流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第51話「オクロシアの崩壊Ⅴ」

 

「アルティエ。今日か明日辺りに帰るんですよね?」

 

「そう」

 

「その前にオクロシア側の人達が宴会を開いてくれるそうですよ」

 

「宴会?」

 

「はい。わたくし達が去る前に四卿の撃破とオクロシア侵攻軍の撃退を祝して」

 

「……解った」

 

 頷いた少年の手をフィーゼが引く。

 

 オクロシアに遠征隊が来て数日。

 

 遂に撃滅された巨大要塞とオクロシア侵攻軍は壊滅的被害を受けて壊走。

 

 奪取された大量のドラクと城の下半身は蜘蛛達が頑張ってオクロシアの国境線まで糸蜘蛛も使って運搬し、巨大な竜骨と糸で出来たドームの後方に聳えていた。

 

『でっけぇえ!? これが四卿の城かぁ』

 

『貴様らぁ!! 内部の物資の運搬はどうしたぁ!!』

 

『あ、はーい。すぐ行きますです。上官殿~』

 

『まだ閉鎖区画の資材が残ってるんだぞぉ!!』

 

『デカ過ぎて終わらねぇだろ。こんなの』

 

『ま、仕事だからな……』

 

 崩壊した内部は現在、竜骨で補強して構造を保っており、内部の資材の類はドラクや他の人的資源と一緒にフェクラールへ輸送、次々にリケイの餌食になっている。

 

 そんな大規模な超規模の輸送が延々と続くオクロシアの遺跡周囲は完全に物産展染みてニアステラから流入する大量の食糧と薬と竜骨製の武器で溢れ返っていた。

 

『こっちの荷は西部戦線だぁ!!』

 

『南東域に竜骨製の武器3000!! 間違えるなぁ!!』

 

『食料は全て均等に出す事になってるんだから、原隊に送ってちょろまかすんじゃねぇぞぉ!!』

 

 輸送部隊によって各地の戦域に供給されたソレらは大量の兵隊の待遇が改善。

 

 負傷兵の完全な回復が可能な霊薬による復帰や後方への帰還で次々に不足していた生産力もゆっくりとではあるが、回復しつつあった。

 

「オクロシアって案外、帝国の地方都市に似てます」

 

「そう?」

 

「はい。わたくしは小さい頃は体が弱くて外に出なかったのですが、父上が良く地方の巡業視察を行う時に付いて行く事が多かったので……」

 

 フィーゼが少年と共に歩きながら、開いた市の中を歩く。

 

 最前線への食糧供給が第一とはいえ、殆ど生産者が消えた邦の中央で食料以外の日用雑貨が売られているのはかなり都市が回復しているという事を示していた。

 

 兵隊達が主な客層とはいえ、それでも香料を用いた石鹸や送られてくる以外の食料品が僅かながらも並んでいる様子はまだ完全に都市の火が消えていない事を意味する。

 

 女子供の声はせずとも、酒を呷るお祭り気分の兵達が陽気に騒いでいる様子は何処も祝日のようにも見える。

 

 それが単なる次の戦いまでの憂さ晴らしだとしても、兵達の顔には笑顔があった。

 

「………」

 

「アルティエは……記憶、どれくらい戻りましたか?」

 

「あんまり」

 

「そうですか。ご家族や故郷の事は?」

 

「全然。でも、誰かと暮らしてた気はする」

 

「……いつか、記憶が全部戻るといいですね」

 

「別にいい。今は……ニアステラの野営地が家」

 

「ふふ、確かにもう第一野営地はみんなのお家かもしれません」

 

 フィーゼが微笑んで頷く。

 

 空は晴れ上がり、陽射しは登り続けていた。

 

 今日は暑い日になるかもしれない。

 

 そう、酒場の方へと向かえば、配給されている爆華の希釈液をジョッキに次ぐ人々の前に長蛇の列が出来ていて、何処もまだ完全には食料が足りない事が伺えた。

 

「今は爆華の栄養で皆さん生き永らえてるような状態なんですよね。そう言えば」

 

「あっちへずっと移民が増え続けてる。こっちにも食料を供給し続けてる。ニアステラとフェクラールの生産地帯の殆どで食料の増産を続けてるけど、まだ足りてない」

 

