出来ぬ。他の四卿が集まって来れば、勝てる見込みが無い」

 

「じゃあ、行って来る」

 

「ちょっと待て!? 話を聞いていたのか!?」

 

 少年がそこらを散歩してくるような気軽さで出ようとしているのを止めた男が思わず叫んで止めた。

 

「敵が気付けなければいい」

 

「それが出来ないから困っているのだが?」

 

「出来る」

 

「何だと?」

 

「気付かれずに相手に接近して、相手に乗り込む方法がある」

 

「……本当にか?」

 

 少年はそれを思い出そうとして僅かに被りを振った。

 

 必要無い情報を一々思い出しては心の擦り減り具合に響くのだ。

 

「敵内部に乗り込めれば、楽に勝てる。たぶん」

 

「はは、話せ。そして、せめて理解出来る範疇の作戦で教えてくれないか? アルティエ殿……」

 

「空も地表もダメなら……」

 

 少年が床を指差した。

 

「……ほう? そうか? そういう事か? そう言えば、連中の新鋭部隊を鹵獲していたのだったな。何だ。本当にお前達はヴァルハイルの天敵ではないか……」

 

 呆れながら王は笑う。

 

「少し食料の供給を減らしても?」

 

「構わぬとも。その分で運び込むモノはちゃんとあるのだろうな?」

 

「残してるモノが複数ある。勿論、呪紋の習得と装備の複製も終わってる。全部問題無い」

 

「解った。作戦は許可する。ただし、オレも行かせろ」

 

「………理由は?」

 

 初めて少年が僅かに思考した。

 

「誰か囮が必要なのだろう? 為ってやろう。お前達ニアステラの囮に、な?」

 

 何か突如として訳が分からない話で敵の中枢に行きたいとか言い出す王様。

 

 そんなものを祭り上げてしまっている黒い兵士達は何も言わず。

 

 ただ、自分達の王が段々と来客に毒されているのではないか?

 

 という顔を兜に隠して職務を全うするのだった。

 

 *

 

「(≧▽≦)/」

 

 やぁ、諸君!!

 

 と、言いたげないつも元気な美少女蜘蛛。

 

 ルーエルは本日、本当に蜘蛛形態で第一野営地をウロウロしていた。

 

 理由は既に彼女の前にある。

 

 精霊が引く乗合馬車でやってきた遠征隊の予備部隊志願者(強制)が三人もやって来たのだ。

 

 喜びにピョンピョンしていても仕方ない。

 

 彼女の傍には蜘蛛形態のスピィリア達が【遠征隊志願者大歓迎】の横断幕を以て、歓待の二文字を背中に漲らせている。

 

 そして、見る者が見れば、何もいないのに進んでいる馬車が止まって、内部からバタンッと扉が開くと。

 

「ぁ~~」

 

「う~~」

 

「うっぷ。馬車って揺れるのですね」

 

 そう言いながらゾンビのようにエネミネ、メル、クーラが出て来たのだった。

 

 数分後。

 

 巨人族を小さくしてくれるという呪具の華飾りを付けたメルが飾りを取って砂浜で巨大化しつつダウンし、その横に2人が並んで背中を預けていた。

 

 三人にせっせと甘い爆華のジュースを運んでいた蜘蛛達が酔い止めを混ぜていた為、すぐに三人は回復。

 

 親切な蜘蛛達に恐る恐るながらも握手して感謝を示す。

 

「案外、優しいのね。此処の蜘蛛達」

 

「そ、そうですね」

 

「そーだね~♪」

 

 その背後からはヒオネがイソイソと忍び寄っている。

 

 これから彼女達がどんな事になるのか。

 

 それを知っている蜘蛛達は逃げられないように歓迎しなければ、という気持ちに燃えたらしく。

 

 バイバイと手を振ってから自分の仕事に戻っていった。

 

「……新しい風だな」

 

「だなぁ……」

 

 そんな様子を見ていたカラコムと船長オーダムは遠征隊にオレも入りたいなーという顔で互いに発酵させた爆華の酒を昼間から乾杯し、魚の燻製を齧っている。

 

