流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて- 作:Anacletus
間章「近頃の事」+ 第52話「ヴァルハイルの鋼塊」
近頃、また夢を見た。
今度は大きな蜘蛛の夢。
小さな小さな蜘蛛だったあの子達がいつの間にか海に浮かぶ島のような大きさになって、船を運んでいる夢。
他にもマルクスさんにカワイイ亞人の恋人さんが出来たり、ウリヤノフとエルガムさんが物凄く困った顔で大きな大きな糸玉を前にして腕組みしている夢。
他にも……彼が可愛い女の子をお姫様のように抱っこして何処かの館にお持ち帰りする夢。
―――浮気者!!!
でも、その子が侍従姿で彼に従う様子はちょっと笑ってしまうくらいにおかしくて笑みが零れてしまう。
竜蜘蛛達に囲われて、見知らぬのは当人ばかり。
そして、竜のような人達の中で彼が友人のように振舞う相手を見付ける夢。
どれもこれも笑ってしまうくらいに在り得そうだ。
勿論、夢なのだから、問題は何も無い。
夢に膨れてしまうなんて子供過ぎて恥ずかしい。
けれど、夢を見る度に人魚の女性とお近づきになったり、人馬の女性騎士とお近づきになったり。
―――浮気者!!!
やっぱり、浮気者は浮気者だと思うのだけれど、誰も彼も少年の列に加わる人ばかりだ。
後、レザリアと私が毎日毎日訓練に明け暮れている合間に勝手に物事が進んでいくような気がするし、ついでのように何故か妖精さんが彼の傍で熱い視線を送っていたりする。
『『『『それが妖精の瞳さ』』』』
誰かの声が何処かでした。
『『『『君は選ばれたんだよ』』』』
誰に?
『『『『君は幸運だ』』』』
どうして?
『『『『分からなくてもいいのさ♪』』』』
そうなのだろうか?
『『『『君は君ともう一人と共に人を超えた』』』』
もう一人?
『『『『そして、参つの瞳によって我ら妖精の真意は果される』』』』
―――妖精さん?
『『『『我らは滅びしもの』』』』
『『『『されど、奪いしもの』』』』
『『『『悪であり』』』』
『『『『善である』』』』
『『『『中庸とは無縁なる表裏』』』』
声が反響して上手く聞き取れない。
『『『『だが、だからこそ、我らは常に運命から外れたる者なのさ』』』』
「運命……」
『『『『さぁ、双つの星は参つの星を得て』』』』
『『『『新たなる飛躍へと赴かん』』』』
「飛躍……」
『『『『我ら、善悪功罪の徒なり』』』』
『『『『希望と絶望を携え』』』』
『『『『悲劇と喜劇に踊る』』』』
『『『『さぁ、手を取って?』』』』
でも、その誰かの差し出された手が串刺しになる。
『『『『あぁあああああ!!?』』』』
声が次々に悲鳴と変わって。
私が剣を持った誰かに向き合う。
その姿は何故か。
「おかあ、さん?」
母に似ていた。
けれど、年齢も違う少女は麻布で設えたドレス姿でニコリとして。
「あたしの“お母さん”に手ぇ出すな!! このワルモノ!! たいちょーちゃんやへんきょーはくちゃん仕込みの剣でやっつけてやるんだから!!」
私よりもずっと小さな手が私の手を取って、一緒に走り出していく。
その小さな背中には妖精の翅が生えていた。
七色の翅。
でも、何処か違う。
絵本とは違う。
それは何処か蜘蛛達の脚にも似た黒い甲殻と透き通る虹で出来たような螺旋の翼にも見えて。
「大丈夫だからね!! お父さんがいない間はあたしが護ったげるから!!」
そう彼女は笑って、子供なんて出来た覚えもないのに何処か頼もしくて苦笑出来てしまって「ああ」と思うのだ。
もしも、もしも、自分達にまだ見ぬ未来があるのならば、彼と自分に未来があったならば、こんな娘が欲しいと……思うのだ。
今日も私は日誌を振り返らない。
でも、この追放記は誰も読まなくてもいいとも思う。
それはきっと要らない余白だから。
此処に私の未来は続いているのだから……。
*
「はひぃ!? な、何じゃコレはぁ!?」
「「「?」」」
第一野営地ではさっそく、多くの街区がやって来た新参者達に開放されていた。
巨大な黒蜘蛛の巣の下。
野営地から広がる畑と隣接する街区は今も広がっており、ほぼ黒蜘蛛の巣がカバーする広大な領域を使い切るまでに成長していた。
数千匹にもなるスピィリア達がここ最近、冥領から更に増員されて、家無しだが、家の軒先からぶら下がっている者も多くなった影響で何処を見てもスピィリアかディミドィア達がいるし、少数派になったペカトゥミアを筆頭に人化した蜘蛛達の多くが野営地で様々な高級職に就いている。
結果、かなり人社会に近い状況で野営地は都市化に成功していた。
「こ、こんなバカな!? これが、これがニアステラだと言うのか!?」
「ウソだ!? く、蜘蛛如きがこのような!? 人と化けるだと!?」
ヴァルハイル軍の新規組。
戦地で死ぬ事も出来ず。
西部の黒蜘蛛の巣に持ち込まれて、リケイとベスティンによって幼女化された機械蜥蜴達は絶望の表情で街並みに見入っていた。
数千人規模の彼らは本日ようやく西部からニアステラへと入り、各地の商隊によって連れて来られたのだが、もはやその顔に希望の二文字は無い。
だが、そんな彼らとは裏腹にドラグレの子供達は目をキラキラさせて、自分達へ親切にしてくれた蜘蛛達の巣の壮大さを見て、ワイワイと愉し気に見学する事になっていた。
何処も見ても幼女しかいないが、教育系人材と化した蜘蛛達はマンモス校染みた幼女達の数に圧倒される事なく。