「そうですよね。本来、食料を生産している人達もみんな戦争に駆り出されて、飢えない方が不思議、なんですよね……」

 

「問題無い。どんな種族にも分け隔てなく食料を配布する事は北部勢力との約束。戦場に多く送る以外は何処も同じ」

 

「そう言えば、いつの間にかお肉まで食べられるようになっちゃいましたね」

 

「エルガムも喜んでた」

 

「ふふ、そうですね。確かにエルガム先生はこれで健康になるとか言ってましたし」

 

 2人が歩きながら宴会の会場となる場所へと向かっていると少し騒がしい声が聞こえた。

 

 周囲を見回して2人が声のした方に向かう。

 

 すると、赤茶けた斑模様の長髪が一瞬、彼らの視界を覆う。

 

『馬鹿が!! おめぇらにやるもんなんぞねぇ!?』

 

 配給を代行していた男達の1人が路地で怒鳴っていた。

 

 爆華の希釈液の入った樽の周囲には冷たい視線の男達が数名ウロウロしており、樽はそろそろ空になる時間帯であったが、それにしても誰にでも等しく飲ませるという話がいきなり覆って少年が振り乱した髪の相手がジョッキを持って逃げて行く様子を横にジョッキを奪おうと走り出そうとした配給係の男の1人の前に立った。

 

 アルマーニア系の男だ。

 

 両目の内部に瞳孔が3つ並んでいた。

 

「おう!! どけぇ!? そこのにーちゃん!?」

 

「何かあった?」

 

「あん?! あんた他のとこの奴か?! あいつは【ドラグレ】だ!! 竜角見なかったのか!?」

 

「混血者?」

 

「そうだよ!! ヴァルハイルの連中と他種族のな!! 解ったら退け!! 酒杯を回収せにゃならん」

 

「問題無い」

 

「あん?」

 

「問題、無い」

 

 少年が僅かに声を低くした。

 

 途端、目の前の兵隊なのだろう男が訳も分からず尻もちを着く。

 

「え、あ?」

 

「問題、無い。いい?」

 

「―――お、おまえ……」

 

 思わず震えそうになる声で少年を見上げた瞳が額にある男がすぐに気付く。

 

 横合の遠間から同僚達が顔を真っ青にしているのを見て、何処かで見覚えがあると気付き。

 

 すぐに相手の事を思い出してゴクリと唾を呑み込んだ。

 

「あ、あんた、まさか、えんせ―――」

 

「杯はまた配給される。問題は、無い」

 

「あ、あぁ、そ、そうだな。いえ、そう、ですね……」

 

「ならいい」

 

 言い直した男に背を向けて、少年がフィーゼを連れて歩き去る。

 

『だ、大丈夫か? お前?』

 

『あ、ああ、ありゃ、遠征隊の……』

 

『隊長だ。あの蜘蛛達の親玉だぞ。死ななくて良かったな』

 

『あ、ああ、それにしてもあの迫力……何だってんだよ……ヒトだろ? オレ達よりも弱いはずなのに……手が、震えて……っ』

 

 少年に言い含められた男がブルブルと震えている自分の手を何とか腕に抱き抱えて沈める。

 

『馬鹿……フェクラールとの契約でどんな種族にも等しく配給をする事って言われてただろ?』

 

『で、でもよぉ……』

 

『別にあのドラグレの両親が戦争仕掛けて来てるわけじゃねぇ。それに此処は瞳多き者の都だぞ? 他の邦ならまだしも……』

 

『わりぃ……あの戦いで友達が死んじまって……気が立ってた』

 

『とにかく怒らせるなよ? こっちに来てるフェクラールの重鎮だ。もしも、食料供給が止まったら、オレ達が干上がるんだ』

 

『あ、あぁ……気を付ける……』

 

 そんな会話を後方に聞きながら、少年は走り続けている赤茶けた長髪の何者かを追うように狭い路地裏を迷路のように進んでいた。

 

「アルティエ。その……そんなにあの子の事が気になりますか?」

 

「………」

 

「アルティエ?」

 

 少年は無言で歩き続け。

 

 都市計画のせいで余ってしまったのだろう余剰の土地にあるボロイ廃材で出来た家というよりは小屋のようなものがポツンとある小さな広場らしき場所に辿り着いた。

 

