流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第50話「オクロシアの崩壊Ⅳ」

 

 

「羅針盤の導きが変質した?」

 

 グリモッド中央域。

 

 霧に包まれた城が一つある。

 

 その最中、玉座に腰掛けた緋色の髪の青年が目の前の虚空に浮かぶ全てが白く針だけが金色の巨大な羅針盤……明らかに普通ではないソレが揺らぎながら北部の一点を指すのを眺めていた。

 

「……太極は変わらない。はずが、はずではない。というのもおかしな話だ」

 

 彼は独り言を呟いていたが、周囲にはそれを聞く者達が侍っている。

 

 多くの呪霊達が揺らぎながら、揺蕩う様子で目覚めてすらいないだろう。

 

 しかし、浮遊し、体を水の中のようにふわふわと虚空において流されている彼らの一体がゆっくりと起き上がり、ペリペリと青白い輝きが花弁のように肉体から剥がれるとドチャッと地面に倒れ込む。

 

 人間にしか見えない彼女はいきなり霊的存在から体に肉を得て、頭を掻いていた。

 

「イタタ……緋王陛下。どうなされたのですか? まだ、約束の時には時間があるように思われますが……」

 

 緋色の髪の20代の女。

 

 妖艶とも無縁そうな体躯はスラリとしているが、頭をボリボリと掻きながら、全裸で起き上がった彼女は快活そうな笑みを浮かべて指を弾く。

 

 すると、玉座周囲の無骨な石の柱が次々にキラキラと緋色に輝いて彼女の周囲に流れ込むように液状化し、肉体を覆って快活な彼女に似合うだろう紅い短めのワンピースなドレスと軽装の手甲、脚甲となった。

 

「ハウエス様に頂いた羅針盤が揺らいでいる」

 

「え!? 【太極神の羅針盤】ですよ!? それって世界が終わる程度じゃ何も変化無しとか言ってませんでした?」

 

「はずはない。はずはないが、はずはある」

 

「また、言葉遊びしてぇ……アタシに分かるように言って下さい」

 

 玉座に座る青年が顔を一撫でする。

 

 すると、厳めしい40代の男の顔に変貌する。

 

「羅針盤が揺らぐ時、世界ではなく、大宇が揺らぐ。それが事実だ」

 

「大宇? 空って事です?」

 

「お前にはまだ300年は分からないままかもしれん」

 

「今、馬鹿にされました!? されました!? この緋王陛下の為に時々起こされては世話係を任されているアタシを!?」

 

「馬鹿にはしていない。単なる事実だ」

 

「なぁんだ。それならいいんです。で? 理由でも排除してくればいいんです?」

 

「それでもいいのだが、今面白いところだ」

 

「面白い?」

 

「久方ぶりに戦をしてみたくなった」

 

 緋色の髪の女性がジト目になる。

 

「はい? あのですねぇ。我々が此処に封印されたままを選んで何年経ったと思ってるんですか?」

 

「さて? 100年だったか1000年だったか……」

 

「もう昔の臣下達の子孫なんて我らの事を御伽噺としか思ってないでしょう」

 

「お前らが居れば、遊ぶのは可能だろう?」

 

「あのですねぇ。やたら未来の進んだ呪紋とか相手にしたくないんですが?」

 

「それがな? 驚く事に今日初めて進歩した呪紋が発動した」

 

「え?」

 

 何処か可笑しそうに王は笑う。

 

「あれだけの年月が経って尚、呪紋というものが殆ど発達していない。この時代にあってもだ。一番先頭を走っていた者が今、真なる“新しき”に敗れる」

 

「……新しい物好きですもんね。陛下」

 

「それと冥領が落ちた」

 

「はぇ!? ちょ、そっちの方が大事件じゃ!?」

 

「いや、ヤツの魂はある。だが、初期化されたな」

 

「初期化? 輪廻に入ったんじゃなくて?」

 

「初期化だ。西部の母蜘蛛の力でな。くく、時間を掛けたが全て台無しだ」

 

「うわぁ~~遂に西部が東部を制したとか。ヤツの救世神撲滅計画も頓挫かぁ」

 

「ははは、それがなぁ。それが……制したのは南部だ」

 

「―――ヒトが?」

 

「ヤツが必死になって育てていた神樹も消えた。跡形もなく」

 

「………ッ」

 

 初めて女性が目を見開く。

 

「西部を制し、グリモッドの大霊殿を制し、冥領を制したヒト達がいる」

 

 王が見守る中。

 

