流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第53話「ヴァルハイルの鋼塊Ⅱ」

 

「破滅の運命?」

 

「え、えぇ、我が契約者。ですので、あの子は早めに他にやってしまうのが良いです」

 

 少年がフェムに何やら助言を受けた後。

 

 家に戻るとすぐに夜天の剣を手にして、神の力らしきものが未だ確かに少女の中にあるのを確認し、普通に見ただけでは何も問題無さそうだったというのに限りなく悪意を感じたので肉体と霊体を傷付けないように薄い針のように剣を細めて、ソレを穿ち。

 

 同時に少女に感染させていた真菌で肉体に損傷があれば、瞬時に復元するよう再生の準備をする。

 

「は、え?」

 

 いきなり入り込んで来て、彼女にも見えない速さで剣が使われた事にも気付かず。

 

 思わず首を傾げたリリムだったが、すぐに自分の騎士にお礼を言おうとして、自分の髪が輝き始めた事に驚く。

 

「な、何じゃこれわー!?」

 

 リリムの赤み掛かった褐色の長髪が透き通った紅色に染まり、キラキラと魔力の燐光を僅かに零し始める。

 

「あ、あつ、か、体が熱いのじゃぁぁ……」

 

 ヘニャッと倒れ込む少女を少年が抱き抱えて室内の椅子に座らせ、背後で驚いているフェムやエルミ、レザリアを横に置いて額に手を当てた。

 

 竜角。

 

 ヴァルハイルの者達にとっては重要な器官の一つ。

 

 それが今までの白い色合いから鈍い紅の金属質に変化する。

 

 肉体から溢れ出る魔力を少年が片手を当てて自分に誘導した。

 

「ぁ……あついの終わったのじゃ?」

 

 少年がヨシヨシとリリムの頭を撫でる。

 

「これでいい」

 

「へ?」

 

「少し出て来る。しばらく、此処でゆっくりするといい」

 

「え、あの、その、わ、我が騎士よ。何か前とは違―――」

 

「問題無い」

 

 少年がやる事はやったと他の幼女達の頭も撫でてから、唖然とする者達に少女の面倒を見るのを頼んで、外に向かう。

 

 その言い付けを護ったのはレザリアだけであった。

 

『い、今のはどういう事ですの!? わたくしの騎士さん!?』

 

「ちょっと、神の力を消した。この夜天の剣で」

 

『神の力をって……そんな事出来るんですの?』

 

「出来なかったら、他の方法使う気だったから、結果は変わらない」

 

『はぁぁ……相変わらずですわね』

 

「もし……もし……我が契約者」

 

「?」

 

 フェムが少年に呼び掛ける。

 

「その……紅鱗の竜の呪いが解けては事かもしれません」

 

「どういう事?」

 

「紅鱗の竜達は火竜の始祖。もし、アレが敵の手に渡れば、魔力と攻撃のみなら受肉神どころか現世に無い本体である【真正神】に匹敵すると言われた者達に近しい強力な個体が大量に産まれるかもしれません……」

 

「問題無い。誰にも渡さない」

 

『「?!」』

 

「しばらく、此処で目を離さないでいて欲しいって他の所にも頼んで来る。あの子達が笑っていられるように……」

 

 少年がそう告げた後。

 

 空を見上げる。

 

―――『いつか、お主の旅にも終わりが来るといいの……永久の旅路を歩む者よ……約束、忘れるでないぞ………』

 

 フラッシュバックに被りを振って、少年は時間が惜しいとウートのいる新しい家に向かって歩いて行く。

 

(約束は果たす。必ず)

 

 次なる遠征地は決まっている。

 

 しかし、多くの仲間を連れて行く事は出来ない。

 

 それを認めさせる為、少年の内部では既に理論構築が出来ていたのだった。

 

 *

 

―――翌日。

 

 ムスッとした“たいちょー”以下最初期のニコニコする幼女達が見送る中。

 

 少年は遠征隊の面々に何だかなぁという顔をして見送られ、符札で北部へと出立する事になっていた。

 

 見送るレザリアとフィーゼは微妙に不満そうだ。

 

 ガシンはやれやれと肩を竦めている。

 

 ヒオネを筆頭にしたアルマーニアの女性陣と新しく入った遠征隊の面々は何か帰って来たはずの隊長がまた何処かに行くらしいという、あまりにも早い出立を見て、遠征隊はやっぱり早過ぎるという顔で見送りに来ていた。

 

「あれが隊長……他の子達と比べてもやっぱりアレじゃない?」

 

「あ、いっちゃった」

 

「少し緊張しました。あの階梯の存在が現実にいるなんて……各種族で受肉している神の使徒様よりもアレは……」

 

 メル、エネミネ、クーラの三人は帰って来た遠征隊を見て、その力が一目で自分達の域より遥かに上にあると理解していたが、更にその上を行く存在を前にして中々に複雑な顔になっていた。

 

「もしかしたら、受肉した神格の方々にも劣らないかもしれません」

 

「かもね……」

 

 クーラの言葉にエネミネが頷く。

 

 受肉した神の多くは神と呼ばれるだけの力を備えているが、それでもその殆どの能力は自分を受肉させた種族の保存の為に使われており、それにもある程度の限度があるのが普通だ。

 

 特に信仰対象として崇められれば強くなるという性質を持つ神々は肉体の制限とやらがあるらしく。

 

 受肉すると途端に能力が本来の神格位から落ちた状態で現世に顕現する。

 

 その力を分け与えた使徒達にしても、元々の資質が高い者を選んですら、受け入れられる力の量には限界があり、神には遠く及ばない。

 

 だが、肉体を持つ以上、不滅の存在ではない受肉神は老化もすれば、天寿で死ぬ事も普通に起こる。

 

 結果として、若い肉体を持たない受肉神を頂く種族達の多くは生産性と質を兼ね備えたヴァルハイルの軍を退ける程の力を持たない。

 

 数体なら倒せる。

 

 数十体なら撃退出来る。

 

 しかし、数百体は相手に出来ない。

 

 それが受肉神の現在の強さだ。

 

 しかし、それをも超える力の顕現を彼女達はその瞳で見たのだ。

 

 今まで見た誰よりも強い存在。

 

 それがハッキリと分かるのだから、相当に遠征隊の隊長はヤバイという結論で彼女達の内部では一致していた。

 

 他の遠征隊の者達も使徒クラスの能力を備えた上で何かしらが非凡なのは彼女達にも見れば分かる。

 

 毎日毎日、秘薬を飲まされ、気絶しそうになりながら、同じような訓練メニューを3倍近く朝からこなしている遠征隊。

 

 その様子を見てしまったのもその気持ちに拍車を掛けていた。

 