―――『お前!! 一人ではないぞ!! 死ぬ時は一緒に!! このニアステラで一緒に死んでやるからな!!』

 

 脳裏のフラッシュバックに被りを振った少年が再び小屋に視線を向けると薄暗い内部から木製のジョッキが投げ付けられて、額に当たる。

 

「杯なら返してやったぞ!! 帰れ帰れ!! 此処は我と姉妹達の家じゃ」

 

 そう幼い声がして少年が僅かに目を見開く。

 

 少年の額に当たったように見えた杯がフィーゼの精霊の力でフヨフヨと浮かんで元合った場所へと消えて行く。

 

「な?! 精霊使い!? クソゥ!? 今度は殺す気かや!? 皆の者!! とっととズラかるのじゃ!?」

 

「あ、いえ、そんなつもりはな―――」

 

 言っている傍から2人に小屋の内部から次々に錆びた刃物だの、木製の小さなカップだのが飛んでくるが、全て当たる直前にフィーゼが周囲で浮かばせている精霊達によって止められ、元有った場所へと戻されていく。

 

「く、姉妹達にら、乱暴はさせぬ!? させぬぞ!?」

 

 険しい顔で涙目になって出て来たのは赤茶けた足元までありそうな長髪を振り乱した竜角の少女だった。

 

 紅蓮のような色合いと黄金が混じり合う瞳孔は縦に割れており、その背後の暗闇にはまだ幼児程だろう子供達が数人。

 

 誰も彼も竜頭か竜角であり、ヴァルハイルの血筋と分かった。

 

 等しく襤褸を着込んでいる様子であるが、その襤褸が元々は良い生地のものだったのだろう事が伺えるのは襤褸にフリルだの細かい刺繍が施されている事から知れる。

 

 出て来た少女は10歳を超えるか超えないかくらいに見えた。

 

 しかし、体は痩せていて、何処も彼処も黒く、頬もコケている。

 

 ついでにグゥと腹まで鳴っていた。

 

(……失われた大切なものが……まだ、失われてない……ニアステラに来る前なら、この時期までに此処へ到達すれば、こういう……)

 

 少年が僅かに片腕を折って一礼する。

 

「ぬ?」

 

「非礼をお詫びします。尊き方」

 

「「ッ―――?!!」」

 

 少年の言葉に傍らのフィーゼと斑色の髪の少女が同時に目を白黒させる。

 

 フィーゼにしてみれば、いきなり流暢に話し始めた少年に驚き過ぎて。

 

 少女にしてみれば、自分の秘密を知っている相手がいきなり現れて。

 

「どうか激をお収め下さい。害を為そうとは考えておりません」

 

「お、お、お主……も、もしかして、我の事を知っておるのか?」

 

「尊き紅鱗の始祖の末、魔眼征伯の御方を老子父に持つと存じます」

 

「―――ほ、本当に、本当の本当に!? 知っておるのか!?」

 

「どうやらお困りの様子。もし、貴女様が良ければ、衣食住に付いて不安の無い地域にご案内する事も出来ます」

 

「ッッ~~~~!!?」

 

 少女が驚きに驚きを重ねた後。

 

 ダバァーッと大粒の涙を滝のように流し始めた。

 

「う、うぅうぅうううぅぅ!!? おどうしゃまうそじゃなかっだぁあぁああぁ。ひぐぅぅぅぅうぅうぅぅ!!?」

 

「えぇぇえぇ!? ボロ泣きですよ!? アルティエ!? 一体、どうしちゃったんですか!?」

 

「(取り敢えず合わせて。後、城でちょっとして欲しい事がある)」

 

「(わ、解りました)」

 

 少年がヒソヒソと耳打ちしてから近付いていき。

 

 泣いている少女に不可糸の糸で編んだハンカチを渡す。

 

 それに思わず鼻をかんだ少女が顔をゴシゴシと擦った。

 

「う、う゛む゛。許す!! 許すぞ!! だ、だから、ワシの姉妹達を一緒に―――」

 

「勿論です。この者がお運びします」

 

 少年がフィーゼを手で示す。

 

「え、えぇと、と、尊き方。どうぞ、お運び致しますのでご姉妹を運ぶ許可を、願えれば」

 