 巨大な鋼の機械竜が黒い瘴気らしきものを零しながら吠え。

 

 それを飛び上がる竜蜘蛛に乗った者達が翻弄していた。

 

「………玩具と戦うくらいならこっちにも出来ますけど?」

 

「旧き希望は消え去り、新たな破滅と進歩の萌芽が世界を席巻する。到達したぞ……此処こそが恐らく約束の時に至る分岐点の一つだ」

 

「では、遂に始めるので?」

 

「まずは我が神をお迎えせねばな。その後、バラジモールに揚陸している神聖騎士共を叩く。本隊が乗り込んで来る前に」

 

「また性懲りもなくヤツらが? 戦争かぁ……」

 

「あの我らを封じ込め死滅して尚揺るがなかった連中が乗り込んで来るぞ? あの冷酷無比な神狂い共が……どうだ? 心躍らぬか?」

 

 王の笑みに臣下は答える。

 

「それは面白そう♪」

 

「ならば、手伝え。戦争の醍醐味と言えば、陰謀、同盟、裏切り、他諸々だ」

 

「ハイハイ。では、緋王陛下の槍があちらを慣らして参りましょう。必要な数を仰って下さいな」

 

「そう数はいない。まぁ、本隊が来るまでは1000もあれば十分だ」

 

「解りました。では、1000から始めましょう。陛下? お手伝い下さい」

 

「良い。許す」

 

 男が自分の人差し指を手刀で切り落として、血も出ない様子で放る。

 

 それを受け取った女の手が何かを回すような仕草をした時。

 

 その手には緋色の金属質の槍が握られていた。

 

 ヒュンヒュンと回して何度か突きと振り回しの動作を確認した彼女はニコリ。

 

「では、行って参ります。今回の神聖騎士共が面白い事に期待しましょう」

 

「我らを封じ込めてくれた連中くらいには頑張って欲しいものだ。本隊にはどうせ主神がいる。それが来るまでは存分に遊ばせて貰おう」

 

 王の玉座の前から女が姿を消す。

 

 そうして、新しい時代の映像を眺めていた王はふと周囲の消えた柱の位置を見て。

 

「……城が崩れぬか心配だ。石工を手配せねばな」

 

 そう自分の城の心配をし始めるのだった。

 

 *

 

 遥か巨大な機械竜が黒く染まりながら魂の擦り減る衝撃に嘶く。

 

 そんな様子を呪紋の遠見で見ながら、巨人族の王ヴァルハウは失った息子の事を思いつつも、オクロシアに突撃してくる大隊を丘の上で見下ろしていた。

 

「王よ。どうやら始まったようです」

 

 簡素な外套を纏った精々が12人の有志達が彼の背後にはいる。

 

 その巨人族達の背後には更に多くの者達が付き従っていた。

 

「敵にもはや後方はない!! 我が軍の目標は敵近衛軍の包囲撃滅である!! 無用な消耗は避け、防御に徹せよ!!」

 

 彼の言葉と同時に巨人族達が次々に背後から巨人がスッポリ入る竜骨製の盾を持ち上げ、もう片方の手で竜骨弩を掲げる。

 

「射撃戦用意!! 射程に入り次第一斉射!! 攻撃を絶やすな!!」

 

 爆華を用いた爆撃兵器が次々に兵達の手に持たれる。

 

「撃てぇええ!!!」

 

 こうしてまだ距離がある部隊との壮絶な射撃戦が始まった。

 

 巨人族達の背後には大量の竜骨弩に入れる迫撃矢の箱が山と積み上げられており、精霊使い達がその巨大な弩に矢を装填していく。

 

 相手側からの迎撃と攻撃もまた爆発物であり、その応酬は次々に戦域の大盾を持つ巨人達を襲ったが、それは敵側のドラクも同じ。

 

 特にフル装備とはいえ、相手を強襲する事に特化した彼らは防御用の兵装を重視しておらず、半数は盾すら持っていなかった。

 

『た、隊長!? 司令部からの応答ありません!!』

 

『構うな!! 数が想定よりも多過ぎる!! 包囲の穴から脱出しろ!!』

 

『こちら、第三小隊!! 敵軍の包囲が意図的に開かれている可能性がある!!』

 

『……罠毎打ち崩せ!! 損耗した者に構うな!!』

 

 攻撃を面制圧で互いに遠距離から打ち込み続ける場合、その消耗はどちらが早く相手を殲滅するかに掛かっているが、オクロシア守備隊と巨人族の莫大な爆華を背景にした爆撃は次々に突撃してくるドラクを戦域全土で打ち倒し、防御用の呪紋に特化して、射撃は全て兵器で行うという単純な戦術はオクロシア側の被害を最小限度に留めて耐久を可能にしていた。

