流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第59話「ヴァルハイルの鋼塊Ⅷ」

 

 アミアルは遂に少年を下町で捕捉する事に成功していた。

 

 彼女のもっとーは絶対許さないである。

 

 許さない以上、それ以外の殆どの感情は脇に追いやって猛獣染みて食いついた獲物は離さない。

 

 今や食い付いたというよりは釣り餌に食い下がる魚のように引き回されてはいたが、それにしても女の執念というのは凄まじいもので偶然ながらも少年を捕捉し、遂に射程へと捉えていた。

 

 彼女自身何を訊ね、何を納得したいのかはもう分からなくなっている。

 

 父も兄も彼女に見知らぬ相手への復讐など求めていないのも分かっている。

 

 少年が自分を助けてくれたのも理解している。

 

 でも、彼女は最初こそ虐めていたという相手が虐められてすらいなかったという事実に百面相するくらいの衝撃を感じつつ、その相手に興味を惹かれていた。

 

(此処って……歓楽街の横の地域って事しか知らないわね。そう言えば……)

 

 アミアルの最も愚かなところは本人に自覚がない事。

 

 それは何の自覚かと言えば。

 

「ぁ~~ん? お嬢ちゃん。此処は学生さんが気安く脚を運ぶところじゃないぜ?」

 

 彼女は世間知らずであった。

 

 しかも、ある意味で上流階級の闇は知っていても、下層民の闇は知らないという絶妙に噛み合わない一般人。

 

 要はお嬢様だったのである。

 

「あん? アンタら誰よ。さっさと消えなさい。この制服が見えないの?」

 

 残念ながら、彼女には下層民にとって、上の事なんてのは殆ど知られていない神秘に等しく。

 

 その子弟が通う学校を知っている博識なんてのは正しく高都の下町では一部のインテリくらいなものであるという事実も知らなかった。

 

 拳が少女の鼻を打ち据えた時。

 

(え?)

 

 彼女には何が起こったのか分からなかった。

 

「オイ。このガキ縛って転がしておけ。良いとこのお嬢ちゃんなら、そこらの歓楽街でも高く売れるだろ。今は何処も人が消えても軍警なんぞ動いちゃくれねぇ。歓楽街で消えたんなら探す事もねぇだろうからな。きひひ」

 

「―――」

 

 彼女は自分の鼻が折れている事も分からず。

 

 ただ、ボンヤリとまだ明るい空を見上て、自分のいる場所がそう言えば、薄汚れている事に気が付く。

 

 そして、そう言えば前に歓楽街よりも歓楽街の周囲には近付かないようにと母親から言われていた事を思い出した。

 

 何故なら、歓楽街の外側が最も高都で治安の悪い地域であり、軍警察が今回の戦争で大量に悪党や他の犯罪者予備軍を徴兵して戦線に投げ入れたせいで統制者の大半が消えて、更に無法地帯になったからだ。

 

 人が減った分、元々箍か外れ易い人々が何でもやり始めているという噂。

 

 薬や違法品の取引どころか。

 

 人身売買が更に横行している。

 

 なんて、噂は事実だが、警察は認めない話だったのだ。

 

 少女が力の入らない体でそのまま男達に連れて行かれそうになった時だった。

 

 男達が次々に痙攣して、バタバタと倒れていく。

 

 その様子にハッとして動き出そうとしたアミアルであったが、体に力が入らず。

 

「ぅ……」

 

 泣きそうな顔で何度も何度も立ち上がろうとするも、法衣の下半身にジワリと染みが広がるのを見て、情けなさにプルプルと震え始める。

 

『(´∀`)!』

 

『(・ω・)!』

 

『(´Д`)!』

 

 その背後で『助けてくれ~主~』と怪獣が現れた時に叫ぶ誰かのように少年を都合の良い事態収拾者として呼び出した蜘蛛達は少年がイソイソやってくるのを見て、『御嬢さんこれで大丈夫ですよ』と肩をポンポンする仕草をしつつ、現実に解らせられてしまった少女をヒョイッと腕の先で少年に向けて投げ上げた。

 

「はひゃ!? な、何!?」

 

 ようやく金縛りのような状況が解けた少女が慌てるも、全てが遅く。

 

 やってきた少年の腕に少女がキャッチされた。

 

「な―――」

 

「……また来た?」

 

「ッ~~~」

 

「あ、もら―――」

 

「ッッッ」

 

 それ以上言ったら殺すという眼光。

 

