流刑貴族の追放記-極獄と呼ばれた果ての地にて- 作:Anacletus
間章「蜘蛛達の賛歌」
「(*´ω`*)」
世の中に幾ら蜘蛛がいても、彼ら程に恵まれた蜘蛛もいないだろう。
現在、鬼難島内部に存在する蜘蛛達は人並みの知性と人並み以上の肉体と人並みというには優雅な労働者として毎日を楽しく生きている。
彼らの大半を占めるスピィリア達は蜘蛛と人の姿を行き交う変幻自在な者達だし、他の蜘蛛の一族も同じような事が近頃は出来るようになった。
ついでに主たる少年の呪紋を許可され、今では個人個人が己の資質や性格、経験に合せて色々な職に就いて運用している。
無職の蜘蛛というのは殆どいないとされ、大体は何かしらの任に就いていた。
そんな中、北部に連れて来られて、兵隊として戦う事を覚えたスピィリアの一匹は少年の実験体として“とある呪紋”を得て、今日も自分を鍛えるという名目で冒険へと出ている。
「(・ω・)」
冒険と言っても北部に散って情報収集する蜘蛛達に混じって、亞人の姿を取り、自分の姿に不可糸を巻いて色を付ける呪紋で人間に偽装するという変装をしながら各地を歩くというものだ。
「(・ω・)~♪」
ブラブラ歩きながら各地の状況を事細かに情報収集し、その情報を上司であるフレイ達のようなラスボス系蜘蛛、近頃は天上蜘蛛と呼ばれる彼らに上げる仕事は基本的に余暇染みて呑気だ。
馬で1人旅と洒落込んでいるが、馬そのものも生き物を死なせる可能性がある裏仕事なので呪紋の生命付与による疑似生命で賄う徹底ぶりである。
そんな一匹である個体は初めて少年がスピィリアにした個体であった。
ある意味では始祖と呼べるかもしれない存在。
まぁ、普通に他のスピィリア達と比べても戦闘力が偶然高かっただけであり、他は取り立てて強いという事も無い。
「(・ω・)?」
そんな彼……もしくは彼女である少年にも少女にも見える本当は半透明な蜘蛛は本日ようやく海岸線沿いの邦に辿り着いていた。
「(/・ω・)/」
初めて誰もいない白い砂浜の海岸線沿いを見てはしゃいだ為か。
馬を横に置いて砂浜に走っていくと。
高速で爆走。
いい汗掻いたぜと言いたげに大きな岩に腰を下ろした。
「( ´ー`)……」
潮風が気持ちいい。
と、言わんばかりの彼がしばらく昼時の潮風を岩礁の上で堪能していると人の声らしきものが聞こえて来て、そちらを蜘蛛の超視力で覗いた。
「(|ω|)」
スピィリアの視力は根本的に人間の数百倍である。
それこそ遥か遠方の地平線ギリギリにある小石の罅割れの数まで数えられる程だ。
複眼内部に開かれた瞳孔らしきものがキュッと細められる。
『こいつぁ、上玉だぜ!! 魚人も近頃はめっきり戦争で外に出て来ねぇからな』
『ヴァフクがもっと外に居れば、大量に捌けるのによぉ』
『いやぁ!? は、放して下さい!? 放して!?』
『お嬢さん。そりゃぁ、通らねぇぜ? ここらはヨルヘームに近ぇんだ。こんなところまで来たのが運の尽きだったな。諦めてお偉方の慰み者になってもらうぜ』
『う、うぅぅぅ……こんなの!!?』
『おっと、歌わせねぇよ? 喉を潰されたくなかったら黙る事だ。首には縄を付けさせて貰うぜ?』
『あぐ?!』
彼が自慢にはならないが、人間よりは余程に強い跳躍力で瞬時に980m先の海岸線沿いの岸壁に跳ぶ。
屯する人馬の群れらしきものをロックオンし、複眼で次々にマーキングして、不可糸を拘束で発射。
男達の横をすり抜け様に全ての人馬の首に縄を付けて、自重で海に飛び込んだ。
瞬時に引き摺られた男達が首が折れんばかりに海中へと引かれ、そのままドッパーンと飛沫を上げて沈んでいく。
しかし、彼は糸を自切するとスイスイと人形態で泳ぎつつ、プルプルと体を震わせて水気を飛ばし、砂浜まで上がって来た。
人馬はどうやら泳げない種族。
否、泳ごうとしても首の先の糸が海底の岩に括られているせいで顔を海面に出すのが精一杯の様子でアップアップしながら悲鳴を上げていた。
「(-ω-)……」
いい仕事したぜと言わんばかりに彼が額を拭う。
良い事をすると気分が良いというのはよくある話だ。
人魚はどうやら逃げ出したらしく。
もう海の何処にも見えない。
無論、複眼には海の底に急いで退避していく姿が見えていたが、それだけだ。
「(*´▽`)」
新しい種族の情報ゲットだぜ。
と言わんばかりにニコニコした彼は遠方から駆け付けて来た馬に再び跨り、そのまま旅を再開したのだった。
*
昼時の人助けならぬ人魚助けの後。
彼がやって来たのは海沿いの港町だった。
錆びれているという事は無いのだが、漁民らしき山羊っぽい瞳と体毛に人の体を持つ種族ラクズは何処か元気無さげであった。
「( ̄ω ̄)?」
今はアルマーニアに扮した彼が馬でカポカポと街中に向かうと何やら騒がしい。
近付いて行くと山羊系な人々が何やら制服を着た男達に連れて行かれようとしており、それにどうやら抵抗している者達が次々に剣で脅されるやら軽く切り裂かれるやらして、倒れ込んでいた。
『貴様らぁ!! 王のご命令が聞けんのかぁ!?』
『下等民が我ら兵隊に逆らうか!! このロクに税も治めぬ愚民がぁ!?』
『ひぃ!? だ、だけど、もうおら達が此処から消えたらかっちゃや子供を喰わせられねぇだよ!? どうかご慈悲をぉ!? ご慈悲をぉ!!?』
『知るかぁ!! ええい!? 抵抗するなら切り捨てるぞ!!?』
『そんなぁ?! お、横暴でねぇか!? 新しい王の兵は民を斬るだか!!?』
『下等民が舐めた口を!! 此処で殺せぇ!! 見せしめだぁ!!』
兵士達が次々に剣を振り上げ、1人の抵抗していた男に振り被る。
しかし、その剣が次々に互いの腕や脚を切り落とした。
『ぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああ!!?』
