流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて-   作:Anacletus

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第62話「ヴァルハイルの鋼塊ⅩⅠ」

 

―――高都歓楽街街区劇場最上階。

 

「あのなぁ? オレがいつ1日で懸案片づけて来いって言った?」

 

 ベクトは溜息を一つ。

 

 幾つかある執務室の内、最も護りの硬い部屋で少年を応対していた。。

 

「片付いてないのもある」

 

「いや、オレは全部の案件が1か月単位の話になると思ってたんだが? オレに従わずに何かコソコソやってるヤバげな装置があるらしい高層建築ぶっ潰せとか言ったけども、どうしてああなる?」

 

「?」

 

 少年の首を傾げる様子にベクトが溜息を吐いた。

 

「建築を全焼させて来いとは一言も言ってねぇ……」

 

「不可抗力。全部、組織毎消えてるからもう問題無い」

 

「ハイハイ!! 問題ねぇってのは問題ねぇ奴が言う言葉だからな!? 他にも例の殺人鬼の話もいつの間にか軍の管轄になっちまいやがったし!!」

 

「問題無い。もう現れない」

 

「ああ、そう!? クソゥ!! 何でもかんでも訳知り顔で全部どうなってんのか説明する気ねぇだろ!?」

 

「勿論無い。面倒」

 

「く、これが権力に屈さない馬鹿の力か……」

 

「ちゃんと廃工場街の異常もどうにかした」

 

「どうにかって何だ!? オレは廃工場から試作品の炉の中心部品の回収を命令したはずなんだが!?」

 

「もう異常は起きない。それと回収する部品そのものがもう無かった。報告書は勝手に依頼人へ書いておいてくれればいい。それであっちも納得する」

 

「ああ、そう!! 納得する理由は!?」

 

「納得する理由はあっちが知ってる」

 

「何が起きたか説明する気あるか!?」

 

「勿論無い。面倒」

 

「く……オレの血管の方が高都より先に破滅しそうだな」

 

「秘薬呑む?」

 

「はは、生憎ともうどっぷり栄養剤漬けだっつーの!? それとお前が残してた仕事の一つだが、今日になって必要無くなった」

 

「?」

 

「元々、お前に排除して来いっつった連中の中にいる奴がどうやら家に戻ったからな」

 

「家?」

 

「元々、あの依頼は上の連中からのもんなんだよ」

 

 ベクトが肩を竦める。

 

「死ぬか。もしくは痛い目見れば、バカ息子が帰って来るだろうって、あの連中の中にいた奴の生家。高位の家の連中が仕組んだ話だ。オレにとってもあいつらがいちゃ困るから仕事は受けたわけだが……」

 

「お終い?」

 

「ああ、お終いだ。これでお前に頼んだ残りの仕事は後3つ。そっちの進捗は?」

 

「これから」

 

「地下街の方は何も変わってねぇ。今は皇太子の野郎が陣取ってる墓以外は好きにやれ。ああ、それと横流しをやってた呪装局の職員に付いてはあっちが勝手に処分したらしい。依頼の取り下げがあった。金は半額入るから問題ねぇ」

 

「横流しされたモノの追跡は?」

 

「そっちは継続だ。どの道、この高都から出て行った様子や反応がねぇ。あっちは処分もしくは回収依頼で通して来たが、それが不可能なら継続して都市外に出さなきゃ、半額は返さなくてもいいって話だからな」

 

 2人が会話している横で何やらプルプルしている少女が1人。

 

「……あのなぁ。それと此処は侍従姿でそういう事する場所じゃねぇ。何変装させてんだ? それともテメェの女になったのか?」

 

「侍従……のフリ?」

 

 少年が訊ねて思わずアミアルのボルテージが上がる。

 

「違うわよ!? 侍従でしょ!? ちゃんと、アンタの家の家主のおっさんからも許可貰ったんだからね!?」

 

「……そういう事。らしい」

 

「ああ、はいはい。そういうことね。もう突っ込む気力もねぇ……」

 

 ベクトはゲッソリした様子になった。

 

「で? テメェの取り分の話だが……」

 

「装着式のモルド一式で」

 

「まぁ、いい。そっちは今日中に揃えて明日にはテメェの家に送る。何が悲しくて高層建築二棟分より高けぇソレが必要なんだ? つーか、必要ねぇだろ」

 

「必要。こっちに」

 

 少年が親指でアミアルも見ずに指差した。

 

「あのなぁ? それより高価な呪霊機を二機連れてるお前の家にある適当なもんで代用出来るだろ?」

 

「正規品の方がいい」

 

「はぁ……結局、軍から無理やり卸して貰ったからな? 感謝しとけ。しかも、運用情報を収集しない確約まで取り付けてな」

 

「感謝する」

 

「な、何? モルド?」

 

 ベクトがアミアルをジト目で見やる。

 

「な、何よ……」

 

「クソ女。愛され気質で良かったな」

 

「は、はぁ?!」

 

「これからテメェ用の装備がお世話になってる家とやらに届く。明日には晴れて馬鹿みたいな背後の高額呪霊機とお揃いだぜ?」

 

「え、あ、う、それって……こ、こいつがあたしにって事?」

 

「はぁぁ……感謝でもしとけ。今日は?」

 

「地下に潜る」

 

 少年が頷いてから立ち上がり、一礼してから部屋から出ていく。

 

 慌てて追い掛けていくアミアルはどうして早歩きなんだとブツブツ言いながら、部屋の扉を閉めた。

 

「……まったく、あの“最強”をその気にさせるとか。本当にお前は……四卿にだって届くのかもな」

 

 ベクトが部屋の書類が積まれたデスクを見やる。

 

 今日も彼の部屋の書類は減っている様子も無かった。

 

 *

 

「何処に行くのよ!? ちょっとってば!?」

 

「地下」

 

「ち、地下ってまさか!?」

 

「地下街に行く」

 

「あ、あそこは“裏街”でしょ!! 軍ですら容易に手出し出来ない危険地帯じゃない!!」

 

「処分を請け負ってる」

 

「処分?! あのねぇ!? さっきもそうだったけど、サラッと殺しとか相談しないでよね!? こっちは一般人なのよ!?」

 

「問題無い。処分するのは悪党49309人くらい」

 

「よ―――」

 

 思わず声が上ずりそうになった少女が目を白黒させた。

 

「半分は墓守で化け物になったの。もう半分は理性を失った先祖返り……という事になってる。“表向き”」

 

「……本気で言ってるの? それって……裏町の連中の事じゃないの?」

 

「別に問題無い。そもそも地下墓所周辺に棄民された殆どの民間人は墓所から離れた場所でひっそり暮らしてる。化け物になった同胞や気が触れて墓所からの侵食で精神と肉体が崩壊した化け物しか対象じゃない。表向き」

 

「表向きって何よ!? アンタ裏の方じゃないの!? アレでしょ!? 今も裏街って流された連中が上の連中を恨んでて、入ったら化け物に出くわして出られなくなるって」

 

「それは単なる噂。行けば分かる」

 

 そう言った少年が歓楽街から上層に昇る地下道の一部に入っていく。

 

 元々はお偉方を迎え入れる為に造られた代物であるが、今はそのお偉方と呼ばれるような者達が従軍で消え失せ、朝という事もあって、雷の力が奔る呪紋の輝きで発光する壁面が幻想的というだけの場所だった。

