流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第6話「流刑者達の上陸Ⅵ」

 

 少年が先日倒した殻の無いカタツムリのいた場所を抜けて山肌の内部に向かう洞窟へと入った。

 

 その額には三つ目の瞳が輝いており、ペッカーと光を発するわけではないのだが、周囲はまったく明るさを維持したままに確認が可能となっている。

 

 これならば夜であろうと昼間と同じように進めるだろう。

 

 ランタンなどの光源に頼らなくても良い関係上、相手からも視認が困難なままで闘えるのはアドバンテージでしかない。

 

 洞窟は人が通るには支障が無い程度のものであり、歩いて数十秒もすると大きな空洞のある場所に出た。

 

 その内部からは蟻らしい大型の昆虫が1m近い体躯を窮屈そうに屈めて、天井から尻の先から出ている糸でぶら下がっている。

 

 その周囲には大量の繭が存在し、周囲にはキノコが大量に映えていて、一部の蟻がそのキノコをモシャモシャしながら、巨大な洞窟の最奥へと運んでいく。

 

 少年が手を洞窟の入り口で払うような仕草をした。

 

「ウィシダの炎瓶」

 

 途端に少年の手を払った軌道に沿うようにして連動した形で人の腕程もありそうな中型の瓶が光で形成されて、内部から猛烈な勢いで炎を吐き出した。

 

―――?!!

 

 それが地面を這いながら嘗め尽すようにして洞窟内に広がり、蟻と繭に燃え移り、断末魔を上げてのたうちながら焼け焦げていく。

 

 その灯りに照らされて、洞窟の最奥が見えた。

 

 大きな壁際の繭の上には12m程の蟻。

 

 恐らくは女王蟻が見えており、眼光も赤く少年を確認すると羽音を響かせて猛烈な速度で襲い掛かって来る。

 

 その尻が降られると同時に液体が入り口を直撃し、岩を焼き溶かし、虚空に跳躍していた少年が横薙ぎの胴体に直撃される。

 

 その衝撃で吐血した少年であるが、その手のダガーは既に相手の内部に突き刺されており、内部から黒い粘菌のような血管が脳髄へと駆け上がろうと侵食を開始していた。

 

 だが、それを察したのか。

 

 蠢く数本の脚が自分の胴体を半ばから真っ二つに切り裂き、背中から上の翅だけで飛び上がり、遂には内部からズルリと黒い粘菌の血管を引き抜きながら、蟻酸を少年に浴びせ掛けようと周囲に拡散させた。

 

 ジュオッと少年の皮膚や髪の上が煙を上げ始める。

 

「強酸による継続ダメージ。真菌共生による軽減率77%。身体能力3%低下」

 

 言っている傍から、強酸の霧を突き抜けた少年がステップを踏んで天井近くまで飛び上がっていた相手に目掛けて目を閉じたまま何も持っていない腕を振り払う。

 

「ウィシダの炎瓶」

 

 その軌道にそって上空が炎に巻かれ、半死半生な巨大な女王蟻が燃えながらも焼け落ちる翅を使って突撃。

 

 それに対して少年は咄嗟に鉱物を運んでいた時の奇妙な動きを再現して、高速でジグザクに軌道しながら、最後には炎に巻かれた女王蟻の横を炎に焼かれつつも擦り抜けて、同時にダガーで相手の胴体を半身に捌いた。

 

 上がる血飛沫というには黒い液体が炎に巻かれていく。

 

 しかし、少年もまた炎によって焼けており、すぐに腰の袋から水を被って、ゴロゴロと周囲を転がる。

 

 炎が消えたのを見計らって立ち上がった少年は辺りがもう炎も無く薄暗がりとなり、同時に酸素も途絶えつつあるのを理解して、女王蟻が護っていた卵に近付き。

 

 ドスリとダガーを突き立てた。

 

 途端、卵が罅割れて、内部からドジュルルルッと卵の内容物の一部。

 

 既に甲殻が出来ていた蟻の破片が溶けながら溢れ出し、少年の目前には割れた卵の心臓部にも見える薄桜色の肉塊が見えていた。

 

 それをゆっくりと片手で取り出して、齧った少年はビターンと倒れる。

 

「高濃度抗原体(生食)。生体機能秒間1%で停止中……抗体獲得確率97%上昇。獲得まで残り12秒……ガフッ?!!」

 

 また吐血芸を虚空に披露しつつ、ブツブツと呟きながら霞む目のままに立ち上がり、ヨレヨレと洞窟の外へと向かった。

 

「外部抗原獲得。重複交差反応抗体の取得終了。抗体反応正常。共生真菌外部増殖効率93%上昇。毒性抗体適合抗原数839種類に増加。極限外環境適応力63%上昇(再上昇可)。サイトカインストームを併発。共生真菌による抗体制御開始……ゴホゴホゴホゴホゴホゴホッッ?!」

