流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第60話「ヴァルハイルの鋼塊Ⅸ」

 

―――高都西部【機人街】。

 

 高都の西部には数少ない肉体のモルド化率が8割を超えた者達が住まう地区がある。

 

 その大半は貴族や商家のような裕福な家や一部の軍警察行政の高官であるが、同時に様々な理由から全身モルド化された者達もいる。

 

 その中でも奥まった錆びれた端にある孤児院はそういう特別な事情を持つ者達が住まう家だ。

 

 ただの孤児院ではない。

 

 軍研究施設の後援を受けた孤児院であった。

 

【呪装局】

 

 そう呼ばれるモルドの開発元は現時点で最高の全身モルドの出所であり、その大半は失敗作で、残った僅かなものが安全性の高い代物として一般に市販もしくは国家備品の類として製造して卸されている。

 

 彼らは器廃卿が元々は作った組織であるが、今は国家運営の国営組織であり、国是となった肉体補強による精強さと長寿化に拠って、死産として扱われる赤子や明らかに生きられ無さそうなヴァルハイルという種族の末達に生体実験を行っている。

 

 表向きは生きられない赤子への慈善事業だが、裏では被検体だと陰口も叩かれる子供達。

 

 彼らは他の種族ならば、産まれた先から殺されているような状態を全身モルドに置き換える事で生き延び。

 

 今や貴重な生体サンプルとして生かされ、毎年成長に合わせて機能を拡張。

 

 こうしてヴァルハイルはモルド化技術を今も進展させている。

 

「はーい。今日は歓楽街のおにーさん、おねーさんの劇よ~~。夜は起きていられるかな~~? 年長さんやお兄ちゃんお姉ちゃんと一緒に見ましょうねぇ」

 

 そんな善悪表裏の孤児院は清潔で白い建物は純白だ。

 

 中にいる子供達は脳と脊椎以外は全てモルドという状態であるが、容姿が数パターンあって同じ姿の子達がいる。

 

 身長が違うなどの事を事を除けば、見分けはそんなに付かないかもしれない。

 

 それでも彼らは普通に過ごしているように見えていた。

 

 孤児院は成人と認められる15歳まで入る場所であり、その後は彼らも通常の学校に通いながら、国家運営の様々な組織に配属される事が決まっている。

 

 だが、曲りなりにも高価過ぎる肉体を使っている手前。

 

 多くの資金は肉体の改良や維持、新型モルドの研究開発に取られており、決して裕福な暮らしというわけにはいかず。

 

 最低限以上の暮らしはしているが質素を絵に描いたような場所には嗜好品は多くない為、そういう点で何処からも寄付や募金、慈善活動を受け付けている。

 

「今日は期待しててくれよな!! 新入りもいて、新しい演目に挑戦するからさ」

 

 歓楽街の劇団。

 

 嘗ては歌劇場で働いていたが、裏社会に已むに已まれぬ事情でやって来たのをベクトがスカウトした者達である。

 

 彼らはこの数か月ですっかり慈善事業という体で高都の大きな組織に入る子供達に取り入っていた。

 

 見目麗しい美男美女が揃っていれば、子供だって笑顔を向けられればチヤホヤしてくれる彼らに首ったけ。

 

 正しくアイドル張りに歌劇団は子供達の人気者だ。

 

「(ほら、笑って笑って)」

 

 薄い軽装の騎士甲冑に刃を潰した帯剣を履いた少年はさっそく仕事の為にその劇団に入って孤児院に潜入していた。

 

「………」

 

 作り物めいた笑顔で手を振った少年を横から見ていた劇団の女性キャストは『これが作り笑顔ねぇ……』と自然にも見える笑顔と先程までの顔の落差に芝居に向いていそうな若者へ目の色を変える。

 

 だが、生憎と彼らの上司である年下の頭からは何も聞くな見るな知るなの三原則を言い渡されている為、彼らは少年にはまったく業務連絡以外はせず。

 

 夕食後に始まる事になっている歌劇の内容を確認後、少年にも喋らない配役を渡して、さっそく説明を始めていた。

 

「ベクトさんからは訊いてます。取り敢えず、此処での事件の説明なんですが……」

 

 そう座長である30代の男がこの周囲で起こっている事件について話し始めた。

 

 少年はその話を聞きながらベクトからの依頼を思い出す。

 