 恥ずかしさに死ねそうな少女は惨め以上の己の状況にポロポロ涙を零しながらも気丈に少年を睨む。

 

「………」

 

 少年は仕方なさそうにイソイソと少女を傍の歓楽街に連れて行く。

 

 あっさりと少女は出てきたばかりの歓楽街へと出戻る事になったのだった。

 

―――30分後。

 

 治療用の呪紋すら必要ない程に少女の鼻はいつの間にか治っていた(霊薬使用)。

 

 なので、少女が歓楽街でまたベクトーラのいる建物に運び込まれるとすぐに衣服の洗濯と体を洗う事になり、お水のねーちゃん(日雇い)という組織のコンパニオン扱いで働いている女性陣に連れられて30分後には妖しい衣装(夜の店用)を着せられて、ベクトの傍でお茶を飲んでいる少年の下へと連れて来られた。

 

「そういうわけだ。仕事の報酬は―――」

 

「別にいい。今日は世話になった」

 

「テメェは本当にそういうのがアレだな」

 

 少年達が会話を終えてアミアルを見やる。

 

 ピチピチした薄手の生地でスカートは超ミニ。

 

 ワンピースタイプの薄いドレスは白地に大きな赤い野花を書き込んで華やかな代物だったが、背中が大胆に開いており、下着までも見えそうだ。

 

 そもそも下着も履いてるのか履いてないのかというくらいに薄手の生地。

 

 元々、夜の店用なので勿論、スケスケな上に過激でギリギリ見えている程度の代物な上に形も明らかに過激過ぎてモザイクが掛かりそうであった。

 

「~~~」

 

 また別の意味で赤くなって少年達を睨むアミアルが、それでも何も言えずに俯いて、付き添いの女性に座らせられたソファーの前に果汁を注いだグラスを置かれ、プルプル震える。

 

「で、お前ならどれくらい掛かる?」

 

「1日」

 

「オイオイ。吹かすのも大概にって……言えねぇか。はぁぁ……解った。で、そいつはどうするんだ?」

 

「ウチまで届ける」

 

「お付き合いしてます~って?」

 

「ッッ!!?」

 

 茶化したベクトにアミアルが余計な事言うなと赤い顔で猛烈に睨み付ける。

 

「お~こわ。こんなチビの何処がいいんだ? テメェも物好きだな」

 

「何者も見た目に拠らない特技がある」

 

「ほう?」

 

「上流階級の屑女役としてたぶん高都一」

 

「あっははははは!! 違いねぇ!! 違いねぇ!!」

 

 思わずベクトがゲラゲラと笑った後、お茶を呷る。

 

「いっそ、劇団にでも売り飛ばしちまった方が世のカヨワイ上流階級女性陣の為かもな?」

 

「問題無い。本人が一番分かってる。自分の何がダメなのか」

 

「ッ―――」

 

「だとよ。良かったなぁ。アミアル・レンブラス。オレはこれでも結構、男にも女にも容赦なく罰は下す事にしてるんだが、その気も失せたぜ」

 

 溜息一つ。

 

 やれやれと肩を竦めたベクトが少年にカードを一枚渡す。

 

「そいつが地下地域の入場許可証だ。ぜってぇ、仕事以外じゃ墓の付近には行くなよ?」

 

「了解」

 

 少年が立ち上がって少女の傍まで来る。

 

「な、何よ……」

 

 警戒する少女をヒョイとお姫様抱っこした。

 

「な―――」

 

「じゃ、また後で」

 

「ああ、また後でな」

 

 執務室から出て、少女が顔を真っ赤にして降ろせと声を張り上げようとしたが、通路のあちこちに衛兵代わりの怖いお兄さん。

 

 全身モルドの元軍人崩れがウロウロしているので何も言えず。

 

 その男達に口笛を吹かれて、ニヤニヤ見られているのも耐えられず。

 

 思わず顔を覆って逃避する事しか出来なくなる。

 

 途中、夜の店の女達がそんな少年少女を見て、あらあら頭の御友人もやるわねぇみたいな顔になっていたが、建物を出て、少年が跳び上がるまでだった。

 

「え、あ、な?!!」

 

「舌を噛まないように閉じてた方がいい」

 

「そ、そら、と―――」

 

 少女は言われた事が護れなかった為、無事舌を噛んでしまい。

 

「ッッ~~~?!?!?」

 

 痛みに悶絶している間にも少年は怖ろしい跳躍力で高都を疾走し、その風に抱かれた少女は口の中の痛みにプルプルしながらも、その横顔を見てしまう。

 

