流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて- 作:Anacletus
―――1日目。
少年が目を覚ましたと同時に付けていた制服のままに起き上がって走り出した。
「おや、今日は学校は休―――」
エルが起き抜けに欠伸をしながら青いパジャマ姿で通路に立っていたが、軽く挨拶をしてそのまま出発。
ついでに背後に付いて行く二機。
エルミとフェムは一切の遅延なく少年の背後へ追従した。
『今日からどうするんですの?』
「本当に繰り返すなら、力を得る必要がある」
『具体的には?』
「まず変化を確認する。何を変えられて何が変わらないのか」
『いいんじゃない? 時間はあると言われていたのですし』
「都市内部で変化を観測する。それで法則性を理解したら、行動開始。今日は全部それに使う」
少年が言ってる傍から姿を消して建造物の一部、屋根の見えない位置に足跡を付けて、更にエルミから受け取った刃で僅かに切り傷を付けるやら不可糸の呪紋で僅かに建造物の端を僅かに斬り割いて印を付けた。
更に走りながら手帳の地図に不可糸で書き込み。
他にも飲食店にある食料品を並べたスタンドの一番後ろから物を抜いて、紙幣をそこに置いたりと気付かれないようにさりげない変化を都市のあちこちに鏤めながら、満遍なく物に関する変化を観測する下地を作っていく。
「対人関係も確認しておく」
少年が軍警のモルドを用いている警邏の背後から通り過ぎてワザと財布を落とす。
「君、財布を落としたよ」
「ありがとうございました。これ、お礼です」
そう言って、警邏に少年が懐に持っていた干した果実の袋を手渡し、返される前に急いでいるのでと街角に消える。
警邏の男は首を傾げながらもその果実の袋を繁々と見やって朝食の後のオヤツにし始めたのを確認。
『これで明日になると何が解りますの?』
「昨日も果実を貰ったかどうか確認出来る」
『ふむふむ。記憶があれば、それも確認出来るわけですわね』
『我が契約者。言われた通りに精霊達を通して見ましたが、どうやらもう行政区では昨日の一件は終わった後の扱いとなっている様子です』
「ドラクがいない?」
『はい。他にも昨日終わった諸々の話も進んでいる様子です』
「此処から明日も関わらないと事態が変わらないなら、本当って事になる」
『我々の変化は?』
「あっちの言い分からして、変化を受けたら変化した分だけ変わらないはず」
『今日一日、この高都の情報の観測を続けます』
「明日、今日話しをした精霊が今日の事を覚えていなければ、間接的に関わってる相手には影響がない事になる」
『分かりました』
高都に存在する精霊達に号令を掛けながら、フェムが少年の背後で沈黙し、思考に没頭し始める。
それでも機械の体はしっかりと少年の背後から離れない。
あちこちに確認用の実験となる跡を残して少年が2人にも幾つか同じ事をさせてから帰宅すると丁度登校時間。
「愛しき我が息子殿。呪霊機達の朝食を食べ―――」
「今日は忙しい。また後で」
少年は帰って来るなり、学生用の法衣を着込み。
普通に歩いて登校を始める。
「………これじゃダメな気がする」
『『?』』
何を言い出したのかが分からず。
少女達が首を傾げている合間にも少年が跳んだ。
高都のどの建物よりも高く。
その遥か空の上に少年は不可糸の巣を掴む。
オネイロスと竜蜘蛛達が密かに張り巡らせ続けている高都制圧用の不可糸の陣。
その一つだった。
その見えざる都市を包む網に魔力を流し込んだ少年が地表の建造物の全てに向けて糸を張り付けていく。
そうして、目を閉じて糸から集まって来る音を直接に魔力で変換して取り込んでいく。
一瞬の幻影。