「あ、そう言えば、ヒオネさんからお話は聞いてます」

 

 フィーゼがそう言って人外三人娘のところにやってくる。

 

「あ、はい。こちらこそご丁寧に出迎えて貰って。私の事はクーラと」

 

「はーい。メルだよー」

 

「エネミネよ」

 

 フィーゼがにこやかに三人と握手する。

 

「皆さん。アルティエはまぁ……行っちゃったので帰って来てからという事で、遠征隊の他の子を紹介しますね」

 

「あ、フィーゼ。その子達がボクらのコーハイ?」

 

「そうですよ」

 

「ああ、ヒオネの嬢ちゃんが言ってたのか」

 

 レザリアとガシンが傍までやってくる。

 

 ヒオネは頭を下げてから、一度生身で報告する事があるからと精霊の引く荷馬車でフェクラール北端へと向かって行った。

 

 それから数分。

 

 互いに自己紹介を終えた全員が今後の話し合いを持つべきという意見で一致する。

 

「そのぉ~~フィーゼ様。それで隊長は御一人で何処に向かったのでしょうか? ただ1人で遠征に向かうとしかヒオネ姫からは聞いていなくて」

 

「あん? まだ、知らせて無かったかい? こりゃ悪い事したね」

 

 アラミヤがヒオネとミーチェを見送った後に彼らの傍までバッサバッサと翼をはためかせてやってくる。

 

「旦那様。それにしても今回の遠征。本当に良かったのかい? 一人で行かせて。いや、1人じゃないけども」

 

「いいんだよ。あいつが言うんだ。理由がある」

 

「あ……ガシン様とアラミヤさんは御婚約されているんでしたね」

 

「ちげぇよ!?」

 

 クーラがちょっと赤くなって微笑む。

 

「もぉ~~そろそろ諦めなよ~~既成事実って知ってるかい?」

 

「うるせぇ?! 修行中はとりあえずくっ付いてくんな!? 気が散るだろ!?」

 

「もぉ~~♪ またまたぁ~~アタシのおっぱいが恋しい癖に♪」

 

 デンッと豊満に過ぎる胸部をガシンに押し付けてニヤニヤするアラミヤにクーラは思わず他の2人の目を塞ごうとして、メルには届かないのでそこらにいた蜘蛛達の持っていた看板で隠すのだった。

 

「また朝っぱらからイチャイチャしないで下さい!! ガシンさん」

 

「そうだよ? 此処にはちっちゃい子達だっているんだからね?」

 

「お、オレが悪いのか!?」

 

 こうしてガシンが理不尽を噛み締めている頃。

 

 少年はまだ北部オクロシアで戦闘後の事後処理に当たっていたヘクトラスの城で本人に見付かる事になっていた。

 

「ぬ? 早過ぎるだろう。再会が……」

 

 王城内部の室内で決済していた男が周囲に明かりを付ける。

 

 すると、霊殿を置いた彼の私室内部に現れた少年は肩を竦める。

 

「進展があった」

 

「ッ、話してみろ。今度は何だ?」

 

 少年がヴェルゴルドゥナの話を精査した結果として今まで黙っていた事を告げる。

 

「聖域関連の話か? 救世神? 北部の多くではモナスの聖域の事は殆ど知られていない。最初期の流刑者達が何かを信仰していたという話は聞いた事もあるが、それ以外はさっぱりでな」

 

「神の名前も知らない?」

 

「ああ、聞いていない。だが、おかしいな。受肉した神もいる中、話を一切聞かないという事は……」

 

「受肉した神々が何か隠してる?」

 

「妥当な判断をすれば、そうなる。それにしても封印が強まる? まさか、モナスの聖域に異変が起こっているのか?」

 

「それを調べに来た」

 

「だが、どうやって調べる? 聖域は封印されている。各地にあるとされる入り口の多くは全てヴァルハイル領だ。ついでに言えば、昔の調査でも何も見つからなかった。平和な時代に合同で調査した事もあったがな」

 

「今も聖域に続く場所があると聞いてる」

 

「ッ―――まさか」

 

「ヴァルハイルに潜入する」

 

「……その妖精と呪霊を連れてか? 馬鹿馬鹿しい程に危険だぞ?」

 

『わたくしを単なる呪霊だと思っているのならば、甘いですわね。この我が騎士にどれだけ尽くして来たと思っているんですの♪ こんなの朝飯前ですわ~』

 

「我が契約者……この陰謀にしか興味の無さそうな奴は危ないですよ。遠ざかる事を進言します」

 

 少年の背後に浮かぶ2人の姿。

 

 エルミとフェムは互いこそ見ないが、其々に少年の背後で何やら働きで相手より優秀であろうと見えない火花を散らしていた。

 

「種族を変えれば問題無い」

 

「ッ―――ソレは、つまりお前は……」

 

「使える」

 

「やたらと見覚えの無い魔力。その袋に入っているのは還元蝶か?」

 

「そう」

 

 少年が僅かに蠢く大きな袋を腰に下げていた。

 

「それで何を知りたい? こちらに留まるという事は何か聞きたい事があったのだろう?」

 

「ヴァルハイルの内情と潜入する際の助けが欲しい」

 

「助け、か。高都に潜らせている草はいるが、連中護りを固めていて、中々に厳しいぞ?」

 

「同胞なら?」

 

「そういう事か……解った。何処の者にする?」

 

「ヴァロリアで」

 

「―――はぁ、怪しまれるぞ?」

 

「最初から怪しまれてる方がいい。情報を持ってる相手が寄って来れば、尚良い」

 

「真っ白な身元を用意するのは骨が折れるが、何とかしよう。そこの浮かんでいる者達は?」

 

「ヴァルハイルだと呪霊を機械に入れてるって聞いた。エルミは特別な名前を持ってる呪霊を機械化した者。フェムの実態は魔力と霊力で物質を形作ってる。一緒に呪霊と偽って機械に入れるのは可能」

 

『わたくし、何にされるの!?』

 

「わ、我が契約者!?」

 

「問題無い」

 

 背後の2人がそう言われて何処か仕方なそうに大人しくなるのを見て、こいつ本当にアレだなという感想を抱いたヘクトラスは頷く。

 

「良いだろう。半日待て。ヴァルハイルにももしもの時の為に特大の伝手はある。あちらも一枚岩ではないからな。物好きな連中もいるし、工程としては2日くれ。その間にそちらの御婦人達の肉体となる機械も用意させよう。その間に内情とヴァルハイルの常識を学ばせる。生まれ変わりはいつ?」

 

「今日中にでも」

 

「了解した。では、しばし待て」

 