(―――)

 

 それは何処か父や兄に似ていた。

 

 出征前に自分の頭を撫でた横顔に似ていた。

 

 そして、それはつまり少年はそういう立場なのだという事。

 

 それを少女はようやく知った気がした。

 

 命を懸ける者の顔。

 

 それを理解しているからこそ、彼女の中で今まで瞳が一つ多い少年へ蟠っていた拭い難い悪意が揺らぎ、氷解していく。

 

「……ごめん」

 

 その声は風に溶けて。

 

 しかし、その様子を背後からジト目で見ていた二機の呪霊機達は面白く無さそうに腕の1本や2本くらい消し飛んでれば良かったのにみたいな顔でどう外側から見ても、浪漫飛行している男女(物理)という図に不満な気配を醸し出すのだった。

 

―――10分後。

 

 高都の自宅の前に戻って来た少女は降り立った少年を前にして顔を上げる。

 

「アンタ……スゴイのね」

 

「スゴクない。全部、借り物」

 

「借り物?」

 

「誰かに力を借りたり、誰かから奪ったり、自分のものは何も無い。でも、だから、分かる」

 

「何が?」

 

「背負えるから背負うんじゃない。背負いたいから背負う。その背負い方は少なくとも自分を幸せにしない」

 

「ッ……」

 

「自分に出来る事はちゃんと覚えておくといい。少なくともそれは誰かと戦う事だけじゃない」

 

 少女は言われている事が分かる程度には聡明だった。

 

 仮にもロクシャの園に入っている時点で頭脳は明晰。

 

 しかし、親兄弟の死に曇っていた少女の心は僅か晴れたかもしれない。

 

「あ、帰って―――!?」

 

 その時、彼女が振り返ると兄の嫁が玄関先に来ていた。

 

 自分を見て驚いた彼女が何か迷ったような表情になるが、すぐにキッとした顔で少年の方に詰め寄る。

 

「ウチの子に何をしたんですか!?」

 

「!?」

 

 思わず彼女が思い出した。

 

 そう、今の自分はロクシャの園の制服ではなく。

 

 明らかにお水のおねーちゃんどころか。

 

 夜の蝶よろしく体を売る娼婦の衣装なのだと。

 

「あ、姉さ―――」

 

「貴女は黙っていなさい!! お名前をお聞きしても!?」

 

「アル・アーカ。アーカ家の居候をしている者です」

 

 彼女の兄嫁は強い人ではあるが、身重の身。

 

 それも竜角と竜頭と尻尾が揃った一人前。

 

 彼女の立場はそれよりも遥かに弱い。

 

「ッ―――そう、ですか。ですが、当家としても大事な妹殿に貴殿がどのような事をしたのか。聞く義務くらいはあると存じます!!」

 

 その怒気を前に彼女は自分を疎んじていると思っていた兄嫁の様子に思わず驚くしかなく。

 

「解りました。事情をお話しますので、不躾ながら上がっても構わないでしょうか?」

 

「無論!! レンブラスの家の子の事ですもの!!」

 

 兄嫁の受け答えに驚きながらも彼女は何度も自分から事情を話そうとし、その度に兄嫁から遮られ、最後には母親まで出て来て、事態は急速に彼女の手から離れていく事になるのだった。

 

―――2時間後。

 

「つまり、貴方様を尾行した当家のじゃじゃ馬娘が歓楽街の外にある無法地帯で攫われそうになっていたところに気付いて救い出し、ご自身の御友人がいる歓楽街にて傷の手当をした後、汚れていた衣類をその筋の女性方に洗濯され、その場所にある衣服を着せられて、此処まで連れて来られた。そういう事でよろしいのですね?」

 

「はい。アーカ家の家名に掛けて嘘偽り無いものであると証言します」

 

「――――――」

 

 もはや、彼女アミアルは心魂が抜けたような心地で話合いを聞いていた。

 

 そして、自分のやっていた事が明るみになった事で更に窮地。

 

 もはや勘当ものだろう話を前にして、真っ白な彼女は発言権も無かったので聞いている事しか出来なかった。

 

「ふぅぅ……解りました。アミアル」

 

「は、はい!! お母様!!?」

 

「……この立派な方に淑女の礼を。そして、この方に対しての数々の非道、非礼、淑女に有るまじき行為、罵倒の数々への贖罪を」

 

「あ、え、ぅ……」

 

「まずは礼を……」

 

 彼女の母親はまだ30代だ。

 