都市を囲む虹色の檻。
――――――。
そんな幻を見たような気がした一部の人々だけが世界の遥か頭上を僅かだけ眺めていた。
高都にそんなものがあるはずはない。
だから、誰もが幻だと数分後には忘れてしまうような光景を余所に現実へと戻っていく。
しかし、少年は全ての音を聞き終えて、フラリと倒れそうになった体を糸の上で二機に支えられる。
『い、今無茶な事していませんでしたか!?』
『さすがに個人で都市の全ての情報を音として拾うのは無謀です。我が契約者……一人の頭部では限界があります』
「それは今度試したい事がある。取り敢えず、今日からやる事が全部決まった」
そうして、少年は明日から本格的に動き始める為、今日中に仕込みを済ませてしまおうと無駄骨になる覚悟で色々と試す事になる。
その日、初めて少年は無断で学校を休んだのだった。
*
ヴァルハイルの闇は深い。
蒸気と雷に溢れた雷霧の鋼都とも言われる都市の闇には数多くの悲劇が巣食っていたりする。
新しい呪紋を用いた実験の為に都市民の中でも下層の人々が犠牲になったり、あるいは怪奇事件扱いで数多くの組織の犠牲者が出ていたりもした。
そう正確にはした、だ。
今や都市の闇は軍部によって根こそぎ吸い上げられ、戦場で消費され尽くし、残った絞り粕みたいな闇というよりは絵の具染みた悪党が新たな組織の盟主となった歓楽街の若き王の下、殆どが駆逐され、残ったのは下っ端と呼ばれる学生に毛が生えた程度の連中ばかり。
しかし、そんな中にも磨けばキラリと光りそうな人材は眠っているもので、そういう人材の登用がマートン主体で大規模な会場を貸し切りにして行われていた。
その名も能力測定登用とまんまなネーミングで各地域の組織の下っ端達が数日間に渡って力を図られ、組織単位で再編されるという催しである。
「だから、テメェは何でそう非常識なんだ!?」
「?」
そんな会場の一角。
能力測定用の機材がズラリと並ぶ一角。
それも最上級の能力に耐え得る機材がある端でそう声が上がっていた。
「何を言ってるんだコイツみたいな顔で誤魔化されねぇぞ!?」
次々に組織の幹部登用を目指してやってくる十把一絡げ共を振るいに掛けていたベクトーラはツッコミにゼエゼエと息をして、横合の歓楽街のお水のおねーちゃん(日雇い)から水を貰いつつ、少年をジト目で睨む。
「いいか!? 普通のヴァルハイルは呪紋を無詠唱で420以上同時並列処理したり出来ねぇんだよ!? つーか、何だ!? 420って!? あのなぁ!? 同時に並列処理出来る呪紋の数ってのは普通の生物の頭で3つか4つが限界なんだぞ!? 呪具塗れに魔力便りなら40は何とか行けるかもしれんが、それすら限界までやってだ!?」
『―――(^▽^)?』
「出来るし」
「出来ねぇんだよ!? 普通はな!?」
叫ぶ組織のトップは疲れている様子だと多くの下っ端達は思うわけだが、その横で何か怒られている少年を見て、彼らは格の違いというのがハッキリと分かってしまった気がした。
「後な!? 何でその細腕でドラクや全身モルド超える膂力してんだよ!? つーか、何機分だよ!? 途中で測定器具一つ壊れたわ!? 後で弁償しろ!? 高いんだぞコレ!?」
「これでドラク12機の時の借りは無しで」
『―――(・ω・)?』
真顔でもはや何を言われたのか分からないチンピラ達はあの噂……数百人がたった三人の部下にやられたという話を思い出していた。
映像を見せて貰った者が多いのだが、それにしてもドラク12機に襲われて平然と五体満足らしい自分達の上層部に驚愕を禁じ得ないという感情は正しいものだろう。
