流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第55話「ヴァルハイルの鋼塊Ⅳ」

 

―――アバドーン会場中央演台。

 

『第144回アバドーンにご来場の皆様、よくぞおいで下さいました』

 

 小型のマイク型な呪霊機に呪紋を走らせながら、会場全体に大きな声が響かせられていた。

 

『本日の開催は危ぶまれておりましたが、各地域の組織が新たに刷新された事から古株の方は一切見られないようです。では、アバドーンの開催と共に次の市場で出る品の品定めを皆さんにはよろしくお願い致します』

 

 会場の中央にある演台の周囲にはズラリと奴隷達が並べられている。

 

 その数は多くないが、それでも200人はいるだろう。

 

『現在、高都内に存在する全奴隷と思われます。今回は売りたい方が殆どであると思われる為、値切られる事は覚悟してご出品下さい』

 

 買いたい奴がいなければ、それはそうなるという自然の摂理である。

 

 需要が無いのに供給過多では値段も下がるのは致し方ないだろう。

 

『では、頭目の方々に登壇して頂きましょう。各地区の17名の代表者、御入場です』

 

 蝶ネクタイをしてたタキシード姿の進行役が言っている傍から次々に30代から40代程の頭目達が演台の上に並び始める。

 

 誰もがギラギラに決めた姿だ。

 

 まず衣服の生地が金属を用いてギラギラ。

 

 金持ってますと言いたげな大量の宝飾品でギラギラ。

 

 だが、その内の最年少は歓楽街のトップ。

 

 三日月(仮称)だけがソレとは違って学生服に金属を鏤めた戦闘服スタイルで、金は持ってませんと堂々主張中であった。

 

 まだ、ガキじゃねぇかと言わんばかりの大人達の嘲笑が彼に向けられる。

 

『坊主ぅぅ~~出るとこ間違えてんぞぉ~~!!』

 

 ヤジが飛ぶ中。

 

 それでも全員が上がり切った後。

 

『では、高都の裏社会を牛耳る17組織の連盟によってアバドーンの開催を承認頂きたく!! 全ての方は呪紋で契約を虚空に!!』

 

 彼らが自らの名を虚空に呪紋で刻印していく。

 

 それが全て出揃うと進行役が頷いた。

 

『それではこれよりアバドーンの開催を宣言致します』

 

 ドッと進行役の言葉と共に会場の上空に呪紋による光を用いた幻影。

 

 花火が上がる。

 

 そして、その光の最中、目を奪われて熱狂していた観客は僅か数瞬の後。

 

 壇上で自分達の頭目と自分達の首が同時にお別れしている事を確認し、息絶える前に小さな糸が血に煌めく巣のようなに映し出される光景を見たのだった。

 

『は?』

 

 進行役の男が目を見開く。

 

 だが、その合間にも異変は次々に起り続けていた。

 

 誰かが悲鳴を上げるより先に血に濡れた見えなかった糸の巣が彼らの周囲には現れ、脚、腕、首が呆気なく飛んだりしていたが、それよりも更に怖ろしいのは殺されたと思われた者達の首が変質している事であった。

 

 ゆっくりと内部から膨れ上がり、ガリガリと音をさせながら、頭蓋が内部から罅割れて急激に爆ぜ散ったかと思えば、小さな竜……背中の翼が蜘蛛脚になっている竜が次々に現れ、バッサバッサと羽搏きながら夜空に消えていく。

 

 ただ、呆然としていた彼らが絶叫を上げようとしたが、それよりも早く残された体の多くが内部から膨れ上がり、ズリョッと大量の蜘蛛の脚らしきものが引き抜かれて、虚空に浮かび、残された血肉をその脚先で吸い上げていく。

 

 やがて、ソレは剣になっていた。

 

 原始的な握りのようなものが着いた甲殻の剣。

 

 それは明らかに少年が使っていた蜘蛛脚のレプリカにしか見えないが、問題はソレが蒼い事だろうか。

 

 その剣が勝手に浮いて、未だ言葉も無く呆然としている奴隷達の手に次々と吸い付くように渡っていく。

 

『な、何だ!? 何だこの剣はぁあああああああ!!?』

 

 さすがに恐慌を来した奴隷達だったが、すぐに蜘蛛脚の剣身に映る文言を見て理解する事になった。

 

 ―――逃げろ。

 

 ―――助けに来た。

 

 ―――誘導する。

 

 たった三言。

 

 だが、彼らには天の助けにも等しい言葉。

 

 次々に奴隷達が叫びを上げて、自分達の前にいるアバドーンの選手達を次々に斬り割いた。

 

 無論、殆どは防がれたが、防いだ瞬間に彼らは後悔する事になる。

 

 まず犠牲者となったのは四肢をモルドで機械化していなかった者達だ。

 

 彼らが最初に内部から膨れ上がり、脱皮するように先程の竜蜘蛛の巨大化版となって、産声を上げる。

 

 泣き声はピギシャーという明らかに正気が削れそうなもので。

 

『ひぃああああああああああああああああ!!?』

 

 それは正しく狂気を周囲に伝染させていく。

 

 次の犠牲者はモルドで攻撃を防いだ者達だった。

 

 彼らは巣の中で次々に動いたせいで糸に両断されて、蜘蛛になっていった。

 

 だが、奴隷や娼婦達、店先で商売をしていた者達は巻き込まれていない。

 

 理由は単純である。

 

 蜘蛛の糸が彼らだけを斬らなかったからだ。

 