コミュニケーションを取りつつ、面倒を見てくれる蜘蛛の一族達が住まう家屋に全員を導き。
此処で生活するようにと看板で語って彼らを開放。
そんな様子を2人の幼女が互いにバチバチと視線で火花を散らしながら、エルガムの病院の屋上から腕組みして見ていた。
「くくく、じんがいどもめ。これからわがせんれいをうけさせてやるぞ」
悪い笑みを浮かべるのは“たいちょー”であった。
「させぬぞ!! 我ら誇り高きヴァルハイル!! 例え、虜囚に落ちようとも!! 同胞を見捨てるわけにはいかぬ!!」
“へんきょーはく”が同じような年齢の癖に自分より上に立つ幼女をジロリと見やる。
「ふん!! きいているぞ。“どらぐれ”とかいうものたちをこどもにもかかわらず、さべつしているとな」
「ッ、それは!? 我らの敵、奴らが始めた事だ!!」
「せんそうをはじめたのはきさまらなのだろう? くくく」
「ぐ……っ」
「きさまらのせいでりょーしんをうしない。どうほうにすらさげすまれ。かたおやのしゅぞくからなぐられる。じんがいというのはどうしようもないようだ。くくく」
“たいちょー”の皮肉に“へんきょーはく”が悔しそうな顔になる。
「ッ、ヒトがそれを言うのか!? 元はと言えば、大陸から我らを追い出したのは貴様らだと言うのに!!」
「ならば、きさまらはひとよりもまっとうだったとでも?」
「な、何ぃ!?」
「“へんきょーはく”……われらはいまもしっているぞ。きさまらはひととかわらぬ。だが、ひととかわらぬからこそ、そのおろかしさもまたおなじなのだ」
「―――」
「あのうらぎりものどもやベスティンがきょうかいをうらぎるのはじじょうをしれば、しかたない。りかいもしよう。だが、みうちであるはずのいたんしゃをりゆうもなくなぐっているのはきさまらだ」
「人とて人外だからと我らを殴ったはずだ!?」
「そうかな? われらにはたいぎがあった。はるかいにしえより、じんがいがひとにしてきたことをしらぬわけではあるまい?」
「それは……」
「ひとをあじんはさべつした。ふるきものたちとのあいだにうまれたわれらこそがせかいのあるじだとゆうしゅうだとじふするてでひとをしはいしようとした」
「……旧き時代の事だ。それは人が多くなるにつれて逆になっていっただろう……」
「われらとていたんしゃにはさいばんくらいするぞ。こどもだろうとな?」
つまりは法すらなく差別する亞人の方が劣っているという言葉に“へんきょーはく”が唇を噛み締める。
「ッ」
「まぁ、いい。せんれいだ!! じんがいのものどもめ。きょうからわれらはこむぎがし5まいで、きさまらは2まいのけいにしてくれる」
「な、何て事を!? 鬼!! 悪魔!! 教会騎士!!?」
“へんきょーはく”が衝撃を受けた様子で叫ぶ。
「くくく、そしてきさまらのてきになるだろう“どらぐれ”は3まいだ」
「そ、そんな不平等が通ると思っているのか!?」
「とおるとも!! おかー、ごほん。やえいちのおんなたちはかわいそうなほうにみかたするからな」
「ひ、卑怯だぞ!? おかー、ごほん。野営地の女共を使うとは!?」
2人の幼女達がバチバチと火花を飛ばしてオヤツの配分を決めるのに揉めている頃、ドラグレと呼ばれた少年少女達はいきなり拉致られて少年の符札で連れて来られた場所でキョロキョロしながらも、大歓迎の横断幕と一緒に踊ったり、爆華のジュースを持って来て愉し気に揺れる蜘蛛達に恐々としながらも触れ、安全と分かると笑顔を浮かべていた。
「大丈夫ですからね?」
子供達の面倒を見る子守役の女達を纏めているのはヨハンナだ。
近頃はエルガムの病院とウートの身の回りの世話と幼女達の取り纏め役としてあちこちに引っ張りだこな修道女は現在、忙しそうに今度は普通の子供達の世話へと駆り出されており、女達と一緒に奔走していた。
オクロシアで敵軍の子供として普通に差別されて殴られ、今にも死に絶えるはずだった彼らにとってみれば、相手が怖そうな蜘蛛でも意思疎通が出来る上にちゃんと表情のようなものがあって愛嬌がある彼らの方がよっぽどに親しみ易く。
優しい女性達が自分達を抱き締めたり、撫でたり、ニコニコしているだけで安心するのも無理は無い話であった。
蜘蛛達と女性達が自分を害するどころか。
ようこそと歓迎していると知ったら、涙が止まらなくなる者も大勢である。
「ヾ(・ω・`)」
よしよしとそんな幼い少年少女達を撫でる蜘蛛達と女性陣。
上は13歳程までもいる彼らの多くが最初の猜疑心に塗れた瞳とも違い。
巨大な野営地内部の街並みに驚き。
一緒になって酒場に連れられて行き。
腹一杯の食事で持て成された。
その様子は元大人な幼女達にも何処か気まずく。
教会騎士にしてもヴァルハイルにしても自分達の戦うべき相手や犠牲者の一部だと知るからこそ、後ろめたさに何か文句を言う者は誰もいなかった。
「おや? 御帰りですな」
「あ、只今。リケイじーちゃん」
レザリアが近頃はそう呼んでいる老爺に手を上げて答える。
いつもの砂浜は前から何も変わらず。
大仕事を終えたリケイは現在、ニアステラに戻っていた。
「リケイさん。フェクラールのドラクはどうしたんですか?」
「フィーゼ嬢もお帰りですか。いえ、実は帰って来た蜘蛛達が中心になって、ドラクの変質を行う事になりましてな。大丈夫そうだったので、しばらくは楽が出来そうですじゃ」