『要はだ。子供が殺されてる』

 

 その話だけで解決せねばならないと息巻く者はいるだろう。

 

 しかし、その中身を聞いても関わりたいかと言われれば、殆どの者は身を引くだろう話を少年はアミアルが来るまでの時間で聞いていた。

 

 話は遡る事、数年前。

 

 高都に突如として殺人鬼が現れた事に始まる。

 

 最初、その殺人鬼は夜にしか出ないから夜中の襲撃者と呼ばれていた。

 

 しかし、軍警察はいつまでもソレを捕まえる気配が無く。

 

 捜査してはいるのだが、捕まえたという話を聞かないままに事件は風化。

 

 しかし、裏社会では毎月のように何処何処の誰々が殺されたという確かな情報が上がってきており、軍警察もそれは承知していたという話。

 

『だが、その話がそれから聞かなくなって半年くらいか。そこから今度は機人街で子供の死人が出るようになった』

 

 少年が訊ねるとベクトは言葉も重く。

 

『全身モルドの中身だけが殺される怪奇事件でな。外側から開けられた様子もないのに内部の生身が損傷して死んだ状態で子供が発見される。それも半年に1人。必ずその街の子供でな』

 

 子供?と聞けば、ベクトはすぐに情報を出して。

 

『犯人は解ってる。コイツだ』

 

 少年の手前の虚空に画像情報が呪霊機で写し出される。

 

『全身モルド……でも、これって……』

 

『分かるか? こいつは金属製じゃない』

 

『生身で造られたモルド?』

 

『そうだ。正確には生物の細胞と金属を合わせて造るらしい。呪装局ってのは正式名称を【高都高等呪具装具生産研究機構】つってな』

 

『長い……』

 

『ドラクとモルドの設計と少数の高度機能付きはこいつらが主に作ってる。高都の工場地帯の生産現場もこいつらと商家連中が仕切ってる所だ』

 

『コレは?』

 

 少年が見せられたのは全身のパーツ痕らしきものがある灰色の全裸の人型竜。

 

 だが、性器などは無く。

 

 完全に兵士などが使う全身モルドのようなのだが、それにしても生々しい質感の肌は金属という様子では無かった。

 

『軍のお偉いさんがポロッと零した話しによるとだ。霊力を通す金属が今のところ発見されてないから、常にドラクやモルドは電力での代替や霊力を流す管を使って疑似的に肉体の延長として魂に錯覚させ動かしてる』

 

『ふむふむ』

 

『だが、生身ならその必要はねぇんだと。ただ、モルドとしての耐久性を考えると金属はどうしても使いたい』

 

『それで?』

 

『……死産した赤子の肉体、亡者を金属と合成して材料にしたんだと』

 

『無謀?』

 

『いや、それがそうでもない』

 

『本当に?』

 

『亡者の魂を霧散させて、残った抜け殻を材料にしたところまでは良かった。金属を肉体に織り込んで定着させるのも上手く行った』

 

『致命的な事が起きた?』

 

『ま、そういう事だ。中に入れた生身が魂の形に引き摺られる。だったか?』

 

『引き摺られる?』

 

『要はだ。亡者の亡骸は亡者の魂の形じゃないとしっくり動かねぇらしい。でも、無理やりに馴染ませると動くには動く。それもちゃんと動く』

 

『中身は?』

 

『そういう言わないとこが分かるのは好きだぜ? そういうこった。モルドからの影響で中身まで亡者になったらしい』

 

『新型の、最新型の兵器が亡者化した?』

 

『そーいうこった。しかも、性質が悪い事にコイツは新型モルドの試験機で大量の機能が載ってた……』

 

『警察じゃ手に負えない?』

 

『四卿が出張った事もあるらしい。だが、逃げられたんだと。ソレはとにかく感知能力が桁違いだとか。四卿だって、そんなもんの為に高都を吹き飛ばす戦闘はしなかったわけだ。でも、最初は良かったんだよ。肉体を維持出来ないと考えられてたからだ』

 

『栄養補給でも必要?』

 

『ああ、肉体的な栄養じゃない。そいつの動力源が霊力だからだ』

 

『……魂を喰う怪物?』

 

『ああ、そういう事だな。霊力を変換して雷に、それで金属部分を動かしてるんだって話だ。そして肉体は小型のドラクの機能で細胞を維持して、霊力を魔力に置換して動かす。でも、二重に使うって事は霊力を馬鹿食いする』

