流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて- 作:Anacletus
―――?日目。
その日、高都の一部には巨大な影が差し掛かっていた。
『で、でけぇ……あ、あれが皇太子殿下の……』
ドラク。
それは空を飛ぶ巨大なドラクであった。
全長300m近い巨躯。
ソレが1人の為に建造された代物である事を彼らは知っている。
高都より離れた幾つかの衛星都市の一つで建造されたソレは能力の高さ故に現在まで最前線で母艦として運用されていたのだ。
巨大な体躯の背中からは郊外の荷下ろし場へと次々に戦闘機能以外の司令部や救護所、その他物資、資材などが鋼のロープで降ろされ、簡易な司令部となっていた場所も解体。
本来の1人の為に造られた戦略兵器へと戻ろうとしていた。
「ははは、ようやくか!! 我が鎧【ルーベルシア】が戻ったぞ!!」
黄金の全身モルドな竜人が喜びに声を上げる。
彼がいるのは巨大なソレを見下ろす輸送用の呪霊機の展望室だった。
「殿下……今までお借りしていたドラクをお返し致します」
背後では数人の軍高官の男達が頭を下げる。
「よい!! 弱卒を庇護するも王の務め!! 戦線を維持する為に再編完了までは貸与していたが、兵の損耗は抑えられたか?」
「はッ!! おかげで最前線で多くの兵達の命が救われました。軍を代表して感謝申し上げます!!」
「これからは高都を見張る山岳付近で運用する事になる。もう間諜の好きにはさせぬ!! 我がドラクが戻ったからにはどのような敵が攻めて来ようとも退けると知れ!!」
軍のおべっか使いの男達がパチパチと拍手して、皇太子ヴァメルを盛り上げる。
「……あの老骨……昔はよくよく構われたものだが……ヤツが破れておらねば、我がドラクを使う事も無かった……今や彼の卿が生み出した戦略級のドラクもモルドも数が少ない。次の四卿に与える機体はどうすべきか……」
黄金の竜の言葉は事実だった。
呪装局という装備開発を行う部局は無事に残っている。
しかし、新型のモルドやドラクは試作ロットがようやく活動を開始したばかりであり、同時にポストが開いた四卿に与えられる機体は今や希少になっていた。
「器廃卿亡き今、その研究は呪装局のアーカ家が引き継ぐ事が決定しており、近日中にも研究開発途中の計画が再開される運びです」
「また、器廃卿の部下の者達の多くが今はヴェルギート殿の傘下として新たな計画を立ち上げ、軍の新規ドラクやモルド、その改良技術による能力の向上を目指して、活動しているところでして」
「ヴェルギートの奴め。好き勝手しおって……まぁ、いい。我が妹殿の騎士の事は捨て置こう。問題はここ数日の動きだ」
「何かご不興を買うような事が?」
「歓楽街の騒動は聴いているぞ。地下の連中が騒動を起こしたそうだな」
「は、あ、あれは軍主体の作戦でして」
「作戦? 聴いていないぞ? どういう事だ?」
「ああ、いえ!? 皇太子殿下のお耳に入れるようなものではなく。地下のゴミ掃除を歓楽街の下請けに出したのです」
「ゴミ掃除?」
「はい。地下には例の生体化モルドの研究施設があるのですが、その実験体を地下には飼っておりまして……呪装局及び地下研究施設の再編を行うに当たり、危険な実験体を排除したのです」
「そういう事だったか。それで地下のネズミ共が溢れて来たと」
「は、はい。公的な記録の無い者達ですが、無暗に処分するというのも憚られますし、今は歓楽街に労働者として雇わせているところです」
「これならば治安も悪化致しませんし、地下掃除が済んだとの報告からさっそく研究施設の拡張と地下の再開発を行う予定です」
「早めにするのだな。もう左程、猶予は無いぞ」
「は? どういう意味でしょうか?」
「フン。此処からでも見えるわ。山岳部の方角に大勢隠れているぞ」
「―――まさか?」
「聖王閣下……我が父が出て来ぬ今、連中が座して待っているものか疑問だな。そうとなれば、【ルーベルシア】を用いた戦となるだろう。軍の余力が無い事は承知している。貴様らは最前線の維持に苦心せよ」
「畏まりました」
「高都と山岳部の抑えは我が【ルーベルシア】と近衛で行う。妹殿によろしく言っておいてくれ」
「は!!」
呪霊機が行き交う郊外。
焼け落ちた旧い下水処理施設の森の事など誰も目に止めていなかった。
老朽化した施設が汚水に含まれる油で燃えたというだけの事であったからだ。
こうして高都には新たな戦力が加わる。
それを座して見守る者がいるかどうかは置いておくとしても、その光景を一人の少年はしっかりと観察していたのだった。
*
「ころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてや―――」
世の中には本気で他者を憎悪する時、無限にも等しく真に憎み切れる者がいる。
そういう者程に感情豊かで愛情深いというのが相場だ。
現在、そんな怨嗟を零し得る者達は島の北部においては一部の亞人達であった。
親兄弟子供を目の前で殺されるやら連れられてきた場所で奴隷として売られ、貶められ、辱められ、絶望の最中にそれ以外が消えてしまう程になる者もいる。
憎む事は愛するよりも簡単だが、愛より簡単に醒めたりはしない。
あるいは憎しみすらも薄れていく程に感情の蠢きが酷いという者もいる。
精神異常を誘発し、精神病を患い、精神錯乱の末に絶命して尚、この世界では呪霊になる事すら出来る。
だから、少年は目の前で殺されそうになっていた亞人達を救わずとも良かったし、今後の予定の為に目の前から消してしまっても良かった。
が、憎む事すら時の彼方……否、憎むという感情すら最初から持ち合わせていなかったかもしれない彼にはその亞人は新鮮に見えた。
軍施設の一角。
最前線から引き上げて来るヴァルハイル軍の後方軍や占領軍の多くは現地で敵種族の亞人を搾取するが、表向きは憎まれるような住民感情を必要以上に悪化させる事を軍規で規制している。
が、民間人は別だ。
搾取側の民間人が捕虜、占領地の人間をどう扱うのかなんて言うのは解り切っているし、軍規に縛られていない分、悪辣である。
無論、高都に通常は奴隷など入れられないものであるが、軍人が賄賂を貰って御目溢しするというのもよくある話だ。
そして、少年の蜘蛛脚で撫で斬りにされた一般人。
というには聊か軍との癒着が酷かった商売人達とその護衛はゴポゴポと音を立てながら脱皮して、竜蜘蛛になり『(・ω・)・/・/・/』産まれたばかりだというのに律儀に主である少年に頭を下げてから、イソイソと建設現場の作業員の如く一斉に動き出した。
