流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて- 作:Anacletus
第一野営地を拠点とするニアステラの遠征隊。
アルマーニアを筆頭にした亞人種族の集合体、俗に北部勢力と野営地で呼ばれる彼らはその野営地最大の戦力である少年達の強さに付いて常々情報収集を行っている。
だが、ある意味でそれは無駄な話でもあった。
理由は単純に彼ら遠征隊の手足に等しい蜘蛛達の強さがそもそも日常的に彼らが使う兵力を軽く凌駕していたからだ。
戦わない蜘蛛ですら主と同じだけの呪紋が用意出来るのだから、戦闘を後方から呪紋で下支えする事が可能ならば、蜘蛛達は全てが全て兵力に転用出来る。
毎日、黒蜘蛛の巣から精霊に引かせた馬車でやって来て、お店を街区で開き始めた蜘蛛達はもうアルマーニアにも無くてはならない人材だ。
避難民達の西部への入植は事実上、蜘蛛達の黒蜘蛛の巣に間借りさせて貰っている上、必要物資の8割以上は蜘蛛達が生産しているのだから。
それを生かす為の様々な職業に付いては近頃お金や先立つもの、つまり資産の無い種族が増えた事から蜘蛛達が亞人達の弟子のような立場で金や対価らしい対価も得ずに技術と知識だけ習得するのを条件に労働力として働いて補っている。
その為、北部の戦線に取られた働き手の代りは彼ら以外にはいなかった。
「あ、蜘蛛さんだー。こんにちわー」
「(・ω・)/」
『や、こんにちわ』と言いたげな蜘蛛達がアルマーニアの街区では子供達に朝から挨拶し、各々の労働場所へと消えていく。
今や蜘蛛達は子供の子守すらしてくれるという点で女子供にも親しまれており、小さな口で竜骨の首から下げたペンダントを口に咥えてモグモグ魔力を摂取している姿などは何処でも見られた光景になっていた。
まぁ、魔力の吸収は別に竜骨を咥えなくてもいいのだが、近頃は人の様式を真似るのが蜘蛛達の間で流行っている為、食べるという行為をスピィリア達が作法としてやっているのである。
「フン。蟲風情が偉そうにしおって……」
「まったくだぜ……」
素直に蜘蛛達を受け入れる者達がいる一方。
面白くない北部勢力の者達がいるのも確かな話だ。
アルマーニアの9割以上がニアステラを認めた現在でも頑なにヒトと蜘蛛達を良く思わない者達は存在している。
彼らは総じて今回の戦で前線に出ていた兵隊達であった。
昼間から酒杯を片手に蜘蛛達が忙しく立ち働く姿を眺めつつ愚痴る姿は戦場返りの飲んだくれだろう。
元々から真面目に仕事を出来ないという性格や資質に難があった事から爪弾きにされた者達が戦場では大量に投入された。
彼らが活躍した戦場はアルマーニアに限ってはもう存在していなかった。
言わば奇跡的に損耗せずに戻って来られた質の低い兵隊の寄せ集め。
それこそがアルマーニア、ソレ以外も含めた反ニアステラ派とでも呼ぶべき者達の内実であった。
また、それに同調するのは各種族の元エリート達だ。
こちらにやってきた多くの者達は大半が種族の中でも優秀な人材という触れ込みだった。
各種族の中にある蟠りや様々な柵、過去の戦乱時の諍いこそ持ち込まれなかったが、逆にそんな自分達よりもよっぽどに働き者で愛嬌もあって女子供にちやほやされる存在がデカイ面をしていては面白いわけもない。
「……あいつら、本当に蜘蛛か?」
「中身が入ってるんだろ。きっと」
「ホントホント、どうなってんだよ。あの手で道具器用に使うしよぉ」
「昨日何か親方にもっと蜘蛛達を見習えって怒鳴られたわ。オレなんか」
「つーかさぁ。名前一つ無い種族で見分けも付くわけもねぇのに同じ蜘蛛と分かるもんか?」
「あ~~だよなぁ。あいつら種族単位で何か余計に評価されてる気はするな」
「人型になれるのは無しだろ。この間なんか職場の美人が蜘蛛人って言えばいいのか? まだ子供みたいな奴によぉ。ありがとうとか言いながら額に口付けしてたわ」
