流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第56話「ヴァルハイルの鋼塊Ⅴ」

 

「ヴェルギート様」

 

『……どうだ?』

 

 高都中央官庁街。

 

 行政区にある場所は同時に高都の技術的な発信地であり、地下に研究施設が置かれている。

 

「ヴェルゴルドゥナ卿の設計は素晴らしいものと言わざるを得ません」

 

『知っている』

 

 とある研究所内。

 

 格納庫内部には複数体のドラクが置かれており、その内部に乗り込めそうな全身モルドが大量に周囲には陳列されていた。

 

 中身は入っている様子が無く。

 

 しかし、起動状態の全身機械は脳髄付近にコネクターを繋げられて、供給される魔力と電力で駆動を開始している。

 

「この新型の全身モルドならば、恐らく現行の大型ドラクとこの大きさで同等以上の力を発揮出来るかと」

 

『……量産可能か?』

 

「はい。それは間違いなく。ただし、現行のドラクに対しては技術的な導入こそ可能ですが、能力が少し上がる程度と推測出来ます」

 

『最初から専用で造らねば、能力の格差は縮まらない、か』

 

「現在、ヴェルギート様が保護為さったヴェルゴルドゥナ卿の部下の方達が協力して下さり、戦力拡充と遺された機体の解析。生産工程の構築を……1月在れば、少数ながらも高都に配備可能だと思われます」

 

 大量の実機のコネクターに接続されたコードが延ばされたのはガラス張りの部屋の計器に向けてであった。

 

 統合されたコードが繋がった機材の前には複数の白衣の男達が竜角を突き合わせて、情報を呪紋で虚空に映し出しながら確認し、その横では硝子の先を見やる騎士が鎧の下で瞳を細めている。

 

『大規模増産の指示は出したが……』

 

「残念ながら停戦及び講和までには間に合わないかと」

 

『聖姫殿下の直掩として回す事にしよう。また、各戦域の指揮官機としてもな』

 

「それがよろしいかと存じます。隔絶しているとは言いませんが、それに近い性能がある以上は敵軍の戦略兵器以外相手ならば、かなり戦線を支える事が可能なはずですので」

 

『問題は頭部【思紋演算機関】だが、どうなっている?』

 

「現行の稼働している工場群では量産不能です。ただし、生産設備自体の設置は時間があれば可能と試算出来ており、実際には凡そ半年程」

 

『……進めさせろ』

 

「了解致しました。また、これを組み込んだ機体の検体情報を確認したのですが、全身モルドを少なくとも10年以上連続運用していない者では恐らく入れて1日が限界。それ以上は精神が持たない可能性があり、使用制限を超えた場合、暴走する危険がかなりあります」

 

『心得た。こちらはドラクに組み込み。必要無い時は接続を切れるようにしておけ。使用には注意しよう。引き続き運用情報は随時送る。開発に役立てろ』

 

「はッ!!」

 

 ヴェルギートが研究室を出る。

 

 通路を歩く彼に誰もが頭を下げていた。

 

 全身モルドの機械系蜥蜴が多いのは先日ヴェルゴルドゥナの死去という報告を持ち帰った者達がその研究所に殆ど詰めていたからだ。

 

 本来ならば、主を失った者達は各地に再配備もしくは再配属されるが、蒼い騎士は彼らを手勢として引き入れ、主の研究と開発を引き継がせる事を選んだ。

 

 結果として彼は自分の所有する領域にある研究所で残存部隊を丸々引き受けた奇特な男として軍内外でも美談として情報部門が後方に活用していた。

 

『(後手後手か。マズイな。このままでは聖姫殿下の御身までも……)』

 

 全身モルドの竜騎士は現状がもはや高都すらも危険地帯である事を正確に理解する数少ない者達の1人であり、次の事件が何処で起こるのかまで予測出来ていた。

 

『(相手の小回りが利き過ぎる。だが、高都全域の監視網が意味を為していない。となれば、人を当てて対応する他ないが、人を当てる結果が敵を増やすのでは……こちらの戦力は削られる前提で計画を組むしかないか)』

 

 最適解が正解ではない事を彼はよく知っている。

 

 常に最適解とは程遠い答えが世の中では答えに類するのだ。

 

 正しく、【器廃卿】の死去などはその例の最たるものであり、彼にとって敵が何処を狙い、何処を攻めて来るのか何て言うのは……解り切った話。

 

 彼の答えを最適解にするまで彼が骨を折る事は間違いなく相手に対しての防衛になるが、時間はまったく足りていなかった。

 

『高都で実戦か……犠牲の上の防衛をあの方は悲しまれるだろうな』

 

 だが、それが男の答えであり、その時の為、出来る限りの事を男は自らに求める。

 

『こちらヴェルギート。呪装局の局長に取り次いで貰いたい。例の試作機関に付いて……話があるとな』

 

 こうして男は一歩を踏み出す事にした。

 

 *

 

 高都の下町の先にある歓楽街。

 

 現在、その周囲には何処か安堵したような雰囲気がある。

 

「や!! 若!! おはようね!!」

 

「ああ……お前らも朝に起きてないで、少しは休め」

 

 夜の女達がまだ早朝の時間帯にウロウロする歓楽街の飲食店。

 

 学生服の少年。

 

 そう、まだ少年と言われるだろう三日月角の彼は食事を終えて外の空気を吸う。

 

(……高都の周辺連中はこれで全て取り込み終えた。あの恐怖でイカレちまった連中は病院送り。もうオレのような小僧にすらも縋りたいってな連中しか残ってないとすれば、高都も終わりかもな)

 

 彼はこの数日寝ていない。

 

 それを無理やり呪紋で誤魔化しているが、それでも目の下にはクマが出来ていた。

 

 彼の部下も同様であったが、次々に先手を打ち続けて周辺組織を併呑した彼は大量の部下の統制と今後の方針を即時あちこちに言い渡し、組織の再編に取り掛かったのだ。

 

 結果として彼の部下の荒くれが年上も込みで6000人にまでも膨れ上がっていたが、彼に反抗的な勢力というのは出て来ていない。

 

 理由は純粋にもう悪党をしていたいような頭の切れる奴や今まで好き勝手していた連中が軒並み蜘蛛となって闇夜に消えたからだ。

 

 本当に下っ端の下っ端しか残っていない現状。

 

 彼の傘下に入った者達は烏合の衆であり、羊そのものであった。

 

(まさか、西部からの逆襲で高都が戦場になるとは……女連中の避難計画、各地のシノギの組み換えと再編。組織の資金の割り当てと下っ端共への教育。ああ、人材が足りねぇ……)

 

 いきなり降って湧いた組織の長というポストは同時に高都そのものの地下社会全ての制御という舵取りになって彼と彼の部下を襲い。

 

 許される限り、外部の優秀な連中をシノギの一部を使って雇い。

 

 何とか組織の瓦解を食い止めている。

 

 というのが彼の限界であった。

 

(クソ、目が霞みやがる……まだ、取り込み終えた連中への顔合わせと釘を刺す工程が残ってるってのに……ああ、あの最上流当たりをまた連れてくりゃ良かったな)

 

 彼の意識は遠のく。

 

 僅かに彼が見たのは過去の記憶だった。

 

 最下流の娼婦の息子。

 

 母を殴る父の手。

 

 力無き自分。

 

 死んだ父親、自分を殴る母親、

 

 何もかもがどうでも良くなった日に差し伸べられた他人の手。

 

 何故、馴染みの飲食店は彼を住み込みで働かせてくれたのか。

 

 どうして、クズだった母親の同僚は彼の保護者になってくれたのか。

 

 故もなく彼に付き従っていたはずの単なる強者の取り巻きは……全てを失った彼に笑い掛け、同時に彼の為に働き続けたのか。

 

「ベクトーラのアニキ!!」

 

 ハッとした彼は自分を見る古くからの付き合いの部下。

 

 いや、仲間の1人を見て、思う。

 

 自分はコイツと何も変わらないようなガキなんだと。

 

 そして、だからこそ、コイツらには見せられるような自分じゃなきゃならねぇと。

 

「おう。どうした?」

 

「アニキ。済みません。あちこちの組織の末端を抑えてた連中がぶっ倒れました」

 

「ッ、すぐに対応する。シノギの残額を全部使ってもいい。適当に人を纏められる奴らに声を掛けろ。性別年齢不問でな」

 

「は、はい。すぐにでも。でも、その他にも実は問題が……」

 

「何だ? これ以上はオレも鼻血だって出ねぇぞ?」

 

「それが……」

 

 飲食店の前。

 

 まだ、カリカリに焼いた小麦の匂いが漂う明け方。

 