『ど、どうな゛っでるぅぅううぅぅぅ!!?』
『お、オレの脚がぁあああああ!!?』
『う、腕ぇええええええ!? オレの腕ぇえええええええ!!?』
いきなり互いを斬り合い始めた兵隊達が次々に倒れ伏し、それを見ていた殆どの漁民達があまりの恐ろしさに悲鳴を上げて逃げていく。
その横をカポカポしながら馬でやって来た彼がそろそろ死にそうな男達の傷口を不可糸で止血してから、シュルッと不可糸で巻いて死なない程度に回復用の呪紋をギィと軽く詠唱。
気絶した者達を馬で背後に5人くらい引き摺り。
山間部へと向けて速足に駆け始めた。
「(≧▽≦)♪」
正しく正義の味方っぽい行為。
これは正しく良い感じ。
物語に語られちゃうんじゃないのコレという具合に背後の男達が襤褸屑のように道端の様々なものに体をぶつけて削られていく。
死にそうになる度に背後も見ずに唱えられる回復系呪紋が男達を死ねない状態で骨折と擦過傷と打撲塗れを強要。
誰も彼もがその並の拷問より遥かに怖ろしい激痛に途中から泡を吹いて気絶しながらビクビクと痙攣し始めた。
「( ´Д`)」
ふぅ……と。
ようやく山間部の麓までやって来た彼は適当に悪党(山羊系亞人)を樹木の枝に吊るして、使った分だけ相手から魔力と霊力を糸を通してチューチューし、相手の体力までも奪って元気になると放置。
ルンルン気分で邦の情報を得るべく。
近場の街へと向かうのだった。
無論、男達が死ぬか生きるかは半々だ。
人が通る道である。
彼らが人々に慕われているのならば、さっくり助かるだろうし、そうでないならば、干物になって峠の怖ろしき亡霊にすらなれない死体として掃除されるまで放置に違いなかった。
*
―――山羊人の邦ヴァルキ地方都市。
山羊人の国とも称されるヴァルキは中堅国よりも少し小さいくらいの領土を持つ。
山間にある街と街、漁が可能な北部沿岸域を繋いだ点在する街の統合国家だ。
殆どが険しい山岳なので道という道の大半が崖や道無き道であり、街道という街道が大半は獣道が後から少し整備された程度という場所でもある。
人々は牧歌的に山岳部でも飼える鹿やその類である乳が出る四足歩行の家畜を数種類飼っており、民は山の中や森の中に居を構える。
だが、昔から軍事的な側面において精強だった彼らが王国を築いた事から、田舎軍隊と他の亞人に馬鹿にされつつも、山岳部での戦闘は強く。
何処の邦からも侮れはしないが、数の少ない軍事国家として名を知られていた。
故にわざわざ何もない危ない場所に来る旅人は珍しく。
領民の多くは今、北部最大の国家が大戦争中であるという事すら知らない。
知っているのは知識層や富裕層の一部に過ぎなかった。
「お客さん。アルマーニアだね? 外は今大変らしいって話だが、それでこんな辺鄙なところまで?」
ポロロンと彼がアルマーニアで見掛けた楽器を真似て造った弦楽器を爪弾く。
片手で持てるような小さな代物だ。
「ああ、そうか。喋れねぇのか。うんうん。楽器引きにはそういうのが多いってのは知ってるよ。なら、今日の夜は一曲どうだい? ここらにゃ娯楽って娯楽がねぇもんだからよ? 安くしとくぜ?」
山の中腹にある空中の街。
そろそろ夕暮れ時という事でやってきた彼はオクロシアで貰った銀貨を一枚、宿屋のカウンターに差し出す。
酒場兼食事処兼宿屋。
こういう小さな街では何でもかんでも兼用な建物や場所が多い。
「おっと、余分に出してくれるのかい? いやぁ、じゃあ、今日は夕飯豪勢にしとくよ。アルマーニアのお人。5日でいいかな?」
「(≧▽≦)/」
ポロロンとギターのようなソレを引いて「よろしく!!」と愉し気な表情を浮かべる相手に苦笑した宿屋の40代くらいの主人は張り切って夕飯を造る為に台所の方へと引っ込んでいった。
カウンター周囲から周囲を見れば、昼間から飲んだくれている者こそいないが、沈んだ様子で酔い潰れている者は相応にいる。
その理由は酒場の掲示板らしき場所に張り出されたお触れの為だろう。
徴兵令である。
憂鬱にもなるだろう。
だが、それも今日までの話か。
「(-ω-)/」
アルマーニアの酒場などで覚えた曲を彼が引き始めると男達は興味あり気に揺れている相手を見て、自分達も周囲にあるものを少し指で叩くやらして乗り出した。
それから数十分も弾き終わる頃には喋れない吟遊詩人(見習い)くらいの蜘蛛の演奏には拍手喝采。
おひねりは飛ばないし、酒も年齢が子供なので奢れない。
が、話し掛けて来る男達の愚痴を「(*-ω-)ウンウン分かるよ~」と言いたげな相槌を打っている合間にも彼は人気者になっていた。
それからの夜は夕食を終えた後、また陽気な曲で場を盛り上げ、宴会のように笑って踊った男達は最後に礼を言って家々に戻っていった。
「いやぁ、ありがとよ。旅人さん」
「(≧▽≦)/」
どう致しましてと片手を上げて答える蜘蛛に染み沁みと語る酒場の主人は酒ではない甘味である干し果実と井戸の冷水を出しながら葉巻を一服し始める。
「あいつら明後日には徴兵でなぁ。今度の王はどうやら暴君だって噂らしいんだよ。王都の方じゃ色々酷い事になってるって話も聞く」
「(・ω・)?」
そうなのと首を傾げる彼に頷きが返される。
「そうなってからは兵隊って言い張る連中があちこちにのさばっててな。どうやら王が雇った傭兵らしいんだが、今外の戦争で軍から追い出された逸れモノ連中らしい。盗賊や野盗と変わらない粗っぽさで誰も彼も嫌気が差してたんだ」
「………(・ω・)?」
「ん? ああ、どうして逆らわないんだって顔だな。いやな? 王はどうやらこう吹聴してるらしいんだよ。オレには鋼の巨人が付いてるとか何とか。それでなぁ。実際、反抗した村がその鋼の巨人…どうやらあの大国ヴァルハイルの、っと」