 周囲が絶叫を上げる者達の大混乱に陥る最中。

 

 剣身に矢印による方向が次々に示され、それに誘導された奴隷達が蜘蛛と化して自分達の周囲を護るように固めていく元加害者達に当たる暇もなく。

 

 スクラップの山と山の間の細道を通って高都外縁部の外。

 

 まだ荒涼としている地域に辿り着く。

 

『こ、此処からどうしろってんだよぉ!?』

 

『で、でも、助けがすぐに来るって!?』

 

『くそぉ!? 本当に逃げられるのかぁ!?』

 

 都市よりも先からは光が次々に押し寄せていた。

 

 軍警の隊である。

 

 が、逃げた奴隷達には剣身に映る互いに抱き合うか手を繋いで待ての指示を信じる事しか出来なかった。

 

 そうして、異変を察知してやってきた高都外縁部を周回する機動部隊によって彼らが捕捉される刹那―――彼らのいる場所の地面が蒼い光を上げる。

 

 それは巨大な呪紋。

 

 その光の跡が焼き付いた時。

 

 焦げた地面のみを残して瞬間的に彼らは消え去ったのだった。

 

 *

 

―――翌日。

 

「ッ」

 

 ガバッと跳び起きた彼女。

 

 アミアル・レンブラスはそこが自分の家の寝台の上だと気付いて、まるで前日の事が夢だったかのように何事も無く自分がネグリジェを来ている事に安堵した。

 

「夢か……」

 

 彼女がそう息を吐いて、横にある呪霊機を掴んで情報を表示する。

 

「―――ッ」

 

 だが、彼女の手にあったソレが表示したのは彼女が気絶させられる直前。

 

 少年の顔を写した画像だった。

 

「夢じゃない?!」

 

 思わず彼女がネグリジェを脱ぎ捨て、学校の制服である法衣を着込んで二階から一階に降りると家の従者達が頭を下げて対応する。

 

 台所では母親と彼女の兄嫁が何かを作っていると察した彼女は何かを言われる前にそのまま朝食も取らずに家を飛び出した。

 

 隠されていた彼女の肉体を補助する浮遊する呪具であるリングが何故か寝台横に置いてあったので今日はスムーズに家を飛び出す事が出来たアミアルである。

 

「どういう事?」

 

 呪霊機を操作しても、呪霊が最後に映した画像以外は何も出て来ない。

 

 すぐに浮遊して道端を行く彼女が街の監視情報にアクセスすると突如として呪霊機が停止した。

 

「ッ!?」

 

 そうしてすぐに再起動した呪霊機が画面に映し出すのは情報窃取は違法ですの文字。

 

「一体……何が起こってるの?」

 

 アミアルはよく分からないまま。

 

 しかし、何かが起こっている事を確信し、未だ停学処分が解けない学校へと向かっていくのだった。

 

 それを街の影から見ている瞳達があるとも知らず。

 

 *

 

―――ロクシャの園。

 

『マ、マジかよ……』

 

『ああ、どうやら今回の事件が報道されねぇのは軍の意向らしい』

 

『それで? 違法奴隷が組織の連中を斬って逃げたのか?』

 

『ああ、それもほぼ全ての選手と幹部、組織の頭が例の化け物……蜘蛛になったとか』

 

『嘘だろ……』

 

『いや、その場にいたって奴が話してる。呪霊機で撮った画像も出回ってる。もしかしたら、例の映像で言ってた西部の―――』

 

『シッ、講師連中だ。他のとこで話そうぜ』

 

『ああ』

 

 今や学校は前日の怖ろしき事件。

 

 アバドーンで起きた“西部からの襲撃”らしき話で持ち切りであった。

 

『でね~その子が言うには生き残ったのは演台の一番端にいて、一番力が無くて、選手も外縁に配置させられて無傷だった歓楽街の組織。えっと、【マートン】だけだったんだって』

 

『へぇ~~、怖いね~~歓楽街かぁ~頭ってどんな奴?』

 

『それがねぇ。何でも仁義の人、らしいよ』

 

『ジンギって何?』

 

『えっと、まだ学生なのに人望が厚いんだって。それでシノギ?をスゴク低くして歓楽街のインバイ連中にチヤホヤされてるとか』

 

 このような明らかに噂では済まない話が民間に矢の如く広まった事は高都の治安維持においては致命的な失態に違いなく。

 

 軍と警察は箝口令を敷いていたが、それでもジワジワと噂は尾ひれが付きながら人の口を渡り続けている。

 

「そんな……あの場所でそんな事があったなんて……お母様に……いえ、ダメ、ダメよ。そんな事したら……クソ、あのヴァロリア!!」

 

 他人の噂話を校内でひっそり聞いていた彼女は味方のいない校内をウロウロしつつ、少年を捜し歩き。

 

 朝から停学中なのに朝食を食堂で取って、最上階の教室に潜入するべく。

 

 決められた者しか乗ってはいけない昇降機へと搭乗。

 

 呪紋を用いて姿を隠し、こっそりと最上階の端に置かれている昇降機の搭乗口から降りて……その光景を目にした。

 

「―――」

 

 美しい。

 

 少なくとも少女にもアミアル・レンブラスという運動音痴にも分かる程に美しい。

 

 そう思える剣技であった。

 

 体の動きが洗練されている。

 

 だが、そこには愚直さと無骨さがある。

 

 自然体で戦う者は美しいと言うが、まさにそれを具現化したような剣。

 

 奇を衒う事なく。

 

 強さを誇る事なく。

 