 

「噂って……」

 

「元々、地下墓所周辺で最初に居住してたのは墓守の一族。そして、数百年の間に棄てられた殆どの民は知識層だった」

 

「な、何よソレ?! どういう事!?」

 

「裏街の大半は軍が主導した研究機関の一角が中心になって発展した。ヴァルハイル近辺の地下遺跡への入り口と研究施設群や立ち入り禁止の魔力や地熱から電気を作る施設が密集する区画がある。化け物になったのはそれらの施設稼働や補修、諸々の雑務をやる手足として働いてる層。数百年間投げ入れられた犯罪者やそれを管理する軍の末端。表向きはこれは一部事実」

 

「な、何かややこしいわね……」

 

「実際にいる人材の殆どは棄てられたというよりは軍の後ろ暗い研究の雑務を投げる用。器廃卿の居城も此処にあると言われてる」

 

「な、何でそんな事知ってるのよ……」

 

「調べた」

 

「アンタの家って何でもありなのね。ホント」

 

 げっそりしたアミアルが石製の道の先に続く呪紋に奔る雷の輝きに少年の背後へとおもむろに近付いて離れぬように付いて行く。

 

 その背後では消えた三匹の蜘蛛達が今日も少女を護っていたが、誰もそんな事に言及する者は無かった。

 

「……後ろ暗い研究って?」

 

「新しい呪紋や機械とも違う技術体系」

 

「何ソレ……」

 

「生物の血を研究して、命を生み出す研究」

 

「何か呪紋で出来そうじゃないソレ」

 

「実際には呪紋と機械でやる。でも、その成果で成果そのものを研究出来るようになったらしい。最終的に器廃卿の死亡で今後の事が止まってて、今の内に地下の大掃除する事になったっぽい」

 

「大掃除って……」

 

「具体的には化け物の本格的な掃除。呪装局が取り仕切ってる。兵力が足りない分を補う為に地下で研究中だった技術を本格的に運用するには地下の封鎖されてる区画や他の化け物によって占拠されてる場所を全て開放するのが必須だから」

 

「どうして、貴方が知ってるのよ。そんな軍事機密」

 

「調べた」

 

「……ま、まぁ、いいわよ。どうせアタシは付いて行くだけだし」

 

『『『(・ω・)』』』

 

 主も罪作りだなぁという感想を抱いた蜘蛛達が面白く無さそうに消えながら少年と少女を眺めている2人の背後で地下にいる仲間達に連絡を取る。

 

『(-ω-)/』

 

『(/・ω・)/』

 

『(>_<)・/・/・/』

 

 もうお仕事は終わったよとは蜘蛛達の言である。

 

 地下で化け物。

 

 竜頭、竜角、尻尾付きの理性の無いヴァルハイルより明らかに図体と魔力が大きい化け物達の死体が封鎖された区画のあちこちの部屋で堆く積み上げられていた。

 

 適当にウィシダの炎瓶で燃やしていた彼らは音も立てずに移動しながら、広大な地下領域を探索し、司令塔となる天空のオネイロスへと糸電話で連絡を入れている。

 

『( ̄д ̄)………』

 

 通常の呪紋では盗聴不能の連絡手段。

 

 糸が繋がっている限り、何処までも使える通信。

 

 そして、何よりも会話が蜘蛛語……どう考えても蜘蛛にしか意味の分からない言語である為、防諜は完璧。

 

 少年がやってくる前から掃除を続けていた彼らは地下の通常では入り込めない隔離区画内をマッピングしながら、少年の脳裏に眷属として地図情報となる映像を送信し続けており、その内容は不可糸で閉じている手帳内部に精密な地図として縫い上げられていた。

 

「此処が入り口の一つ」

 

 少年が地下道から少し逸れた階段の先にある扉を開く。

 

 すると、其処は呪霊機を使った交通輸送網……を開発しようとして頓挫した駅の名残という細長い空間が広がっていた。

 

 扉の先。

 

 雷と蒸気のベールを剥いで少年達が立ち入れば、地下が思っていた以上に明るい事でアミアルは驚かざるを得なかった。

 

「街だ……本当に……」

 

 アミアルにも分かるくらいに活気のある地下街が其処にあった。

 

 各種の横穴の前には扉は看板があり、大通りは元々工事現場となる巨大な資材倉庫などや他の採掘用資材が置かれていたのだろう場所が使われている。街区の地図までしっかり置かれており、人通りは朝だからか、それなりにあるように見える。

 

 歓楽街方面から入って来た黒い外套や侍従を連れた少年少女を見ている者はいない。

 

 という様子に見せ掛ける程度の配慮はされていた。

 

 実際にはあちこちから大量の視線が降り注いでいるが、すぐに少年の立ち振る舞いを見た何人かの実力者達は触らぬ神に祟りなしという具合で視線を逸らして、現場から消えていき。

 

 それを見ていた中堅どころの者達は自分達のような監視者の最上位層が何故に消えたのかを察してすぐに意識から少年達を外すように努め始めた。

 

 残るのは何も知らない実力の無い層だけだが、それにしても珍しい外からのお客さんである。

 

 歓楽街の王が高都の裏社会を牛耳った話は地下にも轟いていたが、それにしても未だに接触らしい接触がされていない為に上が大変なんだろうと考える者が多数。

 

 全身モルド。

 

 それも旧い型式のゴツイとしか言えないパーツで体を継ぎ接ぎした者が多い地下街は上からの使者を前にして細過ぎるなぁという感想しか抱けなかった。

 

 道端の露天では上から流れて来たらしい大量の品々が並べられ、特にモルドのジャンクパーツや機材の廃品が多い。食料の多くが集められた場所も生鮮食品は高く。

 

 加工食品の多くは民間の賞味期限が切れてそうなものばかりでギリギリ腐ってないというだけのものが多そうであった。

 

「こ、これから何処行くのよ?」

 

「仕事」

 

 シレッと少年は街の奥へと歩いて行く。

 

 商店が消えた地域まで歩いて行くと。

 

 上の歓楽街と同じく。

 

 色街やら明らかにヤバイ薬やらドラクの各種パーツが置かれたスクラップ置き場らしきものが姿を露わにして、修理屋らしき場所には多くが列を為していた。

 

 そんな最中、少年が適当に色街の一角に突入する。

 

 周囲の建物のウィンドウではアラレモナイ女性達が朝っぱらから歩いて来る少年を見て、下着姿やら全裸姿で欠伸をしながらチラリと見やり、何か普通じゃなさそうな相手を前にして無視を決め込み。

 

 まだ、仕事の時間じゃない女達の多くは目もトロンと寝ぼけさせていて、その明らかに男達に品定めさせる為の窓の中で寝入っていた。

 

 全身モルドの者もいれば、全身生身の者もいる。

 

 だが、一貫してモルドの一部もしくは首筋には白い華の刻印が掘られていた。

 

 適当に少年が立ち並ぶ娼館の奥にある最も巨大な館までやって来ると門の前のベルから伸びた紐を揺らす。

 

 ガランという音にビクリとした周辺の殆どの建物の中の者達は瞬時にゴクリと唾を呑み込んだ。

 

 仕事が終わった明け方にやってくる傲慢さ。

 

 そして、裏街のボスの館に侍従一人付けてやって来たのが少年。

 

 というのはすぐに噂になっていたが、それが瞬時に馬鹿がやって来たという話に切り替わった。

 