「ああ、遂にリケイさんの仕事を代替出来るまでになったんですね。蜘蛛の子達」
「ええ、今は運び込まれた大量のドラクを各地の呪紋と戦闘能力に秀でた個体に割り当てて、ウルに変貌させている最中でしてな。合計で約6200体程になります」
「そんなに……」
「戦場で破壊され、予備の部品が見付からないものは研究用や小型の機体にする事が決定されましてな。今は他にも精霊にあの機械を着せられないかとか。そういう研究を蜘蛛達がしておる最中です」
「な、何かいきなり高度な事し始めてません? あの子達……」
「ははは、呪紋の魅力に取りつかれたのでしょうな。ちなみに此処にいるのは例のヴァルハイル達の幼女化が終わったので約束を果たしに来まして」
「約束?」
「ええ、今、全体的にヴァルハイルの者達を統制する大人が足りず。全てスピィリア達に任せられるものでもない為、管理者を増やそうかと」
「?」
2人がリケイと話していると何やら喚きながら2人の幼女がやってくる。
一人は黒髪の“たいちょー”であり、もう一人は機械蜥蜴系幼女な“へんきょーはく”であった。
「おお、来たようですな」
2人の後ろには元教会騎士と少年に服従の呪紋を掛けられた元ヴァルハイル軍の隧道掘削部隊の面々がいた。
ゾロゾロやってきた彼らがリケイをジロリと睨む。
「きてやったぞ!! くそぼけじじい!!」
「フン!! 貴様にヴァルハイルとの約束が如何に重いか思い知らせてやる!!」
互いに顔も見もしない2人はしかしまるで姉妹のように息がピッタリだった。
「では、浜辺に整列を」
言ってる傍から大慌ててでどちらの勢力も浜辺に正方形状にならんだ。
「では、契約通り。今までの働きに免じ、仕事としましょうか」
「「?」」
フィーゼとレザリアが見ている前で浜辺に彼ら全員を巻き込む程に大きな呪紋が浮かび上がる。
「では、爆華の希釈液をこれから酒杯で15杯飲んで頂きます」
その言葉に幼女達がゴクリと唾を呑み込む。
そんな彼らの傍に次々と不可糸で引き摺られ、浜辺の横に置かれていた大量の樽が降ろされる。
「時間経過毎に飲んで下され。足りなければ、餓死する為、ちゃんと飲まれるように。良いですな?」
「「お、おう……」」
“たいちょー”と“へんきょーはく”がちょっとビビった様子になりながらも一緒に運ばれて来たジョッキに浜辺に置かれた木製の台上に置かれた樽から液体を注いでいく。
次々に樽へ並ぶ彼らが再び数分で整列する。
「では、第1工程開始。全員呑み終わったと確認後、始めますじゃ」
その言葉に幼女達が俄然やる気になった。
「う、うぉおおおおおおおおお!!? ついに!! ついにだぁ!?」
「われりゃ!! これでようやくぅ~~」
「オレは絶対に元の姿に戻るんだぁああああああ!!?」
「クモコワクモコワクモコワ」
教会騎士もヴァルハイルも等しく盛り上がり。
ゴッキュゴッキュとジョッキを呷る。
そして、飲み終わった者が全員手を上げるのを確認したリケイが手を一度叩く。
すると、少女達の肉体が僅か目に見えてフィーゼとレザリアにも何処か変化して見えた。
「ちょ、ちょっとだけ背が伸びた気がする!!」
「や、やったぁ!? こ、これは5歳!? 5歳くらいには絶対なってるぞ!?」
「ひぐぅぅぅぅ、ようやくおれたちぃぃいぃぃ」
「たいちょー!? ね、ねんれいもどっでるのらぁあ~~~」
そこまで見てようやく遠征隊の2人は彼らが自分達の年齢を上げる為に此処まで来たのを理解したのだった。
それから30分程で彼らの年齢が一気に6歳くらいまで上がった。
小さかった服はパツパツになっていたが、それも気にしない程に少女達はブワッと涙を溢れさせ、ヴァルハイルも教会騎士も無く肩を叩いて喜び合っている。
「さて、全工程終了ですな。では、たいちょーとへんきょーはく殿には連れて来られたヴァルハイル軍の兵士達の長姉、次姉として彼女達の世話を命じさせて頂きましょうか。ちなみに呪紋は完全に彫り込み済み。服従の呪紋は遠征隊隊長であるアルティエ殿に帰属する形で入れてあります」
「りょ、りょーかいした。いいだろう。くそぼけじじい。これからもきさまらにてをかしてやろう」
「フン。調子に乗るなよ。ヒトの大老……我らの同胞を護る為に従ってやっているのだ!!」
2人が其々にリケイをジト目で睨む。
「ああ、それと」
『な、なんなんだ!? これわぁあああああああああああ』
その時、集まっていた彼らの中から声が上がった。
いつの間にか大量の木箱を抱えたスピィリア達がやってきており、その木箱から何やら首に掛ける小さなペンダントが出されて、彼らに手渡されていた。
「「?」」
2人が何なんだろうとペンダントを覗き込む。
すると、どうやらペンダントは内部に小さな絵が入れられるようで金属のカバーがされいる。
内部が見えるようにツマミを捻って開くと薄い布地……不可糸で造られたような下地が入っていて、握って開けると僅かに使用者の魔力を吸収。
中身の画像が露わになる。
「へ?」
「え?」
2人が驚くのも無理は無い。
そこには正しく少年の僅かに微笑んで自分を向いている写実的に過ぎる絵があった……ちなみに表情がそもそも嘘であるのは遠征隊にとって明白だ。
少年はこんな風に絶対笑わない事を彼らは知っている。
『く、くそう!? こ、こんなはれんちなものをもたせてどうするきだ!? くそぼけじじいめぇ!?』
「「え?」」