 

『つまり、霊力が枯渇する前に人から摂取してる?』

 

『ああ、そうだ。ついでにより純度の高い霊力を欲してるそうだ』

 

『子供……』

 

『今回の標的が霊力喰いの化け物って事は普通に考えたらマズイって事だ。ヴァルハイルには霊力関連の呪紋が殆どねぇ』

 

『致命傷になる呪紋や武器が無い?』

 

『物理的に破壊しなきゃならねぇが、相手が逃げ回ったんじゃ捕まえ切れねぇ。ついでに相手の能力が高過ぎて壊すにはドラク5機分くらいの火力がいるんだと』

 

 もう此処は馬鹿力を単騎で出す個人戦力とか欲しいよなぁという話に頷いた少年はそうして此処までやって来ていた。

 

「あ、劇団の皆さん。子供達の為に来てくださって、本当に何とお礼を言ったらいいのか。歓楽街の方達には近頃良くして頂いて」

 

 少年が園内を観察する中。

 

 劇団の全員が愛想も良く。

 

 いや、実際に作り笑いも無く。

 

 子供達の為ですからと心からの会話をしている横で少年はイソイソと孤児院内のトイレに向かうと言い置いて内部を観察する。

 

 そして、子供達が遊んでいる様子や孤児院で成人後に子供達の面倒を見る兄姉達を見てから、僅かに思案顔になった後。

 

 指を弾いた。

 

「………」

 

 そして、イソイソと劇団の場所まで戻る。

 

「さ、開演だ。行くぞ新人君」

 

 数名で構成される歌劇団は歌有り、踊り有り、剣劇有りという正しく庶民の娯楽を代弁してくれる存在だ。

 

『紳士淑女の皆々様。本日は歌劇団【落日】の講演にお集まりくださり、誠にありがとうございます。さて、本日の演目は彼の【器廃卿】と若き姫の物語。俗に【森衛る騎士】のお話にございます』

 

 本日の演目は旧い御伽噺。

 

 しかし、知らぬ者も無い御伽噺。

 

 とある姫と臣下の恋物語。

 

 最弱のヴァルハイル。

 

 竜人がそう呼ばれていた頃の話。

 

 邪悪なる神々の手による侵略を退けた聖姫の称号、その始りの人。

 

 彼の姫は滅び掛けた一族を再興する為、1人の風変りな少年と旅に出る。

 

 北部の各地を隠れ忍びながら旅をして力を集め、呪紋を集め、追手を撒いて、多くの同胞を導いた。

 

 だが、悪辣なる神々はその姫を打ち倒す為、次々に刺客を送り、遂に安住の地を見付けた一族が森の中に作った村を焼き討ちする。

 

 それから同胞達を護るべく。

 

 彼女の騎士は戦い続けた森が灰になり、彼の背後に誰がいなくなっても、一人たりとも敵を通さず。

 

 全ての襲撃者を討ち取って尚、倒れなかった【森衛る騎士】。

 

 その名はヴェルゴルドゥナと言った。

 

 そして、姫は語る。

 

 いつか、この世界の多くの種族達と一緒に幸せに暮らせる時代が来たらいいのにと。

 

「我が騎士!! 我が騎士!! ああ、何てこと!?」

 

「どうか泣かないで下さい。我が姫、我が肉体は鋼の如し、我が魂は鉄塊より堅し、なればこそ……かよわき姫よ。貴女の眩さが私には必要なのです。だから、お早く。お早くお逃げ下さい」

 

「そんな!? 誰か!! 誰か!! この人を助けて―――」

 

 一室の舞台はチープな造りだ。

 

 しかし、劇の演者は一流。

 

 そこが例え、子供のお遊戯会の会場だとしても最後まで本当の騎士と姫のように語り合うだろう。

 

 劇が終盤に差し掛かった時だった。

 

 姫の護衛役の少年が虚空に斬撃を飛ばしたと同時に姫と騎士を護るように剣で虚空からの襲撃を受ける。

 

「え?」

 

「へ?」

 

 そんな事は台本には無い。

 

 だが、少年は見事に見えないソレを推し留めてみせる。

 

「我らが宝たるお二人を死なせるわけにはいかない!! 今はお下がり下さい!! 我が剣が折られる前に!! 卑怯なる見えざる襲撃者よ。我が剣はこの騎士殿に劣らぬと知るがいい!!」