 呪紋で飾られた扉が軋んで開く。

 

 その小門から入った少年は後ろの少女がさすがに朝っぱらから顰蹙を買いそうな少年の何でも無さそうに入っていく様子に戦々恐々として顔を蒼褪めさせている。

 

「此処」

 

 少年が玄関先でまたベルを鳴らそうとした時。

 

 扉が開いた。

 

「主がお待ちです」

 

 少年が頷いて内部に入る。

 

 一緒に入ったアミアルが思わず度肝を抜かれて固まった。

 

 館内部。

 

 壁という壁にはヴァルハイルのみならず。

 

 数多くの亞人達の皮が張り付けられていた。

 

 標本とでも言うのか。

 

 しっかりと壁一面に使われたソレは額縁に入れられており、背中の皮には名前が赤い文字で彫り込まれている。

 

 迎え入れた全身モルドらしいやはり種族がバラバラな女性達が殆ど何も身に付けていない様子で一礼する。

 

 その姿は何かを隠している様子はない。

 

 いや、隠しようも無いというのが正しいだろうか。

 

 だが、問題はそこではない。

 

「――――――」

 

 全身モルドと分かるのに機械のような硬さが無いのも明らかにオカシイ。

 

 金属製ではない。

 

 柔らかいモルドとでも言うべきだろう女性達の肉体は滑らかに動いており、よく見なければ生身に見える。

 

 だが、そうではない。

 

 そうではないのだ。

 

(まさか……ッ)

 

 彼女は直感的にソレがどういうものなのかを知ってしまった。

 

 そうだ。

 

 だって、此処には生皮を保存した額縁が大量に壁一面壁が見えない程に飾られているのだ。

 

 だとすれば、彼女達の中身はモルドではないという事は想像が着く範疇。

 

 つまり、だ。

 

 そこにいるほぼ全裸の柔らかいモルドの彼女達は“全身の生皮を剥いでモルドを装着した”と見るべきだった。

 

 下着らしいものを付けている者もいるが、基本的には何も隠さない仕様だ。

 

 ついでに豊満な体から貧相な体まで体型も様々である。

 

 ただ一様に青白い幾何学模様の入った肌になっている事を除けば、肉体的には見目が整っている以外の共通点は無かった。

 

 少年がスタスタと案内されるままに歩いて行く。

 

 慌ててアミアルが続いて、通された部屋は普通の応接室。

 

 と、言っても貴族風ではあったが、見慣れた感のある彼女にも理解出来る部屋であった。

 

「やぁ、初めまして。ボクは―――」

 

 少年が小さい貴族風の礼服に身を包んだように見える男に常人には見えない剣速で妖精剣を振るう。

 

 少年の手にはもうソレが握られていたが、誰も気付いていなかった。

 

 理由は単純で後ろで消えている二機が隠蔽していたからだ。

 

 両断された小男が半分ずつ左右へと崩れ落ちて開きになる。

 

「ひ―――?!!」

 

「よく見た方がいい。普通、血が出るはず」

 

「え―――」

 

 思わず背後に下がろうとしたアミアルは血が出ていない男が内蔵の断面を晒しながらもビクンビクンして、ゆっくりと冷めていく様子に顔を引き攣らせる。

 

 だが、問題なのは断面があまりにもよく見れば、薄緑色の鈍色の混じる色合いである事か。

 

「ひぁあああ!!? 旦那様ぁ!!?」

 

 少年達の背後で女性が1人叫びを上げたが少年の妖精剣が鞭のように撓って伸びた途端に両断し、やはり血が流れずにビクンビクンしながら魚のように跳ねて冷めていく。

 

 何だ何だと次々に娼館の女達が寄って来るが、その内の3割が即時少年の瞳と連動している蜘蛛達の観察結果として、両断された。

 

「うぁああああああああああああ!!!?」

 

「な、何よこれぇええええええええ!!?」

 

「エミナさぁああああん!!?」

 

「ひ、ひぁ、あ、あぁあああああああああ!!?」

 

 誰彼構わず両断されているように思われたが、アミアルは目の前の死体がゆっくりと緑色に変色して肉体そのものが別の何かに変貌していくのを見る。

 

 ソレは見る限り、人型ではあったが竜のような象形は見られず。

 

 しかし、通常の亞人にも思えないようなケロイド状でダルダルの灰色の皮膚をした何かであり、数十秒で断面からゆっくりと緑色の血が流れていく。

 

「こ、これは一体何なのよ!?」

 

「軍がマートンに対して表向きの発注を掛けた。でも、実際の仕事は化け物になった住人の掃除じゃない」

 

「化け物の掃除じゃない? 何が何だか分からないわよ!?」

 

「正確には軍の研究している資源化する化け物の“放牧場の整理”。管理が行き届いてない野生化した化け物とは違う。どうやら相当数入り込まれてる」

 

「こんなの見た事無いわよ!?」

 

 少年がゲシッと両断した死体を蹴って退かす。

 

 そして、男が座っていたソファーまでも蹴って後ろに倒した。

 

 すると、ソファーの下の板張りに取ってらしきものが見えて、不可糸がすぐにソレを開けて、内部へと侵食を開始する。

 

「な、何してるの!?」

 

「会話出来て、嘘も付けて、ヒトや亞人を何とも思わない捕食生物の駆除」

 

「ほ、捕食? 単なる怪物じゃなくて、軍って、それって、まさか?!」

 

 ダラダラと汗が落ちるアミアルの中で情報が形作られていく。

 

「さっきのは中身を喰った後に皮を馴染ませてた。そういうモルドを使ってたのは中身を誤魔化す為。でも、実際はコレ」

 

 少年が指差した死体は少年が床に垂らした黒い真菌に捕食されてゆっくりと消えており、真菌の群れは動物のように蠢きながら分散し、館内の至る場所で斬殺された化け物に取り憑いて自分達の栄養素として還元していく。

 

 今度は死体が黒くなっていく様子にまた悲鳴が上がり、化け物だった隣人を呆然自失で見ている者達が気を失っていく。

 

「もしかして、今回の依頼って……」

 

「これは処分する標的。その一部。他にも地下は新しい技術を造る為に大量の実験体が半ば放し飼いで人間に化けたり、他のものに化けたりしてる。それは住人が怪物化するのとは別に軍が怪物を飼ってるって話」

 

「は、話し合えないの?」

 

「無理。こっちを餌としか認識してない」

 

「放牧場……この地下の裏街自体がもう……」

 

 冷や汗を流す少女に少年が頷く。

 

「軍は自分達の研究を裏街でしてる。だから、危険だと噂が流されて長年民間からは閉鎖されてる」

 

「………」

 

「恐らく、この地下にいる生物の総数で行けば、単なる怪物化した住人より、軍の実験体に成り代わられた相手の方が多い。普通のヴァルハイルや他種族の亞人よりも。ちなみにコレらの個体には感情が無い。けど、欲求はある」

 

「欲求?」

 

「そう、こんなの」

 

 少年が不可糸で探索した内部から無理やり引っ張り出した標的を一本刷りよろしく階段の上に釣り上げて天井に吊るす。

 

「ひ―――!!?」

 

 灰色のブヨブヨの皮膚のソレは大量の骨をしゃぶっており、ニタリとした。

 

 同時に少年の刃が両断する。

 