ガランと酒場の扉が開く。
すると数名の兵士らしい鎧を身に付けた者達がやって来た。
山羊の亞人だけではなく。
他の種族も色々と混じっている様子であった。
「店主!! 軍の徴発である!! 此処にある食い物を差し出せぇ!!」
「ええぇ、ど、どうなってるんですか!? 差し出せって!? ちょ、兵隊さん勘弁して下さいよ!? 今、店の営業を終えたばっかりで明日客に出す食料しかありませんぜ!?」
店主が対応に出ていくとアルマーニアやら蜥蜴系の亞人やら暗い毛並みの狼っぽい種族やらがゾロゾロと雪崩れ込んで来る。
「つべこべ言わず出さんか!! 我らは海辺の馬鹿な連中をひっ捕らえに行く途中だ!! 我らに立て付く者達がどうやら海側の街で活動していると知らせが来た!!」
男達が酔っ払っているのは顔が赤い事からも明白。
ついでに彼らの背後に見える馬には女が括り付けられ、ズタボロの様子で暴力を振るわれまくりで死に掛けていた。
「ちょ、兵隊さん1? そ、外の……」
「ああ? ああ、途中で我らに逆らった村を焼いて来た。なあに、あんなちんけな村一つ問題あるまい? それとも此処もそうなるべきか? 店主」
ニヤ付いた男達がこれ見よがしに剣を抜こうとした。
「ありゃ?」
だが、その剣が腰元に無い事に男達が驚く。
「オイ!? お前の剣どうした!?」
「お、お前こそ!? 何処に剣おっことしたんだよ!?」
ざわめく男達の背後。
「(・ω・)/」
ヨッと女に片手を上げてまだ意識があるかどうかを指を振って確かめていた彼に気付いて、男達が次々に怒りの目を向けて駆け出した。。
「オイ!? 貴様ぁ!? 何をしている!!? この怪しい奴め!? 死にたくなかったら、その馬から離れろぉ!!」
「ひ、う、ぅ、ぅぅ、た、たぅぇて……」
女はズタボロなので当然の如く襤褸雑巾のように痣だらけであった。
ついでにもう死んでいそうな若い女というよりは赤黒い女が数名。
息をしているのかしていないのか。
全員の歯が折られ、傷口からは肉の腐った腐臭がしている。
涙を零して片目が潰れ掛けている女が懇願するのも無理は無い惨状。
「はは♪ そんな下民の女を助けてやろうってのか? ああ!? オレ達には王都の貴族の子弟もいるんだぞ!!?」
山羊人の悪漢達もいるようでふんぞり返った様子で彼の背中を掴もうとした。
しかし、その手がスカッと空を切る。
「へ?」
その山羊人らしい男が自分の片腕が鎧毎切断されてボチャリと地表に音を立てて落ちた事に気付いて呆ける。
「な、何だぁ!? テメェ!? オレ達に―――」
だが、彼らの言葉は言葉になる事が無かった。
次々にその喉の声帯部分が糸で貫通して内部で内視鏡の如く抉り取ったからだ。
喉での大量出血。
しかし、彼の口からギィと僅かに詠唱が零れると血が止まった。
無論、痛みはまったくそのままだったが。
次々に男達がもんどりうって倒れるのを横目にイソイソと不可糸で瞬時に織り上げた布地に女達を包んだ彼が適当に呪紋を詠唱する。
一命は取り留めただろう女達の口に鋼の試験管の封が切られて、霊薬が僅かずつ含ませられた。
殆ど体力が失われた女達を一纏めに布地で俵のように簀巻きにした蜘蛛が糸でソレを村の村長宅の軒先へケーブルカーのように送ってハンカチをヒラヒラさせた後。
「(・ω・)/~~」
絶望的な激痛で悶絶し続けている男達をジィッと見やる。
その時、男達はソレの瞳と額のあちこちにある黒子のようなものが赤光に輝き、初めて瞳である事を理解した。
「(∵◎ω◎∵)」
北部の常識。
蟲型の亞人はいない。
いや、実際には聖域の近くの山岳部にはいるが、殆どの北部の国々ではそういう事になっているという事実を知る時、彼らにはソレが自分達が最も畏れるモノ。
王と呼ばれる蟲達と程近い何かだと理解した。
だが、絶叫しようにも喉は無く。
カヒュカヒューと空気が口から洩れるのみ。
店主は男達が軒先へと走り出した後、すぐにその場から脱出していた為、その現場を目撃する事も無く。
しかし、旅人に迷惑を掛けてしまったという後悔はしつつも、家族を優先で父母と子供達を連れて森の方に持っている小屋へと逃げ出していた。
「(オイ!? や、止めろぉ!? オレ達に何する気だぁ!?)」
あまりの恐怖にふら付きながらも何とかブルブルと震える手で踏ん張り立ち上がった男達が方々の体で逃げようとしたが、シュルンッとその脚に糸が絡みつく。
そして、彼の背後にはシュルシュルと不可糸で造り上げられた大きな蜘蛛が顕現していく……ソレはゴライアスを象った生命付与の偽物であった。
質感そっくりに色塗りされたソレが―――。
「(。◎`≧▽△▽△▽≦◎)」
ホンモノさながらに口を開けた時、男達はさすがに泡を吹いて卒倒した。
だが、生憎と偽物なので男達が糸で口の中に入れられて、魔力と霊力の電池代わりにグルグル巻きにされて安置され、その上にヒョイと飛び乗った彼はその街を後にする。
偶然、その光景を目撃してしまった村人の一部は巨大な蜘蛛に乗る旅人の伝説を生み出してしまい。
あちこちで“蜘蛛乗りの楽器引き”の噂で持ち切りになるが、それは小さな街と周囲に伝わる御伽噺として落ち着く事になる。
だが、それはまだ先の話。
ゴライアス(偽)に乗って電池代わりの男達を使い潰しながら、こんなに悪そうなのが一杯いるなら、もっと良い事が出来そうという具合に人間や亞人と仲良く愉しく生きたいと常々思っている彼は王都の“何割”が悪党なのだろうかと考えつつ、村で聞いた通りの峠を越えて、山々の中にある小さな盆地。
そこに聳える石製の城と周辺地域へと脚を踏み入れたのだった。
*
偽ゴライアスは王都らしい街の外延に辿り着く前に停止されていた。
「(≧Д≦)」