「ゆ゛るずぅぅぅ!? ゆ゛るずがら早くずるのじゃぁ゛~~」

 

 涙と鼻水でベショベショの顔でブンブンと頷く少女と背後の姉妹達3人が同時に精霊で浮かばせられ、日の下に出て来る。

 

「ッ」

 

 それだけでフィーゼの顔色が悪くなる。

 

 その姉妹達の角には人為的なものだろう罅が至る所に奔っていた。

 

 そして、まだ数歳だろう少女達の誰もが僅かに目が虚ろで感情の色が抜け落ちている様子はヴァルハイルにとっても重要な器官が壊れかけている故なのだろうと彼女は理解する。

 

 少なからずヴァルハイルの者達の多くは角の周囲から魔力を用いる事が彼女の目には精霊を通して分かっていた。

 

「(これって……)」

 

 フィーゼは何も言わず。

 

 しかし、少年が何でも無さそうに霊薬をその角に振り掛けているのを見て、僅かに安堵し、不思議そうな顔になったまだ一言も喋らぬ数歳の子達を前にしても変わらぬ少年を正直にスゴイと……そう思った。

 

「ぁ……」

 

 今まで感情豊かな様子だった少女が何やら色々と感情が振り切れた様子で気を失う。

 

 それを少年が片手で抱いた。

 

「城横の天幕に運ぶ」

 

「あ、戻りましたね。口調」

 

「明日までに全員洗って食事を取らせて欲しい」

 

「あ、は、はい!!」

 

 こうして2人は幼女3名と少女1名を保護して、イソイソと当事者不在で始まる宴会を背に城横の天幕へと戻るのだった。

 

 *

 

「でな!? でな!? んぐんぐ!? 本当に酷いんじゃ?! ここのやつらぁ!? んぐんぐ!?」

 

 気絶した少女やら幼女やらを少年達が拉致誘拐して数時間後。

 

 目を覚ます前にフィーゼが精霊の力を借り、温水で彼女達の汚れを洗い流し、呪紋の温風で乾かしてしっかり洗い終えてから寝かせていたのも束の間。

 

 すぐに目を覚ました少女はフィーゼから貰った爆華の希釈液に肉体を賦活する秘薬を混ぜたものを渡されるとゴキュゴキュと勢いよく飲み干していた。

 

 コケていた頬が少しふっくらしたかもしれない。

 

 髪や肌を途中で少年が持ってきた細胞を再生させる秘薬で洗ったりしたせいか。

 

 長髪は斑模様が消えて、明るさを取り戻して、僅かに赤みを帯びていた。

 

「そうなんですか?」

 

「そうなんじゃ!? 姉妹達にも酷い事をして!! そのせいでみんな色々と忘れてしもうて……ぐず」

 

「あぁ、泣かないで下さい。どうぞ」

 

 またハンカチを渡された少女が涙を拭う。

 

「うぅ、せめて、あの子らの角さえ治ったら、うぅぅ……」

 

「治りましたよ?」

 

「え?」

 

「その、先程、治療をさせて頂きました」

 

 少年が霊薬を使っていたから嘘ではない。

 

「えぇええええええええええ!!?」

 

 思わず驚いた少女が見えていなかった姉妹達の額や頭部の竜角を見て、驚きに固まる。

 

「もう大丈夫ですよ。ね?」

 

「う、うむ……ぅむ……す、スゴイのだな。お前達は……」

 

 天幕の中、表情をコロコロと変えながら国家批判全開だった少女が落ち着いた様子になる。

 

 その時、天幕にカサカサとスピィリアが入って来た。

 

「(・ω・)ゞ」

 

「ひぃ!?」

 

 お荷物お持ちしましたと片手を上げた蜘蛛が少女に怖がられるのも構わず。

 

 持って来た木箱を降ろして、再び(`・ω・´)ゞして去っていく。

 

「な、何だかやたら礼儀正しい蜘蛛だったのじゃ……」

 

「あ、衣装ですね。ちゃんとした服は確かまだ流通してないはずなので、ヘクトラスさんに頼んだんでしょうか?」

 

 言ってる傍から精霊達が衣服を木箱から取り出して、スルスルとフィーゼの指示通りに着せていく。

 