思わずその声に遠征隊の女性陣2人が更に驚いてハモった。
『そうだ!? なんだコレは!? こんな!? こんなご“主人様”の絵で懐柔するつもりかぁ!?』
『あるじしゃまぁ~~はぁ~~~~♪』
中には反抗的な態度の者達もいるが、彼らが次々にペンダントを見て、頬を赤らめ、中には恍惚としてソレを胸元に仕舞い込む者すらあった。
「「………」」
思わず少女達がジロリとリケイを睨む。
それに苦笑した老爺は肩を竦めた。
「これはほんの今までの貴方達の働きへの代価ですじゃ」
「こ、こんなものでわれらはつられんぞ!!」
「そうだ!! こ、こんな“ご主人様”の破廉恥な絵で釣れると思ったら大間違いだからな!?」
“たいちょー”と“へんきょーはく”の言っている事のおかしさにその場の誰もツッコミなど入れない。
「「ヨハンナおかーさ、じゃなかった。ヨハンナ殿ぉ~~いいの貰った~~」」
こうして、ハモッた大量の六歳児達は自分達の面倒を見てくれる修道女へキラキラ笑顔を向けて走っていくのだった。
その様子はまったくプレゼントを貰って可愛くはしゃぐ幼女そのものである。
「……どういう事なの? おじーちゃん」
「どういう事なのですか? リケイ殿」
思わずそうジト目で訊ねるレザリアとフィーゼである。
「確か前はご主人様とか呼びたくないとか言って無かった? あの子達」
「ええ、それにご主人様呼びとか絶対しないとか思ってたはずです。彼らは」
「はは、服従の呪紋には色々と効果がありましてな」
「効果?」
フィーゼが首を傾げる。
「ええ、服従の呪紋の多くは戦後処理で使われる事が多く。相手を完全な奴隷に落して使う為のものとして開発されただけではなく。純粋に人買い達や王侯貴族が使っていた事もある曰く付きの代物なのですじゃ」
「それで? どうして、あんな感じに?」
「服従の呪紋にも色々と種類があるのですじゃ。我が神エニアドは教え導く者。その特性上、神聖属性変異呪紋【盲目者】には学び時を経る事で様々な効果が付随します」
砂浜に枝で絵が描き込まれていく。
「この呪紋を直接彫り込まれた対象者は時間経過で呪紋の主である庇護者と設定している者に対して忌避感の薄れと同時に強い憧れ、憧憬を感じるようになり、都合の悪い記憶が薄れて行くという効果がありますじゃ」
「悪辣ですね。案外」
フィーゼが呆れた視線でリケイを見やる。
「また、対象者の事を知れば知る程に効果が強まり、呪紋が書き込まれた時点から年齢が上がる毎に忠誠心や信仰心が芽生えていき。他の神以外が造ったような粗雑な服従呪紋とは違い。完全に精神状態を保ったまま。つまり、壊れる事なく主の為に尽くすようになる」
「それって他の呪紋だと」
「ええ、心が壊れて廃人ですな」
「うわぁ……」
レザリアもドン引きであった。
「ちなみに他の呪紋と違って対象者が心の底から主との関係を希望するようになるので一切、元々持っていた技能と知識が失われません」
「つまり、働ける人として虜になるって事?」
「ええ、薄れて行く記憶は基本的には帰属意識に関する部分で対人関係や想い出そのものは失われず。内面における思考の変化で主を優先するようになるというだけなので人格の根本も左程変化しません」
「人格の変容が最低限度に収まる服従の呪紋……」
フィーゼが自分達が使っている呪紋というものが実は思っているよりも怖いものなのだと再確認した様子になって溜息を吐く。
だが、それでも使わないというのは不合理を超えて非合理であり、今の野営地には必須である事も理解していた。
「ついでに他の服従呪紋の効果を一度でもコレを使った母体は効果が切れても拒絶するので乗っ取りも防止します」
「それであんなにご主人様呼びを嫌っていたのにアルティエの事、ご主人様って呼んでたんだ」
「ちなみに効果は年齢が上がる毎に帰属する相手への感情を全て好意的にしますので、肉体関係もまったく問題ありませんな。年頃の年齢まで上がったら“出来上がっている”状態でしょう」
「な!?」
「ちょ!?」
「まぁ、英雄色を好むとも言いますし、重要な技能や知識、頭脳を持つ者達を流出させず、同時に相手を殺しもしない中では最上の捕虜政策と思って頂ければ」
「「~~~~!!?」」
思わず2人が恨みがましい視線でリケイを睨む。
「ちなみに“出来上がってしまう”と呪紋の効果が消えてもしっかり元には戻らぬのでご安心下され♪」
キラッと老爺が親指を立てて良い笑顔で確約する。
「「………」」
しっかりリケイが女性陣に手形を二つ付けられた後。
やれやれと肩を竦めた。
「いや、まったく理不尽ですな。かかか♪」
全て少年が望んだ事なのだ。
敵を無力化しても殺し続ければ、何処かで箍が外れて野営地で殺伐とした事件が起こるようになるとか言い出したのが教会騎士を捕虜とした後。
それに対して蜘蛛にせず味方に出来ないか。
という話をしたのが服従呪紋の切っ掛けになった。
老爺にしてみれば、色々と使い勝手の良い生きた燃料庫にでもしようかと思っていたのだが、野営地の存続を願うのならば、人は人材として揃えておきたいという話は頷けたので実行したのだ。
本来ならば一年限りの使い捨てのところを少年が握っていた手札によって、永続的に寿命まで自在に変化させられるようになった為、極めて効率も良い。
人道的というよりは他者の良心を傷めない事が重要視されるのも難破船や流刑者という立場であるならば、納得出来た為、そうして今も泥を被っている。