「アレが例の……巨人ですか」

 

 マルクスが珍しい種族が多いようだと読み書きの授業内容を彼女達用に考え、近くの蜘蛛達と相談し始めた。

 

 近頃、やたらと戦力増強に拍車が掛かったニアステラであるが、野営地の中核人材達は例に漏れず……遠征隊と同じカリキュラムや秘薬の一部を使用している。

 

 元教会騎士のベスティンとその仲間達も商隊のノウハウを蜘蛛達と構築した後は隊長職を退いて野営地の防備の為に職務へ付いており、まだ慣れなそうな幼女達を教導し、教育し、ペカトゥミアや他の人間形態を手に入れた蜘蛛の種族達と一緒に毎日『おえー』という顔で秘薬を呑んで訓練している。

 

 少年達がいつも使っているものの廉価版ではあったが、それでもかなり常人とはかけ離れた力を得ているのは間違いない。

 

 これに当て嵌まらないのは水夫と難破船の者達だけであったが、彼らは彼らで疲れを取ったり、病を治したりする為に薬を飲むし、前に海で船に乗っていた時よりも調子が良くなった様子はもう定住しようかと考えるレベルであった。

 

「く、敵が強くなるのを手伝うなど!! 屈辱!!?」

 

 そんな事を宣っているのは機械蜥蜴系幼女の長となった彼女。

 

 “へんきょーはく”であった。

 

 一度は10代まで戻された年齢も今やまた一桁になった彼女と仲間達は明らかに祖国に喧嘩を売ったヤバイヤツとして認定されているのは確実であり、今も時折『うぉおおぉぉぉ!? アレはッ、アレは呪紋のせいなんだぁ!?』とか叫び出すくらいにはトラウマになっているが、今は比較的落ち着いていて、元教会騎士である“たいちょー”を筆頭にした幼女達の下、イソイソと運送業をしていた。

 

 そのせいか。

 

 微妙に前よりも筋肉が付いているかもしれない。

 

「また、やっているのか? へんきょーはく」

 

「で、出たな!? 教会騎士め!? 我らは貴様らに従っているのではない!! 我らが生き残る為に仕方なく苦渋の決断をしているのだ!?」

 

「はいはい。からだはしょうじきしょうじき」

 

「な、何ぃ!? 何が正直だと言うのだ!?」

 

 ジト目のたいちょーがジトーッとへんきょーはく達を見やる。

 

 彼女達の頭には夏にはピッタリの麦わらの帽子がお揃いで誂えられ、麻布の服も少し涼し気なフリル付きになり、野営地の女性陣に可愛い可愛いと褒めそやされたせいか。

 

 何処かおしとやかさが身に付いている。

 

 配達員の腕章やら小さな木剣が腰には下げられているが、それすら何か子供のお遊びというよりはそういう衣装に見えた。

 

「ぅ……こ、こんな粗末な装備で誤魔化されているわけではない!? 我らは決して心は屈さぬ!?」

 

『みんな~~お茶の時間ですよ~~』

 

「あ、はーい。今行くぞ~~我らの分はちゃんとあるのだろうなぁ~♪」

 

「………( ̄ー ̄)」

 

「何だ!? その顔はぁ!? こ、これは現地で生存する為に敵側であろうと女達と交流し、少しでも情報をだなぁ!?」

 

「へんきょーはく!? はやくしないときょうかいきしたちにたべられてしまうぞ!!」

 

「ハッ!? こんな事をしている場合では無かった。急がねば!! そこのオヤツに手を掛けるんじゃない!! それは我々のだぞぉ!!?」

 

 へんきょーはく一派は慌ててドドドドッと女性陣がおやつを用意している一角へと雪崩れ込んでいった。

 

「ちょろい。しょせんじんがいか」

 

 たいちょーが悪い顔になる。

 

「ですな。たいちょー」

 

「ものでつられるとは。われらのようにしんぼうえんりょはないのだろうさ。はははは」

 