「そもそもだ!? テメェのせいで剣技に自信在りとか戦闘技能に自信在りとか言ってた連中が軒並み下っ端からやり直しますとか家出同然に組織の末端作業場に消えて行ったんだが!? 本末転倒過ぎるだろ!?」
「……見込み無かったし」
「テメェの見込みはどうなってんだ!? 見込みは!? ロクシャの園に在学中ってだけでもあいつらの心をズタズタにしてたんだぞ!? もう組織止めるとか言い出した奴らの気持ち考えた事あんのか!?」
それを見ていた者達は思う。
完璧超人かよ。
組織幹部は……。
「止められたらいい事なんじゃ?」
『―――(´Д`)』
まだ歳若いチンピラ達の半数は平然と組織なんて別にやらない方が良いとか言い出す組織幹部を見て『自分達は向いていないのだろうか?』と思わざるを得なかったのは間違いない。
高都の闇とか呼ばれてた人々はどれだけ化け物だったんだろう。
そう想像せずにはいられない。
この目の前でおかしな話をしている人々が残り滓だとすれば、もはや自分達にそういうのが向いていないのは確定。
裏組織なんか止めて真面目に工場労働者にでもなろうとトボトボ帰っていく者が出たのもさもありなん。
彼らはある意味更生したと言えるかもしれない。
「それと!? テメェの持って来たあの呪霊機の端末だがな!? 何で毎日毎日口うるさく画面に文字列で会話してくるんだよ!? やれ歯を磨けだの、尻を掻くなだの、脚を洗えだの、手を洗えだの、尻尾の手入れしろだの、テメェはオレのお母さんかってな具合だぞ!?」
「……保護者?」
「ああ、そうだよクソ!? 家事炊事の類を毎日必要な分だけやらせようとしたり、支援するだけならまだしも!!? 勉強しろとか、恋愛しないのかとか、好きな奴はいないのとか、勉強の支援とか!? もうどう考えても呪霊じゃねぇだろ!?」
「ちょっとおせっかい」
「おせっかいで学校に勝手に連絡入れて、生活管理され始めたんだが!?」
「……自立型だから」
少年が視線を逸らす。
勿論、呪霊機と偽って彼らに渡した端末はエルが地下研究施設の倉庫で埃を被せていた適当なものに呪霊相当に当たる存在をちょっと住まわせているだけだ。
自然な形で都市内部に工作員を仕込む為にイソイソとアルマーニアに戻って面倒見の良いスピィリア達を連れて来て、呪紋で封入した欠陥品である。
「もはや、自立させ型だろ!? 何か健康になったとか。学校の悩みが解決したとか、親と和解したとか、親から離れて自立しますとか。健全になりましたみたいな顔で組織から去っていく連中が五万と来始めてるんだぞ!?」
「人の大抵の悩みは些細な事。脚を踏み外した学生が健全な道に戻って学校も家庭も個人も幸せにする呪霊機……売れそう」
「もう組織の8分の1がそういう理由で消滅したぞテメェ!?」
ゼハーゼハーと息を切らしたベクトーラがガクリと膝を着いた。
「クソォ……しかも、オレのもいつの間にか歓楽街の女共と仲良く為ってやがるし、捨てようとしたら、女共から猛反対されるし!! 何なんだあの呪霊機!!?」
「自立型」
「資金はともかく!? 組織人材を意図的に消滅させる天才か!? そういう天才なのかお前は!? ちょっとは組織運営考えろ!? いや、考えて下さい!?」
もはやベクトーラは涙目でヤケクソであった。
「でも、これで組織が小さくなって統制が取れる。ついでに善人も消えて使い潰してもいい人材しか残らない。後、見込みが無いのが消えて、組織も強靭に……褒められていい?」
その最もな話にベクトーラは完全にその通りなので言い返せもせず。
「クソゥ!? テメェ!? 覚えてろよ!? オレの理想の組織図をぶっ潰した怨みはいつか返すからな!? うぅぅぅ……テメェらぁ!! 成績上位者と頭良さそうなの全部連れて来い!! これから面接だぁ!!」