 若々しいとすら言える相手の声の後ろにある冷たい気配に背筋を伸ばした彼女は思わず直立不動の人形のようになって、淑女らしくお礼をする。

 

「本日は本当に我が身の危険を、御救い下さり……感謝の念に絶えません。今後も良きご縁が有れば、幾久しく我が家と良好な関係を御築き下されば幸いです。アル・アーカ様。本当に心より感謝申し上げます」

 

 アミアルが頭を下げる。

 

 それを見ていた母親が溜息というよりは安堵の息を吐いていた。

 

「当家の女として、まずこの子の非礼をお詫びします。そして……御救い下さったにも関わらず問い詰めるような事をしてしまい。本当に申し訳なく。この子のした事が許されるとは思えませんが、どうか何卒。何らかの罰を与えるのならば、現当主代行である我が身に……尊き方」

 

 立ち上がり、腰を折って頭を下げる母親。

 

 そんなものを初めて見たアミアルが、慌てて自分も頭を下げる。

 

「頭をお上げ下さい。ご本人からの謝罪だけで十分です」

 

 少年がいつものぶっきらぼうな様子とも違うのを見て、アミアルはこんな喋り方も出来るのかと何だか騙されていたような気分になる。

 

「元々、戦争に非が有り、ご家族の不幸が全ての始りでしょう。その犠牲者であるアミアルさんには同情こそあれど、本当の意味で謝罪を求める気持ちはありません」

 

「ッ―――御寛恕感謝致します」

 

 母親と共に兄嫁も揃って頭を再び下げる。

 

「確かに理不尽への思いを他者へと向けていた事には非があるでしょう。ですが、それもまたご本人が一番反省している事は見ていれば分かります。自分で反省している事を他人から言われる程に苦しいものはない」

 

「っ」

 

 自分の内心を言い当てられて、思わずアミアルは言葉も出なくなる。

 

「それに誰にでも誰かに想いを吐き出したい事はある。それは誰もが同じ事。故にこちらから言える事は今後ともその小さな淑女がどうか道に迷わぬよう、その温かく広いお心で導き続けて頂ければ……それだけで他に当方から言う事は何もありません」

 

「ぁあ、感謝致します。アーカ家の御曹司」

 

「いえ、妾の子ですので。御曹司等と言われるような者ではありません。今後ともアミアルさんとは縁が出来たと思い。仲良くさせて頂ければ幸いです」

 

 その言葉に兄嫁は涙まで流してさめざめと泣き始め。

 

「長らく御引止めしてしまい。申し訳なく。後々にアーカ家には当家から何かしらの賠償の品と贈り物を……」

 

「いえ、結構。もう随分と目の保養をさせて頂きました。これ以上を貰っては我が家の当主から叱られてしまいますので。まだ話していたいのは山々ですが、これより夜に人との約束があり、今日はこれで……」

 

「ああ、御引止めして申し訳御座いません。お見送りを―――」

 

「いえ、人に言えぬような付き合いがあるのは歓楽街に友人がいると言えば、お解りの通りです。どうか、何も見なかったと覚えておいて頂ければ」

 

 少年が立ち上がる。

 

「では、これで失礼致します。アミアルさんには優しく接して頂けば……暴漢達に殴られた傷は呪紋で治しましたが、心はそうもゆきません。それはきっとこの暖かなご家族の内でしか出来ぬ事かと思いますので」

 

 少年が軽く頭を下げてから、颯爽と黒い外套を翻して消えていく背中を母と兄嫁が見つめているものだから、彼女はもう自分の未来が予感出来てしまっていた。

 

 玄関が閉まる音。

 

 そして、数瞬の間。

 

「貴女ねぇ!? もう嫁ぎなさい!! あの方に嫁ぎなさい!?」

 

 兄嫁が最初に涙を溢れさせながら、彼女を揺さぶった。

 

「あ、あの、そ、そそ、その、姉さ―――」

 

「あんなにあの歳で出来た殿方なんていないわ!? ああ、何て紳士的で、それでいて影があって、まるで御伽噺の騎士様じゃない!?」

 

「え、あ、う!?」

 

 アミアルがその物言いに『いや、本当のアイツはぶっきらぼうな物言いしか出来ない。よく分からない奴』とか言えず。

 

「そうね……我が娘ながら、情けなく……本来ならば勘当して当然のところですが……あのお方の寛大なお心に救われましたね。アミアル」

 

「お、お母様……」

 

 母の重々しい言葉に少女がゴクリと唾を呑み込む。

 