「愛され過ぎだろ。オレ達より……」
蜘蛛達はそつなく大抵の仕事をこなすし、失敗しても学ぶし、計算も早いし、気が利くのでお茶まで汲んでくれるし、もう一家に一匹どころか。
職場に10匹、いや10人欲しいと言われるような優良労働者であったのだ。
職場で使えないヤツ呼ばわりされて戦場から運良く戻って来れた不良上がりや期待されていた働きはしているのに蜘蛛達の方が10倍使えるからと何か影の薄いエリート達はこの時点で蜘蛛達と比べられる立場に置かれて苦しかったというのが事実である。
「(・ω・)~~~♪」
そんな何とも反乱が起きる程ではないが、蜘蛛達に不満を持つ層が出来た近頃はそのせいで露骨に避ける人々もいる。
だが、蜘蛛の力の強さは身に染みて理解出来ているので彼らの大半は実力行使も出来ずに鬱屈した日常を過ごす事になっていた。
『行くぞ……』
『お、おぅ』
故に彼らアルマーニアや北部勢力の一部の者達が蜘蛛を自分達の社会から排除もしくは株を下げようと裏工作し始めたのは当たり前の話であった。
蜘蛛達が本格的に動く夜ではなく。
明け方にウロウロしている蜘蛛を捕獲。
そして、蜘蛛達のせいで起きる事件を創作するのである。
人影が数人。
夜の仕事を終えて街区の外れにある家の軒先で糸でぶら下がって寝ている蜘蛛を瞬時に拉致した彼らは呪紋に長けた戦場返り達であった。
蜘蛛に眠りの呪紋を用いて昏睡させて、糸を切って本体を麻袋を重ねたモノに入れて捕縛。
その脚で馬車に乗って街区から離れた海側へと向かい。
同志達に引き渡す。
眠っている蜘蛛をどう使うのかと言えば、事件の犯人に仕立て上げる事が決まっていた。
北部勢力のエリートの一部が考えた筋書はこうだ。
蜘蛛達は家畜を夜な夜な喰らう人食い蜘蛛だったんだよ!!
な、何だってー!!?
起きたら食い殺された家畜小屋にいる蜘蛛を犯人にすれば、まったく彼らは蜘蛛達の評判を落とす事が出来ると考えていた。
『よし!! 行くぞ!!』
街区は今も広がり続けているが、特にアルマーニア首都との出入り口であった遺跡がある付近は最初期の粗末な居住区画が整理された後、牧畜用の用地として確保されていた。
牧場の厩舎がある一角。
数匹の家畜が無残に殺されて派手に血飛沫が散っている場所に蜘蛛を持って来た彼らはこれで後は厩舎の仲間に通報するという体で事件を起こすだけで良いとほくそ笑み。
蜘蛛を麻袋から出してそ~っと外に出ようとし―――。
自分の脚が動かない事に気付いた。
「(・ω・)………」
その背後では最初から昏睡なんてしていなかった一匹がイソイソと無残に殺された家畜達の傍に寄るとそっと脚で頭を撫でた後。
シュルシュルと糸を吐いて丁寧に死んだ家畜達を包み。
家畜小屋から運び出し、周辺の粗末な柵しかない場所の森と接する端まで持って行くと穴を高速で掘って数分とせずに埋葬を終える。
その合間も口すら動かなかった実行者達が遅いと痺れを切らした厩舎の仲間達に発見されるが、何も無さそうに見える体が動かない状況にどうすればいいのかと途方に暮れた。
ただ、呆然として男達を動かそうとしていたが、何に縫い留められているのかも分からない為、動かしようも無かったのだ。
「………(・ω・)」
その間にも蜘蛛が戻って来ると叫ぼうとした厩舎の仲間であろう獣人が自分もまた声を出そうとして出せない様子で固まってしまい。
満身の力を込めてすら動かない体となって、背筋に冷や汗を掻く。
彼はその合間にも外に歩き出し、牧場の家主のところまで向かい。
朝から早い者達の家の扉をノックし、入り込むと何処からか取り出した看板へ次々に文字を不可糸で刻み込んで事情を説明した。
その文字を目で追っていたアルマーニアの壮年の男はすぐに顔を蒼褪めさせ、先導されて向かった先で身動き一つ出来ずに囚われていた男達を発見。
すぐ衛兵を呼びに向かい。