 

『な、何だ!? 何だあの巨大な蜘蛛は!?』

 

『ドラク、ではない!? 蜘蛛!? 蜘蛛だと!!?』

 

『うぁああああああああ!!? 搭乗口を護れぇえええ!!?』

 

『白い蜘蛛が!? 白い蜘蛛の大群がぁ!!?』

 

『搭乗口の手動開閉は機構毎潰したはずだろぉ!?』

 

『こ、こいつら潰した機構部位から呪紋で侵食して、無理やりにぃぃぃ!!?』

 

 単純な手数の多さで数人が負傷しながらも巨人族との連携を主軸としたオクロシア軍は敵と接敵するよりも早く相手を減らしていた。

 

 だが、ヴァルハイル軍は後方に回り込んだ者達を相手にして包囲を受けながら、明らかに自分達が今まで倒して来た敵よりも数が多いという物量戦術を前に消耗を余儀なくされて擦り切れていく。

 

 白い小さな蜘蛛達は主の呪紋を伝導する手の役割も果たす。

 

 となれば、呪紋の延長用コードみたいなものでもあった為、様々な呪紋による支援が軍を下支えしていた。

 

『機械の蜘蛛……ウルガンダの……これが西部のち、から、か……』

 

 四肢を両断され、蜘蛛達によって次々にグルグル巻きにされて運び出された兵士達と破壊されたドラクは後から後から白い糸蜘蛛達によって戦場の後方へと運び込まれて、全滅した部隊の横へと並べられていく事になる。

 

 結局、最後の最後まで抵抗したドラク達が全滅するも、射撃と防御に徹したオクロシア側の被害も少なくはなく。

 

 だが、それでも前よりはマシな事を彼らは実感する。

 

『た、助かった!! 西部の蜘蛛達!!』

 

『(・ω・)///』

 

『蜘蛛糸で相手の攻撃を空中で絡め取ってくれていなければ、我らは大きな打撃を受けていただろう!! 貴君らの働きに感謝する!!』

 

 死傷者はどちらも左程出なかったが、嘗ての部隊が全滅を繰り返すような地獄よりはマシな地獄が出来たというだけでオクロシアの士気は上がっていた。

 

 それは絶対的な敵が相対的な勝てる敵になったという事に帰結しており、戦力としてやってきた蜘蛛達を彼らは初めての勝利の立役者として大いに労う事になる。

 

 彼らの多くが敵部隊の撃滅よりも相手の攻撃を抑止し、防御する事に徹したおかげで助かった者達が数多くいた事は今後の北部での蜘蛛達の活動に大きく資する事になるが、それはまだ先の話。

 

 たった100匹ながらも機械の力を得て飛躍したニアステラ戦力の働きは数千体にも及ぶドラクとの戦闘で存分に西部の威力として北部の者達の間で記憶されたのだ。

 

 *

 

『―――コロスコロスコロス』

 

「おいおい。完全にイッちまってるぞ!? あいつ!?」

 

「単なる偽装。魂が磨滅するまで理性は消滅しない」

 

「アルティエ!! この子達の速度だとギリギリだよ」

 

 空に竜蜘蛛で飛び上がった少年とガシンは途中から飛び上がって来たレザリアと共に進み始めた巨大機械竜ドラグリアを追っていた。

 

 ソレは黒く変色した後、猛烈な速度で瞬時に飛び出して、まっすぐにオクロシアを目指したのだ。

 

 しかし、途中から追いすがる相手を確認すると、巨大な戦略兵器の翅を短くするようにパージし、砲身を少年達に向けながら速度を落として迎撃を開始。

 

 その射線から逃げるようにして竜蜘蛛達で近付こうといていた三人は相手の射撃精度と巨大なのに敏捷性を損なわない相手を前にして距離を詰められずにいた。

 

「おっとぉおおおおおおおおおお!?!!」

 

 ガシンが翅から吹き伸びる光線を避ける。

 

 散弾化されたソレは空を埋め尽くすように上空の彼らを襲うが、竜蜘蛛の機動力と少年が神聖属性祈祷呪紋【見えざる権能】を行使した為、必ず避けられる限りは避けるという明らかに長くは持たない回避能力で今のところは光線の雨に当たらず済んでいた。

 

「白霊石の残りが少ない。竜蜘蛛もあまり長くコレで飛べない。早めに決着を付けないと射程距離に地表の部隊が入る」

 