そう負け犬の遠吠えを吐いて部下達を連れ、半泣きで随分と縮小しそうな組織の幹部候補生達を選別しに大規模な貸し切り会場の奥へと消えていくのだった。
残された一般の末端構成員達は組織の頭を泣かせる少年を見て、あれくらいじゃないと親友枠は務まらないのかぁ……と。
少年と背後の呪霊機達を見やり、イソイソと能力検査に勤しむのだった。
*
朝からベクトーラに付き合った少年は昼時にはもう病院に向かっていた。
そして、真っすぐに高都の町医者の医院の受付で名前を書いて、院内の病室へと歩いて行くと。
途中から大きな声が聞こえ始めていた。
『本当にそれでいいの!? ナイテ!!? 悔しくないの!?』
『でも、あたしが悪いのは間違いない。だから、いいのさ。それにモルドに変えちゃえば、普通に通常生活は大丈夫って話だし』
『でも!? 今年の大会に命掛けるって言ってたじゃない!!?』
『回復用の呪紋は筋組織の構造変えちゃうから、大会の規約違反なんだ。どの道……生身での出場は出来ないよ』
『うぅぅぅ……あいつさえいなきゃッ』
『そんな事言わないで? そもそも、惚れた男がワルだったのが悪いのはアタシが一番良く分かってる。それにあの人達見て良く分かったんだ』
『何がよ!?』
『本当の強者は戦って無くても分かる。人の命が消えていく瞬間だろうとも何一つ顔色一つ変えないままにアタシ達が全滅しそうになってるのに日常みたいな顔で会話してて……ああ、この人達は違うんだなって分かっちゃったんだよ』
『どういう事?』
『アタシが惚れた人すら、恐怖を覚えて引き攣った笑みだった。たった二機の呪霊機の攻撃で全滅した。アタシが思ってたよりもずっとあっちの世界はさ。容赦が無くて、アタシみたいな存在は場違いだったんだ』
『ナイテ……』
『それにあの人はしばらく正気に戻れないだろうって……家族の人からもう二度と会わないでくれって頭下げられた』
『な、何よソレ!?』
『ううん。アタシの事を心配しての事だよ』
『え?』
『その人達は親族でね。君の人生がアイツの犠牲になるくらいなら、自分らがアイツを殺さねばならないって。そう言われちゃって、もう二度と会えない場所で治療するって……』
『そんな―――』
『でも、そう言われちゃもう会えないよ。彼の事……好きだけどさ。死なせたりしたくないし……忘れる事にする』
少年が遠方からの声を聴きながら、部屋に入る。
「は!? あ、あんた何しに来たの!?」
少年の目の前には昨日思いっ切りちょっかいを掛けられた美少女がいて、その横には如何に女傑といった柄に見えるガタイの良い少女がいた。
「アンタ……こんなとこにどうして? お礼参りかい?」
「そんなところ」
「傷付けさせな―――」
少年が指を弾く。
「じゃ、帰る。これで大会とかにも出られる」
少年がそう言ってスタスタと病室を後にした。
「な、何しに来たのアイツ?」
「え……これって……」
少女達がそれから何やら大声を上げて、いい加減煩いからと女性の看護婦から注意を受けるも、すぐに病院着を着込んでいた少女が治った腕や脚を見せて、医者を呼ばれて驚かせる事になる。
「ちょっと待ったぁあああああ!!?」
少年が病院からイソイソ別の場所へ向かおうとすると背後から美少女が駆けて来ていた。
「どういうつもり!? どうしてナイテの四肢を治したの!? それも元通りにしたでしょ!?」
「……忙しい。じゃ」
「あ、ちょ、逃げるなぁ!?」
少年は面倒には構う事なく。
エルミとフェムに掴まって空を跳んでピョイーンと冗談みたいな距離を飛び越えて、現場から逃げ去った。
「な―――何なのよぉ!? あいつぅうううう!!?」
美少女は学校で喧嘩を吹っ掛けた時よりも納得いかなそうな顔で叫び。