牧場の外に意外過ぎる人物達がやってくるのを見て、顔を強張らせた。
「イ、イーレイ様!? アルクリッド様!?」
「蜘蛛達から通報があってな。どうやら我が方から不届きものが出たらしい。蜘蛛達にバレず同胞を拉致など出来るはずがないだろうに……無智とは罪だな」
「ッ―――こ、こちらです!! さ、先程、蜘蛛の方が来られまして、今は家の方でお待ちになっており……」
「ああ、分かっている。前々から怪しい連中の動向は把握していた。それで今回の事に此処の牧場の者が関わっているそうだが?」
「は、はい!! 実は先日雇い入れた者が妖しげな者達を招き入れたようで……家畜小屋の方で大量の血痕が……殺された家畜はそのままは忍びなかったので埋めたと蜘蛛の方が……」
「解った。案内したら、しばらく家の中で待っていてくれ。一刻程で実況見分も終わる」
「み、自ら行われるのですか?」
「蜘蛛達はニアステラからの客人だ。それを貶めようと事件を起こしたとなれば、ニアステラ側から抗議を受ける以上に実益が損なわれる可能性がある。今の我々にそんな余裕があるとでも?」
「ッ―――」
壮年の牧場主が真っ青になる。
「ここは邦長自らが行います。そちらに御迷惑は左程掛からないように計らいますので。それと労働力が足りない場合はスピィリアの方々から人員を回す用意があると既に連絡がありました」
「そ、そうですか……」
アルクリッドの言葉に少しだけ安堵した牧場主が頭を下げて自分の家へと戻っていく。
「それで? どうして態々やられたフリなど?」
アルクリッドの言葉に蜘蛛が看板を掲げる。
「……ふむ。余計な面倒事を計画されても困るから、ですか」
「(・ω・)」
頷いたスピィリアと共に2人が厩舎にやってくるとまだ固まったままの男達がいた。
蜘蛛脚がちょっと虚空をなぞると止まっていた者達が動き出してベシャリと厩舎の地面に転がる。
彼らは知らない。
不可糸は糸に過ぎないが歴とした呪紋であり、込める魔力の強度によっては人体程度は軽く裂いて余りある硬度になる。
その上、人体内部に通せば呪霊属性の性質で相手の霊体そのものを操り人形よろしく動かす事すら可能な呪紋であり……今さっきまでスピィリアの蜘蛛脚がちょっと動いただけで三枚下ろしにされる可能性すらあったのだ。
「ど、どうなってんだ!?」
「何だ!? 何をされたんだオレ達!?」
「クソゥ。あの蜘蛛野郎!? オレ達を騙してやがったな!?」
「それより呪紋は効いてねぇんだぞ!? つ、通報されたら!?」
「ほう? 通報されたら何か困る事があるのか?」
「「「「!!?」」」」
男達が思わず振り返り、顔を蒼褪めさせた。
「く、邦長!?」
「な!? 【片腕のアルクリッド】!?」
近頃、益々イーレイの補佐として磨きが掛かった彼は今や政治畑からの賞賛の声としてそう呼ばれる事もしばしばであった。
「貴様らのような凡愚の謀を我らが知らぬと思ったか?」
男達がアルクリッドの言葉に思わず後ろに下がって怯む。
「このまま縛に付けば良し。逆らうならば此処での死を覚悟せよ」
「う、うぅ!? くそぅ!?」
アルクリッドの圧力に屈した男達が膝を着いた。
イーレイの片腕が氏族達の中でも選りすぐりの戦士であると知らない者は無い。
単なる兵隊上がりであればこそ、彼らはその理不尽な差が理解出来ていた。
「どうしてこんな事をした? 貴様らはニアステラの蜘蛛達に養われている関係なのだぞ?」
「うるせぇ!! 何で蜘蛛より下に見られなきゃならねぇんだ!?」
「そうだ!? 事ある毎によぉ!? 蜘蛛を見習えだの!! お前らはあの蜘蛛達の何割仕事してるんだ、だの!? うんざりだぜ!?」
「ああ、そうだぜ!! 何処に行っても蜘蛛と比べられてッ」
男達はどうやら仕事が出来ない系人材であった為、何処の仕事場でもスピィリア達と比べられて、不満が溜まっていたらしく。
そう我鳴り立てる。