 ボリボリと緋色の白霊石を呑気に齧りながら少年がまだ魔力が尽きない相手に不可糸を絡み付ける。

 

 しかし、黒い魔力が糸を弾き、巨大な魔力の噴出は本人を急速に摩耗させながらもまったく衰えていなかった。

 

「どうするの!? アルティエ!!」

 

 周囲を飛んでいるレザリアの声に少年が僅かに瞳を細めた。

 

「至近距離に入れば、確実に落とせる。ガシン」

 

「どうしろってぇえ!? 今、あの光が掠ったぞ!?」

 

 ガシンがすぐ1m脇を上空に消えて行った散弾化した光線にゲッソリする。

 

「問題無い。アレの威力は直接接触か、威力に転化する際、纏まった質量に当たらないと発動しない」

 

「で、どうすんだ!?」

 

「方法は―――」

 

 少年がすぐに作戦を伝えた。

 

「分の悪い賭けは好きじゃねぇ。好きじゃねぇが、出来るんだろ?」

 

「出来る」

 

「ならいいさ!! 頼んだぜ!! レザリア」

 

「うん!!」

 

 三人が背中を向けて翅をこちらに向けて未だに途切れぬ弾幕を張り続けているドラグリアの上空で頷き合う。

 

 三人が同時に同じ呪紋を発動させた。

 

「「「竜属性呪紋【再生色】」」」

 

 ガシンを中心にして三人が片手をドラグリアに向けた。

 

「「【飽殖神の礼賛】!!」」

 

 ガシンと少年の片腕から更に猛烈な量の腕が噴出し、同時にソレが再生色の影響で次々に光線の弾幕に穴を開けられながらも瞬時に再生しつつ、敵を覆う網のように広がった。

 

『ッ――』

 

 相手が弾幕の量を減らして加速、内部から逃れようとする。

 

 しかし、それよりも先に次々に高速で広がった腕の網が内部から竜骨を迫出させ、破壊されながらも同じような竜骨の弾幕を形成。

 

 ドラグリア本体へと次々に骨の槍を打ち込んでいく。

 

 さすがに貫通はしないが、貫通しないだけで威力を受け体勢を崩した相手の動きが鈍る。

 

 逃げるには加速する必要があるが、加速するには魔力がいる。

 

 魔力を攻撃に転用していては加速出来ない。

 

 しかし、攻撃を止めて加速しようとすれば、相手の攻撃の集中砲火で機体を釘付けにされて接近を許してしまう。

 

 弾幕と弾幕で攻撃合戦をしていては時間切れで先に沈むのは自分。

 

 という、あまりにも理不尽な選択を前にしてドラグリアが怒りの咆哮を上げ。

 

 飛ぶのを諦めながら巨大な機影が自由落下を始めた。

 

「あ、本当に落ちてる!?」

 

「魔力の充填作業。恐らく1分無い。追撃」

 

「おっしゃ!! ここでケリ付けるぜ!!」

 

 弾幕を張り続けて応戦を続行。

 

 しかし、ドラグリアは飛行に割いていた魔力の充填を開始。

 

 それが終わった時こそが、彼らを引き離して戦域を横断し、全ての敵軍と重要拠点を吹き飛ばし、オクロシア全土を灰燼にする時である。

 

 と、ばかりに落下しながら彼らに今までよりも更に濃密な弾幕を浴びせる。

 

 それはそうだろう。相手との相対距離こそ離れているが、位置はそのままなのだ。

 

 敵は自分を追い掛けねば、魔力の充填を許してしまう。

 

 しかし、相手が追い掛けて来れば、進路を弾幕で埋め尽くす事は可能。

 

 これによって敵を駆逐出来れば良し。

 

 相手が迂回しながらやってくれば、時間が稼げて美味しい。

 

 そういう算段なのだ。

 

 しかし、その目論見は甘かったと言える。

 

「レザリア!!」

 

「うん!! 霊薬を充填!! 行くよ。竜骨盾【無限再生】!!」

 

 少女が掛け続けていた竜骨の盾への呪紋を更に強化した。

 

 ギチギチ蠢いていた竜骨がガバリと肋骨の如く花びらの如く、傘のように開いて、肥大化していく。

 

「今!!」

 

 竜蜘蛛から飛び降りたレザリアが傘を下向きにして広げ続けた。

 

 取っ手の根本に付けられた霊薬装填用の試験管内部から注入された霊薬は単なる霊薬ではない混合薬だ。

 