 ベクトーラと呼ばれた彼は制服姿の少年を見やる。

 

「………お前」

 

「手伝ってもいい。ただし、有料」

 

「フン。ああ、そうかよ。今度はオレをお前が搾取する番だってか?」

 

 ズイッと男は自分の3分の2くらいの少年を見下ろした。

 

「三日月。コレを使って情報をやり取りして欲しい」

 

「あん?」

 

 少年が差し出したのは小型の呪霊機であった。

 

 呪霊を電池代わりにして様々な機能を詰め込んだ代物であり、かなり高価な代物でその多くは上流階級の者達が使用する情報端末である。

 

「情報をやり取りしろって何だ? どういう事だ?」

 

「新しい技術の試験をウチがやってる」

 

「技術試験? ウチ……テメェ、そう言えば、何処の家だ?」

 

「アーカ」

 

「ッ―――呪霊機の大家じゃねぇか!?」

 

 少年の言葉にピンと来なかった部下の少年が驚いた様子になる。

 

「そいつは何なんだ?」

 

「新型の呪霊機。個数は用意出来る。組織の統制にも使える」

 

「そいつを使えば手伝ってやるって? お前らにどんな利益がある?」

 

「今後、コレが大規模に軍部、警察、民間で運用された場合、ウチに莫大な利益が転がり込んで来る」

 

「……つまり、運用情報が欲しいのか?」

 

「そう。今、組織の統制が難しいのは高都の殆どで軍警が情報や人員の移動制限をしてるから。でも、コレが大規模に流通すれば、情報だけで人員を統制出来る」

 

「馬鹿にするなよ? 軍警に取り上げられ―――」

 

 そこで三日月角の彼。

 

 ベクトーラが少年を見て目を細める。

 

「……上は知ってるわけだな?」

 

「そう。ウチは大家」

 

「話が通ってるって事でオレ達がその運用者に選ばれた、と。で? どんな副作用やどんな問題がある? そういうのだよなぁ。裏社会に流すって事は……」

 

 少年が肩を竦める。

 

「呪霊機に常時情報を収集される。自分のあらゆる情報を……コレが元々目指すのが軍用の呪霊機による人材の損耗軽減だから」

 

「何……?」

 

「この呪霊機は“勝手に運用者を助ける”……その為にあらゆる情報を収集して、運用者そのものの行動を一部追従する」

 

「は? 何言ってるんすか? コイツ。呪霊機が勝手に動くわ―――」

 

 部下が常識を語ろうとしたところでベクトーラがげんこつを落とした。

 

「~~~~!!?!」

 

「まさか、まさかな。それに手を出すのか? 遂に……軍。いや、呪霊機の大家とやらは……そこまでヴァルハイルはマズいのか?」

 

 ベクトーラは意味が理解出来るからこそ、顔を引き攣らせるしか無かった。

 

「これは将来的な呪霊機による一部戦力の“完全代替案”の一つ」

 

 意味が分からない部下の頭には痛みと同時に?マークが浮かんでいるに違いない。

 

 だが、ベクトーラは生憎と聡明な男であった。

 

「だが、そいつは危険過ぎるだろ?」

 

「だから、情報がいる。暴走してもいい相手にしか渡せない。今のところ」

 

 ベクトーラが溜息を吐いた。

 

「………いいだろう。個数は?」

 

「1200個即日納品可能」

 

「で、何を手伝ってくれるってんだ? お前は」

 

「言う事を聞かない末端を数か月病院送りに出来る」

 

 少年の背後からエルミとフェムが出て来た。

 

「フン。ああ、そうかよ。こういうところではソレを使うのか? テメェ、最上流らしいじゃねぇかクソが……どんなクソみたいな機能が付いてんだ? その御綺麗な妖精型と呪霊型は?」

 

「普通に強い」

 

「はははは!! いいぜ!! やれるもんならやってみろ。出来高払いだ!! テメェのウチのあぶねぇ技術を使ってやるんだ!! 金なんぞはした金でいいな?」

 

「勿論」

 

 少年に手が差し出される。

 

「ベクトーラ。ベクトーラ・ラクドだ」

 

「アル・アーカ」

 

「じゃ、さっそく始めて貰おうか」

 

 少年が遠方を見やると呪紋で高速で近付いて来る一団が見える。

 

 呪霊機の中でも乗物型。

 

 馬型のソレを狩る男達が明らかに廃材らしい金属棒で武装してやってくる姿は明け方の歓楽街でなくても異様だろう。

 

「恨まれてる?」

 

「ちげぇ。逆恨みだ。オレが他の連中の組織を西部と連んで潰したとか。根も葉もない噂が広まっててな。資金源の大半を抑えられて、ご立腹な悪党様がオレを探してあちこちで軍警の目を盗んで、やって来てんのさ」

 

「……見逃されてる?」

 

「連中からすれば、目の上の出来物みてぇな組織が互いに潰し合うなら、素通りさせるのも無理からぬ話だよなぁ」

 

「そう」

 

 少年が背後を向いた時にはエルミが機械式の矢を背後のユニットから引き抜いて、適当にパシパシと相手の呪霊機に撃ち込んでいた。

 

 猛烈なスパークを放って機能停止した呪霊機が制御を失って吹き飛び。

 

 宙を跳んだ荒くれ達が次々に何とか受け身を取ったが、それでも歓楽街の建物や看板に突っ込んで沈黙する。

 

「……今のは払わねぇからな? 歓楽街の修理代どうすんだよ?」

 

 少年が注文の細かいベクトーラに肩を竦める。

 

「取り敢えず、後で算定すればいい。まだ来てる」

 

 言ってる傍から前方集団がやられたのを見た者達が次々に後方から押し寄せて来ていた。

 

 車両型に乗る者やら空飛んでくる者やらの背後には呪紋で脚力を強化して走って来る者も大勢である。

 

「どれくらい離反してる?」

 

「ま、300はいねぇだろ。そんな度胸があるような連中は殆ど残ってねぇ」

 

 少年が聞いている間に男達が次々に何やら苦しみながら地面にバタバタと倒れ始めた。

 

 フェムの体が僅かに魔力の色を奔らせていたが傍目から何をしているのかまるで分からないだろう。

 

 だが、倒れ伏した男達はブクブクと泡を拭いて倒れ伏し、ビクンビクンと震えてパタッと気を失っていく。

 

「何だ? 精神系か?」

 

「適当に相手の一番嫌な記憶を再生させてるっぽい」

 

「ぽいって何だよ。主人の癖に知らねぇのか?」

 

「自主性が必要」

 

「ああ、そういう事か。こいつらも“ソレ”なわけか。あんな広範囲に呪紋掛けるとか。酔狂なもん作りやがって。最上流ってのはホント、アレだな」

 

 呆れた視線を少年に向けたベクトーラは溜息がちに少年達によって次々に鎮圧されていく暴走野郎達を見やった。

 

「病院送りで何年入れられるんだか……」

 

 こうして歓楽街に集結していた最後の反逆者である反マートン派の末端達は地獄のような制圧方法で殆どが行動不能にされ、その映像が半日後には出回った呪霊機型の小型端末で末端のリーダー達に見せられる事になる。

 

 彼らは一律に人生最大のトラウマや地獄のような精神をすり減らす衝撃を精神に叩き込まれて廃人同然となって精神病院に収監された者達をその目で見たのだ。

 

 反逆者達はしばらく出て来られない事が確定。

 

 こうして、歓楽街を中心とした一大シンジケートは半日で確固とした序列と規律を形成したのだった。

 

 実力の無い反乱がどうなるかを知ってまだ在りもしない勝ち馬に乗ろうという知能が低い若者はいなかったのである。

 

 *

 

『(・ω・)………』

 

『(◎_◎)………』

 

『(´・ω・`)……』

 

 アミアル・レンブラス。

 

 彼女が少年を尾行し始めて二日目。

 

 少し背筋に視線を感じるようになった彼女はハッと後ろを振り向く事が日に二回程あったが、自分が誰かを尾行しているから、敏感になっているのだろうと被りを振って、執念深く少年を執拗に追っていた。

 

 絶対オカシイ。

 

 何かある。

 

 という確信めいたものが彼女の脳裏にあり、彼女を助けたと思われる相手が何も言わずに関わっても来ないというのが何か理不尽に感じたのだ。

 

「……アイツ、何処に行く気?」

 

 昨日は少年が家に帰ってから何処にも出ていない事を彼女は確認していたのだが、途中で警官から質問されそうになってソソクサと逃げたのだ。

 