(これならば、外からの来訪者を使うまでも無く。この野営地のみで島の統一まで出来てしまうかもしれませんな)
今や蜘蛛達が進んでリケイの教えの下で大量の呪紋の知識を学び。
少年から貸し与えられた呪紋の効能を存分に発揮。
様々な業務に従事している。
基礎となる不可糸を初めとして、呪紋が必要な仕事は多い。
運搬などの単純労働が精霊に任せられる一方。
肉体労働ではあるが、建築、採掘、採取、食料生産、雑貨生産、複数の鍛冶場での仕事から呪紋の開発までやり始めている蜘蛛達はもう立派な勢力だ。
呪紋に秀でた者が芸術にまで目覚め、不可糸で織った布に色を流し込む呪紋を自ら生み出した時には驚いたものだ。
それが今は些細な事とはいえ、洗脳の役に立っている。
(これで捕虜を人材活用する体勢は整いましたな。後はヴァルハイルを沈めて、北部勢力を取り込めば、教会本隊が到着するまでには……)
野営地の浜辺は若者や蜘蛛達がいなければ、まるでさざなみの音だけが響く静寂の孤島にも思え、そこからすぐ先に人を見てようやく老爺は自分の生きる道の先にまだ此処でならば、見知らぬ何かがあるという事を感じ始めていた。
「さぁ、見せて貰いますぞ。最も新しき亞神……その威力を……アルティエ殿」
老爺はしずかに夕暮れ時に向かうノクロシアを海岸線から見つめて、未だ閉ざされた黒曜石の都の輝きを眺め続けるのだった。
*
「なんじゃお主達?」
騎士鎧を着込んだような姿の人型の蜘蛛の子が2人。
竜角の赤み掛かった褐色の長髪少女、リテリウムの傍にやって来ていた。
少女と姉妹達の面倒を見る家。
少年が住まう場所での事である。
誰かいた方が安心。
という話をした少年はそれならばとヒオネの侍従達が世話を約束してくれたので家のまだ空いている部屋に全員を住まわせる事にしたのだ。
「(´ω`*)/」
「\(*´ω`)」
「むむぅ……此処の蜘蛛達、種族の一つなのかや?」
そのせいでまた元宿屋部分が建て増しされ、その奥行きは今までよりも更に広くなった。
もはや建造物の増築に関してならば野営地のスピィリアは超特急で仕事に掛かり、半日で殆ど組み上げてしまうような早仕事をこなしてくれる。
しかも、最初の頃とは違ってフェクラールでアルマーニアの大工に師事した彼らの仕事は最初の頃よりも更に洗練されており、屋内の仕上げや調度品や棚、他の立て付けの家具まで何一つとして抜かりはないという有様だ。
いっそ、立て直した方が早いのでは?
という話もあり、その内に立て直されるとの事。
「「「………」」」
「(´ω`*)」
「(*´ω`)」
竜角が霊薬で治ったばかりの幼女達は外の元おっさんとは違って現在もまだ微妙にぼんやりしているが、それはまだ精神が治り切っていない為という話に少年の家にいる女性陣は全員が涙しつつ、幾らでもいていいよぉ~~と彼女達姉妹を少しでも優しく育てる事にしたのだ。
「ぬ?」
青、白、黄色な髪を伸ばしっぱなしにしていた幼女達が何も言わないものの。
やって来た騎士系蜘蛛、2人しか今のところいない【ミリシェナ】達が近付いても何も怯えた様子もなく。
イソイソと屈んで抱き上げられるのを良しとして少し唇の端を歪めた。
「む、むぅ……どうやら認められたようじゃな」
「あ、いた」
「え、え~と、レザリア、じゃったな?」
「そうだよ。これから同じ家に住むんだから、よろしくね? リリムちゃん」
「り、りりむ?」
「呼び難いから縮めてリリムちゃんで」
レザリアは悪意ゼロの笑顔。
そのニッコリ顔に僅かリテリウム……リリムの顔が引き攣る。
「ま、まぁ、良い。それでワシの、我が騎士様は何処なのじゃ?」
「騎士様? あ、アルティエの事?」
「そう!! そうなのじゃ!! フィーゼとかいう恋人と一緒なのか?」
「こ、恋人?」
「そうなのじゃ!! 英雄というからにはもう婚約くらいしているのであろう?」
「さ、さぁ? どうかなぁ?」
今度はレザリアの顔が引き攣る。
「今は確か鍛冶場の方に行ってるって聞いてるよ」
「そ、そうか。むぅ……礼を言いそびれていてのう。本来なら、ちゃんと礼をと……」
「大丈夫大丈夫。アルティエはそんなの気にしないから」
『ですわね。あのわたくしの騎士がそんなオママゴトな子の騎士になったりしませんわ』
「あ!? エルミ!? ちょ、ちょっと!?」
「な、何じゃ!? 亡霊か!? あ、あくりょーたいさーんなのじゃー!?」
思わずリリムが妹達を背後に庇う。
『フフン。呪霊ですわ。亡霊なんてのと一緒にしないで頂戴』
ニヤニヤしたエルミがズイッとリリムに迫る。
「く、来るなぁ!? 誰かぁ!?」
『アルティエはわたくしの騎士なんですからね? 何やら不穏な事を呟いていたから、しっかり覚えておいて頂戴な。わたくしの方がアルティエとは長いのですから。ほーほっほっほ♪』
「な、何ぃ!? ま、まさか、我が騎士はこの呪霊女に呪われて!? う、うぅぅ、不憫なのじゃぁ、こんな体付きが貧相で礼節の欠片も無さそうな女に四六時中付きまとわれるとかぁ」
ガチで少年を不憫そうに語る少女の言葉にピキッと顔を引き攣らせたエルミがこいつどうしてやろうかという顔になる。
「あ、ここね……」
そこにヒラヒラとまた新たな来客が飛んでくる。
それはフェムであった。
危ない大遠征では一部の地下掘削業務以外はニアステラに待機していた彼女は現在鍛冶場のウリヤノフのところにいる。