 

 棒読みというよりは子供にも分かり易いハキハキした演技で少年がギュリンッと刃の落ちた剣で見えざるソレの腕を切り落とし、同時に呪紋を即時放出。

 

 三つの呪紋が同時に対象を三方向から襲う。

 

 一つは真下からの【ウィシダの炎瓶】。

 

 一つは全ての攻撃を封じ込める神聖属性結界呪紋【マージクの盾】。

 

 一つは相手の動きを封じる土属性攻囲呪紋【マウラスの澱】。

 

 元々、全てフレイが持っていた呪紋だ。

 

 神聖騎士として使っていた呪紋の殆どを使わせず。

 

 瞬時に無力化した事から使う事も無かったのは少年にしても中々にして予備動作や呪紋の詠唱が長く。

 

 精霊を使ってすら数秒のタイムラグが出るという致命的な隙があったからだ。

 

 だが、今の少年にそう言った心配は無い。

 

 そうして、少年が刃の無い刃で相手を唐竹割に両断する。

 

 結界の外からそのままだ。

 

 結界は円筒形の内部からの攻撃には強いが、外からの攻撃には弱い。

 

 相手を拘束して叩き切る為の呪紋を二つ使った為、相手は逃げる事も許されずに炎で直火焼きされながら結界内で両断されて破壊。

 

 しかし、その痕跡すら残さずに燃え尽きた。

 

 結界内部で重力による圧縮で傷口が開き、内部から焼き尽くされたのだ。

 

 その派手な演出に声も出ない子供達を前にして少年は一言。

 

「どうやら、敵は複数!! 2人を追わねば!!」

 

 そう言って舞台裏に下がる。

 

 そして、思い出したように環境音の挿入を行っていた術師が盛大にエンディングの曲を流し始めて、子供達は呆然としてそれを聞いていたのだった。

 

 *

 

「いやぁ、今日は盛大に喜ばれましたね。どうです? ベクトーラ様に頼んでみるので一緒に劇団をやりませんか?」

 

 少年が苦笑気味に首を横に振る。

 

「そうですか……いや、惜しい逸材だ。まさか、襲撃がこんなところで起こるとは思ってみませんでしたが、結果は上々。戻ったら報告しておきます。そちらは?」

 

「まだ、仕事が残ってる」

 

「そうですか。解りました。では、これで……」

 

 数名の劇団員達に手を振った少年が孤児院の前でとっぷりと暮れた宵闇の最中。

 

 ゆっくりと門扉を推して開き。

 

 内部に入り込む。

 

 そうして歩いて孤児院の庭にやって来た。

 

「おや? どうかしましたか?」

 

 そこにやってきたのは孤児院の職員。

 

 50代の女性だった。

 

 劇団員達を褒めて劇に目をキラキラさせていた彼女と少年を微笑ましい様子で他の職員達も子供達の相手をしながら見ている。

 

「最後の仕事をしに来た」

 

「ああ、何か忘れ物でも?」

 

「ヴァルハイルを何人食べた?」

 

 世界がひっくり返るかのように今まで騒がしかった孤児院の庭には風音だけが広がっていく。

 

「ふふ……どうやら貴方は騙せなかったようですね」

 

 普通のおばさんに見えた女が微笑んで庭に置かれた切り株の椅子に腰を下ろす。

 

「さて、どこから話しましょうか?」

 

「見ていれば、大体解った。此処の子供達がもう死んでるのも」

 

「……全てお見通し、ですか」

 

「中身が死んだ個体が見付かる理由は見当が付く。霊力の収奪時に霊体で相手を傷つけると中身だけ傷付いてたから。違う?」

 

 彼女の目が僅かに細められて、何処か苦し気に俯く。

 

 それと同時に少年の目には見える程度の早さで小さな背中が次々に彼女を護るように集まって来て、その子供達……大きな者も小さな者も全てが両手を鋭いモルドの爪に変化させて構えを取る。

 

「お止めなさい。実力は見ました。勝てません」

 

 その言葉に苦し気な様子となった子供達が項垂れるようにして構えを解いて、俯いて唇を噛む。

 

「亡者が死んだら亡霊になる。でも、死んだ亡者の体に新しい亡霊が憑く事は無い。理由は単純。魂の形が違うから肉体に定着出来ず自分を維持出来ない」

 