名前すら聞いて貰えずに吠え続けて、病院の前だと看護婦達にまた怒られる事になるのだった。
*
少年が繰り返す一日とやらの初日をイソイソと消化している頃。
一人の男は巨大な馬鹿デカイ城の地下空洞で次々にやってくる白い蜘蛛達を出迎えていた。
「あ、ヘクトラスだー」
「巨人族の姫か」
巨人族の王ヴェルハウの唯一の娘。
「メルキオーレだよー」
本名を久しぶりに名乗った彼女は仲間達と離れて初めてのお使いに黒二重城の地下に冥領から訓練を終えた蜘蛛達を連れて来ていた。
【アルヴィア】
嘗て、巨人だった者達。
本来の姿は数十mの巨体だが、現在の彼らは冥領で鍛えて、リケイによって小さくなって強く為れる呪紋を掛けて貰い。
重量も6割以上減ったスーパーな蜘蛛だ。
スピィリア達と違って物理攻撃を半減させたりは出来ないが、それを補って余りある能力が彼らには備わっており、彼らの後ろには大量の金属の流体がドムドムと弾みながら人数分スライム染みて付いて来ていた。
「ようこそ。黒二重城の地下。北部最初の黒蜘蛛の巣へ」
彼がそう言って周囲を指し示す。
暗闇の中で魔力の灯りが次々にあちこちに見えて、浮かび上がるのは巨大な根を張る竜骨と真菌の樹木だった。
ニアステラやフェクラールにある黒蜘蛛の巣を根を主体として張り巡らせた巨大な設備は今や運び込まれた大量の物資の保管庫であり、同時に各地へと続くトンネルの始点、穴掘り蜘蛛達の拠点として整備され、拡張され続けていた。
「(◎_◎;)(アレあっちに置いといてという顔)」
「(´ω`*)(りょうかーいという顔)」
「(・ω・)ノ(この爆華の濃縮還元液何処に置くの?という顔)」
巣の運営と造営はスピィリアを筆頭にした建築大好きな大工仕事を今まで続けていた蜘蛛達が行っており、蜘蛛以外にも人や巨人族が通れて使える施設や通路が備えられ、ニアステラやフェクラールから送られてくる物資を地表を介さずに直通となった遺跡からそのまま運び込み。
地下で城の兵士達によって捌かれ、次々に後方地帯へと伸び続けるトンネルを通って各地のまだ人の残る近隣諸国の軍事基地へと物資を輸送。
更に伸ばした通路で北部全域へとその道を広げている最中だ。
あの【器廃卿】を倒すのに大きく貢献した穴掘り蜘蛛達に種族は関係無く多くの城の関係者達が感謝しており、関係は良好。
良き隣人として彼らは秘密の巨大地下空間で次なる軍事行動に備えていた。
「ねぇねぇ。これからどうするのー?」
「ああ、あちらから連絡があってな。アルヴィア達を実戦投入する為にまずは軽く戦域で夜襲する事になった。その後に此処を本格的に拠点化して、ニアステラ側との合同戦力の整備を請け負っている」
「やしゅー?」
メルが首を傾げる。
「現在、各地のグラングラの大槍が確認されている地域全てでその奪取及び破壊工作の為の計画が水面下で進んでいる。所定の作戦行動の詰めとしてまずは相手の陣地を強襲する戦力が必要でな。四卿が戦域で確認されていない前提でこいつらを送り込む」
『(・ω・)ノ』
勿論、良いですとも。
と、言いたげに片手を上げたアルヴィア達はやる気だ。
「それっていつー?」
「今日か明日」
「え……?」
「こいつらがいなければ、消えられる透明化の呪紋が使える連中が行く予定だったのだが、間に合った以上は仕方ない。遠距離での通信は各地に呪紋の中継要員も置いて万全。今日の夜には終わらせよう」
「はーい」
現在、アルヴィア達の指揮者というか保護者という立ち位置のメルが了解しましたーと頷く。
『(●´ω`●)ゞ』
モックモックと蜘蛛にしては珍しく食事も摂るアルヴィア達が爆華の薬液を抽出した後の残渣を食みながら、これで僕らも戦場デビューと言いたげに希釈液をゴッキュゴッキュ樽から木製のストローで吸いつつ、敬礼した。