今後の高都での作戦の為の任務に従事するべく縦列しての初任務。
嘗ての自分達の残骸を不可糸の手拭で拭って絞って血を落とした後、嘗ての彼らが虐げまくって恨まれまくりの奴隷達に深く一礼した後。
イソイソとその場を後にしたのだった。
少年が不可糸で輸送用の車両内部の格子を両断し、適当に全員へと声も出さずに手で来るようにと指示を出し、高都の商人達が裏側の事業で使う倉庫内へと全員を招き入れた。
途中には元軍人の荒くれやらの死体……脱皮後の残骸がやはり残っていたが、商人達が使うVIPルーム内に入ると誰もが安堵した様子で少年に頭を下げた。
「種族連合の方ですか?」
「今は種族と身分を偽って潜入してる」
「左様ですか」
一番年嵩の男が代表者のように少年との間に色々と話しをしている合間にも心身ともに疲弊していた奴隷達が仲間で食料を探し出して食べるやら痛む傷を抱えて横になれそうなソファーで眠り始めるやら、礼も言えないような様子でグッタリと休み始めた。
「申し訳ありません。本来ならば、全員でお礼を言うべきなのですが……」
年嵩の男はアルマーニアらしく。
頭を下げてからまだ空いているソファーに座った。
「此処は高都で間違いないのでしょうか?」
「そう。恐らく、あの空を飛んでた大きなドラクから降ろされた」
「……左様でしたか。捕虜にされてから色々とありまして、今は誰も彼もまともに口を利くのも難しく……」
「現地で捕虜は搾取対象でも捕縛対象じゃなかったはず」
「ええ、ですが、一般には拉致誘拐が頻繁に民間のヴァルハイルによって行われ、こうして連れて来られているのです。今は種族連合側が優勢という事で奴隷は厳に慎むようにとのお達しが末端に出ているそうですが、その令が発される前に最後に狩られていた者達がこうして……」
男が汗臭い麻布の服のままに深い溜息を吐く。
「ちなみに此処から逃げるだけならすぐに可能。ただし、軍に合流するのはお勧めしない。西部になら送れる」
「おお、ありがとうございます。まさか、そこまでして頂けるとは……」
40代くらいの男が少年の手を取って、涙を浮かべながら細くなった手で握る。
「栄養状態が悪い。そこまで苛烈な捕虜生活だった?」
「はい。我々がいた占領地域は民間人の抵抗も激しく。そこで散々拷問された者達ですので……」
少年がチラリと自分よりは年下そうな少年らしき小さな背中を見やる。
座って俯き。
唇を噛み締めている小さな黒髪の獅子。
そんな伸び放題の髪をした風貌はやつれ、傷付いた手足も伴って極めて命の危険がある事を教えてくれる。
「殺してやるって喚いてたのは?」
「ああ……はい。あの子は……その……ヴァルハイルの民間人に誘拐されて……妹がいたのですが、途中で乱暴されて……それを苦に命を……」
「死体は?」
「それが……非合法の積み荷として晒される前にと呪紋で目の前で焼かれたのです。体も残らない程に……それでああいう風に……」
少年はチラリと黒い痩せ細った子獅子を見やる。
その背後には似たような髪の毛をした優し気な呪霊の少女が何処か心配そうに傍へ寄り添っていた。
「解った。全員に薬を配布する。それを呑んだら、出発」
「解りました。おーい。皆!! 体調の悪い者から―――」
男が薬を飲ませて貰う前に周囲の奴隷達に事情を説明し始めた。
その最中も小さな背丈の獅子は……フルフルと震えたまま、俯いたまま、助かったという安堵からか、憎しみよりも哀しみが勝った様子で涙を堪え。
―――数分後。
霊薬を配布し、呑み込んだ者達は誰もがその効能に驚きながらも体調が戻り、拷問の傷が言えた事に少年へ感謝を述べていた。
「今から全員をアルマーニアの街区に送る。そこでイーレイに事情を話せば、すぐに住居が貰える」
「まさか、イーレイ様とお知り合いなのですか?」
「この間、街区の仕事が忙し過ぎるって恨み言を言われた」
「そうですか。ちゃんと西部に辿り着けたのですな。皆……」
「じゃあ、行く」
「具体的にはどのように?」
「このように」
少年が指を弾いた瞬間、部屋の内部から奴隷達が消え失せる。
同時に西部ではイーレイの部屋にいきなり奴隷達が転移でやって来て、寿司詰め状態に陥り、その額にはグシャグシャになった決裁書類の束を横に額に青筋が浮いて、内心で彼はニアステラの英雄を罵倒したのだった。
ヴァルハイルへの反抗作戦。
更には後方支援の為の物資の取り纏めと輸送。
他にも街区の拡大と地盤固めの為に奔走していた真っ当な為政者の真っ当な怒りはしかし少年の下までは届かない。
「え、あ……」
少年が残された黒い子獅子を見やる。
「ヴァルハイルが憎い?」
「ッ」
その言葉に顔を上げた顔には憎いとハッキリとした意思表示があった。
「殺してやりたい?」
「当たり前だ!!」
涙を堪えた小さな背中は背負っている者が重過ぎるのか猫背で俯き加減に拍車を掛けていた。
「殺す為なら何でもする?」
「ッ、あ、あんたに、いや、あなたに従えって言うなら従ってやる!! 一人でも多く殺せるなら!! どんな仕事だってする!!」
スカウトされていると思っているらしい相手に少年がこれは重症ですねと言いたげであったが、生憎と今日は背後にいつもは付いている二機の呪霊機はいない。
「ヴァルハイルの赤子を殺せる?」
「ッ、こ、殺せる!! あいつを殺したヴァルハイルなら皆殺しに出来る!!」
「ヴァルハイルの老人を殺せる?」
「勿論、殺せる!! みんなを!! オレ達をあんな風にした連中を絶対許さない!!」
「自分も目的の為なら憎い相手とも笑い合える?」
「―――そ、そっか。此処に潜んでるんだよ、な……」
初めて黒獅子は惑ったように狼狽えて。
「あぁ、それが本当に復讐になるなら……例え、殺したい相手とだって、笑い合っていける」
「なら、いい。じゃあ、仕事と代価に付いて話す」
少年が指を弾いて周囲の家具を全て壁の脇に寄せた。
同時にフカフカな赤い絨毯の上に大きな円環に呪紋が刻印されていく。
それにはグリモッドが用いる譜律が次々に書き込まれていった。
「ヴァルハイルを殺す為なら、ヴァルハイルになれる?」
「ヴァルハイルに、なる?」
「そう。ヴァルハイルにならないと此処では生活出来ない」
「―――オレが、あの汚らわしい連中に……」
「出来ない?」
「出来る!! 出来るさ!! 何だってやってやる!!?」
「生まれ変わりには危険が伴う。もしかしたら、失敗して別の生き物になるかもしれない。あるいは自分が消えてしまうかもしれない。だから、これを選ばずに難民生活を送っても誰も文句なんて無い」
「ッ」
やせっぽっちで王者の風格がありそうな髪の毛しかない小さな黒い子獅子。