 ニヤリとした彼らは今日もイソイソと牙を研ぐ。

 

 毎日欠かさず木剣で剣技を磨き。

 

 毎日欠かさず仕事の合間に走り込みをし。

 

 毎日欠かさず食事をしながら元に戻る為の呪紋を研究する。

 

 人外共に我らの真似が出来るものかと高笑いする彼らは正しく野営地で一番規則正しく規律を重んじて自らを鍛える者達となっている。

 

 だが、だからこそか。

 

『お、たいちょー。今日は動きが良いじゃないか』

 

『そ、そうか? そうか? ほ、ほんとうにそうおもうか?』

 

『ああ、勿論だとも!! たいちょーはスゴイな』

 

 そうカラコムに褒められて、頭をナデナデされて嬉しそうにしていたり。

 

『ははは、たいちょぉー!! 朝から精が出るなぁ♪』

 

『き、きさまはおーだむ!! わ、われらはなにもわるいことなどしていないぞ!?』

 

『そんな無碍にすんなって♪ お前らの事は前から見てたが、本当に教会騎士ってヤツは鍛える事だけは一人前だと思ってな? オレの部下共にも見習わせたいくらいだ。がははは』

 

『ふ、ふん。そんなおべっかをつかってもなにもでんぞ? きょ、きょうはおまえへさいしょにべんとうをとどけてやろう』

 

 オーダムに褒められて、誰よりも早く弁当を届けてやったり。

 

『(/・ω・)/』

 

『な、なにぃ!? なかまたちがすこしおくれる!? りょうかいした!! あいつらのぶんのおやつをちゃんととっておかねば。すまないな!!』

 

『(・ω・)|』

 

 蜘蛛達と会話も無いのにコミュニケーションが取れて、言いたい事が何故か分かったりと野営地の生活に馴染みまくっていた。

 

 このように第一野営地はやたら変化した生活をしていながら安定しており、今日も日がな一日安心安全な日常を送っていたのである。

 

 それが誰かさんの苦労の上にあるのだと多くの者達が胸に刻みながら……。

 

 *

 

『まさか、我らのドラクが全滅するとは……どんな兵器を敵側は使い出したものか。面白過ぎて困る……本当に……早く見たいものだ』

 

 鋼鉄の箱が大量に並べられた部屋の最中。

 

 その中央に巨大な樽が一つ床に繋がっていた。

 

『ヴェルゴルドゥナ様。ドラクからの遠隔送信で送られて来た最後の情報の解析が終了致しました』

 

 部屋の内部、発言したのは鋼の箱だった。

 

『それで? 内容は?』

 

 映像が映し出される。

 

『………手動で開けられる外部搭乗口の開閉機構を操作されたのか。暗号鍵が4桁では足りなかったか?』

 

 ヴェルゴルドゥナ。

 

 鋼の大樽が溜息を吐く。

 

『本来、戦闘中に開けられる事は想定されておりません。その為に全軍で共有できる簡単なもので週替わりにしていたのがアダになったかと』

 

『だが、今の軍の機体を引き抜けもしなければ、改修も難しい。そもそも、それ専用の一体化機構の量産はどう見ても3ヵ月では足りんな』

 

 樽の言葉は最もだと周囲の箱達も同意するような声を上げる。

 

『問題は他にもあります。敵との交戦記録を回収しておりますが、全て白い小蜘蛛によって行われており、全て呪紋で構成された呪霊寄りの操獣かと』

 

『呪霊寄りか。見えない者には見えないのが困った話だ。脳を安易に弄るには将兵の数が多過ぎる。かと言って霊を見えるように改良しても霊がそのまま認識で強化されて襲ってくる可能性が高過ぎる』

 

『敵は増やしたくありませんな』

 

『その為に傷病者にして後方に送らせ、現地で死んでもらっていたわけだが、それも限界に近い』

 

『どう致しますか?』

 

『一部の観測官の視覚を強化する。精神強度を上げる呪紋を多用させろ。敵が小型ならば、気密隔壁と外部と内部の隙間という隙間を埋める必要があるな』

 