「極悪人や精神異常者、犯罪者の類の最終処分場として裏街が使われてたっぽい」

 

「つまり、この街全体が……研究、素材?」

 

「そういう事。此処でまともなのは軍の研究機関とまだ乗っ取られて無い強い個人と疑り深い者だけ……」

 

「もしかして、今回の依頼って……」

 

「裏街のヴァルハイルを護る為に化け物を狩る依頼じゃない。軍がマートンに裏街の研究素材を処分して、大規模に安全な地下領域を使う為の地均しを頼んだ」

 

「………」

 

 少女は何もかも知っていそうな少年が適当な炎属性呪紋を地下に続く入り口に向けて放ったのを確認し、何も知らなければ良かったと後悔する。

 

「これが数万体……」

 

「これから、街を掃除して回る。亞人を食料として認識する化け物だけじゃない。悪意を持って弄ぶモノ。痛めつけて悦ぶモノ。拷問して飽きたら生きたままに捨てるモノ。如何にも普通の亞人にしか見えないけど、実際には精神構造が亞人やヴァルハイルとは根本的に異なる。そういう実験体だと聞いてる」

 

「ど、どうしてそんなの分かるのよ!?」

 

「調べた。研究成果は勿論、軍事関連である以上、戦争に使われる。この化け物達の大半はヴァルハイルの造る医療用物資の原材料になる」

 

「げ、原材料?!」

 

「モルドを取り付ける手術時に使う部品とか薬とか医療用実験の被献体とか。モルドを生身化する為の研究や操獣、呪霊機を造る為の魂魄抽出用資材でもある」

 

「―――え、な、え?」

 

「表向き竜の魂を使ったヴァルハイルの呪霊機の殆どは呪霊そのものの不足で魂が足りなくなって生産ラインが止まり始めてる」

 

「ま、まさか、こいつらって……」

 

「殺して魂を取り出し、呪霊機に加工する為に造られた種族の一つ。実際、最新の研究で造られた家畜化されたコレが今は呪霊機の中核になる呪霊として運用され始めてる。肉体も資源として余すところなく使われてる」

 

「う……」

 

 思わずアミアルが口元を抑える。

 

 そして、思わず自分の呪霊機を懐に見て慌てて周囲に放る。

 

「こういう精神性なのも基本的に家畜として殺しても痛痒が無い生物が良かったからに過ぎない。裏街自体がこいつらを飼って観察する試験場兼飼育現場」

 

 少年が部屋からエントランスに戻るともう女達の大半は外に逃げ出していた。

 

 死体を喰らった黒い真菌の群れが小山のようになっている中央階段の踊り場で蠢いているが、少年が適当に跳んで、その上に座る。

 

「これから街を隅から隅まで処分して回る。行く?」

 

「………帰れるの?」

 

「二機付ける」

 

 少年の言葉にエルミとフェムが姿を現す。

 

「………一緒に行く」

 

 だが、呪霊機が一気に怖くなってしまったアミアルは少年の座る黒い御座に恐々としながらも登って、その不思議な感触の黒い小山の上に何とか乗った。

 

「しばらく、寝ててもいい」

 

「寝られると思ってるアンタに怒る気力も無いわよ。こっちは……」

 

 グッタリ沈んだ様子のアミアルを連れて、少年が真菌の小山を操作し、館を内部から粉砕し、誰もいない館を破壊。

 

 そのまま黒い山に乗ったまま釣りでもするかのような気軽さで妖精剣を振って掃除を開始した。

 

 妖精剣は物質を傷付けない。

 

 だが、霊力や魂魄を両断するソレは呪霊に半ば近しい性質を持っている化け物達を次々に両断して化け物姿に戻していき。

 

 大量斬殺事件が起きたと混乱を極める裏街はすぐに自分の隣人が全て別の生き物であったというホラー現象を前にして発狂する者達が絶叫しながら逃げ出す阿鼻叫喚の魔窟と化したのだった。

 

『ヴァルハイルもえげつないですわね』

 

『そう? 昔もこんな事してる連中一杯いたわよ?』

 

『……なら、この島の者達が呑まれているのでしょう』

 

『ふふ、なら、それは甘い考えね。呪霊女』

 

『?』

 

『全部、人間が始めた事なのよ? お父様が言ってたわ……亞人達は大陸で人の悪徳を見て育ち、捨てられた。そして、北部の厳しい環境で自らが主となり、子供のようにそれを繰り返しているのだ。って……』

 

『……それなら最たる者は妖精だったのでしょうね』

 

『ふふ、さて、どうだったかしらね?』

 

 一番気が触れそうだったのは男女問わず娼婦や男娼を買った連中や恋愛してた連中……彼らは化け物が姿を露わにした時、あまりの事に放心するしかなく。

 

 同時に麻薬という名の化け物の肉体をやっていた中毒患者達は化け物の断面から香ってくる自分達がいつも使う薬の香りに顔を笑みのように引き攣らせて気を失う事しか出来なかった。

 

 その日、たった数時間の大掃除は裏街を壊滅させ、地表に出て来た裏街の者達が次々に軍警に保護を求めて脱出。

 

 高都はまるで蜂の巣を突いたような騒ぎになったのだった。

 

 彼らは口を揃えて言った。

 

 黒い小山のような化け物に両断された化け物達が次々に真実の姿を露わにし……黒い粘液によって溶かし喰らわれていったのだと。

 

『あぁあああああああいぃいいいいいいいいいつぅうううう』

 

 勿論、夕方頃にマートンの事実上のトップは情報を総合してブチ切れた。

 

『掃除しろとは言ったが、廃墟にしろとは言ってねぇええええんだよぉおおおおおおおおお!!?』

 

 こうして裏街から脱出したヴァルハイルと亞人達の多くは軍警に面倒を見切れないと投げやりに世間へ放り出され。

 

 その受け皿となり、大量の歓楽街新規住民の世話に追われたマートンの業務は……ようやく落ち着いて来たと思った矢先に先日の数倍以上まで爆増したのだった。

 

 *

 

―――翌日。

 

「お前ぇぇ……覚えてろよぉ……ぐふ」

 

 血反吐を吐きそうな一睡もしていないベクトーラは休日だと言うのに押し寄せて来る大量の裏街の住人達の決裁書類を前にして28時間連続労働中であった。

 

 その余波は彼の執務室のデスク横に大量の栄養剤の瓶として広がっており、今にも雪崩が起きそうだ。

 

 というのも、彼のデスクに積み上げられた大量の書類は紙で処理しなければならない非合法なものばかり。

 

 特に戸籍すら無い裏街出身の者達の身体検査や精神分析結果やら組織の各部署から積み上がる書類の山として情報の塊となった。

 

 今のところまだ見習いの組織幹部候補達にこんなのを任せるわけにもいかず。

 

 現地での難民化した裏街の人々を歓楽街で吸収する為に多くの組織人員のマンパワーが割かれていた。

 

「……マズイ」

 

 その横ではベクトーラの愛飲する栄養剤をそう一刀両断に下した少年が今度は自分お手製の秘薬でも持って来ようと考えつつ、裏街へと出掛けていく。

 

 混乱の最中にある歓楽街は昨日の夜からずっと人込みでごった返しており、裏街へと続く歓楽街側の通路は人で溢れていた。

 

 が、それも落ち着きつつあり、少年が裏街に向かう姿も歓楽街の人員だろうと思われて誰一人として不思議に思う者も無かった。

 