 

 ビチャビチャと口から吐血しつつ、充血し、全身が赤黒く変色しながらも、黒い血管が肉体内部から次々に体を侵食していくと最後には変異が嘘のように元へと戻っていった。

 

「抗体制御完了。残存体力7.4%。酸欠による窒息死を真菌共生により無効(22分)。補給と休息を要す」

 

 少年がフラッと倒れ込んで途中の壁に寄り掛かった時。

 

 ゴシャッとその壁が脆く崩れ去り、同時に蟻酸で滑っていた通路の一つを滑り落ちるように少年は猛烈な速度で上半身を下にして下っていく。

 

「隠し通路発見。注意力低下中。頭部防御」

 

 滑り落ちる途中に両腕で頭部を護ったまま。

 

 何処までも坂道を滑っていく彼は最後に行き止まりが目の前に迫って来るに当たり、頚椎を折らないように気を付けようと固く決心して、衝突したのだった。

 

 *

 

「何だぁ!? こいつらはぁ!?」

 

 ガシンが叫びつつ、襲い掛かって来る蟻を拳で吹き飛ばし、回し蹴りで蹴り飛ばしていた。

 

「ま、まさか?! 南部のヤツが出て来るとは!?」

 

 カラコムも叫びながら巨大蟻を剣で切り払い。

 

 持って来ていた小さなスパイク付きの靴で相手を踏み潰していた。

 

「騎士ウリヤノフ!!? 少々マズイですよぉ!!?」

 

「知っているのか!! カラコム殿!!?」

 

「こいつら南部の魔獣の類です!! 蟻の化け物【ニグロキア】!! 同じ種類かは分かりませんが、似てます!!」

 

「魔獣か!! さすが極獄と呼ばれているだけあるな!! この島も!!」

 

 叫びながらウリヤノフが槍で的確に蟻の頭部を突いて、近付いて来る個体や死んだ個体が動き出さない内にと弾き飛ばして距離を取る。

 

「女王が何処かにいて、島中に通路を伸ばしてるはずです!! 消えた連中は諦めて下さい!! もう腹の中だ!!」

 

「だが、此処が開かねば後が問題だ!! 幸いにしてこの三人ならば、死ぬ事は無いだろう!! ガシン殿!! ガントレットはどうか!!」

 

「ああ、脚甲だっていいとも!! クソ騎士さんよぉ!!? 何でオレがこんなところで蟲の相手なんぞしなきゃならねぇんだよ!?」

 

「はは!! 若い内は苦労をしてみるものだぞ!! 何も無い人生ではつまらんだろう?」

 

 言ってる傍から襲い掛かって来る蟻が槍と剣と拳によって退けられ、互いに背中を預けた三人がもう40匹は切り伏せた敵の遺体が未だウゾウゾと動く様子に火も持って来るだったと溜息を一つ。

 

「一端帰って油か燃えるもん持って来るしかないんじゃねぇか!!」

 

「白リンが出る地域は有毒なガスが出ている。息を止めて大量の石を持って来られるなら、それでいいぞ!!」

 

「クソが!?」

 

 最終的に男達は限界まで蟻を駆除し、最後には全ての敵の頭を切り飛ばし、蠢く脚や動体も砕き切り裂いて回る事になった。

 

「フゥ。ようやく終わったぜ」

 

「灯りを持って来て正解だった。全て駆除したのを確認した。明け方に出発したが、今は何時だろうな」

 

 男達が一息吐いた時。

 

 ゴガァンと彼らの背後から音がして、蟻達が土で偽装していた巣穴に続く通路が開通し、その内部を滑って来る相手を見て驚愕する。

 

「はぁ!? 坊主だぁ!?」

 

「君は―――何故、こんなところに?!」

 

「オイオイ。まさか、逃げ出して来たのか!?」

 

 ガシンもウリヤノフもカラコムも目を大きく見開く。

 

 外套のあちこちが酸で溶けて明らかに衰弱している少年を慌てて三人が洞窟から引っ張り出し、外で介抱する。

 

「大丈夫か!? カラコム殿!! 水を!! 肌が溶ける前にだ!!」

 

「は、はい!!」

 

 すぐにバシャバシャと水で蟻酸が洗い流され、少年が瞳を開ける。

 

「どうやら冒険心が過ぎたようだな。少年」

 

 ウリヤノフが苦笑していた。

 

 生き残っているのは奇跡でしかないと悟っているからだ。

 

「あの蟻共から逃げて来たのか?」

 

 ガシンに少年が頷いてカクンと意識が落ちた。

 

「あ、オイ!?」

 