細い少年より小さくて年齢に比例しても不相応なくらいに栄養が足りず背丈も足りなさそうな今にも死にそうな相手。
それが例え事実だとしても、このまま生きてどうなるというのかという顔となる。
「もうあいつはいないんだ。あいつは……だから、だから……」
その眼光だけは鋭く。
「例え、もういない人がソレを望まなくても?」
「もういないのに何も考えられるもんか。オレ……何も守れなかった……妹も……友達も、家族も……何もかも……無くなった!!」
だからと獅子は少年を睨むように見上げる。
数歳くらいしか歳の違わない相手。
しかし、立派に戦い抜いている相手を見て、思う。
「オレ、強くなりたい……あいつの仇を……取りたい!!」
まだ声すら少女のような獅子はそう宣言する。
何も出来ない弱弱しい獣はそう吠えた。
「なら、最後に一つ」
「………」
「名前は?」
「シーシャ」
「妹の名前は?」
「……リーシャ」
「じゃあ、代価に付いて説明する」
少年が指差して小さな体を呪紋の中央に立たせる。
ついでに少年の背後にいて、自分を睨む少女を見やる。
「ちょっと面倒な侍従と痩せメガネの世話をして欲しい。その前に色々と鍛える事にもなる。それがヴァルハイルの聖王を殺すのに有用な手伝い方」
「ど、どういう、事?」
「すぐに分かる。体は……」
少年が相手の髪の毛を一本抜いて、いつもストックしてある呪紋を即時発動する。
すると、【飽殖神の礼賛】を起動した。
「【ナクアの書】……魔力充填完了。異形属性変異呪紋【異種交胚】……アルマーニア属の個体パターンを参照―――重要遺伝資質の引用完了。真菌細胞より胚形成を開始。【ビシウスの根環濃縮液】を1ml添加。細胞増殖率32万%上昇(再上昇不可)」
少年がブツブツ呟きながら虚空に浮かばせるように背後のポーチから抜いた複数の試験管から封をしている薬品を少量ずつ虚空に浮かぶ呪紋の円環、譜律の内部へと落として空気に溶かし込んでいく。
少年を囲い込むように発生した魔力の半透明の結界らしきものの内部には黒い真菌が湧き出し、その上ですぐに少年の前の円環から浮かび上がるように小さな白い蠢く玉のようなものが出現する。
「遺伝情報取得。新規胚に挿入。アルマーニア、ヴァルハイル全資質座位群を挿入開始。生成確率99%以上……実行……7%……確率99%以上……44%……確率99%以上……88%……確率92%以上……100%……確率90.32%まで低下」
胚が急激に細胞を増殖させ始めた。
「胚芽細胞増殖開始。霊薬効果を確認。偽遺伝子化抑制率100%。増殖終了まで32秒……胚芽細胞情報を生体転写開始」
少年の言葉と同時に小さな黒獅子の粗末な衣服が全て黒い噴流。
真菌によって溶かし切られ、その骨ばった体が露わになったが、すぐにその前で蠢きながら胎児となった個体から伸びた白い管が全身に這って行く。
「こ、これ―――」
「これで強く為れる。失敗しない限りは……」
少年が指を弾く。
同時に今まで少年にしか聞こえない声で叫んでいた呪霊が形を以てハッキリとした声を響かせた。
『シーシャ!!?』
「え?」
少年の前で顕現した呪霊。
いや、そのまだ為る途中なのだろう意識ある少女の霊魂は黒い獅子を抱き締めて。
「生成完了。霊魂の封入開始。【グリモッドの神杖】」
少年が何処からともなく現れた白い杖で床を打った。
「グリモッドの名の下、新たなる胎動を享受せん。然らば、旅人は世の果てに至る前より来たり、始原より隔す時の関となりて、今一度の休息を得ん」
少年が杖を掲げる。
「呪霊属性神環呪紋【転生審】」
少年が目の前の呪紋に魔力を注ぐ。
そして、光が溢れた。
「「………」」
呆然とした様子の双子が小さな竜角以外は普通の人と同じような姿になっているのを確認して、呆然とする全裸の相手に不可糸を編んで貫頭衣のように着せた少年が自分を振り向いてただただ何も言葉が無さそうな2人を見やる。
「お腹空いてない?」
「「………」」
まだ呆然としている2人のお腹がグゥとなった。
「帰ったら、適当に衣服を見繕って貰うといい。その間に食事は作っておく」
パチンと指が弾かれ、三人が瞬時に現場から消えたのだった。
*
―――翌日。
転生後の後遺症。
つまりは新しい体と魂のすり合わせに食事をした後、ぶっ倒れた双子を家の呪霊機に任せて呆れた様子の妖精に『我が契約者も物好きが極まっているようです』なんて言葉を向けられた翌日。
少年は今日も“休日”を迎えていた。
しかし、やたら体の上に乗っかっているモノがあると感じてチラリと視線を向けるとフワフワな少し縮れて太い長髪と勝気な榛色の瞳が見えた。
ついでにその左右には眠そうな黒い瞳に黒い跳ね乱れた長い髪が並んでいた。
少年の上に載っている相手は全員全裸だった。
僅かに少年との体の隙間にはチラチラと襲撃者達の見えてはいけなさそうな場所が見えてしまっている。
「~~~♪」
「~~~///」
「~~~ッ」
「~~~!!!?」
更なるついでのついでで要らない情報は横に「ムグゥ!?」と両手両足を縛られて、口元に猿轡を噛ませられたアミアルが涙目でこっちに訴えている事だろう。
四者四用である。
チラリと少年が天井を見やるが、転生後に肉体を安定させる為に部屋に吊るしていた黒い繭は割れて内部には何も無く。
部屋の壁際には先日まで使われていた少女型呪霊機が置かれている。
ようやく寝ぼけ眼が冷めて来たらしい黒い子獅子の双子は自分達の体が全裸なのに気付いて衝撃で赤くなるやら、固まるやらしていたが、何故か途中から少年を無言で見てから何かを諦めたような顔になり、少年の左右の腕にしがみ付くようにして、少しだけ何やら決意した顔で赤くなった頬のまま「もうどうにでもなれ!?」という風情で抱き着いた。
「エルミ?」
「何ですの? わたくしの騎士様♪」
「服」
「まぁ!! じゃあ、これからも夜の寝室で服は着なくてもいいですわよ。我が騎士の他ならない頼みですものね♪」
勝手に解釈する少女に溜息一つ。
「フェム」
「分かっています。我が契約者」
フェムがフヨフヨと浮遊してくると手に持っていた侍従用のメイド服を三着、ドサドサドサッと一気に落した。
それでもふやけた幸せそうな顔になったエルミがスリスリと胸元に頬を摺り寄せ。
「ようやく……ようやくですわぁ~~~♪」
そう感慨深そうに自分のバラ色の未来に想いを馳せつつ、その竜角だけしか特徴の無い申し訳程度のヴァルハイル要素を許容して少年を堪能するのだった。
―――10分後。
「い、一体誰よアンタらぁああああああ!!? この不審者!! 変質者!! 痴女!!」