 通常の傷を治す霊薬。

 

 少年が細胞増殖を行う最に使うビシウスの根環濃縮液。

 

 そして、膨大なカロリーの凝縮液である爆華の濃縮原液。

 

 巨大な大樽状態のドラグリアを崩壊させた例の一撃に使われた余りものが現地で調合されて入っている。

 

 それらが呪紋の効果と共に盾を肥大化させた時、起こる事は単純だ。

 

『―――ッ』

 

 グラングラの大槍。

 

 その圧倒的な威力のソレ。

 

 威力が40分の1に落ちて魔力で強化されてという威力上下を繰り返したソレの光の弾幕が貫通出来ずに防がれていた。

 

 猛烈な威力による蒸発させて消し飛ばす一撃が消し飛ばした先からの莫大な増殖速度による復元によって穴が開く前に再生されているのだ。

 

 質量は補填出来ないという事実は飽殖神の礼賛の効果で克服されている。

 

 盾がベコベコに凹みながらもすぐに復元され、また光の雨を受ける。

 

 その繰り返しの背後。

 

 落下以上の加速力を少年が魔力転化による運動エネルギーで得ていた。

 

 少年とガシンがレザリアが持つ大楯に乘って竜蜘蛛を降り立たせ。

 

 猛烈な勢いで腕の網を左右から周囲の一帯に降り注がせる。

 

「………ッ、行って!!」

 

 レザリアの合図でガシンが魔力を背後の腕から翼のように噴出させて更に盾を加速。

 

 その片手を取っている少年が盾に開けられた隙間から光の弾幕を擦り抜け、ガシンに投げられて加速。

 

 両腕で迎撃したドラグリアの身体から銀の粉のようなものが噴き出すのも構わず。

 

 無理やりに間合いの内側へと入り込み。

 

 腕を擦り抜けて胸元に霊力でキラキラにした方の大剣を打ち立て、迫る腕を二代目蜘蛛脚で切り払い。

 

 肉体を銀の噴流によって削られながらも再生色によって復元し、蜘蛛脚による加速で巨大な敵の胴体を斬り裂くかのように奔った。

 

「!!!」

 

 少年が瞬時に斬り裂いた装甲は亀裂が入っただけだ。

 

 しかも、何度斬り付けようともそもそもの質量が違う。

 

 内部機構を斬り裂く前に魔力の充填が終わるのは確定的。

 

 現在、黒い魔力の殆どが内部で充填に回されている為、今は問題無いが、ソレが復活すれば弾き飛ばされてしまうのは間違いない。

 

 そう、それが本当に斬り割いていただけならば。

 

「刻印完了【ウィシダの大高炉】!!」

 

 刻印されていたのは呪紋だった。

 

『ッッッ』

 

 譜律を描き込まれたのは数秒の話。

 

 それが呪紋として組み上がる。

 

 蜘蛛脚による高速移動が可能な少年は落下中もまったく緻密に全てを描き込み。

 

 その装甲内部へ向けて呪紋を起動した。

 

 ボッと()()()()()()()()()巨大熱量が内部から装甲を焼き溶かし、今までの数十倍にもなろうかという程に内部から膨れ上がらせていく。

 

「ガシン!!」

 

「応とも!!」

 

 炉の底が呪紋を描いた胸部装甲ならば、底より上と定義される内部は灼熱地獄。

 

 しかし、溶けない。

 

 膨れ上がってすら溶けない。

 

 その理由が少年には解っていた。

 

 大量の銀の噴流が熱量を推し留めるように蒸発しながらも無限にも等しく体内で荒れ狂って中核である背筋から頭部までのコア・ユニットを護り切ろうと接続部から体内に全てを封じ込めているのだ。

 

「行くぜ? これがオレのッ、一撃だッッ!!」

 

 ガシンが弾幕の止んだ後方から加速して接近し、片腕を振り上げる。

 

 すると、巨人何人分かというだけの緋霊の腕が吹き上がり、巨大化し、打ち下ろされる。

 

 熱量の壁を擦り抜けて魂を直接殴る男の拳が相手の中枢。

 

 今や巨大化した心臓と竜の瞳だけになったドラグリアの中核に宿る魂を撃ち抜いた。

 

 そこへ少年がトドメとばかりに炎瓶の呪紋を追撃で撃ち放って完全に中枢が溶け落ちる。

 

「―――2人とも!!」

 

 途端に装甲毎膨れ上がっていた竜が巨大な熱量の塊に呑み込まれるように焼滅していく。

 

 その光に呑み込まれるより先に追い付いてた背後の盾が2人分の隙間を開けて背後に少年とガシンを庇うとすぐに閉じた。

 

 大量の燐光が蒸発していく地表の機械竜から吹き上がり、少年の胸元へと吸収されていった。

 

(―――呪紋『   』を獲得。呪紋が開放されない? こっちの能力不足?)