彼は欠伸をしながらイソイソと夜明け前の紫雲の空を味方にしてゴライアスを馬車へと作り替えて、魔力で動かしていた。
勿論、馬車まですっかり糸製であるが、表向きの色合いを変えてしまえば、怪しまれる心配なんて無い。
「な、何だぁ!? え、急患!? みんな、喉をやられてる?!!」
「は、運べぇ!? ご、ご苦労だった!?」
「まさか、沿岸部で反乱が起きたというのは事実なのか!?」
急患を運んでいますという体で馬車を走らせた為、途中の衛兵も難なくパスする事が出来ていた。
まぁ、包帯でグルグル巻きに見える兵士の姿と木の板に書かれた文字を見れば、慌てて通してくれるのも無理は無かっただろう。
「(・ω・)?」
しかし、街は明るくなるに連れて荒れて荒んでいるのが解った。
街のあちこちには血飛沫の後が赤黒く残っており、王城から続く通りには大きな陥没跡が複数付いていたのだ。
男達から魔力と霊力を限界まで搾り取ってから、適当に診療所の前に放置しておいた彼は体積まで減らして猫の形を取った。
北部では猫はありきたりな害獣駆除の有益な獣として飼われている。
蜘蛛が猫になるというのは明らかにアレであったが、色を付ける呪紋や生命付与、更には不可糸の柔軟な変形加工技術があれば、大半のものには化けられる。
根本的に霊体であるスピィリアだからこその芸当であったが、王城に向かう道には朝だと言うのに人っ子一人いなかった。
「……(´・ω・`)」
とりあえず、どんな悪党が王城にいるのだろうかと彼はイソイソとネコ形態で王城周辺の地理を把握するべく駆け出し、壁を糸で登りつつ、扉などは素通り。
不可糸も出した分を解いて張り付けて使う事が出来る為、道に迷う心配も無い。
王城の中は荒れてこそいなかったが、あちこちで血の染みが片付けられたような跡が残っており、内部に入り込んで人気のある適当な部屋に糸電話による盗聴が開始されると次々に王城内部の情勢が耳に入って来る。
王城の住人曰く。
―――新しい王は暴君だ。
―――力に取り憑かれている。
―――ヴァルハイルから送られて来たアレのせいだ。
―――受肉神を用意する為に大量の生贄を兵隊達を使って集めたらしい
つまり、ヴァルハイルから力を授かって暴走した野心の末に邦の住民を徴兵と騙して大量に集め、その犠牲を以てこの邦の神を受肉させようとしている。
諸々の話を考慮するとそういう話であった。
「(;・∀・)……」
これは悪党としてバッサリ成敗しても良さそう。
と、皮算用した彼は適当に伸ばした糸の先で王城を探らせていたが、地下に広い空間があるのを確認し、猫形態のままに地下牢に向かう。
すると、どうやら暴君を諫めてブチ込まれた人々らしく。
半数は死んでいたが、半数は辛うじて拷問や飢餓に苦しみながらも生きていた為、糸に秘薬の余りを伝わらせて口に注いで鍵を外しておく。
「ろ、牢が、か、勝手、に?」
「う……まだ、うごけ、る……か?」
ノソノソと死体寸前から半殺しにされたくらいまで回復した者達が牢が音を立てて開いたのを確認して、這うようにして外に出るやら、他の囚人達を救おうと別の牢に入っていく。
看守はそもそも猫が侵入した時に不可糸で簀巻きにして適当に転がしておいたので今や王城は静まり返っていた。
仕方なく王に従う者が大半なのだ。
そして、その王はと言えば、地下でご執心の受肉神を造る為に頑張っているらしくて倉庫の警備はおざなり。
適当に数名の傭兵にしても深酒して床で寝ている男達が数名。
その横には乱暴されたらしい女達がやはり半死半生状態で倒れ込んでおり、後2分もすれば、息を引き取った後、適当にゴミに出されそうな状況。
透過能力を最大に使った彼が地下倉庫に到達するまで12秒。
「(・ω・)」
城の上階から地下に入り込むといきなり魔力を感知するらしい呪紋が室内で警報を発し、跳び起きた時にはもう守衛という名のゴロツキ達は空中から発射された糸でグルグル巻きにされて天井に釣られ、呪紋が仕えないように喉の内部を細糸で貫通されてから抉られた後、治癒用の呪紋を掛けられて……という対人戦用の基本戦術で無力化され、その男達を絞り上げた魔力と霊力と体力で小さな糸蜘蛛が生成。
霊体化していた各種の物資の一部。
霊薬をちょっとだけ死にそうな女達に流し込んで回復呪紋を掛けた。
「(>_<)/」
案外、こういう事に慣れて来た為か。
その手際は前よりも鮮やかだ。
「な、何だぁ!? どういう事だ!? く、蜘蛛に猫ぉ!!?」
「リディ!? クソがぁ!!? 呪紋でぶっ殺してや―――」
「分からんが、操獣だ!! 殺せぇ!! 此処を見られたからには生かして返―――」
「馬鹿なぁ!? 操獣が呪紋なんて使えるはずがな―――」
次々に虚空で天井からぶら下がる彼から糸が放たれて、男達が瞬く間に全滅。
地下倉庫内の数十機にも及ぶヴァルハイルから齎されたらしいドラクを前にセキュリティーを突破したのと同じ方法で外部ハッチを手動操作されて、パスワードも4桁が瞬時に貫通、内部に糸蜘蛛達が次々にピットイン。
接続部位で自在に動かしていた代物と違って操縦桿らしいものとペダルで操作するソレを糸でグルグル巻きにして固定化した。
「何だぁ!! 倉庫の方かぁ!?」
「まさか、呪紋で連絡があった反乱軍か?!」
「分からん。急ぐぞ!!」
音の反響から音声まで細かに認識出来る彼が数十名が走って来る様子に倉庫に続く扉を瞬時に糸でギッチギチに封鎖し、吹き飛ばされても良いように糸蜘蛛達に入って来るガラの悪そうな連中の声を覚えさせて、部屋の四隅やドラクの影に潜ませ、適当に罠を張って全滅させるようにと簡単な命令を下す。
「(;・∀・)……」
シュタッとネコ形態のままに降り立った彼が地下倉庫から更に先に続く分厚い鋼の扉を不可糸に魔力を通した貫通力抜群の刺突剣染みたソレでカカカカカッと掘削。