「ええ、そうですね。魂そのものに同居したり、寄生したりは可能かもしれませんが、家そのものに別の家の家具を備え付けるのは見栄えが悪いですよね」

 

 女が肩を竦める。

 

「我らは【廃竜機人】スクラプ……我らの事を研究者達は“使い捨ての偽物”と呼んでいましたね」

 

「原因は恐らく“亡者になった別種族を使ったから”……違う?」

 

「そこまで分かるのですか?」

 

「ヴァルハイルはある意味で気高い。同族の死体で試すより先にする事があると考えるのが妥当。そもそも何世代かで違いがあるとも聞いてる」

 

「その通りですよ。まるで、全てを見て来たようですね。若き騎士よ」

 

 彼女が寄って来る不安そうな子供達の頭を撫でる。

 

「私が始まりの個体です。逃げた当時は何が起こっているのか分かりませんでした。ですが、“食事”をする度に思い出していくのですよ。私がどんな扱いをヴァルハイルで受けたのか」

 

 女は己の手を見つめる。

 

「そして、死後……どんな事をされたのか。理性が戻り、正気が戻り、食べれば食べる程に受け付けなくなる食事……ふふ」

 

 思わず自分を嗤う彼女が少年を見やる。

 

「解りますか? 自分は自分ではない。私という形の中身は当の昔に消滅している。しかし、ヴァルハイルの技術はある意味で進み過ぎていた」

 

「記憶の再生?」

 

「ええ、正確には魂の記憶の再生。この肉体に使われた他種族のとある女は奴隷だった。そして、あまりにも残酷に殺された。身ごもった赤子共々。その後の肉体の使われ方まで含めたら、私は今までの行為を正統なる復讐と嘯けますよ?」

 

 女の瞳は真実、嘘が無かった。

 

「ヴァルハイルは生身のモルドを造る為、他種族の死体を使った。そして、中身にヴァルハイルを使った。しかし、その最適化という処置は……中身を肉体に適合させる。つまり、中身そのものを肉体という魂を覚えているソレに近付ける行為なのです」

 

 少年が思っていた通りの話に目を細める。

 

「その結果、使われた肉体の個人の記憶を持つ人格が再現される? 元の中身の人格は?」

 

「消失します。魂に記憶を少しずつ上書きするようなものですから」

 

「……魂の捕食でその進行が進む?」

 

「はい。結果として過去の個人と同じ人格まで至った者が私を含めて12人。この子達は中身の半分程はもう肉体製造に使われた他種族の子供達ですね」

 

「……何人食べた?」

 

「完全再現までに凡そ他者の魂を12人。その後は食べなくても記憶は維持されますが、食べなければ1年と持たずに死ぬでしょう。いえ、それもおかしな話ね。私達はもはや動く死体。頭の中身はヴァルハイルでも魂は別人。ある意味、動く亡者よりも性質が悪い……」

 

「どうやって増えた? それとも最初から……」

 

「新型モルドの実験はこの10年継続されています。そして、継続されている故にこの子達は増え続けています」

 

「モルドは成長に伴って換装するんじゃなかった?」

 

「……換装したモルドを改造して再換装すればいいだけの話です」

 

「どうしてバレない?」

 

「仲間達が一部の部署の仕事を掌握しているからですよ」

 

「バレたら即死」

 

「ええ、ですから、それなりに個人の努力で綱渡りをしているわけです。貴方が殺した子は我らの中で一番気性が荒い子でヴァルハイルを食い殺すのに何の痛痒も無いと言うような子でした。でも」

 

 女は少年に苦し気な笑みを浮かべる。

 

「それですら涙も流せば、嬉しいという感情もあった。我らが犠牲者だと言うつもりはありません。ですが、此処が我らの最後の安住の地である事に疑いはありません」

 

「どうして子供やこちらを襲った?」

 

「もう限界に来ていたから」

 

「限界?」

 

「我らの子供は子供の魂でしか飢えを凌げません。成長に伴う魂の質が同じでないとどうやら子供は魂が維持出来ない。これでも限界まで空腹になる手前で悪ガキと近所から称され、孤児を差別していた子を食べて来ました」

 

「今日のは?」

 

「最後の腹ごしらえのつもりでした」

 

「最後の?」

 