そんな彼女が今日やってきたのは少年の家に同居人が増えたと聞いたからであった。
「どうしたの? 薄汚い呪霊女?」
『ほ、本当に口が悪いんですのね。妖精女』
エルミの顔が更に引き攣る。
それもそのはず。
少年の前では猫を被った恋する乙女な妖精フェムは少年の前以外ではシレッと毒舌を吐く性悪系妖精だったからだ。
悪意が有っても無くても失言するし、罵詈雑言以上に一言が多い。
少年に近付く女性陣には悪意マシマシで喋る為、一緒にお留守番が多かったエルミとは犬猿の仲になっていた。
「ん? ああ、まだ子孫絶えて無かったのね。紅鱗の眷属だなんて、縁起悪過ぎるでしょうに」
「な、何ぃ!? 何じゃお前!? ワシに文句があるのか!? この妖精みたいな姿しおって!? どこの種族じゃ!? 名を名乗れ!?」
「フェムよ。我が契約者の愛らしい妖精よ?」
「よ、妖精?! 本当に!? こ、此処はどうなっておるのじゃぁ!? 最悪の種族がいるとは!? は!? まさか、我が騎士はこの縁起どころか完全に災厄の種なものにまで寄生されて!? ダメじゃダメじゃ!? 我が騎士に近付くでない!? 【妖精騎士】は破滅まっしぐらってお母様が本で読んでくれたのじゃ!?」
思わずフェムから妹を更に庇ったリリムが妖精をガルルルルと睨む。
「おー怖いわ~我が契約者も拾ってくるなら犬にすれば良かったのに。紅鱗の破滅を呪紋に落とし込んだ同胞がいたけれど、まだ破滅を背負ってるのね」
「ッ―――」
思わずリリムの顔が青くなる。
「ちょ、フェム!? ど、どういう事?」
「え? 知らないの? ああ、そうか。そう言えば、普通の生物の感覚だと昔の事なんだものね……簡単よ。紅鱗の竜達はね。その身に破滅を宿しているの」
「は、破滅?」
「そうそう。まだ亞神達が沢山いた頃にね。お父様が言うには紅鱗の竜達は救世神に喧嘩を売って呪いを受けたの」
「の、呪い?」
「ええ、破滅の呪い。ええと、今で言う運命とか言うのが捻じ曲がるのよ。だから、この子と一緒にいると高確率で普通の人間よりも過酷な事になっちゃうの」
ニィッと破滅を語る妖精の唇が僅かに嗤う。
「な、何それ!? そ、それってずっと昔の事じゃないの!?」
「まぁ、昔の事らしいけれど、今も呪いは血統に受け継がれてるわよ。あのフィーゼになら見えるんじゃない? 精霊が見える瞳なら一番“妖精瞳”に近いし」
「も、もう分けが分からないよ!? 助けてアルティエ~~!!?」
遂に頭脳の限界まで色々詰め込まれたレザリアが知恵熱寸前になる。
『まったく、わたくしの騎士はどうしてこういうものに好かれるのでしょうね。ああ、心配だわ。1抜ーけた!! アルティエにはわたくしから皆さんの事を伝えておきますわ~~ごめんあそばせ~』
レザリアが面倒になって現場から逃亡する。
「あ!? 呪霊女!? 我が契約者にちょっかいなんて掛けさせません!!?」
こうしてフェムもエルミを追い掛けて室内からすぐに外の窓からすっ飛んでいく。
「(´ω`*)?」
「(*´ω`)/」
難しい話など聞いていないミリシェナ達は自分より年上が話し込んでいる間に寝てしまった幼女達を寝台に寝かし付けながら、ご主人様も大変だなぁと内心で同情するのだった。
「い、一体何だったんじゃ? そ、それにしても本当に我が騎士は……やはり、特別なのじゃな……妖精騎士、なのか? ああ、心配なのじゃぁ~」
まだちょっと知恵熱気味のレザリアがフシュウ~とぼんやりする横でリリムは自分の騎士の無事を祈る事にする。
ニアステラは魔窟。
そんな言葉はアルマーニア達でなくても実感出来る単なる真実に過ぎなかった。
*
「ウリヤノフ」
「ああ、来たか。こちらだ」
いつもの鍛冶場にあるウリヤノフの私室。
少年は久しぶりと思えるくらいには濃密な戦場から戻って来たせいか。
数百日ぶりのような間隔で男のいる部屋に入った。
「全て揃えておいた」
少年の前には遠征隊の為に造られた竜骨と白霊石の鎧があった。
しかし、先日まで使ってボロボロにしたものとも違う。
「この使われてる鋼……」
「解るか? お前達が倒したというヴァルハイルの要塞に保管されていたものを使っている。資材として届いたものを霊力による物質変化を使えるスピィリア達と共に研究していてな」
少年の前にある装備は真っ黒になっている。
しかし、その内部から零れ出そうなキラキラな輝き。
霊力による物質掌握で発生する輝きを低減する為だ。
形は殆ど変わっていないが、より肌にフィットするようスリムな造りになっていて、総重量は減っているが、その分を新しい鋼と一体となった装甲を物質の霊力による変化で強度や剛性を上げているのが少年にも分かった。
「お前達の為に造っていた竜骨製の矢の簡易製造用の鞄だが、北部勢力に降ろしたら大量生産が始まるそうだ」
「そう……」
少年が装甲に見入って何処かどうなっているのかを念入りに調べる。
「……ヴァルハイル兵の四肢に近い?」
「ああ、造形というよりは稼働部位などを参考にさせて貰っている。動きを造る為に必要な機構の多くは現物があったからな。通常の鍛造で不可能な部分は霊力掌握可能なスピィリア達と共に再現してみた」
より高度な製造法が試されているのだろう鎧は既存の鎧というにはあまりにも世代を重ねたような代物と見える。