 家に帰っても彼女の味方は誰一人いない為、今やいないも同然扱いの彼女は食事だけ食べて眠って家を出るという完全に不良少女まっしぐらの生活を送る事になっていた。

 

 そして、今日も今日とて少年を朝から尾行していた彼女は本日何故か学校に出向かない少年が歓楽街に向かうのを見て、やはり何かあると確信。

 

 少年の向かう先。

 

 何故徒歩何だと思うような遠距離を浮遊して付いて行く。

 

 すると、麺麭を出す朝から夜の女達が出入りする飲食店に彼が入り込むのを見て、彼女の頬は少し赤くなった。

 

「フン。アイツもやっぱり、薄汚い男なのね」

 

 しかし、そこからすぐに見知らぬ三日月の角を持つ同年代と出て来るのを見て、彼女の瞳が細まる。

 

「ええと、聞いた事ある。確か……アレってここら辺の新しい頭じゃなかったっけ?」

 

 一体、裏組織とどんな事をしているのか。

 

 弱みを握ってやる。

 

 これは絶対スキャンダル。

 

 みたいな思考に支配された少女はイソイソと自分の姿を呪紋で消しながら、彼ら2人の後ろを追い掛ける。

 

『(´Д`)………』

 

『( -Д‐)………』

 

『( |Д|)………』

 

 そんな彼女のすぐ後ろでは朝から少年の依頼で駆り出された竜蜘蛛達が透明化しつつ、欠伸をしながら不可糸を付けた少女の背後をモソモソと音もなく移動し、その身柄を護っていたのだった。

 

―――5分後。

 

「おい。色男、あの追って来てる女誰だ?」

 

 ベクトーラは呪紋で消えた少女を捕捉しながら、溜息を吐いていた。

 

 彼はこう見えても呪紋に精通している為、適当な偽装程度なら見抜ける程度の実力がある。

 

 学生でも組織の頭となれば、これくらいは出来て当たり前だろうというのが彼の持論であった。

 

「この間、虐められた」

 

「……で? ごっこ遊びで付けられてると」

 

「そういう事」

 

「あのなぁ? これから何しに行くか分かってんのか?」

 

「裏組織と御付き合いのある連中を締め上げに行く」

 

「正解。いいか? 各組織のシノギの大半はそこらで商売してる連中からの毎月の治安維持料みてぇなもんだ」

 

「それで?」

 

「この高都での商売してる連中の大半が各地の組織と関係がある。シノギを5分の1に下げたのはオレに実力が無いからだ。だが、それも払うのを渋る連中もいるのは単純に舐められ過ぎだって事になる」

 

「ふむふむ」

 

「特に歓楽街の連中とも最初は苦労した。だが、最終的にはあっちも理解はしてくれた。だが、今回はオレの家の周りの話じゃねぇ」

 

「渋ったのは?」

 

「行政区画のある場所でやってた法律関連や文房具の卸売りや商店、他のお高く留まった連中だ。今日は学生の社会見学って事で通してある」

 

「ふ~ん」

 

「あっちの言い分はこうだ。暴力が十分にあるのは解った。で、お前らは前の連中より優秀なのか? 優秀ならウチの飼ってる番犬よりは強いんだよな? 強いなら番犬くらい捻じ伏せて見せろ、だと」

 

「番犬?」

 

「連中が飼ってるのは飛び切りだ。前の組織の頭はどうやら行政区でも役人とパイプも持ってたらしいが、オレ達は持ってねぇ」

 

「その分を更に暴力で補えって事?」

 

「ああ、そういう事だ」

 

 2人が乗り合いの呪霊機。

 

 竜型の空飛ぶ移動船の停泊所へと階段を登る。

 

 大きな停泊所は高都のあちこちにあるが、殆どは高い建築物と建築部が密集する場所の大通りの合間を通す階段と巨大な回廊に接続する形で停止するのだ。

 

 彼らが運賃であるヴァルハイルの通貨コロルを紙幣で払う。

 

 すると、満員の移動船が彼らを乗せた途端にガションと閉じ込めるように鉄格子を入り口から迫出させ、フワフワ浮きながら行政区へと向かう。

 

 それを慌てて追い掛ける少女が途中で魔力が切れたのか。

 

 ゼエゼエしながら道端のベンチに腰掛けるのを見て、少年はまだまだ追い付け無さそうと下を確認し、少女の背後にいる竜蜘蛛達に手を振った。

 

『(””|ω|““)ノ』

 

『(““・ω・””)/』

 

『(““>_<””)/』

 

 いつの間に買い食いしていたのか。

 

 通貨を渡していた少年にも分かる程に口元に何かを詰めた蜘蛛達がモッチャモッチャと小麦の匂いをさせながら、手を振り返す。

 

 勿論、呪紋によって見えないが、ユーモラスと愛嬌を頬袋に詰め込んだ蜘蛛達は苦笑してしまう程に良い職場を満喫しているようであった。

 

『な、何か美味しそうな匂いがするわね。うぅ……これならもう少し朝は食べて来れば良かった。何処かに料理店でもあるのかしら?』

 

 背後から漂う匂いに釣られて彼女は少年が乗った便の行先を確認してから、魔力の消費でお腹が減ったと周囲に飲食店が無いかを探すのだった。

 

 *

 

「番犬……」

 

 少年は行政区画の中でも再開発中という話でまだガランとした広大な敷地内部。

 

 大量の建材が遠方に置かれているのを確認し、彼らの前にいる“番犬”を見た。

 

 彼らから離れた場所には十数名の男女が護衛らしい全身モルドの男達に護られて見学気分の様子で遠方を除く望遠鏡やら双眼鏡を使ってこちらをニヤニヤと見ながら、優雅に飲食物をパク付いている。

 

「番犬というより、コレは番竜だろ」

 

 ベクトーラが彼らの前にズラッと並んだ元軍用ドラク12機を見て、呆れた様子になっていた。

 

 元軍用というのを示す為か。

 

 ドラクはカラフルに塗られており、その装甲には各出資者らしい商会や議会の名前が連ねられている。

 

『ははは、あのガキ共。ビビってるな』

 

『そりゃぁねぇ?』

 

『あっちじゃ、数百人を叩きのめしたって話だが、高が悪ガキの集まりをどれだけ倒しても話しにならんよ』

 

『さっさと諦めて逃げ帰るのでは面白くないが、そうなったら模擬試合でもして楽しみますか?』

 

『おお、それは良い案だ』

 

 防音されていない彼らの話をベクトーラが聴覚の強化で聞き取りながら、げっそりした顔になる。

 

「嘗められてるというよりは完全に足元を見られてんな。オレら」

 

「学生だし」

 

「うっせぇ!! こっちはあんなクズ共と違って体張ってんだよ!? 学生にドラクを12機差し向けて悦に入ってる馬鹿共にはキツイお仕置きが必要だな」

 

 遠距離攻撃用の機械弩こそ装備していないが、ドラク達は近接用の剣や盾くらいは装備している。

 

 正しく、これに喧嘩を売るのは通常戦力では自殺行為である。

 

 戦線で暴れ回る機械竜の強さは通常の人員ならば軍団規模の戦力でようやく拮抗出来るのだ。

 

 それこそ呪紋を雨霰と振らせて何とか戦える程度の話。

 

 2人で来ている以上、彼らにそれ以上の戦力は無い。

 

「で? 倒していい?」

 

「は? オレはまだ自殺志願はしてねぇぞ」

 

「問題無い」

 

「オイ。此処でお前の後ろの二機を使ったら、目を付けられ―――」

 

「生身で戦えばいい」

 

「……あのなぁ?」

 

「剣」

 

 少年が言うとエルミが背後に背負っていた弩と一緒に鞘に入れていた剣を引き抜いて差し出す。

 

 ソレは黒い剣であった。

 

 漆黒に塗り固められた剣は一体何で出来ているのかという程に光を反射しないものであったが、それもそのはず。

 

 少年が近頃大量に手に入れたドラクの剣を霊力による変質で凝集して小さくした代物を外側からの観測で技術情報が図られないよう漆黒の塗料で塗り固めたものだからだ。

 

「剣の幅で装甲の奥まで切れ―――」

 

 少年が剣を一振りした。

 

 そして、後ろ手でエルミに剣を戻す。

 

 すると、今まで彼らの目の前にいたドラク達の中身。

 

 怪訝そうな彼らが突如として自分の視界が傾いだのを感じて足元を見る。

 

「は?」

 

 彼らの足元。

 

 脚が斜めに両断されて、背後に上半身が倒れ込む際、僅かに外が見えていた。

 

「………ちょっと待て、お前今一体何した!?」

 