極細の穴を超高速で大量に開け、機械染みて猫が通れそうなくらいの大穴を開けた。
扉は内側から呪紋で霊体や魔力を遮断する仕掛けが施されていたのだが、扉が破壊された事で内側に彫られていた呪紋の一部が欠けると機能不全となり、手足から伸びた糸がスゥッと虚空に消えた時点で彼は悠々とその先の地下階段を降りていく。
猫から再び蜘蛛形態になって音も無く降りていく速度は正しく肉食動物染みた隠形も伴って風のようだ。
開きっ放しの地下儀式場は深く。
倉庫内の音すら微かにしか聞こえない。
だが、その内部の呻き声は想像を絶して万単位であった。
地底湖。
周囲に大量の魔力を用いた灯が置かれた底は正しく地獄絵図。
生きているのも死んでいるのも一緒くたに煮込まれる魔女の釜。
老若男女、赤子も妊婦も容赦せず。
全てが紅い沼に沈みながら血潮に塗れていた。
だが、その湖の中央に伸びる細い虚空に掛かる祭壇。
その上には何か悪の親玉っぽい大きな黒い角を持った羊っぽい人型がいて、全裸で何やら自分に神降ろしの儀的なものを行っていた。
渦巻く魔力は一部がもう制御下に入っており、彼の魔力では押し負けてしまいそうなくらいに高まっていた。
「フン……愚かにも我が力に反逆しようとする反徒共か?」
振り返った黒羊が完全に悪魔崇拝です本当にありがとうございました的な一物を反り返らせた全裸マントという変態チックな装いで彼を見やる。
「蜘蛛? まさか、ウルガンダの……子ネズミ一匹にどうやら上はバカ騒ぎか。いいだろう。貴様の如き眷属程度、我が呪紋の威力の前に消し飛ぶが―――」
生憎と入ってから人命救助しつつ相手が魔力過多で感知精度が悪い事を利用して、不可糸で諸々の作業を自分の背後でやっていた彼は間に合うかなぁという顔で周辺に放出された魔力を用いつつ、死んでしまっている者達の血肉と魔力、更には儀式場内に留まっている霊達に糸電話で話し掛ける。
霊と霊の会話に言葉は要らない。
だから、その今にも贄にされそうな者達を前にして多くの霊魂が「まだ生きている奴らを助けてやってくれ」と懇願するのに「任されました(/・ω・)/」と前脚を上げて答えてやる事くらいしかやる事は無かった。
「ハッ!! 威嚇のつもりか? それなりの眷属ではあるようだが、私を殺して邦を取りたければ、大眷属を連れて来い!! あの山岳部の連中のような、なぁ!!」
黒山羊の全裸マント王が呪紋を無詠唱で放つ。
炎属性だ。
しかし、彼はソレを避けず。
体表で受け流す。
「何!? 蟲風情が燃えないだと!? 腐ってもウルガンダの眷属か!!? ならば、これはどうだ!!」
瞬時に炎に耐性……炎属性呪紋を常用していたら、いつの間にかそうなっていた属性関連呪紋への高い抵抗力で威力が殆ど減殺されたのを確認した王が雷と雹の二属性の呪紋を瞬時に放つ。
雷は感電させて麻痺を誘発させ、そこを雹の礫で砕き潰す。
正に必殺。
しかし、見えない糸で編まれた柔らかな盾が雷を地表にアースのように流し、鋼鉄騎士と辺境伯の戦いで使われた戦術によってしっかり防御された上。
凍りの礫の散弾が大量にやって来るのを地面内部で糸で工作していた石畳返しならぬ岩盤返し攻撃で相殺された。
4m近い分厚い岩盤の壁をいきなり出現させられて、威力で破壊するまでの数秒を稼がれ、ついでのように大量の糸蜘蛛が血の湖内部で這って伸びていた糸から生成され、生きている者達に霊薬を直接注射のように流し込み。
死んでいる者の肉体を解体して、糸に馴染ませ、まだ制御され切っていない魔力を吸い上げながら巨大な肉体を形成していく。
「(。◎`≧▽△▽△▽≦◎)」
「これは―――噂に聞くウルガンダの写し身でも作ったのか!? だが、我が血族の血肉でそれ以上の事が出来るかな?」
王が瞬時に巨大な偽ゴライアスを前にしてようやく戦闘態勢らしい構えを取る。
偽者とはいえ。
ホンモノを似せているという事は基本機能が弱くても積まれているという事に相違ない。
単純に生命付与によって動くだけの代物だとしても、再現される幾つかの能力は明らかにドラクを超える出力と威力を備える。
猛烈な前脚による高速での突きが男を真正面から襲い。
それを後ろに待避しながら効きの悪い炎や雷ではなく。
氷属性の呪紋の氷柱を無数に地面から生成して足止めし、魔力を束ねた純粋な攻撃用の刃を伸ばして叩き切る。
「ッ、所詮は蜘蛛!! それに素材は我が民の血肉と糸だな!! そこぉ!!」
男の刃が蛇のようにうねって、偽ゴライアスの背後の地面を猛烈な勢いで切り付けていた。
ソレらは魔力の供給用の線だ。
如何に生命付与の呪紋を使っていても、動かす動力源は魔力である為、大きな個体程に魔力切れが早くなる。
その為、民間人を救う為に大量の糸蜘蛛を湖の中で生成しながら片手間で操る偽ゴライアスは独自行動をあまりして消耗させないよう造られていた。
「この儀式場は我が領域!! 貴様の如き虫けらがいつまでも魔力を徴用出来ると思うなよ!!」
ゴライアスが血飛沫を上げながらも瞬時に再生して、次々に糸を吐き出した。
ソレが貫通していれば、男は串刺しだろうが、氷属性の障壁らしい呪紋が幾重にも重ねられて糸が届かず。
突撃した偽ゴライアスが左右上から同時に脚での肉弾戦で薄い氷壁を割りながら王の肉体へと直撃させようとするも、攻撃された当人が動き回りながら、刃で何度もその脚を切り落としていく。
何せ数万にも及ぶ生者と死者を仕分けて、霊薬で治療しながら、ゴライアスとの戦闘中に助けて繭にして攻撃の余波で死なないように保護して、と……やる事は山盛りであり、そちらの方に呪紋の処理を全て割いていた彼は戦闘に参加出来ない。