『その為には一度、本機【ドラグリア】を完全に変形させる必要がありますが?』

 

『部分的な変形を裏面で行いながら対処せよ。幼き赤子をあやすよう静かにやれ』

 

『直ちに改修予定を組み。本日中には提出を』

 

 樽がゆっくりと接続部から薄い冷気を伴った煙を溢れ出させながらゆっくりと回転して抜けて、その正面が割れると小さな樽が出て来た。

 

「貴様らには三年後の改修を施す予定だったが、どうやら敵は我らが想定しているよりも高度な戦術や戦略を取るようだ……」

 

 樽の内部から声がして、他の鋼鉄の箱達が黙り込む。

 

「作成していた24代目への代替わりを行う。用済みだ」

 

『今までお世話になりました』

 

「二日後を以て、任を解く。高都でも田舎でも好きな場所に行くといい。貴様らの体の用意はしておいた。後は好きに生きろ」

 

 樽の言葉に鋼鉄の箱達は沈黙を以て肯定を返した。

 

「まさか、このご時世に生身の竜を使う事になるとは……冷凍保管庫の扉を開け。全兵士に解凍作業を急がせろ」

 

『了解致しました』

 

「生身の竜をまだ使っている間抜けが、まさか我らに成ろうとは……確か30年前に造った竜の揚力増加用の装備が封鎖倉庫にあるはずだ。あるだけ出して解凍した個体に付けてやれ。火竜特化で相手を燃やしつつ、爆撃で吹き飛ばす」

 

 ヴェルゴルドゥナの言葉に全ての箱達は次々に他ブロックで働く者達への通信を開始した。

 

 鋼の樽はイソイソと回りながら外部へ続くハッチを開けて通路を通り抜け、樽専用に見える昇降機に乗ると降りて行く。

 

「ウルガンダか。あるいはその眷属か。西部……シシロウの諜報部門が消えたのも痛いな。連中が使っていた“あの個体”を量産出来ていれば、そこらのドラクより優秀なものが創れたというのに……200年以上生きても儘ならんか」

 

 ブツクサと呟いた樽が止まった階層で外に転がると左程大きくは無いがそれでも家一軒程はあるだろう室内に出た。

 

 壁際にはビッシリと半透明のポットらしきものが埋まっており、内部から内臓されているモノの生育用の光が溢れている。

 

「【ドラグリア】。起きろ」

 

『―――我が主人。何用か?』

 

「貴様を本格的に使う事となった」

 

『ほう? 遂にヴァルハイルも滅亡か。かかか!! これは僥倖僥倖♪」

 

 ノイズ混じりの合成音がバツンッという音と共に室内へ響き始める。

 

 明らかに合成でありながら感情を感じられるのはその物言い故か。

 

「相変わらず減らず口を。ヴァルハイルが滅びたのは貴様のせいだと言う事を忘れるな……教会が攻めて来ている。また、新しい戦だ」

 

『神聖騎士か!! 良いぞ!! この数百年で培った教会騎士を破る不死破り!! 全力で使ってやろう』

 

「それは後の話だ。今の敵は蜘蛛だ」

 

『蜘蛛? 西部のウルガンダが遂に北部へ攻め込んで来たか?』

 

「その可能性もあるが、恐らく眷属の可能性が高い。本体は確認出来ん。だが、恐らく貴様と釣り合うだけの獲物だ」

 

『……我をこのような姿にした貴様が我に許しを請うならまだしも、力を貸せとあからさま……どうやら、窮地のようだな。屑鉄』

 

「この200年の研鑽が破壊された。新たな革新の時が迫っている。【銀痕】の末裔最後の一匹……その力を見せてみろ」

 

 ガンッと大樽の表面から腕が迫出して浮き上がり、近くのポットを叩いた。

 

 ブゥンと明滅したポット内部。

 

 白濁していた液体の内部で魔力の輝きが沸き上がると次々にその内部の物体浮かび上がっていく。

 

 それは……内臓の数々だった。

 