 

 ジュワッと竜骨の巨大盾全体が表面から蒸発していく。

 

 しかし、それを受け止めながら竜骨が更に伸びて爆発を地表へと激突する前に抑え込むドームのように開いて、周囲へ大量に散らばっていた2人の腕を突き刺しては真菌を通じて栄養素として吸収し、巨大な丸い壁を作っていく。

 

 そうして28秒後。

 

 完全に600m四方を覆い切った竜骨の盾は球状のドーム化し、地表に墜ちた熱量とドラグリアの爆発の瞬間、猛烈に内部から発光し、振動し、爆音と衝撃を周囲に噴出させながらも、その威力の殆どを内部に留め切った。

 

 炸裂の封じ込めに成功した三人の顔が僅かに安堵する。

 

 その圧倒的な衝撃はオクロシアの戦域全土からも感じられる程のものとなり、戦いが終結しつつある戦場で勝敗が着いた事を全軍に教えたのである。

 

 *

 

『……破れたか』

 

 僅かにノイズが混ざる声。

 

 溶け掛けた頭部だけになった男はそれでも黒い靄を放出しながら、自分を倒して見せた相手のいる方向を見上げていた。

 

 未だ灼熱地獄にあるドーム内。

 

 少年だけが熱に焼かれながらも内部に突入し、1人彼の下にいた。

 

 炎に融けた全てが融解する中。

 

 辛うじて原型を留めていた竜頭部分から背骨の傾いだ部位に載っている頭部はもう数分持たないだろう。

 

「【器廃卿】……お前は知ってる。あの島より巨大なアレが何か……」

 

「……ようやく分かった。そうか、旧き者達の悪戯か。あるいは捨てられたか? 貴様は本当の意味での流刑者なのだな」

 

「………」

 

「ノクロシアが世の中心であった時、この世界は常に正しい方向に進んでいたと文献にはあった。今なら分かる……棄てられたエルの末裔たる我々のように……貴様もまた……この時代に……」

 

「答えろ」

 

 少年が蜘蛛脚を男の頭部に向ける。

 

 その剣は既にボロボロで紙切れ一枚斬るのにも苦労しそうな程に罅割れていた。

 

 あまりの酷使で柄にある瞳の集合体は明らかに使用者を『コイツ……』みたいなジト目で睨んでいる。

 

「貴様、何度繰り返した?」

 

「―――」

 

 少年の瞳が細められる。

 

「賞賛しよう。お前はどうやら打ち勝ったらしい」

 

「何が言いたい?」

 

「聖王閣下が壊れてしまってな。はは、どうしてかと思えば……何度だ? 何度、あの哀れな閣下に強要した?」

 

「強要?」

 

「ふ、ふふ、あはははは」

 

 ゆっくりと頭部から一人の男の呪霊が立ち上がる。

 

 その体は既に黒い靄に侵食されており、余命幾何もないのが分かった。

 

「まぁ、いいか。どうせ、全ては泡沫の夢に過ぎん。だが、神々の遊びに付き合う程、こちらは神の信奉者というヤツでもない」

 

 男が蜘蛛脚に自ら貫かれるように倒れ込む。

 

「いいだろう。貴様に何度でも付き合ってやろう。此処まで何度でも到達してみせるがいい」

 

「何故、到達出来ると思う?」

 

「ふ……貴様が何処で挫折し、あの哀れな王と同じになるか。見守っているぞ。救世神を滅ぼす力無き今、我らヴァルハイルに残るのは貴様らのような敵が齎す可能性だけなのかもしれん」

 

「救世神?」

 

 ヴェルゴルドゥナ。

 

 ヴァルハイルの文明を遥か高みへと進めた男はガリガリと内部から蜘蛛に変貌しながら、その複眼を少年に向ける。

 

「お前の言うソレは島を造りし者達。神々が造り出した一柱……名を【救世神ヴァナドゥ】」

 

(ヴァナドゥ? 初めて聞く。本当に初めて、これが……この名前がアレのものなら……辿り着いた? 遂に此処まで―――)

 

「癪だが、教えてやる」

 

 男の頭部が遂に崩れ始めた。

 