ようやく拘束から開放されたアミアルがいきなり現れた三人を前に「シャー」とネコのように威嚇しつつ、少年の背後に隠れる。
そんな様子の相手を前にして衣服をようやく着込んだ。
否、エルミの手で着せられた双子達は目を白黒させつつも、現場の混沌とした状況に困惑の中しつつ少年を見やり、全てを見ていたに違いないフェムは知らぬ存ぜぬと言うかのように少年の背後で明後日の方向を向いていた。
「アミアル。後輩」
「こ、後輩!? 後輩って、こいつらアタシと同じ侍従なの?!!」
「そう」
「何よソレぇ!? アタシは滅茶苦茶苦労して侍従してるのよ!? 空気読みなさいよ!! この浮気ものぉ!?」
思わず涙目になったアミアルが断固反対と両腕を上げて少年を威嚇した。
「あら? わたくしの騎士様は貴方のモノではなくてよ? アミアル」
「な!? 何で名前知ってるの!? そもそもアンタ誰!?」
「わたくし? わたくしはエルミ。エルミレーゼ……アルティエの相棒ですわぁ♪ あ・な・た・と違って!! ち・が・って!! わたくし、アルティエとずっと前から一緒にいますの♪」
「な?!!」
「あ、この子達は双子で男の子がシーシャで女の子がリーシャですわ♪ 2人とも昨日アルティエに拾われたばかりなの♪ ちゃんと仕えるのよ? 2人とも」
「あ、え、は、はい……」
「シーシャ。えと、昨日から忙しくて何も無かったけど、その……」
「ああ、そうそう。もう此処の主には話を通しておいたから、もしも文句があるならあちらに言って来たらどうかしら?」
「くぅぅぅう!? お、覚えて為さいよぉ!? 絶対、追い出してやるんだからぁ!?」
捨て台詞を吐いたアミアルは負け犬のように吠えつつ、部屋から出て家主のパッとしないおじさんへ抗議しに向かうのだった。
「で、どうしてああなった?」
少年がさすがにジト目でエルミを見やる。
「全部、繭の中から見えていたんですもの。ちょっと悪戯したくなるじゃありませんか♪ 呪霊の時はずっと寝てたり、お仕事をしたりと忙しくしていたんですから。ちなみにこの子達は寝ぼけて此処に来たんですのよ♪ 愛らしいですわぁ」
「寝ぼけて?」
少年が2人を見やる。
2人の額には薄らと少年の魔力によってか。
呪紋の刻印が施されていた。
しかし、少年はそんな刻印をした覚えが無い。
「服従の呪紋?」
「ああ、昨日施しておきましたよ。こういうのは早い方が良いと思いましたから」
サクッと妖精がゲロした。
すると、今までの自分の所業に思わず湯気が出そうなくらいに赤くなった双子が少年を何とも言い難い表情であわあわしながら見ていて。
「オ、オレ……何かこっちに行かなくちゃって、その、それで……」
「わ、わたしも……シーシャが心配でその……」
双子の頭がエルミにヨシヨシと撫でられる。
「ふふ、それはあなた達がアルティエの本当の眷属だからですわ」
「け、眷属って何だよ?」
「どういう事ですか? その、ええと、エルミレーゼさん」
「まぁ、覚えてくれて嬉しいですわ。でも、わたくしの事はエルミと呼んでね? そっちの方が嬉しいから。それとわたくしはあなた達と同じ……アルティエに救われて呪霊から転生した存在なのですわ。だから、姉妹だと思って何かあったらおねーちゃんとよ―――」
ベシッとフェムが手でエルミの顔を遮った。
「この浮かれ女郎の事は置いておきなさい。私はフェム……我が契約者の妖精よ。よろしくね。こっちの元呪霊女はエルミ。ただのエルミよ。貴方達はこういう我が契約者に苦労を掛けるような存在にはならないように」
「は、はい」
「はい。フェムさん」
2人がそう答えると満足そうに頷いて再び少年の背後へと戻る。
「こ、この妖精女!!? わたくしの顔は生身ですのよ!? そんなに掴んだら痛いじゃない!! これからは優しく扱って頂戴な!!」
「はぁぁ……それが生身の感触と。とんでもないものを生み出した我が契約者の力を誇るべきか。それともこんなものを生み出してしまったと嘆くべきか。迷いますね」
「い、言わせておけば!? わたくしのほっぺはプニプニフワフワですわよぉ!?」
ぎゃーぎゃーと言い合いを始めた2人を横に置いて少年が双子を手招きして転移で他の応接室へと直行する。
「ひあ!?」
「あう!?」
可愛らしい悲鳴でボスッとソファーに並んで座らせられた双子が少年が対面に座るのを見て、目の前の相手が尋常ならざる力を持った存在である事を再認識する。
「あ、あの……わたしはリーシャと言います」
「知ってる。シーシャの後ろでずっとダメって叫んでたし」
「え!?」
思わず双子の妹を見やるシーシャに妹が泣きそうな顔になっていた。
「だ、だって、シーシャが悪い人に酷い事されちゃうと思って……」
「そ、そんな!? あ、あれは、だって、えと、う、オレは……」
「ぼく、でしょ?」
「ぅ……」
シーシャがリーシャの言葉に瞳を伏せた。
「取り敢えず、契約を確認する」
「「っ」」
少年がそうして自分の事情を説明していく。
「つまり、アルティエ。さまは……」
「西部を治めるニアステラの者」
リーシャが納得のいった様子になっていた。
「聞いた事あります。アルマーニアの逃げられた人達が西部で街を築いたとか」
「そう。イーレイは知り合い」
「イーレイ様と!?」
思わずシーシャが目を見開く。
昨日の話は殆ど聴いていなかったらしいと消耗していたのだろう事を再確認する。
「此処には高都でやる事の為に来てる。アミアルは知らない。此処の主であるアーカ家の当主エルは知ってる」
「あ、さっき部屋に来る前に何か居間の方でお見掛けしました」
ちゃんと敬語が使えるリーシャは明らかにおねーさんというような様子だ。
「あ、あの!!」
少年を前にしてシーシャが立ち上がる。
「妹を……リーシャを……蘇らせてくれて……ありが、ぅっ、っっ……」
途中からボタボタと涙を零し始めた兄に妹は何処か仕方なさそうな笑みに涙を讃えて、ギュッと抱き着いた。
「ありがとう。お兄ちゃん」
「う、うぅぅぅぅぅ……っ!!?」
泣き出した兄を慰めるように妹が頭を撫でて落ち着くまで数分。
「ぐす……ご、ごめんなさい」
「はい。これ」
少年が近頃は頻繁に使う不可糸の糸で造った製品。
ハンカチを少年に渡した。
「あ、ありがとう、ござい、ます」
「感謝される謂れは無い。これは契約」
そこでようやくシーシャがまっすぐに少年を見る。
「はい……覚えて、ます」
「ヴァルハイルを滅ぼすのにヴァルハイルの民を滅ぼす必要は無い。上が消えれば、ヴァルハイルはそもそも単なる亞人に過ぎない」
「上って……」
「聖王と出来れば神も殺す」
「「ッ」」
「ヴァルハイルの上に立つ相手を懐柔するか。もしくは消滅させれば、戦争も終わる」