 まぁ、その背後に顔色の悪い侍従がいるのは目を引いたのだが。

 

「……到着」

 

 昨日の今日でガランとした裏街には大量の死体が……転がってはいなかったが、街のあちこちが転倒した際のケガによる血で汚れていたり、破壊された看板や建物が放置されていた。

 

 家財を持ち出そうとして戻って来る者がいるかとも少年は考えていたのだが、人っ子一人いない。

 

「こ、此処にもう用は無いでしょ!! 帰りなさいよ!?」

 

 背後では昨日の事で完全にホラー耐性0になってしまったアミアルが涙目でプルプルと震えていた。

 

「今日から此処で探し物」

 

「何探すって言うのよ!? 昨日、よく分からない内に何か黒い蠢くもんの上で数万人斬殺したアンタのせいで完全に街自体滅茶苦茶じゃない」

 

 その通りではあったが、少年は我関せず。

 

 スタスタと街を歩いて行く。

 

 そして、昨日真菌の小山の上に載って練り歩いた場所から遠い通路の先へと脚を踏み入れる。

 

「何処行くのよぉ!? 暗い!! 暗いって!?」

 

 仕方なく少年が適当に少女の周囲に魔力を光源とする呪紋を用いて、周囲を照らし出した。

 

 それから約3時間。

 

 延々と続く分かれ道の通路を彼らは行く。

 

 20m程先まで見渡せる強力な光は何処までも続いているように思う地下通路の行く先を彼らに教えていた。

 

「何、あの門?」

 

 彼らの行く先。

 

 微かに数百m先に見えたのは巨大な扉であった。

 

「地下墳墓」

 

「あいつが何か行くなって言って無かった?」

 

「気のせい」

 

 シレッと嘘を吐いた少年がイソイソと現場まで速足で到着し、青銅製で錆びた門が置かれた半球状のドームのような空間内で扉の前に立つ。

 

 地下は石と鉄を組み合わせた区画が多かったが、此処からは奇妙に光る石ばかりが通路の建材には使われており、30m程の広さの周囲には大量の彫り込まれた絵が光に照らし出されて、久方ぶりに全貌を露わにしていた。

 

「こ、これって……ヴァルハイルの歴史?」

 

 アミアルが驚くのも無理は無い。

 

 彼女が習った歴史の教科書に載せられているヴァルハイルの史実を後世に伝える為の壁画とその場所の壁画は良く似ていた。

 

「ええと、確か……【初めに神在りき。神は神々より分かたれた一柱と謳われたり。我らの神、孤独を癒さんと七つの鱗を剥ぎ、自らの眷属として生まれ変わらせん。七つの鱗は新たなる命を育み。我らヴァルハイルを造り給う。しかし、栄華を極めし子らは争いの神によって滅ぼされ、神と共に檻よりゆりかごに封ぜられん】」

 

 アミアルが旧い言い伝えを、壁画を目で追っていく。

 

「【旧き神々と王群在りし島。我らの故郷とならん。されど、全てを失いし我らは最弱の徒と蔑まれ、存亡の危機を迎えたり。されど、1人の皇女と1人の侍従立ち上がり、全ての災厄を退けん。森衛の騎士と呼ばれし侍従は鋼繰る技にて、神宣の皇女は神の御業と託宣によって我らを導かん】」

 

 壁画では正しくそのような物語が展開されていた。

 

「あれ? でも、これ……何か途中が……違うわね? この光る玉とか。ええと、文字文字……?……戦争?……【我ら新たなる時代を得んが為、封ぜられし救世の御子を滅ぼさんとす。なれど、災厄来たりて、亡者の王と緋色の王は熾りたり。争いの神の使徒と軍勢、島を神勅によりて討滅せんと来訪す。フェクラールの怪蟲、我らを追い落とし、西部を争いより隔て封ぜん】……聞いた事無い下りね?」

 

 目で文字を追いながらアミアルが最後の方の壁画を確認する。

 

「……【妖精、これに怒り……時の呪法にて使徒達を退けるも、傲慢なる姿にて民の心は離れ行かん。緋王これに我関せず約束の時を待ち、眠りに付かん】……あ、ここでお終い?」

 

 壁画を読み終わったアミアルが何か教科書のと違うなぁという感想もそこそこに少年に向き直る。

 

「……博識?」

 

「何で読めないのよ!? というか、習うでしょ!?」

 

 思わず少年の言葉に少女が喚く。

 

「後!! 此処、街から来れるのに誰も入った痕跡無くない?!」

 

「近付かないのは近付く必要が無いか。もしくは近付いたら危険だから」

 

「え、それってあたし達も危ないんじゃ……」

 

「大丈夫。大抵のは近付いて来ない。近付いて来るのは実力があるモノだけ」

 

 言ってる傍から巨大な門の内部から青白い指先がゆっくりと出て来る。

 

 少年がアミアルを引っ掴んでドームの端まで戻った。

 

「呪霊召喚【燻り贄のウルクトル】」

 

 少年が唱えたと同時に遠方の何か青白いモノが出て来る場所に円筒形の筒を投げ入れた。

 

 少年を中心にして僅かな結界らしき呪紋による半透明の半球が周囲を覆う。

 

 そうして、ソレが扉の前に現れるより先に猛烈な絶叫がドーム内に響いた。

 

 次々に現れつつある巨大な腕に群がり、引き千切るように大量の腕の河がソレに群がっていく。

 

「な、な、な―――!?」

 

「呪紋使う系にはコレが一番。隠蔽も使えば、完璧」

 

 言ってる傍からウルクトルを中心として爆発した腕の河が完全に姿を露わにした巨人の呪霊を覆い尽して肉体を削っていく。

 

 ソレが完全に抜け切る頃にはその体躯の2割程が腕の河によって引き千切られて、体表はボロボロになっていた。

 

―――!!!

 

 巨人が絶叫しながら真下にいるウルクトルに向けて巨大な拳を振り下ろし、踏み潰し、破壊しようとするが、それが腕の濁流によって逸らされ、継続して腕が四肢の動きを鈍らせながら呪紋を常時使用するらしい巨人呪霊を消耗させていく。

 

 それでも一発二発と攻撃を喰らってウルクトルもまた傷付いていた。

 

 だが、それだけだ。

 

 互いに呪霊であるモノにあるのは消耗戦と能力差と相性。

 

 そして、対呪紋特化で敵を終わりの無い物量で圧倒し、破壊するウルクトルは呪紋の詠唱をする喉及び、呪紋の常時発動が察知出来る限りにおいてはその部位を狙うという性質がある。

 

 呪霊が呪紋を使う場合。

 

 その大半は喉を使うまでもなく。

 

 存在そのものに刻まれた呪紋を用いる事が多く。

 

 そのせいで殆どの場合、呪紋の気配を全身で垂れ流す為、詠唱をする部位というものが無いなら、ウルクトルは全身を攻撃するという寸法であった。

 

 こうして呪霊大決戦をやっているのを眺めていた少年は何か釣れないかと周囲を眺めていたのだが、今度は壁面から呪霊が溢れるようにして巨大な体躯を抜け出させ始めたのを見て、まだまだいるようだと地下墳墓の守護者達を見やる。

 

 巨人を抜けば、合計6体が抜け出て来た。

 

 10m級の竜の呪霊達が狭いドーム内で絶叫し、巨人と戦っているウルクトルに向けて喉元を発光させ、炎を吐き出した。

 

 それに反応したウルクトルが巨大な腕の河を更に発生させ、次々に合計6体も現れた竜型呪霊達の喉を抉り出す為に腕の河を爆発的に増加させて解き放つ。

 

 もはやそこは巨大な呪霊と呪霊のぶつかり合う死地になっていた。

 

 壁画を焼く轟炎に炙られた世界に生きられるのは正しく本来は炎など意に介さない呪霊くらいのものだろう。

 

 無論、呪紋の炎はウルクトルを焼き滅ぼしていくが、腕の河はいつの間にか炎と拮抗していた。

 

「ウルクトル。筒を齧れ」

 

 少年がそう音声だけ送る。

 

 途端、ウルクトル内部に先程少年が呼ぶ際に放り込んでいた円筒形の大きい水筒くらいの筒が噛み破られ、内部から緋色の粉が散った。

 

――――――!!!!!!!!!