「うぅ……他人の優しさが身に染みるのじゃぁ」

 

「皆さんはどうしてあそこに?」

 

「ぐす……元々、我らはこのオクロシアの住人じゃった。ヴァルハイル人とて他の邦にいる者は多かったのじゃ。だが、本国の宣戦布告で一気に立場が悪化して……」

 

「あの場所に?」

 

「……うむ。父も母も皆死んだ。此処に来るまでに多くの怒り狂う民に殴り殺された。だが、我らは幼かった故に暴力を受けても体にではなく。角を叩かれた」

 

 その言葉にフィーゼが何とも言えない沈んだ顔になる。

 

「その時に出会ったのじゃ。姉妹達はな。泣き叫んでおったよ。だが、罅を入れられて打ち捨てられて、あのように虚ろになってしもうた……名前も分からん」

 

「え? それって実の姉妹では……」

 

「姉妹じゃ。血は繋がらなくとも、我らは同じ境遇にある。親も庇護者も無くした者を我が導いて何とか此処まで来た。じゃが、食うものにも困ってのう」

 

 少女がフィーゼへ苦し気に笑う。

 

「幼き者を護れるのは同じ境遇の我だけじゃった。まったく、高貴な者程に務めを果たせと言っていた父を恨めばいいのか。誇ればいいのか」

 

「………そうですか。お話は解りました。でも、安心して下さい。此処が生き辛いなら、一緒に南部へ行きましょう」

 

「南部?」

 

「はい。わたくし達の家があるのです」

 

「そ、そうか。お前達は街で噂になっていた別の地域から来た者達なのだな」

 

「ええ」

 

 フィーゼがニコニコしながら未だに眠っている幼児達の頭を優しく撫でて少女に微笑む。

 

「―――お主、母上みたいじゃ……もしかして、あの騎士様と夫婦なのかや?」

 

「めっ?! めおととか!? い、いえ、部隊の隊長と隊員ですから」

 

「隊長?」

 

「はい。アルティエはニアステラの英雄って今は呼ばれているので」

 

「ッ、き、聞いたぞ!! 路地裏で聞いた!! 表通りの連中が言っていた!! あの真なる絶望と呼ばれた【器廃卿】を倒した勇者!! 山の如き敵を打ち果たした最強の男であると!!」

 

「あ、あはは……色々と言いたい事はありますけど、そんなに間違ってませんね」

 

「う、うむ!! うむ♪ そうか!! それだけスゴイおのこならば、我の事を知っていてもおかしくないのじゃ!! うぅ、こ、こんなところで我の騎士様が見付かるなんて!? 運命なのじゃ!! サダメなのじゃ!!」

 

 喜んだ少女が舞い上がった様子で頬を上気させる。

 

 そんな様子を呪霊のエルミが聞けば、『アレはわたくしの騎士ですのよぉ!?』と反論したかもしれないが、生憎と此処にはいなかった。

 

「ハッ?! そう言えば、まだ名乗って無かったのじゃ!? 早うあやつに名乗らねば!? 我の名はリテリウム!! リテリウム・バウツじゃ!! スゴイ祖先の子孫なのじゃ!!」

 

 そう言って、動き出そうとした少女がフラッと体から力が抜けて倒れ伏す。

 

 それを慌ててフィーゼが受け止めた。

 

「だ、大丈夫ですか?! まだ、あまり回復してないみたいですから、少し休んでからにしましょう。ね?」

 

「う……うむ……何だか急に力が抜けたのじゃ。悪いが、少しだけ寝かせ……」

 

 意識を落として少女が寝息を立てる。

 

 それにずっと寝ていなかったのだろうかとフィーゼはまた痛ましそうな顔になった。

 

 そこに少年が天幕の外からやってくる。

 

「どう?」

 

「あ、アルティエ。はい。今はこの通り……この子、戦争で家族を亡くして、それで同じ境遇の子を護ってたんだと思います」

 

「そう……」

 

「その、この子達の事どうやって?」

 

「黒いドロドロで」

 

「ああ、そう言えば、この周辺に広げていましたよね」

 

「そう」

 

 実際には違うがシレッと少年はそういう事にしておく。

 

「取り敢えず、第一野営地まで連れてく」

 

「解りました。それで、その……相談なんですが……」

 