それを見抜いたかのように王の魔力の刃が二股に別れ、彼の方に伸びて、偽ゴライアスに脚でガードされるも、そのガードを変形して擦り抜けて脚を一本切り落として見せた。
瞬時に後方へと下がった彼の前で魔力の刃が偽ゴライアスに弾かれて手元へと戻っていく。
「くくく、もう7割は掌握したぞ? 貴様にはもう此処の魔力の大半が従わん!! いつまでこの写し身を保持していられるかな?」
王の言う事は一々最もだ。
軍事国家というだけの事はある。
普通の種族連合の兵隊としてならば、師団長クラスの大物に違いなかった。
「ははははは!!! 虫けらは虫けららしくさっさと潰れろぉ!!」
王が胸が膨れ上がる程に息を吸い込み。
高速詠唱らしい奇声を発した。
瞬間、陸地の王がいる以外のほぼ全ての天井が崩落していく。
「(/・ω・)/」
あ、よっと。
そんな声がしそうな俊敏さで崩落する大量の岩石の雨を避け、あるいはその上に跳び載って落ちるより速く跳躍する高速機動。
瞬時に王に肉薄した彼は呪紋で攻撃をするでもなく。
体当たりで相手の鳩尾を最速で抉り抜き。
「小癪なぁあああああああ!!!?」
敵が刃を振り下ろすよりも先に偽ゴライアスの超振動する脚の一つで自分に向かう刃を防御に回させつつ、尻の先の糸でゴライアスの後ろへと急速離脱。
まるで吊られた獲物の如く湖の中に派手に着水した。
「クソ!? 我が呪紋の防御を見切るとは……やはり、魔蟲の眷属は甘くないか。だが、我らが始祖を生みし【黒山羊の母】さえ来れば、ウルガンダとて鎧袖一触!! そろそろだな? 貴様は此処で滅び、我が国家の新たなる夜明けが始まるのだ!!」
湖が光り出す。
理由は単純だ。
湖の底に刻まれた神降ろしの呪紋が遂に発動したからだ。
しかし、急いで生者の入った繭を湖から一斉に偽ゴライアスの尻から出ている大きな柱の如き糸を天井に繋げて引き上げ。
ギィと。
彼の泣き声一つで大量の周辺魔力が無作為に消費された。
「クソ!? まだ邪魔をするか!? 魔力が最低量にすらまだ足りんだと!? チッ」
王が何に魔力を使われたのかと怒り、身動きが取れない様子の偽ゴライアスの前脚を魔力の刃で斬り割いて伸ばし、その脳天を直撃する。
「Σ(・ω・ノ)ノ!」
ドウッと倒れた巨躯だが、消える前に尻尾を自切して、地表に縫い付けていた為、莫大な量の繭が湖に落ちる事は無かった。
戦闘によって湖から引き剥がされた男は魔力の刃で生贄を儀式場の中核である湖に入れようとするが、瞬時に男の前に戻って来た彼による肉弾戦でそれどころではなく。
「ク!? いい加減に潰れろ!! 潰れろ!! 潰れろぉおおおおおお!!?」
実力で上回る以上は勝てる。
自力で蜘蛛の脚を僅かずつだが、切り落としていく。
遂に前脚が二本同時に両断される。
「後はあの繭を落とすだけだ。もはや、貴様は我が栄光の序曲を知るのみ!! さっさとくたばれ!! この害蟲!!」
魔力の刃が三股に別れて其々が脚を狙って切り落とし、勢いに放り出された彼が岩肌をバウンドしながら後方へと吹っ飛ぶ。
「はぁはぁはぁ……舐めおって……呪紋では勝負にならぬからと接近戦に持ち込むとは……油断なら―――」
そこで王は虫けらの呪紋が肉弾戦中一切使われていない事に疑問を持った。
何故ならば、肉体を強化する呪紋らしきものすらも使われいた様子が無かったからだ。
瞬時に王の刃が彼の胴体を串刺しにしようと伸びた。
しかし、その決断はあまりにも遅かったと言わざるを得ない。
もしも、彼が喋っている暇すら惜しんで彼を串刺しにしていたならば、話は変わっていたかもしれない。
だが、しかし、現実にIFは無い。
少なからず常人には……無いのだ。
「!!!?」
ヌッと彼の刃を防ぐ前脚が一本。
ソレが魔力の刃を振動しながら受け止め。
魔力そのものを魔力の振動波によって分解していく。
ズオッと。
その半身が岩壁に開かれた転移用のゲート。
そう、瞬間転移ではない。
それよりも下位の連続して物体を通す空間歪曲用の魔力の深みのような漆黒から抜け出て来る。
「ウ、ウルガンダ本体だと!!?」
王が驚きながらも距離を取る。
しかし、その前脚がそっと全ての脚を切り落とされた同胞を脚先の突起で持つと自分の頭の上に乗せた。
ギィギィ。
そう僅かに鳴いた灰色の鈍い色の3mの巨体。
恐らくはウルガンダに身体能力だけで言えば、最も近い。
もしくは超えているだろうソレ。
本物のゴライアスがギョロリと黒山羊の王を見た。
『“我が名はゴライアス”“大母ウルガンダの子にして父アルティエの息子なり”(。◎`ω◎)』
「な―――しゃ、喋るのか!? まさか、血族直系の―――ええい!? だが、人型でも無いならば!!?」
男が儀式を無理やり完遂させようとした時。
ゴライアスの超振動する前脚が地面を打った。
それだけだ。
それだけだったが、それだけで巨大な地底湖が揺れた。
先程の崩落があったばかりではあったが、それなりに強い岩盤内部に造られた儀式場が罅割れ始める。
「や、やめろぉ!? こ、こうなったら!?」
王が瞬時に高周波の如き絶叫を響かせる。
儀式場の破壊前に儀式を完遂させる為に。
だが、そんな事に関わる程暇ではないゴライアスは大量に天井へとぶら下げられた数万の生贄達を目標にして大きく一息を吸い込み。
「“ギィイイイイイイイイイイイイイイイ”」
そう産まれて初めて一声で詠唱した。
瞬時に起こったのは転移だ。
猛烈な勢いで個別対象に地表への瞬間転移が実行され、短距離とはいえ、全ての生贄が生きている者に限っては城よりも先の首都の外延部へと消え失せた。
「馬鹿な!? 失われた呪紋だぞ!!? だが、遅い!! 予定とは違うが、これで我は神にぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」