 弱さを隠す事なく。

 

 何一つ隠さない剣。

 

 そして、何も隠さないからこそ、ソレは誰にも分かるだけの美しさがある。

 

 完璧というものを論じるなら、剣技は完璧に働いている。

 

 だが、愚直さが、相手の剣に対して最適解で答えるのではなく。

 

 ただ、受ける。

 

 何の技術も無く受ける。

 

 それが必要無いから負けない。

 

 基礎が違う。

 

「!?」

 

 ハッと我に返った彼女は少年の剣が教本通り染みたあまりにも単純な切り返しで相手の剣を弾いたのを見て、また引き込まれそうになる首を横に振った。

 

 少年はペコリと頭を下げると彼女と同じように未だ呆然とする者達に背を向けて、剣を所定の位置に返し、早退用の提出用紙を講師に届けて、イソイソと最上階のあちこちにある昇降機から降りて行った。

 

 それを追った少女は思う。

 

 あいつ、スゴイ奴なんじゃ、と。

 

 そして、そんな自分の内心に被りを振って追い掛ける事にした。

 

 *

 

 アバドーン開催即終了から1日。

 

 今日に限っては帰って来た少年が館の内部に戻ると水着呪霊機達に混じって大量の小さな竜蜘蛛と大きな竜蜘蛛が館の地下にある広大な研究設備の一角。

 

 資材倉庫内から館内部に出て来て、音もなく調理や繕い物をして、館内部の仕事を呪霊機達から奪っていた。

 

「ただいま」

 

「(-ω-)ノ」

 

 主を出迎えた竜蜘蛛達はイソイソと道を開けて、外にいる少女の姿を監視用の呪紋で少年に見せたが、見付からないようにして、後は放っておいていいという言葉に頷いて、館内部で好き放題に過ごし……いや、寛いでいた。

 

 ソファーに座ってお茶を呑むやら。

 

 フワフワの寝台の上でゴロゴロするやら。

 

 停止している呪霊機を工具で弄り回すやら。

 

「いやぁ~~家がこんなにお客様で騒がしくなるなんてね♪ はは、君達あんまりボクの研究機材弄らないでくれよぉ~」

 

 今日は休みらしいエルがホクホクした様子で愛嬌のある竜蜘蛛達の悪戯にニコニコしてお茶をし、新聞というらしい情報源を読んでいるのを少年が後ろから覗く。

 

「君達も派手にやったなぁ。今や高都は上に下にの大騒ぎだよ」

 

「そう?」

 

「ああ、間違いない。皇太子連中すら騒いでるらしいからね」

 

「皇太子?」

 

 新聞にそんな話は何一つ書かれてはいない。

 

「ああ、上からお達しがあってね。地下墓所と上空の偵察船に詰めていた皇太子達が何故潜入に気付かなかったんだって怒ってるらしいよ」

 

「強い?」

 

「ん~~今の君なら単独だとドラク込みなら苦戦するかな。負ける要素は無いだろうけど」

 

「それで何て載ってる?」

 

 新聞の字はビッシリと詰められており、見出しもそう大きくない。

 

「表向きは裏組織同士が抗争で壊滅という事になってる。唯一残った歓楽街の組織は頭が学生な事もあって、軍警はすぐに釈放したみたいだよ」

 

「無事?」

 

「いやぁ、まさか、最弱故に一番端にいたおかげで助かるとか幸運だね。何処かの誰かさんの采配というわけだ」

 

「そんなところ」

 

 エルが肩を竦める。

 

「で、いきなり長距離転移とか派手な事をしてたけど、いいのかい?」

 

「これで重要な場所に戦力が集中して動き易くなる」

 

「ほう? それは慧眼だ。君の言った通りの動きになってる。でも、これから向かう場所はその重要な場所なんだけどね」

 

「皇帝城?」

 

「ああ、ヴェルゴルドゥナ卿とオクロシア侵攻軍の合同葬だ。4日後の予定は変更されてない。軍にしてみれば、威信を掛けて護り切りたいところだろう」

 

「それまでに必要な場所に出られるようにする。そもそもこの都市を落とす為の計画はもう進行させてる。オネイロスが準備を終えれば、戦争は終わる」

 

「君の使う力も大概だが、まさか遺跡の転移用呪紋を解析して使える個体がいるとはね。そちらの方がボクにとっては驚きだ。戦争も終わろうってものだろうな」

 

 エルが自分の横で白く丸まった球体を見やる。

 

 ソレは天井から吊り下がっており、ピクリともしない。

 

「どうして?」

 

「転移の呪紋というのは一個体が使うと焼き切れるんだよ」

 

「焼き切れる?」

 

「簡単に言うとあまりにも使う魔力と呪紋の譜律の多さに脳が焼き切れる」

 

「そんなもの?」

 

「そう、そんなものな……はずなんだがね。君とこの子は例外なようだ」

 

 エルが苦笑する。

 

「だから、転移系の呪紋は個人用では存在しない。今は亡きノクロシアや聖域の技術が使われた遺跡すらも呪具。もしくは複数人で1人を運ぶみたいな一方通行になる」

 

 少年は改めて符札の便利さに助けられている事を再認識した。

 

「ま、興味は尽きないが、合同葬が聖域に近付く本番だ。後、この高都で近付くには軍が管理していた地下墓地からの道しかない。戦争が終わる前には始まるんじゃないかな。たぶん」

 

「管理していた?」

 

「ああ、今は軍ではなく。皇太子と近衛が占拠しているらしい。地下からの攻撃に備えて、墓所の奥にいるとか何とか」

 