「本来ならば、近日中に此処を引き払い。我らはヴァルハイル軍を襲うつもりでした。種族連合とて、こんな化け物を戦争以外で使う気も無いでしょう。それとも我々の生贄になる相手を供給してくれるとでも?」

 

「……ドラクを相手に戦えばさすがに死ぬ」

 

「ええ、壊れて死ぬ者もいるでしょうが、本望ですよ。我らの怨みは深い。それに自分が化け物になってしまったという自覚くらいはあるのです」

 

 女が暗い瞳で自分の両手を見やる。

 

「魂を食べねば擦り切れて死ぬ。ヴァルハイルとはいえ、同じ知能ある人外を喰って生きるのです。普通でいられると思いますか?」

 

 女が立ち上がって、体の表皮をゆっくりと頭から脱ぎ捨てる。

 

 その中身は少なからず……少年が見たモノの中で一番近いのはアーカ家の女中型呪霊機であった。

 

 が、それよりも極めて重要なのは大量の仕掛けが施された肉体には武器が詰め込まれているという事だろう。

 

 ドラク用の鋼材を共に用いてるならば、殆ど生身のような造形の癖に強度はドラクに近い上、俊敏性が見込めるのだ。

 

「この皮は誰のモノだと思います? この子達とて、全員食べはしました。この新型モルドを使い続けている者は総勢で83名。その半数以上が記憶を取り戻している。食べるものに困ったら、歓楽街の悪党共の中でも消えて問題無さそうな連中を食いましたが、秘密保持の為に関係の無い良い人格の相手さえ食って来た」

 

 少年を前に女が鋼とも生命とも言い難い肉体を晒す。

 

 それは50代の女ではなく。

 

 完全に半機半生の生物染みた化け物に見えた。

 

 動く鋼のような肉体のあちこちに刻まれた呪紋の刻印。

 

 更には肉体内部に仕込まれた骨と連動する刃物の数々。

 

 呪紋を集束して打ち出す為の機構すら四肢に内蔵している。

 

「歓楽街の講演を受け入れたのはそういう理由?」

 

「いなくなっても困らない人間を最期に捕食する必要があったのですよ。実は監視が厳しくなってから殆ど食事を取れていないもので」

 

「……つまり、栄養補給出来なければ、どの道此処で化け物騒ぎが起きて軍に鎮圧されてた?」

 

「ふふ、有体に言えば、詰んでいたという事です」

 

「大体分かった。じゃあ、どれか選んで」

 

 少年の言葉に女が僅かに怪訝そうな顔になる。

 

「1……此処で空腹の化け物になって見知らぬ幸せかもしれない誰かを殺して、軍に処分される」

 

「最悪の選択肢ですね」

 

「2……今から化け物になって人を襲った後、その脚で軍部や行政区画を襲って、相手を苦戦させつつ化け物として高都と戦争をして仲間達と一緒に削り殺される」

 

「1よりはマシでしょう」

 

「3……自分を化け物だと自虐しながら餓死する」

 

「無しですね。いえ、それを選ぶ子もいるでしょうか」

 

「4……化け物を止めて、ニアステラに協力する」

 

「え?」

 

「新しい体、命、生活……衣食住の全てをこちらに任せる代わりに命を以て仕事をする」

 

「―――貴方は?」

 

 少年が背後に現れた二機の呪霊機。

 

 フェムから妖精剣を受け取った。

 

 そして、驚きながらも自分が何者かを悟った相手に剣を向ける。

 

「5……自分は化け物だと自虐しながら此処で殺される。どれがいい?」

 

 女が子供達と少年を交互に見やり。

 

「……4は可能とは思えません。我らはもう同族食い。人型を喰った者を誰が信用すると言うのです?」

 

「答えを聞いてる。助けて欲しい?」

 

 少年は何でも無さそうに聞く。

 

 そのあまりの軽さに女はそれ以上の問いを発する事も出来ず、僅か沈黙し、口を開いた。

 

「誰だって……誰だって自分と喋れる何かを食べたりしたくないなんて当たり前なんですよ!!」

 

「それはそう」

 

「それに慣れるのが怖くて!! どれだけ食べても自分は偽物に過ぎなくて!?」

 

 あまりの状況に女が叫ぶ。

 

 それと同時に子供達が涙を浮かべて震えながら俯いた。

 