儀式場の地底湖の底に書き込まれていた呪紋が魔力が少ないままに対象とした受肉を王自身の肉体を用いて実行した。
その肉体が生贄達と同じように瞬間転移で呪紋が刻まれた赤い地底湖の中央の水面へと現れ、大量の血水が猛烈な勢いで王の体表から吸い込まれていく。
すると、王の頭部が弾けた。
同時にその体がブクブクと膨れ、大量の乳房を垂らしながら、肉体そのものが変容し、地底湖の水の代りに肉体が周囲を満たしていく。
『……度し難い。このような顕現を果たすとは。亞人共は人に寄り過ぎているが、同時に力を増す弊害は如何ともし難いか』
大量の乳房の頂点からグギョンッと音がして、後方から起き上がるように上半身が天井付近まで屹立した。
ソレは巨大な脊椎らしきものに上半身を接続したような黒い瞳の女だった。
下半身は乳房の群れというよりは池と化している。
『あの女の子供達……前任者の代りは望外に有能なようだ』
黒い神。
長髪に美しい上半身を黒毛で覆い山羊の角を無数に天井へと伸ばしたソレが二匹の蜘蛛を見やる。
『“お初に御目に係る。受肉せし女神”“我が名はゴライアス。新たなる世に蔓延りし、蜘蛛の子の1人なり”(。◎`ω◎)』
確かに女神と呼んで差し支えない美貌。
しかし、その瞳は山羊のように細く。
角は幾重にも分岐して岩盤を崩しそうな程にめり込ませている。
『我は黒山羊の母……幾千の乳房持つもの……その仮初の器。我が顕現は不完全であり、同時に力弱き故に儀式と術者に囚われた』
『………ふむ(。-`ω-)』
黒山羊の母と名乗るソレが下半身から伸びる脊椎を忌々しそうに見やる。
『我は未だ肉の身を持つに同意せず。されど、これより術者との契約によって全てを滅ぼさねばならん。故に……お前達もしくはお前達の主に許す。我を殺し、新たなる道への糧とせよ』
女の上半身の腕がバクッと胸を穿って乳房を剥がし、心臓を露出させる。
『この島に放逐されし、我ら八百万にとって、全ては聖域の打倒に優先せず。核となりし、心の臓を穿てば、全ては終わろう』
だが、言っている合間にも乳房の内部から大量の槍のような骨が露出し、次々にハリネズミとなって剣山の如く女神を武装させていく。
その禍々しさはもはや狂気。
山羊角染みた捻じれた槍は場所によっては魔槍の異名を取るだろう。
それが数千では利かぬ程、大量に乳房から突き出ているのだ。
並の常人ならば呆けて正気も保てないに違いない。
明滅する魔力の迸りが、勝手に呪紋が無数の槍を強化しているのが彼らには理解出来ていた。
『“承知した。神なる身の大葬を我ら諸子、数十万が引き受けん(。◎`ω◎)』
グパッとゴライアスの大口が開口していく。
その内部の奥から明らかにゴライアス単体では不可能だろう爆裂する糸の本流が女神に向かって奔った。
猛烈な勢いで糸が全てを捕食する生物の如く。
全ての乳房を骨の槍を捉えて呑み込んでいく。
槍には無双の魔力や呪紋の数々。
燃える、凍る、切れる……そんな原初的でありながら、強力無比の呪紋が掛けられていた。
重ね掛けされているモノも多かった為、普通の軍隊程度なら一瞬で壊滅させられるだけの威力だろう。
『/・/・/・(。◎`≧▽△▽△▽≦◎)・\・\・\」
だが、どれだけの無双だろうが、どれだけの魔力だろうが、呪紋がどれだけ強力でどれほどにあろうが、糸は数の暴力で全てを呑み込んでいく。
焼かれて、凍り付き、切れて尚、無限にも等しくソレを侵食するべく張り付こうとし、発射されて尚絡め取り、引き千切られても空間という空間全てを埋め尽くす糸の濁流が何もかもを消耗させながら解体して飲み干していく。
ゴライアスがやっているのは簡単な方法での全軍攻撃。
彼の口内は今やニアステラとフェクラール。
其処にある全ての黒蜘蛛の巣と各地の蜘蛛達が働く現場に先程のような瞬間転移ではない継続的な転移ゲートを開き。
彼と視線をリンクした蜘蛛達は自身の全力攻撃を全て不可糸に呪紋を束ねて吐き出して、完全な消耗戦へと女神を持ち込んでいた。
白き濁流は崩落していた地底湖を埋めて余りある程に女神を押し流し、その心臓に殺到するもさすが神の肉体の中核を貫通するには至らず。
『蟲畜の意地。神すら打倒せん!!』
『はーい。合わせるよ~』
フレイとルーエル。
金と紅蓮の蜘蛛形態の2人の声がゲートのある口内から聞こえたかと思うと一本の剣にも見える炎を纏う白い糸の槍が胸元へと飛び出した。
『こ、これでいいのか!? ルーエル!! 我の呪紋アレ普通の炎瓶じゃぞ!?』
『いいよー。主様に後で褒めて貰えるかも?』
『む、むぅ。何かよく分からんが、何処にこの糸消えとるんじゃ?』
ニアステラでいきなり招集されたリリムの声が周囲の蜘蛛達が一か所の虚空に向けて糸を吐き出し続けているのを確認しながら怪訝そうに呟く。
だが、そんな事をしている合間にも糸の濁流の中を進む燃え盛る白い槍が相手の女神の心臓を穿った。
『それで良い。後は任せましたよ……』
女神が瞳を細めた後、その上半身が膨れ上がる。
しかし、再生しそうになっている胸元にゴライアスの上から糸の上を滑るように疾駆した彼が再生させた脚のダメ押しの一撃で槍を蹴り付けた。
パァンッと血飛沫となって女神の上半身が完全に弾け散った。
その血が次々に溢れ出すように糸を染めて侵食し、遂にはゲートを超えて、全ての虚空に糸を吐き出した蜘蛛達の口内にまで到達する。
思わずギョッとした彼らだったものの。
赤い糸がすぐに黒く染まって色が白に戻った。
「(´・ω・)?(・ω・`)」
『どうなったん?』という顔の蜘蛛達が顔を見合わせている合間にもゴライアスからの救援要請が終了。
ゲートが遮断されて虚空から切れた糸が地表にベッタリと張り付いて分解される。
「(>_<)/」
一件落着!!