「後で行ってみる」

 

「そうしたまえ。で、本題なんだが」

 

 エルが真面目な顔で少年に向かい合う。

 

「例の物資は?」

 

「コレ」

 

 少年がポンと紙を一枚出した。

 

 その内部には肉体の情報らしいものが数値で事細かに書き込まれている。

 

「おお、これこれ。いやぁ、君も隅におけないね。このこの……」

 

 男はニッコリ笑顔で少年の脇腹を肘で突く。

 

「これでいい?」

 

「勿論、年頃の女性の情報は手に入り難くてね。一応医療用としても作ってるんだが、機数が少な過ぎて汎用性に欠けるんだ」

 

 エルの手にある紙にはアミアル・レンブラスとある。

 

 その肉体の情報は明らかに人体のあらゆる部位に及ぶ全情報と言うに等しいだけのものがあった。

 

 肉体のパーツの一つ一つの長さ大きさ。

 

 内臓の腸の長さすら正確に書き込まれ、血液型は元より、血流の流れ方やら角の硬さやらどうやって調べたんだ?というような精密情報が山盛りだ。

 

 これを見たら本人は血の気が引くどころか。

 

 恐怖を覚えるだろう。

 

 肉体の見えない場所にある黒子の数なんてカワイイ方だ。

 

 心臓の形、肋骨の形、何処の骨にどんな異常があって、どんな臓器が影響を受けているか……もはやソレは個人情報というよりは個人の仕様書に近い。

 

「こんなのが必要?」

 

「ああ、必要だね。ボクの水着のカワイコちゃん達は娼婦の人にモルドを無償提供する際に図らせて貰ったものでね」

 

「ふむふむ」

 

「でも、年頃の少女にこんな事したら、変態だろ?」

 

 エルが悪びれもせずに肩を竦める。

 

「今でも変態」

 

「一本取られたな。ははは……で、少女型は中々作る機会が無いのさ」

 

「これから造る?」

 

「基礎データが少し足りなかったのを補填してもらっただけだよ。ほぼ2000人くらいは情報を取ったんだが、全身モルドが必要な個体はかなり少なくてね」

 

 エルが紙をキッチリと傍にあった箱に納める。

 

「ボク自身は大人な女性が良いわけだが、造形を司る者としては重要な仕事には万全を期して臨むのさ」

 

「重要な仕事って?」

 

『この変態の事ですから、きっとどうでもいい仕事に違いありませんわね』

 

 エルミが少年の背後で肩を竦める。

 

「ああ、些細な仕事さ。ボクがしたかった事は呪霊機の創造じゃない。呪霊機が今生きる種族以上の性能を生み出す事なんだ」

 

 エルの瞳を見た少年が沈黙し、後ろのエルミレーゼとフェムが男の本性を前にして度し難い男だとジト目になる。

 

「そして、彼を倒した君なら分かっているはずだ。君が倒したヴァルハイルにおいて恐らく最も重要な歯車の一つであった男……」

 

「ヴェルゴルドゥナ。あの体は……」

 

「半分、ボクの設計だ」

 

 少年は驚かなかった。

 

「10年くらい前かな。彼から打ち明けられたのさ。自分の正体をね。肉体を失って尚滅びない呪霊と化し、それでもヴァルハイルの為に生きる男……」

 

「それで?」

 

「ボクは善良なヴァルハイル国民だからね。彼にボクの技術を使って新型の躯体を造った。アレはね。通常のモルドではないんだ。また、呪霊機やドラクでもない」

 

「……譜律を自動で書き出す体が普通のはずない」

 

「ま、倒したんだから知っていて当然か。ああ、そうだ。アレは兵器でもない。呪紋を用いた機械。【思紋演算器】と呼ばれるものだ。呪霊機はその超絶劣化下位互換なご先祖様かな」

 

 少年の前に男が横に丸めて置かれていた設計図を広げる。

 

 そこには細胞単位の部品に譜律が書き込まれた人体のようなものがある。

 

 生体部品を用いて超密度の譜律そのものを生きた生物として組み上げる思想はもはや完全に通常の生物を逸脱していた。

 

「シモン、思考の呪紋?」

 

「本当に勘が良いな君は……その想像通りのものだよ」

 

『どういう事ですの?』

 

「呪霊は本来、通常の人間同様の思考を行えない」

 

『は? わたくしに喧嘩売ってますの?』

 

「だから、君は例外だ」

 

 エルがエルミを見て何処か残念そうな顔になる。

 

 出来れば、もっと早く出会いたかった、的な顔だった。

 

「彼ヴェルゴルドゥナの肉体は思考を譜律を用いて呪紋化する事で通常より遥かに高い思考能力と演算能力を発揮し、呪霊機が向かう未来、その数世代先の能力を手に入れた」

 

 少年は今思い出してみても過去最大に苦労したのを思い出す。

 

 下手な呪紋で対抗せず。

 

 基本的には能力と呪紋を限界まで拮抗させるような戦場を作り出さない事が第一とされたのだ。

 

 相手の対応力をとにかく削り、油断しているところで必殺の手札を切り、その合間の時間稼ぎに終始したと言ってもいい。

 

 ある意味で冥領の化け神樹を倒した時より疲れたのは間違いない。

 

「呪霊機は元々がドラクやモルドの技術と密接に関わっている。ドラクやモルドは存在の拡張と妖精の使っていた延命や魔力代謝の呪紋代替品。呪霊機はその技術の発展途上で機械で霊力を扱って肉体として拡張する技術の一部として生まれた」