 ドゴォッと山崩れでも起きたのかという轟音が響き、上半身の群れが倒れ込んだ勢いで土埃が舞い上がる。

 

「呪紋を込めて剣身でなぞった装甲を全部両断した」

 

「………もう一回」

 

「呪紋を込めて剣身でなぞった装甲を全部両断した」

 

「………詳しく言え」

 

「鋭利属性攻勢呪紋【延剣】で相手の装甲をなぞって、効果範囲内の直線状の装甲部位を全部両断した」

 

 少年が三度言い直してから、頭痛を抑えるように額へ人差し指と中指を当てたベクトーラが土埃を上げる機体の最中を進みながら、剣も盾も両断されているのを確認しつつ、今まで遠方で呑気に観戦していた男達の前に瞬時に呪紋で加速して停止……まだ何が起こったか分かっていないポカンとした相手を前にして男達が立ち上がった椅子の一つにガンと脚を載せた。

 

「お前らが前の連中に払ってた二倍だ。それで許してやる。今月の期日は明日まで。来月も同じ日に振り込め。以上だ」

 

 思わず唖然としていた全身モルドの小さな機械竜達が剣や弩を引き抜いて慌ててベクトーラに向ける。

 

 だが、その瞳は十数人の相手に向けられているままであった。

 

『ッ―――や、止めろ!? 我らを破滅させたいのか!?』

 

 ベクトーラの圧に耐え切れなくなった一人が思わず雇われ兵達に手を出すなと指示を出す。

 

「お前らの状況を改善したいなら、組織に貢献する事だ。貢献次第では値段は下げてもいい。期待させて貰おう」

 

 ベクトーラの言葉にゴクリと唾を呑み込んだ彼らは彼の背後で倒れ伏し、上半身だけでジタバタし始めたドラクの群れを見て、絶望した様子でガクリと項垂れて頷くしか出来ず。

 

 それを確認した頭としての仕事を終えた少年は背を向けて再び加速し、少年の元に戻ると2人でイソイソと帰りの船の停泊所へと戻っていく。

 

「……オイ」

 

「?」

 

「何、何もしてませんみてぇな顔してんだ」

 

「別にしてない」

 

「テメェ、どんだけ強いんだよ。呪紋か? 呪紋が得意なのか?」

 

「嗜み」

 

「嗜みでドラクを10機単位横に真っ二つにする馬鹿が何処にいるってんだ?」

 

「此処にいる」

 

「ッ―――はぁぁぁ、オレも人を見る目を養わなきゃな」

 

 そう言った後。

 

「……美味いもんくらいは食わせてやる」

 

「これから学校」

 

「優等生かよ」

 

「優等生」

 

「はぁぁぁ……好きにしろ」

 

 呆れたベクトーラはゲッソリしつつ、自分の見る目の無さと相手の恐ろしさを噛み締めて、今後もどうやって付き合っていこうかと思考を巡らせる。

 

「(徴兵組か。あるいは志願組か。どちらにしてもこのままってこたぁねぇだろうな……)」

 

 その日、午後の授業にちゃんと出席した少年はいつものように最速でカリキュラムを終えて、最速で帰り、一体何をしに来てるんだろうとクラスメイト達から思われるくらいには謎めいた強さの相手としてヒソヒソと噂される事になる。

 

 学校では謎の名家の転校生として最上流では殆どされないような噂話の的になり、大きな話の箸休めに語られる存在となっていくのだった。

 

 *

 

―――北部南東戦線南端部。

 

「隊長!! マズイです!? 連中、戦線を下げました!?」

 

「何ぃ!? この状況でか!?」

 

「は、はい!?」

 

 爆華を用いた破壊兵器が雨霰と降り注ぐ戦場。

 

 弩弓で撃ち返し、呪紋で撃ち返し、それでも決着の付かない爆発の花園の最中。

 

 ドラク用の塹壕に籠っていた男達は遂に相手の戦線が下がったという報に戦々恐々といていた。

 

「来るのか!? 遂に―――」

 

 戦略兵器配備。

 

 との報が軍全体に与えた影響は絶大だった。

 

 あのヴァルハイル軍の総意として最強とも言われていた最古にして最大の四卿【器廃卿】が破れた。

 

 その異様なる巨大要塞を体として敵を推し潰すヴァルハイルの威信は今や崩れ落ち、その最古の男を殺した戦略兵器はもはや恐怖の対象。

 

 最前線で戦う部隊が対応策と相手の出方を思考した時、最も畏れたのは敵が引く事であった。

 

 踏み込めばどうなるか。

 

 いや、踏み込まなければどうなるか。

 

 分かってしまったからだ。

 

 敵は相手のど真ん中に戦略兵器を打ち込みたいはずで、自分達の犠牲は少ないに限るわけで……つまり、戦線の後退が断行されたという事は―――。

 

「て、敵軍の後退を確認!! 今ならばまだ混戦に持ち込めますが!?」

 

「馬鹿が!? 犠牲込みで打って来るに決まっているだろう!!? 迎撃態勢を取れ!! 引いて行く敵には構うな!! 後方のグラングラの大槍を即座に起動しろと伝えろ!! 相手の戦略兵器が打たれた瞬間にこちらも相手を殲滅する!!」

 

 それは決死の命令であった。

 

 昼時の戦場には煙が溢れ、後方地帯に置かれていた橋の如き巨大な呪紋加速用の弩。

 

 まだ火砲という概念すらない世界にあるソレは敵軍を見据えていた。

 

「司令部より通信!! 敵軍が戦線より離脱!! 全力で後方に去っていく様子であると偵察部隊が報告しているそうです!!」

 

「来るのか!? 来るのか!?」

 

「い、いえ、それが敵軍の後方にそういった動きは無く。撤退している様子だと!!」

 

「撤退? 本当にか!?」

 

「は、はい!! それがおかしな事にあらゆる重い物資を捨てているとの事です!!」

 

「何ぃ?! 物資を捨てる!? 正気か!?」

 

 塹壕内で小型の箱型呪霊機の顔を出させ、望遠用の呪紋で相手陣地をそっと覗いていた隊長機は確かに今まで前線に張り付いていた敵軍が大型兵器やら食料の入った物資があるだろう野戦陣地までも捨てて逃げていく背中を見た。

 

「追撃を掛けますか!!」

 

「待て!! 状況が不明瞭だ!!? 何から逃げている!! 大槍の射程から短期間で逃れる事など敵わないのだぞ!!? 一体、何か―――」

 

 その場で確認していた隊長がこの地域の特性に付いての情報を思い出す。

 

「……東部の遺跡……マズイ!? 直ちにグラングラの大槍を南部に向けろと司令部に伝令!! 例の遺跡がある地点に向けて即時発射するんだ!!?」

 

「な、どういう事ですか!?」

 

「黙って従え!? このままでは招かれざる客と三つ巴にな―――」

 

 隊長が最後まで喋るより速く。

 

 そのドラクの頭部が何かによって貫かれ、同時に破壊された頭部を貫いたモノが弩の矢の如く猛烈な速度で塹壕内を駆け巡り、進路上にある全てのドラクのあちこちに大穴を開けて奔り抜けていった。

 

「あ、あ……た、たいちょぉおおおおおおおおおお!!?」

 

 辛うじて胴体が無事だった者が右腕を吹き飛ばされながらもギリギリで頭部への直撃を回避して血潮を衝撃波で顔に張り付けられながら叫ぶ。

 

「ったく。先生も冗談キツイぜ。こんな機械蜥蜴共相手に聖槍使えとかさ」

 

 軽装の鎧に灰色の外套を着込んだ若者が肩を竦める。

 

 その片腕には腕章らしきものを付いていた。

 

 それには黄金の炎が描かれている。

 

「デカブツである以外にコイツらの強みって数くらいか?」

 

 男がブツブツ呟いているとその耳に青黒い呪紋の譜律。

 

 文字のような刻印が浮かび上がる。

 

『エルタの言っていた呪紋兵器を奪取した』

 

「はいはい。ご苦労さん。で、そのエルタは?」

 

『今、情報収集に動いているが、どうやら戦場から現在、異形の人外共が離脱しているようだ』

 

「いつもなら追撃だが、無理か……」

 

『本来ならば打ち倒しに向かうところだ。が、今回の遠征の目的はあくまでエルタが立案したコレを遺跡まで持って帰る作戦だ』

 

「敵の硬さはそっちだと変わってたか?」

 

『全身鎧と砕く手間は変わらん』

 

「ならいいな。しばらく、この横穴で遊んでくるぜ。適当に残敵は狩っておく」

 