 ヘクトラスがすぐに呪紋で他の者達を呼び寄せ、テキパキと手配をしていく。

 

 こうして三人は怖ろしき敵。

 

 ヴァルハイルの首都潜入の為に色々と学ぶ事になるのだった。

 

 それが新たな事件の始りになるとも知らずに……。

 

 *

 

―――3日後、ヴァルハイル高都国立第一聖鱗学校【ロクシャの園】。

 

「初めまして。エルの子、オータの子孫。アーカ家のアルと申します。よろしくお願い致します」

 

 少年はペコリと小さな竜角の生えた体と第三の目が開いた状態で頭を下げた。

 

 少年の後ろ、左には少女型の生身の女性とも見紛うような機体が呪霊を封じて浮かんでおり、右には妖精のような小さな体のこちらもやはり精緻な小さな少女型の機体が浮かんでいて一礼する。

 

 その日、ヴァルハイルに幾つかある大規模な学校の中でも最も格式高いとされるロクシャの園と呼ばれる学校へ入って来たのは忌避の塊のような存在であった。

 

 薄らと四肢に見える蒼い鱗と尻尾すら無い少年。

 

 辛うじて竜角がある為にヴァルハイルの民と分かるが、その額には第三の目。

 

 つまり、他種族との混血であるドラグレで異様に精緻な機械化呪霊を連れた少年は間違いなくヴァルハイルの基準に照らして見れば、ほぼ差別直球ど真ん中ストライクゾーンに違いない存在にしか見えなかったのである。

 

 まだ四肢を機械化していない少年少女達には立派な竜角や竜頭や尻尾のどれかがあるし、何なら全部持っている者もいる。

 

 角の大きさや見栄えは種族的なステータスであり、尻尾もそれに類する。

 

 顔とて竜頭の方がモテるという。

 

 だが、そのどれもが無いか。

 

 あるいは劣っている少年が突如として来襲したロクシャの園は半ば恐慌状態になった……精神的な側面だけで言えば、限りなく風紀は乱されまくりであった。

 

 教室というには大きな吹き抜けの庭。

 

 そこに座る者達は芝生の上で石製の椅子に腰掛けたまま。

 

 小さな竜角しか持たない同年代を前にして何故こうも堂々としていられるのかという疑問を抱いたが、何者かが呟く。

 

「アーカ家って確か呪霊機の名家だったような?」

 

 それで彼らは「ああ、つまり名家の誰かが生んだヴァロリアのドラグレなのね」という事で自分を納得させた。

 

 実際、普通の機械化された呪霊は殆どの場合、小さな空飛ぶ箱のようなタイプだ。一部の物好きや高級志向な者達がモルドの技術を用いる人型や小型の箱型ではないタイプを運用している。

 

 ならば、そういう事だろう。

 

 さすがに上流階級の子女達が揃っている学校だけあって、あからさまに差別の視線を投げ掛ける者はいなかった。

 

 少年が先生によって一番端の一番後ろの開いている席に座るよう言われて、腰を下ろしても誰一人として彼に話し掛ける者は無く。

 

 淡々と授業が開始された。

 

 理由は単純明快。

 

 最も彼を差別していたのは外ならぬ教師だったからだ。

 

 一応、名家として入って来た以上、差別的な言動や行動はしないが、その瞳の視線は限りなく冷たい。

 

 必要最低限の事を言った後は放置。

 

 これが教師陣にとって最善の接触方法だったのである。

 

 別に誰かへ何かを聞く様子もなく。

 

 淡々と機械の内部構造他、呪紋や呪霊の講義を聞き終えた少年は一番困る無視という状況に何か手を打つべきだろうかと首を傾げながらの昼時となった。

 

(ヴァルハイルの高都……確かに高い建物が多い……)

 

 ロクシャの園は高都でも指折りの教育設備を備えた広い敷地に複数の塔を立てて運営されている場所だ。

 

 棟の最上階の吹き抜けとなっている場所が教室となっており、全ての教室はこの最上階と塔の内部で天地の差がある。

 

 最上階の教室は最上流階級。

 

 つまり、皇族から列なる国家の重鎮の家の者が入る校内カースト的な最上級位置。

 

 そこから階が下がる毎に家の格が落ちて行くのだ。

 

 故にあからさまな差別が行われないというのも当たり前と言えば、当たり前の環境であった。

 

(もう少し情報が入って来そうな場所の方が良かった気も……)

 

 少年は四六時中、呪紋で話し掛けて来るエルミとフェムに応えたり、内部構造やら周辺の街並みやら、色々な部分の記録を取って貰いながら、学校の制服を見やる。

 

 珍しい完全に人型に竜角だけの少年の制服は法衣型のローブでゆったりとしたものだが、金糸の刺繍が施された家の家紋入りの特注品だ。

 

 校内は磨き上げられた乳白色の石材を掘り上げた荘厳な神殿にも見える。

 

 毎日機械呪霊達がフヨフヨ浮かんで夜に清掃していると言われる表面には埃の一つも付いていない。

 

(人材の機械化……仕事を精霊にさせるのと同じように呪霊で代替……これがヴァルハイルの足元を支えてる?)

 

 最下層には生徒全員が入れる大講堂が存在しており、実際に神殿として建てられていて、彼らのヴァルハイルの神が祭られている。

 

 校内の移動は複数ある昇降機で行われていて、食堂となる中層階の一層丸々使った広いスペースには上も下も無く最上階の生徒以外は殆どが使っていた。

 

(都を見た限り、食料は殆ど同じ。料理の質の世代が違うのと、戦時統制でモノの値段が高止まりしてる……)

 

 生徒達に紛れて食堂に入ると。

 

 今日のメニューらしきものが書き込まれており、三つの中から一つ注文する事が出来るらしい。

 

 さすが上流階級の人間が通うだけあって、食事は全て無料だ。

 

 食堂の椅子と机は移動出来ない備え付け式で横に長いテーブルがズラリと長椅子と共に並べられて、途中の区切りで数名ずつ入れるようになっている。

 

 注文した品は機械呪霊が配膳係として持って来る為、食堂内なら何処にいても問題無く届くというシステムが採用されていた。

 

「季節の香味揚げを」

 

 カウンターで注文すると竜頭のおばちゃんらしき40代くらいの女性がすぐに少し驚いたような顔になるものの、ササッと注文を取った。

 

 職業意識の塊。

 

 逆に言えば、融通が利かない。

 

 しかし、今に限って言えば、有難い話であった。

 

 少年が一番端の椅子に座る。

 

 外が見える席は光が入り込むせいか。

 

 熱いので敬遠されているようだったので少年が座るには丁度良く。

 