 小腸、大腸、胃、心臓、肝臓、腎臓、肺、多くの臓器が管を繋げられており、大量の臓器が少なくとも人間のものではない事だけは巨大さからも分かるだろう。

 

 ゆっくりと大樽が樽のパーツを表面から迫出させて変形させながら人の形を取っていくと、彼を見やる最奥のポットには竜瞳が一つ。

 

 ギョロリと完全な人型形態を見ていた。

 

 ソレが樽だったとは思えない程に人体を模倣した肉体は鋼で出来ていながら、理想的な男性を象るかのように筋骨隆々としている。

 

『また姿を変えたのか? 元の貴様の肉体とは似ても似つかんな』

 

「何年前の話をしている。これは五年前のものだ。貴様に増設した設備で造った銀痕竜の因子を用いて培養した」

 

『他者を使う事だけは上手い主人だ』

 

「フン。まぁ、いい。貴様が絶望するだけの情報は与えてやろう。遂に聖王閣下が壊れたようだ。外部との意思疎通を完全に断っている」

 

『………労しい事だ』

 

 ギョロリとしていた瞳が僅かに俯いた、ようにも男には見えた。

 

「【ドラグリア】……貴様の情報と血統は全て保存済みだ。そして、もう貴様の維持も生体部分からして限界に来ている。貴様の後釜は造れるようになった。最後の働きをして貰おうか。我ら“最弱のヴァルハイル”が頂点に立った日のように……」

 

『いいだろう。永遠の虜囚よりは余程に愉しい戦場を期待しよう』

 

「何も残さず逝け。貴様の代替は少なからず貴様のようなモノにはしない。こんな化け物を使うのはもうウンザリなのでな」

 

『くくく、ふふふふ、ヴェルゴルドゥナ・アーレント・ヴァルハイル。貴様との腐れ縁も此処までのようだ。次に合う時は地獄。いや、魂すら摩滅した无の先やもしれぬな』

 

「生憎とまだ試さねばならぬ、理解せねばならない事が山程ある。あの忌々しい種族共を完全に我らへ服従させるまで死ぬ気は無い」

 

『怨みは晴れぬか。だが、未だ命令を護る貴様の気高さも変わらぬと……もう何百年経ったと思っている……そんなにまだ死んだ女の言葉が重要か?』

 

「まだ、“彼女”が死んで274年と123日12時間24分32秒だ」

 

『………そんなだから、貴様はいつまでも負け犬なのだ。ヴェルゴ……』

 

「その呼び名も今日までの事。数日後には独りで消えてゆけ。それと―――」

 

 男が再び身を屈めるようにして樽の形態に戻ると部屋の灯りが消えて行く。

 

「―――我は【器廃卿】ヴェルゴルドゥナ……自らの器を廃した最強の戦士だ」

 

 そして、完全に灯が途絶えた後。

 

 誰もいなくなった部屋で一人。

 

 暗闇の中に赤光を零す瞳が薄く縦に割れた瞳孔を細めた。

 

『だから、貴様はあの熱情を燃やした頃より弱くなったのだろう? ヴェルゴ……』

 

 その日、ヴェルゴルドゥナと多くの種族に畏れられている巨大な動く要塞。

 

 極大の鋼の大樽がゆっくりと回転するのを幾つかの軍の偵察部隊に目撃され、オクロシア側の新たな作戦の発動が早められる事になる。

 

『いや、我を含めて、全ては滅び続ける我らの泡沫に過ぎんのか……これが死の先、終わりの果てに見る悪夢ならば、貴様は後何回死ねば開放されるのだろうな……』

 

 敵は【四卿】最大最悪の戦略兵器を肉体とする男。

 

 その男と戦う為、ひっそりとオクロシアに集った部隊の蜘蛛達の一部は招聘した冥領の穴掘り蜘蛛達に敬礼し、その様子を奇妙なものを見る瞳となったオクロシア側の兵に目撃されるのだった。

 

 *

 

【黒二重城】

 