「スピィリア達が呪紋の譜律だったか? アレをリケイ殿から教わり、使えるようになっていると言うのでな。単純な能力で良ければ、装具を呪具として使えるように内部に呪紋を彫り込んで、装甲の内部に魔力を通せば使える」
「具体的には?」
「着地時の衝撃の軽減。高低差のある敵を前にした場合や踏破で飛び降りる場合などを考えてな。他には衝撃を受ける際に胴体部や腕部の各装具に魔力を流せば、衝撃を分散させる事も出来る」
「……スゴイ」
「全部、ドラクやモルドに刻まれた呪紋をリケイ殿が解き明かしてくれたおかげで作れたものだ。こういう単純な能力を積み重ねて、あの巨大な鎧は動いていたらしい」
「他の能力は前と同じ?」
「ああ、霊体相手も徒手空拳で戦える。後、各自の戦い方に特化した造りにもした」
「特化?」
「ガシンならば、白霊石を削り出した円筒形の細い棒を使って他の者に霊力を譲渡し、その棒を入れる場所に差し込む事で霊力を魔力に還元、直接握らなくても魔力を補充する、とかな」
「便利」
「他にもフィーゼ様の精霊に魔力を先程の言った棒で充填する機構。レザリア嬢にはリケイ殿が造った中距離戦で大多数と戦う際に使えるだろう連射の可能な呪紋式の機械弩を」
「呪紋式?」
「ああ、例の呪紋で肉体強度を上げていない時はガシン殿の棒を使って呪紋をばら撒く事が出来る優れものだ」
少年が試作品であると渡されたソレは機械式の弩を放射状に複数広げた半円形を積み重ねて三段にしたような代物に見えた。
ただ、機構そのものが細かいせいか。
大きさは左程でもなく。
握りとなる部位の上に矢を装填するような機構は搭載されていない。
「呪紋を打ち出す?」
「そうだ。ドラクが用いていた弩の構造を解析してな」
「どういう原理?」
「魔力を流して呪紋を発生させた後、親指で握り上の球体式の感圧版を押し込むと呪紋を留めておく呪紋の効果を魔力の切断で切る事が出来る」
「つまり、2つの呪紋が使われてる?」
「そうだ。呪紋を留めて置く呪紋をリケイ殿が知っていてな。それを止める事で発射する。魔力の供給具合で威力も変化させられる。そこは使い手次第だな」
「沢山呪紋が打てる?」
「呪具の構造を変えれば、攻撃用の呪紋も変わる。それが一度に9発。この握りの上の扇状の部位が重なっているところから出た呪紋はそれそのものが向けられた方角に対してばらけながら射出される。連射も可能だ」
「味方巻き込む?」
「だから、使う場合は相手との混戦にならない前提だ。威力はリケイ殿やスピィリア達で試したが、大岩を砕くなら3秒程魔力を込める必要がある」
「ドラクの装甲は?」
「10秒込めないと厳しい」
「あくまで人型の対人用?」
「そういう事だな。一発ずつ打てるのも作ったが、お前達の場合、爆華を用いた射撃武器の方が早い。ガシンは基本的に大物狩りで前線。フィーゼ様に使って頂く為のものとして短距離用を造ったが、呪紋を精霊の力では誘導するのが難しいという話でな」
「今までのものでいい?」
「ああ、呪紋ではなく。通常の矢のように誘導が効く兵器がいいなら、攻撃を受けた際に誘爆の危険がある爆華は使わない方が安全だ」
「どういう形になった?」
「呪紋を打ち出すのではなく。呪紋で鉄の塊を打ち出す方式も作った。これだ」
少年に二つ目の弩“らしきもの”が渡される。
「矢は打ち出さない?」
「小さな鉄の玉を精霊達とスピィリアで大量に作ってな。規定の大きさのコイツが流れてコロコロと転がるような入り口と出口を造ってやる」
「ふむ?」
握りの上に筒のようなものが着いたソレを少年が見やる。
上に鋼鉄製らしい握り拳大の箱がある。
それが接続された部分から内部に何やらコロコロと転がる音が微かにした。
「この上の部分から下の道に流れた玉は感圧版の機構と連動する出口を止める内部機構で止まっている状態だ。此処で物体を加速する呪紋が使われる」
「……この中で加速する?」
「いいや、同時に呪紋を止める呪紋が使われる。そして、ソレが感圧版で切られた瞬間に物体を加速する呪紋が待機状態から励起状態に移行する」
「連動してるから出口は開いてる?」
「ああ、そうだ。加速する呪紋を留めて置く呪紋は魔力で玉の位置を維持する。だから、どんな方向に打っても玉が零れ落ちたりはしない」
「連射は?」
少年が繁々とソレを見やる。
「玉を詰めた上の箱には発条が仕掛けられてる。玉は一列に並んだものを縦に仕切りを付けて格納していて、感圧版が切られると同時に魔力が流れている仕切りの留め金が外れて、12個同時に通路へ上から縦列。一番下の玉だけに下方から加速の呪紋が掛かって打ち出される。上の縦列中の玉は魔力が込められている限りは呪紋を込められた玉が発する魔力の圧力で浮かぶ」
「つまり、魔力が消費されると下に落ちて来て加速の呪紋が掛かる?」
「そうだ。玉が落ちる。魔力を込めて浮かばせる。感圧版を推す。玉が吐き出される。魔力が空になって玉が落ちる。この繰り返しだ。慣れれば、連射は可能らしい。リケイ殿はほぼ一瞬で12連射していたが、ああは出来ぬだろうな」
「一応、貰っておく」
「ただし、照準が劣悪でな。精霊の補正が必要だ。ほぼフィーゼ様用だな」
「やっぱりいい。呪紋使う」
「はは、そうしろ。今の我らの技術ではこれが限界だ。お前の倒した器廃卿とかいう化け物が要塞を動かしていたのだ。ヴァルハイルの技術なら、もっと強いのが作れるのかもしれんな」