 少年の背後では表向き何も喋らない2人がフヨフヨ付き従い。

 

 食堂内部はざわついていた。

 

 あからさまにそんなものを連れて問題無いとされている以上、最上流階級。

 

 だが、その肉体は限りなく社会的には排除対象。

 

 この板挟みで誰も彼もが困惑し、どう接していいのか分からなくなっていた。

 

 しかし、そこに果敢に攻めて来る者が一人。

 

「うっわぁ~~薄汚いヴァロリアじゃない。何? どうして、この神聖な学び舎で大そうな呪霊機連れてるの?」

 

 少年の脳裏には話し掛けて来た相手の脳天を矢で早くブチ抜こうとか。

 

 どうやって失意のどん底にしてやりましょうか?とか。

 

 そういう思考が垂れ流されてくる。

 

「しかも、くっさぁ♪ 溝みたいな呪霊の臭いがプンプンする。薄汚いゴミみたいな呪霊を内部に入れて、毎晩愉しんでたりするの? ねぇ、このゴミクズ。ほら、何とか言って見なさいよ?」

 

『『………( ̄ω ̄)』』

 

 少年をいきなり罵倒してきたのはまだ12か13くらいの少女だった。

 

 大きな竜角は黒く染まっており、大きな尻尾には漆黒の鱗が黒曜石のように煌めき、尻尾や腕、脚には純金を呪具にしたような輪が着いている。

 

 僅かに浮いている少女は体躯こそ小さいが、小柄な体とは反比例して角やら尻尾が大きいのでまるでアンバランスであり、そのせいで浮かばないとロクに歩けないのではないかと少年は思考した。

 

 弱い者虐めが大好きですというサディスティックな顔付きは悪戯を心底楽しんでいる様子である。

 

「あんまりこの子達の事を罵倒しない方がいい」

 

「はぁぁ? 何勝手に汚物みたいな口開いてんのよ。この薄汚いヴァロリアが!! アンタみたいなオクロシアのスパイなんて、さっさと捕まっちゃえばいいのよ」

 

 少年の言っているのは単なる忠告である。

 

 今もピキピキ来ている彼の呪霊と妖精は良い笑顔で軽く相手を射殺したり、焼き殺したり出来そうな怒気を孕んでいる。

 

 黒角、黒鱗の少女は嗜虐的な笑みを浮かべて尚、高貴な血筋が分かるような小顔で鋭い視線の美貌ではあるが、言ってる事はかなりこのヴァルハイルの内部では真っ当だ。

 

 実際、この場にいる者達の多くの声を煮詰めたら、こんな感じだろう。

 

「何でドラグレがこんなとこにいるわけ? とっとと帰れ!! アンタの仲間のせいで沢山のオクロシアに行った兵隊の家族が泣いてんのよ!!」

 

「直接関係無い」

 

 シレッと少年は大ウソを着く。

 

 というか、偶然だとしても真実を突いた発言は逆にだからこそ少年のカモフラージュの素材としては物凄く有難いまである罵倒であった。

 

「ッ……このまま帰れば見逃してやっても良かったのにね。ほら、アンタ達!! 此処でこのクズを叩き出しなさい!! 風紀を乱す者には風紀委員の制裁が科されるって知っておく事ね。この恥さらしのドラグレが!!」

 

 少年が思わずコレが学校で言う風紀委員というヤツなのかとちょっと驚く。

 

 事前に色々とヘクトラスや部下から聞いていたのだが、風紀委員は品行方正で不道徳とかを正すのが仕事と聞いていたのだ。

 

 あからさまに少年へと向かってくるのはまだモルドを付けていない少年達。

 

 四肢が機械化されてはいないが、呪具を複数装着しているようであり、手甲や脚甲などの武装からして徒手空拳で相手を制圧する為のものだろう。

 

『『………( ̄ω ̄)?』』

 

 やる?

 

 やっちゃう?

 

 というワクワクした獰猛な子猫よりは危ない背後の2人に呪紋の通信で待てをした少年はイソイソと席を立ってからクイクイと手を掌を向けて風紀員達を手招きした。

 

『コイツ!? やるぞ!! 風紀委員を舐めるな!! このドラグレがぁ!?』

 

 少年達が次々に押し寄せて来る。

 

 それを少年は最小限の動きで回避しながら、適当に死なないよう首筋に手刀を当てて気絶させていく。

 

 従来は相手を殺す事も出来る制圧方法であるが、少年の経験的に単なる子供程度の相手に使い間違う事は無いので完全に数名が数秒でグッタリと倒れ込んで気を失った。

 

「な―――」

 

 それをエルミとフェムがぽいぽいと壁際に積んでその上に座ってみせる。

 

 すると、丁度の様子で呪霊機。

 

 そうヴァルハイルでは呼ばれているらしい箱型の呪霊がランチセットを持って来て、少年の席の前に前に置いた。

 

 それを何という事も無さそうに食器で食べ始める少年を前にして唖然とした生徒達はざわついていたが、風紀委員が一撃で倒された様子に相手が少なからず高貴な家の出である以上に強い事を理解する。

 

 ちょっかいは出さないでおこうと誓う者が多数……少年が普通に食事を取っているのを見て、視線を逸らして自分の食事に戻る者が殆どとなった。

 

 無視が一番という事である。

 

 しかし、仲間達をエルミ達の尻に敷かれた少女は怒りにプルプルと拳を震わせ。

 

「クソ!? 覚えて為さい!! 委員長に行って出席停止にしてやるんだから!?」

 

「正当防衛」

 

「ッ―――役に立たない部下共ね!? もぉ!!」

 

 喚いた黒角の少女はそうして逃げて行くのだった。

 

 少年が数分でランチを終えて、2人にまだ気絶している者達を目覚めさせてやって欲しいとお願いして教室に向かう。

 

 その背中を視線で追う者はもう多くなかった。

 

 家の格と強者を前にしては沈黙するのが吉。

 

 そんな上流階級の者達の暗黙の了解は少年を見なかった事にするという点で方針が一致したのである。

 

 *

 

―――放課後。

 

「という風紀委員会からの報告があったのだが、何か申し開きはあるだろうか?」

 

 学校の最年長。

 

 生徒会長という肩書の竜頭の相手に少年は放課後呼び出されていた。

 

 最上階下の階は生徒会という組織が運営している場所らしく。

 

 少年が入ると呪霊機は置いていけと言われたので少年は2人を置いて通路を渡って生徒会室の巨大な表札がある部屋にノックをして入り、青白い竜角と竜鱗を持つ竜頭の相手と数名の役員達を前にして尋問されていた。

 

「正当防衛です」

 

「正当の部分を詳しく」

 

 生徒会長。

 