「?」

 

 フィーゼが少年に耳打ちする。

 

 それに少年はすぐ頷いて、行動を起こす事にするのだった。

 

 *

 

―――翌日。

 

 遂に遠征隊がオクロシアを離れる事になっていた。

 

 オクロシア国境域にある巨大なヴェルゴルドゥナの城の残骸は内部の資材を殆ど全てを周辺に造営する基地の建材として当て、他の物資は西部へと持ち帰られる事となり、最後の仕事とばかりに機械化した蜘蛛達は西部でやっていたように最低限の建築を昼夜無く行った。

 

 結果として残されたのは竜骨ドームを用いた周辺地域を観測する高高度観測所。

 

 そして、ヴェルゴルドゥナの残骸を用いて造られた要塞線。

 

 夜、精霊達の力を大規模に行使したフィーゼが徹夜したおかげで数十kmに渡る地域が掘りと塹壕と壁を複数備える基礎工事を完了させ、その一夜城ならぬ一夜塹壕の作り方を見ていた者達の多くは唯々口を半開きにしていた。

 

 目の良い者が多いオクロシアである。

 

 精霊達が狂喜乱舞するかのように白霊石による魔力供給を受けながら輝く少女の手の動きに合わせ、次々に塹壕を掘り、土塁を設え、多重の壁を造る様子はもう明らかに人智を超えた光景であった。

 

 十分に自分も超人である事を自覚しない本人は澄ました顔で蜘蛛達の後ろで集められた竜頭や竜角を持つ少年少女達に微笑んで、大丈夫大丈夫と笑みを浮かべている。

 

「………」

 

 前日、少年に同じような類の子供達がいれば、全員お持ち帰りしようと言い出した彼女の言葉を誰も止める者は無かった。

 

 実際、託児所になりつつある第一野営地である。

 

 女達は元より、元教会騎士に元ヴァルハイル軍人が仲良く幼女をしているのだから、本当の幼女や子供達が混じっても問題など無いだろうとの算段だった。

 

「この子達、第一野営地で全員面倒見られるかなぁ?」

 

 レザリアが幼い子供達を撫でるやらあやすやらしながら、男の子達がガシンにちょっかいを掛けている様子を見て苦笑する。

 

「いてぇ!? オイ!? 誰だ!? 今、オレの股間蹴ったヤツ!?」

 

 男児に群がられ、遊ばれているガシンの腕は全て誰かにぶら下がられるやら、幼い子を抱いているやらとオーバーワーク気味だ。

 

「( ̄ー ̄)………」

 

 まだ名も無きヴェルゴルドゥナの蜘蛛は眠ったまま子供達の玩具にされてコロコロ転がっているし。

 

「“子守も出来る大蜘蛛”……“我が名はゴライアス”(。-`ω-)」

 

 ムキムキな灰色蜘蛛は座った状態で子供達の滑り台やらアスレチックにされている。

 

「良いか!! お前達は蟲畜ではないが、我が主が預かった命!! 故に我らが主の為に今後とも働くのだ!! お前達が主を裏切らぬ限り、我らもお前達を裏切らないだろう。返事!!」

 

「はい。ちゅうちくのふれいさま!!」

 

「ふれー」

 

「ふれいー。おしっこー」

 

 テキパキと任務をこなすフレイはヴァルハイルとの混血種の子供達を教練もとい立派な主の下僕とするべく丁寧に教育していたりする。

 

 子供達は総勢で100人近い。

 

 その殆どを精霊の力で見守るフィーゼが全員に声を届けながら、精霊と連携して子守をしつつ、全員を荷馬車に載せていく。

 

 子供達が不安にならぬよう一部の護衛兼子守にスピィリア達も機械化形態を解きつつ、金属のスライム流体を馬車の横に付けて内部に入っている。

 

「次の【四卿】……いや、もはや三卿か。奴らが来る前に此処を放棄する事が決まった。城は罠と幻影を仕掛けて封鎖する。後は種族連合部隊に任せる形になるだろう。まぁ、行先は下だがな」

 

 オクロシアの主であるヘクトラスが少年を前に握手を求めて互いに握り合う。

 

「戦線がどうなるとしても、此処から供給される物資は遺跡が破壊されぬ限りは止まらない。移民も引き続き行わせる」

 