「「……っ」」
聖王。
ヴァルハイルの王。
今は殆ど話を聞かない相手。
そして、神……竜神カルトレルム。
その暗殺という話にようやく。
本当にようやく双子が自分達が仕える相手の一面を知ったように思った。
「それに蘇っても、それはその人の半分にしか過ぎない」
「半分?」
リーシャに少年が頷く。
「生身で死んだリーシャと此処にいるリーシャは同じだけど半分死んだまま。魂は存在の片割れ。だから、完全に蘇る存在は何処にもいない」
自分の事は棚に上げつつ少年はそう告げる。
それこそ毎日、黒征卿は完全蘇生しているが、それも例外というものである。
「わ、わたし……」
「で、でも、リーシャはリーシャだ!! リーシャだよ!!」
妹を抱き締めて、そう兄は言う。
「あ、うん……お兄ちゃん……」
「嫌な記憶は薄らとしか分からないように捨てといた。でも、完全じゃない。此処にいる存在が全て。だから、死なないように互いに互いを護るように」
「互いに……」
「互いを……」
「仲間とか。家族ってそういうもの」
「「………」」
コクンと2人が頷く。
「それと今はまだいい。でも、その内、戦って貰う。その為に蘇らせたし、新しい体にした」
「オ、オレが戦いま―――」
「お兄ちゃん。2人で……だよ?」
「で、でも……」
「戦い方は色々ある。でも、誰にも傷付けられたくないなら、力は必要。だから、2人で強くなって欲しい」
その言葉に互いに互いを見ていた双子だが、兄は何処か苦しそうに……しかし、妹の手が自分の手に重なったのを見て、決意したのか。
少年を見て大きく頷いた。
「これから毎日薬を飲んでもらう。それと戦い方はこれから行く野営地で習うといい。朝薬を飲んだら戦闘訓練、夜食事を終えたら座学」
「うん!! わ、分かりました!! ご、ごしゅじん、さま」
「ふふ、そうだよね。ごしゅじんさま。でいいですか? アルティエ様」
「問題無い。こちらが傍にいなくても同じように毎日続ける事。これから朝から夕方まで付いて来て欲しい時は言う。その間は侍従として働いて欲しい。この家にいる時はアミアルやエルミと一緒に家事炊事を」
2人が頷いた。
「あ、えっと、その……夜、訓練が終わって寝る時になったら、その……ごしゅじんさまって……その……おれ、いや、ぼくや、リーシャでも、い、いいんだよな?」
思わず視線を逸らしつつも赤くなった頬でシーシャが少年に言い淀む。
「う、うん。そう、だよね。今日のこれってそういう、事……だよね?」
「?」
少年が首を傾げる間にも双子は互いに見つめ合って頷く。
「「よ、夜もよろしくお願いします!! ごしゅじんさま」」
「よろしく」
取り敢えず言っておいて、少年はそろそろ終わったらしい上の2人やら主に噛み付いたアミアルやらを迎えに行く事としたのだった。
*
憎悪は例え、どんなに救われても解消されないし、妬み怨みの類は何をしようが根本的に消そうとして消せる類のものでもない。
だが、それと付き合っていくのが知的生命という奴であり、少年はその点で言えば、何一つとして取り零さず“人間”と言える。
新しい侍従が増えたものの。
小さな双子の妹を再び得た兄は何一つヴァルハイルを許せる事が無いだろう。
それは今後も変わらないだろうし、同時にこれからソレを出会うヴァルハイルの者達にあからさまに露わとする事も無い。
それが自然に出来ているのをエルに頭を下げる様子からしっかり確認した少年は侍従達を捨て置いて、今日も一人高都の旅と洒落込んでいた。
(皇太子のドラクが帰還。こちらに関係の無い進行……此処から学ぶなり、あるいは奪取するなり、色々やってみろというお達し……カルトレルムはもうヴァルハイルそのものに期待していない? それともこちらと食い合わせて最上の結果を導くのにご執心か……)
脳裏で考え事をしながらでも少年は昼間の高都を渡り、歓楽街へと単独での跳躍力のみでやって来ていた。
朝から昼近くまで秘薬やら諸々の生成しておいた呪紋やらを用いて、侍従達を強化する為のカリキュラムを組んでいたからだ。
ニアステラに帰って毎日毎日指示を出し、オクロシアに夕方から剣の訓練と“資材”の確保に出向き、夜には呪紋の組み合わせや戦術面での敵対しそうな相手への準備……思考上での模擬戦も欠かさない。
近頃、極めて思考能力と演算能力が高くなった少年は“前回”と比べても天地以上の落差の上まで飛躍している。
此処から今まで手が届かなかった相手を打ち倒す為の手札を再構築するというのは初めての事であり、それを行う裏打ちされた嘗ての敗北を常に想起し、脳裏で模擬的な戦闘状況として処理するという事を繰り返している。
(時間を圧縮される程にまだ程遠いのか。それとも“前任者”とやらのように使い潰すつもりなのか……)
少年が歓楽街のいつもの一室に音も無く入室すると今日もやつれたベクトーラが前よりは書類が減った様子で決裁書類を流し見ながらサインしていた。
「今日も来た」
「で?」
ベクトーラは半眼だ。
少年のやった事の後始末なのだから、ジト目にもなるだろう。
「残った仕事の報告に来た」
「例のブツは?」
「全部破壊された」
「は?」
「隠し場所が墓の入り口で守護者との戦いになって消滅した」
「しゅ、守護者って……オイ。オレの頭ん中の情報が正しけりゃ、墓を護ってんのは“七鱗”セブンス・ロアの模倣呪霊だったはずだが」
「倒した」
ふぁ~~っと魂が抜け出そうなベクトーラがガクリと俯く。
「オイオイ。洒落になってねぇ。確か墓の守護者はそのまま鍵になってて、ぶっ壊れたって事は正規の手順踏まなくても入れるじゃねぇか」
「まだ入ってない」
「当たり前だ!! あのなぁ!? 何でお前はそうなんだ!? あそこにいた呪霊はなぁ!? 恐らくヴァルハイルで一番強ぇのだぞ!?」
「そう? 案外脆かった」
「も……いや、いい。テメェ相手にもう突っ込む気力は失せた。つまり、聖姫の体は消えたんだな?」
「もう存在しない」
「あっそう!! はは、後で報告するからな!! 嘘でしたは無しだぞ!!」
「大丈夫。二度と元には戻らない(転生の材料にした的な意味で)」
「ならいい。はぁ……はぁぁ……これで大体の案件が消えたか」
「もう仕事無い?」
「テメェの稼ぎでテメェの後始末してるこっちの身にもなれって話はしねぇが、大変そうな案件はこれで殆どだ。ようやく最初期研修が終わった幹部候補連中を使い出した最中でな。事務書類も事務方の整理が終わって殆ど回せるようになった。テメェを使わなきゃ短期間に不可能そうなもんはもう無ぇ」
という割にはベクトーラの顔色は冴えない。