 

「元々は我々の呪紋を目指していたわけね……」

 

 フェムが今まで高都に来て感じていた違和感の正体を理解した気がした。

 

 それは似ている、という事だったのだ。

 

 何処か昔の妖精達がいた頃と雰囲気が。

 

「彼に施した力は現行の呪霊機に使えば、一気に性能だけで30倍以上、大規模な魔力の利用が可能ならば、400倍以上の性能が発揮可能な代物だ」

 

 さすがにエルミもフェムも驚かざるを得ない。

 

「確かに……それくらい強かった」

 

「だが、それは同時に呪霊達を新たな種族に押し上げてしまうだろうな」

 

「新たな種族?」

 

「そうだ。ヴェルゴルドゥナはソレを嫌った。明らかに呪霊が上位になる世界を嫌った。だから、彼は自分を実験台にはしたが、それ以上の事はしなかった」

 

「それ以上の事?」

 

「普及や知識の開示はしなかった。もしも、呪霊がヴァルハイルに仇成したならば、反旗を翻したら……そんな傍らの可能性に取り憑かれてな……」

 

「もしかして、それが理由?」

 

 少年がヴァルハイルを男が裏切る条件を確認する。

 

「いいや? これは前提だ」

 

「前提?」

 

「奴は神を嫌った。そして、神に成り得る存在を封じようとした。呪霊が神となる世界。神が種族を導く世界。それを奴は嫌った」

 

「……呪霊が神になる程に強くなる?」

 

「君だって横に置いていれば分かるだろう? 妖精は神に成り得た存在だ。呪霊もまた緋霊が堕ちた姿ならば、神に匹敵する力を得られる」

 

 少年がリケイの言葉を思い出す。

 

 ガシンによく死ぬ時は絶対呪霊になるなと半ば軽口のように言うのは日常の一コマになって久しい。

 

「ボクはね。自分の技術で神すら作りたいと願った男だ」

 

「―――」

 

 真っすぐに男が少年を見やる。

 

「それで世界が滅んでも?」

 

「一向に構わないとも」

 

「……ヴェルゴルドゥナは……」

 

「そう。ボクと未来を見つめる同志として同じだけの階梯にありながら、その方向はまったくの逆を向いていたのさ」

 

 何処か哀し気に溜息一つ。

 

「前に言っただろ? ボクは自分の肉体を作る事にした。別に神に為りたいわけじゃない。ただ、自分の技術と叡智の全てを掛けて、一番上の到達点を踏み越えたいと願ったのさ」

 

「そして、潰された……」

 

「まぁ、今のヴァルハイルならボクの甘言に耳を貸して、ボクの理想を叶えてくれそうではあるけれどね。君達の方が早かった。君達は運が良いよ」

 

 少年は実際そうなのだろうと理解する。

 

「諸君。神に挑み、神を殺し、神に成り、神すら超えようという諸君。ボクは君達に与えよう。ボクの叡智を用いて、神すら超えた存在となった時、ボクは更にその高みの先を目指そう。それが己の滅びなのだとしてもね」

 

 男の瞳は綺麗なくらいに真っすぐだった。

 

 それを狂気と呼んでしまうならば、少年達の方がよっぽど狂気に近いだろう。

 

『度し難いですわね。業というものは……』

 

「まぁ、それが生命の進む道の一つでしょう。別に珍しくもない。昔、仲間達の何人かが神の真似事をしていたけれど、結局ダメだったのを思い出しました」

 

「ま、気楽に構えていてくれ。特にエルミ君」

 

『はい?』

 

「君は生まれ変わりたいのだろう?」

 

『ええ、まぁ……』

 

「彼に聞いたよ? 生命の無い肉体が欲しいとか。生まれ変わりたいとか」

 

『え、えぇ、そうよ……』

 

 ちょっとエルミが引き気味に下がる。

 

「今、ボクは神にすら勝るものを作ろうとして試作機を完成させたばかりだ。その知識と技術は彼に渡しておこう。君達が君達の為に命を造る時は是非使ってくれたまえ」

 

『ッ―――』

 

「呪霊機とモルド、ドラクの技術を応用した新型躯体の開発は終わっている。この数年は彼ヴェルゴルドゥナの思紋演算器から貰った情報を応用発展し、問題点を改善していたんだ」

 

『へ、へぇ……』

 

「君達から貰った資材。白霊石を筆頭にした様々な希少素材や緋霊の一部。他にも複数の呪紋などの提供も嬉しい誤算だった。これらは君の主人たる彼に技術的な試験機として現物で返そう」

 

 少年が男を見やる。

 

 初めて、真正面から男を見たかもしれない。

 

 男は柔和な笑みを横から見れば、笑みを浮かべているように見えるが、正面から見れば、不敵に挑戦者の顔をしているかもしれない。

 

「そして、何よりヴァルハイルでは今や失われていた純粋な【生命付与】の呪紋、その解析が成功した事は奇跡と呼んでいい」

 

『き、奇跡?』

 

「君達から貰った資源で造った新しい機体が完成した暁には君達にボクの今のところの最高傑作を提供しよう。生まれ変わり、西部の秘儀、還元蝶の秘密……いいねいいね。ワクワクしてきたよ」

 

『か、勝手にワクワクしないでくださいまし!?』

 

 思わずエルミが男の笑みに仰け反って少年の後ろに隠れる。

 