「問題無い」

 

「それでそちらはあの子供達をどうするつもりだ? 火種にしかならんぞ?」

 

「ウチの野営地には火種しかない」

 

 少年が事実を伝える。

 

「くくく、そうか。そうだったな。人外を駆逐する教会騎士にヴァルハイルの辺境伯と正規軍。そこにどちらの勢力からも疎まれるドラグレの子供達、か」

 

「流刑者に難破船の船員、アルマーニアに蜘蛛達もいる」

 

「まったく、展覧会も程々にしろと言いたくなる品揃えだ。そこにヴァロリアの席はあるか?」

 

「勿論」

 

「ならば、また行くとしようか。助かった。感謝する」

 

 ヘクトラスが敬礼した。

 

「じゃ、また」

 

「ああ」

 

 そうして、北部への大遠征は一端の終了を見る事になる。

 

 大量の移民達は見るだろう。

 

 機械蜘蛛に護衛された百鬼夜行のような馬車の群れ。

 

 竜角のある子供達が荷馬車の内部に見られれば、子供までも遠征の代価として連れられて行くのだと勘違いした者達の顔は何処か複雑そうですらあった。

 

 虐げて来た子供とはいえ。

 

 それでもこれからその子供がどうなるのかを考えれば、彼らの常識に照らす限り、暗雲しか立ち込めていなかったのだ。

 

 こうして西部フェクラール。

 

 そして、その背後にいるニアステラの威力は示された。

 

 北部勢力。

 

 種族連合の会議の重鎮達は嘘としか思えぬような大戦果と共に全ての戦線でヴァルハイル正規軍が防衛線を敷いて、陣地防衛をし始めるに至り、その自らには不可能だった事をやってのける存在の出現に度肝を抜かれたのである。

 

 *

 

―――数日前、高都大鐘楼内部。

 

「では、本当に……本当に……【器廃卿】は敗れたのだな?」

 

『ハイ。帰還した兵から全情報の吸出しはもう完了しております。【器廃卿】ヴェルゴルドゥナ様は恐らくですが、敵主力となった城内部への侵入者達との交戦によって戦死したものと推定されます』

 

「………そう、か」

 

『器となって変形した銀鱗、ドラグリアによる空中戦において敗北し、墜落。城は何らかの手段によって運び出され、オクロシアの国境域において残存部分が要塞化され、大規模な防衛陣地が複数確認されました』

 

「………」

 

『また、送られて来た情報から敵にはグラングラの大槍に相当する戦略兵器が存在し、その迎撃は現時点では不可能と断定され、総司令部は参謀本部と共に首都防衛、重要拠点防衛の為に対空防御用の強力な迎撃呪紋開発及び防空圏の抜本的な強化を進言しています』

 

「………」

 

『現在、オクロシアに展開している守備隊には動きが無く。例の地点には巨大な竜骨と白い糸と思われる建材で巨大な半球状の構造物を確認。ヴェルゴルドゥナ卿の最終信号発信地点と合致。卿は最後まで聖姫殿下の御言葉を護って討ち死したと思われます』

 

「………」

 

『情報にはオクロシアの最大戦力であるヘクトラスが侵入した者達を率いていたというものがあり、恐らくですが、戦略兵器による陽動と地下を使った隧道戦術、更に強力な戦力を用いた内部破壊工作によって迎撃機能を破壊され、十全な力を発揮出来ずにドラグリアも力を奪われ……敗北したようです』

 

「……報告ご苦労だった。ヴェルギート」

 

『心中お察しします。辛うじて幸いと言えるのはオクロシアが進軍ではなく。防備を固めている事。また、軍の動揺は筆舌に尽くし難いものがありますが、少なからず防衛に移行した事で戦闘が起こっていない限りは時間が稼げると思ってよい事、でしょうか』

 

「……オクロシア平定部隊は壊滅。ヴェルゴルドゥナ卿も討ち死に……どれだけの兵が捕虜となり、ドラクを喪失したものか。考えただけで眩暈がしてくる」

 

『心苦しいのですが、更に報告しなければならない緊急案件が……』

 

「何だ?」

 

『敵軍の増派が前線で40万規模で確認されました』

 