そんな叫びを上げそうな最後のダメ押しをした彼が血飛沫に塗れながら踊るように跳ねて、ゴライアスにありがとうと手をブンブン振る。
『“此処は我が力で収拾しておこう。お前は今のまま旅を続けるといい”(。-`ω-)』
そう言って、ゴライアスが彼に城を出るように言った。
手を振りながらまだ一匹のスピィリアに過ぎない彼が元来た道を戻っていく。
崩落しそうになっている道を慌てて昇っていくオカシな個体の背中を眺めつつ、ゴライアスは完全に崩落寸前となっている地底湖のある地下空間を見やる。
『“ウリヤノフ殿とリケイ殿に使い道があるか尋ねてみようか”』
そう言うと莫大な量の糸と女神の血肉の残骸を球体状にシュルシュルと纏め直して、赤黒い巨大な糸玉が形成されていく。
『゛帰るか”』
玉の上に載って、完全崩落寸前の地下空間からゲートを開いたゴライアスは地面に沈み込むようにして消えていくのだった。
『ああ!? な、何だぁあああ!!?』
地上では城と周囲が轟音に次ぐ轟音によって多くが逃げ出しており、王の兵隊の殆どは城内部で地下に向かっていた為に脱出が遅れ。
他の者達は遂に王がやらかしたのだと王城から即時離脱。
悪党達の足元を猫に化けた彼が駆け抜けて崩落していく城の石材をヒョイヒョイと避けながら、崩れ落ちていく城の城門から脱出。
「ね、ねね、猫ちゃん!? 危ないわよ!?」
城の住人らしき使用人達のおばさんに最後は抱き抱えられて、地下の崩落に呑まれていく城から退避したのだった。
*
『“我が名はゴライアス。神すら打倒せし、蟲畜の鑑也”(。-`ω-)』
「「「………」」」
何かいきなり蜘蛛達が虚空に糸を全力で吐き出した事件。
通称【糸ゲロ事件】の後。
『一体、お前ら何してたの?』と聞いた人々に蜘蛛達は『初めて軍事演習が役立ったから後で宴会を開きます(>_<)/』と……文字に書いて大勢の者達に教えていた。
意味が分からんというか。
『軍事演習が役立ったって何?』
という顔の人々を横にその日は蜘蛛達が宴会を開き。
各地に入植していた北部の人々の多くは頭に『?』を浮かべながらも宴会ならしょうがないと一緒になって食べて飲んで歌って踊って楽しむ事になる。
しかし、そんな周囲とは裏腹に第一野営地の黒蜘蛛の巣の奥。
大量の肉畑がある地域の奥まった場所にウリヤノフとエルガム、リケイが呼び出され、周囲の警護としてカラコムとベスティンが岩場の外に立っていた。
「まさか、受肉神の血肉が手に入るとは……このリケイも僅かに手にした事はありますが、その大半は大陸でも陰謀に用いられ、多くが怖ろしい事件の引き金になった為、あまり良い想い出は無いですな」
老爺が巨大な赤黒い30mくらいありそうな糸玉をジト目で見やる。
「黒山羊の母、と言ったか。山羊……山羊か……肉と乳は良い産品だが、装具や武具とするなら、蹄や角の部位か?」
「神の血肉を秘薬として精錬。あるいは使えるものがあれば、それに利用……もはや、この地は一体どうなるものか。畏れ多いと言うべきか。感謝して血の一滴までも使うべきか……」
ウリヤノフは呆れた様子で玉を見やり、エルガムは溜息を吐いて、特大の厄介ネタだが、正直助かるという相反する感情に頬を掻く。
「おうおう。やってんな。御三方」
そこに背後から来たのは船長オーダムであった。
その横には“たいちょー”と“へんきょーはく”がくっ付いている。
「こ、これがあじんどものおやだまのじゅにくしんかー!? で、デカかったのだな!?」
「まさか、受肉神までも倒してしまうとは……あの蜘蛛共はもはや神すら殺すのか……」
振り返ったウリヤノフがオーダムに何故連れて来たという顔になる。
「そんな顔すんなって。一番、詳しい連中だぜ?」
「何?」
「む、むぅ。たしかにこんなナリになるまえ。たいりくではじゅにくしんのれいびょーをまもっていたのでな」
たいちょーがそんな風に自分の身の上話をする。
「黒山羊の母。確か120年前に一度滅びているはずだ。その当時、他種族との戦闘で山羊人共が滅びそうになっていた折、召喚された時は緋霊の贄がいたというが、今回はそうではなかったはず。となれば、この女神の召喚の為にどれだけの同胞を生贄にしたものか」
へんきょーはくが溜息を吐く。
「受肉神の血肉の管理方法はそこの馬鹿騎士に聞け。使い道は幾らかあるが、ヴァルハイルでは多くがその性質によって用途別に利用していた」
「用途別?」
エルガムにへんきょーはくが頷く。
「血は大地に混ぜれば、その力によって百年の豊穣を約束し、その肉は煎じて食えば、長寿の秘薬に祝福された血統を生み出す。その血肉を与えて育てた家畜はより強く有用な種として重宝もされたな」
「そんな効果があるのか……」
「黒山羊の母は確か……乳房の神。女に食わせれば、より強い子を産む血統となり、豊乳と同時に乳は聖白……儀式の洗礼を行い、家人を健やかに育てるに足るものとなるだろう。ちなみに軍用で用いるならば、血で焼けた鉄を冷やし、骨で柄や装具を拵えてもいい」
「詳しいな……へんきょーはく」
ウリヤノフがさすがに中身がまだ完全に幼女化していない歴戦のツワモノに知識面では期待出来そうだと呟く。
「これでも生き地引なのでな。ヴァルハイルでは旧き時代。打倒した受肉神をそうして活用し、国力を増していたのだ」
「受肉神を?」
「そうだ。我々が最弱から最強になる道程は決して平坦では無かった。北部最大の勢力となったのは此処数十年の話。それまでに数多くの偉人達が敵対する種族の呪肉神やそれに為り得る者達、使徒を討伐してきた」
「何処も変わらないか。邦というのは……」
「嘗てのヴァルハイルと呼ばれる亞人は蜥蜴モドキと呼ばれていた。が、今は畏れるべき竜モドキと呼ばれる程に数百年程度の世代交代で別の種族のように力を増している。嘗て、神を蹂躙され、流された時のヴァルハイルと今のヴァルハイルでは中身がより強くなっているという点でまったく異なる」
「ほう?」
ウリヤノフがそういう話に僅か目を細める。
「その最たる者達が今の貴族層。打倒した神の血肉を喰らわせて強化した血統の多くはそうして最良の指導者、兵士として国に重用されたのだ。我が身も含めて国家の礎とならんが為に……」
歴史を教えるへんきょーはくが糸玉に目を細めて、複雑そうな表情となる。
「もしかしたら、貴様らニアステラも……人でありながら、流された者達と同様、グリモッドのように、あるいは我らのように……北部……いや、この島に新たな時代を造るのかもしれん」
それに無言となった者達の最中。
取り敢えず、全員で使い道を大雑把に決めた後。
糸玉の管理人としてしばらくニアステラ方面で護りに入る事になったゴライアスはフレイやルーエルをフェクラールやオクロシアへと派遣する旨を伝達。
この一大事をフェクラールのアルマーニアの長へも伝える事が決められた。
その夜、大量の神の肉片と血がエルガムの病院に運び込まれ、同時に鍛冶場にも同じように血と骨が運び込まれた。
そして、ニアステラでたいちょー相手に剣技を習っていた少年は色々と順調そうに事が運んでいくのを横目に新たな嵐が近付きつつあるヴァルハイルの高都へと夕方過ぎの“日課”を済ませてから帰還するのだった。