「まだ、問題でもある?」
「………軍からの依頼だ」
「どんな?」
「種族連合の裏切りもん。海辺の海岸線沿いの国で仕事して来いだとよ」
「裏切り者?」
「今の種族連合は事実上ほ殆どの種族を糾合してるが、そいつは地続きで国境線沿いの大国やその後方の中堅国ばっかりだ」
「参加してない邦がある?」
「ああ、表向きは支援してるが、兵は出さないところとか。戦には参加しないが、戦争には賛同してるとか。そういう裏でヴァルハイルからの圧力で繋がってる邦やヴァルハイルからの要請を秘密裏に受諾したり、撥ね退けて鎖国してる連中もいるのさ」
「サコク?」
「我関せずってこった。で、幾つかの国はヴァルハイルに表立った種族連合への支援をしない代わりに戦後処理においてはこちらに優位な条件を出すようにって話が行ってる」
「密約?」
「口約束の類にしか過ぎねぇが、重い約束だ」
ベクトーラがデスク内部から巻物を三つ取り出した。
「お使い要請があった国は三つ。全部海岸線沿いの国家だ」
少年が巻物を不可糸で吊って、ソファー前のテーブルに広げていく。
「そいつはその邦の連中との密約の証。口約束程度の証文だ。実際にそういう事が書いてあるわけじゃねぇ。ただ、戦後に相手が受け取る利益に付いての取り決めが、“未来の期日”で普通の取引風に書かれてあるって代物でな」
「……上から商取引での関税、商品売買の値段交渉、婚約?」
「良く出来ました。上からヴァルハイルへの優越的な関税、ヴァルハイルからの軍事兵器の導入、政略結婚の証文だ」
「ふむふむ」
「一枚目は海産品と海辺の遺跡から出土するお宝を売ってるヴァフクって半魚人の邦ゾアク、二枚目は殆ど他国と交渉を持ってない軍事国家であるラクズって山羊人の邦ヴァルキ、三枚目は北部で最大の奴隷市場があるポーゼブって人馬の邦ヨルヘーム。そいつらと交わした証文の半分がソレだ」
「軍は何て?」
「ぶち壊して来いだとよ」
「あからさま……」
少年が呆れた様子になる。
「仕方ねぇな。何せ今や瀬戸際だ。ヴァルハイルが滅びるかどうかって時に戦後の問題なんぞ相手にしたくねぇだろ?」
「やり方は?」
「相手側の証文もしくは証人を消すのでもいいし、国家を瓦解させて有耶無耶にしてもいい。あるいは単純に相手国がそれどころじゃない被害を受けてもいい。だそうだ。つまり、とにかく好き勝手暴れて来いだと」
「雑」
「生憎と当時のヴァルハイルの外交官共の無能さを恨め」
「種族連合に垂れ込んで相手国を粛清させる。じゃ、ダメ?」
「今の種族連合にそれをしてる暇があると思うか?」
「戦線は押し返されてる」
「つまり、勝ってる。こっちを叩く為の材料にされる可能性が高い。出来れば、内密に処理して欲しいとよ」
「報酬は?」
「何と外交武官連中の貯め込んだ資産の7割と優越的なヴァルハイル上層部との繋がり、だそうだ。力を所望するなら、最新の軍事機密であるドラクとモルドも付けてくれると。随分豪勢な自殺だろ?」
「口約束で反故にされそう」
「オレもそう言ったら、土下座してくれたぜ?」
「どうやって行く?」
「そこは軍事機密の一つを使ってくれるそうだ」
「機密?」
「その邦に続く転移用の通路があるらしい。生憎と軍を送り込むには1日1人限定。役立たずの通路がな。三邦は横並びだから移動は問題ねぇと」
「期日は?」
「ヴァルハイルが敗戦するまでに、だそうだ」
「……最新のドラクとモルドはいつ届く?」
「はは、要請すりゃ明日中にでも届くだろうよ。何せ外交部の命が掛かってっからな。こんな事が帰って来た馬鹿皇太子共の耳に入ったら、処刑だろうしな」
「………」
「ま、気にするな。受けるか?」
「やってもいい。早めに終わらせる」
こうして少年はベクトーラの前に差し入れの秘薬をドンッとジョッキで置いてから、また別の現場へと向かうのだった。
『……気が利くじゃねぇか。栄養剤、ねぇ……上流階級の連中がどんなもん呑んでんのか試してみるのも悪くねぇか』
少年が部屋から消えた後。
残されたジョッキを組織トップとして豪快に一気飲みしたベクトーラはゴッキュゴッキュ呑み終えた後。
『おえ……味はこんなもんか? まぁ、飲めねぇ程じゃねぇが、薬っぽいのは市販品と変わらんな。変な風味がするって以外は案外普通そ―――』
その日、昼から決済が止まったマートンは怖ろしい勢いで眠っている頭の部屋に書類を積み上げていく部下達の列で埋まり。
彼が起き上がった時、その書類の山はソファー前のテーブルに天井まで届く程となって部屋の住人の意識を圧迫。
魂が抜けた涙目の彼は自分の体調がすっかり戻っている事はともかく。
死ぬほど恐怖の白き巨頭を前に叫んだのだった。
*
―――ニアステラ第一野営地。
「エ、エエエ、エルミ!?」
「ど、どうしちゃったんですか!? その体!?」
「遂に蘇ったのかあいつ……」
「ほぉ? 蘇り……いや、転生じゃったか。ふむふむ」
「いやぁ、どうしましょうね? 本当に蘇るみたいですよ。姫様」
「い、いえ、話しには聴いていましたが、グリモッドの転生を自在にとなれば、さすがに驚くしか……」
「ねぇ、旦那様? どっちか死んだら一緒の種族になるってのはどう?」
「クーラせんせー。グリモッドの蘇りって何ですかー」
「あの方が例の呪霊から転生したいと言っていた。興味深い……」
姦しい女性陣の最中。
一人、遠征隊の男性として頑張っていた青年はベッタリ背後に背後霊染みてエルミを引きずって来る少年に大変そうだなという顔になった。
いつもの砂浜での事である。
大所帯になって来た遠征隊は現在、ノクロシア突入の為に再度訓練を行っており、少年が毎日のようにフィーゼを夕方連れていく以外ではしばらくまともに帰っていなかった為、いきなりヴァルハイルとして転生したらしいエルミがやって来た様子に驚くのも無理は無かった。
「ほーっほっほ♪ このエルミ、完全復活ですわぁ!!!」
そのメイド服姿の昔は青白い呪霊だった少女が胸を張る。
姿形で変わったのは頭部のチョコンとした竜角くらいだろう。
「うわぁ……元気になっちゃってる」
「そ、そうですね。あ、こんにちわ。アルティエ、エルミの後ろの子達は?」
「奴隷として高都に連れて来られてた最後の子達。自己紹介」
「あ、は、はい。お、ぼ、ぼくはシーシャ、です。よろしくお願い致します。遠征隊の皆様」
「わたしはリーシャって言います。今後ともどうぞよろしくお願い致します」
2人が少し緊張しつつもそう頭を下げる様子に同年代くらいのレザリアがよろしくよろしくと両手を握ってブンブン振った。
フィーゼもその頭をナデナデしている。
「そう言えば、いつ行くんじゃ? ノクロシアへは」