 

 途端、口をパクパクさせていたアミアルにも分かっただろう。

 

 肥大化していたウルクトル本体が急激に紅く染まり、その体表に呪紋らしきものを奔らせた途端、生み出される腕が焼き滅ぼされるどころか。

 

 炎を押し退けるようにして肥大化し、竜達の首元を抉り抜く手刀を叩き込み、頭部を首元から吹き飛ばした。

 

 呪怨の怨嗟が周囲に鳴り響き。

 

 それと同時にウルクトルの周囲から猛烈な速度で赤黒い煙が噴き出した。

 

 それが周囲を覆い尽していく。

 

 頸を落とされた竜達ではあったが、首から上の頭部がギョロリとウルクトルを見据えて、自身の頭部を持ちながら肉弾戦へと移行する。

 

「頭が落ちても生きてるの!?」

 

「呪霊は死んでるモノ」

 

「いや、分かるけど、反則でしょ!?」

 

 殺到する巨大な竜達と巨人を相手にウルクトルが煙と腕の河を吐き出し続け、殴り合い削り合う様子は割って入れる余地の無い壮絶な戦であった。

 

 互いの肉体をド付き合い。

 

 互いの体を喰らい合い。

 

 呪紋と呪紋をぶつけ合う。

 

 しかし、それにもやがて限界が来る。

 

 ウルクトルが竜を3匹を仕留めた時。

 

 ウルクトル本体を巨人の拳が貫通して粉砕。

 

 同時に巨人もまたウルクトルの巨大な腕に呑み込まれて千切り尽くされた。

 

「お疲れさま」

 

 そう言って、少年が残った呪霊達に向けて夜天の剣を振るう。

 

 鞭のように伸びた剣が結界内部から撓るようにして伸び。

 

 呪霊達の肉体と頭部を完全に斬り割いて消滅させた。

 

 今までの戦いが嘘のように残されたのは熱されたドーム内の熱と殴り合った余波で破壊されたあちこちの跡のみ。

 

「【竜墓の守護者達】を獲得」

 

 少年に光の粒子が吸い込まれ、シャニドの印に新たな呪紋の刻印が追加された。

 

「1組7体の呪霊? というよりこれは……本来の呪霊機の中身?」

 

 少年がブツブツ呟きながら、再び扉の前までやって来る。

 

 すると、呪霊達を退けた為なのか。

 

 巨大な扉の中央に呪紋らしき刻印が浮かび上がり、薄緑色の輝きを固定化させた。

 

「転移用の遺跡……直接通路が繋がってないのは想定外……」

 

 少年が振り返る。

 

「な、何よ。というか、滅茶苦茶罰当たりな事してない!! アンタ」

 

「家に送還」

 

「え、こ、此処まで来てまさか戻れとか言わな―――」

 

 少年がアミアルに対して指を弾いた。

 

 瞬間的に少年のアーカ家の私室へと戻されたアミアルはプルプルしながら叫ぶしかなかった。

 

『ぷぷ、あっちで【もぉおおお、何なのよぉおおお】とか叫んでそうですわね』

 

『まったく、同意ですが、良かったのですか? 我が契約者』

 

「問題無い。恐らく、一度倒して自身に従属させた呪霊は明日からは現れない。今日来たのはコレの為」

 

 少年が入り口の壁際に不可糸を放って魔力を流して一部の壁を剥がした。

 

 すると、内部から大きな棺桶らしきものが露出する。

 

『これが例のブツですの?』

 

 エルミの言葉に少年が頷く。

 

 そして、内部を見せた。

 

『女の子ですわね。何か愛らしい感じですが、まぁわたくしには及びませんわね』

 

『………』

 

 フェムがこの自信は何処から来るのだろうとジト目で見やっている中。

 

 少年がその全身モルド。

 

 脳髄無き躯体。

 

 聖姫エレオールの肉体を鋼の棺桶から抱き起した。

 

 呪装局から持ち出され、闇売買に投げ込まれようとしていたソレが空中に糸で浮かび、縫い留められる。

 

「エルミレーゼ・ファルターレ」

 

『へ?』

 

「今までの貴女から受け取った全てをお返しする。これからは自由に生きて欲しい。呪霊ではなく。仲間として」

 

『―――!!!』

 

 少年の手には先日複製した還元蝶が握られていた。

 

『あ、え、ま、まさか、もしかして……この依頼……』

 

「中身の無い体。これを動かせる中身。そして、蘇り前の魂があれば、もう他に集めるモノは無い。エルが良さそうな素体があるから、気に入ったなら使えばいいって言ってた。技術や知識はもう貰ってある」

 

『―――ッ』

 

 エルミが思わず瞳の端に涙を溜めた。

 

 少年が先日手に入れた小さなビー玉のような代物を少女の全身モルドの額の上に落すと、スルリとソレが沈み込んで頭部の中心部で固定化された。

 

「【ナーカル・ロジック】制限解除……全魔力励起開始」

 

 少年が何も無い虚空に何かを掴むような仕草をした時。

 

 その手にいはいつもエルミの内部に安置されていた蘇り用の呪具が握られており、還元蝶を少女型躯体の胸元に押し付けて固定化した少年がエルミを呪霊機の内部から抜き出すように引き出して、共に虚空に浮かぶソレの前に導いた。

 

 少年の周囲に燐光が舞う。

 

 ソレがゆっくりとドーム内に精密な象形を描き出していく。

 

 それと同時に少年の足元から湧き出した真菌が少女型躯体を包み込み。

 

 黒い繭のように形成していく。

 

『い、いいんですの? まだ、色々とこちらの方が便利ではなくて?』

 

「エルミに受け取って欲しい……」

 

『ッ~~~ふふ、ええ……なら、可愛く転生させて頂戴な? わたくしの騎士様……』

 

 少年の言葉に微笑んだ少女の額から僅かに一滴。

 

 呪霊機であろうとも変わらずポツリと落ちて。

 

 それを横目に見ていた妖精は『ハイハイ。ヨカッタネ』と不満そうに頬を膨らませていたが、自分の契約者の殆ど見ない優しげな笑顔に仕方なさそうに笑う。

 

「明日からは死なないように」

 

「勿論ですわ。このエルミがそう簡単にまた死んで堪りますか!! こんなカワイイ自分好みに転生させられる主がいて、我が騎士は幸せものですわね♪」

 

 少女型の呪霊機。

 