「それと南東戦域より教会の侵入の報告があった。そちら以外になるな。戦域は広いが途中までは隧道だ。即時出立してくれ」
こうしてヘクトラスの命令の下。
メルはトンネルの中でもアルヴィア達に寝そべりながら運んで貰いつつ、最も高都が近い場所へと向かうのだった。
―――その夜とある戦域。
蜘蛛達による夜襲があるとも知らず。
しかし、未だ他戦域で教会が出たという知らせも末端には届いていない時間帯。
機械竜達の寝床である機械式昇降整備高架に立ったまま寝かせられていたドラク装備の予備戦力。
後方にいた兵士達は戦域を睨む遊撃隊として今日も叩き起こされるのを覚悟しながら安らかな脳の休息に入っていた。
『1番から14番までのハンガーが開いた。整備組以外は全て入っておけ』
『了解しました。隊長』
『現在、後方へ送られてくる連中が多くなっている。予定時間が過ぎたら、交替は迅速に行え!!』
ドラクは本来常時稼働状態であり、内部の半分生身な竜達は数日程度ならば、眠らずとも活動出来る。
だが、戦場という一瞬が生死を分ける世界においては常に万全にしておけという常識で動く為、一部の哨戒者や警備を除いては後方拠点内では睡眠が許可されていた。
特に最前線から一段離れて戦略呪紋兵器である【グラングラの大槍】を護りながら、戦域の不味い部分に急行する遊撃隊となれば、それは正しく必須。
昼は戦場で仲間を助け、夜は巨大な肉体と繋がったままフォトフレームを数枚重ねたような機械式高架に接続、吊るされた状態のままに眠る彼らはエリートと言えるだろう。
『おやすみー』
『おう。良い夢を』
『はぁぁ、鋼鉄騎士の次は器廃卿……悪夢しか戦場にはねぇな』
『そういう時期なのかもな。代替わり。いや、国が変わる前の……』
『犯罪者を総動員したからな。今は高都も他の場所も平和って話だ』
『連中、さすがに四卿と戦って死ぬより、確率的に良いだろう戦場で生き残る方を選んだけど、もう何割残ってるやら』
周囲には倉庫が複数存在し、最前線への補給基地も兼ねている司令部は何処も警備が厳重だ。
夜勤の者に一切の生物的な眠気も無く。
暗闇に輝く光学観測用機器のレンズを内部からの赤外線探査による赤光が光れば、夜の巨人は怪物である。
『こちら、南西区。異常を報告せず』
『こちら、北西区。異常を報告せず』
二重の防衛線を哨戒し続ける彼らが円を描いて補給基地を護る姿は立派な兵士というよりは遺跡を護るガーディアンのようにも見えた。
しかし、彼らの横を風が通り過ぎる。
『?』
しかし、周囲には何も無く。
自分の背後に蜘蛛がいるとは思っていないドラクは周囲を何回か見回して、背後を常にキープする白い奴に気付かず。
『……赤外線監視に異常無し。光学情報精査……異常無し。音圧感知、異常無し。振動感知、異常無し、全観測機器以上無し、哨戒活動に戻る』
指定ルートを歩いて行くのだった。
『……(・ω・)/~~~』
それを不可糸で織ったハンカチをヒラヒラさせ見送った3m程のアルヴィアが1人。
イソイソと彼らの背後で大跳躍して、補給基地兼司令部の内部に音もなく着地すると眠っているドラク達のセンサーに掛からない不可糸で周囲に細工していく。
忍び寄る見えざる蜘蛛の糸はゆっくりと周辺を覆い始めた。
『こ、こちら第14区!!? 敵襲!! 敵襲!! 何だコイツらの攻撃!? 爆華の雨が降って来るぞ!! 呪紋防御急げ!!』
アルヴィアが細工をしている途中、作戦通りに動いていた部隊が最前線へと攻撃を決行し始める。