「亡者のままなら!! こんな意識なんて持たなかったら!! それだけできっと良かったのに!! 吐きながら死体から霊体を吸い上げる時の感触を知ってますか?! 生暖かくて、口に入れるだけで、体に入れるだけで断末魔が響いて来て!? 吐いたら生きられないから必死に口を押えながら涙を零して喉に押し込んで!?」

 

 女の声で泣き出す子供は多数。

 

 大人達とて苦し気に震える者しかおらず。

 

「でもね? でも、魂が感じるんです!! 美味しい!! 美味しい!! これで生きられるって!! 憎い種族を殺せって!! 自分が、本当の私が死んだ時の事を思い出すんです!!」

 

 完全に項垂れた女が両手で顔を覆う。

 

「誰もッ、誰も助けてくれなかったじゃない!!? 今更!! 今更ぁ!!」

 

「お涙頂戴は余所でやって欲しい。こっちは仕事。仕事は最後までやる。助けて欲しいのか。それとも殺して欲しいのか選べ。化け物かどうかは好きなだけ自分で決めればいい」

 

 その言葉で女が瞳を燃え上がらせ。

 

 そして少年の真っすぐな瞳を前にして苦し気に拳を握り、降ろした。

 

「私の事はいいんです。でも、この子達は……この子達だけは……」

 

 少年が頷いた。

 

「子供の数は?」

 

「74人……まだ子供達ばかりです。大人は私の例から少し後に製造が中止されましたから……」

 

「解った。全員集めて欲しい。それと」

 

 少年が女に緋色になっている白霊石を放る。

 

「ッ―――こ、これは……霊力? ま、まさか?!! ヴァルハイルが長年ずっと探していた!!?」

 

 少年がガシンがまた『オレは樽。オレは樽』とブツブツ恨みがましい視線で見て来る気はしたが、仕方ないと肩を竦める。

 

「化け物から単なる人殺しに戻りたくなるまで使えばいい。それで大人も踏ん切りの付かない子供も全員分、しばらくは持つはず」

 

「貴方は本当に一体!!? 種族連合ではないの!?」

 

 そこでようやく背後の二機が溜息を吐いてドヤ顔になる。

 

『まったく、化け物にも成れない一般人程度がこの世の絶望を全て知ったような顔になって苦笑しかでませんわね』

 

『まったくです。百万の亡霊を打ち倒し、百万の亡者を薙ぎ払い、冥領すら従えた我が契約者を相手に化け物ごっこで悲劇ぶるとは』

 

「な?! 呪霊機が喋るですって!?」

 

 二機が腕組みをして何故か少年よりも偉そうに少年の上に付ける。

 

『無数の蜘蛛を焼き滅ぼし、覆滅せしめた。魔蟲ウルガンダすらも平伏した真なるツワモノは此処にいるのですわ』

 

『亡王エンシャクすら下した我が契約者は神すら切り裂きし、真なる亞神。それが今やヴァルハイルに降り立ったのよ』

 

 彼女達がハモる。

 

『『我らがニアステラの英雄は王為りし器』』

 

 その場の誰もが僅かに半歩後ろに下がっていた。

 

『『何れ、この島を我が物とするでしょう』』

 

 芝居を見た影響なのか。

 

 芝居掛かって2人がドヤ顔で何故か得意げに語る。

 

「いや、そういうのはいいから。還元蝶」

 

『あぅぅぅ……もう白霊石はあげたのだから、それでいいのではなくて!? まだ一杯あるから安心してたのにぃ~~!!?』

 

 いきなり涙目になったエルミに本音はそっちかと少年がジト目になる。

 

『まぁ、いいのでないかしら? 還元蝶なんて腐る程有るし。というか、どうして持って来てるの?』

 

 フェムの言葉に少年がエルミを見やった。

 

「絶対、手放したくない。傍に置いておきたい。いつ転生したくなるか分からないってダダを捏ねられた」

 

 言ってる傍から少年がエルミに手を出すと還元蝶の入った袋が呪霊機エルミ自身の腹部が僅かに開かれて内部から取り出され、ついでに大霊殿の主から貰った杖も手渡される。

 

『中身がスカスカだからってアレを自分の中に入れるとか』

 

 思わずフェムがエルミから距離を取る。

 

 それは何か汚らわしいと滅茶苦茶言いたげだった。

 

 そんな三人の漫才を見ていた彼女が目を見開いて、『ああ』と思う。

 