 ナルハ・クラミルとプレートがある彼がそう少年に訊ねる。

 

「最も人がいない端の席で食事をしようと座りました。そこで明確な罵倒を突如として受け、その上で風紀委員による襲撃を受けました」

 

「ふむ。君は自分の容姿には自覚があるかな?」

 

「勿論」

 

「その上で襲撃を受けたと表現するのだね?」

 

「間違いありません」

 

「左様か……」

 

 法衣の襟元に白い星のマークが入れられた生徒会の制服。

 

 その周囲の者達は多くが他の邦では蜥蜴と称されるだろう竜頭に竜角と尻尾姿の三つ揃ったエリートだった。

 

「アーカ家には悪い事をしてしまったようだ。君個人への補償という程のものは出ないが、今後風紀委員による食堂での無法は無くなると断言しよう」

 

「ありがとうございます。生徒会長」

 

「いや、君は嘘を吐いていない。それに君がどういう存在であれ、正当な理由も無く席を奪う権利は私にも此処の教職員にも無い」

 

「………」

 

「ただ、風紀は乱していたのは事実だ。今後も風紀委員からの注意などはあるかもしれないが、そこはその時に君と彼らで解決してくれたまえ」

 

「生徒会としては関わらないと?」

 

「はは、生徒会も忙しいのだよ。こんな些細な事で誰かを呼んで話を聞いている暇はない。君も最上流の家なら知っていると思うが、オクロシア侵攻軍が壊滅してね。一般には後退したと流しているが、人の口に戸は立てられない」

 

「……【器廃卿】の死亡ですか」

 

「その通りだ。あの戦線の敗北で色々なところにシワ寄せが来ていてね。この学校の生徒達もいつまで戦線へ立たずにいられるか……」

 

 生徒会長ナルハが溜息を吐く。

 

「そういう事で我々は一個人への差別が力によって正当に叩き潰されたからと毎度毎度のように呼び出しなど出来る状態ではない」

 

「心中お察しします」

 

「なら、出来る限り穏便に済ませて欲しい。何、君に風紀委員に殴られろというのではない。必要無いところでは逃げてくれてもいいし、手練れの風紀委員を八人も山にした君なら、彼女を自分の手籠めにしてくれてもいい」

 

「彼女? 黒角の……」

 

「ああ、君は転校してきたばかりだから知らないのか。彼女は現参謀本部にいる古参謀のお孫さんでね。丁度、オクロシア侵攻軍に父親と兄が従軍していたのさ」

 

「ヴァロリアは憎むべき敵、と」

 

「奇眼のヴァロリアは何処の種族にも出る。一種の先天性の病みたいなものだ。我が国では他の種族とは違って内部で受け入れる。だが、それでも忌むべき者という話はある。しかし、君はアーカ家だ。生憎と彼女は格上の家の子を侮辱した上に自らの郎党で戦いまで挑んでしまった」

 

「つまり?」

 

「彼女の家には言っておく。まぁ、君次第だよ。彼女がどうなろうとも彼女の家からは文句も出ないだろう。彼女の不始末だ。家に迷惑を掛けるものでもない。さすがに殺されては我らも黙ってはいられないがね。大抵の事は目を瞑ろう」

 

「解りました」

 

「では、帰りたまえ。今日は災難だったな。優秀なる人」

 

「いえ、そんな事は……では、これで」

 

 少年は一礼してから生徒会室を後にした。

 

「……生徒会長」

 

「何だね? 副会長」

 

「あのヴァロリア。良かったのですか? 放っておいて」

 

「君はあの階梯の存在をどうこう出来ると思うのか?」

 

「え?」

 

「……あの第三の瞳は神眼。第三神眼だ」

 

「え、それって……」

 

「呪霊や霊体、他にも我らには見えない領域を見る瞳。精霊も見えるのではないかな。あるはそれよりも更に高次のものすら見えるかもしれない」

 

「あの瞳そこまでの……」

 

「アーカ家は様々な呪霊を呪霊機として開発した名家だ。今のヴァルハイルの生産力の実に4割、工業製品に至っては7割が彼の家の技術で成り立っている」

 

「し、知りませんでした。勉強不足で……」

 

「いいよ。表向きは【器廃卿】がそういうのを仕切っていて裏方だったから、あまり知られていないというだけだ」

 

「彼が最上階の教室にいるのはそういう事なのですね。ですが、風紀委員の彼女の事はあれで良かったので?」

 

「元々、風紀委員長からも問題行動が多いと報告されていた。彼女の兄はもう直系の男児を儲けているから彼女がいなくなっても何も問題無い」

 

「そういう事でしたか。それにしても問題行動、ですか?」

 

「ああ、やたらと攻撃的になっているようでね。まぁ、父親と兄を失って気が立っていたんだろう。だが、やり過ぎたよ。彼女は……」

 

「あの新入り……一体、どうしますかね?」

 

「それは我らには関係の無い事だ。それより全校生徒の徴兵を阻止する方が重大事である以上、放っておきたまえ。風紀委員長にはこちらから手出し無用を言い渡しておく」

 

「了解しました」

 

 少年は通路を歩きながら、不可糸で通した糸電話を生徒会室から引き剥がし、内部事情を浚った後、大人しく待っていた2人を連れて、ようやく帰宅する事にした。

 

 放課後はもう暮れ始めており、さっそく内情を探るには良さそうな取っ掛かりを見付けた少年は明日も彼女に突っ掛かられてみようと思いつつ、高都内部の協力者の家に戻るのだった。

 

 *

 

 少年が帰って来たのは高都の奥まった場所にある古びれた館だった。

 

 機械と石と鋼が織りなす高都にあって、館の殆どは高層建築に取って代わられている事が多い。

 

 しかし、今もそれなりの敷地を有する館を維持する家というのは家格的には相当に上と言われる事が大半だ。

 

 館の門扉の横にある小門が開く。

 

 すると、内部にはズラリともう箱型の呪霊機が浮かんだままに頭を下げて彼らを待っていた。

 

 その開けた道を更に進むと正面玄関ではなく裏口のルートに入る。

 

 裏口の内部では人型の呪霊機。

 

 それも殆ど裸に等しいような水着姿になった、かなり女性的に造り込まれた造形のソレが頭を下げて待っていた。

 

『下品ですわねぇ……』

 

「下品? 良い趣味じゃない? この水着、可愛いし」

 

 相反する少女達はコイツはやはり敵という顔で顔を背けつつ、少年の背後を浮かんで着いて行く。

 

 裏口から進んで二十秒程後。

 

 折れ曲がった通路を進んだ先の扉が半開きになっていた。

 

 少年がそれを開けると。

 