遠距離からの爆華を用いた弩による猛烈な射爆によって、防衛陣地では次々に爆発が起きており、呪紋で応射したドラクとの間に激しい攻防が始まり、その戦火は瞬く間に地表に星の煌めきを鏤めて戦線自体が蠢き出した。
『デ、デカイぞ!? 今回の攻勢はデカイぞ!? 奴ら!? 夜にはオレ達の方が有利だと知ってるのに!? こ、この射撃の量と密度は!? 爆華をどれだけ持ち―――』
爆撃による猛烈な応酬。
しかし、射爆する部隊そのものが隠密機動しており、ついでとばかりに射程距離ギリギリまで離れている為、撃破の実数は確実に種族連合の方が上回っていた。
基本、隠密作戦に向かないドラクは正面戦力としては優秀だが、夜間での視認性は魔力を用いる際の転化光によって高く。
光を発せず、呪紋による限界まで隠密が可能な攻撃である弩相手では応射しても相打ちが発生する確率はかなり低い。
そして、戦域では呪紋による通信が密に行われるからこそ、次々にドラクの殆どが気付きたくない現実に気付いてしまう。
『―――こ、これは!? この攻勢は!?』
本来、隊長機や指揮者だけが知っていればいい情報も横の連携を密にして相手の攻撃に対して最適な対処を取る柔軟な姿勢を目指した結果として多くが共有。
戦域全体に向かって投射された莫大な爆華を用いた大攻勢がまさかの射撃戦で押し負けそうになっているという事実を彼らに教えてしまっていた。
彼らドラクの機械弩と呪紋は強力だ。
しかし、遠距離攻撃用の呪紋と爆華を用いた猛烈な射爆の量はその数倍を遥かに超えて最前線の部隊に襲い掛かり、防御用の呪紋を用いてすら、ドラクの耐久力をガリガリと削り破壊し始めていた。
『クソォ!? 司令部!! 直ちに後退許可を!? このままでは部隊が半壊します!! 呪紋による防御負荷が四倍以上増加しました!? これ以上は―――』
『遊撃隊を要請!! このままでは第七区を突破されます!!』
『こちらもだ!! 遊撃隊早く来てくれぇ!!? このままでは突破されるぞぉぉぉ!!?』
マズイという状況を知らせる声が呪紋の通信に載せて全てのドラクに共有されていく状況はもはや彼らの士気を限界以上に下げるのに十分な威力。
『オレら助かるのかよぉ!?』
『合同詠唱完了。竜属性火炎呪紋【竜口】!! 一斉発射!!』
ドラク達が塹壕内部から猛烈な光を放つ光の玉を口元を上に向けて一斉に放つ。
その業火は弓なりの軌道を引いて地表に落着すれば、大爆発を起こし、数十から数百人の敵兵を全滅させるのに十分な火力。
対抗して防御用の呪紋を用いれば、相手の攻撃の手も緩む。
その時こそ、射撃部隊に向けて少しでも攻撃を集中させ、相手の火力を落とす好機であると彼ら最前線の部隊は思考していた。
一糸乱れぬ光球が軌道の最高位置まで来た時、彼らが思っていたよりも早く結果が明らかになる。
光が一斉に落着するより先に地表から猛烈な光の筋が伸びる方が早かった。
ソレが瞬時に横並びだった虚空のあまりにも揃い過ぎていた光玉達を横薙ぎにして、一瞬後に虚空で爆発させる。
「(≧▽≦)・/・/・/」
やったねと最前線で不可糸で地面に偽装して控えていたウルが一体。
ソレは通常部隊として現地に残された百体の内の一機であった。
自分の背中に載せてウィシダの炎瓶を集束させて薙ぎ払う為の円筒形の鋼の箱……呪紋集束用の【火砲】とでも呼ぶべきだろう兵器を付けたままピョンピョンし、それに迎撃を成功させたのを知った巨人族の前衛部隊が次の射撃までの時間で近付く為、巨大な自分すらも覆う竜骨の盾を両手で持って突撃を開始する。
全ては正しく最初から計画されていた通りだった。
『この間に敵軍の塹壕を呑み込めぇええええ!!! 盾持ちの勇者達の後ろに続けぇえええ!!』
『おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』