 首都エンブラスはこの城を中心として造営されており、実は地下設備が充実している。

 

 特に謀略に使う為と言われる程に広がった巨大な地下通路はいつでも国民と兵が逃げられる退路として機能している。

 

 というのはとても有名な話であり、その出入り口は呪紋で封印され、封鎖が解かれれば、すぐに王城に伝わる仕組みとなっていた。

 

「此処?」

 

「ああ、此処が動いていない相手の中心に届く経路だ」

 

 直径30m程ある巨大な試掘坑は街の南部にある外延部付近で止まっていた。

 

 そこには現在、数機のドラクを霊力で変質して造られた機械蜘蛛。

 

 レザリアによって【ウル】と呼ばれるようになったソレが鎮座している。

 

 その周囲には数百匹程もいる灰色の筋肉ムキムキっぽい呪紋で変貌したスピィリア達が構えており、ウルの前には巨大な回転する岩盤採掘用らしき大量の採掘用ドリルが着いた機材がデンッと置かれていた。

 

「此処からどれだけの時間で掘れるかが問題だが……」

 

 ヘクトラスが蜘蛛達の前で少年を横に腕組みする。

 

「(・ω・)/」

 

「ん?」

 

「あ、この子が現場責任者だから」

 

「……蜘蛛が工事するのか。いや、分かってはいた事だが……」

 

 一匹の工事用の麻布を黄色く塗ったベストを着込んだスピィリアがビシッと2人に敬礼する。

 

『我が契約者。戻って参りました』

 

「大丈夫だった?」

 

『はい。ルーエルが護衛してくれていました』

 

「そう。さっそく頼んでいい?」

 

『無論です』

 

 フワフワと後方から浮かんでやって来た妖精に現場監督蜘蛛が何やらシャーッと話しかけ始める。

 

 それにちょっと嫌そうな顔になったフェムだったが、契約者の手前はあまり地が出ないようにしてなのか。

 

 多少引き攣ってはいてもニコリとして周囲の地質について地図を出して蜘蛛達へ教え始めた。

 

「妖精か。本来、この情報だけでも随分と問題なのだがな」

 

 ヘクトラスが呟く。

 

「あげない」

 

「解っている。そんな事は言い出さない。そちら相手に奪うのも明らかに悪手なのも知っている。だが、妖精の話だけはヴァルハイルに漏れぬよう気を付けておけ」

 

「そんなに探されてる?」

 

「連中の悲願は妖精によって封印されたノクロシアは元より旧き者達の技術や知識だ。妖精達の知識があれば、嘗てのように寿命や生命の維持を魔力のみで行えるようにもなるのだから、当然だな。何を隠そうあのドラクもその力の再現を目指して造られたと言われている」

 

「へぇ……」

 

 2人が話し込んでいる間にも機材が動き出し、その巨大な機材の外周に蜘蛛達が配置に着いてまるで隙間を埋めるように詰まっていく。

 

 機材が魔力を供給されて始動した時。

 

「……!?」

 

 一瞬、何が起こったか分からなかったヘクトラスは驚く。

 

「音が、しない?」

 

「呪紋と能力で振動を外部に漏らさない」

 

 ゆっくりと話している数秒で1m近く掘り進んだ隧道の壁面がキラキラと輝きを零している様子に彼はようやく自分達が誰に何を頼んでいるのか。

 

 分かったような気がした。

 

「敵の力を我が身に宿し戦う、か。冥領の主の能力……もはや北部では途絶えた霊力系列の呪紋の多くがお前達の手にある……怖ろしい話だ」

 

 クルリと背中を向けた王は地表へと向かう出口へと戻っていく。

 

「吉報を期待する」

 

 こうして始まった採掘は迅速を超えた疾風怒濤の突貫工事によって進められ、オクロシア国境地帯へと猛烈な勢いで掘り進められる事になる。

 

 その作業は終わるのは凡そ3日後の事。

 

 奇しくもそれはヴェルゴルドゥナ率いる近衛軍が態勢を整えたのとほぼ同時刻の事であった。

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