 その内部から抜け出した彼女が黒い繭に入る前に少年の横を抜ける際。

 

 僅かにその頬を祝福した。

 

『~~~こ、この呪霊女!?』

 

 思わずフェムが顔を赤くして叫ぶ横で『ごめんあそばせ~』と繭に逃げ込んだ少女は安らかなる眠りに付く。

 

 この夢のような舞台に再び躍り出る為に。

 

 死なねば分からなかった事。

 

 死なねば出会わなかった彼。

 

 そう、自分を失った彼女はその先で得た己の人生よりも代え難いものを前に優し気な闇の中で瞳を閉じる。

 

 薄ら暈けた明星が、黄昏の終わった静寂が、世界を巡って彼女の時間を、新たな生を祝福する。

 

 ドームは廻る星空の如く。

 

 展開された呪紋の譜律は輝ける世界を記して。

 

【僕の力を与えよう……新たなる可能性の子……霊と神と人と全ての子らの未来の為に……】

 

 そんな声が僅か彼女の内部に響き、新たな命を一人の少年の前で生み出す。

 

(貴方の未来に祝福を、貴方の前途に祝福を、貴方がどうか今日も前に進めていますように……我が騎士、わたくしの騎士……初めて恋した方……)

 

 その日、商家の娘は本当の意味で死んだ。

 

 そして、1人の少年の主が……生まれたのだった。

 

 *

 

―――夕暮れ時、オクロシア後方地帯。

 

(何だ。この剣は―――)

 

 黒い全身モルドの男は自らの外装を全て剥ぎ取って内部を露出させた敵。

 

 黒い外套の少年を見やっていた。

 

 圧倒的不利とも有利とも言えぬ戦いはドラクの完全破損を以て肉弾戦へと突入したが、その違和感は【黒征卿】そう呼ばれた男の剣を鈍らせる事は無くても、男の思考を僅かに処理出来ぬ疑問を投げ掛ける。

 

 理詰めの剣。

 

 嘗て、彼の剣を旧き四卿たる樽の男はそう称した。

 

 剣技、呪紋、思考速度、思考方法、こういうものを自身が出来る最速最短で敵を倒す為に詰め切って実現されている【閃剣】は使い手が彼だけにも関わらず。

 

 今や軍の殆どで体系化された理屈を用いて修練されている。

 

 それは正しく巨大なドラクが接近を許した相手にも近接戦用の武器を用いて攻撃する様子からも分かる事だろう。

 

 だが、少年の剣は何処か違う。

 

 何が違うのかと彼は首を傾げそうになる脳裏で分析するが、自分と同じように理屈を詰め、自分の手札を詰め、限界まで使い切って達成される剣である事は同類のような彼には分かっていた。

 

 彼の剣よりも優れている点は無尽蔵に繰り出される型の無い型。

 

 要はバリエーションという事になるだろう。

 

 千変万化の繰り手が刃を振るえば、縦横無尽に男の剣と拮抗するのだ。

 

 それが呪紋や肉体の能力も十分に使っている事は分かる。

 

 だが、その相手の判断ミスを誘うかのような剣は正道というよりは裏道。

 

 ついでに言えば、あまりにも洗練されているが、自身の力を一辺たりとも信じていない……自身というものが見えない剣と男の目には映った。

 

(これほどの技量、これほどの肉体、これほどの魔力、これほどの呪紋……何故、それが在りながら王道を行かぬ。自らを信じぬ……)

 

 相手の剣からは何も伝わって来ない。

 

 背筋が凍らずとも剣から伝わって来る感触は男と寸分違わず相手の急所や肉体を外側から削るものでありながら、それでも互角という感慨すら伝わって来ない。

 

 どんな技術も高め続けて行けば、最終的に到達するのは究極。

 

 呪紋だろうと機械だろうと大陸の技術だろうとそれは同じ。

 

 剣もまた同じようなこの現状の世界で限界の域に到達していた彼は同じような使い手である少年からの攻撃に空虚……否、底無しの虚無を感じざるを得なかった。

 

 多少なりとも、戦う者には自信が必要だ。

 

 肉体を、脳裏を駆動させ、操るには相応の裏付けとして己に満ちるモノを自覚し、それを担保として危険に踏み込むという行為がいる。

 

(右から受けて、左を避けて、中央を突かれ、接触面の剣から呪紋を妨害……この剣は閃剣を学び、近くなっている。だが、それなのにこの……何だ、何だ?)

 

 四卿と呼ばれて数十年。

 

 男は自らの剣に重きを置かない少年のすぐに退く剣を前にして、押して押して押しまくるという相手の防御を飽和させ、疲弊させる一手で攻める。

 

 だが、それと相反する形の少年の剣は崩せない。

 

 崩せないどころか。

 

 押し戻される。

 

 自分の剣に自信が無いはずなのに押し戻す剣に困惑すら隠せない。

 

「その剣は……貴様はどうして戦わない!!」

 

 夕暮れ時。

 

 もはや、彼の半身であった黒き人型竜。

 

 名付きのドラク。

 

 器廃卿直々に造った【ザーハ】を完全破壊して尚、自らの剣を圧倒的に使わぬ戦いを行う敵。

 

 そんなものを前にして苛立ちすら彼は武人として覚えた。

 

 微かに男の剣が弾かれて僅かに男の胸元の装甲を相手の剣が引っ掻く。

 

 黒い粘液のような大剣。

 

 それが男の鎧の性能故に付着した瞬間にはパァンと弾け散って相手の液体での侵食を許さない。

 

 モルドは全身呪具とも称されるが、その本当の恐ろしさは呪具の能力の多様さと積めるだけ呪紋を積めるというところにある。

 

 ただ、それを使いこなせる者がいないというだけで殆どのモルドには素材以外の差というのはあまりない。

 

 だが、そのあまりないの例外が彼であり、ヴァルハイルの呪装局と器廃卿が生み出した肉体は数千余の呪紋が織り込まれ、使用者が使おうと思えばいつでも使えるという代物に相違なかった。

 

 その強度も通常のモルドとは桁違いであり、その装甲は既存のドラク数十体が一斉に近接攻撃をしようと傷一つ付かない、はずだ。

 

 だが、粘液は傷を付ける。

 

 そう、衝撃でも熱量でもなく。

 

 鎧を溶かし切っていた。

 

(流体そのものが意志を持つ細胞なのか? 単なる溶解ではない。これは……極小単位の溶解液による高速高圧噴射に近い……こんな事が……)

 

 対象の攻撃を見てくれだけで判断せず。

 

 正確に理解して最適な防御を使用者が実施すれば、多くのドラクは無双無敗を誇ると言われるだけの性能がある。

 

 それを生かし切れていない戦場の雑兵達は歴戦ではあっても、真に男のように能力を完全に使用し切れているわけでは無かった。

 

「……剣は役に立たない」

 

「何!?」

 

 冷静な剣とは裏腹に男の顔が歪ませる表情筋も無いのに歪んだ。

 

「お前を殺すだけなら、呪紋で事足りる」

 

「―――ならば、何故斬り合う!!」

 

 互いの刃が交差する。

 

 火花を散らせる男の剣は今も粘液のような相手の大剣を分子の超振動による破砕を行っている最中であった。

 

 だが、その最中にも剣は再生し続け、決して剣身を揺らがせても解けず。

 

「お前を料理で殺す事だって出来る」

 