新しい侍従達を少女達が構っている合間にリリムがやってくる。
その姿は遠征隊用の竜骨と白霊石とヴァルハイル製の鋼を用いた鎧姿だった。
動き易さ重視のソレは嘗てよりもより洗練された様子で今ではドラクのようにあちこちの装具や装甲内部に大量の呪紋が追加で書き込まれている。
「まだ当分先。連携訓練は?」
「うむ!! 今ではガシンと一緒に火力役なのじゃ」
「はは、ようやくオレも呪紋漬けの日々から開放されるぜ」
青年が増えた肩の凝りそうな多腕を回して伸ばし、少年の傍にやってくる。
装いは殆ど変わっていないが、前よりも強くなっているのが少年には分かった。
「馴染んだ?」
「ん? ああ、変質が大分収まったっぽい。何か後一押しで緋霊から上に行けるんじゃねぇかってリケイ殿が言ってた」
「そう。後でやって欲しい事が―――」
ドンッと少年の前に樽が不可糸を使ったガシンの手で遠方から持ってこられた。
中にはギッチギチに緋色のキラキラした粉が入っている。
「オレは樽じゃない。此処に樽があるからな。持ってけ」
「気まで利くようになった?」
「余計なお世話だ。で、近頃、ずっとフィーゼを夕方に連れてってるが、オレ達はまだまだ訓練漬けか?」
「第二部隊の方は?」
「ああ、あの巨人の嬢ちゃんがいなくなってからは新人としてリリムと一緒にやらせてる。悪く無い」
少年が何やらまだ遠征隊の輪に入り切れないクーラルとエネミネの元に向かう。
「こんにちわ」
「は、はい!! ニアステラの英雄アルティエ様!! わ、私はクーラル・ドラコーニアと申します」
「はーい。エネミネでーす」
「こ、こら、エネミネ!?」
「え~~いいじゃん。やさしそーだし♪」
「も、もぅ。済みません。ウチの子が」
「クーラせんせーの子供になったつもりはありませーん」
「屁理屈言わないの!!」
「はーい」
クーラとエネミネのやり取りを見つつ、少年が2人が確かに遠征隊に相応しいだけの実力がある事を確認する。
「後方支援要員でいい?」
「あ、はい。ち、近頃は蜘蛛の方達に呪紋の方も教えて頂いて、フィーゼ様のようには行きませんが、後方から前衛の呪紋での強化などを担当させて頂いています」
「はーい。こっちはチューエーね。メルが前衛だったんだけど、今はオクロシアにいるから、前衛の後ろからバシバシ呪紋で小物や数を減らす係なの」
エネミネが例の9連の弩。
少年が未だ一度も使っていないソレを構えて見せる。
素敵でしょ?と声まで聞こえて来そうだ。
「皆さ~ん。お茶が入りましたよ~」
「あ、マルクスさんですね。女性陣の方々にお茶をお願いしていたので取って来ます」
クーラが翼を使ってパタパタさせながら遠方で荷車を引いていたマルクスの元へと向かう。
「お~お~おさかんね~ウチのクーラせんせーも♪」
「おさかん?」
「ほら、マルクスってヒトと仲良いんだ~」
「そう」
「あ、興味ない感じ? 英雄さんは」
「仲良くしてる分には問題無い」
「ふ~~ん」
エネミネが少年を覗き込むようにして下から見上げる。
「強そう」
「そう?」
「それに大人達があんなに気を使ってるのも分かる。使徒連中が今や置物みたいに各自の受肉神から離れないのも貴方のせい?」
エネミネの縦に割れた瞳孔が細まる。
「たぶん」
「ある意味、どっちからも困りものだと思われてそう」
エネミネは少年を見据える。
「これからもよろしく」
「ふふ、おねーさまが言うんじゃしょうがないかぁ……どの道、神々が畏れるくらいの何かみたいだし、貴方」
「模擬戦でもする?」
「やめとくー。負けるの分かっちゃった。魔眼程じゃないけど、予測出来る呪紋持ってるんだ。でも、まぁったく負ける未来しか見えない。というか、ガシンやレザリアにすら10回に1回は勝てるのに1回も勝てないとか」
「そういうもの」
「全力出しても適当に捌かれて気絶させられる未来が100回に99回以上。う~ん、これはどう考えても使徒なんて階梯じゃないし、何なら受肉神にも勝てそう……」
「神はこの間殺した」
「あ、はい。やばいよ。この人……軍隊にだって勝てそう」
「この間、軍隊倒したばっかり」
その言葉に降参とばかりにエネミネが両手を上げて溜息一つ。
ヒラヒラ手を振って、まだマルクスと饒舌に話していて、すっかりお茶を忘れている教師役を迎えに行くのだった。
「お~そうじゃ。アルティエ!! 我が騎士よ!! 海に向かって呪紋勝負じゃ!! どちらがより長い呪紋を放てるか勝負じゃー!!」
何やらリリムが笑顔で少年の元まで走ってやって来る。
その後ろにはいつもの面子が揃っていた。
「勝負?」
「そうじゃ!! ガシンと勝負しても魔力の多さで話にならん!! 故に今は決められた魔力でより長く呪紋を伸ばす勝負をしてるのじゃ。これなら呪紋の精度や制御などが反映されるからのう」
少年がチラリとガシンを見やる。
「今のところ、限られた魔力でやると全敗だ」
「呪紋が得意?」
「うむ!! リケイ殿も太鼓判じゃ!!」
胸を張るリリムはムフゥと鼻高々だ。
「あはは、確かにレザリアや私もそれなりに呪紋で距離は伸ばせるんですけど、どうしても魔力便りの面が多くて。ガシンさんが魔力担当なので、鍛えてはいるんですけど、私は精霊系の便利枠なヤツばかりでレザリアは自己強化系のものばかり得意になっちゃって」
「あ、リリムってスゴイんだよ。アルティエ!! あのノクロシアの海の方のかなり先まで呪紋伸ばせるの!!」
「スゴイスゴイ」
「何か心が籠っておらんぞ!? 我が騎士よ!?」
「ま、まぁ、アルティエは前に呪紋の試作してた時とか。物凄くアレでしたから……」
フィーゼが半笑いになる。
「アレとは?」
「勝負して見れば解ります」
「むむ、そうじゃな。勝負じゃー!! 勝ったら姉妹達に自慢してやるのじゃ。あ、あっちで見ておるぞ」
よく見れば、浜辺の端のベンチで姉頑張れという何とも崩れた文字の横断幕を掲げたリリムの姉妹達が2人のミリシェナに付き添われて、手を振っていた。
横にはジョッキで甘い爆華のジュースが入っているらしい。
「元気になった?」
「うむ……アルマーニア側の従者の方々には良くして貰っておる」
「そう……」
「今は言葉少なに姉様と呼んでくれてな。ちょっとずつだが、昔の事も話してくれるようになった」
「じゃあ、勝負で」
「う、うむ♪」
しんみりするより先に少年が浜辺に立つ。
そして、横にリリムが立ち。
ノクロシアを距離目測用の目標代わりにして同じ呪紋を遠方まで伸ばすという精密性と制御がモノを言う勝負が始まった。
「「ウィシダの炎瓶」」
2人が片手を突き出して炎瓶の内部から炎を吐き出す。