「それと一摘まみの香辛料として彼の血肉……新たなる亞神の力も取り入れさせて貰う事は確定事項。これくらいのは恩返しの内さ」

 

『ッ―――つ、つまり?』

 

「この世で最も神に近い肉体。もしくは神すら超えた肉体。それを生み出す為に必要な情報、君は欲しく無いかね?」

 

『ほ―――』

 

 少年がペチンと少女の霊体の口元を後ろ手で閉ざす。

 

「安全性」

 

「う」

 

 僅かにエルが胸元を抑える。

 

「信頼性」

 

「うぅ」

 

 更にエルが苦し気な顔になる。

 

 そうして少年が自分の片腕を差し出す。

 

「もっと情報。欲しくない?」

 

「欲しいでずぅうううううううう!!?」

 

 ガバッとエルが少年の腕に抱き着いた。

 

「片腕だけ。預けてもいい」

 

「ふぉおおおお!? 亞神の情報が取れるぞぉおおおおおお!? これでぇええ!? バッチリ、君のお嫁さんの体を更に改良したら神様だって殴れちゃうからさぁ!!?」

 

 ハフハフしながら、目の色を変えて実験体を手に入れた男の狂喜乱舞の様子に女性陣は本当に男というのはどうしようもない生き物だという顔になった。

 

 一皮剥けば、柔和な男も犬のようである。

 

 この姿を見てドン引きにならない者はいないに違いない。

 

「は!? 取り乱してしまった。すまんすまん」

 

 エルが我を取り戻してこほんと咳払いをしてから席に戻る。

 

「まぁ、何なら君が色々と情報を得た後に何か試作してからでもいいさ。ぶっつけ本番よりは安心だろう。片腕はその時しっかり借りさせて頂こう」

 

「調整は付き合う。生まれ変わり関連の技術に着いては一緒に技術開発する。それと……」

 

「分かっている。焦るな、だろう?」

 

「そう」

 

「今更何年待とうが問題無い。では、話も決まった事だし、さっそく取り掛かろう。情報の集積が終了して、実機の問題点やら何やらを克服したら、最終的な仕様を決定する。是非その時は心置きなく使ってくれ。エルミレーゼ君」

 

『はは……はぁぁ、期待して待ってますわ。ヴァルハイル一の変態さん』

 

 その溜息がちな言葉に男は満面の笑みを浮かべた。

 

「それを言うなら島。いや、世界一の変態と呼んでくれ。これでも名誉欲は人並みにあるからね♪」

 

 ウィンクする変態は少年を横に立ち上がり、その腕を怖ろしき何かにする為、一緒に地下へと降りていく。

 

「( ̄ー ̄)………」

 

 それを複眼だけで見ていた白いボール状物体は『昨日の肉団子美味しかったなぁ』とか考えながら、潜入中にまた神の如き力を手に入れてしまう事になるだろう主人のスゴさに感心しつつ、竜蜘蛛達に号令を掛ける。

 

 次なる戦場、次なる戦い。

 

 その先に向かう為の仕込みをイソイソと初めたのである。

 

 *

 

―――ニアステラ第一野営地。

 

「はふ。はふ。はふ」

 

 巨人族の少女が1人。

 

 朝から黒蜘蛛の巣の外周。

 

 掘りの周りを走りながら鍛え、正門から浜辺まで戻って来るとドシャッと尻もちを着いてハァハァしながら汗を拭っていた。

 

 他にも遠征隊で走っている者達は規定の周回を終えた最初期メンバーであるレザリア、ガシン、フィーゼが汗を不可糸製の自前で作ったタオルでフキフキ、何でも無さそうな顔で浜辺の小屋に用意していた秘薬の入った皮袋をゴクゴク飲み干してマズイなーという顔をしていた。

 

 だが、エネミネとクーラとヒオネはヘェヘェと犬のように舌を出しそうになりながら、何とかゴールしてクッタリ、冷たい浜辺に倒れ込んでいる。

 

「さ、皆さん。朝の一杯ですよ」

 

 フィーゼは昔こそ自分が一番遅かったという事実も横に笑顔で彼女達に秘薬の入った皮袋を渡していく。

 

 現在、秘薬の製造はエルガムに任されており、巨人族が加わったせいで彼は毎日秘薬づくりの量が増えて、スピィリア達と共に原材料と格闘しているとか。

 

 酒場兼少年の家も建て直されて、巨人族が入れるようになった事で建物はだだっ広くなり、現行3階建てになった。

 

 石材もガッツリ使われた家は今や巨大な神殿染みているが、誰も気にしていない様子で出入りしている。

 

「よくコレ、毎朝呑めますね。うぷ……」

 

 顔を蒼くしたり、赤くしたりしながら、クーラが鼻を摘まんで革袋の中身を呑み干していく。

 

「うぐぅ……おねーさまのため、おねーさまのため」

 

 その横では涙目のエネミネが喉に流し込んだ秘薬のマズさにプルプルしながらも何とか必死に飲み下した。

 

「ん~~きょーはあまいきがするー」

 

 メルは大量の革袋の中身をまったく意に介さずゴクゴクしており、顔も爽やかであるが、同じモノを呑んでいるとは思えないだろう。

 

「……ふ、ふへ……これも遠征隊の為です……」

 

「この味だけはねぇ……うぷ」

 

「おねーさん。毎朝気分悪くなる職場は嫌なんだけれど、ね。うぷ」

 