「ッ―――馬鹿な。徴兵可能人数を大幅に超過しているぞ!? どういう事なのだ!? ヴェルギート!?」

 

「各戦線においての増加数を合算しましたが、事実です。また、各地の後方地帯の多くで人が少なくなっている事を確認。恐らくは……」

 

「滅びても構わぬと言うのか!?」

 

『……また、不可解な事に食料がひっ迫していたはずの敵軍に大量の物資がオクロシア側から届けられているという話があり、シシロウの間諜が言うには全てオクロシアが出しているようだと』

 

「ッ、つ、つまり、オクロシアの企てで何処からか食料が湧いて出ている上に増派で敵軍は今まで殲滅した分以上に増員されて、グラングラの大槍もまた使えない?」

 

『ハイ。使えば、報復で我が軍の損耗が更に増すでしょう。情報には敵軍の戦略兵器はグラングラの大槍の射程外より放たれている事が推測されており、射程距離ではこちらが不利です』

 

「ッ、そんな……アレ以上の呪紋兵器はヴァルハイルには無いのだぞ?」

 

『同時に四卿最大の防御力を誇ったヴェルゴルドゥナ卿の城が耐え切れなかった以上、どの四卿が喰らっても蒸発します』

 

「撃たれれば終わり、か」

 

『ハイ。更に敵軍には復員兵が大量に復帰しているとの噂も……傷病者の多くがオクロシアで治療を受けて、四肢すらも回復させて戦線へ復帰しているとの流言まで飛び交っており、全ての面で我が軍の現状は芳しくありません……』

 

「……オクロシアに向けられる戦力は?」

 

『ありません』

 

「左様か。つまり、3ヵ月を待たずして我らは負け戦をしていると」

 

『残った四卿が打って出れば、敵軍を駆逐する事は可能でしょう。ですが、戦略兵器による犠牲覚悟での相打ちで失えば、ヴァルハイル正規軍は……』

 

「持たぬか?」

 

『ハイ』

 

「何か好転材料は?」

 

『ヴェルゴルドゥナ卿が遺した情報。そして、卿が遺した新機軸の設計図を元にした新型モルド及びドラクがかなりの高性能化に成功しました。ソレによる帰還した部隊の再編制は1月後までには恐らく。更に高都の学校より一定年齢からの徴兵が可能になった事。後は西部への強行偵察準備が整いました』

 

「……もはや西部に力を割いている余力は無いな」

 

『ハイ。口惜しいですが、改修した部隊を各戦線の戦略兵器への監視任務に付かせ、同時に敵軍の情報を綿密に収集する方策が良いかと』

 

「講和もしくは停戦の準備を急がせろ。参謀本部にはこちらから話しておく」

 

『……お勧めは致しません。講和条件は極めて不利になる事が予測されます。最悪の場合、聖王閣下及び聖姫殿下、皇太子の方々のお命を……』

 

「解っておる。それでもだ」

 

『は……』

 

「高都の学徒動員は最終手段だ。ただし、止むを得ぬ場合は……その新型とやらを使わせたい。出来るか?」

 

『ハイ。可能です……シシロウの直轄地さえ残っていれば、もう少し詳しい敵軍の内情が解ったはずなのですが、此処に来て全てが後手に回っています。諜報部隊を臨時に編成し、送り込むべきかと』

 

「それは参謀本部の方でシシロウに急がせている。半月以内には可能だそうだ」

 

『了解致しました。では、こちらでも情報を集めつつ、軍の再編に尽力致します』

 

「……済まぬ。お前にばかり苦労を掛ける事になる」

 

『それは誰もが今、分ちあっているモノ。この鋼の肉体には苦労など、それよりもご自愛を……昨日から寝ていないと侍女達から報告を受けています』

 

「そうだったか。そうだったかもしれぬ。解った。下がってよい。お前もまた休むのだ。我が騎士」

 

『ハイ。イイエ。必ず』

 

「嘘が付けないな。お互い……」

 

『では、これで』

 

 蒼い外套の騎士は虚空に身を躍らせて消えて行く。

 

 会話を終えた彼女は自らに出来る事を全て行い終えるまで寝ない決意でまず一端の仮眠に入る為、階段で控えていた侍女達に合流すると城へと向かうのだった。

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