「聖域に祀られしもの。神々に呪われし神。モナスの聖域とはヤツの寝床だ」

 

「ッ」

 

「絶望する時間くらいはくれてやる……あの聖王が無し得なかったのだ。貴様が何処の誰かは知らんが、我が身が倒れれば封印は強まる。一年……それが限界だ」

 

 男が貫かれたままに目を閉じる。

 

(奇特な事だ。このオレが……だが、我が主の望み。叶えられるとすれば、それは幾度となく戦うべき時を迎える者以外に無いのやもしれぬ……)

 

 呪霊が変質していく。

 

 だが、スピィリアではない。

 

 ソレが暗い瞳と蒼い脚のソレがカサカサと少年から距離を取る。

 

『覚悟、せよ……貴様の逝く道に退路は無い……我らが神の力を簒奪した時、本当の意味で戦いは始まるのだ』

 

 蜘蛛から未だ聞こえる男の声が途絶えた時。

 

 不意に気配が消えた。

 

『( ̄д ̄)?』

 

 蜘蛛がいきなり自我を得ましたと言わんばかりに周囲をキョロキョロする。

 

 暗い瞳に蒼い体。

 

 その2m程の大きさのが少年の傍に寄って来る。

 

「これからよろしく」

 

『( ̄д ̄)/』

 

 何処かやる気無さげに腕を上げた蜘蛛が欠伸をして、球体のように体を丸めてシューシューと呼気を零しながら白く変質すると寝始めた。

 

「名前は後で」

 

 少年が蜘蛛脚を鞘に戻して、新しく加わった蜘蛛を不可糸の糸を高熱から護るように魔力で多重に強化して、ドームの上へ一緒に釣り上げて消えて行く。

 

 ドラグリアの爆心地周囲には大量の銀の噴流で用いられた鱗が散らばり、一面白銀世界の墓標の如くなっていたが、竜骨のドームの外は夜に向けて冷えて行く外気すら温められたように蒸し暑く。

 

 その頂点で待っていたレザリアとガシンはようやく決着が着いたと安堵した。

 

 すると、ドームの端から外側の壁を登って来たらしき黄金色がすぐにやってくる。

 

「あ、フレイだ」

 

 黄金の蜘蛛がレザリアの横にやってくる。

 

『全行程終了。戦域のドラクの殲滅を完了しました』

 

「ご苦労様」

 

『勿体なきお言葉。蟲畜として嬉しく思います』

 

 フレイが人型に変化する。

 

 衣服まで自分の外殻の一部を変貌させて生み出す呪紋は今や少年も使う事になっている。

 

 霊力による肉体表面の変質で大抵の物理攻撃は防げてしまうからだ。

 

 言わば、亡霊のように物理攻撃に耐性が高い状態になれるのである。

 

 それも装備込みのものである為、かなり便利であり、ドーム内に降りられたのもそのおかげだったりするが、フレイはあくまで謙虚に少年へ尽くす様子であり、自分の呪紋が使われている事に誇らしげになる事すらない。

 

「ねぇねぇ、その子は?」

 

 レザリアが引き上げられた白い蜘蛛を見やる。

 

「ヴェルゴルドゥナ。呪霊型の蜘蛛になった」

 

「蜘蛛脚が便利過ぎるのはアレだが、そいつ大丈夫なのか? 強さ的に」

 

「問題無い。やる気が無いだけでたぶん一番汎用性と破壊力が高い能力してる」

 

「いや、そういう事じゃなくてよ。強力過ぎて反逆されないか?」

 

「やる気が無いから大丈夫」

 

「大丈夫なんだ。それで……」

 

 ガシンとレザリアがやる気が無いと連呼されて寝ている蜘蛛をしげしげと見やる。

 

「つーか、汎用性と破壊力ってどういう事だ?」

 

「肉体が呪紋を造る譜律の塊で、尚且つ竜系統で一番硬い血統」

 

「は? 譜律? 竜? 呪霊、なんだよな?」

 

「肉体と本体が別々で一つ。魔力量や呪紋の創造性はフレイに劣って、肉体の総合的な能力はゴライアスに劣る。模倣能力みたいなのはルーエルに敵わない。でも、呪霊属性以外の呪紋の殆どを生成したり、真似たり出来る。後、単なる物理強度だけならゴライアスより上」

 

「……強いのか弱いのか。よく分からんヤツって事か」

 

「う~~ん。でも、本当に寝てる……」

 

 ツンツンとレザリアが突いてみるが、寝息を立てる蜘蛛はうんともすんとも言わない。

 