『フン。好きにしろ。我らが死ぬような敵が出て来ない事を祈りながらな』

 

「その時は運が悪かったと諦めるさ。そいつを殺した後な」

 

『震える聖槍の仕事にしては謙虚だな』

 

「ジジイなのはどっちもだろ。久方ぶりの戦場だ。今更、若い頃みたいにはいかねぇのは解ってるだろ?」

 

『……時代か』

 

「だが、この機械蜥蜴共。いいぜ……獲物としては上等だ。仲間の為に殿の部隊まで置いてまぁ健気で泣けてくるぜ」

 

『精々、聖槍を血で磨いておけ。もしもとなれば、神殺しだ』

 

「おっと、機械蜥蜴共の呪紋が降って来る。じゃあな。鉄公爵殿」

 

 通信用の呪紋が途切れた途端に空が陰る。

 

 猛烈な速度で降って来る弩の攻撃と呪紋の一斉射が槍を持った青年のいる地点に集中するように落ち始めた。

 

「ははは!! いいね!! いいね!! 先生!! ここの連中、ちゃんと戦争してるぜ!! もう大陸じゃ無くなった本当の戦争だ!! 隊伍を組む人外!! 滅ぼしたはずの敵!! 今日は寝るまで愉しめそうだ!!」

 

 大いに口が裂けるように笑いながら、彼は自分の肉体を攻撃が貫く前に槍を投擲し、大量の攻撃で肉体を襤褸屑のように吹き飛ばされて矢の標的染みて地面に張り付けられながら、メキメキと音をさせて、攻撃で捻じ曲がって、吹き飛んでグズグズにされた肉塊のままに穴という穴に突っ込まれた鏃を落としながら、今も続く攻撃を受け続けながら、その中で割けて半分無いはずの口が、喉が、頭部を以て、その顔が、ゲラゲラと嗤い始める。

 

 彼の血潮が周囲を染めていく。

 

 だが、攻撃が止んだ頃。

 

 男は襤褸屑のような衣装のままに起き上がり、威服すらも呪紋で修繕。

 

 槍が手元に戻って来た事で相手が全滅したのを知る。

 

「さて、追撃の時間だ」

 

 男は股間だけは死守しなきゃなと苦笑しながら、ボロボロだったはずの体が元に戻っていくのを待たずに獣のように走り出す。

 

 その手には一本の槍。

 

 聖槍と呼ばれる呪具がある。

 

「我が神の名の元にその尊き命、貰い奉る……クソ人外共♪」

 

 槍が飛ぶ。

 

 彼は引っ張られるように飛ぶ。

 

 そして、狙われた次の呪紋を用意していた殿部隊は遂に最期の瞬間にもただ槍の切っ先だけをその視界に焼き付けて、息絶えたのだった。

 

 *

 

「連絡が入った」

 

『何?』

 

 南東部戦線で特大の異常が起こっていた頃。

 

【四卿】

 

 今や【三卿】と勝手に名を改められた男達が三人。

 

 動く巨大な呪霊機の竜に乗って高高度で滞空し、詰めている情報管理用のコンソールを前にして目を細めていた。

 

 最初に情報を目にしたのは黒い竜頭の全身モルドの男。

 

「教会の攻勢だ。南東部との回廊となる遺跡が奪取された」

 

「遂にか」

 

 そこに生身の白い竜鱗と浅黒い肌の男ラグスが答える。

 

『思っていたよりも早かったと言うべきか。敵戦力の推計は?』

 

 そう即座に相手の情報を求めたのは席の上に浮かぶ巨大な剣にナイスミドルな竜角の壮年を映す男だった。

 

「凡そ神聖騎士が3人と数名の手勢と言ったところか。だが、問題は相手に橋頭保を作らせた事だ。グラングラの大槍が奪取された」

 

「緊急事態と言うには聊か緊張感に欠ける話だ」

 

 浅黒い肌の男が抑揚も無く肩を竦める。

 

『如何する? 参謀本部よりの入電は?』

 

 剣の男の声に黒い全身モルドの男は首を横に振る。

 

『了解した。独断専行する。南東部戦線の後退と防衛陣地の再構築に向かおう。貴君らは敵陣地内での破壊工作へ予定通り向かえ』

 

「……いや、神聖騎士が3人となれば、我らが最低2人でどうにかというところだろう。古の戦場での詳細を知る者は少ない」

 

 浅黒い肌の男がそう断じる。

 

「全身モルドであるこちらが陣地内での敵補給線の打撃を行おう。そちら側よりも長く破壊工作は可能なはずだ」

 

「異議なし」

 

『では、最初期対応中の部隊を掌握し、即時動き出す事にしようか』

 

 男達が頷き合う。

 

 そうして、黒い全身モルドの男は一人室内から出て外部へのハッチがある格納庫に到着すると、ポット型の射出機に入り、ポット内のレバーを引いた。

 

 瞬間的に射出されたポットが地面に急降下し、落着寸前に呪紋で加速を軽減され、激突寸前に制止。

 

 開閉したポットから出た黒い全身モルドの男は瞬時に呪紋による隠蔽によって姿を消し、その足音は戦場の穴へと向かって走り出したのだった。

 

 こうして、上空で滞空していた呪霊機が半透明になって空を南東部へと向かって進み始める。

 

 司令部が命令を下すより先に動き出した【三卿】は静かに自らの任に赴き。

 

 初期対応を終えた南東部戦域の軍は再びの防衛陣地の再形成に成功。

 

 全体的に見て危険度の増した南東戦線は混沌が渦巻き始めたのだった。

 

 *

 

―――高都ロクシャの園、庭園。

 

 昼間から登校した少年は食事時、絡まれていた。

 

 相手はチンピラ……ではない。

 

 生憎とロクシャの園自体が高都で無二の学校であり、その生徒の多くは高都の上流階級者で占められている。

 

 陰湿な虐めというものは無いが、逆に序列争いは極めて激しい。

 

 特に戦時下において徴兵される可能性も高い高技能、高練度の呪紋を使う者達は学内序列を明確に定めたランキングに乗る事がステータスだったりする。

 

 少年はまだ学期末試験を終えたわけでもないが、最上流達が噂する程度には非凡であり、同時にそういった序列に命を懸けて這い上がろうとするハングリー精神溢れる生徒達には邪魔な存在であった。

 

「以下の理由により、貴公への学生選抜会の代表者達は戦技の序列表総番を掛けて挑むモノである」

 

 六名の男女が少年の前には見えている。

 

 何処か一癖二癖有りそうな美男美女やら厳つい男やら猛烈に敵視する視線の美少女やら呆れる程に笑顔で戦いを待ちわびる戦闘狂やら妖しい笑みの女の先輩やらもいた。

 

 6人の前に立つのは生徒会の1人だ。

 

 先日、生徒会にいたのを少年は知っているが、どうやら序列表総番というのは序列を掛けて争うだけの理由がる限りは生徒会が競う者達の管理の為にお仕事をせねばならないらしい。

 

「また、貴公はこの挑戦を受けないというのは出来ない。受けて不戦敗などは可能だが、そもそも序列に列する者ではない事からもコレは異例な事でもある」

 

 生徒会の竜頭、竜角、尻尾の完全人型竜な青年がメガネをモルドの片腕で押し上げる。

 

「今のところ、貴公の戦技序列も学業序列も定まっていない。故に貴公が序列を得た後に負ければ引く事になる」

 

「勝っても上がる?」

 

「無論。その場合は上位10席からは1段階ずつしかどれだけ勝っても上がらない事に気を付けてくれ。さすがに他の者が意味も無く大きく下げられるのは問題となるからな」

 

「解った」

 

「それで何で戦えばいい?」

 

「この場合は実戦だ。理由は単純に貴公の戦技を危険視した者達が貴公に新たな序列で上位に食い込まれては困るから、という事になる」

 

「制限は?」

 

「相手の生身の肉体を切断もしくは貫通する攻撃は禁止。剣はこちらの指定したものを使ってもらう。また、頭部及び脊椎、首筋などへの故意の致死性攻撃も禁止」

 

「操る物が自立している場合は?」

 

「それも同じだ。それが行われた時点で序列を一桁減らす事になっている」

 

「ふむふむ」

 

「気絶狙いが出来ない場合、相手が降参しない場合は?」

 

「行動不能と我らが判断するか。もしくはどう見ても相手に勝ち目が無い場合には我らから待ったが掛かる。生徒会長がお忙しい中やってくださるそうだ」

 

 少年が頷いて生徒会役員の持って来た紙にサラサラと制約書にサインする。

 

「よろしい。では、地下の闘技場にて」

 