その熱量が同時に熱線となって浜辺から先の海を蒸発させつつ吹き伸びる。
「さすが!! だが、まだまだ伸びるのじゃ♪」
得意げなリリムが炎瓶の出力はそのままに炎を束ねて収束し、遠方へと伸ばす。
それはあっと言う間に地平の果てまで到達した。
「どうじゃ!! これにはさしもの我が騎士も勝てま―――」
「収束、熱量を封入。圧縮」
少年がブツブツ呟いている合間に少年が符期伸ばした炎が線というよりは糸のように細くなって遥か遠方の彼方へと消えていく。
その炎というよりは光の糸に見えるソレを見て、リリムは棒立ちであった。
ノクロシアよりも更に更に先へ。
水平線の彼方へ。
そして、フッと光の筋が消滅する。
「ま、負けたのじゃぁ~~」
ガクリと膝を着いたリリムが砂浜で両手を着く。
「まぁ、こうなりますよね。今のアルティエ相手じゃ……」
「う、うん。一応、亞神だしね」
「というか、同じ魔力量なのにこうも伸ばせる領域が違うのか?」
ガシンが海の彼方を見やる。
「ざっとリリムの20倍以上伸びてたぞ」
「なぬ?!」
思わず起き上がるリリムの頭が少年にポンポンされる。
「呪紋の精度は呪紋自体の構成の複雑さと処理量に拠る。今のは譜律を書き換えて、そのまま設定出来る限界まで呪紋の威力保持可能な状態のまま細くした」
「何かやたら細かい作業っぽいのう」
「単純に一人の頭じゃ処理出来る呪紋の量に限りがある。だから、呪紋の精度は一定以上からは伸びない。新しい呪紋の処理方法があれば別。あるいは処理する方の資質が極めて優れてれば、可能」
「何か我が騎士がスゴクて負けたって事しか分からんぞ!?」
「その内、分かるようになる」
サラサラと少年が不可糸で編んだ譜律と呪紋の印を砂浜の上に数百行程並べる。
「これが解れば、呪紋は今の限界値まで自在に出来る。宿題」
「長過ぎぃ!? 一体、譜律をどれだけ使っとるんじゃ!?」
思わず砂浜を奔りながら呪紋の内容を確認し始めるリリムを仲間達に預けて、少年がイソイソと病院の内部へと向かう。
診療室に向かう途中。
白衣に白いエプロンとマスク姿のエルガムが血だらけの黒い手……此処にしか置いていない真菌で造った何度も使える手術着姿で出て来る。
「いつ戻って来たんだ?」
「さっき」
「そうか。例のものは出来てる。話は診療室でしよう。今、患者も急患も途切れてるからね」
「助手は?」
「ああ、彼らには知識を学びながら、あちこちで医療現場に出張って貰っている。新しい知見を発見したり、人体構造を亞人も含めて網羅して貰い。知識化する役目も担っていて、今は半数以上がニアステラとフェクラールの黒蜘蛛の巣に陣取って周辺集落への巡回に行ってるんだ」
少年が診療室に入ると扉の前で助手系蜘蛛……何故か人ではなく蜘蛛形態のスピィリアが待っており、看板を掛け変えて遠方へと歩き去っていく。
入院患者の面倒を見ているとの事であった。
「研究は?」
「かなり進んだ。例の器廃卿とか言う相手から奪って来た設備やら、ヴァルハイルの協力者から送られて来た知識の書かれた本、設備を学んで使い出してからは亞人に関する肉体構造の解明もかなり進んだと思う」
見回して見れば、石製の一室には似付かわしくない機械類が壁際にはズラリと並んでおり、その大半が工作機械である事が少年にも分かった。
恐らくウリヤノフも同じようになっているだろうが、こちらはこちらで生体に対して装着する装具やモルドと生体の接続に関する研究でパーツを自作しているらしく……あちこちに機械の腕や脚がぶら下げられている。
全てヴァルハイルが用いているドラクやモルド製造用の代物だ。
そんな最中、少年の前に複数枚の書類が置かれる。
華が一凛生けられている診療室は無骨な研究機材や工作機械とは不似合いだろう白いリネンや白い白衣、不可糸を用いて造られた布地がふんだんに使われた寝台がしっかりと主張しており、窓からの光が入ると明るく照り返していた。
嘗ての粗末な診療所とはまるで別物である。
「ただ、やはり神格位のような特殊な存在に対してとなると、必要な資材が足りないようだ」
「前に渡した破片や跡の着いたものがもっと必要?」
「ああ、そうなる。こちらで利用出来るものは全てした後、残りはウリヤノフ殿に利用出来るものを利用して貰っている。夜天の剣だったか。アレの製造後、そちらが持って来た使徒の肉片を増殖させたものを用いて、他も試作中との事だ」
「時々来る。しばらく研究は続けて欲しい」
「解った。ああ、そう言えば、一つだけ分かった事を教えよう。これはかなり確実な情報だと思ってくれて構わない」
「?」
「神というのはどうやら我らと同じ世界に生きる限りは神々の世界にいる時のような状態とは違って、肉体そのものの破損は可能。恐らく、夜天の剣で殺せる」
「その根拠は?」
「ウリヤノフ殿が現在用いている例の増殖させた試作目標を色々な呪紋で攻撃してきたが、ようやく崩壊させる事が出来た」
「継続して呪紋で攻撃されたせい?」
「いや、呪紋そのものは問題ではない。誰が殺すかが問題なようだ」
「誰が?」
「君が連れて来たあの子……リリム嬢の普通の炎属性呪紋で焼き滅ぼせた。他のゴライアスやルーエル、フレイでも無理だったのにだ」
「神を殺せる存在がいる?」
「ああ、神の呪紋による効果以外にも条件がある。その条件に当て嵌る個人や集団、または現在の状態そのものが鍵かもしれん。君が冥領の神樹とやらと戦った時に感じた違和感は恐らく正しい」
「………」
「何かしらの血統もしくは条件を満たしている者でなければならない。というので、ほぼ間違いないだろう。ウリヤノフ殿はリリム嬢に特製の贈り物をするべく。新しい武具を鍛造中だ」
「助かる」
「それと“たいちょー”と“へんきょーはく”が探していたぞ。色々と技能を教えてやると息巻いていた」
「後で行く」
「最後に蜘蛛達の事だが、どうやら彼らの社会性は昆虫、蟲というよりは人間に近しい。ただし、例の呪紋で欲望を開放した個体を例外的に作ってみるという試みだが、今はまだ何とも言えないようだ」
「あの個体は何も変化が無い?」
「いや、初めてスピィリアとなった個体だが、今は遠征隊と同じような個人的な強さに磨きを掛けて、知らない内に何処かへ出掛けているらしくてね」
「出掛けて?」
「ああ、聞いて見たら、北部で冒険しているとか何とか」
「冒険……聞いてない」
「見てみるといい。何が変わったのかが分かるかもしれん。これが試作品だ」
少年の手に小さな小指くらいの円筒形の鋼の筒が渡される。
新しい秘薬の試作品に少年が頷く。
「ありがたく」
こうして少年とエルガムの元を後にして、イソイソと出掛けていくのだった。