 確かに自分達は一般人なのだろうと。

 

 目の前の相手達からすれば、素人も同然に違いないと。

 

「で、どうする?」

 

 少年が剣と杖を両手にして訊ねる。

 

 それは長らく彼らの間で語り継がれるだろう。

 

 剣か杖か。

 

 それは極めて重要な暗示であり、同時に彼ら新たなる種族を祝福する象形となるのだから。

 

 その日、気の抜けた劇薬のような三人を前にして“被害者”にして“加害者”は助けてと正直に言う事が出来た。

 

 恰好を付けて死ぬよりも、目の前の何処か自分達とは根本的に違いながらも、人の気持ちを訊ねてくれる存在に最後くらいは賭けて見よう。

 

 そう彼ら自身が思ったからだ。

 

 その日以来、高都に化け物による行方不明者が出る事は無くなった。

 

 ただ、孤児院と呪装局の局員の一部が失踪し、ニアステラに新しい種族が増えたという事だけが事実であった。

 

 いきなり夜に帰って来た少年に名前を付けてあげてと無茶ぶりをされた蜂尻尾の少女は彼らの身の上を聞いて涙を瞳から駄々洩れさせながら、こう言った。

 

「じゃ、じゃあ、神様達に祝福して欲しいから【マーカラ】ね?」

 

 少年が砂浜で集めた転生に同意した者達を大量の還元蝶によって転生させた時。

 

 蜥蜴ではなく。

 

 人型の各種族の人型呪霊機に見える容姿になった後、金属光沢以外では統一感が無い彼らは……結局、先住者達の下に着く事になる。

 

『たいちょー!! またしんいりです!!? また、ごしゅじんさまがつれきたようです!!』

 

『へんきょーはく!! ごしゅじんさまが我らと同じようなやつらをー!!? われらのちいがおびやかされてしまう!?』

 

 近頃、言葉がドンドン拙くなっている気がする機械蜥蜴系ヴァルハイル人材達が自分達と同じような相手の登場に砂浜で泣きながら互いに抱き合う者達の様子に危機感を覚えたのだった。

 

 だが、哀しいかな。

 

 彼らは幼女よりも普通に大きなお友達であり、言葉も堪能で運送業以外もキッチリ出来る有能な人々であった為、逆に幼女達は面倒を見られてしまう事になる。

 

『わーやめろー!? わたしはたいちょーだぞ!? えらいんだぞー!? あたまをなでるな!? ここのとーもくなのにぃ~~~!?』

 

『こ、こらぁ~貴様らの上官である我が頭をナデナデするでないわ!? 我は辺境伯であるぞー!? え!? こんな幼女が鋼鉄騎士のわけがない? 鋼鉄騎士は裏切り者の淫乱ド変態美少女―――げふぅ?!!』

 

 涙目になった教会とヴァルハイルの二大幼女は弱点を突かれて涙目のままにお兄さんお姉さんぶりたい子供達の手で可愛がられ、可愛い先輩くらいの立ち位置でお仕事を指導させられる事になる。

 

 子供達曰く。

 

 たいちょーちゃん。

 

 へんきょーはくちゃん。

 

 2人は仲の良い姉妹みたい。

 

『『そんなわけあるかぁー!!?』』

 

 こうしてニアステラの野営地には新しい仲間が加わったのだった。

 

 それを遠方に見ていたまだ転生の踏ん切りの付かない大人達はそれでも新たな環境を前にして、子供達の見ていない砂浜の端の海岸で少年に跪き。

 

「此処に至ってはもう信じるしかないのね。ニアステラの英雄……あの子達の笑顔の為なら、我々は最後まで貴方に付き従いましょう」

 

 数名の大人達を前にして少年がリケイに事情を説明し、服従の呪紋をその背中に刻んでいく。

 

「して欲しい事がある」

 

「何なりと。我らの主よ」

 

「この野営地の護衛。そして、人々の盾として戦って欲しい」

 

 少年はこうして暗部とも言うべきだろう者達を手に入れ、その統括とメンテナンスをリケイに頼んでまた仲間達とロクに会話もしない内に転生を終了させ、高都へとんぼ帰りする事となる。

 

 その夜、呪霊機に連絡を貰ったベクトーラはさっそく一件解決したと報告を受けて、もうあいつ一人でいいんじゃねぇかなと内心で呟くのだった。

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