 ヒオネは飲んでいる最中、目が死んでおり、心を無にしているのが伺えるし、御付きのアラミヤとミーチェはこれさえなければなぁという顔でヒオネの半分程をおえーという顔で口にしていた。

 

「ま、慣れて来たな。新人共も」

 

「ですね」

 

 ガシンとフィーゼが最初は飲む度に浜辺で数分くらい気を失っていた面々の進歩にウンウンと年長者のように頷いた。

 

 よく見れば、全員が戦闘用の竜骨装備であり、実戦さながらに武装や防具を着けたままに走っていた事が分かるだろう。

 

 新人達は背後に竜骨弩を背負っていたし、ヒオネ達は矢が大量に入った木箱を横に降ろして後方支援役に徹しているのが分かる。

 

「今頃、ヴァルハイルでアルティエ上手くやってるかな……」

 

 レザリアが北部の青空を見上げる。

 

 透明になりつつある黒蜘蛛の巣は明け方の光の中でゆっくりと白亜の塔へと変貌しつつあり、彼らの様子を蜘蛛達が遠巻きに眺めていた。

 

「大丈夫ですよ。いざとなれば、すぐに帰って来るでしょうし」

 

 フィーゼがそう頷く。

 

「ま、アルマーニア側にフレイ、ニアステラにゴライアス、オクロシアの調査や冥領、他諸々の雑用にルーエルが分散してるからな。不安にもなるだろ」

 

 ガシンが分散している蜘蛛達の事を思い浮かべる。

 

「あの子はアルティエが連れて行っちゃったもんね」

 

「ほら、昨日連絡が来ただろ? アルマーニアの野営地に奴隷として高都に囚われてた連中と大量の竜蜘蛛が来たって」

 

「うん。高都でアルティエが見付けたんだよね?」

 

「ああ、フレイが言うにはオネイロスは呪紋特化の能力なんだと。フェクラールを通ってオクロシアに行った時に長距離転移用の呪紋を写し取っていったんだろうって話だ」

 

「ああ、だから、符札で直接じゃないんだね」

 

「ま、取り敢えず、あっちは順調なようだから、オレらはオレらであいつに言われてた事はしないとな」

 

 少年が不在の最中。

 

 各地域の守りを蜘蛛達に任せた遠征隊は隊長不在での遠征準備を行っていた。

 

「ま、今はアンタが隊長代理だ。恰好良いところを見せておくれよ? 旦那様」

 

 アラミヤにベッタリ張り付かれたガシンが周囲の女性陣からの視線が痛いのは無視しつつ、全員に向き直る。

 

「あいつが戻って来るまではオレが代理だ。あいつの命令は地下遺跡の探索。ニアステラの遺跡の入り口は穴掘り蜘蛛連中が見付けてくれた。お膳立てはバッチリだ。今回の探索に同行するのはフレイになる。巨人族のメルは小さくなる呪紋が切れたら遺跡内で死ぬ可能性が高いから、別口で冥領に向かって貰う」

 

「めーりょー?」

 

「ああ、あっちでアルヴィア達が訓練を終えると知らせが来た。リケイのじいさんと一緒にあいつらを指揮してこっちに持って来てくれ」

 

 言われた当人が砂浜にいつの間にかやって来ていた。

 

「お呼びですかな?」

 

「ああ、メルを預ける。冥領で例の呪紋はよろしく頼むぜ?」

 

「任されましてございます。さて、では、メル殿にも小さく為って頂きましょうか。アルヴィア達の錬成が終了した以上はこれで遠征隊の戦力も整った。地下遺跡の本格探索前の肩慣らし。ガシン殿が彼の代りを務められると証明出来れば、問題無く今回の遺跡は踏破出来ましょう」

 

 リケイがそう太鼓判を押す。

 

「あの妖精娘からの情報だが、本当に今回の遺跡……事前情報通りのもんがあると思うか?」

 

「あるでしょうな。オクロシアは別名、黒鉄の都。その首都を護る為の戦力は外縁部に貯蔵されている。この遠征はガシン殿の能力が無ければ恐らく成功せぬでしょう。ヴァルハイルが如何に弱体化したとはいえ。敵は未知数」

 

「ついでに教会本隊が来るまで時間もない、と」

 

「左様。となれば……」

 

「解った。じゃあ、3日後には出発だ。今日は全員に装具、防具、武器の点検と連携の再確認をしてもらう。特に今回は相手によっては死傷者も在り得る。死んだらアイツがすぐに戻って来て生き返らせてくれるが、頭部を失くしたら死んだままだと思え。オレが死んだら撤退だ。いいな!!」

 

 全員が頷いた。

 

「じゃ、訓練始めるぞ~。アルメハニア、ヒルドニア、ペカトゥミアのお前らも参加だ!!」

 

『\(´ω`*)』

 

『(;・∀・)-//』

 

「(*|ω|)ゞ」

 

「アルメハニアは糸蜘蛛で参加か? 砂浜に罠を仕掛けてくれ。ヒルドニアは上から攻撃用のもんを落とす係だ。ペカトゥミアは糸で無限に再生する敵を再現。お前らにも色々と仕事はあるだろうが、お前らが一番分かってるからな。仕事に関してはこっちからも少し減らすように言っておく」

 

『(*・ω・)ゞ(*-ω-)ゞ(*・ω・)ゞ(*-ω-)ゞ』

 

 了解とばかりに周囲に蜘蛛形態でやってきた彼らがビシッと敬礼する。

 

「そう言えば、近頃蜘蛛さん達、フレイのおかげで人型形態と蜘蛛形態を自在に変化させられるんですよね。スピィリアさん達みたいに」

 