「今後、あの方に対する無礼は無いと思いますが、お気を付けなさい。それとあの方には心を尽くして身を捧げなさい」

 

「な―――」

 

 その意味が分からない程、彼女は子供では無かった。

 

「本来、我が家としては貴女のしでかした事に付いて、生徒会より一切の非は当事者にあり、命以外の事に付いては関与しないものとする。そう通達が来ていたのです。あのお方が生徒会長を務める場所からの通達。我らのような中流貴族の傍系など比にならない権力からの命令に等しい話ですよ」

 

「ッ」

 

「ですが、貴女は生きて戻って来た。暴漢に傷付けられ、人並みの絶望を知って、それを救われる事なんて言うのは奇跡でしかない。そして、その奇跡は決して易くはないのです」

 

「奇跡……」

 

「急いで此処まで来たというのも貴方を辱めない為の事。それがどんなにも広い心での慈悲であるか」

 

「………」

 

「アーカ家の御当主はこの高都でも四卿に最も近いとされる者達の1人であり、本来なら我らなどその気になれば、連絡一つで家名も命も全て無かった事に出来るのですよ?」

 

「そ、そこまでの?」

 

 思わずアミアルが顔を上げる。

 

「御当主に当方からご連絡を差し上げます。もし先方からの御許可が出れば、貴女はあの立派なアーカ家の騎士殿に侍従としてお仕え為さい」

 

「え!?」

 

「嫌とは言いませんね?」

 

 母の迫力に彼女が思わず頷く。

 

「え、う、は、はぃ……」

 

「よろしい。その際には身も心もお開きなさい。全霊で御支えするのです。今後のヴァルハイルの未来を担うだろう方に……」

 

「未来……」

 

「今、戦況が良くないとの噂を幾つも聞いています。恐らくですが、今回の戦はヴァルハイルが負けるでしょう」

 

「ッ―――そんな!?」

 

 母の真面目な顔で言う敗戦に少女が衝撃を受けて固まる。

 

「目端の良い者はもう家族を高都から田舎の端に逃がし始めていますよ。ですが、あの方は高都にこれからも残る家の方。そこから先にどのような変遷を辿るかは分かりませんが、歴史に名は残るでしょう」

 

「(あいつがそんな……)」

 

「貴女も一人の貴族女として、この荒波の世に戦い抜かねばなりません。我が家はもしもの時は高都の人の壁として立ち向かう定め……女は逃げればいいなんて言うのも夫とあの子がいないからなんて言い訳も我らには相応しくない」

 

「お、お母様?」

 

「高都に敵が迫れば、我が家はまず間違いなく一番先に消える定めであり、我らはそのように生きます。お腹の子の事はもう頼んでありますし、恐らくお産は問題無いでしょう」

 

「お母様?!!」

 

 そこで母は娘を優しく抱き締める。

 

「貴女が我らより後に来る事を祈ります。それとお腹の子の事も出来れば、気に掛けてやってね?」

 

「ッ―――」

 

 母の覚悟の笑みを前にして横の兄嫁を見た彼女はようやく色々と最初から決めていたのだろう2人の顔に全てを理解する。

 

「話が決まれば、その次の日の朝一番でお行きなさい。今後、我が家の門を潜る時はあの方と共にでなければ許しません」

 

「……お母様ぁ」

 

 泣き顔をよしよしと少し強めに撫でて母は笑う。

 

「この世に敵も味方もありはしません。あるのは命の営み、その情と業のみ。どのような運命が待ち受けていようとも逃げられる者ばかりではない。その点において……貴方をこの家に産んでしまった事はきっと親として失格なのでしょう」

 

「―――ッ」

 

「懸命に生きなさい。それに応えてくれる方が貴女の人生にはもう見付かったのですから……」

 

 その日、とある家からとある家に連絡が行き。

 

『ああ、そうですかそうですか。それは何とも急だが、悪いお話ではない。いやぁ、ウチの愛しい息子殿もいつの間にかそういう歳かぁ』

 

 なんて、育ててもいない男は家に居候する少年の伴侶を適当に決めて、招き入れる事に決めたのだった。

 

 これが世に言う現地妻。

 

『……(T_T)』

 

 その話を横で聞いて共有した多くの蜘蛛達は真顔で思う。

 

―――ああ、主は愛され器質だなぁ。

 

―――でも、ニアステラで2回くらい死ぬんじゃ?

 

 こうして、4日目の朝がどうなるかは確定したのだった。

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