「やぁ、愛しき息子殿。どうだったかな? 初めての学校は。エル・レクスル・アーカの息子として楽しめたかい?」

 

 そう中背の少しやせ型の男が1人。

 

 何処か学者肌のようにも思えるメガネ姿は横顔からして細く。

 

 病的にも見える。

 

 40代程だろう男の口元には僅かに長く整えられた髭。

 

 そして、何処か柔和な笑みが浮かんでいる。

 

 エル・レクスル・アーカと自分を呼んだ男は冴えないおっさんに見える。

 

「生徒会長から風紀委員の問題児を手籠めにしていいって言われた」

 

「な、な、何だってぇえぇええぇえ!?」

 

 わざとらしいくらいに驚く彼が思わず目を見開き。

 

 数秒後。

 

「……その子、可愛いかい? もし君がお嫁さんにしたいなら、後でボクのお人形さんの容姿に使っていいか聞いてくれないかな?」

 

 そうシレッと柔和な笑みで言った。

 

『クズですわねぇ……』

 

「そう? あの気の強そうなのが泣き崩れて、自分の人形が量産されてるところを見たら、楽しそうでしょ。絶対」

 

 男はニコリとして。

 

「冗談だよ。あ、でも身体情報が欲しいのは本当だ。測る機会があったら是非ともよろしく頼むよ? 我が愛しき息子殿」

 

「……了解(*´Д`)」

 

 溜息がちに少年はそう頷くのだった。

 

―――15分後。

 

 アーカ家はヴァルハイルの名家だ。

 

 呪霊機。

 

 呪霊の肉体として機械を用い。

 

 制御する事で呪霊そのものを有効活用する。

 

 その思想は労働力の自動化というものに使われており、結果としてヴァルハイルは巨大な生産力を有する北部最大の雄となった。

 

 しかし、歴代の当主からして変人が多く。

 

 同時に世人には分からない拘りや性癖があった彼ら一族は数が名家の割に少なく。

 

 ついでに嫁ぐ者も多くなかったせいで今やたった一人の男以外にはもう誰もアーカの家に名を連ねる者はいなくなっていた。

 

「いやぁ、ヘクトラスのヤツから連絡が来て、ヴァルハイルの生産力でも潰せって脅されるかと思ったら、息子を寄越すとはねぇ」

 

 食堂のテーブルで男は干した果実をツマミに葡萄酒を呷っていた。

 

『貴方全然そんなの信じてないのではなくて? 色男さん』

 

 ジト目のエルミはこの手ののらりくらりしながら柔和な男というタイプを商人には何人か知っていたので呆れた表情になる。

 

 男はまったく本心を隠すのが上手い人種に違いなかった。

 

「ははは、まったく、君くらいの呪霊がヴァルハイルにもっと沢山仕えていてくれれば、ボクのお嫁さんにしてたのになぁ。ボクの理想の体付きで♪」

 

 中年のウィンクがエルミを貫く。

 

『ひぃ!? わたくしの騎士様!? この変態どうにかなりませんの!?』

 

「ならない」

 

 エルミが少年の背後にササッと隠れる。

 

「そんなに邪険にしなくても。僕はこれでもヴァルハイルにいる“卿”の中でも結構モテる方なんだ」

 

「……伴侶は?」

 

「ボクの伴侶は呪霊機だけさ♪ 何せ、僕の理想通りに造れる理想の女性だからね。これ以上は無いよ。哀しい事にね」

 

『……やはり、変態じゃないの……』

 

「いやぁ、話せる女性型でカワイイ呪霊ってかなり希少なんだよ? それこそ百年に1人か2人いるかどうかくらい」

 

 男が横の際どい水着姿の呪霊機。

 

 尻尾と角は完全再現されている豊満な女性型から葡萄酒を御酌されて、ゴクゴクと飲み干していた。

 

 実際、男の横にいるのは新型の全身モルドのヴァルハイルの女性と言われても何ら違和感が無い程に嫋で優美な曲線を描いており、金属質の肌でなければ、見分けは付かないだろう。

 

「君達の体だって、ボクの自信作さ。生憎と入れる呪霊がいないという事を除けば、という話はしたよね? だから、浮かれるのも仕方ないのさ。何せ、本当にヘクトラスのヤツが言った通りだったからね」

 

「……どうして入れる中身も無いのに体を造った?」

 

 少年が訊ねる。

 

「造れるからさ♪ ボクの技術はどちらかというと大量生産系に割り振られてた父や祖父達とも違って細かい芸術分野に近い」

 

「芸術……」

 

「ボクはね。呪霊機が箱型なのが許せなかったのさ。だって、もっと綺麗になる。格好よくなる。もっと強くなる。ああ、もっと良くなるのに生産性のせいで箱型……なら、ボクが常識を変えてしまえばいい」

 

 男は葡萄酒を注いだグラスを電灯に翳す。

 

 男の竜角は半ばから螺子くれて折れ曲がったかのように変則的なものであり、色はドブ色の斑模様だった。

 

 尻尾も無ければ、竜鱗も殆ど見られない。

 

 肌の色も人間に近しい。

 

「こんな容姿だったからね。子供の頃からそりゃぁ近所の悪ガキに虐められそうになっては家に逃げ込んだよ。今の君なんてまだカワイイ方さ。家の事を知った途端に青い顔の親が土下座で襤褸クズみたいに殴った息子を連れて来たりとか。しょっちゅうだった」

 

「それで?」

 

「ボクは誓ったね。ボクに自分の肉体を鍛える才能は無い。でも、頭脳はある。なら、自分の理想の肉体を造ればいいんだって」

 

「妥当」

 

「お? そうかい? そうかい? ふふ、そう言われるのは嬉しいなぁ♪」

 

 男がまた横から注がれた葡萄酒を呑み干す。

 

「もしも、君達がツマラナイヤツだったら、さっさと上に渡しているさ。でも、君達は面白いヤツだ。だから、この国を亡ぼすくらいは手伝おう」

 

「個人的な理由で?」

 

「ああ、個人的な理由で、さ♪」

 

 胡散臭い男は柔和な笑みのままウィンクし、干した果実を齧る。

 

「全身モルドのヴァルハイルが多くないのが何故か知ってるかい?」

 

「知らない」

 

「君達のように面白い連中がいないからさ」

 

『え……それって……』

 

「ボクとボクが所属する部署が殆ど調整してる。10年に1回の調整以外は緊急時の破損の交換だけだ。ちなみにこの高度技術に接する事が許された人材はヴァルハイル全体で1000人いるかいないか」

 

『つまり、貴方はその親玉なのですね……』

 

「親玉に近いが正解かな。ボクの上司もいるしね」

 