「それどころか普通に呪紋で訓練支援までしてくれるし、忙し過ぎて糸蜘蛛で来る子もいるし、大変だよね」

 

 フィーゼの言葉にレザリアが「蜘蛛達も強くなったよなー」という感想を漏らすが、そんな彼らの言葉を軽々と超えるかのように蜘蛛達が無限再生する敵を増産している様子に他の新人隊員達は唖然としていた。

 

「ド、ドラクまで作れるように……」

 

 ヒオネは何やらヴァルハイルの兵を今まで模倣していた彼らが不可糸で編んだ敵の表面にやたら写実的な色合いが与えられて、完全に見た目だけドラクな巨大ロボが再現されるのを見つめ、蜘蛛達の進歩速度に付いていけない様子で口を半開きにしていた。

 

『(´∀`)∩』

 

『(^-^)・/・/・/』

 

 ゴッゴッゴッと次々に砂浜の奥地に大量のドラクが秒単位で出来上がっていく。

 

『良い出来だぜ♪』と言いたげに蜘蛛達が汗を拭いながら、細かいディティールを調整していく。

 

 もはやホンモノと見紛う見た目である。

 

 北部組はもう何でもありな蜘蛛達の様子に諦めの極地に達した様子で「クモスゴイクモスゴイ」と脳裏で呟いて現実逃避するのだった。

 

「各個撃破されない為にも連携は必須だ。分断されても生き残れるように個人の能力で生存特化の技術も培う。攻撃力は二の次だ。そういうのは後からあいつが呪紋でどうにかして、ウチの何でも作ってくれる騎士殿が手渡してくれる」

 

 ウリヤノフが聞いたら、あまり期待されても困るのだがと苦笑しそうな事を言いながら、ガシンは指示を出して連携強化訓練を開始した。

 

 *

 

 高都へ遂に敵の部隊の侵入が確認された。

 

 由々しき事態である。

 

 というのは対策会議に集った軍警達の一致した意見であった。

 

 だが、だからどうしたと言われたら、行政区画の対策会議には今以上に何か出来る事も無い、というのが彼らの現状でもあった。

 

 敵の情報を分析しようにも逃げられてしまって情報は限定的。

 

 辛うじて相手の能力を捉えた画像や映像を現地の被害地域で押収したものの。

 

 それを見て絶望しかないのは他の者も頷ける事だろう。

 

 敵の能力や攻撃力が明らかにマズ過ぎるのだ。

 

「まず、何よりも生身を蜘蛛に変えられるのが痛過ぎる」

 

「近接されたらまず助からないのはどう考えても……」

 

「遠距離戦となれば、市街地に被害が出るでしょうな」

 

「それだけに留まらない。敵があの武器を相手側に出回らせて、領内で諜報員が使い出したら、一気に敵が溢れ返るぞ」

 

「問題はそれだけではない。潜入者の姿が見えない。糸の強度も恐らく自在。実際、現行でもかなり改良されていた組織幹部のモルドが両断された画像もある」

 

「通常の防御は敵側からすれば、武器を使わずとも突破可能。ドラクでも厳しいと?」

 

「生身に攻撃さえ受けなければ問題は無いだろう。だが、ドラクの生産は現状頭打ちで全て戦線への大規模補充に費やされており、二線級の徴兵組……それも訓練中の者達への充足に使われている」

 

「現在の高都の警戒度は最大です。現行戦力で出来る事は全てしている状態。これ以上は戦線から戦力を引き抜いて来るか。もしくは新たに徴兵せねばなりませんが、徴兵可能人口は成人から上はほぼ払底」

 

「つまり、残るは子供か。老人か」

 

 軍学校に現在進学している子供達。

 

 また、内政を司る呪紋を使える高学歴高練度の生徒達。

 

 彼らを前線に送らないにしても高都の防衛に付かせるというのがもはや彼らにとって最善の策であった。

 

「または自警団の軍警による組織化。もしくは子供達そのものを自警団化する方策か。どちらにしても我らは地獄に落ちるな」

 

 周囲に沈黙が下りる。

 

「それでなのですが……」

 

「何だね?」

 

 彼ら対策会議に集まった者達の1人が手を上げる。

 

「会議直前に聖姫殿下から会議が煮詰まったら議題に上げて欲しいと言われた案がありまして」

 

「ああ、そう言えば、君は聖姫殿下のお傍付き達に親族がいたな」

 

「は、はい。殿下が高都の学校を全て統合し、治安維持の補助組織として風紀委員を筆頭に学生へ武装させて学校の武装化と治安維持を両立。軍警とご自分の名の元に置く一元化案を……」

 

「聖姫殿下には全てお見通しか」

 

「はい。もしこの糾合に対して問題があれば、自分が長として対処し、軍警の負担を減らしつつ、学生の統率を行ってもよいとの事で……」

 

「つまり、ご自分が学校の長になられると?」

 

「御年齢の事もあり、ロクシャの園に入って生徒会長職を引き継ぎ、直接指揮を取れば、皇太子殿下達のお怒りも解けるだろうとの事であります」

 

「……解った。直ちに検討。問題点を洗い出して、すぐに詳細を詰めよう」

 

 こうして高都は学生を事実上の徴用という状況から遠ざけはしたものの、学業の範囲内で治安維持活動を行う巨大な学生閥と呼べるものが発足し、その上に聖姫エレオールが着くという前代未聞の事態へと進んでいく事になる予定が建てられたのだった。

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