「ッ」

 

 男の思考が初めて揺らいだ。

 

 黒征卿。

 

 嘗て、ヴァルハイルの黒竜と恐れられた嘗ての侵攻軍の元総司令。

 

 単独の強さのみで言えば、恐らく歴代四卿内でも5本の指に入る男は少年の言葉を理解し難く。

 

「何を言っている!!」

 

「お前を言葉だけで殺す事も出来る」

 

「戯言を!!?」

 

 少年が剣を放り捨てた。

 

 一瞬で必殺の間合いを取った男の剣が少年の喉元を袈裟斬りするより速く。

 

 男の装甲は勝手に男の意志に反して、その場から後方へと跳躍し、構えを再度取らせる。

 

「ッ―――!!?」

 

「器廃卿。アレが一番手強かった。お前はアレに比べれば総合的に格が3段は落ちる」

 

「い、言わせておけば!!?」

 

「お前は今、その装甲に救われた。お前は今、踏み込めば死んでいた。あの男の力に救われた。それが答え」

 

 少年が徒手空拳で“構えず”で構えた。

 

 それが武術の奥義の一つであるとは知っていても、初めて男が敵の多彩さ……そう、多彩さの前に気付く。

 

「………貴様、何を何処まで極めている!!」

 

「自分に出来る限りを」

 

 少年は構えている相手も気にせず。

 

 袖から出した薬品の入った試験管を一息に呑む。

 

 その隙だらけな様子を男は歯噛みして見ていた。

 

 攻められるように一見して思えるが、攻められるビジョンが男の脳裏には一切湧かなかった。

 

(そうか……コイツ……ここまでのものを会得していながら、剣に掛かる戦闘での比重が極めて低いのか!!?)

 

 ようやく男は理解する。

 

 戦闘用の技というのは信頼性が高い為に重用するのが普通だ。

 

 だが、目の前の相手は剣のみではない。

 

 あらゆる戦闘技能を等しく道具として用い。

 

 同時に器廃卿の如く。

 

 あらゆる事に準備を行っている。

 

 その隙があるように思えるのに倒せる未来を思い描けない理由は男の勘からして対処方法が限られていたからだ。

 

 本質的には剣だけの自分と相手の差は突き抜ける力の高さではなく。

 

 全てを包括する手札の広さにおいて天地であった。

 

「……技能の数で負けるか。馬鹿げた話だ。料理、言葉でオレが殺せるなら、剣を学ぶ必要もなかろう」

 

「お前は強かった。でも、何一つ届かないものを持ってない」

 

「く、くくく、あの男は違ったわけだ」

 

「器廃卿には今の段階ではどうやっても個人では絶対に及ばない。知識、技能、閃き、用いた準備の数だけ、敗北の可能性が高かった。でも、お前は後8戦すれば単独で届く」

 

 少年が構えずに歩く。

 

 それに対して男はようやく敵の本当の能力に検討を付けた。

 

「オレを徒手空拳で倒すか。旧き者よ」

 

 少年が男の背後に抜けていた。

 

 その体は首元からバッサリと肉体を斜めに両断寸前まで斬り裂かれていた。

 

 しかし、その少年の手には相手の首が握られている。

 

 グシャリと両手に込めた呪紋で少年が相手を潰す。

 

 装甲は普通の手段では破壊し難くとも、装甲内部、部品の隙間から呪紋の効果を侵食させる事は出来る。

 

 それが接触状態ならば確実であった。

 

「後9戦に変更。お前の体は貰っていく」

 

 こうして少年は今日も四卿の頭脳を失った体を再生し始めている体から黒い粘液の如き真菌を零しながら担いで地表に開いた大穴へと向かう。

 

 そこには白い蜘蛛達。

 

 アルヴィアが数匹待っており、少年から放られた四卿の肉体をグルグル巻きにして何処かへと運び去っていく。

 

 少年は自分の両手の骨が粉々になっている事に今更気付いて、今日も紙一重だったと自分の未熟さを思う。

 

 どの手札でも、どんな状況でも少年は勝てねばならない。

 

 そう、それが少年の矜持であり、目標であった。

 

 *

 

 黒征卿が今日も少年に敗北した頃。

 

 オクロシア地下。

 

 北部における始りの黒蜘蛛の巣は横に伸び続け、蜘蛛達は我が世の春を謳歌していた。

 

 今や兵士達を収容する為の前線基地と化した巣の内部には最前線から運び込まれて来た死体以外の重傷者達が次々に治療を施されたついでに秘薬漬けにされて、竜骨製の最新装備を渡されている。

 

 

 その横では最前線で鹵獲されたドラクや部品を繋いだニコイチ機体を駆って、次々に模擬戦をするやら、他のウルを狩る蜘蛛達と連携訓練に励むやらと忙しなく活動している者も多い。

 

 その最中、アルヴィア達を連れて来た巨人族の少女は蜘蛛達の隊長役としてあちこちの隧道掘削部隊の護衛や他の蜘蛛達との交流を通して馴染んだ様子となっていた。

 

 陣頭指揮という名の応援やら物資補給という名の差し入れで顔を売っている。

 

「……今日もか」

 

 メルがアルヴィア達に指示出しする様子を巣の最上階に置かれた執務室から見つめながら、男は呪紋で倉庫内を映し出す。

 

 通常物資が存在しない隔離された倉庫内。

 

 唯一入る事を許されたアルヴィア達の一匹がカシャカシャと通路を通って仄かに明るい部屋の最中へとやってくる。

 

 転移でしか入る事の出来ない倉庫と少年が蜘蛛達に造らせた一区画。

 

 内部は薄暗い。

 

 その背中に括り付けられていた白い繭がポイッと放られる。

 

 すると、内部から黒い騎士の鎧を着込んだ頭の無い死体が数体。

 

 その繭を取り囲み。

 

 剣で斬り取って部屋の奥で直立する樹木のようなものに括り付けた。

 

 すると、その樹木のような何かが緋色の燐光を発してズブズブと幹の内部に黒鎧の死体を取り込んでいく。

 

 その鎧は繭を切り裂いた死体と同じ型に見えた。

 

 そんな部屋の端には青白い騎士鎧の呪霊が佇んでいる。

 

 ただ、首から上がある上に何処か兜が胴体の鎧と合っていないようにも見えた。

 

 全身鎧の呪霊と首無し鎧達が同じ形のままに広場となっている場所で模擬戦を初めて、目にも止まらぬ速さで攻防を展開し始める。

 

「………」

 

 それを見終えたオクロシアの王。

 

 ヘクトラスは充実しつつある戦力の出撃がいつになるものかと執務室の椅子に腰掛けて、遥か遠方で起こっていた争いの結末を自前の瞳で覗いた後。

 

 お茶を啜って息を吐く。

 

(爆華が1万本ずつ毎日消費される現実か。ヴァルハイルの立て直しに間に合うかどうか以上に時間が進められるものかが問題だ。それも全てアレ次第……)

 

 男は自分が今日も同じ一日を繰り返しているとは理解しながらも実感は湧かない様子で今日も密かに四卿を倒した少年が高都に戻っていく様子に瞳を閉じる。

 

「今日が昨日になるならば、我らとて多少なりとも準備は出来る。有難くこの時間は使わせて貰おう。ニアステラの英雄殿」

 

 こうしてオクロシアは更なる戦乱への準備を進め始めたのだった。

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