『生産性の問題と言っていましたが、そんな機械に交換するのは難しいんですの?』

 

「そりゃね。手術の成功率は9割を超えたが、それもヴァルハイルが戦乱の度に死亡しそうな高級将校を実験台に使ったからに過ぎない。鋼鉄騎士とか。あれくらいの古参は半ば生きた標本だ。父の代でようやく全身置換が可能になったからね」

 

「……器廃卿は肉体そのものを失って呪霊化してた」

 

「ッ―――ああ、そうか。君だったのか。彼を倒したのは……」

 

 男が驚きつつも僅かに目を細め、懐かしそうな顔になる。

 

「彼の技術は全て保管されている。一応、ボクが遺産として引き継ぐ事になっているけどね。よく倒せたな。彼、復活しただろう?」

 

「復活しないように倒した」

 

「あはははは!! そうか。なら、彼も本望だろうさ。ようやく死ねたんだ。それも君のような面白いヤツに打ち倒されるなら、長年の憂さも晴れるだろう」

 

「どういう事?」

 

「ヴェルゴルドゥナ卿はヴァルハイル最古の生き字引の1人だ。事実上、彼より歳を経た者はヴァルハイルに数名しかいない」

 

 少年は何となく歳は食ってそうだなと思っていたので納得する。

 

「ヴァルハイルが此処に来て500年以上。流刑者にされた皇族達が歩いた歴史は極めて過酷だった」

 

「北部最弱の勢力、そう聞いた。ヘクトラスに」

 

「そうだよ。それから数百年以上、ヴァルハイルは神を討ち滅ぼされたせいで弱体化したまま。受肉した神を奉る他種族に振り回されて生きていた。それが変わったのは凡そ200と90年近く前」

 

 エルが指を弾くと彼に御酌をしていた女の呪霊機の瞳が白壁に画像を映し出す。

 

 そこには一人の青年とドレス姿らしい女が並び立っている。

 

「当時の皇女と御付きの技官。彼らが技術革新を推し進めた。途中、西部や東部から種族が完全に追い出されるような波乱も起きたが、新天地である北部で彼らは一からモナスの聖域の研究をして、その遺跡の技術を取り込んで強くなり、過酷な一族の運命を変えた」

 

「……これがヴェルゴルドゥナの生前」

 

「横のが当時の皇女さ。ま、途中で彼女は敵との戦争で死んだ。だが、その意志を継いだ男はありとあらゆる技術を普及させ、進展させ、その威力を以て、少しずつ敵を削り、他の種族を、受肉神すらも退けていった」

 

 ヴェルゴルドゥナの喪失が実際にはヴァルハイルにとってかなり大きな損失となっているという事を少年がようやく実感出来た気がした。

 

「実際、当時の混乱から何が起こっていたのか詳しい事は分からない。大昔から各地域は戦争で荒廃し、ヴァルハイルが辿り着いた時には住まう者は7割方消えていたとも言う。だが、結局新天地で新たな世界を求めたヴァルハイルは勝ったのさ」

 

 男が葡萄酒を呷る。

 

「結果から言えば、何もかもを失って島にやってきた最弱の種族は最強の種族として君臨した。全ては竜のおかげとヴァルハイルでは言うのだが、まぁ……ほぼあの男と皇女のおかげだろう」

 

「……竜は何処に行った?」

 

「ん?」

 

「もっとヴァルハイルには竜がいるかと思ってた。でも、高都に来てから殆ど見掛けてない」

 

「ああ、君達は勘違いしているようだな」

 

「?」

 

「いつも飛び回ってるだろう? そこらをさ」

 

「……呪霊機の呪霊?」

 

『!!?』

 

「ッ」

 

 少年の言葉にエルミとフェムが目を見開く。

 

「そういう事だ。竜を信奉せし、竜の民。ヴァルハイル。だが、その竜達の多くは戦乱の度に死んでいった。竜は長命な種だが、同時にあまり増えない種でもある。だが、ヴァルハイルの地位を固めるのに戦うのは必須」

 

「……竜を保存する為にヴァルハイルは呪霊機を造った?」

 

「ま、そういう一面もある。呪霊化した竜達の多くは意識を持たない。だが、元々の魂の質は同じだ。空を飛ぶ事も出来るし、高度な命令も訊ける。それですら、戦乱の中で随分と摩耗して、今や呪霊の部分を竜以外に頼る始末だけどね」

 

「呪霊化した竜を生産力や物資の流通手段にした?」

 

「そういう事。物分かりも良いな。君は……生身の竜は今や貴重なのさ。いないわけでもないし、野生で増やす試みも行われているが、結局はヴェルゴルドゥナ……彼が竜を複製する手段を見付けて、今はその最終実験中だった」

 

「複製……」

 

「君が彼を倒したせいで計画が頓挫するのか。あるいは遅れても実施するのか。どちらにしても竜達は利用されるだろう」

 

「……子供の死亡率が関係してる?」

 

「お、鋭いな。そうさ。北部はまだマシだが、西部や東部ではあらゆる種族の子供が死産するか。もしくはすぐに呪霊や亡霊、亡者になる事案が当時から相次いでいた。故に西部グリモッドの伝説からして眉唾ではないし、それを何とかしようという者達も大勢いた」

 

「複製は亡者にならない?」

 

「御名答。理由は単純らしい。要はこの島の魂の循環に寄らない新しい生命だから、という話を彼は実験で言っていたな」

 

『………』

 

 僅かにエルミの瞳が鋭くなる。

 

「君達は好きに動くといい。今のところは問題無い。皇帝城に向かうのはまだ無理だが、どうにかなりそうな催しがあって。数日後に聖域へ最も近い場所へ案内しよう」

 

「了解」

 

「では、そろそろ切り上げるか。これから仕事でね」

 

『酒を飲んだまま行くんですの?』

 

「ふ……ボクの肉体は全身モルドだよ」

 

『ッ―――』

 

 男が舌を出して、お茶目にウィンクした瞳を片手の指で大きく開く。

 

 よく見れば、エルの瞳の内部には大量の細かい部品らしき筋が奔っていた。

 

『その技術があれば、そこの呪霊機も普通の個体に見せ掛けられるのではありませんの?』

 

「浪漫だよ。機械的な外見の方が燃えるだろ?」

 

『……やっぱり、変態じゃないの』

 

 ジト目のエルミが男を睨む。

 

「ははははは、君の体に付いてはそういう普通に見える感じのモルドも用意しておこうか。では、これで」

 

 エルがそのまま女性型呪霊機を連れて部屋を出て行く。

 

 こうして、少年達は初日の潜入を終え、自分達の部屋に帰るのだった。

 

 *

 