「大丈夫だ。触った時に骨は逝っていなかった。肌も蟻酸でしばらくは爛れるだろうが、治るだろう。それにしても問題はあの通路が何処にどう伸びているかだな」

 

 三人が洞窟の奥にある巣と繋がる洞窟を見ていた。

 

「白リンは最悪、こちらで採取してくる。備えは必要だ」

 

「その坊主はこっちで背負う。おっさん共は装備が重いだろ」

 

「済まぬ。そうさせてくれ。一端戻ろう!! この子の意識が戻って話を聞いてからだ。諸々は……」

 

 こうして少年は無事に野営地へと戻る事が出来たのだった。

 

 *

 

『騎士達が返って来たぞぉ』

 

 野営地に返る頃には昼過ぎになっていた。

 

 全員が戻って来た三人を労いつつも、すぐに背後へ少年を抱えている様子なのを見て、エルガムの下へと運んだ。

 

「どうやら外傷は無いようだ。服はかなり溶けているが、幸いにして蟻酸を落すのが早かったおかげだろう。荒れてはいるが焦げてはいないな。殆ど奇跡的な事だ。神に感謝しておくべきだな。君は……」

 

「………」

 

 意識の戻った少年は病院代わりの天幕の革を敷いた寝床で横になりつつ、診察を受けていた。

 

「先生!! アルティエは大丈夫なんですか!?」

 

「ああ、フィーゼ様。大丈夫ですよ。昨日の夜の捜索が無駄になった事以外は」

 

「そ、そうですか。良かったです。アルティエ……昨日どれだけ探したか」

 

「昨日?」

 

「ええ!! そうよ!! 夜になっても戻ってこないから、近くを捜索隊が探していたのよ!!」

 

「夜……?」

 

 首を傾げた少年が内心で思案する。

 

「洞窟内は暗く。同時に時間の感覚が麻痺します。恐らくは迷い込んだ場所で延々と彷徨っていたのではないかと」

 

 エルガムがフィーゼに常識的に説明する。

 

「そうなの?」

 

 コクコクと少年は頷いておく事にした。

 

 それからしばらくの聴取の後。

 

 少年が沼地を迂回して山の中腹にある洞窟の事を話すと救出隊として出ていた三人が再度出向く事になり、そこで大きな洞窟内部で大量の蟻の死骸がキノコの山となっているのを発見。

 

 持ち替えられたキノコがまさかの食用である事をエルガムが告げた事で彼らは一つ食料源を確保する事になった。

 

「それにしてもどうしてそんなところまで行ってたのですか?」

 

「……冒険してた」

 

 その言葉にジト目になったフィーゼが「どうして男の子というのは……」という顔で溜息を吐く。

 

 そして、少年にしばらくは遠くまで出歩かないようにとお説教するのだった。

 

 *

 

 夜、お説教で絞られた少年はモクモクと焼き魚と果実を食べつつ、夜の海を見ていた。

 

「おお? 小さな冒険者殿♪」

 

「リケイさん」

 

「左様。リケイでございます♪」

 

 おどけた老爺が少年の横の流木に座る。

 

「どうやら大冒険だったようで?」

 

「冒険してたら、今日だった」

 

「はっはっはっ、結構結構!! 生きて戻る運もあれば、全ては良し……とはいえ、お姫様は随分とお冠のようだ」

 

「フィーゼ?」

 

「ええ、昨日は眠れぬ様子でしたよ」

 

「………」

 

「ですが、それよりも……使いましたな?」

 

「呪紋……」

 

「おお、知っておいででしたか。才能はあるのですな。力を強まると発現する者は多い」

 

「どうして、敬語?」

 

「一人前の男の前には一人前の態度というものがあるからですじゃ♪」

 

 そんなものらしいと少年が一応納得する。

 

「魔の技は中々に散逸しておるものが多い。故にこうして芸妓の技を使いながら、実は増やしておるのです」

 

「増やす?」

 

 此処は聞いておくのがいいと少年は知っている。

 

 常に必要なのは初心のように全てを行う事だ。

 

「我らは小さき種。あまり、減り過ぎると人の波に飲まれて消えてしまう。だから、こうして数日で使えるようになる者がいるのは我らにしてみれば、何とも寿ぎたい気分となる」

 

「………」

 

「属性は炎。とても幅広い呪紋が使えそうだ。それに普通の“タダビト”達には無い冒険心を持ち、運もある。もし、これからも呪紋が欲しく為れば、是非に頼りとして頂ければ……」

 

「……何者?」

 

「ふふ、ただの芸妓の老いぼれにしてただの流刑者。お姫様には秘密にして下され……あのお説教を喰らったら、寿命が縮んでしまいますからな♪」

 

 そう言って、肩を竦めたリケイはニヤリとして少年の横から立ち去っていくのだった。

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