「後、グラングラの大槍とか、戦略系の呪紋を多数持ってるみたい」

 

 思わず最後にシレッと一番重要な事を述べた少年に2人がまた危ない仲間が増えたらしいと溜息吐いたのだった。

 

「こちらフレイ。ゴライアスより呪紋にて伝令。ヴェルゴルドゥナの城の下部の確保を終了。また、糸蜘蛛で逃げ出したドラクをほぼ全て確保。兵の確保も試みたそうなのですが、半数以上に逃走を図られたようで、内部の物資の搬出や嵌った部位の移動には数日掛かる見込みだと」

 

「解った。しばらく、ゴライアスにオクロシアを任せる」

 

「この竜骨の檻は如何しましょう?」

 

「たぶん、年単位で閉じたままの方がいい」

 

 その少年の言葉にフレイが地下構造内部を少し脚先で穴を開けて覗く。

 

「……残骸が輝いている? この発される粒子は……」

 

「危険。再生色と秘薬を使ってないと数分で死ぬ」

 

「解りました。では、封鎖という事で。二日ほど頂ければ」

 

 フレイが不可糸で巨大なドーム周囲を覆う事にして頷く。

 

「よろしく。遠征隊はこのまま帰投。一度オクロシアに戻ってから他の四卿が来る前に西部へ撤退。必要なものは全て得たから、一度ニアステラに戻る」

 

「りょーかい!!」

 

「あいよ。は~~終わったぁ~~」

 

「かえろー」

 

 レザリアがフニャッと少年に寄り掛かって疲れたよと言わんばかりの顔になる。

 

「……何か忘れてる気がする」

 

 そうは言ってみたが、何を忘れているのかも分からず。

 

 こうして三人はその場をフレイに任せて再び自分の周囲に遠方からやってきた竜蜘蛛達を見て、それに乗って帰る事を決めたのだった。

 

―――ヴェルゴルドゥナ下部構造体内部。

 

「……あちらの片は付いたか」

 

 格納庫内部で未だに外套を被ったままのオクロシアの王は横で糸蜘蛛を口から吐き出して操り始めたゴライアスを見やる。

 

「遠征隊。いや、アルティエ殿は何を探していた?」

 

『“竜だが”(。-`ω-)』

 

「一応は味方だ。事実は話してくれると助かるが……」

 

『“………ヴェルゴルドゥナは持っている可能性が高かった”(。-`ω-)』

 

「何を?」

 

 ゴライアスが口から吐き出している糸の一部を横合から変化させ、それが糸蜘蛛となって格納庫の更に厳重な区画内部、奥の崩壊した壁を抜けて何かを持って来る。

 

『“これだ”(。-`ω-)』

 

 糸蜘蛛が掌くらいの石ころに見えるものをヘクトラスの手に渡す。

 

「ッ―――心臓。他にも利用価値のある竜の遺骸か」

 

『“ヴァルハイルが敵に回った場合、最悪の想定として出て来るモノ。それを打ち倒す為に必要な資材が此処にはあると踏んだ”(。-`ω-)』

 

「護符とすれば、確かに連中へ対しての攻撃を劇的に強く出来るな。竜は竜と相反する。是非とも分けて欲しいものだ。これから【四卿】と相対する地域の軍などに……」

 

『“生憎と全て利用が想定されている”……“恐らく余りは出ない”(。-`ω-)』

 

「……どういう事だ?」

 

『“敵の最悪として想定されているモノに使う為だ”(。-`ω-)』

 

「はは、奥にどれだけあるか知らんが、神でも殺―――」

 

 ヘクトラスが思わず沈黙し、澄まし顔の蜘蛛を見やる。

 

「……貴殿らが倒してくれるのを祈っておこう」

 

『“敵将は新たな生を受けた”……“我らが母の力と我らが父の剣を前に新たな可能性が拓かれる”(。◎`ω◎)』

 

 そう言い置いたゴライアスが口を半開きまで広げて、地下に埋まったヴェルゴルドゥナの下半身を掘り出し、利用する為に糸蜘蛛で移動準備を開始する。

 

(この蜘蛛共が反旗を翻せば、我が国など一晩持たぬだろうな。また増えたとすれば、どう対処したものか……世は儘ならぬという事なのかもしれん)

 

 オクロシアの王は怖ろしき怪物達を従え、先の先まで見据えた少年の深謀遠慮に触れて、次なる一手を脳裏で思い描く。

 

 対等という関係に持ち込むのに北部一狡賢いと評判の男も一苦労しそうであった。

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