そこまで会話していて、ようやく少年はウリヤノフに真に訊ねなければならない事を訊ねようとしたが、何も言わずウリヤノフが室内の机に置いてあった赤い鞘から短剣を抜き出して少年の前にそっと置いた。
「……妖精の刃。御伽噺の剣。いや、短剣……か」
ウリヤノフが何処か難しい顔をしているので少年がそっと得を握って刃を見つめる。
ソレは透き通るような剣身でありながら、薄らと夜の星空を思わせる輝きを宿している。
「フィーゼ様と我が主の家系ルクセルは大昔に妖精と交わったと伝わる家系だ。家に代々伝わる御伽噺は少し長くてな。数日で語り尽くせないだけの量がある」
「ちょっと聞いてる」
「そうか。ルクセルの家はその昔、初代様が【妖精騎士】と呼ばれていたらしい」
「妖精騎士?」
「ああ、そうだ。理由は単純。妖精の加護と刃を持っていたから、とされる」
「ソレは?」
「長い歴史の中で失われたそうだ。だが、その剣の話は伝わっている」
「どんな感じ?」
「天を写し取った刃。妖精剣。別名は【夜天の剣】……星空の如き輝きからそう呼ばれていたらしい」
「確かに綺麗」
「能力は伝わっている限りでは切れないものを切り、斬れるものを斬らないだとか」
「……試していい?」
「勿論だ」
少年が部屋の内部に立て掛けてあった木製の柄の槍の切っ先に刃を当てた。
スルンと妖精の刃が滑り落ちる。
槍の鉄の部分であるはずの場所には傷一つ無かった。
「武器を素通りする?」
「ああ……あの妖精の彼女が言うには魔力を込めない限りは特定のものしか切れない」
「特定のもの?」
「魔力、呪紋、霊力、霊体、光、陽光、影、闇、そういう本来は斬れないものは斬れるらしい」
「………」
少年が剣を握って魔力を込めずにテーブルを瞬時に短剣で割いて見せる。
しかし、刃は沈み込みこそすれ、ソレを斬るどころか。
跡すら付けない。
「咄嗟に使う時、緊急時は普通の刃の方が良さそう」
「だろうな。魔力や霊力の限界まで諸々を使い切った際には単なるなまくらだ。だが、お前の倒して来た相手から言って……」
「強い敵程、効果が高い?」
「恐らくな。ただし、あの黒い刃のように斬撃を跳ばせたりは出来ない。長さは意志で操作するという話で試してみたら、家より長くなって、そこで止めておいた。実質、この短剣の体積が引き延ばせる限界まで伸ばせるようだ。同じような戦技はあるが、魔の技に分類される多くは教会の騎士系列のものだ」
「……後で“たいちょー”に会って来る」
「ただ、もう一つ」
少年の前にまた短剣が一本差し出された。
それを抜いた少年が驚く。
「もしかして複製した?」
少年が用いていた黒き刃。
極めて真菌との相性が高いソレと見た目的には同じような短剣がそこには有ったが、少年が手に取ってすぐ別物である事を悟る。
「出来るだけ似せているが、お前の黒いドロドロ。シンキンとか言う黴の一種だと聞いているが、アレを使ってな。夜天の剣を造る時に使った手法を用いた」
「手法?」
「形無きものを刃にする時、妖精の呪紋を用いるのだそうだ。それで彼女に失った剣の復元が出来ないか相談し、コレを造った」
「……どういう感じ?」
「あの黒いドロドロはお前の肉体に宿って増える。これはあのドロドロを同じ形に封入した。凡そ沼地3つ分程な」
「何処から?」
「あの沼地の中心地帯に行った妖精の彼女が大量に持って来てな。ソレを共同で押し込めた」
「……危険」
「ああ、そう言った。言ったが、契約者の命には代えられない、だそうだ」
「………そう」
「使い切る事が無ければ、補充で増やせるらしい。周囲にアレを固めれば、巨大にも出来る。使い勝手は恐らくホンモノ程ではないかもしれないが、出来る事は殆ど同様だと思う。さすがに試すわけにも行かなくてな。使ったら感想を教えてくれ」
「解った」
少年が二本の短剣を鞘事腰に装着する。
ソレすらも従来の端に刺すようなものではなく。
金具によって容易には外れないようになっている。
細かい部分の工夫は極めて多く。
少年は今後の戦いはこういう全体的な底上げが重要だろうと再認識した。
ウリヤノフに礼を言って、鍛冶場を後にした少年は遠くからやってくるエルミとフェムを見やりながら、内心で黙考する。
(最初期に無理をしてでも一定以上の力を開放する事は妥当だった。本来、行けなかったはずの東部にも北部にも行けた。もし、ヴェルゴルドゥナの話が本当なら、時間すら引き延ばせた……あの子も助けられた……知らない呪紋、知らない武器……今まで一度も見た事のない仲間すら出来た……全部、失うわけにはいかない……)
少年は決意を固める。
ニアステラとフェクラールの事ならば、少年は何でも知っている。
自分がどう死ぬか。
自分がどう戦うか。
自分がどう負けるか。
全て知ってる。
草の位置、重要な物資の場所。
食料の確保方法や時期。
樹木の一本一本の場所から水源地から何処にどんな草花が生えているのか。
何もかもだ。
しかし、もうその既知では通用しないものが目の前に現れ始めている。
(まずは時間が本当に稼げているのか。アレが本当に救世神とやらなのか。今まで分からなかったヴァルハイルの内情。どうして、アレに従っていたのか。どうして、他の勢力までこちらに攻め寄せていたのか。全てを知る必要がある……)
少年はまだ見ぬヴァルハイルの都を幻視して、遠方の山岳部を見上げた。
「……待ってろ」
呟きは風に溶けて。
とある決断をした少年は単独遠征に出向く事を決めたのだった。