「自分の事は自分が一番良く分かっているはずだ。貴様らは自分が思っている以上に仕事が出来なかったというだけの事だろう」
「だから我慢しろってのか!? こんな蟲共に頭を下げろって!? 馬鹿にするな!?」
男達の1人の声は切実だったが、明らかに現実からは目が逸らされている。
「比べられるのが蜘蛛だろうと亞人だろうと別の種族だろうと何ら貴様らの評価が変わるわけではない。何処だろうと今の貴様らは蟲以下の扱いだろうよ」
「う……ッ」
「自らの不徳は自らで贖え。愚か者めが……」
アルクリッドの正論によって男達がヘタッと体から力が抜けた様子で拳を床に降ろした。
「クソゥ……」
「此処の家畜を無暗に殺傷した事は倫理的にも看過出来ん。お前らのような者は最前線送りだ」
イーレイの言葉に男達が一瞬だけ顔を上に上げて、不満を口にしようとしたが、憤怒を押し殺した冷徹な相貌を前にして何もかもを諦めた様子で項垂れた。
「悪かったな。今回の事はニアステラ側への貸しにしておこう。主とウート殿には後で詫びの品を送ると言っておいてくれ」
「(´・ω・`)/」
頷いて蜘蛛脚を上げて答えたスピィリアはイソイソとその場を後にする。
しかし、その脚で近くの森に入って花を何本か取って来ると死んだ家畜達を入れた墓の上にお供えして、僅かに佇んだ後……再び自分の愛着のある軒先へと歩いて戻っていく。
「……蜘蛛達に人柄で負けるようでは亞人の未来も暗いな」
「―――ッ」
男達がアルクリッドの言葉にその様子を見て、今の自分達の姿を自覚して絶望したというよりはあまりの情けなさからか。
歪んだ顔を手で覆う。
一匹の蜘蛛に過ぎない彼を見送ったイーレイは花の添えられた墓を見やり、溜息を吐く。
「優しさ、か。あるいはそうせよと言われているのか。どちらにしても今の貴様らとあの蜘蛛一匹どちらが人々に好かれるか心の底から考えてみるのだな」
呟きが零された後、男達は完全に力無く項垂れた。
厩舎に戻った彼はアルクリッドは実行犯達を締め上げながら縄で縛りつつ、背後関係を吐かせているのを横に呪紋で通信を行い。
彼ら実行犯の後ろにいる前々から怪しんでいた者達の名前が現場で出た時点で捕縛命令を出すのだった。
「(´・ω・`)~~♪」
そんな背後の牧場を後にしたスピィリアは出迎えた仲間達にポンポンと肩を叩かれながら仕事現場に向かう前の朝食時に食堂へ。
死んだ家畜達から頂いた一番良い部分の肉を不可糸で包んだものを厨房の蜘蛛に渡して、今日は朝から豪勢に食べる事とした。
彼らとて味覚はある。
別に魔力以外も食べられるが食べていないだけで天上蜘蛛達のように普通に食事くらいは出来るのだ。
「(>_<)/」
任せとけと厨房で仕込みをしていた同胞は素早く霜降り部分やら柔らかい部分をディミドィアの同僚に投げて空中で糸によって賽の目状に解体。
超振動する蜘蛛脚でミンチにして貰うとコネコネと香辛料と調味料を練り込み。
近頃、少年の記憶や呪紋の一部を自分達で引き出して活用するようになって知った技能で手早くハンバーグにして台所で焼き上げ。
激重朝食としてパンやサラダと一緒に御出しする。
「(/・ω・)/」
キラキラ輝く肉汁と香ばしい香りが立ち昇る皿。
それを前にして喜びの踊りを踊るスピィリアを見た客達は朝から何か美味そうな肉料理を食べているなと次々にソレを頼み始め。
その日、店主のアルマーニアも知らない内に蜘蛛印の名物料理が出来て、幅広く大人にも子供にも愛される事になるのだった。
「(≧▽≦)(うまい!!という顔)」
蜘蛛達の常為る信条があるとすれば、短く簡単なものになるだろう。
『それはそれ。これはこれ』
命の尊さを尊重しもすれば、現実主義的に父のように使えるモノは使う。
それこそが彼ら蜘蛛の一族にとっての一家言であり、善悪も高低も無く。
柔軟に対応してみせる様子は正しく少年の子供を自称するだけはあるに違いない姿だったのである。