 少年が先に向かうように指示されて、生徒会は挑む者達の方に回る。

 

 地図は貰っていたので必要な昇降機を乗り継いですぐに地下へと辿り着いた少年が通路の先に見たのは無骨な石製の舞台だった。

 

 リングの周囲には数m高い位置に取り囲むような観客席が見える。

 

 少年が降りていく階段に向かって舞台の上に向かうと中央に剣が二本置かれていて、少年が一本取ると後の剣が崩れ去る。

 

『こちら生徒会である。挑戦者は一人ずつ舞台に上がり、こちらの合図と共に戦闘を開始せよ。戦闘方法及び制限は常連である諸君には言うまでもないな」

 

 少年が待っているとさっそく反対側の階段から降りて来た六名がリング内部の壁際へと背を預け、一人ずつ出て来るらしく。

 

 最初に厳つい青年が少年の傍までやってくる。

 

「………」

 

「お前は危険だ。上位10位以内に入る前に対処させて貰う」

 

 竜頭ではない上に竜角も僅かであり、尻尾だけが異様に太い相手が法衣を脱ぎ捨てるとグラップル用の薄手の運動用の黒い生地で出来た動き易い衣服や完全に戦闘用らしいモルドを四肢に接続していた。

 

「行くぞ」

 

『では、両者。信号が青になった時点で始めてくれ』

 

 生徒会の者が操作しているらしいリング横の互いに見える三色が一本の円筒形状になった信号機が赤、緑、青の順番に点滅する。

 

「おぉおおおおおおお!!!」

 

 ド直球の大振り。

 

 だが、普通に早い。

 

 少年の頭など麺麭を潰すより簡単に消し飛んでしまいそうな攻撃。

 

 どころか剣で受けても破壊的なダメージを負うのが確定するだろう威力が相手の四肢から繰り出され―――無かった。

 

 ズシャッと男が倒れ伏す自分を信じられずに何が起こったのかすら分からないままに顔を打った。

 

「な、何だ!? 何が起こった!? どういう事だ!!?」

 

 男が喚く。

 

『生徒会長より勝者をアル・アーカと定める。そう呪紋で指示を頂きました』

 

 挑戦者達の多くが瞳を細める。

 

『ええ、今の状況ですが、モルドを打撃で砕かれた為、もう勝てる要素が無い、と」

 

「いつ!? オレのモルドが砕かれるなど!? 砕けてなどいないではないか!? どういうこ―――」

 

 バキリと時間差で男のモルドが四肢の根本から砕けて完全に破砕され、同時に男が叫びを上げる。

 

『打撃です。特殊な打撃で四肢の接続部を破壊したと。時間差なのは単純に相手の打撃が内部を先に破壊して外部を破壊するのを後回しにしたものだからだ。と言われています。あ、聞いておられないようですね。保健委員。担架を』

 

 男が四肢のモルドを破壊された痛みに絶叫しながら運ばれていった。

 

「続いて二戦目の準備をお願いします」

 

 少年は動いていなかったようにしか見えない。

 

 目を凝らして彼を見ていた挑戦者達は現行の序列第一位の生徒会長の言葉に何をされたのかと考えていたが、それを形にする前に今度は美形な男が少年の前にやってくる。

 

 竜頭、竜角、尻尾の三点セットの薄紫の相手は完全にエリートという風貌で多くのヴァルハイルが模範とするような美少年であった。

 

「何をしたか知りませんが、呪紋で負けるつもりはありません」

 

「お兄様~頑張って~~」

 

 同じような形の美形の少女が応援していた。

 

 どうやら兄妹らしい。

 

『では、第二戦始めさせて頂きます』

 

 すぐに指定位置に着いた両者が対峙したままに信号が青く輝いた。

 

「これでぇ!! お終いです!!」

 

 美少年の叫びと共に上空から火球がリングを覆い尽す程のものが振って来る。

 

 だが、術者自身は半透明な球体状の呪紋による防御に護られている。

 

 何をされようと自滅しない攻撃力と防御力を十全に配置した一撃。

 

 自分を巻き込む以上、相手が攻撃に近付いて来れば、瞬時に焼き尽くされてしまうのは解り切っている。

 

 少年が少し考えてから自分目掛けて落ちて来る大火球に剣を一閃した。

 

 ゆったりとした斬撃が虚空を切ると同時に火球が―――。

 

「分裂せよ!! 避けられないだろ!!?」

 

 消えた。

 

「え?」

 

 少年が剣を床に刺して、ツカツカ歩いていき。

 

 呆然としている美少年の半透明の球体を素手でコンコンとノックした。

 

 パリンと呆気なく半透明の球体が弾け飛んで魔力の燐光を零して消え失せる。

 

 ポンと少年の手が美少年の頭に乗る。

 

「あ……」

 

 ヘタッとその場で膝から崩れ落ちた美少年が何かを言う前に。

 

『戦闘終了。生徒会長は勝者をアル・アーカと定めました』

 

 それからまた解説が入った。

 

 呪紋の実態が攻撃内部に存在した為、それを正確に両断されて呪紋が消え失せただの、結界系の呪紋は特化したものほどに他の防ぎ難い種類の威力を受けると簡単に割れるだの。

 

「ウソだ!? 親指よりも小さい呪紋をどうやって火球内部から見分けるんだよ!? それにあの結界だって、熱量特化とはいえ、ドラクの一撃くらいには耐えるんだぞ。そんなのありえ、ムグゥウウウウ」

 

『はい。保健委員。怪我人を黙らせて保健室へ』

 

「お兄様ぁあああああ!!?」

 

 妹が兄に付きそうからと棄権を申し出て残る三人が額に汗を浮かべながら挑戦を開始した。

 

 だが、女先輩サンが猛烈な勢いで呪紋による大群の創造をし始めて黙って10秒は待っていた少年は汗を掻きながらも200匹近く呪紋で形成された呪霊型の操獣らしき蜥蜴を横一線の剣による薙ぎ払いの風圧で吹き飛ばし、何とか蜥蜴達の背後にいて、最後の巨大な大蜥蜴……いや、20m近い魔力の竜を剣で唐竹割で真っ二つにした後、彼女の頭部にデコピンを一発。

 

 もう解説する必要もないらしい何処かで見ている生徒会長は『見ての通りだ』としか解説せず。

 

 次の戦闘狂は攻撃を速攻で開始したにも関わらず。

 

 自分が動き出した時には剣を振り終えている少年の前で肉体を剣の特性から殴打されたかのように大量の剣筋の跡を付けられ吹き飛んで気絶。

 

 残されたのは少年と同じく剣を使うらしい少年。

 

 ただし、その瞳には気負いのようなものは感じられず。

 

「友人の頼みで来ている」

 

 少年を敵視しているような瞳の美少女からギロリと見られ、少年が首を傾げる。

 

「代理人?」

 

「ああ、そうだ」

 

 蒼い髪の相手は中肉中背。

 

 また、剣一本以外には何も無く。

 

 竜角は僅か額に少し出る程度で尻尾も無く。

 

 人間の顔は何処か竜めいて僅かに竜頭の特徴が見えているかもしれない。

 

 鱗が肌には見えないが、剣を構えている姿はしっかりといている。

 

 少年が同じように剣を持つが構えない。

 

 ただ、片手に持って下げたまま相対する。

 

『ッ、構えもしないなんて!? ザーナ!! やっちゃえ!!』

 

 敵視の視線な美少女。

 

 少なくとも人間の間隔では赤黒い竜角しかない少女がそう叫ぶ。

 

「恨まれてる?」

 

 そのザーナと呼ばれている少年が溜息を吐いた。

 

「何でもお前に先日、友人を歓楽街でやられたらしい」

 

「ああ、何か組織の下っ端の……」

 

「それだ。付き合わせて申し訳ない。実力差は明白だが、あの子にさせるわけにも行かない。しばし、手合わせを」

 

「了解」

 

 少年と少年が信号が青になった瞬間に互いの剣を噛み合わせるように真正面から打ち込み合う。

 

 連撃ではないが、互いに衝撃で離れ、鍔迫り合いを嫌って互いの剣を削るように打ち合う姿は互角には見える。

 

 一歩も引かない上に互いに表情も殆ど無く。

 

 互いを互いに火花が散る速度を上げながら見つめ続ける彼らが凡そ10秒で30合程も打ち合った時、蒼い髪の少年が手から剣を離して降参とばかりに両手を上げる。

 

 少年の剣が蒼い髪を両断する手前で止まり、勝負が終了した。

 

『な!? ザーナ!? どうしてよ!? まだやれたはずでしょ!? 全然、相手に劣って無かったのに!?』

 