「聖姫殿下」

 

「何です?」

 

「呪装局より調整のお時間だと連絡がありました」

 

「明日に伸ばせますか?」

 

「いえ、それが……ヴェルゴルドゥナ様亡き今、その技術を使っているモルドは全て調査点検をしなければ、今後の運用に差し支える可能性があり、現時点では即時調整及び調査が必要である旨。局長から説明をするようにと……」

 

「解りました。では、あちら側に向かうと伝えて下さい」

 

「はい。承りました。また、ヴェルギート様にも同様のお話が来ております。出来れば、早めに来訪して貰いたいと」

 

「そちらは直接言っておきましょう」

 

 皇帝城の一角。

 

 聖姫と呼ばれる彼女エレオールの為の一室は広く。

 

 彫金の施された大理石で造られている。

 

 決済用の私室の執務机で書き物をしていた彼女はやって来た侍女が下がるのを待ってから机の一番端にある窪みに指を入れた。

 

 すると、彼女の指先を通して、雷の力と呪紋が起動し、遠方にいる彼女の騎士との間に直通の通信が繋がる。

 

『ヴェルギート』

 

『ハイ。こちらヴェルギート。応答問題ありません』

 

『ヴェルゴルドゥナ卿の技術が入ったモルドの総点検が実施される運びになった。お前が途中で戦えぬのでは問題だ。先に行って来る。明日までに呪装局に出頭し、調査点検を受けよ』

 

『了解しました。聖姫殿下』

 

『それと例の調査に進展は?』

 

『現在、シシロウの幾つかの部隊を借用し、情報収集を進めておりますが、オクロシアからの荷物はオクロシア全体で賄える量ではない事がハッキリしました』

 

『……つまり、オクロシアは経由地という事か?』

 

『ハイ。また、巧妙に偽装されておりますが、各地の種族の民間人がオクロシアに向かっている事も解りました』

 

『オクロシアに?』

 

『徴兵のみならず。女子供も消えている理由はオクロシアへ向かっているからなのではないかと。ですが、オクロシア全体で人が増えているのかと言えば、遠方からの監視に関しても首都が人で溢れ返っている様子は無いと』

 

『民が何処かに消えている?』

 

『恐らくは何処かへの転移用の遺跡が置かれているのではないかと』

 

『……北部にそのような場所があるとは聞いていないな』

 

『可能性は2つ。何処かの旧い地下遺跡に生産力を有したものがあり、其処が大規模な敵の生産拠点兼避難地となっていて、労働力として民が活用されている』

 

『もう一つは?』

 

『西部と南部。フェクラールとニアステラがオクロシアと遺跡で繋がっている』

 

『ッ―――その場合、どうするべきだ?』

 

『戦略兵器の監視にもう強行偵察部隊の多くは付いており、損耗させるわけにはいきません。ですが、無策に西部へと向かえば、今度は返り討ちにされる可能性があります。大規模な戦力でなければ、強行偵察は不可能でしょう』

 

『となれば、オクロシアへの潜入工作となるか?』

 

『ハイ。イイエ。我が身が単身で向かえば、正体の露見時点で戦略兵器の起動原因にもなりかねず。出来れば、秘密裡に破壊せねばなりません』

 

『……シシロウの部隊には不可能か?』

 

『不可能です。彼らは隠密性に優れますが、破壊工作には不向き。ソレを担っていたのがシシロウの直轄地である【ヴェールド】の人員でした』

 

『あそこが残ってないのがつくづく響いているな』

 

『ハイ。此処に至っては敵の流通を遮断する方策が良いかと』

 

『どうする?』

 

『最前線と言えど、大穴が開いているオクロシア方面は敵も守備隊を防衛陣地に詰めさせ、後方からの部隊と交代で守備に当たっております。また、オクロシアの国境地帯よりも更に端は先日の大攻勢で我が軍が削られ、同時にその端はオクロシアとの間に大きな穴となっている』

 

『オクロシアの端と削れた戦線の端の間にある穴を通って内部へ?』

 

『潜入工作だけならば可能でしょうが、相手へ即座に潰されては意味がない。また、今戦略兵器によって封じられている戦線にずっと四卿を張り付かせておくのは無策となる。故にこちらからは四卿を潜入破壊工作に付かせる事を提案致します』

 

『四卿を連中の陣地内にか』

 

『大胆と思われるでしょうが、戦略兵器を使うには確証が要ります』

 

『偽装するのか?』

 

『ハイ。正体が分からなければ、延々と補給路を途絶されて、連中の動きを阻害出来るはず。我らの領地に使うならまだしも、各地の未だ領民が残る領地に敵が戦略兵器を投射するとなれば、相応の時間と覚悟がいる』

 

『……確かにヴェルゴルドゥナ卿以外は大規模な設備を用いた戦い方はせぬ。だが、補給線を襲撃したとして、討伐隊を返り討ちにするとなれば、敵も膠着している戦線から兵を引き抜くのでは?』

 

『それならそれで良いのです。その兵と戦わねばよいわけで、警備に相手が兵隊を割いてくれるだけで十分な貢献になる。問題は敵の戦略兵器の数ですので』

 

『つまり、抵抗感のある自軍領地内での使用は数的にも躊躇うと?』

 

『十中八九。確証がない限りは……希少なものは使い難い。いざとなれば、グラングラの大槍そのもので互いに接している以上は敵軍も吹き飛ばせる。ならば、その安心感を買う方が相手にとって易いはず』

 

『分かった。参謀本部に掛けてみよう。数日中には結論が出るだろう』

 

『出来れば、お早く。この策は相手がこちらを叩き潰せる物資を充足させ、後方が完全に空になってからでは機能致しません』

 

『分かった。通信を終わる』

 

『ご壮健で』

 

 会話が途切れた後。

 

 侍女達が扉から入って来て、準備が出来た旨を伝える。

 

「今日の担当技官は何方ですか?」

 

「呪装局よりエル卿だとの事です」

 

「ああ、あの方ですか……」

 

「数日後に控えている合同葬と発表時の為にもお体を万全にしておくべきではと調査点検を主張していたとの事で……」

 

「最もです。では、数日後の喪服の方も出た時に頼みましょうか」

 

「既に高都の御贔屓の店に頼んでおります。明日には届きますので、その際に調整を……」

 

 城は忙しなく動き始めていた。

 

 まだ公式発表されていない四卿の1人、その死亡発表と同時にオクロシア侵攻軍の合同葬が行われる事になっていたからだ。

 

 この発表で国民の戦意高揚と同時に落ち切っている前線の兵士達の士気を上げる。

 

 それが今は後方にいる者達に出来る精一杯の前線への援護であった。

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