士気を上げた部隊が次々に相手の小規模な攻撃をものともせずに巨人族の背後から突撃に追従し、巨大な塹壕内部へと入り込んでいく。
初めて自分達の遠距離攻撃が効かない相手によって塹壕内部へと入り込まれたドラク達は部隊を後方に下げながら引き打ちで応対していた。
が、それにも限度があり、次々に前線の塹壕に取りに越された部隊のドラクが圧倒的な数の暴力と大規模呪紋や攻撃を竜骨の盾と巨人族の膂力で叩き戻され、押し潰され、機体を破壊……行動不能にされていく。
『隊長。自分はもうダメです。御達者で!!』
『くッ―――こちら第七区。部隊の一時後退を確認。塹壕内の呪紋を起爆せよ!!』
塹壕内部が瞬時に呪紋を刻んだ呪具だらけの罠に早変わりし、次々に部隊の殿によって特定の呪紋を打ち込まれて起動。
爆発が塹壕のあちこちを崩しながら、残って相手を食い止めていた味方と敵を共に大量の土砂で埋めていく―――かに思われた。
しかし、戦域を監視する操獣の瞳が全体的に殆どの区域で塹壕の爆発が小規模である事を司令部と前線部隊の隊長に教える。
『どういう事だ!? 不発か!?』
『い、いえ!? これは―――熱源有り!! ば、爆発が抑え込まれています!?』
『何ぃ!?』
彼らがドラクの内部で汗を浮かべる。
その凍り付いた顔。
驚愕に見開かれた瞳には呪紋によって接続された網膜内部に映像が次々に浮かび上がる。
『―――何だアレは!!?』
彼らは見てしまう。
呪紋を大量に仕掛けていた塹壕内。
その内部が煌めく白い糸によって舗装され、まるで絹の川のように今までとは違う様相を呈し、あちこちで光を発して盛り上がる場所を生身のスピィリア達がギュムギュムと灰色の脚で押し固めるようにして道を作っていた。
『な、何だあの蜘蛛はぁあああ!!?』
『まさか!? 鋼鉄騎士を屠り、器廃卿とオクロシアの一戦で現れたという!?』
『せ、西部のウルガンダ勢力だぁああああああ!!? 奴ら、本格的に西部の蜘蛛共と共闘体制に入ってやがったぁああああ?!!』
叫ぶ者の声は戦場に伝播する。
そして、不可糸に魔力を注ぎ込み、灰色に部分変異した脚で地面の物質を糸を通して強制掌握し、荒ぶる爆発のエネルギーを抑え込んで糸で熱や衝撃を分散させた糸の道に流し込んでいたのだ。
糸は巨大な塹壕を舗装し、光り輝く道となった。
その合間を次々に兵士達が抜けて、制圧していく。
『このままでは戦線が崩壊する!! 司令部はまだか!!?』
『そ、それが司令部から応答ありません!? 遊撃部隊の出動要請に一切の応答無し!! し、司令部が襲撃されている可能性があります?!!』
蒼褪めたドラクの兵士達は後方に下がるべく。
敗走する事となる。
どうにもならなくなったら背中を向けても逃げて体勢を立て直す。
正しく屈辱。
精強なるヴァルハイル軍が初めて戦いにおいて消耗戦以外で敗北を喫した瞬間であった。
次々に後方に向かう背中を狙い打たれ、殿を残して去っていく背中は切なく。
その戦線が4里以上下げられ、戦域を望む小高い丘にあった司令部が放棄された夜。
『どう?』
そう呪紋で主に訊ねられて、糸でグルグル巻きにしたドラク達を横に各戦域で暴れたアルヴィア達はこう報告し、結果を“蓄積”させた。
『―――作戦成功。敵軍の大規模後退を確認。取り立てて異常無し』
こうして、その夜にアルヴィア達にはグラングラの大槍を大量ゲットしたご褒美として新しい呪紋が許可され、アルマーニアの街区で大人気の糸に色を付ける生命属性変異呪紋【総色】で自分の糸を染められるようになる。
後にアルヴィア達や戦域をウロウロする蜘蛛の間ではそれを用いた更なる高度な偽装戦術が流行る事になるのだった。