 赤黒い竜角の少女が目を怒らせて戻って来た少年。

 

 ザーナに詰め寄る。

 

 しかし、当人が自分が落とした剣を差し出した。

 

「え?」

 

 その剣は罅割れが無い場所を探すのも困難な程に崩壊しつつあった。

 

「こ、これって……最初使ってた技を受けたの!?」

 

「力量差だ。相手の剣を見ろ」

 

「!?」

 

 美少女が少年が中央に突き立てた剣に僅かも刃毀れが無いのを確認して顔を固まらせる。

 

「無理な受け方を剣に押し付けた結果だ。これが明確な力量差。今のところアレに対して明確に持ち堪えるのは生徒会長くらいだろう」

 

「じょ、序列一位相手に互角だって言うの!?」

 

「諦めろ。勝つ勝たない以前の問題だ。基礎的なあらゆる質と経験が違い過ぎる」

 

 少年がスタスタと去っていく様子に歯を軋ませた少女が思わず走り出していく。

 

 その背中をザーナと呼ばれた彼は止めなかった。

 

「?」

 

 少年が振り返ると美少女が張り手が頬にブチ当たる。

 

「アンタのせいで!? ナイテが!? ナイテが!? クソ!? 何でよ!? 組織の抗争なんてあの子関係無かったのに!? アンタがあの子を!?」

 

「……組織間の抗争に加わってるならあの場で倒れてるはず。呪霊機の破壊か。精神系の呪紋は全て敵対者にしか向けられてない」

 

 それ以前に少年をどうやって視認していたのか。

 

 呪霊機で映像や画像は出回っているかもしれないが、歓楽街で破壊された呪霊機は全てマートンの構成員に回収されサクッと売り飛ばされ、枯渇しつつあった資金源にされているはずだった。

 

「ッ―――好きな男を護りに行ってたのよぉおおおおおお!!!」

 

 今度は拳が振り上げられ、涙を振り切って撃ち込まれるより先に一本の腕が美少女の腕を拉げさせて圧し折りながら止める。

 

「あが、イッ―――!!?」

 

「止めておきたまえ。これ以上は私闘を吹っ掛けたと見なす」

 

「うぐぅぅぅう!!? じょ、れつ、一位!?」

 

「そんな瞳で見られるのは心外だな。君の将来を護ったのだが」

 

「なに、を……ッ」

 

 美少女が折れた腕を庇いながら、少年の背後から透明化を解いた呪霊機が二体、妖精型と女性型を見て、事態を理解する。

 

「もし、君が殴っていれば、君の腕が無くなっていただろう。完全自立型は極めて珍しい……が、いないわけではない」

 

「生徒会長……」

 

 少年が二度目となる相手に軽く頭を下げる。

 

「済まないな。こちらの監督不行き届きだ」

 

「これで」

 

「ああ、序列に入ったら今回の分を上げておく。今日は瑣事に付き合わせて済まなかった。生徒会として何らかの補填はしよう」

 

「よろしく」

 

 少年がそのまま背後の呪霊機と共に地表への昇降機へと消えていく。

 

 その姿を片腕を庇いながら美少女は唇を噛み締めて見ている事しか出来なかった。

 

「イルイテ・オルセル君。今回の事は見逃しておこう。君の友人からの視線も痛いし、彼に怨みを買いたいと思う程、私も暇ではない」

 

 呪紋を無詠唱で美少女イルイテと呼んだ相手に掛けた生徒会長が今まで事態を見守っていた保健委員に担架を持って来さセ、運ばせていった。

 

 すぐに降りようとした彼女がプスッと短い針の昏倒薬を注射されて、塔の上層へと運び出されていく。

 

「申し訳ありませんでした。生徒会長」

 

 ザーナと呼ばれた蒼い髪の少年が傍まで来ると頭を下げる。

 

「いや、気にしないでくれ。彼は台風の目だな。まったく、序列8位から14位までが全滅か。お話にならないという階梯であるとは……」

 

「……剣技の技量の桁、練度の質が異常です」

 

「見れば分かるよ」

 

「呪紋も恐らく実戦で使うのは問題無いでしょう」

 

「見れば……いや、見なくても分かるよ」

 

 肩を竦めた生徒会長が伸びをする。

 

「久しぶりに自分より強い相手を見た気がするな。こんなのはヴェルゴルドゥナの奴を見た時以来かもしれん」

 

「……そうですか。研究職連中の申請を退けたのも?」

 

「もしもの時に時間稼ぎくらいにはなる連中だ。無駄に手の内を晒されてもな。元四卿の肩書から言えば、ヴァルハイルもまた過渡期を超えつつある。次なる段階に進む時、集う者達の異常性は平時の比ではないんだ」

 

「異常性……我らの世代ですか?」

 

「そういう事だ。次代の序列3位圏内である君にはこの高都から脱出するくらいなら手伝ってやってもいいが、君は……残るんだろうな」

 

「はい」

 

「なら、彼女を大切にしてやりたまえ。怒りや怨恨は目を曇らせる。私も角の騎士からお呼びが掛かっていてね。四卿に戻らねばならないようだ。いつまでも君達を見守ってはいられなくなった」

 

「そうですか……」

 

「鋼鉄騎士に器廃卿までも倒れた今、教会の動き次第では我らも滅びの渦中。新世代の君達が損耗せぬよう壁とはなるが、あまり期待しないでくれ」

 

「………心に留めておきましょう」

 

「では、ごきげんよう」

 

 にこやかに保健委員に手を振りながら生徒会長が昇降機へと歩いて行く。

 

 その背中を見つめていたザーナはイソイソとイルイテのいる保健室へと向かうのだった。

 

 *

 

 何か序列云々言われた挙句に逆恨みまでされた少年であるが、昼間の出来事であり、ちゃんと授業には出た。

 

 ついでに今日も一番早上がりで教室を後にし、テクテクと今日の放課後に呼び出されている歓楽街へと向かおうとしていたところで、複数の視線を感じて立ち止まる。

 

「?」

 

 少年が振り返ると数名の黄金の魔力を垂れ流すソレが他者にも見えない様子で足をブラブラさせ、塔の外延部に腰を下ろしていた。

 

 スッと少年が一足で40m程跳び上がって黄金色の魔力に包まれて正体も見えない相手の傍に立つ。

 

「あれ? 見付かっちゃった。君、神の力も見えるんだ。へぇ~~」

 

「ヴァルハイルの主神の使徒?」

 

「あ、分かる?」

 

「解る」

 

 クスクスと周囲の数名が見付かって喋っている相手を笑う。

 

 声は幼く。

 

 しかし、まるで老成した者のようでもあって。

 

「君……随分と強くなったよね」

 

「………」

 

「前回なんか救世神相手に善戦しちゃってさ」

 

「………」

 

「だから、ようやく僕らも君と出会う許可が下りたのさ」

 

「神はこの事態を知ってる?」

 

「あはは、知らないわけないんだよなぁ♪」

 

「だって、君の事をずっと観測してるのはこの島の神々だよ?」

 

「観測……ずっとこっちに受肉神が見えない理由は……」

 

「君は見る方じゃない。見られる方だ。だけど、助かってるだろ?」

 

「………」

 

「賢い君の事だ。今ので大体は呑み込めたはずだよ」

 

 少年が黄金の光の塊に剣を突き付ける。

 

「要件は?」

 

「君は届いた。だが、此処まで届かせる事が出来た以上は次の段階だ」

 

「次の?」

 

「そうさ。ほぼ最短最速の道で君は此処まで到達した。詰め切った御手前は見事って事♪」

 

「だから、明日からもう最初に戻れなくなる」

 

「―――」

 

 少年の剣が黄金色の見えない使徒の1人の首筋に当たる。

 

「ぼくらのせいじゃないよ。でも、君は此処から先にも往けなくなる」

 

「どういう事か教えろ」

 

 少年の乾いた瞳が相手を見やり、刃が僅かに食い込む。

 

「神々がこのままじゃまだ勝てないと断じた。でも、これ以上確率で落ちる可能性があると君に無駄な回数を増やして摩滅する可能性がある」

 

「………」

 

「“君の前”が壊れちゃってね。だから、これは神々の事前措置なのさ。君だって、100000回に1回しか成功しない力の開放をこれから何兆回も繰り返したりしたくないだろ?」

 

「………」

 

「これからの事を話そう」

 

 四人の黄金の光を纏う人型が少年の前で頭を垂れる。

 

「法は4つだ」

 

「4つ?」

 

 人型達は頷く。

 

「1つ。この1日は繰り返す」

 

「2つ。君が準備し変えた、君にとっての重要な事象は蓄積される」

 

「3つ。君以外が変えた事象は君が関係していない限り、振り出しに戻る」

 

「4つ。繰り返しの突破は君の強さに拠る。また、神々の裁量にも拠る」

 

「細かい部分が足りない」

 

「そういう君も細かいなぁ。ああ、そうそう。それと此処に到達したのも含めて全ての可能性が此処で潰れた時点でやり直しだ」

 

「その場合、今までと同じ?」

 

「そういう事だね。それと此処で僕らを殺しても次の僕らが次の回には出て来るだけだよ?」

 

「なら、次は無い。殺す」

 

 少年の剣が四体を一斉に処分した。

 

「悪意あるモノにロクなのはいない」

 

『どうして僕らが()()だなんて分かったのさ。理不尽だろ。その勘は?』

 

「他者を弄ぶ相手の事ならよく知ってる」

 

『経験は最良の教師ってわけだ。参ったな……教会騎士の頭目やアルマーニアの粛清組、北部勢力の暗部と遊ばせ過ぎたわけだ』

 

 その剣は何処から出したのかも定かではない。

 

 だが、確かに少年の手に握られていた。

 

『……愚かな事を。繰り返せば、元通りじゃないか』

 

『そんなに信用無いかな? 僕ら』

 

『まったくさ。君は神の力を侮り過ぎじゃないか?』

 

『あの神樹を倒したからと良い気になってるだろ』

 

「……あの子以外の()()は信用しない。それともう最初からを繰り返す事も無い。再走はしない……お前らは二度と元に戻らない」

 

 少年が持っていた剣はいつの間にか蜘蛛脚になっていた。

 

 少年が収集していた呪紋で外見を変容させていたのだ。

 

 その瞬間、彼らがゾワリと少年の瞳に背筋を泡立てた。

 

 目の前の相手に即断即決。

 

 そして、何よりも彼らを完全消滅させる唯一の機会をこんなにあっさりと見抜いたどころか。

 

 完遂してみせるのはもはや喜劇だった。

 

『この世界を護り切れるかな?』

 

『くく、あの子の主になるだけはあるわけか。ああ、沢山事件を用意していたのになぁ……』

 

『後で君が泣いて僕らを殺さなかった方が良かったとか後悔する事を切実に願っておくよ』

 

『これで妖精も本当にあの子だけか……まったく、度し難いなヒトは……』

 

「黙って消えろ。ゴミクズ。自分達の評判をもう一度見直して来い」

 

 少年が知らべた限り、妖精の評判は地の底に落ちるより酷いものが歴史の教科書にはちゃんと載っていた。

 

 ヴァルハイルにもしも感謝する事があるとすれば、歴史を記しておいたくれた事に違いなく。

 

『『『『―――馬鹿な奴。この僕らに蜘蛛脚を使うなんて。あの女神の思い通りになった未来で弄ばれるといい!!』』』』

 

「負け犬の遠吠え」

 

 それに応える暇もなく。

 

 断末魔を上げた使徒が猛烈な勢いで変質し、内部から蜘蛛脚がバリッと光の人型を突き破って出て来た。

 

 サラサラと黄金の輝きが崩れて霧散していく。

 

『『『『(=_=)/』』』』

 

「初めまして」

 

『『『『(´ω`)』』』』

 

 妖精の翅がパタパタと背中に付いて羽搏いている蜘蛛達は愛らしいくらいに小型で七色の翅の下でどす黒い甲殻を煌めかせてシャカシャカと少年の四肢に取り憑いた。

 

「何が出来る?」

 

 パスッと妖精蜘蛛(仮称)達が小さな牙で少年を噛んだ。

 

 甘噛みという奴であったが、その途端に少年の四肢が燃えるように熱くなる。

 

「魔力型ステータスの亢進? 魔力そのもの変質が進行毎秒2.3%(再上昇不可)。魔力変質……魔力規定値キャップ開放? 魔力再設定可能化。抗神抗体化率4%上昇(下降不可)? これは……精神属性妖精呪紋【妖精瞳】を獲得―――この呪紋」

 

 少年がブツブツ呟きながら、法衣の内部、腰元のポーチを意識した。

 

 今も入っている魔導書的なサムシングによって妖精の正体を看破したのは良いが、それ以上に便利な呪紋を手に入れた事は正直大きかった。

 

 下から二機の呪霊機。

 

 エルミとフェムが慌てた様子でやってきた。

 

「い、いきなり消えてびっくりしましたわよ!?」

 

『どうかし―――』

 

 その時、フェムが凍り付いたような顔で少年を見やる。

 

『あぁ、我が契約者……そう、なのですね。その者達は元々妖精だったのでは?』

 

 少年が頷くと同時に妖精蜘蛛達がフェムに片手を上げて挨拶するとその機体の背後の翅にくっ付くようにして甲殻類の翅のように擬態する。

 

『そうですか。正しい判断です。我が契約者……ソレらは決して貴方に幸運を運びはしなかったでしょう。ですが、この子達の瞳を持つという事は……』

 

「知ってる、もう見た」

 

『解りました。では、妖精に伝わる秘伝をお教えしましょう』

 

「秘伝?」

 

 少年が現在開きっぱなしにしている第三の瞳を細める。

 

 外側から見てもまったく変化したようには見えない。

 

『その瞳……第三神眼に発現したようですが、妖精瞳は元々が妖精を産みし、妖精神……ティタルニイアの先祖返りが持つものと言われています』

 

「ティタルニイア?」

 

『はい。彼女は人を弄ぶ悪神として大陸では旧い時代に猛威を振るい……その人に恋をしてからは善神として尊ばれた悪妖神または善妖神と呼ばれた存在だったのです』

 

「善悪の分類が出来ない神?」

 

『はい。その瞳は正しく神々の中でも魔眼と呼ばれていたモノとも違った。何故ならば、彼女には運命が見えていたから』

 

「運命……」

 

『あのフィーゼとかいう人間にも今後見えて来るでしょうが、妖精瞳は運命を見る瞳……それは未来であり、過去であるもの』

 

「因果律?」

 

 コクリとフェムが頷く。

 

『妖精達が呪紋において天地万物を自在としたのはその妖精瞳によって操るべきものが見えていたからなのです。ソレを魔力によって行う時、呪紋は呪紋の域を超えて運命に干渉する』

 

「何か今更な気がしますわね」

 

『え?』

 

「妖精女。まだ、我が騎士の事を分かっていないようですが、いつでもこの大バカ者はそうしてきましたよ」

 

『ッ』

 

「わたくしは見て来ました。どんな日も、どんな時も、何かを護る為、誰かを護る為、その笑顔の為に、その日々の為に……自らを省みず戦い続けた我が騎士はいつだって運命を見ていた。いつだって、運命を変えていた」

 

「―――」

 

 少年がエルミの言葉に思わず言葉を失っていた。

 

「だから、わたくしは自分の運命なんてもう変わっていると信じられます。だって、生まれ変わりたいのに……こうして、この人の傍で戦う自分がいつの間にか自然になっちゃいましたし」

 

 その苦笑は何処か清々しく。

 

「エルミ……」

 

「仲間達と一緒にこうして戦う事は……今のわたくしにとって、エルミレーゼではなく。貴方の呪霊である【ファルターレの貴霊】であるエルミにとって、少なからず幸せなのですわ……アルティエ」

 

 少年は初めて真正面から呪霊となった少女を見つめた気がした。

 

「……ありがとう」

 

「ふふ、初めて感謝なんて聞いたかもしれませんわね。でも、生まれ変わるなら……今は貴方の手でと思います。だから、皆の為に戦いましょう。この身が朽ち果て、新たな生を得る。その時まで……」

 

 少年と少女が向き合う。

 

 そこに人と呪霊の間にある断絶は何処か小さな水溜まりにも見えて、僅かにフェムの顔が羨ましそうなものになる。

 

『我が契約者……運命を見るという事は未来を知るという事。無限の可能性と無限の過去を見ても貴方の心が壊れないならば、その時こそ……我が契約の目的をお話しましょう』

 

「解った」

 

『では、小難しい話はこれでお終い。さぁ、この力で御望みはあるでしょうか? 今ならば、この子達の力も合わせて、大抵の事は出来るはずです』

 

「いい。自分でする。その代り……」

 

『?』

 

「後で力を使う練習に付き合って欲しい」

 

『ッッ、はい。喜んで♪』

 

 こうして二機の呪霊機は少年と共に帰路へと着く。

 

 新たな戦いに向けて巨大な鋼の塊の最中で力は紡がれていくのだった。

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